特許第6388075号(P6388075)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6388075耐摩耗性と耐ピッティング性に優れた窒化、軟窒化処理部品および窒化、軟窒化処理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6388075
(24)【登録日】2018年8月24日
(45)【発行日】2018年9月12日
(54)【発明の名称】耐摩耗性と耐ピッティング性に優れた窒化、軟窒化処理部品および窒化、軟窒化処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/26 20060101AFI20180903BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20180903BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20180903BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20180903BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20180903BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20180903BHJP
【FI】
   C23C8/26
   C23C8/32
   C22C38/00 301N
   C22C38/60
   C21D1/06 A
   C21D1/76 M
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-508445(P2017-508445)
(86)(22)【出願日】2016年3月24日
(86)【国際出願番号】JP2016059489
(87)【国際公開番号】WO2016153009
(87)【国際公開日】20160929
【審査請求日】2017年8月14日
(31)【優先権主張番号】特願2015-62803(P2015-62803)
(32)【優先日】2015年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(72)【発明者】
【氏名】梅原 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−179985(JP,A)
【文献】 特開平08−165556(JP,A)
【文献】 特開平08−165557(JP,A)
【文献】 特開2014−118583(JP,A)
【文献】 特許第5669979(JP,B1)
【文献】 特開2002−069609(JP,A)
【文献】 特開2013−221203(JP,A)
【文献】 特開2013−249524(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−8/80
C21D 1/06
C21D 1/76
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05〜0.3%、
Si:0.05〜1.5%、
Mn:0.2〜1.5%、
P:0.025%以下、
S:0.003〜0.05%、
Cr:0.5〜2.0%、
Al:0.01〜0.05%および
N:0.003〜0.025%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる鋼材から成る窒化処理部品または軟窒化処理部品であって、
表層が、鉄、窒素および炭素を含む化合物層およびその下に位置する窒素拡散層から成り、
前記化合物層がε単相から成り、
前記ε単相の厚さが8〜30μm、ビッカース硬さが680HV以上であり、
前記ε単相中の空孔の体積率が10%未満
であることを特徴とする窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Mo:0.01〜0.50%未満、V:0.01〜0.50%未満のうち1種もしくは2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Cu:0.01〜0.50%未満、Ni:0.01〜0.50%未満のうち1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【請求項4】
前記化合物層が、原子%で、(C+N)=22%以上を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分を有する鋼材から成る部品を、NH3、H2、N2からなるガス雰囲気中で550〜620℃に加熱し、1.0〜10時間の窒化処理を行う方法であって、
下記(式1)によって求められる窒化ポテンシャルKNが、前記窒化処理時間中の0〜50分においては0.3〜2.0であり、50分以後において0.70〜1.50であることを特徴とする窒化処理方法。
N=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2] ・・・ (式1)
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分を有する鋼材から成る部品を、NH3、H2、N2、CO2からなるガス雰囲気中で550〜620℃に加熱し、1.0〜10時間の軟窒化処理を行う方法であって、
下記(式1)によって求められる窒化ポテンシャルKNが、前記軟窒化処理時間中の0〜50分においては0.3〜2.0であり、50分以後において0.70〜1.50であることを特徴とする軟窒化処理方法。
N=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2] ・・・ (式1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス窒化、ガス軟窒化処理によって製造される部品、特に耐摩耗性や耐ピッティング性を要求されるCVTプーリーや歯車などの部品、並びにそれらの部品の製造で用いられるガス窒化、ガス軟窒化処理の方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械などに使用される鋼部品には、表面の疲労強度が要求されるものがある。例えばトランスミッション中のCVTプーリーでは耐摩耗性、歯車では耐ピッティング性の疲労特性が要求される。これらの特性の改善には、表面硬度の向上が有効とされており、窒化および軟窒化処理の適用が進められている。窒化処理および軟窒化処理は、高い表面硬度が得られ、かつ熱処理ひずみが小さいという利点がある。
【0003】
窒化処理は鋼材表面に窒素を侵入させる処理方法であり、軟窒化処理は鋼材表面に窒素と炭素を侵入させる処理である。窒化処理および軟窒化処理に用いる媒体には、ガス、塩浴、プラズマなどがある。自動車のトランスミッション部品には、主に、生産性に優れるガス窒化並びにガス軟窒化処理が適用されている。
【0004】
ガス窒化およびガス軟窒化処理によって生成される硬化層は、窒素拡散層と、窒素拡散層よりも表面側に生成する厚さ数〜数十μmの化合物層で構成される。窒素拡散層は、侵入窒素、炭素の固溶強化、窒化物の粒子分散強化機構により硬化された層である。窒素拡散層の硬さおよび深さの向上は、耐ピッティング性の向上をもたらすことが知られており、従来から、拡散層の硬さや深さの向上については多くの研究がなされてきた。化合物層は、Fe2~3Nを主体として、炭素も含有するε相や、Fe4Nを主体とするγ’相で構成されており、鋼材に比べて硬さが極めて高く、形成された場合には、耐摩耗性を向上させる。
【0005】
化合物層と耐耗性に関する従来知見としては、以下が挙げられる。
特許文献1では、窒化ないし浸炭窒化処理が施されていて、少なくとも表面から150μmまでの深さにおける窒素含有量が0.2〜0.8%であり、焼入れ硬化層がマルテンサイトおよび10〜40%の残留オーステナイトの混合組織であり、耐ピッティング性並びに耐摩耗性に優れた歯車部品が提案されている。特許文献1では、鋼表面の窒素含有量に関する記載はあるが、窒化処理で生成した化合物層の成分、組成および性状に関する記載は無い。
【0006】
また、特許文献2では、NH3残留濃度45〜65容積%濃度を含む混合ガスで、ガス温度530〜565℃、2時間軟窒化処理を行うことで、2〜12μmの、空孔を含む化合物層を生成させることで、耐ピッティング性や耐摩耗性などを向上させる処理方法が提案されている。特許文献2に記載されている化合物層は、Fe3N(ε)、FeN(γ’)等からなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−190173号公報
【特許文献2】特開平11−72159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述の特許文献1では、耐ピッティング性並びに耐摩耗性に優れた部品が提案されているが、焼入れによる表面硬化を利用しているため、通常の窒化並びに軟窒化処理部品と比し、熱処理ひずみが大きく、後工程での研削コストが嵩む。
【0009】
特許文献2では、化合物層の厚さは考慮されているものの、空孔に関しては最適化されておらず、そのため、高いピッティング強度が必要な部品には適用できない場合がある。
【0010】
前述の特許文献1および2で開示された技術は、各実施例に示されているとおり、耐摩耗性や耐ピッティング性などの疲労特性を向上することができる技術ではある。しかしながら、化合物層の成分、組成、性状が耐摩耗性、耐ピッティング性に及ぼす影響は検討されていない。
【0011】
本発明の目的は、部品の小型軽量化あるいは高い負荷容量の要求に応えることのできる、耐摩耗性および耐ピッティング性に優れた部品を提供することにあり、さらに、その手段として、化合物層の成分、組成を最適に制御するガス窒化、ガス軟窒化処理方法も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
化合物層の成分、組成、厚さは、処理温度と以下の式により定義される窒化ポテンシャル(KN)によって制御することができる。
N=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2] ・・・ (式1)
しかしながら、生産規模の窒化炉においてNH3、N2雰囲気を制御する技術は、近年になって確立されてきたため、実生産した部品の化合物層の成分、組成、性状についての知見は未だ少ない。
【0013】
そこで本発明者らは、KNを制御して化合物層を種々変化させ、化合物層と耐摩耗性の関係を調査した。その結果、耐摩耗性の向上には、化合物層の成分、組成、厚さ、硬さ、更に、窒化処理中に鋼へ侵入した原子状窒素がN2分子となり、鋼中から抜け出した空隙(以下、空孔と呼称する。)の体積率が影響することを知見した。
【0014】
得られた知見の詳細を下記(a)〜(e)にまとめた。
【0015】
(a)ガス窒化、ガス軟窒化処理によって生成する化合物層は、γ’単相、ε単相およびγ’+ε相のいずれかである。ε相はγ’相に比べ硬さが高いため、耐摩耗性を高めるためには生成する化合物層をε相単相とすることが有効である。ε相は、γ’相より高いKN域で生成するので、KNの下限を設ける必要がある。また、鋼中の炭素量を高めたり、軟窒化処理を施すことで、ε単相が得られやすい。
【0016】
(b)ε相は含有炭素および窒素量が多いほど硬くなる。そのため、ε相の耐摩耗性を高めるためには、ε相中の炭素、窒素量を高めることが有効である。そのためには、炭素の供給源となる鋼の炭素量を高めること、および炭素を侵入させる軟窒化処理を採用すること、更に高KN域で窒化/軟窒化処理を行い、ε相中の窒素量を高める必要がある。
【0017】
(c)化合物層厚さが増大すると、空孔が生じ、耐摩耗性や耐ピッティング強度が低下する。そのため、化合物層厚さを適切に制御する必要がある。具体的には、化合物層厚さはKNが高い程厚くなるため、KNの上限を設ける必要がある。
【0018】
(d)実際のガス窒化処理は、炉内ガス雰囲気を一定に保ち続けることは困難である。そのため、上記(a)〜(c)を満たす化合物層が得られるKN値の範囲を設ける必要がある。一方で、処理開始直後は特に雰囲気が乱れ、安定化するまでにおよそ50分かかる傾向が見られた。そのため、処理開始0〜50分においては、上記(a)〜(c)を満たし、かつ雰囲気の乱れを考慮して、KN値の制御範囲を広く設けることが必要である。
【0019】
さらに、耐ピッティング性と耐摩耗性に及ぼす窒素拡散層の影響については、以下の知見を得た。
【0020】
(e)鋼材に、MnやCrなどの窒化物形成元素が存在すると、窒素拡散層の硬さや拡散層深さが変化する。耐ピッティング性は、拡散層硬さが高い程、また拡散層が深い程向上するため、鋼材成分の最適範囲を設定することが必要となる。
【0021】
(f)窒素拡散層は化合物層より耐摩耗性が低い為、化合物層が摩耗により消失すると、摩耗の進行は加速する。
【0022】
従って、ガス窒化並びにガス軟窒化処理を利用した部品の耐摩耗性および耐ピッティング性を向上させるには、KNと鋼中C量の制御によって、化合物層中の炭素および窒素量を制御し、空孔が少なく、適切な厚さおよび硬さのε単相を有する化合物層を生成させると共に、鋼成分を調整して窒素拡散層厚さを大きくする必要がある。
【0023】
なお、空孔を定量評価する為に、化合物層のSEM観察像を使用し、最表面から最下面まで2μm毎に、表面と平行な50μmの線分を描き、線分中の空孔部分の長さの割合の平均値を算出し、これを「空孔体積率(%)」と定義した。また、化合物層硬さの評価値は、マイクロビッカース硬度計を使用し、荷重9.8×10-2Nにて化合物層をランダムに10点計測した平均値とした。
【0024】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記(1)〜(4)に示すガス窒化並びにガス軟窒化処理部品である。
【0025】
(1)質量%で、
C:0.05〜0.3%、
Si:0.05〜1.5%、
Mn:0.2〜1.5%、
P:0.025%以下、
S:0.003〜0.05%、
Cr:0.5〜2.0%、
Al:0.01〜0.05%および
N:0.003〜0.025%を含有し、
残部がFeおよび不純物からなる鋼材から成る窒化処理部品または軟窒化処理部品であって、
表層が、鉄、窒素および炭素を含む化合物層およびその下に位置する窒素拡散層から成り、
前記化合物層がε単相から成り、
前記ε単相の厚さが8〜30μm、ビッカース硬さが680HV以上であり、
前記ε単相中の空孔の体積率が10%未満
であることを特徴とする窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【0026】
(2)さらに、質量%で、
Mo:0.01〜0.50%未満、V:0.01〜0.50%未満のうち1種もしくは2種を含有することを特徴とする(1)に記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【0027】
(3)さらに、質量%で、
Cu:0.01〜0.50%未満、Ni:0.01〜0.50%未満のうち1種または2種を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
【0028】
(4)前記化合物層が、原子%で、(C+N)=22%以上を含むことを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1つに記載の窒化処理部品または軟窒化処理部品。
(5)前記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の成分を有する鋼材から成る部品を、NH3、H2、N2からなるガス雰囲気中で550〜620℃に加熱し、1.0〜10時間の窒化処理を行う方法であって、
下記(式1)によって求められる窒化ポテンシャルKNが、前記窒化処理時間中の0〜50分においては0.3〜2.0であり、50分以後において0.70〜1.50であることを特徴とする窒化処理方法。
N=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2] ・・・ (式1)
【0029】
(6)前記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の成分を有する鋼材から成る部品を、NH3、H2、N2、CO2からなるガス雰囲気中で550〜620℃に加熱し、1.0〜10時間の軟窒化処理を行う方法であって、
下記(式1)によって求められる窒化ポテンシャルKNが、前記軟窒化処理時間中の0〜50分においては0.3〜2.0であり、50分以後において0.70〜1.50であることを特徴とする軟窒化処理方法。
N=(NH3分圧)/[(H2分圧)3/2] ・・・ (式1)
【発明の効果】
【0030】
本発明の窒化、軟窒化処理部品は、耐摩耗性および耐ピッティング性に優れているので、自動車や産業機械の歯車、CVTプーリー、トランスミッション部品などに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】ローラーピッティング試験用小ローラーの形状を示す図である。なお、図中の寸法φ26,28,130の単位は「mm」である。
図2】ローラーピッティング試験用大ローラーの形状を示す図である。なお、図中の寸法φ130、R150の単位は「mm」である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、素材となる鋼材における各成分元素の含有量および部品表面における元素濃度を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0033】
(A)素材となる鋼材の化学組成について:
C:0.05〜0.3%
Cは、部品の芯部強度および化合物層硬さを確保するために必要な元素である。Cの含有量が0.05%未満では、γ’相よりも硬く、耐摩耗性に優れたε相単相とならない。また、Cの含有量が0.3%を超えると、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の強度が高くなりすぎるため、切削加工性が大きく低下する。C含有量の好ましい範囲は0.08〜0.25%である。
【0034】
Si:0.05〜1.5%
Siは、固溶強化によって、部品の芯部硬さを高める。また、焼戻し軟化抵抗を高め、摩耗条件下で高温となる部品表面のピッティング強度を高める。これらの効果を発揮させるため、0.05%以上を含有させる。一方、Siの含有量が1.5%を超えると、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の強度が高くなりすぎるため、切削加工性が大きく低下する。Si含有量の好ましい範囲は0.08〜1.2%である。
【0035】
Mn:0.2〜1.5%
Mnは、固溶強化によって、部品の芯部硬さを高める。さらに、Mnは、窒化処理時には、微細な窒化物(Mn32)を形成し、析出強化によって耐摩耗性および耐ピッティング性を向上させる。これらの効果を得るため、Mnは0.2%以上が必要である。一方、Mnの含有量が1.5%を超えると、ピッティング強度を高める効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が大きく低下する。Mn含有量の好ましい範囲は0.4〜1.2%である。
【0036】
P:0.025%以下
不純物としてのPは、粒界偏析して部品を脆化させる。そのため、Pの含有量が0.025%を超えると、曲げ疲労強度が低下する場合がある。曲げ疲労強度の低下を防止するためのP含有量の好ましい上限は0.018%である。
【0037】
S:0.003〜0.05%
Sは、Mnと結合してMnSを形成し、切削加工性を向上させる。しかしながら、その含有量が0.003%未満では、切削加工性向上の効果が得難い。一方、Sの含有量が多くなると、粗大なMnSを生成しやすくなる。特に、その含有量が0.05%を超えると、面疲労強度の低下が顕著になる。S含有量の好ましい範囲は0.01〜0.03%である。
【0038】
Cr:0.5〜2.0%
Crは、窒化処理時に、微細な窒化物(CrN)を形成し、析出強化によって耐摩耗性および耐ピッティング性を向上させる。これらの効果を得るため、Crは0.5%以上が必要である。一方、Crの含有量が2.0%を超えると、ピッティング強度を高める効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する。Cr含有量の好ましい範囲は0.7〜1.8%である。
【0039】
Al:0.01〜0.05%
Alは、脱酸元素であり、十分な脱酸のために0.01%以上が必要である。一方で、Alは硬質な酸化物系介在物を形成しやすく、Alの含有量が0.05%を超えると、曲げ疲労強度の低下が著しくなり、他の要件を満たしていても所望の曲げ疲労強度が得られなくなる。Al含有量の好ましい範囲は0.02〜0.04%である。
【0040】
N:0.003〜0.025%
Nは、AlVと結合してAlN、VNを形成する。AlN、VNはピンニング作用により粗大粒の生成を抑制し、機械的特性のばらつきを低減する効果を持つ。Nの含有量が0.003%未満ではこの効果は得難い。一方で、Nの含有量が0.025%を超えると、粗大なAlNが形成されやすくなるため、上記の効果は得難くなる。N含有量の好ましい範囲は0.005〜0.020%である。
【0041】
以下は任意元素である。
Mo:0.01〜0.50%未満
Moは、窒化および軟窒化時に微細な窒化物(Mo2N)を形成し、析出強化によって耐摩耗性および耐ピッティング性を向上させる。また、Moは、窒化時に時効硬化作用を発揮して部品の芯部硬さを向上させる。これらの効果を得るためのMo含有量は0.01%以上であることが好ましい。一方、Moの含有量が0.50%以上では、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。切削加工性確保のためのMo含有量の好ましい上限は0.40%未満である。
【0042】
V:0.01〜0.50%未満
Vは、窒化および軟窒化時に微細な窒化物(VN)を形成し、析出強化によって耐摩耗性および耐ピッティング性を向上させる。また、Vは、窒化時に、時効硬化作用を発揮して、部品の芯部硬さを向上させる。これらの作用を得るため、Vは0.01%以上であることが好ましい。一方、Vの含有量が0.50%以上では、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。切削加工性確保のためのV含有量の好ましい範囲は0.40%未満である。
【0043】
Cu:0.01〜0.50%
Cuは、固溶強化元素として部品の芯部硬さならびに窒素拡散層の硬さを向上させる。Cuの固溶強化の作用を発揮させるためには0.01%以上の含有量が好ましい。一方、Cuの含有量が0.50%を超えると、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、熱間延性が低下するため、熱間圧延時、熱間鍛造時に表面傷発生の原因となる。熱間延性維持のためのCu含有量の好ましい範囲は0.40%未満である。
【0044】
Ni:0.01〜0.50%
Niは、固溶強化により部品の芯部硬さおよび表層硬さを向上させる。Niのの固溶強化の作用を発揮させるためには0.01%以上の含有量が好ましい。一方、Niの含有量が0.50%を超えると、素材となる棒鋼、線材や、熱間鍛造後の棒鋼、線材の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。十分な切削加工性を得るためのNi含有量の好ましい範囲は0.40%未満である。
【0045】
(B)ガス窒化処理並びにガス軟窒化処理温度
ガス窒化処理の温度(窒化処理温度)を550℃未満とした場合、鋼中の窒素拡散速度が小さくなるため、十分な硬化層(窒素拡散層、化合物層)厚さが得られない。また、620℃を超える温度でガス窒化処理を行うと、フェライト相(α相)よりも窒素の拡散速度が小さいオーステナイト相(γ相)に変態するため、窒素拡散層厚さが得にくくなる。そのため本発明では、ガス窒化処理の処理温度を550〜620℃とする。
【0046】
(C)ガス窒化処理およびガス軟窒化処理時間
窒化処理の開始から終了までの時間(窒化処理時間)は、化合物層厚さおよび窒素拡散層深さに影響を及ぼす。処理時間が1.0時間より短いと、拡散層深さが小さくなり、耐ピッティング性が低下する。10時間を超えると空孔割合が増大し、耐摩耗性が低下するだけでなく、製造コストの増大を招く。そのため、処理時間は1.0〜10時間とする。
【0047】
(D)ガス窒化処理およびガス軟窒化処理中のKN制御
本発明において、ガス窒化処理は、NH3、H2、N2からなる雰囲気を用い、またガス軟窒化処理は、NH3、H2、N2、CO2からなる雰囲気を用いる。窒化ポテンシャルKNは、NH3流量及びN2流量の制御で調整する。ε相のみから成る化合物層を生成させるためには、処理中のKNの範囲は、処理時間0〜50分において0.3〜2.0、50分以後では0.70〜1.50となるよう調整する。KNが、処理時間0〜50分において0.3より小さかったり、50分以後では0.70より小さいと、化合物層厚さが8μm未満となったり、化合物層中の(C+N)濃度が22atm%未満になったり、γ’相が混在し、その結果、耐摩耗性が低下する。一方、KNが規定する上限値1.50を超えると、ε相の厚さが30μmより大きくなり、また、空孔率が10%以上になる場合がある。
【0048】
Nを制御して窒化処理するためには、例えば窒化処理前に高NH3雰囲気で炉内を保つシーズニング処理を行った後、目標KNとなるようNH3、H2、N2流量を調整し、ガス軟窒化処理の場合はさらにCO2流量を調整し、次いで部品を炉内に導入する方法がある。ただし、本発明のKN制御方法は、これに限るものではない。
【0049】
なお、ガス窒化およびガス軟窒化処理を行う雰囲気は、不可避的に酸素などの不純物を含むことがあり、ガス窒化処理においてはNH3、H2及びN2、ガス軟窒化処理においてはNH3、H2、N2、CO2の合計を99.5%(体積%)以上にすることが好ましい。
【0050】
(E)化合物層の同定
本発明に係るガス窒化部品並びにガス軟窒化処理部品の化合物層はε単相である。相の判別には、例えば、SEM(走査型電子顕微鏡)に付属したEBSD(Electron BackScatter Diffraction)が使用できる。本発明では、EBSDによる結晶方位測定を行い、化合物層中のFe2~3Nの信頼性指数(Confidence Index:CI値)が0.05未満である領域が10%未満である場合をε単相と見なした。
【0051】
(F)化合物層の硬さ
本発明に係るガス窒化処理並びにガス軟窒化処理部品は、化合物層の平均硬さが680HV以上である。
【0052】
耐摩耗性は、部品の表面〜数十μmの硬さに大きく依存することが知られている。本発明者らは、化合物層のビッカース硬さを、JISZ2244(2003)に記載の「ビッカース硬さ試験−試験方法」に準拠して測定した。
【0053】
ローラーピッティング試験機を使用した摩耗試験結果を比較検討した結果、面圧1600MPa、繰返し数2×106回における摩耗深さを15μm以下とするには、化合物層の硬さが680HV以上必要であることが明らかとなった。
【0054】
(G)化合物層中の空孔の体積率
本発明に係るガス窒化処理およびガス軟窒化処理部品は、化合物層中の空孔の体積率が10%未満である。
種々の化合物層を形成させた試験片の耐摩耗特性を、ローラーピッティング試験で評価した結果、空孔の体積率が10%以上では、摩耗量が目標値とする15μmを上回った。
(H)化合物層中の成分比率
本発明に係るガス窒化処理およびガス軟窒化処理部品は、化合物層中の(C+N)濃度が22atm%以上である。
種々の化合物層を形成させた試験片の耐摩耗特性を、ローラーピッティング試験で評価した結果、(C+N)濃度が22atm%未満では、摩耗量が目標値とする15μm以下を満足しなかった。
【実施例1】
【0055】
表1に示す化学成分を有する鋼a〜zを50kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットとした。なお、表1中のa〜qは、本発明で規定する化学成分を有する鋼である。一方、鋼s〜zは、少なくとも1元素以上、本発明で規定する化学成分から外れた比較例の鋼である。
【0056】
【表1】
【0057】
このインゴットを熱間鍛造して直径35mmの丸棒とした。続いて、各丸棒を焼鈍した後切削加工を施し、化合物層の種類、厚さ、硬さおよび空孔の体積率を評価するための板状試験片を作製した。板状試験片は、縦20mm、横20mm、厚さ2mmとした。また、摩耗深さおよびピッティング強度を評価するためのローラーピッティング試験用の小ローラーを作製した。小ローラーは、直径26mm、長さ130mmとした。
【0058】
続いてガス窒化炉の炉内にNH3、H2、N2、(ガス軟窒化処理の場合、CO2)の各ガスを導入することによって、表2に示す条件のガス窒化処理並びにガス軟窒化処理を施した後、80℃の油を用いて油冷を行った。
ガス窒化処理並びにガス軟窒化処理において、雰囲気中のH2分圧は、ガス窒化炉体に直接装着した熱伝導式H2センサを用いて測定した。標準ガスと測定ガスとの熱伝導度の違いをガス濃度に換算して測定した。H2分圧は、ガス窒化処理の間、継続して測定した。また、NH3分圧は、炉外に手動ガラス管式NH3分析計を取り付けて測定した。10分毎に残留NH3の分圧を測定すると同時に窒化ポテンシャルKNを算出し、目標値に収束するように、NH3流量及びN2流量を調整した。NH3分圧を測定する10分毎に窒化ポテンシャルKNを算出し、目標値に収束するように、NH3流量及びN2流量を調整した。
【0059】
【表2】
【0060】
試験番号1〜25は、本発明の窒化処理並びに軟窒化処理の例である。窒化処理並びに軟窒化処理後、板状試験片のC断面(伸線方向)を鏡面研磨し、3%ナイタール溶液で20〜30秒間エッチングして、SEMによって、化合物層厚さおよび空孔の体積率の測定を行った。
【0061】
化合物層は、2000倍で撮影した組織写真の5視野(視野面積:2.4×102μm2)から、それぞれ10μm間隔で5点の化合物層の厚さを測定し、計25点の平均値を化合物厚さとして求めた。更に、化合物層の最表面から最下面まで2μm毎に、表面と平行な50μmの線分を描き、線分中の空孔を含む長さの割合を以下の式(2)を用いて算出し、5視野の平均値を空孔の体積率として求めた。
空孔の体積率(%)=空孔を含む長さ(μm)/50(μm)×100・・・式(2)
【0062】
また、クロスセクションポリッシャにてC断面を研磨し、SEM(走査型電子顕微鏡)で組織を撮影すると共に、SEM付属のEBSDによって、化合物層内の生成相の判別を行った。化合物層は、2000倍で撮影した組織写真5視野(視野面積:2.4×102μm2)を使用し、化合物層の最表面から最下面まで2μm毎に、表面と平行な50μmの線分を描き、線分中のFe2~3NのCI値が0.05以下である長さの割合を以下の式(3)を用いて算出し、5視野の平均値が10%未満である場合をε単相であると判定した。
Fe2~3NのCI値が0.05以下である長さ(μm)/50(μm)×100・・・式(3)
【0063】
次いで、ビッカース硬さを、JISZ2244(2003)における「ビッカース硬さ試験−試験方法」に準拠して、次の方法で測定した。すなわち、化合物層の厚さ方向中央近傍位置におけるビッカース硬さ10点の平均値を、化合物層の硬さと定義し、試験荷重を9.8×10-2Nとして、化合物層の硬さを測定した。ビッカース硬さ(HV)は、各視野10点ずつ測定し、計50点の平均値とした。
【0064】
次いで、ローラーピッティング試験用小ローラーを、熱処理ひずみを除く目的で掴み部の仕上げ加工を行った後、それぞれローラーピッティング試験片に供した。仕上げ加工後の形状を図1に示す。ローラーピッティング試験は、上記のローラーピッティング試験用小ローラーと図2に示す形状のローラーピッティング試験用大ローラーの組み合わせで、表3に示す条件で行った。なお、図1、2における寸法の単位は「mm」である。上記ローラーピッティング試験用大ローラーは、JISのSCM420の規格を満たす鋼を用いて、一般的な製造工程、つまり「焼きならし→試験片加工→ガス浸炭炉による共析浸炭→低温焼戻し→研磨」の工程によって作製したものであり、表面から0.05mmの位置、即ち深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さHvは740〜760で、また、ビッカース硬さHvが550以上の深さは、0.8〜1.0mmの範囲にあった。
【0065】
表3に、摩耗深さの評価を行った試験条件を示す。試験は繰返し数2×106回で打ち止めし、粗さ計を使用して、小ローラーの摩耗部を主軸方向に沿って走査し、最大摩耗深さを測定し、N数を5として摩耗深さの平均値を算出した。本発明部品においては、摩耗深さが15μm以下であることを目標とした。
【0066】
【表3】
【0067】
また、表4に、ピッティング強度の評価を行った試験条件を示す。試験打ち切り回数は、一般的な鋼の疲労元を示す107回とし、小ローラー試験片においてピッティングが発生せずに107回に達した最大面圧を小ローラー試験片の疲労限とした。ピッティング発生の検出は、試験機に備え付けられた振動計によって行い、振動発生後に、小ローラー試験片と大ローラー試験片の両方の回転を停止させ、ピッティング発生と回転数を確認した。
本発明部品においては、疲労限における最大面圧が1800MPa以上であることを目標とした。
【0068】
【表4】
【0069】
結果を表2に示す。表2から、本発明で規定する条件をすべて満たす試験番号1〜25では、摩耗量およびピッティング強度がともに目標を達成しており、良好な耐摩耗性および耐ピッティング性が得られていることが明らかである。また、Mo、V、Cu、Niのいずれかを少なくとも1種類以上含有する鋼を用いた試験番号についても、摩耗量およびピッティング強度がともに目標を達成しており、優れた耐摩耗性および耐ピッティング性を有することが明らかである。一方、本発明で規定する条件から外れた試験番号26〜40は比較例であり、耐摩耗性および体ピッティング性のいずれか、または両方が目標に達していないことが明らかである。試験番号26,27、30,36および40は、ε単相と成っていない例であるが、これは鋼中のC量が不足していた、もしくはK値が低かった、或いは双方を満たしていなかったためである。試験番号28、29は、処理中のKN値の上限が高くなりすぎたため、ε相の厚さや空隙体積率が大きくなりすぎた例である。試験番号31は、厚さおよび空隙体積率を満たしたε単相材であるものの、処理中のKN値が低すぎたため、ε相中の(C+N)量が低く、硬さが不足していた例である。試験番号32〜39は、鋼の成分が最適化されていない例である。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のガス窒化およびガス軟窒化処理部品は、耐摩耗性および耐ピッティング性に優れているので、自動車や産業機械のトランスミッション部品などに利用できる。
図1
図2