特許第6385507号(P6385507)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6385507Nb含有フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6385507
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】Nb含有フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180827BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20180827BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20180827BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20180827BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/54
   C21D8/02 D
   C21D9/46 R
   C21D9/46 Z
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-63882(P2017-63882)
(22)【出願日】2017年3月28日
(65)【公開番号】特開2017-186665(P2017-186665A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2018年1月11日
(31)【優先権主張番号】特願2016-67079(P2016-67079)
(32)【優先日】2016年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】藥師神 豊
(72)【発明者】
【氏名】弘中 明
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−298854(JP,A)
【文献】 特開2009−068034(JP,A)
【文献】 特開2008−266696(JP,A)
【文献】 特開2009−068104(JP,A)
【文献】 特開2000−256749(JP,A)
【文献】 特開昭58−199822(JP,A)
【文献】 特開2009−035813(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/135240(WO,A1)
【文献】 冨田 壮郎、奥 学,Nb,Mo含有フェライト系ステンレス鋼の靭性に及ぼす時効条件の影響,日新製鋼技報,日本,日新製鋼株式会社,2006年12月25日,No. 87,p. 11-19
【文献】 奥 学、中村 定幸、植松 美博,耐熱用フェライト系ステンレス鋼 NSSEM−2の開発,日新製鋼技報,日本,日新製鋼株式会社,1995年 3月31日,No. 71,p. 65-75
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/02
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.004〜0.030%、Si:1.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:12.0〜25.0%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.20〜0.80%、Al:0.10%以下、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜2.0%、Ni:0〜2.0%、Ti:0〜0.30%以下、B:0〜0.0030%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、Nb含有析出物の存在量が0.20質量%以上であり、前記Nb含有析出物の平均粒子径が円相当直径で2.0〜10.0μmである、焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.004〜0.030%、Si:1.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:12.0〜25.0%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.20〜0.80%、Al:0.10%以下、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜2.0%、Ni:0〜2.0%、Ti:0〜0.30%以下、B:0〜0.0030%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼の鋳片を、1000〜1150℃に加熱したのち抽出して熱間圧延を施す、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板の製造方法。
【請求項3】
質量%で、C:0.004〜0.030%、Si:1.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:12.0〜25.0%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.20〜0.80%、Al:0.10%以下、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜2.0%、Ni:0〜2.0%、Ti:0〜0.30%以下、B:0〜0.0030%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、Nb含有析出物の存在量が0.19質量%以上であり、下記(A)に定義されるうねり高さWが2.0μm以下であるフェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板。
(A)当該鋼板から長手方向が圧延方向となるJIS5号引張試験片を採取し、平行部での伸び率が20%となるまで引張ひずみを付与したのち徐荷した試験片を作製する。その試験片について長手方向中央部の表面プロフィールを幅方向(すなわち圧延直角方向)に測定し、JIS B0601:2013に従い、カットオフ値λf=8.0mm、λc=0.5mmとして、波長成分0.5〜8.0mmのうねり曲線を定め、そのうねり曲線から算術平均うねりWa(μm)求め、これをうねり高さWとする。
【請求項4】
板厚が1.0〜2.5mmである請求項3に記載のフェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板。
【請求項5】
質量%で、C:0.004〜0.030%、Si:1.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:12.0〜25.0%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.20〜0.80%、Al:0.10%以下、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜2.0%、Ni:0〜2.0%、Ti:0〜0.30%以下、B:0〜0.0030%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼の鋳片を、1000〜1150℃に加熱したのち抽出して熱間圧延を施し、Nb含有析出物の存在量が0.20質量%以上であり、前記Nb含有析出物の平均粒子径が円相当直径で2.0〜10.0μmである素材鋼板を得る工程、
前記素材鋼板に900〜1100℃均熱0〜30秒の焼鈍を施す工程、
前記焼鈍を終えた鋼板に冷間圧延および焼鈍を施す工程、
を有する請求項3または4に記載のフェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の熱延鋼板およびその製造方法に関する。また、その熱延鋼板を素材鋼板に用いた冷延焼鈍鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nb含有フェライト系ステンレス鋼はC、Nを固定することで良好な加工性を有しており、厨房部材、家電部材、建築部材をはじめとする種々の用途に有用である。また、Nb含有フェライト系ステンレス鋼は高温強度に優れることから、自動車排ガス経路部材をはじめとする種々の耐熱用途にも有用である。近年、部材の複雑形状化が進み、種々のプレス加工に対応できるよう、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板には優れた加工性が要求されるようになっている。厳しいプレス加工に適用する鋼板は、その特性として塑性ひずみ比r値が高いことが極めて有効である。
【0003】
これまで、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板のr値を改善する試みが種々なされている。例えば特許文献1には、再結晶率が10〜90%である素材に冷間圧延および焼鈍を施して、製品鋼板の総析出物を0.05〜0.60%とする手法が開示されている。特許文献2には、熱延板焼鈍を省略し、大径ロールで冷間圧延を施す工程により特定の集合組織に制御する手法が開示されている。特許文献3には、抽出温度1200℃以上かつ巻取温度500℃以下で熱間圧延したのち熱延板焼鈍を施して、板厚中央部に未再結晶組織を有する鋼板とし、これに冷間圧延および焼鈍を施すことにより{111}方位結晶の多い集合組織を得る手法が開示されている。
【0004】
一方、フェライト系ステンレス鋼板の冷間加工部材にはリジングと呼ばれる表面凹凸が発生することがあり、しばしば問題となる。最近では自動車排ガス経路部材用の鋼板においても、耐リジング性の向上が求められるようになってきた。上述の特許文献1〜3に代表される従来のr値改善技術では、耐リジング性の改善は困難である。
【0005】
特許文献4には、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板にも有効な耐リジング性の改善技術が開示されている。その技術は、常法により熱間圧延した後、短時間の予備焼鈍と、1時間以上の本焼鈍を組み合わせた2段階の特殊な熱延板焼鈍を施すものである。しかし、この手法ではr値の改善が困難である。
【0006】
特許文献5には、鋳造スラブを1000〜1200℃に加熱して熱間圧延する工程により、スピニング加工性を改善する技術が開示されている。この技術はNb添加鋼にTiを微量複合添加することでTiNを主体とする複合析出物のサイズと密度を抑制し、TiN起因の加工性、靱性を改善するものである(段落0015)。鋳造時にTiNが粗大化する温度域の平均冷却速度を5℃/秒以上とすることが肝要であるとされる(段落0060)。しかし、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板のr値や耐リジング性を改善する手法は教示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−298854号公報
【特許文献2】特開2006−233278号公報
【特許文献3】特開2013−209726号公報
【特許文献4】特開2006−328525号公報
【特許文献5】特開2010−235995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板のr値と耐リジング性を同時に向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは詳細な研究の結果、上記目的を達成するためには、鋳造スラブ中に生成したNb含有析出物を、熱延鋼板中に多く残存させることが極めて有効であることを見いだした。熱延前のスラブ加熱温度を、Nb含有析出物が固溶せずに残存しやすい1150℃以下とすることで、熱延鋼板中に、鋳造スラブ中とほぼ同程度の量のNb含有析出物を残存させることができる。
【0010】
多量のNb含有析出物が分散した鋼板に冷間圧延および焼鈍を施すと、当該析出物によるピン留め効果が発揮され、r値の向上に有利な{111}方位結晶の多い集合組織が得られる。
【0011】
また、Nb含有析出物が多く残存している熱延鋼板では、鋼板内のほぼ全域で析出物周辺にひずみが蓄積された状態となっている。この蓄積されたひずみが熱延板焼鈍時に鋼板内のあらゆるサイトで再結晶核の形成に寄与し、再結晶粒が多発的に生成する。それらの再結晶粒が成長すると、細かくランダムな再結晶組織となり、コロニー(結晶方位が近似した結晶粒群)の形成が抑制された熱延焼鈍鋼板が得られる。これに冷間圧延および焼鈍を施すと、コロニーの影響が非常に少ない再結晶集合組織が得られ、耐リジング性が向上する。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0012】
本発明では、質量%で、C:0.004〜0.030%、Si:1.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:12.0〜25.0%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.20〜0.80%、Al:0.10%以下、Mo:0〜3.0%、Cu:0〜2.0%、Ni:0〜2.0%、Ti:0〜0.30%以下、B:0〜0.0030%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、Nb含有析出物の存在量が0.20質量%以上である、焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板が提供される。
【0013】
この素材鋼板の板厚は例えば3.0〜6.0mmである。「焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板」とは、熱履歴または加工履歴を付与する工程のうち、次工程でまず焼鈍を施し、次いで冷間圧延を施すためのステンレス鋼板中間製品を意味する。代表的には熱延鋼板、すなわち熱間圧延されたままの状態(いわゆるAs hot)の鋼板が挙げられる。なお、冷間圧延の前には適宜、酸洗等の脱スケール工程を経るのが通常である。
【0014】
Nb含有析出物は、Nbを構成元素に有する析出相であり、Nbの炭化物、窒化物、炭窒化物、金属間化合物(ラーベス相など)がこれに該当する。析出相がNb含有析出物であるかどうかは、EDX(エネルギー分散型蛍光X線分析法)等の分析手法により確認できる。鋼板中におけるNb含有析出物の存在量は以下のようにして電解抽出法により求めることができる。
【0015】
〔Nb含有析出物の存在量の求め方〕
10質量%のアセチルアセトン、1質量%のテトラメチルアンモニウムクロライド、89質量%のメチルアルコールからなる非水系電解液中で、鋼板から採取した質量既知のサンプルに、飽和甘汞基準電極(SCE)に対して−100mV〜400mVの電位を付与し、サンプルのマトリックス(金属素地)を全部溶解させたのち、未溶解物を含む液を孔径0.2μmのミクロポアフィルターにてろ過し、フィルターに残った固形分を抽出残渣として回収する。溶解に供した上記サンプルの質量に占める抽出残渣の質量割合をNb含有析出物の存在量(質量%)とする。
【0016】
前記化学組成を有する鋼の場合、上記の方法による抽出残渣は、ほぼNb含有析出物からなる残渣であるとみなすことができる。従って、ここでは下記の電解抽出法で回収される抽出残渣の質量割合をもってNb含有析出物の存在量と定義する。
【0017】
Nb含有析出物の平均粒子径は円相当直径で2.0〜10.0μmであることが望ましい。ある析出物の円相当直径は、観察画像平面上で測定される当該析出物粒子の面積と等しい面積を持つ円の直径である。平均粒子径は、以下のようにして求めることができる。
【0018】
〔Nb含有析出物の平均粒子径の求め方〕
鋼板の圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)をSEMにより観察し、観察視野内に観測されるNb含有析出物粒子のうち、円相当直径が0.10μmに満たない粒子および観察視野から粒子の一部がはみ出している粒子を除く、全てのNb含有析出物粒子を測定対象として円相当直径(μm)を測定し、測定対象粒子の円相当直径の総和を測定対象粒子の総個数で除した値をNb含有析出物の平均粒子径(μm)とする。ただし、無作為に選択した重複しない複数の観察視野により、測定対象粒子の総個数を100個以上とする。ある粒子の円相当直径は、SEM画像を画像処理ソフトウエアにより画像処理して求めた当該粒子の面積から算出することができる。
【0019】
上記の焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板は、連続鋳造スラブ等の鋳片を、1000〜1150℃に加熱したのち抽出して熱間圧延を施す手法により製造することができる。
【0020】
また本発明では、r値と耐リジング性が改善されたフェライト系ステンレス鋼板として、上記の化学組成を有し、Nb含有析出物の存在量が0.19質量%以上であり、下記(A)に定義されるうねり高さWが2.0μm以下であるフェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板が提供される。冷延焼鈍鋼板の板厚は例えば1.0〜2.5mmである。
(A)当該鋼板から長手方向が圧延方向となるJIS5号引張試験片を採取し、平行部での伸び率が20%となるまで引張ひずみを付与したのち徐荷した試験片を作製する。その試験片について長手方向中央部の表面プロフィールを幅方向(すなわち圧延直角方向)に測定し、JIS B0601:2013に従い、カットオフ値λf=8.0mm、λc=0.5mmとして、波長成分0.5〜8.0mmのうねり曲線を定め、そのうねり曲線から算術平均うねりWa(μm)求め、これをうねり高さWとする。
【0021】
上記のr値と耐リジング性が改善されたフェライト系ステンレス鋼板は、以下の製造方法によって得ることができる。
上記の化学組成を有する鋼の鋳片を、1000〜1150℃に加熱したのち抽出して熱間圧延を施し、Nb含有析出物の存在量が0.2質量%以上である素材鋼板(熱延鋼板)を得る工程、
前記素材鋼板に900〜1100℃の焼鈍(熱延板焼鈍)を施す工程、
前記焼鈍を終えた鋼板に冷間圧延および焼鈍を施す工程、
を有するフェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、r値と耐リジング性を同時に改善したNb含有フェライト系ステンレス鋼板が実現された。この鋼板は、高いプレス加工性や、加工後の優れた表面形状が要求される部材を得るうえで極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】Nb含有フェライト系ステンレス鋼の冷延焼鈍鋼板について、001逆極点図における結晶方位マップを例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
〔化学組成〕
本発明では、以下に示す成分元素を含有するフェライト系ステンレス鋼を対象とする。鋼板の化学組成に関する「%」は、特に断らない限り質量%を意味する。
【0025】
C、Nは、Nbとの複合添加において、Nb炭窒化物を形成する。Nb炭窒化物はr値の向上に有利な集合組織の形成に寄与する。また、鋼板製造過程でコロニーの形成を抑制し、耐リジング性の向上にも寄与する。これらの作用を十分に得るために、Cについては0.004%以上、Nについては0.005%以上の含有量をそれぞれ確保する。多量のC、N含有は鋼を硬質化させ、熱延鋼板の靱性を低下させる要因となる。また、高温強度の向上に有効な固溶Nb量を過度に減少させる要因となる。C含有量は0.030%以下、N含有量は0.025%以下にそれぞれ制限される。なお、「Nb炭窒化物」とは、C、Nのいずれか一方または双方がNbと結合した化合物相をいう。
【0026】
SiおよびMnは、脱酸剤として有効である他、耐高温酸化性を向上させる作用を有する。Siについては0.05%以上、Mnについては0.10%以上の含有量を確保することがより効果的である。これらの元素は、多量に含有すると鋼が硬質化し、加工性および靭性の低下を招く要因となる。Si含有量は1.50%以下に制限され、1.00%以下とすることがより好ましい。Mn含有量も1.50%以下に制限される。
【0027】
PおよびSは、多量に含有すると耐食性低下などの要因となる。P含有量は0.040%まで許容でき、S含有量は0.010%まで許容できる。過剰な低P化、低S化は製鋼への負荷を増大させ不経済となる。通常、P含有量は0.005〜0.040%、S含有量は0.0005〜0.010%の範囲で調整すればよい。
【0028】
Niは、腐食の進行を抑制する作用があり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.01質量%以上のNi含有量を確保することがより効果的である。ただし、Niはオーステナイト相安定化元素であるため、フェライト系ステンレス鋼に過剰に含有させるとマルテンサイト相を生成し、加工性が低下する。また、過剰のNi含有はコスト上昇を招く。Ni含有量は2.0%以下に制限される。
【0029】
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために重要である。耐高温酸化性の向上にも有効である。これらの作用を発揮させるために、12.0%以上のCr含有量が必要である。多量にCrを含有すると鋼が硬質化し、加工性低下を招く要因となる。ここではCr含有量が25.0%以下の鋼を対象とする。Cr含有量は20.0%以下に管理してもよい。
【0030】
Moは、耐食性の向上に有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.03%以上のMo含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量の添加は、鋼の熱間加工性、加工性や靭性を低下させるとともに、製造コストの上昇につながる。Moを添加する場合は3.0%以下の範囲で行う必要がある。
【0031】
Cuは、低温靱性の向上に有効であると共に、高温強度の向上にも有効な元素である。そのため、必要に応じてCuを添加することができる。その場合、0.02%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量にCuを添加すると加工性がむしろ低下するようになる。Cuを添加する場合は2.0%以下の範囲で行う必要がある。
【0032】
Nbは、高温強度の上昇に有効である。また、本発明では特に、Nb含有析出物を利用してr値および耐リジング性を向上させるためにも重要な元素である。Nb含有量は0.20%以上とする必要があり、0.30%以上とすることがより好ましい。過剰のNb含有は靱性を低下させる要因となる。種々検討の結果、Nb含有量は0.80%以下に制限される。0.60%以下に管理してもよい。
【0033】
Alは、脱酸剤として有効である。その作用を十分に得るために、0.001%以上のAl含有量となるようにAlを添加することが効果的である。過剰にAlを含有させると硬さが上昇し、加工性および靭性が低下する。Al含有量は0.10%以下に制限される。
【0034】
Bは、2次加工性向上に有効であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.0002%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、B含有量が0.0030%を超えるとCr2Bの生成により金属組織の均一性が損なわれ、加工性が低下する場合がある。Bを添加する場合は0.0030%以下の含有量範囲で行う。
【0035】
Tiは、CおよびNを固定する作用があり、鋼の耐食性および耐高温酸化性を高く維持する上で有効な元素である。そのため必要に応じてTiを添加することができる。上記作用を十分に発揮させるためには0.05%以上のTi含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のTi含有は鋼の靭性や加工性を低下させるとともに、製品の表面性状に悪影響を及ぼす。Tiを添加する場合は0.30%以下の範囲で行う。
【0036】
〔熱延鋼板におけるNb含有析出物の存在量〕
焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板(すなわち熱延鋼板)に存在するNb含有析出物の量は、その素材鋼板に焼鈍→冷間圧延→焼鈍の加工熱履歴を付与して得られる冷延焼鈍鋼板のr値および耐リジング性を向上させる上で、極めて重要である。熱延鋼板中に多量のNb含有析出物が存在していると、当該析出物によるピン留め効果が発揮され、r値の向上に有利な{111}方位結晶の多い集合組織が得られる。また、Nb含有析出物の周囲に蓄積されたひずみによって熱延板焼鈍時に再結晶が促進され、コロニー(結晶方位が近似した結晶粒群)の形成が抑制される。そのような熱延焼鈍鋼板に冷間圧延および焼鈍を施すと、コロニーが分断された再結晶集合組織が得られ、耐リジング性が向上する。
【0037】
詳細な検討の結果、上記素材鋼板(熱延鋼板)におけるNb含有析出物の存在量を0.20質量%以上に厳しく管理することによって、最終的な製品鋼板(冷延焼鈍鋼板)でのr値と耐リジング性を同時に改善することができる。Nb含有析出物の存在量の上限については、鋼中のNb、C、N含有量によって制約を受けるので、特に制限を設ける必要はないが、例えば0.50%以下の範囲とすれば十分である。
【0038】
〔熱延鋼板の製造方法〕
上述の化学組成を有する鋼の鋳片(連続鋳造スラブなど)に熱間圧延を施す際に、その加熱抽出温度を1000〜1150℃とすることが肝要である。1150℃を超える温度に加熱すると、鋳片中に存在するNb含有析出物の固溶が進行し、熱間圧延開始前のNb含有析出物の量が減少する。その結果、熱延鋼板中におけるNb含有析出物の存在量を上述した所定量に安定して維持することが困難となる。鋳片の加熱温度が1000℃未満の場合は、熱間圧延後の金属組織には鋳造組織の影響が多く残り、コロニーが形成されやすくなる。1000〜1150℃での加熱保持時間(材料温度が1000〜1150℃にある時間)は例えば30〜200分とすればよい。鋳片の加熱抽出温度を上記のように規制すること以外は、一般的なNb含有ステンレス鋼板の熱延条件に従うことができる。例えば熱間圧延の各パスにおける温度は650〜1000℃、巻取温度は300〜650℃とすることができる。このようにして例えば板厚3.0〜6.0mmの熱延鋼板を製造し、これを焼鈍および冷間圧延用のフェライト系ステンレス鋼素材鋼板として使用する。上述の化学組成に調整されている鋳片に対してこの熱間圧延を施すことにより、Nb含有析出物の平均粒子径が円相当直径で2.0〜10.0μmである熱延鋼板が得られる。
【0039】
〔冷延焼鈍鋼板の製造方法〕
上記の素材鋼板(熱延鋼板)に対して、900〜1100℃の熱延板焼鈍を施す。この焼鈍温度が900℃より低いと加工(圧延)組織が残存し、圧延方向に伸びた未再結晶組織となる。この場合、耐リジング性の改善が不十分となる。1100℃より高温では多量に残存させたNb含有析出物が一部固溶化して、その後の工程でr値向上に有利な再結晶集合組織を得ることが難しくなる。この熱延板焼鈍は一般的な連続焼鈍設備を用いて行うことができる。その場合、焼鈍時間は、均熱時間(材料温度が所定の焼鈍温度で保持される時間)で例えば0〜30秒とすればよい。
【0040】
熱延板焼鈍を終えた鋼板は、酸洗などにより表面の酸化スケールを除去した後、冷間圧延に供する。冷間圧延率は、次工程の仕上焼鈍で再結晶化が起こるに足る圧延率を確保すればよい。例えば、50%以上の冷間圧延率とすることが効果的である。冷間圧延率の上限は設備の能力によって制約を受けるが、通常、90%以下の範囲で設定すればよい。冷間圧延後の板厚は例えば1.0〜2.5mmである。
【0041】
冷間圧延後には、仕上焼鈍を施す。この焼鈍は、一般的な条件で実施すればよい。例えば、1000〜1100℃、均熱0〜30秒の範囲で設定可能である。このようにして、r値と耐リジング性の両方を改善した冷延焼鈍鋼板を得ることができる。
【0042】
〔冷延焼鈍鋼板におけるNb含有析出物の存在量〕
上記の手法で得られた冷延焼鈍鋼板中には、熱延鋼板に存在していたNb含有析出物が、冷間圧延および仕上焼鈍を経た後にも多く存在している。種々検討の結果、上述の化学組成を有するNb含有鋼の冷延焼鈍鋼板において、Nb含有析出物の存在量が0.19質量%以上であることが、r値の改善に極めて有効である。0.20質量%以上であることがより好ましい。冷延焼鈍鋼板中のNb含有析出物の上限については、熱延鋼板の場合と同様、鋼中のNb、C、N含有量によって制約を受けるので特にこだわる必要はなく、例えば0.50%以下の範囲とすればよい。
【0043】
〔冷延焼鈍鋼板の耐リジング性〕
耐リジング性は、上述した(A)に定義されるうねり高さWによって評価できる。うねり高さWが2.0μm以下であるものは、上述の化学組成を有するNb含有鋼の冷延焼鈍鋼板として優れた耐リジング性を有すると判断される。
【0044】
図1に、Nb含有量が0.40%であるNb含有フェライト系ステンレス鋼の鋳片を用いて、熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延、仕上焼鈍の工程で作製した板厚2.0mmの冷延焼鈍鋼板について、001逆極点図における結晶方位マップを例示する。これは、圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)をEBSD(電子線後方散乱回折法)により測定した結晶方位分布のデータに基づき、板厚方向に垂直な面(Z面)についての方位マップを求めたものである。ランダムな結晶配向における方位密度を1とした場合の方位密度の分布を色分け表示してある。(a)は熱間圧延前の鋳片加熱抽出温度が1230℃である従来材、(b)は同1100℃である本発明材である。鋳片加熱抽出温度以外の条件は両者共通である。この図は、オリジナルのカラー画像をモノクロ化したものである。熱間圧延前の鋳片加熱抽出温度を低くした(b)において、{111}面方位への配向割合が顕著に増加していることがわかる。この結晶配向がr値の向上に効く。
【実施例】
【0045】
表1に示す化学組成の鋼を常法により溶製し、鋳片(連続鋳造スラブ)を得た。各鋳片を表2中に示す鋳片加熱温度で120分加熱したのち抽出して、熱間圧延を行い、板厚4.5mmの熱延鋼板とした。熱間圧延の最終パス圧延温度は650〜700℃、巻取温度は500〜650℃の範囲であった。
【0046】
【表1】
【0047】
各熱延鋼板からサンプルを採取し、上掲の「Nb含有析出物の存在量の求め方」に従い電解抽出法にてNb含有析出物の存在量を求めた。また、各熱延鋼板の圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)について、日立製;S−4000によりSEM観察を行い、上掲の「Nb含有析出物の平均粒子径の求め方」に従ってNb含有析出物の平均粒子径を求めた。
【0048】
上記の熱延鋼板を素材鋼板として、冷延焼鈍鋼板を製造した。まず、熱延鋼板に連続焼鈍酸洗ラインにより表2中に示す温度での熱延板焼鈍および酸洗を施した。焼鈍時間は均熱0〜30秒の範囲である。得られた熱延焼鈍鋼板(板厚4.5mm)に冷間圧延を施し、その後、連続焼鈍酸洗ラインにより、1000〜1100℃で均熱0〜30秒の仕上焼鈍および酸洗を施して、板厚2mmの冷延焼鈍鋼板を得た。各冷延焼鈍鋼板からサンプルを採取し、r値、うねり高さ、Nb含有析出物の存在量を調べた。Nb含有析出物の存在量は上述の方法で電解抽出法にて調べ、その結果を表2に示してある。それ以外は以下の方法で調べた。
【0049】
〔r値〕
r値は幅方向の真ひずみを厚さ方向の真ひずみで除したものである(JIS G0202:2013、番号1182)。上記の冷延焼鈍鋼板から圧延方向、圧延方向に対し45°方向、および圧延直角方向のJIS13号B引張試験片を採取し、各方向について試験数n=3にて14.4%の引張歪みを付与した場合のr値を下記(1)式に従って算出した。
r値=ln(W0/W)/ln(t0/t) …(1)
ここで、W0は引張前の試験片平行部の幅(mm)、Wは引張後の試験片平行部の幅(mm)、t0は引張前の試験片平行部の板厚(mm)、tは引張後の試験片平行部の板厚(mm)である。
各方向ともn=3の平均値をその方向のr値(それぞれr0、r45およびr90と表記する。)とした。それらの値を下記(2)式に代入して当該冷延焼鈍鋼板の平均r値を求めた。
平均r値=(r0+2r45+r90)/4 …(2)
【0050】
平均r値が大きいほど、その鋼板は塑性変形時に肉厚減少を生じにくく、良好な加工性を有すると評価される。複雑形状化が進展しつつある自動車排ガス経路部材へのプレス加工を想定して、上記平均r値が1.20以上であるものを合格(r値;良好)、それより低いものを不合格(r値;不良)と判定した。結果を表2に示す。
【0051】
〔うねり高さ〕
上記の冷延焼鈍鋼板から長手方向が圧延方向であるJIS5号試験片(JIS Z2241:2011)を採取し、圧延方向に20%の引張ひずみを与えたのち除荷した試験片を作製した。この試験片について、前掲(A)に従い、接触式表面粗さ計(東京精密社製;SURFCOM2900DX)を用いて測定した試験片中央部の表面プロフィールに基づいて算術平均高さWaを求め、これをうねり高さW(μm)とした。このうねり高さが2.0μm以下であれば、加工度の厳しい製品への加工においても、優れた耐リジング性を呈すると評価される。従って、上記うねり高さが2.0μm以下であるものを合格(耐リジング性;良好)、それを超えるものを不合格(耐リジング性;不良)と判定した。結果を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
本発明例の熱延鋼板は、いずれもNb含有析出物の含有量が十分に多い。これらを素材に用いて、適正な熱延板焼鈍を施す工程で得られた冷延焼鈍鋼板は、いずれも平均r値が高く、うねり高さが低い。すなわち、Nb含有フェライト系ステンレス鋼板において、r値と耐リジング性の同時改善が達成された。冷延焼鈍鋼板にもNb含有析出物が多く存在していることから、熱延板焼鈍を施した後にもNb含有析出物の存在量が高く維持され、これが冷間圧延および仕上焼鈍の工程でr値の向上に有利な結晶配向の形成に寄与したものと考えられる。
【0054】
これに対し、比較例No.21、24は従来一般的な鋳片加熱温度を採用したので熱延鋼板中のNb含有析出物の量が少ない。そのため、冷延焼鈍鋼板のr値を改善することができなかった。No.22は鋳片加熱温度が高いので熱延鋼板中のNb含有析出物の量が少なくなったが、熱延板焼鈍温度を低めに設定したことによって冷延焼鈍鋼板のr値は向上した。しかし、耐リジング性に劣る。No.23、25はNb含有析出物量を十分に確保した熱延鋼板を用いたが、熱延板焼鈍温度が低かったので、得られた冷延焼鈍鋼板は耐リジング性に劣る。
図1