【0013】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明に用いられる黒鉛部材は、一般的な人造黒鉛を使用することができ、その具体的なサイズや形状等は用途に応じて種々選択することができ、とくに制限されない。なお、熱分解炭素を被覆する前の黒鉛部材の表面粗さRaは0.1μm〜10μmが好ましく、0.3μm〜3μmがより好ましい。表面粗さRaが0.1μm以上であれば、熱分解炭素被膜の密着性が高まるという効果を奏する。また、表面粗さRaが10μm以下であれば、より精密な形状が得られ、寸法精度を高くすることができる。なお、表面粗さRaはJIS B 0601により測定することができる。
また、黒鉛部材の熱膨張係数は、3.0〜5.0×10
−6/℃であることが好ましい。熱膨張係数がこの範囲にあれば、黒鉛部材と熱分解炭素被膜との強い密着力を得ることができ、剥がれにくくすることができる。
さらに、黒鉛部材のかさ密度は、1.6〜1.8g/cm
3であることが好ましい。かさ密度が1.6g/cm
3以上にあれば、黒鉛部材の強度上の欠陥となる気孔が少ないので高強度の熱分解炭素被覆黒鉛部材を得ることができる。かさ密度が1.8g/cm
3以下にあれば、熱分解炭素被膜のアンカーとなる気孔を充分に確保することができるので、熱分解炭素を剥がれにくくすることができる。なお、熱分解炭素被膜のかさ密度は、水中置換法で求めることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明は下記例に制限されるものではない。
【0024】
図1に示す温度および圧力プロファイルに従い、水準を変えて下記の実験を行った。(実験例1〜5)
CVD炉の反応室に、150mm×150mm×5mmの矩形状の等方性黒鉛からなる黒鉛部材(イビデン(株)製ETU−10、表面粗さRa=0.6μm、熱膨張係数4.2×10
−6/℃)を入れ(炉詰め)、真空引きを行い、炉内の圧力を100Pa以下とした。続いてCVD炉内を室温から1500℃まで2時間かけて昇温させた。
次に、CVD炉内温度を維持したまま、原料ガスであるメタンガスと、キャリアガスである水素とを導入し、時間、熱分解炭素の被覆工程を行った(成膜)。水素の流量は1.6L/min、メタンガスの流量は5.0L/minであり、導入を開始すると炉圧は500Paに上昇した。なお、メタンガスに対する酸素の濃度は、あらかじめCVDの炉外で混合器で調整し、原料ガスとして用いた。実験例1〜5におけるメタンガスに対する酸素の濃度は、表1に示す。成膜終了後、メタンガスおよび水素の導入を停止した。その後、CVD炉内の圧力を100Pa以下に維持したまま、室温まで4時間かけて冷却を行った。冷却完了後、CVD炉内の復圧を行い、熱分解炭素被覆黒鉛部材をCVD炉内から取り出した(炉出し)。
得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材について、断面および表面をSEMを用いて観察した。
図3は実験例1で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の断面の拡大写真である。
図4は実験例1で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の表面の拡大写真である。
図5は実験例2で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の断面の拡大写真である。
図6は実験例2で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の表面の拡大写真である。
図7は実験例3で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の断面の拡大写真である。
図8は実験例3で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の表面の拡大写真である。
図9は実験例4で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の断面の拡大写真である。
図10は実験例4で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の表面の拡大写真である。
図9は実験例5で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の断面の拡大写真である。
図10は実験例5で得られた熱分解炭素被覆黒鉛部材の表面の拡大写真である。
【0025】
<結晶化度の評価方法>
製造された各熱分解炭素被覆黒鉛部材について、ラマンR値を測定した。ラマンR値は、結晶のエッジの多さを示す指数であり、指数が小さくなるほど構造的な欠陥が少なく、結晶化度(黒鉛化度)が高いことを意味する。R値は、2つのラマンバンドの強度比(I
1360/I
1580)である。グラファイト構造に乱れが生じると、1580cm
−1のラマンバンドの他に1360cm
−1および1620cm
−1にラマンバンドが認められるようになり、構造の乱れが大きくなるとともにこれらのバンドの1580cm
−1のラマンバンドに対する相対強度が増し、全体にブロードな形状となってゆくことは知られている。1360cm
−1および1620cm
−1のバンドは構造の乱れ(Disorder)に起因するものとして、グラファイト(Graphite)本来のGバンド(1580cm
−1)に対して、Dバンド(1360cm
−1)、D’バンド(1620cm
−1)と略称されている。このようにグラファイトのラマンスペクトルは、他の化合物には例がないほど構造欠陥に対して著しく敏感であり、炭素材料の評価手法として有用であることが知られている。
図2は実施例で測定されたラマンR値の結果を示すグラフである。
ラマンR値の測定機器および測定条件を以下に示す。
測定機器:HORIBA HR800
測定条件:測定光波長 632.81nm
フィルター 無し
測定範囲 1250〜1750cm
−1
測定時間×測定数 5秒×10回
【0026】
<膜厚の評価方法>
膜厚は、同時にCVD炉に入れた膜厚測定用の試験片(7×7×20mm)を折り、破断面に現れた熱分解炭素被膜の厚さを、SEMを用いて測定した。
【0027】
<成膜速度>
上記の方法で得られた各水準における膜厚を、成膜に要した時間で割り、1時間当たりの成膜速度を算出した。
【0028】
<剥離試験>
剥離試験は、熱分解炭素被覆黒鉛部材を350℃に熱した後、25℃の水中に投下して剥離の有無を確認した。
【0029】
各実験例の各製造条件と、評価結果を表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
表1及び
図2の結果より、ラマンスペクトルのR値は、炭化水素ガスに対する酸素の分圧が0ppmの範囲(実験例1)においては1.78であったのに対し、炭化水素ガスに対する酸素の分圧を増やしていくにつれて、200〜17000ppm(実験例2〜5)ではラマンスペクトルのR値は低下し、結晶構造の乱れが少なくなっていることがわかる。特に、1000〜17000ppm(実験例4、5)ではR値は格段に低下した。また、実験例4、5では、原料ガスに酸素が混入しているにもかかわらず、熱分解炭素被膜の成膜は、速度が遅くなるが、成膜自体は可能であった。また、実験例2〜5は、実験例1と同様に剥離試験において剥離する現象はなく、一定の剥離強度を確保していることが確認された。
【0032】
以上の結果より、黒鉛部材に、炭化水素ガスを用いてCVD法により熱分解炭素を被覆する熱分解炭素被覆黒鉛部材の製造方法において、黒鉛部材の温度が、2000℃未満であっても、酸素の存在下で行うことにより、結晶化度の高い熱分解炭素被覆黒鉛部材が得られる効果があることが確認された。
【0033】
この効果は、原料ガスが酸素によって直接酸化するのではなく、原料ガスが一旦、熱分解炭素として沈積したのち、酸素によって熱分解炭素の一部が酸化するプロセスがあるためであると考えられる。熱分解炭素は、完全な黒鉛の結晶ではなく、結晶構造が乱れて成長した部分を有している。希薄な酸素を含有していると、乱れて成長した部分が、選択的に酸化され取り除かれるという理由により、急速に熱分解炭素の結晶化度を高めることができるものと推測される。
また、この効果は、上記メカニズムにより得られると考えられるので、炭化水素ガスの種類、炭化水素ガスに対する酸素の分圧、混合の方法、温度などの成膜の条件は本実施例の範囲に限定されず、適用することができる。
【0034】
以上説明したように、本発明によれば、黒鉛部材を高温に曝すことなく、クリープ変形を抑制しながら結晶化度の高い熱分解炭素被膜を黒鉛部材上に形成可能であり、これにより、高い寸法精度および耐消耗性を有する熱分解炭素被覆黒鉛部材を提供できることが分かった。