(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1皮膜のビッカース硬さHVは500以上2800以下であり、前記第2皮膜のビッカース硬さHVは20以上300以下である、請求項1に記載の内燃機関用ピストンリング。
前記第1皮膜の厚さは0.1μm以上であり、前記第2皮膜の厚さは1μm以上であり、前記第1皮膜および前記第2皮膜の厚さの合計が20μm以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
前記第2皮膜が硬質粒子を含む樹脂からなり、前記硬質粒子の材料は、アルミナ、ジルコニア、セリア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、立方晶窒化ホウ素、ダイヤモンドより選ばれる少なくとも一種からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のピストンリング。
前記セラミックスの材料は、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムより選ばれる少なくとも一種であり、前記樹脂の材料は、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンスルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリエステル、芳香族ポリアミド、ポリベンゾイミダゾール、ポリベンゾオキサゾール、芳香族ポリシアヌレート、芳香族ポリチオシアヌレート、芳香族ポリグアナミンより選ばれる少なくとも一種、および前記金属の材料は、インジウム、鉛、錫、銅、銀、金より選ばれる少なくとも一種からなることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載のピストンリング。
【背景技術】
【0002】
内燃機関において使用されるトップリング、セカンドリング、オイルリングの3つのピストンリングは、ピストンの表面に設けられたピストンリング溝にそれぞれ係合するように配置され、燃焼室から燃焼ガスが外部に漏洩するのを防止するガスシール機能、ピストンの熱を冷却されたシリンダ壁に伝達してピストンを冷却する熱伝導機能、および潤滑油としてのエンジンオイルをシリンダ壁に適量与えて余分なオイルを掻き出す機能を有している。
【0003】
これら3つのピストンリングは、内燃機関の動作時、燃焼室における燃料の爆発によりピストンが往復運動する際に、ピストンのピストンリング溝内において、溝内面との間で衝突を繰り返している。また、ピストンリングは、ピストンリング溝内において、その周方向に摺動自在であるため、ピストンリング溝内を摺動する。ところで、ピストンリング溝の表面には、溝形成のための旋盤加工により、1μm程度の高さを有する突起が形成されており、上記したピストンリングとの衝突と摺動により突起が摩耗して、ピストンリング溝の表面にアルミニウム面が露出するようになる。
この露出したアルミニウム面は、衝突によりピストンリング側面と接触し、さらに摺動を繰り返すと、アルミニウム合金がピストンリング側面に凝着する現象である、アルミニウム凝着が発生する。これは特に、燃焼室に最も近くに位置し、高温条件下に置かれるトップリングにおいて顕著である。
【0004】
このアルミニウム凝着がさらに進行すると、ピストン溝の摩耗が急速に進行し、ピストンリングがリング溝に固着し、ピストンリングのガスシール機能が低下して、高圧の燃焼ガスが燃焼室からクランク室へ流出する、いわゆるブローバイと呼ばれる現象が生じ、エンジン出力の低下を招く問題がある。
【0005】
こうした状況を受けて、これまで、ピストンリングのアルミニウム凝着を防止する様々な技術が提案されてきた。例えば、特許文献1には、ピストンリング溝と衝突および摺動するピストンリングの側面に、カーボンブラック粒子を含有する樹脂系皮膜を設けることにより、なじみ性を向上させてアルミニウム凝着を防止する技術について記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、ニッケル系粉末、鉛系粉末、亜鉛系粉末、スズ系粉末、ケイ素系粉末よりなる群から選択される一または二以上の粉末を表面皮膜全体に対して10〜80質量%含有する耐熱樹脂を、ピストンリングの上下側面の少なくとも一方に設けることにより、ピストンリングへのアルミニウム凝着を効果的に防止する技術について記載されている。
【0007】
しかし、特許文献1および2に記載された皮膜の場合、エンジン内の温度が上昇すると、耐アルミニウム凝着性が低下する問題があった。そこで、特許文献3には、硬質粒子を含有する、固体潤滑機能を有するポリイミド皮膜を、ピストンリングの上下側面の少なくとも一方に設けることにより、230℃を超える高温条件下においても、長期に亘って高い耐アルミニウム凝着性を維持する技術について記載されている。
【0008】
さらに、特許文献4には、樹脂系皮膜に代えて、少なくともシリコンを含有する第1ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond Like Carbon、DLC)皮膜と、該第1DLC皮膜の下に形成された少なくともWまたはW、Niを含有する第2DLC皮膜を、ピストンリングの上下側面に設けることにより、耐アルミニウム凝着性、耐スカッフ性および耐摩耗性に優れたピストンリングを提供する技術について記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、近年、車のダウンサイジングが進んでおり、燃費を向上させるために排気量が小さくなり、その結果、エンジン内の温度および圧力が益々上昇している。しかしながら、特許文献3のような、樹脂系皮膜では、260℃を超える高温条件下、エンジン内の圧力が10MPaを超えるような高負荷条件下では、長期に亘って耐アルミニウム凝着性を維持するのは困難である。
また、特許文献4に記載されたDLC皮膜は、260℃を超える高温条件下ではダイヤモンドがグラファイト化してしまい、DLC皮膜本来の特性を発揮して耐アルミニウム凝着性を維持することは困難である。
【0011】
また、こうした耐アルミニウム凝着皮膜の高温かつ高負荷条件下におけるアルミニウム凝着の長期的な防止に加えて、相手材であるピストン材への攻撃を低減してピストン材の摩耗量を抑制することも重要である。
【0012】
そこで、本発明の目的は、高温かつ高負荷条件下においても長期に亘ってアルミニウム凝着を防止でき、かつピストン材の摩耗量を抑制できる内燃機関用ピストンリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、上記課題を解決する方途について鋭意検討した。その結果、耐アルミニウム凝着皮膜を、ピストンリング用母材の上に形成された、セラミックスからなる第1皮膜と、該第1皮膜の上に形成された、樹脂または金属からなる第2皮膜とを有する2層構造とすることが有効であることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
(1)ピストンリング用母材の上下側面の少なくとも一方に耐アルミニウム凝着皮膜が被覆された、内燃機関用のピストンリングであって、前記耐アルミニウム凝着皮膜は、前記ピストンリング用母材の上に形成された、セラミックスからなる第1皮膜と、該第1皮膜の上に形成された、樹脂または金属からなる第2皮膜とを有し、前記第1皮膜のビッカース硬さHVと前記第1皮膜の表面の算術平均粗さRa(μm)とが以下の式(A)を満たすことを特徴とする内燃機関用ピストンリング。
記
Ra<−8.7×10
-5HV+0.39 (A)
【0015】
(2)前記第1皮膜のビッカース硬さHVは500以上2800以下であり、前記第2皮膜のビッカース硬さHVは20以上300以下である、前記(1)に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0017】
(3)前記第1皮膜のビッカース硬さHVと前記第1皮膜の厚みh(μm)とが以下の式(B)を満たす、前記(1)または(2)に記載の内燃機関用ピストンリング
。
記
h>−2.9×10
-4HV+0.89 (B)
【0018】
(4)前記第1皮膜の表面の算術平均粗さは0.3μm以下である、前記(1)〜
(3)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0019】
(5)前記第1皮膜の厚さは0.1μm以上であり、前記第2皮膜の厚さは1μm以上であり、前記第1皮膜および前記第2皮膜の厚さの合計が20μm以下である、前記(1)〜
(4)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0020】
(6)前記第2皮膜が硬質粒子を含む樹脂からなり、前記硬質粒子の材料は、アルミナ、ジルコニア、セリア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、立方晶窒化ホウ素、ダイヤモンドより選ばれる少なくとも一種からなることを特徴とする前記(1)〜
(5)のいずれか一項に記載のピストンリング。
【0021】
(7)前記セラミックスの材料は、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムより選ばれる少なくとも一種であり、前記樹脂の材料は、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリレート、ポリフェニレンスルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリエステル、芳香族ポリアミド、ポリベンゾイミダゾール、ポリベンゾオキサゾール、芳香族ポリシアヌレート、芳香族ポリチオシアヌレート、芳香族ポリグアナミンより選ばれる少なくとも一種、および前記金属の材料は、インジウム、鉛、錫、銅、銀、金より選ばれる少なくとも一種からなることを特徴とする、前記(1)〜
(6)のいずれか一項に記載のピストンリング。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、耐アルミニウム凝着皮膜をセラミックスからなる2層構造とし、ビッカース硬さHVが比較的低い、樹脂または金属からなる第2皮膜によりなじみ面を形成し、ビッカース硬さHVが比較的高い、セラミックス材料からなる第1皮膜により耐アルミニウム凝着皮膜の耐久性を持たせるようにしたため、高温かつ高負荷条件下においても長期に亘ってアルミニウム凝着を防止でき、かつピストン材の摩耗量を抑制できる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
図1は、ピストンリング溝に係合した状態の本発明に係る内燃機関用ピストンリングの模式断面図である。この図に示した内燃機関用ピストンリング1は、ピストンリング用母材11に耐アルミニウム凝着皮膜12が被覆された内燃機関用のピストンリングである。ここで、耐アルミニウム凝着皮膜12は、
図2に示すように、ピストンリング用母材11の上に形成された、セラミックスからなる第1皮膜12aと、該第1皮膜12aの上に形成された、樹脂または金属からなる第2皮膜12bとを有することが肝要である。
【0025】
図1に示すように、ピストンリング1は、ピストンリング溝21内に係合した状態で、シリンダ24の側壁とピストン20との間の隙間を塞ぎ、燃焼ガスおよびオイルをシールする。そして、ピストンリング1は、ピストン5の往復運動(図中の矢印方向の運動)にピストンリング1が追従し、ピストンリング溝21内で上下運動が起こり、ピストンリング1とピストンリング溝21の上面22および下面23との間で衝突を繰り返す。また、ピストンリング1がピストンリング溝21内において周方向に摺動自在であるため、ピストンリング1がピストンリング溝21の上面22および下面23と接触しながら摺動を繰り返す。
【0026】
これらピストンリング1とピストンリング溝21の上面22および下面23との間の衝突および摺動の繰り返しにより、ピストンリング溝21の上面22および下面23上に形成されている突起(図示せず)が削られて、突起跡を中心としたアルミニウム面が生じる。本発明においては、ビッカース硬さが比較的低い(すなわち、柔らかい)、樹脂または金属からなる第2皮膜12bにより、第2皮膜12bとピストンリング溝21の上面22および下面23との間で、アルミニウム面が削られて初晶シリコンが表面に突き出ているなじみ面を効果的に形成することができる。また、ビッカース硬さが比較的高い(すなわち、硬い)、セラミックスからなる第1皮膜12aにより、高温および高負荷条件下においても高い耐久性を有し、長期間に亘ってアルミニウム凝着を防止することができる。特に、第2皮膜12bを樹脂または金属で構成する効果が発揮されるのは、将来、ピストンリング1が受ける負荷がさらに高くなった場合であり、例えば第2皮膜12bをセラミックスで構成する場合に比べて、第2皮膜12bの硬さおよび摩擦力が小さいため、さらに高い負荷を受ける条件の下でもなじみ面を良好に形成することができる。以下、内燃機関用ピストンリング1の各構成について説明する。
【0027】
ピストンリング用母材11の材料は、ピストンリング溝21との衝突に耐える強度を有していれば、特に限定されない。鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、高級鋳鉄等とすることが好ましい。また、耐摩耗性を向上させるため、側面に、ステンレス鋼では窒化処理、鋳鉄では硬質Crめっきや無電解ニッケルめっき処理が施された母材であってもよい。
【0028】
第1皮膜12aのビッカース硬さHVは、500以上2800以下とすることが好ましい。ここで、ビッカース硬さを500以上とすることにより、耐アルミニウム凝着皮膜12の十分な硬度を確保して、ピストンリング溝21の表面に形成されたなじみ面表層の初晶シリコン(ビッカース硬さ1000程度)によって、耐アルミニウム凝着皮膜12が著しく摩耗することを抑制することができる。また、ビッカース硬さを2800以下とすることにより、なじみ面表層の初晶シリコンを破壊する割合を抑制して、ピストン材が著しく摩耗するのを防止することができる。
【0029】
また、第2皮膜12bのビッカース硬さHVは、20以上300以下とすることが好ましい。ここで、ビッカース硬さを20以上とすることにより、ピストン材表面の凸部先端を磨耗させることがきる。また、ビッカース硬さを300以下とすることにより、ピストン材表面の平坦部に対して、磨耗がほとんど起こらないようにすることができる。つまり、ビッカース硬さを20以上300以下とすることにより、ピストン材表面において、局所的な凸部のみを選択的に磨耗させて平坦化することができる。
【0030】
第1皮膜12aを構成するセラミックスの材料は、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムより選ばれる少なくとも一種とすることができる。このうち、粒子間の再結合性が高く均一な皮膜形成が容易であることから、アルミナ、ジルコニア、クロミア、シリカが特に好ましい。
【0031】
また、第2皮膜12bが樹脂からなる場合、樹脂の材料は、ポリイミド(Polyimid,PI)、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド(Polyamidimid,PAI)、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン(Polyethersulfone,PES)、ポリアリレート(Polyarylate,PAR)、ポリフェニレンスルファイド(Polyphenilen sulfide,PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(Polyetheretherketone,PEEK)、芳香族ポリエステル、芳香族ポリアミド、ポリベンゾイミダゾール(Polybenzoimidazole,PBI)、ポリベンゾオキサゾール、芳香族ポリシアヌレート、芳香族ポリチオシアヌレート、芳香族ポリグアナミンより選ばれる少なくとも一種とすることができる。このうち、樹脂自身の硬度が高く且つ低摩擦を示し、また熱可塑性を示さない熱硬化樹脂であることから、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾールが特に好ましい。
【0032】
さらに、第2皮膜12bが樹脂からなる場合には、硬質粒子を含むことが好ましい。これにより、摩擦係数が低く、かつ高硬度の皮膜を得ることができ、第2皮膜12bの研磨能力が向上するとともに、第2皮膜12b自身の耐摩耗性も向上する。硬質粒子の材料は、アルミナ、ジルコニア、セリア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、立方晶窒化ホウ素、ダイヤモンドより選ばれる少なくとも一種とすることができる。このうち、一般的に利用が多く安価な材料であることから、アルミナ、ジルコニア、セリアが好ましい。
【0033】
この硬質粒子の粒径は、0.05μm以上3μm以下とする。ここで、0.05μm以上とするのは、早期になじみ面を形成するために有効な研磨能力を得るためである。また、3μm以下とするのは、なじみ面形において必要以上にピストン溝を攻撃しないためである。好ましくは、0.1μm以上1μm以下とする。
【0034】
また、硬質粒子の添加量は、第2皮膜12b全体の体積に対して、1体積%以上20体積%以下とする。ここで、1体積%以上とするのは、早期になじみ面を形成するために有効な研磨能力を得るためである。また、20体積%以下とするのは、なじみ面形成において必要以上にピストン溝を攻撃しないためである。好ましくは、3体積%以上10体積%以下とする。
【0035】
第2皮膜12bが金属からなる場合、金属の材料は、インジウム、鉛、錫、銅、銀、金より選ばれる少なくとも一種とすることができる。このうち、ピストン材質との相性、低価格で入手可能な材料であることから、錫が特に好ましい。
【0036】
第1皮膜12aの表面粗さは0.3μm以下とすることが好ましい。このような表面粗さを有するセラミックス材料からなる第1皮膜12は、ピストンリング溝と接触した場合にも面圧を抑制してピストン材の攻撃を低減し、ピストン材の摩耗量の増加を抑制することができる。なお、本発明において、セラミックスの表面粗さは、JISB0601(1994)に基づく算術平均粗さRaを意味しており、表面粗さ測定装置を用いて測定する。さらに、第1皮膜12aの表面粗さは、0.03〜0.1μmとすることがより好ましい。この表面粗さとすることにより、第2皮膜12bとの密着性が向上し、第1皮膜12aと第2皮膜12bとからなる積層構造をより長期に亘って維持することができる。
なお、本発明において、第1皮膜12a上には第2皮膜12bが形成されており、この状態において第1皮膜12aには表面は存在しないが、「第1皮膜12aの表面粗さ」とは、第2皮膜12bが形成される前の第1皮膜12aの表面粗さを意味している。
【0037】
また、第2皮膜12bの表面形状は、膜厚が3μm程度までの場合、第1皮膜12aの表面形状をそのまま継承するが、表面粗さは0.5μm以下とすることが好ましい。これにより、なじみ面形成時における第2皮膜12b自身の磨耗を防止することができる。
【0038】
ここで、第1皮膜12aのビッカース硬さHVと表面の算術平均粗さRa(μm)とが以下の式(A)を満たすことが好ましい。
Ra<−8.7×10
−5HV+0.39 (A)
発明者らは、様々な材料、ビッカース硬さ、表面粗さ、膜厚を有する耐アルミニウム凝着皮膜12をピストンリング母材11上に形成し、得られたピストンリング1の耐アルミニウム凝着性能およびピストン材の摩耗量を評価した。その結果、第1皮膜12aのビッカース硬さHVと表面の算術平均粗さRaが上記式(A)を満足する場合に、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有することを見出した。これは、表面の算術平均粗さRaを第1皮膜12aの硬さに応じた適切な値とすることにより、ピストンリング1とピストンリング溝21の上面22と下面23とが接触する際に、それらの間の面圧を低減できるためと考えられる。
【0039】
さらに、第1皮膜12aの厚さは、0.1μm以上とすることが好ましい。これにより、セラミックス材料の表面粗さに対して皮膜の膜厚が十分となり、均質な皮膜となり、摩耗量を低減することができる。また、第2皮膜12bの厚さは、(第1皮膜12aの表面粗さ+1μm)以上とすることが好ましい。これにより、第2皮膜12bのみによりなじみ面を形成できる。さらに、これら第1皮膜12aおよび第2皮膜12bの厚さの合計は、20μm以下とすることが好ましい。これにより、ピストンリング溝21における十分なクリアランスを確保して、上記したピストンリング1の機能を実行させることができる。
【0040】
ここで、第1皮膜12aのビッカース硬さHVと膜厚h(μm)とが以下の式(B)を満たすことが好ましい。
h>−2.9×10
−4HV+0.89 (B)
発明者らは、上記式(A)の場合と同様に、第1皮膜12aのビッカース硬さHVと膜厚が上記式(B)を満足する場合にも、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有することを見出した。これは、膜厚hを第1皮膜12aの硬さに応じた適切な値とすることにより、第1皮膜12aが摩滅することなくピストン材の摩耗を抑制できるためと考えられる。
【0041】
こうした耐アルミニウム凝着皮膜12は、既知の様々な方法により形成できる。具体的には、溶射、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition、CVD)、物理気相成長法(Physical Vapor Deposition、PVD)、エアロゾルデポジション法、コールドスプレー法、ゾル・ゲル法等を用いて、適切な成膜条件下で成膜を行うことにより、本発明に係るピストンリングを作製することができる。
【0042】
なお、上記実施形態では、耐アルミニウム凝着皮膜12は2層構造を有しているが、2層構造に限定されず、3層以上を有するように構成することもできる。例えば、耐アルミニウム凝着皮膜12を3層で構成する場合、ピストンリング用母材の上に形成された第1皮膜が最も硬く、第1皮膜の上に形成された第2皮膜、さらに第3皮膜と、表面側の層ほど皮膜の硬さが低くなるように構成する。ただし、第1皮膜と第3皮膜の密着性を向上させるために第2皮膜を設ける場合には、第2皮膜の硬さをこの指針に従って構成する必要はない。
また、皮膜の表面粗さは、第1皮膜の表面粗さを0.3μm以下、第3皮膜の表面粗さを0.5μm以下とすることが好ましい。第2皮膜については特に限定されないが、第3皮膜の表面粗さが上記範囲となるように適切な表面粗さを有することが好ましい。
さらに、皮膜の厚さは、第1皮膜のみ0.1μm以上、第2皮膜以降は1μm以上、第3皮膜は(第2皮膜の表面粗さ+1μm以上)とすることが好ましく、皮膜全体で20μm以下とすることが好ましい。
さらにまた、第2皮膜と第3皮膜の材料は同じでも、異なっていてもよいが、最表面の皮膜(すなわち、第3皮膜)を本明細書で記載した樹脂または金属で構成するようにする。
さらにまた、第2皮膜を第1皮膜と第3皮膜とを密着させるための中間層とする場合には、第1皮膜と第3皮膜との複合皮膜とする。
これらの指針は、耐アルミニウム凝着皮膜12を4層以上で構成する場合も同様である。
【0043】
こうして、本発明に係るピストンリングは、高温かつ高負荷条件下においても長期に亘ってアルミニウム凝着を防止でき、かつピストン材の摩耗量を抑制できる。
【実施例】
【0044】
<ピストンリングの作製>
以下、本発明の実施例について説明する。
低クロム鋼からなるピストンリング母材の上下側面に、表1〜3に示す材料、ビッカース硬さ、表面粗さ、および膜厚を有する皮膜を形成した。ここで、Al
2O
3、ZrO
2、Y
2O
3およびTiO
2のいずれかからなる皮膜はエアロゾルデポジション法により、Cr
2O
3、MgO、3Al
2O
3−2SiO
2、2MgO−SiO
2およびAl
2O
3−40%TiO
2のいずれかからなる皮膜は溶射法により、SiC、Si
3N
4、SiO
2、AlNのいずれかからなる皮膜はCVD法により、TiN、CrN、CrCおよびDLCのいずれかからなる皮膜はPVD法により、PAI、PBI、PI、PAR、樹脂皮膜Aおよび樹脂皮膜Bはスプレー法により、PEEK、PPSおよびPESは流動浸漬法により、Cu、Ag、Au、Sn、InおよびNiはめっき法により、それぞれ形成した。よって、例えば、発明例1の場合には、SiCからなる第1皮膜はCVD法により、Snからなる第2皮膜はめっき法により形成した。
なお、表1において、発明例14〜16は、第1皮膜が2種類のセラミックスからなり、発明例14の第1皮膜は、Al
2O
3とSiO
2を3:2で混合したもの、発明例15の第1皮膜は、MgOとSiO
2を2:1で混合したもの、発明例16の第1皮膜は、Al
2O
3に40質量%のTiO
2を添加したものであり、第2皮膜は、Al
2O
3に40質量%のTiO
2を添加したものである。
また、比較例1の樹脂皮膜Aは、MoS
2粉末(平均粒径2μm)を5質量%、グラファイト粉末(平均粒径2μm)を5質量%含有するポリイミド樹脂皮膜である。
さらに、発明例24および比較例2の樹脂皮膜Bは、Al
2O
3粉末(平均粒径0.5μm)を10質量%含有するポリイミド樹脂皮膜である。
さらにまた、比較例5の耐アルミニウム凝着皮膜はAl
2O
3からなり、1層構造を有している。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
発明例1〜47および比較例1〜5のピストンリングの耐アルミニウム凝着性能を評価した。そのために、
図3に示したエンジン模擬試験装置を使用した。
図3に示したエンジン模擬試験装置30は、ピストン32が上下に往復運動を行い、ピストンリング33が回転運動を行う機構を有しており、試験は、ヒーター31、温度コントローラー34および熱電対35により、ピストン32を加熱制御して行った。試験条件は、面圧13MPa、リング回転速度3mm/s、制御温度270℃、試験時間5時間とし、窒素ガスとともに、オイルを所定の間隔で一定量噴射しながら行った。試験後に、ピストンリングの皮膜残存量およびアルミニウム凝着の発生の有無を調べた。得られた結果を表1〜3に示す。なお、皮膜残存量の評価基準は以下のとおりである。
◎:0.8μm以上
○:0.4μm以上0.8μm未満
△:0μm超え0.4μm未満
×:皮膜なし
【0049】
また、アルミニウム凝着性能の評価は、目視で確認した。得られた結果を表1〜3に示す。なお、アルミニウム凝着性能の評価基準は以下の通りである。
◎:アルミニウム凝着の発生なし
○:アルミニウム凝着が発生しているが極めて軽微
×:アルミニウム凝着が発生している
【0050】
ピストン材の摩耗量は、試験後のピストン材表面を形状測定して基準面からの深さを算出した。得られた結果を表1〜3に示す。なお、摩耗量の評価基準は以下の通りである。
◎:0.5μm未満
○:0.5μm以上1.0μm未満
△:1.0μm以上3.0μm未満
×:3.0μm以上
【0051】
ピストンリングの耐アルミニウム凝着性能およびピストン材の摩耗量の評価結果から、ピストンリングの性能を総合的に評価した。得られた結果を表1〜3に示す。なお、摩耗量の評価基準は以下の通りである。
◎:優良
○:良好
△:比較的良好
×:悪い
ここで、総合評価は、皮膜が残存、アルミニウム凝着がなし、ピストン材摩耗量が0.5μm未満の皮膜を◎、皮膜がなし、アルミニウム凝着がある、ピストン材摩耗量が3.0μm以上の皮膜を×、それ以外を○または△とした。全ての評価項目で×がない皮膜を○、全ての評価項目で×が1〜2の皮膜を△とした。
【0052】
<耐アルミニウム凝着性能の評価>
表1〜3に示すように、発明例1〜47のピストンリングの全てについて、アルミニウム凝着が発生しなかった。発明例30、35および36については、第1皮膜の膜厚が薄く、試験後に被膜が消失してアルミニウム凝着が発生していたが、無視できる程度の極めて軽微なものであり、問題のない程度のものであった。
一方、比較例1および2については、試験後に皮膜が全く残っておらず、アルミニウム凝着が発生していた。また、比較例3については、比較例1および2と同様、試験後に皮膜が全く残っておらず、アルミニウム凝着が発生していたが、ごく軽微なものであった。
さらに、比較例4については、皮膜残存量が多く、アルミニウム凝着は発生しなかった。
さらにまた、比較例5については、皮膜残存量が多く、アルミニウム凝着は発生しなかった。
【0053】
<ピストン材摩耗量の評価>
表1〜3に示すように、発明例30、35、36、40、44および47を除く発明例については、ピストン摩耗量は0.5μm未満と極めて少なかった。第1皮膜の表面粗さが比較的大きい発明例44および47については、摩耗量がやや多かった。また、第1皮膜の膜厚が比較的薄い発明例30、35および36については、摩耗量は少ないものの、発明例1〜29等ほどではなかった。さらに、第2皮膜の膜厚が比較的薄い発明例40については、摩耗量がやや多かった。
一方、比較例1および2については、摩耗量が3μm以上と多かった。
また、比較例3については、摩耗量はやや多く、比較例4については、摩耗量は多かった。
さらに、比較例5については、ピストン材の摩耗量は少ないものの、発明例1〜29等ほどではなかった。
【0054】
また、表2は、皮膜の膜厚とピストン材の摩耗量との関係を示しており、第1皮膜のビッカース硬さと膜厚が式(B)を満足する発明例31〜34、37〜39および41については、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。表1に示した発明例1〜29も式(B)を満足しており、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。
【0055】
さらに、表3は、皮膜の表面粗さとピストン材の摩耗量との関係を示しており、第1皮膜のビッカース硬さと表面粗さが式(A)を満足する発明例42、43、45および46については、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。表1に示した発明例1〜29も式(A)を満足しており、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。
【0056】
<総合評価>
実施例1〜49の全てに対して、優良または比較的良好以上の評価が与えられた。特に、第1皮膜のビッカース硬さおよび表面粗さが式(A)を満足する場合、あるいはビッカース硬さおよび膜厚が式(B)を満足する場合の全てについて、優良の評価が与えられ、すなわち、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有するピストンリングが得られたことが分かる。
これに対して、樹脂皮膜が設けられた比較例1および2については、耐アルミニウム凝着性能およびピストン材摩耗量の双方について劣っていた。
また、ニッケル皮膜が設けられた比較例3およびDLC皮膜が設けられた比較例4については、耐アルミニウム凝着性能は良好あるいは優良であったが、ピストン材摩耗特性はやや劣っていた。
さらに、比較例5については、高い耐アルミニウム凝着性能を示した。また、ピストン材の摩耗量も少なかったが、発明例1〜29等ほどではなかった。