特許第6387675号(P6387675)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6387675
(24)【登録日】2018年8月24日
(45)【発行日】2018年9月12日
(54)【発明の名称】車両のトラクション制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/175 20060101AFI20180903BHJP
【FI】
   B60T8/175
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-98773(P2014-98773)
(22)【出願日】2014年5月12日
(65)【公開番号】特開2015-214276(P2015-214276A)
(43)【公開日】2015年12月3日
【審査請求日】2017年3月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 英明
【審査官】 竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−292221(JP,A)
【文献】 特開平04−078623(JP,A)
【文献】 特開平06−199155(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12−8/1769
B60T 8/32−8/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動輪のスリップ量が制動制御開始閾値以上になったときに同駆動輪に制動力を付与する制動トラクション制御を開始し、前記駆動輪のスリップ量を調整する車両のトラクション制御装置において、
前記制動制御開始閾値を、車両の走行状態に応じた値に決定する開始閾値決定部と、
車両の走行状態として駆動輪の加速度である車輪加速度を演算する加速度演算部と、を備え、
前記開始閾値決定部は、車両の走行状態に基づいて前記制動制御開始閾値の変更条件が成立しているか否かを判定し、同変更条件が成立しているときには同変更条件が成立していないときよりも同制動制御開始閾値を大きくするようにしており、
前記変更条件は、前記加速度演算部によって演算された車輪加速度が加速度判定値未満であることを含む
ことを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項2】
車両の駆動輪のスリップ量が制動制御開始閾値以上になったときに同駆動輪に制動力を付与する制動トラクション制御を開始し、前記駆動輪のスリップ量を調整する車両のトラクション制御装置において、
前記制動制御開始閾値を、車両の走行状態に応じた値に決定する開始閾値決定部を備え
前記開始閾値決定部は、車両の走行状態に基づいて前記制動制御開始閾値の変更条件が成立しているか否かを判定し、同変更条件が成立しているときには同変更条件が成立していないときよりも同制動制御開始閾値を大きくするようにしており、
前記変更条件は、車両の走行する路面が、右駆動輪が接地する路面のμ値と左駆動輪が接地する路面のμ値とが異なる左右異μ路ではないことを含む
ことを特徴とする車両のトラクション制御装置。
【請求項3】
両の走行状態として、車両の動力源から駆動輪に伝達される駆動力と相関する駆動力相関値を演算する相関値演算部を備え、
前記変更条件は、前記相関値演算部によって演算された前記駆動力相関値が駆動力相関値判定値未満であることを含む
請求項1又は請求項に記載の車両のトラクション制御装置。
【請求項4】
前記制動トラクション制御の実施時には、前記制動制御開始閾値よりも小さい目標スリップ量に駆動輪のスリップ量を近づけるように同駆動輪に対する制動力を制御するようになっており、
前記目標スリップ量を、前記制動制御開始閾値が大きいほど大きくする目標スリップ量決定部を備える
請求項1〜請求項のうち何れか一項に記載の車両のトラクション制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動輪に対する制動力を制御する制動トラクション制御を実施することにより、駆動輪のスリップを抑える車両のトラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の車両のトラクション制御装置として、例えば特許文献1に記載される装置が提案されている。このトラクション制御装置では、互いに大きさの異なる2つのスリップ状態閾値(第1のスリップ状態閾値、第2のスリップ状態閾値)が用意されている。制動トラクション制御の開始前にあっては、例えば、第1のスリップ状態閾値が右駆動輪用の閾値として選択され、第2のスリップ状態閾値が左駆動輪用の閾値として選択される。そして、制動トラクション制御の開始時には、右駆動輪に対する制動力が第1のスリップ状態閾値に応じて調整され、左駆動輪に対する制動力が第2のスリップ状態閾値に応じて調整される。
【0003】
なお、上記のトラクション制御装置では、制動トラクション制御の実施中に、右駆動輪用の閾値が第1のスリップ状態閾値から第2のスリップ状態閾値に変更され、左駆動輪用の閾値が第2のスリップ状態閾値から第1のスリップ状態閾値に変更される。そして、右駆動輪に対する制動力が第2のスリップ状態閾値に応じて調整され、左駆動輪に対する制動力が第1のスリップ状態閾値に応じて調整される。このように右駆動輪用の閾値と左駆動輪用の閾値とが交互に入れ替わるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−72689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、制動トラクション制御の実施時にあっては、車両の動力源から駆動輪に伝達されている駆動力を制動力によって相殺することとなる。そのため、制動トラクション制御の実施機会が多いと、車両のエネルギ効率の低下を招くこととなる。
【0006】
本発明の目的は、制動トラクション制御の実施機会を減らすことにより、車両のエネルギ効率を高めることができる車両のトラクション制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための車両のトラクション制御装置は、車両の駆動輪のスリップ量が制動制御開始閾値以上になったときに同駆動輪に制動力を付与する制動トラクション制御を開始し、前記駆動輪のスリップ量を調整する装置を前提としている。そして、この装置は、制動制御開始閾値を、車両の走行状態に応じた値に決定する開始閾値決定部を備える。
【0008】
上記構成によれば、車両の走行状態に応じて制動制御開始閾値を可変としている。そのため、同車両の走行状態に基づき、制動トラクション制御の必要性が低いと推定できる場合には、制動制御開始閾値を大きくし、制動トラクション制御を開始させにくくすることができる。そして、このように制動トラクション制御の実施機会を減らすことにより、車両のエネルギ効率を高めることができるようになる。
【0009】
上記車両のトラクション制御装置において、開始閾値決定部は、車両の走行状態に基づいて制動制御開始閾値の変更条件が成立しているか否かを判定し、同変更条件が成立しているときには同変更条件が成立していないときよりも制動制御開始閾値を大きくするようにしてもよい。この場合、制動トラクション制御の必要性が低く、変更条件が成立しているときには、制動トラクション制御の必要性が高く、変更条件が成立していないときよりも制動制御開始閾値が大きくされるため、制動トラクション制御が実施されにくくなる。
【0010】
例えば、駆動輪が緩やかに加速している場合、駆動輪の車輪速度から車体速度を減じた差である駆動輪のスリップ量が大きくなりにくい。よって、制動トラクション制御よりも応答性の低い駆動トラクション制御を実施し、車両の動力源から駆動輪に伝達される駆動力を低減させることにより、同駆動輪のスリップ量を適切に調整することができるため、制動トラクション制御の必要性が低いと推定することができる。そこで、車両のトラクション制御装置は、車両の走行状態として駆動輪の加速度である車輪加速度を演算する加速度演算部を備えるようにしてもよい。この場合、変更条件は、加速度演算部によって演算された車輪加速度が加速度判定値未満であることを含むことが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、駆動輪の車輪加速度が加速度判定値未満であるときには、車輪加速度が小さいと推定することができる。そのため、駆動輪の車輪加速度が加速度判定値未満であることを含む変更条件が成立しているときには、変更条件が成立してないときよりも制動制御開始閾値が大きくされ、制動トラクション制御が開始されにくくなる。このように制動トラクション制御の必要性が低いと推定される際に限って同制動トラクション制御を開始させにくくすることにより、同制動トラクション制御の実施機会を適切に減らすことができるようになる。
【0012】
また、車両の走行する路面が、右駆動輪が接地する路面のμ値と左駆動輪が接地する路面のμ値とが異なる左右異μ路ではない場合、路面が左右異μ路である場合よりも車両挙動が不安定化しにくいため、制動トラクション制御の必要性が低いと推定することができる。そこで、変更条件は、車両の走行する路面が、右駆動輪が接地する路面のμ値と左駆動輪が接地する路面のμ値とが異なる左右異μ路ではないことを含むことが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、路面が左右異μ路ではない場合には、制動制御開始閾値が大きくされるため、制動トラクション制御が開始されにくくなる。このように制動トラクション制御の必要性が低いと推定される際に限って同制動トラクション制御を開始させにくくすることにより、制動トラクション制御の実施機会を適切に減らすことができるようになる。
【0014】
また、駆動輪に伝達される駆動力が小さい場合、又は駆動力が増大されにくいと予測される場合、駆動輪のスリップ量が増大されにくい。よって、制動トラクション制御よりも応答性の低い駆動トラクション制御を実施し、車両の動力源から駆動輪に伝達される駆動力を低減させることにより、同駆動輪のスリップ量を適切に調整することができるため、制動トラクション制御の必要性が低いと推定することができる。そこで、車両のトラクション制御装置は、車両の走行状態として、車両の動力源から駆動輪に伝達される駆動力と相関する駆動力相関値を演算する相関値演算部を備えるようにしてもよい。この場合、変更条件は、相関値演算部によって演算された上記駆動力相関値が駆動力相関値判定値未満であることを含むことが好ましい。
【0015】
上記構成によれば、駆動力相関値が駆動力相関値判定値未満であるときには、駆動輪に伝達される駆動力が小さい、又は駆動力が増大されにくいと推定することができる。そのため、駆動力相関値が駆動力相関値判定値未満であることを含む変更条件が成立しているときには、変更条件が成立してないときよりも制動制御開始閾値が大きくされ、制動トラクション制御が開始されにくくなる。このように制動トラクション制御の必要性が低いと推定される際に限って同制動トラクション制御を開始させにくくすることにより、制動トラクション制御の実施機会を適切に減らすことができるようになる。
【0016】
ここで、制動トラクション制御の実施時には、制動制御開始閾値よりも小さい目標スリップ量に駆動輪のスリップ量を近づけるように同駆動輪に対する制動力が制御されることがある。この場合、車両のトラクション制御装置は、目標スリップ量を、制動制御開始閾値が大きいほど大きくする目標スリップ量決定部を備えることが好ましい。
【0017】
上記構成によれば、目標スリップ量が制動制御開始閾値に応じて変更される。そのため、目標スリップ量が所定値に固定されている場合と比較して、制動制御開始閾値と目標スリップ量との差分が大きくなりにくい。そのため、制動トラクション制御の実施によって駆動輪に付与される制動力が過大となることが抑制される。したがって、制動トラクション制御の実施中にあっては、目標スリップ量を制動制御開始閾値に応じて可変とすることにより、駆動輪のスリップ量を適切に調整することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】車両のトラクション制御装置の一実施形態である制御装置を備える車両を示す概略構成図。
図2】制動トラクション制御の必要性が低いと推定される車両の走行領域を表すグラフ。
図3】駆動トラクション制御及び制動トラクション制御の開始タイミングを決定するために実行される処理ルーチンを説明するフローチャート。
図4】制動制御開始閾値及び目標スリップ量を決定するために実行される処理ルーチンを説明するフローチャート。
図5】車両の走行時では変更条件が成立している場合のタイミングチャートであって、(a)はアクセル開度の推移を示し、(b)は駆動輪の車輪加速度の推移を示し、(c)は駆動輪のスリップ量の推移を示す。
図6】車両の走行途中で変更条件が非成立となる場合のタイミングチャートであって、(a)はアクセル開度の推移を示し、(b)は駆動輪の車輪加速度の推移を示し、(c)は駆動輪のスリップ量の推移を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、車両のトラクション制御装置を具体化した一実施形態を図1図6に従って説明する。
図1には、本実施形態の車両のトラクション制御装置である制御装置100を備える車両の一例が図示されている。図1に示すように、車両は、後輪RL,RRが駆動輪として機能し、前輪FL,FRが従動輪として機能する車両である。こうした車両には、運転者によるアクセルペダル11の操作量であるアクセル開度ACに応じて運転されるエンジン12が設けられている。そして、エンジン12から出力された駆動力が、自動変速機13及びディファレンシャルギア14を通じて後輪RL,RRに伝達される。
【0020】
車両の制動装置20は、ブレーキペダル21が駆動連結されている液圧発生装置22と、車輪FL,FR,RL,RR毎に設けられているブレーキ機構30a,30b,30c,30dのホイールシリンダ内の液圧であるホイールシリンダ圧を調整するブレーキアクチュエータ23とを有している。また、制動装置20には、ブレーキペダル21の操作の有無を検知するブレーキスイッチ210が設けられている。
【0021】
ブレーキアクチュエータ23は、運転者がブレーキペダル21を操作していない場合であっても各車輪FL,FR,RL,RRに対して制動力を付与できるように構成されている。例えば、ブレーキアクチュエータ23は、液圧発生装置22を構成するマスタシリンダ内のブレーキ液圧と上記ホイールシリンダ圧との間に差圧を発生させるための差圧調整弁と、ホイールシリンダ内にブレーキ液を供給するための電動ポンプとを備えている。また、ブレーキアクチュエータ23には、ホイールシリンダ圧を車輪FL,FR,RL,RR毎に調整するための各種弁が設けられている。つまり、ブレーキアクチュエータ23は、各車輪FL,FR,RL,RRに対する制動力を個別に調整可能である。
【0022】
制御装置100には、ブレーキスイッチ210に加え、アクセル開度センサ220、スロットル開度センサ230及び車輪速度センサ240が電気的に接続されている。アクセル開度センサ220は、アクセル開度ACに応じた信号を出力する。また、スロットル開度センサ230は、エンジン12の吸気通路内に設けられている電子スロットルの開度SCに応じた信号を出力する。そして、車輪速度センサ240は、個別対応する車輪FL,FR,RL,RR毎に設けられており、対応する車輪の回転速度と相関する車輪速度VWに応じた信号を出力する。
【0023】
また、制御装置100は、エンジン12を制御するエンジンECU110及びブレーキアクチュエータ23を制御するブレーキECU120を備えている。これら各ECU110,120は、CPU、ROM及びRAMなどで構築されるマイクロコンピュータを有している。そして、制御装置100は、各種センサやスイッチなどの検出系によって検出された情報に基づき車両の挙動を推定し、エンジン12及びブレーキアクチュエータ23などを適宜制御するようになっている。なお、「ECU」とは、「Electronic Control Unit(電子制御ユニット)」のことである。
【0024】
ところで、こうした制御装置100を備える車両の走行時にあっては、スリップ状態にある駆動輪に付与される駆動力を調整する駆動トラクション制御、及びスリップ状態にある駆動輪に対する制動力を調整する制動トラクション制御が実施されることがある。車両の燃料消費量の増大を抑え、車両のエネルギ効率を高めるためには、制動トラクション制御よりも駆動トラクション制御を優先的に実施させることが好ましい。
【0025】
しかし、駆動トラクション制御では、エンジン12の出力を調整することとなるため、制動トラクション制御よりも応答性が低い。よって、駆動輪のスリップ量Slpが大きいとき、及びスリップ量Slpの増大速度が大きいときには、車両挙動の安定性を確保する上で、制動トラクション制御を早期に開始させるようにすることが好ましい。
【0026】
そこで、本実施形態では、駆動輪の車輪速度VWを時間微分した車輪加速度DVW、及びアクセル開度ACに応じて、制動トラクション制御の開始基準となる制動制御開始閾値SlpTh2を決定するようにした。すなわち、エンジン12から出力される駆動力は、基本的には、アクセル開度ACが大きいほど大きくなる。そのため、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であるときには、エンジン12から駆動輪に伝達される駆動力が大きくなりにくいことから、駆動輪のスリップ量Slpが大きくなりにくい、又はスリップ量Slpの増大速度が小さいと判断することができる。したがって、制御装置100では、アクセル開度ACを、エンジン12から駆動輪に伝達される駆動力と相関する「駆動力相関値」の一例として利用することができる。この場合、アクセル開度判定値ACThが、「駆動力相関値判定値」の一例に相当する。
【0027】
また、駆動輪のスリップ量Slpの増大速度は、車輪加速度DVWが大きいほど大きくなりやすい。そのため、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であるときには、駆動輪のスリップ量Slpが大きくなりにくいと判断することができる。
【0028】
そこで、図2に示すように、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること、及び、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であることの双方が成立している場合には、制動トラクション制御の必要性が低いと推定することができる。そのため、制動トラクション制御の開始タイミングを決定するための制動制御開始閾値SlpTh2が大きくされる。これにより、制動トラクション制御の必要性が低いと推定されるときには、制動トラクション制御の実施機会を減らすことができる。
【0029】
ただし、左後輪RLの接地している路面のμ値と、右後輪RRの接地している路面のμ値とが大きく異なる左右異μ路を車両が走行している場合には、車両挙動が不安定化しやすい。そのため、こうした場合には、上記2つの条件が成立しているときでも、制動制御開始閾値SlpTh2を大きくしない方が好ましい。
【0030】
すなわち、本実施形態では、以下に示す3つの条件を含む変更条件が成立しているときには、制動制御開始閾値SlpTh2が大きくされる。一方、3つの条件のうち少なくとも1つの条件が成立していない場合、変更条件が成立していないと判断され、制動制御開始閾値SlpTh2が大きくされない。
(第1の条件)アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること。
(第2の条件)車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること。
(第3の条件)車両の走行する路面が左右異μ路ではないこと。
【0031】
次に、図3を参照して、駆動トラクション制御及び制動トラクション制御の開始タイミングを決定するために制御装置100のブレーキECU120が実行する処理ルーチンについて説明する。この処理ルーチンは、予め設定されている制御サイクル毎に実行されるルーチンである。
【0032】
図3に示すように、本処理ルーチンにおいて、ブレーキECU120は、駆動輪の車輪速度VWから車体速度VSを減じ、その差を駆動輪のスリップ量Slpとする(ステップS11)。なお、車体速度VSは、各車輪FL,FR,RR,RLの車輪速度VWのうち少なくとも1つの車輪速度に基づき演算される値であって、車両の前方(又は後方)への移動速度を車輪の回転速度に変換した値に相当する。
【0033】
続いて、ブレーキECU120は、演算した駆動輪のスリップ量Slpが駆動制御開始閾値SlpTh1以上であるか否かを判定する(ステップS12)。この駆動制御開始閾値SlpTh1は、駆動トラクション制御の開始タイミングを決定するための基準である。そして、スリップ量Slpが駆動制御開始閾値SlpTh1以上である場合(ステップS12:YES)、ブレーキECU120は、駆動トラクション制御の開始をエンジンECU110に指示し(ステップS13)、その後、その処理を次のステップS14に移行する。そして、こうした指示を受信したエンジンECU110は、駆動トラクション制御を開始する。
【0034】
一方、スリップ量Slpが駆動制御開始閾値SlpTh1未満である場合(ステップS12:NO)、ブレーキECU120は、駆動トラクション制御の開始をエンジンECU110に指示することなく、その処理を次のステップS14に移行する。
【0035】
ステップS14において、ブレーキECU120は、演算した駆動輪のスリップ量Slpが制動制御開始閾値SlpTh2以上であるか否かを判定する。スリップ量Slpが制動制御開始閾値SlpTh2以上である場合(ステップS14:YES)、ブレーキECU120は、制動トラクション制御を開始する(ステップS15)。その後、ブレーキECU120は、本処理ルーチンを一旦終了する。一方、スリップ量Slpが制動制御開始閾値SlpTh2未満である場合(ステップS14:NO)、ブレーキECU120は、ステップS15の処理を実施することなく、本処理ルーチンを終了する。
【0036】
なお、制動トラクション制御では、ブレーキECU120は、駆動輪のスリップ量Slpを、目標スリップ量SlpTrに近づけるようにブレーキアクチュエータ23を制御する。このとき、ブレーキECU120は、フィードバック制御によって、スリップ量Slpを目標スリップ量SlpTrに近づけるようにする。そのため、制動トラクション制御の開始直後にあっては、同制御の開始時のスリップ量Slpと目標スリップ量SlpTrとの差分、すなわち制動制御開始閾値SlpTh2と目標スリップ量SlpTrとの差分が大きいほどアンダーシュートが発生しやすい。
【0037】
次に、図4を参照して、制動制御開始閾値SlpTh2及び目標スリップ量SlpTrを決定するためにブレーキECU120が実行する処理ルーチンについて説明する。この処理ルーチンは、制動トラクション制御が実施されていない場合に所定の制御サイクル毎に実行されるルーチンである。
【0038】
図4に示すように、ブレーキECU120は、アクセル開度センサ220から出力される信号に基づいてアクセル開度ACを演算し、このアクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であるか否かを判定する(ステップS21)。すなわち、本実施形態では、ブレーキECU120が、車両の走行状態としてアクセル開度ACを演算する「相関値演算部」としても機能する。
【0039】
そして、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満である場合(ステップS21:YES)、ブレーキECU120は、駆動輪の車輪加速度DVWを演算し、この車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であるか否かを判定する(ステップS22)。すなわち、本実施形態では、ブレーキECU120が、車両の走行状態として駆動輪の車輪加速度DVWを演算する「加速度演算部」としても機能する。
【0040】
車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満である場合(ステップS22:YES)、ブレーキECU120は、車両の走行している路面が左右異μ路であるか否かを判定する(ステップS23)。例えば、ブレーキECU120は、駆動輪である右後輪RRのスリップ量Slpと左後輪RLのスリップ量Slpとの差分が判定値以上であるときに、路面が左右異μ路であると判定することができる。
【0041】
そして、路面が左右異μ路ではない場合(ステップS23:NO)、ブレーキECU120は、その処理を後述するステップS25に移行する。つまり、上記第1の条件、第2の条件及び第3の条件が全て成立している場合、すなわち変更条件が成立している場合、ブレーキECU120はステップS25の処理を実施する。
【0042】
その一方で、ステップS21の判定結果が否定(NO)、ステップS22の判定結果が否定(NO)、及びステップS23の判定結果が肯定(YES)のうち少なくとも1つが成立している場合、ブレーキECU120は、その処理を次のステップS24に移行する。つまり、変更条件が成立していない場合、ブレーキECU120は、ステップS24の処理を実施する。
【0043】
ステップS24において、ブレーキECU120は、制動制御開始閾値SlpTh2を通常通りの第1の開始閾値SlpTh21とし、目標スリップ量SlpTrを通常通りの第1の目標値SlpTr1とする。その後、ブレーキECU120は、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0044】
ステップS25において、ブレーキECU120は、制動制御開始閾値SlpTh2を、第1の開始閾値SlpTh21よりも大きい第2の開始閾値SlpTh22とする。また、ブレーキECU120は、目標スリップ量SlpTrを、第1の目標値SlpTr1よりも大きい第2の目標値SlpTr2とする。その後、ブレーキECU120は、本処理ルーチンを一旦終了する。したがって、本実施形態では、ブレーキECU120が、アクセル開度AC、駆動輪の車輪加速度DVW、路面が左右異μ路であるか否かなどの車両の走行状態に応じ、制動制御開始閾値SlpTh2を決定する「開始閾値決定部」としても機能する。また、ブレーキECU120が、目標スリップ量SlpTrを、制動制御開始閾値SlpTh2が大きいほど大きくする「目標スリップ量決定部」としても機能する。
【0045】
次に、本実施形態の制御装置100を備える車両が、左右異μ路ではない路面を走行する際の作用について説明する。
まず始めに、図5に示すタイミングチャートを参照し、上記変更条件が成立している場合について説明する。
【0046】
図5(a),(b),(c)に示すように、停車中の第1のタイミングt11で運転者がアクセルペダル11を操作し始めると、アクセル開度ACが次第に大きくなる。この場合、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること(ステップS21:Yes)、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること(ステップS22:Yes)、及び車両の走行する路面が左右異μ路ではないこと(ステップS23:NO)の全てが成立している。そのため、制動制御開始閾値SlpTh2は、第1の開始閾値SlpTh21よりも大きい第2の開始閾値SlpTh22に決定され、目標スリップ量SlpTrは、第1の目標値SlpTr1よりも大きい第2の目標値SlpTr2に決定される(ステップS25)。
【0047】
そのため、駆動輪のスリップ量Slpが第1の開始閾値SlpTh21に達する第2のタイミングt12では、制動トラクション制御は開始されない(ステップS14:NO)。この場合、その後の駆動トラクション制御の実施によって、駆動輪に伝達される駆動力が低下されることにより、駆動輪のスリップ量Slpが適切に調整される(ステップS13)。
【0048】
なお、路面が左右異μ路であった場合(ステップS22:NO)、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること(ステップS21:Yes)、及び車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること(ステップS22:Yes)の双方が成立しても、変更条件が非成立とされる。よって、制動制御開始閾値SlpTh2は第1の開始閾値SlpTh21に決定され、目標スリップ量SlpTrは第1の目標値SlpTr1に決定される(ステップS25)。すると、この場合、第2のタイミングt12で、駆動輪のスリップ量Slpが制動制御開始閾値SlpTh2(=SlpTh21)に達するため(ステップS14:Yes)、制動トラクション制御が開始される(ステップS15)。
【0049】
次に、図6に示すタイミングチャートを参照し、車両の走行途中で上記変更条件が成立しなくなる場合について説明する。
図6(a),(b),(c)に示すように、停車中の第1のタイミングt21で運転者がアクセルペダル11を操作し始めると、アクセル開度ACが次第に大きくなる。こうした車両の走行開始の初期では、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること(ステップS21:Yes)、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること(ステップS22:Yes)、及び車両の走行する路面が左右異μ路ではないこと(ステップS23:NO)の全てが成立している。そのため、制動制御開始閾値SlpTh2は、第1の開始閾値SlpTh21よりも大きい第2の開始閾値SlpTh22に決定され、目標スリップ量SlpTrは、第1の目標値SlpTr1よりも大きい第2の目標値SlpTr2に決定される(ステップS25)。そのため、駆動輪のスリップ量Slpが第1の開始閾値SlpTh21に達する第2のタイミングt22では、制動トラクション制御は開始されない。
【0050】
その後もアクセル開度ACが大きくなるに従って駆動輪の車輪加速度DVWが大きくなる。そして、第3のタイミングt23で駆動輪の車輪加速度DVWが加速度判定値DVWThに達すると(ステップS22:NO)、変更条件が成立しなくなる。そのため、制動制御開始閾値SlpTh2は、第2の開始閾値SlpTh22から第1の開始閾値SlpTh21に戻され、目標スリップ量SlpTrは、第2の目標値SlpTr2から第1の目標値SlpTr1に戻される(ステップS24)。
【0051】
なお、駆動輪の車輪加速度DVWが加速度判定値DVWThに達する前に、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh以上になることもある(ステップS21:NO)。この場合であっても、制動制御開始閾値SlpTh2は、第2の開始閾値SlpTh22から第1の開始閾値SlpTh21に戻され、目標スリップ量SlpTrは、第2の目標値SlpTr2から第1の目標値SlpTr1に戻される(ステップS24)。
【0052】
そして、このように制動制御開始閾値SlpTh2が第1の開始閾値SlpTh21に戻される第3のタイミングt23では、駆動輪のスリップ量Slpが制動制御開始閾値SlpTh2以上であるため(ステップS14:YES)、制動トラクション制御が開始される(ステップS15)。すると、制動トラクション制御の実施によって駆動輪に対する制動力が制御されることにより、駆動輪のスリップ量Slpが目標スリップ量SlpTr(=第1の目標値SlpTr1)に近づくように調整される。
【0053】
以上、上記構成及び作用によれば、以下に示す効果を得ることができる。
(1)車両の走行状態に応じて制動制御開始閾値SlpTh2が可変される。そのため、車両の走行状態に基づき、制動トラクション制御の必要性が低いと推定できる場合には、制動制御開始閾値SlpTh2を大きくし、制動トラクション制御を開始させにくくすることができる。その結果、制動トラクション制御の実施機会が減り、車両のエネルギ効率を高めることができる。
【0054】
(2)本実施形態では、上記3つの条件が全て成立しているときには、制動トラクション制御の必要性が低いと推定できるため、制動制御開始閾値SlpTh2が、第1の開始閾値SlpTh21よりも大きい第2の開始閾値SlpTh22に決定される。したがって、制動トラクション制御の必要性が低いと推定されるときには、制動トラクション制御の実施機会を適切に減らすことができる。
【0055】
(3)その一方で、上記3つの条件のうち少なくとも1つが成立していないときには、制動トラクション制御の必要性が高いと推定できるため、制動制御開始閾値SlpTh2が第1の開始閾値SlpTh21に決定される。これにより、制動トラクション制御の必要性が高いと推定できる場合にあっては、従来と同じように制動トラクション制御を早期に開始させることができる。そのため、車両の燃料消費量の低減を図りつつも、制動トラクション制御が必要なときには同制動トラクション制御を適切に実施させることができる。
【0056】
(4)また、本実施形態では、目標スリップ量SlpTrが制動制御開始閾値SlpTh2に応じて変更される。そのため、目標スリップ量SlpTrが所定値に固定されている場合と比較して、制動制御開始閾値SlpTh2と目標スリップ量SlpTrとの差分が大きくなりにくい。そのため、制動トラクション制御の実施によって駆動輪に付与される制動力が過大となることが抑制される。したがって、制動トラクション制御の実施中にあっては、駆動輪のスリップ量Slpを適切に調整することができる。
【0057】
なお、上記実施形態は以下のような別の実施形態に変更してもよい。
・目標スリップ量SlpTrを制動制御開始閾値SlpTh2に応じて可変させることができるのであれば、上記の方法とは異なる別の方法で目標スリップ量SlpTrを変更してもよい。例えば、制動制御開始閾値SlpTh2から規定値を減算した値を目標スリップ量SlpTrとするようにしてもよい。この場合であっても、目標スリップ量SlpTrを、制動制御開始閾値SlpTh2が大きいときには大きくし、制動制御開始閾値SlpTh2が小さいときには小さくすることができる。したがって、上記効果(4)と同等の効果を得ることができる。
【0058】
・制動制御開始閾値SlpTh2を、アクセル開度ACの変化や駆動輪の車輪加速度DVWの変化に合わせて次第に変更させるようにしてもよい。例えば、基準閾値を「X」とし、アクセル開度ACが小さいほど大きくされる第1の補正値を「α」とし、駆動輪の車輪加速度DVWが小さいほど大きくされる第2の補正値を「β」とした場合、制動制御開始閾値SlpTh2を、基準閾値Xと、第1の補正値αと、第2の補正値βとの和としてもよい。この場合であっても、制動制御開始閾値SlpTh2を、車両の走行状態に応じた値とすることができる。その結果、上記効果(1)と同様の効果を得ることができる。
【0059】
・上記3つの条件のうち少なくとも1つが成立しているときには、変更条件が成立していると判断し、制動制御開始閾値SlpTh2及び目標スリップ量SlpTrを大きくするようにしてもよい。この場合であっても、上記効果(1)と同様の効果を得ることができる。
【0060】
・変更条件は、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であることを含むのであれば、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること、及び、車両の走行する路面が左右異μ路ではないことを含まなくてもよい。
【0061】
・変更条件は、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であることを含むのであれば、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であること、及び、車両の走行する路面が左右異μ路ではないことを含まなくてもよい。
【0062】
・変更条件は、車両の走行する路面が左右異μ路ではないことを含むのであれば、車輪加速度DVWが加速度判定値DVWTh未満であること、及び、アクセル開度ACがアクセル開度判定値ACTh未満であることを含まなくてもよい。
【0063】
・上記実施形態では、車両の動力源から駆動輪に伝達される駆動力と相関する駆動力相関値としてアクセル開度ACを採用したが、駆動輪に伝達される駆動力と相関する値であればアクセル開度AC以外の他の値を採用してもよい。例えば、こうした駆動力相関値としては、エンジン12の吸気通路内に設けられている電子スロットルの開度SCを挙げることができる。この場合、電子スロットルの開度SCが、「駆動力相関値判定値」に相当する開度判定値未満であるか否かを判定することとなる。そして、このように電子スロットルの開度SCを用いることにより、運転者がアクセルペダル11を行わない状態での車両走行時(いわゆる車両の自動走行時)でも、制動トラクション制御の実施機会を適切に低減させることが可能となる。
【0064】
・上記制御装置100を備える車両は、前輪FL,FRが駆動輪として機能し、後輪RL,RRが従動輪として機能する前輪駆動車であってもよいし、全ての車輪FL,FR,RL,RRが駆動輪として機能する四輪駆動車であってもよい。
【0065】
・上記制御装置100を備える車両としては、動力源としてモータを備える電気自動車であってもよいし、動力源としてエンジン及びモータの双方を備えるハイブリッド車両であってもよい。
【符号の説明】
【0066】
12…動力源の一例であるエンジン、100…車両のトラクション制御装置の一例である制御装置、120…開始閾値決定部、加速度演算部、相関値演算部及び目標スリップ量演算部の一例であるブレーキECU、FL,FR…駆動輪の一例である前輪、RL,RR…駆動輪の一例である後輪、AC…駆動力相関値の一例であるアクセル開度、ACTh…駆動力相関値判定値の一例であるアクセル開度判定値、DVW…車輪加速度、DVWTh…加速度判定値、SC…駆動力相関値の一例である電子スロットルの開度、Slp…スリップ量、SlpTh2…制動制御開始閾値、SlpTr…目標スリップ量。
図1
図2
図3
図4
図5
図6