【文献】
TAKAHASHI Hidetoshi et al.,Journal of Dermatological Science,2005年,Vol.39, No.3,p.175-182
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
インボルクリンは、表皮角化細胞の分化にしたがって有棘細胞で産生されるタンパク質で、角質細胞の細胞膜を裏打ちする強靭な不溶性膜であるコーニファイドエンベロープ(角質肥厚膜、cornified envelope:以下CEとも略記する)の主構成要素の1つである(非特許文献1)。CEは、インボルクリンをはじめとする複数のCE前駆体タンパク質が、酵素トランスグルタミナーゼにより架橋され不溶化して形成される。さらに、CEを構成するインボルクリンは、その一部にセラミド等の脂質が共有結合し、疎水的な構造をとることで細胞間脂質ラメラ構造の形成にも寄与している(非特許文献2)。こうしたCEの形成・成熟化によって、細胞間脂質のラメラ構造が安定化して角質層のバリア機能が正常に働き、皮膚の水分保持機能や外部からの刺激に対する抵抗性を高めることができる。
【0003】
また最近、本出願人は、毛髪形状と毛髪毛根部における各種遺伝子の遺伝子発現との関係を探索したところ、非くせ毛者の毛根部に比して、くせ毛者の毛根部において、インボルクリン(IVL)遺伝子の発現量が有意に増加しており、インボルクリンの発現を制御することにより、くせ毛を抑制したり、促進できることを報告している(特許文献1)。
【0004】
一方、アンドログラフォリド(Andrographolide)やアンドログラパニン(Andrograpanin)は、キツネノマゴ科植物であるセンシンレン(Andrographis paniculata)やヒルムシロ科植物であるオヒルムシロ(Potamogeton natans L.)に含まれているラブダン型ジテルペン類であり、抗炎症作用(特許文献2)や、害虫防御作用(特許文献3)があることが報告されている。
しかしながら、これらのラブダン型ジテルペン類にインボルクリン発現抑制作用やくせ毛改善作用があることは知られていない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、「インボルクリン発現抑制」とは、インボルクリンの遺伝子レベルでの発現抑制及びタンパク質レベルでの発現抑制の何れをも包含する意味である。前記遺伝子レベルでの発現抑制はmRNAへの転写抑制を含み、前記タンパク質レベルでの発現抑制とは、例えば、翻訳における抑制を含み、翻訳後に修飾される場合は、当該修飾の抑制も含むものである。
【0016】
一般式(1)中、R
1としては、Xが
基−CH2OHでYが
メチル基である場合、下記(a)、(b)又は(e)であるのが好ましく、インボリクリン発現抑制の点から、(a)としては、更に以下の(a−1)〜(a−4)であるのが好ましく、(a−1)であるのがより好ましい。また、(e)としては、(e−1)であるのがより好ましい。
【0018】
XとYが一緒になって基−CH
2−O−CO−である場合には、R
1としては、下記(c)又は(d)であるのが好ましい。XとYが一緒になって基−CH
2−O−CO−である化合物は、文献未記載の新規化合物である。
【0020】
R
2としては、水素原子であるのが好ましい。
【0021】
式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物このうち、インボリクリン発現抑制の点から、より好適な化合物として下記のものを例示できる。
【0023】
本発明の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物においては、d体−、l体−等の光学異性体が存在し得る。本発明においては、当該各異性体の混合物や単離されたものの何れをも包含する。
【0024】
本発明の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物は、それを含む植物体から抽出・精製することにより取得することができる。例えば、ヒルムシロ科ヒルムシロ属の植物(例えば、オヒルムシロ(Potamogeton natans))、キツネノマゴ科植物(例えば、センシンレン(Andrographis paniculata))等の植物やベニクスノキダケ(Antrodia comphorata)から溶剤抽出して得られる抽出物を、カラムクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等の適当な分離精製手段を用いて分離・精製することにより得ることができる(例えば、1) Phytochemistry 56 (2001) 469-473、2)J. Nat. Prod. 2006, 69, 689-691)。以下に、本発明のラブダン型ジテルペン化合物の単離例を示す。
【0025】
1)オヒルムシロ全草の乾燥物を細断し、50vol%EtOHで室温抽出し、オヒルムシロ50%EtOH抽出物とする。
2)この抽出物を用い、水および酢酸エチルを用いて分配した。分層後、水層をダイヤイオンHP20を充填したカラムに通液し、吸着した成分を10,30,50,99.5%EtOHで順次溶出する。このうち99.5%EtOH溶出画分と先の酢酸エチル層を合わせて減圧濃縮する。
3)これを80%MeOHおよびヘキサン各500mLを用いて分配する。分層後、80%EtOH層に水を加え、60%MeOH溶液に濃度調整した後、クロロホルムを加えて再び分配する。
4)分層後、クロロホルム層を減圧濃縮し、これをシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、活性画分1を得る。当該画分を、ODSカラムを備えた分取HPLCにて7つの画分(1a〜1g)に分け(
図1参照)、このうち一つの活性画分(1e)を用い、分取HPLCで9つの画分(1e−1〜1e−9)に分け、活性成分(1e−2<化合物1>,1e−7<化合物2>)を単離することができる。
5)また、別の活性画分(1f)について、同様に7つの画分(1f−1〜1f−7)に分け、活性成分(1f−5<化合物3;アンドログラパニン>)を得ることができる。
【0026】
尚、斯かる抽出・分画によれば、式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物が、単独のみならず、数種の混合物として取得される場合があるが、本発明のインボリクリン発現抑制剤及びくせ毛改善剤においては、これらの何れをも用いることができる。
【0027】
得られたラブダン型ジテルペン化合物は、そのまま用いてもよく、適宜な溶媒で希釈した希釈液として用いてもよく、あるいは濃縮エキスや乾燥粉末としたり、ペースト状に調製したものでもよい。また、凍結乾燥し、用時に、通常抽出に用いられる溶剤、例えば水、エタノール、水・エタノール混液等の溶剤で希釈して用いることもできる。また、リポソーム等のベシクルやマイクロカプセル等に内包させて用いることもできる。
【0028】
後記実施例で示すとおり、本発明の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物は、遺伝子レベル及びタンパク質レベルで、インボルクリンの発現を抑制する。前述したように、くせ毛者の毛根部においては、非くせ毛者の毛根部に比してインボルクリン(IVL)遺伝子の発現量が有意に増加しており、インボルクリンの発現を抑制することにより、くせ毛を改善することができると考えられる(前記特許文献1参照)。
【0029】
よって、本発明の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物は、インボルクリン発現抑制剤又はくせ毛改善剤となり得、また、インボルクリン発現抑制剤又はくせ毛改善剤を製造するために使用することができる。また、ヒトに使用して、インボルクリンの発現抑制又はくせ毛の改善を図ることができる。ここで、ヒトに対する使用は、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0030】
ここで、「くせ毛」とは、特に説明がなければ、直毛と対比する場合に直毛以外の形状を総括的に指し、「くせ毛を改善する」とは、くせ毛のカール半径や曲率を低減し、形質を直毛に近づけることをいう。
【0031】
本発明のインボルクリン発現抑制剤又はくせ毛改善剤は、それ自体、インボルクリン発現抑制及びくせ毛改善のための、化粧品、医薬品、医薬部外品であり得、又はインボルクリン発現抑制及びくせ毛改善のための、化粧品、医薬品、医薬部外品を製造するための原料又は素材であり得る。
【0032】
本発明の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を含む、化粧品、医薬品、医薬部外品等の各種製剤組成物の形態は、皮膚外用剤、具体的には、軟膏、乳化化粧料、クリーム、乳液、ローション、ジェル、エアゾール等の種々の形態で用いることができるが、とりわけヘアリンス、ヘアコンディショナー、ヘアトリートメント、ヘアローション、ヘアパック、ヘアクリーム、コンディショニングムース、ヘアムース、ヘアスプレー、シャンプー、リーブオントリートメント等の形態とするのが好ましい。
上記製剤組成物は、それぞれ一般的な製造法により、式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を製剤上許容し得る担体、例えば、各種油剤、界面活性剤、ゲル化剤、防腐剤、酸化防止剤、溶剤、アルコール、水、キレート剤、増粘剤、紫外線吸収剤、乳化安定剤、pH調整剤、色素、香料等とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって得ることができる。また、これらの製剤組成物には、式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物の他、夫々化粧品、医薬部外品、医薬品等の製剤の種類に応じて、適宜、植物抽出物、殺菌剤、保湿剤、抗炎症剤、抗菌剤、清涼剤、抗脂漏剤等の薬効成分を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0033】
当該製剤組成物中の式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物の含有量は、一般的に好ましくは0.0005質量%以上、より好ましくは0.001質量%以上、且つ好ましくは50質量%以下、より好ましく20質量%以下であり、また好ましくは0.0005〜50質量%、より好ましくは0.0001〜20質量%である。
【0034】
上記医薬品、医薬部外品の投与量は、本発明の効果が得られる量であれば特に限定されず、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人(60kg)1人当たり1日、式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物として、例えば好ましくは0.01mg以上、より好ましくは0.03mg以上であり、且つ好ましくは600mg以下、より好ましくは1500mgである。また、好ましくは0.01〜1500mg、より好ましくは0.03〜600mgである。また、当該製剤は、任意の摂取・投与計画に従って摂取・投与され得るが、1日1回〜数回に分け、数週間〜数カ月間継続して投与することが好ましい。
また、上記化粧品、医薬品又は医薬部外品の適用対象者としては、それを必要としていれば特に限定されないが、インボルクリンの発現抑制、くせ毛改善を目的とするヒトが好ましい。
【0035】
上述した実施形態に関し、本発明においてはさらに以下の態様が開示される。
<1>下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を有効成分とするインボルクリン発現抑制剤。
<2>下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を有効成分とするくせ毛改善剤。
<3>下記式(2)で表されるラブダン型ジテルペン化合物。
【0036】
<4>インボルクリン発現抑制剤を製造するための、下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物の使用。
<5>くせ毛改善剤を製造するための、下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物の使用。
<6>インボルクリン発現抑制に使用するための、下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物。
<7>くせ毛改善に使用するための、下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物。
<8>下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を用いるインボルクリン発現抑制方法。
<9>下記式(1)で表されるラブダン型ジテルペン化合物を用いるくせ毛改善方法。
<10>非治療的である<8>又は<9>の方法。
<11>使用が非治療的な使用である<5>又は<6>の化合物。
【0038】
〔式中、R
1は下記(a)
、(c)〜(e)で示される何れかの基(式中、実線と破線からなる二重線は単結合又は二重結合を示す)を示し、
【化7】
【0039】
R
2は水素原子又は水酸基を示し、
X及びYは、Xが
基−CH2OHでYが
メチル基を示すか、XとYが一緒になって基−CH
2−O−CO−を示す。〕
【0041】
〔式中、R
1aは下記(c)又は(d)で示される基を示し、
【化9】
R
2は水素原子又は水酸基を示す。〕
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0042】
製造例1 オヒルムシロ由来のジテルペンの取得
オヒルムシロ(北海道十勝産)全草の乾燥物を細断し、50vol%EtOHで室温1週間抽出した。ろ過後、残渣に50vol%EtOHを加え、再び抽出した。ろ過後、先の抽出液と合わせて濃縮し、オヒルムシロ50%EtOH抽出物とした。
この抽出物7.0gを用い、水および酢酸エチルを用いて分液ロートで振り混ぜ、分配した。分層後、水層をダイヤイオンHP20を充填したカラムに通液し、吸着した成分を10,30,50,99.5%EtOHで順次溶出した。このうち99.5%EtOH溶出画分と先の酢酸エチル層を合わせて減圧濃縮し、溶媒を留去して固形物0.74gを得た。これを80%MeOHおよびヘキサン各500mLを用いて分液ロートで振り混ぜ、分配した。分層後、80%EtOH層に水を加え、60%MeOH溶液に濃度調整した後、クロロホルムを加えて再び分液ロートで振り混ぜ、分配した。
分層後、クロロホルム層を減圧濃縮して溶媒を留去し、固形物0.64gを得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、活性画分1(135mg)を得た。うち90mgを用い、ODSカラムを備えた分取HPLCにて7つの画分(1a〜1g)に分けたところ、画分1d〜1fに活性を認めた(
図1参照)。
うち1e画分(14.3mg)を用い、分取HPLCで9つの画分(1e−1〜1e−9)に分けた結果、1e−2(2.3mg),1e−7(1.7mg)を活性成分として単離した。また、1f画分(14.0mg)も同様に7つの画分(1f−1〜1f−7)に分けたところ、単一成分として1f−5(3.2mg)を得た。1e−2で単離された化合物、1e−7で単離された化合物、及び1f−5で単離された化合物を、夫々化合物1、化合物2及び化合物3とし、各化合物の
13C NMR スペクトルデータを表1に示す。尚、化合物3(1f−5)は、アンドログラパニンと同定された。
【0043】
【表1】
【0044】
実施例1 インボルクリン発現抑制作用
(1)細胞培養
ヒト表皮角化細胞株HaCaTはドイツ癌研究所(DKFZ)より入手し、DMEM(Invitrogen)に非働化した10%ウシ胎児血清(Invitrogen)、1%ペニシリン−ストレプトマイシン(Invitrogen)を添加した培地で37℃、5%CO
2条件下で培養した。
【0045】
(2)定量的RT-PCRによる遺伝子発現解析
6穴プレートに2×10
5個/wellとなるようにHaCaT細胞を播種し、24時間後に製造例1で調製された化合物1、化合物2及び化合物3を所定の濃度で添加した。更に24時間後に培地を吸引、PBSで2回洗浄後、RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いてメーカーの使用説明書に従ってtotal RNAを抽出した。抽出したtotal RNAの濃度を測定し、1μgを用いてQuantitect RT(QIAGEN)による逆転写反応を実施し、cDNAを得た。このcDNAを4ng/μLに希釈し、評価サンプルとした。調製したcDNA 8ngにTaqman Universal Master mix(Applied Biosystems)を10μL、Taqmanプローブ(Applied Biosystems)を1μL、滅菌水を7μL添加し、7500 リアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)を用いてPCR反応を実施した。内部標準にはRPLP0遺伝子を用いた。TaqmanプローブはIVL:Hs00846307_s1、RPLP0:Hs9999902_m1を使用した。結果を、表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
(3)ウエスタンブロッティング
6穴プレートに1×10
5個/ウェルとなるようにHaCaT細胞を播種し、24時間後に化合物4(「アンドログラフォリド」<シグマ・アルドリッチ社製>;10μM)を添加した。48時間後に培地を吸引、PBSで2回洗浄後、Halt Protease and Phosphatase Inhibitor Cocktail(Thermo Scientific)を含むRIPA Buffer(Sigma)150μLにて細胞を溶解した。その後、セルスクレーパーにより、細胞を剥離・回収し、遠心して回収した上清を細胞抽出液としてとして評価に用いた。
細胞抽出液の総タンパク質濃度はBCA Protein Assay Kit(Thermo Scientific)を用いて定量した。細胞抽出液の蛋白質量として5μgを0.35M DTT(sigma)を含むLaemmli Sample Buffer(Bio-Rad)と1:1で混合し、95℃で5分間インキュベートした。SDS−PAGEは7.5% TGXゲル(Bio-Rad)を用いて定法に従い実施した。ゲルを転写するメンブレンにはメタノールにより親水化したPVDFメンブレン(Bio-Rad)、ブロッティングバッファーにはTris/Glycine/メタノール転写バッファー(Bio-Rad)を用いた。
4℃で一晩転写後、メンブレンを5%スキムミルク溶液/PBS−Tで室温、2時間ブロッキングした後、抗IVL抗体(BTI、BT-651)、抗Actin抗体(SantaCruz)を0.3%スキムミルク/PBS−Tで1000倍希釈して室温、2時間反応させた。メンブレンをPBS−Tで洗浄した後、抗IVL抗体に対して、抗ウサギ−HRP抗体(NA934VS、GE)、抗Actin抗体に対して、抗ヤギ−HRP抗体(岩井化学)を0.3%スキムミルク/PBS−T で2000倍希釈して室温、1時間反応させた。反応終了後、PBS−Tで洗浄し、ECL Prime Western Blotting Detection System(GE)を用いて発光を検出した。各バンドの積算値の算出はMulti Gauge V3.2(FUJIFILM)ソフトウェアを用いた。結果を表3に示す。
【0048】
【表3】
【0049】
(4)結果
表2、3から明らかなように、化合物1、化合物2及び化合物3には、遺伝子レベルで優れたインボリクリン発現抑制作用が認められ、化合物4にはタンパク質レベルで優れたインボリクリン発現抑制作用が認められた。