特許第6387547号(P6387547)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6387547有機EL素子とその製造方法、および金属酸化物膜の成膜方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6387547
(24)【登録日】2018年8月24日
(45)【発行日】2018年9月12日
(54)【発明の名称】有機EL素子とその製造方法、および金属酸化物膜の成膜方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 51/50 20060101AFI20180903BHJP
   H05B 33/10 20060101ALI20180903BHJP
【FI】
   H05B33/22 A
   H05B33/10
   H05B33/14 A
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-501831(P2014-501831)
(86)(22)【出願日】2012年9月4日
(86)【国際出願番号】JP2012005579
(87)【国際公開番号】WO2013128504
(87)【国際公開日】20130906
【審査請求日】2015年7月14日
(31)【優先権主張番号】特願2012-46499(P2012-46499)
(32)【優先日】2012年3月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514188173
【氏名又は名称】株式会社JOLED
(74)【代理人】
【識別番号】110001900
【氏名又は名称】特許業務法人 ナカジマ知的財産綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】大内 暁
(72)【発明者】
【氏名】藤村 慎也
(72)【発明者】
【氏名】藤田 浩史
(72)【発明者】
【氏名】ダオ タン キンルアン
(72)【発明者】
【氏名】小松 隆宏
【審査官】 池田 博一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−245332(JP,A)
【文献】 特表2009−536445(JP,A)
【文献】 特開2008−243759(JP,A)
【文献】 特開2000−223276(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0012025(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0102708(US,A1)
【文献】 国際公開第99/31741(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 51/50
H05B 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに間隔をあけて対向配置された陽極および陰極と、
有機材料を含んでなり、前記陽極と前記陰極との間に介挿された機能層と、
前記機能層に電子を注入する機能を有し、前記陰極と前記機能層との間に介挿された電子注入層と、
を有し、
前記電子注入層は、d0電子配置の金属酸化物を含み、
前記電子注入層のフェルミレベルは、前記電子注入層の伝導帯下端の近傍に位置付けられており、
前記金属酸化物は、酸化チタンであり、
前記酸化チタンからなる金属酸化物の組成式TiOxにおいて、xは、1.98以上2未満であり、
前記酸化チタンからなる金属酸化物は、
結合エネルギと光電子強度あるいはその規格化強度との関係を表すUPSスペクトルが、結合エネルギが0eV〜3eVの区間で下に凸であり、UPSスペクトルの最大値が結合エネルギー5.2eVに存在する
有機EL素子。
【請求項2】
前記電子注入層のフェルミレベルと、
前記電子注入層の伝導帯下端の結合エネルギの差が、
0.3eV以下である
請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
陰極を形成する第1工程と、
前記陰極の表面に、d0電子配置を取り得る遷移金属酸化物を含む金属酸化物膜を、
酸素を含む雰囲気下で加熱成膜する第2工程と
を有し、
前記第2工程により、前記金属酸化物膜における前記遷移金属酸化物をd0電子配置にし、
かつ、前記金属酸化物膜のフェルミレベルを、前記金属酸化物膜の伝導帯下端の近傍に位置づけられており、
前記金属酸化物は、酸化チタンであり、組成式TiOxにおいて、xは、1.98以上2未満であり、
前記酸化チタンからなる金属酸化物は、
結合エネルギと光電子強度あるいはその規格化強度との関係を表すUPSスペクトルが、結合エネルギが0eV〜3eVの区間で下に凸であり、UPSスペクトルの最大値が結合エネルギー5.2eVに存在する
ことを特徴とする金属酸化物膜の成膜方法。
【請求項4】
陰極を形成する第1工程と、
前記陰極の表面に、d0電子配置を取り得る遷移金属酸化物を含む金属酸化物膜を、
酸素を含む雰囲気下で加熱成膜する第2工程と、
前記金属酸化物膜上に発光層を含む有機層を形成する第3工程と、
前記有機層上に陽極を形成する第4工程と
を有し、
前記第2工程により、前記金属酸化物膜における前記遷移金属酸化物をd0電子配置にし、
かつ、前記金属酸化物膜のフェルミレベルを、前記金属酸化物膜の伝導帯下端の近傍に位置づけられており、
前記金属酸化物は、酸化チタンであり、組成式TiOxにおいて、xは、1.98以上2未満であり、
前記酸化チタンからなる金属酸化物は、
結合エネルギと光電子強度あるいはその規格化強度との関係を表すUPSスペクトルが、結合エネルギが0eV〜3eVの区間で下に凸であり、UPSスペクトルの最大値が結合エネルギー5.2eVに存在する
ことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的発光素子である有機電界発光素子(以下「有機EL素子」と称する)とその製造方法、および金属酸化物膜の成膜方法に関し、特に、低輝度から光源用途等の高輝度まで幅広い輝度範囲を低電力で駆動するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機半導体を用いた各種機能素子の研究開発が進められている。
【0003】
代表的な機能素子として、有機EL素子がある。有機EL素子は電流駆動型の発光素子であり、陽極および陰極とからなる一対の電極対の間に、有機材料を含んでなる機能層を設けた構成を有する。駆動には電極対間に電圧を印加し、陽極から機能層に注入されるホールと、陰極から機能層に注入される電子との再結合によって発生する、電界発光現象を利用する。自己発光を行うため視認性が高く、かつ、完全固体素子であるため耐衝撃性に優れるなどの特徴を有することから、各種表示装置における発光素子や光源としての利用が注目されている。
【0004】
有機EL素子を効率よく、低消費電力かつ高輝度で発光させるためには、電極から機能層へキャリア(ホールおよび電子)を効率よく注入することが重要である。一般に、キャリアを効率よく注入するためには、それぞれの電極と機能層との間に、注入の際のエネルギ障壁を低くするための注入層を設けるのが有効である。このうち機能層と陽極との間に配設されるホール注入層には、銅フタロシアニンやPEDOT(導電性高分子)などの有機物、酸化タングステンなどの金属酸化物が用いられている。
【0005】
また、機能層と陰極との間に配設される電子注入層には、金属錯体やオキサジアゾールなどの有機物、バリウムなどの低仕事関数金属、フッ化ナトリウムなどのイオン結晶が用いられている。
【0006】
一方で、長寿命の有機EL素子を実現するためには、素子を構成する各層の大気に対する安定性も必要である。機能層や電極を構成する有機物、低仕事関数金属等の多くは、大気中の酸素や水分の影響を受け、劣化してしまうからである。
【0007】
この問題に対し、一般には、有機EL素子全体を封止して大気曝露を避けることが行われているが、並行して大気環境下でも安定な各機能層の開発も進められている。特に、このような電子注入層としては、隣接する機能層への酸素や水分の侵入を抑制でき、また自身の酸素や水分に対する耐性も比較的高い、酸化物チタンを用いたものが知られている(非特許文献1、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−283020号公報
【特許文献2】特開2011−044445号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Advanced Materials 19,2445(2007)
【非特許文献2】Surface Science 287/288,653(1993)
【非特許文献3】Journal of Vacuum Science and Technology A 10(4),2591(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来技術において酸化チタンを電子注入層として有機EL素子を製造する場合、次のような課題が存在する。
【0011】
非特許文献1や特許文献1で開示されている技術では、用いられている酸化チタンが酸素欠陥を多く含み、組成比は透明の二酸化チタンよりも黒色の一酸化チタンに近い。したがって透過率が低く、素子の発光効率を下げる惧れがあり、特にトップエミッション型の有機EL素子には不適である。
【0012】
また、電子は陰極のフェルミレベルから酸化チタンの伝導帯下端に注入され、伝導帯下端を伝導し、機能層のLUMOに注入されると考えられる。ここで、酸化チタンが酸素欠陥を多く含むと、酸化チタンの伝導帯下端を伝導する電子が、酸素欠陥に由来する準位にトラップされ、電子の伝導や機能層への電子の注入が阻害される惧れがある。
【0013】
一方で、酸素欠陥がほぼない二酸化チタンの場合は、例えば非特許文献2に開示されているように、酸化チタンのフェルミレベル(接触する電極のフェルミレベルと一致する)は伝導帯下端から大きく離れ、したがって陰極と酸化チタンの間の電子注入障壁が大きく、陰極からの電子の注入が困難になる。
【0014】
本発明は、上記のような問題の解決を図ろうとなされたものであって、大気に対する安定性と、高い透過率と、良好な電子伝導を示し、かつ、陰極との電気的接触も良好となる電子注入層を備えることで、長寿命で低消費電力の有機EL素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る有機EL素子は、陽極および陰極と、機能層と、電子注入層とを有する。
【0016】
陽極および陰極は、互いに間隔をあけて対向配置されている。
【0017】
機能層は、有機材料を含んでなり、陽極と陰極との間に介挿されている。
【0018】
電子注入層は、機能層に電子を注入する機能を有し、陰極と機能層との間に介挿されている。
【0019】
そして、本発明の一態様に係る有機EL素子では、電子注入層は、d0電子配置の金属酸化物を含み、電子注入層のフェルミレベルは、電子注入層の伝導帯下端の近傍に位置付けられている、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の一態様に係る有機EL素子では、電子注入層が、d0電子配置の金属酸化物を含み、かつ、前記電子注入層のフェルミレベルが、電子注入層の伝導帯下端の近傍に位置づけられるように構成されている。
【0021】
このような構成とすることで、当該電子注入層は、大気に対する安定性に加え、透過率が高く、良好な電子伝導を示し、陰極との電気的接触も良好となり、さらに隣接する機能層への電子注入効率も高くなる。これにより、本発明の一態様に係る有機EL素子は、長寿命で低消費電力という効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施の形態1に係る有機EL素子1の構成を示す模式的な断面図である。
図2】(a)は、有機EL素子1の製造方法を示す工程図であり、(b)は、電子注入層の形成条件の一部を示す表である。
図3】酸化チタンのUPSスペクトルを示す図である。
図4図3のA部を拡大した図である。
図5】酸化チタンのIPESスペクトルを示す図である。
図6】作製した有機EL素子の印加電圧と電流密度の関係曲線を示す素子特性図である。
図7】実施の形態2に係る有機EL素子2の構成を示す模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
《本発明の態様》
本発明の一態様に係る有機EL素子は、互いに間隔をあけて対向配置された陽極および陰極と、有機材料を含んでなり、陽極と陰極との間に介挿された機能層と、機能層に電子を注入する機能を有し、陰極と機能層との間に介挿された電子注入層と、を有する。
【0024】
そして、本発明の一態様に係る有機EL素子では、電子注入層は、d0電子配置の金属酸化物を含み、電子注入層のフェルミレベルは、電子注入層の伝導帯下端の近傍に位置付けられている、ことを特徴とする。これにより、本発明の一態様に係る有機EL素子の電子注入層は、良好な電子伝導を示し、陰極との電気的接触も良好となり、さらに隣接する機能層への電子注入効率も高く期待できる。したがって、本発明の一態様に係る有機EL素子は、長寿命で低消費電力という効果を有する。
【0025】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の特定の局面では、電子注入層のフェルミレベルと、電子注入層の伝導帯下端の結合エネルギの差が、0.3eV以下である、ことを特徴とする。これにより、陰極と当該電子注入層との間の電子注入障壁は小さくなり、陰極から当該電子注入層への電子の注入がより良好になる。
【0026】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の特定の局面では、金属酸化物は、酸化チタンである、ことを特徴とする。
【0027】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の特定の局面では、酸化チタンからなる金属酸化物の組成式TiOxにおいて、xは1.98以上2未満である、ことを特徴とする。これにより、当該電子注入層中の酸素欠陥が極少なくなるため、電子が当該電子注入層を伝導する際、酸素欠陥に起因する準位にトラップされる確率が低く、したがって当該電子注入層はより良好な電子伝導を示すことができる。
【0028】
また、本発明の一態様に係る有機EL素子の特定の局面では、酸化チタンからなる金属酸化物は、結合エネルギと光電子強度、あるいはその規格化強度との関係を示すUPSスペクトルが、結合エネルギが0eV〜3eVの区間で下に凸である、ことを特徴とする。これにより、当該電子注入層中の酸素欠陥を極少なくできる。なお、前記において「下に凸」とは、換言すると、「上に凸(隆起部分)」を有さず、漸次なだらかに変化する状態を指している。
【0029】
本発明の一態様に係る金属酸化物膜の成膜方法は、陰極を形成する第1工程と、前記陰極の表面に、d0電子配置をとり得る遷移金属酸化物を含む金属酸化物膜を、酸素を含む雰囲気下で加熱成膜する第2工程とを有する。
【0030】
そして、本発明の一態様に係る金属酸化物膜の成膜方法では、第2工程において、金属酸化物膜における遷移金属酸化物をd0電子配置にし、かつ、金属酸化物膜のフェルミレベルを、金属酸化物膜の伝導帯下端の近傍に位置づける、ことを特徴とする。これにより、本発明の一態様に係る金属酸化物膜の成膜方法では、良好な電子伝導と電子注入効率を持つ金属酸化物膜を成膜できる。
【0031】
本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法は、陰極を形成する第1工程と、前記陰極の表面に、d0電子配置をとり得る遷移金属酸化物を含む金属酸化物膜を、酸素を含む雰囲気下で加熱成膜する第2工程とを有する。
【0032】
そして、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法では、第2工程において、金属酸化物膜における遷移金属酸化物をd0電子配置にし、かつ、金属酸化物膜のフェルミレベルを、金属酸化物膜の伝導帯下端の近傍に位置づける、ことを特徴とする。これにより、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法では、良好な電子伝導と電子注入効率を持つ電子注入層を形成できる。したがって、本発明の一態様に係る有機EL素子の製造方法では、長寿命で低消費電力という効果を有する有機EL素子を製造することができる。
【0033】
また、本発明の別の態様である有機EL素子の製造方法は、陰極を形成する第1工程と、陰極の表面に、d0電子配置をとり得る遷移金属酸化物を含む金属酸化物膜を、酸素を含む雰囲気下で加熱成膜する第2工程と、金属酸化物膜上に発光層を含む有機層を形成する第3工程と、有機層上に陽極を形成する第4工程とを有する。
【0034】
そして、本発明の別の態様に係る有機EL素子の製造方法では、第2工程において、金属酸化物膜における遷移金属酸化物をd0電子配置にし、かつ、金属酸化物膜のフェルミレベルを、金属酸化物膜の伝導帯下端の近傍に位置づける、ことを特徴とする。これにより、本発明の別の態様に係る有機EL素子の製造方法でも、長寿命かつ低電圧駆動で高効率な有機EL素子を製造できる。
【0035】
以下、本発明の実施の形態の有機EL素子を説明し、続いて本発明の各性能確認実験の結果と考察を述べる。
【0036】
なお、各図面における部材縮尺は、実際のものとは異なる。
【0037】
また、本発明は、その本質的な特徴的構成を除き、以下の実施の形態に何ら限定を受けるものではない。
【0038】
《実施の形態1》
(有機EL素子の構成)
図1は、実施の形態1に係る有機EL素子1の構成の一部を示す模式的な断面図である。
【0039】
図1に示すように、本実施の形態に係る有機EL素子1は、電子注入層12と、所定の機能を有する各機能層(ここでは発光層13、ホール輸送層14およびホール注入層15)が互いに積層されてなる積層体が、陰極11および陽極16からなる電極対の間に介設された構成を有する。
【0040】
具体的には図1に示すように、有機EL素子1は、基板10の片側主面に対し、陰極11、電子注入層12、発光層13、ホール輸送層14、ホール注入層15、陽極16とを同順に積層して構成される。そして、陽極16および陰極11には電源17が接続され、外部より有機EL素子1に給電されるようになっている。
【0041】
(陰極)
陰極11は、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)から構成され、厚さ50nmの薄膜である。
【0042】
(電子注入層)
電子注入層12は、酸化チタンから構成され、例えば、厚さ1nmである。
【0043】
電子注入層12はできるだけチタンと酸素のみの元素で構成されることが望ましいが、通常レベルで混入し得る程度に、極微量の不純物が含まれていてもよい。
【0044】
ここで、電子注入層12は特定の製造方法(例えば、後述の製造方法)で形成することで、酸化チタンの酸素欠陥を極少なくしながら、フェルミレベルを伝導帯下端近傍に位置させている。
【0045】
(発光層)
発光層13は、例えば、Alq3(Tris(8−quinolinyloxy)aluminum)から構成され、厚さ50nmである。
【0046】
(ホール輸送層)
ホール輸送層14は、例えば、α−NPD(Bis[N−(1−naphthyl)−N−pheny]benzidine)から構成され、厚さ50nmである。
【0047】
(ホール注入層)
ホール注入層15は、例えば、酸化タングステンから構成され、厚さ10nmである。
【0048】
ここで、ホール注入層15は、特許文献2に開示されているように、所定の電子状態を持つ。これにより、ホール注入効率は良好である。
【0049】
(陽極)
陽極16は、例えば、アルミニウムから構成され、厚さ100nmである。
【0050】
(基板)
基板10は、無アルカリガラス、ソーダガラス、無蛍光ガラス、燐酸系ガラス、硼酸系ガラス、石英、アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエチレン、ポリエステル、シリコン系樹脂、またはアルミナ等の絶縁性材料のいずれかで形成することができる。
【0051】
(有機EL素子1の作用および効果)
以上の構成を持つ有機EL素子1では、酸化チタンからなる電子注入層12において、酸素欠陥が極少ないため、着色が起こらず透過率が高く、酸素欠陥に由来する準位に電子がトラップされる確率も極めて低い。加えて、電子注入層12における酸素欠陥が極少ないため、ほぼ完全なd0電子配置となり、Ti3d軌道からなる伝導帯に注入された電子は、閉殻の価電子帯から強い反発を受け、隣接した発光層13へ容易に注入される。
【0052】
また、電子注入層12において、酸素欠陥は極少ないもののある程度存在するため、フェルミレベルは伝導帯下端近傍に位置でき、陰極11との間の電子注入障壁も小さい。したがって、本実施の形態に係る有機EL素子1は、高い電子注入効率、電子輸送効率、発光効率も実現できる。
【0053】
次に、有機EL素子1の全体的な製造方法を例示する。
【0054】
(有機EL素子1の製造方法)
図2(a)は、有機EL素子1の製造過程を模式的に表した工程図である。
【0055】
まず、基板10をスパッタ成膜装置のチャンバー内に載置する。そしてチャンバー内に所定のスパッタガスを導入し、反応性スパッタ法で、ITOからなる厚さ50nmの陰極11を成膜する(図2(a)のステップS1)。
【0056】
次に、基板10を真空蒸着装置のチャンバー内に載置し、二酸化チタンをターゲットとした電子線蒸着法により、酸化チタンからなる厚さ1nmの電子注入層12を陰極11上に成膜する(図2(a)のステップS2)。このとき、図2(b)に示すように、基板10の温度を500℃に保つ。これにより、酸素欠陥が極少なく、ほぼ完全なd0電子配置となり、かつフェルミレベルが伝導帯下端近傍に位置する、酸化チタンからなる電子注入層12が形成される。
【0057】
次に、基板10の温度を室温にし、例えば、抵抗加熱蒸着法により、Alq3からなる厚さ50nmの発光層13、α−NPDからなる厚さ50nmのホール輸送層14、酸化タングステンからなる厚さ10nmのホール注入層15、アルミニウムからなる厚さ100nmの陽極16を、この順に積層する(図2(a)のステップS3〜ステップS5)。
【0058】
なお、図1には図示しないが、有機EL素子1が大気に曝されるのを抑制する目的で、陽極16の表面にさらに封止層を設けるか、あるいは有機EL素子1全体を空間的に外部から隔離する封止缶を設けることができる。封止層は、例えばSiN(窒化シリコン)、SiON(酸窒化シリコン)等の材料で形成でき、有機EL素子1全体を内部封止するように設ける。封止缶を用いる場合は、封止缶は例えば基板10と同様の材料で形成でき、水分などを吸着するゲッターを密閉空間内に設ける。
【0059】
以上の工程を経ることで、有機EL素子1が完成する。
【0060】
(各種実験と考察)
[酸化チタンの電子状態について]
本実施の形態1における酸化チタンからなる電子注入層12は、酸素欠陥が極少なく組成式TiOxにおいてxがほぼ2である一方、フェルミレベルは伝導帯下端近傍に位置している。これらのことは以下の実験で確認された。
【0061】
ITO基板上に、電子線蒸着法により厚さ10nmの酸化チタン膜を2サンプル成膜した。そのうち一方は、成膜中の基板温度を前記の製造方法の500℃とし、もう一方は室温とした。
【0062】
以降、室温で成膜した酸化チタン膜をas−depo膜、500℃で成膜した酸化チタン膜(本発明の酸化チタンからなる電子注入層に該当する)をannealed膜と表記する。なお、この500℃加熱によるITO基板の変質がないことを、別の実験により確認している。
【0063】
1.UPS測定
作成した各酸化チタン膜に対し、紫外光電子分光(UPS)測定を行った。ここで、一般にUPSスペクトルは、測定対象物の表面から深さ数nmまでにおける、価電子帯などの占有準位の状態を反映する。
【0064】
(UPS測定条件)
使用機器:X線・紫外光電子分光装置
PHI5000 VersaProbe(アルバック・ファイ社製)
光源:He I線
バイアス:なし
光電子出射角:基板法線方向
測定点間隔:0.05eV
図3に、各酸化チタン膜のUPSスペクトルを示す。横軸の結合エネルギの原点はITO基板のフェルミレベル(酸化チタン膜のフェルミレベルと一致する)とし、左方向を正の向き(結合が強い向き)とした。また、縦軸は、各スペクトルの最大値で規格化した光電子強度である。また、図4に、図3中の矢印Aで指し示す部分を拡大した拡大図を示す。
【0065】
まず、図3中の矢印Aで示す部分、および図4に示すように、as−depo膜のUPSスペクトルでは、結合エネルギが0eV〜3eVの区間に隆起構造が現れている。このas−depo膜のUPSスペクトルにおける隆起構造は、酸化チタンの酸素欠陥に由来する準位である(非特許文献3を参照)。したがって、as−depo膜には酸素欠陥が有意に存在する。
【0066】
一方で、図3中の矢印Aで示す部分、および図4に示すように、annealed膜のUPSスペクトルでは、結合エネルギが0eV〜3eVの区間において、as−depo膜のUPSスペクトルのような隆起構造が現れず、この区間で下に凸となっている。したがって、annealed膜においては、酸素欠陥があっても極少ないと推測される。
【0067】
実際、同じ光電子分光装置を用いたX線光電子分光測定から見積もった各酸化チタン膜の組成比(組成式TiOxのxの値)は、as−depo膜がおよそ1.9であるのに対し、annealed膜はほぼ2.0(測定の誤差を踏まえても1.98以上)となった。したがって、annealed膜は酸素欠陥が極少ないことが分かる。
【0068】
次に、価電子帯上端の位置を比較する。
【0069】
酸化チタンの場合、UPSスペクトルにおける最も大きな立ち上がりがO2p軌道からなる価電子帯の上端であり、UPSスペクトルの立ち上がりの変曲点を通る接線(図3中の線B1,B2)と横軸との交点を価電子帯上端の結合エネルギ位置と見なすことが出来る。
【0070】
接線B1と接線B2とを比較すると、as−depo膜の方が、膜のフェルミレベル(横軸の原点)と価電子帯上端が近いことが分かる。よって、2つの酸化チタン膜(as−depo膜、annealed膜)のバンドギャップの大きさがほぼ同じであれば、annealed膜の方が膜のフェルミレベルと伝導帯下端が近いことになる。なお、光吸収から見積もったバンドギャップの大きさは、2つの膜ともほぼ同じとなった。
【0071】
2.IPES測定
フェルミレベルの位置をさらに確認するために、各酸化チタン膜に対し、逆光電子分光(IPES)測定を行った。ここで、IPESスペクトルは、測定対象物の表面から深さ数nmまでにおける、伝導帯などの非占有準位の状態を反映する。
【0072】
図5に、各酸化チタン膜(as−depo膜、annealed膜)のIPESスペクトルを示す。図5において、横軸の結合エネルギの原点はITO基板のフェルミレベル(酸化チタン膜のフェルミレベルと一致する)とし、左方向を正の向き(結合が強い向き)とした。また、図5において、縦軸は、単位入射電子数当たりの発光強度を、各スペクトルの最大値で規格化した値である。
【0073】
酸化チタンの場合、IPESスペクトルにおける最初の立ち上がりがTi3d軌道からなる伝導帯の下端である。立ち上がり部分とバックグラウンドに近似直線を引き、その交点の横軸位置を伝導帯下端の結合エネルギ位置と見なすことが出来る。図5中に各酸化チタン膜の伝導帯下端の位置を数値で示した。図5に示すように、近似直線の引き方や交点の読み取り誤差を含めても、やはりannealed膜の方が膜のフェルミレベル(横軸の原点)と伝導帯下端が近いことがわかる。
【0074】
以上により、実施の形態1における酸化チタンからなる電子注入層12は、酸素欠陥が極少ない(したがってほぼ完全なd0電子配置である)一方、フェルミレベルは伝導帯下端近傍に位置していることが確認された。図5から、annealed膜のフェルミレベルと伝導帯下端との結合エネルギの差は0.24eVであり、本発明の酸化チタンからなる電子注入層(実施の形態1における電子注入層12)は、この差が0.3eV以下であることが望ましい。
【0075】
なお、d0電子配置の金属酸化物とは、金属原子のd軌道に電子が入っていない金属酸化物を指す。化学量論組成の二酸化チタンの場合、Ti原子の持つ4個の価電子が、各O原子に2個ずつ、全て取られるため、価電子の入っていたd軌道は完全に空になる。したがって、酸素欠陥の極少ない、組成比がほぼx=2である本発明の酸化チタンは、ほぼ完全なd0電子配置を持つと見なせるのである。
【0076】
また、組成比がほぼx=2であるから、本発明の酸化チタンからなる電子注入層は、着色がほとんどない。
【0077】
[酸化チタンの電子状態と素子特性との関係について]
本発明の酸化チタンからなる電子注入層(実施の形態1における電子注入層12)を用いた有機EL素子は、良好な低電圧駆動を示す。これを確認するために、as−depo膜とannealed膜を電子注入層とした、各有機EL素子を作製した。以降、as−depo膜を電子注入層とした有機EL素子をas−depo−BPD、annealed膜を電子注入層とした実施の形態1の有機EL素子1をannealed−BPDと表記する。
【0078】
具体的に作製した各有機EL素子は、図1の有機EL素子1と同じ構成であり、製造方法は、as−depo−BPDが酸化チタン成膜中の基板温度を室温としていること以外は前記の通りである。
【0079】
作製した各有機EL素子を直流電源に接続し、電圧を印加した。このときの印加電圧を変化させ、電圧値に応じて流れた電流値を素子の単位面積当たりの値(電流密度)に換算した。図6は、各有機EL素子(as−depo−BPD、annealed−BPD)の電流密度−印加電圧曲線である。図6中の縦軸は電流密度(mA/cm2)、横軸は印加電圧(V)である。
【0080】
図6に示すように、annealed−BPDはas−depo−BPDと比較して、電流密度−印加電圧曲線の立ち上がりが早く、低い印加電圧で高い電流密度が得られていることがわかる。
【0081】
以上により、本発明の酸化チタンからなる電子注入層を用いた有機EL素子(実施の形態1の有機EL素子1)は、酸素欠陥を有意に持つ酸化チタンからなる電子注入層を用いた従来の有機EL素子よりも、より低電圧で動作できることがわかる。
【0082】
なお、成膜中の基板が高温である、酸化チタンからなる電子注入層12における酸素欠陥が、極少ない理由は次の通りである。電子線蒸着法において、二酸化チタンのターゲットを電子線で加熱すると、ターゲットが分解され、発生した酸素が蒸着装置内に充満する(前記の製造方法においては、発生した酸素の分圧は10-4Pa台となった)。このような酸素を豊富に含む雰囲気下で、高温で蒸着を行うことで、電子線で分解したターゲットから基板に飛来するチタン原子、チタンと酸素からなるクラスタ等の酸化が促進され、ほぼ化学量論組成近くまで酸化される。これにより、酸素欠陥が極少ない酸化チタン膜となるのである。
【0083】
[酸化チタンの電子注入・伝導のメカニズムについて]
本発明の電子注入層を用いた有機EL素子が良好な特性を示す理由としては、下記(i)〜(iii)が挙げられる。
【0084】
(i) 電子注入層のフェルミレベル(陰極のフェルミレベルと一致する)が伝導帯下端近傍に位置するので、陰極と電子注入層の間の電子注入障壁が小さく、陰極から電子注入層への電子注入効率が良い。
【0085】
(ii) 電子注入層の酸素欠陥が極少ないため、電子注入層内を伝導する電子が、酸素欠陥に由来する準位にトラップされる確率が非常に低い。したがって電子注入層内の電子伝導が阻害されにくい。
【0086】
(iii) 電子注入層がほぼ完全なd0電子配置であるため、陰極からd軌道の伝導帯に注入された電子は、閉殻の価電子帯から強い反発を受け、電子注入層から隣接する機能層のLUMOに押し出される。したがって電子注入層から機能層への電子注入効率が良い。
【0087】
特に(iii)の理由は、d0電子配置の酸化チタンが光触媒として用いられていることと関連する。即ち、紫外光で酸化チタンの価電子帯から伝導帯に電子が励起されると、d0電子配置に起因して、価電子帯に生成されたホールが強い酸化力(電子を奪い取る力)を持つとともに、伝導帯に励起された電子も強い還元力(電子を供与する力)を持つ。そして、例えば水が吸着すれば、酸素と水素イオンに酸化し、同時に水素と水酸化物イオンに還元する。上記(iii)中における“電子注入層から隣接する機能層のLUMOに押し出される”とは、言わば酸化チタンの伝導帯に注入された電子が、機能層の分子を“還元”し、機能層に電子を供与すると考えられるのである。
【0088】
なお、as−depo膜のように酸素欠陥が比較的多い酸化チタンからなる電子注入層は、上記(i)を満たさないか、あるいは組成比が一酸化チタンに近い場合は、高い導電性を示すものの、上記(ii)や上記(iii)を満たさないと考えられる。
【0089】
また、単純に酸素欠陥を無くすだけでは、言わばn型半導体から真性半導体になり、非特許文献2に開示されているように、伝導帯下端からフェルミレベルが離れ、上記(i)が満たされないことは既に述べた。逆に酸素欠陥が比較的多いas−depo膜では、酸素欠陥に由来する準位が大きく広がり、フェルミレベルがそこに引き寄せられてしまい、やはり伝導帯下端からフェルミレベルが離れてしまっている。これらのことから、本発明の酸化チタンは、酸素欠陥は極少ないものの適度に存在するため、局在した僅かな酸素欠陥起因の占有準位が伝導帯下端の近傍に位置し、フェルミレベルをそこに固定しているものと考えられる。
【0090】
本発明は、この適度な酸素欠陥の量を、UPSスペクトルの形状やフェルミレベルの位置を用いて規定することで、優れた電子注入層を得るものである。
【0091】
《実施の形態2》
(有機EL素子の構成)
図7は、実施の形態2に係る有機EL素子2の構成の一部を示す模式的な断面図である。
【0092】
有機EL素子2は、電子注入層、発光層、バッファ層をウェットプロセスにより塗布して製造する塗布型であって、電子注入層22と、所定の機能を有する各機能層(ここではホール注入層25、バッファ層24および発光層23)が互いに積層されてなる積層体が、陽極26および陰極21からなる電極対の間に介設された構成を有する。
【0093】
具体的には図7に示すように、有機EL素子2は、基板20の片側主面に対し、陽極26、ホール注入層25、バッファ層24、発光層23、電子注入層22、陰極21とを同順に積層して構成される。
【0094】
(陽極)
陽極26は、例えば、ITOから構成され、厚さ50nmである。
【0095】
(ホール注入層)
ホール注入層25は、例えば、酸化タングステンから構成され、厚さ30nmである。
【0096】
ここで、ホール注入層25は、特許文献2に開示された所定の成膜条件で成膜されている。これにより、ホール注入効率は良好である。
【0097】
(バンク)
ホール注入層25の表面には、絶縁性の有機材料(例えばアクリル系樹脂、ポリイミド系樹脂、ノボラック型フェノール樹脂等)からなるバンク28が、一定の台形断面を持つストライプ構造または井桁構造をなすように形成される。各々のバンク28の囲繞により区画されたホール注入層25の表面には、バッファ層24と、R,G,Bの何れかの発光色に対応する発光層23と、電子注入層22が形成されている。
【0098】
図7に示すように、有機EL素子2を有機ELパネルに適用する場合には、基板20上にR,G,Bの各発光色に対応する一連の3つの有機EL素子2を1単位(画素、ピクセル)とし、これが複数単位にわたり並設される。
【0099】
なお、バンク28は本発明に必須の構成ではなく、有機EL素子2を単体で使用する場合等には不要である。
【0100】
(バッファ層)
バッファ層24は、例えば、アミン系有機高分子であるTFB(Poly(9,9−di−n−octylfluorene−alt−(1,4−phenylene−((4−sec−butylphenyl)imino)−1,4−phenylene)))から構成され、厚さ20nmである。
【0101】
(発光層)
発光層23は、例えば、有機高分子であるF8BT(Poly(9,9−di−n−octylfluorene−alt−benzothiadiazole))で構成され、厚さ70nmである。
【0102】
ただし、発光層23は上記の材料からなる構成に限定されず、公知の構成材料を含むように構成することが可能である。たとえば特開平5−163488号公報に記載のオキシノイド化合物、ペリレン化合物、クマリン化合物、アザクマリン化合物、オキサゾール化合物、オキサジアゾール化合物、ペリノン化合物、ピロロピロール化合物、ナフタレン化合物、アントラセン化合物、フルオレン化合物、フルオランテン化合物、テトラセン化合物、ピレン化合物、コロネン化合物、キノロン化合物およびアザキノロン化合物、ピラゾリン誘導体およびピラゾロン誘導体、ローダミン化合物、クリセン化合物、フェナントレン化合物、シクロペンタジエン化合物、スチルベン化合物、ジフェニルキノン化合物、スチリル化合物、ブタジエン化合物、ジシアノメチレンピラン化合物、ジシアノメチレンチオピラン化合物、フルオレセイン化合物、ピリリウム化合物、チアピリリウム化合物、セレナピリリウム化合物、テルロピリリウム化合物、芳香族アルダジエン化合物、オリゴフェニレン化合物、チオキサンテン化合物、アンスラセン化合物、シアニン化合物、アクリジン化合物、8−ヒドロキシキノリン化合物の金属錯体、2−ビピリジン化合物の金属錯体、シッフ塩とIII族金属との錯体、オキシン金属錯体、希土類錯体等の蛍光物質等を挙げることができる。
【0103】
(電子注入層)
電子注入層22は、粒径5〜30nm程度の酸化チタンの微結晶を積層して構成される。
【0104】
当該微結晶はできるだけチタンと酸素のみの元素で構成されることが望ましいが、通常レベルで混入し得る程度に、極微量の不純物が含まれていてもよい。
【0105】
ここで、当該微結晶は特定の電子状態を持つように構成される。これにより、酸化チタンの酸素欠陥を極力少なくしながら、フェルミレベルを伝導帯下端近傍に位置させている。
【0106】
(陰極)
陰極21は、例えば、アルミニウムで構成され、厚さ100nmである。
【0107】
陽極26および陰極21には電源27が接続され、外部より有機EL素子2に給電されるようになっている。
【0108】
(有機EL素子の製造方法)
まず、基板20をスパッタ成膜装置のチャンバー内に載置する。そしてチャンバー内に所定のスパッタガスを導入し、反応性スパッタ法で、ITOからなる厚さ50nmの陽極26を成膜する。
【0109】
次に、陽極26上に、反応性スパッタ法を用い、酸化タングステンからなるホール注入層25を成膜する。ここで、特許文献2に開示された所定の電子状態を有する酸化タングステンの成膜条件が望ましい。
【0110】
次に、バンク材料として、例えば感光性のレジスト材料、好ましくはフッ素系材料を含有するフォトレジスト材料を用意する。このバンク材料をホール注入層25上に一様に塗布し、プリベークした後、所定形状の開口部(形成すべきバンクのパターン)が開設されたマスクを重ねる。そして、マスクの上から感光させた後、未硬化の余分なバンク材料を現像液で洗い出す。最後に純水で洗浄することでバンク28が完成する。
【0111】
次に、バンク28の囲繞により構成された凹部底に露出しているホール注入層25の表面に、例えばインクジェット法やグラビア印刷法によるウェットプロセスにより、有機材料を含む組成物インクを滴下し、溶媒を揮発除去させる。これによりバッファ層24が形成される。
【0112】
次に、バッファ層24の表面に、同様の方法で、有機発光材料を含む組成物インクを滴下し、溶媒を揮発除去させる。これにより発光層23が形成される。
【0113】
次に、発光層23の表面に、例えばウェットプロセスにより、粒径5〜30nm程度の酸化チタンの微結晶を溶媒に分散した分散液インクを滴下し、溶媒を揮発除去させる。これにより酸化チタンの微結晶からなる電子注入層22が形成される。
【0114】
ここで、当該微結晶には、その内部や表面に酸素欠陥を極少ないものの適度な量で持たせ、電子注入層22が、上記実施の形態1の電子注入層12と同様のUPSスペクトルやフェルミレベルの位置を持つようにする。
【0115】
なお、バッファ層24、発光層23、電子注入層22の形成方法は上記の方法に限定されず、インクジェット法やグラビア印刷法以外の方法、例えばディスペンサー法、ノズルコート法、スピンコート法、凹版印刷、凸版印刷等の公知の方法によりインクを滴下・塗布しても良い。
【0116】
次に、蒸着法により、アルミニウムからなる陰極21を形成する。
【0117】
なお、図7には図示しないが、有機EL素子2が大気に曝されるのを抑制する目的で、陰極21の表面にさらに封止層を設けるか、あるいは有機EL素子2全体を空間的に外部から隔離する封止缶を設けることができる。
【0118】
以上の工程を経ることで、有機EL素子2が完成する。
【0119】
《その他の事項》
実施の形態1,2では、酸化チタンを電子注入層として用いた。
【0120】
しかしながら、本発明の電子注入層はこれに限定されるものではなく、酸化チタンのようにd0電子配置をとり得る遷移金属酸化物であれば、酸素欠陥が極少ない場合において、実施の形態1,2と同様の効果が得られる。例えば、二酸化ジルコニウム、二酸化ハフニウム、五酸化二バナジウム、五酸化二ニオブ、五酸化二タンタル、三酸化タングステン、三酸化モリブデンなどを用いることもできる。
【0121】
また、当該d0電子配置の遷移金属酸化物は、3元以上の複合酸化物でもよい。例えば、LaTiO2N、Sm2Ti225など用いることもできる。
【0122】
さらに、電子注入層については、酸化チタンからなる層に限定されるものではなく、d0電子配置の金属酸化物を含んでいればよい。
【0123】
実施の形態1では、電子線蒸着法を用い、酸素を多く含む雰囲気中で酸化チタンを500℃で加熱成膜した。
【0124】
しかしながら、本発明に係る電子注入層の形成方法はこれに限定されるものではなく、酸素を比較的多く含む雰囲気中での加熱成膜であれば、電子線蒸着法以外にも、例えばスパッタ法などの他の成膜手法を用いてもよい。このとき、基板の温度は、成膜するd0電子配置をとり得る遷移金属酸化物の結晶化が起こり得る温度であることが望ましい。例えば、実施の形態1で用いた500℃という温度は、アモルファス構造の酸化チタンがアナターゼ構造に結晶化しやすい温度である。また、基板の温度を800℃程度にすれば、ルチル構造に結晶化し易くなる。このような温度域に設定することで、酸化が促進され、酸素欠陥が極少ない金属酸化物膜を形成できる。具体的には、例えば、実施の形態1の酸化チタンからなる電子注入層を形成する際の維持すべき基板10の温度は、例えば、300℃〜900℃の範囲内とすることが適切である。
【0125】
また、例えば、五酸化二タンタルからなる電子注入層を形成する際は、700℃〜900℃の範囲内が適切である。
【0126】
また、成膜雰囲気の酸素分圧と基板温度を適切に調整することで、酸素欠陥が極少ないものの、フェルミレベルが伝導帯下端近傍に位置するようにすることも可能である。
【0127】
本発明における機能層は、ホールを注入するホール注入層、ホールを輸送するホール輸送層、注入されたホールと電子とが再結合することで発光する発光層、電子を輸送する電子輸送層、光学特性の調整または電子ブロックの用途に用いられるバッファ層等のいずれか、もしくはそれら2層以上の組み合わせ、または全ての層を指す。
【0128】
本発明は電子注入層を対象としているが、有機EL素子は電子注入層以外に上記したそれぞれ所要機能を果たす層が存在する。機能層とは、本発明の対象とする電子注入層以外の、有機EL素子に必要な層を指している。
【0129】
本発明の有機EL素子では、電子注入層と発光層との間に電子輸送層を形成してもよい。電子輸送層は、電子注入層から注入された電子を発光層へ輸送する機能を有する。電子輸送層としては、電子輸送性の有機材料を用いる。電子輸送性の有機材料とは、電子を分子間の電荷移動反応により伝達する性質を有する有機物質である。これは、n型の有機半導体と呼ばれることもある。
【0130】
本発明の有機EL素子は、素子を単一で用いる構成に限定されない。複数の有機EL素子を画素として基板上に集積することにより、有機EL発光装置を構成することもできる。このような有機EL発光装置は、各々の素子における各層の膜厚を適切に設定して実施可能であり、例えば、照明装置等として利用できる。あるいは、画像表示装置である有機ELパネルとすることもできる。
【0131】
本発明の有機EL素子を用いて有機ELパネルを製造する場合、バンク形状はいわゆるピクセルバンク(井桁状バンク)に限定されず、ラインバンクも採用できる。
【0132】
実施の形態2では、バンク材料として、有機材料が用いられていたが、無機材料を用いることもできる。この場合、バンク材料層の形成は、有機材料を用いる場合と同様、例えば塗布等により行うことができる。バンク材料層の除去は、バンク材料層上にレジストパターンを形成し、その後、所定のエッチング液(テトラメチルアンモニウムハイドロキシオキサイド(TMAH)溶液等)を用いてエッチングをすることにより行うこともできる。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明の有機EL素子は、携帯電話機用のディスプレイやテレビなどの表示素子、各種光源などに利用可能である。いずれの用途においても、低輝度から光源用途等の高輝度まで幅広い輝度範囲で低電圧駆動される有機EL素子として適用できる。このような高性能により、家庭用もしくは公共施設、あるいは業務用の各種ディスプレイ装置、テレビジョン装置、携帯型電子機器用ディスプレイ、照明光源等として、幅広い利用が可能である。
【符号の説明】
【0134】
1,2.有機EL素子
10,20.基板
11,21.陰極
12,22.電子注入層
13,23.発光層
14.ホール輸送層
15,25.ホール注入層
16,26.陽極
17,27.電源
24.バッファ層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7