(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、我が国ではリンは天然資源として産出されず全てを輸入に頼っている。しかし、近年、天然のリンは世界的に枯渇しつつあり、リンの価格が高騰してリンの確保が難しくなっている。そこで、りん酸質肥料の製造分野では天然のリンを補完または代替するものとして、下水汚泥焼却灰や屎尿汚泥焼却灰中のリンが考えられている。
ちなみに、下水汚泥とその焼却灰の発生量は、それぞれ220万トンおよび30万トンと多量であり、該焼却灰中のリンの含有率は20〜30質量%と高濃度である。また、「屎尿・浄化槽汚泥からのリン回収・利活用の手引き 平成23年3月」によれば、屎尿汚泥の年間発生量は24553千kLであり、その中のリンの含有量は5295tと推定されている。
【0003】
ところで、以前から、低品位のリン鉱石を原料に用いてりん酸質肥料を製造する方法が提案されている。例えば、特許文献1に記載の製造方法は、高ケイ酸質低品位リン鉱石に、ナトリウム化合物、カルシウム化合物、およびマグネシウム化合物を所定のモル比になるように添加して焼成リン酸肥料を焼成する方法である。しかし、該方法は、リン酸のく溶率が56〜96%の焼成リン酸肥料が得られるものの以下の課題がある。すなわち、
(i)焼成リン酸肥料の焼成温度を低くするため、水酸化マグネシウムや硫酸マグネシウム等の高価なマグネシウム化合物を必須の原料として添加していること(段落0007、段落0010)。
(ii)焼成温度は最高で1300℃と比較的高温を要し(段落0025の実施例12)、しかも、焼成温度が高くなるほど焼成物の一部が溶融し、1300℃ではりん酸のく溶率が69%に低下すること(段落0019、段落0025の実施例9〜12)。
(iii)製造した焼成リン酸肥料のけい酸の可溶率について、特許文献1には記載がないため不明であること。
【0004】
また、原料の高ケイ酸質低品位リン鉱石は、りん酸のく溶率等を低下させるAl
2O
3やFe
2O
3の含有率が、それぞれ2.99%、2.10%と少ないため(段落0021)、当該製造方法が、Al
2O
3やFe
2O
3の含有率が高い下水汚泥や屎尿(これらの焼却灰中の含有率は後掲の表1参照)を原料とした場合に、適用できるか否かは不明である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明についてりん酸質肥料とその製造方法に分けて説明する。
1.りん酸質肥料
(1)調合原料
本発明に用いる調合原料は、下水汚泥、脱水汚泥、下水汚泥乾燥物、下水汚泥炭化物、下水汚泥焼却灰、下水汚泥溶融スラグ、屎尿汚泥、屎尿濃縮汚泥、屎尿消化汚泥、屎尿汚泥乾燥物、屎尿汚泥炭化物、屎尿汚泥焼却灰、および屎尿汚泥溶融スラグからなる群より選ばれる1種以上(以下「下水汚泥等」という。)と、アルカリ源とを少なくとも調合したものである。
【0011】
(i)下水汚泥およびその由来物
前記下水汚泥は、下水道の終末処理場における下水処理や排水処理の過程において、下水や排水から、沈殿やろ過等により分離して得た有機物や無機物を含む泥状物である。また、前記脱水汚泥は、前記泥状物を遠心分離等で脱水して得られたものである。
前記下水汚泥乾燥物は、前記下水汚泥を天日干しまたは乾燥機により乾燥して、含水率を概ね50質量%以下にしたものである。
また、前記下水汚泥炭化物は、下水汚泥を加熱して、下水汚泥に含まれる有機物の一部または全部を炭化物にしたものである。該加熱温度は、好ましくは300〜800℃、より好ましくは500〜700℃である。該加熱温度が300℃未満では炭化に時間がかかり、800℃を超えると炭化物が燃焼するおそれがある。該燃焼を抑制するために、好ましくは無酸素または低酸素状態で加熱する。該炭化物は、本発明のりん酸質肥料の製造において燃料の一部にもなるため、その分、製造に要するエネルギーを節約できる。
前記下水汚泥焼却灰は、下水汚泥を焼却して得られる残渣である。また、前記下水汚泥溶融スラグは、前記下水汚泥焼却灰を1350℃以上で溶融したものである。
前記下水汚泥等はその形態や含水率が異なっても、焼却または焼成した後の化学成分およびその組成は同一または実質的に同一であるため、調合原料の一部として何れを用いてもよい。
【0012】
(ii)屎尿およびその由来物
前記屎尿汚泥は、屎尿処理施設(汚泥再生処理センター)に集められた屎尿および浄化槽に堆積した汚泥である。
前記屎尿濃縮汚泥は沈殿槽に沈殿した屎尿汚泥であり、前記屎尿消化汚泥は屎尿汚泥を嫌気性細菌を用いて屎尿汚泥中の有機物を分解させたものである。
また、前記屎尿汚泥乾燥物は、屎尿汚泥を天日干しや乾燥機により乾燥して、含水率を概ね50%以下にしたものである。
前記屎尿汚泥炭化物は、屎尿汚泥やその乾燥物を加熱して、屎尿汚泥に含まれる有機物の一部または全部を炭化物にしたものである。前記加熱温度は好ましくは300〜800℃、より好ましくは500〜700℃である。加熱温度が300℃未満では炭化に時間がかかり、800℃を超えると炭化物が燃焼するおそれがある。炭化物の燃焼を抑制するために、好ましくは無酸素または低酸素状態で加熱する。炭化物は、本発明のりん酸質肥料の製造において燃料の一部にもなるため、その分、焼却または焼成に要するエネルギーを節約できる。
また、前記屎尿汚泥焼却灰は、屎尿汚泥を焼却して得られる残渣であり、前記屎尿汚泥溶融スラグは、屎尿汚泥焼却灰を1350℃以上で溶融したものである。
前記屎尿等は、その形態や含水率が異なっても、焼却または焼成した後の化学成分およびその組成は同一または実質的に同一であるため、調合原料の一部として何れを用いてもよい。
【0013】
(iii)アルカリ源
アルカリ源は、アルカリ金属を含むものであれば特に制限されないが、好ましくは、アルカリ金属の含有率が比較的高いため、炭酸ナトリウム、酸化ナトリウム、水酸化ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸カリウム、酸化カリウム、水酸化カリウム、塩化カリウム、および硫酸カリウムからなる群より選ばれる1種以上が挙げられる。
【0014】
(iv)任意の原料
後掲の表1に示すように、下水汚泥等はSiO
2を比較的多量に含むため、原料の調合においてシリカ源の添加は一般に不要であるが、SiO
2が不足する場合は、シリカ源として珪石、ケイ酸カルシウム、鋳物砂の廃材、高温高圧蒸気養生された軽量気泡コンクリート(ALC)の廃材、および粘土鉱物を含む天然の土壌等を添加してもよい。
また、調合原料中のカルシウムが不足する場合、カルシウム源を調合原料に添加してもよい。該カルシウム源はカルシウムを含むものであれば特に制限されないが、好ましくは、カルシウムの含有率が比較的高いため、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、生石灰、消石灰、石灰窒素、および石灰石からなる群より選ばれる1種以上が挙げられる。
【0015】
(2)りん酸質肥料中の化学成分のモル比
本発明のりん酸質肥料中のCaO/P
2O
5のモル比は1.0〜6.0、(Na
2O+K
2O)/P
2O
5のモル比は1.5〜6.5、および(Na
2O+K
2O)/(P
2O
5+Al
2O
3)のモル比が1.0〜3.7である。これらのモル比が前記範囲内にあれば、後掲の表2〜表6に示すように、りん酸のく溶率、更にはけい酸の可溶率が高くなる。
また、前記CaO/P
2O
5のモル比の下限値は、好ましくは1.2、より好ましくは1.3、さらに好ましくは1.6、とくに好ましくは2.1であり、その上限値は好ましくは5.0、より好ましくは4.5、さらに好ましくは3.9、とくに好ましくは3.6である。
また、前記(Na
2O+K
2O)/P
2O
5のモル比の下限値は、好ましくは1.8、より好ましくは2.0、さらに好ましくは2.4、とくに好ましくは2.9であり、その上限値は、好ましくは5.9、より好ましくは5.7、さらに好ましくは4.7、とくに好ましくは4.1である。
また、前記(Na
2O+K
2O)/(P
2O
5+Al
2O
3)のモル比の下限値は、好ましくは1.2、より好ましくは1.3、さらに好ましくは1.5であり、その上限値は、好ましくは3.4、より好ましくは2.6、さらに好ましくは2.2である。
一般に、CaOの含有率が高いと焼却温度や焼成温度は高くなるため、得られたりん酸質肥料はコスト高になる。また、Na
2OやK
2O含有率が高いと、これらのアルカリ源は比較的高価なため、得られたりん酸質肥料はコスト高になるほか、アルカリ性が強くなる。
【0016】
前記りん酸のく溶率とは、りん酸質肥料中のりん酸(P
2O
5)の全質量に対するく溶性りん酸(質量)の比率(%)であり、前記けい酸の可溶率とは、りん酸質肥料中のけい酸(SiO
2)全質量に対する可溶性けい酸(質量)の比率(%)である。
く溶性りん酸は肥料分析法(農林水産省農業環境技術研究所法)に規定されているバナドモリブデン酸アンモニウム法により、可溶性けい酸は同法に規定されている過塩素酸法により測定できる。また、調合原料やりん酸質肥料中の酸化物の定量は、蛍光エックス線装置を用いてファンダメンタルパラメーター法や、前記肥料分析法に規定する方法により行うことができる。
そして、本発明のりん酸質肥料は、後掲の表2〜6に示すように、りん酸のく溶率が75%以上、けい酸の可溶率は50%以上といずれも高い。
【0017】
2.りん酸質肥料の製造方法
該製造方法は、(1)調合工程と(2)焼却または焼成工程とを含み、肥料の粉末度等を調整する必要がある場合は、さらに(3)該焼却物または焼成物を粉砕して造粒する粉砕および造粒工程を含むものである。以下に、前記各工程について説明する。
【0018】
(1)調合工程
該工程は、少なくとも下水汚泥等およびアルカリ源を調合して調合原料を得る必須の工程である。前記調合原料は、含水スラリー、脱水ケーキ、および粉粒体等の何れの形態でもよい。
前記下水汚泥等が含水スラリーや脱水ケーキの場合、水分を有したままで混合するか、各原料を乾燥した後に別々に粉砕して混合するか、または一緒に粉砕(混合粉砕)してもよい。また、アルカリ源が粉末であれば、汚泥の処理施設においてアルカリ源を汚泥に直接添加することも可能である。
また、焼成炉としてロータリーキルンを用いる場合、ロータリーキルンの前段の位置(例えば、窯尻または仮焼炉等)に前記各原料を投入し、ロータリーキルンの転動を利用して混合してもよい。
なお、前記原料が粉粒体の場合、さらに混合し易い粒度になるように、必要に応じてボールミル、ローラーミル、またはロッドミル等で粉砕してもよい。
【0019】
各原料の調合方法として、例えば、各原料の一部を電気炉等で焼成した後、該焼成灰中の酸化物を定量し、該定量値と所定の配合に基づき、各原料を調合する方法が挙げられる。該酸化物の定量は、例えば、蛍光エックス線装置を用いてファンダメンタルパラメーター法により行うことができる。
後記するように、焼却等前の調合原料の化学組成は、焼却等後のりん酸質肥料の化学組成と、焼却等により揮発する成分(例えば、二酸化炭素等)を除きほぼ同一であるから、焼却物または焼成物(りん酸質肥料)中の前記モル比を前記範囲内にするためには、通常、該モル比が前記範囲を満たす調合原料を用いれば十分である。ただし、正確を期すためには、調合原料の一部を電気炉等で焼成して、調合原料中の該モル比と焼却物または焼成物中の該モル比との相関を事前に把握しておき、該相関に基づき各原料の調合割合を目的とする焼却物または焼成物中のモル比になるように修正することが好ましい。
【0020】
(2)焼却または焼成工程
該工程は、調合原料を、焼却炉または焼成炉を用いて焼却等する必須の工程である。調合原料は、(i)粉末の状態、(ii)該粉末に水を添加して得たスラリー、若しくはその脱水ケーキの状態、または(iii)該粉末にセメント等の造粒助材を添加して、パンペレタイザー等の造粒機、ブリケットマシンやロールプレス等の成形機により造粒や成形し、造粒物や成形物の状態で焼却等する。なお、本発明において、焼却とは焼却炉を用いて加熱処理する操作をいい、焼成とは焼成炉を用いて加熱処理する操作をいう。
該焼却温度または焼成温度は900〜1100℃、好ましくは950〜1050℃である。900〜1100℃の範囲で焼却等したりん酸質肥料は、りん酸のく溶率やけい酸の可溶率が高い。また、焼成時間は、好ましくは10〜60分、より好ましくは20〜40分である。該時間が10分未満では焼成が不十分であり、60分を超えると製造効率が低下する。
また、前記焼却炉は、ストーカー式焼却炉、多段式焼却炉、流動床式焼却炉、ロータリーキルン式焼却炉等が挙げられ、前記焼成炉はロータリーキルン、電気炉等が挙げられる。
【0021】
(3)粉砕および造粒工程
該工程は、粉塵の発生を抑制して肥料の取り扱いを容易にするか、または肥料効果を十分に発揮させるなどの目的で、肥料の粒度を調整する必要がある場合に選択される任意の工程である。農地用に実際に施肥する場合、肥料粒度は、好ましくは0.1〜10mm、より好ましくは0.5〜5mmである。
粉砕手段として、ジョークラッシャー、ローラーミル、ボールミル、またはロッドミル等を用いることができる。また、造粒手段として、パン型ミキサー、パンペレタイザー、ブリケットマシン、ロールプレス、または押出成型機等を用いることができる。
なお、該工程において、肥料の用途に応じて、適宜、りん酸やけい酸を追加したり、窒素、加里、苦土等のその他の肥料成分を新たに添加することができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.りん酸質肥料の製造
(1)電気炉による焼成
表1に示す化学組成を有する焼却灰(A〜D)、カルシウム源として炭酸カルシウム、およびアルカリ源として炭酸ナトリウムまたは炭酸カリウムを用いて、表2〜6の配合割合に従い調合原料を調製した。
次に、該調合原料を一軸加圧成形機により成形し、直径45mm、高さ13mmの円柱状の調合原料を作製した。そして、該円柱状の調合原料を電気炉内に載置した後、昇温速度20℃/分で表2〜6に示す焼成温度まで昇温し、該温度の下で10分間焼成して焼成物を得た。
該焼成物の肥料特性を確認するため、該焼成物を、目開き212μmのふるいを全通するまで鉄製乳鉢を用いて粉砕し、粉末状のりん酸質肥料を製造した。なお、製造したりん酸質肥料の化学組成は、揮発した成分を除き焼成前の調合原料の化学組成とほぼ同一であった。
【0023】
【表1】
【0024】
2.く溶性りん酸および可溶性けい酸の測定
りん酸質肥料中のく溶性りん酸の測定は、肥料分析法(農林水産省農業環境技術研究所法)に規定するバナドモリブデン酸アンモニウム法により、また、可溶性けい酸は同法に規定する過塩素酸法により測定した。また、これらの測定値を用いて、常法により、りん酸のく溶率およびけい酸の可溶率を算出した。その結果を表2〜6に示す。
【0025】
【表2】
【0026】
【表3】
【0027】
【表4】
【0028】
【表5】
【0029】
【表6】
【0030】
表2〜6に示すように、本発明のりん酸質肥料(実施例1〜63)は、りん酸のく溶率が76%(実施例36)〜100%(実施例8等)、けい酸の可溶率が52%(実施例36)〜97%(実施例30等)といずれも高い。
これに対し、比較例のりん酸質肥料は、りん酸のく溶率が38%(比較例1)〜71%(比較例5)、けい酸の可溶率は20%(比較例1等)〜47%(比較例6)であり、実施例と比べ、りん酸のく溶率およびけい酸の可溶率がいずれも低い。