(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態に係る低温用H形鋼(以下本実施形態に係るH形鋼という場合がある)は、所定の化学成分を有し、フランジの板厚の外側から1/4の位置かつフランジ幅の外側から1/6の位置でのフェライト及びベイナイトの一方又は両方の面積率の合計が90%以上、硬質相の面積率が10%以下であり、有効結晶粒径が20.0μm以下、かつ、硬質相の粒径が10.0μm以下であり、円相当径が0.01〜3.0μmのTi酸化物を30個/mm
2以上有し、フランジの板厚が12〜50mmである。
以下、本実施形態に係る低温用H形鋼について説明する。
【0016】
まず、本実施形態に係る低温用H形鋼の成分組成(化学成分)及びその限定理由について説明する。以下、化学成分に係る%は、断りがない限り質量%を意味する。
【0017】
(C:0.03〜0.13%)
Cは、鋼の強化に有効な元素である。この効果を得るため、C含有量を0.03%以上とする。C含有量は、0.04%以上であることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。一方、C含有量が0.13%を超えると硬質相である島状マルテンサイト(MA)や疑似パーライトが増加し、母材や溶接熱影響部の靱性が低下する。したがって、C含有量を0.13%以下とする。好ましくはC含有量を0.10%以下、より好ましくは0.08%未満とする。
【0018】
(Mn:0.80〜2.00%)
Mnは、鋼の強度向上及び有効結晶粒径の微細化に有効な元素である。これらの効果を得るため、Mn含有量を0.80%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.00%以上、より好ましくは1.20%以上、更に好ましくは1.30%以上である。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、介在物の増加等によって、母材及び溶接熱影響部の靱性が低下する。したがって、Mn含有量を2.00%以下とする。好ましくは、1.80%以下である。
【0019】
(Nb:0.005〜0.060%)
Nbはフェライトを微細化させ、鋼の強度及び靭性を向上させる元素である。特に、本実施形態に係る低温用H形鋼では、母材、溶接熱影響部の低温靭性の確保のためにC含有量、Si含有量を制限しており、Nbの含有による強度の確保は有効である。これらの効果を得るため、Nb含有量を0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。一方、Nb含有量が0.060%を超えると、焼入れ性の向上に伴って、硬質相の増加及び/又は硬さの上昇が引き起こされ、靭性が低下する。したがって、Nb含有量を0.060%以下とする。より好ましくは0.050%以下である。
【0020】
(Ti:0.005〜0.025%)
Tiは、フェライトの生成核となるTi酸化物を形成するために必要な元素である。この効果を得るため、Ti含有量を0.005%以上とする。好ましくは0.010%以上である。一方、Ti含有量が0.025%を超えると粗大なTiNやTiCが増加し、これらが脆性破壊の起点となる。そのため、Ti含有量を0.025%以下に制限する。好ましくは0.020%以下である。
【0021】
(O:0.0005〜0.0100%)
Oは、Ti酸化物を形成する元素である。Ti酸化物を十分に生成させるために、O含有量を0.0005%以上とする。好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上、さらに好ましくは0.0020%以上である。一方、O含有量が過剰になると、粗大な酸化物の生成が生成して靭性が低下する。粗大な酸化物の生成を抑制して靭性を確保するため、O含有量を0.0100%以下に制限する。好ましくは0.0070%以下、より好ましくは0.0050%以下である。
【0022】
(Si:0.50%以下)
Siは、脱酸元素であり、強度の向上にも寄与する元素である。しかしながら、Siは、Cと同様、硬質相を生成させる元素である。Si含有量が0.50%を超えると、硬質相の生成によって母材及び溶接熱影響部の靭性が低下するので、Si含有量を0.50%以下に制限する。Si含有量は、0.30%以下が好ましく、0.20%以下がより好ましく、0.10%以下が更に好ましい。Si含有量の下限は規定せず、0%でもよいが、Siは有用な脱酸元素であるので、この効果を得るために0.01%以上としてもよい。
【0023】
(Al:0.008%以下)
Alは、Tiよりも酸化物生成能が高い脱酸元素であり、Ti酸化物を十分に生成させる場合、含有量を制限すべき元素である。Al含有量が0.008%を超えると、Al酸化物の生成によって、フェライトの生成核となるTi酸化物の生成が阻害される。そのため、Al含有量を0.008%以下に制限する。Al含有量は、0.005%以下が好ましく、0.002%以下がより好ましい。Al含有量の下限は規定せず、0%でもよい。
【0024】
(REM:0.0010%以下)
(Ca:0.0010%以下)
(Mg:0.0010%以下)
REM(希土類元素)、Ca及びMgは、Alと同様、何れもTiより酸化物生成能が高い元素であるので、含有量を制限すべき元素である。REM、Ca及びMgの含有量が0.0010%を超えると、フェライトの生成核となるTi酸化物の生成が大きく阻害されるので、REM、Ca、Mgの含有量をそれぞれ0.0010%以下に制限する。REM、Ca及びMgの含有量は、0.0005%以下が好ましい。REM含有量、Ca含有量及びMg含有量の下限は規定せず、0%でもよい。
【0025】
(N:0.0120%以下)
Nは、母材及び溶接熱影響部の靭性を低下させる元素である。N含有量が0.0120%を超えると、固溶Nの増大や粗大な析出物の形成によって低温靭性の低下が著しくなる。そのため、N含有量を0.0120%以下に制限する。N含有量は好ましくは0.0100%以下、より好ましくは0.0070%以下とする。一方、N含有量は0%でもよいが、N含有量を0.0020%未満に低減しようとすると製鋼コストが高くなるので、N含有量を0.0020%以上としてもよい。コストの観点から、N含有量は0.0030%以上であってもよい。
【0026】
本実施形態に係る低温用H形鋼は、上記元素を含み、残部がFe及び不純物からなることを基本とする。しかしながら、Feの一部に代えて、強度及び靱性の向上を目的として、V、Cu、Ni、Mo、Crからなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有させてもよい。ただし、これらの元素は必ずしも含有させる必要はない任意元素であるので、下限は0%である。また、これらの任意元素が後述する範囲未満含有されていたとしても、本実施形態に係る低温用H形鋼の特性を阻害しないので、許容される。また、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石若しくはスクラップ等のような原料から、又は製造工程の種々の環境から混入する成分であって、鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0027】
(V:0.01〜0.08%)
Vは、窒化物(VN)を形成し、鋼の強度を高める元素である。この効果を得る場合、V含有量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.02%以上、さらに好ましくは0.03%以上である。一方、Vは高価な元素であるので、含有させる場合でも、V含有量の上限は0.08%が好ましい。
【0028】
(Cu:0.01〜0.40%)
Cuは、強度の向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.10%である。一方、Cu含有量が0.40%を超えると強度が過剰に上昇し、低温靭性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Cu含有量を0.40%以下とする。Cu含有量は好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.20%以下である。
【0029】
(Ni:0.01〜0.70%)
Niは、強度及び靭性を高めるために、極めて有効な元素である。これらの効果を得る場合、Ni含有量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.10%以上、更に好ましくは0.20%以上である。一方、Niは高価な元素であり、合金コストの上昇を抑制するため、含有させる場合でもNi含有量を0.70%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.50%以下である。
【0030】
(Mo:0.01〜0.10%)
Moは、強度の向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、Mo含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Mo含有量が0.10%を超えると、Mo炭化物(Mo
2C)の析出や硬質相の生成が促進され、溶接熱影響部の靱性が劣化することがある。そのため、含有させる場合でも、Mo含有量を0.10%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、0.05%以下がより好ましい。
【0031】
(Cr:0.01〜0.20%)
Crも強度の向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、Cr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr含有量が0.20%を超えると炭化物が生成し、靭性が低下することがある。そのため、含有させる場合でも、Cr含有量を0.20%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.10%以下である。
【0032】
(P、S)
不可避的に不純物として含有されるP、Sについては、含有量を特に限定しない。ただし、P、Sは、凝固偏析による溶接割れ、靱性低下の原因となるので、極力低減すべきである。P含有量は0.020%以下に制限することが好ましく、0.002%以下に制限することがより好ましい。また、S含有量は、0.002%以下に制限することが好ましい。
【0033】
(CEV:0.40以下)
本実施形態に係る低温用H形鋼は、上述の通り、基本元素を含有し残部がFe及び不純物からなる場合、及び、基本元素と任意元素とを含有し残部がFe及び不純物からなる場合のいずれも許容される。
さらに、本実施形態に係る低温用H形鋼では、各元素の含有量に加えて、各元素の含有量から計算されるCEVを0.40以下にする必要がある。
CEVは、焼入れ性の指標であり、所定の強度を確保するためには高めることが好ましい。しかしながら、CEVが0.40を超えると、溶接部の靱性が低下する。そのため、CEVを0.40以下とする。一方、CEVを低減させると焼入れ性が低下し、組織が粗大化するおそれがあるので、CEVを0.20以上とすることが好ましい。
CEVは、下記式(1)で求めることができる。下記式(1)において、C、Mn、Cr、Mo、V、Ni、Cuは、各元素の質量%での含有量であり、含有されない場合は、これらの含有量を0としてCEVを求める。
【0034】
CEV=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15 ・・・(1)
【0035】
次に、本実施形態に係る低温用H形鋼の金属組織、フランジの板厚及び特性について説明する。
【0036】
本実施形態に係る低温用H形鋼の場合、フランジの特性が重要である。そのため、本実施形態に係る低温用H形鋼では、フランジの組織、特性を評価する。ただし、H形鋼では、その形状から、フランジの端部では熱間圧延時に温度が低下しやすく、中央部では温度低下し難いので、位置によって温度履歴が変化する。このため、本実施形態では、H形鋼の金属組織の観察及び機械特性(強度、シャルピー吸収エネルギー及びCTOD特性)の測定は、
図4に示すように、熱間圧延時に温度が低下し易いフランジの端部と、温度が低下し難い中央部との中間である、H形鋼の幅方向断面における、フランジの板厚(t
f)の外側から1/4の位置((1/4)t
f)かつフランジ幅(F)の外側から1/6の位置((1/6)F)から、試験片を採取して行う。圧延時の温度分布から、この位置では、H形鋼の平均的な機械特性が得られると考えられる。(3/4)t
fかつ(1/6)Fの組織及び機械特性は、(1/4)t
fかつ(1/6)Fと同等である。
【0037】
(フェライト及びベイナイトの一方又は両方の面積率の合計:90%以上)
(硬質相の面積率:10%以下)
本実施形態に係る低温用H形鋼の金属組織は、フェライト及びベイナイトの一方又は両方の面積率の合計が90%以上である。上限は特に制限せず、100%でもよい。また、フェライト、ベイナイトのそれぞれの面積率を限定する必要はない。
一方、低温靭性を低下させるMA、疑似パーライトの一方又は両方からなる硬質相の面積率は10%以下に制限する。硬質相の面積率の下限は特に制限せず、0%でもよい。硬質相のうち、疑似パーライトは、パーライトに比べ、ラメラ状のセメンタイトが分断されているか、板状のセメンタイトの長手方向が粒内で揃っていない相である。疑似パーライトは、パーライトに比べて硬質であるため、低温靭性を低下させる。
本実施形態に係る低温用H形鋼は、フェライト、ベイナイト、硬質相以外の残部として、パーライトが含まれる場合がある。
【0038】
(有効結晶粒径:20.0μm以下)
(硬質相の粒径:10.0μm以下)
有効結晶粒径は、フェライト、ベイナイト、疑似パーライト、MA、パーライトなどが混在する金属組織の靱性と相関がある。本実施形態に係る低温用H形鋼では、靱性を確保するために、有効結晶粒径を20.0μm以下とする。有効結晶粒径は、15°以上の方位差からなる大角粒界で囲まれる領域の円相当径である。
破壊の起点となる硬質相は、有効結晶粒径よりも微細にすることが必要であり、硬質相の粒径を10.0μm以下とする。硬質相の粒径が10.0μmを超えると、靭性が低下する。
【0039】
本実施形態に係る低温用H形鋼の金属組織の評価は、H形鋼の幅方向断面の
図4に示す(1/4)t
f、かつ、(1/6)Fの位置から試料を採取し、光学顕微鏡及び電子線後方散乱回折法(EBSD)によって行う。
具体的には、光学顕微鏡によって、500μm(フランジ長手方向)×400μm(フランジ厚方向)の長方形内の領域を観察し、フェライト、ベイナイトの一方又は両方の面積率の合計、硬質相の面積率を測定する。このとき、硬質相の粒径の測定も行う。硬質相は、光学顕微鏡によってフェライト、ベイナイト、パーライトと判別して粒径を測定する。また、有効結晶粒径は、EBSDによって、15°以上の方位差からなる大角粒界で囲まれる領域を有効結晶粒として、その円相当径として求める。有効結晶粒径は、フェライト、ベイナイト、硬質相(疑似パーライト、MA)、残部(パーライト)を判別せず、EBSDによって測定する。
【0040】
(円相当径0.01〜3.0μmのTi酸化物:30個/mm
2以上)
円相当径が0.01〜3.0μmのTi酸化物は粒内フェライトの核生成サイトとなる。円相当径0.01〜3.0μmのTi酸化物は、FL近傍の粗大化したオーステナイトを粒内フェライトの生成によって微細化させ、粒界フェライトや粗大なベイナイトの生成を抑制する。0.01〜3.0μmのTi酸化物の個数密度が30個/mm
2以上の場合、HAZの−40℃、−60℃でのシャルピー吸収エネルギーが60J以上になる。また、
図2に示すように、−20℃におけるHAZの限界CTOD値が0.40mm以上になる。一方、Ti酸化物が30個/mm
2未満では、粒内フェライトの生成が不十分となり、HAZ靭性が低下する。従って、HAZ靭性を確保するために、円相当径が0.01〜3.0μmのTi酸化物を30個/mm
2以上とする。
上述の成分組成の範囲内では靱性に悪影響を及ぼすほどのTi酸化物が生成することはないので個数密度の上限を規定する必要はない。ただし、HAZ靭性を高めるために、円相当径が0.01〜3.0μmのTi酸化物の個数密度は100個/mm
2以下が好ましい。
【0041】
鋼中に存在するTi酸化物の円相当径及び個数密度は、金属組織の評価と同様の部位から試料を採取して抽出レプリカを作製し、透過型電子顕微鏡(TEM)によって合計で4mm
2以上の領域を観察し、撮影した写真を用いて測定する。本実施形態において、Ti酸化物とは、TiO、TiO
2、Ti
2O
3だけでなく、これらとTiを含まない酸化物との複合酸化物、更に、Ti酸化物や複合酸化物と硫化物との複合介在物も含む。粒内変態に寄与するTi酸化物の円相当径は0.01〜3.0μmであり、円相当径が0.01μm未満及び3.0μm超のTi酸化物の個数は測定する必要がない。
観察された介在物がTi酸化物であるかどうかは、形状等からも判断できるが、EDSやEPMA等を用いて、Ti酸化物であることを確認してもよい。
【0042】
(フランジの板厚:12〜50mm)
本実施形態に係る低温用H形鋼のフランジの板厚は、12〜50mmとする。これは、低温用構造物に用いられるH形鋼には、板厚が12〜50mmのサイズのH形鋼が多用されるためである。低温用構造物に用いられるH形鋼のフランジの板厚は、16mm以上であることが好ましい。一方、フランジの板厚が50mmを超えると、圧下量が不足するために組織が粗大化し、脆性破壊を引き起こす可能性がある。フランジの板厚は、40mm以下であることが好ましい。
【0043】
ウェブの板厚は、一般的にフランジの板厚より薄くなるため、8〜40mmとすることが好ましい。フランジ/ウェブの板厚比に関してはH形鋼を熱間圧延で製造する場合を想定して、0.5〜2.5とすることが好ましい。フランジ/ウェブの板厚比が2.5を超えると、ウェブが波打ち状の形状に変形することがある。一方、フランジ/ウェブの板厚比が0.5未満の場合は、フランジが波打ち状の形状に変形することがある。
【0044】
H形鋼の強度は、構造部材としての使用を想定し、常温の降伏点(YP)又は0.2%耐力が335MPa以上、引張強度(TS)が460MPa以上である。また、降伏比(YR)は、0.80以上であることが好ましい。
また、母材及び溶接熱影響部の−40℃及び−60℃でのシャルピー吸収エネルギーの目標値は60J以上である。母材の−40℃及び−60℃でのシャルピー吸収エネルギーは、好ましくは100J以上である。また、遷移曲線(シャルピー試験温度と吸収エネルギーとの関係を示す曲線)を作成した際の吸収エネルギーの最高値が高い方が、構造物の信頼性が高くなるので、−5℃での母材の靭性(シャルピー吸収エネルギー)は、300J以上であることが好ましい。更に、母材及び溶接熱影響部の−20℃における限界CTOD値(き裂先端開口量)の目標値は0.40mm以上であり、pop−inなどの脆性破壊が生じないことがより好ましい。溶接熱影響部の靱性は、最も高温に加熱され、粗粒になる溶融線(FL)をノッチ位置として評価する。鋼の靭性を示す指標として、シャルピー吸収エネルギーとCTOD値とは同様の傾向を示す。しかしながら、その相関は明確でなく、シャルピー吸収エネルギーが目標値を満足しても、CTOD値が目標値を満足するとは言えない。本実施形態に係る低温用H形鋼では、シャルピー吸収エネルギー、CTOD値の両方が目標値を満足する場合に、低温靭性に優れると判断する。
【0045】
次に、本実施形態に係る低温用H形鋼の製造方法について説明する。本実施形態に係る低温用H形鋼は、所定の化学成分を有するように溶製された溶鋼を連続鋳造等によって鋳造することによって得られた鋼片に対し、
図5に示すように、加熱炉で加熱し、粗圧延機、中間圧延機及び仕上げ圧延機で、粗圧延、中間圧延、仕上圧延からなる熱間圧延を行い、全断面水冷装置によって加速冷却を行って製造する。熱間圧延のうち、粗圧延は、必要に応じて行えばよく、省略してもよい。
以下、各工程について説明する。
【0046】
<溶製工程>
<鋳造工程>
(Ti添加直前の溶鋼中の酸素量:0.0015〜0.0110%)
溶製工程及び鋳造工程(図示しない)では、任意の方法で上述した範囲に鋼(溶鋼)の化学成分を調整した後、鋳造し、鋼片を得る。
しかしながら、本実施形態に係る低温用H形鋼を得る場合、鋼中にTi酸化物を形成させるため、成分調整時、Tiを添加する直前の溶鋼に含まれる酸素量を制御する必要がある。溶鋼中の酸素量は、Ti酸化物の形成に十分な量を確保するため、0.0015%以上とする。好ましくは0.0025%以上である。一方、低温靭性を確保するには粗大な酸化物の生成を抑制する必要がある。そのため、溶鋼中の酸素量(酸素濃度)を0.0110%以下に制限する。好ましくは0.0090%以下、より好ましくは0.0080%以下である。Tiを添加し、必要に応じて溶鋼の化学成分を調整した後、鋳造し、鋼片を得る。鋳造は、生産性の観点から、連続鋳造が好ましい。また、鋼片の厚みは、生産性の観点から、200mm以上とすることが好ましく、偏析の低減や、熱間圧延における加熱温度の均質性などを考慮すると、350mm以下が好ましい。
【0047】
<熱間圧延工程>
次に、加熱炉を用いて鋼片を加熱し、熱間圧延を行う。熱間圧延は、粗圧延機を用いて行う粗圧延、中間圧延機を用いる中間圧延、仕上圧延機を用いて行う仕上げ圧延からなる。粗圧延は中間圧延の前に、必要に応じて行う工程であり、鋼片の厚みと製品の厚みに応じて行う。また、中間圧延は、中間ユニバーサル圧延機(中間圧延機)と水冷装置(図示しない)とを用いてパス間水冷圧延を行ってもよい。
【0048】
(鋼片の加熱温度:1100〜1350℃)
熱間圧延に供する鋼片の加熱温度は、1100〜1350℃とする。加熱温度が低いと変形抵抗が高くなるので、熱間圧延における造形性を確保するために加熱温度を1100℃以上とする。Nbなど、析出物を形成する元素を十分に固溶させるためには、鋼片の加熱温度を1150℃以上とすることが好ましい。特に、製品の板厚が薄い場合は、累積圧下率が大きくなるので、鋼片の加熱温度を1200℃以上にすることが好ましい。一方、鋼片の加熱温度が1350℃を超えると、素材である鋼片の表面の酸化物が溶融して加熱炉内が損傷することがある。そのため、加熱温度は1350℃以下とする。組織を微細にするためには、鋼片の加熱温度を1300℃以下にすることが好ましい。
【0049】
熱間圧延の中間圧延では、制御圧延を行ってもよい。制御圧延は、圧延温度及び圧下率を制御して行う圧延方法である。熱間圧延の中間圧延では、パス間水冷圧延加工を1パス以上施すことが好ましい。パス間水冷圧延加工は、圧延パス間で水冷を行うことにより、フランジの表層部と内部とに温度差を付与し、圧延する方法である。パス間水冷圧延加工では、例えば、圧延パス間における水冷により、700℃以下にフランジ表面温度を水冷した後、復熱過程で圧延する。
【0050】
パス間水冷圧延加工を行う場合、中間ユニバーサル圧延機の前後に設けた水冷装置(図示しない)を用いて、圧延パス間の水冷を行うことが好ましく、水冷装置によるフランジ外側面のスプレー冷却とリバース圧延とを繰り返し行うことが好ましい。パス間水冷圧延加工では、圧下率が小さい場合でも、板厚の内部まで加工歪みを導入することができる。また、水冷により圧延温度を短時間で低下させることによって、生産性も向上する。
【0051】
(熱間圧延の仕上温度:(Ar
3−30)℃以上900℃以下)
熱間圧延の仕上温度は(Ar
3−30)℃以上900℃以下とする。仕上温度が900℃を超えると圧延後に粗大なオーステナイトが残存する。この粗大なオーステナイトが冷却によって粗大なベイナイトに変態すると脆性破壊の起点となり、靱性が低下する。好ましくは仕上温度を850℃以下とする。熱間圧延の仕上温度は、H形鋼の形状精度等を考慮して、フェライト変態の開始温度である(Ar
3−30)℃以上とする。Ar
3は、下記式(2)によって求めることができる。下記式(2)おいて、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Moは、各元素の質量%での含有量であり、含有しない場合は、これらの含有量を0としてAr
3を求める。
【0052】
Ar
3=868−396×C+24.6×Si−68.1×Mn−36.1×Ni−20.7×Cu−24.8×Cr+29.6×Mo ・・・ (2)
【0053】
また、熱間圧延として、鋼片を1100〜1350℃に加熱して熱間圧延(一次圧延)し、500℃以下に冷却した後、再度、1100〜1350℃に加熱し、熱間圧延(二次圧延)を行う製造プロセス、いわゆる2ヒート圧延を採用してもよい。2ヒート圧延では、熱間圧延での1回あたりの塑性変形量が少なく、圧延工程での温度の低下も小さくなるため、加熱温度を低めにすることができる。
【0054】
<加速冷却工程>
熱間圧延の終了後は、そのまま、仕上圧延機の出側に設けた水冷装置(全断面水冷装置)によって、フランジの内面及び外面に加速冷却を施す。仕上圧延機から全断面水冷装置までの間は空冷されるが、加速冷却の開始温度は熱間圧延の仕上温度と同等であるか、やや低下することがあっても、特性にはほとんど影響しない。また、フランジの内面及び外面に加速冷却を施すことにより、フランジの内外面の冷却速度が均一になり、材質及び形状精度を向上させることができる。ウェブの上面はフランジの内面に噴射した冷却水によって、上面側が冷却される。ウェブの反りを抑制するため、ウェブの下面側から冷却してもよい。
【0055】
(加速冷却の冷却速度:15℃/秒超)
加速冷却は、例えば、
図1に示す水冷装置によって、H形鋼1のフランジ2の外面、内面ともに、スプレー冷却(スプレーノズル4からの冷却水5による冷却)によって行う。加速冷却の冷却速度は、有効結晶粒径の粗大化や、疑似パーライト及びMAの一方または両方からなる硬質相の生成を抑制して靭性を向上させ、かつ焼入れの効果によって強度を高めるため、15℃/秒超とする。冷却速度が15℃/秒超の加速冷却を施し、組織の微細化を図ることで、0.005%以上のNbを含有させても、低温靭性を確保できる。一方、本実施形態に係る低温用H形鋼ではTiO
Xを生成させているので、鋼中のTiNが減少し、初期オーステナイトが粗大化しやすい。そのため、加速冷却速度が15℃/秒以下では粗大組織の生成による靭性低下が顕著となる。加速冷却の冷却速度は、好ましくは18℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上とする。加速冷却の冷却速度の上限は限定しないが、形状精度を考慮すると、50℃/秒以下が好ましい。
本実施形態において、加速冷却の冷却速度とは、
図7に示すように、加速冷却開始時の表面温度と復熱後の表面温度との温度差(ΔT)を、水冷時間(Δt
1)で割って算出する。水冷終了から復熱完了までの時間(Δt
2)は、考慮しない。
【0056】
(冷却停止温度:300℃以下)
加速冷却は、H形鋼の表面温度が300℃以下になるまで行う。冷却停止時(水冷終了時)のH形鋼の表面温度が300℃超では、硬質相の増加や組織の粗大化により靭性が低下する。
【0057】
(復熱による最高到達温度:350〜700℃)
H形鋼の表面の温度は、加速冷却によって内部の温度に比べて早く低下するが、加速冷却を停止した後、内部からの熱伝導によって上昇し、内部温度と等しくなる。本実施形態では、このような復熱後に表面温度が到達する最高温度を一定の範囲内に制御するように加速冷却を行う。具体的には、復熱後のフランジ幅の外側から1/6の位置での表面の最高到達温度が、350〜700℃となるように加速冷却を行う。復熱による最高到達温度が700℃を超えると、有効結晶粒径の粗大化や硬質相(主に疑似パーライト)の増加によって靱性が低下する。一方、最高到達温度が350℃未満になると強度の上昇や硬質相(主にMA)の増加によって低温靭性が低下する。
図3に示すように、加速冷却後の復熱温度が350〜700℃の間でH形鋼(母材)の低温靭性が向上しており、目標である60J以上になる。
【0058】
<熱処理工程>
加速冷却後、強度及び靭性を調整するために熱処理を施してもよい。この熱処理は、オーステナイトへの変態が開始する温度(Ac
1)以下で行えばよいが、100〜700℃の範囲で行うことが好ましい。より好ましくは、下限を300℃、上限を650℃とする。更に好ましくは、下限を400℃、上限を600℃とする。
【実施例】
【0059】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0060】
表1及び2に示す成分組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造により、厚みが240〜300mmの鋼片を製造した。鋼の溶製は転炉で行い、溶存酸素量を調整した後、Tiを含む合金を添加して成分を調整し、必要に応じて、真空脱ガス処理を行った。
得られた鋼片を表3及び4に示す条件で、加熱し、熱間圧延を行い、加速冷却を施した。表3及び4の復熱温度は、加速冷却停止後の復熱による最高到達温度を意味する。熱間圧延では、粗圧延に続いて、中間ユニバーサル圧延機と、その前後に設けた水冷装置とを用いて、フランジ外側面のスプレー冷却とリバース圧延とを行った。表1及び表2に示した成分は、製造後のH形鋼から採取した試料を化学分析して求めた。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
図4に示すように、H形鋼の幅方向断面におけるフランジの板厚(t
f)の外側から1/4の位置((1/4)t
f)かつフランジ幅(F)の外側から1/6の位置((1/6)F)から、圧延方向を長さ方向とする試験片を採取し、機械特性を測定した。機械特性として、降伏点(YP)、引張強度(TS)、−5℃、−40℃及び−60℃でのシャルピー吸収エネルギー(それぞれvE
−5℃、vE
−40℃、vE
−60℃)を測定した。引張試験は、JIS Z 2241に準拠して常温で行い、シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242に準拠して−5℃、−40℃及び−60℃で行った。
【0066】
また、これらの機械特性の測定に用いた試験片を採取した位置から試料を採取し、500μm(長手方向)×400μm(フランジ厚方向)の長方形内の領域について、光学顕微鏡で金属組織の観察を行って、フェライト、ベイナイトの一方又は両方の面積率の合計、硬質相の面積率及び粒径を測定した。金属組織の観察により、残部がパーライトであることも確認した。有効結晶粒径はEBSDによって測定した。円相当径が0.01〜3.0μmのTi酸化物の個数は、金属組織の評価と同様の部位から試料を採取して抽出レプリカを作製し、4mm
2以上の領域についてTEMを用いて測定した。
【0067】
次に、CTOD試験片を作製し、H形鋼(母材)の−20℃における限界CTOD値(き裂先端開口量)を測定した。CTOD試験片は、フランジ部の全厚を切り出して平滑試験片を作製し、元のウェブ表面の延長線上をノッチ位置として作製した。試験方法はBS7448に従った。
【0068】
また、以下の方法により、溶接熱影響部のCTOD値及びシャルピー吸収エネルギーを測定した。試験片の採取位置はEN10225に従った。まず、H形鋼(母材)のフランジ部を切り出し、レ型開先を施し、溶接入熱35kJ/cmにて、サブマージアーク溶接を行った。そして、開先の垂直側のボンド部において、
図6Aに示すFLをノッチ位置とする試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を行った。CTOD試験はノッチ位置が
図6Bに示すFLとなるように試験片を採取して行った。そして、母材の試験と同様にして、溶接熱影響部の−40℃及び60℃でのシャルピー吸収エネルギーと−20℃における限界CTOD値(き裂先端開口量)とを測定した。このように、最も高温に加熱されるFLをノッチ位置として、溶接熱影響による粗粒域の靱性を評価した。
【0069】
結果を表5及び6に示す。H形鋼の各特性の目標値は、常温の降伏点(YP)又は0.2%耐力が335MPa以上、引張強度(TS)が460〜620MPa、−40℃及び−60℃のシャルピー吸収エネルギーが何れも60J以上であり、−20℃におけるCTOD値は0.40mm以上である。溶接熱影響部のシャルピー吸収エネルギー及びCTOD値の目標値は、母材と同じである。
【0070】
【表5】
【0071】
【表6】
【0072】
表5に示すように、本発明例であるNo.1〜21は、常温の0.2%耐力(YP)が高く、引張強度(TS)目標値の範囲内であり、かつ、シャルピー吸収エネルギー及び限界CTOD値も、母材、溶接熱影響部ともに目標を十分に満たしている。
【0073】
一方、表6に示すように、No.22はC含有量が少ないため強度が不足している。No.23はC含有量が多く、No.24はSi含有量が多く、No.39はCEVが高く、硬質相の増加及び粗大化によって靱性が低下している。No.25はMn含有量が少なく、No.27はNb量が少ないため、有効結晶粒径が大きくなり、強度及び靱性が低下している。No.26、29、30及び31は、それぞれ、Mn含有量、Ti含有量、O含有量及びN含有量が多く、介在物に起因して靱性が低下している。No.28は、Nb含有量が多く、焼入れ性の向上に伴って、硬質相の増加及び/又は硬さの上昇が引き起こされ、靭性が低下した。No.35はO(酸素)含有量が少なく、十分なTiO
Xが生成しなかったために継手の靭性が低下している。No.36はCa含有量が過剰であり、No.37はTi含有量が不足しており、No.41は、Al含有量が過剰であり、何れも十分なTiO
Xが生成しなかったため、継手の靭性が低下している。No.38は、製鋼工程においてTiを添加する直前の溶鋼に含まれる酸素量が少なく、十分なTiO
Xが生成しなかったために継手の靭性が低下している。
【0074】
No.32は加速冷却の停止温度が高く、No.33は冷却速度が遅いため、有効結晶粒径が大きくなり、強度及び靱性が低下している。No.34は仕上温度が高い例であり、靭性が低下している。No.40は、復熱温度が低く、硬質相が増加して母材靭性が低下している。