(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
PVA水溶液が入った容器を0℃未満の冷却液体中に徐々に挿入することにより、前記容器中のPVA水溶液を下方から上方にむけて徐々に凍結することを特徴とする請求項1に記載のPVA水溶液の凍結方法。
前記容器中のPVA水溶液の凝固面の高さが、前記冷却液体の液面又は前記液面直下の水の凝固温度の領域に位置するように、前記容器を前記冷却液体中に徐々に挿入することを特徴とする請求項2に記載のPVA水溶液の凍結方法。
前記容器が板状であり、その長手方向に0.01mm/秒〜0.10mm/秒の速度で前記容器を前記冷却液体中に挿入することを特徴とする請求項3に記載のPVA水溶液の凍結方法。
請求項8〜10の何れか一項に記載の製造方法で得られたPVAゲルからなるシートを2枚以上積層することにより、PVAゲル積層体を得ることを特徴とするPVAゲル積層体の製造方法。
前記シートを複数枚重ねて積層する際、各シートを予め水で膨潤させておき、各シート間にPVA水溶液を塗布して積層し、乾燥させることを特徴とする請求項12に記載のPVAゲル積層体の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、好適な実施の形態に基づいて本発明を説明する。
【0011】
≪PVA水溶液の凍結方法≫
本発明の第一態様のPVA水溶液の凍結方法は、PVA水溶液を第一の側から第二の側に向けて徐々に凍結する方法であって、前記PVA水溶液の凍結が進行する又は開始される凝固面の法線が、前記第一の側から第二の側に向かう凍結方向と平行であるように、前記PVA水溶液を前記第一の側から第二の側へ徐々に冷却する方法である。
【0012】
<第一実施形態>
PVA水溶液の凍結方法の第一実施形態として、例えば
図1に例示するように、PVA水溶液1が入った板状容器2を0℃未満の冷却液体3中に徐々に挿入することにより、容器2中のPVA水溶液1を下方から上方にむけて徐々に凍結する方法が挙げられる。板状容器2の底辺部から上辺部に向けてPVA水溶液1が徐々に凍結される様子は、PVA水溶液1の下方の白濁した凍結領域が上方の透明な未凍結領域へ徐々に上昇していく様子として観察される。白濁した凍結領域と透明な未凍結領域との界面を目視で観察することが可能であり、この界面を凝固面(凍結面)と呼ぶ。
【0013】
凍結に際して容器2を冷却液体3の中に徐々に挿入するので、凝固面の上昇が容器2の降下によって相殺されて、凝固面が一定の高さを維持するように凍結を進行させることができる。このことを、
図2を参照して説明する。
図2は
図1の容器2を正面から見た模式図である。冷却液体3の液面を高さの基準(高さゼロ)とすると、容器2を比較的遅い速度v1で徐々に挿入した場合、その凝固面の高さd1は冷却液体3の液面よりも高い位置で維持される。これは、PVA水溶液の凝固速度がv1より大きいためである。一方、容器2を比較的速い速度v2で徐々に挿入した場合、その凝固面の高さd2は冷却液体3の液面よりも低い位置、即ち冷却液体中で維持される。これは、PVA水溶液の凝固速度がv2より小さいためである。従って、容器2の挿入速度v(以下、凍結速度と呼ぶことがある。)を適宜調整することによって、凝固面の高さdを調整することができる。
【0014】
本実施形態においては、容器2中のPVA水溶液1の凝固面の高さdが、冷却液体3の液面、又はその液面直下の水の凝固温度(0℃)の領域、若しくはその液面下における前記領域の直上に位置するように、容器2を冷却液体3中に徐々に挿入することが好ましい。つまり、冷却溶液の温度を室温から−26℃の範囲に設定し、容器2の材質と厚さを選定し、試料の厚さを容器2の材質の厚さと同程度にした場合、PVA水溶液の凍結において、凝固面の高さdがゼロであるかゼロに近い液面直下であることが好ましい。
【0015】
このようにPVA水溶液を下方(第一の側)から上方(第二の側)に向けて徐々に凍結することによって、凝固面の法線が下方から上方へ向かう凍結方向と平行になる精度を高めることができる。その結果、後で得られるPVAゲルの内部にはサブミクロンサイズの複数の繊維が束ねられた繊維構造が形成されるとともに、その繊維構造の向きを前記凍結方向と平行に揃えることができる。繊維構造の向きが平行に揃ったPVAゲルは、その繊維構造の向きに対して優れた構造的強度を有する。
【0016】
図3を参照して、凝固面の高さdと凝固面の構造の関係を考察する。
図3は、板状容器2内のPVA水溶液を、高さ方向と直交する厚み方向に見た模式的な断面図である。
【0017】
比較的遅い速度v1で容器2を挿入すると、冷却液体3の液面に達する前に、下方の既に凍結したPVA水溶液に熱が伝導して凝固温度以下に降温することによって上方のPVA水溶液の凍結が開始するため、凝固面の高さは液面よりも上方に位置する。この場合、温かい壁面に近いPVA水溶液の周縁部よりも、芯部の方が先に凍結するため、凝固面は上方に凸の放物面になり易い。従って、凝固面の法線(
図3の矢印)は、周縁部においては凍結方向(液面に対する垂線)と非平行になり易い。この結果、凝固面の法線が指す方向に従って形成される前記繊維構造の方向は、同一ゲルの芯部と周縁部とでそれぞれ異なる。
【0018】
逆に、比較的速い速度v2で容器2を挿入すると、冷却液体3の液面下に挿入された後も、上方の未だ凍結していない領域から熱が伝導することによって液面下のPVA水溶液の冷却が遅延するため、凝固面の高さは液面よりも下方に位置する。この場合、冷却液体3によって冷やされた壁面に近いPVA水溶液の周縁部の方が芯部よりも先に凍結するため、凝固面は下方に凸の放物面になり易い。従って、凝固面の法線(
図3の矢印)は、周縁部においては凍結方向(液面に対する垂線)と非平行になり易い。この結果、凝固面の法線が指す方向に従って形成される前記繊維構造の方向は、同一ゲルの芯部と周縁部とでそれぞれ異なる。
【0019】
一方、凝固面の高さと冷却液体3の液面とがほぼ一致する速度v3で容器2を挿入すると、下方の既に凍結した領域から伝導される低温と、上方の未だ凍結していない領域から伝導される高温が、冷却液体3の液面付近で拮抗する。この場合、容器2の壁面に近いPVA水溶液の周縁部とそれよりも中心側の芯部とがほぼ同時に凍結するため、凝固面は水平な平面になり易い。従って、凝固面の法線(
図3の矢印)は、周縁部及び芯部において凍結方向(液面に対する垂線)と平行になり易い。この結果、凍結方向に従って形成される前記繊維構造の方向は、同一ゲルの芯部と周縁部とで同じ方向に揃う。
【0020】
上記のように凝固面と冷却液体3の高さとの関係を好適な位置に調整する方法として、例えば、
図1に示すように、板状の内部空間を有する板状容器2を使用して、前記内部空間にPVA水溶液1を入れた状態で、板状容器2の底辺から上辺に向かう長手方向に沿って、0.01mm/秒〜0.10mm/秒の挿入速度で容器2を0℃未満の冷却液体中に挿入する方法が挙げられる。
前記挿入速度は、0.02mm/秒〜0.08mm/秒が好ましく、0.02mm/秒〜0.06mm/秒がより好ましく、0.02mm/秒〜0.04mm/秒が更に好ましい。上記範囲の挿入速度であると、平行に揃った繊維構造をPVAゲル内に容易に形成することができる。
【0021】
挿入速度が0.01mm/秒以上0.10mm/秒であることにより、繊維の配向方向の構造的強度が高く、従来の等方的な物理架橋PVAゲルよりも低い膨潤度を有し、従来の高強度PVAゲルよりも高い膨潤度を有するPVAゲルを容易に製造することができる。凍結速度が0.08mm/秒以下であることにより、PVAゲルの繊維構造に沿う方向の破断応力を高めることができる。ここで破断応力とは、PVAゲルが外力により破断されずにもちこたえる限界の最大応力を意味する。
【0022】
図4に、直方体状に切り出したPVAゲルの模式的な斜視図を示す。X方向がPVAからなる繊維構造に沿った方向であり、Y方向及びZ方向がPVAからなる繊維に垂直な方向である。本明細書において、PVAからなる繊維に沿う方向の破断応力とは、X方向にゲルを引張り(引き伸ばし)、破断されずにもちこたえる限界の最大応力をいう。つまり、当該繊維構造を分断するために要する力を意味する。また、PVAからなる繊維に垂直な方向の破断応力とは、Y方向又はZ方向にゲルを引張り(引き伸ばし)、破断されずにもちこたえる限界の最大応力をいう。つまり、当該繊維構造を構成する繊維同士を引き剥がすために要する力を意味する。
【0023】
凍結時にPVA水溶液を入れる容器の形状は特に限定されず、長手方向及び短手方向に対応する長さを有する容器として、例えば、板状、筒状、棒状、箱状、回転楕円体状などの形状の容器が挙げられる。ここで、容器の形状はPVA水溶液を満たす空間の形状を意味する。従って、前記容器に入れたPVA水溶液及び作製するPVAゲルの形状は、その容器の形状に従う。
【0024】
例えば前記容器として板状容器を用いる場合、その板の厚み方向が短手方向であり、その板の縦方向及び横方向が長手方向である。この場合、PVA水溶液を入れた板状容器を長手方向に0℃未満の冷却液体に挿入するとは、板状容器の縦方向又は横方向に挿入することを意味する。本発明の効果を得るうえで、その挿入方向は縦方向であってもよいし、横方向であってもよい。本発明の効果を得るうえで大事なことは、PVA水溶液を第一の端部(第一の側)から第二の端部(第二の側)へ徐々に冷却して、凝固面の法線が凍結方向に対して平行になるように凍結することである。この凍結方向の一例として、冷却液体の液面の法線が指す方向が挙げられる。上記のように凍結すると、PVA水溶液中のPVAが物理的に架橋したPVAゲルが形成される際、そのゲル内部に第一の端部から第二の端部へ向けた一方向に沿って、平行な繊維構造が形成される。
【0025】
前記板状容器の厚み(即ち、凍結時に板状であるPVA水溶液の厚み)は、0.5mm以上が好ましく、0.5mm〜10mmがより好ましく、0.5mm〜5.0mmが更に好ましく、1.0mm〜3.0mmが特に好ましい。
前記厚みが0.5mm〜10mmであることにより、凍結時に第一の端部から第二の端部へ向けた一方向の凍結効率と、厚み方向の凍結効率とが高まり、その一方向に沿った平行な繊維構造を容易に形成することができる。
【0026】
前記板状容器の縦及び横の長さは特に制限されず、例えば、縦×横=10cm×15cm、縦×横=15cm×10cm、縦×横=50cm×50cm、縦×横=100cm×10cm等の組み合わせが挙げられる。これらの縦×横のサイズは、上述した好適な厚みのサイズと組み合わせることができる。
【0027】
前記PVA水溶液と前記冷却液体とを隔てる前記容器の肉厚は特に限定されないが、1.0mm〜10mmが好ましく、1.0mm〜5.0mmがより好ましく、1.0mm〜3.0mmが更に好ましい。上記範囲であると、冷却液体とPVA水溶液間の熱の伝導効率が適度となる。
【0028】
前記容器を構成する材料は特に限定されず、合成樹脂、ガラス、金属等が適用可能であるが、合成樹脂であることが好ましい。合成樹脂製の容器であると、容器の壁面における熱の伝導効率が適度となる。合成樹脂の種類は特に限定されず、公知の樹脂が適用可能であり、例えば、ポリ(メタ)アクリル系樹脂、ポリビニル系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリカーボネート系樹脂等が挙げられる。これらの中でも、凍結面の様子を観察し易い透明な樹脂がより好ましい。
【0029】
前記合成樹脂の熱物性が凍結するPVA水溶液の熱物性と略同程度に類似していると、冷却時の熱の伝導効率が適度になり、一層優れた強度を有する繊維構造を形成することができるため好ましい。ここで、熱物性は、熱伝導率及び熱容量のうち少なくとも一方を意味する。
【0030】
前記冷却液体の温度は、PVA水溶液を凍結させることが可能な温度であれば特に限定されず、前記繊維構造をゲル内部に成長させながら凍結することが容易になる観点から、−80℃以上0℃未満が好ましく、−60℃以上0℃未満がより好ましく、−30℃以上−10℃以下が最も好ましい。
【0031】
前記冷却液体の種類は特に制限されず、設定する温度を実現可能な液体を適宜選択すればよい。上記好適な温度範囲を得るためには、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系有機溶媒を含む水溶液を用いることが簡便である。
【0032】
PVA水溶液の材料であるPVA(ポリビニルアルコール)は、ケン化度が95%以上、且つ、重合度が1000以上であることが好ましい。
PVAのケン化度の上限値は100%であるが、PVAの溶解度を高める観点から、100%未満であることが好ましい。
PVAの重合度が1000以上であることにより、高い構造的強度のPVAゲルが得られる。その重合度の上限値は特に制限されないが、溶解度を高める観点から、8000以下が好ましく、5000以下がより好ましく、4000以下が更に好ましく、3000以下が特に好ましい。通常、使用するPVAの重合度が高い程、得られるPVAゲルの構造的強度が高くなる傾向がある。PVAゲルの破断応力を高める観点から、PVAの重合度は1700以上が好ましく、2400以上がより好ましく、4000以上が更に好ましい。ここで例示した物性をもつPVAは市販品としても購入可能である。
【0033】
PVA水溶液に含まれるPVAの濃度は特に限定されず、好ましくは5〜25質量%、より好ましくは15〜20質量%である。
上記範囲の濃度であると、形成される物理架橋の密度が十分に高まり、PVAゲルに十分な構造的強度を付与することができる。また、PVA水溶液の粘度が増して、容器内に注入し難くなること、低温での保存中にPVA水溶液のゲル化が進行してしまうことを防ぐことができる。
【0034】
PVA水溶液には、それがPVAの物理架橋を妨げる物質でなければ、種々の薬剤や機能性物質を含有してもよい。例えば、PVA水溶液に、予め機能性物質を混合、分散、又は溶解させておくことにより、形成するPVAゲル中に機能性物質を担持させることができる。
【0035】
前記機能性物質としては、二酸化チタン等の無機微粒子や、多糖類及びタンパク質等の有機分子、N−イソプロピルアクリルアミド等の熱応答性高分子が例示できる。
前記機能性物質は、天然由来の物質であっても、化学合成されたものであってもよい。
また、前記有機分子は、低分子化合物であっても、高分子ポリマーであってもよい。
【0036】
前記機能性物質の前記PVA水溶液中の濃度としては、使用する機能性物質の大きさや物性にも依るが、例えば1〜20容量%程度にすることができる。
【0037】
<第二実施形態>
PVA水溶液の凍結方法の第二実施形態として、例えば
図5に例示するように、ペルチェ素子(不図示)に接続された金属製台座13にPVA水溶液11を入れた容器12を載置して、容器12の底面12aの全体を−20℃〜−15℃程度に冷却することによって、PVA水溶液11の底部から上部へ向けて(
図5の矢印方向)徐々に冷却する方法が挙げられる。この際、PVA水溶液の水面11aと容器の底面12aとの差を1mm〜10mm程度に設定することが好ましい。このように容器の底面に薄く広がった状態のPVA水溶液11は、容器12の側壁からの温度伝導の影響を受けがたく、容器12の底面からの冷却による温度伝導の影響が支配的に作用する。この結果、凝固面Fが容器の底面12a及びPVA水溶液の水面11aとほぼ平行になり、凝固面Fの法線が凍結方向(容器12の底面からPVA水溶液11の水面へ向かう方向、即ちPVA水溶液11の底部から上部へ向かう方向)に一致する。このようにPVA水溶液を凍結した後、ペルチェ素子を停止して解凍すると、ゲルの厚み方向(凍結方向、即ち、
図5の矢印方向)に沿った平行な繊維構造が形成されたPVAゲルが得られる。ペルチェ素子による凍結及び解凍は、ペルチェ素子の電源をON及びOFFすることによって容易に制御することができるため、凍結及び解凍を繰り返し易い。
【0038】
≪PVAゲルの製造方法≫
本発明の第二態様のPVAゲルの製造方法は、以下の第一工程〜第二工程を含む。第一工程〜第二工程以外の補助的な工程を有していてもよい。
【0039】
<第一工程>
第一工程は、前述した第一態様のPVA水溶液の凍結方法によって、PVA水溶液を凍結する工程である。
【0040】
<第二工程>
第二工程は、第一工程で得られたPVA水溶液の凍結体を0℃以上の雰囲気中で解凍することによってPVAゲルを得る工程である。例えば、第一工程で凍結したPVA水溶液の入った容器を0℃以上の雰囲気中に取り出すことにより、凍結したPVA水溶液を解凍する方法が挙げられる。
第一工程で凍結したPVA水溶液を第二工程で解凍することにより、PVA水溶液中のPVAが物理架橋したPVAゲルが得られる。このようにして得られたPVAゲルは異方網目構造を有している。
【0041】
第二工程における前記0℃以上の雰囲気の上限の温度は、PVAゲルが安定に得られる温度であれば特に制限されず、通常、50℃以下が好ましく、30℃以下がより好ましく、10℃以下が更に好ましい。上限温度が50℃以下であると、目的のPVAゲルを安定に得ることができる。
【0042】
PVAゲルの形状を前記容器の形状に従わせるためには、容器内で凍結したPVA水溶液を容器の外に取り出さず、容器内に保持したまま解凍することが好ましい。容器は密閉容器であってもよいし、開放容器(無蓋容器)であってもよい。
【0043】
第二工程において解凍したPVA水溶液は既にゲル化しているが、このPVAゲル中の物理架橋の程度(密度)を高めて、その構造的強度を更に高める観点から、1回目の第二工程後、再び凍結し、その後解凍する凍結解凍サイクルを1回以上行うことが好ましい。具体例として、1回目の凍結後に解凍したPVAゲル(解凍体)を含む容器を、再び前記0℃未満の液体中に、同じ凍結方向で、同じ挿入速度で、同じ冷却液体中に挿入する方法が挙げられる。
【0044】
凍結解凍サイクルを行う合計の回数は特に制限されないが、通常、2回以上が好ましく、3回以上がより好ましく、4回以上が更に好ましい。繰り返す回数を多くするに従い、PVAゲルの構造的強度が高まる傾向がある。繰り返す回数の上限は特に制限されないが、通常10回程度が上限回数として適当である。
【0045】
<第三工程>
第三工程は、第二工程後に得られたPVAゲルを水中に浸漬して膨潤させることによりPVAゲルを得る工程である。
第二工程後に得られたPVAゲルを水中に浸漬すると、PVAゲルが水を吸収して膨潤する。所定時間経過後、水中から取り出すことにより、充分に水を保持した湿潤なPVAゲル(PVAハイドロゲルと呼んでもよい。)が得られる。
【0046】
水中に浸漬させる時間は特に限定されず、PVAゲルが平衡膨潤に達するまで浸漬することが好ましい。PVAゲルが平衡膨潤に達して、PVAゲルがそれ以上膨潤しなくなった後も浸漬を続けても構わない。PVAゲルが平衡膨潤に達する時間は、PVAゲルの形状や体積にもよるが、通常、数時間〜数日間でよい。
【0047】
PVAゲルを浸漬する水は、精製された純水であってもよいし、使用目的に応じて任意の成分を含む水溶液であってもよい。
PVAゲルを浸漬する水の温度は、PVAゲルの物理架橋が解除されない程度の温度であることが好ましく、例えば4〜40℃程度の水に浸漬することが好ましい。
【0048】
≪PVAゲル積層体の製造方法≫
第二態様のPVAゲルの製造方法において、PVA水溶液を板状容器に入れることにより、PVAゲルからなるシートを得ることができる。シートの厚みは、板状容器の厚みと同等である。このPVAゲルからなるシートを2枚以上積層することにより、PVAゲル積層体を得ることができる。
【0049】
積層するシートの枚数は特に限定されず、製造する積層体の厚みに必要な任意の枚数を重ねることができる。
前記積層体の厚みは、積層体の機械的強度を高める観点から、1mm以上が好ましく、2mm〜20mmがより好ましく、2mm〜5mmが更に好ましい。
【0050】
前記シートを複数枚重ねて積層する際、各シートが有する繊維構造の向きを非平行にして積層することが好ましい。積層体の上面(上方)から見て、第一枚目のシートの繊維構造の向きと、その上に積層する第二枚目のシートの繊維構造の向きとのなす角は、例えば5〜90度の範囲で、使用目的と積層枚数に応じて適宜設定することができる。
【0051】
積層する複数のPVAゲルからなるシートが各々有する繊維構造の向きを互いに非平行にする、例えば互いに直交するように積層することによって、PVAゲル積層体の構造的強度を等方的にすることができる。これは、PVAゲルの引張強度が繊維に沿った方向に強いことを利用して、繊維構造の向きを複数の層間で互いに非平行(不揃い)にすることによって、従来のFTゲルよりも強い引張強度を示す向き(即ち、繊維構造に沿う向き)を、積層体の上面から全層を透視したときに、非平行又は等方的に配置することによって達成できる。このような積層体は、どの方向に引っ張った場合にも、従来の凍結融解法で得られたPVAからなるゲルよりも優れた構造的強度を有する。
【0052】
前記シートを複数枚重ねて積層する際、各シートを予め水で膨潤させておき、各シート間にPVA水溶液を塗布して積層し、乾燥させることが好ましい。このように、膨潤、積層及び乾燥を行うことにより、層間にPVAからなるネットワーク構造(接着面近傍におけるPVAの物理架橋)を形成し、層間の接着強度をより高めることができる。
【0053】
層間にPVAからなるネットワーク構造が形成される過程において、積層する前記シートの間隙にPVA水溶液を塗布して積層することにより、PVA水溶液を前記シートに浸透させることができる。この浸透が容易に起こる理由は、前記シート中に微結晶が繊維部分に凝集してゲル化しているため、前記シート中の繊維間のPVA網目中のPVA濃度が低下しているからである。PVA水溶液が前記シートに浸透した後、乾燥することにより、PVA水溶液中のPVA同士、および前記シートの繊維間のPVA間に、微結晶が形成されて、ネットワークが構築される。この結果、複数のシートが十分に接着されたPVAゲル積層体が得られる。
【0054】
乾燥させて得られた乾燥状態の積層体を水中に浸漬させて再度膨潤させることにより、目的のPVAゲル積層体が得られる。
【0055】
PVAゲルからなるシートおよびPVAゲル積層体を膨潤させる方法は特に限定されず、例えば平衡膨潤に達するまで水中に浸漬しておけばよい。
【0056】
前記シートを乾燥させる方法は特に制限されず、例えば風乾する方法、温風を吹き付ける方法、真空乾燥する方法等が挙げられる。
【0057】
各シート間に塗布するPVA水溶液のPVA濃度は、PVAゲルを作製する際の濃度と同じでもよいし、異なっていてもよい。
【0058】
積層体を構成するシートは前述した機能性物質を担持していてもよい。機能性物質を担持するシートの、PVAゲル積層体における位置は、任意の層に設定できる。
機能性物質を担持するシートは、PVAゲル積層体を構成する各シートのうち、いずれか一層を形成しても良いし、いずれかの複数の層を形成してもよい。
【0059】
本発明のPVAゲル積層体の製造方法によれば、PVAゲルからなるシートを複数積層することにより、積層体の厚さを任意に制御できる。これに加えて、積層体を構成する各シート中の成分(例えば前記機能性物質)の組成を層ごとに変化させることによって、積層体における当該成分の濃度を段階的に傾斜させることができる。
【実施例】
【0060】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0061】
≪各試料の作製≫
<PVA水溶液の調製>
平均重合度1700、ケン化度98.00〜99.00%のPVA粉末(クラレ株式会社製、型番:PVA117)と、イオン交換水を蒸留した後さらにMilli−Qフィルターでイオン交換した超純水とを材料として使用した。
このPVA粉末と超純水をネジ口瓶に入れ、PVA濃度15.0重量%となるように調製し、2時間撹拌しながら90℃以上の温水中で湯煎した後、室温に戻すことにより、PVA粉末が完全に溶解したPVA水溶液を得た。
このPVA水溶液を用いて以下の方法で試料を作製した。
【0062】
<異方性ゲルの作製>
(1)厚さ2mm又は1mmのシリコンゴムからなるスペーサーを2枚のアクリル板で挟んで作製した板状容器に、PVA水溶液を流し入れた。
(2)
図1に示すように、板状容器2の第一端部2a(底辺部)から第二端部2b(上辺部)に向けて、v=0.01〜0.10mm/秒から選択される一定速度で、低温恒温水槽で−26℃に設定されたエタノール水溶液3中に板状容器2を徐々に挿入し、第一端部から第二端部の一方向へ向けて徐々に凍結させた。この際、エタノール水溶液の液面と、容器内のPVA水溶液の底面及び水面とが水平になるように挿入した。板状容器を完全にエタノール溶液に沈めて、容器中のPVA水溶液が凍結した後、4℃雰囲気の恒温器に板状容器を移し、4℃で6時間以上保持して解凍させた。この凍結解凍サイクルを4回繰り返した。
(3)(2)で作製した試料を超純水中に3日間浸漬し、平衡膨潤させたPVAゲルを得た。この製法により得たPVAゲルを、以下では異方性ゲルと呼ぶ。
【0063】
<凝固面の高さの測定>
エタノール水溶液3の液面を高さの基準(高さゼロ)とすると、容器2を比較的遅い速度v1で徐々に降下させた場合、PVA水溶液1の凝固面の高さdはエタノール水溶液3の液面よりも高い位置で維持された。一方、容器2を比較的速い速度v2で徐々に降下させた場合、その凝固面の高さdはエタノール水溶液3の液面よりも低い位置、即ちエタノール水溶液中で維持された。具体的な結果を
図6、
図7に示す。
【0064】
図6のグラフの横軸は、厚さ2.0mmのPVA水溶液1を入れた板状容器2を0.01〜0.10mm/秒の一定速度vで、低温恒温水槽で−26℃に設定されたエタノール水溶液3中に徐々に挿入し続けた時間を示し、縦軸は、板状容器2内の凝固面の高さdを示す。板状容器2の挿入を開始した時点(0分)から10分後には、速度0.01mm/秒の場合を除いて、凝固面の高さdがほぼ一定に維持される安定期に入った。高さdがほぼ一定になった際の、高さdと速度vの関係を
図7に示す。
【0065】
板状容器2内のPVA水溶液1の厚みが2.0mmの場合は、挿入速度が0.02超0.03mm/秒以下であると、凝固面の高さdが0〜±2mmの範囲に収まり、凝固面の高さがエタノール水溶液3の液面とほぼ同じ位置に維持された(
図7参照)。
板状容器2内のPVA水溶液1の厚みが1.0mmの場合は、挿入速度が0.03以上0.06mm/秒以下であると、凝固面の高さdが0〜±2mmの範囲に収まり、凝固面の高さがエタノール水溶液3の液面とほぼ同じ位置に維持された(不図示)。
【0066】
温度センサの先端を板状容器2の底面とみなして、その先端を所定速度で徐々にエタノール水溶液3の液面に接近させ、さらに先端をエタノール水溶液3中に挿入し、各位置における温度プロファイルを測定した。この温度プロファイルを
図8に示す。
図8の縦軸は、エタノール水溶液3の液面を基準として、液面から上方に離れた正の距離及び液面から下方に離れた負の距離を示し、横軸は各距離(各位置)における温度(センサ先端の温度)を示す。
【0067】
図8の結果から、何れの挿入速度においてもエタノール水溶液3の液面付近では約0℃を示している。低温恒温水槽で設定された−26℃よりはるかに高い温度を示している。これは、空気との間の液面が波打つことを避けるためにエタノール水溶液を撹拌しないことに起因している。実際の測定では、液面下3.8mmで−15℃以下に低下した。PVA水溶液は過冷却の効果もあり、界面ではなく、界面直下数ミリの範囲で凍結を開始することが分かる。したがって、PVA水溶液の凝固面の高さは理論的には液面下3.8mmになるべき、とも考えられる。しかし、温度センサの先端は、上方にあるセンサ上部(センサ本体)からの熱伝導が影響しており、先端の温度低下が若干遅延したと考えられるため、実際には3.8mmより短い範囲で凍結していると考えられる。一方、板状容器2内のPVA水溶液1を冷却する場合は、先行して凍結した下方の領域からの熱伝導(低温の伝導)があるため、温度センサ先端の場合よりも速く(高い位置で)冷却されている可能性がある。すなわち、エタノール水溶液3の液面直下で、PVA水溶液1が凍結しているため、目視では液面付近でPVA水溶液の白濁した凝固面が観察されていると考えられる。
【0068】
≪各試料の力学試験≫
<引張試験>
下記の手順により、各試料の引張強度を測定した。
(1)JIS K−6251−8規格のダンベルカッター(
図9参照)を用いて、超純水で平衡膨潤させた各試料から切り出した試験片を準備した。この際、異方性ゲルの繊維構造が引張方向に対して平行になるように試験片を切り出した。
(2)食紅を使用して試験片に標点を2つ付け、ノギスでその標点間距離を測定した。
(3)マイクロメータを使用して、試験片の幅と厚みを測定した。
(4)引張試験機(INSTRON5965)を用い、標点間距離の画像データを取得しながら、室温、大気中で試験した。
(5)画像データに基づいて、標点間距離の変化を測定した。
(6)得られたデータから、挿入速度(凍結速度)と、最大応力、最大ひずみ、及び初期弾性率との関係図を作成した。初期弾性率は応力−歪曲線(不図示)の初期の傾きから求めた。
【0069】
引張試験の試料として、前述した凍結方法によって作製した厚み2.0mmの異方性ゲルを使用した。
図10、
図11、
図12に示す結果が得られた。
図10の縦軸は最大応力(Maximum Stress)(単位:MPa)を表し、横軸は挿入速度(凍結速度)を表す。
図11の縦軸は最大ひずみ(Maximum Strain)(単位:なし)を表し、横軸は挿入速度(凍結速度)を表す。
図12の縦軸は初期弾性率(Elastic Modulus)(単位:MPa)を表し、横軸は挿入速度(凍結速度)を表す。
【0070】
以上の結果から、
図7の凝固面の高さd=0±2mmになる挿入速度で凍結された異方性ゲルが、最大応力、最大ひずみ、及び初期弾性率に関して、最も優れた構造的強度を示した。これらの結果は、PVAゲル内に形成された繊維構造の向きが凍結方向(エタノール水溶液の液面に対して垂直の方向)に沿って均一にほぼ平行に揃っていることを反映していると考えられる。
【0071】
図7に示す凝固面の高さdの絶対値が2mmを超える条件で作製された異方性ゲルにおいてもSEMで観察される繊維構造は形成されていたが、繊維構造の向きが凍結方向に対して傾きを有する領域が散見された。繊維構造が不揃いの領域が存在するため、構造的強度が劣っていると考えられる。
【0072】
以上の結果は、異方性ゲルの繊維構造が引張方向に対して平行になるように切り出した試験片を用いて得られた。これに代えて、異方性ゲルの繊維構造が引張方向に対して垂直になるように切り出した試験片を用いた実験を行った。ここで詳細な実験結果は示さないが、異方性ゲルの繊維構造に沿った平行方向の引張強度は、異方性ゲルの繊維構造に垂直な方向の引張強度(最大応力と最大ひずみ)よりも格段に大きいことが分かった。
【0073】
後述する従来方法によって凍結解凍サイクルを4回繰り返した凍結解凍ゲル(FT4ゲル)の最大応力を上記と同様に測定した。ここで詳細な実験結果は示さないが、異方性ゲルの繊維構造の方向に沿った最大応力よりも格段に劣る結果であった。FT4ゲル内には方向が揃った繊維構造が形成されていないことから、異方性ゲル内に形成される一方向に沿った均一に平行な繊維構造は、ゲルの構造的強度の向上に多いに寄与しているといえる。
【0074】
<質量膨潤比>
各異方性ゲルの膨潤特性を調べるため、質量膨潤比を測定した。まず、超純水で膨潤させた平衡膨潤ゲルを得て、この表面に付着した水分をペーパータオルで拭き取り、平衡膨潤質量Wtを測定した。このWtを、平衡膨潤させる前の乾燥状態における乾燥フィルムの質量(乾燥質量)Wdで割り、質量膨潤比Wt/Wdを算出した。
【0075】
従来の凍結解凍法によって作製した凍結解凍ゲル(FTゲル)では、凍結解凍サイクルの繰り返し回数の増加とともに結晶化度が増大し、その質量膨潤比は減少する。前記FT4ゲルの質量膨潤比は6.5であった。一方、上記の様に作製した異方性ゲルはFT4ゲルよりも高い質量膨潤比を示すとともに、挿入速度(凍結速度)に依存する傾向が見られた。この結果を
図13に示す。従来のFTゲルと比べて異方性ゲルが高い質量膨潤比を示す理由は、一方向に凍結する際の挿入速度を遅くすると、凝固面の高さdが負からゼロの範囲においては、PVA水溶液が凍結する際に形成される氷の結晶が大きく成長し、微結晶の凝集が進み、繊維間の微結晶による架橋密度が低下するので、水を吸収し易い多孔質構造が形成されると考えられる。すなわち、PVA繊維のマクロ構造が概ね一方向に沿って、疎密構造を形成しているので、質量膨潤比が大きくなったと考えられる。
【0076】
<乾燥処理を加えた異方性ゲル(異方性Dゲル)の作製>
異方性ゲルの強度をさらに高めるために、以下の方法で乾燥処理を加えた異方性Dゲルを作製した。
(1)前述した異方性ゲルの作製の場合と同様に、凍結解凍サイクルを4回繰り返して得た異方性ゲルの外郭部(外周部)を接着剤により、アクリル板の平面に固定した。この異方性ゲルの質量が一定になるまで室温で乾燥した後、接着剤が付着した外郭部を切り落とすことにより、PVAからなる乾燥フィルムを得た。
(2)(1)で作製した乾燥フィルムを超純水中に3日間浸漬し、平衡膨潤させたゲルを得た。この製法により得たゲルを、以下では異方性Dゲルと呼ぶ。
【0077】
作製した異方性Dゲルについて、前述した引張試験によって、最大応力、最大ひずみ、及び初期弾性率を評価した。ここで詳細な試験結果は示さないが、異方性Dゲルの構造的強度は乾燥処理を施していない異方性ゲルよりも格段に向上していた。
このように異方性Dゲルが高い構造的強度を有する理由として、ナノオーダーの構造変化が繊維構造間に起こっていることが考えられる。
【0078】
≪PVAゲルの作製における凍結解凍の回数を変化させた試験≫
前述した異方性ゲル及び異方性Dゲルの作製方法において、凍結解凍サイクルの回数を1〜8回の範囲で変化させて、それぞれのゲルを作製した。前述した測定方法によって各物性を測定したところ、ここで詳細な試験結果は示さないが、異方性ゲル及び異方性Dゲルの構造的強度を向上させる観点から、ゲル作製時の凍結解凍サイクルの回数N
FTは、2回以上が好ましく、4回以上がより好ましく、6〜8回が更に好ましいことがわかった。
【0079】
≪PVAゲルの作製に使用するPVA水溶液のPVA濃度を変化させた試験≫
PVA水溶液のPVA濃度を7.5〜20質量%の範囲で変化させた材料溶液を使用して、前述したゲルの作製方法(凍結解凍サイクルの回数は4回)によって、異方性ゲル及び異方性Dゲルを作製した。前述した測定方法によって各物性を測定したところ、ここで詳細な試験結果は示さないが、異方性ゲル及び異方性Dゲルの膨潤比をある程度低く維持しつつ、構造的強度(力学的強度)を向上させる観点から、ゲル作製時のPVA濃度は、10質量%以上が好ましく、15質量%以上がより好ましいことがわかった。
【0080】
<PVAゲル積層体の作製と構造的強度の評価>
(1)ポリエチレン製シャーレの中央部をくり抜いた、穴あきシャーレを用意した。
(2)水で平衡膨潤させた異方性ゲルを2個準備し、1枚目の異方性ゲルの中央部を穴あきシャーレの穴に位置合わせして、異方性ゲルの外郭部を穴あきシャーレの穴の辺縁部に接着して固定した。
(3)固定した1枚目の異方性ゲルの上面にPVA水溶液を塗り、2枚目の異方性ゲルをその上面に重ねて置いた。この際、1枚目のゲル内部の繊維構造の方向と、2枚目のゲル内部の繊維構造の方向とが互いに直交するように重ねた。
(4)室温で、試料の質量が一定になるまで乾燥した後、接着剤が付着した外郭部を切り落とすことにより、2枚重ねの乾燥フィルムを得た。
(5)(4)で作製した乾燥フィルムを超純水中に3日間浸漬し、平衡膨潤させたゲルをPVA積層体として得た。
【0081】
得られたPVAゲル積層体の各層は充分に接着しており、引き剥がすことは困難であった。また、各シートが有する繊維構造は互いに直交しているため、PVAゲル積層体は、各層の繊維構造が延びる2方向に対して、従来のFT4ゲルよりも強い引張強度を示した。
【0082】
<凍結解凍ゲル(FTゲル)の作製>
(1)ポリエチレン製シャーレに15gのPVA水溶液を流し込み、密閉した。
(2)シャーレを冷凍庫へ投入して−20℃で24時間凍結し、4℃で24時間解凍するサイクルを1〜4回繰り返した。
(3)(2)で作製した試料を超純水中に3日間浸漬し、平衡膨潤させたゲル(厚み:2mm)を得た。この製法により得たPVAからなるゲルを、本明細書では凍結解凍(FT)ゲルと呼ぶ。また、凍結解凍を繰り返した前記サイクル回数に応じて、サイクル1回で得たゲルをFT1ゲル、サイクル2回で得たゲルをFT2ゲルと呼ぶ。
【0083】
≪各試料の物性評価≫
<SEMによるゲル組織の観察>
FT4ゲルと異方性ゲルの表面の組織構造の違いをSEMにより観察した。使用装置は3Dリアルサーフェスビュー顕微鏡VE−8800(キーエンス社製)を用いた。各試料を室温で乾燥させた後、Au−Pt合金によってコーティングした。炭素テープを用いて試料をSEMの試料台に固定して、真空を引いて、観察を行った。
【0084】
図14はFT4ゲル(厚み:2mm)のSEM写真であり、
図15は異方性ゲルのSEM写真である。この異方性ゲルは、凍結速度v=0.01mm/秒、ゲル厚さ2.0mmの条件で一方向に凍結して作製した異方性ゲルである。ゲル内部によく発達した繊維構造が観察された。この繊維構造は凍結方向に概ね沿っているが、凍結速度0.02〜0.03mm/秒の条件(即ち、凝固面の高さdがほぼゼロになる条件)によって作製した別の異方性ゲルの繊維構造をSEMで別途撮像したところ、凍結方向に対してより均一に平行に揃っていることが観察された。
【0085】
上記のSEM写真等の結果から、異方性ゲルの表面及び内部には既存のFT4ゲルとは異なる繊維構造が形成されていることが確認された。FT4ゲルの表面及び内部には、個々の繊維がランダムな方向に延びたネットワークが形成されている。一方、異方性ゲルの表面及び内部には、各繊維が一方向に揃ったバンドル構造(繊維の束構造)が形成されている。また、SEM写真から、異方性ゲルが有する繊維構造の個々の太さは、マイクロメータサイズ(数μm程度)であることが分かる。この太さから、個々の繊維は単位断面積当たり100から1000個の微結晶の凝集体であると推測される。
【0086】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。