(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0016】
先ず、本発明の実施形態に係る高炭素鋼板及びその製造に用いるスラブ(鋼塊)の化学組成について説明する。詳細は後述するが、本発明の実施形態に係る高炭素鋼板は、スラブの熱間圧延及び焼鈍等を経て製造される。従って、高炭素鋼板及びスラブの化学組成は、高炭素鋼板の特性のみならず、これらの処理を考慮したものである。以下の説明において、高炭素鋼板及びその製造に用いられるスラブに含まれる各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。本実施形態に係る高炭素鋼板及びその製造に用いられるスラブは、C:0.30%〜0.70%、Si:0.07%〜1.00%、Mn:0.20%〜3.00%、Ti:0.010%〜0.500%、Cr:0.01%〜1.50%、B:0.0004%〜0.0035%、P:0.025%以下、Al:0.100%以下、S:0.0100%以下、N:0.010%以下、Cu:0.500%以下、Nb:0.000%〜0.500%、Mo:0.000%〜0.500%、V:0.000%〜0.500%、W:0.000%〜0.500%、Ta:0.000%〜0.500%、Ni:0.000%〜0.500%、Mg:0.000%〜0.500%、Ca:0.000%〜0.500%、Y:0.000%〜0.500%、Zr:0.000%〜0.500%、La:0.000%〜0.500%、Ce:0.000%〜0.500%、かつ残部:Fe及び不純物で表される化学組成を有している。不純物としては、鉱石やスクラップ等の原材料に含まれるもの、製造工程において含まれるもの、が例示される。例えば、原材料としてスクラップを用いる場合、Sn、Sb若しくはAs又はこれらの任意の組み合わせが0.003%以上混入することがある。しかし、いずれも含有量が0.03%以下であれば、本実施形態の効果を阻害しないため、不純物として許容できる。また、Oは、0.0025%を限度として不純物として許容できる。Oは、酸化物を形成し、酸化物が凝集して粗大化すると、十分な成形性が得られない。このため、O含有量は低ければ低いほどよいが、O含有量を0.0001%未満まで低減することは技術的に困難である。
【0017】
(C:0.30%〜0.70%)
Cは、Feと結合して摩擦係数の小さなセメンタイトを形成するため、高炭素鋼板のマクロな潤滑性を確保するうえで重要な元素である。C含有量が0.30%未満では、セメンタイトの量が不足し、十分な潤滑性が得られず、成形中に金型との凝着が生じる。従って、C含有量は0.30%以上とし、好ましくは0.35%以上とする。C含有量が0.70%超では、セメンタイトの量が過剰となり、成形中にセメンタイトを起点とした割れが発生しやすい。従って、C含有量は0.70%以下とし、好ましくは0.65%以下とする。
【0018】
(Si:0.07%〜1.00%)
Siは、脱酸剤として作用し、また、焼鈍中のセメンタイトの過剰な粗大化の抑制に有効な元素である。Si含有量が0.07%未満では、上記作用による効果が十分には得られない。従って、Si含有量は0.07%以上とし、好ましくは0.10%以上とする。Si含有量が1.00%超では、フェライトの延性が低く、成形中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じるやすい。従って、Si含有量は1.00%以下とし、好ましくは0.80%以下とする。
【0019】
(Mn:0.20%〜3.00%)
Mnは、パーライト変態の制御に重要な元素である。Mn含有量が0.20%未満では、上記作用による効果が十分には得られない。つまり、Mn含有量が0.20%未満では、2相域焼鈍後の冷却過程でパーライト変態が起こり、セメンタイトの球状化率が不足する。従って、Mn含有量は0.20%以上とし、好ましくは0.25%以上とする。Mn含有量が3.00%超では、フェライトの延性が低く、成形中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じやすい。従って、Mn含有量は3.00%以下とし、好ましくは2.00%以下とする。
【0020】
(Ti:0.010%〜0.500%)
Tiは、溶鋼段階で窒化物を形成し、BNの形成の防止に有効な元素である。Ti含有量が0.010%未満では、上記作用による効果が十分には得られない。従って、Ti含有量は0.010%以上とし、好ましくは0.040%以上とする。Ti含有量が0.500%超であると、成形中に粗大なTi酸化物を起点とした割れが生じやすい。これは、連続鋳造中に、粗大なTi酸化物が形成されて、スラブの内部に巻き込まれるためである。従って、Ti含有量は0.500%以下とし、好ましくは0.450%以下とする。
【0021】
(Cr:0.01%〜1.50%)
Crは、Nとの親和力が高く、BNの形成の抑制に有効な元素であり、また、パーライト変態の制御にも有効な元素である。Cr含有量が0.01%未満では、上記作用による効果が十分には得られない。従って、Cr含有量は0.01%以上とし、好ましくは0.05%以上とする。Cr含有量が1.50%超では、焼鈍中のセメンタイトの球状化が阻害され、かつセメンタイトの粗大化が大幅に抑制されてしまう。従って、Cr含有量は1.50%以下とし、好ましくは0.90%以下とする。
【0022】
(B:0.0004%〜0.0035%)
Bは、高炭素鋼板の表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を低下させる元素である。Bは、後述の焼鈍中にフェライトとセメンタイトとの界面に偏析及び濃化して、成形中の当該界面における剥離を抑制し、割れの防止に有効な元素でもある。B含有量が0.0004%未満では、上記作用による効果が十分には得られない。従って、B含有量は0.0004%以上とし、好ましくは0.0008%以上とする。B含有量が0.0035%超では、成形中にFe及びBの炭化物等のボライドを起点とした割れが発生しやすい。従って、B含有量は0.0035%以下とし、好ましくは0.0030%以下とする。
【0023】
図1は、フェライトのミクロな摩擦係数とB含有量との関係を示す図である。
図1に示すように、B含有量が0.0004%以上であれば、0.0004%未満の場合と比較して、フェライトのミクロな摩擦係数が著しく低い。フェライトのミクロな摩擦係数が低いほど金型の損耗を抑制できる理由としては、後述のように、高炭素鋼板の表面に、硬いBの膜が形成されるためであると推察できる。また、フェライトとセメンタイトとの界面に偏析及び濃化したBがこの界面の強度を向上させて、高炭素鋼板の割れを抑制し、割れに伴う金型の損耗を抑制することも一因であると推察できる。
【0024】
(P:0.025%以下)
Pは、必須元素ではなく、例えば鋼板中に不純物として含有される。Pは、フェライトとセメンタイトとの界面に強く偏析し、当該界面へのBの偏析が阻害され、当該界面での剥離を招く。このため、P含有量は低ければ低いほどよい。特にP含有量が0.025%超で、悪影響が顕著となる。従って、P含有量は0.025%以下とする。なお、P含有量の低減には精錬コストがかかり、0.0001%未満まで低減しようとすると、精錬コストが著しく上昇する。このため、P含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0025】
(Al:0.100%以下)
Alは、製鋼段階で、脱酸剤として作用し、Nの固定に有効な元素であるが、高炭素鋼板の必須元素ではなく、例えば鋼板中に不純物として含有される。Al含有量が0.100%超では、フェライトの延性が低く、成形中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じやすく、また、強度が過剰になり、成形荷重の増加を招く。従って、Al含有量は0.100%以下とする。高炭素鋼板のAl含有量が0.001%未満では、Nの固定が十分でないこともある。従って、Al含有量は0.001%以上としてもよい。
【0026】
(S:0.0100%以下)
Sは、必須元素ではなく、例えば鋼板中に不純物として含有される。Sは、MnS等の粗大な非金属介在物を形成し、成形性を悪化させる。このため、S含有量は低ければ低いほどよい。特にS含有量が0.0100%超で、悪影響が顕著となる。従って、S含有量は0.0100%以下とする。なお、S含有量の低減には精錬コストがかかり、0.0001%未満まで低減しようとすると、精錬コストが著しく上昇する。このため、S含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0027】
(N:0.010%以下)
Nは、必須元素ではなく、例えば鋼板中に不純物として含有される。Nは、BNの形成により、Bの固溶量を低下させ、金型との凝着及び成形中の割れ等を招く。このため、N含有量は低ければ低いほどよい。特にN含有量が0.010%超で、悪影響が顕著となる。従って、N含有量は0.010%以下とする。なお、N含有量の低減には精錬コストがかかり、0.001%未満まで低減しようとすると、精錬コストが著しく上昇する。このため、N含有量は0.001%以上としてもよい。
【0028】
(Cu:0.000%〜0.500%)
Cuは、必須元素ではなく、例えばスクラップ等から混入し、鋼板中に不純物として含有される。Cuは、強度の上昇及び熱間での脆性を招く。このため、Cu含有量は低ければ低いほどよい。特にCu含有量が0.500%超で悪影響が顕著となる。従って、Cu含有量は0.500%以下とする。なお、Cu含有量の低減には精錬コストがかかり、0.001%未満まで低減しようとすると、精錬コストが著しく上昇する。このため、Cu含有量は0.001%以上としてもよい。
【0029】
Nb、Mo、V、W、Ta、Ni、Mg、Ca、Y、Zr、La及びCeは、必須元素ではなく、高炭素鋼板及びスラブに所定量を限度に適宜含有されていてもよい任意元素である。
【0030】
(Nb:0.000%〜0.500%)
Nbは、窒化物を形成し、BNの形成の抑制に有効な元素である。従って、Nbが含有されていてもよい。しかし、Nb含有量が0.500%超では、フェライトの延性が低く、十分な成形性が得られない。従って、Nb含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Nb含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0031】
(Mo:0.000%〜0.500%)
Moは、焼入れ性の向上に有効な元素である。従って、Moが含有されていてもよい。しかし、Mo含有量が0.500%超では、フェライトの延性が低く、十分な成形性が得られない。従って、Mo含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Mo含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0032】
(V:0.000%〜0.500%)
Vは、Nbと同様に、窒化物を形成し、BNの形成の抑制に有効な元素である。従って、Vが含有されていてもよい。しかし、V含有量が0.500%超では、フェライトの延性が低く、十分な成形性が得られない。従って、V含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、V含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0033】
(W:0.000%〜0.500%)
Wは、Moと同様に、焼入れ性の向上に有効な元素である。従って、Wが含有されていてもよい。しかし、W含有量が0.500%超では、フェライトの延性が低く、十分な成形性が得られない。従って、W含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、W含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0034】
(Ta:0.000%〜0.500%)
Taは、Nb及びVと同様に、窒化物を形成し、BNの形成の抑制に有効な元素である。従って、Taが含有されていてもよい。しかし、Ta含有量が0.500%超では、フェライトの延性が低く、十分な成形性が得られない。従って、Ta含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Ta含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0035】
(Ni:0.000%〜0.500%)
Niは、靭性の向上及び焼入れ性の向上に有効な元素である。従って、Niが含有されていてもよい。しかし、Ni含有量が0.500%超では、フェライトのミクロな摩擦係数が高くなり、金型との凝着が生じやすい。従って、Ni含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Ni含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0036】
(Mg:0.000%〜0.500%)
Mgは、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Mgが含有されていてもよい。しかし、Mgは酸化物を形成しやすく、Mg含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得られない。従って、Mg含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Mg含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0037】
(Ca:0.000%〜0.500%)
Caは、Mgと同様に、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Caが含有されていてもよい。しかし、Caは酸化物を形成しやすく、Ca含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得らえない。従って、Ca含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Ca含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0038】
(Y:0.000%〜0.500%)
Yは、Mg及びCaと同様に、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Yが含有されていてもよい。しかし、Yは酸化物を形成しやすく、Y含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得らえない。従って、Y含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Y含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0039】
(Zr:0.000%〜0.500%)
Zrは、Mg、Ca及びYと同様に、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Zrが含有されていてもよい。しかし、Zrは酸化物を形成しやすく、Zr含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得らえない。従って、Zr含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Zr含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0040】
(La:0.000%〜0.500%)
Laは、Mg、Ca、Y及びZrと同様に、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Laが含有されていてもよい。しかし、Laは酸化物を形成しやすく、La含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得らえない。従って、La含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、La含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0041】
(Ce:0.000%〜0.500%)
Ceは、Mg、Ca、Y、Z及びrLaと同様に、硫化物の形態の制御に有効な元素である。従って、Ceが含有されていてもよい。しかし、Ceは酸化物を形成しやすく、Ce含有量が0.500%超では、酸化物を起点とする割れにより十分な成形性が得らえない。従って、Ce含有量は0.500%以下とする。上記作用による効果を確実に得るために、Ce含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0042】
このように、Nb、Mo、V、W、Ta、Ni、Mg、Ca、Y、Zr、La及びCeは任意元素であり、「Nb:0.001%〜0.500%」、「Mo:0.001%〜0.500%」、「V:0.001%〜0.500%」、「W:0.001%〜0.500%」、「Ta:0.001%〜0.500%」、「Ni:0.001%〜0.500%」、「Mg:0.001%〜0.500%」、「Ca:0.001%〜0.500%」、「Y:0.001%〜0.500%」、「Zr:0.001%〜0.500%」、「La:0.001%〜0.500%」、若しくは「Ce:0.001%〜0.500%」、又はこれらの任意の組み合わせが満たされることが好ましい。
【0043】
次に、本実施形態に係る高炭素鋼板の表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数について説明する。本実施形態に係る高炭素鋼板の表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数は0.5未満である。
【0044】
(表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数:0.5未満)
表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数は、成形中の金型と高炭素鋼板との凝着と密接に関係する。フェライトのミクロな摩擦係数が0.5以上では、金型を用いた成形中に、高炭素鋼板と金型との間にミクロな凝着が発生する。この結果、当該金型を用いて数千から数万ショットもの打抜き等の成形を行うと、その間に凝着物が金型上に蓄積し、金型若しくは高炭素鋼板又はその両方に疵が発生し、成形性が低下する。従って、フェライトのミクロな摩擦係数は0.5未満とする。成形性の観点から、ミクロな摩擦係数はできるだけ低いことが好ましい。高炭素鋼板の製造方法等にも依存するが、ミクロな摩擦係数は0.35以上となることが多い。
【0045】
図2は、高炭素鋼板の打抜き成形における、フェライトのミクロな摩擦係数と金型又は高炭素鋼板に疵が発生するまでのプレスの回数(ショット)との関係を示す図である。
図2に示すように、ミクロな摩擦係数が0.5未満であれば、0.5以上の場合と比較して、疵が発生するまでのプレスの回数が著しく高い。
【0046】
ミクロな摩擦係数は、ナノインデンターを用いて測定することができる。すなわち、ダイヤモンド圧子にて10μNの垂直荷重Pを高炭素鋼板の表面に負荷し、水平方向に移動させたときに発生する動摩擦力Fを取得する。このときの移動速度は例えば1μm/秒とする。そして、下記(1)式からミクロな摩擦係数μ(動摩擦係数)を算出する。ナノインデンターとしては、例えばオミクロン社製の「TI−900 TriboIndenter」を用いることができる。
F=μP ・・・ (1)式
【0047】
図3Aは、ミクロな摩擦係数を測定する前の高炭素鋼板の表面を示す顕微鏡写真であり、
図3Bは、ミクロな摩擦係数を測定した後の高炭素鋼板の表面を示す顕微鏡写真である。
図3A及び
図3Bには、10μm×10μmの視野例を示している。
図3A及び
図3Bに示すように、この視野例にはフェライト31及びセメンタイト32が存在している。また、
図3Bに示すように、測定後には、ダイヤモンド圧子の水平方向への移動に伴って生じた測定疵33が存在する。なお、セメンタイトのミクロな摩擦係数は0.4以下であった。
【0048】
次に、本実施形態に係る高炭素鋼板の組織について説明する。本実施形態に係る高炭素鋼板は、セメンタイトの球状化率:80%以上、かつセメンタイトの平均粒径:0.3μm〜2.2μmで表される組織を有する。
【0049】
(セメンタイトの球状化率:80%以上)
セメンタイトは成形中に応力集中の起点となることがあり、特に、針状セメンタイトには局所的に応力が集中しやすい。セメンタイトの球状化率が80%未満では、応力が集中しやすい針状セメンタイトが多く含まれているため、応力集中が生じやすく、フェライトとセメンタイトとの界面で剥離が生じて十分な成形性が得られない。従って、セメンタイトの球状化率は80%以上とし、好ましくは85%以上とする。成形性の観点から、セメンタイトの球状化率はできるだけ高いことが好ましく、100%でもよい。但し、セメンタイトの球状化率を100%としようとすると、生産性が低下しかねず、生産性の観点からは、セメンタイトの球状化率は好ましくは80%以上100%未満である。
【0050】
(セメンタイトの平均粒径:0.3μm〜2.2μm)
セメンタイトの平均粒径は、セメンタイトへの応力集中の程度と密接に関係する。セメンタイトの平均粒径が0.3μm未満では、成形中に生じた転位がセメンタイトに対してオロワンループを形成し、セメンタイト周辺の転位密度が増加して割れ(ボイド)が発生する。従って、セメンタイトの平均粒径は0.3μm以上とし、好ましくは0.5μm以上とする。セメンタイトの平均粒径が2.2μm超では、成形中に生じた転位が多量に堆積し、局所的な応力集中が生じて割れが発生する。従って、セメンタイトの平均粒径は2.2μm以下とし、好ましくは2.0μm以下とする。
【0051】
セメンタイトの球状化率及び平均粒径は、走査型電子顕微鏡を用いた組織観察により行うことができる。組織観察用のサンプルの作製では、エメリー紙による湿式研磨及び粒子サイズが1μmのダイヤモンド砥粒による研磨にて観察面を鏡面に仕上げた後、3体積%硝酸及び97体積%アルコールのエッチング液にてエッチングを行う。観察倍率は3000倍〜10000倍とし、例えば10000倍とし、観察面にセメンタイトが500個以上含まれる視野を16個所選択し、これらの組織画像を取得する。そして、画像処理ソフトウェアを用いて、組織画像中の各セメンタイトの面積を測定する。画像処理ソフトウェアとしては、例えば三谷商事株式会社製の「Win ROOF」を用いることができる。この際に、ノイズによる測定誤差の影響を抑えるため、面積が0.01μm
2以下のセメンタイトは評価の対象から除外する。そして、評価対象のセメンタイトの平均面積を求め、この平均面積が得られる円の直径を求め、この直径をセメンタイトの平均粒径とする。セメンタイトの平均面積は、評価対象のセメンタイトの総面積を当該セメンタイトの個数で除して得られる値である。また、長軸長と短軸長との比が3以上のセメンタイトを針状セメンタイトとし、3未満のセメンタイトを球状セメンタイトとし、球状セメンタイトの個数を全セメンタイトの個数で除した値をセメンタイトの球状化率とする。
【0052】
次に、本実施形態に係る高炭素鋼板の製造方法について説明する。この製造方法では、上記化学組成のスラブの熱間圧延を行って熱延鋼板を取得し、この熱延鋼板の酸洗を行い、その後に熱延鋼板の焼鈍を行う。熱間圧延では、スラブ加熱の温度を1000℃以上1150℃未満とし、仕上げ圧延の温度を830℃以上950℃以下とし、巻き取りの温度を450℃以上700℃以下とする。焼鈍の際には、熱延鋼板を730℃以上770℃以下の温度に3時間以上60時間以下保持し、次いで、熱延鋼板を1℃/hr以上60℃/hr以下の冷却速度で650℃まで冷却する。なお、焼鈍の雰囲気は、例えば、少なくとも雰囲気温度が400℃を超える温度域で水素を75体積%以上含有する雰囲気とするが、これに限定されるものではない。
【0053】
ここで、熱間圧延から冷却までの間の鋼板の変化の概略について説明する。
図4は、温度の変化を示す模式図である。
図5A乃至
図5Eは、組織の変化を示す模式図である。
【0054】
図4に示す例では、熱間圧延S1に、スラブ加熱S11、仕上げ圧延S12及び巻き取りS13が含まれ、焼鈍S3に、高温保持S31及び冷却S32が含まれる。熱間圧延S1と焼鈍S3との間に酸洗S2があり、焼鈍S3の後に冷却S4がある。
【0055】
スラブ加熱S11の終了の時点t
Aでは、
図5Aに示すように、オーステナイト12とオーステナイト12との界面にB原子13が偏析している。高温保持S31の終了の時点t
Bでは、
図5Bに示すように、鋼板の組織はフェライト11及びオーステナイト12を含む。また、フェライト11とオーステナイト12との界面にB原子13が偏析している。B原子13の一部は鋼板の表面15にも存在し、鋼板の表面に存在するB原子13は共有結合14により互いに結合している。
図5Bには示していないが、セメンタイトも鋼板の組織に含まれており、B原子13の一部はフェライト11とセメンタイトとの界面にも偏析している。冷却S32の途中の時点t
Cでは、
図5Cに示すように、
図5Bに示す組織よりもフェライト11の割合が増加し、オーステナイト12の割合が減少し、これに伴って、これら2相の界面が移動している。そして、界面の移動に伴って、鋼板の表面に存在するB原子13が増加する。更に、冷却S32が進行した時点t
Dでは、
図5Dに示すように、
図5Cに示す組織よりもフェライト11の割合が増加し、オーステナイト12の割合が減少し、鋼板の表面に存在するB原子13が増加している。そして、鋼板の温度が650℃に達した時点t
Eでは、
図5Eに示すように、オーステナイト12が消失し、鋼板の表面15が多くのB原子13により覆われている。B原子13は共有結合14により互いに結合しているため、結晶化している。
図5Eに示す組織は、冷却S4の間も変化せず、鋼板の温度が室温程度、例えば60℃未満の温度に達した時にも維持されている。
【0056】
この製造方法によれば、共有結合14により互いに結合した多くのB原子13により鋼板の表面15が覆わるため、表面15におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができる。
【0057】
(スラブ加熱の温度:1000℃以上1150℃未満)
【0058】
スラブ加熱の温度が1150℃超では、スラブの表面から酸素がスラブ内部に容易に拡散し、スラブ中のBと結合する。つまり、
図6Aに示すように、B原子13がO原子16との結合のために消費される。このため、その後の処理を適切に行っても、Bの結晶で覆われた良好な表面を得ることができず、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。従って、スラブ加熱の温度は1150℃以下とし、好ましくは1140℃以下とする。スラブ加熱の温度が1000℃未満では、鋳造中に形成されたミクロ偏析及び/又はマクロ偏析を解消することができず、
図6Bに示すように、B原子13の凝固偏析が残存する。B原子13の凝固偏析は、その後の処理を適切に行っても、解消することができないため、Bの結晶で覆われた良好な表面を得ることができず、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、スラブ加熱の温度が1000℃未満では、高炭素鋼板中にCr及び/又はMn等が偏析及び濃化した領域も残存する。このため、その後の処理を適切に行っても、成形中にこの領域から割れが発生し、十分な成形性が得られない。従って、スラブ加熱の温度は1000℃以上とし、好ましくは1030℃以上とする。
【0059】
(仕上げ圧延の温度:830℃以上950℃以下)
仕上げ圧延の温度が950℃超では、例えばランアウトテーブル(ROT:run out table)上で、巻き取りの完了までの間に粗大なスケールが生じる。酸洗により粗大なスケールを除去することができるが、大きな凹凸の痕跡が残り、この痕跡に起因して成形中に金型との凝着が生じることがある。また、粗大なスケールが生じると、巻き取りの際に鋼板の表面に凹凸の疵が生じ、この疵に起因して成形中に金型との凝着が生じることがある。従って、仕上げ圧延の温度は950℃以下とし、好ましくは940℃以下とする。仕上げ圧延の温度が830℃未満では、巻き取りの完了までの間に生じるスケールの鋼板との密着性が極めて高く、酸洗で除去することが困難である。強酸洗を行えば除去できるが、強酸洗を行うと鋼板の表面が荒れるため、成形中に金型との凝着が生じることがある。また、仕上げ圧延の温度が830℃未満では、巻き取りまでの間にオーステナイトの再結晶が完了しないため、熱延鋼板の異方性が高まる。熱延鋼板の異方性は焼鈍後にも引き継がれるため、十分な成形性が得られない。従って、仕上げ圧延の温度は830℃以上とし、好ましくは840℃以上とする。
【0060】
(巻き取りの温度:450℃以上700℃以下)
巻き取りの温度が700℃超では、熱延鋼板中に粗大なラメラーをもつパーライトが生成し、焼鈍中のセメンタイトの球状化が阻害され、80%以上の球状化率が得られない。従って、巻き取りの温度は700℃以下とする。また、巻き取りの温度が570℃超では、巻き取りの完了までの間に粗大なスケールが生じる。このため、仕上げ圧延の温度が950℃超の場合と同様の理由で、成形中に金型との凝着が生じることがある。従って、巻き取りの温度は好ましくは570℃以下とし、更に好ましくは550℃以下とする。巻き取りの温度が450℃未満では、巻き取りの完了までの間に生じるスケールの鋼板との密着性が極めて高く、酸洗で除去することが困難である。強酸洗を行えば除去できるが、強酸洗を行うと鋼板の表面が荒れるため、成形中に金型との凝着が生じることがある。また、巻き取りの温度が450℃未満では、熱延鋼板が脆化し、酸洗におけるコイル巻き戻しの際に熱延鋼板が割れ、十分な歩留まりが得られない。従って、巻き取りの温度は450℃以上とし、好ましくは460℃以上とする。
【0061】
巻き取りにより得られる熱延コイルの長手方向及び幅方向における品質確保(材質のばらつきの低減など)のために、仕上げ圧延機への入側手前で粗バーを昇温してもよい。この昇温に用いる装置及びこの昇温の方法は特に限定されないが、高周波誘導加熱による昇温を行うことが望ましい。昇温した粗バーの好ましい温度範囲は850℃〜1100℃である。850℃未満の温度はオーステナイトからフェライトへの変態温度に近いため、昇温した粗バーの温度が850℃未満では、変態及び逆変態における発熱及び吸熱が生じることがあり、温度制御が不安定になり、熱延コイルの長手方向及び幅方向の温度均一化が困難である。このため、粗バーの昇温を行う場合、昇温する温度は好ましくは850℃以上とする。粗バーの温度を1100℃超とするには、過大な時間がかかり、生産性が低下する。このため、粗バーの昇温を行う場合、昇温する温度は好ましくは1100℃以下とする。
【0062】
(焼鈍の保持温度:730℃以上770℃以下)
焼鈍の保持温度が730℃未満では、オーステナイト12が十分に生成されず、
図6Cに示すように、フェライト11とフェライト11との界面が多数存在する一方で、B原子13が偏析するサイトが不足する。このため、その後の処理を適切に行っても、Bの結晶で覆われた良好な表面を得ることができず、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、焼鈍の保持温度が730℃未満では、B原子13のフェライト11とセメンタイトとの界面への偏析が生じにくく、十分に偏析させるためには、100時間程度の極めて長い時間がかかり、生産性が低下する。従って、焼鈍の保持温度は730℃以上とし、好ましくは735℃以上とする。焼鈍の保持温度が770℃超では、
図6Dに示すように、フェライト11、オーステナイト12及び鋼板の表面の3重点近傍にB原子13が集中し、粗大なBの結晶が生成する。粗大なBの結晶が生成すると、その後の処理を適切に行っても、Bの結晶の膜の厚さのばらつきが大きくなり、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、焼鈍の保持温度が770℃超では、コイル状に巻かれている熱延鋼板の熱膨張が大きく、焼鈍中に熱延鋼板同士が擦りあって表面に擦り疵が生じることがある。擦り疵により表面美観が損われたり、歩留まりが低下したりする。従って、焼鈍の保持温度は770℃以下とし、好ましくは765℃以下とする。
【0063】
(焼鈍の保持時間:3時間以上60時間以下)
焼鈍の保持時間が3時間未満では、
図6Eに示すように、B原子13がフェライト11とオーステナイト12との界面に十分に偏析しないため、その後の処理を適切に行っても、Bの結晶で覆われた良好な表面を得ることができず、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、焼鈍の保持時間が3時間未満では、セメンタイトが十分には粗大化せず、セメンタイトの平均粒径を0.3μm以上とすることができない。従って、焼鈍の保持時間は3時間以上とし、好ましくは5時間以上とする。焼鈍の保持時間が60時間超では、焼鈍の保持温度が770℃超の場合と同様の理由で、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、焼鈍の保持時間が60時間超では、セメンタイトが過剰に粗大化し、セメンタイトの平均粒径を2.2μm以下とすることができない。従って、焼鈍の保持時間は60時間以下とし、好ましくは40時間以下とする。
【0064】
(650℃までの冷却速度:1℃/hr以上60℃/hr以下)
650℃までの冷却速度が1℃/hr未満では、
図6Fに示すように、冷却中にBの結晶が過剰に生じ、Bの結晶が高炭素鋼板の表面に凸部を形成する。凸部が形成されると、Bの結晶の膜の厚さが大きくばらつき、成形中に金型との凝着が生じたり、金型に疵が生じたりする。また、650℃までの冷却速度が1℃/hr未満では、十分な生産性が得られない。従って、650℃までの冷却速度は1℃/hr以上とし、好ましくは2℃/hr以上とする。650℃までの冷却速度が60℃/hr超では、オーステナイト12の減少速度が過剰となって、
図6Gに示すように、B原子13間に十分な共有結合14を生じさせることができず、表面におけるフェライトのミクロな摩擦係数を0.5未満とすることができない。また、650℃までの冷却速度が60℃/hr超では、冷却中にオーステナイト12からパーライトが生成し、セメンタイトの球状化が阻害され、80%以上の球状化率が得られない。従って、650℃までの冷却速度は60℃/hr以下とし、50℃/hr以下とする。
【0065】
本実施形態によれば、優れた潤滑性を得ることができるため、高炭素鋼板と金型との凝着を抑制して金型の損耗を抑制することができる。また、本実施形態によれば、成形中の割れを抑制することもできる。
【0066】
なお、上記実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、又はその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【実施例】
【0067】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0068】
(第1の実験)
第1の実験では、表1に示す化学組成のスラブ(鋼種A〜Y、BK)の熱間圧延を行って厚さが4mmの熱延鋼板を取得した。熱間圧延では、スラブ加熱の温度を1130℃、その時間を1時間とし、仕上げ圧延の温度を850℃とし、巻き取りの温度を520℃とした。次いで、60℃未満の温度まで冷却し、硫酸を用いた酸洗を行った。その後、熱延鋼板の焼鈍を行って熱延焼鈍鋼板を取得した。焼鈍では、熱延鋼板を750℃に15時間保持した後、650℃まで30℃/hrの冷却速度で冷却した。続いて、60℃未満の温度まで冷却した。このようにして種々の高炭素鋼板を製造した。表1中の空欄は、当該元素の含有量が検出限界未満であったことを示し、残部はFe及び不純物である。例えば、鋼種BKのCr含有量は0.00%とみなすことができる。表1中の下線は、その数値が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0069】
【表1】
【0070】
そして、各高炭素鋼板について、フェライトのミクロな摩擦係数並びにセメンタイトの球状化率及び平均粒径を測定した。フェライトのミクロな摩擦係数の測定の際には、セメンタイトの摩擦係数の測定も行った。これらの結果を表2に示す。表2中の下線は、その項目が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0071】
更に、各高炭素鋼板について、成形性の評価として、凝着抑制性の評価及び割れ感受性の評価を行った。凝着抑制性の評価では、ドロービード試験を行った。すなわち、先端の半径Rが20mmの押し込みビードを10kNの荷重で高炭素鋼板に押しあて、引き抜いた。そして、押し込みビードの先端における凝着物の有無を観察し、凝着物が存在したものの評点を×とし、存在しなかったものの評点を○とした。なお、この試験での凝着物の存在は、数千から数万ショットものプレス成形において早期に金型へ凝着物を発生させ、成形性を低下させることを示す。割れ感受性の評価では、圧縮加工試験を行った。すなわち、高炭素鋼板から直径が10mm、高さが4mmの円柱試験片を、試験片高さ方向が板厚方向と平行になるように切り出し、これを高さが1mmとなるまで圧縮加工した。そして、外観の観察及び断面組織観察を行い、圧縮中又は圧縮後に外観に割れが存在したもの並びに断面組織観察において1mm以上の亀裂が存在したものの評点を×とし、それ以外のものの評点を○とした。これらの結果も表2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
表2に示すように、試料No.1〜No.9では、本発明範囲内にあるため、良好な凝着抑制性及び割れ感受性を得ることができた。
【0074】
一方、試料No.10では、鋼種JのC含有量が低すぎるため、セメンタイトの量が不足し、十分な潤滑性が得られず、成形中に金型との凝着が生じた。試料No.11では、鋼種KのN含有量が高すぎるため、BNが析出し、Bの固溶量が不足し、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。試料No.12では、鋼種LのAl含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.13では、鋼種MのB含有量が高すぎるため、ボライドが形成され、圧縮試験中にこれを起点とした割れが発生した。試料No.14では、鋼種NのMn含有量が低すぎるため、焼鈍の冷却中にパーライト変態が起こり、セメンタイトの球状化率が低く、圧縮試験中に針状セメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.15では、鋼種OのP含有量が高すぎるため、フェライトとセメンタイトとの界面へのBの偏析が阻害され、圧縮試験中に割れが生じた。試料No.16では、鋼種PのSi含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.17及び試料No.18では、それぞれ鋼種Q、鋼種RのB含有量が低すぎるため、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。試料No.19では、鋼種SのSi含有量が低すぎるため、焼鈍中にセメンタイトが過剰に粗大になり、圧縮試験中に粗大なセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.20では、鋼種TのS含有量が高すぎるため、非金属介在物である粗大な硫化物が形成され、圧縮試験中に粗大な硫化物を起点とした割れが発生した。試料No.21では、鋼種UのMn含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.22では、鋼種VのCr含有量が高すぎるため、焼鈍中のセメンタイトの球状化が阻害され、かつセメンタイトの粗大化が抑制され、圧縮試験中に微細な針状セメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.23では、鋼種WのC含有量が高すぎるため、セメンタイトの量が過剰となり、圧縮試験中にセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.24では、鋼種XのTi含有量が低すぎるため、BNが析出し、Bの固溶量が不足し、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。試料No.25では、鋼種YのTi含有量が高すぎるため、粗大なTi酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なTi酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.26では、鋼種BKのCr含有量が低すぎるため、BNが析出し、Bの固溶量が不足し、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、成形中に金型との凝着が生じた。
【0075】
(第2の実験)
第2の実験では、表3に示す化学組成のスラブ(鋼種Z〜BJ)の熱間圧延を行って厚さが4mmの熱延鋼板を取得した。熱間圧延では、スラブ加熱の温度を1130℃、その時間を1時間とし、仕上げ圧延の温度を850℃とし、巻き取りの温度を520℃とした。次いで、60℃未満の温度まで冷却し、硫酸を用いた酸洗を行った。その後、熱延鋼板の焼鈍を行って熱延焼鈍鋼板を取得した。焼鈍では、熱延鋼板を750℃に15時間保持した後、650℃まで30℃/hrの冷却速度で冷却した。続いて、60℃未満の温度まで冷却した。このようにして種々の高炭素鋼板を製造した。表3中の空欄は、当該元素の含有量が検出限界未満であったことを示し、残部はFe及び不純物である。表3中の下線は、その数値が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0076】
【表3】
【0077】
そして、第1の実験と同様にして、各高炭素鋼板について、フェライトのミクロな摩擦係数並びにセメンタイトの球状化率及び平均粒径を測定し、更に、凝着抑制性の評価及び割れ感受性の評価を行った。これらの結果を表4に示す。表4の下線は、その項目が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0078】
【表4】
【0079】
表4に示すように、試料No.31〜No.43では、本発明範囲内にあるため、良好な凝着抑制性及び割れ感受性を得ることができた。
【0080】
一方、試料No.44では、鋼種AMのC含有量が低すぎるため、セメンタイトの量が不足し、十分な潤滑性が得られず、成形中に金型との凝着が生じた。試料No.45では、鋼種ANのCu含有量が高すぎるため、熱間圧延中に疵が発生し、この疵を起点とした凝着が発生した。試料No.46では、鋼種AOのCa含有量が高すぎるため、粗大なCa酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なCa酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.47では、鋼種APのMo含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.48では、鋼種AQのB含有量が低すぎるため、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。試料No.49では、鋼種ARのNb含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.50では、鋼種ASのMn含有量が低すぎるため、焼鈍の冷却中にパーライト変態が起こり、セメンタイトの球状化率が低く、圧縮試験中に針状セメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.51では、鋼種ATのCe含有量が高すぎるため、粗大なCe酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なCe酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.52では、鋼種AUのB含有量が高すぎるため、ボライドが形成され、圧縮試験中にこれを起点とした割れが発生した。試料No.53では、鋼種AVのNi含有量が高すぎるため、フェライトのミクロな摩擦係数が高く、凝着が発生した。試料No.54では、鋼種AWのV含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.55では、鋼種AXのZr含有量が高すぎるため、粗大なZr酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なZr酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.56では、鋼種AYのCr含有量が高すぎるため、焼鈍中のセメンタイトの球状化が阻害され、かつセメンタイトの粗大化が抑制され、圧縮試験中に微細な針状セメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.57では、鋼種AZのMn含有量が低すぎるため、焼鈍の冷却中にパーライト変態が起こり、セメンタイトの球状化率が低く、圧縮試験中に針状セメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.58では、鋼種BAのY含有量が高すぎるため、粗大なY酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なY酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.59では、鋼種BBのLa含有量が高すぎるため、粗大なLa酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なLa酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.60では、鋼種BCのS含有量が高すぎるため、非金属介在物である粗大な硫化物が形成され、圧縮試験中に粗大な硫化物を起点とした割れが発生した。試料No.61では、鋼種BDのW含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.62では、鋼種BEのTi含有量が低すぎるため、BNが析出し、Bの固溶量が不足し、フェライトのミクロな摩擦係数が低く、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。試料No.63では、鋼種BFのSi含有量が低すぎるため、焼鈍中にセメンタイトが過剰に粗大になり、圧縮試験中に粗大なセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.64では、鋼種BGのP含有量が高すぎるため、フェライトとセメンタイトとの界面へのBの偏析が阻害され、圧縮試験中に割れが生じた。試料No.65では、鋼種BHのTa含有量が高すぎるため、フェライトの延性が低く、圧縮試験中にフェライトの粒内割れを起点とした割れが生じた。試料No.66では、鋼種BIのMg含有量が高すぎるため、粗大なMg酸化物が形成され、圧縮試験中に粗大なMg酸化物を起点とした割れが発生した。試料No.67では、鋼種BJのC含有量が高すぎるため、セメンタイトの量が過剰となり、圧縮試験中にセメンタイトを起点とした割れが発生した。
【0081】
なお、
図1には、試料No.1〜No.25及びNo.31〜No.67から、試料No.11、No.51、No.53及びNo.62を除いたものの、フェライトのミクロな摩擦係数とB含有量との関係を示してある。
図1に示すように、B含有量が0.0004%以上であれば、0.0004%未満の場合と比較して、フェライトのミクロな摩擦係数が著しく低い。
【0082】
(第3の実験)
第3の実験では、第1の実験で用いた鋼種及び第2の実験で用いた鋼種のうちで本発明の範囲内にあるもの(鋼種A〜I及び鋼種Z〜AL)について、種々の条件下で熱間圧延及び焼鈍を行って高炭素鋼板を製造した。これらの条件を表5〜表7に示す。表5〜表7中の下線は、その数値が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0083】
【表5】
【0084】
【表6】
【0085】
【表7】
【0086】
そして、第1の実験と同様にして、各高炭素鋼板について、フェライトのミクロな摩擦係数並びにセメンタイトの球状化率及び平均粒径を測定し、更に、凝着抑制性の評価及び割れ感受性の評価を行った。これらの結果を表8〜表10に示す。表8〜表10の下線は、その項目が本発明の範囲から外れていることを示す。
【0087】
【表8】
【0088】
【表9】
【0089】
【表10】
【0090】
表8に示すように、試料No.72、No.74、No.77〜No.80、No.82、No.83、No.85及びNo.88〜92では、本発明範囲内にあるため、良好な凝着抑制性及び割れ感受性を得ることができた。表9に示すように、試料No.103、No.105、No.106、No.108〜No.111、No.114〜No.117及び
No.119〜No.122でも、本発明範囲内にあるため、良好な凝着抑制性及び割れ感受性を得ることができた。表10に示すように、試料No.131、No.133、No.134、No.136、No.139、No.141〜No.143、No.145、No.147、No.148、No.151及びNo.152でも、本発明範囲内にあるため、良好な凝着抑制性及び割れ感受性を得ることができた。
【0091】
一方、試料No.71では、焼鈍の保持温度が高すぎるため、体積膨張が大きく、熱延コイルがほどけて擦り疵が発生し、結束バンドによる押し疵も発生した。また、Bの結晶の膜の厚さのばらつきが大きく、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。更に、セメンタイトが過剰に粗大化し、圧縮試験中に粗大なセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.73では、巻き取りの温度が高すぎるため、熱延鋼板中に粗大なラメラーをもつパーライトが生成し、焼鈍中のセメンタイトの球状化が阻害され、セメンタイトの球状化率が低かった。また、スケールの除去に伴って大きな凹凸が形成され、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.75では、焼鈍の保持時間が短すぎるため、フェライトのミクロな摩擦係数が大きく、セメンタイトの平均粒径が小さかった。このため、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.76では、スラブ加熱の温度が低すぎるため、B及びMn等の偏析が解消せず、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.81では、巻き取りの温度が高すぎるため、試料No.73と同様に、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.84では、冷却速度が高すぎるため、冷却中にパーライト変態が生じ、圧縮試験中に針状セメンタイトを起点とした割れが生じた。また、高炭素鋼板の表面にBの結晶の良好な膜が形成されず、フェライトのミクロな摩擦係数が高く、凝着が生じた。試料No.86では、焼鈍の保持温度が高すぎるため、試料No.81と同様に、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.87では、巻き取りの温度が低すぎるため、スケールの除去の結果、鋼板の表面が荒れて凝着が生じた。
【0092】
試料No.101では、焼鈍の保持温度が低すぎるため、Bのフェライトとオーステナイトとの界面への偏析が抑制され、フェライトのミクロな摩擦係数が大きく、凝着が生じた。また、Bのフェライトとセメンタイトとの界面への偏析も抑制され、圧縮試験中に割れが生じた。試料No.102では、仕上げ圧延の温度が高すぎるため、スケールの除去に伴って大きな凹凸が形成され、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。試料No.104では、スラブ加熱の温度が高すぎるため、スラブ加熱中にB原子が酸化し、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。試料No.107では、冷却速度が高すぎるため、冷却中にパーライト変態が生じ、圧縮試験中に針状セメンタイトを起点とした割れが生じた。また、高炭素鋼板の表面にBの結晶の良好な膜が形成されず、フェライトのミクロな摩擦係数が高く、凝着が生じた。試料No.112では、スラブ加熱の温度が高すぎるため、試料No.104と同様に、凝着が発生した。試料No.113では、仕上げ圧延の温度が低すぎるため、組織の異方性が強く、圧縮試験中に不均一組織を起点とした割れが発生した。また、スケールの除去の結果、鋼板の表面が荒れて凝着が生じた。試料No.118では、焼鈍の保持温度が低すぎるため、試料No.101と同様に、凝着及び圧縮試験中の割れが生じた。
【0093】
試料No.132では、冷却速度が低すぎるため、Bの結晶の膜の厚さのばらつきが大きく、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。また、セメンタイトが過剰に粗大化し、圧縮試験中に粗大なセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.135では、仕上げ圧延の温度が低すぎるため、組織の異方性が強く、圧縮試験中に不均一組織を起点とした割れが発生した。また、スケールの除去の結果、鋼板の表面が荒れて凝着が生じた。試料No.137では、巻き取りの温度が低すぎるため、スケールの除去の結果、鋼板の表面が荒れて凝着が生じた。試料No.138では、焼鈍の保持時間が長すぎるため、体積膨張が大きく、熱延コイルがほどけて擦り疵が発生し、結束バンドによる押し疵も発生した。また、Bの結晶の膜の厚さのばらつきが大きく、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。更に、セメンタイトが過剰に粗大化し、圧縮試験中に粗大なセメンタイトを起点とした割れが発生した。試料No.140では、焼鈍の保持時間が短すぎるため、フェライトのミクロな摩擦係数が大きく、セメンタイトの平均粒径が小さかった。このため、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.144では、冷却速度が低すぎるため、試料No.132と同様に、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.146では、仕上げ圧延の温度が高すぎるため、スケールの除去に伴って大きな凹凸が形成され、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着が発生した。試料No.149では、スラブ加熱の温度が低すぎるため、B及びMn等の偏析が解消せず、フェライトのミクロな摩擦係数が大きかった。このため、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。試料No.150では、焼鈍の保持時間が長すぎるため、試料No.138と同様に、凝着及び圧縮試験中の割れが発生した。
【0094】
図7に、第1の実験又は第3の実験における実施例から抜粋した試料におけるフェライトのミクロな摩擦係数とB含有量との関係を示す。
図7に示すように、B含有量が0.0008%以上であれば、0.0008%未満の場合と比較して、フェライトのミクロな摩擦係数が更に低い。