特許第6391198号(P6391198)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6391198補聴器システムの動作方法および補聴器システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6391198
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】補聴器システムの動作方法および補聴器システム
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20180910BHJP
【FI】
   H04R25/00 L
【請求項の数】10
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-535989(P2017-535989)
(86)(22)【出願日】2015年1月14日
(65)【公表番号】特表2018-501728(P2018-501728A)
(43)【公表日】2018年1月18日
(86)【国際出願番号】EP2015050551
(87)【国際公開番号】WO2016112969
(87)【国際公開日】20160721
【審査請求日】2017年7月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】500011045
【氏名又は名称】ヴェーデクス・アクティーセルスカプ
(74)【代理人】
【識別番号】110001830
【氏名又は名称】東京UIT国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】エルメデュプ・トマス・ボー
(72)【発明者】
【氏名】アンデルセン・クリスティアン・ティム
【審査官】 須藤 竜也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−146060(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0170680(US,A1)
【文献】 特表2015−501114(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0270294(US,A1)
【文献】 特開2010−068080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)第1の音響電気入力トランスデューサから第1の入力信号を提供し,
b)上記第1の入力信号を分岐し,これによって第1の分岐において上記第1の入力信号を第1の分析フィルタ・バンクに提供し,かつ第2の分岐において上記第1の入力信号を第1の加算ユニットに提供し,ここで上記第1の分析フィルタ・バンクが,上記第1の入力信号を第1の複数の周波数帯域信号に分割するように構成されており,
c)上記第1の複数の周波数帯域信号を分岐し,これによって第3の分岐において上記第1の複数の周波数帯域信号を適応フィルタ係数算出器に提供し,かつ第4の分岐において上記第1の複数の周波数帯域信号を対応する第1の複数の適応フィルタに提供して,適応フィルタリングされた第1の複数の周波数帯域信号を生成し,
d)上記適応フィルタリングされた第1の複数の周波数帯域信号を分岐し,これによって第5の分岐において上記適応フィルタリングされた第1の複数の周波数帯域信号を第1の合成フィルタ・バンクに提供し,かつ第6の分岐において上記適応フィルタリングされた第1の複数の周波数帯域信号を対応する第1のマルチバンド・ビームフォーマに提供し,
e)上記第1の入力信号から上記第1の合成フィルタ・バンクからの出力信号を減算した第1の誤差信号を提供し,
第2の音響電気入力トランスデューサから第2の入力信号を提供し,
第2の加算ユニット,第2の分析フィルタ・バンク,第2の複数の適応フィルタおよび第2の合成フィルタ・バンクを用いて,上記第2の入力信号について上記方法ステップb)からe)を実行することにより,上記第2の入力信号を用いて第2の誤差信号を提供し,
上記適応フィルタ係数算出器を用いて,上記第1の誤差信号および上記第1の複数の周波数帯域信号に基づいて上記第1および第2の複数の適応フィルタについてのフィルタ係数を決定し,ここで上記決定されるフィルタ係数は上記第1および第2の複数の適応フィルタについて同一となるように選択され,
上記第1のマルチバンド・ビームフォーマからの出力信号を第3の合成フィルタ・バンクに提供し,
上記第3の合成フィルタ・バンクからの出力信号を第3の加算ユニットに提供し,
第2のビームフォーマに上記第1および第2の誤差信号を提供し,
上記第2のビームフォーマからの出力信号を上記第3の加算ユニットに提供し,これによって,上記第3の加算ユニットからの出力信号として,上記第3の合成フィルタ・バンクおよび上記第2のビームフォーマからの出力信号の合計を提供する,
補聴器システムの動作方法。
【請求項2】
上記第1および第2の複数の適応フィルタについての上記フィルタ係数を決定するステップが,追加的に上記第2の誤差信号および上記第2の複数の周波数帯域信号に基づくものである,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記第2のビームフォーマがシングルバンド・ビームフォーマである,請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記第2のビームフォーマが上記第1のマルチバンド・ビームフォーマよりも少ない周波数帯域信号で動作するマルチバンド・ビームフォーマである,請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
上記第1および第2の誤差信号が複数の周波数帯域信号に分割され,その後に上記第2のビームフォーマに提供されるものであり,上記第2のビームフォーマからの出力信号が第4の合成フィルタ・バンクにおいて結合され,その後に上記第3の加算ユニットに提供されるものであり,上記第3の合成フィルタ・バンクからの出力信号が,上記誤差信号(複数)を複数の周波数帯域信号に分割し,かつ上記第4の合成フィルタ・バンクにおいて上記第2のビームフォーマからの出力信号を結合することによって導入される遅延に等しい遅延を提供するように構成されるオールパス・フィルタを通過する,請求項4に記載の方法。
【請求項6】
第1および第2の音響電気入力トランスデューサ,第1および第2の分析フィルタ・バンク,第1および第2の複数の適応フィルタ,第1,第2および第3の合成フィルタ・バンク,第1,第2および第3の加算ユニット,適応フィルタ係数算出器,ならびに第1および第2のビームフォーマを備え,
上記第1および第2の音響電気入力トランスデューサからの出力信号が,上記第1および第2の分析フィルタ・バンクのそれぞれ,ならびに上記第1および第2の加算ユニットのそれぞれに提供され,
上記第1および第2の分析フィルタ・バンクの少なくとも一方からの出力信号が上記適応フィルタ係数算出器に提供され,
上記第1および第2の複数の適応フィルタからの出力信号が,上記第1および第2の合成フィルタ・バンクのそれぞれ,ならびに上記第1のビームフォーマに提供され,
上記第1および第2の合成フィルタ・バンクからの出力信号が上記第1および第2の加算ユニットのそれぞれに提供され,上記第1および第2の加算ユニットが,それぞれ上記第1および第2の音響電気入力トランスデューサからの出力信号から上記第1および第2の合成フィルタ・バンクからの出力信号を減算した出力信号を提供するように構成されており,
上記第1および第2の加算ユニットからの出力信号が上記第2のビームフォーマに提供され,
上記第1および第2の加算ユニットの少なくとも一方からの出力信号が上記適応フィルタ係数算出器に提供され,
上記適応フィルタ係数算出器が,上記第1の加算ユニットおよび上記第1の分析フィルタ・バンクからの出力信号ならびに上記第2の加算ユニットおよび上記第2の分析フィルタ・バンクからの出力信号に基づいて複数の適応フィルタ係数を決定するように構成されており,
上記第1および第2の複数の適応フィルタが同一のフィルタ係数を用いて動作するように構成されており,
上記第1のビームフォーマからの出力信号が上記第3の合成フィルタ・バンクに提供され,
上記第2のビームフォーマおよび上記第3の合成フィルタ・バンクからの出力信号が上記第3の加算ユニットに与えられ,ここで少なくとも上記第1のビームフォーマがマルチバンド・ビームフォーマである,
補聴器システム。
【請求項7】
上記適応フィルタ係数算出器が,上記第1および第2の加算ユニットならびに上記第1および第2の分析フィルタ・バンクからの出力信号に基づいて,上記第1および第2の複数の適応フィルタについての複数の適応フィルタ係数を決定するように構成されている,請求項6に記載の補聴器システム。
【請求項8】
上記第2のビームフォーマがシングルバンド・ビームフォーマである,請求項6または7に記載の補聴器システム。
【請求項9】
上記第2のビームフォーマが,上記第1のマルチバンド・ビームフォーマよりも少ない周波数帯域信号で動作するマルチバンド・ビームフォーマである,請求項6または7に記載の補聴器システム。
【請求項10】
第3の分析フィルタ・バンク,第4の合成フィルタ・バンク,およびオールパス・フィルタをさらに備え,
上記第3の分析フィルタ・バンクが上記第1および第2の加算ユニットからの出力信号を複数の周波数帯域信号に分割し,その後に上記第2のビームフォーマに提供されるように構成されており,
上記第4の合成フィルタ・バンクが上記第2のビームフォーマからの出力信号を結合し,その後に上記第3の加算ユニットに提供されるように構成されており,
上記オールパス・フィルタが,上記第3の分析フィルタ・バンクを用いて上記第1および第2の加算ユニットからの出力信号を複数の周波数帯域信号に分割し,かつ上記第2のビームフォーマからの出力信号を上記第4の合成フィルタ・バンクにおいて結合することによって導入される遅延に等しい遅延を提供するように構成されており,ここで上記オールパス・フィルタが上記第3の合成フィルタ・バンクからの出力信号を入力信号として扱うように構成されている,請求項9に記載の補聴器システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は補聴器システムの動作方法(method of operating a hearing aid system)に関する。この発明はまた,上記方法を実行するように構成される補聴器システムに関する。
【背景技術】
【0002】
この発明による補聴器システムは,概略的には,ユーザによって音響信号として知覚されることが可能な出力信号を提供する,またはそのような出力信号の提供に寄与する任意の装置を意味するものとして理解され,上記ユーザの個々の聴覚損失を補償するように,または上記ユーザの上記聴覚損失の補償に寄与するようにカスタマイズされる手段を備えている。この装置には,身体上にまたは耳のそばに,特に耳の上または耳の中に装着することができ,かつ完全にまたは部分的に埋め込むことができる補聴器が含まれる。しかしながら,主要目的が聴覚損失を補償することではない装置,たとえば消費者向電化製品(テレビ,ハイファイ・システム,携帯電話,MP3プレーヤなど)も,これらが個々の聴覚損失を補償する機能を有するものであれば同様に含まれる。
【0003】
本願の開示において,従来の補聴器は,難聴者によって人の耳の後ろにまたは耳の中に装着されるように設計された,小さい,電池駆動の,小型電子機器として理解することができる。使用に先立ち,補聴器は処方にしたがって補聴器フィッタによって調整される。上記処方は,いわゆるオージオグラムが得られる,聴覚障がい者の裸耳聴能の聴覚テストに基づく。上記処方は,上記ユーザが聴覚欠損を蒙っている可聴周波数範囲の部分の周波数の音を増幅することによって,上記補聴器が聴覚損失を緩和する設定に達するように構築される。補聴器は,一または複数のマイクロフォン,電池,信号処理装置を含む小型電子回路,および音響出力トランスデューサを備えている。上記信号処理装置は好ましくはデジタル信号処理装置である。上記補聴器は人の耳の後ろまたは耳の中へのフィットに適するケース内に収められる。
【0004】
本願の開示において,補聴器システムは単一の補聴器(いわゆるモノラル補聴器システム)を含むことができ,または補聴器ユーザの各耳に一つずつの2つの補聴器を含むことができる(いわゆるバイノーラル補聴器システム)。さらに補聴器システムは,外部機器,たとえば補聴器システムの他の機器と相互作用するように構成されるソフトウエア・アプリケーションを有するスマートフォンを含んでもよい。このように本願の開示において,用語「補聴器システム装置」は補聴器または外部機器を示すものとされる。
【0005】
機械的デザインは複数の概略的なカテゴリに発展している。その名が示すように耳掛形(Behind-The-Ear)(BTE)補聴器は耳の後ろに装着される。より正確には,その主要電子回路部品を含むハウジングを備える電子回路ユニットが耳の後ろに装着される。音を補聴器ユーザに向けて放出するイヤーピースが,耳の中に,たとえば耳甲介または外耳道内に装着される。従来のBTE補聴器では,補聴器用語において通常レシーバと呼ばれる上記電子回路ユニットのハウジンング内に配置される出力トランスデューサからの音を外耳道に向けて伝達するために音チューブが用いられている。近年の補聴器タイプの中には,導電材を備える導電部材が上記ハウジングから耳内のイヤーピース中に配置されたレシーバに向けて電気信号を搬送するものがある。このような補聴器は通常耳内レシーバ形(Receiver-In-The-Ear)(RITE)補聴器と呼ばれている。特定タイプのRITE補聴器では上記レシーバが外耳道の内側に配置される。このカテゴリは耳道内レシーバ形(Receiver-In-Canal)(RIC)補聴器と呼ばれることがある。
【0006】
耳内形(In-The-Ear)(ITE)補聴器は,耳内,通常は外耳道の漏斗状外側部分に配置されるようにデザインされている。特定タイプのITE補聴器では,上記補聴器が実質的に外耳道の内側に配置される。このカテゴリは完全耳内形(Completely-In-Canal)(CIC)補聴器と呼ばれることがある。このタイプの補聴器は,耳道内に配置することができ,他方で補聴器の動作に必要な部品を収容できるようにするために,特にコンパクトなデザインでなければならない。
【0007】
聴覚障がい者の聴覚損失はほとんどが周波数に依存する(frequency-dependent)。これは人の聴覚損失が周波数に依存して変化することを意味する。したがって,聴覚損失を補償するときに周波数依存増幅を利用することが好都合となる。したがって多くの補聴器は,補聴器の入力トランスデューサによって受信された入力音信号を様々な周波数間隔(various frequency intervals),いわゆる周波数帯域(frequency bands)に分割し,これが個別に処理される。これによりそれぞれの周波数帯域の聴覚損失を考慮して,各周波数帯域の入力音信号を個別に調整することができる。周波数依存調整は,通常,帯域分割フィルタと,周波数帯域のそれぞれのためのコンプレッサ(複数),いわゆる帯域分割コンプレッサ(複数)を実装することによって行われ,これらをマルチバンド(多帯域)コンプレッサにまとめることができる。このように,特定周波数範囲の聴力損失に応じてかつ入力音信号の入力レベルに応じて,各周波数帯域において個別に利得を調整することができる。たとえば,帯域分割コンプレッサは,大きな音に対するよりも,ソフトな音に対してより大きな利得をその周波数帯域に提供することができる。
【0008】
このようなマルチバンド・コンプレッサに用いられるフィルタ・バンクは補聴器の分野において周知であるが,他方において多くのトレードオフに基づくものである。ほとんどのこれらのトレードオフは,以下にさらに詳細に記載するように周波数分解能(the frequency resolution)を相手にする(deal with)。
【0009】
高分解能のフィルタ・バンクを有することにはいくつかの非常に明確な利点がある。周波数分解能が高ければ高いほど,個々の周期成分(individual periodic components)を互いにより区別することができる。これはより詳細な信号分析(解析)をもたらし,より高度な信号処理が可能になる。特にノイズ低減および音声強調スキームは,より高い周波数分解能からの恩恵を受けることができる。
【0010】
しかしながら,高周波数分解能(high frequency resolution)を備えるフィルタ・バンクは,一般に,それに応じて長い遅延(long delay)を導入し,これは多くの者にとってたとえば達成可能な音声明瞭度に有害な影響を与える。
【0011】
そこで,離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform:DFT)フィルタ・バンクおよび有限インパルス応答(Finite Impulse Response:FIR)フィルタ・バンクといった従来のフィルタ・バンクによって発生した遅延を次のようにして低減することが提案されている。
【0012】
通常であれば従来のフィルタ・バンクによって提供される周波数帯域に対して適用されるはずであった所望の周波数依存利得に対応する応答を用いて時変FIRフィルタを適用すること。しかしながら,この解決策は,依然としてシステムの分析部において周波数依存利得を算出することを必要とし,上記分析部が従来の分析フィルタ・バンクを含む場合,上記決定される周波数依存利得は,上記時変FIRフィルタを用いて上記利得が適用されるべき信号に対して遅延する。さらに,上記遅延は従来のフィルタ・バンクによってもたらされる遅延よりもかなり短いものの,上記FIRフィルタ自体が本質的に遅延をもたらす。
【0013】
最小位相フィルタ(minimum-phase filters)を使用することによって上記時変フィルタによって導入される上記遅延を最小にすることが当該分野において提案されている。 しかしながら,このタイプのフィルタは上記遅延を減少させるが,依然として周波数依存性非線形位相シフトをもたらし,したがって位相歪みをもたらす。
【0014】
従来のゼロ位相フィルタはこの状況では適用できないことにさらに留意されたい。これは,上記フィルタがリアルタイム(実時)で動作しなければならず,これは従来の非因果ゼロ位相フィルタ(non-causal zero-phase filter)では不可能であるためである。
【0015】
したがってこの発明の特徴は,ゼロの遅延および位相歪みの信号処理を提供する補聴器システムの動作方法を提供することにある。
【0016】
この発明の他の特徴は,ゼロの遅延および位相歪みを持つ補聴器システムの動作方法を提供するように構成される補聴器システムを提供することにある。
【発明の開示】
【0017】
第1の観点において,この発明は請求項1に記載の補聴器システムの動作方法を提供する。
【0018】
処理遅延および位相歪みに関する補聴器システムの改善された動作方法が提供される。
【0019】
第2の観点において,この発明は請求項6に記載の補聴器システムを提供する。
【0020】
補聴器システムを動作するための改善された手段を備える補聴器システムが提供される。
【0021】
さらなる有利な特徴は従属請求項から明らかにされる。
【0022】
この発明のさらに他の特徴は,この発明を詳細に説明する以下の記載から当業者に明らかにされよう。
【0023】
一例として,この発明の好ましい実施態様を示しかつ記載する。当然ではあるが,この発明は他の実施態様が可能であり,そのいくつかの詳細は,この発明から逸脱することなく,様々な明らかなすべての観点において修正することができる。したがって,図面および説明は本質的に例示にすぎず,限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】この発明の一実施態様による補聴器の選択部分をかなり模式的に示す。
図2】この発明の一実施態様による補聴器の選択部分をかなり模式的に示す。
図3】この発明の他の実施態様による補聴器の選択部分をかなり模式的に示す。
【実施例】
【0025】
本願の開示において,信号処理の用語は,任意のタイプの補聴器システムに関連する信号処理として理解され,少なくともノイズ低減,音声増強および聴覚補償を含む。はじめに図1を参照して,図1はこの発明の一実施態様による補聴器100の選択部分をかなり模式的に示している。
【0026】
補聴器100の上記選択部分は,音響電気入力トランスデューサ101,すなわちマイクロフォン,第1のノード102,第1の加算ユニット103,第2のノード104,オールパス・フィルタ105,第3のノード106,第1の適応フィルタ107,適応フィルタ係数算出器108,第4のノード109,分析フィルタ・バンク110,信号処理装置111,合成フィルタ・バンク112,第2の適応フィルタ113および第2の加算ユニット114を備えている。
【0027】
図1に図示が示されていないが,上記第2の加算ユニット114によって提供される信号は,電気音響出力トランスデューサ,すなわち補聴器スピーカに与えられる。
【0028】
以下,第2のノード104,第1の加算ユニット103,オールパス・フィルタ105,第3のノード106,第1の適応フィルタ107,適応フィルタ係数算出器108および第4のノード109を,ひとまとめにして周期信号推定器(periodic signal estimator)120と呼ぶ。同様にして,分析フィルタ・バンク110,信号処理装置111,合成フィルタ・バンク112および第2の適応フィルタ113を,以下において適応フィルタ処理装置(adaptively filtered processor)121と呼ぶ。
【0029】
図1の実施態様では,マイクロフォン101がアナログの電気信号を提供し,これがアナログ−デジタル変換器(図示略)によってデジタル入力信号に変換される。しかしながら,以下において,デジタル入力信号の用語は入力信号の用語と交換可能に用いられることがあり,同じことは,デジタル信号として特に示されているまたは示されていない他のすべての信号についてもあてはまる。
【0030】
上記デジタル入力信号が第1のノード102において分岐され,上記入力信号は,第1の分岐において第2のノード104に与えられ,そこからさらに第1の分岐に沿って上記第1の加算ユニット103に与えられ,上記第2のノード104からの入力信号が第2の分岐において上記オールパス・フィルタ105に与えられ,上記第1のノード102からの入力信号が第3の分岐において上記分析フィルタ・バンク110に与えられる。
【0031】
上記オールパス・フィルタの出力信号は第3のノード106に与えられ,そこからさらに第4の分岐において上記第1の適応フィルタ107に与えられ,かつ第5の分岐において上記適応フィルタ係数算出器108に与えられる。
【0032】
上記第1の適応フィルタからの出力は上記第1の加算ユニット103に与えられ,これによって上記入力信号から上記第1の適応フィルタからの出力が減算され,上記適応フィルタ係数算出器108のための第1の誤差信号が提供される。上記第1の加算ユニット103からの出力信号は第4のノード109において分岐され,これによって上記適応フィルタ係数算出器108および上記第2の加算ユニット114の両方に与えられる。
【0033】
上記分析フィルタ・バンク110から出力は上記信号処理装置111に与えられ,そこからさらに上記合成フィルタ・バンク112および上記第2の適応フィルタ113に与えられ,最後に上記第2の加算ユニット114に与えられ,これによって上記第2の加算ユニット114からの出力信号は,上記入力信号と上記第2の適応フィルタからの出力信号の加算信号であって,上記加算信号から上記第1の適応フィルタからの出力信号を減算したものとなる。
【0034】
この発明の本質的特徴は,上記オールパス・フィルタ105が,上記分析フィルタ・バンク110,上記信号処理装置111および上記合成フィルタ・バンク112の結合処理と同じ遅延を提供するように構成されていることである。オールパス・フィルタの用語の使用は,上記フィルタが同じ利得を,好ましくはユニティ(1)(ゼロdB)利得をすべての関連する信号周波数に適用し,様々な周波数成分間の位相関係のみを変化させることを意味することは,当業者には周知であろう。
【0035】
この構成を有することで,上記第2の加算ユニット114からの出力信号が無遅延かつゼロ位相歪みの特性(the property of no delay and zero phase distortion)を持つように,上記適応フィルタ係数算出器108は上記第1の適応フィルタ107と上記第2の適応フィルタ113の両方を最適化することができる。
【0036】
適応フィルタリングの概念(コンセプト)は補聴器システムの分野において周知であり,当業者であれば,適応フィルタおよび適応フィルタ係数を最適化する方法を多くの様々なやり方で実施できることを容易に理解しよう。なお,一般的な概念を説明するために1つのやり方を説明すると,適応フィルタおよびこれに対応する適応フィルタ係数算出器は,第1の入力信号から複数の遅延サンプルを取得するように動作し,これらのサンプルの線形結合を最適化して上記適応フィルタに与えられる誤差信号を最小化する。
【0037】
上記第2の加算ユニット114からの出力は補聴器レシーバに与えてもよいし,またはその前にさらなる処理を施してもよい。さらなる処理の例としては,周波数転移(frequency transposition)および周波数圧縮(frequency compression)があり,これらのタイプの処理は,適応フィルタリングによって実行される位相補償がもはや実質的にゼロ遅延および位相歪みの所望の結果をもたらさないように上記位相を変化させるからである。 聴覚損失補償はさらなる処理の一例であっても,そうでなくてもよい。
【0038】
この発明は,Dサンプルの線形位相遅延を有するフィルタ・バンクを通じて送られる周期信号(a periodic signal that is sent through a filter bank with a linear-phase delay of D samples)を考慮することによって理解することができる。信号の周期性に起因して,上記フィルタ・バンクの入力信号と上記出力信号の間の周波数依存位相差だけ上記フィルタ・バンクからの出力信号の位相を時間的に前方に(forward in time)シフトすることによって,上記フィルタ・バンクを通る遅延を完全に相殺(キャンセル)することができる。これによってゼロ遅延を有するフィルタ・バンクを通過したかのように見える出力信号が得られる。上記フィルタ・バンク中の信号に任意の利得を適用することができ,上記位相シフトは上記遅延を相殺するので,上記信号はゼロ位相フィルタリング信号(zero-phase filtered signal)と同一となることに留意されたい。
【0039】
しかしながら,補聴器システムの入力信号のような現実の信号は限られた時間だけ周期的であり,このより一般的な課題について,発明者は,導入される遅延を相殺するために,処理済信号の位相をシフトすることができるフィルタとして適応フィルタが適切な選択であり,それは上記適応フィルタが処理済信号について適切な大きさおよび位相応答の両方を提供することができるからであることを見出した。上記適応フィルタは,処理済信号のDサンプル(the processed signal D sample)をあらかじめ予測するために,上記適応フィルタ係数を最適化することによってそのような適切な応答を提供することができる。これによってDサンプルよりも短い周期性を有する信号成分は予測されず,以下においてそのような信号成分を確率的信号成分(stochastic signal components)と呼ぶ。
【0040】
すなわち図1の実施態様では,上記適応フィルタ係数算出器108は,第1および第2の適応フィルタからの出力信号のそれぞれが,上記入力信号と同相になるように位相シフトされた周期信号成分を含むように適応予測(adaptive prediction)を提供するように構成される。
【0041】
以下において,上記デジタル入力信号x(n)が推定周期信号x^(n)(xの上方に^がある記号)と上記適応フィルタが予測することができない確率的信号e(n)とに分離できるものであると仮定する。
【0042】
図1の実施態様では,上記第1の適応フィルタ107は以下の数式にしたがって上記推定周期信号x^(n)を出力として提供する。
【0043】
【数1】
【0044】
ここでx(n)は上記オールパス・フィルタ105からの出力信号であり,h(hの上方に−がある記号)=[h(n),h(n),…,hk−1(n)]は上記適応フィルタ係数を保持するベクトルである。
【0045】
上記適応フィルタ係数は確率的信号の期待エネルギー(expected energy)を最適化するために算出される。
【0046】
【数2】
【0047】
ここでC(n)は最小化されるべきコスト関数であり,E{}は期待値演算子(expectation operator)を表す。
【0048】
図1の実施態様では,上記適応フィルタ係数の更新式が以下のように与えられる。
【0049】
【数3】
【0050】
ここでx(n)=[x(n−D),x(n−D−1),…,x(n−D−K+1)]であり,γは漏れ係数(leakage factor)であり,αはオフセットであり,μはステップ・サイズである。図1の実施態様では,ステップ・サイズμの値は0.05に選択され,漏れ係数γの値は0.002に選択され,オフセットαの値は0.05に選択され,Kの値は128に選択される。なお,上記すべての値は,選択されるサンプリング周波数,この実施態様では32kHzに依存する。
【0051】
図1の実施態様の変形例では,上記ステップ・サイズμの値が0から2の範囲から,好ましくは0.01〜0.5の範囲から選択され,特に0.01または0.1とすることができ,上記漏れ係数γの値は0〜1の範囲から,好ましくは0〜0.1の範囲から選択され,特に式2−Nにしたがって選択される値とされ,ここでNは3〜9の自然数であり,上記オフセットαの値は0〜1の範囲から選択され,Kの値は1〜4096の範囲から選択され,または好ましくは16〜512の範囲から選択され,特に32または64の値とすることができる。
【0052】
さらに,当業者に自明であるように,適応アルゴリズムのパラメータは一般に時間および周波数にも依存するように構成することができることに留意されたい。
【0053】
図1の実施態様では,上記適応フィルタ係数算出器108は,周知の正規化最小二乗平均(normalized least-mean-square:NLMS)アルゴリズムの一種(a variant)にしたがって動作する。この実施態様の変形例では,線形予測分析(linear prediction analysis)や最大事後(maximum a posteriori)(MAP)といった他の適応アルゴリズムを適用することできるが,上記NLMSアルゴリズムの一種を選択することで,これは計算の複雑さが低く,さらなる遅延を導入しない点において有利である。
【0054】
図1の実施態様では上記遅延Dは5ミリ秒(ms)に設定される。変形例では,上記遅延は0から5ミリ秒の範囲から,または4から10ミリ秒の範囲から選択される。4〜10ミリ秒の範囲内の遅延Dは,典型的には有声音(voiced speech)のような入力信号成分の予測結果をもたらし,他方雑音のような信号成分は予測されない。しかしながら,ある遅延Dによって有声音を予測できるかどうかは,個々の話者,個々の話者の性別,話者がどの程度の速さで話すか,話される単語といった複数の要素に依存する。実際には,50ないし100ミリ秒までの遅延でなんらか有声音信号を予測することができる。
【0055】
Dを上記適応フィルタの更新式に適合するためには上記遅延をミリ秒ではなくサンプル中に与えられなければならず,この場合上記遅延は結果的にサンプリングレートに依存することに留意されたい。
【0056】
一般に適応フィルタの機能に関して以下の結果を得ることができる。(i)Dより大きな遅れ(a lag larger than D)に対して有意な自己相関を有する周期的な信号成分を予測することができること,(ii)Dよりも大きな遅れに対しての有意な自己相関を持たない信号成分を上記適応フィルタによって少なくとも部分的に抑制でき,上述の所与のコスト関数が最小されること,および(iii)上記適応フィルタが,コスト関数を最小にするために,上記入力信号とできるだけ一致するように上記第1の適応フィルタからの上記出力信号の位相を調整できること。
【0057】
次に図2を参照して,図2はこの発明の一実施態様による補聴器200の選択部分をかなり模式的に示している。
【0058】
補聴器200は音響電気入力トランスデューサ101,すなわちマイクロフォン,第1のノード102,第1の周期信号推定器120,第1の適応フィルタ処理装置121,第2のノード202,第2の周期信号推定器220,第2の適応フィルタ処理装置221,広帯域利得算出器203,広帯域利得乗算器204および加算ユニット205を備えている。
【0059】
上記第1の周期信号推定器120は,図1を参照してすでに説明したように構成されており,上記第2の周期信号推定器220は同様に構成された同一タイプのコンポーネントを備えている。これらの2つは以下に詳述するようにパラメータ設定のみが異なっている。
【0060】
同様に,第1の適応フィルタ処理装置121は,図1を参照してすでに説明したように構成されており,上記第2の適応フィルタ処理装置221は同様に構成された同一タイプのコンポーネントを備えている。これらの2つは以下に詳述するようにパラメータ設定のみが異なっている。
【0061】
図2による実施態様によって得られる有利な効果は,図1にしたがう実施態様の遅延Dの最適値をどのように決定するかを考慮することによって最もよく理解される。上記遅延Dの値は適応フィルタリングおよび第3の分岐において実行される処理の両方に影響を与える。
【0062】
上記適応フィルタ(複数)はDより大きな遅れに対して有意な自己相関のない信号成分を抑圧しようとし,したがってより短いDが選択されるとより多くの信号成分が上記適応フィルタ(複数)を通過することができるようになる。しかしながら,Dは分析フィルタ・バンク110,信号処理111および合成フィルタ・バンク112からの遅延によっても決定され,その結果より短いDは,通常,上記フィルタ・バンクの周波数分解能をそれに応じて低減しなければならないことになる。
【0063】
すなわち比較的大きなDの値はフィルタ・バンクの改善された周波数分解能に起因して改善された信号処理を提供することができる。これは信号処理が音声強調または雑音抑圧を含む場合に特に当てはまる。しかしながら,この有益な効果は,信号成分の比較的小さい部分が上記適応フィルタを通過することができるという犠牲がある(comes at the cost)。
【0064】
このように図1によるこの発明の実施態様は,何らかのやり方で決定されなければならないトレードオフを提示する。しかしながらこのトレードオフは図2の実施態様を用いて緩和することができ,そこでは周期信号推定器120および220と対応する適応フィルタ処理装置121および221の2つのセットがカスケードで動作し,かつ上記第1の周期信号推定器120および第1の適応フィルタ処理装置121が5ミリ秒に設定された遅延D1に基づいて動作し,上記第2の周期信号推定器220および第2の適応フィルタ処理装置221が3ミリ秒に設定された遅延D2に基づいて動作する。
【0065】
変形例において,上記遅延D1は4から10ミリ秒の範囲とすることができ,上記遅延D2は2から4ミリ秒の範囲とすることができる。
【0066】
図2の実施態様では,上記マイクロフォン101からの入力信号が上記第1のノード102において分岐され,上記第1の周期信号推定器120および上記第1の適応フィルタ処理装置121に与えられる。
【0067】
上記第1の周期信号推定器120からの出力信号は,確率的信号成分,すなわちD1よりも短い周期性を有する信号成分を含む。上記第1の周期信号推定器120からの出力信号は第2のノード202において分岐され,上記第2の周期信号推定器220および上記第2の適応フィルタ処理装置221に与えられる。
【0068】
したがって上記第2の周期信号推定器220からの出力信号は,D2よりも短い周期性を有する確率的信号成分のみを含む。上記第2の周期信号推定器220からの出力信号は典型的にはノイズ,過渡信号,ならびに会話における短いバーストおよび破裂音のようなオンセット(onsets)によって支配される。上記第2の周期信号推定器220からの出力信号はD1およびD2よりも小さい遅れに対する有意な自己相関のみを有する成分から構成され,これは,これらの成分のパワースペクトル密度が比較的フラットになることを意味する。したがって,発明者は,上記第2の周期信号推定器220からの出力信号を,上記広帯域利得乗算器204を用いて,上記広帯域利得算出器203によって決定される広帯域利得を適用することによって処理することができ,これによって処理済確率的信号(processed stochastic signal)が提供されることを見出した。
【0069】
補聴器システムの分野において,確率的信号はノイズおよび過渡(transients)によって支配されるが,/s/および/t/のような音声成分といった短いノイズも含むことが周知である。したがってアプローチの一つは,確率的信号レベルを概略減少させ,音声成分が検出されたときに確率的信号レベルを増加させることである。なお,変形例において負の一定利得のみを適用することを選択してもよいが,これはおそらく音声明瞭度に悪影響を及ぼすことになる。
【0070】
上記第1および第2の適応フィルタ処理装置121および221からの出力信号は,ともに上記第1の加算ユニット205に加えられ,その後に第2の加算ユニット206における処理済確率的信号が加えられる。
【0071】
上記第2の加算ユニット206からの出力は,図1の実施態様を参照して既述したように,補聴器レシーバに直接に与えてもよいし,またはその前にさらなる処理を適用してもよい。
【0072】
図2の実施態様では,上記第1の周期信号推定器120における適応フィルタ係数を決定するために用いられるパラメータの値は,図1の実施態様を参照して与えられるものと同じであり,上記第2の周期信号推定器220において上記適応フィルタ係数を決定するために用いられるパラメータの値は,上記ステップ・サイズμが0.25となるように選択され,かつKの値が64となるように選択される点を除いて,図1の実施態様を参照して与えられるものと同じである。
【0073】
図2の実施態様の変形例では,第2の周期信号推定器220からの出力信号の広帯域処理を省略することができる。
【0074】
開示する実施態様の変形例では,入力信号がマイクロフォン101から直接に提供されない。これに代えて,上記入力信号はビームフォーマからの出力信号として提供される。様々なタイプの従来のビームフォーマが補聴器システムの分野において周知である。
【0075】
開示する実施態様の他の変形例では,上記第1の適応フィルタ107が,分析フィルタ・バンクによって提供される周波数帯域のそれぞれに配置される一セットのサブバンド適応フィルタ(複数)によって置き換えられ,これがオールパス・フィルタおよび合成フィルタ・バンクと一緒になって図1の実施態様のオールパス・フィルタ105と同様の機能を提供する。この場合,上記第2の適応フィルタ113は,対応するようにして,開示した実施態様の上記分析フィルタ・バンク110によって提供される周波数帯域のそれぞれに配置される一セットのサブバンド適応フィルタ(複数)によって置き換えられる必要がある。上記サブバンド・適応フィルタのセットは,開示する実施態様の信号処理装置111の前または後に配置することができる。この場合,上記サブバンド適応フィルタは,対応する広帯域適応フィルタよりも大幅に少ない係数を持つことができる。上記NLMSアルゴリズムはサブバンドに実装することができ,さらに別の変形例では上記NLMSアルゴリズムに代えてサイン−サインLMSアルゴリズム(the sign-sign LMS algorithm)を実装することができる。
【0076】
特定の変形例では,個々の聴覚損失を補償するために用いられる周波数依存利得が,開示された実施態様による信号処理の一部とされない。これに代えて,この利得は,開示された実施態様にしたがって,上記加算点114および205からの出力信号のそれぞれに与えられる。これによって処理アーチファクトの提示が最小化されることが期待される。
【0077】
さらに別の変形例では,個々の聴覚損失を補償するための周波数依存利得が上記第1のノード102の前に与えられる。これによってたとえばNLMSアルゴリズムを入力信号の高周波数成分に対して早く適合させることができるので有利となる。これは,上記NLMSアルゴリズムの適応速度は一般に信号エネルギーとともに増加し,かつほとんどの聴覚障がい者は高周波数の損失を持ち,その結果個々の聴覚損失を補償するための周波数依存利得が,高周波数成分についての信号エネルギーを上昇させるからである。
【0078】
しかしながら個々の聴覚損失を補償するために用いられる周波数依存利得が,実際上開示する実施態様による信号処理の一部である場合には,対応する周波数依存利得を,図1の実施態様による第1および第2の加算点103および114の間に適用してもよく,この場合には第2のオールパス・フィルタを上記第2の適応フィルタ113の後ろに挿入しなければならならず,この場合上記第1および第2の加算点103および114の間に周波数依存利得を提供することによって導入される遅延と同じ遅延を,上記第2のオールパス・フィルタが導入するように構成される。
【0079】
さらなる変形例では,周波数依存利得に代えて広帯域利得が用いられる。確率的信号成分は比較的白色であると予想され,これはより簡単な実装を提供するからである。
【0080】
開示する実施態様のさらに他の変形例では,上記適応フィルタ処理装置121および221の分析フィルタ・バンク110および合成フィルタ・バンク112を,たとえば,対応する信号処理装置111が所望の周波数依存利得を提供するように構成される時変フィルタを含む場合には,省略してもよい。
【0081】
次に図3を参照して,図3はこの発明の一実施態様による補聴器300の選択部分をかなり模式的に示している。
【0082】
補聴器300は第1および第2のマイクロフォン301−aおよび302−bを備え,上記マイクロフォン301−aおよび301−bから提供される入力信号(複数)が同様に処理され,したがって以下では,様々な信号処理エンティティの機能を,補聴器の選択部分の両方の分岐を参照しつつ,一方についてのみ説明する。第1のマイクロフォン301−aからの出力信号を用いる信号処理エンティティを添え字「a」を用いて示し,他方第2のマイクロフォン301−bからの出力信号を用いる信号処理エンティティを添え字「b」を用いて示すことにする。
【0083】
上記マイクロフォン301−aおよび301−bからの出力信号は第1のノード302−aおよび302−bにおいて分岐され,出力信号は第1の加算ユニット303−aおよび303−bの両方に与えられ,かつ以下において太線で示す複数の周波数帯域信号の出力を提供する分析フィルタ・バンク304−aおよび304−bに与えられる。上記複数の周波数帯域信号は第2のノード305−aおよび305−bにおいて分岐され,上記周波数帯域信号は対応する適応フィルタのセット306−aおよび306−bの両方に与えられ,かつ適応フィルタ係数算出器307に与えられ,上記周波数帯域信号および第1の加算ユニット303−aおよび303−bからの出力信号に応じて上記適応フィルタ306−aおよび306−bのためのフィルタ係数が算出され,その後図1において一点鎖線で示すように,上記適応フィルタ306−aおよび306−bにフィルタ係数がセットされる。上記適応フィルタ306−aおよび306−bからの出力信号は第3のノード308−aおよび308−bに与えられ,上記適応フィルタ306−aおよび306−bからの出力信号は高分解能ビームフォーマ310ならびに第1の合成フィルタ・バンク309−aおよび309−bの両方に与えられる。
【0084】
上記合成フィルタ・バンク309−および309−bからの出力信号は上記第1の加算ユニット303−aおよび303−bに与えられ,上記第1の合成フィルタ・バンク309−aおよび309−bからの出力信号が上記マイクロフォン301−aおよび301−bからの対応する出力信号から減算されて,上記適応フィルタ係数算出器307のための誤差信号が提供される。なお,第4のノード311−aおよび311−bを通じて,上記第1の加算ユニット303−aおよび303−bからの出力信号は低分解能ビームフォーマ311にも与えられ,ここで上記低分解能ビームフォーマ312は,この実施態様では,マルチバンド高分解能ビームフォーマ310とは対照的に,シングル・バンドであり,したがって低分解能のビームフォーマであることを特徴とする。
【0085】
上記高分解能ビームフォーマ310からの出力信号は第2の合成フィルタ・バンク313に与えられ,上記第2の合成フィルタ・バンク313からの出力信号は上記第2の加算ユニット314に与えられ,ここで上記信号に上記低分解能ビームフォーマ312からの出力信号が加算される。
【0086】
最後に,上記第2の加算ユニット314からの出力信号は補聴器300の他の部分に直接に与えられる。上記第2の加算ユニット314からの出力信号は,高分解能ビームフォーミングを提供するために用いられる分析フィルタ・バンクおよび合成フィルタ・バンク304−a,304−b,309−a,309−bおよび313が有意な処理遅延を導入するにもかかわらず,ビーム形成が得られ,他方で実質的にゼロ遅延を有することを特徴とする。これは,図1および図2の実施態様ならびにその変形例を参照してすでに開示した原理と同様の原理を用いて得られる。すなわち,高分解能ビーム形成は,上記フィルタ・バンクによって導入される遅延よりも長い周期性(または自己相関)を有する信号成分に対してのみ得られる。確率的信号成分については,一般に低周波数分解能のビーム形成がほとんどのユーザにより受け入れられる。
【0087】
図3の実施態様の変形例において,上記適応フィルタ係数算出器307を,上記分岐の一つからの入力信号だけ,すなわち上記分析フィルタ・バンク304−aおよび第4のノード311−aからの信号だけを受け入れる,よりシンプルなバージョンに置き換えることができ,決定される適応フィルタ係数は上記適応フィルタ306−aおよび306−bの両方に用いられる。
【0088】
図3の実施態様の他の変形例では,第1の加算ユニット303−aおよび303−bからの出力信号が,一対の低遅延分析フィルタ・バンク(a pair of low delay analysis filter banks)によって複数の周波数帯域に分割され,その後に対応するマルチバンド・バージョンの低分解能ビームフォーマ312に提供され,そこからのマルチバンド出力が次に低遅延合成フィルタ・バンクにおいて合成され,上記第2の加算ユニット314に与えられえる。なお,この変形例は,周期信号成分および確率的信号成分の間の位相関係を維持するために,上記低遅延分析フィルタ・バンクおよび合成フィルタ・バンクによって導入される遅延に対応する遅延を有するオールパス・フィルタが上記第2の合成フィルタ・バンク313と上記第2の加算ユニット314の間に挿入されることを必要とする。これによって最小の遅延および位相歪みを有するビーム形成を得ることができる。このように,最小遅延を導入することによって,上記低分解能ビームフォーマ312のマルチバンド・バージョンの周波数分解能が増加することに起因して,上記ビーム形成の品質を向上させることができる。
【0089】
ビーム形成の概念は補聴器システムの技術分野において周知であり,この発明の実施態様は,マルチバンド高分解能ビームフォーマ310と低分解能ビームフォーマ312の両方の正確な実装とは無関係である。補聴器システムの分野では,ビーム形成の概念は周知であるので,当業者は,図3の実施態様による補聴器の選択部分がどのようにして補聴器の他の部分と相互作用するかを容易に理解しよう。
【0090】
一例として,ビーム形成は2つの無指向性マイクロフォンからの出力信号を用いることによって達成することができ,上記2つの出力信号を加算することによって無指向性信号が形成され,2つの出力信号を減算することによって双方向信号が形成され,このように2つの信号を一緒に重みづけすることによって所望のビームフォームが達成される。この方法は明らかにシングルおよびマルチバンドのビームフォーマの両方に適している。
【0091】
開示する実施態様は,特に,いわゆるカクテル・パーティ状況において有利であり,それは,異なる話者を区別する能力が,有声音または無声音を考慮するかどうかに依存する様々な観点に基づいているからである。この発明によると,上述したように,上記周期信号が有声音成分の有意部分を含み,他方,確率的信号は無声音成分の有意部分を含む。
【0092】
異なる話者からの有声音スピーチ成分は典型的には周波数において重複しないという事実を使用することによって,異なる話者からの有声音成分は主に区別されることが推測され,これによって周波数分解能が十分に高い場合には,ある話者を他から強調することができる。他方,異なる話者からの無音性成分は,典型的には時間的に重複しないことが推測され,そこから,無音性成分を区別するためには高い周波数分解能は必要とされないことが導かれる。
【0093】
他の変形例において,開示する実施態様による方法および補聴器の選択部分は,補聴器システムではないシステムまたは装置(すなわち,聴覚損失を補償する手段を備えていないもの)にも実装することができるが,いずれにしても音響電気入力トランスデューサおよび電気音響出力トランスデューサの両方を備えている。このようなシステムおよび装置は,現在ヒヤラブル(hear-ables)と呼ばれることがある。なお,ハンドセットもこのようなシステムの他の例である。
【0094】
構造および手順の他の変更および変形は当業者に自明であろう。
図1
図2
図3