【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.(1)ウェブサイトの掲載日 2014年(平成26年)10月19日 (2)ウェブサイトのアドレス http://icaleo2014.conferencespot.org/table−of−contents (3)公開者 山口拓人、萩野秀樹、中平敦 (4)公開の内容 山口拓人、萩野秀樹、中平敦が、上記アドレスのウェブサイトで公開された「Surface Hardening of Titanium byLaser Surface Alloying UsingPolyvinyl Alcohol Film (P103)」にて、山口拓人、萩野秀樹が発明した「表面改質基材の製造方法」について公開した。 2.(1)開催日 2014年(平成26年)10月21日 (2)集会名、開催場所 ICALEO2014(International Congress on Applications of Lasers and Electro−Optics)シェラトン サンディエゴ ホテル アンド マリーナ アメリカ合衆国 サンディエゴ シーエー92101 ハーバーアイランドドライブ1380 (3)公開者 山口拓人、萩野秀樹、中平敦 (4)公開の内容 山口拓人、萩野秀樹、中平敦が、ICALEO2014にて山口拓人、萩野秀樹が発明した表面改質基材の製造方法に係る内容である「Surface Hardening of Titanium by Laser Surface Alloying Using Polyvinyl Alcohol Film(P103)」について公開した。
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記樹脂層は、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリビニルエステル系樹脂、アクリル系樹脂、芳香族ビニル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリスルホン系樹脂、フッ素系樹脂、塩素系樹脂、及びシリコーン系樹脂からなる群より選択される少なくとも1種の樹脂で構成される、請求項1に記載の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら、実施形態の一例について詳細に説明する。
実施形態の一例である表面改質基材の製造方法(表面改質プロセス)は、金属製基材の表面にレーザ光を透過する樹脂層を設け、当該樹脂層を通して基材表面にレーザ光を照射するものである。これにより、基材表面を溶融させると共に、基材の熱により樹脂層を熱分解させる。つまり、本製造方法では、基材表面にレーザ光を照射して当該表面を選択的に加熱し、加熱された基材によって樹脂層が加熱されて熱分解する。そして、樹脂層の分解成分がアロイング元素として作用し、溶融状態にある基材の金属と化合物を形成する。即ち、基材表面には、樹脂層の分解成分(例えば、炭素)と基材を構成する金属とが複合化して改質層(例えば、金属炭化物を主成分とする被膜)が形成される。
【0010】
従来の粉末プロセスではレーザ照射により粉末が飛散するという課題があるが、実施形態の一例である表面改質プロセスでは、アロイング材料である樹脂層がレーザ光を透過するため、レーザ光の照射によりアロイング材料が飛散することがない。また、本プロセスでは、表面改質を行う領域に、例えば樹脂をコーティングして樹脂層を設けることができるため、基材表面に粉末を供給する粉末プロセスと比べて、基材表面にアロイング材料を均一に供給することができる。したがって、従来の粉末プロセスを用いた場合よりも均一な改質層を形成でき、目的とする改質層を再現性良く安定に形成できる。
【0011】
実施形態の一例である表面改質プロセスは、不活性ガス雰囲気又は真空中でレーザ照射工程を行ってもよい。但し、不活性ガス雰囲気又は真空中でレーザ照射等の工程を行う場合、基材を密閉性の高いチャンバー内に配置する必要があり、チャンバーの窓を通してレーザ光をチャンバー内の基材に照射する。このため、処理可能な基材の寸法、形状等に制限を受け易く、また雰囲気の制御が必要である。したがって、大気雰囲気下において、樹脂層が設けられた基材の表面にレーザ光を照射することが好適である。レーザ光の照射による表面改質は、樹脂層に覆われた基材表面で行われ、樹脂層が大気を遮断するため、大気中でレーザ照射した場合の弊害(例えば、クラックの発生)が防止される。以下では、全ての工程を大気雰囲気下で行うものとして説明する。
【0012】
従来のレーザ表面改質法の1つとして、アロイング元素をガスで供給するガスプロセスが知られている。例えば、特開平10−72656号公報には、窒素ガスで満たされたチャンバー内にチタン製の基材を配置し、基材表面にレーザ光を照射して窒化物層を形成することが開示されている。なお、窒素ガスの代わりにメタンガス等の炭化水素系ガスを用いれば、基材表面に炭化物層を形成することができる。かかるガスプロセスは、チャンバーが不可欠であるため、大型部品の表面改質には不向きであり、チャンバーの窓が汚染されてレーザ光の照射効率が悪くなる、さらには汚れの付着した窓がレーザ光を吸収して発熱し割損するという課題もある。また、メタンガス等を用いた場合には、安全性の面でも課題がある。実施形態の一例である表面改質プロセスを大気雰囲気下で行った場合は、チャンバーが不要であるから、簡便且つ安価であり、大型部品の表面改質も容易に行うことができる。
【0013】
図1は、実施形態の一例である表面改質基材10の製造工程を示す図である。表面改質基材10は、樹脂層20を介したレーザ光αの照射により表面が改質された基材であって、詳しくは後述するように母材領域15に比べて硬度、耐摩耗性等の物性が大幅に向上した改質表面(改質層12)を有する。基材10zは表面改質される前の基材を意味する。表面改質基材10は、例えば耐摩耗性を必要とする機械部品、金型、工具等に好適であるが、その用途は特に限定されない。
【0014】
図1に例示するように、表面改質基材10の製造工程(以下、「表面改質工程P」という)は、基材10zの表面11zに樹脂層20を設ける工程と、樹脂層20を通して基材10zの表面11zにレーザ光αを照射する工程とを備える(
図1(a)〜(c)参照)。樹脂層20は、レーザ光αを透過する層であって、樹脂を主成分として構成される。樹脂層20は、例えばレーザ光αの透過性を損なわない範囲で樹脂成分以外の成分を含んでいてもよいが、好ましくは樹脂成分のみで構成される。以下では、樹脂層20を設ける工程を「第1工程又は樹脂層形成工程」、レーザ光αを照射する工程を「第2工程又はレーザ照射工程」という。第2工程は、樹脂層20を介したレーザ光αの照射により、基材10zの表面11zを溶融させると共に、基材10zの熱により樹脂層20を熱分解させる工程である。
【0015】
図1に示す例では、レーザ光αの照射後に樹脂層20を取り除く工程が設けられている(
図1(d)参照)。樹脂層20は、例えば表面改質基材10から剥離除去することができる。或いは、樹脂層20を溶解する溶剤等を用いて樹脂層20を除去してもよい。なお、表面改質基材10の用途によっては樹脂層20の除去が不要な場合もある。樹脂層20は、例えば表面改質基材10が使用される過程で徐々に取り除かれてもよい。
【0016】
表面改質工程Pに適用可能な基材10zは、金属製の基材であって、例えば少なくとも表面11zが樹脂層20の分解成分と結合して化合物を形成する金属を主成分として構成される。基材10zは、異種金属の積層構造であってもよいが、以下では基材10zの全体が同一組成で構成されているものとして説明する。基材10zを構成する金属成分としては、鉄(Fe)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、モリブデンn(Mo)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)などが例示できる。基材10zには、炭化物の生成傾向が強い金属成分が含まれていることが好ましい。例えば、Ti製の基材10zを用いた場合は、樹脂層20の分解成分である炭素(C)とTiが結合して、基材表面に炭化チタン(TiC)の層が形成される。なお、基材10zの形状、寸法等は特に限定されない。基材10zの表面11zは、平坦なものに限定されず、例えば湾曲していてもよく、凹凸を有していてもよい。
【0017】
図1(a)に示すように、第1工程では、基材10zの表面11zに樹脂層20が設けられる。樹脂層20は、基材10zの表面11zのうち、少なくともレーザ光αの照射により表面改質される領域(改質予定領域)に設けられる。樹脂層20は、改質予定領域以外に設けられてもよく、例えば改質予定領域が表面11zの一部である場合に表面11zの全域に設けてもよい。第1工程では、基材10zの表面11zに樹脂基板又は樹脂フィルムを配置し、当該樹脂フィルム等を樹脂層20としてもよい。予め作成された樹脂フィルム等を用いて樹脂層20を設ける場合は、樹脂フィルム等を表面11zに押し付けて表面11zと密着させることが好ましい。詳しくは後述するように、コーティングプロセスにより樹脂層20を設けることが特に好適である。
【0018】
樹脂層20は、第2工程で使用されるレーザ光αを透過する層であって、レーザ光αを吸収して発熱した基材10zにより加熱されて熱分解する。樹脂層20の分解成分は、上述のようにアロイング元素として作用し、基材10zを構成する金属と結合して化合物を形成する。即ち、樹脂層20はアロイング元素の供給源となる。樹脂層20は、例えば熱分解により炭素又は炭素を含む反応性ガスを発生させる。また、樹脂層20は大気を遮断して基材10zの表面11zが大気に曝されることを防止する役割を果たす。樹脂層20は、チャンバーのように機能し、大気中でレーザ光αを照射した場合の弊害、例えば、クラックの発生等を防止する。
【0019】
樹脂層20は、レーザ光αの透過率が基材10zよりも高く、レーザ光αの吸収による発熱量よりも発熱した基材10zからの間接的な加熱による発熱量が大きいことが好適である。樹脂層20がレーザ光αの吸収により発熱すると、基材10zに照射されるレーザ光αの光量が減少するため照射効率が低下し、また樹脂層20が基材10zの表面11zから離れた部分で熱分解して表面11zに十分なアロイング元素を供給できない場合がある。樹脂層20のレーザ光αの透過率は、高いほど好ましく、少なくとも50%以上であり、より好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上である。樹脂層20の透過率は、分光光度計を用いて測定することができる。樹脂層20の厚みは、レーザ光αの透過性、大気成分の遮断性、アロイング元素の供給量等を考慮して決定され、例えば1μm〜1000μmであり、好ましくは100μm〜500μmである。
【0020】
樹脂層20は、例えばポリビニルアルコール系樹脂(PVA)、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、環状ポリオレフィン等のポリオレフィン系樹脂、ポリ酢酸ビニル等のポリビニルエステル系樹脂、ポリメチルメタクリレート等のポリメタアクリル酸エステル、ポリアクリル酸エステル等のアクリル系樹脂、ポリスチレン等の芳香族ビニル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等のフッ素系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン等の塩素系樹脂、及びシリコーン系樹脂からなる群より選択される少なくとも1種の樹脂で構成される。樹脂層20を構成する樹脂は、熱可塑性樹脂、硬化性樹脂のいずれであってもよい。硬化性樹脂は、熱硬化型、紫外線硬化型、又は2液硬化型のいずれであってもよい。
【0021】
上記ポリビニルアルコール系樹脂(PVA)としては、例えばクラレ社製クラレポバールPVA235、クラレポバールPVA117、日本合成化学社製ゴーセノールKH20等のポリビニルアルコール、日本合成化学社製ゴーセファイマーZ200等のアセトアセチル化ポリビニルアルコール、積水化学社製エスレックKXシリーズ等の水系ポリビニルアセタールなどが挙げられる。PVAからなる樹脂層20(厚み:100μm)のレーザ光αの透過率は、例えば約90%である。
【0022】
第1工程では、基材10zの表面11zに樹脂をコーティングして樹脂層20を形成することが好適である。コーティングプロセスを適用することにより、表面11zに対して良好な密着性を有する樹脂層20を形成することができ、第2工程等において樹脂層20が剥がれ難く、また表面11zと樹脂層20の間に気泡が浸入することを抑制し易くなる。樹脂のコーティングは、従来公知の方法により行うことができる。
【0023】
樹脂層20は、基材10zの表面11zに樹脂を塗布し、塗膜を乾燥又は硬化させて形成することができる。例えば、樹脂を溶媒に溶解して樹脂溶液を作成し、当該溶液を表面11zに塗布した後、塗膜中の溶媒を揮発除去させることにより樹脂層20を形成する。PVAを用いる場合は、PVA水溶液を作成し、当該水溶液を表面11zに塗布して樹脂層20を形成する。樹脂溶液の代わりに樹脂が分散したエマルジョンを用いることもできる。また、硬化性樹脂を用いる場合は、未硬化成分を表面11zに塗布した後、塗膜を硬化させて樹脂層20を形成することができる。
【0024】
図1(b)に示すように、第2工程では、樹脂層20を通して基材10zの表面11zにレーザ光αを照射し、基材10zの表面11zを溶融させる。そして、
図1(c)に示すように、基材10zの熱により樹脂層20が加熱されて熱分解する。即ち、第2工程では、基材10zの表面11zを溶融させるエネルギーを持ったレーザ光αを、樹脂層20を通して表面11zに照射する。レーザ光αが照射された表面11z及びその近傍には基材10zを構成する金属が溶融した溶融領域12zが形成され、例えば樹脂層20のうち溶融領域12zに接する近接領域21が加熱されて熱分解する。一般的には、レーザ光αの出力を高くする又は照射時間を長くするほど、深くまで溶融領域12zを形成できる。第2工程では、樹脂層20の分解成分が溶融状態にある基材10zの金属と結合して改質層12が形成される。
【0025】
樹脂層20の主な分解成分には炭素(C)が含まれるから、改質層12には金属炭化物が含まれる。樹脂層20の分解成分は、層を構成する樹脂に応じて変化し、例えばC以外に、酸素(O)、窒素(N)、硫黄(S)、フッ素(F)、塩素(Cl)、ケイ素(Si)などが含まれる場合がある。例えば、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂等のNを含有する樹脂を用いて樹脂層20を構成することにより、金属窒化物を含む改質層12を形成することが可能である。また、ポリスルホン系樹脂等のSを含有する樹脂を用いて樹脂層20を構成すると、金属硫化物を含む改質層12を形成することが可能である。このように、表面改質工程Pによれば、樹脂層20の組成を変更することにより改質層12の組成を変更することができる。
【0026】
第2工程で使用されるレーザ装置としては、基材10zの表面11zを溶融させることが可能な装置であれば特に限定されず、例えばピーク発振波長が可視光域から近赤外域(500nm〜1200nm)にあるレーザ光αを出力可能な装置が用いられる。ピーク発信波長が当該範囲内であれば、レーザ光αが樹脂層20に吸収され難く、基材10zに対する照射効率が向上する。第2工程に適用可能なレーザ装置の具体例としては、Ybファイバーレーザ、Ybディスクレーザ(ピーク発振波長:1000nm〜1100nm)、Nd:YAGレーザ(ピーク発振波長:1064nm)、アルゴンレーザ、AlGaAs系半導体レーザ、InGaAs系半導体レーザ等の高出力半導体レーザなどが挙げられる。
【0027】
第2工程では、基材10zの改質予定領域に対してレーザ光αを走査する。レーザ光αの走査は、例えばガルバノスキャナ―を用いて行うことができる。また、基材10zをXYテーブル等に設置し、レーザ光αの照射スポットに対して基材10zを移動させてもよい。レーザ光αの出力、波長、照射時間(走査速度)等の照射条件により、改質層12の厚み、組成等を調整することができる。一般的には、レーザ光αの出力が高く、照射時間が長いほど、改質層12の厚みが増加する。
【0028】
第2工程におけるレーザ光αの照射条件の一例は、下記の通りである。
レーザ装置:Ybファーバーレーザ
ピーク発振波長:1070nm
発振モード:CW
出力:40W
照射スポット径:30μm
走査速度:100〜250mm/s
【0029】
図2は、表面改質工程Pにより得られた表面改質基材10を模式的に示す断面図である。
図2に例示するように、表面改質基材10は、表面11から所定の深さ範囲に形成された改質層12を有する。改質層12は、レーザ光αの照射により樹脂層20の分解成分と基材10zを構成する金属が複合化して形成されたレーザアロイ領域である。詳しくは後述するように、特に第1領域13の硬度、摩擦特性等の物性は、レーザ光αが照射されていない領域である母材領域15(表面改質されていない領域)の物性と比べて大きく向上している。第1領域13は、例えば表面11から深さの浅い範囲、例えば表面からの深さが0.5μm〜5μmの範囲に形成される。なお、表面改質工程Pにより形成される改質層12は顕微鏡画像により明確に確認できなくてもよく、改質層12と母材領域15との境界、また第1領域13と第2領域14との境界が明確である必要はない。
【0030】
図3は、表面改質工程Pの変形例を示す図である。
図3に例示する表面改質プロセスは、樹脂層形成工程、レーザ照射工程に加えて、基材10zの表面11zに樹脂層20の分解成分と結合して化合物を形成する添加材料30を配置する工程をさらに備える。添加材料30は、樹脂層20を設ける前に、少なくとも改質予定領域上に設けられる。そして、
図3(a)に示すように、樹脂層20が添加材料30を覆って基材10zの表面11zに設けられる。
図3(b)〜(d)に示すように、以降の工程は表面改質工程Pと同様であり、樹脂層20を通して基材10zの表面11zにレーザ光αを照射する。添加材料30は樹脂層20に覆われているため、レーザ光αの照射により添加材料30が飛散することはない。なお、樹脂層20、レーザ照射工程で照射されるレーザ光α等には、表面改質工程Pの場合と同様のものが適用できる。
【0031】
添加材料30には、レーザ光αの照射により、樹脂層20の分解成分と結合して化合物を形成すると共に、基材10zの金属と複合化する材料を用いることが好適である。添加材料30は、例えば粉末又は箔の形態で供給され、基材10zの表面11z上に層状に形成される。添加材料30からなる層の形成には、バインダーを用いてもよい。第2工程において、添加材料30はレーザ光αを吸収して溶融状態となり、同じく溶融状態にある基材10zの金属、及び樹脂層20の分解成分と複合化する。これにより、改質層12xを有する表面改質基材10xが得られる。例えば、基材10zが鉄(Fe)を主成分とする場合に、添加材料30としてチタン(Ti)の粒子又は箔を用いることで、鉄を主成分とする基材の表面に炭化チタン(TiC)等の改質層を形成することができる。
【0032】
図3に例示する表面改質プロセスによれば、添加材料30及び樹脂層20の組成を変更することで改質層12xの組成を変更することができるため、例えば基材10zは樹脂層20の分解成分との反応性が低いものであってもよい。即ち、添加材料30を用いることにより基材10zの選択肢が増え、樹脂層20を利用した本プロセスの適用範囲が広がる。なお、添加材料30は樹脂層20に覆われているため、レーザ光αの照射による添加材料30の飛散が防止され、均一で安定した表面改質を行うことができる。また、樹脂層20は大気を遮断するため、基材表面が大気に曝されることがなく、クラックの発生等が防止される。
【0033】
図4〜
図8を参照しながら、表面改質工程Pにより得られた表面改質基材10の物性等について詳説する。以下では、基材10zにチタン製基材を、樹脂層20にポリビニルアルコール系樹脂(PVA)からなる層をそれぞれ適用した場合(以下、「TiC/Ti基材」という)を例に挙げて説明する。PVA層は、PVA水溶液を基材表面に塗布し、乾燥させて、乾燥後の厚みが100μmとなるように形成した。レーザ照射工程には、上述のYbファーバーレーザを用いた。
【0034】
図4は、TiC/Ti基材の断面を示す顕微鏡画像である。
図4(a)は光学顕微鏡を用いて撮影した画像(OM画像)であり、
図4(b)は電子顕微鏡を用いて撮影した画像(SEM画像)である。OM画像から、TiC/Ti基材の表面から所定深さの範囲に母材領域と様子が異なる層(改質層)が形成されていることが分かる。また、SEM画像から、基材表面から深さの浅い範囲に樹枝状結晶層(第1領域)が形成されていることが分かる。改質層は、PVA層の分解成分と溶融したチタンが複合化して形成されたレーザアロイ領域であって、基材表面から深さ50μm程度の範囲に形成されている。即ち、改質層の厚みは約50μmである。改質層のうち、樹枝状結晶層である第1領域の厚みは約5μmである。改質層及び第1領域の厚みは、例えばレーザ光αの走査速度を遅くすることで増加させることができる。
【0035】
図5は、TiC/Ti基材の改質表面のXRDパターン(下)であり、比較として母材領域のXRDパターン(上)を示す。XRD測定には、Rigaku社製のSmartLab(CuKα線、40mA・150kV)を用いた。
図5に示すように、TiC/Ti基材の改質表面のXRDパターンには、母材領域のXRDパターンには見られない、TiC、TiN、TiOに起因するピーク(●で示すピーク)が確認された。
【0036】
図6は、TiC/Ti基材のグロー放電発光分析法(GDS)による元素分析結果である。
図6に示すように、GDSによる元素分析の結果、基材表面から深さ50μm程度の範囲に、Ti、C、N、Oの存在が確認された。特に基材表面に近い深さ5μm以下の範囲には、PVA層の分解成分であるCが多く存在しており、TiCを主成分とする改質層が形成されていると考えられる。また、改質層はTiO、TiNを含んでいる。OはPVAの分解成分及び大気中の酸素に起因するものであると考えられ、Nは主に大気中の窒素に起因するものと考えられる。
【0037】
図7は、TiC/Ti基材の改質表面のナノインデンテーション法による硬度の測定結果である。硬度の測定には、エリオニクス社製の超微小押し込み硬さ試験機ENT−1100a(荷重:2mN)を用いた。
図7に示すように、基材表面から深さの浅い範囲に形成される樹枝状結晶層(第1領域)の硬度は、母材領域の硬度と比べて大幅に上昇していることが分かる。TiC/Ti基材の改質表面の硬度は、2000HV以上であり、これはセラミックコーティングに匹敵する硬度である。
【0038】
図8は、TiC/Ti基材の改質表面の摺動摩耗試験後のSEM画像(下)であり、比較として母材領域の摺動摩耗試験後のSEM画像(上)を示す。
摺動摩耗試験は、下記の条件で行った。
装置:新東科学社製のトライボギアTYPE:14FW
ボールマテリアル:Fe−1.0C−1.4Cr
荷重:0.98N
摺動距離:72m
その他:乾燥条件、温度25℃、湿度50%
図8に示すように、母材領域の表面には大きな摩耗痕が形成されているが、改質表面には摩耗痕が形成されていない。即ち、TiC/Ti基材の改質表面は、優れた耐摩耗性を有している。
【0039】
以上のように、金属製基材の表面にレーザ光を透過する樹脂層を設け、当該樹脂層を通して基材表面にレーザ光を照射する表面改質プロセスによれば、大気雰囲気においてもクラックのない高品質な製品を提供することができる。即ち、本プロセスはチャンバーが不要であるから、簡便且つ安価であり、大型部品の表面改質も容易に行うことができる。本プロセスにより改質された基材表面は、母材領域と比較して大幅に向上した硬度、耐摩耗性等を有する。