特許第6388868号(P6388868)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6388868コーティングを有するコンポーネントおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6388868
(24)【登録日】2018年8月24日
(45)【発行日】2018年9月12日
(54)【発明の名称】コーティングを有するコンポーネントおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20180903BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20180903BHJP
   B32B 18/00 20060101ALI20180903BHJP
【FI】
   C23C14/06 H
   C23C14/06 P
   C23C14/24 F
   B32B18/00 B
【請求項の数】16
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-538294(P2015-538294)
(86)(22)【出願日】2013年10月23日
(65)【公表番号】特表2016-500761(P2016-500761A)
(43)【公表日】2016年1月14日
(86)【国際出願番号】DE2013000626
(87)【国際公開番号】WO2014063677
(87)【国際公開日】20140501
【審査請求日】2016年8月24日
(31)【優先権主張番号】102012020756.5
(32)【優先日】2012年10月23日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】506292974
【氏名又は名称】マーレ インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】MAHLE International GmbH
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100099483
【弁理士】
【氏名又は名称】久野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】モニカ レーナート
(72)【発明者】
【氏名】クアト マイアー
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−532581(JP,A)
【文献】 特開平06−041722(JP,A)
【文献】 特開2001−192864(JP,A)
【文献】 特開2000−192183(JP,A)
【文献】 特開2011−052238(JP,A)
【文献】 特開2007−132423(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0038084(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B32B 18/00
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム、窒素および炭素を含有するコーティング(13)を有するコンポーネント(10)において、
前記コーティング(13)は、セラミック相(17)および炭素相(18)を備えた滑り層(16)を有しており、
前記セラミック相(17)は、Crx(C1-yy)、ただし0.8≦x≦1.2かつy>0.7からなる結晶質のセラミック相を構成し、
前記滑り層(16)は、全体的に、前記結晶質のセラミック相(17)および前記炭素相(18)交互に配置される個別層(A,B)からなる層システムを構成し、
前記炭素相(18)は、前記結晶質のセラミック相(17)によって充填される穴を有し
前記結晶質のセラミック相(17)は、連続的に形成される、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項2】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
Crx(C1-yy)からなる前記結晶質のセラミック相(17)に対して、0.9≦x≦1.1かつy>0.8が成り立つ、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項3】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記結晶質のセラミック相(17)は、その個別層(A)間に橋かけ(22)を形成する、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項4】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記結晶質のセラミック相(17)および前記炭素相(18)は、層状(41,42,43)である、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項5】
請求項4に記載のコンポーネント(10)において、
前記炭素相(18)の前記層(43)は、前記滑り層(16)の表面(19)に平行に配置されている、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項6】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)は、8〜27Atom%の全体炭素含有量を有する、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項7】
請求項6に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)は、12〜20Atom%の全体炭素含有量を有する、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項8】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)の厚さは1〜50μmである、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項9】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
各個別層(A,B)の厚さは、1.0nmと4.0nmとの間である、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項10】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)のビッカース硬度は1000HV0.05〜2000HV0.05である、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項11】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)の弾性率は100〜200GPaである、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項12】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記滑り層(16)の表面は、1μm未満の平均粗さRzを有しており、および/または、
負荷長さ率Rmr(02)は50%より大であり、および/または、
負荷長さ率Rmr(03)は70%より大である、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項13】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
前記コーティング(13)は、基体(11)の表面(12)に被着され、
前記基体(11)と前記滑り層(16)との間に、金属材料からなる付着層(14)が被着されている、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項14】
請求項13に記載のコンポーネント(10)において、
前記付着層(14)と前記滑り層(16)との間に窒化金属材料からなる中間層(15)が被着されている、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項15】
請求項1に記載のコンポーネント(10)において、
内燃機関用のコンポーネント、すなわちピストンリング、ピストンピン、カムシャフトのカム、バルブ、バルブプランジャまたはロッカーアームである、
ことを特徴とするコンポーネント(10)。
【請求項16】
コンポーネント(10)を滑り層(16)でコーティングするための方法であって、
少なくとも1つのコンポーネント(10)は、真空チャンバ(21)において、回転テーブル(28)上に配置されたスピンドル(30)に回転可能に取り付けられている、方法において、
前記滑り層(16)を作製するため、以下のパラメタで、すなわち、
材料源を少なくとも1つの金属ターゲット(24)および少なくとも1つの炭素ターゲット(25)とし、
炭素のターゲット電流に対する金属のターゲット電流の比を2〜7とし、
前記コンポーネント(10)におけるデポジット温度を350℃〜ら500℃とし、
バイアス電圧を−50V〜−150Vとし、
前記真空チャンバにおける圧力を0.2Pa〜1.0Paとし、
前記真空チャンバにおける雰囲気を、全圧に対して0.6〜1.0の窒素分圧比を有する窒素および不活性ガスとし、
前記回転テーブル(28)の回転を毎分20〜40回転とし、
前記少なくとも1つのスピンドル(30)の回転を前記回転テーブル(28)の1回転当たり5〜7回転として、
アーク蒸着によるPVD法を使用する、
ことを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロム、窒素および炭素を含有するコーティングを有するコンポーネントに関する。
【0002】
アーク蒸着を用いたPVD法によって形成される窒化クロム製のコーティングは、当業者には公知である。これらのコーティングは、例えば内燃機関用の、殊にディーゼル機関用のコンポーネントに使用される。これらのコーティングは、良好な耐摩耗性を示し、また原動機駆動時のコンポーネントにおける温度において熱的に安定している。
【0003】
内燃機関を開発する際の重要な目標は、燃料消費をさらに低減することである。このためには(別の多くの手段に加えて)内燃機関内の摩擦損失を低減する必要がある。例えば、個々の原動機コンポーネント間の摩擦を原動機動作時に最小化することが試みられるのである。
【0004】
DE 10 2008 062 220 A1には、炭化クロムおよび炭素からなるピストンリング用の2相のコーティングが開示されている。ここでは炭化クロムの割合が最大80Atom%になるようにしている。残りはグラファイトの形で別個の相をなしている。しかしながらグラファイトが容易に剥離することにより、上記のコーティングの機械的な安定性について種々の問題が発生している。
【0005】
WO 2007/115419には、PVDアーク法を用いて多相層材料をデポジットすることが記載されている。ここではこの層材料は、炭化クロムおよび炭素から、または炭窒化クロムおよび炭素から構成することができるが、有利には40Atom%よりも大きい全体炭素割合を有する。このような層は確かに摩擦が少ないが、炭素の割合が多い殊に起因して機械的に比較的不安定であり、したがってすぐに摩耗してしまうのである。
【0006】
本発明の課題は、独立請求項の上位概念に記載したコンポーネントを発展させて、そのコーティングが摩擦の低減に貢献し、その際に耐摩耗性および耐熱性が損なわれないようにすることである。
【0007】
本発明の解決手段において、上記のコーティングは、セラミック相および炭素相を備えた滑り層を有しており、このセラミック相は、Crx(C1-yy)、ただし0.8≦x≦1.2かつy>0.7からなる結晶質のセラミック相を構成し、上記のセラミック相および炭素相は、交互に配置される個別層からなる層システムを構成しており、上記の炭素相は、上記の結晶質のセラミック相によって充填される穴を有する。
【0008】
本発明はさらに、セラミック相および非晶質相を備えた滑り層でコンポーネントをコーティングする方法に関しており、少なくとも1つのコンポーネントは、真空チャンバにおいて回転テーブル上に配置されたスピンドルに回転可能に取り付けられている。本発明では、上記の滑り層は、アース蒸着によるPVD法によってデポジットされ、ここでは以下のパラメタが使用される。材料源として少なくとも1つの金属ターゲットおよび少なくとも1つの炭素ターゲットが使用され、炭素のターゲット電流に対する金属のターゲット電流の比は2ないし7である。コンポーネントにおけるデポジット温度は350℃から500℃である。バイアス電圧は−50Vから−150Vである。真空チャンバにおける圧力は0.2Paから1.0Paである。真空チャンバにおける雰囲気は、全圧に対して0.6ないし1.0の窒素分圧比を有する窒素および不活性ガスから構成される。コーティングプロセス中、上記の回転テーブルの回転は毎分20〜40回転であるのに対し、少なくとも1つのスピンドル回転は、回転テーブルの1回転当たり5〜7回転である。
【0009】
本発明によって設けられる滑り層は、複数の特徴を有する。
【0010】
多相の滑り層は、層構造体の形態または多結晶混合物の形態で存在し得る。一般的には炭素(またはそのBiカルコゲニド)が上記の滑り層の複数の相のうちの1つとして選択される。低い摩擦係数も高い機械的安定性も共に要求される滑り基体に対し、つぎのような問題が発生する。
【0011】
炭素およびセラミック材料からなる層構造体を選択する場合、使用時には剪断強さの小さい方の材料がつねに表面になる。それは上記のセラミック相が摩擦接触で取り去られるからである。このことにより、数多くの応用に対して機械特性が不十分になり、これは、炭素およびセラミック材料からなる上記の層構造体の摩擦抵抗が、純粋な炭素層の摩擦抵抗よりも小さいということにもなり得る。摩擦係数の小さい層材料という目標は確かに達成されるが、良好な機械的特性という目標は達成されないのである。
【0012】
炭素およびセラミック材料からなる多結晶混合物を選択する場合、2つの相の割合がそれぞれ40〜60Atom%であれば、結果的に得られる滑り層を2つの相から均一に構成することができる。この均一な滑り層材料では、例えば粘性のような機械的特性は実質的に、重い方のパートナによって決定されるのに対し、硬度は中間硬度になる。炭素は極めて脆いため、これらの層によって十分なアブレシブ摩擦を得ることはできない。
【0013】
しかしながら結果的に得られる上記の滑り層は、組み込み物を有するマトリクスの形態で構成することもできる。この構造は、上で示した範囲外の相割合において得られる。セラミック相の割合が40Atom%未満の場合、セラミック粒子が組み込まれた炭素マトリクスが得られる。上記のセラミック相の割合が60Atom%を上回る場合、炭素粒子が組み込まれたセラミックマトリクスが得られる。滑り層に対してはセラミックマトリクスを有する構造だけが適している。この際に判明したのは、10Atom%を上回る炭素割合では、滑り層の粘性が大きく低下することである。この組成および形態においては、摩擦係数はおおよそ炭素の体積パーセントだけ低減される。このような小さな利得では、摩擦の少ない層とはいう目標は達成されないのである。
【0014】
本発明による滑り層の新たな構造の特徴は、上記の炭素相の個別層が穴を有しているため、個別層の構造がパンチングメタルプレートに類似していることである。これらに穴に結晶質のセラミック材料が充填される。炭素相の個別層のこの異方性の構造により、摩擦接触において、大部分が炭素によって覆われている表面が得られる。同時にこの結晶質のセラミック材料により、本発明にしたがって設けられる滑り層の粘性および硬度に対して良好な値が保証される。
【0015】
すなわち本発明による滑り層は、機械的安定性が高いと同時に摩擦係数が低いという特徴を有するのである。
【0016】
2つの相には実質的に水素が存在しない。これにより、本発明にしたがって設けられる滑り層の熱安定性が高くなる。
【0017】
有利な発展形態は従属請求項に記載されている。
【0018】
Crx(C1-yy)からなる結晶質セラミックマトリクスに対して有利には、0.9≦x≦1.1かつy>0.8が成り立つ。
【0019】
上記の結晶質セラミック相はその個別相間に、上記の結晶質セラミック相の個別相を互いに接続する橋かけを形成する。これにより、上記の滑り層の機械的安定性がさらに改善される。
【0020】
有利な発展形態では、上記の結晶質セラミック相および炭素相は層状になっている。この際にこの炭素相は、上記の層が滑り層の表面に対して実質的に平行に配置される構造を有し得る。これにより、摩擦係数がさらに低減される。
【0021】
上記の滑り層は有利には8〜27Atom%の、殊に有利には12〜20Atom%の全体炭素含有量を有している。炭素含有量が少なすぎると、摩擦係数が少なくなりすぎる。炭素含有量が多すぎると、本発明によるコンポーネントの滑り層の機械的安定性が損なわれる。
【0022】
上記の滑り層の厚さは、1〜50μmであり、有利には10〜30μmである。本発明によるコンポーネントの滑り層の内部応力が比較的小さいため、この比較的大きな厚さが可能である。個別層の厚さは有利には1.0nmから4.0nmである。
【0023】
上記の滑り層のビッカース硬度は有利には2000〜3000HV0.05であり、および/または、この滑り層の弾性率は200〜300GPaである。これはその耐摩耗性を最適化するためである。
【0024】
上記の滑り層は有利には1μm未満の平均粗さRzを有しており、および/または、50%より大きい負荷長さ率Rmr(02)を有しており、および/または、70%より大きい負荷長さ率Rmr(03)を有する。上記のセラミック相は比較的硬いため、滑り層の表面は、可能な限りに小さい不規則性を有するようにする。この不規則性は、トライボロジカルシステムにおいて対向ボディにすり減らし作用を及ぼし得るものである。負荷長さ率Rmrの定義および規定はDIN EN ISO 4287規格に定められている。
【0025】
上記のコンポーネントの基体は、例えば、鋳鉄または鋼から構成することできる。
【0026】
上記の基体と滑り層との間には有利には、金属材料からなる付着層が設けられている。この付着層は、金属または金属合金、例えばモリブデン、クロム、チタン、タングステンまたはクロム・アルミニウム合金から構成される。この付着層は、基体上における後続の複数の層の付着を最適化するために使用される。
【0027】
上記の付着層と滑り層との間には有利には、窒化金属材料、例えば窒化クロム、窒化モリブデン、窒化チタンまたは窒化クロムアルミニウムからなる中間層が設けられている。この中間層は、拡散阻止層として機能し、炭素が上記の付着層に拡散するのを阻止する。炭素が付着層に拡散すると、2つの層の境界ゾーンに脆い金属炭化物が形成されることになる。これは、結果的に機械的な不安定性を生じることになる。
【0028】
上記の付着層および中間層は有利には、それぞれ0.5μm〜4μmの厚さを有する。これらの厚さは極めて十分なものであり、本発明によるコンポーネントの最終的な重量が大きくなりすぎることが回避される。
【0029】
本発明によるコンポーネントは有利には、内燃機関用のコンポーネントであり、例えばピストンリング、ピストンピン、カムシャフトのカム、バルブ、バルブプランジャまたはロッカーアームである。
【0030】
以下では添付の図面に基づいて本発明を詳しく説明する。図は、縮尺通りでない概略図である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明によってコーティングされたコンポーネントの実施例を示す断面図である。
図2図1のコンポーネントの滑り層を示す斜視図である。
図3図1に示したコンポーネントをコーティングするための装置の実施例を示す図である。
図4】本発明にしたがってコーティングされたコンポーネントおよび比較コンポーネントにおける摩耗テストの結果を示す棒グラフである。
【0032】
図1および2には、例えばピストンリング、ピストンピン、カムシャフトのカム、バルブ、バルブプランジャまたはロッカーアームのような、本発明にしたがってコーティングした内燃機関用のコンポーネントが略示されている。コンポーネント10は、表面12がコーティングされた基体11を有する。基体11は一般的に鋼または鋳鉄からなる。表面12は、コーティングの前、公知のように窒化させることができる。コーティング13を作製するため、この実施例では公知のように、例えばPVD法を用いて、クロム製の付着層14を表面12に被着する。付着層14の上には、この実施例では例えば窒化クロムからなる中間層15を載置する。この中間層も公知のようにPVD法によって作製することができる。
【0033】
本発明では中間層15上に滑り層16を被着する。この滑り層16は結晶質のセラミック相17と炭素相18とを有する。この結晶質のセラミック相17は、炭窒化クロムCrx(C1-yy)からなり、ここで0.8≦x≦1.2かつy>0.7である。炭素相18は、少なくとも部分的にグラファイトからなり、その格子面は、滑り層16の表面19に対して平行に配置されている。結晶質のセラミック相17および炭素相18は、交互に配置されるの層A,Bになっており、層Aは、結晶質のセラミック相17によって構成されており、層Bは、炭素相18によって構成されている。各層A,Bは0.5μmと4.0μmとの間の厚さを有する。炭素相18から構成される層Bは、滑り層16の表面19である。
【0034】
コーティング13を、殊に滑り層16を作製するため、アーク蒸着によるPVD法を使用する。図3には、この方法を実行するのに使用可能なコーティング装置20が略示されている。このコーティング装置の構造を以下、説明する。
【0035】
図3に示したコーティング装置20は、ガスインレット開口部22および排気開口部23を備えた真空チャンバ21を有する。真空チャンバ21の壁部には電気加熱装置32が取り付けられている。真空チャンバ21それ自体はアース電位にある。
【0036】
真空チャンバ21には2つのターゲット24,25が配置されている。第1ターゲット24は金属のクロムから構成されており、またアークを形成するために電流源26のカソードに接続されている。第2ターゲット25は、グラファイトの形態の炭素から構成されており、同様にアークを形成するために電流源27のカソードに接続されている。ターゲット24,25は、これらが、コーティングすべきコンポーネントの基体11の、コーティングすべき表面12から同じ間隔だけ離れるように配置されている。真空チャンバ21が相応のサイズを有する場合、1つずつの個別のターゲット24,25の代わりに複数のターゲットからなるグループを設けることができ、ここでは空間的な配置を構成して、ターゲットから放出されるイオン流が空間的に十分に均一になるようにする。
【0037】
矢印Aのように回転可能な回転テーブル28は、真空チャンバ21の中央に配置されており、バイアス電圧を形成するための電流源29に電気接続されている。回転テーブル28は、その中心点の周りに円形に配置されている複数のスピンドル30を有する。スピンドル30にはコーティングすべき基体11が固定される。これらのスピンドル30は回転可能に支承されており、回転テーブル28により、その内部に設けられている遊星ギア31を介して駆動される。この遊星ギアの変速比は5ないし7である。
【0038】
以下では、アーク蒸着を用いたPVDコーティング法の原理を説明する。
【0039】
コーティングすべき基体11をスピンドル30に取り付けた後、真空チャンバ21を閉じ、排気開口部23を通してガスをポンプで排気することによって真空チャンバ21内の圧力を0.03Pa以下に低減する。同時に加熱装置32を動作させる。加熱装置32により、ガス抜きが行われる。すなわち、真空チャンバ21の内壁およびコーティングすべき基体11に吸収されているガスを遊離させるのである。ポンプによる排気およびベークアウトの後、回転テーブル28を回転させ、一般的にはアルゴンである希ガスをガスインレット開口部22を通して真空チャンバに入れる。ここでクロム製のターゲット24を動作させる。−800〜−1200ボルトの負のバイアス電圧を電流源を介して印加する。ターゲット24から放出されるクロムイオンそれ自体がアルゴンガスをイオン化する。この高いバイアス電圧により、このイオンは大きく加速され、大きな運動エネルギで基体11に当たり、基体11の表面12から、一般的に酸化物からなる最上位の原子層を打ち出す。これにより、基体11のコーティングすべき表面12のクリーニングが、イオン打ち込みによって行われる。このプロセスはイオンエッチングとも称される。
【0040】
つぎに上記のバイアス電圧を低い電圧に設定し、アルゴン圧力をやや高め、クロム製のターゲット24に対する電流供給を増大させる。これらの条件下では、基体11のクリーニングした表面12上に、上記の打ち込みによってエッチング除去されるものよりも多くのクロムイオンがデポジットされる。これらの残ったクロムイオンが、付着層14としての金属製のクロム層を構成するのである。
【0041】
少し時間をおいた後、クロム製のターゲット24に一定の電流を供給し、さらに低いバイアス電圧において上記のアルゴンを窒素によって置き換える。窒素は、反応性のガスである。チャンバ内で燃焼しているプラズマ内には窒素分子のN・N接合が解離する。自由になった窒素原子はクロムイオンと反応する。この反応生成物が、窒化クロムの形態で中間層15として付着層14の表面にデポジットされる。
【0042】
形成すべき滑り層が、窒化クロムからなる中間層15に良好に付着することを保証するため、つぎのステップでは上で示した条件下でイオン打ち込みによる中間エッチングを実行する。
【0043】
その後、滑り層16をデポジットする。このために窒素およびアルゴンを真空チャンバ21に入れて、クロム製のターゲット24も炭素製のターゲット25も共に動作させる。上記のバイアス電圧をわずかに上げる。
【0044】
回転テーブル28を毎分20〜40回転で高速回転させる。これは、上記の個別層A,Bの層厚を小さくするために必要である。これらの個別層が厚すぎると、個別層Aを結合する橋かけを上記の結晶質セラミック相から形成することができない。
【0045】
本発明による全体炭素含有量を調整するためには、炭素製のターゲット25用カソード電流に対する、クロム製のターゲット24用カソード電流の比が重要である。この比は、2〜7であり、有利には3〜5である。
【0046】
セラミック相17の組成は実質的に窒素分圧によって制御される。窒素分圧が高いと、結晶質のセラミック相17における窒素含有量が多くなる。全圧に対する窒素分圧の比は、0.6ないしは1.0になるように、有利には0.7ないし0.9になるようにする。
【0047】
滑り層16のデポジットをアルゴンではなくネオンで行うことも可能である。ネオンは、アルゴンよりも原子量が小さい。これにより、「リスパッタリング」として公知の作用が生じる。「リスパッタリング」とは、デポジットすべき層に、その発生時につねに不活性ガスイオンが打ち込まれ、この不活性ガスイオンにより、層粒子の一部が、殊に結び付きの弱い粒子の一部が再度取り去られることである。スパッタリングレートは、不活性ガスイオンの質量に依存する。軽いネオンイオンは、炭素に比べて高いスパッタリングレートを有し、またクロムないしは炭窒化クロムに比べて低いスパッタリングレートを有する。これに対してより重いアルゴンイオンによりこれらの状況は逆転する。したがって不活性ガスとしてネオンを用いれば、クロムないしは炭窒化クロムのリスパッタリングに比べて炭素のリスパッタリングを増大させることができ、これによって取り込まれる炭素粒子の量の割合を低減することができる。さらにネオンが取り込まれる場合には、アルゴンが取り込まれる場合によりも内部応力が小さくなる。
【0048】
滑り層16は、適切なデポジット条件下では中程度の内部応力を有しており、したがって50μmまでの厚さを有する層にデポジットすることができる。
【0049】
所望の層厚が得られた場合、上記の電流、加熱およびガス供給を中止し、真空チャンバ21を内容物と共に冷却することができる。その後、真空チャンバ21を開いて、コーティングされたコンポーネント10を取り出すことができる。
【0050】
アーク蒸着によるPVDコーティングにおいて一般的であるように、滑り層16の表面は、デポジット状態において、トライボロジカルな適用に適していない比較高い粗度を有している。このため、最後にフィニシングプロセスを実行する。このフィニシングプロセスは、コンポーネント10の幾何学形状に応じて、研磨、ホーニング、ラッピング、ポリッシュまたはこれらの方法の組み合わせで行うことができる。重要であるのは、高い接触面積比を有する平坦な表面を形成することである。
【0051】
以下では本発明の一実施例を説明する。
【0052】
ここでは窒化鋼からなりかつ台形の断面を有するピストンリングを使用する。このようなピストンリングおよびその製造方法はそれ自体、例えばWO 2005/121609 A1から公知である。そのコーティングの前、ピストンリングは水を用いた方法において入念にクリーニングされて乾燥される。その後、ピストンリングはシリンダ形状の積層体に配置され、補助装置に固定され、スピンドル30として回転テーブル28の相応の個所にはめ込まれる。
【0053】
回転テーブル28は、真空チャンバ21に運び込まれ、つぎにこの真空チャンバ21が閉じられる。その後、真空チャンバ21は、最大で0.03Paの到達圧力まで真空化され、420℃の温度に加熱される。これには90ないし120分要する。加熱温度が低すぎると、上記のガス抜きが不十分になる。加熱温度が高すぎると、ピストンリングが変形することがある。
【0054】
上記の温度は、滑り層16のデポジットが開始されるまで保持される。
【0055】
上記の第1イオンエッチングは、−900ボルトのバイアス電圧および0.08Paのアルゴン圧力において行われる。クロム製のターゲット24は、断続的に12分の全体時間にわたって動作され、すなわち、90Aの全体電流で30秒間の間動作され、これに30秒の休止が続く。この比較的少ないアノード電流およびこの休止により、ピストンリングの過熱が回避される。このような過熱により、ピストンリングが変形するだけでなく、表面近傍の縁部ゾーンの脱窒も行われ、これは後続のクロム製の付着層14の付着性を低下させることになる。バイアス電圧が高すぎると、ピストンリングは過熱することになる。逆にバイアス電圧が低すぎると、満足の行くクリーニング結果は得られないことになる。
【0056】
さらにクロム製の付着層14は、2Paのアルゴン圧力、−50ボルトのバイアス電圧および480Aのアノード電流下でデポジットされる。60分内に約1.5μmの厚さを有する付着層14が得られる。
【0057】
引き続いて、同じ条件下であるがアルゴンの代わりに2Paの窒素圧の下で窒化クロム製の中間層15を形成する。90分内に、約3μmの厚さを有する中間層15が得られる。中間層15は、殊に拡散阻止層として機能とする。滑り層16が、クロム製の金属付着層14に直接デポジットされる場合、炭素がクロム層に拡散侵入することになる。境界ゾーンには、付着の問題に結び付き得る炭化クロムが形成され得る。窒化クロム製の中間層15は、上記のような拡散を阻止し、またその上に載置される滑り層16の、良好かつ機械的な負荷に耐え得る付着を可能にするのである。
【0058】
上記の付着のさらなる改善は、窒化クロム製の中間層15のデポジットに新たなイオンエッチングを続くことによって得られる。このイオンエッチングは、上で説明したのと同じ条件下で実行される。このイオンエッチングにより、表面にルーズにしか載置されておらず、したがって上記の付着を損ない得る窒化クロム粒子が除去される。
【0059】
滑り層16をデポジットするため、クロム製のターゲット24に加えて、炭素製のターゲット25も動作させる。ここでは以下の条件を設定する。すなわち、
クロムターゲット用の全体アノード電流: 600A
炭素ターゲット用の全体カソード電流: 150A
バイアス電圧: −150V
全圧: 0.4Pa
窒素分圧およびアルゴン分圧の比 0.8
回転テーブルの回転速度 30回転/分
コーティングすべきコンポーネントの温度 470℃
を設定する。
7時間で約20μmの厚さを有する滑り層16がデポジットされる。
【0060】
本発明による滑り層16のビッカース硬度HV0.05の測定を公知のように実行し、1600HV0.05の値が得られた。それ自体公知の負荷押し込み法を用いて本発明による滑り層16の弾性率を求めた。ここでは150GPaの値が得られた。
【0061】
上記のピストンリングの最終加工は、ホーニングおよびラッピングの組み合わせで行われる。ホーニングのためには、粒度500を有するコランダム紙やすりを使用する。その後には0.5μm粒径のダイヤモンドペーストによるラッピングが続く。
【0062】
DIN EN ISO 4287による表面性状の評価により、0.08の平均粗さRzと、負荷長さ率Rmr 02に対して62%の値および負荷長さ率Rmr 03に対して89%の値とが得られた。
【0063】
高分解能の透過型電子顕微鏡を用いて上記の層構造体を検査した。滑り層16の明視野像において、全体にわたる複数の層の列が識別され、CrCN層は炭素層と交互に配置されており、個別層の列ABABが構成される。上記の層構造には、炭素含有量のさらなる変動が重ね合わせされているため、滑り層16は、炭素含有量の多いCrCN層と、炭素含有量の少ないCrCN層とを有する。一層詳しく観察すると、上記の炭素層が、個々の炭素粒子と、小さなCrCN結晶とから構成されているように見えることがわかる。しかしながらこれは断面研磨の画像であるため、上記の炭素粒子は、小さなCrCN結晶が混じり合っている炭素層の画像である。同じ領域における滑り層16の炭素ないしはグラファイトに対する暗視像により、ここでもCrCN層と炭素層とが示される。ここでも炭素層は、炭素含有量の少ない複数のゾーンによって中断されている炭素粒子として撮像された。炭素含有量の少ないこれらのゾーンは、クロム濃度が高い領域であり、すなわち小さいCrCN結晶である。
【0064】
比較テストにおいて比較例として、従来の窒化クロム層を有しかつ上記の実施例と類似に作製されたピストンリングを使用した。窒化鋼からなるピストンリングを上で説明したようにクリーニングし、真空チャンバ21に入れ、エッチングし、クロム製の付着層を塗布した。上記の実施例と同じ条件下で窒化クロム層をデポジットした。コーティング時間だけを10時間に延長した。ここでは20μmの厚さおよび約1200HV0.05のビッカース硬度を有する窒化クロム層が得られた。ホーニングおよびラッピングを用いてこの層を上と類似に最終加工した。
【0065】
上記の実施例ないしは比較例によるピストンリングの耐摩耗性を測定するため、反転する滑り摩耗を形成するそれ自体公知のトライボメータを使用した。検査部分として、図1に示したように、本発明にしたがって滑り層をコーティングしたピストンリングのセグメントと、比較例にしたがってコーティングしたピストンリングとを使用した。対向ボディとして、対応してホーニングした、層状の鋳鉄からなるシリンダのセグメントを使用した。この検査装置により、シリンダにおけるピストンリングの運動をシミュレーションし、殊に上側の反転点の、摩耗に関連する領域における運動をシミュレーションした。これに相応して検査条件を選択して、機関動作においてピストンリングに加わるガス圧力に相応して、運動が緩慢でありかつ潤滑油供給が極めて少ない状況において高い負荷が作用し、ひいては検査装置に高い表面圧力が作用するようにした。この検査条件は、詳細にはつぎのようであった。すなわち、
テスト持続時間: 12時間
負荷: 1,200N
表面圧力: 57N/mm2
ストローク: 4mm
速度: 1.33m/分
周波数: 5Hz
潤滑油の供給: 2時間毎に0.036g
オイル: エンジンオイル5W40
温度: 20℃
であった。
【0066】
この摩耗テスト中には、発生する摩擦力を測定し、ここから摩擦係数を計算した。このテストの後、ピストンリングおよび対向ボディにおける摩耗深さを評価した。これらは、部分的には極めて小さいため、プロフィール深さを求めるために白色光干渉計を使用した。
【0067】
測定結果を評価する際には、従来技術による比較例として、またはデータを正規化するための基準として窒化クロム・層状鋳鉄の対を使用した。結果とした得られた図4には、棒状グラフで摩耗および摩擦の値の比較が示されている。ここからわかるのは、本発明による滑り層16が、従来の窒化クロム層と比べて、やや改善された耐摩耗性と、格段に低減された摩擦係数を有することである。
図1
図2
図3
図4