(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上方又は下方が開放されコの字状断面に形成された縦壁部と横壁部とを有するダイと、当該ダイに対向してコの字状断面に形成された縦壁部と横壁部とを有するポンチと、当該ポンチの縦壁部に隣接して配置されダイ方向へ付勢されたしわ押え部材とを備え、絞り加工完了時には、素材板のフランジ先端部が前記ダイと前記ポンチとの縦壁部間に入り込むように絞り加工するプレス型であって、
前記ダイには、前記縦壁部の外側に延設されたしわ押え面が前記素材板の幅方向両端部を押圧する範囲に水平状に形成され、
前記しわ押え部材には、前記ダイのしわ押え面と協働して前記素材板の幅方向両端部を押圧するしわ押え面が水平状に形成され、
前記しわ押え部材のしわ押え面には、前記ポンチの縦壁部近傍で、前記ダイのしわ押え面と離間し前記ポンチの縦壁部へ向けて凹み状に形成された逃し部を備えたこと、
絞り加工の初期段階では前記ダイのしわ押え面と前記しわ押え部材のしわ押え面との間で狭圧されていた前記素材板のフランジ先端部が、絞り加工の途中段階から前記ダイのしわ押え面から離間して前記逃し部の凹み空間に移動すること、
前記逃し部は、前記フランジ先端部の外縁が干渉しないように、前記しわ押え部材のしわ押え面に対して階段状に凹むように形成されたことを特徴とするプレス型。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この問題に対応するため、本発明者らは、
図13に示すように、下方が開放されコの字状断面に形成された縦壁部111と横壁部112とを有する上型ダイ110と、上型ダイ110に対向してコの字状断面に形成された縦壁部121と横壁部122とを有する下型ポンチ120と、下型ポンチ120の縦壁部121に隣接して配置され上型ダイ方向へ付勢されたしわ押え部材130とを備え、絞り加工完了時には、フランジ先端部W1が上型ダイ110と下型ポンチ120との縦壁部間に入り込むように絞り加工するプレス型100を検討した。上記プレス型100によれば、上型ダイ110としわ押え130とが素材板W0のフランジ先端部W1を挟圧した状態で(
図13(A))、下型ポンチ120を素材板中央部に押し込み(
図13(B))、下死点で上型ダイ110の縦壁部111と下型ポンチ120の縦壁部121とによってフランジ先端部W1を押圧すること(
図13(C))によって、上型ダイ110としわ押え部材130との間にしわ押えフランジを残留させずに、コの字状断面を有するプレス部品Wを形成することができる。
【0006】
しかしながら、上記プレス型100では、
図14(A)に示すように、絞り加工の途中で、フランジ先端部W1が上型ダイ110のダイ肩R部113によって湾曲状に曲げ加工された後に、
図14(B)に示すように、上型ダイ110の縦壁部111と下型ポンチ120の縦壁部121との隙間に入り込む。そのため、湾曲状に曲げ加工されたフランジ先端部W1を上型ダイ110の縦壁部111と下型ポンチ120の縦壁部121とによって押圧しても、フランジ先端部W1の湾曲形状が弾性域内で変形するに留まり、フランジ先端部W1を直線状に曲げ戻すことは困難であった。したがって、製品端末となるフランジ先端部W1に大きな曲げ癖(反り)が残ってしまい、製品精度が低下する問題があった。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、コの字状断面を有するプレス部品をしわ押えフランジを残留させずに絞り加工によって形成でき、製品端末となるフランジ先端部に残留する曲げ癖(反り)を低減し、製品精度を向上させることができるプレス型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るプレス型は、次のような構成を有している。
(1)上方又は下方が開放されコの字状断面に形成された縦壁部と横壁部とを有するダイと、当該ダイに対向してコの字状断面に形成された縦壁部と横壁部とを有するポンチと、当該ポンチの縦壁部に隣接して配置されダイ方向へ付勢されたしわ押え部材とを備え、絞り加工完了時には、素材板のフランジ先端部が前記ダイと前記ポンチとの縦壁部間に入り込むように絞り加工するプレス型であって、
前記しわ押え部材のしわ押え面には、前記ポンチの縦壁部近傍で、前記ダイのしわ押え面と離間し前記ポンチの縦壁部へ向けて凹み状に形成された逃し部を備えたことを特徴とする。
【0009】
本発明においては、しわ押え部材のしわ押え面には、ポンチの縦壁部近傍で、ダイのしわ押え面と離間しポンチの縦壁部へ向けて凹み状に形成された逃し部を備えたので、絞り加工の初期段階ではダイのしわ押え面としわ押え部材のしわ押え面との間で狭圧されていた素材板のフランジ先端部が、絞り加工の途中段階からダイのしわ押え面から離間して逃し部に入り込むことができる。そのため、フランジ先端部は、ダイ肩R部を支点にポンチの縦壁部に沿うように回転しながら、ダイとポンチとの縦壁部間に入り込むことができる。その結果、フランジ先端部は、ダイ肩R部によって湾曲状に曲げ加工されにくく、フランジ先端部をダイとポンチとの縦壁部間で狭圧したとき、フランジ先端部を直線状に曲げ戻しやすくなる。
また、フランジ先端部は、ダイ肩R部を支点にポンチの縦壁部に沿うように回転しながら、ダイとポンチとの縦壁部間に入り込むので、フランジ先端部には、ダイ肩R部による引張荷重が作用しにくく、絞り加工完了後に残留する引張応力を大幅に減少させることができる。その結果、フランジ先端部には、ダイ肩R部による曲げ癖(反り)を生じにくくさせることができる。
よって、本発明によれば、コの字状断面を有するプレス部品をしわ押えフランジを残留させずに絞り加工によって形成でき、製品端末となるフランジ先端部に残留する曲げ癖(反り)を低減し、製品精度を向上させることができるプレス型を提供することができる。
【0010】
(2)(1)に記載されたプレス型において、
前記逃し部は、前記しわ押え部材のしわ押え面に対して階段状に凹むように形成されたことを特徴とする。
【0011】
本発明においては、逃し部は、しわ押え部材のしわ押え面に対して階段状に凹むように形成されたので、フランジ先端部がダイのしわ押え面から離間するとき、フランジ先端部の外縁と逃し部との干渉を回避しやすい。そのため、フランジ先端部は、逃し部との干渉に基づく反り変形をほとんど受けることなく、ダイ肩R部を支点にポンチの縦壁部に沿うように回転しながら、ダイとポンチとの縦壁部間に入り込むことができる。その結果、フランジ先端部は、ダイ肩R部及び逃し部によって湾曲状に曲げ加工されにくく、フランジ先端部をダイとポンチとの縦壁部間で狭圧したとき、フランジ先端部をより一層直線状に曲げ戻しやすくなる。
【0012】
(3)(1)又は(2)に記載されたプレス型において、
前記逃し部は、前記ダイのしわ押え面とダイ肩R部との接点から少なくとも5mm以上型外側へ離れた位置から前記ダイのしわ押え面と離間するように形成されたことを特徴とする。
【0013】
本発明においては、逃し部は、ダイのしわ押え面とダイ肩R部との接点から少なくとも5mm以上型外側へ離れた位置からダイのしわ押え面と離間するように形成されたので、フランジ先端部は、少なくとも5mm以上の直線状フランジを保持しつつ、ダイ肩R部を支点にポンチの縦壁部に沿うように回転しながら、ダイとポンチとの縦壁部間に入り込むことができる。そのため、フランジ先端部をダイとポンチとの縦壁部間で狭圧したとき、少なくとも5mm以上の直線状フランジが梃となり、フランジ先端部をより一層直線状に曲げ戻しやすくなる。その結果、フランジ先端部には、ダイ肩R部による曲げ癖(反り)をより一層生じにくくさせることができる。
【0014】
(4)(1)乃至(3)のいずれか1つに記載されたプレス型において、
前記ポンチには、当該ポンチの縦壁部と交差し前記ダイのしわ押え面と対向する棚部を形成したことを特徴とする。
【0015】
本発明においては、ポンチには、当該ポンチの縦壁部と交差しダイのしわ押え面と対向する棚部を形成したので、絞り加工の途中段階からダイのしわ押え面から離間して逃し部に入り込んだフランジ先端部をダイのしわ押え面とポンチの棚部とによって押圧して、コの字状断面の外縁にハット状の鍔部を有するプレス部品として形成することができる。そのため、フランジ先端部は、外縁にハット状の鍔部が形成されることによって形状凍結させられ、フランジ先端部に残留する曲げ癖(反り)をより一層低減させることができる。その結果、製品精度を、より一層向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、コの字状断面を有するプレス部品をしわ押えフランジを残留させずに絞り加工によって形成でき、製品端末となるフランジ先端部に残留する曲げ癖(反り)を低減し、製品精度を向上させることができるプレス型を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明の実施形態に係るプレス型について、図面を参照して詳細に説明する。はじめに、本実施形態に係るプレス型によって絞り加工されるプレス部品の構造を説明し、その後、本プレス型の構造、及び、絞り加工途中の素材流入動作について説明する。次に、本プレス型によって絞り加工するプレス部品おける応力分布及び側板反り量のCAE解析結果を説明する。最後に、本実施形態に係るプレス型の変形例を説明する。
【0019】
<プレス部品の構造>
まず、本実施形態に係るプレス型によって絞り加工されるプレス部品の構造を、
図1を用いて説明する。
図1に、本発明の実施形態に係るプレス型によって絞り加工されるプレス部品の斜視図を示す。
【0020】
図1に示すように、本プレス部品Wは、水平状に形成された天板W20と垂直状に形成された側板W10とによって略コの字状断面を構成する長尺状の補強部品である。側板W10と天板W20とが交差する交差部W30の内角は、90〜95°程度である。側板W10は、交差部W30からフランジ先端部W11の外縁W14まで略一定の幅寸法で形成されている。フランジ先端部W11の外縁W14は、仮想線W141で示す箇所を除き、製品端末を構成している。仮想線W141で示す箇所は、本プレス部品Wを絞り加工後に、寄せ抜き工程で切断する。側板W10は、長手方向及び上下方向へ略直線状に形成されているが、その一部に上下方向に延設された凸状又は凹状の補強ビードW13が適宜形成されている。
【0021】
天板W20は、長手方向及び幅方向へ略直線状に形成されているが、長手方向の中間位置で折れ線W21が形成され、折れ線W21を境に屈曲されている。天板W20は、その一部に幅方向に延設された凸状又は凹状の補強ビードW22が適宜形成されている。本プレス部品Wの素材板W0(
図2を参照)は、板厚が1〜2mm程度の冷間圧延鋼板である。素材板W0の引張強度は、例えば、490〜590MPa程度である。なお、本プレス部品Wの側板W10は、図示しない被補強部品と板合せされるので、特にフランジ先端部W11における面位置精度の要求が高い。
【0022】
<プレス型の構造>
次に、本プレス型の構造を、
図2及び
図3を用いて説明する。
図2に、本発明の実施形態に係るプレス型において、
図1に示すプレス部品のA−A断面に対応する断面図(下死点の状態)を示す。
図3に、
図2に示すプレス型における逃し部の詳細断面図(絞り加工途中の状態)を示す。
【0023】
図2、
図3に示すように、本プレス型10には、下方が開放されコの字状断面に形成された縦壁部11と横壁部12とを有する上型ダイ(ダイ)1と、当該上型ダイ1に対向してコの字状断面に形成された縦壁部21と横壁部22とを有する下型ポンチ(ポンチ)2と、当該下型ポンチ2の縦壁部21に隣接して配置されダイ方向へ付勢されたしわ押え部材3とを備え、絞り加工完了時には、素材板W0のフランジ先端部W11が上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むように絞り加工するプレス型である。
【0024】
上型ダイ1は、図示しないプレス機のラムに締結され、矢印Pの方向へ上下動する。上型ダイ1の下端には、縦壁部11の外側に延設されたしわ押え面13が水平状に形成されている。上型ダイ1のしわ押え面13は、素材板W0の幅方向両端部を押圧する範囲に形成されている。上型ダイ1の縦壁部11としわ押え面13との交差部には、ダイ肩R部14が形成されている。ダイ肩R部14は、長手方向へ左右略平行に形成されている。ダイ肩R部14の角R寸法は、3〜5mm程度である。
【0025】
下型ポンチ2は、図示しないプレス機のボルスタに締結され、上型ダイ1のプレス荷重を受け止める。下型ポンチ2の縦壁部21と横壁部22との交差部には、ポンチ肩R部23が形成されている。ポンチ肩R部23は、下死点にて上型ダイ1の凹R部によって押圧されている。ポンチ肩R部23の角R寸法は、5〜6mm程度である。下型ポンチ2には、矢印Qの方向へ移動するクッションピン5が挿通されるクッション孔24が形成されている。クッションピン5は、しわ押え部材3を、少なくとも下型ポンチ2の横壁部22の高さまで押し上げる。クッション孔24は、下型ポンチ2の縦壁部21に隣接し、長手方向に等間隔で複数個形成されている。
【0026】
しわ押え部材3は、上型ダイ1のしわ押え面13と協働して、素材板W0の幅方向両端部を押圧するしわ押え面31が水平状に形成された略板状体である。しわ押え部材3のしわ押え面31には、下型ポンチ2の縦壁部21近傍で、上型ダイ1のしわ押え面13から離間し下型ポンチ2の縦壁部21へ向けて凹み状に形成された逃し部4を備えている。逃し部4は、しわ押え部材3のしわ押え面31に対して階段状に凹むように形成されている。具体的には、逃し部4には、しわ押え部材3のしわ押え面31に対して型内方へ30〜60°程度の傾斜角で形成された傾斜部41と、しわ押え部材3のしわ押え面31に対して略平行に形成された平行部42とを備えている。平行部42は、しわ押え部材3の下型ポンチ2の縦壁部21に対向するプロファイル面32まで形成されている。
【0027】
より具体的には、逃し部4の断面寸法は、例えば、水平方向の距離L1が15〜20mm程度であり、垂直方向の距離L3が10〜15mm程度である。また、逃し部4は、上型ダイ1のしわ押え面13とダイ肩R部14との接点から少なくとも5mm以上外側へ離れた位置から、上型ダイ1のしわ押え面13と離間するように形成されているのが好ましい。例えば、上型ダイ1のしわ押え面13とダイ肩R部14との接点と、逃し部4の傾斜部41としわ押え部材3のしわ押え面31との交点までの距離L2が、5mm以上になるように形成するとよい。
【0028】
<プレス型による絞り加工途中の素材流入動作>
次に、プレス型による絞り加工途中における素材板の流入動作を、
図4〜
図6を用いて説明する。
図4に、
図2に示すプレス型における絞り加工途中状態(加工初期)の断面図を示す。
図5に、
図2に示すプレス型における絞り加工途中状態(加工中期)の断面図を示す。
図6に、
図2に示すプレス型における絞り加工途中状態(加工終期)の断面図を示す。
【0029】
図4に示すように、上型ダイ1のしわ押え面13としわ押え部材3のしわ押え面31とが素材板の幅方向両端部を狭圧しながら、上型ダイ1を下降させると、絞り加工の初期段階では、素材板の幅方向中央部(天板W20に相当)を下型ポンチ2の横壁部22が上方へ押圧することによって、素材板の幅方向両端部(側板W10に相当)が上型ダイ1の縦壁部11と下型ポンチ2の縦壁部21との隙間に流入する。このとき、素材板の幅方向外縁側に位置するフランジ先端部W11には、上型ダイ1のしわ押え面13としわ押え部材3のしわ押え面31とによって狭圧され、素材板の幅方向外方への引張荷重が作用している。したがって、上型ダイ1の縦壁部11と下型ポンチ2の縦壁部21との隙間に流入する素材板W12は、ダイ肩R部14によって垂直方向から水平方向へ折り曲げ加工されている。
【0030】
ところが、しわ押え部材3のしわ押え面31には、下型ポンチ2の縦壁部21近傍で、上型ダイ1のしわ押え面13と離間し下型ポンチ2の縦壁部21へ向けて凹み状に形成された逃し部4(41、42)が形成されている。そのため、ダイ肩R部14を通過する素材板W12は、上型ダイ1のしわ押え面13から僅かに離間し、逃し部4の方向へ逃げ込みつつ上型ダイ1の縦壁部11と下型ポンチ2の縦壁部21との隙間に流入する。この場合、素材板W12が上型ダイ1のしわ押え面13から離間する距離Gは、素材板W12の板厚以下(例えば、板厚の10〜20%)であるが、素材板W12の曲げR寸法R2が、ダイ肩R部14の角R寸法R1より大きくなり、しわ押え部材3のしわ押え面31に逃し部4が形成されていることによって、ダイ肩R部14を通過する素材板W12が上型ダイ1の縦壁部11と下型ポンチ2の縦壁部21との隙間に流入しやすくなる。
【0031】
次に、
図5に示すように、上型ダイ1を更に下降させると、上型ダイ1のしわ押え面13としわ押え部材3のしわ押え面31とによって狭圧されていた素材板のフランジ先端部W11が、上型ダイ1のしわ押え面13から離間して逃し部4の凹み空間に移動する。逃し部4は、しわ押え部材3のしわ押え面31に対して階段状に凹むように形成されているので、フランジ先端部W11の外縁W14は、逃し部4と干渉する恐れが少ない。
【0032】
そのため、
図6に示すように、フランジ先端部W11は、逃し部4との干渉に基づく反り変形をほとんど受けることなく、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むことができる。したがって、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14によって湾曲状に曲げ加工されにくい。その結果、フランジ先端部W11を上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間で狭圧したとき、フランジ先端部W11は、直線状に曲げ戻されやすい。
【0033】
また、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むので、フランジ先端部W11には、ダイ肩R部14による引張荷重が作用しにくく、絞り加工完了後に残留する引張応力を大幅に減少させることができる。
【0034】
<プレス部品おける応力分布と反り量の解析結果>
次に、本プレス型によって絞り加工するプレス部品おける応力分布及び側板反り量のCAE解析結果を、
図7〜
図11を用いて説明する。
図7に、
図2に示すプレス型における応力解析結果(下死点より60mm上昇)の説明図を示す。
図8に、
図2に示すプレス型における応力解析結果(下死点より40mm上昇)の説明図を示す。
図9に、
図2に示すプレス型における応力解析結果(下死点より25mm上昇)の説明図を示す。
図10に、
図2に示すプレス型における応力解析結果(下死点)の説明図を示す。
図11に、離型後のプレス部品における側板の反り量解析結果の説明図を示す。
【0035】
図7〜
図10は、(A)に
図13に示すプレス型100によって絞り加工するプレス部品(以下、「比較例」という)におけるCAE応力解析結果を示し、(B)に本プレス型によって絞り加工するプレス部品(以下、「本実施例」という)おけるCAE応力解析結果を示している。各CAE応力解析結果は、プレス部品上面(板外側)の応力分布を等高線で表し、ドット濃度の濃い方から薄い方まで6段階(P1〜P6)に分けて表示している。ドット濃度の濃いP1〜P3の領域には、引張応力が生じている。また、ドット濃度の薄いP4〜P6の領域には、圧縮応力が生じている。なお、プレス部品の天板と側板の幅寸法は、それぞれ約100mmであり、使用する素材板は、材質がSPC590であり、板厚が1.6mmである。また、クッション圧は、5トン程度である。
【0036】
(上型ダイが下死点より60mm上昇)
図7(A)に示すように、比較例の側板には、最も強い引張応力P1が略全域にわたって分布している。比較例の天板には、引張応力P1、P2と圧縮応力P5とが幅方向で繰り返し分布している。また、比較例のしわ押えフランジには、最も強い圧縮応力P6がダイ肩R部に沿って帯状に分布し、弱い引張応力P3がしわ押え面に沿って略均一に分布している。
【0037】
これに対して、
図7(B)に示すように、本実施例の側板には、ポンチ肩R部に近い上側に弱い引張応力P3が分布し、ダイ肩R部に近い下側に最も強い引張応力P1が分布している。本実施例の天板には、幅方向両端部の引張応力P1、P2が幅方向中央部に向けて弱い引張応力P3又は弱い圧縮応力P4になだらかに変化するように分布している。また、本実施例のしわ押えフランジには、最も強い圧縮応力P6が逃し部に沿って帯状に分布し、逃し部としわ押え面との境界線に沿って狭い範囲で最も強い引張応力P1が分布し、逃し部の外側のしわ押え面に沿って弱い圧縮応力P4が分布している。
【0038】
以上の
図7(A)、
図7(B)の応力解析結果から、比較例では、素材板がダイ肩R部によって折り曲げ加工されることによって、側板全体に強い引張応力が発生しているのに対して、本実施例では、素材板がダイ肩R部を通過する時、素材板が逃し部の方向へ湾曲することによって縦壁部へ流入しやすくなり、側板の引張応力が緩和されたものと考えられる。また、本実施例では、素材板が縦壁部へ流入しやすくなったので、比較例に比べて、天板の応力変化が緩和されている。
【0039】
(上型ダイが下死点より40mm上昇)
図8(A)に示すように、比較例の側板には、最も強い引張応力P1が略全域にわたって分布している。比較例の天板には、幅方向で引張応力P1、P2と圧縮応力P5が繰り返し分布している。また、比較例のしわ押えフランジには、最も強い圧縮応力P6がダイ肩R部に沿って帯状に分布し、弱い引張応力P3がしわ押え面に沿って略均一に分布している。以上の点は、
図7(A)と略同様である。
【0040】
これに対して、
図8(B)に示すように、本実施例の側板には、ポンチ肩R部に近い上側に弱い引張応力P2、P3が分布し、ダイ肩R部に近い下側に最も強い引張応力P1が分布している。最も強い引張応力P1は、
図7(B)に比較して、領域が減少している。本実施例の天板には、幅方向両端部の引張応力P1、P2が幅方向中央部に向けて弱い引張応力P3又は弱い圧縮応力P4になだらかに変化するように分布している。また、本実施例のしわ押えフランジには、最も強い圧縮応力P6が逃し部に沿って帯状に分布し、逃し部としわ押え面との境界線に沿って狭い範囲で最も強い引張応力P1が分布し、逃し部の外側のしわ押え面に沿って弱い圧縮応力P4が分布している。以上の点は、
図7(B)と略同様である。
【0041】
以上の
図8(A)、
図8(B)の応力解析結果から、比較例では、素材板がダイ肩R部によって折り曲げ加工されることによって、依然として側板全体に強い引張応力が発生しているのに対して、本実施例では、素材板がダイ肩R部を通過する時、素材板が逃し部の方向へ湾曲することによって更に縦壁部へ流入しやすくなり、側板の引張応力が緩和されたものと考えられる。素材板が更に縦壁部へ流入しやすくなったのは、しわ押え面による押え領域が減少したからと思われる。
【0042】
(上型ダイが下死点より25mm上昇)
図9(A)に示すように、比較例の側板には、依然として最も強い引張応力P1が略全域にわたって分布している。比較例の天板には、引張応力P1、P2と圧縮応力P5が幅方向で繰り返し分布している。また、比較例のしわ押えフランジには、最も強い圧縮応力P6がダイ肩R部に沿って帯状に分布し、弱い圧縮応力P4がしわ押え面に沿って帯状に分布している。しわ押え面による圧縮応力P4の領域は狭いのもかかわらず、側板の引張応力P1に変化が生じないのは、ダイ肩R部による引張荷重の影響が強いためであると考えられる。
【0043】
これに対して、
図9(B)に示すように、本実施例の側板には、ポンチ肩R部に近い上側に弱い引張応力P2、P3や弱い圧縮応力P4が分布し、ダイ肩R部に近い下側に最も強い引張応力P1が分布している。最も強い引張応力P1は、
図8(B)に比較して、更に領域が減少している。本実施例の天板には、幅方向両端部の引張応力P1、P2が幅方向中央部に向けて弱い引張応力P3又は弱い圧縮応力P4になだらかに変化するように分布している。また、本実施例のしわ押えフランジは、上型ダイのしわ押え面から離間して逃し部へ逃げ込んだので、最も強い圧縮応力P6が中程度の圧縮応力P5に緩和されている。
【0044】
以上の
図9(A)、
図9(B)の応力解析結果から、比較例では、素材板がダイ肩R部によって折り曲げ加工されることによって、依然として側板全体に強い引張応力が発生しているのに対して、本実施例では、素材板が逃し部の方向へ逃げ込むことによって更に縦壁部へ流入しやすくなり、側板の引張応力が緩和されたものと考えられる。
【0045】
(上型ダイが下死点)
図10(A)に示すように、比較例の側板には、長手方向端部付近で中程度の引張応力P2の領域が部分的に発生しているが、依然として最も強い引張応力P1が多くの領域で分布している。比較例の側板におけるフランジ先端部には、最も強い圧縮応力P6の領域が狭い帯状に分布し、その外縁側に最も強い引張応力P1の領域が狭い帯状に分布している。比較例の天板には、幅方向で圧縮応力P6、P5、P4が狭い間隔で分布している。
【0046】
これに対して、
図10(B)に示すように、本実施例の側板には、ポンチ肩R部近傍にのみ最も強い引張応力P1が分布し、ポンチ肩R部近傍からフランジ先端部までの広い領域で圧縮応力P4、P5が分布している。本実施例の側板におけるフランジ先端部下側には、最も強い引張応力P1が帯状に分布し、その外縁側に弱い圧縮応力P4の領域が狭い帯状に分布している。本実施例の天板には、幅方向で圧縮応力P6、P5、P4が比較的広い間隔で分布している。
【0047】
以上の
図10(A)、
図10(B)の応力解析結果から、比較例では、素材板がダイ肩R部によって折り曲げ加工されることによって、側板の大半の領域で強い引張応力が生じているのに対して、本実施例では、素材板が逃し部の方向へ逃げ込むことによって縦壁部へ流入しやすくなり、側板の圧縮応力が増加したものと考えられる。また、比較例では、フランジ先端部において強い引張応力が広く分布している中で強い圧縮応力が狭い帯状に分布しているのに対して、本実施例では、フランジ先端部において中程度又は弱い圧縮応力が広く分布している中で強い引張応力が帯状に分布している。
【0048】
次に、
図11に示すように、離型後のプレス部品における側板の反り量解析結果を、仮想線で示す比較例(A)と実線で示す本実施例(B)とによって比較する。ここでは、両者のフランジ先端部W11におけるダイ肩R部による曲げ癖を比較するため、側板W10の上側を一致させるように比較例(A)の断面を反時計回りに回転させて表示している。
比較例(A)では、側板W10の下端を基準に高さH1の位置から接線に対して水平外方へ折れ曲がる曲げ癖S2が大きく生じている。これに対して、本実施例(B)では、この高さH1の位置から接線に対して水平外方へ折れ曲がる曲げ癖S1が僅かであって、比較例(A)の曲げ癖S2の1/2倍以下である。
【0049】
ここで、高さH1は、側板W10の全高H0の約30%であり、
図10に示すフランジ先端部における応力分布の変化位置に相当する。すなわち、
図10(A)に示すように、比較例(A)では、フランジ先端部の板外側において強い引張応力が広く分布している中で強い圧縮応力が狭い帯状に分布している。そのため、フランジ先端部の板外側では、狭い帯状の圧縮応力箇所を挟んで上下方向から引張応力に基づく収縮力が作用する。その結果、比較例(A)では、高さH1の位置から接線に対して水平外方へ折れ曲がる曲げ癖S2が大きく生じているものと思われる。
【0050】
これに対して、本実施例(B)では、
図10(B)に示すように、フランジ先端部の板外側において中程度又は弱い圧縮応力が広く分布している中で強い引張応力が帯状に分布している。そのため、フランジ先端部W11の板外側では、帯状の強い引張応力箇所を挟んで上下方向から圧縮応力に基づく伸長力が作用する。その結果、本実施例(B)では、引張応力箇所の収縮力を上下方向から圧縮応力箇所の伸長力が打ち消すように作用し、水平外方へ折れ曲がる曲げ癖S2を大幅に低減できていると思われる。
【0051】
以上のメカニズムによって、比較例(A)では、フランジ先端部W11において帯状の強い圧縮応力の領域でダイ肩R部14による折り曲げ癖S2が大きく残留するのに対して、本実施例(B)では、フランジ先端部W11において縦壁部へ流入する時のダイ肩R部14による引張応力は残留するが、ダイ肩R部14による折り曲げ癖S1はほとんど残留しないものと考えられる。
【0052】
なお、本実施例(B)の側板W10のスプリングバック量S3は、約10mm程度であった。これに対して、比較例(A)の側板W10のスプリングバック量は、天板W20の隙間S4を零となるように時計回りに回転させて計測すると、約18mm程度であった。本実施例(B)では、側板W10のスプリングバック量も大きく低減させることができている。側板W10のスプリングバック量を大きく低減できた理由は、
図4〜
図6に示すように、絞り加工の初期段階から、素材板が逃し部の方向へ逃げ込むことによって上型ダイと下型ポンチとの縦壁部間へ流入しやすくなり、側板W10の圧縮応力が増加したからと考えられる。
【0053】
<作用効果>
以上のように、本実施形態のプレス型10によれば、しわ押え部材3のしわ押え面31には、下型ポンチ2の縦壁部21近傍で、上型ダイ1のしわ押え面13と離間し下型ポンチ2の縦壁部21へ向けて凹み状に形成された逃し部4を備えたので、絞り加工の初期段階では上型ダイ1のしわ押え面13としわ押え部材3のしわ押え面31との間で狭圧されていた素材板W0のフランジ先端部W11が、絞り加工の途中段階から上型ダイ1のしわ押え面13から離間して逃し部4に入り込むことができる。そのため、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むことができる。その結果、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14によって湾曲状に曲げ加工されにくく、フランジ先端部W11を上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間で狭圧したとき、フランジ先端部W11を直線状に曲げ戻しやすくなる。
【0054】
また、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むので、フランジ先端部W11には、ダイ肩R部14による引張荷重が作用しにくく、絞り加工完了後に残留する引張応力を大幅に減少させることができる。その結果、フランジ先端部W11には、ダイ肩R部14による曲げ癖(反り)S1を生じにくくさせることができる。
【0055】
よって、本実施形態によれば、コの字状断面を有するプレス部品Wをしわ押えフランジを残留させずに絞り加工によって形成でき、製品端末となるフランジ先端部W11に残留する曲げ癖(反り)S1を低減し、製品精度を向上させることができるプレス型10を提供することができる。
【0056】
また、本実施形態によれば、逃し部4は、しわ押え部材3のしわ押え面31に対して階段状に凹むように形成されたので、フランジ先端部W11が上型ダイ1のしわ押え面13から離間するとき、フランジ先端部W11の外縁W14と逃し部4との干渉を回避しやすい。そのため、フランジ先端部W11は、逃し部4との干渉に基づく反り変形をほとんど受けることなく、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むことができる。その結果、フランジ先端部W11は、ダイ肩R部14及び逃し部4によって湾曲状に曲げ加工されにくく、フランジ先端部W11を上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間で狭圧したとき、フランジ先端部W11をより一層直線状に曲げ戻しやすくなる。
【0057】
また、本実施形態によれば、逃し部4は、上型ダイ1のしわ押え面13とダイ肩R部14との接点から少なくとも5mm以上型外側へ離れた位置から上型ダイ1のしわ押え面13と離間するように形成されたので、フランジ先端部W11は、少なくとも5mm以上の直線状フランジを保持しつつ、ダイ肩R部14を支点に下型ポンチ2の縦壁部21に沿うように回転しながら、上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間に入り込むことができる。そのため、フランジ先端部W11を上型ダイ1と下型ポンチ2との縦壁部11、21間で狭圧したとき、少なくとも5mm以上の直線状フランジが梃となり、フランジ先端部W11をより一層直線状に曲げ戻しやすくなる。その結果、フランジ先端部W11には、ダイ肩R部14による曲げ癖(反り)S1をより一層生じにくくさせることができる。
【0058】
<変形例>
上述した実施形態は、本発明の要旨を変更しない範囲で、適宜変更することができる。
例えば、
図12(A)〜(C)に示すように、下型ポンチ2Bには、当該下型ポンチの縦壁部21と交差し上型ダイ1のしわ押え面13と対向する棚部25を形成してもよい。このプレス型10Bによれば、絞り加工の途中段階から上型ダイ1のしわ押え面13から離間して逃し部4に入り込んだフランジ先端部W11を上型ダイ1のしわ押え面13と下型ポンチ2Bの棚部25とによって押圧して、コの字状断面の外縁にハット状の鍔部W11Tを有するプレス部品WWとして形成することができる。そのため、フランジ先端部W11は、外縁にハット状の鍔部W11Tが形成されることによって形状凍結させられ、フランジ先端部W11に残留する曲げ癖(反り)をより一層低減させることができる。その結果、製品精度を、より一層向上させることができる。なお、上記変形例のプレス型10Bは、上記棚部25以外は、本実施形態のプレス型10と基本的に共通であるので、共通箇所には同一の符号を付して、その説明は割愛する。
【0059】
また、例えば、本実施形態では、下型ポンチ2の縦壁部21を直線状に形成したが、下型ポンチ2の縦壁部21は、フランジ先端部W11の曲げ癖(反り)量を見込んで、反りと反対方向へ折り曲げた形状に形成することができる。曲げ癖(反り)量を見込むことによって、フランジ先端部W11の製品精度を、より一層向上させることができる。
また、本実施形態では、ダイを上型とし、ポンチを下型としたが、上下逆転してもかまわない。