【実施例】
【0062】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、これら実施例のみに限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)
(1)ヒト血清アルブミン溶液の調製
本実施例1では、ペプチドと結合するタンパク質としてヒト血清アルブミン(以下、「HSA」という)(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を用いた。HSA粉末を、精製脱塩水に溶解してHSA水溶液を得た。つぎに、得られたHSA水溶液を、HSAの濃度が0.2μMとなるように、0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)で希釈してHSA溶液を得た。
【0064】
(2)HSAセンサーチップの作製
支持体としての基板〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)専用センサーチップ(無修飾)、型式名LCS−01〕と、フローセル〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)専用フローセル、形式名LCF−01〕とを、分子間相互作用測定装置〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)〕にセットした。なお、基板は、シリコンウェハの表面上に窒化シリコン薄層が設けられた基板である。
【0065】
つぎに、基板とフローセルとの間に形成された流路に、ランニングバッファとして0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)を流速100μL/minで30分間以上流して基板の表面の平衡化を行なった。その後、流路に、実施例1(1)で得られたHSA溶液100μLを流速100μL/minで注入し、HSAを基板の表面に吸着させた。なお、ランニングバッファの送液および試料の注入には、高速液体クロマトグラフ用送液ポンプ〔(株)島津製作所製、商品名:Prominence UFLC〕およびオートサンプラ〔(株)日立製作所製、商品名:Chromaster〕を用いた。これにより、HSAが基板の表面に固定化された固相担体(以下、「HSAセンサーチップ」ともいう)を得た。また、流路へのHSA溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλを経時的に測定することにより、波長変化量Δλの経時的変化を示すセンサグラムを得た。
【0066】
その結果、得られたセンサグラムは、流路へのHSA溶液の注入時点直後から、一定の波長変化量Δλを示した。波長変化量Δλは、層厚の変化に伴って反射光の波長の干渉が生じることに関連している。そのため、波長変化量Δλは、固相担体の層厚の変化量(以下、「層厚変化量Δλ」ともいう)を反映している。また、基板の表面へのHSAの吸着により、層厚が変化していると考えられる。したがって、得られたセンサグラムから、流路へのHSA溶液の注入時点直後から、一定の層厚変化量Δλを示すことがわかる。
【0067】
つぎに、センサグラムに基づき、基板から解離する際のHSAの解離速度定数k
offを求めた。センサグラムから、基板からのHSAの解離がほとんど見られないことがわかる。そのため、解離速度定数k
offをカーブフィッティングによって求めることができなかった。しかし、センサグラムから、HSAは、28時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、HSAセンサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0068】
自然対数(ln2)をHSAの解離速度定数k
offで除算することにより、半減期〔基板の表面に吸着しているHSAが、初めの量の2分の1になるのに要する時間〕を求めた。その結果、HSAは、7時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、HSAセンサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0069】
(3)ペプチド溶液の調製
副腎皮質刺激ホルモン(以下、「ACTH」という)ACTH部分ペプチド1−24位(以下、「ACTH24」という)、ACTH部分ペプチド1−39位(以下、「ACTH39」という)、ACTH部分ペプチド1−41位(以下、「ACTH41」という)、アルブミン結合ペプチドSA21、インター−α−トリプシンインヒビター重鎖4(以下、「ITIH4」という)、グルカゴン、脳性ナトリウム利尿ペプチド (以下、「BNP」という)、フィブリノゲンα、アルギニンデカペプチド〔以下、「(Arg)10」という〕またはヒスチジンエイコサペプチド〔以下、「(His)20」という〕のペプチド粉末〔(株)バイオロジカ製〕を脱塩精製水に溶解し、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が2μMになるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。各ペプチドの情報を表1に示す。
【0070】
【表1】
【0071】
(4)反射干渉分光法によるHSAとペプチドとの間の結合および解離の観察
実施例1(2)における基板の表面へのHSAの吸着後30分間経過時に、実施例1(3)で得られたペプチド溶液100μLを、流路に流速100μL/minで注入した。流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)を経時的に測定してセンサグラムを得た。得られたセンサグラムの一例として、ACTH39をペプチドとして用いたときのセンサグラムを
図4に示す。図中、HSAの矢印はHSA溶液の注入時点、ACTH39の矢印はACTH39のペプチド溶液の注入時点を示す。また、図中、黒三角は解離開始時点、白三角は解離終了時点を示す。
【0072】
図4に示された結果から、流路へのHSA溶液の注入直後に層厚変化量Δλが上昇することがわかる。また、HSA溶液の注入時点からACTH39のペプチド溶液の注入時点までの間では、一定の層厚変化量Δλを維持することがわかる。したがって、この結果から、HSAは基板の表面上に安定的に固定されていることが示唆される。一方、流路にACTH39のペプチド溶液を注入した場合、層厚変化量は、一旦上昇することがわかる。その後、層厚変化量は、ACTH39のペプチド溶液の注入前の層厚変化量と同程度にまで減少することがわかる。したがって、この結果から、ACTH39は、HSAに結合してACTH39とHSAとの複合体を形成した後、HSAから解離することが示唆される。
【0073】
(5)解離速度定数および層厚の変化量の最大値の算出
解離速度定数は、以下の手順により算出した。まず、ペプチドの解離開始時点から解離終了時点までの間の層厚変化量Δλの経時的変化を示すセンサグラムを作成する。つぎに、得られたセンサグラムについて、統計解析/グラフ作成ソフトウェア〔(株)ヒューリンクス製、商品名:カレイダグラフ〕を用いて最小二乗法によりカーブフィッティングを行なうことにより、センサグラムの近似曲線(a)を得る。センサグラムに対するカーブフィッティングを行なった一例を
図5に示す。得られた近似曲線(a)は、式(I):
【0074】
【数1】
【0075】
(式中、Δλは層厚の変化量、a、b、k
1およびk
2はカーブフィッティングで定まる任意の数、tは経過時間を示す)
で表わされる曲線である。その後、式(I)において、a値がb値よりも大きい場合(a>b)、k
1の値をペプチドの解離速度定数k
offの値とし、a値がb値よりも小さい場合(a<b)、k
2の値をペプチドの解離速度定数k
offの値として用いる。なお、
図5に示されるセンサグラムを示すペプチドの解離速度定数k
offは、1.43×10
-3sec
-1と算出される。
【0076】
ACTH24、ACTH39、ACTH41、SA21、ITIH4、グルカゴン、BNP、フィブリノゲンα、(Arg)10および(His)20の各ペプチドのセンサグラムに対してカーブフィッティングを行なうことにより、センサグラムの近似曲線を得た。得られた近似曲線を表わす式から、前記の手順にしたがい、各ペプチドの解離速度定数k
offを求めた。その結果、ペプチドの種類に応じて、各ペプチドが異なる解離速度定数k
offを有する傾向が見られた。
【0077】
各ペプチドのセンサグラムの近似曲線を表わす式を用い、層厚の変化量の最大値(以下、「最大層厚変化量」ともいう)を求めた。その結果、ペプチドの種類に応じて、各ペプチドがHSAに結合したときの最大層厚変化量を有する傾向が見られた。
【0078】
(6)HSAからの各ペプチドの解離様式の判別
HSAからのペプチドの解離様式は、式(I)のb値の大きさが所定の閾値よりも小さいことおよび式(I)のb値の大きさが所定の閾値以上であることに基づいて判別することができる。本実施例で用いた具体的な判断基準は、以下のとおりである。
<判断基準>
b値が0.241よりも小さい場合(b<0.241)、タンパク質からのペプチドの解離様式は、「単調様式」である。
b値が0.241以上である場合(b≧0.241)、タンパク質からのペプチドの解離様式は、「複相様式」である。
【0079】
したがって、これらの結果より、ペプチドの種類に応じて、
(I)ペプチドと結合するタンパク質が基板に固定化された固相担体(以下、「タンパク質センサーチップ」ともいう)上において、タンパク質からペプチドが解離する際の解離速度定数k
off(第1情報)、
(II)タンパク質センサーチップの最大層厚変化量(第2情報)、
(III)ペプチドとタンパク質との解離様式が単調様式および複相様式のいずれであるか(第3情報)
のそれぞれが異なることがわかる。
【0080】
以上の結果から、既知ペプチドの第1〜第3の情報と標的ペプチドの第1〜第3情報を用いることにより、標的ペプチドの種類の判定(例えば、特定の既知ペプチドであるかどうかの判定など)を行なうことができることが示唆される。
【0081】
(7)1種類の既知ペプチドのペプチドマップの生成
HSAセンサーチップと、既知ペプチドとして1種類のペプチド(ACTH39)とを用いたときの解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)に基づき、1種類の既知ペプチドのペプチドマップを作成した。その結果を
図6に示す。図中、黒丸は複相様式を示す。
【0082】
ペプチドマップにおいて、解離速度定数k
off(第1情報)は、HSAとペプチドとの親和性の指標となると考えられる。また、最大層厚変化量(第2情報)は、HSAとペプチドとの複合体の構造変化の大きさの指標となると考えられる。単調様式および複相様式(第3情報)は、HSAからのペプチドの解離様式の違いの指標となると考えられる。
【0083】
ペプチドマップを用いることにより、既知ペプチドの第1〜第3情報との比較が容易になる。したがって、1種類の既知ペプチドの第1〜第3情報に基づくペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定できることが示唆される。
【0084】
(実施例2)
実施例1と同様の操作を行ない、HSAセンサーチップと、既知ペプチドとして複数種類のペプチド〔ACTH24、ACTH39、ACTH41、SA21、ITIH4、グルカゴン、BNP、フィブリノゲンα、(Arg)10および(His)20〕とを用いたときの解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。HSAセンサーチップと、複数種類の既知ペプチド〔ACTH24、ACTH39、ACTH41、SA21、ITIH4、グルカゴン、BNP、フィブリノゲンα、(Arg)10および(His)20〕とを用いたときの第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチドのペプチドマップを作成した。その結果を
図7に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0085】
図7に示されるように、第1〜第3情報に基づくペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、複数種類の既知ペプチドの第1〜第3情報に基づくペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0086】
(実施例3)
(1)被検試料の調製
ACTH24、ACTH39、ACTH41、SA21、ITIH4、グルカゴン、BNP、フィブリノゲンα、(Arg)10および(His)20のペプチド粉末〔(株)バイオロジカ製〕を脱塩精製水に溶解し、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が2μMになるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。つぎに、各ペプチド名が記載されたシールが貼られた1.5mLチューブに、対応するペプチド溶液500μLを入れた。
【0087】
(2)被検試料の無作為抽出
第1の実験協力者に、実施例3(1)で得られた各チューブのペプチド名のシールを、1〜10の番号の記載されたシールにランダムに貼り替えさせた。ブラインド試験では、第1の実験協力者のみが、シールの番号とペプチド溶液の種類との対応を知得している。つぎに、第2の実験協力者に、1〜10のなかから無作為に3つの番号を選ばせ、被検試料として3種類のペプチド溶液(No.2、No.6およびNo.10)を抽出した。
【0088】
(3)第1〜第3情報の取得
実施例1(2)と同様の操作を行ない、HSAを基板の表面に吸着させてHSAセンサーチップを得た。基板へのHSAの吸着後30分間経過時に、実施例3(1)で無作為抽出された3種類の被検試料のうちの1つの被検試料100μLを、HSAセンサーチップとフローセルとの間に形成された流路に流速100μL/minで注入した。流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)を経時的に測定し、センサグラムを得た。HSAセンサーチップの作成および波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)の測定の一連の実験を4回以上行なった。得られたセンサグラムについて、統計解析/グラフ作成ソフトウェア〔(株)ヒューリンクス製、商品名:カレイダグラフ〕を用いて最小二乗法によりカーブフィッティングを行なうことにより、センサグラムの近似曲線を得た。得られた近似曲線および近似曲線を表わす式を用い、実施例1と同様の操作を行ない、第1〜第3情報を取得した。なお、第1情報は、解離速度定数k
offについて、4回以上の実験で得られた各値の平均値および標準偏差を求めることによって得た。また、第2情報は、最大層厚変化量について、4回以上の実験で得られた各値の平均値および標準偏差を求めることによって得た。
【0089】
(4)標的ペプチドの種類の判定
実施例3(3)で得られた複数種類の既知ペプチドの第1〜第3情報と被検試料に含まれる標的ペプチドの第1〜第3情報とを用い、以下の2つの方法により、標的ペプチドの種類を判定した。
【0090】
第1の方法では、ます、複数種類の既知ペプチドの第1〜第3情報と被検試料に含まれる標的ペプチドの第1〜第3情報とを比較した。つぎに、下記判断基準に基づき、標的ペプチドが特定の既知ペプチドであるかどうかを調べ、標的ペプチドの種類を判定した。
<判断基準>
(I)標的ペプチドの解離速度定数k
offが特定の既知ペプチドの解離速度定数k
offと同じ値または近似の値(式(II)で求められる値が0.315以下)であること
(II)標的ペプチドを用いたときのタンパク質センサーチップの最大層厚変化量が特定の既知ペプチドの最大層厚変化量と同じ値または近似の値であること、
(III)標的ペプチドとタンパク質との解離様式が特定の既知ペプチドとタンパク質との解離様式(単調様式または複相様式)と同じであること。
【0091】
また、第2の方法では、まず、第1〜第3情報に基づき、既知ペプチドのペプチドマップを作成した。つぎに、得られたペプチドマップ上に、被検試料に含まれる標的ペプチドの第1〜第3情報をプロットした。その後、標的ペプチドに対応する座標点から最も近い距離に位置する座標点に対応する既知ペプチドを同定した。
【0092】
第1の方法を行なった結果、No.2の被検試料に含まれる標的ペプチドは、ITIH4であると判定された。また、No.6の被検試料に含まれる標的ペプチドは、ACTH39であると判定された。さらに、No.10の被検試料は、BNPであると判定された。つぎに、第1実験者に、得られた判定結果と、実際に用いられた被検試料のペプチド溶液の種類とを照合させた。その結果、判定結果が正しいことが示された。
【0093】
また、第2の方法を行なった結果を
図8に示す。
図8(A)はHSAから単調様式で解離する既知ペプチドのペプチドマップ、
図8(B)はHSAから複相様式で解離する既知ペプチドのペプチドマップを示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式、矩形は標的ペプチドを示す。
図8に示された結果から、No.2の被検試料に含まれる標的ペプチドの座標点は、ITIH4の座標点に近い位置にある。したがって、No.2の被検試料に含まれる標的ペプチドは、ITIH4であると判定された。また、No.6の被検試料に含まれる標的ペプチドの座標点は、ACTH39の座標点に近い位置にある。したがって、No.6の被検試料に含まれる標的ペプチドは、ACTH39であると判定された。さらに、No.10の被検試料に含まれる標的ペプチドの座標点は、BNPの座標点に近い位置にある。No.10の被検試料は、BNPであると判定された。つぎに、第1の実験協力者に、得られた判定結果と、実際に用いられた被検試料のペプチド溶液の種類とを照合させた。その結果、判定結果が正しいことが示された。
【0094】
以上の結果から、複数種類の既知ペプチドの第1〜第3情報を用いることにより、容易にペプチドの種類を判定することができることがわかる。
【0095】
(比較例1)
実施例3(4)において、第1〜第3情報を用いる代わりに、第1情報および第2情報を用いたことを除き、実施例3における第2の方法と同様の操作を行ない、標的ペプチドの種類を判定した。その結果を
図9に示す。図中、グラフ(b)はグラフ(a)の一部分の拡大図である。
【0096】
図9に示された結果から、No.6の被検試料に含まれる標的ペプチドの座標点は、ACTH24の座標点およびACTH39の座標点の双方に近い距離にあることがわかる。また、No.10の被検試料に含まれる標的ペプチドの座標点は、BNPの座標点および(His)20の座標点の双方に近い距離にあることがわかる。これらの結果から、第1情報および第2情報だけでは、ペプチドの種類を判定することが困難であることがわかる。
【0097】
(実施例4)
(1)全血溶液の調製
本実施例4では、ペプチドと結合するタンパク質として、ヒト全血〔(株)東京未来スタイル製〕を用いた。ヒト全血を0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)で10000〜20000倍希釈して全血溶液を得た。
【0098】
(2)全血センサーチップの作製
基板〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)専用センサーチップ(無修飾)、型式名LCS−01〕と、フローセル〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)専用フローセル、形式名LCF−01〕とを、分子間相互作用測定装置〔コニカミノルタ(株)製、商品名:MI−Affinity(登録商標)〕にセットした。
【0099】
つぎに、基板とフローセルとの間に形成された流路に、ランニングバッファとして0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)を流速50μL/minで30分間以上流して基板の表面の平衡化を行なった。その後、流路に、実施例4(1)で得られた全血溶液100μLを流速50μL/minで注入し、全血の成分を基板の表面に吸着させた。なお、ランニングバッファの送液および全血溶液の注入には、高速液体クロマトグラフ用送液ポンプ〔(株)島津製作所製、商品名:ProminenceUFLC〕およびオートサンプラ〔(株)日立製作所製、商品名:Chromaster〕を用いた。これにより、全血の成分が基板の表面に固定化された固相担体(以下、「全血センサーチップ」ともいう)を得た。また、流路への全血溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δγ)を経時的に測定することにより、センサグラムを得た。得られたセンサグラムを
図10(A)に示す。また、得られたセンサグラムについて、統計解析/グラフ作成ソフトウェア〔(株)ヒューリンクス製、商品名:カレイダグラフ〕を用いて最小二乗法によりカーブフィッティングを行なうことにより、センサグラムの近似曲線を得た。得られた近似曲線および近似曲線を表わす式を用い、実施例1と同様の操作を行ない、基板から解離する際の全血の成分の解離速度定数k
offを求めた。
【0100】
図10(A)に示された結果から、得られたセンサグラムは、流路への全血溶液の注入時点直後から、一定の波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)を示すことがわかる。また、センサグラムに基づき、基板から解離する際の全血の解離速度定数k
offを求めた。その結果、全血の解離速度定数k
offは、基板からの全血の解離はほとんど見られなかった。そのため、解離速度定数k
offをカーブフィッティングによって求めることができなかった。しかし、センサグラムから、全血は、56時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、全血センサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0101】
(3)ペプチド溶液の調製
アミロイドβ40ペプチド(以下、「AB40」という)、アミロイドβ42ペプチド(以下、「AB42」という)、ACTH24、ACTH15」という)、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィン(Dynorphin)AまたはSA21を精製脱塩水に溶解させ、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が表2に示される濃度となるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。
【0102】
【表2】
【0103】
(4)第1〜第3情報の取得
実施例4(2)で得られた全血センサーチップと、実施例4(3)で得られた各ペプチド溶液とを用い、実施例1と同様の操作を行ない、解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。その結果、ペプチドの種類に応じて、第1情報、第2情報および第3情報のそれぞれが異なっていた。これらの結果から、全血センサーチップを用いることにより、標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0104】
(5)ペプチドマップの生成
実施例4(4)で得られた第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチド〔AB40、AB42、ACTH24、ACTH15、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィンAおよびSA21〕のペプチドマップを作成した。その結果を
図10(B)に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0105】
図10(B)に示されるように、全血センサーチップを用いて得られたペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、全血センサーチップを用いて得られたペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0106】
(実施例5)
(1)ヒトγグロブリン溶液の調製
本実施例5では、ペプチドと結合するタンパク質として、ヒトγグロブリン(以下、「HγG」という)〔和光純薬工業(株)製〕を用いた。HγGを精製脱塩水に溶解させ、HγG水溶液を得た。つぎに、得られたHγG水溶液を、HγGの濃度が50μg/mLとなるように、0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)で希釈してHγG溶液を得た。
【0107】
(2)HγGセンサーチップの作製
実施例4(2)において、全血溶液を用いる代わりにHγG溶液を用いたことを除き、実施例4(3)と同様の操作を行ない、HγGセンサーチップを得た。また、流路へのHγG溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δγ)を経時的に測定することにより、センサグラムを得た。得られたセンサグラムを
図11(A)に示す。
【0108】
図11(A)に示された結果から、基板からのHγGの解離は、ほとんど見られなかった。そのため、解離速度定数k
offを求めることができなかった。しかし、センサグラムから、HγGは、56時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、HγGセンサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0109】
(3)ペプチド溶液の調製
AB40、AB42、ACTH24、ACTH15、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィンAまたはSA21を精製脱塩水に溶解させ、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が10μMとなるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。
【0110】
(4)第1〜第3情報の取得
実施例5(2)で得られたHγGセンサーチップと、実施例5(3)で得られた各ペプチド溶液とを用い、実施例1と同様の操作を行ない、解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。その結果、ペプチドの種類に応じて、第1情報、第2情報および第3情報のそれぞれが異なっていた。これらの結果から、HγGセンサーチップを用いることにより、標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0111】
(5)ペプチドマップの生成
実施例5(4)で得られた第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチド〔AB40、AB42、ACTH24、ACTH15、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィンAおよびSA21〕のペプチドマップを作成した。その結果を
図11(B)に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0112】
図11(B)に示されるように、HγGセンサーチップを用いて得られたペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、HγGセンサーチップを用いて得られたペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0113】
(実施例6)
(1)トランスサイレチン溶液の調製
本実施例6では、ペプチドと結合するタンパク質として、トランスサイレチン〔ABD社製〕を用いた。トランスサイレチンを精製脱塩水に溶解させ、トランスサイレチン水溶液を得た。つぎに、得られたトランスサイレチン水溶液を、トランスサイレチンの濃度が0.2μMとなるように、0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.9)で希釈してトランスサイレチン溶液を得た。
【0114】
(2)トランスサイレチンセンサーチップの作製
実施例4(2)において、全血溶液を用いる代わりにトランスサイレチン溶液を用いたことを除き、実施例4(3)と同様の操作を行ない、トランスサイレチンセンサーチップを得た。また、流路へのトランスサイレチン溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δγ)を経時的に測定することにより、センサグラムを得た。得られたセンサグラムを
図12(A)に示す。
【0115】
図12(A)に示された結果から、得られたセンサグラムは、流路へのトランスサイレチン溶液の注入時点直後から、一定の波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)を示すことがわかる。また、センサグラムに基づき、基板から解離する際のトランスサイレチンの解離速度定数k
offを求めた。その結果、基板からのトランスサイレチンの解離は、ほとんど見られなかった。そのため、解離速度定数k
offを求めることができなかった。しかし、センサグラムから、トランスサイレチンは17時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、トランスサイレチンセンサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0116】
(3)ペプチド溶液の調製
AB40、AB42、ACTH24、ACTH15、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィンAまたはSA21を精製脱塩水に溶解させ、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が表3に示される濃度となるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。
【0117】
【表3】
【0118】
(4)第1〜第3情報の取得
実施例6(2)で得られたトランスサイレチンセンサーチップと、実施例6(3)で得られた各ペプチド溶液とを用い、実施例1と同様の操作を行ない、解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。その結果、ペプチドの種類に応じて、第1情報、第2情報および第3情報のそれぞれが異なっていた。これらの結果から、トランスサイレチンセンサーチップを用いることにより、標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0119】
(5)ペプチドマップの生成
実施例6(4)で得られた第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチド〔AB40、AB42、ACTH24、ACTH15、ACTH39、ACTH41、ダイノルフィンAおよびSA21〕のペプチドマップを作成した。その結果を
図12(B)に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0120】
図12(B)に示されるように、トランスサイレチンセンサーチップを用いて得られたペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、トランスサイレチンセンサーチップを用いて得られたペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0121】
(実施例7)
(1)ウシ血清アルブミン溶液の調製
本実施例7では、ペプチドと結合するタンパク質として、ウシ血清アルブミン(以下、「BSA」という)(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を用いた。BSAを、濃度が0.5〜1μMとなるように精製脱塩水に溶解させ、BSA水溶液を得た。
【0122】
(2)BSAセンサーチップの作製
実施例4(2)において、全血溶液を用いる代わりにBSA溶液を用いたことを除き、実施例4(3)と同様の操作を行ない、BSAセンサーチップを得た。また、流路へのBSA溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δγ)を経時的に測定することにより、センサグラムを得た。得られたセンサグラムを
図13(A)に示す。
【0123】
図13(A)に示された結果から、得られたセンサグラムは、流路へのBSA溶液の注入時点直後から、一定の波長変化量Δλ(層厚変化量Δλ)を示すことがわかる。また、センサグラムに基づき、基板から解離する際のBSAの解離速度定数k
offを求めた。その結果、基板からのBSAの解離は、ほとんど見られなかった。そのため、解離速度定数k
offを求めることができなかった。しかし、センサグラムから、BSAは、111時間以上にわたって基板の表面に固定化されていることがわかる。したがって、BSAセンサーチップは、高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に優れていることがわかる。
【0124】
(3)ペプチド溶液の調製
ACTH24、AB40、SA21、ダイノルフィンA、キニノゲン、ITIH4、フィブリノゲンまたはグルカゴンを精製脱塩水に溶解させ、ペプチド水溶液を得た。つぎに、得られたペプチド水溶液を、ペプチドの濃度が表4に示される濃度となるように0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液で希釈し、ペプチド溶液を得た。
【0125】
【表4】
【0126】
(4)第1〜第3情報の取得
実施例7(2)で得られたBSAセンサーチップと、実施例7(3)で得られた各ペプチド溶液とを用い、実施例1と同様の操作を行ない、解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。その結果、ペプチドの種類に応じて、第1情報、第2情報および第3情報のそれぞれが異なっていた。これらの結果から、BSAセンサーチップを用いることにより、標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0127】
(5)ペプチドマップの生成
実施例7(4)で得られた第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチド〔ACTH24、AB40、SA21、ダイノルフィンA、キニノゲン、ITIH4、フィブリノゲンおよびグルカゴン〕のペプチドマップを作成した。その結果を
図13(B)に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0128】
図13(B)に示されるように、BSAセンサーチップを用いて得られたペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、BSAセンサーチップを用いて得られたペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0129】
(実施例8)
(1)熱変性ウシ血清アルブミン溶液の調製
本実施例8では、ペプチドと結合するタンパク質として、熱変性ウシ血清アルブミン(以下、「熱変性BSA」という)を用いた。
BSA(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)の粉末を、濃度が1.0質量%となるように精製脱塩水に溶解させた。得られた溶液をオートクレーブにて110℃で15分間加熱し、熱変性BSAを得た。加熱後の溶液を熱変性BSAの濃度が0.2〜1μMとなるように精製脱塩水に溶解させ、熱変性BSA水溶液を得た。
【0130】
(2)熱変性BSAセンサーチップの作製
実施例4(2)において、全血溶液を用いる代わりに熱変性BSA水溶液を用いたことを除き、実施例4(3)と同様の操作を行ない、熱変性BSAセンサーチップを得た。また、流路への熱変性BSA水溶液の注入を行なう際に、流路に白色光を照射したときの反射光の分光反射率曲線のボトム波長の波長変化量Δλ(層厚変化量Δγ)を経時的に測定することにより、センサグラムを得た。得られたセンサグラムを
図14(A)に示す。
【0131】
図14(A)に示された結果から、得られたセンサグラムは、基板からの熱変性BSAの解離はほとんど見られなかった。そのため、解離速度定数k
offを求めることができなかった。したがって、熱変性BSAセンサーチップは、極めて高い保存安定性を有し、センサーチップとして実用性に極めて優れていることがわかる。
【0132】
(3)第1〜第3情報の取得
実施例8(2)で得られた熱変性BSAセンサーチップと、実施例7(3)と同様にして得られた各ペプチド溶液とを用い、実施例1と同様の操作を行ない、解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。その結果、ペプチドの種類に応じて、第1情報、第2情報および第3情報のそれぞれが異なっていた。これらの結果から、熱変性BSAセンサーチップを用いることにより、標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0133】
(5)ペプチドマップの生成
実施例8(4)で得られた第1〜第3情報に基づき、複数種類の既知ペプチド〔ACTH24、AB40、SA21、ダイノルフィンA、キニノゲン、ITIH4、フィブリノゲンおよびグルカゴン〕のペプチドマップを作成した。その結果を
図14(B)に示す。図中、白丸は単調様式、黒丸は複相様式を示す。
【0134】
図14(B)に示されるように、熱変性BSAセンサーチップを用いて得られたペプチドマップでは、複数種類の既知ペプチドのそれぞれが区別可能に分離してプロットされていることがわかる。したがって、熱変性BSAセンサーチップを用いて得られたペプチドマップによれば、容易にペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0135】
以上の結果から、ペプチドと結合するタンパク質が基板に固定化された固相担体からの標的ペプチドの解離速度定数k
off(第1情報)、固相担体の最大層厚変化量(第2情報)および標的ペプチドの解離様式の種類(第3情報)を用いることにより、例えば、質量分析計のように操作が複雑な装置などを用いなくても、簡便に標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。
【0136】
(実施例9)
表5に示される複数種類のペプチドを用い、実施例1と同様の操作を行い、複数種類のペプチドの解離速度定数k
off(第1情報)、最大層厚変化量(第2情報)および解離様式の種類(第3情報)を取得した。なお、表5中、「IS 13mer」とは、HSAのアミノ酸配列の237〜249番目のフラグメントである。「ELN 11mer」とは、エラスチンのアミノ酸配列の548〜558番目のフラグメントである。
【0137】
【表5】
【0138】
各ペプチドの解離速度定数k
off、最大層厚変化量Δλ、およびb値を表6に示す。
【0139】
【表6】
【0140】
表6に示された結果から、様々なアミノ酸残基数のペプチドについて解離速度定数k
off、最大層厚変化量Δλ、およびb値を測定・算出することができることがわかる。これらの結果から、未知の標的ペプチドの第1〜第3情報を取得した場合、表6に示される値と比較することにより、簡便に標的ペプチドの種類を判定することができることが示唆される。