(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6386792
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】溶射材料
(51)【国際特許分類】
C04B 35/66 20060101AFI20180827BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20180827BHJP
C23C 4/04 20060101ALI20180827BHJP
F27D 1/16 20060101ALI20180827BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20180827BHJP
【FI】
C04B35/66
B22F1/00 J
C23C4/04
B22F1/00 S
B22F1/00 N
B22F1/00 R
F27D1/16 B
C04B41/87 K
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-105444(P2014-105444)
(22)【出願日】2014年5月21日
(65)【公開番号】特開2015-218104(P2015-218104A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2017年1月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001971
【氏名又は名称】品川リフラクトリーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083172
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 豊明
(72)【発明者】
【氏名】西口 英邦
(72)【発明者】
【氏名】福浦 雄生
(72)【発明者】
【氏名】飯田 正和
(72)【発明者】
【氏名】松永 久宏
【審査官】
浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−094191(JP,A)
【文献】
特開2012−188345(JP,A)
【文献】
特開2009−120406(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/66
B22F 1/00
C04B 41/87
C23C 4/04
F27D 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐火性粉末と金属粉末を主原料とし、酸素とともに吹き付けて被補修面を補修する溶射法に使用する溶射材料であって、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤として炭酸カルシウムを外掛けで主原料の0.02〜0.3質量%添加したしたことを特徴とする溶射材料。
【請求項2】
耐火性粉末と金属粉末を主原料とし、酸素とともに吹き付けて被補修面を補修する溶射法に使用する溶射材料であって、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤として水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩の1種または2種以上を外掛けで主原料の0.02〜0.7質量%添加したしたことを特徴とする溶射材料。
【請求項3】
耐火性粉末と金属粉末を主原料とし、酸素とともに吹き付けて被補修面を補修する溶射法に使用する溶射材料であって、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤として炭酸カルシウムを含み、更に硫酸塩、水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩の1種または2種以上を外掛けで主原料の0.02〜0.3質量%添加したことを特徴とする溶射材料。
【請求項4】
前記主原料を構成する耐火性粉末を、主原料の80〜90質量%、金属シリコン粉末を、10〜20質量%とした、請求項1から3の何れか一に記載の溶射材料。
【請求項5】
前記主原料を構成する耐火性粉末に、点火促進剤として、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末から選ばれる1種または2種以上を外掛けで主原料の0.1〜1.5質量%添加したしたことを特徴とする請求項1から請求項4の何れか一に記載の溶射材料。
【請求項6】
前記主原料を構成する耐火性粉末に、燃焼補助剤として、遷移金属酸化物を0.3〜2.0質量%添加したしたことを特徴とする請求項1から請求項5の何れか一に記載の溶射材料。
【請求項7】
前記燃焼補助剤が酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅から選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする請求項6に記載の溶射材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の酸化発熱反応を利用して工業窯炉の補修をする溶射法における溶射材料に関する。
【背景技術】
【0002】
工業窯炉や溶融金属容器等においては、その使用に伴って、耐火物からなる内張り等に損傷が発生する。このような損傷に対しては、適宜、補修が実施される。例えば、製鉄所のコークス炉は、建設してから20年以上のものが多く、特に、炭化室の壁は補修を繰り返しながら操業を継続している。
【0003】
操業を継続しながら補修を実施する技術として溶射補修法がある。この溶射補修法には、例えば、プラズマ溶射、レーザ溶射、火炎溶射がある。しかしながら、これらの溶射法には大掛かりな装置が必要であることから、近年、比較的簡易な装置で実現可能な、金属の酸化発熱反応を利用した溶射法が利用されている。例えば、特許文献1,2,3では、金属粉末(燃焼剤)と耐火性粉末の混合物を酸素で搬送し、高温の補修面に吹き付ける溶射材料についての記載がある。
【0004】
図1は、前記溶射法の概要を示す図である。溶射装置100のホッパー110には耐火性粉末と金属粉末の混合物である溶射材料が充填されており、エジェクタ室120で酸素と混合された前記溶射材料がホース300を介してランス200に送られる。更に、ランス200の先端に取り付けられた先端ノズル210から、補修面に吹き付けられるようになっている。このとき、補修面は400℃〜900℃になっており、前記のように先端ノズル210から吹き付けられた混合物は、補修面からの受熱により起こる金属粉末の酸化発熱反応により耐火性組成物を形成するとともに溶融し、補修面に付着する。
【0005】
溶射材料と酸素がランスの先端ノズルから噴射され、順調に炉壁を補修している場合は問題がない。しかし、補修箇所の火がランス200の先端ノズル210に転移して発火する現象、すなわち「先端着火」や、ランスから供給ホース300を伝ってホッパー110まで火が遡る現象、すなわち「逆火」が発生すると、問題になる。
【0006】
すなわち、先端着火は「逆火」を誘引する可能性があり、逆火は、体積の膨張を伴いながら音速を超える爆発(「爆轟」とよばれる)を引き起こし、供給ホース300を破裂させたり、溶射装置100から分離したホースを跳ね回らせたりする危険をもたらす。さらに、逆火が起きると、溶射装置100の本体内で爆発を引き起こし、溶射装置の内部に材料の固着などを引き起こす。そのため、装置の復旧作業を行うために補修作業の中断が数十分にも及ぶこともある。
【0007】
このように、逆火は、非常に危険な事態を招くほか、復旧作業に時間を要するが、原因を特定することが難しく、発生そのものを回避し難い。このため、逆火が発生することは不可避との前提に立ち、溶射装置に何らかの逆火対策が採られることが通例となってきた。例えば、特許文献3には、逆火は原因の特定が難しく発生そのものを回避し難いものとし、逆火を誘引するランスの先端ノズルでの着火が発生すると、供給ホースを溶射装置から分離させ、溶射材料および酸素の供給を遮断することで逆火を回避する構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−120406号公報
【特許文献2】特開2012−188345号特開
【特許文献3】特開2011−149078号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の特許文献3に開示の構成は、逆火は不可避として、発生後の安全対策をとっているのであるが、逆火の原因がわからない状態での対策であるので、逆火の発生そのものは抑えることができない。着火の発生を抑えるためには、逆火の発生そのもののメカニズムを解明することが急務であるととともに、その有効な解決策が開発されることが望まれることになる。
【0010】
本発明は上記従来の事情に鑑みて提案されたものであって、逆火の発生原因を究明するとともに、それに基づいて逆火の発生し難い溶射材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、耐火性粉末と金属粉末と混合物を主原料とし、酸素とともに吹き付けて被補修面を補修する溶射法に使用する溶射材料を前提とする。
【0012】
前記溶射材料において、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤として炭酸
カルシウム、を外掛けで主原料の0.02質量%以上、0.3質量%以下添加した溶射材料である。
【0013】
また、前記溶射材料において、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤とし
て水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩の1種または2種以上を外掛けで主原料の0.02質量%以上、0.7質量%以下添加した溶射材料である。
【0014】
また、前記溶射材料において、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解する吸熱剤として炭酸
カルシウムを含み、更に硫酸塩、水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩の1種または2種以上を外掛けで主原料の0.02質量%以上、0.3質量%以下添加した溶射材料である。
【0015】
前記主原料を構成する耐火性粉末は、主原料の80〜90質量%、金属粉末としての金属シリコン粉末は、10〜20質量%とすることができる。
【0016】
前記主原料を構成する耐火性粉末に、金属シリコン粉末の酸化反応に必要な初期の熱量を補助する機能を有する金属粉末を点火促進剤として主原料の全量に対して外掛けで0.1〜1.5質量%配合できる。このような金属粉末としては、例えば、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末等を好適に使用することができる。
【0017】
前記主原料を構成する耐火性粉末に、溶射材料の燃焼中に酸素を供給して被施工体上で、燃焼材である金属シリコン粉末を酸化させる機能を有する金属酸化物を燃焼補助剤として主原料の全量に対して外掛けで0.3〜2.0質量%配合することができる。このような金属酸化物としては、例えば、遷移金属酸化物、特に、第一遷移金属酸化物(酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅)を好適に使用することができる。なお、これらの金属酸化物は、単体で添加されてもよく、2種以上が組み合わされて添加されてもよい。
【発明の効果】
【0018】
上記のように主原料に添加した炭酸塩等は、酸化雰囲気下で受熱により融解・分解することによって吸熱作用を発揮し、先端着火を抑制する。これによって、先端着火の発生頻度を軽減し、合わせて逆火を誘引する頻度を軽減し、作業効率を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<確認試験>
従来から、逆火が起こる前に、ランスの先端ノズルに着火する先端着火が起こることは観察されていたが、それに加えて、被施工体のエグレ部や窯の奥など、熱がこもりやすい部分を補修しているときに、先端着火が発生する頻度が多くなることが確認された。
【0021】
従って、先端着火が起こる原因は、先端ノズル付近の温度が上昇することによるものと推定できる。そこで、
図2に示すように、ラボ試験装置の炉内に煉瓦で窪み20を形成し、ランス200の先端ノズル210を当該窪み10で囲んだ状態を作った。
【0022】
この炉内を850℃に加熱するとともに、前記窪み20を形成する煉瓦も850℃に加熱し、前記先端ノズル210の近辺が当該窪み20内で加熱されるようにした。この条件下で、先端着火が起こるか否かを試験したところ、予想通り、先端着火が起こり、それに引き続き逆火が発生することを確認できた。つまり、先端着火の原因は、先端ノズル210の近辺が過剰に加熱されることであり、その先端着火によって逆火が起こるものと考えられる。
【0023】
以上の認識を基に考えると、何らかの手段で先端ノズルの近辺を冷却してやれば、先端着火を抑え、それによって逆火を防ぐことが可能となるものと推定される。
【0024】
以上を踏まえて、以下に開示するように分解・融解反応によって吸熱する化合物を溶射材料中に適宜添加することで、先端着火を防止することが可能となり、ひいては逆火を防止できることを確認した。
【0025】
<実施の形態>
(原理)
本発明が適用される溶射材料は、燃焼剤としての金属粉末と、耐火性粉末の混合物(以下、耐火性粉末+金属粉末を主原料という)からなっており、更に、特性を制御するために各種微量の添加物を加えられたものであり、本発明では吸熱剤が添加される。
【0026】
当該溶射材料は、酸素で補修面まで搬送されるため、反応はすべて酸化雰囲気下で起こる。従って、吸熱剤としては、酸化雰囲気下で受熱により分解もしくは溶融する炭酸塩、硫酸塩、水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩を1種または2種以上が添加される。
【0027】
前記したように溶射材料は、溶射装置より常温で供給されて、ランスの先端ノズルから吹き出された後、400℃〜900℃の温度を有する補修面からの受熱により含有する金属粉末が酸素と反応して酸化発熱する。その際の溶射体の温度は1800〜2000℃程度に上昇する。その温度で耐火性粉末を溶融し、溶融物が炉壁に付着する。その常温から溶射温度に材料温度が上昇する際、前記吸熱剤が分解もしくは溶融することで吸熱し、前記金属の酸化による発熱を抑え、ランスの先端ノズル付近を適度に冷却し、先端着火を抑制することができる。
【0028】
尚、ここで言う分解とは、炭酸塩が金属酸化物とCO
2に分解する、硫酸塩が金属酸化物とSO
3に分解する、水酸化物が金属酸化物とH
2Oに分解する、亜硫酸塩が金属酸化物とSO
2に分解する、炭酸水素塩が金属酸化物とH
2OとCO
2に分解することを意味する。また、溶融とは、上述の塩のまま溶融する場合と、分解して酸化物となった後に溶融する場合とを含む。
【0029】
(吸熱剤)
前記炭酸塩としては、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウムなどを用いることができる。硫酸塩としては、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウムなどを用いることができる。水酸化物としては、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウムがなどを用いることができる。亜硫酸塩としては、亜硫酸リチウム、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸カリウム、亜硫酸マグネシウムなどを用いることができる。炭酸水素塩としては、炭酸水素リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどを用いることができる。さらには、それらの塩類の水和物を用いることができる。その例としては、硫酸リチウム1水和物(Li
2SO
4・H
2O)などがある。
【0030】
吸熱剤として、炭酸塩を単独で添加する場合、その添加量は、外掛けで主原料(耐火性粉末+金属シリコン粉末)の0.02〜0.3質量%であることが望ましい。0.02質量%未満の場合は、先端着火抑制の効果が見られない。0.3質量%以上になると、溶射を開始する点火が起らなかったり、ランスを走査したときに失火したりすることがあった。より好ましくは、外掛けで0.05〜0.2質量%である。炭酸塩の中でも、炭酸カルシウムは安価であり、経済的にも好ましい。
【0031】
吸熱剤として、硫酸塩、水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩を添加する場合、その1種または2種以上を外掛けで主原料の0.02〜0.7質量%添加することが望ましい。0.02質量%未満の場合は、先端着火抑制の効果が見られない。0.7質量%より多くなると、溶射を開始する点火がされない場合があり、ランスを走査したときに失火する場合もあった。より好ましくは、外掛けで0.05〜0.5質量%である。
【0032】
さらに、硫酸塩、水酸化物、亜硫酸塩、炭酸水素塩の1種または2種以上と、炭酸塩との混合物を添加することができる。その場合、混合物は外掛けで主原料の0.02〜0.3質量%添加することが好ましい。0.02質量%未満の場合は、先端着火抑制の効果が見られない。0.3質量%以上になると、溶射を開始する点火が起らなかったり、ランスを走査したときに失火したりすることがあった。より好ましくは、外掛けで0.05〜0.2質量%である。
【0033】
前記吸熱材の粒径は特には限定されない。しかし、溶射材料は最大粒子径が2.0mm以下の粉体製品であるため、製品粉体内で均一に分散させるためには最大粒子径が1.5mm以下とすることが望ましい。
【0034】
(耐火性粉末)
前記したように、本発明が適用される溶射材料は、耐火性粉末と金属粉末の混合物を主原料とする。当該耐火性粉末は最大粒子径が2.0mm以下の、珪石、珪石れんが粉、溶融シリカ、シャモット、コージエライトなどが用途に応じて用いることができる。
【0035】
(金属粉末)
前記溶射材料では、燃焼剤としての金属が配合される。当該燃焼剤は、燃焼後に前記耐火性粉体を結合する結合相を形成する酸化物となる。補修対象である被施工体がシリカ主体である珪石れんがからなるため、当該燃焼剤として金属シリコン粉末が用いられる。主原料となる前記耐火性粉末と金属シリコン粉末の混合物の全量を100質量%としたとき、金属シリコン粉末の添加量は10〜20質量%であり、好ましくは13〜17質量%である。添加量が10質量%より少ないと、燃焼反応が弱くなり燃焼の継続性と被施工体への付着が著しく悪化するため、溶射材料として成立しない。また、添加量が20質量%を超えると、燃焼による発熱量が多く高温になりすぎる。その結果、溶射した材料の粘性が低下して溶射した材料が被施工体から流れ落ちてしまい良好な施工体を得ることができなくなるため、溶射材料として成立しない。金属シリコン粉末に含まれる金属Si成分の質量割合(Si純度)は90%以上であることが好ましい。Si純度が低い場合、シリカの結晶化を阻害するアルミニウムなどの元素が多く含まれることになるため好ましくない。主原料の金属シリコン粉末以外の残部は耐火性粉末である。
【0036】
金属粉末の粒子径は溶射材料全体において75μm以上が5質量%以下、20μm以下が3〜14質量%、残部を20〜75μmとすることが好ましく、より好ましくは75μm以上が3.0質量%以下、20μm以下が5〜12質量%である。粒子径が75μm以上のものは、燃焼反応が弱く好ましくないため5質量%以下とすることが好ましい。20μm以下が3質量%以下だと燃焼反応が弱く好ましくない。20μm以下が14質量%以上だと、粉体流動性が低下して脈動を引き起こして逆火の危険性が大きくなるため好ましくない。
【0037】
(点火促進剤)
本願の溶射材料には、金属シリコン粉末の酸化反応に必要な初期の熱量を補助する機能を有する金属粉末の点火促進剤を配合できる。点火促進剤を配合することにより、被施工体温度が、800℃以下の比較的低温である場合でも、溶射開始時の点火を促進することができる。
【0038】
このような金属粉末としては、例えば、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末等を好適に使用することができる。これらの金属粉末は、単体で添加されてもよく、2種以上が組み合わされて添加されてもよい。
【0039】
点火促進剤の添加量は、主原料の全量に対して外掛けで0.1〜1.5質量%である。1.5質量%より多いとシリカの結晶化を阻害する上、爆発や逆火などの作業上の危険性が高まるため好ましくない。また、点火促進剤として金属粉末の粒子径は100μm以下であることが好ましい。100μmより大きいと反応性が乏しくなり、点火促進の効果が得られなくなるからである。
【0040】
点火促進剤は発火点が300〜800℃であれば使用できるが、発火点が400℃以下である鉄粉が最も好ましく使用できる。
【0041】
(燃焼補助剤)
溶射材料の燃焼中に酸素を供給して被施工体上で、燃焼材である金属シリコン粉末を酸化させる機能を有する燃焼補助剤を配合することができる。燃焼補助剤は、金属シリコンに付着していると被施工体に付着した際の受熱により酸素供給源となる金属酸化物の粉末からなる。
【0042】
このような金属酸化物としては、例えば、遷移金属酸化物、特に、第一遷移金属酸化物(酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅)を好適に使用することができる。これらの金属酸化物は、金属シリコンに付着していると被施工体上における燃焼中に自身の酸化数を低下させることで金属シリコンを酸化する。燃焼剤である金属シリコン粉末が酸化されるため、被施工体上での燃焼が継続されることになる。なお、これらの金属酸化物は、単体で添加されてもよく、2種以上が組み合わされて添加されてもよい。金属シリコン粉末を効率よく酸化させる観点からは、酸化鉄(Fe2O3)が、金属シリコン粉末が酸化されて生成したシリカガラスに固溶した場合に酸素透過速度を上昇させる効果もあるため特に好適に使用できる。
【0043】
燃焼補助剤の添加量は、主原料の全量に対して外掛けで0.3〜2.0質量%である。添加量が0.3質量%より少ないと燃焼剤の燃焼継続効果が少なく、2.0質量%より多いと不純物が多くなり、組成が変化し過ぎて熱膨張特性などの設計特性が発揮できなくなるため好ましくない。また、金属酸化物粉末の粒子径は100μm以下であることが好ましい。100μmより大きいと反応性が乏しくなり、燃焼の継続性を向上する効果が得られなくなる。
【0044】
(その他1)
金属シリコンが溶融した際のSiO2の粘度を低減させて溶射時の層間の一体性を向上させる目的で純度90%以上のCaO粉末、純度90%以上のMgO粉末の1種以上を、4.0質量%を超えない範囲で添加することができる。CaO粉末、MgO粉末の粒子径は200μm以下であることが好ましい。200μmを超えると結合相となるシリカと反応しにくく、粘度を低減させて層間の一体性を向上させる効果が期待できない。
【0045】
(その他2)
流動性改善や鉱物組成の調整を目的として、ヒュームドシリカや、マグネシウム、カルシウム、鉄から選択された元素の酸化物、炭化物、窒化物などを添加することもできる。
【0046】
<実施例および比較例>
表1に示す配合割合で溶射材料を作成し、各溶射材料を使用した溶射施工により形成した施工体を評価した。各溶射材料で使用した耐火性粉末はシャモットまたは珪石である。各溶射材料で使用した金属シリコン粉末のSi純度は97%である。なお、耐火性粉末の粒子径および金属シリコン粉末の粒子径も、表1、表2中に示している。
【0047】
また、吸熱剤としては、粒子径が1.5mm以下の硫酸リチウム一水和物、粒子径が100μm以下の炭酸カルシウム、粒子径が100μm以下の水酸化カルシウム、粒子径が100μm以下の炭酸リチウムを使用した。
【0048】
溶射の作業性評価については以下のよう行った。エジェクタ式の溶射装置を用い、搬送ガスは純度100%の酸素とし、流量は25Nm
3/hとした。材料供給速度は95kg/hとした。ランスは2mのものを使用し、先端ノズル径はφ14とした。115×230×30mmのシャモットれんが(耐火度SK36)を4枚用いて、
図2に示すようにコの字型に炉の中に配置し、炉の中の雰囲気温度が約1000℃に加熱されたのち開放し、約850℃に冷却された時に、
図2に示すように加熱されたれんがに囲われた中に先端ノズルが入った状態で溶射実験を行った。溶射施工は各溶射材2kgを使用した。評価は、各溶射に関して溶射作業性、すなわち、先端着火、点火性、燃焼継続性、付着率、について行った。
【0049】
先端着火は、溶射材料2kgを5回溶射するうちに先端着火をする頻度で評価した。「◎」は5回とも先端着火しなかったことを示し、「○」は1回のみ先端着火したことを示し、「△」は2回先端着火をしたことを示し、「×」は5回溶射するうちに3回〜5回先端着火したことを示している。
【0050】
点火性は、溶射施工開始時の点火性を、目視観察により評価した。「◎」は速やかに点火し材料が付着し始めたことを示し、「○」はやや遅れて点火し材料が付着し始めたことを示し、「△」は点火したものの燃焼が弱かったことを示し、「×」は点火しなかったことを示している。
【0051】
燃焼継続性は、溶射施工時の燃焼継続性を、目視観察により評価した。「◎」は失火の気配がなく燃焼時の光が強いまま燃焼が継続したことを示し、「○」は失火の気配がないものの燃焼時の光が弱かったことを示し、「△」は失火しそうになっていたことを示し、「×」は燃焼が継続せずに失火したことを示し、「−」は溶射開始時に点火しなかった、もしくは直ちに先端着火したために評価出来なかったことを示している。
【0052】
付着率は、溶射試験後に被施工体に付着した材料を採取して重量を測定し、先端ノズルから吐出した溶射材料の重量に対する当該付着質量の割合を算出した。「−」は点火しなかった、もしくは直ちに先端着火したために評価出来なかったことを示している。
【0053】
表1に示す本発明例は、酸化物からなる耐火性粉末と金属シリコン粉末からなる主原料100質量%対し、金属シリコン粉末の含有量は10〜20質量%であり、さらに吸熱材としての硫酸塩・水酸化物を外掛けで0.02〜0.7質量%、または炭酸塩を外掛けで0.02〜0.25質量%、または炭酸塩と硫酸塩を併用し外掛けで0.02〜0.25質量%含有したものである。表1に示すように、いずれも先端着火、点火性、燃焼継続性、付着率において、良好な結果が得られた。
【0054】
本発明例に対し、比較例1は吸熱剤が添加されていない溶射材を使用した場合であり、直ちに先端着火を引き起こした。
【0055】
比較例2、3は吸熱剤の添加量が前記の適正範囲より少ない場合で、この場合も直ちに先端着火を引き起こした。
【0056】
比較例4〜10は吸熱剤の添加量が前記の適正範囲より多い場合で、溶射を始める点火を出来ず溶射施工出来なかったり、点火後の燃焼継続性が著しく低下したため失火したりして、付着率が低下した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
以上説明したように、本発明は金属粉末の燃焼を利用した溶射法で、先端着火や逆火が発生する確率が非常に小さくなるので、窯業分野での作業効率、コストパーフォーマンスを上げることができる。