特許第6385335号(P6385335)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6385335RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳量調整システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6385335
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳量調整システム
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/63 20060101AFI20180827BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20180827BHJP
【FI】
   C12N15/63 100Z
   C12P21/02 CZNA
【請求項の数】6
【全頁数】41
(21)【出願番号】特願2015-502983(P2015-502983)
(86)(22)【出願日】2013年7月16日
(65)【公表番号】特表2015-525562(P2015-525562A)
(43)【公表日】2015年9月7日
(86)【国際出願番号】JP2013069958
(87)【国際公開番号】WO2014014122
(87)【国際公開日】20140123
【審査請求日】2016年6月21日
(31)【優先権主張番号】61/672,219
(32)【優先日】2012年7月16日
(33)【優先権主張国】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【弁理士】
【氏名又は名称】有原 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【弁理士】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 博英
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 慧
(72)【発明者】
【氏名】井上 丹
【審査官】 布川 莉奈
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−142259(JP,A)
【文献】 Molecular and Cellular Biology,1992年,Vol. 12, No. 5,pp. 1959-1966
【文献】 The EMBO Journal,1990年,Vol. 9, No. 12,pp. 4127-4133
【文献】 Plant Molecular Biology,2003年,Vol. 52,pp. 357-369
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00− 3/00
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳を制御する方法であって、
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ、および
(3)RNAモチーフの3’側に、(a)ベイトオープンリーディングフレーム(ベイトORF)、(b)イントロンおよび(c)インターナルリボゾームエントリーサイト(IRES)を含む配列から成るONスイッチカセットを含んでなる5’UTR調節構造部およびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するmRNAを細胞に導入し、前記RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質により当該蛋目的蛋白質翻訳を開始させるステップを含む方法であって、
前記ベイトORFは、その3’末端から500塩基以内に終止コドンを有する配列であり、
前記RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列が、L7Aeタンパク質の結合配列、MS2ファージのコートタンパク質の結合配列およびBacillusstearothermophilusリボソームタンパク質S15の結合配列からなる群より選択される結合配列であり、
前記変異体が、前記RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列と少なくとも90%の配列同一性を有する塩基配列である、方法。
【請求項2】
前記ベイトORFが、Renillaluciferaseの5’側から457番目に終止コドンを挿入した配列である、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記イントロンが、ヒトβグロビンイントロンである、請求項に記載の方法。
【請求項4】
次の構造を含んでなる5’UTR調節構造部;
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ、および
(3)RNAモチーフの3’側に、(a)ベイトオープンリーディングフレーム(ベイトORF)、(b)イントロンおよび(c)インターナルリボゾームエントリーサイト(IRES)を含む配列から成るONスイッチカセットおよびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するmRNAであって、前記ベイトORFは、イントロンから320塩基以上離れて終止コドンを有する配列であり、
前記RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列が、L7Aeタンパク質の結合配列、MS2ファージのコートタンパク質の結合配列およびBacillusstearothermophilusリボソームタンパク質S15の結合配列からなる群より選択される結合配列であり、
前記変異体が、前記RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列と少なくとも90%の配列同一性を有する塩基配列である、mRNA。
【請求項5】
前記ベイトORFが、Renillaluciferaseの5’側から457番目及び/または466番目に終止コドンを挿入した配列である、請求項に記載のmRNA。
【請求項6】
前記イントロンが、ヒトβグロビンイントロンである、請求項に記載のmRNA。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳量調整システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の遺伝子を細胞に導入し、翻訳、発現させることは、生物学的システムを操作し、理解するためにより一層の必要性を増している。低分子に反応した翻訳調整システムが広く知られており、導入遺伝子の発現に用いられてきている。これらの方法は、種々の遺伝子の発現を同等に調整する技術であった。
【0003】
これまでに、真核生物において、外因性遺伝子からの蛋白質の発現の定量的な調節は、テトラサイクリンなどの添加される低分子に応答する転写因子に大きく依存していた(Deans TL, Cantor CR, Collins JJ (2007) A tunable genetic switch based on RNAi and repressor proteins for regulating gene expression in mammalian cells. Cell 130:363-372.)。そして、添加されるエフェクター分子の濃度が、転写因子の活性を決定していた。これらのエフェクター分子と転写因子との組み合わせは、細胞内の複数の標的遺伝子の転写レベルを、同等に調節するものである。図16は、このような従来のシステムを概念的に示す図である。
【0004】
哺乳類細胞において、目的遺伝子の転写後調整についても報告がある。Okano H et al. (2005) Function of RNA-binding protein Musashi-1 in stem cells. Exp Cell Res. 306: 349-356.
【0005】
本発明者らは、古細菌のリボソーム蛋白質であるL7Ae蛋白質が結合するRNAモチーフであるkink−turnRNAモチーフを組み込んだ標的mRNAを設計し、このmRNAの翻訳を強く抑制する、「翻訳OFFスイッチ」システムを報告した(WO2009/066757)。図15にkink−turnRNAモチーフの構造及び、かかるシステムの概要を示す。このシステムは、On−Offのスイッチのように機能するが、定量的な翻訳調節をするためには、その用途が限定されているものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
単一の調整因子を使用することによって、複数種類の外因性遺伝子の発現を、個別に独立して調整することは、きわめて重要性を持つ。しかし、そのようなシステムは、未だ報告されていない。本発明はこのような課題を解決するためになされたものである。本発明者らは、RNA−蛋白質複合体由来の塩基配列もしくはその変異体からなるRNAモチーフと、このRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質とを用いて、目的遺伝子をコードするmRNAの翻訳調節をすることを考えた。そして、mRNAの5’非翻訳領域(以下、5’UTRと省略して指称する)にRNAモチーフを導入し、導入されるRNAモチーフの数、及び導入箇所の5’末端からの距離を変えることにより、定量的な翻訳抑制が可能となることを発見し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、一実施の形態によれば、RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳量調整方法であって、
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、スペーサー、および
(3)前記スペーサーの3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ
を含んでなる5’UTR調節構造部およびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するmRNAを、前記RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質の存在下で、細胞に導入するステップを含み、
前記スペーサーの塩基数が少ないほど蛋白質の翻訳量が抑制され、前記RNAモチーフの数が多いほど蛋白質の翻訳量が抑制される、方法である。
【0008】
本発明は、別の実施の形態によれば、mRNAの蛋白質翻訳量の抑制方法であって、
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、スペーサー、および
(3)前記スペーサーの3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ
を含んでなる5’UTR調節構造部を目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列の5‘側に設けるステップを含み、
前記スペーサーの塩基数が少ないほど蛋白質の翻訳量を抑制し、前記RNAモチーフの数が多いほど蛋白質の翻訳量を抑制する、方法である。
【0009】
本発明は、また別の実施の形態によれば、次の構造を含んで成る5’UTR調節構造部;
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、スペーサー、および
(3)前記スペーサーの3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ、
およびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を含んでなるmRNAであって、RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質の存在下で目的蛋白質の翻訳量が抑制されるmRNAである。
【0010】
本発明は、さらにまた別の実施の形態によれば、以下の工程を含む、細胞内で任意の量のタンパク質を翻訳する外来性mRNAを選択する方法である。
(1)前述のmRNAを、対応するRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質を発現する細胞へ導入する工程、および
(2)当該タンパク質の翻訳量を測定し、所望の翻訳量を呈する上記mRNAを同定する工程。
【0011】
本発明は、さらにまた別の実施の形態によれば、異なる目的蛋白質の遺伝子をコードする複数の異なるmRNAからの目的蛋白質の発現量を、独立に、異なるレベルで調節する方法であって、
5’末端にCap構造を有し、第一の目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有し、前記Cap構造の3’側であって開始コドンの5’側に、スペーサーと、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上の第一のRNAモチーフとを含んでなる第一の調節構造部が設けられている第一のmRNAを、前記RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質の存在下で、細胞に導入するステップと、
5’末端にCap構造を有し、第二の目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有し、前記Cap構造の3’側であって開始コドンの5’側に、スペーサーと、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上の第二のRNAモチーフとを含んでなる第二の調節構造部が設けられている第二のmRNAを、前記RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質の存在下で、細胞に導入するステップと
を含み、前記第一の調節構造部と、前記第二の調節構造部とで、前記スペーサーの塩基数及び/または前記RNAモチーフの数が異なり、
前記第一のRNAモチーフと前記第二のRNAモチーフとが同一であるか、または前記第一のRNAモチーフと前記第二のRNAモチーフとが同一の蛋白質に特異的に結合するが同一の蛋白質に対して異なる解離定数を有する変異体である、方法である。
【0012】
本発明は、さらにまた別の実施の形態によれば、RNA−蛋白質相互作用モチーフを利用した蛋白質翻訳を制御する方法であって、
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ、および
(3)RNAモチーフの3’側に、(a)ベイトオープンリーディングフレーム(ベイトORF)、(b)イントロンおよび(c)インターナルリボゾームエントリーサイト(IRES)を含む配列から成るONスイッチカセット
を含んでなる5’UTR調節構造部およびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するmRNAを細胞に導入し、前記RNAモチーフに特異的に結合する蛋白質により当該蛋目的蛋白質翻訳を開始させるステップを含む方法であって、前記ベイトORFは、その3’末端から500塩基以内に終止コドンを有する配列である、方法である。
【0013】
本発明は、さらにまた別の実施の形態によれば、次の構造を含んで成る5’UTR調節構造部;
(1)5’末端にCap構造、
(2)前記Cap構造の3’側に、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上のRNAモチーフ、および
(3)RNAモチーフの3’側に、(a)ベイトオープンリーディングフレーム(ベイトORF)、(b)イントロンおよび(c)インターナルリボゾームエントリーサイト(IRES)を含む配列から成るONスイッチカセット
およびその3’側に目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するmRNAであって、前記ベイトORFは、その3’末端から500塩基以内に終止コドンを有する配列である、mRNAである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複数の異なるmRNAからの異なる蛋白質の発現量を、同一の活性因子の存在下で、独立に異なるレベルで調整することができ、翻訳の制御を定量的に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、RNAモチーフの数とスペーサーの塩基長とにより目的蛋白質の翻訳を調整することができるmRNAの5’UTR調整構造部の可変性を示す概念図である。
図2図2は、スペーサーと一つのKtモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAを模式的に示す図である。
図3図3は、一つのKtモチーフを有する5’UTR調整構造部を備え、ECFPをコードするmRNAと、かかるmRNAに対し、スペーサーをさらに導入し、その塩基長さを変えてチューニングする実施態様を示す図である。
図4図4は、スペーサーと一つのKtモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNA、及びスペーサーと一つのdKtモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAについて、それぞれのモチーフの5’末端からの距離に対する、翻訳効率の関係を示すグラフである。
図5図5は、Ktモチーフの変異体である、KlモチーフおよびKl2モチーフの二次構造を示す図である。
図6図6は、複数のKlモチーフを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAを模式的に示す図である。
図7図7は、スペーサーとKlモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAにおいて、Klモチーフの数と、スペーサーの長さ(5’末端からのKlモチーフの距離)と、翻訳効率の関係を示すグラフである。
図8図8は、スペーサーとKlモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNA、及び、スペーサーとKtモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAにおいて、モチーフの数と、スペーサーの長さ(5’末端からのモチーフの距離)と、翻訳効率の関係を示すグラフである。
図9図9は、単一のトリガー蛋白質の存在下で、同時にかつ独立して、5’UTR調節構造部の構造が異なり、コードする目的蛋白質も異なる二つのmRNAの翻訳を調整するシステムを概念的に示す図である。
図10図10は、5’UTR調整構造部が異なる4種のmRNAについて、転写後の相対的なmRNAのレベルを示す図である。
図11図11は、5’UTR調整構造部及び目的蛋白質遺伝子が異なる二種類のmRNAを1セットとして、9種のセットについて同時に発現させた場合のEGFP及びECFPの蛍光プロファイルを示す図である。
図12図12は、MS2SLモチーフ及びFr15モチーフの二次構造を示す図である。
図13図13は、スペーサーとMS2SLモチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAにおいて、MS2SLモチーフの数と、スペーサーの長さ(5’末端からのMS2SLモチーフの距離)と、翻訳効率の関係を示すグラフである。
図14図14は、スペーサーとFr15モチーフとを設けた5’UTR調整構造部を備えるmRNAにおいて、Fr15モチーフの数と、スペーサーの長さ(5’末端からのFr15モチーフの距離)と、翻訳効率の関係を示すグラフである。
図15図15は、kink−turnRNAモチーフの構造、及び従来技術によるkink−turnRNAモチーフを組み込んだ標的mRNAによる翻訳OFFスイッチシステムを概念的に示す図である。
図16図16は、従来技術による、エフェクター分子/転写因子の組み合わせによって細胞内の複数の標的遺伝子の転写レベルを同等に調節するシステムを概念的に示す図であり、エフェクター分子の濃度が、転写因子の活性を決定することを示す。
図17図17は、ONスイッチカセットを概念的に示す図であり、(A)は、トリガー蛋白質が存在しない場合にはベイトORFが翻訳されIRES配列以下の遺伝子が翻訳されないことを示し、(B)は、トリガー蛋白質が存在する場合に、トリガー蛋白質の働きによりベイトORFが翻訳されず、IRES配列以下の遺伝子が翻訳されることを示す。
図18図18(A)から(D)は、ONスイッチカセットにおいてKtモチーフまたはdKtモチーフ(陰性対照)およびトリガー蛋白質として、L7AまたはMS2コート蛋白質(陰性対照)の組み合わせを導入したHela細胞のDsRed(トリガー蛋白質の発現)およびEGFP(翻訳対象)を示す顕微鏡像を示す。図18(E)は、各組み合わせにおけるDsRedの蛍光量に対するEGFPの蛍光量比を示すグラフである。図18(F)は、各組み合わせにおけるmRNAの量を示すグラフである。
図19図19(A)は、ONスイッチカセットまたはOFFスイッチカセットおよびKtモチーフまたはFr15モチーフの組み合わせにおけるmRNAプラスミドとトリガー蛋白質プラスミドの量比に対するEGFPの蛍光量を示すグラフである。図19(B)は、ONスイッチカセットまたはOFFスイッチカセットおよび各Ktモチーフ変異体の組み合わせにおける解離定数(Kd)に対するEGFPの蛍光量を示すグラフである。図19(C)及び(D)は、コグネートインプットタンパク質(それぞれ、L7Ae、S15)及びノンコグネートインプットタンパク質(それぞれ、MS2CP、L7KK)の転写活性を評価するウェスタンブロット分析の結果を示す。
図20図20(A)は、PTCありもしくはなし(ONもしくはONn)のスイッチインバーターモジュールの概念図(左図)であり、グラフは反転されたスイッチからのEGFPの蛍光強度を示す(右図)。図20(B)は、siRNAにより誘導されたNMD因子であるSMG1、UPF1、UPF2のノックダウン後のウェスタンブロット分析の結果を示しており、GAPDHもまた溶解物の内部対照として分析した。図20(C)は、それぞれのインバータースイッチ(ON-Kt またはON-dKt)及びトリガー蛋白質(MS2 またはL7Ae)を導入した、siRNA処理をした細胞におけるEGFP蛍光の平均強度を示すグラフである。
図21図21(A)は、ベイトORFにおいて改変した一連のスイッチインバーターモジュールを示す概念図であり、320 nt (ON32)、160 nt (ON16)、80 nt (ON8)は、PTCとスプライス部位との距離を示し(左図)、それぞれのインバータースイッチ及びトリガー蛋白質を導入した細胞におけるEGFP蛍光の平均強度を示すグラフ(右図)である。図21(B)は、ショートキメライントロン(133nt、ONc)を有するスイッチインバーターモジュールの概念図、及びインバータースイッチ(ONc-KtまたはONc-dKt)とトリガー蛋白質(MS2またはL7Ae)を導入した細胞におけるEGFP蛍光の平均強度を示すグラフである。
図22図22は、インバータースイッチ(ON switch, ON-Kt (左図)またはその親OFFスイッチ、OFF-Kt (右図)及びトリガー蛋白質(L7Aeまたはその 変異体 (L7-KまたはL7-KK) または陰性対照(N. C.))を導入したHela細胞のフローサイトメトリー分析のグラフを示す図である。
図23図23(A)は、インバータースイッチ(ON-Kt またはON-dKt)を発現する、それぞれの量(100ng、50ng、25ng)のプラスミドを導入した細胞におけるEGFP蛍光の平均強度を示すグラフである。図23(B)は、異なる種類のプロモーター(CMV (ON-KtまたはON-dKt), RSV プロモーター (R-ON-KtまたはR-ON-dKt) or EF1αプロモーター (E-ON-KtまたはE-ON-dKt))を有するプラスミドとともにインバータースイッチを導入した細胞におけるEGFP蛍光の平均強度を示すグラフである。
図24図24(A)は、OFFスイッチにより制御される抗アポトーシス遺伝子Bcl-xLを発現するプラスミド、及びONスイッチ(ON-Kt-B)により制御されるアポトーシス遺伝子Bim-ELをEGFPの代わりに発現するプラスミドの概念図であり、図24(B)は、それぞれのONスイッチ (ON-Kt-BまたはON-dKt-B) 及び及びトリガー蛋白質(MS2またはL7Ae)を誘導した後のAnnexin V陽性細胞の誘導についてのフローサイトメトリー分析を示すグラフである。
図25図25(A)は、ONスイッチまたはOFFスイッチを、L7Aeとともに、もしくはL7Aeなしで導入した場合に発現されるEGFPもしくはECFPの平均強度を示すグラフである。図25(B)は、ON (Fr15及び/またはKt) スイッチ及びOFF (dFr15及び/またはdKt) スイッチを、L7Ae及び/またはS15とともに、もしくはL7Ae及び/またはS15なしで導入した場合に発現されるEGFPもしくはECFPの平均強度を示すグラフである。図25(C)は、ベイトORFにPTCを備えるEGFPをRenilla luciferaseの代わりに含むモジュール(ON2)の概念図である。図25(D)は、ONスイッチまたはOFFスイッチ(それぞれ、ON2-KtまたはON2-dKt)及びトリガー蛋白質(MS2またはL7Ae)を導入した細胞のルシフェラーゼ活性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明を、実施形態を挙げて詳細に説明する。以下の実施形態は本発明を限定するものではない。
【0017】
本発明は、第一実施の形態によれば、蛋白質の翻訳量を調整する方法に関する。蛋白質の翻訳量を調整する方法は、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAを用いることにより実施する。5’UTR調整構造部は、Cap構造の3’側であって開始コドンの5’側に設けられたスペーサーと、さらにこのスペーサーの3’側 であって開始コドンの5’側に1以上のRNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列とを含んでなる。この、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAを、調整構造部に含まれるRNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列に特異的に結合する蛋白質の存在下、細胞中に導入することにより、5’UTR調整構造部の構造特性に依存して、当該mRNAがコードする蛋白質の翻訳を調整することができる。ここで、本明細書において、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体を、「RNAモチーフ」と指称する。また、RNAモチーフに特異的に結合し、翻訳の調節において必須の要素として機能する蛋白質を、「トリガー蛋白質」とも指称する。
【0018】
まず、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAについて、説明する。本実施形態における、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAは、5’末端にCap構造を有し、開始コドンを有し、所望の目的蛋白質遺伝子をコードするように設計され、人工的に作製された非天然のmRNAであって、真核生物細胞内で翻訳され、当該mRNAにコードされた目的蛋白質を発現することができるmRNAである。
【0019】
開始コドンから3’側の構造については、任意の天然もしくは非天然の既知のmRNAの構造に基づいて、当業者が設計することができる。典型的には、開始コドンと、オープンリーディングフレームと、3’UTRにポリA配列とを備えるように塩基配列を決定することができる。
【0020】
本発実施形態による5’UTRに調整構造部を設けたmRNAにおいて、5’UTRは、5’末端にCap構造である7メチルグアノシン5’リン酸を備える。真核生物のmRNA翻訳において必須の構造だからである。
【0021】
5’UTR調整構造部は少なくとも一以上のRNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体を備える。本発明において、RNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列とは、天然の、既知のRNA−蛋白質複合体における、RNAと蛋白質との相互作用モチーフの、RNA側の配列として知られている塩基配列と、試験管内進化法により得られた人工的なRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフにおけるRNA側の配列である塩基配列とが含まれる。RNA−蛋白質複合体とは、生体において多数確認されている蛋白質とRNAとの会合体であり、複雑な構造を持つ3Dオブジェクトである。
【0022】
天然のRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列は、通常、約10〜80塩基で構成されており、特定の蛋白質の特定のアミノ酸配列と、非共有結合的に、すなわち水素結合により、特異的な結合を形成することが知られている。このような天然のRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列は、以下の表1及び表2、及びウェブサイト上で利用できるデータベース:http://gibk26.bse.kyutech.ac.jp/jouhou/image/dna−protein/rna/rna.htmlから選択することができる。
【0023】
【表1】
【0024】
【表2】
【0025】
人工のRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列とは、人工的に設計したRNA−蛋白質複合体における、RNAと蛋白質との相互作用モチーフの、RNA側の塩基配列である。このような塩基配列は、通常、約10〜80塩基で構成されており、特定の蛋白質の特定のアミノ酸配列と、非共有結合的に、すなわち水素結合により、特異的な結合を形成するように設計する。このような人工的なRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列としては、特定の蛋白質に特異的に結合するRNAアプタマーが例示される。標的となる所望の蛋白質に対して特異的に結合するRNAアプタマーは、例えば、in vitro selection法またはSELEX法として知られている進化工学的手法により得ることができる。このときのトリガー蛋白質は、当該RNAアプタマーが結合する蛋白質となる。例えば、以下の表3に挙げる塩基配列が知られており、これらもまた本発明のRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列として用いることができる。
【0026】
【表3】
【0027】
本実施形態において、RNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列は、その塩基配列の由来となるRNA−蛋白質複合体の解離定数Kdが、約0.1nM〜約1μM程度であるものが好ましい。
【0028】
また、これらのRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列自体に加え、このような配列の変異体も本発明によるRNAモチーフに包含される。本発明でいう変異体とは、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列に特異的に結合する蛋白質との間の解離定数Kdが10%、20%、30%、40%または50%以上高い変異体もしくは10%、20%、30%、40%または50%以下の変異体である。このような変異体は、RNA−蛋白質複合体相互作用モチーフを有するmRNAにおける所望の蛋白質の翻訳量になるように適宜選択して用いることができる。ここで、解離定数Kdがより高いモチーフを有するmRNAからの翻訳効率は増加し、解離定数Kdがより低いと翻訳効率が減少することに留意する。また、このような変異体の塩基配列は、当該RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列(正鎖)に対する相補的な配列を有する核酸(相補鎖)とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の塩基配列であってもよい。ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987,Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology,Vol.152,Academic Press,San Diego CA)に教示されるように、結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。具体的には、当該RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列と少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%または99%の配列同一性を有する塩基配列からなる。かかる変異体は、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列に特異的に結合する蛋白質との間で、一定の結合を保持し、翻訳抑制に寄与することができる。
【0029】
本実施形態によるRNAモチーフの具体的な例としては、RNAのメチル化やシュードウリジン化といったRNA修飾に関わることが知られているL7Ae(Moore T et al., Structure Vol. 12, pp. 807−818 (2004))が結合する塩基配列である、5’−GGGCGUGAUGCGAAAGCUGACCC−3’(配列番号1)、その変異体である、kink−loop(配列番号2)、kink−loop2(配列番号3)が挙げられる。
【0030】
別の具体例としては、MS2コート蛋白質が特異的に結合するRNAモチーフであるMS2ステムループモチーフ(22:Keryer-Bibens C, Barreau C, Osborne HB (2008) Tethering of proteins to RNAs by bacteriophage proteins. Biol Cell 100:125-138)(配列番号4)、バチルスのリボソーム蛋白質S15が結合するRNAモチーフであるFr15(24:Batey RT, Williamson JR (1996) Interaction of the Bacillus stearothermophilus ribosomal protein S15 with 16 S rRNA: I. Defining the minimal RNA site. J Mol Biol 261:536-549)(配列番号5)が挙げられる。
【0031】
さらなる具体例には、アミノアシル化を行う酵素であって、自身のmRNAに結合し、翻訳を阻害するフィードバック阻害を持つことが知られているThreonyl−tRNA synthetase(Cell (Cambridge, Mass.) v97, pp.371−381 (1999))が結合する塩基配列である、5’−GGCGUAUGUGAUCUUUCGUGUGGGUCACCACUGCGCC−3’(配列番号6)、およびその変異体がある。また、癌細胞特異的な内在性蛋白質であるBcl−2ファミリーCED−9由来のRNA−蛋白質複合体相互作用モチーフ由来の塩基配列である、R9−2;5’−GGGUGCUUCGAGCGUAGGAAGAAAGCCGGGGGCUGCAGAUAAUGUAUAGC−3’ (配列番号7)、およびその変異体、NF−kappaBに結合するRNA配列のアプタマー由来の塩基配列およびその変異体が挙げられる。
【0032】
本実施形態において、5’UTR調整構造部に必要に応じて含まれるスペーサーは、1塩基以上からなる部分であって、5’末端のCap構造と、RNAモチーフとの間に位置する。スペーサーを構成する塩基配列は、任意の配列であってよく、特に限定されないが、特定の二次構造あるいは三次構造を形成するものでなく、具体的には、開始コドンを含まず、特定の遺伝子をコードしていない塩基配列であることが好ましい。なお、本実施形態においては、スペーサーが存在しなくてもよく、以下、本明細書においてはスペーサーが存在しない場合は、スペーサーを構成する塩基数が0の場合として説明する。
【0033】
本実施形態において、mRNAの5’UTRは、その5’末端から、Cap構造、スペーサー、RNAモチーフを順に備えてなる。図1に、Cap構造を省略した5’UTR調整構造部の概念図を示す。
【0034】
スペーサーは、Cap構造の3’側に隣接して設けられる。本明細書において、「隣接して」とは、Cap構造とスペーサーとの間に塩基を含まない場合を意味するが、制限酵素サイトなど手技上必要な1〜6個以下の塩基を間に含む場合もある。
スペーサーの長さは、所望のmRNAの翻訳量に合わせて任意の塩基数であってよく、0〜1000塩基、0〜900塩基、0〜800塩基、0〜700塩基、0〜600塩基、0〜500塩基、0〜450塩基、0〜400塩基、0〜350塩基、0〜300塩基、0〜250塩基、0〜200塩基、0〜150塩基、0〜100塩基、0〜50塩基、0〜40塩基、0〜30塩基、0〜20塩基または0〜10塩基が例示される。好ましくは、0〜350個の塩基である。この時、制限酵素サイトなど実施形態において必須な塩基配列についてもスペーサーの塩基配列としても良い。ここで、構成塩基数が少ないスペーサーほど翻訳抑制効果が大きく、翻訳効率が低いmRNAとすることができる。スペーサーを構成する塩基数を増減することで、翻訳効率がほぼ連続的に調節されたmRNAを設計することができる。
【0035】
例えば、スペーサーとして、表4に記載の配列が例示される。
【表4】
【0036】
一以上のRNAモチーフは、スペーサーの3’側に隣接して設けられる。ここでも、「隣接して」とは、スペーサーとRNAモチーフとの間に、1〜6個以下の塩基を間に含む場合もあるが、好ましくは、スペーサーとRNAモチーフとの間に含まれる塩基配列はスペーサーとして見なす。RNAモチーフを複数含む5’UTR調整構造部においては、RNAモチーフと隣り合うRNAモチーフとは「隣接して」いてよい。また、最も3’側に位置するRNAモチーフと開始コドンとの間には、例えば、制限酵素サイトとして約1〜6塩基の配列が存在するように設計することが好ましい。任意の数のRNAモチーフをスペーサーの3’側に導入するように設計することができる。例えば、1〜8個とすることができ、特には、1〜4個とすることができるが、これらの特定の数には限定されない。
【0037】
導入するRNAモチーフの数が多いほど、mRNAがコードする目的蛋白質の翻訳抑制効果が大きく、ゆえに、翻訳効率は低くなる。したがって、5’UTR調整構造部にRNAモチーフを一つ備えるmRNA、5’UTR調整構造部にRNAモチーフを二つ備えるmRNA、5’UTR調整構造部にRNAモチーフを三つ備えるmRNA、5’UTR調整構造部にRNAモチーフを四つ備えるmRNAは、その他の5’UTRの構造が同じであれば、その順に、mRNAの翻訳効率が低い。
【0038】
5’UTR調整構造部において、RNAモチーフは主としてその数により翻訳効率を調整することができる。この場合の翻訳効率は、RNAモチーフの数を増減することにより、離散的に調節される。例えば、RNAモチーフの数は、1個から20個であり、好ましくは、1個以上または2個以上であり、20個以下、10個以下、9個以下、8個以下、7個以下、6個以下、5個以下または4個以下である。
【0039】
上記のように、本発明のmRNAにおける5’UTRの全塩基長は、スペーサーの長さとRNAモチーフの数で決定される。ただし、本実施形態に係るmRNAの5’UTRは、その全領域で複雑な三次構造を形成することは好ましくない。RNAモチーフにトリガー蛋白質が結合することによって、翻訳調整が機能するため、トリガー蛋白質が結合できないような立体構造となった場合に、調整機能が確保できない可能性があるからである。設計したmRNAの5’UTRが複雑な三次構造を形成する可能性は、コンピュータ上で適当なソフトウェア、例えば、Discovery StudioまたはCentroidFoldといったソフトウェアを用いて計算することにより決定できる。そして、そのような複雑な三次構造をとることを避けるように設計することができる。あるいは、実際にmRNAを作製した後に、インビトロでmRNAとトリガー蛋白質との結合を確認することにより、あるいは細胞中でトリガー蛋白質不在下での翻訳を確認することにより、トリガー蛋白質が結合することができないために、翻訳調整が機能し得ない構造であることを確認することができる。
【0040】
本実施形態による5’UTRに調整構造部を設けたmRNAは、トリガー蛋白質の存在下で、5’UTRに調整構造部が存在せず、同じ遺伝子をコードするmRNAと比較して、翻訳が抑制され、翻訳効率が低くなる。いっぽう、トリガー蛋白質が存在しない条件下では、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAと、5’UTRに調整構造部を有さない同じ遺伝子をコードするmRNAとの翻訳効率は、ほぼ同程度である。そして、5’UTR調整構造部の配列が異なるmRNAは、通常、翻訳効率が異なる。これらのmRNAの特性を利用して、例えば、5’UTRに調整構造部を有さないmRNAと比較して、トリガー蛋白質の存在下で、約0%〜約99%の間の任意の値の翻訳効率を実現するmRNAを設計することができる。翻訳効率と、スペーサーを構成する塩基数、RNAモチーフの数との関係は、例えば、複数種類の異なる5’UTR調整構造部を設けたmRNAを設計、作製し、その翻訳効率を測定して、標準曲線を作成して決定することができる。前述のように連続的な調整を可能にするスペーサーを構成する塩基数、離散的な調整を可能にするRNAモチーフ数の両者を適宜使い分けて5’UTRの構造を設計することで、精確な翻訳調整が可能となる。
【0041】
他の実施形態として、翻訳効率は、スペーサーを構成する塩基数、RNAモチーフの種類と数で決定されることから、これらの可変要素を組み合わせて多数の調整構造部を有する5’UTRを含むmRNAを作製し、この中から所望の翻訳効率を有する組み合わせを選択することによって、所望の翻訳効率を有する5’UTRに調整構造部を設けたmRNAを得ることが可能となる。
【0042】
5’UTRに調整構造部を設けた任意のmRNAが設計でき、塩基配列が決定されれば、当業者であれば、既知の複数の遺伝子工学的手法を用いて、そのようなmRNAを製造することができる。一例として、mRNAを発現ベクターにより細胞中で発現させる方法が例示される。このとき、宿主となる細胞で機能し得るプロモーターと5’UTRに調整構造部を設けたmRNAとを機能的に連結させた配列を有する発現ベクターを細胞内に導入することで行い得る。ここで、発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス及びセンダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。また、プロモーターとして、EF-αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF-αプロモーター、CAGプロモーター、LTRおよびCMVプロモーターなどが用いられ得る。さらに、発現ベクターは、適宜、エンハンサー、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。ここで、選択マーカー遺伝子として、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ブラストシチジン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。別の例として、発現ベクターを用いることなく、mRNAを直接細胞に導入する場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて細胞に導入することができる。mRNAは、所望のmRNAの配列を有する鋳型DNAからRNAポリメラーゼ法を用いて合成し、さらに、合成されたRNAの5’末端を例えば、m7Gキャップアナログ(Promega)を用いて5’末端にキャップ構造を付与する事によってmRNAとして製造することができる。
【0043】
次に、このようにして調製されたmRNAを用いて細胞内で目的蛋白質の翻訳を調整する方法は以下の方法により実施することができる。上記5’UTRに調整構造部を設けたmRNAは、調整構造部に含まれるRNAモチーフに特異的に結合するトリガー蛋白質の存在下で機能する。かかる方法においては、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAと、調整構造部に含まれるRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質とを細胞に導入することが必要である。したがって、一実施の形態によれば、細胞内で蛋白質の翻訳を調整する方法は、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAと、調整構造部に含まれるRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質とを細胞に導入するステップとを含む。
【0044】
5’UTRに調整構造部を設けたmRNAを細胞内に導入するステップは、上述した方法で当該mRNAを発現する発現ベクターまたは当該mRNAを導入することで成し得る。この時の導入量は、導入される細胞、導入方法および導入試薬の種類により異なり、所望の翻訳量を得るために当業者は適宜これらを選択することができる。
【0045】
トリガー蛋白質は、RNAモチーフによって決定される。このようなトリガー蛋白質は、特に限定されないが、表1から3に記載の蛋白質が例示される。好ましくは、トリガー蛋白質は、着目する細胞において内在的に発現する蛋白質である。トリガー蛋白質は、5’UTRに調整構造部に含まれるRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質を含むものであれば、さらにほかの機能を有する蛋白質と融合された融合蛋白質であってもよい。トリガー蛋白質を細胞に導入するステップは、当該蛋白質をコードする遺伝子を有する発現ベクターまたは、蛋白質導入ドメイン(PTD)または細胞透過ペプチド(CPP)と融合させた当該蛋白質を細胞に導入することにより実施することができる。ここで、PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT (Frankel, A. et al, Cell 55,1189-93 (1988)又はGreen, M. & Loewenstein, P. M. Cell 55, 1179-88 (1988))、Penetratin (Derossi, D. et al, J. Biol. Chem. 269, 10444-50 (1994))、Buforin II (Park, C. B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 8245-50 (2000))、Transportan (Pooga, M. et al. FASEB J. 12, 67-77 (1998))、MAP (model amphipathic peptide) (Oehlke, J. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1414, 127-39 (1998))、K-FGF (Lin, Y. Z. et al. J. Biol. Chem. 270, 14255-14258 (1995))、Ku70 (Sawada, M. et al. Nature Cell Biol. 5, 352-7 (2003))、Prion (Lundberg, P. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 299, 85-90 (2002))、pVEC (Elmquist, A. et al. Exp. Cell Res. 269, 237-44 (2001))、Pep-1 (Morris, M. C. et al. Nature Biotechnol. 19, 1173-6 (2001))、Pep-7 (Gao, C. et al. Bioorg. Med. Chem. 10, 4057-65 (2002))、SynB1 (Rousselle, C. et al. Mol. Pharmacol. 57, 679-86 (2000))、HN-I (Hong, F. D. & Clayman, G L. Cancer Res. 60, 6551-6 (2000))、およびHSV由来のVP22等の蛋白質の細胞通過ドメインを用いたものが例示される。また、CPPとして、11R (Cell Stem Cell, 4,381-384 (2009))及び9R (Cell Stem Cell, 4, 472-476 (2009))などのポリアルギニンが例示される。このとき、細胞内で発現されるトリガー蛋白質の量を増減するために、導入するプラスミドベクターの数を変化させることにより、さらに、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAの翻訳を調整することもできる。特に限定されないが、例えば、5’UTRに調整構造部を設けたmRNAとトリガー蛋白質の比が、例えば、1:1、2:1、3:1、4:1、5:1,6:1、7:1、8:1、9:1、10:1、1:2、1:3、1:4、1:5、1:6、1:7、1:8、1:9または1:10となるように、トリガー蛋白質を発現するプラスミドベクター細胞に導入することができる。
【0046】
本発明ではさらに、ONスイッチカセットをmRNAの遺伝子の開始コドンの5’側およびRNAモチーフの3’側に設置することで、翻訳抑制を逆転させ、トリガー蛋白質の存在下でのみmRNAからの蛋白質翻訳が行われるように制御することができる。ここで、ONスイッチカセットとは、変異オープンリーディングフレーム(ベイトORF)、イントロンおよびインターナルリボゾームエントリーサイト(IRES)を5’側から順に含む配列から成る。ここで、ベイトORFとは、ナンセンス変異依存mRNA分解機構(NMD)によりRNA分解を行わせるため、任意の遺伝子をコードする配列のうち、イントロンと結合する3’末端から320塩基以上離れて終止コドンを有する変異ORFである。本発明において、ベイトORFは、任意のコード遺伝子であってよい。ベイトORFとしては、特に限定されないが、Renilla luciferaseの5’側から457番目、466番目の塩基に終止コドンを挿入した配列(配列番号17もしくは配列番号81)、またはEGFPの5’側から172番目の塩基に終止コドンを挿入した配列(配列番号82)が例示される。また、イントロンとはスプライソソームが結合する配列を有していればよく、例えば、5’末端側にGT配列および3’末端側にAG配列を有した20塩基以上の配列が挙げられる。好ましくは、ヒトβグロビンイントロン(配列番号18)またはキメライントロン(配列番号83)である。
【0047】
このような、ONスイッチカセットを有する5’UTR調整構造部を有するmRNAを細胞に導入し、トリガー蛋白質により当該目的蛋白質の翻訳を開始させることができる。また、5’UTR調整構造部において、上述したようにスペーサーおよびRNAモチーフの数を適宜調整することで、翻訳量を制御することができる。
【0048】
本発明は、一実施形態によれば、単一のトリガー蛋白質の存在下で、5’UTRの調整構造部が異なり、かつコードする目的蛋白質が異なる複数のmRNAの翻訳調節を、同時に行うことができる。このような翻訳調節方法においては、最初に5’UTRの調整構造部及び目的蛋白質遺伝子が異なる複数のmRNAを設計する。一例として、二種のmRNAを同時に翻訳調節する場合について説明するが、三種、四種あるいは五種以上のmRNAを同時に翻訳調節することもでき、以下に述べるのと同様の設計手法にしたがって複数のmRNAを設計、調製し、細胞に導入することによって翻訳調節を実施することができる。
【0049】
このとき、設計する第一のmRNAは、5’末端にCap構造を有し、第一の目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するものとする。そして、第一の5’UTRの調整構造部は、0〜350塩基のスペーサーと、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上の第一のRNAモチーフを含むように設計する。第二のmRNAも同様に、5’末端にCap構造を有し、第二の目的蛋白質の遺伝子をコードする塩基配列を有するものとし、第二の5’UTRの調整構造部も、0〜350塩基のスペーサーと、RNA−蛋白質相互作用モチーフ由来の塩基配列もしくはその変異体からなる1以上の第二のRNAモチーフを含むように設計する。その後、この2種のmRNAを同時に細胞へ導入することで、第一の目的蛋白質の遺伝子と、第二の目的蛋白質の遺伝子とは、それぞれ異なり、発現させたい所望の遺伝子とすることができる。
【0050】
ここで、4種の蛋白質の遺伝子を体細胞に導入することによる、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の製造を、Papapetrou EP et al. (2009) Stoichiometric and temporal requirements of Oct4, Sox2, Klf4, and c-Myc expression for efficient human iPSC induction and differentiation. Proc Natl Acad Sci USA 106: 12759-12764に従って例示する。Oct3/4蛋白質をコードする遺伝子を第一の目的蛋白質の遺伝子、Sox2蛋白質をコードする遺伝子を第二の目的蛋白質の遺伝子、Klf4蛋白質をコードする遺伝子を第一の目的蛋白質の遺伝子、および、c-Myc蛋白質をコードする遺伝子を第一の目的蛋白質の遺伝子として、上記の方法で、Oct3/4蛋白質のみ残りの3種の蛋白質より3倍ほど翻訳量が多くなるように設計して体細胞へ導入するとiPS細胞の製造効率が高くなるといった利益が考えられる。
【0051】
第一のRNAモチーフと、第二のRNAモチーフとは、同一であってもよい。あるいは、第一のRNAモチーフと第二のRNAモチーフとが同一のトリガー蛋白質に特異的に結合するが、異なる解離定数を有する変異体の関係にあってもよい。単一のトリガー蛋白質の存在下で翻訳調節が機能する必要があるためである。
【0052】
第一のRNAモチーフと、第二のRNAモチーフとのそれぞれの数は、同一であっても異なっていても良く、また、スペーサーの数及び配列の種類も、同一であっても異なっていても良いが、第一の5’UTR調整構造部と、第一の5’UTR調整構造部とが全体として異なる構造であり、異なる翻訳効率を達成する必要がある。所望の翻訳効率を達成する5’UTR調整構造部は、本明細書の上記開示内容に従い、当業者が適宜設計することができる。
【0053】
第一のmRNA及び第二のmRNAが設計できたら、これらを通常の方法に従って調製し、トリガー蛋白質を発現する細胞にこの調整したmRNAを導入する、または同一の細胞に、トリガー蛋白質またはその発現遺伝子と同時に導入する。これにより、翻訳調節方法を実施することができる。
【0054】
従来、プロモーターの種類やその導入量を調整することによって、外来性遺伝子の発現量を調節してきたが、本実施形態を用いることによって、外来性遺伝子を安定的に所望量の翻訳で細胞に発現させることができることで、例えば、外来性遺伝子を細胞に発現させるリプログラミング技術のような最適な遺伝子の発現量が求められる分野において、所望の遺伝子発現量を多段階で調整することで、リプログラミングにより最適な細胞変換を達成することができるといった利点が得られる。
【0055】
本発明はまた別の実施形態によれば、細胞内で任意の量のタンパク質を翻訳する外来性mRNAを選択する方法であって、(1)上記5’UTR調節構造部を有するいずれかのmRNAを、対応するRNAモチーフに特異的に結合する蛋白質を発現する細胞へ導入する工程と、(2)当該タンパク質の翻訳量を測定し、所望の翻訳量を呈する上記mRNAを同定する工程とを含んでなる。
(1)の工程は、第一の実施形態において説明したように、5’UTR調節構造部を有するいずれかのmRNAを設計し、発現ベクターを用いて、あるいは、発現ベクターを用いることなくmRNAを直接細胞に導入することにより実施することができる。第一の実施形態において例示した内容は、本実施形態においてもすべて適用することができる。
(2)の工程は、当該mRNAより翻訳された蛋白質の量を測定することで実施することができる。ここで、蛋白質の量の測定は、所望の蛋白質に対する抗体を用いて標識して、あるいは翻訳される蛋白質が蛍光を呈する蛋白質の場合は当該蛍光を用いて、ELISA(酵素結合免疫吸着検定法)、EIA(酵素免疫測定法)、RIA(放射免疫測定法)、ウェスタンブロット法、およびフローサイトメトリーといった当業者に周知の方法を用いて実施することができる。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0057】
[実施例1 Sp−Kt−EGFP、Kt−Sp−EGFP及びKt−EGFPの翻訳効率の測定]
古細菌のリボソーム蛋白質であるL7Ae蛋白質が結合するRNAモチーフであるkink−turnRNAモチーフを5’UTRに設け、EGFPの遺伝子をコードする三種のmRNAを設計した。kink−turnRNAモチーフを、以下、本明細書において、Ktモチーフと指称する。図2に設計の概要を示す。図2(A)は、mRNAの5’UTRにおいて、5’末端から、Cap構造、スペーサー、Ktを配置した構造であり、Sp−Kt−EGFPと指称する。図2(B)は、mRNAの5’UTRにおいて、5’末端から、Cap構造、Ktモチーフ、スペーサーを配置した構造であり、Kt−Sp−EGFPと指称する。また、図示はしていないが、5’UTRにスペーサーを設けずに、Cap構造、Ktを配置した構造のmRNAも設計した。これを、Kt−EGFPと指称する。Sp−Kt−EGFP、Kt−Sp−EGFP及びKt−EGFPの5’UTRの詳細な配列は、下記の表5に示す。下記(1)に記載の方法にしたがって、これらのmRNAを発現するプラスミドを作製した。
【0058】
次に、下記(2)に従って、トリガー蛋白質としてL7Aeを発現するプラスミドを作製し、下記(3)〜(5)に従って、それぞれのmRNAを発現するプラスミドを細胞にトランスフェクションし、その翻訳効率を測定した。その結果、Sp−Kt−EGFP、Kt−EGFPでは発現が抑制されたのに対し、Kt−Sp−EGFPではそのような効果はみられなかった。この結果から、5‘末端とKtの間にスペーサーがあることでL7Aeによる翻訳抑制効果が、0.019から0.23と減少することが分かった。
【0059】
[実施例2 5’末端からのKtモチーフの位置を変えたmRNAの調製]
次に、5’末端から18塩基、51塩基、67塩基、94塩基、120塩基、145塩基、及び320塩基目に、Ktモチーフの5’末端の塩基が位置するようにスペーサーを設けたmRNAを設計した。Ktモチーフの数は一つとした。それぞれのmRNAにおける5’UTRの塩基配列は、下記表5の18nt−Kt、51nt−Kt、67nt−Kt、94nt−Kt、120nt−Kt、145nt−Kt、320nt−Ktに示す。これらのmRNAを発現するプラスミドを作製し、その翻訳効率を調べた。図3にmRNAの設計の概要を示す。その結果、Ktに特異的に結合するトリガー蛋白質であるL7Ae蛋白質の存在下において、翻訳効率は、スペーサーの塩基数が多いほど、すなわちKtの5’末端からの距離が長いほど高い結果となった。逆に言えば、Ktモチーフが5’末端の近傍に位置するほど、翻訳の抑制が強くなることがわかった。Ktモチーフの5’末端からの距離に対する、翻訳効率を示すグラフを図4に示す。
【0060】
対照として、下記表5の各mRNAの5’UTRの塩基配列において、下線部のG、Aを、それぞれCに置換したmRNAを作製し、18nt−dKt、51nt−dKt、67nt−dKt、94nt−dKt、120nt−dKt、145nt−dKt、320nt−dKt、とした。下線部のG、Aを、それぞれCに置換すると、L7Ae蛋白質が結合しなくなることが知られている。なお、dKtは、Ktモチーフを不活性化した構造体である。これらについても、L7Ae蛋白質の存在下において、同様の方法で翻訳効率を調べた。結果は、翻訳効率を示すグラフを同様に図4に示した。Ktモチーフを構成する塩基のうちの2つを、Cに置換したdKtモチーフを挿入したmRNAでは、dKtモチーフの5’末端からの距離によらず、翻訳の抑制は生じなかった。
【0061】
【表5-1】
【表5-2】
表中、開始コドンはボールド体で表示した。Ktモチーフの両端にあたる、BglII部位及びBamHI部位は、イタリック体で表示した。下線は、Ktモチーフを不活性化してdKtモチーフとする際にCに置換された塩基である。
【0062】
これらの結果により、本発明における目的蛋白質の翻訳制御には、目的蛋白質をコードするmRNAとトリガー蛋白質であるL7Aeとの結合が必須であり、オープンリーディングフレームとmRNAの5’末端の距離、すなわちスペーサーが必須の要素ではないことが示された。そして、L7Aeの発現量(存在量)が一定であっても、翻訳効率は、スペーサーの長さにほぼ比例して増加することがわかった。すなわち、mRNAの5’末端とRNAモチーフ(Ktモチーフ)の距離により、目的蛋白質の翻訳を定量的に調整することができることがわかった。
【0063】
[実施例3 二次元的アプローチ]
実施例1、2の結果において、KtモチーフとL7Aeによる翻訳の抑制は、約2%〜約20%の間であることがわかった。KtモチーフがmRNAの5’末端から164塩基より離れた場合はそれ以上の抑制は見られず、約20%の翻訳効率となる。本実施例においては、翻訳調整が可能な範囲を広げるために、Ktモチーフに換えて、K−loop RNAモチーフを導入したmRNAを用いることとした。K−loop RNAモチーフの構造を、図5(A)に示す。また、以下、本明細書において、K−loop RNAモチーフを、Klモチーフと指称する。Klモチーフは、Ktモチーフと比較して、L7Aeへの結合力が500倍程度弱いことがわかっている。そのため、Klモチーフを設けたmRNAのL7Ae存在下における翻訳の抑制は、KlモチーフをKtモチーフに換えた以外は同条件のmRNAのL7Ae存在下における翻訳の抑制より、弱いものとなる。
【0064】
本発明者らは、Klモチーフを設けた複数種類のmRNAを調製した。図6に概要を示す。具体的には、Klモチーフの数を1つとしたmRNA(図6(A))、Klモチーフの数を2つとしたmRNA(図6(B))、さらにKlモチーフの数を3、4としたmRNA(図6(C))を調製した。さらに、これらのmRNAにおいて、もっとも5’末端に近いKlモチーフの5’末端からの距離を、18塩基、67塩基、120塩基、164塩基とし、開始コドン、オープンリーディングフレーム及び3’UTRの構造は同一とした16種類のmRNAを調製した。詳細を下記の表6に示す。複数のKlモチーフを含む場合、隣り合うKlモチーフ間の距離は、6塩基とした。
【0065】
【表6-1】
【表6-2】
表中、開始コドンはボールド体で表示し、下線は、Klモチーフを示す。
【0066】
これらの16種類のmRNAについて、実施例1、2と同様の方法で翻訳効率を測定した。結果を図7及び図8に示す。図7及び図8のグラフに示されるように、Klモチーフの数が多いほど、また、KlモチーフがmRNAの5’末端の近くに存在するほど、EGFPの翻訳効率が抑制されていることがわかる。すなわち、導入されるKlモチーフの数、及びKlモチーフ挿入位置の二つのパラメータを用いることにより、翻訳効率をかなり精密に調整できることがわかった。図8においては、比較のために、Klに変えて、一つのKtモチーフを同様にして導入したmRNAの翻訳効率についてもグラフに示す。Klモチーフを導入した16種類のmRNAにおいて、目的蛋白質の翻訳調整が可能な範囲は、約3%〜約75%の範囲であった。
【0067】
さらに、Klモチーフを改変したKink loop 2モチーフを同様に導入したmRNAを設計し、プラスミドを構築した。以下、本明細書において、Kink loop 2モチーフを、Kl2モチーフと指称する。Kl2モチーフの構造を図5(B)に示す。この実験では、二種のmRNAを設計した。いっぽうは、Kl2モチーフを1つ、mRNAの5’末端から32塩基目に導入した。もういっぽうは、Kl2モチーフを2つ、5’末端に近いKlモチーフの5’末端からの距離が、5’末端から32塩基目となるように設計した。詳細を下記表7に示す。オープンリーディングフレームは、ECFP遺伝子をコードするものとした。そして、それぞれについて、ベクターを作製し、L7AeもしくはMS2CPの存在する細胞にトランスフェクトし、フローサイトメトリー測定により翻訳効率を測定した。3回の実験の結果、Kl2モチーフを1つ導入したmRNAの平均翻訳効率は、0.84であり、Kl2モチーフを2つ導入したmRNAの平均翻訳効率は、0.093であった。
【0068】
【表7】
表中、開始コドンはボールド体で表示し、下線は、Kl2モチーフを示す。
【0069】
レポーター遺伝子の発現が転写後に調節されたものであるかを確認するために、細胞内で一時的に発現した、設計したmRNAの量を、リアルタイム定量PCRで調べた。この実験では、Klモチーフの数が1もしくは4であり、もっとも5’末端に近いKlモチーフの5’末端からの距離が、18塩基もしくは164塩基の場合の4種類のmRNAについて測定した。結果を図10に示す。図10のグラフから、相対的なmRNAの転写レベルは、5’UTRの構造やトリガー蛋白質の結合に影響を受けないことが確認された。
【0070】
[実施例4 一つの細胞における、二つの異なるmRNAの同時コントロール]
次に、エフェクター分子である単一のトリガー蛋白質が、同時にかつ独立して、異なるように調節されたシス調節因子を有する複数の遺伝子の発現を調節することができるのかを調べた。図9にこの実験の概念図を示す。同一のトリガー蛋白質に特異的に結合するRNAモチーフを有し、かつ5’UTR調節構造部の構造が異なるmRNAをコードする第1のレポータープラスミドと第2のレポータープラスミドを含むプラスミドのセットを設計した。そして、これらのプラスミドを、当該RNAモチーフに特異的に結合するトリガー蛋白質が存在する細胞及び存在しない細胞にトランスフェクトした。第1のレポータープラスミドは、5’位置にひとつのKtモチーフもしくはdKtモチーフを有するEGFPをコードするmRNAであった(図2(A)の構造を参照)。第2のレポータープラスミドは、ECFP(enhanced cyan fluorescent protein)をコードするmRNAであって、その5’UTRに、実施例3で用いたような二次元的にアレンジされたKlモチーフを有するものであった。第1のレポータープラスミド及び第2のレポータープラスミドの各セットは、三段階に調節された発現効率を有するmRNAを発現するように構成されていた。低い発現効率の構築物は、Kt−EGFP、18nt−3xKl−ECFPであり、高い発現効率の構築物は、dKt−EGFP、120nt−1xKl−ECFPであり、中間程度の発現効率の構築物は、Sp−Kt−EGFP、67nt−3xKl−ECFPであった。これらを以下の表8に示す。9種類のセットをそれぞれ、表8に示す番号により指称する
【0071】
【表8】
【0072】
Ktモチーフ及びKlモチーフの両方に対してトリガー蛋白質として機能するL7Ae蛋白質の非存在下では、9種のセットをトランスフェクトしたすべての細胞において、EGFP及びECFPは一様に発現し、異なる5’UTR構造には関係なかった。いっぽう、L7Ae蛋白質の存在下では、EGFP及びECFPの発現効率は、各mRNAの5’UTRの構造によって異なり、9種類の異なる蛍光プロファイルが得られた。結果を図11に示す。図11中の番号は、上記表8中のセットに対応する。各mRNAのアウトプット、すなわち各mRNAが翻訳されて生じる蛋白質の量が、他のmRNAのアウトプットと異なることは、L7Ae蛋白質が、5’UTR調整構造部及び目的蛋白質遺伝子が異なる二種類のmRNAの翻訳を、同時に、かつ独立して調整することができることを示している。
【0073】
[実施例5 ほかのRNPモチーフを用いたアプローチ]
次に、このような翻訳抑制が、ほかのRNPモチーフを5’UTR調整構造部に設けたmRNAの場合も同様にみられるかどうかについて実験した。本実施例においては、MS2コート蛋白質とこれに特異的に結合するRNAモチーフとの組み合わせ、及び、バチルスのリボソーム蛋白質S15とこれに特異的に結合するRNAモチーフとの組み合わせ、においても、同様の結果を得ることができることを示す。
【0074】
(a)MS2コート蛋白質
図12(A)に、MS2コート蛋白質が特異的に結合するRNAモチーフであるMS2ステムループモチーフの二次構造を示す。以下、本明細書において、MS2ステムループモチーフを、MS2SLモチーフと指称する。MS2SLモチーフを導入した5’UTRを設けた4種のmRNAを調製した。MS2SLモチーフの数は、1個、及び2個の間で変化させ、最も5’末端に近いMS2SLモチーフの、5’末端からの距離は、18塩基、67塩基で変化させた。オープンリーディングフレーム及び3’UTRの構造は4種のmRNAに共通の構造とした。詳細を下記の表9に示す。
【0075】
【表9】
表中、開始コドンはボールド体で表示し、下線は、MS2SLモチーフを示す。
【0076】
Hela細胞にこれら4種のmRNAを導入してその翻訳効率を調べた。MS2SLモチーフを設けたmRNAをMS2コート蛋白質の存在下で発現させた場合の結果を図13に示す。ここでも、L7Ae及びKtモチーフもしくはKlモチーフの組み合わせを用いた場合と同様に、モチーフの数が多いほど、またモチーフの導入位置がmRNAの5’末端に近いほど、翻訳効率が抑制されることがわかった。
【0077】
(b)バチルスのリボソーム蛋白質S15
図12(B)に、バチルスのリボソーム蛋白質S15が結合するRNAモチーフであるFr15モチーフの二次構造を示す。Fr15モチーフを導入した5’UTRを設けた4種のmRNAを調製した。Fr15モチーフの数は、1個、及び2個の間で変化させ、最も5’末端に近いモチーフの、5’末端からの距離は、18塩基、67塩基で変化させた。オープンリーディングフレーム及び3’UTRの構造は4種のmRNAに共通の構造とした。詳細を下記の表10に示す。
【0078】
【表10】
表中、開始コドンはボールド体で表示し、下線は、Fr15モチーフを示す。
【0079】
上記(a)と同様にして、Hela細胞にこれら4種のmRNAを導入してその翻訳効率を調べた。Fr15モチーフを含むmRNAをバチルスのリボソーム蛋白質S15の存在下で発現させた場合の結果を図14に示す。上記(a)と同様に、Fr15モチーフの数が多いほど、またFr15モチーフの導入位置がmRNAの5’末端に近いほど、翻訳効率が抑制されることがわかった。
【0080】
実施例5の結果からは、L7Ae蛋白質に結合するRNAモチーフであるKtモチーフやその変異体であるKlモチーフ、Kl2モチーフのみならず、他のRNA−蛋白質複合体モチーフ由来のRNAモチーフとそれに特異的に結合する蛋白質との組み合わせを用いた場合でも、翻訳効率を定量的に調整することができることがわかった。
【0081】
[実施例6 インバーターONスイッチカセットを所有するmRNAの調製]
図17に示す通り、Kt−EGFP(32nt−Kt)のRNAモチーフと翻訳する遺伝子の開始コドンとの間に、下記(1)に示した方法でベイトORF(ここではhRluc遺伝子)、βグロビンのイントロンおよびIRESを結合したカセットを挿入した(OFFスイッチ)。ここで、ベイトORFの開始コドンから457番目及び466番目 (タンデムPTC)に終止コドン(未成熟終止コドン(PTC))を挿入したカセットも作製した(ONスイッチカセット:配列番号55)。ONスイッチカセットをmRNAへ挿入した場合、トリガー蛋白質の働きによりベイトORFが翻訳されず、IRES配列以下の遺伝子が翻訳される。従って、トリガー蛋白質(インプット)の存在下で所望の蛋白質(アウトプット)を翻訳させることができると考えられる。一方、トリガー蛋白質(インプット)の非存在下ではベイトORFの翻訳が進むが、イントロンの500bp以上、上流に終止コドンがあることからナンセンス変異依存mRNA分解機構(NMD)によりRNA崩壊が起こり、当該mRNAが分解され所望の蛋白質(アウトプット)の翻訳が起きないと考えられる。そこで、ONスイッチとKtモチーフまたはdKtモチーフを有するmRNAを発現するプラスミドとL7AeまたはMS2をコードするmRNAを発現するプラスミドをそれぞれ1:0.2の比率で同時に細胞に導入した。すると、KtモチーフとL7Aeを同時に発現させた場合にのみEGFPの発現が見られた(図18(A))。PCR法でプラスミド導入して24時間後のmRNAの量を測定したところ、この結果に比例してKtモチーフとL7Aeを同時に発現させた場合にそのmRNA量が多かった(図18(B))。フローサイトメトリー分析により、プラスミドのコグネートペア(L7Ae / ON-Kt)によりトランスフェクトされた細胞は、ノンコグネートペアによりトランスフェクトされた細胞と比較して、平均して、5倍から7倍のEGFP蛍光を示すことがわかった(図18(E))。これらの結果は、ONスイッチカセット(cis-acting module)のmRNAへの挿入が、OFFスイッチを、ONスイッチへと、効果的に反転させたことを示す。
【0082】
トランスフェクション後24時間存在するスイッチmRNAの量を、定量的RT−PCR分析により決定した(図18(F))。予想通り、コグネートペア(L7Ae/ON-Kt)によりトランスフェクトされた細胞におけるONスイッチmRNAの量は、ノンコグネートペアによりトランスフェクトされた細胞におけるONスイッチmRNAよりも1.7倍も多かった。このことは、挿入されたモジュールが、細胞内におけるスイッチmRNAの定常状態レベルを増加させることを示している。
【0083】
設計したモジュールの分子メカニズムをさらに調べるために、タンデムPTCを除去した欠損モジュールを構築した。その結果、ベイトORFの終止コドンとイントロンのスプライシング部位との距離は、43ヌクレオチド(nt)であった。図20(A)のONnを参照。ONnは、親OFFスイッチに挿入され、PTCを除去することで、L7Aeの不在下であってもEGFP産生を増加すること、それゆえ、インバーターモジュールの能力が破壊されることがわかった(図20(A))。このことは、ONスイッチカセットの定常的な抑制が、PTC依存性であることを示す。
次に、NMD調整蛋白質因子(SMG1、UPF1、UPF2)を、短干渉RNA(siRNA)を用いてノックダウンした(図20(B))。siRNAのトランスフェクションの2日後、同じプラスミドのセットがトランスフェクトされ、インバータースイッチの挙動を評価した。これらの因子のノックダウンはEGFP発現を増加させ、それぞれ、L7Aeの非存在下及び存在下でのEGFP発現のアップレギュレーションをさらに減少させた(図20(C))。このことは、スイッチの反転が、これらの因子に依存的であることを示す。
【0084】
さらに、PTCsとモジュールのスプライス位置の距離を短くした、いくつかのONスイッチカセット構築物を作製した(図20(C))。この距離を320ntまで短くしても、モジュールに対して、スイッチを反転するのには十分であった。しかし、これよりも距離を短くすると、例えば、160ntにまで短くすると、短い距離がNMDをトリガーするのに効率的ではないという以前の証拠と調和しなかった。これらの結果をまとめると、このインバーターモジュールの機能は、NMDのメカニズムに依存することが示される。
【0085】
続いて、他のトリガー蛋白質でも同様の結果が得られるかどうかを確認するため、KtもしくはFr15モチーフとOFFスイッチ、またはKtもしくはFr15モチーフとONスイッチの組み合わせに対して、ONスイッチまたはOFFスイッチ(アウトプットプラスミド)に対して、L7AeまたはS15(インプットプラスミド)を複数の割合で用いてEGFPの発現を確認した(図19(A))。親OFFスイッチと、反転されたONスイッチにおいて、観察されたS15システム挙動の関連性は、L7Aeシステムにおける挙動と類似していた(図19(A);ON−Fr15及びOFF−Fr15)。さらに、ウェスタンブロット分析を行い、実験条件下におけるインプットタンパク質レベルを決定した(図19(C)及び図19(D))。L7AeまたはS15の発現レベルは、インプットプラスミドの量に応じて増加し(アウトプットプラスミドの0.2〜5倍)、実験条件下では飽和することはなかった。
【0086】
さらに、Ktモチーフ、すなわちL7Ae(Kd値(解離定数)は1.6 nM)の2種類の変異体である、K37A変異体(L7K:Kd値は15 nM)及びK78A二重変異体(L7KK: Kd値は680 nM)を用いて、同様の実験を行った。その結果、解離定数が大きいほど、ONスイッチを用いた場合にEGFPの発現は減少し、OFFスイッチを用いた場合にEGFPの発現は増加した(図19(B)及び図22)。これらのデータから、スイッチインバーターモジュールは、一般に、親OFFスイッチからONスイッチを得ることができることがわかった。このようなONスイッチ及びOFFスイッチは、インプット分子の量及び、インプットとセンサリーRNAモチーフとの相互作用の親和性に関連して、同一のインプットに応答して、同様の効率を示す。
【0087】
理想的には、インバータースイッチのインプットシグナルに対する反応は、親スイッチの反応に対して、正確に逆であるべきである。反転されたON-Fr15スイッチの定常状態(抑制状態)と完全な解放状態との間のダイナミックレンジは、親OFF-Fr15スイッチの定常状態(解放状態)と完全な抑制状態との間のダイナミックレンジと類似していた(図19(A))。これに対し、2つのスイッチの抑制状態及び解放状態に対応するアウトプットの絶対値は、同一の条件下で異なっていた。変換後の絶対値がいくつかの応用において調整される必要があれば、細胞内のmRNAレベルを、プロモーター強度やプラスミド取込み効率を変えることによって最適化することができる。このやり方で、図19(A)に示したカーブの垂直方向へのシフトの影響を補うことが期待できる。実際に、アウトプットプラスミドを希釈することで、EGFP発現の絶対値が変化したが、反転の前後における同様のダイナミックレンジは維持された。このことは、NMD要素が、実験条件下で飽和しないことを示している。(図23(A))。さらに、このモジュールが、CMVプロモーターに加え、RSVプロモーターやEF1αプロモーターなどの他のプロモーターによる制御下でも有効であることがわかった(図23(B))。これらのプロモーターは、EGFP発現レベルを変化させたが、プラスミドの希釈の場合と同様に、反転の前後で、類似の倍率変化(fold change)を維持した。このことは、インバータースイッチからのアウトプット蛋白質のレベルを、異なるプロモーターを用いて、及び/または異なるプラスミド濃度を用いて、調整可能であることを示す。
【0088】
アウトプット発現の最低限度及び最高限度は、インバータースイッチの使用可能なレンジを決定する。上記のL7Ae応答性スイッチの場合は、対応する使用可能なレンジは、OFF-KtからON-Ktへの変換により狭くなった(図19(A)。ON-Ktの応答は、OFF-Ktのみを抑制したインプット蛋白質レベルにおけるその最大限度レベルから、その最大レベルの半分であり、これは、10倍より大きい相違に該当する。IRESによって駆動されるアウトプット蛋白質の合成は、IRESがNMDの結果として崩壊した後にブロックされる。ゆえに、NMDがIRES不活性化に非常に効率的に結合した場合に、このシステムにおける最低限のアウトプットレベルを低減させることができる。IRES活性の促進は、アウトプットレベルを増加することによりモジュールの性能をも高めることができる。これは、IRESに駆動される蛋白質合成が、一般的にCap依存性の翻訳よりも効率が低いためである。
【0089】
我々のシステムが、細胞の表現型を、アポトーシス経路を通じて調節することができるかについて調べた(図24(A))。OFFスイッチが、抗アポトーシス性Bcl-xLの翻訳を抑制して、アポトーシスを誘導することは、既に示されている(Saito, H., et al. Nat Commun 2, 160 (2011))。同様にして、アウトプットEGFP蛋白質をプロアポトーシス性Bim-ELに代えて、インプット蛋白質L7Ae依存的にBim-ELを発現させる、アポトーシスを調節可能なスイッチを設計した(図24(A))。対応するプラスミドによるトランスフェクションの後、Annexin V陽性のアポトーシス細胞の数を、フローサイトメーターを使って評価した。予測通り、Annexin V陽性細胞は、プラスミドのコグネートペア(L7Ae及びON-Kt-B)を注入した場合特異的に増加した(図24(B))。
【0090】
2つ独立したmRNAを、OFFスイッチ及びONスイッチにより、同時に調節した(図25(A))。インバータースイッチ(ON-KtまたはON-dKt)の挙動、及びそれらの改変した親スイッチ(OFF-KtまたはOFF-dKt)を同時に分析した(図25(A))。予測通り、Ktを含有するONスイッチと、OFFスイッチの両者とも、L7Aeの存在下で、アウトプットとしてのEGFP及びECFPをそれぞれ、特異的にアップレギュレートし、あるいはダウンレギュレートした。特には、同一の細胞に取り込まれたOFFスイッチとONスイッチが、ぞれぞれの機能に影響を与えることはなかった。さらに、ほかのインプット蛋白質であるS15を利用した別のONスイッチを用い、OFFスイッチ(OFF-KtまたはOFF-dKt)とONスイッチ(ON-Fr15または ON-dFr15)が、それぞれ対応するインプットであるL7Ae及び S15に特異的に応答することを確認した(図25(B))。
【0091】
[ディスカッション]
シグナルの反転は回路において、最も基礎的なプロセスの一つである。電気工学と同様に、複雑な生物学的回路も、たくさんのシグナル反転を利用している (Stapleton, J.A. et al. ACS Synth. Biol. 1, 83-88 (2011), Xie, Z., Wroblewska, L., Prochazka, L., Weiss, R. & Benenson, Y. Science 333, 1307-1311 (2011), and Wang, B., Kitney, R.I., Joly, N. & Buck, M. Nat Commun 2, 508 (2011))。多くの場合、合成生物学者は、トランス作用性因子とセンサーとの組み合わせをインバーターモジュールとして用いてきた。このアプローチは、各反転につき、少なくとも一つの固有の調節性の組み合わせを必要とし、一つの細胞中で反転を生じさせるには、シグナル回路間でのクロストークを避けるために高度な独立性の組み合わせを必要とすることが、主要な問題であった。この潜在的な落とし穴を避けるために、近年は、多数の直交する制御性の組み合わせ(orthogonal regulatory pairs)を生成することが行われてきた(Mutalik, V.K., Qi, L., Guimaraes, J.C., Lucks, J.B. & Arkin, A.P. Nat. Chem. Biol. 8, 447-454 (2012))。多数の直交する組み合わせが開発され、新たなトランス作用性因子とセンサーの組み合わせが作られる可能性があるが、そのような組み合わせの数は有限である。これに対して、シス作用性モジュールにより製造されたONスイッチにより、さらなる因子がなくても、インプット分子が、アウトプット蛋白質のレベルを直接的に決定することが可能となる。さらに、このシス作用性モジュールは、トランス作用性モジュールと比較して、同様の効率で複数のシグナルの反転を可能にすることができるため、有利である。トランス作用性モジュールの場合は、各インバータースイッチのダイナミックレンジは異なっているであろうし、対応するモジュールの特質によって決定されるであろう。
【0092】
本発明は、インバーターモジュール(図21(B))の性能を損なうことなく、オリジナルのβ-globin intron (476 nt)を、より短いキメライントロン(133 nt)に置換することに成功した。さらに、PTCとイントロンのスプライス部位との距離を短縮した(320nt)モジュールも、性能を保持していた(図21(A))。この結果から、これらの要素を用いて、より小型のモジュールを設計することが可能であることが示唆される。さらに、他のベイトORF (EGFP遺伝子の部分)を含有するモジュールは、インバーターとして機能した(図25(A)及び25(B))。ゆえに、ベイトORFは、所望の蛋白質コード配列と置換することができる可能性が高い。
【0093】
このモジュールは、mRNAの5’−UTRが、低分子、RNA,蛋白質を含む種々のインプット分子と真核細胞内で反応する、入手可能な翻訳OFFスイッチから新たなONスイッチを開発するために用いることができる(Saito, H. et al. Nat. Chem. Biol.6, 71-78 (2010), Saito, H., Fujita, Y., Kashida, S., Hayashi, K. & Inoue, T. Nat Commun 2, 160 (2011), Werstuck, G. & Green, M.R. Science282, 296-298 (1998), Hanson, S., Berthelot, K., Fink, B., McCarthy, J.E. & Suess, B. Mol. Microbiol. 49, 1627-1637 (2003), and Paraskeva, E., Atzberger, A. & Hentze, M.W. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95, 951-956 (1998))。さらに、このモジュールは、ONスイッチ(Schlatter, S. & Fussenegger, M. Biotechnol. Bioeng. 81, 1-12 (2003))をOFFスイッチに反転させることも可能である。これは、インバータースイッチからの、IRESによって駆動されるアウトプット蛋白質の製造は、親スイッチのアウトプットに対応するベイトORFのcap依存性翻訳活性に反比例するためである。
【0094】
最後に、本研究において我々が実証した方法は、細胞質における蛋白質の検出を可能にするが、代替的なスプライシングを用いることにより、遺伝子回路を調節する核蛋白質の発現を検出しうる他の合成RNAデバイスも報告されている(Culler, S.J., Hoff, K.G. & Smolke, C.D. Science 330, 1251-1255 (2010))。したがって、現在、核または細胞質において働く上記2種類のスイッチが利用可能である。
【0095】
以下に、上記実施例1〜6において用いたmRNA及びトリガー蛋白質を発現するプラスミドベクターの具体的な作製方法、細胞への導入方法、及び各種の測定方法などの共通の手順について説明する。
【0096】
(1)レポータープラスミドの構築
本実施例において、EGFPを発現するレポータープラスミドであるpKt−EGFP、及びpdKt−EGFPは、Gossen M, Bujard H (1992) Proc Natl Acad Sci USA 89:5547-5551.に記載のpl boxC/D−EGFP、pl boxC/D mutEGFPにそれぞれ対応するように作製した。EGFPのコード領域をECFPに置換することによって、同様にしてpKt−ECFP、及びpdKt−ECFPを作製した。尚、pKt−EGFP及びpKt−ECFPの5’UTRの配列は、上記表5の、32nt−Ktと一致する。
【0097】
スペーサー配列は、LacZから、PCRにより増幅した。このとき、プライマーセットとしては、(5’-CCCGGGATCCGATCCCGTCGTTTTACAAC-3’(配列番号56) / 5’-AGATCTACCGGTCAGGCTGCGCAAC-3’ (配列番号57)及び 5’-GGATCCGCTAGCGATACACCGCATC-3’ (配列番号58) / 5’-ACTAGTAGATCTCAATGGCAGATCCCAG-3’ (配列番号59)の組み合わせを用いた。なお、本明細書において、プライマーセットは、フォワードプライマー、リバースプライマーの順に記載」した。スペーサー配列を、pKt−EGFPのBamHI−AgeI部位、及びNheI−BglII部位の間で消化し、ライゲートして、プラスミドpKt−Sp−EGFP及びpSp−Kt−EGFPを、それぞれ作製した。同様にして、pdKt−EGFPから、pdKt−Sp−EGFP及びpSp−dKt−EGFPを作製した。
【0098】
pKt−ECFP及びpdKt−ECFPは、NheI及びBamHIで消化し、Klenow fragment(Takara Bio社製)で平滑化し、セルフライゲーションさせて、最も短い5’UTRのスペーサー(18nt)を作製した。もっとも長いスペーサー配列(320nt)は、上述のpKt−ECFP及びpdKt−ECFPのNheI-BglIIサイトの間に挿入された二つのスペーサーフラグメントを連結することにより得た。そのほかのスペーサーは、同様にして、レポータープラスミドの5’UTRに挿入された適切なプライマーのセットを増幅させることにより得られた。用いたすべての5’UTRの配列を、上記表5に示す。
【0099】
オリゴヌクレオチドKlのペアは、5’-CATGGGATCCGGGTGTGAACGGTGATCACCCGA-3’(配列番号60) / 5’-GATCTCGGGTGATCACCGTTCACACCCGGATCC-3’ (配列番号61)であった。オリゴヌクレオチドKl2のペアは、5’-CATGGGATCCGGACGTACGTGTGAACGGTGATCACGTACGCCGA-3’(配列番号62) / 5’-GATCTCGGCGTACGTGATCACCGTTCACACGTACGTCCGGATCC-3’( 配列番号63)であった。オリゴヌクレオチドMS2SLのペアは、5’-CATGGGATCCGGTGAGGATCACCCATCGA-3’(配列番号64) / 5’-GATCTCGTTGGGTGTTCCTCTCCGGATCC-3’( 配列番号65)であった。これらをアニーリングし、クローニングベクターにクローン化した。Fr15は、DNA templates (5’-GGGATGTCAGGTGCAGGCCAGACCGAAGTCCTCTCCTGCCCTCAAGTCTTTCGACCATCCCTATAGTGAGTCGTATTAGC-3’(配列番号66))から、プライマーセット(5’-GCTAATCCATGGGATCCTCGGTCGAAAGACTTGAGGGC-3’( 配列番号67) / 5’-CCCAGATCTCGTCAGGTGCAGGCCAGAC-3’(配列番号68))を用いてPCRにより増幅した。そして、NcoI及びBglIIにより消化し、同様にしてクローニングベクターにクローン化した。それぞれのRNAモチーフは、5’末端をBamHIを用いて、3’末端をBglIIを用いて、クローニングベクターに連結した。そして、単一のまたは複数のRNAモチーフを、BamHI及びBglIIを用いた消化によりクローニングベクターから抽出し、Ktモチーフを5’末端から67番目、120番目、164番目のヌクレオチドにおいて含む各ベクターのBglII-BamHI部位の間に挿入した。RNAモチーフの同じフラグメントを、pKt−ECFPのBamHI部位に挿入し、平滑化及びセルフライゲーションにより、5’末端から18番目のヌクレオチドに位置するようにした。
【0100】
ONスイッチカセットは、ナンセンス変異を有するRenilla luciferase(hRluc)、βグロビンイントロンおよびIRES2により構成した。簡潔には、次の方法で作製した。pLP1(インビトロジェン)をBamH1およびBglIIで消化し、βグロビンイントロンを抽出し、pIRES2-EGFP(クロンテック)のBamH1サイトに挿入した。得られたプラスミドをBamH1で消化し、Klenow fragmentで平滑化後、セルフライゲーションさせて、BamH1サイトを除去した(psBIntIRES2-EGFP)。pGL4.73のNheI-NcoIサイトへpl boxC/D−EGFPから消化した5‘UTRを挿入し、さらに、プライマーセット(5’- GTGACCTGACATCGAGGAGGATA -3’( 配列番号69) / 5’- TCGTCTCAGGACTCGATCACGTCC -3’( 配列番号70))を用いてRenilla luciferaseのW153およびW156をPCRによりストップコドンへ変換した。続いて、NheI-SmaIサイトで消化してpsBIntIRES2-EGFPへ5‘UTRおよび変異Renilla luciferaseを挿入しONスイッチカセットを有するプラスミドを作製した。OFFスイッチカセットを有するプラスミドは同様に、ストップコドンへ変換していないRenilla luciferaseを用いて作製した。
【0101】
(2)トリガープラスミドの作製
次に、Ktに特異的に結合する蛋白質を発現するトリガープラスミドを作製した。Ktに特異的に結合する蛋白質は、そのN末端でOne−STrEP−tag(IBA)に融合されており、C末端でmycタグ、及びHisタグに結合され、CMVプロモーターの制御下で、IRES駆動DSRedExpressを有するものであった。
【0102】
pIRES2−DsRed-Expressは、BamHI及びNotIで消化し、IRES2−driven DsRed-Express発現カセットを含むフラグメントを、pcDNA5/FRT/TO(Invitrogen社製)のBamHI-NotI部位にクローニングした。p4LambdaN22−3mEGFP−M9由来のHindIIIで消化したフラグメントは、得られた発現ベクターに挿入した。4回繰り返されたLambda N22 peptideは、PCRで増幅されペプチドタグに融合されたRNA結合蛋白質により置換された。Archaeoglobus fulgidus L7Aeのオープンリーディングフレームは、以下のプライマーセットを使用して増幅した(5’-GAATCCATGGGATCCATGTACGTGAGATTTGAGGTTC-3’( 配列番号71) / 5’-CACCAGATCTCTTCTGAAGGCCTTTAATCTTCTC-3’( 配列番号72))。次に、bacteriophage MS2 coat proteinのオープンリーディングフレームは以下のプライマーセットを使用して増幅した(5’-CACCATGGGATCCGCTTCTAACTTTACTCAGTTCGTTCTC-3’ ( 配列番号73) / 5’-TATGAGATCTGTAGATGCCGGAGTTGGC-3’ ( 配列番号74))。さらに、Bacillus stearothermophilus S15のオープンリーディングフレームは、以下のプライマーセットを使用して増幅した(5’-GACACCATGGGATCCGCATTGACGCAAGAGCG-3’ ( 配列番号75) / 5’-TATGAGATCTTCGACGTAATCCAAGTTTCTCAAC-3’ ( 配列番号76))。これのプライマーは、それぞれ、プラスミドpL7Ae、プラスミドMS2−EGFP、及び、25: Scott LG, Williamson JR (2001) Interaction of the Bacillus stearothermophilus ribosomal protein S15 with its 5’-translational operator mRNA. J Mol Biol 314:413-422に基づいて新たに合成されたプラスミド由来であった。
【0103】
RSVプロモーター及びEF1αプロモーターは、それぞれ、pLP2 (Invitrogen) 及び KW239_p5E-hEF1α(Dr. K. Woltjenよりご提供いただいた)由来のプライマーセット5’-GAGGGGGATTAATGTAGTCTTATGCAATACTCTTGTAGTCTTGC-3’ / 5’-GTTGTTGC TAGCTCGAGCTTGGAGGTGC-3’、及び5’-GAGGGGGATTAATGTAGTCTTATGCAATACTCTTGTAGTCTTGC-3’ / 5’-GTTGTTGC TAGCTCGAGCTTGGAGGTGC-3’を用いて、PCRにより増幅した。これらを、AseI及びNheIにより消化し、pON-Kt/dKtのAseI-NheIサイトに挿入して、それぞれ、pR-ON-Kt/dKt 及び pE-ON-Kt/dKtを得た。
【0104】
より短いモジュール(ON32、ON16、ON8)は、リバースプライマー(5’-TGATCAGGGCGATATCCTCCTCG-3’)と特殊なフォワードプライマー(それぞれ、5’-GTCCAGATTGTCCGCAACTACAACG-3’, 5’-GCCAGGAGGACGCTCCAG-3’, 5’-TAGAGTCGGGGCGGCCGGGATC-3’)を用いて、PCR-based deletion methodにより作製した。生じたプラスミドのAgeI-Bsp1407Iフラグメントは、pON-Kt/dKtに戻した。イントロンを置換するために、キメライントロン及びPTCを含むhRluc遺伝子を、それぞれ、pRL-TK (Promega) 及びpON-Ktからのプライマーセット5’-CGCAAATGGGCGGTAGGCGTG-3’ / 5’-CATGGTTGTGGCCATATTATCATCG-3’, 及び5’-CGATGATAATATGGCCACAACCATGGCAAAGCAACCTTCTGATG-3’ / 5’-GCCCCGC AGAAGGTCTAGAATCAATGCATTCTCCACACCAG-3、を用い、PCRにて増幅した。PCR産物は、IRESのPCR産物とPCRにより連結し、EcoRV及びHindIIIで消化して、pON-Kt/dKtのEcoRV-HindIIIサイトに挿入した。pON2-Kt及びpON2-dKt構築物は、pON-Kt及びpON-dKtと類似しているが、PTCを生成するのに用いたプライマーセットが5’-CCCACCCTCGTGACCAC-3’ / 5’-TCAGGGCACGGGC AG-3’である点で異なっていた。
【0105】
IRES及びBim-ELは、pIRES2-EGFP 及び pBim (Saito, H., Fujita, Y., Kashida, S., Hayashi, K. & Inoue, T. Nat Commun 2, 160 (2011).)から、それぞれ、プライマーセット5’-CGCAAATGGGCGGTAGGCGTG-3’ / 5’-CATGGTTGTGGCCATATTATCATCG-3’. 及び5’-CGATGATAATATGGCCACAACCATGGCAAAGCAACCTTCTGATG-3’ / 5’-GCCCCGCAGAAGGTCTAGAATCAATGCATTCTCCACACCAG-3’を用いて、PCRにより増幅した。これらのフラグメントは、プライマーセット5’-CGCAAATGGGCGGTAGGCGTG-3’ / 5’-AAGCTTGCGGCCGCCCCGCAGAAGGTCTAGA-3’を用いて再びPCRで連結し、HindIII 及びNotIで消化して、pON-Kt/dKtのHindIII-NotIサイトに挿入し、それぞれ、pON-Kt/dKt-Bを得た。
【0106】
(3)細胞培養及びトランスフェクション
HeLa細胞は、10% のウシ胎児血清(Nichirei Biosciences, Tokyo, Japan) 及び 1% antibiotic-antimycotic solution (Sigma-Aldrich, St Louis, MO)を含むダルベッコ改変イーグル培地(GIBCO, Carlsbad, CA)中で、37°C、5% CO2で培養した。5 × 104 cellsを24ウェルプレートに播種し、24時間後、70〜90%のコンフルエントに達した細胞を、1μlの リポフェクタミン 2000 (Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いて、製造者の指示に従い、プラスミドで一過性にトランスフェクトした。二つのプラスミドをトランスフェクションした実験(実施例1〜3、5)においては、0.1 μgのリポータープラスミド及び0.5 μgのトリガー蛋白質プラスミドを細胞にトランスフェクトした。三つのプラスミドをトランスフェクションした実験(実施例4)においては、それぞれのリポータープラスミド0.1 μg、及びトリガー蛋白質プラスミド0.3 μgを用いた。培地は、トランスフェクションの4時間後に交換した。
【0107】
(4)フローサイトメトリー測定
トランスフェクションの24時間後に、細胞をPBSで洗浄し、100 μl の 0.25% Trypsin-EDTA (GIBCO)中で、37°Cにおいて2分間インキュベートした。100 μlの培地を添加したのち、細胞を35 μm のストレイナー (BD Biosciences, San Jose, CA)を通過させ、FACS Aria (BD Biosciences)で分析した。ECFPの蛍光を測定するために、励起には408nmの半導体レーザーを用い、450/40nmのフィルターを用いた。EGFP及びDsRed-Expressの蛍光を測定するために、励起には488nmの半導体レーザーを用い、それぞれ、530/30nm及び695/40nmのフィルターを用いた。
【0108】
(5)フローサイトメトリー分析
死細胞は、FSC(前方散乱光)およびSCC(側方散乱光)を用いて除外した。この実験において、翻訳効率は、DsRedの蛍光強度が1000±100の範囲にある細胞に対して、RNAモチーフに結合しない陰性対照であるRNA結合蛋白質(例えば、MC2CP)の存在下におけるEGFPまたはECFP蛍光強度の平均値に対する対応するRNA結合蛋白質(例えば、L7Ae)の存在下におけるEGFPまたはECFP蛍光強度の平均値の比として算出した。3種同時のトランスフェクションにおいては、蛍光レベルは、EGFP、ECFPまたはDsRed-Expressのそれぞれのみを発現する細胞に基づいて補正された。トランスフェクトされていない細胞は、DsRed-Expressの蛍光レベル(<100)に基づいて除外した。すべての実験は3回繰り返し、平均値及び標準偏差値を示した。
【0109】
(6)totalRNAの単離及びcDNA合成
トランスフェクションの24時間後に冷却したPBSで細胞を洗浄し、製造者の指示にしたがって、RNAqueous-4PCR キット(Ambion社製)を用いて、totalRNAを単離した。350 μlの細胞懸濁液/結合溶液を用い、RNAは50μl のMilli-Qウォーターで2回溶出させた。混入したDNAは、製造者の指示にしたがって、TURBO DNA-freeキット(Ambion社製)を用いて除去した。200 ngの抽出されたtotalRNAから、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kits (Applied Biosystems社製)を用いてcDNAを合成した。得られたcDNA溶液は10倍に希釈し、5 μlのアリコートを定量的PCR分析に用いた。
【0110】
(7)定量的PCR分析
定量的PCR分析は、Light Cycler 480 SYBR Green I Master 及びLight Cycler 480 instruments (Roche, Basel, Switzerland)を用いて実施した。反応溶液は、レポーターECFP、またはネオマイシン耐性遺伝子のRNAレベルを測定するために、それぞれ、プライマーセット(5’-GAAGCGCGATCACATGGT-3’( 配列番号77) / 5’-CCATGCCGAGAGTGATCC-3’ (配列番号78))または (5’-GGCTACCCGTGATATTGCTG-3’ ( 配列番号79) / 5’-GCGATACCGTAAAGCACGA-3’ (配列番号80))を、最終濃度で500nMとなるように含んだ。一連のレポータープラスミドの10倍希釈溶液(50fg〜5ng)は、標準として用いた。レポーターECFPmRNAの相対量は、同一のプラスミドからレポーターとして発現されるネオマイシン耐性遺伝子量に対する割合として決定した。すべての実験は3回繰り返し、平均値及び標準偏差値を示した。
【0111】
(8)RNAi ノックダウン
合計で2.5 × 104の細胞を、24ウェルプレートに播種し、24時間後に、1 μl のStem Fect RNA transfection kit (Stemgent, Cambridge, MA)を製造者の指示に従って用い、細胞を20 pmol のsiRNAでトランスフェクトした。トランスフェクションの4時間後に培地を交換した。48時間後、プラスミドのセットを、上記のようにトランスフェクトした。24時間後、BD Accuriを用いて細胞をフローサイトメトリー分析した。以前の報告28にしたがって、今回の実験では、siRNAの配列は、以下の通りとした。5’-GUGUAUGUGCGCCAAAGUATT-3’ / 5’-UACUUUGGCGCACAUACACTT-3’ (SMG1), 5’-GAUGCAGUUCCGCUCCAUUTT-3’ / 5’-AAUGGAGCGGAACUGCAUCTT-3’ (UPF1), 5’-CAACAGCCCUUCCAGAAUCTT-3’ / 5’-GAUUCUGGAAGGGCUGUUGTT-3’ (UPF2), 及び5’-UUCUCCGAACGUGUCACGUTT-3’ / 5’-ACGUGACACGUUCGGAGAATT-3’ (n.c., ノンサイレンシング陰性対照)。
【0112】
(9) ウェスタンブロット分析
トランスフェクション実験は、24ウェルプレートと比較して、4倍大きいスケールの6ウェルプレートで行った。24時間後(プラスミドトランスフェクション)、または48時間後(RNAiノックダウン)に、トランスフェクトされた細胞を2mLのPBSで2回洗浄し、0.3mLのRIPAバッファー中に抽出した。合計の蛋白質濃度は、BCA Protein assay (Thermo, Rockford, IL)により測定した。10μgのサンプルは、SDS-PAGEに展開し、製造者の指示に従って iBlot (Invitrogen)を用い、PVDF膜に転写した。さらに、標識抗体、次いで、HRP標識二次抗体でプローブした。SMG1 抗体及びRENT1抗体は、Bethyl laboratories (Montgomery, TX)から入手し、 UPF2 rabbit monoclonal antibody (D3B10) は、 Cell Signaling laboratory (Danvers, MA) から入手した。ブロットは、Immobilon Western Chemiluminescent HRP Substrate (Millipore, Billerica, MA)及びImageQuant LAS 4000 (GE Healthcare, Piscataway, NJ)により検出した。
【0113】
(10) アポトーシス分析
この実験では、DsRed-Expressに代えてEGFPを発現する代替的なインプットプラスミドを用いた。プラスミドによるトランスフェクションの24時間後に、細胞と培地を回収し、製造者の指示に従って、Annexin V, Pacific Blue conjugates (Invitrogen)により染色し、FACS Aria cell sorterを用いて分析した。トランスフェクションされなかった細胞は、EGFP蛍光に基づき、ゲートアウトした。2回の実験の平均及び標準偏差を示す。
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]