特許第6390256号(P6390256)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6390256-リチウムイオン二次電池 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6390256
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/38 20060101AFI20180910BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20180910BHJP
   H01M 4/134 20100101ALI20180910BHJP
【FI】
   H01M4/38 Z
   H01M4/62 Z
   H01M4/134
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-162921(P2014-162921)
(22)【出願日】2014年8月8日
(65)【公開番号】特開2016-39086(P2016-39086A)
(43)【公開日】2016年3月22日
【審査請求日】2017年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】今川 晴雄
(72)【発明者】
【氏名】板原 浩
【審査官】 宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−124180(JP,A)
【文献】 特開2012−072046(JP,A)
【文献】 Hongmei Ning, Hongwei Fan, Jucai Yang,Probing the electronic structures and properties of neutral and charged CaSin-(n=2-10) clusters using Gaussian-3 theory,Computational and Theoretical Chemistry,2011年,976,141-147
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00−4/62
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えたリチウムイオン二次電池。
(1)前記リチウムイオン二次電池は、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末を負極活物質に用いた負極を備えている。
(2)前記Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、
平均組成がCaySi2(0.1<y≦0.29)で表され、
粉末全体に含まれるCa、Si、及び出発原料由来の金属元素M(M=Nb、Ta、又はFe)の原子数の総和に対する前記金属元素Mの原子数の割合が5atom%以下である。
(3)前記負極は、さらに導電助剤を含み、
前記導電助剤の含有量(=負極材料の総重量に対する前記導電助剤の重量の割合)は、10重量%を超えている。
【請求項2】
前記Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、
その細孔径が1nm以上10nm以下であり、
その細孔容量が0.03cc/g以上である
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、その比表面積が1m2/g以上である請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池に関し、さらに詳しくは、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末を負極活物質に用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
遷移金属シリサイドは、Siを多量に含んでいるため、一般に、耐酸化性や耐食性に優れている。また、遷移金属シリサイドの中には、半導体特性や高温における機械的特性に優れたものも知られている。そのため、遷移金属シリサイドは、熱電材料、発熱体、耐酸化コーティング材料、高温構造材料、半導体などへの応用が期待されている。
【0003】
このような遷移金属シリサイドの製造方法に関しては、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)CaSiy粉末とMnCl2粉末とを、Mn/Ca比(α)が2又は5となるように混合し、
(b) 得られた混合物を圧粉成形し、圧粉体を550〜700℃×5hr加熱し、
(c) 得られた加熱物を粉砕し、粉末をエタノールで洗浄する
方法が開示されている。同文献には、このような方法により、MnSi相の含有量が極めて少ないMnSix粉末が得られる点が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、
(a)CaSiy−Si複合粉末とMnCl2粉末とを、Mn/Ca比(α)が2となるように混合し、
(b)得られた混合物を圧粉成形し、圧粉体を600〜639℃×5hr加熱し、
(c)加熱物を粉砕し、粉末をエタノールで洗浄する
方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、MnSix−Si複合粉末が得られる点が記載されている。
【0005】
また、非特許文献1には、遷移金属シリサイドではないが、CaSi2を電気化学的に酸化させることにより、Si層の層間にあるCaを引き抜く方法が開示されている。
同文献には、
(a)CaSi2から除去されたCaの割合は、30〜50%である点、
(b)このような方法によりCaSi2からCaを完全に取り除くのは難しい点、及び、
(c)Ca除去の困難性は電気化学的酸化の不均一性に由来する点、
が記載されている。
【0006】
さらに、非特許文献2には、遷移金属シリサイドではないが、層状構造を有するCaSi1.85Mg0.15を塩酸で処理する方法が開示されている。
同文献には、このような方法によりCaSi1.85Mg0.15からCaが脱離し、Siナノシートが得られる点が記載されている。
【0007】
非特許文献2に記載された方法を用いると、CaSi1.85Mg0.15からCa(及びMg)が全量脱離したSiナノシートを得ることができる。しかしながら、同文献に記載された方法では、CaSi2からCaの一部が脱離したCa欠損層状Caシリサイドを得ることは難しい。
また、非特許文献1に記載された方法を用いると、Ca欠損層状Caシリサイドを得ることができる。しかしながら、同文献に記載された方法では、分離困難なカーボンとの混合焼結体となり、Ca欠損層状Caシリサイドの選択的生成が困難である。さらに、電気化学的合成法のため、均一なCaの脱離が困難であり、Ca脱離量は30〜50%に制限されてしまう。
【0008】
一方、特許文献1、2に記載された方法を用いると、CaSiyがすべてMnSixの生成に消費され、Ca欠損層状Caシリサイドは得られない。また、合成条件によっては、Siを含む混合物となる。
さらに、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、金属シリサイドを実質的に含まない粉末を製造することが可能な方法が提案された例は、従来にはない。
【0009】
また、特許文献2には、金属シリサイドMSixとCaSiy(Ca欠損カルシウムシリサイド)からなるシリサイドコンポジット微粒子をリチウムイオン二次電池の負極活物質として用いることができる点が記載されている。しかし、同文献に記載の微粒子は、充放電に関与しないMSix部分とのコンポジット体であるため、体積当たりや重量当たりの充放電容量は不利となる。そのため、単相のCaSiy部分の合成と、そのリチウムイオン二次電池の負極活物質への応用が待たれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011−126759号公報
【特許文献2】特開2012−072046号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】S.Yamanaka et al., Physica 105B, 230(1981)
【非特許文献2】H.Nakano et al., Angew. Chem. Int. Ed. pp.6303-6306 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、かつ、出発原料に由来する金属元素のシリサイドを実質的に含まないCa欠損カルシウムシリサイド粉末を負極活物質に用いたリチウムイオン二次電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係るリチウムイオン二次電池は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記リチウムイオン二次電池は、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末を負極活物質に用いた負極を備えている。
(2)前記Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、
平均組成がCaySi2(0.1<y≦0.29)で表され、
粉末全体に含まれるCa、Si、及び出発原料由来の金属元素M(M=Nb、Ta、又はFe)の原子数の総和に対する前記金属元素Mの原子数の割合が5atom%以下である。
(3)前記負極は、さらに導電助剤を含み、
前記導電助剤の含有量(=負極材料の総重量に対する前記導電助剤の重量の割合)は、10重量%を超えている。
【発明の効果】
【0014】
Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、通常、合成が困難な化合物である。また、得られたとしても他の化合物との複合体として得られる。
これに対し、層状CaSi2と金属塩化物(A)とを反応させる場合において、金属塩化物(A)として、特定の条件を満たす化合物を用いると、金属シリサイドを生成させることなく、層状CaSi2からのCaの引き抜き反応が生じる。出発原料である金属塩化物(A)、並びに、反応副生成物である金属塩化物(B)及び塩化Caは、何れも溶媒(例えば、水)に可溶な化合物である。そのため、反応物から金属塩化物(A)、金属塩化物(B)、及び塩化Caを除去すれば、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、かつ、金属シリサイドを含まない粉末が得られる。
さらに、原料中のM/Ca比の制御を通じて、引き抜きに用いる塩素ガス量を制御することができる。その結果、Ca欠損カルシウムシリサイドの組成制御が可能となる。
【0015】
このようにして得られたCa欠損カルシウムシリサイド粉末は、実質的にCa欠損カルシウムシリサイドのみからなり、かつ、高いリチウムイオン吸蔵・放出能、適度な電子伝導性、及び構造安定性を併せ持つ。そのため、これをリチウムイオン二次電池の負極活物質として用いると、高い充放電容量が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1実施例1、参考例2、実施例3〜4及び比較例1で得られた粉末のyと負極容量との相関性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. リチウムイオン二次電池]
[1.1. 基本構成]
リチウムイオン二次電池は、一般に、正極活物質を含む正極と、電解質と、負極活物質を含む負極とを備えている。正極及び負極は、電解質中に浸漬されている。また、電解質中において正極と負極とが接触しないようにするために、正極と負極の間には、イオン透過性で、かつ絶縁体である高分子膜(セパレータ)が配置されている。
本発明において、負極以外の構成要素(すなわち、正極、電解質、セパレータ等)の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。
【0018】
本発明において、負極活物質には、後述するCa欠損カルシウムシリサイド粉末が用いられる。この点が、従来とは異なる。負極は、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末のみからなるものでも良く、あるいは、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末と他の物質(例えば、導電助剤)との複合体であっても良い。
【0019】
[1.2. Ca欠損カルシウムシリサイド粉末]
本発明において、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、
平均組成がCaySi2(0.1<y<1)で表され、
粉末全体に含まれるCa、Si、及び出発原料由来の金属元素Mの原子数の総和に対する前記金属元素Mの原子数の割合が5atom%以下である
ものからなる。
【0020】
[1.2.1. 平均組成]
本発明において、「Ca欠損カルシウムシリサイド」とは、層状CaSi2からCaの一部を引き抜くことにより得られるナノシート状の層状物質であって、Ca含有量が0.8at%を超えるものをいう。Ca欠損カルシウムシリサイドの組成は、形式的には、CaySi2(0.016<y<1)と表せる。
【0021】
層状CaSi2と金属塩化物(A)とを反応させると、金属塩化物(A)から発生する塩素ガス成分により、原料の層状CaSi2からCaが引き抜かれる。層状物質は、CaSi2相を構成するSiシート層が引き抜き反応の際に剥離することにより生成すると考えられる。
この時、通常は、共存する金属元素Mとの反応により金属シリサイドが生成する。しかしながら、金属塩化物(A)の種類及び反応温度を最適化すると、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、かつ、実質的に金属シリサイドを含まない粉末が得られる。
【0022】
剥離した層状物質は、層間から完全にCaが抜き取られている場合と、層間に若干のCa原子が残っている場合とがある。すなわち、本発明に係る粉末は、Ca欠損カルシウムシリサイドのみからなる場合と、Ca欠損カルシウムシリサイドに加えて、Siナノシートが含まれている場合とがある。
ここで、「Siナノシート」とは、Siを主成分とする板状又はナノシート状の層状物質であって、Ca含有量が0.8at%以下であるものをいう。
なお、層間にCa原子が残っている場合、電気的中性を保つために、層間には、さらにH原子、O原子、又は、Cl原子が導入されている可能性があると考えられる。
【0023】
本発明においては、後述するように、原料中のM/Ca比を制御することにより、引き抜きに用いる塩素ガス量を制御することができる。そのため、Ca欠損カルシウムシリサイド中のCaの組成制御が可能となる。具体的には、後述する方法を用いると、0.1<y<1であるCa欠損カルシウムシリサイド(すなわち、Ca含有量が4.76at%超であるCa欠損カルシウムシリサイド)が得られる。
【0024】
[1.2.2. 金属元素Mの含有量]
通常、層状CaSi2と金属元素Mを含む金属塩化物とを反応させると、Ca欠損カルシウムシリサイドだけでなく、金属元素Mを含む金属シリサイドも生成する。これに対し、後述する方法を用いると、実質的に金属シリサイドを含まない粉末が得られる。
ここで、「金属元素M」とは、金属塩化物(A)を構成する金属元素であって、Ca及びSi以外の元素をいう。
具体的には、粉末全体に含まれるCa、Si、及び出発原料由来の金属元素Mの原子数の総和に対する前記金属元素Mの原子数の割合は、5atom%以下となる。製造条件を最適化すると、金属元素Mの含有量は、4atom%以下、3atom%以下、2atom%以下、あるいは、1atom%以下となる。
【0025】
[1.2.3. その他の成分]
本発明に係る粉末は、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、かつ、金属シリサイドを実質的に含まないが、Ca欠損カルシウムシリサイド及び金属シリサイド以外の成分を含むことがある。
例えば、上述したように、Caの引き抜き反応を過度に進行させると、粉末中にSiナノシートが含まれる場合がある。本発明に係る粉末は、このようなSiナノシートが含まれていても良い。
【0026】
本発明において、出発原料には層状CaSi2が用いられる。この層状CaSi2をSi過剰の条件で合成すると、合成物中に1〜5μm程度のSi粒子が含まれることがある。これをそのまま本発明に係る粉末の合成に用いた場合、生成物には、出発原料に由来する1〜5μmあるいはそれ以上のSi粒子が含まれる。本発明に係る粉末は、このような出発原料に由来するSi粒子が含まれていても良い。
ここで、「Si粒子」とは、Siを主成分とする粒子であって、Ca含有量が0.8at%以下であるものをいう。
【0027】
さらに、合成された粉末中には、上記以外の相(異相)が含まれていても良い。但し、合成された粉末の特性に悪影響を及ぼす異相は、少ないほど良い。
異相としては、例えば、
(1)出発原料として用いた金属塩化物(A)の残留物、
(2)金属元素Mの酸化物、SiO2、塩化Caなどの引き抜き反応時の副生成物、
などがある。
【0028】
[1.2.4. 細孔]
本発明に係るCa欠損カルシウムシリサイド粉末は、層状CaSi2からCaを引き抜くことにより製造される。そのため、Caの引き抜き反応に由来する細孔を持つ。細孔の大きさ及び細孔容量は、製造条件に応じて異なる。
後述する方法を用いて粉末を製造すると、粉末の細孔径は、1nm以上10nm以下の範囲となる。
同様に、粉末の細孔容量は、0.03cc/g以上となる。製造条件を最適化すると、細孔容量が0.07cc/g程度の粉末が得られる。
【0029】
[1.2.5. 比表面積]
本発明に係るCa欠損カルシウムシリサイド粉末は、層状CaSi2からCaを引き抜くことにより製造されるため、相対的に高い比表面積を持つ。比表面積の大きさは、製造条件に応じて異なる。
後述する方法を用いて粉末を製造すると、粉末の比表面積は、1m2/g以上となる。製造条件を最適化すると、比表面積が10m2/g程度の粉末が得られる。
【0030】
[1.3. 導電助剤]
[1.3.1. 導電助剤の材料]
層状CaSi2は、金属的な性質を持つ。一方、層状CaSi2からCaが引き抜かれるに伴い、次第に半導体的性質を帯びるようになり、ある量以上のCaが引き抜かれると、半導体特性を持つ粉末となるる。
後述する方法を用いて粉末を製造する場合において、製造条件を最適化すると、半導体特性を持ち、かつ、バンドギャップが0.5以上3.0eV以下である粉末が得られる。
【0031】
Caの引き抜き反応が適度に進行すると、適度な電子伝導性を持つCa欠損カルシウムシリサイド粉末が得られる。この場合、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末のみを用いて負極を構成することができる。
一方、Caの引き抜き反応が進行するに伴い、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末の電子伝導度が低下する。そのため、Ca量が相対的に少ないCa欠損カルシウムシリサイド粉末のみを用いて負極を構成すると、負極の電子伝導性が不足する場合がある。このような場合には、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末に加えて、導電助剤を負極に添加するのが好ましい。
【0032】
導電助剤は、負極に適度な電子伝導性を付与することが可能な材料であればよい。導電助剤としては、例えば、カーボン、導電性ポリマー、金属粉末などがあり、特にカーボン材料には、アセチレンブラック、ケッチェンブラックなどのカーボンブラック、グラフェン、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどがある。負極は、これらのいずれか1種の導電助剤を含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
これらの中でも、カーボン材料は、安価な上に、分散性が高く、軽量であるため、導電助剤として好適である。
【0033】
[1.3.2. 導電助剤の量]
負極が導電助剤を含む場合、導電助剤の量は、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末の組成及び導電助剤の組成に応じて最適な量を選択する。
一般に、導電助剤の量が少なすぎると、負極の電子伝導性が不足する。従って、導電助剤の含有量(=負極材料の総重量に対する前記導電助剤の重量の割合)は、10重量%を超えているのが好ましい。導電助剤の含有量は、さらに好ましくは、15重量%以上、さらに好ましくは、20重量%以上である。
一方、導電助剤の量が過剰になると、負極活物質が少なくなり、容量が小さくなるため、従来材料に対する性能優位性が失われる。従って、導電助剤の含有量は、90重量%以下が好ましい。導電助剤の含有量は、さらに好ましくは、80重量%以下、さらに好ましくは、70重量%以下である。
【0034】
[2. Ca欠損カルシウムシリサイドの製造方法]
本発明に係るリチウムイオン二次電池に用いられるCa欠損カルシウムシリサイドは、以下のような方法により製造することができる。すなわち、Ca欠損カルシウムシリサイド粉末の製造方法は、混合工程と、反応工程と、洗浄工程とを備えている。
【0035】
[2.1. 混合工程]
まず、層状CaSi2と、金属元素Mを含む金属塩化物(A)とを混合する(混合工程)。
【0036】
[2.1.1. 金属塩化物(A)]
本発明において、金属塩化物(A)は、固相反応により前記金属元素Mを含む金属シリサイドが形成される温度(金属シリサイド生成温度)より低い温度に融点、又は分解点を持つものからなる。また、金属塩化物(A)は、塩素ガスを放出することによって、金属塩化物(A)より塩素量が少なく、かつ、溶媒可溶性の金属塩化物(B)を生成するものからなる。この点が、従来とは異なる。
このような条件を満たす金属元素Mとしては、例えば、Ta、Nb、Feなどがある。また、このような条件を満たす金属塩化物(A)としては、例えば、TaCl5、NbCl5、FeCl3などがある。出発原料中には、これらのいずれか1種の金属塩化物(A)が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0037】
[2.1.2. M/Ca比]
本発明において、原料全体に含まれるCaのモル数に対する金属元素Mのモル数の比(=M/Ca比(モル比))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
一般、M/Ca比が大きくなるほど、Caの引き抜き反応が進行しやすくなる。しかしながら、M/Ca比が大きくなりすぎると、Caの引き抜き反応が過度に進行する。また、反応生成物中には、金属塩化物(A)又は金属塩化物(B)が多量に残存し、洗浄除去に要する工数が増大する。従って、M/Ca比は、5以下が好ましく、1以下がより好ましい。
一方、M/Ca比が小さくなりすぎると、Caの引き抜き反応が不十分となる。高い細孔容量を持つ粉末を得るためには、M/Ca比は、0.01以上が好ましく、0.05以上がより好ましい。M/Ca比は、さらに好ましくは、0.1以上である。
【0038】
[2.2. 反応工程]
次に、前記混合工程で得られた混合物を加熱する(反応工程)。これにより、前記金属塩化物(A)から発生する塩素ガス成分により、前記層状CaSi2からCaの一部が引き抜かれる。反応後、反応生成物を冷却する。
【0039】
反応工程は、前記金属シリサイドが形成される温度より低い温度で、前記混合物を加熱する必要がある。本発明においては、出発原料として、低融点又は低分解点の金属塩化物(A)を用いているので、金属シリサイドを生成させることなく、Caの引き抜き反応を進行させることができる。加熱により、金属塩化物(A)の全部又は一部が、金属塩化物(A)より塩素量の少ない金属塩化物(B)となる。
【0040】
最適な加熱温度は、金属塩化物(A)の種類、出発原料中のM/Ca比、目的とするCaの引き抜き量などにより異なる。
一般に、加熱温度が低くなるほど、雰囲気中に放出される塩素ガス成分の量が少なくなるので、Caの引き抜き反応が穏やかに進行する。しかしながら、加熱温度が低くなりすぎると、現実的な時間内で引き抜き反応が進行しなくなる。従って、加熱温度は、融点又は分解点の内のいずれか低い方の温度の0.8倍以上が好ましく、より好ましくは0.9倍以上である。
【0041】
一方、加熱温度が高くなるほど、Caの引き抜き反応が進行しやすくなる。しかしながら、加熱温度が高くなりすぎると、金属塩化物(A)の溶融又は分解が過度に進行し、溶媒不溶性の化合物に変化する場合がある。また、層状CaSi2と金属塩化物(A)が反応し、金属シリサイドを形成する場合がある。従って、加熱温度は、溶媒不溶性の化合物が生成する温度未満の温度、又は金属シリサイドが生成する温度未満の温度が好ましい。
【0042】
例えば、金属塩化物(A)がTaCl5である場合、Taシリサイド(TaSi2)の生成温度は、1430℃である。一方、TaCl5の融点又は分解点は、216℃である。但し、TaCl5の沸点は242℃のため、安全性から沸点以下で反応を進めることが好ましい。
従って、金属塩化物(A)としてTaCl5を用いる場合において、Taシリサイドを生成させることなく、Caの引き抜き反応を効率よく進行させるためには、加熱温度は、170℃以上240℃以下が好ましい。加熱温度は、さらに好ましくは、195℃以上230℃以下である。
【0043】
なお、原料中に2種以上の金属塩化物(A)が含まれる場合、最も低い金属シリサイド生成温度より低い温度で加熱すれば、金属シリサイドの生成を回避することができる。
【0044】
加熱時間は、加熱温度に応じて最適な時間を選択する。加熱時間は、加熱温度にもよるが、通常、1〜50時間である。
また、加熱時の雰囲気は、原料の酸化を防ぐために、不活性雰囲気が好ましい。
反応終了後、反応物を冷却する。冷却は、急冷でも良く、あるいは、徐冷でも良い。
【0045】
[2.3. 洗浄工程]
次に、前記反応工程で得られた反応物を1又は2以上の溶媒で洗浄する(洗浄工程)。これにより、反応混合物から未反応原料及び副生成物が除去され、本発明に係るCa欠損カルシウムシリサイド粉末が得られる。
【0046】
洗浄は、
(1)未反応の前記金属塩化物(A)、
(2)前記金属塩化物(A)から塩素の一部が放出されることにより生成する金属塩化物(B)、及び
(3)反応生成物である塩化Ca
を除去するために行う。
洗浄に用いる溶媒は、金属塩化物(A)、金属塩化物(B)、又は塩化Caのいずれか1種を溶解可能なものでも良く、あるいは、2種以上を溶解可能なものでも良い。
【0047】
金属塩化物(A)、金属塩化物(B)、又は塩化Caのいずれか1種又は2種を溶解可能な2種以上の溶媒を用いる場合、洗浄は、多段階に分けて行うか、あるいは、これらの溶媒の混合溶媒を用いる必要がある。
一方、金属塩化物(A)、金属塩化物(B)及び塩化Caを同時に溶解可能な溶媒を用いる場合、洗浄は、単一の溶媒を用いて一段階で行うことができる。
【0048】
例えば、金属塩化物(A)がTaCl5である場合、TaCl5、TaCl5-x及びCaCl2を同時に溶解可能な溶媒としては、例えば、エタノール、メタノール、ジエチルエーテル、水などがある。
これらの溶媒は、いずれか1種を用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0049】
洗浄後、固形分を分離すると、本発明に係るCa欠損カルシウムシリサイド粉末が得られる。得られた粉末は、そのまま、又は、必要に応じて粉砕した後、負極活物質として用いることができる。
【0050】
[3. 作用]
Ca欠損カルシウムシリサイド粉末は、通常、合成が困難な化合物である。また、得られたとしても他の化合物との複合体として得られる。
これに対し、層状CaSi2と金属塩化物(A)とを反応させる場合において、金属塩化物(A)として、特定の条件を満たす化合物を用いると、金属シリサイドを生成させることなく、層状CaSi2からのCaの引き抜き反応が生じる。出発原料である金属塩化物(A)、並びに、反応副生成物である金属塩化物(B)及び塩化Caは、何れも溶媒(例えば、水)に可溶な化合物である。そのため、反応物から金属塩化物(A)、金属塩化物(B)、及び塩化Caを除去すれば、Ca欠損カルシウムシリサイドを含み、かつ、金属シリサイドを含まない粉末が得られる。
さらに、原料中のM/Ca比の制御を通じて、引き抜きに用いる塩素ガス量を制御することができる。その結果、Ca欠損カルシウムシリサイドの組成制御が可能となる。
【0051】
層状CaSi2と金属塩化物(A)とを反応させる場合において、原料混合物を金属元素シリサイド生成温度以上の温度で加熱すると、CaSi2相中のCaと金属塩化物(A)中の金属元素Mとが交換する形式で、金属シリサイド粒子及びCa欠損カルシウムシリサイドからなるナノコンポジットが得られる。
一方、例えばTaCl5は、金属シリサイド生成温度よりも融点又は分解点が低い。そのため、金属塩化物(A)としてTaCl5を用い、かつ、金属シリサイド生成温度未満の温度で加熱すると、適量の塩素ガス成分が放出され、Caの引き抜き反応のみが起こる。
【0052】
TaCl5以外の金属塩化物(A)の場合も同様であり、金属塩化物(A)及び加熱条件が上述の条件を満たす限りにおいて、原理的には、実質的に金属シリサイドを含まないCa欠損カルシウムシリサイド粉末を合成することができる。
例えば、NbCl5は205℃に融点を、245℃に沸点を持ち、ニオブシリサイド(NbSi2)形成は1400℃以上で生じるため、TaCl5と同様の条件で合成することができる。
また、FeCl3は306℃に融点を持ち、鉄シリサイド(Fe2Si)は1230℃以上で形成するため、好ましくは245℃以上、より好ましくは270℃以上の加熱により、金属シリサイドを含まないCa欠損カルシウムシリサイド粉末を合成することができる。
【0053】
このようにして得られたCa欠損カルシウムシリサイド粉末は、実質的にCa欠損カルシウムシリサイドのみからなり、かつ、高いリチウムイオン吸蔵・放出能、適度な電子伝導性、及び構造安定性を併せ持つ。そのため、これをリチウムイオン二次電池の負極活物質として用いると、高い充放電容量が得られる。
【実施例】
【0054】
(実施例1、参考例2、実施例3〜7、参考例8、比較例1〜4)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1]
すべての作業は、Ar雰囲気中で行われた。粉砕されたCaSi2(レアメタリックス製)と、TaCl5(和光純薬製)とを、Ta/Ca=0.5(モル比)の条件で混合した。混合粉末をステンレス管に封入し、これを215℃で5時間加熱した。室温まで冷却した後に、得られた粉末をエタノール(和光純薬製)で洗浄・ろ過し、乾燥して粉末(活物質)を得た。
【0055】
[1.2. 参考例2]
Ta/Ca=0.1(モル比)とした以外は、実施例1と同様にして粉末を得た。
[1.3. 実施例3]
Ta/Ca=0.35(モル比)とした以外は、実施例1と同様にして粉末を得た。
[1.4. 実施例4]
Ta/Ca=1.0(モル比)とした以外は、実施例1と同様にして粉末を得た。
【0056】
[1.5. 比較例1]
CaSi2をそのまま試験に供した。
[1.6. 比較例2]
Si粒子(粒径<100nm、シグマアルドリッチ製)をそのまま試験に供した。
[1.7. 比較例3]
特許文献2の実施例13に記載の方法を用いて、FeSi2とCa欠損カルシウムシリサイドの混合粉末を作製した。
[1.8. 比較例4]
特許文献2の実施例1に記載の方法を用いて、MnSixとCa欠損カルシウムシリサイドの混合粉末を作製した。
【0057】
[2. 試験方法]
[2.1. 平均組成]
蛍光X線分析(XRF)を用いて、直径1cmの範囲における試料を分析した。
[2.2. 状態解析]
窒素吸着法(Quantachrome製、Autosorb-1)を用いて、細孔径分布を測定した。得られた細孔径分布から、中心細孔径、細孔容積、及びBET比表面積を求めた。
【0058】
[2.3. 充電容量測定]
実施例1、参考例2、実施例3〜4又は比較例1〜4で得られた材料を負極活物質に用いて、充電容量を測定した。負極材料には、活物質と導電助剤(アセチレンブラック、HS100、電気化学工業製)の重量比が70:30となる材料を用いた。電解質には、1M LiPF6含有エチレンカーボネート・ジエチルカーボネート混合溶液(体積比1:1)を用いた。対極には、金属リチウムを用いた。負極材料、電解質、及び対極を用いてリチウムイオン二次電池を作製し、活物質1g当たり100mAの定電流で充放電挙動を測定した。
【0059】
実施例4の活物質と導電助剤の重量比が30:70となる負極材料を用いて充放電挙動を測定した(実施例5)。
同様に、実施例4の活物質と導電助剤の重量比が80:20となる負極材料を用いて充放電挙動を測定した(実施例6)。
同様に、実施例4の活物質と導電助剤の重量比が85:15となる負極材料を用いて充放電挙動を測定した(実施例7)。
同様に、実施例4の活物質と導電助剤の重量比が90:10となる負極材料を用いて充放電挙動を測定した(参考例8)
【0060】
[3. 結果]
[3.1. 平均組成]
表1に、各粉末の平均組成を示す。実施例1、参考例2、実施例3〜4の粉末は、いずれも0.1<y<1の値を持つことを確認した。
【0061】
【表1】
【0062】
表2に、金属Mの含有量を示す。実施例1、参考例2、実施例3〜4におけるTaの含有量は、いずれも5atom%以下であった。一方、比較例3、4では、金属M含有量が多く、金属Mのシリサイドを含む混合粉末であることがわかる。
【0063】
【表2】
【0064】
[3.2. 状態解析]
表3に、各粉末の中心細孔径、細孔容量、BET比表面積を示す。実施例1、参考例2、実施例3〜4は、いずれも3.6〜3.9nmに細孔を持ち、比較例1と比べてCaが欠損することで細孔容量、比表面積が増大することを確認した。
【0065】
【表3】
【0066】
[3.3. 充電容量]
表4に、容量及び容量保持率を示す。なお、「容量」とは、10サイクルの充放電後における電極重量当たりの容量をいう。「容量保持率」とは、初期容量に対する10サイクル経過後の容量の割合をいう。また、図1に、yと負極容量との相関性を示す。
実施例1、参考例2、実施例3〜4のいずれも、CaSi2を用いた比較例1よりも容量が多く、Caが脱離し、細孔・比表面積が増加することによる容量増加の効果を確認した。また、図1に示すように、CaySi2のyが減少するにつれて、負極容量が増加する傾向が見られた。
【0067】
Si粒子を用いた比較例2では、構造が不安定なため、10サイクル経過後までに急激に負極容量が低下し、容量保持率が悪化した。これに対し、実施例1、参考例2、実施例3〜4は、いずれも初期容量をほぼ維持しており、Caを含むCa欠損カルシウムシリサイドによる構造安定化により容量低下が抑えられることを確認した。
また、比較例3、4は、金属シリサイドとの混合粉末であり、Ca欠損カルシウムシリサイドの含有量が少ないため、重量当たりの充放電容量は減少した。すなわち、10サイクル経過後の負極容量において、実施例1、参考例2、実施例3〜4に優位性が存在することを確認した。
【0068】
特に、実施例4で得られたCa欠損カルシウムシリサイドは、導電性が低いため、導電助剤との混合が好ましい。参考例8のように導電助剤が少なすぎると、Ca欠損カルシウムシリサイドとの接点が少なくなる。その結果、導電性を確保できずに負極容量自体が少なくなり、負極材料として相応しくない。表4より、導電助剤の量は、10重量%を上回る量であること、好ましくは15重量%以上、より好ましくは20重量%以上であることがわかる。このような範囲に導電助剤の量を保つことで、優位性を確保できる。
【0069】
【表4】
【0070】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係るリチウムイオン二次電池は、携帯電話、ノートパソコンなどの電子機器、電気自動車などの輸送用機器、並びに、定置式蓄電や非常用蓄電などの蓄電システムなどの電源として使用することができる。
図1