特許第6386676号(P6386676)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6386676-焼結バルブシート 図000007
  • 特許6386676-焼結バルブシート 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6386676
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】焼結バルブシート
(51)【国際特許分類】
   F01L 3/02 20060101AFI20180827BHJP
【FI】
   F01L3/02 F
   F01L3/02 H
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-543487(P2017-543487)
(86)(22)【出願日】2016年9月28日
(86)【国際出願番号】JP2016078632
(87)【国際公開番号】WO2017057464
(87)【国際公開日】20170406
【審査請求日】2018年3月2日
(31)【優先権主張番号】特願2015-196642(P2015-196642)
(32)【優先日】2015年10月2日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】橋本 公明
【審査官】 小笠原 恵理
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−077438(JP,A)
【文献】 特開平05−202451(JP,A)
【文献】 特開2005−248234(JP,A)
【文献】 特開平03−060895(JP,A)
【文献】 特開平11−021659(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01L 3/02
B22F 1/00
C22C 1/04
C22C 19/07
C22C 38/00
C22C 38/24
C22C 38/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu又はCu合金からなるマトリックス中に硬質粒子が分散した焼結バルブシートであって、前記硬質粒子は少なくとも1種類の第1の硬質粒子及び少なくとも1種類の第2の硬質粒子とからなり、前記第1の硬質粒子及び前記第2の硬質粒子の量は総量として25〜70質量%であり、前記第2の硬質粒子は、硬さ前記第1の硬質粒子の硬さよりも軟らかく且つ300〜650 HV0.1であり、質量%で、C:1.4〜1.6%、Si:0.4%以下、Mn:0.6%以下、Cr:11.0〜13.0%、Mo:0.8〜1.2%、V:0.2〜0.5%、残部がFe及び不可避的不純物からなる合金工具鋼、C:0.35〜0.42%、Si:0.8〜1.2%、Mn:0.25〜0.5%、Cr:4.8〜5.5%、Mo:1〜1.5%、V:0.8〜1.15%、残部がFe及び不可避的不純物からなる合金工具鋼、C:0.8〜0.88%、Si:0.45%以下、Mn:0.4%以下、Cr:3.8〜4.5%、Mo:4.7〜5.2%、W:5.9〜6.7%、V:1.7〜2.1%、残部がFe及び不可避的不純物からなる高速度工具鋼、及び、C:0.01%以下、Cr:0.3〜5.0%、Mo:0.1〜2.0%、残部がFe及び不可避的不純物からなる低合金鋼から選択された少なくとも1種であり、前記焼結バルブシート中に0.08〜2.2質量%のPが含まれることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項2】
請求項1に記載の焼結バルブシートにおいて、前記第1の硬質粒子は、前記硬さが550〜2400 HV0.1であり、前記焼結バルブシート中に10〜35質量%分散されることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項3】
請求項2に記載の焼結バルブシートにおいて、前記第1の硬質粒子の硬さが550〜900 HV0.1であることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の焼結バルブシートにおいて、前記第1の硬質粒子の中で最も低い硬さの硬質粒子の硬さと前記第2の硬質粒子の中で最も高い硬さの硬質粒子の硬さの差が30 HV0.1以上であること特徴とする焼結バルブシート。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の焼結バルブシートにおいて、前記硬質粒子は、メジアン径が10〜150μmであることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の焼結バルブシートにおいて、前記焼結バルブシート中に7質量%までのSnが含まれることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の焼結バルブシートにおいて、前記焼結バルブシート中に1質量%までの固体潤滑材が含まれることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項8】
請求項7に記載の焼結バルブシートにおいて、前記固体潤滑がC、BN、MnS、CaF2、WS2及びMo2Sから選択された少なくとも1種であることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の焼結バルブシートにおいて、前記第1の硬質粒子が、質量%で、Mo:27.5〜30.0%、Cr:7.5〜10.0%、Si:2.0〜4.0%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Mo-Cr-Si合金、Mo:27.5〜30.0%、Cr:7.5〜10.0%、Si:2.0〜4.0%、残部Fe及び不可避的不純物からなるFe-Mo-Cr-Si合金、Cr:27.0〜32.0%、W:7.5〜9.5%、C:1.4〜1.7%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金、Cr:27.0〜32.0%、W:4.0〜6.0%、C:0.9〜1.4%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金、及び、Cr:28.0〜32.0%、W:11.0〜13.0%、C:2.0〜3.0%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金から選択された少なくとも1種であることを特徴とする焼結バルブシート。
【請求項10】
請求項9に記載の焼結バルブシートにおいて、前記第1の硬質粒子が、質量%で、Mo:40〜70%、Si:0.4〜2.0%、残部Fe及び不可避的不純物からなるFe-Mo-Si合金及びSiCから選択された少なくとも1種を、さらに含むことを特徴とする焼結バルブシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのバルブシートに関し、特に、バルブ温度の上昇を抑制できる圧入型高伝熱焼結バルブシートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジンの環境対応による燃費の向上と高性能化を両立する手段として、エンジンの排気量を20〜50%低減する、いわゆるダウンサイジングが推進され、さらに、高圧縮比を実現する技術として直噴エンジンにターボチャージング(過給)を組合せることが行われている。これらのエンジンの高効率化は必然的にエンジン温度の上昇をもたらすが、温度の上昇は出力低下に繋がるノッキングを招くので、特にバルブ周りの部品の冷却能を向上させることが必要となっている。
【0003】
冷却能を向上させる手段として、エンジンバルブに関し、特許文献1はバルブの軸部を中空化してその中空部分に金属ナトリウム(Na)を封入するエンジンバルブの製造方法を開示している。また、バルブシートに関しては、特許文献2は、バルブ冷却能を向上させるためレーザー光のような高密度加熱エネルギーを用いてアルミ(Al)合金製のシリンダヘッドに直接肉盛する(以下「レーザークラッド法」という。)手段を採用し、そのバルブシート合金としては、銅(Cu)基マトリックス中にFe-Ni系の硼化物及び硅化物の粒子が分散し且つCu基初晶中にSn及びZnの1つあるいは両方を固溶する肉盛用分散強化Cu基合金を教示している。
【0004】
上記の金属Na封入エンジンバルブは、中実バルブに比べ、エンジン駆動時のバルブ温度を約150℃程度低下させ(バルブ温度としては約600℃)、また、レーザークラッド法によるCu基合金バルブシートは、中実バルブのバルブ温度を約50℃程度低下させ(バルブ温度としては約700℃)て、ノッキングの防止を可能にした。しかし、金属Na封入エンジンバルブは製造コストの点で難があり、一部の車を除いて幅広く使用されるまでには至っていない。レーザークラッド法によるCu基合金バルブシートも、硬質粒子を有しないため、叩かれ摩耗で凝着し、耐摩耗性が不十分であるという課題があり、さらに、シリンダヘッドに直接肉盛するため、シリンダヘッド加工ラインの大幅な見直しと設備投資が必要になるという課題も生じてくる。
【0005】
一方、シリンダヘッドに圧入されるタイプのバルブシートでは、熱伝導を改善する手段として、特許文献3がCu粉末又はCu含有粉末を配合したバルブ当接層(Cu含有量7〜17%の鉄系焼結合金層)とバルブシート本体層(Cu含有量7〜20%の鉄系焼結合金層)に二層化することを開示し、特許文献4は硬質粒子を分散し10〜20%の気孔率を有するFe基焼結合金にCu又はCu合金を溶浸することを開示している。
【0006】
さらに、特許文献5は、熱伝導に優れた分散硬化型Cu基合金にさらに硬質粒子を分散したCu基合金製焼結バルブシートを開示している。具体的には、出発粉末混合物が50〜90重量%のCu含有基礎粉末及び10〜50重量%のMo含有粉末状合金添加材からなり、前記Cu含有基礎粉末としてAl2O3分散硬化したCu粉末、Mo含有粉末状合金添加材として28〜32重量%Mo、9〜11重量%Cr、2.5〜3.5重量%Si、残部Coを有する合金粉末を教示している。
【0007】
しかし、特許文献3や特許文献4の、たかだか20%程度のCu含有量では十分な熱伝導率の向上を図ることはできず、特許文献5は、Al2O3分散硬化したCu粉末について、Cu-Al合金溶湯からアトマイズしたCu-Al合金粉末をAlの選択酸化のための酸化雰囲気中で熱処理することにより製造できると教示しているが、実際には、Alの固溶したCu-Al合金からAl2O3が分散したCuマトリックスの純度を上げることに限界がある。また、硬質粒子が多い(例えば、40〜50重量%)と相手材であるバルブ攻撃性が強まり、逆に硬質粒子が少ない(例えば、10〜20重量%)とバルブシート自身の耐変形性及び耐摩耗性が劣るようになって、硬質粒子の量に関係して相反する特性が顕著になるという問題も存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
特許文献1:特開平7-119421号公報
特許文献2:特開平3-60895号公報
特許文献3:特許第3579561号公報
特許文献4:特許第3786267号公報
特許文献5:特許第4272706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記問題に鑑み、本発明は、高効率エンジンに使用可能な優れたバルブ冷却能を有し、耐変形性及び耐摩耗性に優れた圧入型焼結バルブシートを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、熱伝導に優れたCu又はCu合金中に硬質粒子を分散した焼結バルブシートに関し鋭意研究した結果、Cu又はCu合金の変形を妨げ得る量の硬質粒子を使用し、しかし、硬質粒子の一部を比較的硬さの低い硬質粒子で置き換えることによって、Cu又はCu合金による高い熱伝導率を維持し、耐変形性及び耐摩耗性に優れた、バルブ冷却能の高い圧入型焼結バルブシートが得られることに想到した。
【0011】
すなわち、本発明の焼結バルブシートは、Cu又はCu合金からなるマトリックス中に硬質粒子が分散した焼結バルブシートであって、前記硬質粒子は少なくとも1種類の第1の硬質粒子及び少なくとも1種類の第2の硬質粒子とからなり、前記第1の硬質粒子及び前記第2の硬質粒子の量は総量として25〜70質量%であり、前記第2の硬質粒子は、硬さ前記第1の硬質粒子の硬さよりも軟らかく且つ300〜650 HV0.1であり、質量%で、C:1.4〜1.6%、Si:0.4%以下、Mn:0.6%以下、Cr:11.0〜13.0%、Mo:0.8〜1.2%、V:0.2〜0.5%、残部がFe及び不可避的不純物からなる合金工具鋼、C:0.35〜0.42%、Si:0.8〜1.2%、Mn:0.25〜0.5%、Cr:4.8〜5.5%、Mo:1〜1.5%、V:0.8〜1.15%、残部がFe及び不可避的不純物からなる合金工具鋼、C:0.8〜0.88%、Si:0.45%以下、Mn:0.4%以下、Cr:3.8〜4.5%、Mo:4.7〜5.2%、W:5.9〜6.7%、V:1.7〜2.1%、残部がFe及び不可避的不純物からなる高速度工具鋼、及び、C:0.01%以下、Cr:0.3〜5.0%、Mo:0.1〜2.0%、残部がFe及び不可避的不純物からなる低合金鋼から選択された少なくとも1種であり、前記焼結バルブシート中に0.08〜2.2質量%のP(リン)が含まれることを特徴とする。前記第1の硬質粒子は、硬さが550〜2400 HV0.1であり、前記焼結バルブシート中に10〜35質量%分散されることが好ましい。前記第1の硬質粒子の硬さは550〜900 HV0.1であることがより好ましい。前記第1の硬質粒子の中で最も低い硬さの硬質粒子の硬さと前記第2の硬質粒子の中で最も高い硬さの硬質粒子の硬さの差は30 HV0.1以上であることが好ましい。
【0012】
前記硬質粒子は、メジアン径が10〜150μmであることが好ましい。
【0013】
また、前記焼結バルブシート中に7質量%までのSnが含まれることが好ましい。
【0014】
また、前記焼結バルブシート中に1質量%までの固体潤滑材が含まれることが好ましい。前記固体潤滑材はC、BN、MnS、CaF2、WS2及びMo2Sから選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0015】
前記第1の硬質粒子は、質量%で、
Mo:27.5〜30.0%、Cr:7.5〜10.0%、Si:2.0〜4.0%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Mo-Cr-Si合金、Mo:27.5〜30.0%、Cr:7.5〜10.0%、Si:2.0〜4.0%、残部Fe及び不可避的不純物からなるFe-Mo-Cr-Si合金、Cr:27.0〜32.0%、W:7.5〜9.5%、C:1.4〜1.7%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金、Cr:27.0〜32.0%、W:4.0〜6.0%、C:0.9〜1.4%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金、Cr:28.0〜32.0%、W:11.0〜13.0%、C:2.0〜3.0%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Cr-W-C合金から選択された少なくとも1種であることが好ましい。また、上記の硬質粒子に加えて、質量%で、Mo:40〜70%、Si:0.4〜2.0%、残部Fe及び不可避不純物からなるFe-Mo-Si合金及びSiCから選択された少なくとも1種の硬質粒子を、さらに含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の焼結バルブシートは、比較的多量の硬質粒子を使用することによって硬質粒子同士が接触又は近接する骨格構造を形成してCu又はCu合金の変形を抑制する一方、硬質粒子の一部を比較的硬さの低い硬質粒子に置き換え、焼結バルブシートとして硬すぎない硬さに抑制して、バランスの取れた耐変形性及び耐摩耗性をもつことを可能にしている。ここで、第1の硬質粒子は充填性の上がる粒子形状であれば適用することができ、好ましくは球形状として緻密化を阻害しないようにし、硬さの軟らかい第2の硬質粒子は不規則形状として硬質粒子同士の接触を増やし、総合的に緻密な骨格構造を形成することに貢献している。もちろん、Cu粉末原料に微細なCu粉末を使用してネットワーク状のCuマトリックスを形成し、また緻密化を図ることによって、高い熱伝導率を維持し、優れた耐摩耗性を示すことができる。よって、バルブ冷却能を向上させることが可能となり、ノッキング等のエンジンの異常燃焼の低減により、高圧縮比、高効率エンジンの性能向上に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】リグ試験機の概略を示した図である。
図2】本発明による実施例1の焼結体の断面組織を示した走査電子顕微鏡(1000倍)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の焼結バルブシートは、Cu又はCu合金からなるマトリックス中に硬さの異なる第1及び第2の硬質粒子が分散した組織を有する。硬質粒子は、バルブシートの耐摩耗性に貢献するだけでなく、軟質なCu又はCu合金マトリックス中で骨格を形成してバルブシートの形状維持に貢献するため、第1及び第2の硬質粒子の量は総量として25〜70質量%とする。硬質粒子の総量が25質量%未満であるとバルブシートの形状維持が困難となり、70質量%を超えるとCu又はCu合金のマトリックスが少なくなって所望の熱伝導率が得られず、さらにバルブ攻撃性も増加して耐摩耗性を低下させてしまう。硬質粒子の総量は、30〜65質量%が好ましく、35〜60質量%がより好ましい。また、前記第2の硬質粒子の硬さは、前記第1の硬質粒子の硬さよりも軟らかく、300〜650 HV0.1の硬さを有する。第2の硬質粒子の硬さが300 HV0.1未満であると硬質粒子としての役割を果たさず、650 HV0.1を超えると第1の硬質粒子と共にバルブ攻撃性を増加してしまう。第2の硬質粒子の硬さは400〜630 HV0.1が好ましく、550〜610 HV0.1がより好ましい。硬質粒子総量のうち、第2の硬質粒子の分散量は5〜35質量%が好ましく、15〜35質量%がより好ましく、21〜35質量%がさらに好ましい。
【0020】
また、本発明の焼結バルブシートは、緻密な焼結体を目指し、Fe-P合金粉末を添加しており、それに由来して0.08〜2.2質量%のPを含有する。Fe-P合金粉末としては、Pが15〜32質量%の範囲の合金粉末が市場から入手できる。例えば、Pが26.7質量%のFe-P合金を利用した場合は、Fe-P合金としては0.3〜8.2質量%の添加量となる。Pが0.08質量%未満では緻密化が十分でなく、またPはCo、Cr、Mo等と化合物を作るので上限は2.2質量%とする。P含有量の上限は1.87質量%が好ましく、1.7質量%がより好ましく、1.0質量%がさらに好ましい。
【0021】
液相焼結による緻密化という観点では、1048℃と1262℃に共晶点をもつFe-P合金粉末の代わりに、870℃に共晶点をもつNi-P合金粉末を使用することもできる。しかし、NiはCuと全率固溶体を形成して熱伝導率を下げるので、熱伝導率の観点からは、500℃以下でCuに殆ど固溶しないFeとの合金であるFe-P合金粉末を使用することが好ましい。
【0022】
さらに、本発明の焼結バルブシートは、緻密な焼結体を目指し、Fe-P合金粉末と同様に7質量%までのSn、すなわち、0〜7質量%のSnを含有することができる。Cuマトリックスへの僅かなSnの添加が焼結時に液相を作り緻密化に貢献する。但し、Snが多量に存在すると、Cuマトリックスの熱伝導率を低下させることに加え、靱性の低い低強度のCu3Sn化合物が増加して耐摩耗性を損なうので7質量%を上限とする。Snの添加量は、0.3〜2.0質量%が好ましく、0.3〜1.0質量%がより好ましい。
【0023】
本発明の焼結バルブシートに使用する第1の硬質粒子は、前記第2の硬質粒子の硬さよりも硬ければよいが、その硬さは550〜2400 HV0.1であることが好ましい。550〜1200 HV0.1、550〜900 HV0.1、600〜850 HV0.1と好ましさが増していき、650〜800 HV0.1であることが特に好ましい。またマトリックス中への分散量は10〜35質量%であることが好ましく、13〜32質量%であることがより好ましく、15〜30質量%であることがさらに好ましい。第2の硬質粒子との関係では、第1の硬質粒子の中で最も低い硬さの硬質粒子の硬さと、第2の硬質粒子の中で最も高い硬さの硬質粒子の硬さの差が30 HV0.1以上であることが好ましく、60 HV0.1以上であることがより好ましく、90 HV0.1以上であることがさらに好ましい。
【0024】
上記の硬質粒子は、軟質なCu又はCu合金マトリックス中に骨格を形成するため、メジアン径は10〜150μmであることが好ましい。ここで、メジアン径は、その粒子径と累積体積(特定の粒子径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、50%の累積体積に相当する粒子径d50を表し、例えば、マイクロトラック・ベル株式会社のMT3000 IIシリーズを用いて測定できる。メジアン径は50〜100μmであることがより好ましく、65〜85μmであることがさらに好ましい。
【0025】
本発明の焼結バルブシートに使用する第1の硬質粒子は球形状であることが好ましく、また第2の硬質粒子は不規則形状であることが好ましい。特に、硬さの硬い第1の硬質粒子は、変形し難く緻密化を阻害する傾向にあるので、充填性を上げるため球形状であることが好ましい。一方、硬さの軟らかい第2の硬質粒子は緻密化し易いので、硬質粒子同士の接触を増やして骨格構造を形成する観点で、不規則な非球形状であることが好ましい。球形状の硬質粒子はガスアトマイズにより作製でき、不規則な非球形状の硬質粒子は粉砕又は水アトマイズにより作製できる。
【0026】
また、上記の硬質粒子は、マトリックスを構成するCuに殆ど固溶しないことが重要である。Co及びFeは500℃以下でCuに殆ど固溶しないので、Co基又はFe基の硬質粒子を使用することが好ましい。さらに、Mo、Cr、V及びWも、500℃以下でCuに殆ど固溶しないので主要な合金元素として使用でき、硬さの比較的高い第1の硬質粒子としては、Co-Mo-Cr-Si合金粉末、Fe-Mo-Cr-Si合金粉末及びCo-Cr-W-C合金粉末から選択して使用することが好ましく、特に耐摩耗性が強く要求される場合は、さらにFe-Mo-Si合金粉末及びSiCから選択した硬質粒子を加えることが好ましい。第1の硬質粒子よりも軟らかい第2の硬質粒子としては、Fe基の合金工具鋼粉末、高速度工具鋼粉末、及び低合金鋼粉末から選択して使用することが好ましい。ここで、Si及びMnはCuに固溶する性質を有するが、所定量に制限されれば硬質粒子の変性やマトリックスとの顕著な反応を回避できる。
【0027】
また、本発明の焼結バルブシートは、必要に応じて固体潤滑材を加えることができる。例えば、直噴エンジンでは燃料による潤滑作用の無い摺動状態となり、固体潤滑材の添加により自己潤滑性を高めて耐摩耗性を維持することも必要となる。よって、本発明の焼結バルブシートは1質量%までの、すなわち、0〜1質量%の固体潤滑材を含有することができる。固体潤滑材はカーボン、窒化物、硫化物及び弗化物から選択され、特に、C、BN、MnS、CaF2、WS2、Mo2Sから選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0028】
マトリックスを構成するCu粉末には、平均粒径45μm以下、純度99.5%以上のCu粉末を使用することが好ましい。粉末充填の観点から、硬質粒子の平均粒径より相対的に小さいCu粉末を使用することにより、硬質粒子が比較的多量に存在しても、ネットワーク状に連結したCuマトリックスを形成することが可能になる。例えば、硬質粒子の平均粒径は45μm以上、Cu粉末の平均粒径は30μm以下が好ましい。その点、Cu粉末は球状のアトマイズ粉末が好ましい。また、Cu粉末同士が絡みやすい細かな突起をもった樹枝状の電解Cu粉末もネットワーク状の連結したマトリックスを形成する上で、好ましく使用できる。
【0029】
本発明の焼結バルブシートを製造する方法では、Cu粉末、Fe-P合金粉末、又はFe-P合金粉末及びSn粉末、第1及び第2の硬質粒子粉末、さらに必要に応じて固体潤滑材を配合し、混合した混合粉末を圧縮、成形、焼成する。成形性を高めるため、混合粉末に対し、離型剤としてステアリン酸塩を0.5〜2質量%配合してもよい。また、焼結は、成形圧粉体は真空又は非酸化性又は還元性の雰囲気中、850〜1070℃の温度範囲で行う。
【実施例】
【0030】
実施例1
平均粒径22μm、純度99.8%の電解Cu粉末に、第1の硬質粒子として、球形状と不規則形状の両方の形状の粒子を混合した粒子でメジアン径72μmの、質量%で、Mo:28.5%、Cr:8.5%、Si:2.6%、残部Co及び不可避的不純物からなるCo-Mo-Cr-Si合金粉末1Aを35質量%、第2の硬質粒子として、不規則形状でメジアン径84μmの、質量%で、C:0.85%、Si:0.3%、Mn:0.3%、Cr:3.9%、Mo:4.8%、W:6.1%、V:1.9%、残部Fe及び不可避的不純物からなる高速度工具鋼粉末2Aを15質量%、焼結助剤として、P含有量が26.7質量%のFe-P合金粉末を1.0質量%配合し、混合機で混練して混合粉末を作製した。なお、原料粉末には成形工程の型抜き性をよくするためにステアリン酸亜鉛を原料粉末の量に対して0.5質量%加えている。
【0031】
これらの混合粉末を成形金型に充填し、成形プレスにより面圧640 MPaで圧縮・成形した後、温度1050℃の真空雰囲気にて焼結し、外径37.6 mmφ、内径21.5 mmφ、厚さ8 mmのリング状焼結体を作製し、さらに、機械加工により、軸方向から45°傾斜したフェイス面を有する外径26.3mmφ、内径22.1mmφ、高さ6mmのバルブシートサンプルを作製した。バルブシートのPの組成について成分分析を行った結果、P:0.27質量%であった。なお、このP含有量の分析結果はFe-P合金粉末の添加量を反映していた。
【0032】
実施例1の焼結体断面を鏡面研磨した後、第1の硬質粒子1A、第2の硬質粒子2A、及びマトリックスについて、荷重0.98 Nでビッカース硬さを5点測定して平均した結果、第1の硬質粒子1Aの硬さは720 HV0.1、第2の硬質粒子2Aの硬さは632 HV0.1、マトリックスの硬さは121 HV0.1であった。図2に実施例1の焼結体断面の走査電子顕微鏡による組織写真を示す。
【0033】
比較例1
硬質粒子として、メジアン径78μmの、質量%で、Mo:60.1%、Si:0.5%、残部Fe及び不可避的不純物からなるFe-Mo-Si合金粉末(後述する第1の硬質粒子の1Cに相当)を10質量%含有したFe基焼結合金を使用して実施例1と同形状のバルブシートサンプルを作製した。Fe-Mo-Si合金粒子の硬さは1190 HV0.1、マトリックスの硬さは148 HV0.1であった。
【0034】
[1] バルブ冷却能(バルブ温度)の測定
図1に示したリグ試験機を用いてバルブ温度を測定し、バルブ冷却能を評価した。バルブシートサンプル(1)はシリンダヘッド相当材(Al合金、AC4A材)のバルブシートホルダ(2)に圧入して試験機にセットされ、リグ試験は、バーナー(3)によりバルブ(4)(SUH合金、JIS G4311)を加熱しながら、カム(5)の回転に連動してバルブ(4)を上下させることによって行われる。バルブ冷却能は、バーナー(3)のエアー及びガスの流量とバーナー位置を一定にすることで入熱を一定にし、サーモグラフ(6)によりバルブの傘中心部の温度を計測することによって測定した。バーナー(3)のエアー及びガスの流量(L/min)は、それぞれ90 L/min及び5.0 L/min、カム回転数は2500 rpmとした。運転開始15分後、飽和したバルブ温度を測定した。なお、本願実施例では、バルブ冷却能は、加熱条件等により変化する飽和バルブ温度で評価する代わりに、比較例1のバルブ温度からの温度低下量(低下を - で表示)により評価した。比較例1の飽和バルブ温度は800℃を超える高温であったが、実施例1の飽和バルブ温度は800℃を下回り、バルブ冷却能は-32℃であった。
【0035】
[2] 摩耗試験
図1に示したリグ試験機を用いて、バルブ冷却能の評価の後、耐摩耗性を評価した。評価は、バルブシート(1)に埋め込んだ熱電対(7)を用いて、バルブシートの当たり面が所定の温度になるようにバーナー(3)の火力を調節して行った。また、摩耗量は、試験前後のバルブシートとバルブの形状を測定することにより、当たり面の後退量として算出した。ここで、バルブ(4)(SUH合金)は上記バルブシートに適合するサイズのCo合金(Co-20%Cr-8%W-1.35%C-3%Fe)を盛金したものを使用した。試験条件としては、温度300℃(バルブシート当たり面)、カム回転数2500 rpm、試験時間5時間とした。なお、摩耗量は、比較例1の摩耗量を1とした相対比率で評価した。実施例1の摩耗量は、比較例1と比較して、バルブシート摩耗量は0.84、バルブ摩耗量は0.85であった。
【0036】
実施例2〜21、比較例2〜5
実施例2〜21及び比較例2〜5においては、表1に示す第1の硬質粒子、及び表2に示す第2の硬質粒子を、表3に示す配合量で使用した。なお、表3には、第1及び第2の硬質粒子の他に、加えたFe-P合金粉末、Sn粉末及び固体潤滑材粉末の配合量も示した。表1には実施例1の配合量についても示した。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】
* P含有量が26.7質量%のFe-P合金粉末 ** 質量%
【0040】
実施例2〜21及び比較例2〜5について、実施例1と同様にしてバルブシートサンプルを作製し、実施例1と同様にして、Pの成分分析、第1の硬質粒子、第2の硬質粒子及びマトリックスのビッカース硬さの測定、バルブ冷却能の測定、並びに摩耗試験を行った。
【0041】
実施例2〜21及び比較例2〜5の結果を、実施例1及び比較例1の結果とともに表4及び5に示す。
【0042】
【表4】
【0043】
【表5】
【0044】
バルブシート冷却能は、硬質粒子の総量が少ないほど、またFe-PやSnの添加量が少ないほど、すなわちマトリックスのCuの量が多く、純度が高いほど向上していると考えられた。硬質粒子の総量が少ないと(比較例4、20質量%)、バルブシート冷却能は優れていたものの、シート摩耗量もバルブ摩耗量も増加していた。これは、Fe-Pが0.2質量%と少なかったために緻密化が十分でなく、バルブ攻撃性が増加したと考えられた。
【符号の説明】
【0045】
1 バルブシート
2 バルブシートホルダ
3 バーナー
4 バルブ
5 カム
6 サーモグラフ
7 熱電対
図1
図2