(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1ドメインおよび前記第2ドメインに関し、一方は少なくともAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方は少なくともAlおよびTiを含む窒化物からなる、請求項1または請求項2に記載の被膜。
前記第1ドメインおよび前記第2ドメインに関し、一方は少なくともAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方は少なくともTiを含み、かつAlを含まない窒化物からなる、請求項1または請求項2に記載の被膜。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
従来の技術には、未だ硬度および耐摩耗性といった物性の向上に改良の余地がある。たとえば特許文献1では、厚さ方向には多数の結晶界面が存在するものの、厚さ方向に対し垂直な方向(面内方向)には結晶界面が存在しない領域もある。つまり、特許文献1の被膜内に存在する結晶界面は一方向にしか拡がっていない。このため、歪エネルギーの蓄積の程度には限界がある。
【0010】
また特許文献2〜4では、微粒子の分散の程度の制御が難しい傾向があり、このため、組成が同じ微粒子同士が隣接する部分が存在し得る。組成が同じ微粒子同士が隣接する部分は、見かけ上、粒径の大きな粒子が存在することとなり、ナノメートルサイズ効果が得られない場合がある。また、組成が同じ微粒子同士が隣接する結晶界面においては、歪エネルギーが発生しないため、全体として蓄積される歪エネルギーが小さくなる場合がある。
【0011】
本開示の目的は、硬度および耐摩耗性に優れた被膜を提供することである。
[本開示の効果]
上記によれば、硬度および耐摩耗性に優れた被膜を提供することができる。
【0012】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0013】
〔1〕本発明の一態様に係る被膜は、基材の表面に位置する被膜である。被膜は、1以上の層を含み、層のうち少なくとも1層は、組成の異なる2以上のドメインから構成されるドメイン構造層である。2以上のドメインのうちの1つである第1ドメイン、および他の1つである第2ドメインは、Al、B、Si、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、B、O、C、およびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなる。第1ドメインは、ドメイン構造層中に複数存在する。ドメイン構造層の面内方向における各第1ドメインのサイズを、各第1ドメインに接する仮想の外接円の直径とし、かつドメイン構造層の面内方向における各第1ドメインの最近接距離を、外接円の中心と該外接円と隣り合う他の外接円の中心とを結ぶ直線距離のうちの最も短い距離とした場合、各第1ドメインのサイズの平均値は、1nm以上10nm以下であり、第1ドメインの最近接距離の平均値は、1nm以上12nm以下であり、第1ドメインのうち95%以上の第1ドメインは、サイズの平均値に対する±25%以下の範囲内のサイズを有し、各第1ドメインのうち95%以上の第1ドメインは、最近接距離の平均値に対する±25%以下の範囲内の最近接距離を有する。
【0014】
ここで、本明細書において「組成が異なる」とは、構成する元素が完全に一致しない場合はもちろん、元素が完全に一致しつつも、その含有割合が異なる場合も含む概念である。したがって、たとえば「AlN」および「TiN」は組成が異なり、「Al
0.6Ti
0.4N」および「Al
0.4Ti
0.6N」もまた組成が異なることとなる。このような異なる組成同士の界面には、歪エネルギーが生じる。
【0015】
上記被膜によれば、第1ドメインのサイズの平均値は、1nm以上10nm以下であり、第1ドメインのうち95%以上の第1ドメインは、サイズの平均値に対するばらつきが25%以下のサイズを有し、かつ第1ドメインのうち95%以上の第1ドメインは、最近接距離の平均値に対するばらつきが25%以下である最近接距離を有する。つまり、ドメイン構造層において、第1ドメインは均一なナノメーターサイズを有し、かつ均一に分散されている。また上記被膜によれば、第1ドメインの最近接距離の平均値は1nm以上12nm以下である。つまり、第2ドメインもまた、隣り合う第1ドメイン間の領域において、ナノメーターサイズであることになる。
【0016】
このため、ドメイン構造層は、大きなナノメートルサイズ効果を発揮することができるとともに、第1ドメインと第2ドメインとの界面が多数存在することに起因して、大きな歪エネルギーが蓄積されることとなる。したがって、上記ドメイン構造層は、硬度および耐摩耗性に優れることができる。
【0017】
〔2〕上記〔1〕の被膜において、ドメイン構造層は、第1ドメインおよび第2ドメインから構成されてもよい。この場合においても、上記効果を奏することができる。
【0018】
〔3〕上記〔1〕および〔2〕の被膜は、第1ドメインおよび第2ドメインにおいて、一方は少なくともAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方は少なくともAlおよびTiを含む窒化物からなってもよい。少なくともAlおよびTiを含む窒化物は、硬度および耐酸化性に優れる。少なくともAlを含み、かつTiを含まない窒化物は、上記のAlおよびTiを含む窒化物と比して硬度は劣るものの、Tiを含まないために耐酸化性に優れる。上記の第1ドメインおよび第2ドメインから構成されるドメイン構造層は、硬度、耐酸化性に優れる上記AlおよびTiを含む窒化物と、硬度は劣るものの耐酸化性にさらに優れる上記Alを含む窒化物から構成されるため、いずれか一方の窒化物からなる層よりも、高い硬度および高い耐酸化性を有することができる。
【0019】
〔4〕上記〔3〕の被膜は、第1ドメインおよび第2ドメインに関し、一方はAlNであり、他方はAl
xTi
1-xNであり、Al
xTi
1-xNのAlとTiとの原子比Al/Tiは1以上1.5以下とすることができる。この場合、上記と同様の効果が得られ、かつ材料が安価なため、より安価に製造されることとなる。
【0020】
〔5〕上記〔1〕および〔2〕の被膜は、第1ドメインおよび第2ドメインに関し、一方は少なくともAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方は少なくともTiを含み、かつAlを含まない窒化物からなってもよい。このようなドメイン構造層は、ドメイン構造層全体として、AlおよびTiを含む窒化物と同様の組成を有することとなる。したがって、上記被膜によれば、AlおよびTiを含む窒化物特有の高い硬度および高い耐酸化性を有することができる。
【0021】
〔6〕上記〔5〕の被膜は、第1ドメインおよび第2ドメインに関し、一方はAlNであり、他方はTiNとすることができる。この場合、上記と同様の効果が得られ、かつ材料が安価なため、より安価に製造されることとなる。
【0022】
〔7〕上記〔1〕〜〔6〕の被膜において、ドメイン構造層全体におけるAlとTiとの原子比Al/Tiは1.5超であることが好ましい。AlおよびTiを含む窒化物は、被膜全体におけるAl/Ti比が大きくなるにつれて硬度および耐酸化性に優れる傾向があるため、このようなドメイン構造層を含む被膜は、より高い硬度とより高い耐酸化性とを有することができる。
【0023】
〔8〕上記〔1〕および〔2〕の被膜において、第1ドメインおよび第2ドメインは、少なくともAlおよびTiを含む窒化物であり、第1ドメインおよび第2ドメインに関し、一方におけるAlとTiとの原子比Al/Tiが1以上であり、他方におけるAlとTiとの原子比Al/Tiが1未満であることが好ましい。このようなドメイン構造層は、ドメイン構造層全体としてAlおよびTiを含む窒化物と同様の組成を有することとなる。したがって、上記被膜によれば、上述の効果に加え、さらにAlおよびTiを含む窒化物特有の高い硬度および高い耐酸化性を有することができる。
【0024】
〔9〕上記〔1〕〜〔8〕の被膜において、第1ドメインおよび第2ドメインは結晶質であることが好ましい。この場合、第1ドメインと第2ドメインとの結晶格子のミスマッチ(格子定数の違い)による大きな歪エネルギーが生じるため、被膜の硬度をさらに高めることができる。なお、結晶質とは、単結晶および多結晶を含む概念である。
【0025】
〔10〕上記〔1〕〜〔9〕の被膜において、第1ドメインおよび第2ドメインは立方晶NaCl型の結晶構造を有することが好ましい。この場合、第1ドメインおよび第2ドメインのそれぞれの硬度が高くなるため、結果的に被膜の硬度をさらに高めることができる。
【0026】
〔11〕上記〔1〕〜〔10〕の被膜において、第2ドメインは、ドメイン構造層中に複数存在し、ドメイン構造層の面内方向における各第2ドメインのサイズを、各第2ドメインに接する仮想の外接円の直径とし、かつドメイン構造層の面内方向における各第2ドメインの最近接距離を、外接円の中心と該外接円と隣り合う他の外接円の中心とを結ぶ直線距離のうちの最も短い距離とした場合、各第2ドメインのサイズの平均値は、1nm以上10nm以下であり、各第2ドメインの最近接距離の平均値は、1nm以上12nm以下であり、第2ドメインのうち95%以上の第2ドメインは、サイズの平均値に対する±25%以下の範囲内のサイズを有し、第2ドメインのうち95%以上の第2ドメインは、最近接距離の平均値に対する±25%以下の範囲内の最近接距離を有する。この場合、より大きなナノメーターサイズ効果が得られ、かつ歪エネルギーも大きくなる。
【0027】
〔12〕上記〔1〕〜〔11〕の被膜において、ドメイン構造層はPVD法により形成されたものである。このようなドメイン構造層は、CVD法を用いて製造された膜よりも、硬度および耐摩耗性に優れ、かつ基材の密着性に優れる。
【0028】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0029】
なお、本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味しており、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。また、本明細書において化合物をAlN等の化学式で表す場合、原子比を特に限定しない場合には従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。
【0030】
〔第1実施形態:被膜〕
図1は、本実施形態に係る被膜の一例を示す断面図である。
図1を参照し、被膜1は、基材2の表面に設けられている。基材2の形状は特に限定されず、その材料も特に限定されない。たとえば基材2が、切削工具の基体である場合、超硬合金、鋼、サーメット、セラミックス、ダイヤモンド焼結体等の加工抵抗に耐え得る材料を好適に用いることができる。
【0031】
被膜1は、1以上の層を含み、層のうち少なくとも1層は、組成の異なる2以上のドメインから構成されるドメイン構造層である。被膜1の層数は特に限定されず、また、ドメイン構造層の位置も特に限定されない。本実施形態に係る被膜1は、基材2側から順に、下地層3およびドメイン構造層4の順に積層された構成を有する。
【0032】
また、被膜1の厚さも特に限定されないが、たとえば基材2が工具の基体である場合、被膜1の厚さは0.1〜10μmとすることが好ましい。
【0033】
〔ドメイン構造層〕
図2は、一例としてのドメイン構造層の面内方向の任意の断面の構成を模式的に示す断面図である。なお、ドメイン構造層の面内方向とは、ドメイン構造層の厚さ方向に直交する方向を意味する。
【0034】
図2を参照し、ドメイン構造層4は、第1ドメイン41および第2ドメイン42から構成される。第1ドメイン41および第2ドメイン42は組成が異なればよい。本実施形態において、第1ドメイン41は、ドメイン構造層4中に複数存在しており、第2ドメイン42は、各第1ドメイン41の周りを囲むように連続して存在する。すなわち本実施形態のドメイン構造層4は、いわゆる海島構造を有している。なお本実施形態において、理解を容易とするために第1ドメイン41の形状を正方形で示し、第2ドメイン42の形状を複数の正方形を取り囲む形で示したが、第1ドメイン41および第2ドメイン42の形状は特に限定されず、種々の形状とすることができる。
【0035】
第1ドメイン41、および第2ドメイン42は、Al、B、Si、周期表の第4族元素(Ti、Zr、Hf)、第5族元素(V、Nb、Ta)および第6族元素(Cr、Mo、W)からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、B、O、C、およびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなる。ただし、前者の群がBを含む場合には後者の群にBは含まない。すなわち、各組成中に、金属元素の群である前者の群にグルーピングされるBが含まれる場合、非金属元素の群である後者の群にグルーピングされるBは含まれ得ず、後者の群にグルーピングされるBが含まれる場合、前者の群にグルーピングされるBは含まれ得ない。また、第1ドメイン41および第2ドメイン42には不可避不純物が含まれ得る。
【0036】
このような組成からなる化合物は、耐摩耗性、耐酸化性、高温安定性等に優れる。このため、上記組成からなる第1ドメイン41および第2ドメイン42を有するドメイン構造層4は、切削工具、耐摩工具、金型等に好適である。各ドメインの組成は、ドメイン構造層4の断面を透過型電子顕微鏡に装備されたエネルギー分散型X線分光装置、または3次元アトムプローブ法により評価することによって確認することができる。
【0037】
複数の第1ドメイン41のそれぞれは、サイズおよび最近接距離を有する。本明細書において、第1ドメイン41のサイズは、第1ドメイン41に接する仮想の外接円の直径であり、第1ドメイン41の最近接距離は、第1ドメイン41に接する仮想の外接円の中心と、該外接円と隣り合う他の仮想の外接円の中心との直線距離のうちの最も短い距離である。具体的には、各値は次のようにして決定される。
【0038】
図2を参照し、まず、透過型電子顕微鏡または3次元アトムプローブ法により、ドメイン構造層4の面内方向の任意の断面を評価する。これによって組成の異なるドメイン同士を区別することができる。そして、測定されたドメインのうち、島構造を構成する複数の第1ドメイン41に対して仮想の外接円C
1を描く。各仮想の外接円C
1の直径a
1が、各第1ドメイン41が有するサイズとなる。また、1つの第1ドメイン41における仮想の外接円C
1の中心点と、該1つの第1ドメイン41と隣り合う他の複数の第1ドメイン41における仮想の外接円C
1の中心点との各直線距離d
1を測定する。これらの直線距離d
1のうち最も短い距離が、該1つの第1ドメイン41が有する最近接距離となる。
【0039】
そして、本実施形態の第1ドメイン41は、上記のサイズおよび最近接距離に関し、以下(1)〜(4)を満たすことを特徴とする。
(1)第1ドメイン41のサイズの平均値は1〜10nmである。
(2)第1ドメイン41の最近接距離の平均値は、1〜12nmである。
(3)第1ドメイン41のうち95%以上の第1ドメイン41は、サイズの平均値に対する±25%以下の範囲内のサイズを有する。
(4)第1ドメイン41うち95%以上の第1ドメイン41は、最近接距離の平均値に対する±25%以下の範囲内の最近接距離を有する。
【0040】
上記(1)に関し、「第1ドメイン41のサイズの平均値」とは、少なくとも100個の仮想の外接円C
1の直径a
1の平均値である。ナノメーターサイズ効果により第1ドメイン41の硬度が最も高くなるサイズは、第1ドメイン41の組成によって異なるが、少なくとも第1ドメイン41のサイズの平均値が上記範囲にあれば、十分に高い硬度を発揮することができる。
【0041】
上記(2)に関し、「第1ドメイン41の最近接距離の平均値」とは、少なくとも100個以上の第1ドメイン41における最近接距離の平均値である。第1ドメイン41のサイズの平均値と、第1ドメイン41の最近接距離の平均値との差により、第1ドメイン41間に存在する第2ドメイン42の幅がナノメーターサイズであることが導かれる。なお最近接距離の平均値は、直径a
1の平均値以上である。
【0042】
上記(3)に関し、たとえば、100個の第1ドメイン41のサイズの平均値が10nmであった場合、95個以上の第1ドメイン41が、7.5〜12.5nmの範囲内のサイズを有していることになる。すなわち複数の第1ドメイン41は、均一なサイズを有する。
【0043】
上記(4)に関し、たとえば100個の第1ドメイン41の最近接距離が10nmであった場合、95個以上の第1ドメイン41が、7.5〜12.5nmの範囲内の最近接距離を有していることになる。すなわち複数の第1ドメイン41は、均一に分散されている。
【0044】
本実施形態のドメイン構造層4は、上記(1)〜(4)の全てを満たすことにより、次のような効果を奏することができる。まず、第1ドメイン41が均一に分散されているため、粒子同士が隣接することによる従来の問題が抑制され、もって、これによる硬度の低下を抑制することができる。次に、第1ドメイン41が均一なナノメーターサイズを有し、かつ均一に分散されているため、高いナノメーターサイズ効果と多くの歪エネルギーの蓄積が可能となる。さらに、第1ドメイン41、および第1ドメイン41間に存在する第2ドメイン42は、ともにナノメーターサイズを有するため、ドメイン構造層4内にはより多くの界面が存在することとなり、もって界面の存在に起因する歪エネルギーをより多く蓄積させることができる。よって、上記ドメイン構造層4を有する被膜1は、高い硬度を発揮することができ、もって高い耐摩耗性を発揮することができる。
【0045】
これに対し、ドメイン構造層4が上記(1)を満たさない場合、たとえば第1ドメイン41のサイズの平均値が1nmよりも小さい場合、ドメイン構造層4があたかも1つの固溶体からなるかのような物性を示してしまい、ナノメーターサイズ効果が発揮されないため、硬度が低くなる。また第1ドメイン41のサイズの平均値が10nmよりも大きい場合、ナノメーターサイズ効果は著しく低下する。第1ドメイン41のサイズの平均値は、好ましくは1〜5nmであり、さらに好ましくは2〜5nmである。
【0046】
またドメイン構造層4が上記(2)を満たさない場合、たとえば第1ドメイン41の最近接距離の平均値が12nmよりも大きい場合、ドメイン構造層4内に分散される第1ドメイン41の総数が少なかったり、第1ドメイン41間に存在する第2ドメイン42のサイズが大きすぎたりすることとなり、結果的に歪エネルギーの蓄積の程度が低下する。第1ドメイン41の最近接距離の平均値は、好ましくは1〜11nmであり、さらに好ましくは2〜11nmである。
【0047】
またドメイン構造層4が上記(3)を満たさない場合、たとえばずれが±25%を超える場合、硬度の低い第1ドメイン41が増加することになり、結果的にドメイン構造層4の硬度が低下する。これは、ナノメーターサイズ効果による硬度向上は、特定の値(組成によって異なる)の時に極大値となるためである。第1ドメイン41のうち95%以上の第1ドメイン41は、サイズの平均値に対する±15%以下の範囲内のサイズを有することが好ましい。
【0048】
またドメイン構造層4が上記(4)を満たさない場合、第1ドメイン41同士が連続する(隣接する)部分が存在し易くなる。歪エネルギーは組成の異なる化合物同士の界面で生じるため、第1ドメイン41が連続する部分においては、歪エネルギーが蓄積されない。また、第1ドメイン41が連続することによって見かけ上の第1ドメイン41がナノメーターサイズでなくなる場合には、ナノメーターサイズ効果が発揮されなくなる。第1ドメイン41うち95%以上の第1ドメイン41は、最近接距離の平均値に対する±15%以下の範囲内の最近接距離を有することが好ましい。
【0049】
上述の本実施形態のドメイン構造層4において、第1ドメイン41および第2ドメイン42は、結晶質であってもよく、非晶質であってもよい。第1ドメイン41および第2ドメイン42が非晶質同士、非晶質と結晶質、結晶質同士のいずれの場合であっても、両者の組成が異なる以上、ドメイン構造層4内でナノメーターサイズ効果が得られるためである。ただし、結晶格子のミスマッチによる歪エネルギーが蓄積されるという観点から、第1ドメイン41および第2ドメイン42は、結晶質であることが好ましい。
【0050】
第1ドメイン41および第2ドメイン42が結晶質である場合に、第1ドメイン41および第2ドメイン42の各組成の組み合わせを、常温、常圧下で立方晶NaCl型以外の結晶構造をとる元素からなる組成(組成A)、および常温、常圧化で立方晶NaCl型の結晶構造をとる元素からなる組成(組成B)とすることも好適である。
【0051】
このようなドメイン構造層4においては、組成Aのドメインがナノメーターサイズであることにより、組成Aの結晶構造が、これに接触する組成Bの結晶構造に影響されて、立方晶NaCl型の結晶構造へと変化することができる。このような結晶構造の変化に伴い、ドメイン構造層4内には大きな歪エネルギーが発生し、もってドメイン構造層4の硬度はさらに向上することとなる。また、立方晶NaCl型の結晶構造は、他の結晶構造と比して硬度が高い傾向があるため、この点でも優れている。各ドメインの結晶構造は、透過型電子顕微鏡を用いたナノビーム電子回折法によって確認することができる。
【0052】
また、本実施形態の被膜1において、ドメイン構造層4は、その組成が全体として、少なくともAlおよびTiを含む窒化物を構成することが好ましい。AlおよびTiを含む窒化物は、硬度、耐酸化性、靱性、鉄との非反応性のバランスに優れるため、該ドメイン構造層4を有する被膜1は、切削工具、耐摩工具、金型などの表面に設けられる被膜として好適である。
【0053】
AlおよびTiを含む窒化物は、Al/Ti比が大きいほど、硬度および耐酸化性に優れる傾向があるため、AlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4全体におけるAl/Ti比は大きいことが好ましい。そして、ドメイン構造層4においては、各ドメインの組成の組み合わせによって、高いAl/Ti比を実現することができる。特に、本実施形態のドメイン構造層4によれば、ドメイン構造層4全体におけるAl/Ti比を1.5超とすることも可能である。
【0054】
上記のような高いAl/Ti比は、従来のAlTiN固溶体においてはなし得ない値である。AlTiN固溶体においては、Al/Ti比が1.5を超えると、AlTiN固溶体中にAlが固溶しきれなくなり、六方晶ウルツ鉱型の結晶構造を有するAlN(w−AlN)または非晶質のAlN(a−AlN)として析出する傾向があるためである。w−AlNおよびa−AlNは、AlTiN固溶体と比して硬度が低いため、AlTiN固溶体におけるこれらの析出は、被膜の硬度の低下に繋がる。
【0055】
またAlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4においては、硬度および耐酸化性を向上させる目的で、B、Si、周期表の第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素(ただしTiを除く)が、添加元素として添加されていてもよい。これらの添加元素は、AlまたはTiと置換されていてもよく、格子間に侵入して固溶体を形成していてもよい。各添加元素の金属元素全量(Al、Tiおよび添加元素の総量)に対する原子比は、ドメイン構造層4全体において0.1以下であることが好ましく、各ドメインにおいては、0.05以下であることが好ましい。
【0056】
上述のAlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4において、たとえば、第1ドメイン41および第2ドメイン42に関し、一方はAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方はAlおよびTiを含む窒化物からなるような構成としてもよい。この場合、ドメイン構造層4全体として高いAl/Ti比を実現することができるため、高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる。また、第1ドメイン41の組成および第2ドメイン42の組成が大きく異なるため、これらの界面における歪エネルギーを高めることができ、もってドメイン構造層4の硬度が向上する。
【0057】
また、AlおよびTiを含む窒化物からなるドメインの組成が上記組成Bを満たし、Alを含み、かつTiを含まない窒化物からなるドメインの組成が上記組成Aを満たす場合には、さらに組成Aからなるドメインの結晶構造の変化に伴う歪エネルギーの蓄積も可能となる。これを満たすドメイン構造層4として、第1ドメイン41および第2ドメイン42のうち一方はAlNであり、他方はAl
xTi
1-xNである場合を挙げることができる。なおこの場合に、AlおよびTiを含む窒化物からなるドメインにおけるAl/Ti比は、1〜1.5とすることが好ましい。1よりも小さい場合、ドメイン構造層全体のAl/Ti比が小さくなる点で好ましくなく、1.5よりも大きいとドメイン内においてw−AlNまたはa−AlNの析出が引き起こされ易い点で好ましくない。
【0058】
また、AlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4において、第1ドメイン41および第2ドメイン42に関し、一方はAlを含み、かつTiを含まない窒化物からなり、他方はTiを含み、かつAlを含まない窒化物からなるような構成としてもよい。この場合にも、ドメイン構造層4は、ドメイン構造層4全体として高いAl/Ti比を実現することができるため、高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる。また、第1ドメイン41の組成および第2ドメイン42の組成が大きく異なるため、これらの界面における歪エネルギーを高めることができ、もってドメイン構造層4の硬度が向上する。
【0059】
また、Tiを含み、かつAlを含まない窒化物からなるドメインの組成が上記組成Bを満たし、Alを含み、かつTiを含まない窒化物からなるドメインの組成が上記組成Aを満たす場合には、さらに組成Aからなるドメインの結晶構造の変化に伴う歪エネルギーの蓄積も可能となる。これを満たすドメイン構造層4として、第1ドメイン41および第2ドメイン42のうち、一方はAlNであり、他方はTiNである場合を挙げることができる。
【0060】
また、AlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4において、第1ドメイン41および第2ドメイン42は少なくともAlおよびTiを含む窒化物であって、第1ドメイン41および第2ドメイン42に関し、一方のAl/Ti比が1以上であり、他方のAl/Ti比が1未満である構成としてもよい。この場合、上述の場合(一方がAlNであり、他方がTiNである場合等)と比して、両方のドメインがともにAlおよびTiを含む窒化物であるため、ドメイン構造層全体としても硬度と耐酸化性との両特性に優れる。ただし、この場合、上述の析出を防ぐ観点から、Al/Ti比は1.5以下であることが好ましい。
【0061】
なお、AlおよびTiを含む窒化物を構成するドメイン構造層4において、第1ドメイン41または第2ドメイン42に、上述の添加元素が含まれていてもよいことはいうまでもない。
【0062】
〔下地層〕
本実施形態において、下地層3は、固溶体からなる固溶体層であることが好ましい。たとえば基材2が超硬合金などの組成の異なる複数の物質からなる焼結体である場合、焼結体の表面に固溶体層が設けられることにより、より均質なドメイン構造層4が得られる。これは、焼結体の表面に直接ドメイン構造層4が設けられた場合、ドメイン構造層4の均一性が焼結体に影響されて乱れる場合があるためと考えられる。また、固溶体の組成は、ドメイン構造層4を構成する全ての元素を含む固溶体であることが好ましい。この場合、さらにドメイン構造層4と固溶体層との密着性が向上する。
【0063】
以上詳述した本実施形態においては、ドメイン構造層4が第1ドメイン41および第2ドメイン42から構成される場合について説明したが、ドメイン構造層4の構成はこれに限定されない。たとえば、組成の異なる3種のドメインから構成されてもよく、組成の異なる4種のドメインから構成されてもよい。
【0064】
また、本実施形態において、第1ドメイン41のサイズおよび第1ドメイン41の最近接距離を、ドメイン構造層4の面内方向の任意の断面を用いて決定されるものとしたが、ドメイン構造層4の厚さ方向の任意の断面においても、同様の条件を満たすことが好ましい。
【0065】
すなわち、ドメイン構造層の厚さ方向の構成を模式的に示す断面図である
図3を参照し、まず、透過型電子顕微鏡または3次元アトムプローブ法により、ドメイン構造層4の厚さ方向の任意の断面を評価し、測定された複数の第1ドメイン41に対して仮想の外接円C
2を描く。各仮想の外接円C
2の直径a
2が、ドメイン構造層4の厚さ方向において、各第1ドメイン41が有するサイズとなる。また、1つの第1ドメイン41における仮想の外接円C
2の中心点と、該1つの第1ドメイン41と隣り合う他の複数の第1ドメイン41における仮想の外接円C
2の中心点との各距離d
2を測定する。これらの距離d
2のうち最も小さい距離が、ドメイン構造層4の厚さ方向において、該1つの第1ドメイン41が有する最近接距離となる。
【0066】
そしてドメイン構造層4の厚さ方向におけるサイズおよび最近接距離に関し、上記(1)〜(4)を満たすことが好ましい。この場合、さらに上述の効果に優れることとなる。なお、ドメイン構造層4の厚さ方向におけるサイズおよび最近接距離は、上述のドメイン構造層4の面内方向におけるサイズおよび最近接距離と同じ値であってもよく、異なっていてもよい。後述する作製方法によれば、上記(1)〜(4)の各値は、厚さ方向のほうが小さく制御され易い傾向がある。
【0067】
〔第2実施形態:被膜〕
第1実施形態において、ドメイン構造層4が海島構造を有する場合について説明したが、ドメイン構造層4は上記の構成に限定されない。本実施形態では、第1ドメイン41および第2ドメイン42が同様のサイズおよび最近接距離を有する場合について説明する。本実施形態においては、第1実施形態と相違する点について説明し、同様の説明は繰り返さない。
【0068】
図4は、他の一例としてのドメイン構造層の面内方向の構成を模式的に示す断面図であり、
図5は、他の一例としてのドメイン構造層の厚さ方向の構成を模式的に示す断面図である。本実施形態においては、第1ドメイン41が上記(1)〜(4)を満たし、かつ第2ドメイン42もまた上記(1)〜(4)を満たすように構成されている。
【0069】
ただし、
図4においては、ドメイン構造層4の面内方向における第1ドメイン41の仮想の外接円C
3、該仮想の外接円C
3の直径a
3、および1つの仮想の外接円C
3の中心点と、該1つの仮想の外接円C
3と隣り合う他の複数の第1ドメイン41における仮想の外接円C
3の中心点との各距離d
3のみを示す。第2ドメイン42の仮想の外接円および各距離については省略する。また、
図5においても同様に、ドメイン構造層4の厚さ方向における第1ドメイン41の仮想の外接円C
4、該仮想の外接円C
4の直径a
4、および各距離d
4のみを示す。
【0070】
このようなドメイン構造層4によれば、第1ドメイン41および第2ドメイン42がともにナノメーターサイズで構成され、かつ均一に分散されていることとなるため、より大きなナノメーターサイズ効果が得られる。また、ドメイン構造層4内における界面(異なる化合物同士の接面)も増加するため、ドメイン構造層4内の歪エネルギーも大きくなる。したがって、本実施形態のドメイン構造層4を含む被膜1は、より高い硬度を有することができ、もってより高い耐摩耗性を有することができる。
【0071】
〔第3実施形態:被膜の製造方法〕
第1実施形態および第2実施形態に係るドメイン構造層4は、第1ドメイン41および第2ドメイン42の原料となるターゲット(蒸発源)に対し、パルス電力を供給できる蒸着法を用いることによって作製することができる。特にPVD法を用いて製造された膜は、CVD法を用いて製造された膜よりも、緻密で高硬度であり、耐摩耗性および密着性に優れることから、PVD法を用いることが好ましい。
【0072】
このようなPVD法としては、HiPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)法、パルスマグネトロンスパッタ法、パルスレーザーアブレーション法、パルス真空陰極アーク法などが挙げられる。中でも、HiPIMS法は、1つのパルスで供給できるイオンおよび原子の供給量の制御が容易であり、緻密で平滑な表面を有する被膜を作製できることから、ドメイン構造層4の作製に好適である。そこで、ドメイン構造層4の製造方法の一例として、
図6を用いながらHiPIMS法を用いたドメイン構造層4の製造方法について説明する。
【0073】
図6は、ドメイン構造層の作製に用いられる装置の構成を示す概略図である。この装置10は、HiPIMS法を実施可能なHiPIMS装置である。
図6を参照し、装置10はガス導入口11が設けられた真空チャンバ12を有し、真空チャンバ12内には、基材2を固定して図中矢印方向に回転可能な基材ホルダー13と、基材ホルダー13および基材ホルダー13に固定された基材2を加熱可能なヒータ14が配置されている。
【0074】
基材ホルダー13には基板バイアス電圧を印加するための基板バイアス電源(不図示)が接続されている。基板バイアス電源としては、DC(直流)、パルスDC、HiPIMS、RF(高周波)等が使用できる。切削工具用、特にフライス工具など断続切削に使用される工具では、基材2に負のバイアス電圧を印加してイオン衝撃を強めることにより、ドメイン構造層4内に圧縮残留応力を導入することが好ましい。圧縮残留応力の導入されたドメイン構造層4を含む被膜で基材を被覆することにより、基材の欠損、たとえば刃先の欠損を抑制することができるためである。
【0075】
ここで「圧縮残留応力」とは、ドメイン構造層4に存在する内部応力(歪エネルギー)の一種であって、「−」(マイナス)の数値で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、上記数値の絶対値が大きくなることを意味し、また圧縮残留応力が小さいという概念は、上記数値の絶対値が小さくなることを意味する。
【0076】
上記によりドメイン構造層4に蓄積される圧縮残留応力は、−0.2〜−4.0GPaであることが好ましい。圧縮残留応力の値がこの範囲よりも小さいと、刃先の靱性が足りず欠損しやすくなり、この範囲を超えると圧縮残留応力が高すぎて刃先で被膜が微小剥離を起こす傾向がある。より好ましい圧縮残留応力の値は、−0.5〜−2.0GPaである。圧縮残留応力は、X線応力測定装置を用いたsin
2ψ法、ラマン分光法を用いた方法、または放射光を用いた方法により測定することができる。
【0077】
基板バイアス電圧は、ドメイン構造層4の圧縮残留応力、硬度、ドメイン構造層4の緻密性に影響するものであり、その値は−20〜−150Vが望ましい。この範囲よりも小さいと、ドメイン構造層4の緻密性の低下によって耐摩耗性が低下しやすくなり、この範囲よりも大きいと、圧縮残留応力が高くなりすぎることによって基材からの被膜の剥離、たとえば刃先での被膜の剥離が生じやすくなる。より好ましい基板バイアス電圧の範囲は、−30〜−100Vである。
【0078】
また、真空チャンバ12内には、基材2に向けてイオンまたは原子を供給するための蒸発源15a,15bが配置されている。蒸発源15a,15bは、それぞれ第1ドメイン41および第2ドメイン42の原料となる元素からなる。通常、各ドメインを構成する元素のうちの金属元素は、蒸発源15a,15bから供給され、各ドメインを構成する元素のうちの非金属元素は、ガス導入口11から導入される。蒸発源15a,15bは、それぞれからスパッタによって飛び出したイオンまたは原子が、基材ホルダー13上の同じ位置に到達するように配置されていることが重要である。
【0079】
蒸発源15a,15bにはそれぞれ電源16a,16bが電気的に接続されており、電源16a,16bのそれぞれには、電源16a,16bが交互にパルス状の電力を供給可能となるための同期装置17が電気的に接続されている。これにより、電源16aが電力を供給している間は、蒸発源15aに対してパルス状の電力が供給され、蒸発源15bに対して電力は供給されず、電源16bが電力を供給している間は、蒸発源15bに対してパルス状の電力が供給され、蒸発源15aに対して電力は供給されない状態とすることができる。
【0080】
同期装置17の制御の下、電源16a,16bに交互に供給されるパルス状の電力により、蒸発源15a,15bに対し、1以上のパルスを含むパルス列で構成されるパルス電流が供給される。これによって、蒸発源15a,15bからイオンまたは原子が間欠的にかつ交互に飛び出し、飛び出したイオンまたは原子が基材ホルダー13の同じ位置に到達することになる。
【0081】
たとえば、上記のHiPIMS装置10を用いて、AlNからなる第1ドメイン41と、TiNからなる第2ドメイン42から構成されるドメイン構造層4を作製する場合、HiPIMS装置10を次のように動作させる。
【0082】
まず、蒸発源15a,15bに、AlからなるターゲットおよびTiからなるターゲットをそれぞれ取り付け、基材ホルダー13に基材2を固定させる。次に、真空チャンバ12内を真空引きさせながら、ヒータ14により基材2を加熱させる。そして、ガス導入口11からアルゴンガス等の不活性ガスと、反応ガスとしての窒素ガスとを導入させながら、電源16a,16bから交互に電力を供給する。これにより、蒸発源15a,15bに対してパルス列で構成されるパルス電力が供給され、蒸発源15a,15bからイオンまたは原子が交互に飛び出すこととなる。蒸発源15a,15bから飛び出したイオンまたは原子は、基材2上に交互に堆積されていくこととなる。
【0083】
上記のHiPIMS法において、好適な各種条件は、各ドメインを構成する材料が、熱平衡状態にて互いに固溶する系であるか非固溶体の系であるか、一方のドメインを構成する材料上に、他の1つのドメインを構成する材料が2次元成長するか、または3次元成長するか等、ドメインを構成する材料の組み合わせによって異なる。ただし、少なくとも以下の条件を満たすことが好ましい。
【0084】
第1に、ドメイン構造層4の作製時において、基材2の温度T
s(K)は、ドメイン構造層4を構成するドメイン(本実施形態では第1ドメイン41および第2ドメイン42)のうち、最も融点の低い組成からなるドメインの融点T
m(K)に対し、0.1≦T
s/T
m≦0.5であることが好ましい。T
s/T
mの値がこの範囲よりも小さいと、基材2に飛来した被膜を形成する粒子種の基材2上での表面拡散が不十分になり、結果的に、1つの固溶体からなる層になり易い傾向がある。またT
s/T
mの値がこの範囲より大きいと、基材2に飛来した被膜を形成する粒子種の基材2上での表面拡散が活発になり過ぎるために、ナノメーターサイズのドメインの作製が困難となる、または、熱平衡状態に近い条件になるために、1つの固溶体からなる層になり易い傾向がある。また、第1ドメイン41内または第2ドメイン42内で相分離が発生する、またはドメイン構造層自体が相分離したランダムな構造となり、結果的に、目的とする組成のドメイン構造層4を得られない場合がある。
【0085】
第2に、蒸発源15a,15bに関し、1つのパルス列で基材2に対して供給されるイオンまたは原子の数は、0.1〜15原子層分に相当することが好ましい。イオンまたは原子の数がこの範囲より少ないと、各蒸発源により構成されるドメインが小さくなりすぎて、ドメイン構造層4の全体としての特性が、あたかも1つの固溶体からなる層のような特性に近づくため好ましくない。一方、イオンまたは原子の数がこの範囲より大きいと、ドメインが大きくなりすぎて、ナノメーターサイズ効果を発揮し難くなる。蒸発源15a,15bに関し、1つのパルス列で基材2に対して供給されるイオンまたは原子の数は、0.1〜10原子層分に相当することがより好ましい。
【0086】
ここで、「1つのパルス列」とは、1つの蒸発源に対して間欠的に供給される各電力を意味する。すなわち、「1つのパルス列」とは、各蒸発源に対して間欠的に供給されるパルス状の電力において「1回分の電力を構成するパルス列」を意味する。この1つのパルス列は、1以上のパルスから構成されることになる。そして、1つのパルス列で供給されるイオンまたは原子の数が0.1〜15原子層分に相当するとは、1つのパルス列(1回分の電力)によって蒸発源から飛び出したイオンまたは原子と、反応ガスとが反応することによって、基材上に形成された化合物膜が、二次元成長して完全に基材を覆うと仮定した場合の厚さが、0.1〜15原子層分であることを意味する。
【0087】
たとえば、Alからなる蒸発源およびTiからなる蒸発源の各々に対し、5パルスからなるパルス列を間欠的に供給して、AlNからなる第1ドメイン41とTiNからなる第2ドメイン42とから構成されるドメイン構造層4を作製する場合、第1ドメイン41の原料に関する上記値は次のようにして算出することができる。
【0088】
まずAlからなる蒸発源と基材とを真空チャンバ12内にセットし、真空チャンバ12内に反応ガスとしての窒素ガスを導入しながら、蒸発源に対して連続する100本のパルスからなる電力を連続的に供給する。次に、作製されたAlNからなる被膜(AlN被膜)の厚さを測定する。たとえば作製されたAlN被膜の厚さが100Åの場合、1パルスあたり1Å(約0.5原子層)の厚さのAlN被膜が作製されたことになり、1パルス列あたり5Å(約2.5原子層)の厚さのAlN被膜が作製されたことになる。したがって、この場合、第1ドメイン41の原料に関し、1つのパルス列で基材2に対して供給されるイオンまたは原子の数は、約2.5原子層分に相当することになる。TiNからなる第2ドメイン42における上記値についても同様の方法により換算することができる。
【0089】
特に、1つのパルス列で供給されるイオンまたは原子の数(原子層分)を制御することにより、第1ドメイン41および第2ドメイン42の各大きさを制御することができる。たとえば、第1ドメイン41の原料が蒸発源15aであり、第2ドメイン42の原料が蒸発源15bの場合に、1つのパルス列によって蒸発源15aから供給されるイオンまたは原子の数(原子層)を、1つのパルス列によって蒸発源15bから供給されるイオンまたは原子の数(原子層)よりも小さくすることにより、
図2および
図3に示すようなドメイン構造層4を作製することができる。また、1つのパルス列によって蒸発源15aから供給されるイオンまたは原子の数(原子層)と、1つのパルス列によって蒸発源15bから供給されるイオンまたは原子の数(原子層)とをほぼ同等とすることにより、
図4および
図5に示すようなドメイン構造層4を作製することができる。
【0090】
また、上記HiPIMS法において、他の条件は特に限定されないが、たとえば、以下の成膜条件を満たすことが好ましい。
パルス幅(パルス列内における1つのパルスのパルス時間):0.01〜5ms
周波数 :0.01〜2kHz
バイアス電圧 :−20〜−150V
チャンバ内圧力 :0.1〜1Pa。
【0091】
本実施形態に係る被膜の製造方法によれば、上記(1)〜(4)を満たすドメイン構造層4を作製することができ、もってドメイン構造層4を含む被膜1を製造することができる。
【0092】
なお上記においては、第1ドメイン41および第2ドメイン42の2種のドメインから構成されるドメイン構造層4を作製する場合について説明したが、たとえばドメイン構造層4が3種のドメインからなる場合、3つの蒸発源を用いればよい。ただし、いずれの蒸発源に対してもパルス列が交互に供給され、かつ基材ホルダー13上の同じ範囲にイオンまたは原子を供給できるように設置されている必要がある。
【0093】
また、2種のドメインから構成されるドメイン構造層を作製する場合には、少なくとも、2つの蒸発源と、各蒸発源に電気的に接続される2つのパルス電源と、2つのパルス電源に電気的に接続される1つの同期装置が必要となる。3種のドメインから構成されるドメイン構造層を作製する場合には、少なくとも、3つの蒸発源と、各蒸発源に電気的に接続される3つのパルス電源と、3つのパルス電源に電気的に接続される1つの同期装置が必要となる。なお、成膜時間を短縮する目的で、各ドメインを構成するための蒸発源を2つ以上ずつ配置してもよい。
【0094】
また上記HiPIMS法においてドメイン構造層4を基材2上に作製する前に、基材2上に下地層3を設け、その後ドメイン構造層4を作製してもよい。たとえば基材2が超硬合金からなる場合、超硬合金の表面に、下地層3として固溶体からなる固溶体層を作製することが好ましい。ドメイン構造層4は、組成の異なる複数の物質からなる焼結体である超硬合金の表面よりも、単一の組成からなる固溶体層の表面のほうが所望の構成に均一に作製され易いためである。
【0095】
上記固溶体層の組成は特に限定されないが、ドメイン構造層4の構成に用いられる蒸発源15a,15bの元素および反応ガスを構成する元素からなる固溶体であることが好ましい。具体的には、第1ドメイン41がAlNからなり、第2ドメイン42がTiNからなる場合には、AlTiNからなる固溶体層であることが好ましい。このような固溶体層は、電源16a,16bに対して同時にパルス電力を供給して、蒸発源15a,15bに対し同時にパルス列を供給することによって作製することができる。この場合、固溶体層とドメイン構造層4とは高い密着性を発揮することができ、また、固溶体層を作製するための蒸発源を別途設ける必要がない。さらに、AlからなるターゲットおよびTiからなるターゲットは、比較的安価であるため、ドメイン構造層4を安価に製造することができる。
【0096】
以上詳述した第1実施形態および第2実施形態に係る被膜、および第3実施形態に係る製造方法により製造される被膜は、基材の表面に設けられることにより、基材に対し、ドメイン構造層に由来する種々の物性を付与することができる。たとえば、上述のように硬度および耐摩耗性に優れたドメイン構造層を有する被膜の場合、工具または金型に好適に利用することができる。なかでも、さらに耐酸化性に優れたドメイン構造層を有する被膜であれば、特に厳しい環境下にさらされる工具への適用も有用である。
【実施例】
【0097】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の実施例では、基材の表面に下地層およびドメイン構造層(以下、本実施形態のドメイン構造層と、比較例の構造層との両者を含む意味で、単に「構造層」と記す場合もある)を作製し、ドメイン構造層の構造の確認、および物性の確認を行った。
【0098】
<検討1>
検討1の実施例においては、
図2および
図3に示すようなドメイン構造層が作製された。
【0099】
〔実施例1〜15〕
(基材およびターゲットの準備)
まず、被膜の構造および硬度を確認することを目的として、被覆面を鏡面研磨したテストピース(材質名:G10E、住友電気工業株式会社)を準備した(基材X)。また、被膜の耐摩耗性を確認することを目的として、フライス用インサート(型番:SEET13T3AGSN−G、住友電気工業株式会社製)を準備した(基材Y)。基材Xおよび基材Yは、それぞれアルカリ洗浄液により洗浄した。
【0100】
準備した基材XをHiPIMS装置10の基材ホルダー13にセットし、さらに蒸発源15aとしてターゲットAを、蒸発源15bとしてターゲットBをセットした。各ターゲットの直径は4インチとした。実施例1〜15におけるターゲットAおよびターゲットBの組成は、表1に示すとおりである。
【0101】
(1パルス列あたりのイオンまたは原子の数の決定)
そして、各ターゲットに関する1パルス列あたりのイオンまたは原子の数(原子層)を決定すべく、各ターゲットに対して次の試験を行った。まず、基材Xを450℃に加熱しながら、真空チャンバ12内における圧力を0.005Paにまで低下させた。次に、Arガスを導入して真空チャンバ12内の圧力を0.8Paに保持し、基板バイアス電圧−600VでArイオン源を使った基材Xのクリーニングを30分間行った。
【0102】
次に真空チャンバ12内からArガスを排気し、その後、真空チャンバ12内の分圧がAr:N
2=0.4Pa:0.2Paとなるように各ガスを導入した。そして、以下の成膜条件下で、ターゲットAの元素とNとからなる被膜を作製し、基材Xに対して供給される1パルスあたりのイオンまたは原子の数(原子層)を換算した。この結果をもとに、ターゲットAに関し、1パルス列あたりのイオンまたは原子の数が表1に示す値となるように、1パルス列あたりに含まれるパルスの数を調整した。
【0103】
パルス幅 :0.1ms
パルス電力 :60kW
周波数 :1kHz
バイアス電圧 :−60V(DC電源)。
【0104】
真空チャンバ12内を開放して基材Xを新たな基材Xに取り換え、上記と同様の操作により、ターゲットBにおける1パルス列あたりのイオンまたは原子の数(原子層)を換算し、この結果をもとに、ターゲットBに関し、1パルス列あたりのイオンまたは原子の数が表1に示す値となるように、1パルス列あたりに含まれるパルスの数を調整した。
【0105】
(被膜の作製)
次に、再度、真空チャンバ12内を開放して基材Xを新たな基材Xに取り換え、基材を450℃に加熱しながら、真空チャンバ12内における圧力を0.005Paにまで低下させた。次に、Arガスを導入して真空チャンバ12内の圧力を0.8Paに保持し、基板バイアス電圧−600VでArイオン源を使った基材Xのクリーニングを30分間行った。
【0106】
次に、真空チャンバ12内からArガスを排気し、その後、真空チャンバ12内の分圧がAr:N
2=0.4Pa:0.2Paとなるように各ガスを導入した。そして、以下の成膜条件下で、ターゲットAおよびターゲットBに同時に電力を供給し(すなわち、ターゲットAおよびターゲットBの両者に連続的に電力を供給し)、下地層としての固溶体層(厚さ:0.1μm)を基材Xの表面に形成した。この固溶体層は、ターゲットA、ターゲットBおよびNの元素からなる固溶体である。
【0107】
ターゲットAのパルス幅 :0.1ms
ターゲットBのパルス幅 :0.1ms
パルス電力(ターゲットAおよびB):60kW
周波数 :1kHz
バイアス電圧 :−60V(DC電源)。
【0108】
固溶体層を形成後、引き続き、以下の成膜条件下でターゲットBおよびターゲットAに交互に電力を供給し(すなわち、ターゲットBをスタートとして、ターゲットAおよびターゲットBのそれぞれに間欠的に電力を供給し)、固溶体層の表面にドメイン構造層(厚さ:3μm)を形成した。なお基材温度は450℃に維持した。このドメイン構造層は、ターゲットAの元素とNとからなる第2ドメインと、ターゲットBの元素とNとからなる第1ドメインと、から構成されていた。各被膜の特徴を表1および表2に示す。
【0109】
ターゲットAのパルス幅 :0.1ms
ターゲットBのパルス幅 :0.1ms
パルス電力(ターゲットAおよびB):60kW
周波数 :1kHz
バイアス電圧 :−60V(DC電源)。
【0110】
【表1】
【0111】
【表2】
【0112】
表1において、ターゲットAおよびターゲットBの各組成、1パルス列あたりのイオンまたは原子の数(原子層)の他、構造層全体の組成および構造層全体におけるAl/Ti比を示す。構造層全体の組成およびAl/Ti比は、X線光電子分光分析装置により測定した。実施例1〜15における構造層は、上述のドメイン構造層である。
【0113】
また表2において、第1ドメインおよび第2ドメインの組成および結晶構造を示す。結晶構造の欄における「c−NaCl」は、立方晶NaCl型の結晶構造であることを意味し、「h−ウルツ鉱」は六方晶ウルツ鉱型の結晶構造であることを意味する。
【0114】
構造層が組成の異なる第1ドメインおよび第2ドメインから構成されていることは、3次元アトムプローブ法により確認することができた。また構造層が組成の異なる第1ドメインと第2ドメインからなることは、次のようにしても確認することができた。まず、ドメイン構造層の面内方向の断面を有するサンプルおよび厚さ方向の断面を有するサンプルを準備した。次に、機械加工とイオンミリングとを使用して、各サンプルの測定部の厚さ(各断面の法線方向と一致する方向の厚さ)を5〜20nmとし、これを測定用サンプルとした。次に、透過型電子顕微鏡を用いて各測定用サンプルのHAADF−STEM(High-angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy)像を撮像した。このHAADF−STEM像において、第1ドメインと第2ドメインの組成の違いをコントラストの違いとして確認することができた。
【0115】
各ドメインの結晶構造は、透過型電子顕微鏡を用いたナノビーム電子回折法により確認された。また第1ドメインおよび第2ドメインのいずれもが立方晶NaCl型の結晶構造であるものについては、高分解能の透過型電子顕微鏡を用いて上記測定用サンプルの格子像を観察することによっても確認することができた。第1ドメインが立方晶NaCl型結晶構造であり、第2ドメインが六方晶ウルツ鉱型の結晶構造であるものについては、電子線回折において立方晶NaCl型結晶構造と六方晶ウルツ鉱型の結晶構造との両方の回折パターンが重なって見られた。このため、これについては、立方晶NaCl型結晶構造の回折点、および六方晶ウルツ鉱型の結晶構造の回折点のそれぞれについて暗視野像を撮り、該暗視野像とHAADF−STEM像とを比較することによっても確認することができた。
【0116】
第1ドメインおよび第2ドメインの組成については、上記測定用サンプルを透過型電子顕微鏡のエネルギー分散型X線分光装置を用いてライン分析を行うことにより評価した。
【0117】
また表2において、第1ドメインの面内方向におけるサイズの平均値および該平均値に対するずれ(ばらつき)、第1ドメインの面内方向における最近接距離および該平均値に対するずれ(ばらつき)、ならびに厚さ方向におけるサイズの平均値および該平均値に対するずれ(ばらつき)を示す。たとえば実施例1において面内方向サイズのばらつきは「±24」と表記されるが、これは、面内方向の任意の断面において観察される第1ドメイン100個のうち、95個以上の数の第1ドメインが、面内方向における第1ドメインのサイズの平均値(100個分)から±24%の範囲内のサイズを有することを意味する。各サイズおよび各ばらつきは、透過型電子顕微鏡を用いて算出した。
【0118】
上記の第1ドメインの面内方向におけるサイズの平均値および該平均値に対するばらつきは、以下のようにして評価した。すなわちまず、上記のようにして面内方向の断面厚みを10nm以下に加工した測定用サンプルについて、透過型電子顕微鏡を用いてHAADF−STEM像を撮影した。撮影視野は、第1ドメインのサイズによって、20nm×20nm〜50nm×50nmとした。明るさおよびコントラストは、第1ドメインと第2ドメインとのコントラストが明瞭になるように調整した。次に、HAADF−STEM像に対し、画像解析ソフト(「ImageJ])を使って第1ドメインのサイズおよび数を測定させ、これらに基づいたヒストグラムを作成させた。なお、第1ドメインと第2ドメインとの境界を目視で判断することにより、各第1ドメインにおける仮想の外接円を決定した。
【0119】
ここで、上記ヒストグラムには複数のピークが存在する場合があった。これは、HAADF−STEM像が透過像であり、測定用サンプルの厚さ方向の異なる位置にある2以上の第1ドメインが重なって観察されたためである。厚さ方向において異なる面内にある2以上の第1ドメインが重なって観察されるドメインは、単独の第1ドメインのサイズよりも大きいサイズを有するように観察されるために、結果的に、ヒストグラムに複数の山が存在することとなった。
【0120】
このため、複数の山が存在するヒストグラムにおいては、単独の第1ドメインのサイズのみを抽出するために、最小サイズを示す山から、第1ドメインの平均値とばらつきとを求めた。ヒストグラムにおいて、最小のサイズを示す山と2番目の山とが重なっている場合には、2つの山の間の谷におけるサイズよりも大きなサイズの山は除外して、上記平均値とばらつきとを求めた。
【0121】
また同様の理由により、第1ドメインの面内方向における最近接距離および該平均値に対するばらつきを求める際にも、単独の第1ドメインとして抽出された第1ドメインのみを用いて評価した。また厚さ方向におけるサイズの平均値および該平均値に対するばらつきに関し、厚さ方向の断面を含む測定用サンプルのHAADF−STEM像から第1ドメインの厚さ方向の高さを求めて計算した。
【0122】
ここで、評価用サンプルの加工時に、第1ドメインの一部が薄く削られている場合がある。この場合、HAADF−STEM像で観察される第1ドメインのサイズが、実際よりも小さくなり得る。このことを踏まえ、測定用サンプルのHAADF−STEM像から第1ドメインの平均値および該平均値に対するばらつき、第1ドメインの最近接距離および該平均値に対するばらつきを評価する際は、次のようにして評価した。
【0123】
すなわち、まず、HAADF−STEM像において、明るく観察されるドメインのバックグラウンドを0%、暗く観察されるドメインのコントラストを100%とする。そして、この条件下で、第1ドメインが明るく観察される実施例1〜5、7〜11、14、15では、50%よりも大きいコントラストを有する第1ドメインを無視して、第1ドメインが暗く観察される実施例6、12、13では、50%より小さいコントラストを有する第1ドメインは無視して、評価した。
【0124】
〔比較例1〜3〕
比較例1、2に関しては、1パルス列あたりのイオンまたは原子の数を、表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様の方法により、被膜を作製した。比較例3に関しては、ターゲットAとターゲットBに対し同時に電力を供給した以外は、実施例3と同様の方法により、被膜を作製した。比較例1〜3における各種特徴についても表1および表2に示す。
【0125】
〔被膜の硬度〕
得られた各被膜に対し、ナノインデンター(「ENT−1100a」、エリオニクス社製)を用いて、被膜の表面の法線方向から、構造層に対して1gの荷重で圧子を押し込むことにより、構造層の押し込み硬度を測定した。その結果を実施例1〜15および比較例1〜3の各被膜の硬度として、表3に示す。
【0126】
〔被膜の耐摩耗性〕
上記と同様の方法により、基材Yの表面に実施例1〜15および比較例1〜3に係る被膜を作製した。これにより、フライス用インサートの表面に被膜が形成されたチップが作製された。得られた各チップを用いて、以下の条件下でフライス切削試験を行い、チップの逃げ面の摩耗幅を測定した。その結果を表3に示す。
【0127】
被削材 :SCM435(幅85mm×長さ300mm)
切削速度 :230m/min
送り :0.3mm/回転
切込み :2.0mm
切削油 :なし(ドライ切削)
切削距離 :3600mm
切削パス :12
カッター :WGC4100R(住友電工ハードメタル(株)製)
上記カッターへのチップの取り付けは1枚とした。
【0128】
【表3】
【0129】
表3において、「硬度」の欄には構造層の押し込み硬度を、「摩耗幅」の欄には、フライス切削試験前後におけるチップの被膜(逃げ面)の摩耗幅を示す。硬度に関し、その値が大きいほど、被膜の硬度が高いことを意味し、摩耗幅に関し、その幅が小さいほど被膜の摩耗量が小さく、耐摩耗性が高いことを意味する。
【0130】
〔考察〕
表1〜表3を参照し、実施例1〜15における構造層は、上記(1)〜(4)の全てを満たす第1ドメインを有していた。すなわち実施例1〜15における構造層は、ドメイン構造層であった。これらのドメイン構造層を有する被膜は、5500mgf/μm
2以上の非常に高い硬度を有していた。また、いずれの被膜においても、摩耗幅は0.1mm以下であり、高い耐摩耗性を有していた。
【0131】
これに対し、比較例1、2における構造層は、上記(1)〜(4)の全てを満たす第1ドメインを有していなかった。これらの構造層を有する被膜は、実施例1〜15における被膜と比して、硬度が低く、また耐摩耗性も低かった。
【0132】
これに関し、比較例1においては、第1ドメインのサイズが上記(1)よりも小さいため、構造層が全体として固溶体のような物性を有することとなり、結果的に硬度が従来のAlTiN固溶体と同等程度であったと考えられた。また比較例2においては、第1ドメインのサイズが上記(1)よりも大きいため、ナノメーターサイズ効果および歪エネルギーの蓄積が得られない、または不十分であったと考えられた。また、比較例2の特性の低さには、第2ドメインが六方晶ウルツ鉱型の結晶構造を有することも関係していると考えられた。
【0133】
また比較例3は、ターゲットAおよびBに対し交互にパルス電流を供給せず、同時にパルス電流を供給したため、第1ドメインおよび第2ドメインを有する構造を有さず、立方晶NaCl型のAl
0.6Ti
0.4N固溶体からなる被膜が形成された。この特性は、比較例1の被膜と同等であった。
【0134】
<検討2>
検討2の実施例においては、
図4および
図5に示すようなドメイン構造層が作製された。
【0135】
〔実施例16〜29および比較例4,5〕
ターゲットAおよびターゲットBを表4に示す元素で構成されるものとし、かつ1パルス列あたりのイオンまたは原子の数(原子層)を表4に示すように調整して、検討1の実施例と同様の方法により、実施例16〜29および比較例4、5において、基材Xおよび基材Yの表面に被膜を作製した。ターゲットAおよびターゲットBに関する1パルス列あたりのイオンまたは原子の数は、成膜条件において、1パルス列あたりに含まれるパルスの数を制御することによって制御した。各被膜の特徴を表4および表5に示し、各被膜の物性を表6に示す。各特徴の測定方法等は検討1と同様である。
【0136】
【表4】
【0137】
【表5】
【0138】
【表6】
【0139】
〔考察〕
表4〜6を参照し、実施例16〜29における構造層は、上記(1)〜(4)の全てを満たす第1ドメインを有していた。すなわち実施例16〜29における構造層は、上述のドメイン構造層であった。さらに実施例16〜29における構造層において、第1ドメインおよび第2ドメインのサイズは同等であった。これは、第1ドメインを作製するために供給されるターゲットBに関する1パルス列あたりのイオンまたは原子の数と、第2ドメインを作成するために供給されるターゲットAに関する1パルス列あたりのイオン又は原子の数とが近似していたためである。また、透過型電子顕微鏡により、実施例16〜29における構造層が、
図4および
図5に示すように、第1ドメインおよび第2ドメインが交互に積層された構造を有していることが確認された。
【0140】
表6を参照し、実施例16〜29における被膜は、5500mgf/μm
2以上の非常に高い硬度を有していた。また、いずれの被膜においても、摩耗幅は0.1mm以下であり、高い耐摩耗性を有していた。
【0141】
これに対し、比較例4および5における構造層は、上記(1)〜(4)の全てを満たす第1ドメインを有していなかった。これらの構造層を有する被膜は、実施例16〜29における被膜と比して、硬度が低く、また耐摩耗性も低かった。
【0142】
これに関し、比較例4においては、第1ドメインのサイズが上記(1)よりも小さいため、構造層が全体として固溶体のような物性を有することとなり、結果的に硬度が従来のAlTiN固溶体と同等程度であったと考えられた。また比較例5においては、第1ドメインのサイズが上記(1)よりも大きいため、ナノメーターサイズ効果および歪エネルギーの蓄積が得られない、または不十分であったと考えられた。また、比較例5の特性の低さには、第2ドメインが六方晶ウルツ鉱型の結晶構造を有することも関係していると考えられた。
【0143】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。