特許第6385486号(P6385486)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6385486固体電池用正極材およびその製造方法、ならびに、固体電池用正極材を用いた全固体リチウム硫黄電池およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6385486
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】固体電池用正極材およびその製造方法、ならびに、固体電池用正極材を用いた全固体リチウム硫黄電池およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/13 20100101AFI20180827BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20180827BHJP
   H01M 4/139 20100101ALI20180827BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20180827BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20180827BHJP
   H01M 10/058 20100101ALI20180827BHJP
【FI】
   H01M4/13
   H01M4/62 Z
   H01M4/139
   H01M10/052
   H01M10/0562
   H01M10/058
【請求項の数】21
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-34653(P2017-34653)
(22)【出願日】2017年2月27日
(65)【公開番号】特開2017-168435(P2017-168435A)
(43)【公開日】2017年9月21日
【審査請求日】2017年12月25日
(31)【優先権主張番号】特願2016-48272(P2016-48272)
(32)【優先日】2016年3月11日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003687
【氏名又は名称】東京電力ホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】公立大学法人首都大学東京
(74)【代理人】
【識別番号】100115440
【弁理士】
【氏名又は名称】中山 光子
(72)【発明者】
【氏名】道畑 日出夫
(72)【発明者】
【氏名】金村 聖志
(72)【発明者】
【氏名】庄司 真雄
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−130229(JP,A)
【文献】 特開2008−053135(JP,A)
【文献】 特開2013−191547(JP,A)
【文献】 立川 直樹ほか,溶媒和イオン液体中における金属リチウム負極の充放電特性 Charge-dischargeproperties of lithium ano,電池討論会講演要旨集 第55回,内本 喜晴 (公社)電気化学会 電池技術委員会,2014年,p.373 特に緒言の欄
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00 − 4/62
H01M 10/05 − 10/0587
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成されるリチウム硫黄固体電池用正極材であって、
前記正極材における各成分の比率は、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体が、それぞれ、45〜60質量%、20〜35質量%、0.1〜10質量%、10〜20質量%であることを特徴とするリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項2】
前記イオン液体がリチウム塩を含有する請求項1に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項3】
前記溶媒和イオン液体が、リチウム塩とグライムとからなる請求項1に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項4】
前記リチウム塩が、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミドおよびリチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選ばれる少なくとも1種であり、前記グライムがトリグライムおよびテトラグライムから選ばれる少なくとも1種である請求項3に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項5】
前記導電材が、導電性カーボンブラックである請求項1〜4のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項6】
前記バインダーが、ポリフッ化ビニリデンである請求項1〜5のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
【請求項7】
硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成されるリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法であって、
酸化物系固体電解質成形体の片面に、正極を形成する部分を残してマスキングテープを貼付するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の正極を形成する部分に、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される正極スラリーを塗布し、均一に押し広げるステップと、
前記正極スラリーを真空乾燥して固化させた後、マスキングテープを取り除いて、酸化物系固体電解質成形体上に正極を形成するステップと、
を含むことを特徴とするリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項8】
前記正極スラリーが、硫黄と導電材を粉砕混合した後、バインダー溶液およびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を加え、さらに溶媒を添加してスラリー化したものである請求項7に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項9】
前記正極スラリーの前記溶媒を除く不揮発分が、硫黄:45〜60質量%、導電材:20〜35質量%、バインダー:0.1〜10質量%、イオン液体もしくは溶媒和イオン液体:10〜20質量%で構成される請求項に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項10】
前記イオン液体がリチウム塩を含有する請求項7〜9のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項11】
前記溶媒和イオン液体が、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミドおよびリチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選ばれる少なくとも1種と、トリグライムおよびテトラグライムから選ばれる少なくとも1種とからなる請求項7〜9のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項12】
前記導電材が、導電性カーボンブラックである請求項7〜11のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項13】
前記バインダーが、ポリフッ化ビニリデンである請求項7〜12のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項14】
前記酸化物系固体電解質成形体における酸化物系固体電解質が、リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物からなる請求項7〜13のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜6のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材からなる正極と、リチウム金属を含有する負極と、正極と負極の間に介在する酸化物系固体電解質の層とを有する全固体リチウム硫黄電池。
【請求項16】
酸化物系固体電解質が、リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物である請求項15に記載の全固体リチウム硫黄電池。
【請求項17】
リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物が、さらにアルミニウム、タンタル、ニオブおよびビスマスから選ばれる1種以上の元素を含有する複合酸化物である請求項16に記載の全固体リチウム硫黄電池。
【請求項18】
作動温度が110℃以下である請求項15〜17のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池。
【請求項19】
請求項15〜18のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池を搭載した自動車。
【請求項20】
請求項15〜18のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池から電力網に電力が供給され、または、前記全固体リチウム硫黄電池に電力網から電力が供給される電力貯蔵システム。
【請求項21】
酸化物系固体電解質成形体の片面に負極金属を貼り合わせ加熱処理するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の負極を形成した面と反対側の面に、正極を形成する部分を残してマスキングテープを貼付するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の正極を形成する部分に、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される正極スラリーを塗布し、均一に押し広げるステップと、
前記正極スラリーを真空乾燥して固化させた後、マスキングテープを取り除いて、酸化物系固体電解質成形体上に正極を形成するステップと、
を含むことを特徴とするリチウム硫黄固体電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電池用正極材およびその製造方法、ならびに、固体電池用正極材を用いた全固体リチウム硫黄電池およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、AV機器、パソコンなどの電子機器や通信機器などのポータブル化、コードレス化が急速に進展している。これらの電子機器や通信機器の電源として、エネルギー密度が高く負荷特性の優れた二次電池が要望されており、高電圧、高エネルギー密度でサイクル特性にも優れるリチウム二次電池の利用が拡大している。
【0003】
しかしながら、従来のリチウム二次電池は、電解質として一般に電解液が用いられており、これらの電解液を構成する有機溶媒は可燃性で発火の危険性があるため、安全性に課題がある。
【0004】
電解質として固体電解質を用いる、いわゆる固体電池は、可燃性の電解液を用いないため、安全性が高く、また理論的に高いエネルギー密度を達成できる可能性もある。多くの大学や企業で研究が進められている。
【0005】
しかしながら、固体電池は、電極のみならず電解質も固体となるため、電極を構成する粒子と電解質を構成する粒子の界面での接触部分が小さくなり、電解質として電解液を用いる場合に比べてリチウムイオンや電子の移動が困難となる。そして、界面抵抗が大きくなる結果、エネルギー密度などの電池特性は低い傾向にある。
【0006】
固体電解質と電極の界面抵抗を抑制する方法として、電解質粒子と電極粒子の混合物からなる界面層を電解質と電極の間に挟む方法、あるいは、電解質粒子や電極粒子の表面を導電性被膜でコートする方法などが検討されているが、界面抵抗の大幅な低減には至っていない。
【0007】
一方、硫黄は1675mAh/gと極めて高い理論容量密度を有しており、高エネルギー密度の電池材料として期待されることから、硫黄を正極活物質として用い、リチウム金属を負極として用いたリチウム硫黄電池の検討が進められている。
【0008】
ところが、リチウム硫黄電池の場合も、電解質として、固体電解質を用いた場合には、上記したように、電解質と電極の界面で生じる界面抵抗のために電池のエネルギー密度が期待されるほど高くならないという問題点がある。
【0009】
また、有機溶媒を含有する電解質を用いた場合には、火災の危険性に加えて、充放電の際に硫黄分子やリチウムイオンと硫黄との反応により生成した反応中間体(多硫化リチウムなど)が電解質溶液中に溶け出し拡散することで、自己放電の発生や負極の劣化を惹き起こすという問題点がある。イオン液体を電解質として用いることで、火災の危険性は避けられるが、硫黄分子や多硫化物イオンが溶け出すことは防げないため、やはり電池性能が低下する場合がある。
【0010】
特許文献1には、電池用電極の製造方法として、電極活物質と常温溶融塩を含む混合物を加熱し減圧処理を施したペーストを集電体に付着させることにより、活物質層を形成する方法が提案されている。常温溶融塩は、エチルメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート等のイミダゾリウムカチオン、ジエチルメチルプロピルアンモニウムトリフルオロメタンスルホニルイミドなどのアンモニウムカチオン、エチルピリジニウムテトラフルオロボレートなどのピリジニウムカチオンなどのカチオン成分と、4フッ化ホウ素アニオン(BF)、6フッ化リンアニオン(PF)、トリフルオロスルホニルアニオン((CFSO)、ビス(トリフルオロスルホニル)イミドアニオン((CSO)などのアニオン成分とを組合せたものである。この常温溶融塩に、支持塩(リチウム塩)を添加した液状電解質に、正極活物質として、リチウムコバルト酸化物、リチウムニッケル酸化物、リチウムニッケルコバルト酸化物、リチウムマンガン酸化物などの粉末を混合している。
【0011】
しかしながら、特許文献1に記載されたリチウムイオン二次電池では、セパレータを挟んで、正極活物質層と負極活物質層とが対向するように積層配置したものに、常温溶融塩電解質を含浸させてコイン型リチウムイオン二次電池を作製している。従って、電解質として固体電解質を用いる全固体型のリチウム二次電池ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2004−022294号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、固体電解質と電極間の界面抵抗を低減することで、固体電解質に由来する問題点を解決すること、そして、安全性と電池性能が両立するリチウム硫黄固体電池を得るための正極材、および前記正極材を用いた全固体リチウム硫黄電池、ならびにこれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明者等は鋭意検討した。その結果、リチウム硫黄固体電池用正極材中に、イオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有させることにより、固体電解質と電極間の界面抵抗を低減させることが可能となり、リチウム硫黄固体電池の充放電容量が向上するとの新たな知見を得た。
また、硫黄、炭素材、バインダー(結着剤)およびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有する正極スラリーを、固体電解質成形体の所定の位置に塗布、乾燥して溶媒を除去して正極材を形成することにより、固体電解質と正極材を密着させることができるとの新たな知見を得た。
【0015】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0016】
(1)硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成されるリチウム硫黄固体電池用正極材であって、
前記正極材における各成分の比率は、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体が、それぞれ、45〜60質量%、20〜35質量%、0.1〜10質量%、10〜20質量%であることを特徴とするリチウム硫黄固体電池用正極材。
(2)前記イオン液体がリチウム塩を含有する前記(1)に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
(3)前記溶媒和イオン液体が、リチウム塩とグライムとからなる前記(1)に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
(4)前記リチウム塩が、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミド及びリチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選ばれる少なくとも1種であり、前記グライムがトリグライムおよびテトラグライムから選ばれる少なくとも1種である前記(3)に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
(5)前記導電材が、導電性カーボンブラックである前記(1)〜(4)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材。
(6)前記バインダーが、ポリフッ化ビニリデンである前記(1)〜(5)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材
【0017】
(7)硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成されるリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法であって、
酸化物系固体電解質成形体の片面に、正極を形成する部分を残してマスキングテープを貼付するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の正極を形成する部分に、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される正極スラリーを塗布し、均一に押し広げるステップと、
前記正極スラリーを真空乾燥して固化させた後、マスキングテープを取り除いて、酸化物系固体電解質成形体上に正極を形成するステップと、
を含むことを特徴とするリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(8)前記正極スラリーが、硫黄と導電材を粉砕混合した後、バインダー溶液およびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を加え、さらに溶媒を添加してスラリー化したものである前記(7)に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(9)前記正極スラリーの前記溶媒を除く不揮発分が、硫黄:45〜60質量%、導電材:20〜35質量%、バインダー:0.1〜10質量%、イオン液体もしくは溶媒和イオン液体:10〜20質量%で構成される前記(8)に記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(10)前記イオン液体がリチウム塩を含有する前記(7)〜(9)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(11)前記溶媒和イオン液体が、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミドおよびリチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドから選ばれる少なくとも1種と、トリグライムおよびテトラグライムから選ばれる少なくとも1種とからなる前記(7)〜(9)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(12)前記導電材が、導電性カーボンブラックである前記(7)〜(11)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(13)前記バインダーが、ポリフッ化ビニリデンである前記(7)〜(12)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
(14)前記酸化物系固体電解質成形体における酸化物系固体電解質が、リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物からなる前記(7)〜(13)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法。
【0018】
(15)前記(1)〜(6)のいずれかに記載のリチウム硫黄固体電池用正極材からなる正極と、リチウム金属を含有する負極と、正極と負極の間に介在する酸化物系固体電解質の層とを有する全固体リチウム硫黄電池。
(16)酸化物系固体電解質が、リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物である前記(15)に記載の全固体リチウム硫黄電池。
(17)リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物が、さらにアルミニウム、タンタル、ニオブおよびビスマスから選ばれる1種以上の元素を含有する複合酸化物である前記(16)に記載の全固体リチウム硫黄電池。
(18)作動温度が110℃以下である前記(15)〜(17)のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池。
19)前記(15)〜(18)のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池を搭載した自動車。
20)前記(15)〜(18)のいずれかに記載の全固体リチウム硫黄電池から電力網に電力が供給され、または、前記全固体リチウム硫黄電池に電力網から電力が供給される電力貯蔵システム。
21)酸化物系固体電解質成形体の片面に負極金属を貼り合わせ加熱処理するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の負極を形成した面と反対側の面に、正極を形成する部分を残してマスキングテープを貼付するステップと、
前記酸化物系固体電解質成形体の正極を形成する部分に、硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される正極スラリーを塗布し、均一に押し広げるステップと、
前記正極スラリーを真空乾燥して固化させた後、マスキングテープを取り除いて、酸化物系固体電解質成形体上に正極を形成するステップと、
を含むことを特徴とするリチウム硫黄固体電池の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明のリチウム硫黄固体電池用正極材は、液状であるが不揮発性、不燃性のイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有している。また、本発明のリチウム硫黄固体電池用正極材の製造方法によれば、正極材は固体電解質の表面に密着した状態で形成されているため、固体電解質と正極の界面に液状のイオン液体もしくは溶媒和イオン液体が介在する結果、固体電解質と正極の接触面積を増大させることができる。そして、イオン液体もしくは溶媒和イオン液体はリチウムイオン伝導性を有するので、固体電解質と正極間の界面抵抗が低減され、充放電サイクルを繰り返しても性能低下の少ないリチウム硫黄固体電池を得ることが可能となる。
【0020】
また、電解質層が固体電解質となるので、硫黄や多硫化物が電解液中に溶解、拡散することによる電池性能の低下を防げるとともに、作動温度が110℃以下であるため、火災の危険も極めて少ない安全な全固体リチウム硫黄電池とすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】イオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有する本発明の正極材を用いたコイン型電池の充放電サイクル試験(1〜3サイクル)の結果を示すグラフである。
図2】イオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有する本発明の正極材を用いたコイン型電池の充放電サイクル試験(4〜6サイクル)の結果を示すグラフである。
図3】イオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含まない比較例の正極材を用いたコイン型電池の充放電サイクル試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のリチウム硫黄固体電池用正極材は、イオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有することが必須であり、基本的には、硫黄、導電材、ポリフッ化ビニリデンなどのバインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される。
【0023】
本発明で用いられるイオン液体もしくは溶媒和イオン液体は、150℃程度以下であれば液状を呈し、不揮発性、不燃性で、イオン伝導性を有する液体である。
【0024】
イオン液体としては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−ビス(トリフルオロスルホニル)イミド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、トリメチルプロピルアンモニウム−ビストリフルオロメチルスルホニルイミド、エチルピリジニウムテトラフルオロボレートなどが挙げられる。イオン液体は、単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0025】
前記イオン液体には、支持塩として、4フッ化ホウ酸リチウム(LiBF)、過塩素酸リチウム(LiClO)、トリフルオロメチルスルホン酸リチウム(Li(CFSO))、リチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(LiN(CFSO)、リチウム−ビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミド(LiN(CSO)、6フッ化リン酸リチウム(LiPF)などの公知のリチウム塩を混合して用いることができる。支持塩は、単独で用いても良いし、2種以上を組み合せて用いても良い。
【0026】
イオン液体と支持塩の混合比(モル比)は、1:0.1〜2であることが好ましく、1:0.8〜1.2であることがより好ましい。特に好ましくは1:1である。
【0027】
溶媒和イオン液体は、リチウム塩とグライムの混合物が用いられる。リチウム塩とグライムの組合せにより、熱分解温度の異なるものが作製される。溶媒和イオン液体は、100℃程度で熱分解しないものを選択するのが良い。
【0028】
リチウム塩としては、例えば、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミド(LiN(SOF))、リチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(LiN(CFSO)、リチウム−ビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミドLiN(CSO)などが挙げられる。これらのリチウム塩の中でも、リチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミド、リチウム−ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドが好ましい。リチウム塩は、単独で用いても良いし、2種以上を組み合せて用いても良い。
【0029】
グライムとしては、両末端が同じアルキル基でも、異なるアルキル基であってもよく、例えば、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、トリメチレングリコルメチルエチルエーテルなどのトリグライム、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、テトラエチレングリコールメチルエチルエーテルなどのテトラグライムが挙げられる。また、アルキル基はフッ素で置換されていても良い。グライムは、単独で用いても良いし、2種以上を組み合せて用いても良い。
【0030】
上記のイオン液体もしくは溶媒和イオン液体のうち、リチウムイオン伝導性に優れるとともに、硫黄や多硫化物が溶出し難いことから、溶媒和イオン液体が好ましく、特にリチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミド(以下、LiFSIと称する。)と、トリエチレングリコールジメチルエーテルあるいはテトラエチレングリコールジメチルエーテルとの混合物が好ましい。
【0031】
リチウム塩とグライムの混合比(モル比)は、リチウム塩:グライム=40:60〜60:40であることが好ましく、45:55〜55:45であることがより好ましい。特に好ましくは50:50である。
【0032】
本発明の正極材は、活物質として硫黄を用いるが、硫黄自体は電気伝導性が乏しいという問題点があるので、導電材を併用する必要がある。導電材としては、例えば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラックなどのカーボンブラック類、鱗片黒鉛などの天然黒鉛や人造黒鉛などのグラファイト類、炭素繊維や金属繊維などの導電性繊維、銅や銀などの金属粉末、ポリフェニレン化合物などの有機導電材、カーボンナノチューブなどを用いることができる。
【0033】
導電材の中でも、多孔性でその気孔内に硫黄やイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を取り込むことでバインダーとしての効果を発揮するとともに、導電性が高いことからカーボンブラック類が好ましく、特にケッチェンブラックなどの中空シェル構造を有する導電性カーボンブラックが好ましい。
【0034】
導電性カーボンブラックは、窒素ガス吸着法によるBET比表面積が500m/g以上であることが好ましく、より好ましくは750m/g以上、さらに好ましくは1000m/g以上である。
【0035】
さらに、本発明の正極材には、バインダーを併用する必要がある。バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−ペンタフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン−パーフルオロメチルビニルエーテル−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、プロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキシド、ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などが挙げられるが、ポリフッ化ビニリデンが好ましく用いられる。これらのバインダーは、単独で用いても良いし、2種以上を組み合せて用いても良い。
【0036】
これらのバインダーの添加方法は、特に限定されない。例えば、粉末で用いることもできるし、有機溶媒に溶解した溶液あるいは水を溶媒とするエマルジョンで用いることもできる。有機溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドンが好ましい。
【0037】
硫黄、導電材、バインダーおよびイオン液体もしくは溶媒和イオン液体から構成される本発明の正極材中の硫黄の含有量は45〜60質量%であるより好ましくは50〜55質量%である。硫黄が45質量%以上であれば、電池として高い理論エネルギー密度を確保することが可能となる。一方、硫黄が60質量%以下であれば、導電材やイオン液体もしくは溶媒和イオン液体などの含有量を十分確保することができるので、正極材に必要な導電性の付与が可能になるとともに、正極材と固体電解質間の界面抵抗の低減が可能となる。
【0038】
導電材の含有量は20〜35質量%であるより好ましくは20〜30質量%である。導電材が20質量%以上であれば、正極に十分な導電性を付与することができる。一方、導電材が35質量%以下であれば、硫黄やイオン液体もしくは溶媒和イオン液体などの含有量を十分確保することができるので、電池のエネルギー密度の向上が可能になるとともに、正極材と固体電解質間の界面抵抗の低減が可能となる。
【0039】
バインダーの含有量は0.1〜10質量%であるより好ましくは5〜10質量%、さらに好ましくは7〜9質量%である。バインダーが0.1質量%以上であれば、ケッチェンブラックなどの導電材の気孔中への硫黄あるいはイオン液体もしくは溶媒和イオン液体の保持や導電材の固体電解質への固着をより効果的に高めることができる。一方、10質量%以下であれば、バインダー自体が絶縁体であることに由来する正極材の導電性の低下を避けることができる。
【0040】
イオン液体もしくは溶媒和イオン液体の含有量は10〜20質量%であるより好ましくは12〜18質量%である。イオン液体もしくは溶媒和イオン液体が10質量%以上であれば、正極材と固体電解質間の界面抵抗を効果的に低減することができる。一方、20質量%以下であれば、界面抵抗の低減効果が最早向上しないにもかかわらず無駄に用いるという不経済を避けることができる。
【0041】
次に、本発明の正極材の製造方法について説明する。
【0042】
本発明の正極材の製造方法は、固体電解質の表面にできるだけ密着するように正極材を形成することで、正極材と固体電解質間の界面抵抗を低減することを狙いとしている。
【0043】
固体電解質としては、リチウムイオン電池で公知のリチウム複合酸化物やリチウム含有硫化物などを用いることができるが、リチウム含有硫化物は大気中の水分や酸素と反応して有毒ガスを発生する場合があるので、酸化物系固体電解質が好ましく、リチウム複合酸化物を用いるのがより好ましい。
【0044】
リチウム複合酸化物としては、例えば、リチウムン−ランタン−ジルコニウム複合酸化物、リチウム−ランタン−チタン複合酸化物、リチウム−ニオブ複合酸化物、リチウム−ニオブ−ジルコニウム複合酸化物、リチウム−ランタン−ジルコニウム−タンタル複合酸化物などが挙げられるが、リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物(以下、「LLZ」と称する。)が好ましい。LLZの製造方法は、公知の方法を用いることができる。LLZは、その基本組成を、LiLaZr12とするリチウム、ランタンおよびジルコニウムからなる複合酸化物であり、必要に応じて、アルミニウム、タンタル、ニオブおよびビスマスから選ばれる1種以上の元素を含有していても良い。
【0045】
最終的に組み立てる電池の形状や大きさによって、正極材を形成する固体電解質の形状や大きさが異なるので、固体電解質としてLLZを用い、コイン型電池を組み立てる場合を例として、本発明の正極材、およびそれを用いた全固体リチウム硫黄電池、ならびにそれらの製造方法の詳細を説明する。
【0046】
酸化物系固体電解質成形体としては、例えば、直径が約12mm、厚さが約0.5mmのLLZ成形体を使用することができる。当該LLZ成形体は、公知の方法で作製することができ、例えば、特開2015−146299号公報に開示された方法などを用いることができる。
【0047】
すなわち、化学量論量のランタン化合物の粉末とジルコニウム化合物の粉末を粉砕しながら混合し、プレス機で所定の形状に成形した後、電気炉にて好ましくは1300〜1700℃で焼成して、ランタン−ジルコニウム酸化物成形体を得る。この成形体は、気孔率が75%以上であることが好ましく、より好ましくは80〜90%である。気孔率が75%以上であると、リチウム化合物が含浸されやすくなる。一方、気孔率が90%以下であれば、成形体の強度を維持することができる。気孔率は、水銀圧入法(JIS R 1655準拠)による全細孔容積(cm/g)とアルキメデス法により測定した見掛け密度(g/cm)から算出した値である。気孔率は、焼成温度などにより調整することができる。
【0048】
ランタン化合物としては、特に限定されない。例えば、水酸化ランタン、酸化ランタン、塩化ランタン、硝酸ランタンなどを用いることができる。焼成時に有害ガスの発生が少ない水酸化ランタンが好ましい。
【0049】
ジルコニウム化合物としては、特に限定されない。例えば、酸化ジルコニウム、塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、酢酸ジルコニウムなどを用いることができる。焼成時の有毒ガスの発生が少ない酸化ジルコニウムが好ましい。
【0050】
次いで、ランタン−ジルコニウム酸化物成形体に化学量論量のリチウム化合物を溶解した水溶液を添加し、成形体の気孔の内部にリチウム化合物を含浸させた後、マイクロ波焼成炉などを用いて、好ましくは200〜500℃、より好ましくは300〜450℃で焼成する。加熱源としてマイクロ波を用いることにより、緻密なLLZ焼結体を得ることができる利点がある。加熱源として熱風や赤外線を利用した場合は、加熱部分でリチウム化合物が反応するため、成形体の表面でのみ反応が進行し、LiLaZr12構造の緻密な成形体を得ることが困難となることがある。マイクロ波は、周波数が1〜300GHz、通常は2.45GHzのマイクロ波を照射する。マイクロ波の出力は、1.5〜9.5kWの範囲で調整し、所定の焼成温度に達した後は、マイクロ波照射をPID制御などにより制御して温度を維持する方法が好ましい。
【0051】
成形体に含浸させるリチウム化合物は、LLZの基本組成にしたがって、リチウム、ランタン、ジルコニウムのモル比が7:3:2になるように使用するのが良い。
【0052】
リチウム化合物としては、特に限定されない。例えば、水酸化リチウム、酸化リチウム、塩化リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、酢酸リチウムなどを用いることができる。その中でも、水への溶解度が高く、焼成時の有毒ガスの発生が少ないことから水酸化リチウム(LiOH)、または、水に溶解して水酸化リチウムになる酸化リチウム(LiO)が好ましい。
【0053】
ランタン−ジルコニウム酸化物成形体にリチウムを含浸させる方法としては、化学量論量のリチウムを含浸させることが可能な方法であれば特に限定されない。例えば、以下の方法を挙げることができる。
(1)必要量のリチウム化合物を溶媒に溶解した溶液の一部をランタン−ジルコニウム酸化物成形体に含浸させた後、該成形体を乾燥して溶媒を除去する。再度、上記の溶液の一部を上記の成形体に含浸させた後、乾燥して溶媒を除去する。そして、用意した溶液が無くなるまで、含浸と乾燥を繰り返す。
(2)少量の水に、必要量の水酸化リチウム等を分散させたスラリーを、ランタン−ジルコニウム酸化物成形体に含浸させる。この場合、水酸化リチウムとしては、成形体の気孔(空隙)に入り込むことが容易な、微粒子状のものを使用することが好ましい。
(3)溶解度の大きいLi塩(例えば、LiCl)を水に溶解して高濃度のLiCl水溶液を調製し、該水溶液をランタン−ジルコニウム酸化物成形体に含浸させる。
(4)ランタン−ジルコニウム酸化物成形体に、粉末状のLiOHを添加し、熱溶融によりLiOHを含浸させる。この場合、溶融温度は、LiOHの融点(462℃)以上とすることが好ましい。
【0054】
ランタン−ジルコニウム酸化物成形体およびLLZの形状や大きさは、特に限定されない。電池の構造に応じて、例えば、板状、シート状、円筒状などに成形すれば良い。
【0055】
本発明では、酸化物系固体電解質成形体の表面に正極材を形成する前に、当該成形体の負極側の面、すなわち正極材を形成する面の反対側の面にスパッタリングにより金の薄膜を予め形成しておくことが好ましい。その後に、電池セルを組み立てる際に金薄膜と負極である金属リチウムを貼り合わせ、好ましくは60〜170℃、より好ましくは100〜140℃で加熱することにより、金属リチウムと金が合金化し、負極と固体電解質間の界面抵抗を低減することができる。
【0056】
実用上は、金のスパッタを行わずに、酸化物系固体電解質成形体の負極側の面にリチウム箔などの金属リチウムを貼り付け、その後に金属リチウムを加熱し、必要により押圧する方法が好ましい。これにより負極と固体電解質間の接触性(密着性)が向上し、界面抵抗を低減することができる。
上記の場合、酸化物系固体電解質成形体上に正極を形成した後に、酸化物系固体電解質成形体の正極とは反対側の面にリチウム箔を貼り付け加熱処理を行うことが好ましい。あるいは、酸化物系固体電解質にリチウム箔を貼り付け加熱処理を行った後に、酸化物固体電解質のリチウム箔を貼り付けた面と反対側の面上に正極を形成することもできる。加熱処理温度は、リチウム箔が軟化する温度であれば特に限定されない。好ましくは60〜170℃、より好ましくは100〜140℃である。
【0057】
固体電解質の負極側に金をスパッタリングした後、反対側の面に、正極形成部分を切り抜いたポリイミドテープをマスキングテープとして貼付する。尚、マスキングテープは、スラリー溶媒に不溶で、後記の真空乾燥時に溶融しないポリマーであればよく、ポリイミドに限定されるものではない。
【0058】
マスキングテープの正極形成部分の形状や大きさは、形成後の正極が固体電解質の周囲にはみ出して短絡が生じないように、正極の周囲に少なくとも幅2mm程度のLLZ表面が残るような形状や大きさにするのが良い。例えば、直径が12mmのLLZの成形体であれば、直径8mm程度の円形の正極形成部分を有するポリイミドテープをマスキングテープとして用いるのが良い。
【0059】
次いで、ポリイミドテープの正極形成部分に、適当量の正極スラリーを載置し、ヘラやガラス板等を用いて摺り切りして平らになるように広げた後、真空乾燥により正極スラリー中の溶媒を除去する。溶媒を除去後、ポリイミドテープを剥がして取り除き、LLZ成形体上に密着した状態の正極材を作製することができる。
【0060】
塗布する正極スラリーの厚さは、ポリイミドテープの厚みと同じになるので、形成する正極材の重さあるいは厚みは、用いるポリイミドテープの厚みを変えることで調整することができる。
【0061】
真空乾燥の条件は、特に限定されないが、正極スラリー中の溶媒を急激に蒸発させるとLLZ成形体の表面への正極材の緊密な接着を阻害する恐れがある。70〜90℃程度の温度で行うのが良い。時間は10〜15時間程度である。
【0062】
正極スラリーの調整方法は、公知の方法で行うことができ、所定量の硫黄と所定量の導電性カーボンブラックなどの導電材を粉砕しながら混合した後、所定量のポリフッ化ビニリデンなどのバインダー粉末もしくは溶液、ならびに所定量のイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を加え、溶媒を徐々に加えながら掻き混ぜることでスラリー化することができる。
【0063】
溶媒としては、リチウムイオン電池用の公知の溶媒を用いることができる。例えば、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒、N,N−ジメチルアミノプロピルアミン、ジエチレントリアミンなどのアミン系溶媒、メチルエチルケトンなどのケトン系溶媒、酢酸エステルなどのエステル系溶媒、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、トルエン、キシレン、n−ヘキサン、シクロヘキサンなどの炭化水素系溶媒などが挙げられる。
【0064】
これらの溶媒の使用量は特に限定されない。正極スラリーが、ガラス棒などを用いてLLZ成形体の正極形成部分に移せる程度の流動性を有し、かつ正極形成部分に移した後流れて広がることなく留まる程度の粘度を示す量を用いれば良い。
【0065】
市販のコイン型の電池セル容器などを用いて、セル容器の下蓋の上に負極となるリチウム箔を置き、リチウム箔に対して、正極形成部分と反対側の面を合せるようにLLZ成形体を載置する。次いで、LLZ成形体の正極の上に、正極集電体となるステンレス箔やアルミ箔などの金属箔を載置することで電池セルを組み立て、セル容器の上蓋を被せて電池を完成させる。
【0066】
本発明の全固体リチウム硫黄電池では、上記の正極と負極の間に、上記の固体電解質の層が介在する。
負極としては、リチウムイオンを吸蔵放出する材料を負極活物質として含有するものであれば特に限定されない。例えば、リチウム箔などのリチウム金属、リチウムとアルミニウムやシリコン、スズ、マグネシウムなどとの合金であるリチウム合金の他、リチウムイオンを吸蔵放出できる金属酸化物、金属硫化物、炭素材料などが挙げられる。その中でも、理論容量密度が高く、取り扱いが容易で電池セルを組み立て易いことからリチウム金属が好ましい。
集電体としては、例えば、銅、アルミニウム、ニッケル、ステンレスなどの金属を用いることができる。負極集電体および正極集電体としては、安価であることから、ステンレス箔やアルミニウム箔などが好ましい。
【0067】
上記全固体リチウム硫黄電池は、上述した正極材、正極集電体、固体電解質、負極材、負極集電体のほか、セパレータなどを有していても良い。全固体リチウム硫黄電池の形状は特に限定されるものではなく、例えば、コイン型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。
【0068】
本発明の全固体リチウム硫黄電池は、正極材がイオン液体もしくは溶媒和イオン液体を含有し、前記イオン液体もしくは溶媒和イオン液体が良好なリチウムイオン伝導性を有するため、作動温度が110℃以下である。作動温度が110℃以下のため、イオン液体や溶媒和イオン液体が蒸発することがない。イオン液体や溶媒和イオン液体は、燃えない電解液であり引火性もない。このように、作動温度が低いことにより、未使用時の電池保温が容易になり、最終的な電池システムとしての充放電効率が向上する。従来のナトリウム硫黄電池は、作動温度が高く、作動温度が高くなるほど電池保温のための熱エネルギーが必要になり、トータル効率が低下するのに対し、本発明の全固体リチウム硫黄電池は、火災の危険も極めて少なく安全性に優れ、耐久性、電池の安全性、サイクル安全性が向上する。
【0069】
本発明の全固体リチウム硫黄電池は、その用途は特に限定されない。例えば、ハイブリッド自動車、電気自動車、電力貯蔵などに好適に用いることができる。
本発明の全固体リチウム硫黄電池を用いて電力を貯蔵することにより、前記全固体リチウム硫黄電池から電力網に電力が供給される電力システムが構築される。あるいは、火力発電、水力発電、揚水発電、原子力発電の他、太陽光発電や風力発電などの自然エネルギー発電を電力源とする電力網から、前記全固体リチウム硫黄電池に電力が供給される電力システムが構築される。
【実施例】
【0070】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0071】
(製造例1)
水酸化ランタン(純度99.9%、信越化学工業製)33.9gおよび酸化ジルコニウム(東ソー製)14.7gを秤量し、ボールミルで1時間粉砕しながら混合した。得られた粉体0.26gを秤り取り、所定の大きさの金型ダイスに投入し、一軸プレス機で成形して、直径13mm、厚さ1mmの板状成形体を10個作製した。作製した10個の板状成形体を、それぞれ焼成用セラミック容器に移し、電気炉を用いて1500℃で36時間焼成した後自然放冷し、板状のランタン−ジルコニウム酸化物成形体を得た。
別途、水酸化リチウム(関東化学製)2.8gを30mlの水に溶解してリチウム水溶液を調製しておき、調製したリチウム水溶液の1.0mlを秤り取り、板状のランタン−ジルコニウム酸化物の入った焼成用セラミック容器のそれぞれに添加した。
次いで焼成用セラミック容器をマイクロ波焼成炉に移し、マイクロ波を照射して炉内温度400℃で36時間焼成し、直径12mm、厚さ約0.5mmの板状リチウム−ランタン−ジルコニウム複合酸化物成形体(LLZ成形体)を得た。
【0072】
(実施例1)
製造例1で作製した板状LLZ成形体の1つを用いて、負極側とする面に金をスパッタリングした後、反対側の面に正極材を形成した。正極材の形成は以下のようにして実施した。
【0073】
ポリイミドテープ(厚さ0.09mm)の中心部を同心円状に直径8mmの円形に切り取ったマスキングテープを作成し、LLZ成形体の正極側となる面に貼り付け、マスキングテープで囲まれた直径8mmの円形部分を正極形成部とした。
【0074】
一方、硫黄1.00gをメノウ乳鉢に秤り取り粉砕した。次いで、ケッチェンブラック(比表面積1270m/g、ライオン株式会社製、EC−600JD)0.50gを秤り取って添加し、30分間混合した後、155℃で6時間乾燥して、硫黄とケッチェンブラックの混合物を得た。その0.180gをメノウ乳鉢に秤り取り、グローブボックス内に搬入し、KFポリマー(12質量%のポリフッ化ピニリデンを含有するN−メチル−2−ピロリドン溶液、クレハ社製)0.167g、および[Li(G4)][FSI](テトラグライム(キシダ化学社製)に等モルのリチウム−ビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)(キシダ化学社製)を溶かした液)0.030gを加えた後、マイクロピペットを用いてN−メチル−2−ピロリドンを少しずつ加えながら混合し、スラリーを調製した。添加したN−メチル−2−ピロリドンの合計量は1.0mlであった。
【0075】
調製したスラリーをガラス棒の先に取り、LLZ成形体の正極形成部の中央部に塗布し、スライドガラスの端面でスラリーを摺り切りながら2、3度往復させて、スラリーが正極形成部全体に平らでかつ均等に行き渡るように押し広げた。次いで、真空乾燥機を用いて80℃で一昼夜乾燥してN−メチル−2−ピロリドンならびにKFポリマーに含まれる溶媒N−メチル−2−ピロリドンを完全に除去した後、マスキングテープを剥がし、LLZ成形体上に正極材を作製した。正極材形成前後のLLZ成形体の質量差から求めた正極材の量は、0.00075gであった。
【0076】
(実施例2)
実施例1で作成した正極材を用いて以下のコイン型電池を組み立てた。
市販のコイン型電池セル容器を用いて、下蓋にリング状のガスケットをはめ込み、下蓋の上にワッシャー(材質はステンレス)を置き、負極集電体としてスペーサー(材質ステンレス、外径15mm、厚さ0.3mmの円盤状)を載せ、スペーサー上に負極としてリチウム箔(直径8mm、厚さ600μm)を載置、次いで金のスパッタ層がリチウム箔上に重なるようにLLZ成形体を載置した後、120℃で加熱してリチウム箔をLLZ成形体に密着させた。LLZ成形体の正極材の上に、正極集電体としてステンレス箔(直径8mm、厚さ20μm)を載せ、上蓋を閉じて電池セルを組み立てた。
【0077】
当該電池セルを100℃で12時間保管した後、充放電試験を実施した。充放電試験の条件は、電圧は1.0V〜3.5Vとし、3サイクルまでは10μA(1/30C)で、充放電4サイクル以降は2μA(1/150c)で6サイクルまで試験を実施した。3サイクルまでの結果を図1に、4〜6サイクルの結果を図2示す。
【0078】
(比較例1)
[Li(G4)][FSI]を用いないこと以外は実施例1と同様にして、LLZ成形体上に正極材を作製した。
【0079】
(比較例2)
比較例1の正極材を用いて、実施例2と同様にしてコイン型電池を組み立て、充放電試験を実施した。結果を図3に示す。
【0080】
図3より、[Li(G4)][FSI]を加えない比較例の正極材を用いたコイン型電池は、初期放電容量は250mAh/g程度を示すが、初期放電時の電圧は一定せず、平坦な放電曲線を示さないため、安定な放電状態を示さないと言える。
【0081】
これに対して、本発明の正極材を用いたコイン型電池は、400mAh/g程度の充放電容量を有しており、正極材中に[Li(G4)][FSI]を加えない比較例のコイン型電池より大きな容量を有することが判る。
【0082】
そして、図1および図2に示すように、本発明の正極材を用いたコイン型電池は、6サイクル目まで略400mAh/g程度の充放電容量を示すとともに、いずれの充放電サイクルでも、電圧が変化せず安定な充放電状態であることを示す充放電プラトー領域が認められ、良好な充放電サイクル特性を有することが判る。この放電容量増加と放電電位の安定は、溶媒和イオン液体の効果であると言える。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、充放電を繰り返すことによる電池性能の低下が抑えられるため、安全性、サイクル特性に優れ、かつエネルギー密度の高いリチウム硫黄固体電池を提供することが可能になる。
図1
図2
図3