特許第6390249号(P6390249)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6390249穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板、その製造方法および穴拡げ性評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6390249
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板、その製造方法および穴拡げ性評価方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180910BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20180910BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
   C22C38/00 301W
   C22C38/14
   C21D9/46 T
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-158778(P2014-158778)
(22)【出願日】2014年8月4日
(65)【公開番号】特開2016-35093(P2016-35093A)
(43)【公開日】2016年3月17日
【審査請求日】2017年4月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(72)【発明者】
【氏名】菊月 まゆ子
(72)【発明者】
【氏名】中川 淳一
(72)【発明者】
【氏名】豊田 武
(72)【発明者】
【氏名】杉山 昌章
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−141703(JP,A)
【文献】 特開2011−052293(JP,A)
【文献】 特開2014−005521(JP,A)
【文献】 特開2005−307312(JP,A)
【文献】 特開2004−218066(JP,A)
【文献】 特開昭56−169723(JP,A)
【文献】 特開2007−327098(JP,A)
【文献】 特開2007−070647(JP,A)
【文献】 特開2014−065975(JP,A)
【文献】 特開2012−012701(JP,A)
【文献】 社団法人日本鉄鋼協会,第3版 鉄鋼便覧 第II巻 製銑・製鋼,1982年12月25日,第620−622頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02%以上,0.30%以下,
Si:2.0%以下,
Mn:0.5%以上,3.0%以下,
Al:0.01%以上,1.0%以下,
Ti:0.01%以上,0.20%以下,
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
体積分率で3%以上、30%未満のマルテンサイトと、残部がフェライトで構成される組織を有する高強度熱延鋼板であって、前記マルテンサイトにおいて下記の式(1)で表わされるχが0.2より小さいことを特徴とする穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板。
χ=(Σ(bi/Vi))/NM 式(1)
但し、式(1)のNMはマルテンサイトの総数、iは1からNMまでの整数、biはマルテンサイト内を貫通するフェライト相で満たされた貫通穴の入口の数、Viはマルテンサイトiの体積[μm3]、を表わす。
【請求項2】
請求項1に記載の高強度熱延鋼板の製造方法であって、
請求項に記載の化学組成を有すスラブを鋳造後、冷却するにあたり、スラブ表面温度が1350℃から900℃までを0.1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、熱間圧延に際して、スラブを1200℃以上に加熱し、熱間仕上げ圧延を850〜950℃で終了し、その後650℃±30℃で10秒以下の時間自然空冷した後、200℃/秒以上の冷却速度で冷却することを特徴とする穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
質量%で、
C:0.02%以上,0.30%以下,
Si:2.0%以下,
Mn:0.5%以上,3.0%以下,
Al:0.01%以上,1.0%以下,
Ti:0.01%以上,0.20%以下,
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
体積分率で3%以上、30%未満のマルテンサイトと、残部がフェライトからなる組織を有す高強度熱延鋼板に対して、bi:マルテンサイト内を貫通するフェライト相で満たされた貫通穴の入口の数、Vi:マルテンサイトiの体積[μm3]、NM:マルテンサイトの総数を測定し、下記の式(1)で表わされるχを求め、χが小さいほど穴拡げ性に優れるとする、高強度熱延鋼板の穴拡げ性評価方法。
χ=(Σ(bi/Vi))/NM 式(1)
但し、式(1)のiは1からNMまでの整数である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、穴拡げ性に優れた引張強度(TS)590MPa以上の高強度熱延鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の燃費および衝突安全性の向上を目的に,高強度鋼板適用による車体軽量化が盛んに取り組まれている。高強度鋼板の適用に際してはプレス成型性を確保することが重要となる。硬質相と軟質相の二相組織からなるDual Phase鋼板(以下DP鋼)は,高強度でありながら伸びにも優れるため、良好なプレス成型性を有すが、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトの複合組織で構成されている場合に,鋼板にボルト穴をあける際に著しく硬度の異なる両相の界面からボイドが発生して割れを生じることがある。この特性を評価する指標は穴拡げ性と呼ばれ、高強度やプレス成型性と並んで重要な鋼板性能指標である。高強度鋼板であるDP鋼においては、この穴拡げ性に劣る問題があり,足廻り部品等の高い穴拡げ性が要求される用途には不向きであった。
【0003】
これに対し、穴拡げ性と強度を両立する技術として特許文献1ではTiおよびMoで析出強化したフェライトとマルテンサイトとの混合組織による鋼板が提案されているが、近年の開発競争レベルではその穴拡げ性は十分ではなく、より高い穴拡げ性の必要な部材には対応しきれていない。
【0004】
そこでさらに穴拡げ性を向上させる技術として、特許文献2ではTiおよびMoで析出強化したフェライトとベイナイトとの混合組織による鋼板が提案されているが、多量のMo等を含有するため、合金コストおよび製造コストが高くなるという問題がある。
【0005】
また、非特許文献1では、フェライトとマルテンサイトからなるDP鋼において、マルテンサイトが孤立分散した状態と、フェライト粒を覆うようにマルテンサイトが配置した状態ではひずみ付与による組織全体でのボイドの形成・成長が緩やかであると提案されている。しかし、そのようなDP鋼では引張試験による局部伸びが十分ではないことから、プレス成型性には不向きであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−321737号公報
【特許文献2】特開2003−321739号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「マルテンサイトの形態によるボイド形成・成長・連結挙動の変化」假屋ら:複相鋼の延性破壊シンポジウム(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記した従来のDP鋼の問題点を解決し、590MPa以上の引張強度(TS)を有し、かつ高い穴拡げ性を有する、プレス成型性に優れた高強度熱延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のDP鋼は、フェライトとマルテンサイトで構成された二相組織であり、マルテンサイト量や硬さを制御して590MPa以上の高強度を発現するものであるが、孤立したマルテンサイト粒内に存在するフェライト分布を制御する新しい設計法である。
【0010】
本発明の要旨することころは以下の通りである。
(1)質量%で、
C:0.02%以上,0.30%以下,
Si:2.0%以下,
Mn:0.5%以上,3.0%以下,
Al:0.01%以上,1.0%以下,
Ti:0.01%以上,0.20%以下,
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
体積分率で3%以上、30%未満のマルテンサイトと、残部がフェライトで構成される組織を有する高強度熱延鋼板であって、前記マルテンサイトにおいて下記の式(1)で表わされるχが0.2より小さいことを特徴とする穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板。
χ=(Σ(bi/Vi))/NM 式(1)
但し、式(1)のNMはマルテンサイトの総数、iは1からNMまでの整数、biはマルテンサイト内を貫通するフェライト相で満たされた貫通穴の入口の数、Viはマルテンサイトiの体積[μm3]、を表わす
(2)(1)に記載の高強度熱延鋼板の製造方法であって、(1)に記載の化学組成を有すスラブを鋳造後、冷却するにあたり、スラブ表面温度が1350℃から900℃までを0.1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、熱間圧延に際して、スラブを1200℃以上に加熱し、熱間仕上げ圧延を850〜950℃で終了し、その後650℃±30℃で10秒以下の時間自然空冷した後、200℃/秒以上の冷却速度で冷却することを特徴とする穴拡げ性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
質量%で、
C:0.02%以上,0.30%以下,
Si:2.0%以下,
Mn:0.5%以上,3.0%以下,
Al:0.01%以上,1.0%以下,
Ti:0.01%以上,0.20%以下,
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、
体積分率で3%以上、30%未満のマルテンサイトと、残部がフェライトからなる組織を有す高強度熱延鋼板に対して、bi:マルテンサイト内を貫通するフェライト相で満たされた貫通穴の入口の数、Vi:マルテンサイトiの体積[μm3]、NM:マルテンサイトの総数を測定し、下記の式(1)で表わされるχを求め、χが小さいほど穴拡げ性に優れるとする、高強度熱延鋼板の穴拡げ性評価方法。
χ=(Σ(bi/Vi))/NM 式(1)
但し、式(1)のiは1からNMまでの整数である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、自動車用部材に好適な高穴拡げ性を有する、最大引張強度590MPa以上の高強度熱延鋼板と、それらの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】マルテンサイト粒の(a)表面の模式図と(b)その断面の模式図
図2】熱間圧延の終了温度800℃(a)と900℃(b)のオーステナイト粒の模式図であり、上からフェライト生成前、フェライト生成の初期、フェライト成長後の状況を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、熱間仕上げ圧延後の冷却中に生成するオーステナイト粒径の均一性に着目し、二相域からの冷却時のマルテンサイト粒内に存在するフェライト形態を制御し、結果として適量の貫通穴をマルテンサイト粒内に形成せしめる組織制御技術について、鋭意検討した結果得られたものである。製法としては、高温でオーステナイト粒を再結晶させ、粒径を均一とすることにより、冷却後のマルテンサイトの貫通穴の量を制御することができる。
【0014】
以下に、本発明の個々の構成要件について詳細に説明する。
先ず、本発明鋼の組織について述べる。
【0015】
本発明の鋼板は、マルテンサイトとフェライトのDP鋼である。
【0016】
DP鋼は軟質で伸びに優れたフェライト中に、マルテンサイト等の硬質組織を分散させた鋼板であり、高強度でありながら高い伸びを実現している。しかしながら、硬質組織近傍に高いひずみが集中し、材料全体の不均一な変形を誘発するため、穴拡げ性が低くなる欠点がある。そのため、フェライトとマルテンサイトの相分率やマルテンサイトのサイズに関わる検討は多くされている。しかし、これらの特性の組み合わせのみでは、強度と穴拡げ性をバランスよく兼ね合わせる鋼板を低コストで実現するには限界があった。一方、フェライトの粒の形状を積極的に利用して材質改善の可能性を検討した例は少ない。本発明は、マルテンサイト粒の形状を3次元的に観察し、この観察結果と鋼板の強度、穴拡げ性との関係を詳細に調べた結果に基づくものである。3D観察の結果、マルテンサイト粒にはフェライト相からなる貫通穴が複数存在していることが分かった。そこで、マルテンサイトの3次元的形状を特徴づける量として、式(1)を提案する。χはマルテンサイトの単位体積当たりの貫通穴の平均量を表わす。
χ=(Σ(bi/Vi))/NM 式(1)
但し、式(1)のbiはマルテンサイト内を貫通するフェライト相で満たされた貫通穴の入口の数、iは1からNMまでの整数、Viはマルテンサイトiの体積[μm3]、NMはマルテンサイトの総数を表わす。
【0017】
χを計測するために、比較的簡便に広い領域の測定が可能である点に着目し、機械研磨後の組織の化学エッチング、光学顕微鏡観察を連続的に繰り返すシリアルセクショニング法を採用した。評価視野は、圧延方向に平行に切りだした鋼板の1/4t位置(tは鋼板厚み)を代表組織と考えて観察面とし、0.5μm毎に機械研磨を行いながら、100μm×80μm×80μmの領域の3次元組織を評価した。
【0018】
尚、マルテンサイト粒やフェライト粒の3次元情報の取得はどのような方法でもよい。例えば、FIB(Focused Ion Beam)加工を用いたSEM(Scanning Electron Microscope)内での研磨や、機械研磨とエッチングを用いたシリアルセクショニング法により、鋼板の組織を3次元的に観察しても良い。
【0019】
このような方法でDP鋼の組織を3次元観察する場合、例えば各スライス像に画像処理を行い、χを求めるために必要な貫通穴の入口の数およびマルテンサイトの体積を3次元観察したDP鋼の100μm×80μm×80μmの領域から測定することができる。体積の測定は三次元画像の体積単位であるボクセル数をまず計測し、それを体積(μm3)に換算して求めた。なお、測定した3次元組織の領域中には、1000個以上のマルテンサイトとフェライトが含まれていたので、鋼板の組織の体積およびマルテンサイトの貫通穴の入口の数等を評価する上でこの三次元組織の大きさは十分な代表体積である。ここで貫通穴の入口とは、3次元画像の観察により認識されたマルテンサイトを貫通するフェライトがマルテンサイト表面に形成する断面である。例えば、分岐の無い1本のフェライト貫通穴は、2個の貫通穴の入口を与える。一つの入口から少なくとも一つの他の入口に通じるフェライトは貫通穴である。
【0020】
このようにして得られたχと穴広げ率との関係を調べた結果、χが大きくなるほど、穴広げ率は低下し、χが0.2より大きい場合は、自動車用部材として求められる70%以上の穴広げ率が得られないことが分かった。なお、鋼板全体の強度については、χとの間で顕著な相関は見られなかった。
【0021】
強度については、主にマルテンサイトの組織分率がそのまま影響を与える。本発明鋼における好ましいマルテンサイトの組織分率は体積分率で3%以上、30%未満である。マルテンサイトの組織分率が3%未満となると、硬質組織による強化量が低減し、強度を確保できない。マルテンサイトが30%以上となると、延性の乏しいマルテンサイト主体となるため穴拡げ性が低下する。
【0022】
このような組織による材質の改善メカニズムは完全には明らかではないが、単位体積当たりの貫通穴が多いマルテンサイトでは、図1(a)に示すように、表面の貫通穴の近傍に存在する貫通穴の間の領域は細くなる。また、図1(b)のように貫通穴が多いほどマルテンサイト粒内のフェライト/マルテンサイト界面の表面積は大きくなる。さらに、貫通穴の多いほどマルテンサイトの粒内は入り組んだ構造となり、フェライト/マルテンサイト界面で曲率の大きな箇所も多く存在する傾向にある。細い領域は、局所的に応力が集中しやすく、ボイドの発生箇所、又は微視的クラックの発生箇所となり得る。また、マルテンサイト粒内のフェライト/マルテンサイト界面は、穴拡げ加工時に局所的にひずみおよび応力が集中しやすく、ボイドの発生箇所、又は微視的クラックの発生箇所となり得る。特に前記の曲率の大きな箇所は応力が集中しやすく、脆いと考えられる。貫通穴の見かけの直径は様々な大きさがあるので、貫通穴を占めるフェライトの体積は変化するが、結果として、上述のマルテンサイトの細い箇所及びマルテンサイト粒内におけるフェライト/マルテンサイト界面に比例する指標は、マルテンサイト表面に見えている貫通穴の数ということになる。従って、この貫通穴が少ないことは、ボイドの発生を抑制する可能性があるため、穴拡げ性を改善したと考えられる。
【0023】
次に、本発明の好ましい成分範囲の限定理由について述べる。成分含有量についての%は質量%を意味する。下記好ましい成分範囲の鋼を用い、下記本発明の製造方法を適用することにより、フェライト及びマルテンサイトの複相で構成され、前記式(1)のχが0.2より小さい高強度熱延鋼板とすることができる。
【0024】
Cは本発明の強度を決める重要な元素である。目的の強度を得るためには0.02%以上含有する必要がある。好ましくは0.04%以上とする。しかし,0.30%超含有していると靭性を劣化させるため,上限を0.30%とする。
【0025】
Siは固溶強化元素として強度上昇に有効であるが,靭性劣化を引き起こすため,2.0%以下とする。好ましくは1.0%以下である。Siは含有しなくても良い。
【0026】
Mnは焼入れ性及び固溶強化元素として強度上昇に有効である。目的の強度を得るためには0.5%以上必要である。過度に添加すると靭性の等方性に有害なMnSを生成するため,その上限を3.0%以下とする。
【0027】
Alは脱酸に必要な元素であり、通常0.01%以上添加される。しかし,過剰に添加すると,クラスタ状に析出したアルミナを生成し,靭性を劣化させるため,その上限は1.0%とする。
【0028】
Tiはフェライトを析出強化させるとともに,狙いのフェライト分率を得るために必要な元素である。優れた伸びと穴拡げ性のバランスを得るためには0.01%以上添加することが必要である。しかしながら,0.20%超添加すると炭窒化物を生成し,穴拡げ性が劣化するため,Tiの含有量は0.01%以上,0.20%以下とする。
【0029】
続いて、本発明鋼の製造方法について詳細に述べる。
【0030】
本発明者らは、貫通穴を減少させる方法として熱間仕上げ圧延終了後の冷却中に生成するオーステナイト粒の径の均一性に着目し、変態したマルテンサイト粒に存在する貫通穴が材質改善に重要であることを見出した。以下、図2に基づいて説明する。図2の左側(a)は熱間圧延の終了温度800℃、右側(b)は熱間圧延の終了温度900℃の場合であり、それぞれ、上からフェライト生成前、フェライト生成の初期、フェライト成長後の状況を示す図である。本発明鋼はフェライトとマルテンサイトから構成される複合組織であるので、マルテンサイトに存在する貫通穴の内部はフェライトである。特に、図2(a)のようにフェライトの核生成サイトがオーステナイト粒に囲まれ、孤立して存在する場合、生成したフェライトはオーステナイト粒の内部に存在し、貫通穴を形成する。マルテンサイトを貫通する穴を減少させるためには、貫通穴となり得るフェライトの生成を抑制する必要がある。図2(a)のようにオーステナイトの粒径が不均一で混粒である場合、比較的粗大なオーステナイト粒の周囲ではフェライトの核生成サイトとなり得る粒界三重点が孤立する可能性が高い。この場合、生成するフェライト同士が連結せずに孤立し、マルテンサイト変態後に貫通穴となり得る。一方、図2(b)に示すようにオーステナイト粒径を均一とした場合は、粒界三重点が均一に配置することで生成するフェライトが連結しやすく、マルテンサイト変態後に貫通穴が存在しにくいと考えた。
【0031】
本発明鋼の高強度熱延鋼板は、本発明の成分を有する連続鋳造スラブを冷却するにあたり、1350℃から900℃までのスラブ表面での平均冷却速度を0.1℃/秒以上とし、その後1200℃以上に加熱して冷却した後、熱間仕上げ圧延を850〜950℃で終了し、再び冷却して650℃±30℃で10秒以下の時間自然空冷を施した後、200℃/秒以上の冷却速度で冷却することで達成できる。自然空冷時間は7秒以上とすると好ましい。
【0032】
1350℃から900℃までの連続鋳造スラブの冷却速度を0.1℃/秒未満とした場合、オーステナイト粒が粗大化する。粗大なオーステナイトは、その後の熱延によって混粒となりやすい。混粒のオーステナイトは前記の通り貫通穴を増やす可能性があるため、穴拡げ性の劣化に影響を与える。上記の冷却速度とするために、スラブを強制的に空冷する等の手段を用いることができる。また、スラブ表面温度は放射温度計で計測する。
【0033】
鋳造したスラブは、一度低温まで冷却した後、再度加熱してから熱延しても良いし、鋳造スラブを連続的に熱延しても良い。
【0034】
上記スラブは熱延の前に、均質化やTi炭窒化物の溶解の必要がある。これを行う際、連続鋳造のスラブを再加熱する温度が、1200℃未満では、均質化、溶解とも不十分となり、強度の低下や加工性の低下を起こす。一方で、1350℃を超えると、製造コスト、生産性が低下すること、また、初期のオーステナイト粒径が大きくなることで最終的に混粒になりやすくなる。そこで、1200℃以上とする必要があり、1350℃未満が望ましい。
【0035】
熱間仕上げ圧延温度を850〜950℃とすることで、再結晶によりオーステナイト粒径を均一化し、貫通穴を減らすことができると考えられる。熱間仕上げ圧延温度が高すぎるとオーステナイト粒径が粗大化し、穴拡げ性が低下するため、上限の熱間仕上げ圧延温度は950℃とする。熱間仕上げ圧延温度が低すぎると、再結晶が不十分で、オーステナイト粒の径が不均一となり、マルテンサイトの貫通穴を増加させ、穴拡げ性が低下するため、下限の熱間仕上げ圧延温度は850℃とする。
【0036】
圧延終了後、一次冷却として650℃±30℃まで冷却し、10秒間自然空冷を施す。この間にフェライト生成が起こり、C(炭素)の拡散によりオーステナイトへのCの濃化が起こる。この過程で生成したフェライトにより延性が向上し、オーステナイトへ濃化したCはその後の強制冷却によりマルテンサイトの強度に寄与するため重要である。
【0037】
中間空冷の温度が680℃を超えると粒が大きくなりすぎ、最終的なマルテンサイトも粗大化しやすい。また、自然空冷の時間が10秒を超えると、マルテンサイトの組織分率が小さくなり、強度が低下する。
【0038】
Cの濃化したオーステナイトをマルテンサイト変態させるためには中間空冷後に200℃/秒以上で二次冷却する。冷却速度が遅い場合は、冷却中にベイナイトやパーライトが生成し、目的のフェライトやマルテンサイトの組織分率が得られなくなる。
【実施例】
【0039】
表1に示す成分を有する鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造後、種々冷却速度で冷却したスラブを1200℃以上1350℃未満に加熱し、粗圧延、仕上げ圧延を行い、一次冷却、中間保持、二次冷却後に巻き取りを行い、熱延鋼板を製造した。空冷後の冷却速度は200℃/秒とした。
【0040】
表2には、用いた鋼種記号と鋳造時冷却条件、熱間仕上げ条件を示す。表2において、TSは引張強度、λは穴拡げ率評価結果である。なお、◎は穴拡げ性の良好なものとして穴拡げ率90%以上、○は穴拡げ率70%以上90%未満、×は穴拡げ性の劣位なものとして穴拡げ率70%未満を示した。また、表2の鋳造時の平均冷却速度は、スラブ表面温度が1350℃から900℃までとなる平均冷却速度を意味する。
【0041】
このようにして得られた鋼板について光学顕微鏡もしくは電子顕微鏡を用いたシリアルセクショニング法により、観察した結果から、マルテンサイトの単位体積当たりの貫通穴の平均量に相当する指標χを(1)式によって求めた。
【0042】
式(1)を評価するにあたり、貫通穴の入口の数、マルテンサイトの体積、マルテンサイトの総数を観察した3次元画像から求める。測定方法は、3次元画像の観察により数えてもよいし、画像処理技術を用いて求めてもかまわない。
【0043】
鋼板の引張試験については、鋼板の圧延幅方向にJIS5号試験片を採取し、引張強度:TS(MPa)を評価した。
【0044】
穴拡げ率:λ(%)については、ISO16630で規定する方法によって評価を行った。
【0045】
表2に示すように、本発明鋼は引張強度が590MPa以上で、マルテンサイトの組織分率が3%以上、30%未満であり、マルテンサイトの単位体積当たりの貫通穴の平均量に相当する指標χが0.2より小さい値であり、穴拡げ性に優れている。
【0046】
これに対して、比較材A3および比較材B3、比較材C3、比較材D3、比較材E3、比較材F3、比較材G3は鋳造時の平均冷却速度が0.1℃/秒を下回っており、オーステナイト粒が粗大となると考えられるため、穴拡げ性が劣位である。
【0047】
比較材B2および比較材C2、比較材D2、比較材E2、比較材F2、比較材G2は熱延の仕上げ圧延終了温度が850℃を下回っており、オーステナイト粒が粗大となると考えられるため、穴拡げ性が劣位である。
【0048】
比較材H1はCの成分下限を下回っており、強度を満たさない。比較材K1はMnの成分下限を下回っており、強度を満たさない。なお、比較材H1、K1は、強度が目標に至らなかったことから、穴拡げ性の評価を行っていない。
【0049】
比較材I1はCの成分上限を超えており、マルテンサイト中の炭素濃度が増加し、マルテンサイトが高強度化することで穴拡げ性が劣位である。
【0050】
比較材J1はAlの成分上限を超えており、アルミナを生成するため靭性が劣位であるとともに、穴拡げ性が劣位である。
【0051】
比較材L1はTiの成分上限を超えており、炭窒化物の析出が発生するため、穴拡げ性が劣位である。
【0052】
比較材M1はSiの成分上限を超えており、靭性が劣化し、穴拡げ性が劣位である。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
図1
図2