特許第6391154号(P6391154)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6391154-鉄基合金及び合金溶着方法 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6391154
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】鉄基合金及び合金溶着方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180910BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20180910BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20180910BHJP
   B23K 5/18 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   B23K35/30 340B
   B23K5/18
【請求項の数】6
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2014-188458(P2014-188458)
(22)【出願日】2014年9月17日
(65)【公開番号】特開2015-83715(P2015-83715A)
(43)【公開日】2015年4月30日
【審査請求日】2017年9月8日
(31)【優先権主張番号】特願2013-194793(P2013-194793)
(32)【優先日】2013年9月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592198518
【氏名又は名称】アイエヌジ商事株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123467
【弁理士】
【氏名又は名称】柳舘 隆彦
(72)【発明者】
【氏名】河津 肇
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/102635(WO,A1)
【文献】 特開平11−226778(JP,A)
【文献】 特開平06−170584(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
B23K 5/18
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量比でCを0.5〜3.0%、Siを3.07.0%、Crを1545%、Mnを10%以下、Niを4〜15%、Bを0.1〜5.0、Cuを7%以下、Moを10%以下含むと共に更にWを1〜2.5%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる鉄基合金であって、高温での強度、耐食性及び耐磨耗性に優れ、且つ自溶性で溶融金属の粘性度が高いことにより溶着金属のフュージング処理が可能な鉄基合金。
【請求項2】
請求項1に記載の鉄基合金において、当該合金は溶接肉盛材料用又は溶射肉盛材料用である鉄基合金。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鉄基合金において、Cr量が15〜25%であり、前記成分に加えてNb+Vを8%以下含む鉄基合金。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の鉄基合金において、Alを3%以下含む鉄基合金。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載の鉄基合金からなる溶接肉盛材料又は溶射肉盛材料により母材上に肉盛を行う合金溶着方法。
【請求項6】
請求項5に記載の合金溶着方法において、母材上の肉盛溶着金属をフュージング処理する合金溶着方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ごみ焼却炉の炉内部材のように、高温で優れた強度、耐酸化性及び耐磨耗性が要求される用途に用いられる肉盛溶接材料や肉盛クラッド材、更には溶射材料(溶射後、プラズマアーク、高周波誘導加熱、真空水素還元炉、又はアセチレン、プロパンガスなどの可燃ガスによるフュージング処理を受けるフュージング溶射材料を含む)に適した鉄基合金、及びこれを用いた合金溶着方法に関する。なお、溶射材料の形態は粉末状、ワイヤ状(フラックスコアードワイヤを含む)又は棒状を問わない。
【背景技術】
【0002】
近年、ごみ焼却炉で発生するダイオキシンが大きな社会問題になっている。このダイオキシンの発生量を規定値以下に抑制する為に800℃以上の高温でごみ焼却を行う事が必要とされており、これに伴って800℃以上の高温で優れた強度、耐酸化性及び耐磨耗性を示す金属材料が要求されている。
【0003】
800℃以上の高温で優れた強度、耐酸化性及び耐磨耗性を示す溶接肉盛材料及び肉盛クラッド材に関して、本発明者は先に特許文献1及び2により提示された鉄基合金1及び2を開発した。特許文献1により提示された鉄基合金1はC−高Cr−Si−Ni−Mn系の鉄基合金であり、肉盛り金属として使用した場合に短繊維状の微細針状炭化物を多量に析出させることにより高温域での高硬度及び高耐磨耗性を確保する。また、特許文献2により提示された鉄基合金2は、鉄基合金1に不足している延性を確保するためにCr量を減らし、これによる耐磨耗性の低下をNb及びBの添加により補うものである。
【0004】
ところで、カーシュレッダーダスト、工場内廃棄物、生ごみ、医療廃棄物、一般廃棄物、塩化ビニール等の焼却処理については、これらを流動床炉で燃焼し、流動床炉で排出された排出ガスを炉内のボイラーチューブとしての挿内管に通して排熱回収を行なうのが一般的である。このとき、流動床炉内の流動層中のシリカ、アルミナ等の流動媒体が保有する熱量についても、炉内の挿内管により同時に熱回収され、有効な排熱回収効率の向上がもたらされる。これらの場合、流動層内に位置する多数の挿内管により熱回収が行われるのであるが、挿内管は高塩素濃度ガスによる腐食や苛酷な流動媒体によるエロージョン摩耗を受け、早期磨耗を発生することが問題となっている。
【0005】
本発明者は、前述した鉄基合金1及び2を用いた溶接肉盛ワイヤを製造し、流動床炉の挿内管の肉盛に使用した。その結果、ニッケル基合金に比べ、長期寿命を与え、顧客より多大の評価を受けた。また、木質バイオマス発電における流動床炉の挿内管にも適用し、多大の評価を受けた。しかし、挿内管の表面に直接、特許溶接ワイヤで肉盛する事に問題が発生した。すなわち、鉄基合金1及び2の溶接ワイヤは、1層目の硬度がHV650〜HV850と硬く、溶接残留応力を解放する為に肉盛金属に多数の割れを発生する欠点があるのである。
【0006】
このため、流動床炉内の挿内管に直接肉盛する事は避け、挿内管への第1層目には耐熱性及び耐食性に優れたステンレス鋼、例えば309、309MoLのワイヤか、若しくはニッケル合金のERNiCr−3インコネルワイヤをMIG溶接により1層の下盛施工をしている。すなわち、鉄基合金1及び2の割れから塩素ガスやサルファーガスが進入することによる母材管の腐食を防止する為と、炉の操業を中止したときや再開したときに受けるサーマルショックによる溶着金属の割れが母管に伝播すること避ける為に、やむを得なく下盛処理を行なわなければならないのである。もし割れの発生が無ければ、高価な下盛溶接ワイヤの使用が無くなり、さらにその為の溶接施工時間が省力されるために、大幅なコスト低減が可能になる。
【0007】
現時点でのボイラーチューブの耐食、耐熱、耐摩耗処理は殆どニッケル基合金により行われており、代表的なニッケル基合金はJIS−MSFNi4である。ニッケル基合金は、基本的に自溶性であるために、溶射後、酸素―アセチレンガスや高周波誘導加熱で溶融処理、即ちフュージング処理を受ける。合金層の肉厚は約2mm程度であり、下盛は不要であり、割れは発生しない。
【0008】
これに対し、鉄基合金1及び2による溶接肉盛の場合は、下盛が必要であり、その上に硬化肉盛を行うので、2層盛りとなり、大まかに言えば材料使用量が2倍以上、工数も2倍以上に成り、自溶性ニッケル基合金の使用に比べ、イニシアルコストが増加し、コスト上昇の要因に成っていた。しかし、自溶性ニッケル基合金に比べて使用寿命が優れており、ランニングコストの低減と、局部摩耗の修理が現場にて手溶接棒の使用により容易に行なえること等で評価を受けていた。
【0009】
従って、顧客により多くの経済的メリットをもたらす為には、鉄基合金1及び2を使用しても、割れの発生が生じないことが不可欠となる。これによって下盛金属の使用が不要になれば、自溶性ニッケル基合金と比較して、イニシアルコストを同等か、若しくはそれ以下に低減出来る可能性が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平11−226778号公報(特許第3343576号)
【特許文献2】JP WO2008/018128パンフレット(特許第4310368号)
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】溶接学会誌第63巻(1994年)第3号 飯田孝道著“液体金属の物性(IV)―液体金属の表面張力と電子輸送的性質”第8−9頁の表1(a)(b)「液体金属に対する表面張力の測定値」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、溶射肉盛や溶接肉盛において下盛を必要とせず、しかも高温での強度、耐酸化性及び耐磨耗性に優れた経済的な鉄基合金、及びその鉄基合金による合金溶着方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
ところで、特許文献1及び2により提示された鉄基合金1及び2が、高Si含有量のために、融点降下により低温域で溶け易いこと、及びSiが溶融金属の流動性を高める見地から、鉄基合金では一般に見られない自溶性を有する事実は、本発明者も以前から認識してはいた。しかし、それを実験で確認していなかったこと、及びその自溶性を利用する利用技術に関する知識を持ち合わせていなかったことから、可燃性ガスでフュージングを行う自溶性溶射材料としての適性までは認識していなかった。
【0014】
しかしながら、鉄基合金1及び2では、前述したとおり、溶接肉盛で溶着金属に割れが生じることを防ぐのは不可能であるが、自溶性の性質を利用するならば、アーク溶射ワイヤを開発し、アーク溶射後、可燃性ガス、例えばプロパン−酸素混合ガスで溶射金属を再溶融処理(フュージング)することにより、割れの無い溶着金属を得ることが可能になる。
【0015】
本発明者はこのような想定の基に様々な実験を繰り返し、到達したのが次の二つの結論である。すなわち、前述した鉄基合金1及び2は自溶性ではあるが、その性質を再溶融処理(フュージング)に利用するには溶融金属の流動性が高すぎ、フュージング処理で溶融金属の垂れ下がりが問題になること、及びこの問題をする解決には鉄基合金1及び2へのタングステンWの添加が有効であることの二つである。
【0016】
本発明の鉄基合金はかかる知見を基礎として完成されたものであり、質量比でCを0.5〜3.0%、Siを3.07.0%、Crを1545%、Mnを10%以下、Niを4〜15%、Bを0.1〜5.0、Cuを7%以下、Moを10%以下含むと共に更にWを1〜2.5%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなる鉄基合金であって、高温での強度、耐食性及び耐磨耗性に優れ、且つ自溶性で溶融金属の粘性度が高いことにより溶着金属のフュージング処理が可能な鉄基合金である。
【0017】
すなわち、本発明の鉄基合金は、特許文献1及び2により提示された鉄基合金1及び2においてWを1〜2.5含有させたものである。これにより、鉄基合金1及び2が本来的に保有する自溶性が制限され、溶融金属の流動性が低下することにより、溶着金属のフュージング処理が可能となる。
【0018】
特許文献2により提示された鉄基合金2は、特にCr量が15〜25%に制限されているので延性を有する特徴があり、これによる硬度低下及び耐磨耗性の低下を補うためにNb+Vを8%以下含む。鉄基合金1及び2のいずれもAlを3%以下含むことが可能である。
【0019】
本発明の合金溶着方法は、本発明の鉄基合金からなる溶接材料又は溶射材料により母材上に肉盛するものである。肉盛溶着金属が適度の自溶性を有することから、真空水素還元炉での加熱又はガス加熱等によるフュージング処理が可能であり、そのフュージング処理により、溶着金属が溶接肉盛金属の場合は、溶着金属に生じた割れを解消することができるので、ニッケル基合金等による下盛が不要となり、低コストな単層肉盛により経済性を高めることができる。ガス加熱としてプロパンガス加熱を使用するならば経済性が更に向上する。溶着金属が溶射肉盛金属の場合は、溶着金属のフュージングによる緻密化、その緻密化による高品質化が可能となる。
【0020】
本発明の鉄基合金における成分限定理由は以下のとおりである。
【0021】
C:0.5〜3.0%
Cは炭化物を形成するために不可欠の元素である。本発明では微細化された繊維状炭化物を析出させるが、その炭化物の構成は(Cr、Fe)7 C3 型、即ちM7 C3 型である。これをマトリックス中に多数析出させることにより、高温における耐磨耗性が著しく向上する。
【0022】
C量が0.5%未満ではσ相の析出が増加して肉盛り金属の表面に多数の微細割れが発生し、その肉盛り金属が脆くなる。C量が3.0%を超えると、(Cr、Fe)7 C3 型炭化物が、粗大化した六方晶の炭化物として析出するようになり、やはり肉盛り金属の脆化・剥離が顕著となる。また、この割れのために多層盛りが困難になる。更に、マトリックスに残存して高温耐酸化性を付与するCrが炭化物形成に消費され、マトリックス中のCr量が低下する傾向を示す。更に又、3.0%を超えるC量では、融点を下げる傾向が大きくなることからも、高温耐酸化性に悪影響が生じる。例えばC量が0.5%と3.0%とでは、150℃もの融点の開きがある。加えて、Cはオーステナイト形成元素でもある。その力価はNiの約30〜50倍であり、多量添加はフェライト組織の形成を阻害して、高温耐磨耗性及び耐ハロゲンガス性等を悪化させる原因になる。
【0023】
特に好ましいC量は、下限については0.8%以上であり、上限については2.0%未満、とりわけ1.8%以下である。
【0024】
Si:3.0〜7.0%
Siは鋼の酸化を防止する働きがあり、5%以上の単独添加により1100℃までの温度域における酸化を効果的に阻止する。また、Crと共存して、微細針状炭化物の析出を促進し、高温耐磨耗性の改善に寄与する。このSi量が3.0%未満では高温における耐酸化性が悪化すると共に、微細針状炭化物の析出量が減少して高温耐磨耗性が低下する。一方、Si量が7.0%を超えると、肉盛り金属が非常に脆くなり、剥離しやすくなる。また、この脆さのために、多層盛りが困難となる。
【0025】
特に好ましいSi量は、下限については3.5%以上、とりわけ4.0%超であり、上限については6%以下である。
【0026】
Cr:15〜45%
Crは鋼の酸化を抑えるのに極めて有効であり、高温耐酸化性の改善に寄与する。また、Siと共存して、微細針状炭化物の析出を促進し、高温耐磨耗性の改善に寄与する。しかし、このCrはCと結合してCr炭化物をつくるため、マトリックス中のCr量はそれほど多くない。Cr量が15%未満では、高温耐磨耗性を付与するための炭化物の析出量が少なくなり、十分な高温耐磨耗性が得られない。また、マトリックス中のCr量が不足し、高温耐酸化性が不十分となる。一方、45%を超えると、粗大化した六方晶の炭化物の析出が増加するようになり、肉盛り金属の脆化・剥離が顕著となる。また、この割れのために多層盛りが困難になる。
【0027】
特に好ましいCr量は、高温耐磨耗性の観点からは25%以上、とりわけ30%以上であり、上限については40%以下である。延性確保の点からは少ない方がよく、15〜25%である。
【0028】
Mn:10%以下
Mn及びNiはオーステナイト化を助長し、その安定度を増す。Mnのオーステナイト形成能力はNiの約半分である。このMnは、肉盛り溶接の作業性を安定させる効果があるが、高温耐磨耗性を向上させる効果は全般的な見地からは少なく、本発明の成分範囲のなかでも優れた耐磨耗性が得られる範囲においてのみ、耐磨耗性の改善効果が認められる。
【0029】
このため、Mnは必ずしも添加を必要とするものではなく、適宜選択的に添加されて高温耐磨耗性の二次的な改善に寄与する。しかし、10%を超える添加は、オーステナイト組織の形成を促進して高温耐磨耗性を低下させる原因になる。特に好ましいMn量は下限については3%以上、上限については8%以下である。
【0030】
Ni:4〜15%
Niは高温耐磨耗性には大きな影響を与えないが、高温浸炭雰囲気で浸炭を防止する効果があり、またサーマルショックを受ける用途ではCrの不動態皮膜の剥離を防止する効果を持つので、使用温度が高くなるほど含有量を増加させるのが望ましい。更に、ハロゲンガスに対しても高Ni含有は望ましい。しかし、Niは硫黄ガス雰囲気には弱いので、使用状況によってはNi量を抑制することが望まれる。
【0031】
このように、Niは用途に応じて広範囲に含有量を調整する必要があるが、その含有量が15%を超えるとオーステナイト組織を形成して高温耐磨耗性を低下させるので、これを限界値とする。
【0032】
高温用途では使用環境により高温から低温へと繰り返し顕著な温度変化を受ける場合がある。本発明での合金組織は基本的にフェライトとオーステナイトの混合組織である。この合金をオーステナイト組織のステンレス鋼に肉盛りした場合、サーマルショックを受けるたびに線膨張係数の差異により溶接境界面に内部応力が発生して長期使用においては肉盛りが母材から剥離、脱落する危険性がある。また、この合金を多層盛りした場合にはこの危険性が一層増大する。この危険を回避するために、MnとNiの複合添加により、肉盛り金属の組織を母材と同じオーステナイト単相組織とすることが可能になり、これにより肉盛り金属の剥離、脱落が防止される。
【0033】
Niと類似の性質をもつCoをNiの一部と置換することができる。一部置換の場合はNiとの合計量が15%を超えない範囲で複合添加することになる。
【0034】
B:0.1〜
Bはホウ化物の形成、肉盛り金属の清浄度を増す元素であるが、そのホウ化物により高温耐磨耗性を改善することができる。ちなみに、700℃でのショットブラスト試験では、試験後の試験片表面にB炭化物が粒状に浮き出て残り、マトリックスは磨耗して凹んでいた。安定な効果を得るためには0.1%以上の添加が必要である
【0035】
Cu:7%以下
Cuは耐硫酸性を向上させる。ごみ焼却炉において燃焼を中断したとき腐食性の強い硫酸液が生じるが、これに対してMoは有効性が少なく、Cuとの複合添加が効果的である。また、その複合添加によれば、ミクロ組織が微細化され、微細針状炭化物が十分に析出することにより、高温耐磨耗性も改善される。この成分系は、高温耐酸化性、耐腐食性及び高温耐磨耗性を高い次元で満足させる。Cu量は安定な効果を得るためには0.1%以上の添加が好ましいが、7%を超えても効果は飽和し経済性が悪化する。
【0036】
Nb+V:8%以下
Nbは炭化物を球状微細化する効果があり、物理的に組織構成に破壊や脆化し難い組織を耐える。その効果は既に上述したようにねずみ鋳鉄とダクタイル鋳鉄との延性に影響を及ぼす黒鉛形状と同じことで黒鉛を球状化するCa,Mgと同じ作用効果を炭化物形状に作用する。さらにニオブ炭化物自体の硬度が約HV2400と非常に硬いことが添加する意義の最大の狙い目である。低炭素の場合、例えばC=0.7%でNbC(ニオブ炭化物)が晶出しない領域において非常に高硬度のNbB(ニオブホウ化物、Hv2250)がその代わりに晶出して耐磨耗性の低下を防止する効果がある。
【0037】
一方、Vは微細な炭化物を形成し、その形成能力はCrとMoの中間に位置し、この炭化物反応による焼き戻し抵抗性と焼き戻しによる二次硬化の改善により高温耐摩耗性を向上させる。また、温度上昇による軟化変形とヒートチェッキングによる割れに対する抵抗性を向上させる。
【0038】
曲げ延性を必要としない高Cr下においては、これらの元素は必ずしも添加する必要はない。添加することにより、より一層の溶着金属の脆化を促進させることになる。15〜25%の低クロム含有鋼の粒界腐食を防止する観点からは、少なくともNb+V≧0.5%の添加が好ましい。したがって、その添加量は0%以上、好ましくは0.5%以上とした。ただし、合計で8%以上添加してもその効果を飽和させると共に、肉盛金属を脆化させる危険性が生じるので、最大添加量は合計で8%とする。
【0039】
Al:3%以下
Alは、高温における耐酸化性を改善し、特に硫黄ガスが使用雰囲気に多い場合にその効果を発揮する。この場合は、Ni量を少なくして、Al量を多くするのがよい。Al量が3%を超えると、肉盛り金属にアルミナ皮膜が生じてスラグが介在しやすくなり、溶接作業性が阻害される。安定な効果を得るためには0.5%以上の添加が好ましい。
【0040】
Mo:10%以下
MoはCr,Cu,Siとの共存添加により耐硫酸腐食や耐塩酸腐食に著しい効果を示し、コバルト基合金のステライトNo.1,No.6と同等かそれ以上の耐腐食性を発揮させる。但し、Moは現在、非常に高価な合金元素となり、あまり添加量を増加すると合金の製造単価が大幅に上昇するので、最大添加量を10%とする。特に、8%添加により、硫酸腐食はステライトの耐食性を上回り、これ以上の添加は過剰添加になることを確認しているので、特に好ましい添加量を8%以下とする。
【0041】
W:1〜2.5
Wは自溶性である鉄基合金1及び2の溶融時の粘性度を高めるのに不可欠の元素である。1%未満であると、溶着金属の粘性度を高める効果が得られない。2.5%を超えると、鉄基合金1及び2の特徴である自溶性が大きく低下し、溶融金属の粘性度が高くなりすぎることにより、フュージング処理が困難となる。好ましくは1.5〜2.5%である。詳細は後で述べる。
【0042】
母材金属については、特にその種類を問わず、例えば軟鋼、耐候性鋼板、耐硫酸性鋼、耐海水性鋼、各種ステンレス鋼、Mn−Crオーステナイト鋼、ニッケル合金鋼、クロム合金鋼等の易溶接性鋼を使用することが出来るが、希釈を抑える点及び耐腐食性、高温耐酸化性を確保する点からCrを9〜35%、Niを0〜25%を含むものが好ましい。
【発明の効果】
【0043】
本発明の鉄基合金は、第1に耐食性、耐熱性、耐摩耗性に優れるものの鉄基であるから、同様に耐食性、耐熱性、耐摩耗性に優れたニッケル基合金と比べて安価である。第2に、鉄基でありながらニッケル基合金と同じ自溶性を有し、しかも溶融金属の流動性が抑制されて垂れ下がりが発生し難いので、溶接溶着金属のフュージングによる割れ解消処理や、溶射皮膜金属のフュージングによる緻密化処理が可能である。これにより、高品質な溶着金属を安価に施工することが可能となる。
【0044】
本発明の合金溶着方法は、本発明の鉄基合金を肉盛又は溶射により母材上に溶着又は皮膜形成することにより、母材上の溶着金属又は皮膜金属が適度の自溶性を有し、真空還元炉やガス加熱によるフュージング処理により溶着金属又は皮膜金属の品質を向上させる。これにより、溶接溶着ではニッケル合金による下盛の省略、これによる経済性の向上を可能にし、更には溶着金属の緻密化により、経済性を維持しつつ品質向上を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】W含有量が溶融金属の流動性に与える影響を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下に本発明が完成に至る過程を実施例と共に具体的に説明する。
【0047】
まず、本発明の鉄基合金が自溶性合金であることの実証実験として、以下に述べる2つの実験を行った。一つは、複合ワイヤによる溶接肉盛後の真空水素還元炉による溶融実験であり、他の一つは、同じ複合ワイヤによるアーク溶射施工後の可燃性ガス、例えば酸素―アセチレンガス、酸素−プロパンガス等によるフュージング実験である。両実験に供した複合ワイヤは表1に示す4つである。
【0048】
【表1】
【0049】
一つ目は、特許文献1により提示された鉄基合金1に属するもので、室温から1000℃までの高温耐摩耗性に優れた成分を持つ高硬度の第1号合金である。二つ目は、同じく鉄基合金1に属するもので、1000℃までの高温での耐摩耗性より、むしろ浸炭防止を重視するために低硬度とした第2号合金である。
【0050】
すなわち、第1号合金は高温に於ける硬度及び耐摩耗性を向上させる目的で開発された合金であるが、第2号合金が1号合金と大きく異なる点はNi含有量の多さである。その第2号合金は、高Ni添加により高温に於ける耐浸炭性を向上させたオーステナイト系合金であり、サーマルショックに強く加工硬化性に優れ、高温に於ける熱ショックを受ける用途に最適な合金である。
【0051】
三つ目は、特許文献2により提示された鉄基合金2に属するもので、室温から1000℃までの高温耐摩耗性と塩素ガスや硫黄ガス腐食に強い成分を持つ高硬度の第3号合金である。四つ目は、同じく鉄基合金2に属するもので、第3号合金に比べ室温から高温までの耐腐食性を主眼にした成分を持つ低硬度の第4号合金である。
【0052】
すなわち、第3号合金は非常に硬度が高く、常温から高温までの耐硫酸、耐塩酸腐食に強い高硬度耐摩耗性を目的として開発されたものであるが、第4号合金は耐摩耗性を犠牲にして、耐腐食性に重点を於いて開発されたものである。成分的に異なるのはNiを添加して耐塩酸性を向上させた点である。
【0053】
真空水素還元炉による溶融実験では、第1号合金、第3号合金からなる2種類の溶接複合ワイヤ(1.6mm径)により、SUS304ステンレス鋼からなる板厚が9mmの板材上面に約2.5mmの厚みを持つ肉盛金属を1層で溶着した後、溶接サンプルを真空水素還元炉内で加熱して肉盛金属を溶融させた。溶接条件、溶融条件は以下のとおりである。
【0054】
溶接条件
溶接電流 220A
溶接電圧 28V
シールドガス Ar ガス
【0055】
溶融条件
1100度 20分間保持
1210度 30分間保持
真空+水素ガス 0.5〜0.8Torr
66.7〜106.7Pa
N2ガス冷却
【0056】
この実験から、真空水素還元炉での溶融処理により、肉盛溶着金属の約半分はビードフォームを残したが、残りの半分は完全に溶融し、第3号合金は自溶性合金であることが実証された。しかし、この鉄基自溶性合金は流動性が良いためか、SUS板材の端面にまで溶融金属が流出していた。一方、多数発生していた割れは溶融処理により完全に消失した。
【0057】
本実験により判断して、第3号合金は溶融すると粘性度が極端に低くなり、溶融金属が流れ易い欠点を有することが判明した。また本合金の溶融温度は溶融すると直ちに液状に変化して、液相と固相とが存在する全率固溶体のように、凝固しつつある固体と未だ固まらない融液とが共存する現象が見られない状況があり、それが存在したと仮定しても非常に狭い温度範囲であると判断された。実際には、溶融すると直ちに液状に変化すると判断された。
【0058】
本実験では、水平の平板に溶接ビードが肉盛されている。その溶接肉盛ビードが、さして変形を生じていないのに溶融して流出したので、例えば、薄板に肉盛して真空水素還元炉で溶融した場合、板に僅かな変形を発生した場合でも溶融金属が流出して、一定の肉厚を保つ事が不可能になると判断した。
【0059】
この実験結果を受けて、SUS304鋼板表面の周囲4辺に308ステンレス溶接棒で約5mm高さの溶接ビードを溶着し、それに囲まれた内側に第1号合金ワイヤで約2.5mm厚の溶接ビードを肉盛後、真空水素還元炉で溶融処理を行なった。四周に壁を作った理由は、本合金の溶着金属が炉内で溶融した時に溶融金属が流出して炉のコンタミネーションが増えるのを防止することにある。この実験から、多数の割れが完全に消失し、割れ発生を不可とする用途に対して、溶融処理は非常に貴重な対応処理となることが判明した。
【0060】
このように、真空水素還元炉による溶融実験では、9mm厚の304ステンレス鋼の上に第1号及び第3号合金ワイヤで溶接肉盛を行い、それを真空水素還元炉で溶融処理を行なうことにより、これら合金が自溶性鉄基合金である事が実証された。また、本合金類は溶融時の流動性が高く、低粘性であることから、非常に流れ易い合金である事が判明した。
【0061】
次のアーク溶射、溶融処理(フュージング処理)の実験では、肉盛溶接に代えてアーク溶射を使用して実験を行った。アーク溶射では、2本の1.6 mm径を持つ複合ワイヤを所定の角度と所定の隙間を持って突き合わせるように配置して、それらのワイヤ間に直流電圧を印加することにより、ワイヤの先端間にアークを発生させ、ワイヤを加熱溶融する。そして溶融部の背後から圧縮空気を吹き付ける。これにより、溶融金属は噴霧され、微細な粒子になって母材に衝突し、母材表面に溶融金属粒子が投錨効果により物理的に積層され溶射肉盛層を形成する。
【0062】
溶射のままでも使用する事が出来るが、本合金類は自溶性を持つので、溶射後、可燃性ガスで溶融処理を行ない、母材金属と完全に溶融接合が出来、同時に溶射金属が完全に溶融されるために溶接金属と同等と見做す事が可能である。溶接肉盛に比べ、その肉厚を薄く調整する事が可能であり、また溶接方法に比べ母材金属への溶け込みは極小である。
【0063】
本実験では、第1号合金ワイヤを代表例として取り上げ、アーク溶射における本合金の自溶性を証明する為にパイプ(ボイラーチューブ)への溶射、溶融実験を行った。溶射前にはエアブラストを行った。各条件は以下のとおりである。
【0064】
エアブラスト条件
溶射実験用パイプ :SS400製57.0mmΦx6.00mt肉厚
パイプの溶射の為の下地処理 :エアブラスト
同上用研掃材 :白色アルミナ、ホワイトモランダム(粒度♯24)
【0065】
アーク溶射条件
溶射電流 :150A
電圧 :32V
エア圧力 :0.45MPa
エア圧力(サブ) :0.50MPa
溶射距離 :180mm 溶射ガンとワークとの距離
溶射範囲 :700mm
ガン移動速度 :76mm/秒
横送り :15mm/R.P.M
【0066】
溶融処理条件
ワーク回転数 :16R.P.M
可燃ガス :プロパンガス(0.1MPa)+酸素(0.7M Pa)
フュージング処理 :手動
【0067】
上記処理条件により溶射、溶融処理(フュージング)を行った結果は以下のとおりである。
【0068】
フュージング処理により溶融金属の明らかな垂れ下がりが生じた。すなわち、本実験により、アーク溶射を行った溶射金属をプロパンガスによりフュージング処理が行える事が出来たので、本合金類は溶射金属でも溶接肉盛ビードと同じく自溶性を持つ自溶性鉄基合金である事が実証された。ただし、危惧していた通り、パイプの曲率面では溶融金属の湯流れが発生した。湯流れの発生を防止するようにすると、溶射金属が完全溶融されないので、得られた溶着金属の内部には多数のブローホールが介在し、健全な溶着金属が得られなかった。
【0069】
このままの状態では、本合金類を各種生産設備類への肉盛溶融処理や溶射溶融処理が非常に困難になり、適用範囲が限定されるようになり、本合金類が持つ優れた性能を発揮する事が出来なくなる事が危惧された。
【0070】
前述したとおり、本合金類の最も適切な適用機器は、石炭火力発電所で使用されるボイラーチューブや、木質バイオマス発電流動床炉の挿内管、ごみ焼却で使用される流動床炉の挿内管などであり、溶射フュージング処理による溶射金属の緻密化、健全化が不可欠である。これらの適用機器以外にも、溶射フージング処理の施工を必須とする多数の用途が存在するが、これらは、傾向として多品種少量生産品目に属し、上記ボイラーチューブのような多量生産品は少ないので、例え本合金類が自溶性合金である事が実証されても、フュージング処理時に溶融金属が流れ落ちることは絶対に許容されないことであり、解決されなくてはならない重大な欠点と言える。
【0071】
このように、二つの実験で本合金類の欠点が明らかにされたが、その反面、大きな利点が発見された。それは何かというと、アーク溶射により肉盛されフュージング処理を受けた後の溶着金属は、同じワイヤを使用した溶接肉盛金属に見られるような割れが一切、発生しないということである。
【0072】
その理由としては、溶射ワイヤのフェライト含有量が80〜90%と多く、軟鋼製パイプの線膨張係数と類似しているために、熱変化による膨張収縮による応力発生が少ないこと、フュージングによる可燃性ガスの予熱が莫大であり、更に徐冷される事により、溶着金属の収縮応力が一気に生じないこと、パイプ形状が真円であり、応力分布が均一で集中応力が生じ難いことなどが考えられる。
【0073】
第2合金及び第4合金は第1合金及び第3合金とは異なり、高Niで、オーステナイト組織かオーステナイト組織+少量フェライト組織の合金であり、硬度が約HV370と低く、元々、耐割れ性に優れており、この実験の溶射金属にも割れは発生しない。万一、割れが発生しても、可燃性ガスによる溶融処理で消失させることが可能である。
【0074】
以上の実験、考察から言えるのは、本合金類に対するフュージング処理の重要性であり、その欠点である溶着金属の溶融時における垂れ落ち現象を改善することの重要性である。第1合金から第4合金までは、全て約4%のSiを含有する高Siの鉄基合金であり、溶融金属の垂れについては全く同じ傾向を示した。
【0075】
そこで本発明者は、本合金類からなる溶着金属の溶融時の粘性度を増し、流動性を制限することを企画し、様々な方面から検討を重ねた。その結果、到達したのが、溶融時の表面張力の大きい合金元素の添加であり、具体的にはタングステンWの添加である。すなわち、非特許文献1によると、液体金属の表面張力は、その性質上、微量の不純物の存在により、試料容器内の雰囲気からの汚染によって一般に著しい影響を受ける。このため、微量の合金元素の添加でも溶融金属の流動性に与える影響が大きいと判断し、その合金元素としてWを選出した。本合金類に添加される合金元素であるSi,Cr,Ni,Al,Mo,B,Ti,V,Zr,Ta,Ce,Y,Cu、Nbなどは、Wに比べ、融点近傍の表面張力が低く、Mo,Nb,TaがWに次いで融点近傍の表面張力が高い合金元素である。
【0076】
Wに関しては、約3400℃の高融点を持ち、しかも高表面張力を保持しているので、本鉄基合金の溶融金属に於ける粘性、即ち溶融金属の垂れの度合いに対するWの影響度を本発明者は調査する事にした。特許文献1及び2においてWについての具体的説明が存在しないのは、Ni,Co基合金の代替鉄基合金の開発を目標としていたためであり、W以外の合金元素に関しては、耐熱性、耐食性、耐摩耗性の観点から必要不可欠な元素であったが、Wに関しては代替金属が存在しており、しかも高価であったため考慮の対象外であった。その上、当時は本鉄基合金類を溶射フュージングや真空水素還元炉で再溶融処理を行なうことを想定していなかった。しかし、再溶融処理の重要度が増した現状では、Wの添加は不可欠な要素である。
【0077】
このような考察を受けて、本発明者は次に、本鉄基合金類にタングステンWを添加したときの溶射溶融金属の表面張力及び粘性、即ち溶射溶融金属の垂れ下がり易さに及ぼす影響度を調査することにした。試作したワイヤは、溶射、溶接肉盛の両方で使用することも前提とした直径1.6mmの複合ワイヤである。ベースとなるワイヤの化学成分は、前述した第1号合金及び第3号合金の2種類とした。この2種類の合金は、高温における耐磨耗性及び耐腐食性の確保を目的として開発されたものである。
【0078】
両方のワイヤによりSUS310Sからなる厚みが9mmの母材上に6mm厚に2層肉盛溶接を実施し、両肉盛硬化金属の硬度を比較した。両肉盛硬化金属の硬度は共にHV850と同じである。
【0079】
次いで、第1号合金からなるワイヤの成分にタングステンWを1%〜10%添加し、そのタングステンWの添加量が、溶融した溶接肉盛金属の垂れ下がりに与える影響を調査した。調査法としては、先ずSUS316ステンレス鋼からなる幅100mm×長さ150mm×厚み9mmの試験片中央部に全長にわたって幅30mm×深さ3mmの溝を形成し、その溝内に1層で約3mmの厚みに溶接肉盛を実施し、これを溶融試験片とした。次いで、その溶融試験片を45度に傾斜させて固定し、幅方向中央部の肉盛ビードの上端部をガス加熱して、肉盛ビードの垂れ下がり長さを実測することにより、溶接溶融金属の流動性を調査した。
【0080】
加熱ガスはプロパンと酸素との混合ガスとし、プロパンガスレギュレータ目盛りは0.1Mpaに、酸素ガスレギュレータ目盛りは0.75Mpaに調整して、酸化炎とした。試験片に与える入熱量は、プロパンガスによる加熱時間を80秒間(一定)とし、ガストーチと試験片間の距離を及びガス炎の強さも一定に保持した。従って、試験片に与える入熱量は、ほぼ一定であった。溶融金属の垂れ下がり長さをスケールにより測定した。
【0081】
溶接であろうと溶射であろうと、同一成分系に属する金属が使用されるため、その溶融金属の垂れ下がり傾向は全く同じと判断出来るので、便宜上、溶接ビードを使用した溶融実験を行ったわけである。結果を図1に示す。
【0082】
図1から分かるように、溶融金属の垂れ下がり実験結果によると、溶接溶着金属に含有量されるWは1%から3.5%までが適切な範囲である。1%未満では、Wを添加していない溶着金属とさして変わらない性能しか示さない。3.5%超では、溶接溶着金属の溶融が全く起こらず、自溶性が低下していると判断される。また、W添加量が6.1%のワイヤでアーク溶射を行うと、溶融金属と母材との間に融合不良が発生したので、これが溶接溶着金属での使用限界であることが判明した。
【0083】
この結果から次のことが分かる。溶射金属に関しては、W量は1〜3.5%の範囲が好ましい。アーク溶射時における酸化ロスや蛍光エックス線分析の誤差等を含めると、溶射ワイヤに添加されるWの適切な添加量は1.5%から5.5%である(歩留りは約50〜70%)。
【0084】
一方、溶接金属に含有されるWの適正量は、下限は溶射の場合と同じ1%が好ましく、上限は溶射の場合とは異なり、6.1%まで有効である。溶接肉盛を行う場合には、溶融金属の垂れ下がり現象が発生する事が無く、この現象は、あくまで溶接肉盛された品物を真空水素還元炉を利用して再溶融する場合に発生する現象であるからである。Wが6.1%の場合には全く溶融しないので、薄板に肉盛りして後、溶融処理を行えば、例え板が変形しても溶融金属の流出が抑制される。
【0085】
真空水素還元炉の場合には、溶射におけるW適正含有量である1.0%から3.5 %の範囲が適用される.溶接肉盛で肉盛品を製造する場合、その溶着金属は母材金属による希釈を受け、平均的には約35〜40% の希釈を受けるので、溶着金属のW含有量が1%〜3.5%である場合、ワイヤへのW添加量は1.5〜5.5%になり、溶射におけるワイヤへの添加量と同等になる。
【0086】
真空水素還元炉で再溶融を行う事が無く、通常の肉盛溶接で使用する場合には、Wの高含有量は著しく溶着金属の硬度、耐摩耗性を向上させる事が判明した。従来、2層肉盛を行っていた用途に関して、高硬度、高耐摩耗性を1層肉盛で得る事が出来れば、溶接ワイヤの使用量とその施工工数を半減出来、電力 消費量も半減できることになり、二酸化炭素の排出量の削減にも大きく貢献できる。
【0087】
溶融金属の垂れ下がり実験で、Wの含有量を変化させたが、各W含有金属の硬度、耐摩耗性も同時に測定したので、その結果を表2に示した。溶接金属の場合、W適正含有量の上限は約6%付近にあり、硬度、耐摩耗性が顕著な増加を示した。これ以上、Wを増加しても、硬度、耐摩耗性の向上は、ほぼ飽和しているので無意味である。
【0088】
又、硬度、耐摩耗性が著しく向上すると、溶着金属の脆化が顕著になり、使用中に衝撃摩耗を受けると、剥離し易くなる。他の観点からは、Wの添加量を増加させると、特に溶接ワイヤの場合には、合金元素の充填率に限界があり、他の有効元素の含有量を減少しなくては、ワイヤの中に抱合しきれなくなる。これらの要因から6%程度が含有量の限界値である。溶着金属は母材からの溶け込みを受け、1層目溶着金属は設計した通りの100%成分が得られない。溶接方法により異なるが、一般的な炭酸ガスアーク、 MIG溶接等の1層目の 平均的な希釈率は通常、35〜40%と想定されるので、溶接ワイヤに添加されるWの量は、ロス分を見込んで10%とした。
【0089】
【表2】
【0090】
磁性は、軟鋼SS400を100として80〜90%の磁性を示した。硬度はマイクロビッカース硬度計を使用して測定した。荷重は500gfである。ビード表面硬度は0.5mm間隔で15点を測定した平均硬度である。摩耗係数については既に特許文献1及び2詳述しているので詳しい説明は省略するが、1.5Kgの面荷重における低応力研摩耗測定値で評価して、SS400が100%摩耗するのに対して、No.1合金は1.95%であるから、この合金はSS400の約50倍の研磨耗性を持つと解釈できる。使用した母材金属はSUS316ステンレス鋼からなり、9mm厚みであった。
【実施例】
【0091】
溶射フュージングに関して、ボイラーチューブのアーク溶射後にフュージング処理を行った。ボイラーチューブはSTB340からなる直径57.10mm×肉厚6.42mmのパイプである。既述した第1号合金(鉄基合金)にWを約2.5〜 3.0%を含有したワイヤを用い、同じく既述した条件で前記パイプ表面にアーク溶射及びフュージング処理を行なった。
【0092】
溶接金属の真空水素還元炉の溶融実験を想定して、310Sステンレス鋼からなる12mm厚で200mm径の円板状母材の表面に直径が150mmで深さが3mm、幅が30mmのリング溝を形成し、そのリング溝内に本鉄基合金を1層溶接肉盛して試験片とした。この試験片は円形割れ感受性試験片も兼ねる。
【0093】
溶接ビード表面に酸化防止剤を塗布して大気炉内で溶融実験を行った。加熱温度は1250℃、加熱時間は30分間とした。炉中冷却後にショットブラスト表面処理を行なってから、ビード表面の割れの有無を染色探傷剤により調査したが、割れは完全に消失しており、湯流れも生じていなかった。垂れ下がりの改善効果を更に確認するために、前者より小径のボイラ用炭素鋼鋼管STB340(パイプ径が31.8mmφ、肉厚が3.2mm)の表面に溶射後、プロパンガスでフュージング処理を行ったが、小径にも拘わらず1mm厚みの溶射溶融金属が垂れ下がりを生じることもなく均一に溶着され、Wの添加効果が確認できた。
【0094】
次に、前述した溶射後にフュージングを行った溶射溶着金属の性質を調査しJISMSFNi−4種合金との性能比較を試みた。4種合金の成分組成を表3に示す。4種合金はニッケル基自溶性合金であり、母材金属との密着力が高く、厚肉盛が可能であり、硬度はHV700〜800と非常に高く、溶射業界では広く耐熱、耐食、耐磨耗用途に使用されている。
【0095】
【表3】
【0096】
性能は低応力磨耗試験により得られた磨耗係数評価した。この磨耗試験では、ベルト式研磨耗試験機により、15mm角の面積を持つ試験片に1.5Kgの面荷重を付加して1分間に磨耗した材料量を測定し、磨耗容積を算出して、標準資料であるSS400の磨耗容積との比率を磨耗計数とした。試験結果を表4に示す。
【0097】
【表4】
【0098】
Wを2.5〜3%含む第1号合金(鉄基合金)は、時効処理により硬度が上昇し、JISMFSNi−4種と比較して約3倍の耐摩耗性を示した。
【0099】
次に、ボイラーチューブの磨耗にとって最も重要な高温エロージョン耐磨耗性の比較を行った。この耐磨耗性は、粒径が0.5〜1.5mmである銅スラグを1分間あたり2.6kg/分、流速40m/秒の条件で硬化金属表面に一定時間照射して、その間の摩耗量を測定することにより評価した。試験片表面と照射ノズル間との距離は200mm、照射角度は30度一定である。照射角度を30度に定めたのは、金属材料がエロージョン摩耗を受ける場合、最大摩耗を生じる角度であるとの理由による。1回の照射時間は10分間とし、3回繰り返してその平均値を採用した。試験片の加熱はSUS310S母材金属側からガスバーナーにより行い、硬化金属側の表面温度が試験温度に達するように加熱量を調整した。比較試験結果を表5に、銅スラグの化学成分組成を表6に示す。
【0100】
【表5】
【0101】
【表6】
【0102】
第1号合金にWを2.5〜3.0%含有させることにより、溶射金属のフュージング時に垂れ下り現象を防止出来、溶接肉盛りでは多数発生した割れが溶射フュージング処理で完全に消失し、本来の目的を達成するこができた。
【0103】
常温及び高温用途において、鉄基合金はJISMFNi−4種合金に比べ同等か、それより優れた耐久性を示し、特に高Si−高Cr−Fe系合金である本鉄基合金類は、低品位炭のため多量発生するサルファーガスアタックの激しい火力発電所で使用されるボイラーチューブの溶射フュージングに、より適切な合金であると言える。
【0104】
Wを2.5〜3.0%含有する本鉄基合金類は、高温度で時効処理を行なえば、硬度、耐磨耗性及び高温エロージョン耐摩耗性が非常に向上する。高温で長時間保持されるに従い、益々、硬度、耐摩耗性が向上する性質がある。溶接肉盛金属に関しては時効熱処理により、非常に優れた高温エロージョン性能を示したが、溶射フュージョン金属は前者に比べ見劣りした結果を示した。その最大の原因は、溶接肉盛では各種合金の溶着金属への歩留まりが優れているが、アーク溶射は大気中で溶融金属をコンプレッサーエアーにより吹き飛ばすので合金の酸化ロスが溶接肉盛より多く、溶着金属への歩留まりが悪くなるからであろう。特に、Siは本鉄基合金類の要であるが、酸化され易く、歩留りを悪化させると考えられる。
【0105】
この欠点はワイヤ中への合金添加量を調整すれば解決できる問題であり、将来より優れたワイヤを製造する方向で考えている。また、将来、アーク溶射装置で不活性ガスシールド方法が使用されるならば合金元素の歩留まりは容易に解決できる問題でもある。
【0106】
ボイラーチューブの溶射フュージングに関しては、割れの発生と溶融金属の垂れ下がりの発生を抑制出来、大幅なコスト削減を可能にする鉄基合金の開発に成功したが、溶接肉盛に関しても、W添加による高硬度と優れた耐磨耗性が得られたことから、溶接肉盛で割れが発生するにもかかわらず、大幅なコスト低減が実現されることが判明した。
【0107】
ボイラーチューブの肉盛に関し、本鉄基合金ワイヤを使用する上で、下盛金属を溶着する事無しに直接肉盛することは困難であることは既に述べた。下盛金属の上に本鉄基合金ワイヤを肉盛する場合、例えばステンレス鋼のSUS309MoLやErNiCr−3ニッケル基合金溶接ワイヤ等が下盛金属として使用された場合、本鉄基合金の1層目溶着金属は、下盛金属からニッケルをピックアップして、硬度が著しく低下する問題が生じた。耐摩耗性を向上させるには2層肉盛すれば改善されるが、ただでさえニッケル基合金の溶射フュージングに比べ、イニシアルコストが大幅に上昇しているので、硬化金属の2層肉盛は経済的要因から得策ではない事が判明していた。従って、下盛金属からNiをピックアップしても1層目肉盛金属の硬度や耐摩耗性が低下しない事が強く求められた。下盛金属に使用される代表的な肉盛ワイヤの化学成分を表7に示す。
【0108】
【表7】
【0109】
この欠点を解決する方法として、W=6.1%を含有する本鉄基合金ワイヤをインコネルERNiCr−3下盛金属の上に1層に肉盛し、その肉盛金属の硬度を調べた。下盛金属への溶け込み率は約28〜30%であり、Ni含有量が増加して、サルファーアタックの影響を受け易くなるので、Niの溶着金属への巻き込みを減少させるために溶け込みを少なくするよう配慮して肉盛された。通常、MIG溶接の溶け込み率は35%以上と考えられる。計算によれば、本鉄基合金ワイヤの溶着金属のNi含有量は、溶接ワイヤのNi含有量を5%とすると、約22〜24%となる。
【0110】
W=6.1%のワイヤと共に、W=0%のワイヤを使用して同じ溶け込み深さで肉盛を行い、肉盛金属の硬度を調べた。結果を表8に示す。
【0111】
【表8】
【0112】
両者の硬度差はHV235と大差が生じた。ニッケル基合金の上に1層肉盛してHV950を越える硬さは驚異的である。鉄基タングステンカーバイド合金、C3.5%−W42%−Feの硬度はHV950あり、これを凌駕する硬度値である。但し、後者はSS400軟鋼に肉盛した硬度値であり、Ni基合金上では硬度はより低下する。1層でHV972の硬度を与える事が出来れば、2層肉盛の必要性が全く無くなり、本来の目的とするイニシアルコストの低減に貢献することができる。
【0113】
Wは高価であるため、鉄基合金1及び2からも添加を除外していたのであるが、鉄基合金特許1及び2の溶融金属の表面張力を高める添加金属として非常に有効である事が判明し、本鉄基合金を完成させる最大の根拠となった。加えて、その副次的効果として、溶着金属の硬度を向上させ、耐摩耗性も向上させた。ボイラーチューブやその他の用途で、下盛金属にニッケル合金やステンレス鋼を肉盛し、その上に硬化金属を肉盛すると、下盛金属に含有されているNiが硬化金属に溶け込み、1層目の硬化金属の硬度が低下する傾向があった。高硬度を保持させる為には、2層肉盛が必要になり、溶接材料の消費量の増加や肉盛工数の増加等でコストアップの要因になった。1層目から高硬度が得られれば、2層肉盛する必要が無くなり、コスト低減に効果を発揮する。W=6.1%の添加により、平均硬度がHV972に上昇し、1層肉盛で充分使用できることが判明した。
【0114】
Wは高価な金属であり、それを利用することは本来の主旨から逸脱するが、その添加によりもたらされる効果が莫大であるので、有効合金金属として添加する事にしたわけである。
【0115】
ボイラーチューブ以外での大きな用途としては、製鉄所の高炉設備として使用されている微粉炭吹き込み羽口や高炉壁冷却用ステーブ等がある。これらは銅で製作されており、鉄鉱石や微粉炭等で激しい高温磨耗を受ける。これらにはNi基合金が初層として肉盛され、その上に高温耐磨耗性金属が肉盛され使用に供されている。この種の装置の硬化肉盛も1層肉盛が適用されており、1層目に高硬度が求められている。
【0116】
W=0%の合金で1層目の溶着金属に高硬度を与える為には、肉盛技術により、溶け込みを大幅に減少させる溶接テクニックが必要とされたが、W=6.1 %の本鉄基合金ワイヤはHV972の硬度をもたらし、充分に余裕の高硬度を与える事が出来るので、特別な溶接肉盛施工技術を必要とせず、安心して使用することができるというメリットをもたらした。
【0117】
以上により、鉄基合金1系の第1号合金及び第3号合金の高温に於ける耐摩耗性と耐腐食性を目的にした合金に関する溶融金属の垂れ下がりの防止にW添加の有効性が実証されたが、鉄基合金2系の第2号合金及び第4号合金にWを添加した場合も同様に有効である。
【0118】
すなわち、鉄基合金2系の第2号合金及び第4号合金は、鉄基合金1系の第1号合金及び第3号合金と異なり、耐磨耗性の向上を目的としていないので、Wの高含有量はむしろ溶着金属を高硬度に導き、その結果、溶着金属に割れを発生させる危険性を増大させることになる。割れの発生は、腐食液や腐食ガスの浸透を導き、母材金属の腐食を誘発し易くなるので、極力少なくすることが必要である。したがって、Wの添加量は最小限界量に止めることが重要である。
【0119】
従って、第2号合金及び第4号合金に対しては、Wの添加量は最小で1%が必要であり、最大で2.5%までに止めるのが好ましい。両合金のWを添加した場合の硬度を表9に示す。
【0120】
【表9】
【0121】
2.5%のWを添加しても溶着金属の硬度に与える影響は殆ど無く、溶着金属の割れの誘発は防止できた。従って、本来これら合金が持つ優れた特性を失うこともなく,溶融金属の垂れ下がりを防止することができる。
図1