(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1舌部と前記第2舌部とが重なり合う重ね合わせ領域の前記周方向に沿った初期の長さは、前記ピストンリングの摺動対象であるシリンダの初期の内径の1%以上4%以下であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載のピストンリング。
前記周方向に沿った前記傾斜面の長さ及び前記傾斜面の傾斜角度に基づいて規定される前記傾斜面の傾斜量は、前記ピストンリングの平均1000時間の摩耗量の1倍以上30倍以下であることを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載のピストンリング。
前記第1舌部と前記第2舌部とが重なり合う重ね合わせ領域の前記周方向に沿った初期の長さと前記周方向に沿った前記傾斜面の長さとの差は、前記ピストンリングの平均1000時間の摩耗量のπ倍以上30π倍以下であることを特徴とする請求項1乃至6の何れか一項に記載のピストンリング。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ガスタイト形式のピストンリングでは、凹部の先端近傍にて、シリンダ内周面と摺接する凸部の外周面に損傷が生じ易いという問題がある。
上記事情に鑑みて、本発明の少なくとも一実施形態は、耐久性が向上したガスタイト形式のピストンリング、及び、該ピストンリングを備えるエンジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明者らは鋭意検討を行ない、ガスタイト形式のピストンリングにおける凹部の外周面損傷のメカニズムに関して以下の知見を得た。
エンジン運転中、ピストンリングは燃焼ガスによって加熱されるため高温になる。このときピストンリングの外周側は相対的に低温のシリンダ内周面に摺接しているため、ピストンリングの内周側の温度が外周側の温度より高くなる。このピストンリングの内周側と外周側の温度差のため、ピストンリングの熱膨張量は外周側より内周側の方が大きくなる。この結果、ガスタイト式のピストンリングでは、合口部がピストンリングの径方向外方へ膨らむように熱変形する。
【0008】
このような熱変形によって合口部を構成する凹部(第1舌部)及び凸部(第2舌部)の径方向外側面(外周面)とシリンダ内周面の接触面圧が高くなる。このため合口部近傍にてシリンダ内周面に偏摩耗が生じやすくなる。
特に、ピストンが上死点近傍に位置しているときには、シリンダ内周面に対するピストンの相対速度がゼロになってピストンリングとシリンダ内周面との間で油膜切れが生じ易い上に、燃料の爆発により燃焼室の圧力及び温度が高くなることから、ピストンリングとシリンダ内周面の摺動条件が厳しくなる。このため、シリンダ内周面の上死点近傍は、シリンダヘッドに向かって広がるように偏摩耗する。つまり、シリンダ内周面の上死点近傍は、シリンダの軸線に対して傾斜するように偏摩耗する。
【0009】
ピストンリングはピストンリング溝に対して隙間を存して嵌められており、このようにシリンダ内周面が摩耗により傾斜すると、傾斜に対応してピストンリングが倒れる。つまり、シリンダ内周面に沿うようにピストンリングの外周面が傾斜する。
【0010】
ところで、通常、ピストンリングの外周面は径方向外側に膨らんだバレル形状に成形されており、径方向最外側に位置するバレルセンタは、ピストン又はピストンリングの軸線方向にて、外周面の中央よりも一方の側(クランク室側)に偏って位置している。このため、ピストンリングが倒れていない状態では、第2舌部の外周面にバレルセンタが存在し、このバレルセンタにより、第2舌部の外周面とシリンダ内周面との間で燃焼ガスが漏れることが防止される。
【0011】
ところが、ピストンリングが熱変形すると、第1舌部の先端面と外周面とが交わる先端角が、シリンダ内周面に強く当接するようになる。特に、シリンダ内周面の偏摩耗によりピストンリングが倒れると、第1舌部の外周面がシリンダ内周面に対してより強く当接するようになる。このように第1舌部の先端角がシリンダ内周面に局所的に強く当たると、シリンダ内周面が大きく凹み、その影響を受けて、第1舌部の先端角近傍で、第2舌部の外周面とシリンダ内周面との間に隙間が生じる。
【0012】
特に、シリンダ内周面の摩耗によりピストンリングの外径が拡大し、第1舌部の先端角と第2舌部の先端角の間の周方向距離が短くなっている状態では、第1舌部の先端角によって形成されたシリンダ内周面の凹みを塞ぐように第2舌部が変形できず、第1舌部の先端角近傍で、シリンダ内周面と第2舌部との間の隙間が大きくなる。すると、この大きな隙間を高温且つ高圧の燃焼ガスが高速で吹き抜け、第2舌部の外周面が損傷してしまう。
逆に、第2舌部の先端角がシリンダ内周面に強く当接して、第1舌部の外周面とシリンダ内周面との間に大きな隙間が生じることもある。この場合、この大きな隙間を高温且つ高圧の燃焼ガスが高速で吹き抜け、第1舌部の外周面が損傷してしまう。
【0013】
上記した凹部の外周面損傷のメカニズムに関する知見を得た本発明者らは、更に検討を行い本発明に想到した。
(1)本発明の少なくとも一実施形態に係るピストンリングは、軸線回りの周方向に沿って延在する本体部と、前記本体部の一端から他端に延在し、前記本体部の径方向外側において前記軸線方向の一方側に前記周方向に沿って延在する嵌合凹部が形成された第1舌部と、前記本体部の前記他端から前記本体部の前記一端に延在し、前記嵌合凹部に嵌合することにより前記第1舌部と共に合口部を形成する第2舌部とを備え、前記第1舌部及び前記第2舌部のうち少なくとも前記第1舌部において、径方向外側面の周方向先端面側の部分が傾斜面によって形成されるとともに、曲面によって構成されたコーナー部を介して前記傾斜面と前記周方向先端面が繋がっている。
【0014】
上記(1)の構成によれば、少なくとも第1舌部のコーナー部が曲面によって形成され、且つ、少なくとも第1舌部の径方向外側面の周方向先端面側の部分が、曲面に連なる傾斜面によって形成されることで、第1舌部のコーナー部とシリンダ内周面との接触面圧が局所的に高くなるのが防止される。このため、たとえシリンダ内周面の偏摩耗によりピストンリングが倒れたとしても、第1舌部のコーナー部によって押されることでシリンダ内周面が大きく凹むことが防止され、第1舌部のコーナー部近傍でも、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面との間の隙間が大きくなることが防止される。
従って、少なくとも第1舌部のコーナー部近傍において、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面との間を高温且つ高圧の燃焼ガスが高速で吹き抜けることが防止され、第2舌部の径方向外側面の損傷が防止される。この結果、ピストンリングは優れた耐久性を有する。
【0015】
(2)幾つかの実施形態では、上記(1)の構成において、前記コーナー部の曲面の曲率半径は、前記径方向での前記本体部の厚さの5%以上20%以下である。
【0016】
上記(2)の構成によれば、コーナー部の曲面の曲率半径が、径方向での本体部の厚さの5%以上20%以下であることによって、シリンダ内周面の偏摩耗によりピストンリングの外径が大きくなっても、第1舌部又は第2舌部のコーナー部とシリンダ内周面との接触面圧が局所的に高くなるのが確実に防止される。
【0017】
(3)幾つかの実施形態では、上記(1)又は(2)の構成において、前記第1舌部と前記第2舌部とが重なり合う重ね合わせ領域の前記周方向に沿った初期の長さは、前記ピストンリングの摺動対象であるシリンダの初期の内径の1%以上4%以下である。
【0018】
上記(3)の構成によれば、重ね合わせ領域の長さが、シリンダの初期の内径の1%以上4%以下であることによって、摩耗によりシリンダの内径が拡大しても、ピストンリングの合口部とシリンダ内周面との間におけるシール性が長期に渡って確保される。
【0019】
(4)幾つかの実施形態では、上記(1)乃至(3)の何れか一つの構成において、前記周方向に沿った前記傾斜面の長さ及び前記傾斜面の傾斜角度に基づいて規定される前記傾斜面の傾斜量は、前記ピストンリングの平均1000時間の摩耗量の1倍以上30倍以下である。
傾斜量が大きすぎると、コーナー部と反対側の傾斜面の端縁がシリンダ内周面に強く当たるようになり、単にシリンダ内周面が強く押される位置が周方向に変化しただけになってしまう。
この点、傾斜面の傾斜量がピストンリングの平均1000時間の摩耗量の1倍以上30倍以下であれば、コーナー部と反対側の傾斜面72,76の端縁がシリンダ内周面に強く当たることを防止することができる。
【0020】
(5)幾つかの実施形態では、上記(1)乃至(5)の何れか一つの構成において、前記第1舌部と前記第2舌部とが重なり合う重ね合わせ領域の前記周方向に沿った初期の長さと前記周方向に沿った前記傾斜面の長さとの差は、前記ピストンリングの平均1000時間の摩耗量のπ倍以上30π倍以下である。
【0021】
重ね合わせ領域の初期の長さと傾斜面の長さとの差が短すぎると、シリンダ内周面の偏摩耗によりピストンリングの外径が大きくなったときに、合口部とシリンダ内周面との間におけるシール性が低下してしまう。
この点、重ね合わせ領域の初期の長さと傾斜面の長さとの差がピストンリングの平均1000時間の摩耗量のπ倍以上30π倍以下であることによって、シリンダ内周面の偏摩耗によりピストンリングの外径が大きくなっても、合口部とシリンダ内周面との間におけるシール性が長期に渡って確保される。
【0022】
(6)幾つかの実施形態では、上記(1)乃至(5)の何れか一つの構成において、前記第1舌部及び前記第2舌部の径方向外側面は、径方向外方に向かって膨らんだ一つのバレル面を形成し、
前記バレル面のバレルセンタは前記第2舌部の径方向外側面内に位置している。
【0023】
ピストンリングが倒れていない状態では、バレルセンタでピストンリングとシリンダ内周面との間の接触面圧が最大になるが、ピストンリングが倒れると、接触面圧が最大になる位置が変化する。このため、第2舌部の径方向外側面にバレルセンタがあったとしても、ピストンリングが倒れると、接触面圧最大位置が第1舌部の径方向外側面に移ることがある。この場合、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面との間の接触面圧が相対的に低くなっており、第1舌部の先端角によってシリンダ内周面が押されて凹むと、第1舌部の先端角近傍で、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面の間に隙間が出来やすい。
この点、上記(6)の構成によれば、第1舌部のコーナー部とシリンダ内周面との接触面圧が局所的に高くなるのが防止され、第1舌部のコーナー部近傍で、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面の間に隙間が形成されるのが防止される。この結果として、燃焼ガスの吹き抜けが防止され、第2舌部の径方向外側面の損傷が防止される。
【0024】
(7)本発明の少なくとも一実施形態に係るエンジンは、
シリンダと、
該シリンダ内を往復動可能であり、前記シリンダ内に燃焼室を形成するピストンと、
前記ピストンに装着された上記(1)乃至(6)の何れか一つに記載のピストンリングを備える。
【0025】
上記(7)の構成によれば、ピストンリングが優れた耐久性を有するので、エンジンも優れた耐久性を有する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の少なくとも一実施形態によれば、耐久性が向上したガスタイト形式のピストンリング、及び、該ピストンリングを備えるエンジンが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、添付図面を参照して、本発明の幾つかの実施形態について説明する。ただし、これらの実施形態に記載されている又は図面に示されている構成部品の寸法、材質、形状及びその相対的配置等は、本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
例えば、「ある方向に」あるいは「ある方向に沿って」という表現は、ある方向に対し厳密に平行な状態のみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の角度をもって傾斜している状態も表すものとする。同様に「直交」という表現は、ある方向に対し厳密に直交する状態のみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の角度をもって傾斜している状態も表すものとする。
また例えば、矩形形状等の形状を表す表現は、幾何学的に厳密な意味での矩形形状等のみならず、同じ効果が得られる範囲で、凹凸部や面取り部等を含む形状も表すものとする。
【0029】
図1は、本発明の一実施形態係るエンジン1の構成を概略的に示す断面図である。エンジン1は、例えば、舶用2サイクル大型ディーゼルエンジンである。エンジン1は、下方に位置する台板2と、台板2上に設けられた架構3と、架構3上に設けられたシリンダジャケット4とを備えている。これら台板2、架構3、及びシリンダジャケット4は、上下方向に延在する複数のタイボルト5によって相互に連結されている。
【0030】
台板2の底部はオイルパン6によって閉塞され、架構3の上部はシリンダジャケット4の底壁によって閉塞されている。台板2、架構3、シリンダジャケット4の底壁及びオイルパン6はクランク室7を形成しており、クランク室7内にクランク軸8が配置されている。
台板2は、クランク軸8のジャーナル部9を回転可能に支持しており、クランク軸8のクランクピン10には、連接棒11の下端部が連結されている。連接棒11の上端部は、ピン継手としてのクロスヘッド12を介してピストン棒13の下端部に連結されている。クロスヘッド12の両側には、上下方向に延在する摺動板14が設けられ、クロスヘッド12の上下動は摺動板14によって案内される。
【0031】
ピストン棒13は、シリンダジャケット4の底壁に設けられたシール孔を貫通して上下方向に延在している。シリンダジャケット4には、シリンダ(シリンダライナ)15の下端側が嵌合され、ピストン棒13の上端側は、シリンダ15内に挿入されている。ピストン棒13の上端部にはピストン16が固定され、ピストン16はシリンダ15内を上下方向に往復動可能である。
【0032】
図2は、シリンダジャケット4近傍を拡大して概略的に示す断面図である。
図2に示したように、シリンダ15の上にはシリンダカバー(シリンダヘッド)17が配置され、シリンダカバー17は、シリンダ15の上端側を挟んだ状態で、カバーボルト18によってシリンダジャケット4に締結されている。
シリンダカバー17、シリンダ15及びピストン16は、シリンダ15の上端側に燃焼室19を形成している。シリンダカバー17には、燃焼室19に開口する排気ポート20が設けられ、排気ポート20は排気弁21によって開閉される。また、シリンダカバー17には、燃料噴射弁22が取り付けられている。
【0033】
シリンダ15の下端側には、ピストン16が下死点近傍に位置しているときに燃焼室19に連通可能な掃気ポート23が形成され、シリンダジャケット4の内部には、掃気ポート23を囲むように掃気室24が形成されている。なお、シリンダジャケット4の底壁のシール孔とピストン棒13との間にはグランドパッキン25が配置され、グランドパッキン25により掃気室24とクランク室7の間がシールされている。
【0034】
再び
図1を参照すると、掃気室24に圧縮空気を送り込むために、架構3やシリンダジャケット4によって支持された架台上にターボチャージャ26が設けられている。ターボチャージャ26は、相互に同軸にて連結されたコンプレッサ27とタービン28を含み、コンプレッサ27の吐出口と掃気室24とは、空気導管29及び掃気トランク室30を介して連通している。空気導管29の内部には、コンプレッサ27から吐出された圧縮空気を冷却するための水冷式の空気冷却器31と、冷却された空気から水滴を除去するための水滴分離器32が配置されている。また、空気導管29と掃気トランク室30との接続部には、逆流防止扉33が配置されている。
【0035】
一方、排気ポート20は排気静圧管34に接続され、排気静圧管34がタービン28の入口に接続されている。燃焼室19から排出された排ガスの動圧は排気静圧管34で静圧に変換され、タービン28は、排ガスの静圧によって駆動されてトルクを出力する。そして、コンプレッサ27はタービン28が出力したトルクによって駆動され、空気を圧縮して吐出する。
なお例えば、エンジン1が6気筒の場合、それぞれ6つのシリンダ15とピストン16が設けられ、6つの燃焼室19が1つの排気静圧管34に接続される。そして、1つの排気静圧管34に2つのターボチャージャ26のタービン28が接続される。
【0036】
上述したエンジン1は、ユニフロー式の2サイクルエンジンであり、ピストン16が一往復する間に、掃気(給気)工程、圧縮行程、燃焼工程及び膨張行程が行われる。具体的には、ピストン16が下死点近傍に来たとき、燃焼室19と掃気ポート23が連通し、掃気ポート23から燃焼室19内に圧縮空気(掃除空気)が供給され、排気ポート20から燃焼ガスが排出される。そして、ピストン16の上昇中、燃焼室19内で空気が圧縮されるととともに燃焼室19内に燃料が噴射され、ピストン16が上死点近傍に来たときに燃料が燃焼する。その後、ピストン16の下降中、燃焼ガスが膨張し、ピストン16が下死点近傍に到達する前に排気ポート20が開かれて燃焼ガスの排出が開始される。以下、再び上昇行程が繰り返される。
【0037】
上述したエンジン1では、
図2に示したように、ピストン16の外周部に複数のピストンリング40が装着されている。具体的には、ピストン16の外周部には、複数のピストンリング溝41が形成され、各ピストンリング40はピストンリング溝41に嵌合されている。なお、ピストンリング40の軸線は、シリンダ15及びピストン16の軸線CLと一致している。
【0038】
ピストンリング40は、ピストン16の径方向にてピストン16の外周面から外方に突出しており、シリンダ15の内周面(シリンダ内周面)42と摺接する外周面を有する。従って、シリンダ内周面42とピストン16の外周面との隙間は、ピストンリング40によって閉塞されており、ピストンリング40によって、燃焼室19からの燃焼ガスの漏れを防止することができる。
【0039】
図3は、ピストンリング40を概略的に示す斜視図である。
図3に示したように、ピストンリング40は、本体部44、並びに、合口部46を形成する第1舌部48及び第2舌部50を備えている。本体部44は、軸線CL回りの周方向(以下、単に周方向ともいう)に沿って延在している。なお、以下では、軸線CLに沿う方向を単に軸線方向とも称し、ピストンリング40の径方向、即ち本体部44の径方向を単に径方向とも称する。
【0040】
図4は、
図3中の領域IVを拡大して概略的に示す斜視図である。
図4に示したように第1舌部48は、周方向にて本体部44の一端面52から他端面54に向かって延在している。第1舌部48は、相互に一体の内周片56と当接片58とを備えている。
内周片56は、第1舌部48の径方向内側を形成しており、当接片58は、内周片56の軸線方向燃焼室19側から径方向にて外方に突出している。内周片56及び当接片58は、周方向直交断面にてL字状の断面形状を有しており、周方向に沿って延在する嵌合凹部60を形成している。第1舌部48において、嵌合凹部60は、径方向外側に位置し、且つ、軸線方向にてクロスヘッド12側(クランク室7)側に位置している。
【0041】
第2舌部50は、周方向にて本体部44の他端面54から延在し、周方向直交断面にて、第2舌部50の断面形状は矩形形状に形成されている。第2舌部50は、内周片56の径方向外側面と対向する径方向内側面、及び、当接片58の軸線方向クランク室7側の側面と対向する軸線方向燃焼室19側の側面を有する。ピストンリング40がピストン16に装着された状態では、第2舌部50が嵌合凹部60に嵌合することにより、第1舌部48及び第2舌部50がガスタイト形式の合口部46を形成する。合口部46では、ピストンリング40の外周面は、第1舌部48の径方向外側面64及び第2舌部50の径方向外側面66によって形成されている。
【0042】
より詳しくは、第1舌部48の径方向外側面64は、本体部44の径方向にて外側に位置し、径方向外方を向いている。そして、第1舌部48の径方向外側面64は周方向に沿って延びており、ピストンリング40がピストン16に装着された状態では、シリンダ内周面42と対向させられる。以下では、第1舌部48の径方向外側面64を外周面64とも称する。なお、第1舌部48の外周面64は、当接片58の側面である。
【0043】
同様に、第2舌部50の径方向外側面66は、本体部44の径方向にて外側に位置し、径方向外方を向いている。そして、第2舌部50の径方向外側面66は、周方向に沿って延びており、ピストンリング40がピストン16に装着された状態では、シリンダ内周面42と対向させられる。以下では、第2舌部50の径方向外側面66を外周面66とも称する。
【0044】
第1舌部48の嵌合凹部60に第2舌部50が嵌合した状態では、第1舌部48の周方向先端面68は本体部44の他端面54と隙間を存して対向し、第2舌部50の周方向先端面70は本体部44の一端面52と隙間を存して対向する。これらの隙間によって、ピストンリング40が燃焼ガスによって加熱されて膨張し、ピストンリング40が周方向に伸びたとしても、該周方向の伸びを吸収することができる。
【0045】
このような隙間を本体部44の一端面52と第2舌部50の周方向先端面70との間に設けたことで、合口部46には、第1舌部48と第2舌部50が軸線方向に重なり合わない非重ね合わせ領域S1が第1舌部48の根元近傍に存在する。同様に、隙間を第1舌部48の周方向先端面68と本体部44の他端面54との間に設けたことで、合口部46には、第1舌部48と第2舌部50が軸線方向に重なり合わない非重ね合わせ領域S2が第2舌部50の根元近傍に存在する。一方、合口部46には、2つの非重ね合わせ領域S1,S2の間に、第1舌部48と第2舌部50が軸線方向にて重なり合う重ね合わせ領域S3が存在する。
【0046】
図5は、
図4のV―V線に沿う断面を、シリンダ内周面42及びピストン16と共に概略的に示す図である。ピストンリング40の外周面は、全周に渡って、径方向外方に膨らんだバレル形状に形成されており、第1舌部48の外周面64及び第2舌部50の外周面66は、径方向外方に膨らんだ一つのバレル形状(バレル面)に形成されている。径方向最外側に位置するバレルセンタBCは、第2舌部50の外周面66内に位置している。
従って、第1舌部48の径方向外側面64は、軸線方向にてバレルセンタBCから離れるほど第1舌部48の径方向厚さ(径方向幅)が徐々に短くなるように形成されている。一方、第2舌部50の径方向外側面66も、軸線方向にてバレルセンタBCから離れるほど、第2舌部50の径方向厚さ(径方向幅)が徐々に短くなるように形成されている。
【0047】
図6A及び
図6Bは、それぞれ第1舌部48及び第2舌部50の斜視図である。
第1舌部48では、径方向外側面(外周面)64の周方向先端面68側の部分が傾斜面72によって形成されるとともに、曲面によって構成されたコーナー部74を介して傾斜面72と周方向先端面68が繋がっている。なお傾斜面72は、第1舌部48が周方向先端面68に向かって先細形状になるように傾斜している。
【0048】
同様に、第2舌部50では、径方向外側面(外周面)66の周方向先端面70側の部分が傾斜面76によって形成されるとともに、曲面によって構成されたコーナー部78を介して傾斜面76と周方向先端面70が繋がっている。なお傾斜面76は、第2舌部50が周方向先端面70に向かって先細形状になるように傾斜している。
【0049】
上記構成によれば、第1舌部48及び第2舌部50のコーナー部74,78が曲面によって形成され、且つ、第1舌部48及び第2舌部50の径方向外側面64,66の周方向先端面68,70側の部分が、曲面に連なる傾斜面72,76によって形成されることで、第1舌部48及び第2舌部50のコーナー部74,78とシリンダ内周面42との接触面圧が局所的に高くなるのが防止される。このため、たとえシリンダ内周面42の偏摩耗によりピストンリング40が倒れたとしても、第1舌部48のコーナー部74によって押されることでシリンダ内周面42が大きく凹むことが防止され、第1舌部48のコーナー部74近傍でも、第2舌部50の径方向外側面66とシリンダ内周面42との間の隙間が大きくなることが防止される。
【0050】
従って、第1舌部48及び第2舌部50のコーナー部74,78近傍において、第2舌部50及び第1舌部48の径方向外側面66,64とシリンダ内周面42との間を高温且つ高圧の燃焼ガスが高速で吹き抜けることが防止され、第1舌部48及び第2舌部50の径方向外側面64,66の損傷が防止される。この結果、ピストンリング40は優れた耐久性を有する。
【0051】
図7は、第1舌部48に設けられたコーナー部74及び傾斜面72を示すものである。
幾つかの実施形態では、
図7に示したように、コーナー部74,78は曲面によって構成され、コーナー部74,78の曲面は、例えば4分割円筒形状を有する。そして、本体部44の径方向厚さ(径方向幅)をDとしたとき(
図4参照)、コーナー部74,78の曲面の曲率半径Rは、本体部44の厚さDの5%以上20%以下である。なお、コーナー部74,78の曲面の曲率中心は、軸線CLに平行な軸である。
【0052】
この構成によれば、曲率半径Rが、径方向での本体部44の厚さの5%以上20%以下であることによって、シリンダ内周面42の偏摩耗によりピストンリング40の外径が大きくなっても、第1舌部48及び第2舌部50のコーナー部74,78とシリンダ内周面42との接触面圧が局所的に高くなるのが確実に防止される。
【0053】
すなわち、コーナー部74の曲率半径Rが厚さDの5%未満である場合、コーナー部74,78が小さくなってしまい、コーナー部74,78とシリンダ内周面42の間の接触面圧を下げる効果が小さくなる。また、曲率半径Rが20%を超える場合、コーナー部74,78とシリンダ内周面42との隙間が大きくなり、重ね合わせ領域S3が実質的に小さくなり、シール性が低下してしまう。
なお、コーナー部74,78の曲面の中心角は、厳密に90°に限定されることはなく、例えば、80°以上100°以下の範囲に入っていればよい。また、コーナー部74の曲面の曲率は徐々に変化していてもよく、軸線直交断面にてコーナー部74の曲面がなす弧は、円の一部のみならず、楕円の一部によって形成されていてもよい。
【0054】
幾つかの実施形態では、第1舌部48と第2舌部50とが重なり合う重ね合わせ領域S3の周方向に沿った初期の長さc(
図4参照)は、ピストンリング40の摺動対象であるシリンダ15の初期の内径の1%以上4%以下である。
この構成によれば、重ね合わせ領域S3の初期の長さcがシリンダ15の初期の内径の1%以上であることによって、摩耗によりシリンダ15の内径が拡大し、ピストンリング40の外径が拡大しても、重ね合わせ領域S3が確保される。この結果として、ピストンリング40の合口部46とシリンダ内周面42との間におけるシール性が長期に渡り確保される。
【0055】
一方、重ね合わせ領域S3の初期の長さcが長すぎると、第1舌部48や第2舌部50の周方向長さが長くなる。このため、第1舌部48や第2舌部50の根元に作用する応力が大きくなり、第1舌部48や第2舌部50が根元で折れやすくなる。また、本体部44に比べて合口部46では漏れが発生し易く、第1舌部48や第2舌部50の周方向長さが長くなると、シール性が低下する。この点、重ね合わせ領域S3の周方向に沿った初期の長さcをシリンダ15の初期の内径の4%以下にすることで、第1舌部48や第2舌部50の折れが防止され、シール性が確保される。
【0056】
幾つかの実施形態では、周方向に沿った傾斜面72,76の長さb及び傾斜面72,76の傾斜角度に基づいて規定される傾斜面72,76の傾斜量a(
図7参照)は、ピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δの1倍以上30倍以下である。
なお、ピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δとは、エンジン1を通常の運転条件、例えば、負荷75〜85%の負荷での運転条件で1000時間動作させた場合における、ピストンリング40及びシリンダ内周面42の摩耗による、ピストンリング40の外径の拡大量である。
【0057】
傾斜量aが大きすぎると、コーナー部74,78と反対側の傾斜面72,76の端縁がシリンダ内周面42に強く当たるようになり、単にシリンダ内周面42が強く押される位置が周方向に変化しただけになってしまう。
この点、傾斜面72,76の傾斜量aがピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δの1倍以上30倍以下であれば、コーナー部74,78と反対側の傾斜面72,76の端縁がシリンダ内周面42に強く当たることを防止することができる。
【0058】
幾つかの実施形態では、第1舌部48と第2舌部50とが重なり合う重ね合わせ領域S3の周方向に沿った初期の長さcと周方向に沿った傾斜面72,76の長さbとの差(c−b)は、ピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δのπ倍以上30π倍以下である。
重ね合わせ領域S3の初期の長さcと傾斜面72,76の長さbとの差(c−b)が短すぎると、シリンダ内周面42の偏摩耗によりピストンリング40の外径が大きくなったときに、合口部46とシリンダ内周面42との間におけるシール性が低下してしまう。
この点、重ね合わせ領域S3の初期の長さcと傾斜面72,76の長さbとの差(c−b)がピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δのπ倍以上30π倍以下であることによって、シリンダ内周面42の偏摩耗によりピストンリング40の外径が大きくなっても、合口部46とシリンダ内周面42との間におけるシール性が長期に渡って確保される。
【0059】
幾つかの実施形態では、第1舌部48と第2舌部50とが重なり合う重ね合わせ領域S3の周方向に沿った初期の長さcは、ピストンリング40の摺動対象であるシリンダ15の初期の内径の1%以上4%以下であり、傾斜面72,76の傾斜量aは、ピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δの1倍以上30倍以下であり、且つ、第1舌部48と第2舌部50とが重なり合う重ね合わせ領域S3の周方向に沿った初期の長さcと周方向に沿った傾斜面72,76の長さbとの差(c−b)は、ピストンリング40の平均1000時間の摩耗量δのπ倍以上30π倍以下である。
【0060】
ここで
図8は、ピストンリング40がピストンリング溝41に対して傾いている状態を示す図である。
ピストン16が上死点近傍に位置しているときには、シリンダ内周面42に対するピストン16の相対速度がゼロになってピストンリング40とシリンダ内周面42との間で油膜切れが生じ易い上に、燃料の爆発により燃焼室19の圧力及び温度が高くなることから、ピストンリング40とシリンダ内周面42の摺動条件が厳しくなる。このため、シリンダ内周面42の上死点近傍は、シリンダカバー17に向かって広がるように偏摩耗する。つまり、シリンダ内周面42の上死点近傍は、シリンダ15の軸線CLに対して傾斜するように偏摩耗する。
【0061】
ピストンリング40はピストンリング溝41に対して隙間を存して嵌められており、このようにシリンダ内周面42が摩耗により傾斜すると、傾斜に対応してピストンリング40が倒れる。つまり、シリンダ内周面42に沿うようにピストンリング40の外周面が傾斜する。
【0062】
ピストンリング40が倒れていない状態では、バレルセンタBCでピストンリング40とシリンダ内周面42との間の接触面圧が最大になるが、ピストンリング40が倒れると、接触面圧が最大になる位置が変化する。このため、第2舌部50の径方向外側面66にバレルセンタBCがあったとしても、ピストンリング40が倒れると、接触面圧最大位置が第1舌部48の径方向外側面64に移ることがある。この場合、第2舌部50の径方向外側面66とシリンダ内周面42との間の接触面圧が相対的に低くなっており、傾斜面72及びコーナー部74が形成されていないと、第1舌部の先端角によってシリンダ内周面42が押されて凹む。そしてこの結果として、第1舌部の先端角近傍で、第2舌部の径方向外側面とシリンダ内周面の間に隙間が出来やすい。
【0063】
この点、第1舌部48に傾斜面72及びコーナー部74が設けられていれば、第1舌部48のコーナー部74とシリンダ内周面42との接触面圧が局所的に高くなるのが防止され、第1舌部48のコーナー部74近傍で、第2舌部50の径方向外側面66とシリンダ内周面42の間に隙間が形成されるのが防止される。この結果として、燃焼ガスの吹き抜けが防止され、第2舌部50の径方向外側面66の損傷が防止される。
【0064】
図9Aは、第1舌部48にコーナー部74と傾斜面72が設けられたピストンリング40の合口部46とシリンダ内周面42との接触面圧の分布を示すコンター図である。
図9Bは、コーナー部74と傾斜面72が設けられていない比較例のピストンリングの合口部とシリンダ内周面との接触面圧の分布を示すコンター図である。
【0065】
図9Aと
図9Bとを比較すると、コーナー部74と傾斜面72を設けることにより、合口部46とシリンダ内周面42の接触面圧の高い箇所が移動するとともに、接触面圧が高い領域が広がることがわかる。第1舌部48及び第2舌部50に対し作用する荷重は変化しないことから、荷重が広い面積に作用すれば、各位置での接触面圧が抑制される。この結果として、コーナー部74によってシリンダ内周面42が押されて凹むのを抑えられ、ピストンリング40とシリンダ内周面42の隙間が大きくなることが防止される。
【0066】
図10Aは、第1舌部48にコーナー部74と傾斜面72が設けられたピストンリング40における第1舌部48及び第2舌部50とシリンダ内周面42との間の接触面圧を示すグラフである。
図10Bは、コーナー部74と傾斜面72が設けられていない比較例のピストンリングにおける第1舌部及び第2舌部とシリンダ内周面との間の接触面圧を示すグラフである。
図10Aと
図10Bとを比較すると、コーナー部74と傾斜面72を設けることにより、第1舌部48のコーナー部74とシリンダ内周面42との間の接触面圧が、コーナー部74と傾斜面72を設けない場合に比べて抑制されているのがわかる。
【0067】
図11Aは、第1舌部48にコーナー部74と傾斜面72が設けられたピストンリング40における第1舌部48及び第2舌部50とシリンダ内周面42との間の最小隙間量を示すグラフである。
図11Bは、コーナー部74と傾斜面72が設けられていない比較例のピストンリングにおける第1舌部及び第2舌部とシリンダ内周面との間の最小隙間量を示すグラフである。
図11Aの周方向位置は
図10Aの周方向位置に対応しており、
図11Bの周方向位置は
図11Bの周方向位置に対応している。また、
図11A及び
図11Bには、吹き抜けが起きる最小隙間量(第1舌部クライテリア及び第2舌部クライテリア)が示されている。
【0068】
図11Aと
図11Bとを比較すると、コーナー部74と傾斜面72を設けることにより、第1舌部48とシリンダ内周面42との間の最小隙間量が、コーナー部74と傾斜面72を設けない場合に比べて小さくなっており、第2舌部50とシリンダ内周面42との最小隙間量が、第2舌部クライテリアを下回っている。
【0069】
本発明は上述した実施形態に限定されることはなく、上述した実施形態に変形を加えた形態や、これらの形態を適宜組み合わせた形態も含む。
例えば、上述した実施形態では、第1舌部48及び第2舌部50の両方にコーナー部74,78及び傾斜面72,76が設けられていたが、少なくとも第1舌部48にコーナー部74及び傾斜面72が設けられていればよい。
また、ピストンリング40は、複数のピストンリングがピストン16に装着される場合、燃焼室19の最も近くに配置されるトップリングに好適であるが、トップリング以外にも適用可能である。
更に、ピストンリング40が適用されるエンジン1は、舶用2サイクル大型ディーゼルエンジンが好適であるが、他のエンジンであってもよい。