(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、自動二輪車両が低μ路を走行していること、及び、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が比較的小さいことの双方が成立する条件下での車両減速を想定し、上記の判定減速度及び判定変化量の双方を設定したとする。この場合、前輪減速度及び前輪減速度の変化量が比較的小さい段階で、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大となる。そのため、判定減速度及び判定変化量は、比較的小さい値に設定されることとなる。その一方で、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が大きい場合、前輪減速度及び前輪減速度の変化量が大きくならないと、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大にならない。そのため、判定減速度及び判定変化量を比較的小さい値に設定している場合、上記の摩擦係数が十分に大きくなっていない段階でABS制御の開始条件が成立し、前輪に付与するブレーキ力の減少が開始されるおそれがある。この場合、ABS制御の早期介入となり、車両の減速度を十分に確保することができない。
【0006】
反対に、例えば、自動二輪車両が高μ路を走行していること、及び、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が比較的大きいことの双方が成立する条件下での車両減速を想定し、上記の判定減速度及び判定変化量の双方を設定したとする。この場合、判定減速度及び判定変化量は、比較的大きい値に設定されることとなる。そのため、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が小さい場合、前輪減速度及び前輪減速度の変化量があまり大きくならないため、ABS制御が実施されないおそれがある。
【0007】
本発明の目的は、車両の減速度を十分に大きくした状態で同車両の前輪に対するアンチロックブレーキ制御を開始させることができる車両のブレーキ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための車両のブレーキ制御装置は、車両の前輪に付与するブレーキ力を調整するアンチロックブレーキ制御(以下、「ABS制御」ともいう。)を実施する装置を前提としている。この車両のブレーキ制御装置は、車両の前輪にブレーキ力が付与されている状況下で同前輪の減速度である前輪減速度が保持判定減速度に達したタイミングで、同前輪に付与するブレーキ力を保持する保持制御を開始する制御部と、保持制御の実施中の第1の取得タイミングの前輪減速度を第1の前輪減速度として取得する第1の取得部と、保持制御の実施中であって、且つ第1の取得タイミングから所定時間が経過した時点である第2の取得タイミングの前輪減速度を第2の前輪減速度として取得する第2の取得部と、を備えている。そして、制御部は、第2の取得部によって取得された第2の前輪減速度が第1の取得部によって取得された第1の前輪減速度以下であるときには、保持制御の実施を終了して前輪に付与するブレーキ力の増大を許容する。一方、制御部は、第2の前輪減速度が第1の前輪減速度よりも大きいときには、保持制御の実施を終了してABS制御を開始する。
【0009】
車両の前輪にブレーキ力が付与されている場合、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値と等しくなるまでは、前輪がロック傾向を示さないため、前輪に付与するブレーキ力の増大に応じて前輪減速度が大きくなり、これに伴って車両の減速度もまた大きくなる。また、このように前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に向かって増大している最中では、前輪に付与するブレーキ力を保持させると、前輪の減速度である前輪減速度は大きくならない。
【0010】
また、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達すると前輪がロック傾向を示すようになり、当該摩擦係数が最大値から低下する。すると、こうした事象の発生により、車両の減速度は大きくならないものの、前輪に付与するブレーキ力が増大していないにも拘わらず、前輪減速度が大きくなる。すなわち、前輪にブレーキ力を保持する保持制御を実施している最中の前輪減速度の推移を監視することで、車両の減速度を未だ大きくすることが可能であるか否かを判断することができる。
【0011】
そこで、上記構成では、前輪にブレーキ力が付与されている状況下で同前輪減速度が保持判定減速度に達すると、保持制御の実施によって、同前輪に付与するブレーキ力が保持される。このように保持制御が実施されているときには、第1の取得タイミングでの前輪減速度が第1の前輪減速度として取得され、第1の取得タイミングから所定時間が経過した時点である第2の取得タイミングでの前輪減速度が第2の前輪減速度として取得される。そして、第2の前輪減速度が第1の前輪減速度以下であるときには、保持制御の実施中に前輪減速度が大きくならず、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に向けて大きくなっている最中と判断することができる。この場合、前輪に付与するブレーキ力を増大させることにより、車両の減速度を未だ増大させることが可能であるため、保持制御の実施が終了される一方で、ABS制御は実施されない。そのため、運転者によるブレーキ操作によって前輪に付与するブレーキ力を増大させることができる。
【0012】
一方、第2の前輪減速度が第1の前輪減速度よりも大きいときには、保持制御の実施中に前輪減速度が大きくなっており、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値から低下している最中であると判断することができる。この場合、前輪が既にロック傾向を示しており、車両の減速度は増大しにくい状態であるため、ABS制御が開始されて前輪に付与するブレーキ力が減少されるようになる。
【0013】
したがって、車両の減速度を十分に大きくした状態で同車両の前輪に対するABS制御を開始させることができるようになる。
ここで、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が小さい場合、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達する時点での前輪減速度の変化量は比較的小さい。一方、前輪に付与するブレーキ力の増大速度が大きい場合、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達する時点での前輪減速度の変化量は比較的大きい。
【0014】
そこで、上記車両のブレーキ制御装置は、前輪減速度の変化量が大きいほど保持判定減速度を大きくする判定値設定部を備えることが好ましい。この構成によれば、前輪減速度の変化量が小さいときには、前輪減速度が比較的小さい段階で前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達すると判断できるため、前輪減速度が比較的小さいときに保持制御が開始されるようになる。そのため、車両が緩やかに減速されるようなブレーキ操作を運転者が行っている場合であっても、保持制御が適切なタイミングで実施されるため、ABS制御を適切に実施することができる。
【0015】
一方、前輪減速度の変化量が大きいときには、前輪減速度が比較的大きくなってから前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達すると判断できるため、前輪減速度が比較的大きくなってから保持制御が開始されるようになる。そのため、車両が急減速されるようなブレーキ操作を運転者が行っている場合であっても、前輪のタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達するよりも前に保持制御が開始される事象が生じにくくなる。
【0016】
なお、前輪減速度は、前輪の回転速度である前輪速度を時間微分した値であり、同前輪速度には、車両固有の振動成分が含まれていることがある。この場合、前輪速度に基づいて演算される前輪減速度、及び前輪減速度に基づいて演算される前輪減速度の変化量もまた、車両固有の振動成分に応じた周期で変動することとなる。しかし、前輪減速度の変化量は、前輪減速度とは「1/4」周期だけ遅れて変動する。そのため、その時点の前輪減速度の変化量に応じて保持判定減速度を設定した場合、当該車両固有の振動成分を含む前輪減速度が小さくなっているときに、前輪減速度の変化量が大きくなっているために保持判定減速度が大きくなる。したがって、本来は保持制御の開始タイミングではないにも拘わらず、前輪減速度が保持判定減速度以上となり、保持制御が開始されてしまうことがある。
【0017】
そこで、上記車両のブレーキ制御装置において、当該車両固有の周期の長さを規定時間とした場合、判定値設定部は、規定時間を「4」で除した商に相当する時間だけ前の前輪減速度の変化量が小さいほど保持判定減速度を大きくすることが好ましい。この構成によれば、当該車両固有の振動成分を含む前輪減速度が小さくなっているときに保持判定減速度が小さくなり、前輪減速度が大きくなっているときに保持判定減速度が大きくなる。そのため、保持制御の不要な実施を抑制することができるようになる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、車両のブレーキ制御装置を具体化した一実施形態を
図1〜
図7に従って説明する。
図1には、本実施形態の車両のブレーキ制御装置である制御装置100を備える車両の一例が図示されている。
図1に示すように、車両は、1つの前輪FW及び1つの後輪RWを有する自動二輪車両である。この車両には、前輪用のブレーキ装置10と、後輪用のブレーキ装置20とが設けられている。
【0020】
後輪用のブレーキ装置20は、運転手によるブレーキペダル21の踏込み操作に応じた液圧であるMC圧が内部に発生する後輪用マスタシリンダ22と、後輪RWに対して設けられている後輪用ホイールシリンダ23とを備えている。そして、後輪用マスタシリンダ22と後輪用ホイールシリンダ23とは液体流路24を介して接続されており、後輪用マスタシリンダ22内のMC圧が増大されると、後輪用ホイールシリンダ23内にブレーキ液が流入される。その結果、後輪用ホイールシリンダ23内の液圧であるWC圧が増大され、同WC圧に応じたブレーキ力が後輪RWに付与される。
【0021】
前輪用のブレーキ装置10は、運転手によるブレーキレバー11の操作に応じた液圧であるMC圧が内部に発生する前輪用マスタシリンダ12と、前輪FWに対して設けられている前輪用ホイールシリンダ13とを備えている。そして、前輪用マスタシリンダ12内のMC圧が増大されると、前輪用ホイールシリンダ13内にブレーキ液が流入される。その結果、前輪用ホイールシリンダ13内の液圧であるWC圧が増大され、同WC圧に応じたブレーキ力が前輪FWに付与される。
【0022】
また、前輪用のブレーキ装置10には、運転者によってブレーキレバー11が操作されている状況下で、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧、すなわち前輪FWに付与するブレーキ力を調整するブレーキアクチュエータ14が設けられている。このブレーキアクチュエータ14は、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧の増大を規制する際に作動する常開型の電磁弁である保持弁15と、同WC圧を減少させる際に作動する常閉型の電磁弁である減圧弁16とを有している。また、ブレーキアクチュエータ14には、前輪用ホイールシリンダ13から減圧弁16を介して流出したブレーキ液を一時的に貯留するリザーバ17と、リザーバ17内のブレーキ液を汲み取り、前輪用マスタシリンダ12と保持弁15とを繋ぐ流路内に同ブレーキ液を吐出するポンプ18と、ポンプ18の動力源であるモータ19とが設けられている。
【0023】
図1に示すように、制御装置100には、前輪FWの回転速度である前輪速度VWFを検出する前輪速度センサ110と、車両の減速度Gxを検出する車両減速度センサ111とが電気的に接続されている。車両の減速度Gxは、車両が減速しているときに大きくなる一方で、車両が加速しているときには小さくなる値である。そして、制御装置100は、これら各種のセンサによって検出された情報に基づいてブレーキアクチュエータ14を制御するようになっている。
【0024】
すなわち、制御装置100では、前輪FWにブレーキ力が付与されている状況下で車両挙動の安定性の低下を抑制するために、前輪FWに付与するブレーキ力、すなわち前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧を調整するアンチロックブレーキ制御(以下、「ABS制御」ともいう。)が実施される。このABS制御の実施中にあっては、ポンプ18を作動させた状態で、保持弁15を閉弁させて減圧弁16を開弁させることにより、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧が減少される。また、保持弁15及び減圧弁16の双方を閉弁させることにより、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧が保持される。また、減圧弁16を閉弁させて保持弁15を開弁させることにより、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧が増大される。
【0025】
前輪速度VWFだけではなく、後輪RWの回転速度である後輪速度も検出することができる場合、車両の車体速度VSを比較的正確に演算することができるため、前輪FWのスリップ量Slp(=VS−VWF)を演算することができる。そのため、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値となる時点のスリップ量を「ピーク発生スリップ量」としたとき、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量以上になったことを条件に、ABS制御を開始させることができる。これにより、車両の減速度Gxを極力大きくした状態でABS制御が実施される。
【0026】
しかしながら、本車両には後輪速度を検出するためのセンサが設けられていないため、車体速度VSを精度良く演算できないことがある。このように演算精度の低い車体速度VSを用いて演算した前輪FWのスリップ量Slpを用いた場合、ABS制御を適切なタイミングで開始させることが困難である。
【0027】
そこで、本実施形態の車両のブレーキ制御装置では、前輪FWに付与するブレーキ力を保持する保持制御を実施し、その保持制御の実施期間中における前輪減速度DVWFの推移に基づき、ABS制御の開始タイミングを決定するようにしている。なお、前輪減速度DVWFは、前輪速度VWFを時間微分した値である。
【0028】
前輪FWのブレーキトルクを「BFW」とし、前輪FWのタイヤと路面との摩擦力によるトルクである摩擦トルクを「TFW」とした場合、摩擦トルクTFWからブレーキトルクBFWを減じた差(=TFW−BFW)が小さいほど、前輪減速度DVWFが大きくなる。
【0029】
すなわち、
図2に示すように、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量SlpPK以上の状態で保持制御が実施された場合、同保持制御の実施期間中に、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数、すなわち上記の摩擦トルクTFWが低下する。その結果、保持制御の実施期間中ではブレーキトルクBFWが一定であった場合、摩擦トルクTFWからブレーキトルクBFWを減じた差であるトルク差ΔBTが小さくなるため、前輪減速度DVWFが大きくなる。
【0030】
これに対し、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量SlpPKよりも小さい状態で保持制御が実施された場合、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数、すなわち上記の摩擦トルクTFWは低下しない。そのため、保持制御の実施期間中ではブレーキトルクBFWが一定であった場合、摩擦トルクTFWからブレーキトルクBFWを減じた差であるトルク差ΔBTが小さくなりにくいため、前輪減速度DVWFが大きくなりにくい。
【0031】
また、前輪FWにブレーキ力が付与されているときには、後輪RWの接地荷重が小さくなるとともに前輪FWの接地荷重が大きくなる。こうした事象は、前輪FWに付与するブレーキ力の増大速度が大きいときほど顕著に表れる。
【0032】
図3には、前輪FWの接地荷重の移動前の上記摩擦トルクTFW1の推移と、前輪FWの接地荷重の移動後の摩擦トルクTFW2の推移とが図示されている。
図3に示すように、ピーク発生スリップ量SlpPK自体は変化しないものの、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量SlpPKと等しいときの摩擦トルクTFWは、前輪FWの接地荷重が大きいほど大きくなる。つまり、前輪FWの接地荷重が大きくなっている最中では、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧、すなわち前輪FWに付与するブレーキ力を保持している間に摩擦トルクTFWが大きくなる。そのため、摩擦トルクTFWからブレーキトルクBFWを減じた差であるトルク差ΔBTが小さくなり、前輪減速度DVWFが小さくなりやすい。
【0033】
したがって、本実施形態の車両のブレーキ制御装置では、保持制御の開始時を第1の取得タイミングとし、同開始時から所定時間が経過した時点を第2の取得タイミングとする。そして、上記の保持制御の実施時に、第1の取得タイミングの前輪減速度DVWFが第1の前輪減速度DVWF1として取得され、第2の取得タイミングの前輪減速度DVWFが第2の前輪減速度DVWF2として取得される。第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1以下であるときには、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が未だ最大になっておらず、前輪FWのスリップ量Slpを大きくしても前輪FWが未だロック傾向を示さないと判断することができる。そのため、保持制御は終了するものの、ABS制御は実施されず、前輪FWに付与するブレーキ力、すなわち前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧の増大が許容される。
【0034】
一方、第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1よりも大きいときには、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値から低下している最中であり、前輪FWのスリップ量Slpをさらに大きくすると前輪FWのロック傾向がさらに大きくなると判断することができる。そのため、保持制御を終了してABS制御が実施されることにより、前輪FWに付与するブレーキ力、すなわち前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧が減少される。
【0035】
次に、
図4に示すフローチャートを参照し、ABS制御を未だ実施していないときに制御装置100が実行する処理ルーチンについて説明する。なお、本処理ルーチンは、予め設定されている制御サイクル毎に実行される。
【0036】
図4に示すように、本処理ルーチンにおいて、制御装置100は、前輪速度センサ110によって検出されている前輪速度VWFを時間微分した前輪減速度DVWFを求める(ステップS11)。続いて、制御装置100は、前輪減速度DVWFを時間微分した前輪減速度の変化量DDVWFを求める(ステップS12)。そして、制御装置100は、取得した前輪減速度DVWFに基づいて保持判定減速度DVWTHを設定する(ステップS13)。この保持判定減速度DVWTHは、上記の保持制御の開始タイミングを決定するための判定値である。したがって、本明細書では、ステップS13を実行する制御装置100により、「判定値設定部」の一例が構成される。
【0037】
なお、保持判定減速度DVWTHは、
図5に示すマップを参照して設定することができる。
図5に示すマップは、前輪減速度の変化量DDVWFと保持判定減速度DVWTHとの関係を示すマップである。すなわち、
図5に示すように、前輪減速度の変化量DDVWFが第1の変化量DDVW1未満である場合、保持判定減速度DVWTHは、第1の判定減速度DVWTH1に設定される。また、前輪減速度の変化量DDVWFが、第1の変化量DDVW1よりも大きい第2の変化量DDVW2以上である場合、保持判定減速度DVWTHは、第1の判定減速度DVWTH1よりも大きい第2の判定減速度DVWTH2に設定される。そして、前輪減速度の変化量DDVWFが第1の変化量DDVW1以上であって且つ第2の変化量DDVW2未満である場合、保持判定減速度DVWTHは、前輪減速度の変化量DDVWFが大きいほど大きい値に設定される。したがって、本実施形態の車両のブレーキ制御装置では、前輪減速度の変化量DDVWFが大きいほど保持判定減速度DVWTHが大きくなる。
【0038】
ここで、
図6(a)に示すように、前輪速度VWFには、車両固有の振動成分が含まれている。そのため、
図6(a),(b),(c)に示すように、前輪速度VWFを時間微分した値である前輪減速度DVWF、及び前輪減速度DVWFを時間微分した値である前輪減速度の変化量DDVWFもまた、車両固有の振動成分に応じた周期で変動することとなる。しかし、前輪減速度の変化量DDVWFは、前輪減速度DVWFとは「1/4」周期だけ遅れて変動する。そのため、
図6(c)に実線で示すように、最新の前輪減速度の変化量DDVWFに応じて保持判定減速度DVWTHを設定した場合、当該車両固有の振動成分を含む前輪減速度DVWFが小さくなっているときに、前輪減速度の変化量DDVWFが大きくなっているために保持判定減速度DVWTHが大きくなる。したがって、本来は保持制御の開始タイミングではないにも拘わらず、前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWH以上となり、保持制御が開始されてしまうことがある。
【0039】
ただし、車両固有の振動成分の周期の長さである規定時間TMAは、予め把握することができる。そこで、
図6(c)に破線で示すように、規定時間TMAを「4」で除した商に相当する時間TMB(=TMA/4)だけ前の前輪減速度の変化量DDVWF、すなわち4分の1周期前の前輪減速度の変化量DDVWFに基づき、保持判定減速度DVWTHが設定される。これにより、車両固有の振動成分を含む前輪減速度DVWFが小さくなっているときに保持判定減速度DVWTHが小さくなり、前輪減速度DVWFが大きくなっているときに保持判定減速度DVWTHが大きくなる。そのため、保持制御の不要な実施を抑制することができる。
【0040】
図4に戻り、保持判定減速度DVWTHを設定した制御装置100は、保持フラグFLGに「オン」がセットされているか否かを判定する(ステップS14)。この保持フラグFLGは、保持制御が実施されているときには「オン」がセットされる一方で、保持制御が実施されていないときには「オフ」がセットされるフラグである。そして、保持フラグFLGに「オン」がセットされている場合(ステップS14:YES)、制御装置100は、その処理を後述するステップS19に移行する。
【0041】
一方、保持フラグFLGに「オフ」がセットされている場合(ステップS14:NO)、制御装置100は、現時点の前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTH以上であるか否かを判定する(ステップS15)。現時点の前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTH未満である場合(ステップS15:NO)、制御装置100は、保持制御を実施することなく、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0042】
一方、現時点の前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTH以上である場合(ステップS15:YES)、制御装置100は、保持制御を開始する(ステップS16)。すなわち、制御装置100は、ブレーキアクチュエータ14の保持弁15を閉弁させて前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧を保持する。したがって、本明細書では、ステップS16を実行する制御装置100により、前輪FWにブレーキ力が付与されている状況下で前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTHに達したタイミングで、前輪FWに付与するブレーキ力を保持する保持制御を開始する「制御部」の一例が構成される。
【0043】
続いて、制御装置100は、保持フラグFLGに「オン」をセットし(ステップS17)、現時点の前輪減速度DVWF、すなわち保持制御の開始時点である第1の取得タイミングの前輪減速度DVWFを第1の前輪減速度DVWF1として取得する(ステップS18)。したがって、本明細書では、ステップS18を実行する制御装置100により、「第1の取得部」の一例が構成される。その後、制御装置100は、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0044】
ステップS19において、制御装置100は、第1の取得タイミングから所定時間が経過したか否かを判定する。すなわち、ステップS19では、第2の取得タイミングに達したか否かを判定しているということができる。なお、本実施形態の車両のブレーキ制御装置では、上述したように、第1の取得タイミングは保持制御の開始時であり、第2の取得タイミングは保持制御の終了時である。そのため、ステップS19では、一定期間実施する保持制御の終了タイミングになったか否かを判定しているということもできる。そして、第1の取得タイミングから未だ所定時間が経過していない場合(ステップS19:NO)、制御装置100は、本処理ルーチンを一旦終了し、保持制御の実施を継続する。
【0045】
一方、第1の取得タイミングから所定時間が既に経過している場合(ステップS19:YES)、制御装置100は、現時点の前輪減速度DVWFを第2の前輪減速度DVWF2として取得する(ステップS20)。したがって、本明細書では、ステップS20を実行する制御装置100により、「第2の取得部」の一例が構成される。続いて、制御装置100は、ブレーキアクチュエータ14の保持弁15を開弁させて保持制御を終了し(ステップS21)、保持フラグFLGに「オフ」をセットする(ステップS22)。
【0046】
そして、制御装置100は、第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1よりも大きいか否かを判定する(ステップS23)。第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1以下である場合、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が未だ最大になっておらず、車両の減速度Gxを未だ大きくすることができるため、ABS制御の開始条件が未だ成立していないと判断することができる。一方、第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1よりも大きい場合、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値から低下しており、車両の減速度Gxは十分に大きくなっているため、ABS制御の開始条件が既に成立していると判断することができる。
【0047】
そのため、第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1以下である場合(ステップS23:NO)、制御装置100は、ABS制御の開始を許可することなく、本処理ルーチンを一旦終了する。一方、第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1よりも大きい場合(ステップS23:YES)、制御装置100は、ABS制御の開始を許可し(ステップS24)、本処理ルーチンを一旦終了する。
【0048】
次に、
図7に示すタイミングチャートを参照し、本実施形態の車両のブレーキ制御装置の作用について効果と合わせて説明する。
図7(a),(b),(c)に示すように、車両の走行中における運転者のブレーキ操作によって前輪FWにブレーキ力が付与されると、車両の車体速度VSが徐々に小さくなる。このとき、車両の緩やかな減速が要求されている場合、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcの増大速度が小さいため、前輪減速度DVWFは小さくなるものの、前輪減速度の変化量DDVWFは比較的小さい。そのため、
図5に示すマップを用いて設定される保持判定減速度DVWTHは、比較的小さくなる(ステップS13)。
図7に示す例では、保持判定減速度DVWTHは、第1の判定減速度DVWTH1と等しくされている。
【0049】
この場合、第21のタイミングt21で前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTHに達するため(ステップS15:YES)、保持制御が開始される(ステップS16)。すると、第1の取得タイミングに相当する第21のタイミングt21からは、保持制御の実施によって、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcが保持される。そして、第21のタイミングt21の前輪減速度DVWFである第1の前輪減速度DVWF1よりも、第21のタイミングt21から所定時間の経過後の第22のタイミングt22(第2の取得タイミングに相当)の前輪減速度DVWFである第2の前輪減速度DVWF2が大きいと(ステップS23:YES)、車両の減速度Gxが十分に大きくなっていると判断できる。すなわち、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量SlpPK以上であると判断することができる。そのため、第22のタイミングt22で、保持制御が終了され、ABS制御の実施によって前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcの減少が開始される。したがって、車両が緩やかに減速しているときでも車両挙動の安定性が低下しやすいと判断できるときには、車両の減速度Gxを十分に大きくした状態で同車両の前輪に対するABS制御を開始させることができる。
【0050】
また、ブレーキ操作を行う運転者によって急ブレーキが要求されている場合、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcの増大速度が大きいため、前輪減速度DVWF及び前輪減速度の変化量DDVWFの双方が大きくなる。そのため、
図5に示すマップを用いて設定される保持判定減速度DVWTHは、比較的大きくなる(ステップS13)。
図7に示す例では、保持判定減速度DVWTHは、第2の判定減速度DVWTH2と等しくされている。
【0051】
この場合、第11のタイミングt11で前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTHに達するため(ステップS15:YES)、保持制御が開始される(ステップS16)。すなわち、前輪減速度の変化量DDVWFが大きいときには、前輪減速度DVWFが比較的大きくなってから前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達すると判断できるため、前輪減速度DVWFが比較的大きくなってから保持制御が開始されるようになる。そのため、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に達するよりも前に保持制御が開始される事象が生じにくくなる。
【0052】
前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTHに達した第11のタイミングt11からは、保持制御の実施によって、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcが保持される。そして、第1の取得タイミングに相当する第11のタイミングt11の前輪減速度DVWFである第1の前輪減速度DVWF1よりも、第11のタイミングt11から所定時間の経過後の第12のタイミングt12(第2の取得タイミングに相当)の前輪減速度DVWFである第2の前輪減速度DVWF2が大きいと(ステップS23:YES)、車両の減速度Gxが十分に大きくなっていると判断できる。すなわち、前輪FWのスリップ量Slpがピーク発生スリップ量SlpPK以上であると判断することができる。そのため、第12のタイミングt12で、保持制御が終了され、ABS制御の実施によって前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcの減少が開始される。したがって、車両の早期減速によって車両挙動の安定性が低下しやすいと判断できるときには、車両の減速度Gxを十分に大きくした状態で同車両の前輪に対するABS制御を開始させることができる。
【0053】
ちなみに、高μ路の走行中で運転者が急ブレーキを要求した場合、急ブレーキに伴う車両減速の初期では、前輪減速度の変化量DDVWFはそれほど大きくならないことがある。すなわち、前輪減速度の変化量DDVWFが第2の変化量DDVW2よりも小さいことがある。この場合、保持判定減速度DVWTHは、第2の判定減速度DVWTH2よりも小さい。
【0054】
こうした場合でも、前輪減速度DVWFが保持判定減速度DVWTHに達すると(ステップS15:YES)、保持制御が開始される(ステップS16)。そして、保持制御の実施によって前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcが保持されている最中に、後輪RWの接地荷重が小さくなる一方で、前輪FWの接地荷重が大きくなることがある(
図3参照)。このように前輪FWの接地荷重が大きくなっている最中では、摩擦トルクTFWが大きくなるため、上述したように前輪減速度DVWFが小さくなりやすい。
【0055】
すなわち、第1の前輪減速度DVWF1よりも後に取得された第2の前輪減速度DVWF2が、第1の前輪減速度DVWF1よりも小さくなることがある。このように第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1以下である場合(ステップS23:NO)、保持制御は終了されても前輪FWに対するABS制御が開始されない。そのため、保持制御の終了によってブレーキアクチュエータ14の保持弁15が開弁されると、前輪用マスタシリンダ12側から前輪用ホイールシリンダ13側にブレーキ液が流れ、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcが増大される。すなわち、前輪FWに付与するブレーキ力が増大される。したがって、前輪FWのタイヤと路面との間の摩擦係数が最大値に向かって大きくなっている最中に保持制御が実施されたときには、同保持制御の終了後にABS制御を開始させないことにより、前輪FWに付与するブレーキ力を増大させることで、車両の減速度を大きくすることができる。
【0056】
なお、上記実施形態は以下のような別の実施形態に変更してもよい。
・上記実施形態では、規定時間TMAを「4」で除した商に相当する時間TMB(=TMA/4)だけ前の前輪減速度の変化量DDVWFに基づいて保持判定減速度DVWTHを設定している。しかし、最新の前輪減速度の変化量DDVWFに基づいて保持判定減速度DVWTHを設定する場合よりも、車両固有の振動に基づいて前輪減速度DVWFが小さくなっているときに保持判定減速度DVWTHを小さくすることができるのであれば、例えば、規定時間TMAを「4」以外の任意の整数(例えば、5)で除した商に相当する時間だけ前の前輪減速度の変化量DDVWFに基づいて保持判定減速度DVWTHを設定するようにしてもよい。
【0057】
・上記実施形態において、車両固有の振動に基づいた前輪減速度の変化量DDVWFの変動に起因する保持判定減速度DVWTHの変動がそれほど大きくないのであれば、最新の前輪減速度の変化量DDVWFに基づいて保持判定減速度DVWTHを設定するようにしてもよい。
【0058】
・保持判定減速度DVWTHを、前輪減速度の変化量DDVWFの大きさによらず規定値で固定してもよい。この場合、当該規定値を、第2の判定減速度DVWTH2よりも第1の判定減速度DVWTH1に近い値にすることが好ましい。保持判定減速度DVWTHをこのような規定値で固定することにより、車両の走行する路面のμ値や運転者によるブレーキ操作の態様によらず、車両減速中に保持制御を開始させやすくなる。
【0059】
例えば、このように保持判定減速度DVWTHを規定値で固定する場合において第2の前輪減速度DVWF2が第1の前輪減速度DVWF1以下となり、保持制御の終了後にABS制御が直ぐに開始されなかったときには、同保持制御の終了時点からの経過時間が規定時間を経過したタイミングでABS制御を開始させるようにしてもよい。
【0060】
・上記実施形態では、保持制御の開始時点の前輪減速度DVWFを第1の前輪減速度DVWF1として取得している。しかし、上記ブレーキアクチュエータ14では、保持制御の開始時点から保持弁15が閉弁される時点までにタイムラグが発生しうる。そのため、実際に前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcが保持された時点の前輪減速度DVWFは、保持制御の開始時点の前輪減速度DVWFよりも多少大きい可能性がある。そのため、上記のタイムラグに応じた前輪減速度DVWFの増大量に見合ったオフセット値を、保持制御の開始時点の前輪減速度DVWFに加算し、その和を第1の前輪減速度DVWF1とするようにしてもよい。そして、このように保持制御の開始時点の前輪減速度DVWFに応じた第1の前輪減速度DVWF1と第2の前輪減速度DVWF2とを比較し、保持制御の終了後にABS制御を開始させるか否かを判断するようにしてもよい。
【0061】
・上記実施形態において、第1の取得タイミングは、保持制御が実施されている期間であれば、保持制御の開始時点よりも後のタイミングであってもよい。例えば、保持制御の開始時点と第1の前輪減速度DVWF1の取得時点とのタイムラグを、保持制御の開始時点から保持弁15が閉弁される時点までに要するタイムラグ以上とすることにより、前輪FWに付与するブレーキ力が実際に保持されているときの前輪減速度DVWFを第1の前輪減速度DVWF1として取得することができる。なお、このように保持制御の開始時点よりも後のタイミングを第1の取得タイミングとする場合、保持制御の実施期間の時間的な長さは、所定時間よりも長くなる。
【0062】
・車両のブレーキ制御装置を、後輪RWの回転速度である後輪速度を検出するセンサを車両に適用してもよい。この場合、当該センサに異常が発生して車体速度VSを求めることができないときに、フェールセーフとして、
図4に示す処理ルーチンを実行させるようにしてもよい。
【0063】
・車両のブレーキ制御装置として、前輪速度VWFから車体速度を推定し、同車体速度の推定値と前輪速度VWFとに基づいた前輪FWのスリップ量が判定値以上になったときにABS制御を実施することのできる装置も知られている。すなわち、上記実施形態で説明したように前輪減速度DVWFを用いて開始タイミングを決定する第1のABS制御と、前輪FWのスリップ量を用いて開始タイミングを決定する第2のABS制御との双方を実施可能なブレーキ制御装置も知られている。こうした装置では、状況に応じて、第1のABS制御及び第2のABS制御のうち一方を優先的に実施するようにしてもよい。例えば、前輪速度VWFに基づいて演算した車体速度の推定精度が高いと判断できるときには、第2のABS制御を第1のABS制御よりも優先的に実施する一方、同車体速度の推定精度が高くないと判断できるときには、第1のABS制御を第2のABS制御よりも優先的に実施するようにしてもよい。
【0064】
・上記実施形態では、前輪用ホイールシリンダ13内のWC圧Pwcに応じたブレーキ力を前輪FWに付与するブレーキ機構を備えた車両に適用される車両のブレーキ制御装置について説明している。しかし、ブレーキ機構としては、モータなどの電動機の駆動力に応じたブレーキ力を前輪FWに付与する機構も知られている。こうした電動式のブレーキ機構を備えた車両に、車両のブレーキ制御装置を適用してもよい。
【0065】
・車両のブレーキ制御装置を、前輪速度VWFを検出可能であり、且つ前輪に対してABS制御を実施することが可能な車両であれば、自動二輪車両以外の他の車両(例えば、自動三輪車両や自動四輪車両)に適用してもよい。