特許第6387897号(P6387897)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6387897ダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、および研削工具
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  • 特許6387897-ダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、および研削工具 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6387897
(24)【登録日】2018年8月24日
(45)【発行日】2018年9月12日
(54)【発明の名称】ダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、および研削工具
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/52 20060101AFI20180903BHJP
   C01B 32/26 20170101ALI20180903BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20180903BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20180903BHJP
   B24D 3/00 20060101ALI20180903BHJP
【FI】
   C04B35/52
   C01B32/26
   B23B27/14 B
   B23B27/20
   B24D3/00 320B
   B24D3/00 340
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-94689(P2015-94689)
(22)【出願日】2015年5月7日
(65)【公開番号】特開2015-227278(P2015-227278A)
(43)【公開日】2015年12月17日
【審査請求日】2017年10月24日
(31)【優先権主張番号】特願2014-96747(P2014-96747)
(32)【優先日】2014年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 雄
(72)【発明者】
【氏名】山本 佳津子
(72)【発明者】
【氏名】角谷 均
【審査官】 末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−292397(JP,A)
【文献】 特開2011−190124(JP,A)
【文献】 特開2014−076910(JP,A)
【文献】 特表2002−525262(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/52−35/536
C01B 32/26
C30B 1/00−1/12
B23B 27/00−27/24
B24D 3/00−3/34
B01J 3/00−3/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド粒子を含み、
前記ダイヤモンド粒子は、50nm以下の平均粒径を有し、
23℃±5℃における試験荷重4.9Nのヌープ硬度の測定において、ヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aが0.080以下となり、
前記ダイヤモンド粒子は、X線回折において、(111)面のX線回折強度I(111)に対する(220)面のX線回折強度I(220)の比I(220)/I(111)が0.1以上0.3以下である、ダイヤモンド多結晶体。
【請求項2】
前記ダイヤモンド粒子は、30nm以下の平均粒径を有する、請求項1に記載のダイヤモンド多結晶体。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド多結晶体を備えた切削工具。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド多結晶体を備えた耐摩工具。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド多結晶体を備えた研削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、研削工具、およびダイヤモンド多結晶体の製造方法に関し、特に切削工具、耐摩工具、研削工具として有用なダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、研削工具、およびダイヤモンド多結晶体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のダイヤモンド工具で使用されるダイヤモンド焼結体は、焼結助剤や結合材として、コバルト(Co)などの金属や、炭化ケイ素(SiC)などのセラミックスが用いられている。また、焼結助剤として炭酸塩を用いる方法が、たとえば特開平4−074766号公報(特許文献1)および特開平4−114966号公報(特許文献2)に示されている。これらは、ダイヤモンドの粉末を焼結助剤や結合材とともにダイヤモンドが熱力学的に安定な高圧高温条件下(通常、圧力5〜8GPa、温度1300〜2200℃)で焼結することにより得られる。一方、天然に産出するダイヤモンド多結晶体(カーボナードやバラス)も知られ、一部掘削ビットとして使用されているが、材質のバラツキが大きく、また産出量も少ないため、工業的にはあまり使用されていない。
【0003】
焼結助剤を用いたダイヤモンド多結晶体には、用いた焼結助剤が多結晶体に含まれて、これがダイヤモンドの黒鉛化を促す触媒として作用するため耐熱性に劣る。また、熱を加えると触媒とダイヤモンドとの熱膨張差による微細クラックが入りやすく、機械的特性が低下する。
【0004】
ダイヤモンド多結晶体の耐熱性を上げるために、ダイヤモンド粒子の粒界の金属を除去したものも知られており、この方法により耐熱温度は約1200℃と向上するが、多結晶体が多孔質となるため強度がさらに低下する。また、結合材としてSiCを用いたダイヤモンド多結晶体は、耐熱性に優れるが、ダイヤモンド粒子同士は結合が無いため、強度は低い。
【0005】
一方、グラファイト、無定形炭素などの非ダイヤモンド炭素を、超高圧高温下で、触媒および/または溶媒を用いずに直接にダイヤモンドに変換させると同時に焼結させる方法(直接変換焼結法)がある。たとえば、J. Chem. Phys., 38 (1963) 631-643(非特許文献1)、Japan. J. Appl. Phys., 11 (1972) 578-590(非特許文献2)、およびNature 259 (1976) 38(非特許文献3)は、グラファイトを出発物質として、14〜18GPa、3000K以上の超高圧高温下でダイヤモンド多結晶体が得られることを示す。
【0006】
しかしながら、非特許文献1、非特許文献2、および非特許文献3におけるダイヤモンド多結晶体の製造においては、いずれもグラファイトなどの導電性のある非ダイヤモンド炭素に直接電流を流すことで加熱する直接通電加熱法を用いているため、かかる方法で得られたダイヤモンド多結晶体にはグラファイトなどの非ダイヤモンド炭素が残留しており、さらにダイヤモンドの結晶粒径が不均一であったため、硬度や強度が不十分であった。
【0007】
そこで、上記の硬度や強度を高める観点から、New Diamond and Frontier Carbon Technology, 14 (2004) 313(非特許文献4)およびSEIテクニカルレビュー165(2004)68(非特許文献5)は、高純度のグラファイトを原料とし、12GPa以上、2200℃以上の超高圧高温下で間接加熱による直接変換焼結法により、緻密で高純度なダイヤモンド多結晶体を得る方法を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−074766号公報
【特許文献2】特開平4−114966号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Chem. Phys., 38 (1963) 631-643
【非特許文献2】Japan. J. Appl. Phys., 11 (1972) 578-590
【非特許文献3】Nature 259 (1976) 38
【非特許文献4】New Diamond and Frontier Carbon Technology, 14 (2004) 313
【非特許文献5】SEIテクニカルレビュー165(2004)68
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献4および非特許文献5におけるダイヤモンド多結晶体の製造においては、超精密加工など小さい粒径のダイヤモンド多結晶体を得るために、焼結温度を低くすると、焼結性が低くなり多結晶体の強度が低くなるという問題点があった。また、ダイヤモンド粒子の粒径が小さくなると靭性が低くなり、工具が欠けやすくなるという問題点もあった。
【0011】
そこで、上記の問題点を解決して、小さい粒径で、かつ強靭なダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、研削工具、およびダイヤモンド多結晶体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のある局面にかかるダイヤモンド多結晶体は、ダイヤモンド粒子を含み、該ダイヤモンド粒子は、50nm以下の平均粒径を有し、23℃±5℃における試験荷重4.9Nのヌープ硬度の測定において、ヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aが0.080以下となるものである。
【0013】
本発明の別の局面にかかるダイヤモンド多結晶体の製造方法は、出発物質として粒径0.5μm以下の非ダイヤモンド炭素粉末を準備する工程と、圧力をP(GPa)、温度をT(℃)としたときに、P≧0.0000168T2−0.0867T+124、T≦2300、およびP≦25という条件を満たす温度および圧力において、該非ダイヤモンド炭素粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程と、を備える。
【発明の効果】
【0014】
上記によれば、小さい粒径で、かつ強靭なダイヤモンド多結晶体、切削工具、耐摩工具、研削工具、およびダイヤモンド多結晶体の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ヌープ圧痕を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[本願発明の実施形態の説明]
本発明者らは、上記問題点を解決するため鋭意研究を重ねた結果、高圧高温下において、粒径0.5μm以下のグラファイトなどの非ダイヤモンド炭素粉末をダイヤモンド粒子に直接変換することにより、微細な組織を有し、かつ強靱なダイヤモンド多結晶体が得られることを見出した。
【0017】
[1]すなわち、本発明のある局面にかかるダイヤモンド多結晶体は、ダイヤモンド粒子を含み、該ダイヤモンド粒子は、50nm以下の平均粒径を有し、23℃±5℃における試験荷重4.9Nのヌープ硬度の測定において、ヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aが0.080以下となるものである。このダイヤモンド多結晶体は、それを構成するダイヤモンド粒子の粒径が微細で、かつ強靭な多結晶体となる。
【0018】
[2]上記ダイヤモンド粒子は、30nm以下の平均粒径を有することが好ましい。このように平均粒径をさらに小さくすることにより、小さな粒径が求められる用途への適用がより好適になる。
【0019】
[3]上記ダイヤモンド粒子は、X線回折において、(111)面のX線回折強度I(111)に対する(220)面のX線回折強度I(220)の比I(220)/I(111)が0.1以上0.3以下であることが好ましい。これにより、多結晶体が等方的なものとなり、工具などとした場合に偏摩耗が低減される。
【0020】
[4]本発明の別の局面にかかる切削工具は、上記のダイヤモンド多結晶体を備えたものである。この切削工具は、各種材料の切削に有用である。
【0021】
[5]本発明のさらに別の局面にかかる耐摩工具は、上記のダイヤモンド多結晶体を備えたものである。この耐摩工具は、各種材料の加工に有用である。
【0022】
[6]本発明のさらに別の局面にかかる研削工具は、上記のダイヤモンド多結晶体を備えたものである。この研削工具は、各種材料の研削に有用である。
【0023】
[7]本発明のさらに別の局面にかかるダイヤモンド多結晶体の製造方法は、出発物質として粒径0.5μm以下の非ダイヤモンド炭素粉末を準備する工程と、圧力をP(GPa)、温度をT(℃)としたときに、P≧0.0000168T2−0.0867T+124、T≦2300、およびP≦25という条件を満たす温度および圧力において、該非ダイヤモンド炭素粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程と、を備える。この製造方法により得られるダイヤモンド多結晶体は、それを構成するダイヤモンド粒子の粒径が微細で、かつ強靭な多結晶体となる。
【0024】
[本願発明の実施形態の詳細]
以下、本願発明の実施形態(以下「本実施形態」と記す)についてさらに詳細に説明する。
【0025】
<ダイヤモンド多結晶体>
本実施形態にかかるダイヤモンド多結晶体は、ダイヤモンド粒子を含み、該ダイヤモンド粒子は、50nm以下の平均粒径を有し、23℃±5℃における試験荷重4.9Nのヌープ硬度の測定において、ヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対すると短い方の対角線の長さbの比b/aが0.080以下となるものである。
【0026】
このように本実施形態にかかるダイヤモンド多結晶体は、ダイヤモンド粒子を含む。ダイヤモンド粒子を含む限り、本実施形態の効果を示す範囲において不可避不純物を含んでいても差し支えない。不可避不純物としては、たとえば窒素(N)、水素(H)、酸素(O)などを挙げることができる。該多結晶体は、実質的にバインダー、焼結助剤、触媒などを含んでおらず、本実施形態のダイヤモンド多結晶体の有利な点の一つである。なぜなら、従来のダイヤモンド焼結体のように、バインダーを含んだり、焼結助剤や触媒を含むことによるデメリットを解消できるからである。
【0027】
なお、該ダイヤモンド多結晶体は焼結体であるが、通常焼結体とはバインダーを含むことを意図する場合が多いため、本実施形態では「多結晶体」という用語を用いている。
【0028】
<ダイヤモンド粒子>
本実施形態のダイヤモンド多結晶体に含まれるダイヤモンド粒子は、小さい粒径を有するものであり、具体的には、50nm以下の平均粒径を有するものであり、30nm以下の平均粒径を有することが好ましい。また、この平均粒径は、小さくなればなる程好ましいため、その下限をあえて限定する必要はないが、製造的観点からその下限は10nmである。
【0029】
このようなダイヤモンド粒子の粒径は、応力集中が無く高強度になるという観点から均一であることが好ましく、その分布は正規分布を示すことが好ましく、平均粒径とはその正規分布の平均であることが好ましい。なお、本願において、単にダイヤモンド粒子の粒径という場合は、ダイヤモンド多結晶体を構成するダイヤモンド粒子の結晶粒子の粒径を示すものとする。
【0030】
上記の平均粒径は、走査電子顕微鏡を用いた切断法により求めることができる。具体的には、まず走査電子顕微鏡(SEM)を用いてダイヤモンド多結晶体を1000〜100000倍の倍率で観察し、SEM画像を得る。
【0031】
次にそのSEM画像に円を描き、その円の中心から8本の直線を放射状(各直線間の交差角度がほぼ等しくなるよう)に円の外周まで引く。この場合、上記の観察倍率および円の直径は、上記の直線1本あたりに載るダイヤモンド粒子(結晶粒子)の個数が10〜50個程度になるように設定することが好ましい。
【0032】
引続き、上記の各直線毎に各直線がダイヤモンド粒子の結晶粒界を横切る数を数え、直線の長さをその横切る数で割ることにより平均切片長さを求め、その平均切片長さに1.128をかけて得られる数値を平均粒径とする。なお、このような平均粒径は、より好ましくは数枚のSEM画像を用いて、各画像毎に上記のような方法で平均粒径を求め、その平均粒径の平均値を平均粒径とすることが好適である。
【0033】
本実施形態のダイヤモンド多結晶体に含まれるダイヤモンド粒子は、このように小さい粒径を有することにより、工具等に用いる場合に負荷の大きな用途や微細加工用途など広範囲の用途に適用することができるものとなる。
【0034】
<ヌープ硬度>
本実施形態のダイヤモンド多結晶体は、23℃±5℃における試験荷重4.9Nのヌープ硬度の測定において、ヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aが0.080以下となるものである。
【0035】
このようなヌープ硬度の測定は、たとえばJIS Z2251:2009で規定されているように工業材料の硬さを表す尺度の一つとして公知であり、所定の温度および所定の荷重(試験荷重)によりヌープ圧子を被測定材料に押圧させてその材料の硬度を求めるものである。
【0036】
ここでヌープ圧子とは、底面が菱型の四角柱の形状を有するダイヤモンド製の圧子である。そして、その底面の菱型は、対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aが0.141と規定されている。また、ヌープ圧痕とは、上記の温度および試験荷重でヌープ圧子を被測定材料(本実施形態ではダイヤモンド多結晶体)に押圧させた直後に該ヌープ圧子をリリースさせた箇所に残る痕跡をいう。
【0037】
本実施形態のダイヤモンド多結晶体は、ヌープ圧痕の上記比b/a(0.080以下)が本来のヌープ圧子の比b/a(0.141)よりも小さくなることを特徴の一つとしている。これは被測定材料(すなわち本実施形態ではダイヤモンド多結晶体)が弾性的に振る舞い、圧痕が弾性的に元に戻ろうとする回復(弾性回復)が生じているからである。
【0038】
すなわち、ヌープ圧痕を概念的に示した図1を用いて上記の現象を説明すると、たとえば被測定材料が全く弾性回復を示さない場合はヌープ圧子の断面とヌープ圧痕とは等しい形状となるが(図1中の「本来のヌープ圧痕」として表示した部分)、図中の矢印の方向に弾性回復が生じやすいため、本実施形態のヌープ圧痕は、図中の実線で示した菱型となる。つまり、図中の矢印の方向の戻りが大きくなれば、比b/aの値は小さくなり、この値が小さいほど弾性回復(弾性的性質)が大きいことを示している。
【0039】
本実施形態のダイヤモンド多結晶体は、上記のようなヌープ圧痕の比b/aを有することから明らかなように大きな弾性回復力を有するものであり、弾性回復が大きければ靭性は高くなり、以って強靭なダイヤモンド多結晶体となる。以上のように、本実施形態におけるヌープ圧痕の比b/aは、ダイヤモンド多結晶体の弾性回復の多寡を示す指標となるものである。
【0040】
なお、ヌープ圧痕の比b/aは小さくなればなるほど弾性回復が大きくなることから好ましいといえ、このため、比b/aの下限を限定する必要は特にないが、弾性回復が大きくなり過ぎると、弾性的性質が大きくなる、つまり工具として使用した場合に加工中の弾性変形が大きくなり、加工性が悪化する。かかる観点からその下限値は0.040とすることが好ましい。このようなヌープ圧痕の比b/aは、さらに好ましくは0.050〜0.080である。
【0041】
<X線回折>
本実施形態のダイヤモンド多結晶体に含まれるダイヤモンド粒子は、X線回折において、(111)面のX線回折強度I(111)に対する(220)面のX線回折強度I(220)の比I(220)/I(111)が0.1以上0.3以下であることが好ましい。これにより、多結晶体が等方的なものとなり、工具などとした場合に偏摩耗が低減される。
【0042】
比I(220)/I(111)が上記の範囲外である場合、多結晶体は配向することとなり、多結晶体に異方性が生じることになる。この場合、多結晶体に強度の分布が生じてしまい、強度の高い面と弱い面とが存在することなる。したがって、多結晶体を工具用途に用いることが不適切となる。特にエンドミルといった回転工具では摩耗もしくは欠損しやすい面としにくい面とに分かれてしまい、偏摩耗が生じる。上記の欠点を無くすために多結晶体を等方的にすることが好ましい。
【0043】
<用途>
本実施形態のダイヤモンド多結晶体は、ダイヤモンド粒子(結晶粒子)の粒径が微細であり、かつ強靭であるため、切削工具、耐摩工具、研削工具などに用いることが好適となる。すなわち、本実施形態の切削工具、耐摩工具、および研削工具は、それぞれ上記のダイヤモンド多結晶体を備えたものである。
【0044】
なお、上記の各工具は、その全体がダイヤモンド多結晶体で構成されていても良いし、その一部(たとえば切削工具の場合、刃先部分)のみがダイヤモンド多結晶体で構成されていても良い。また、各工具は、その表面にコーティング膜が形成されていても良い。
【0045】
ここで、上記切削工具としては、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、切削バイトなどを挙げることができる。
【0046】
また、上記耐摩工具としては、ダイス、スクライバー、スクライビングホイール、ドレッサーなどを挙げることができる。
【0047】
また、上記研削工具としては、研削砥石などを挙げることができる。
<製造方法>
本実施形態にかかるダイヤモンド多結晶体の製造方法は、出発物質として粒径0.5μm以下の非ダイヤモンド炭素粉末を準備する工程(以下「準備工程」とも記す)と、圧力をP(GPa)、温度をT(℃)としたときに、P≧0.0000168T2−0.0867T+124、T≦2300、およびP≦25という条件を満たす温度および圧力において、該非ダイヤモンド炭素粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程(以下「焼結工程」とも記す)と、を備えている。
【0048】
上記の製造方法により、上記で説明してきたダイヤモンド多結晶体を製造することができる。すなわち、この製造方法により得られるダイヤモンド多結晶体は、それを構成するダイヤモンド粒子の粒径が微細(すなわち平均粒径が150nm以下)で、かつ強靭な多結晶体となる。
【0049】
上記準備工程において、出発物質である非ダイヤモンド炭素粉末は、ダイヤモンド以外の炭素であれば特に制限はなく、グラファイト、無定形炭素などが該当する。
【0050】
また、非ダイヤモンド炭素粉末の粒径は、得られるダイヤモンド多結晶体のダイヤモンド粒子の平均粒径よりも少し大きな粒径を有するものを採用することが好ましい。非ダイヤモンド炭素粉末からダイヤモンドへと転移する際に、原子の組み換えを経て再結合するために、原料の粒径よりもダイヤモンドの粒径が小さくなるためである。ここで、原料の粒径が小さいと本来の非ダイヤモンド炭素粒子間の結合が無い粒界が増えるため、変換後のダイヤモンドの粒径は小さくなる。逆に原料の粒径が大きいとダイヤモンドの粒径が大きくなり、比b/aの値が大きくなる。したがって、非ダイヤモンド炭素粉末の粒径は0.5μm以下とし、製造的理由からその下限値は0.05μmである。より好ましい粒径は、0.1μm以上0.5μm以下である。
【0051】
なお、非ダイヤモンド炭素粉末の粒径は、レーザー光を利用したレーザー回折散乱法により測定された平均粒径をいう。
【0052】
このような準備工程は、上記の非ダイヤモンド炭素粉末を準備するものである限り、その手段は限定されず、たとえば非ダイヤモンド炭素粉末を従来公知の合成法により製造したり、市販の非ダイヤモンド炭素粉末を入手する等の手段を挙げることができる。
【0053】
また、上記の焼結工程における圧力P(GPa)および温度T(℃)は、高温側では粒成長、低温側では未変換グラファイトの残留などの問題が発生し、比b/aが0.080を超えてしまうという理由から、P≧0.0000168T2−0.0867T+124、T≦2300、およびP≦25という条件を満たすことが必要である。
【0054】
ここで、温度T(℃)は、ダイヤモンド多結晶体が得られる温度であれば特に限定はなく、その下限値を規定する必要はない。この温度T(℃)は、より好ましくは1700〜2300℃である。
【0055】
また、圧力P(GPa)も、ダイヤモンド多結晶体が得られる圧力であれば特に限定はなく、その下限値を規定する必要はない。この圧力P(GPa)は、より好ましくは13.5〜25GPaである。
【0056】
上記した好適な範囲の温度および圧力を採用しかつ上記の関係式を満たす焼結工程を実行すると、得られるダイヤモンド多結晶体のヌープ圧痕の比b/aは、0.080以下、好ましくは0.051〜0.077となる。
【0057】
なお、上記焼結工程における上記温度および圧力の適用時間は、5〜20分が好ましい。5分より短い場合、焼結が不十分となり、20分より長くしても焼結状態に差はなく経済的に不利となる。より好ましい適用時間は、10〜20分である。
【0058】
このような焼結工程は、非ダイヤモンド炭素粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程であるが、非ダイヤモンド炭素粉末のダイヤモンド粒子への変換は、焼結助剤や触媒を用いることなく、非ダイヤモンド炭素が単独で直接ダイヤモンド粒子に変換されるものであり、通常この変換は焼結と同時に行なわれることになる。
【0059】
上記のような製造方法により得られるダイヤモンド多結晶体は、それを構成するダイヤモンド粒子の粒径が微細で、かつ弾性的な振舞を示すため、耐欠損性が向上した強靭な多結晶体となる。このため、ダイヤモンド多結晶体は、負荷の大きな高速の微細加工等の用途に使用される切削工具、耐摩工具、研削工具等に好適に用いることができる。
【実施例】
【0060】
<実施例1〜6>
実施例1〜6にかかるダイヤモンド多結晶体を以下の方法で作製した。まず、出発物質の非ダイヤモンド炭素粒子として粒径0.5μm以下のグラファイト粉末(以下の表1の出発物質の欄に「微粒グラファイト粉末」と示す)を準備した(準備工程)。
【0061】
次いで、上記で準備したグラファイト粉末を2600℃以上の融点を有する高融点金属からなるカプセルに入れ、超高圧高温発生装置を用いて表1(「合成条件」の欄)に記載した圧力および温度において20分間保持することにより、微粒グラファイト粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させた(焼結工程)。これにより、ダイヤモンド多結晶体を得た。
【0062】
ここで、表1の実施例1〜6の圧力P(GPa)および温度T(℃)は、P≧0.0000168T2−0.0867T+124、T≦2300、およびP≦25という条件を満たしている。
【0063】
<比較例1〜3>
比較例1〜3にかかるダイヤモンド多結晶体を以下の方法で作製した。まず、出発物質の非ダイヤモンド炭素粉末として粒径0.5μm以下のグラファイト粉末(以下の表1の出発物質の欄に「微粒グラファイト粉末」と示す)を準備した(準備工程)。
【0064】
次いで、上記で準備したグラファイト粉末を2600℃以上の融点を有する高融点金属からなるカプセルに入れ、超高圧高温発生装置を用いて表1(「合成条件」の欄)に記載した圧力および温度において20分間保持することにより、微粒グラファイト粉末をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させた(焼結工程)。これにより、ダイヤモンド多結晶体を得た。
【0065】
ここで、比較例1の圧力P(GPa)および温度T(℃)は、T≦2300という条件を満たさない。また、比較例2および3の圧力P(GPa)および温度T(℃)は、P≧0.0000168T2−0.0867T+124の条件を満たさない。
【0066】
<比較例4>
比較例4にかかるダイヤモンド多結晶体を以下の方法で作製した。まず、出発物質の非ダイヤモンド炭素粉末として粒径5μm以下のグラファイト粉末(以下の表1の出発物質の欄に「粗粒グラファイト粉末」と示す)を準備した(準備工程)。
【0067】
次いで、上記で準備したグラファイト粉末を2600℃以上の融点を有する高融点金属からなるカプセルに入れ、超高圧高温発生装置を用いて表1(「合成条件」の欄)に記載した温度および圧力において20分間保持することにより、粗粒グラファイト粉末をダイヤモンドに変換させ、かつ焼結させた(焼結工程)。これにより、ダイヤモンド多結晶体を得た。
【0068】
なお、上記の条件は、出発物質が粒径5μm以下の粗粒グラファイト粒子であるため、粒径0.5μm以下の非ダイヤモンド炭素粉末という条件を満たさない。
【0069】
<比較例5>
比較例5に係るダイヤモンド焼結体を以下の方法で作製した。まず、出発物質として平均粒径0.5μmのダイヤモンド粉末とコバルト(Co)系の金属系結合材粉末とを、85:15の体積比で混合した粉末(以下の表1の出発物質の欄に「ダイヤモンド粉末/金属系結合材粉末」と示す)を準備した(準備工程)。
【0070】
次いで、上記で準備した混合粉末を2600℃以上の融点を有する高融点金属からなるカプセルに入れ、超高圧高温発生装置を用いて表1(「合成条件」の欄)に記載した圧力および温度において20分間保持することにより焼結させた(焼結工程)。これにより、ダイヤモンド焼結体を得た。なお、上記の条件は、出発物質が実施例1〜6および比較例1〜4の出発物質と異なっている。
【0071】
<評価>
上記の様にして得られた実施例1〜6および比較例1〜4のダイヤモンド多結晶体、比較例5のダイヤモンド焼結体の組成、X線回折、粒径、ヌープ圧痕の比b/aを下記の手法で測定した。
【0072】
<組成>
各ダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体に含まれるダイヤモンド粒子を、X線回折装置により同定した。この装置のX線の線源はCuであり、波長1.54ÅのKα線であった。
【0073】
<X線回折>
各ダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体に含まれるダイヤモンド粒子について、X線回折装置により、(111)面のX線回折強度I(111)に対する(220)面のX線回折強度I(220)の比I(220)/I(111)を求めた。この装置のX線の線源はCuであり、波長1.54ÅのKα線であった。その結果を表1の「XRD I(220)/I(111)」の欄に示す。
【0074】
<粒径>
各ダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体に含まれるダイヤモンド粒子の平均粒径を、走査電子顕微鏡を用いた切断法により求めた。
【0075】
すなわち、まず走査電子顕微鏡(SEM)を用いてダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体を観察し、SEM画像を得た。
【0076】
次にそのSEM画像に円を描き、その円の中心から8本の直線を放射状(各直線間の交差角度がほぼ等しくなるよう)に円の外周まで引いた。この場合、上記の観察倍率および円の直径は、上記の直線1本あたりに載るダイヤモンド粒子の個数が10〜50個程度になるように設定した。
【0077】
引続き、上記の各直線毎にダイヤモンド粒子の結晶粒界を横切る数を数え、直線の長さをその横切る数で割ることにより平均切片長さを求め、その平均切片長さに1.128をかけて得られる数値を平均粒径とした。
【0078】
なお、上記のSEM画像の倍率は30000倍とした。その理由は、これ以下の倍率では、円内の粒の数が多くなり、粒界が見えにくくなるとともに数え間違いが発生する上、線を引く際に板状組織を含める可能性が高くなるからである。また、これ以上の倍率では、円内の粒の数が少な過ぎて、正確な平均粒径が算出できないからである。比較例1および5に関しては、粒径が大きすぎるため、倍率を3000倍とした。
【0079】
また、各実施例および各比較例毎に、1つの試料に対して別々の箇所を撮影した3枚のSEM画像を使用し、各SEM画像毎に上記の方法で平均粒径を求め、得られた3つの平均粒径の平均値を平均粒径とした。その結果を表1の「平均粒径」の欄に示す。
【0080】
<ヌープ圧痕の比b/a>
各ダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体について、ヌープ圧痕の比b/aを測定するために、以下の条件でヌープ硬度を測定した。
【0081】
すなわち、ヌープ圧子としてはマイクロヌープ圧子を使用し、23℃±5℃において4.9Nの試験荷重で、ヌープ硬度の測定を5回行なった。そして、各測定毎にヌープ圧痕の対角線の長い方の対角線の長さaに対する短い方の対角線の長さbの比b/aをレーザー顕微鏡を用いて測定し、その平均値をヌープ圧痕の比b/aとした。その結果を表1の「ヌープ圧痕 比b/a」の欄に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
表1に示すように、実施例1〜6におけるダイヤモンド粒子の平均粒径は、18〜41nmであった。このとき、実施例1〜6におけるヌープ圧痕の比b/aは0.051〜0.077であった。
【0084】
これに対し、比較例1におけるダイヤモンド粒子の平均粒径は230nmと実施例1〜6と比較して大きかった。また比較例1のヌープ圧痕の比b/aは0.099であり、実施例1〜6よりも弾性回復量が小さく、以って弾性的性質も小さいことは明らかである。
【0085】
また、比較例2および3は、適正な合成条件のひとつの条件であるP≧0.0000168T2−0.0867T+124を満たしていなかったため、多結晶体中に未変換のグラファイトが多く含まれていた。また比較例2および3のヌープ圧痕の比b/aはそれぞれ0.105および0.095であり、実施例1〜6よりも弾性回復量が小さく、以って弾性的性質も小さいことは明らかである。
【0086】
また、比較例4は、ダイヤモンド粒子の平均粒径が52nmと実施例1〜6と比較して大きかった。また比較例4のヌープ圧痕の比b/aは0.085であり、実施例1〜6よりも弾性回復量が小さく、以って弾性的性質も小さいことは明らかである。
【0087】
また、比較例5は、ダイヤモンド粉末と結合材粉末とを出発物質としており、平均粒径が500nmで実施例1〜6と比較して大きかった。このとき、ヌープ圧痕の比b/aが0.121であり、実施例1〜6よりも弾性回復量が小さく、以って弾性的性質も小さいことは明らかである。
【0088】
さらに、各実施例および各比較例のダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体を先端径0.5mmのボールエンドミル工具の先端に取り付け、切削性能について評価を行なった。被削材としてコバルト(Co)を12質量%含んだ超硬合金を準備し、回転数40000rpm、切削速度120mm/min、切り込み量5μm、送り量5μmの条件で、24mの切削を行なった。切削終了時の工具の摩耗量を実施例1における摩耗量に対する各実施例または各比較例における摩耗量の相対比(以下、工具摩耗相対比)を表2に示す。
【0089】
【表2】
【0090】
実施例1〜6の工具摩耗相対比は1〜1.3であった。これに対し、比較例1〜3はそれぞれ切削長15m、5m、および6mの段階で大きな欠けが発生し、加工を中止した。また比較例4および5の工具摩耗相対比はそれぞれ2.2および4.2で、実施例1〜6に対し大きく摩耗していた。このため、実施例のダイヤモンド多結晶体が比較例のダイヤモンド多結晶体およびダイヤモンド焼結体に比し、強靭であることが確認された。
【0091】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0092】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
図1