(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6390963
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】医療用容器
(51)【国際特許分類】
A61J 1/10 20060101AFI20180910BHJP
B65D 1/00 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
A61J1/10 331A
B65D1/00 111
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-544457(P2014-544457)
(86)(22)【出願日】2013年10月24日
(86)【国際出願番号】JP2013078801
(87)【国際公開番号】WO2014069323
(87)【国際公開日】20140508
【審査請求日】2016年10月21日
(31)【優先権主張番号】特願2012-240054(P2012-240054)
(32)【優先日】2012年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000104674
【氏名又は名称】キョーラク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126398
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 典子
(72)【発明者】
【氏名】佐野 尊
(72)【発明者】
【氏名】内橋 健太郎
【審査官】
村上 勝見
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−314490(JP,A)
【文献】
特開2012−136598(JP,A)
【文献】
特開2010−005851(JP,A)
【文献】
特開2005−200464(JP,A)
【文献】
特開2005−053131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61J 1/10
B65D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線の照射により滅菌処理が施される医療用容器であって、
少なくとも内面が長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂により形成されており、
前記長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂は、密度が925〜970kg/m3、メルトフローレート(MFR)が0.1〜100g/10分、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーによる分子量測定において2つのピークを示し、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が2.0〜7.0の範囲であり、かつ分子量分別した際のMnが10万以上のフラクション中に長鎖分岐を主鎖1000炭素数あたり0.15個以上有するものであり、
幅9mm×長さ40mmの大きさで厚さが1mmの試験片を作成し、その試験片を紫外線吸収スペクトル測定用セルに浸し水中での波長450nmの透過率を測定した時の透過率が70%以上であり、
内容積32mlの容器に水を20ml入れ、55℃(湿度ドライ)における1日当たりの透過量を測定した時の透過量が0.008g以下であることを特徴とする医療用容器。
【請求項2】
前記長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂は、長鎖ポリエチレン鎖の末端にのみ分岐構造を有することを特徴とする請求項1記載の医療用容器。
【請求項3】
多層の成形体からなり、内外層が長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1または2記載の医療用容器。
【請求項4】
放射線滅菌を行った容器量8mlの容器をイオン交換水で2回、ミリポア水で1回洗浄した後、2.69mlの薬液を容器に入れてシールしたものを70℃恒温槽にて1日放置し、その後、恒温槽から取り出して1時間常温にて放置したもの0.5mlに0.0248mlの塩化カリウムを入れてpHを測定した時に、測定したpHと、同様にガラス容器で測定したpHとの差が0.5以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の医療容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種薬液等が充填される医療用容器に関するものであり、特に、放射線照射による滅菌処理が施される医療用容器の改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種薬液が充填される医療用容器として、例えばプラスチックをブロー成形したブロー成形ボトルやブロー成形バッグ等が用いられている。ブロー成形によれば効率的に容器を製造することが可能であり、近年では、バイアルと称される医療用容器もブロー成形技術により製造されるようになってきている。
【0003】
ただし、前記医療用容器においては、一般の容器に比べて耐薬剤性やガスバリア性等に関する要求が厳しく、これら性能と併せて透明性や機械的強度等も要求される。そこで、これら要求に応えるべく、使用するプラスチック材料や層構成等について、様々な検討がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、少なくとも二層のプラスチックフィルムから形成され、使用前に滅菌される可撓性の滅菌可能な容器が開示されており、第1の層がポリ(エチレン−酢酸ビニル)から形成され、第2、第3の層がポリエチレン等から形成されることが記載されている。特許文献1記載の容器は、可塑剤を含んでいる材料を使用していないので、酢酸のような材料の容器内容物への移行を最小にすることができ、医療規格の透明な可撓性プラスチック容器を提供することができる、という特徴を有している。また、特許文献1記載の容器は、落下試験に耐えうる機械的強度を有し、熱滅菌した時にも変形または破裂することが少なく、熱滅菌中または後に容器対容器粘着性も示さない等の優れた性能も有する。
【0005】
同様に、特許文献2には、少なくとも三層よりなる積層体より構成され、各層が所定の密度を有しメタロセン触媒により重合されるポリエチレンまたはエチレン−α−オレフィン共重合体により形成された医療用具が開示されている。特許文献2に記載される医療用具は、血小板保存バッグ等に好適なものであり、柔軟性、透明性、接着性に優れ、ガス透過性を調整することが可能であり、インフレーション成形及び放射線滅菌が可能である、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平6−51049号公報
【特許文献2】特開2002−136572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、医療用容器においては、滅菌処理が必須であり、例えば蒸気滅菌等の滅菌処理が施されてきた。近年、滅菌方法も種々提案され、前記特許文献2にも記載されているように、放射線の照射による滅菌処理も普及してきている。放射線による滅菌処理は、オートクレーブによる高圧蒸気滅菌や酸化エチレンを用いたガス滅菌等に比べて安価に、且つ短時間で滅菌処理を行うことができ、有害物質が残留するおそれもないという利点を有する。
【0008】
したがって、先の特許文献1や特許文献2に記載されるようなポリエチレン系の樹脂で形成された医療用容器においても、放射線の照射による滅菌処理を施すことが望まれる。しかしながら、本件発明者らが種々の検討を重ねた結果、ポリエチレン系樹脂で形成された容器に対して放射線照射による滅菌処理を施すと、酸性物質(カルボン酸)が発生することがわかってきた。
【0009】
本件発明者らの実験によれば、過酷試験において、溶出物試験を行うと、pHが酸性側に振れ、ブランクとの差が1.5以内という規格を外れる可能性が示唆された。酸性物質の発生は、容器の内容物に対して悪影響を与える可能性があり、特に薬液等が充填される医療用容器においては、極力抑える必要がある。
【0010】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、耐薬剤性やガスバリア性、透明性、機械的強度等の基本的性能に優れるのみならず、放射線照射による滅菌処理を施しても酸性物質の発生の少ない医療用容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前述の目的を達成するために、長期に亘り研究を重ねてきた。その結果、ある種のポリエチレンを用いることで、放射線照射による殺菌処理を施した場合にも、酸性物質の発生を大幅に抑制し得ることを見出すに至った。
【0012】
本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。すなわち、本発明の医療容器は、放射線の照射により滅菌処理が施される医療用容器であって、少なくとも内面が長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂により形成されており、前記長鎖分岐構造を有するポリエチレン樹脂は、密度が925〜970kg/m
3、メルトフローレート(MFR)が0.1〜100g/10分、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーによる分子量測定において2つのピークを示し、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)が2.0〜7.0の範囲であり、かつ分子量分別した際のMnが10万以上のフラクション中に長鎖分岐を主鎖1000炭素数あたり0.15個以上有するもの
であり、幅9mm×長さ40mmの大きさで厚さが1mmの試験片を作成し、その試験片を紫外線吸収スペクトル測定用セルに浸し水中での波長450nmの透過率を測定した時の透過率が70%以上であり、内容積32mlの容器に水を20ml入れ、55℃(湿度ドライ)における1日当たりの透過量を測定した時の透過量が0.008g以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐薬剤性やガスバリア性、透明性、機械的強度等の性能に優れ、放射線照射による滅菌処理を施しても酸性物質の発生の少ない医療用容器を提供することが可能である。
【0014】
以下、本発明を適用した医療用容器の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
本発明の医療用容器は、ポリエチレン系樹脂により形成されるものである。ここで、ポリエチレンとしては、高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)や、中低圧法高密度ポリエチレン(HDPE)、直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)等が一般的であるが、本発明においては、長鎖分岐構造を有するポリエチレンを用いる。
【0016】
長鎖分岐構造を有するポリエチレン(以下、長鎖分岐ポリエチレンと称する。)は、例えば特開2012−136598号公報等に記載されるようなものであり、長鎖ポリエチレン鎖の末端にのみ分岐構造を有し、一般的なポリエチレンに比べて分岐構造の数が少ないという特徴を有する。
【0017】
係る長鎖分岐ポリエチレンは、スメクタイト族ヘクトライトに属する粘土鉱物を特定の有機化合物にて変性した有機変性粘土鉱物、及び有機アルミニウム化合物からなる触媒を用いてエチレン重合を行うことにより製造することができる。
【0018】
使用する長鎖分岐ポリエチレンの物性は任意であるが、例えば密度は、JIS K7676を準拠し測定した密度の値として、925〜970kg/m
3の範囲であることが好ましく、特に好ましくは930〜960kg/m
3の範囲である。また、使用する長鎖分岐ポリエチレンは、GPCによる分子量測定において2つのピークを示すことが好ましい。
【0019】
さらに、使用する長鎖分岐ポリエチレンの重量平均分子量(Mw)と数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)は、2.0〜7.0、好ましくは2.5〜7.0、さらに好ましくは3.0〜6.0である。GPCにより測定した数平均分子量(Mn)は15,000以上であることが好ましく、さらに好ましくは15,000〜100,000、特に15,000〜50,000が好ましい。
【0020】
使用する長鎖分岐ポリエチレンの好ましい長鎖分岐数は、主鎖1000炭素数あたり0.02個以上である。分子量分別で得られたMnが10万以上のフラクションの長鎖分岐数は、主鎖1000炭素数あたり0.15個以上である。分子量分別で得られた数平均分子量Mn10万以上のフラクションの割合は、ポリマー全体の40%未満であることが望ましい。
【0021】
これら長鎖分岐ポリエチレンの物性値は、医療用容器を成形する際の成形性や、成形された容器の機械的特性等を確保する上で好ましい範囲ということになる。
【0022】
本発明の医療用容器は、前述の長鎖分岐ポリエチレンを用いて成形されるものであるが、少なくとも内面が長鎖分岐ポリエチレンにより形成されていればよく、層構成としては、単層であってもよいし、多層構成であってもよい。
【0023】
多層構成とする場合には、2層構成、3層構成、さらにはそれ以上の多層構成のいずれであってもよく、例えば3層構成とし、内外層を前述の長鎖分岐ポリエチレンを用いて成形するのは、好ましい形態である。いずれの場合にも、最内層を前記長鎖分岐ポリエチレンにより形成することで、放射線滅菌による影響(酸性物質の発生による内容物への影響)を抑えることができる。
【0024】
なお、医療用容器を多層構成とする場合、最内層以外の層に用いる樹脂材料は任意である。例えば、最内層以外の層のいずれかを長鎖分岐ポリエチレンを用いて形成してもよいし、高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)や、中低圧法高密度ポリエチレン(HDPE)、直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)等、一般的なポリエチレンを用いて形成してもよい。あるいは、他のオレフィン系樹脂や共重合体等により形成することも可能である。
【0025】
さらに、いずれかの層をガスバリア性等に優れた機能層とすることも可能である。機能層は、例えば高いガスバリア性を有する樹脂で形成され、ガスバリア性樹脂としては、エチレン−
ビニルアルコール共重合体樹脂、ポリアミド樹脂、飽和ポリエステル樹脂等が挙げられる。
【0026】
また、最内層以外の層には、各種添加剤を添加することも可能である。添加剤としては、酸化チタン粒子、酸化亜鉛粒子、二酸化ケイ素粒子等の遮光剤や、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤、ベンゾフェノン系紫外線吸収剤、シアノアクリレート系紫外線吸収剤等の紫外線吸収剤等を挙げることができ、さらには酸化防止剤、着色剤等を添加することも可能である。
【0027】
本発明の医療用容器の用途としては、例えば目薬や、その他の液状の薬剤が充填される容器、バイアル、輸液(薬液)バッグ等を例示することができる。勿論、これらに限らず、医療用途に供される医療用容器全般に適用可能であることは言うまでもない。
【0028】
長鎖分岐ポリエチレンを用いることにより放射線照射による滅菌処理の後にも酸性物質が発生しない理由について、その詳細な機構は不明であるが、実験的に確かめられた事実である。したがって、本発明においては、耐薬剤性やガスバリア性、透明性、機械的強度等の基本的な性能を維持しながら、放射線照射による滅菌処理を施しても酸性物質の発生を大幅に抑えることができ、信頼性の高い医療用容器を提供することが可能である。
【0029】
以上、本発明を適用した実施形態についてを説明してきたが、本発明が前述の実施形態に限られるものでないことは言うまでもなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、多様な変更または改良を加えることが可能である。
【実施例】
【0030】
次に、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果を基に説明する。本実施例では、それぞれ異なる材料にて内容積が8mlと32mlの円筒状の容器を各2個ずつブロー成形により成形した。なお、密度はJIS K7676、メルトフローレート(MFR)はJIS K7210に準拠して測定した。また、融点は、示差走査熱量分析(DSC)により測定を行った。
【0031】
実施例
長鎖分岐ポリエチレンを用い、単層の目薬用容器をブロー成形により形成した。用いた長鎖分岐ポリエチレンの密度は0.928g/cm
3、メルトフローレート(MFR)は1g/10min、融点は113℃である。
【0032】
比較例1
長鎖分岐ポリエチレンの代わりに直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)を用い、実施例と同様の容器をブロー成形した。用いた直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)の密度は0.919g/cm
3、メルトフローレート(MFR)は2.1g/10min、融点は119℃である。
【0033】
比較例2
長鎖分岐ポリエチレンの代わりに高圧法低密度ポリエチレン(HP−LDPE)を用い、実施例と同様の容器をブロー成形した。用いた高圧法低密度ポリエチレン(HP−LDPE)の密度は0.919g/cm
3、メルトフローレート(MFR)は1g/10min、融点は109℃である。
【0034】
比較例3
長鎖分岐ポリエチレンの代わりに高密度ポリエチレン(HDPE)を用い、実施例と同様の容器をブロー成形した。用いた高密度ポリエチレン(HDPE)の密度は0.949g/cm
3、メルトフローレート(MFR)は0.3g/10min、融点は126℃である。
【0035】
比較例4
長鎖分岐ポリエチレンの代わりに直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)を用い、実施例と同様の容器をブロー成形した。用いた直鎖状短鎖分岐ポリエチレン(LLDPE)の密度は0.86g/cm
3、メルトフローレート(MFR)は0.5g/10min、融点は48℃である。
【0036】
評価
作製した実施例、比較例の医療用容器(目薬用容器)について、酸性物質の発生状況、透明性、水蒸気バリア性を評価した。結果を表1に示す。酸性物質の発生状況は、下記の条件にて行った。放射線滅菌を行った容器量8mlの容器をイオン交換水で2回、ミリポア水で1回洗浄した。その後、2.69mlの薬液を容器に入れてシールしたものを70℃恒温槽にて1日放置し、その後、恒温槽から取り出して1時間常温にて放置したもの0.5mlに0.0248mlの塩化カリウムを入れてpHを測定した。測定したpHにおいて、同様にガラス容器で測定したpHとの差が1.0以上の場合を×、0.5〜1.0の場合を△、0.5以下である場合を○とした。
【0037】
透明性は、幅9mm×長さ40mmの大きさで厚さが1mmの試験片を作成し、その試験片を紫外線吸収スペクトル測定用セルに浸し水中での波長450nmの透過率を測定した。そして、透過率が70%以上である場合を○、50%以上70%未満である場合を△、50%未満である場合を×とした。
【0038】
水蒸気バリア性は、内容積32mlの容器に水を20ml入れ、55℃(湿度ドライ)における1日当たりの透過量を測定した。基準は、0.008g以下が○、それ以上0.015gまでが△、それを超える場合が×である。
【0039】
【表1】
【0040】
表1から明らかな通り、本発明を適用した実施例の医療用容器(目薬用容器)は、透明性が高く、水蒸気アリア性に優れており、しかも酸性物質の発生が少ない。これに対して、一般的なポリエチレンを用いた比較例1から4の医療用容器(目薬用容器)では、酸性物質の発生が認められ、内容物に対する影響が懸念された。