(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、0.02mass%以上0.08mass%以下のSb、0.02mass%以上0.08mass%以下のAs、0.02mass%以上0.30mass%以下のBiから選択される1又は2以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の快削性銅合金加工材。
さらに、0.02mass%超え0.07mass%以下のSb、0.02mass%超え0.07mass%以下のAs、0.02mass%以上0.20mass%以下のBiから選択される1又は2以上を含有することを特徴とする請求項3に記載の快削性銅合金加工材。
κ相に含有されるSnの量が0.08mass%以上0.45mass%以下であり、κ相に含有されるPの量が0.07mass%以上0.24mass%以下であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の快削性銅合金加工材。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明の実施形態に係る快削性銅合金及び快削性銅合金の製造方法について説明する。
本実施形態である快削性銅合金は、給水栓、バルブ、継手などの人や動物が毎日摂取する飲料水に使用される器具、バルブ、継手、摺動部品などの電気・自動車・機械・工業用配管部材、液体と接触する器具、部品として用いられるものである。
【0033】
以下に、本発明の実施形態に係る快削性銅合金鋳物及び快削性銅合金鋳物の製造方法について説明する。
本実施形態である快削性銅合金鋳物は、給水栓、バルブ、継手などの人や動物が毎日摂取する飲料水に使用される器具、バルブ、継手などの電気・自動車・機械・工業用配管部材、液体と接触する器具、部品として用いられるものである。
【0034】
さらに、本実施形態では、金属組織の構成相において、α相の面積率を(α)%、β相の面積率を(β)%、γ相の面積率を(γ)%、κ相の面積率を(κ)%、μ相の面積率を(μ)%で示すものとする。なお、金属組織の構成相は、α相、γ相、κ相などを指し、金属間化合物や、析出物、非金属介在物などは含まれない。また、α相内に存在するκ相は、α相の面積率に含める。すべての構成相の面積率の和は、100%とする。
そして、本実施形態では、以下のように、複数の組織関係式を規定している。
組織関係式f3=(α)+(κ)
組織関係式f4=(α)+(κ)+(γ)+(μ)
組織関係式f5=(γ)+(μ)
組織関係式f6=(κ)+6×(γ)
1/2+0.5×(μ)
【0035】
本発明の第1の実施形態に係る快削性銅合金は、75.0mass%以上78.5mass%以下のCuと、2.95mass%以上3.55mass%以下のSiと、0.07mass%以上0.28mass%以下のSnと、0.06mass%以上0.14mass%以下のPと、0.022mass%以上0.25mass%以下のPbと、を含み、残部がZn及び不可避不純物からなる。組成関係式f1が76.2≦f1≦80.3の範囲内、組成関係式f2が61.5≦f2≦63.3の範囲内とされる。κ相の面積率が25≦(κ)≦65の範囲内、γ相の面積率が0≦(γ)≦1.5の範囲内、β相の面積率が0≦(β)≦0.2の範囲内、μ相の面積率が0≦(μ)≦2.0の範囲内とされる。組織関係式f3がf3≧97.0の範囲内、組織関係式f4がf4≧99.4の範囲内、組織関係式f5が0≦f5≦2.5の範囲内、組織関係式f6が27≦f6≦70の範囲内とされる。γ相の長辺の長さが40μm以下であり、μ相の長辺の長さが25μm以下とされ、α相内にκ相が存在している。
【0036】
本発明の第2の実施形態に係る快削性銅合金は、75.5mass%以上78.0mass%以下のCuと、3.1mass%以上3.4mass%以下のSiと、0.10mass%以上0.27mass%以下のSnと、0.06mass%以上0.13mass%以下のPと、0.024mass%以上0.24mass%以下のPbと、を含み、残部がZn及び不可避不純物からなる。組成関係式f1が76.6≦f1≦79.6の範囲内、組成関係式f2が61.7≦f2≦63.2の範囲内とされる。κ相の面積率が30≦(κ)≦56の範囲内、γ相の面積率が0≦(γ)≦0.8の範囲内、β相の面積率が0、μ相の面積率が0≦(μ)≦1.0の範囲内とされる。組織関係式f3がf3≧98.0の範囲内、組織関係式f4がf4≧99.6の範囲内、組織関係式f5が0≦f5≦1.5の範囲内、組織関係式f6が32≦f6≦62の範囲内とされる。γ相の長辺の長さが30μm以下であり、μ相の長辺の長さが15μm以下とされ、α相内にκ相が存在しているとされる。
【0037】
また、本発明の第1の実施形態である快削性銅合金においては、さらに、0.02mass%以上0.08mass%以下のSb、0.02mass%以上0.08mass%以下のAs、0.02mass%以上0.30mass%以下のBiから選択される1又は2以上を含有してもよい。
【0038】
また、本発明の第2の実施形態である快削性銅合金においては、さらに、0.02mass%超え0.07mass%以下のSb、0.02mass%超え0.07mass%以下のAs、0.02mass%以上0.20mass%以下のBiから選択される1又は2以上を含有してもよい。
【0039】
さらに、本発明の第1、2の実施形態に係る快削性銅合金においては、κ相に含有されるSnの量が0.08mass%以上0.45mass%以下、かつκ相に含有されるPの量が0.07mass%以上0.24mass%以下であることが好ましい。
【0040】
また、本発明の第1、2の実施形態に係る快削性銅合金においては、シャルピー衝撃試験値が14J/cm
2超え50J/cm
2未満、引張強さが530N/mm
2以上であり、かつ、室温での0.2%耐力(0.2%耐力に相当する荷重)を負荷した状態で銅合金を150℃で100時間保持した後のクリープひずみが0.4%以下であることが好ましい。
【0041】
以下に、成分組成、組成関係式f1,f2、金属組織、組織関係式f3,f4,f5、機械的特性を、上述のように規定した理由について説明する。
【0042】
<成分組成>
(Cu)
Cuは、本実施形態の合金の主要元素であり、本発明の課題を克服するためには、少なくとも75.0mass%以上の量のCuを含有する必要がある。Cu含有量が、75.0mass%未満の場合、Si,Zn,Snの含有量や、製造プロセスにもよるが、γ相の占める割合が1.5%を超え、耐脱亜鉛腐食性、耐応力腐食割れ性、衝撃特性、延性、常温の強度、および高温強度(高温クリープ)が劣る。場合によっては、β相が出現することもある。よって、Cu含有量の下限は、75.0mass%以上であり、好ましくは75.5mass%以上、より好ましくは75.8mass%以上である。
一方、Cu含有量が78.5%超えの場合には、高価な銅を多量に使うのでコストアップになる。さらには耐食性、常温の強度、および高温強度への効果が飽和するばかりか、κ相の占める割合が多くなりすぎるおそれがある。また、Cu濃度の高いμ相、場合によってはζ相、χ相が析出し易くなる。その結果、金属組織の要件にもよるが、被削性、衝撃特性、熱間加工性が悪くなるおそれがある。従って、Cu含有量の上限は、78.5mass%以下であり、好ましくは78.0mass%以下であり、より好ましくは77.5mass%以下である。
【0043】
(Si)
Siは、本実施形態の合金の多くの優れた特性を得るために必要な元素である。Siは、κ相、γ相、μ相などの金属相の形成に寄与する。Siは、本実施形態の合金の被削性、耐食性、耐応力腐食割れ性、強度、高温強度、耐摩耗性を向上させる。被削性に関しては、α相の場合、Siを含有しても被削性の改善は、ほとんどない。しかし、Siの含有によって形成されるγ相、κ相、μ相などのα相より硬質な相によって、多量のPbを含有しなくとも、優れた被削性を有することができる。しかしながら、γ相やμ相などの金属相の占める割合が多くなるに従って、延性や衝撃特性の低下の問題、厳しい環境下での耐食性の低下の問題、及び長期間使用に耐えうる高温クリープ特性に問題を生じる。このため、κ相、γ相、μ相、β相を適正な範囲に規定する必要がある。
また、Siは、溶解、鋳造時、Znの蒸発を大幅に抑制する効果があり、さらにSi含有量を増すに従って比重を小さくできる。
【0044】
これらの金属組織の問題を解決し、諸特性をすべて満たすためには、Cu、Zn,Sn等の含有量にもよるが、Siは2.95mass%以上含有する必要がある。Si含有量の下限は、好ましくは3.05mass%以上であり、より好ましくは3.1mass%以上、さらに好ましくは3.15mass%以上である。一見、Si濃度の高いγ相や、μ相の占める割合を少なくするためには、Si含有量を低くすべきであると考えられる。しかし、他の元素との配合割合、および製造プロセスを鋭意研究した結果、上述のようにSi含有量の下限を規定する必要がある。また、他の元素の含有量、組成の関係式や製造プロセスにもよるが、Si含有量が約2.95mass%を境にして、α相内に、細長い、針状のκ相が存在するようになり、Si含有量が約3.1mass%を境にして、針状のκ相の量が増大する。α相内に存在するκ相により、延性を損なわずに引張強さ、被削性、衝撃特性、耐摩耗性が向上する。以下、α相内に存在するκ相をκ1相とも呼ぶ。
一方、Si含有量が多すぎると、本実施形態では延性や衝撃特性を重視しているので、α相より硬質のκ相が過剰に多くなると問題である。このため、Si含有量の上限は3.55mass%以下であり、好ましくは3.45mass%以下であり、より好ましくは3.4mass%以下、さらに好ましくは3.35mass%以下である。
【0045】
(Si)
Siは、本実施形態の合金の多くの優れた特性を得るために必要な元素である。Siは、κ相、γ相、などの金属相の形成に寄与する。Siは、本実施形態の合金鋳物の被削性、耐食性、対応力腐食割れ性、強度、高温強度、耐摩耗性を向上させる。被削性に関しては、Siを含有してもα相の被削性の改善は、ほとんどない。しかし、Siの含有によって形成されるγ相、κ相、μ相、などのα相より硬質な相によって、多量のPbを含有しなくとも、優れた被削性を有することができる。しかしながら、γ相やμ相などの金属相の占める割合が多くなるに従って、延性や衝撃特性の低下の問題、厳しい環境下での耐食性の低下の問題、及び長期間使用に耐えうる高温クリープ特性に問題を生じる。このため、κ相、γ相、μ相、β相を適正な範囲に規定する必要がある。
また、Siは、溶解、鋳造時、Znの蒸発を大幅に抑制する効果があり、湯流れ性を良くする。またCuなどのなどの元素との関係もあるが、Si量を適正な範囲にすれば、凝固温度範囲を狭くすることができ、鋳造性が良くなる。またSi含有量を増すに従って比重を小さくできる。
【0046】
(Sn)
Snは、特に厳しい環境下での耐脱亜鉛腐食性を大幅に向上させ、耐応力腐食割れ性、被削性、耐摩耗性を向上させる。複数の金属相(構成相)からなる銅合金では、各金属相の耐食性には優劣があり、最終的にα相とκ相の2相となっても、耐食性に劣る相から腐食が開始し、腐食が進行する。Snは、最も耐食性に優れるα相の耐食性を高めると同時に、2番目に耐食性に優れるκ相の耐食性も同時に改善する。Snは、α相に配分される量よりもκ相に配分される量が約1.4倍ある。すなわち、κ相に配分されるSn量は、α相に配分されるSn量の約1.4倍である。Sn量が多い分、κ相の耐食性はより向上する。Snの含有量の増加によりα相とκ相の耐食性の優劣はほとんどなくなり、あるいは、少なくともα相とκ相の耐食性の差が小さくなり、合金としての耐食性は、大きく向上する。
【0047】
しかしながら、Snの含有は、γ相の形成を促進する。Sn自身は優れた被削性機能を持たないが、優れた被削性能を持つγ相を形成することによって、結果として合金の被削性が向上する。一方で、γ相は、合金の耐食性、延性、衝撃特性、高温強度を悪くする。Snは、α相に比して約10倍から約17倍、γ相に配分される。すなわち、γ相に配分されるSn量は、α相に配分されるSn量の約10倍から約17倍である。Snを含むγ相は、Snを含まないγ相に比べ、耐食性は少し改善される程度で、不十分である。このように、Cu−Zn−Si合金へのSnの含有は、κ相、α相の耐食性を高めるにも関わらず、γ相の形成を促進する。また、Snはγ相に多く配分される。このため、Cu,Si,P,Pbの必須元素をより適正な配合比率とし、かつ、製造プロセスを含め適正な金属組織の状態にしなければ、Snの含有は、κ相、α相の耐食性を僅かに高めるに留まり、却ってγ相の増大により、合金の耐食性、延性、衝撃特性、高温特性の低下を招く。また、κ相がSnを含有することは、κ相の被削性を向上させる。その効果は、Pと共にSnを含有することによってさらに増す。
【0048】
後述する関係式、製造プロセスを含めた金属組織の制御により、諸特性に優れた銅合金を作り上げることが可能となる。このような効果を発揮させるためには、Snの含有量の下限を0.07mass%以上とする必要があり、好ましくは0.10mass%以上、より好ましくは0.12mass%以上である。
一方、Snを0.28mass%を超えて含有すると、γ相の占める割合が多くなる。その対策として、Cu濃度を増やし、金属組織的にκ相を増やす必要があるので、より良好な衝撃特性が得られなくなる恐れがある。Sn含有量の上限は0.28mass%以下であり、好ましくは0.27mass%以下、より好ましくは0.25mass%以下である。
【0049】
(Pb)
Pbの含有は、銅合金の被削性を向上させる。Pbは約0.003mass%がマトリックスに固溶し、それを超えたPbは直径1μm程度のPb粒子として存在する。Pbは、微量であっても被削性に効果があり、特に0.02mass%超えで顕著な効果を発揮し始める。本実施形態の合金では、被削性能に優れるγ相を1.5%以下に抑えているため、少量のPbはγ相の代替をする。
このため、Pbの含有量の下限は0.022mass%以上であり、好ましくは0.024mass%以上であり、さらに好ましくは0.025mass%以上である。特に、被削性に係る金属組織の関係式f6の値が、32を下回る場合、Pbの含有量は0.024mass%以上であることが好ましい。
一方、Pbは、人体に有害であり、衝撃特性、高温強度への影響がある。このため、Pbの含有量の上限は、0.25mass%以下であり、好ましくは0.24mass%以下であり、より好ましくは0.20mass%以下であり、最適には0.10mass%以下である。
【0050】
(P)
Pは、Snと同様に特に厳しい環境下での耐脱亜鉛腐食性、耐応力腐食割れ性を大幅に向上させる。
Pは、Snと同様に、α相に配分される量に対してκ相に配分される量が約2倍である。すなわち、κ相に配分されるP量は、α相に配分されるP量の約2倍である。また、Pは、α相の耐食性を高める効果に関して顕著であるが、Pの単独の添加では、κ相の耐食性を高める効果は小さい。しかし、Pは、Snと共存することにより、κ相の耐食性を向上させることができる。なお、Pは、γ相の耐食性をほとんど改善しない。また、κ相がPを含有することは、κ相の被削性を少し向上させる。SnとPとを共に添加することにより、より効果的に被削性が改善する。
これらの効果を発揮するためには、Pの含有量の下限は0.06mass%以上であり、好ましくは0.065mass%以上、より好ましくは0.07mass%以上である。
一方、Pを0.14mass%を超えて含有させても、耐食性の効果が飽和するだけでなく、PとSiの化合物が形成し易くなり、衝撃特性、延性が悪くなり、被削性にも悪い影響をおよぼす。このため、Pの含有量の上限は、0.14mass%以下であり、好ましくは0.13mass%以下であり、より好ましくは0.12mass%以下である。
【0051】
(Sb、As、Bi)
Sb、Asは、ともにP、Snと同様に特に厳しい環境下での耐脱亜鉛腐食性、耐応力腐食割れ性を更に向上させる。
Sbを含有することによって耐食性の向上を図るためには、Sbは0.02mass%以上含有する必要があり、0.02mass%超えた量のSbを含有することが好ましい。一方、Sbを0.08mass%超えて含有しても、耐食性が向上する効果は飽和し、却ってγ相が増えるので、Sbの含有量は、0.08mass%以下であり、好ましくは0.07mass%以下である。
また、Asを含有することによって耐食性の向上を図るためには、Asは0.02mass%以上含有する必要があり、0.02mass%超えた量のAsを含有することが好ましい。一方、Asを0.08mass%超えて含有しても、耐食性が向上する効果は飽和するので、Asの含有量は0.08mass%以下であり、好ましくは0.07mass%以下である。
Sbを単独で含有することにより、α相の耐食性を向上させる。Sbは、Snより融点は高いものの低融点金属であり、Snと類似の挙動を示し、α相に比ベて、γ相、κ相に多く配分される。Sbは、Snと共に添加することでκ相の耐食性を改善する効果を有する。しかしながら、Sbを単独で含有する場合も、SnとPと共にSbを含有する場合も、γ相の耐食性を改善する効果は小さい。むしろ、過剰量のSbを含有することは、γ相を増加させる恐れがある。
Sn、P、Sb、Asの中で、Asは、α相の耐食性を強化する。κ相が腐食されても、α相の耐食性が高められているので、Asは、連鎖反応的に起こるα相の腐食を食い止める働きをする。しかしながら、Asを単独で含有する場合も、Sn、P、Sbと共にAsを含有する場合も、κ相、γ相の耐食性を向上させる効果は小さい。
なお、Sb、Asを共に含有する場合、Sb、Asの合計含有量が0.10mass%を超えても耐食性が向上する効果は飽和し、延性、衝撃特性が低下する。このため、SbとAsの合計量を0.10mass%以下とすることが好ましい。なお、Sbは、Snと同様に、κ相の耐食性を改善する効果を有する。このため、[Sn]+0.7×[Sb]の量が、0.12mass%を超えると、合金としての耐食性は、さらに向上する。
Biは、さらに銅合金の被削性を向上させる。そのためには、Biを0.02mass%以上含有する必要があり、0.025mass%以上のBiを含有することが好ましい。一方、Biの人体への有害性は不確かであるが、衝撃特性、高温強度への影響から、Biの含有量の上限を0.30mass%以下とし、好ましくは0.20mass%以下、より好ましくは0.15mass%以下、さらに好ましくは0.10mass%以下とする。
【0052】
(不可避不純物)
本実施形態における不可避不純物としては、例えばAl,Ni,Mg,Se,Te,Fe,Co,Ca,Zr,Cr,Ti,In,W,Mo,B,Ag及び希土類元素等が挙げられる。
従来から快削性銅合金は、電気銅、電気亜鉛など、良質な原料が主ではなく、リサイクルされる銅合金が主原料となる。当該分野の下工程(下流工程、加工工程)において、ほとんどの部材、部品に対して切削加工が施され、材料100に対して40〜80の割合で多量に廃棄される銅合金が発生する。例えば切り屑、端材、バリ、湯道、および製造上の不良を含む製品などが挙げられる。これら廃棄される銅合金が、主たる原料となる。切削切り屑等の分別が不十分であると、他の快削性銅合金からPb,Fe,Se,Te,Sn,P,Sb,As,Ca,Al,Zr,Niおよび希土類元素が混入する。また切削切り屑には、工具から混入するFe,W,Co,Moなどが含まれる。廃材は、めっきされた製品を含むため、Ni,Crが混入する。純銅系のスクラップの中には、Mg,Fe,Cr,Ti,Co,In,Niが混入する。資源の再使用の点と、コスト上の問題から、少なくとも特性に悪影響を与えない範囲で、これらの元素を含む切り屑等のスクラップは、ある限度まで原料として使用される。経験的に、Niはスクラップ等からの混入が多いが、Niの量は0.06mass%未満まで許容されるが、0.05mass%未満が好ましい。Fe,Mn,Co,Cr等は、Siと金属間化合物を形成し、場合によってはPと金属間化合物を形成し、被削性に影響する。このため、Fe,Mn,Co,Crのそれぞれの量は、0.05mass%未満が好ましく、0.04mass%未満がより好ましい。Fe,Mn,Co,Crの含有量の合計も0.08mass%未満とすることが好ましく、この合計量は、より好ましくは0.07mass%未満であり、さらに好ましくは0.06mass%未満である。その他の元素であるAl,Mg,Se,Te,Ca,Zr,Ti,In,W,Mo,B,Agおよび希土類元素等のそれぞれの量は、0.02mass%未満が好ましく、0.01mass%未満がさらに好ましい。
なお、希土類元素の量は、Sc,Y,La、Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Tb,及びLuの1種以上の合計量である。
【0053】
(組成関係式f1)
組成関係式f1は、組成と金属組織の関係を表す式で、各々の元素の量が上記に規定される範囲にあっても、この組成関係式f1を満足しなければ、本実施形態が目標とする諸特性を満足できない。組成関係式f1において、Snには−8.5の大きな係数が与えられている。組成関係式f1が76.2未満であると、製造プロセスを如何に工夫したとしても、γ相の占める割合が多くなり、またγ相の長辺が長くなり、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなる。よって、組成関係式f1の下限は、76.2以上であり、好ましくは76.4以上であり、より好ましくは76.6以上であり、さらに好ましくは76.8以上である。組成関係式f1がより好ましい範囲になるにしたがって、γ相の面積率は小さくなり、γ相が存在しても、γ相は分断される傾向にあり、より耐食性、衝撃特性、延性、常温での強度、高温特性が向上する。組成関係式f1の値が、76.6以上になると、製造プロセスの工夫により、α相内に、より明瞭に、細長い、針状のκ相(κ1相)が存在するようになり、延性を損なわずに引張強さ、被削性、衝撃特性が向上する。
一方、組成関係式f1の上限は、主としてκ相の占める割合に影響し、組成関係式f1が80.3より大きいと、延性や衝撃特性を重視した場合、κ相の占める割合が多くなりすぎる。またμ相が析出し易くなる。κ相やμ相が多すぎると、衝撃特性、延性、高温特性、熱間加工性、耐食性が悪くなる。よって、組成関係式f1の上限は80.3以下であり、好ましくは79.6以下であり、より好ましくは79.3以下である。
このように、組成関係式f1を、上述の範囲に規定することで、特性の優れた銅合金が得られる。なお、選択元素であるAs,Sb,Biおよび別途規定した不可避不純物については、それらの含有量を考え合わせ、組成関係式f1にほとんど影響を与えないことから、組成関係式f1では規定していない。
【0054】
(組成関係式f2)
組成関係式f2は、組成と加工性、諸特性、金属組織の関係を表す式である。組成関係式f2が61.5未満であると、金属組織中のγ相の占める割合が増え、β相を始め他の金属相が出現し易く、また残留し易くなり、耐食性、衝撃特性、冷間加工性、高温でのクリープ特性が悪くなる。また熱間鍛造時に結晶粒が粗大化し、割れが生じ易くなる。よって、組成関係式f2の下限は61.5以上であり、好ましくは61.7以上であり、より好ましくは61.8以上であり、さらに好ましくは62.0以上である。
一方、組成関係式f2が63.3を超えると、熱間変形抵抗が高くなり、熱間での変形能が低下し、熱間押出材や熱間鍛造品に表面割れが生じるおそれがある。熱間加工率や押出比との関係もあるが、例えば約630℃の熱間押出、熱間鍛造(いずれも熱間加工直後の材料温度)の熱間加工が困難となる。また、熱間加工方向と平行方向の長さが300μmを超え、かつ幅が100μmを超えるような粗大なα相が出現し易くなる。粗大なα相が存在すると、被削性が低下し、α相とκ相の境界に存在するγ相の長辺の長さが長くなり、強度、耐摩耗性も低くなる。また、凝固温度の範囲、すなわち(液相線温度−固相線温度)が50℃を超えるようになり、鋳造時におけるひけ巣(shrinkage cavities)が顕著となり、健全な鋳物(sound casting)が得られなくなる。従って、組成関係式f2の上限は63.3以下であり、好ましくは63.2以下であり、より好ましくは63.0以下である。
このように、組成関係式f2を、上述のように狭い範囲に規定することで、特性の優れた銅合金を、歩留り良く製造できる。なお、選択元素であるAs,Sb,Biおよび別途規定した不可避不純物については、それらの含有量を考え合わせ、組成関係式f2にほとんど影響を与えないことから、組成関係式f2では規定していない。
【0055】
(特許文献との比較)
ここで、上述した特許文献3〜9に記載されたCu−Zn−Si合金と本実施形態の合金との組成を比較した結果を表1に示す。
本実施形態と特許文献3とはPb及び選択元素であるSnの含有量が異なっている。本実施形態と特許文献4とは選択元素であるSnの含有量が異なっている。本実施形態と特許文献5とはPbの含有量が異なっている。本実施形態と特許文献6,7とはZrを含有するか否かで異なっている。本実施形態と特許文献8とはFeを含有するか否かの点で相違している。本実施形態と特許文献9とはPbを含有するか否かで異なっており、Fe,Ni,Mnを含有するか否かの点でも相違している。
以上のように、本実施形態の合金と、特許文献3〜9に記載されたCu−Zn−Si合金とは組成範囲が異なっている。
【0057】
<金属組織>
Cu−Zn−Si合金は、10種類以上の相が存在し、複雑な相変化が起こり、組成範囲、元素の関係式だけでは、目的とする特性が必ずしも得られない。最終的には金属組織に存在する金属相の種類とその範囲を特定し、決定することによって、目的とする特性を得ることができる。
複数の金属相から構成されるCu−Zn−Si合金の場合、各々の相の耐食性は同じではなく、優劣がある。腐食は、最も耐食性の劣る相、すなわち最も腐食しやすい相、或は、耐食性の劣る相とその相に隣接する相との境界から始まって進行する。Cu,Zn,Siの3元素からなるCu−Zn−Si合金の場合、例えば、α相、α’相、β(β’を含む)相、κ相、γ(γ’を含む)相、μ相の耐食性を比較すると、耐食性の序列は、優れる相から順にα相>α’相>κ相>μ相≧γ相>β相である。κ相とμ相の間の耐食性の差が特に大きい。
【0058】
ここで各相の組成は、合金の組成及び各相の占有面積率によって数値が変動するが、以下のことが言える。
各相のSi濃度は、濃度の高い順から、μ相>γ相>κ相>α相>α’相≧β相、である。μ相、γ相及びκ相におけるSi濃度は、合金のSi濃度よりも高い。また、μ相のSi濃度は、α相のSi濃度の約2.5〜約3倍であり、γ相のSi濃度は、α相のSi濃度の約2〜約2.5倍である。
各相のCu濃度は、濃度の高い順から、μ相>κ相≧α相>α’相≧γ相>β相、である。μ相におけるCu濃度は、合金のCu濃度よりも高い。
【0059】
特許文献3〜6に示されるCu−Zn−Si合金において、被削性機能が最も優れるγ相は、主としてα’相と共存、或は、κ相、α相との境界に存在する。γ相は、銅合金にとって厳しい水質下或は環境下では、選択的に腐食の発生源(腐食の起点)になり、腐食が進行する。勿論、β相が存在すれば、γ相の腐食より先にβ相の腐食が始まる。μ相とγ相が共存する場合、μ相の腐食は、γ相より少し遅れるか、または、ほぼ同時に始まる。例えばα相、κ相、γ相、μ相が共存する場合、γ相やμ相が、選択的に脱亜鉛腐食されると、腐食されたγ相やμ相は、脱亜鉛現象によりCuに富んだ腐食生成物となり、その腐食生成物がκ相、或いは近接するα’相を腐食させ、連鎖反応的に腐食が進行する。
【0060】
なお、日本を始め全世界における飲料水の水質は様々であり、かつ、その水質が銅合金にとって腐食しやすい水質となってきている。例えば人体への安全性の問題から、上限はあるものの消毒目的で使用される残留塩素の濃度が高くなり、水道用器具である銅合金が腐食しやすい環境になってきている。前記の自動車部品、機械部品、工業用配管も含めた部材の使用環境のように多くの溶液の介在する使用環境での耐食性についても、飲料水と同様のことが言える。
【0061】
他方、γ相、もしくはγ相、μ相、β相の量を制御し、すなわちこれら各相の存在割合を大幅に減少させるか、或は皆無にさせても、α相、α’相、κ相の3相で構成されるCu−Zn−Si合金の耐食性は万全ではない。腐食環境によっては、α相より耐食性の劣るκ相が、選択的に腐食されることがあり、κ相の耐食性の向上を図る必要がある。さらには、κ相が腐食されると、腐食されたκ相は、Cuに富んだ腐食生成物となり、α相を腐食させるので、α相の耐食性の向上も図る必要がある。
【0062】
また、γ相は、硬くて脆い相のため、銅合金部材に大きな負荷が加わったとき、ミクロ的に応力集中源となる。このため、γ相は、応力腐食割れ感受性を増し、衝撃特性を低下させ、更には、高温クリープ現象により、高温強度(高温クリープ強度)を低下させる。μ相は、α相の結晶粒界、α相、κ相の相境界に主として存在するため、γ相と同様、ミクロ的な応力集中源になる。応力集中源となるか或は粒界滑り現象により、μ相は、応力腐食割れ感受性を増大させ、衝撃特性を低下させ、高温強度を低下させる。場合によっては、μ相の存在は、γ相以上にこれら諸特性を悪化させる。
【0063】
しかしながら、耐食性や前記諸特性を改善するために、γ相、もしくはγ相とμ相の存在割合を大幅に減少させるか、或は皆無にすると、少量のPbの含有とα相、α’相、κ相の3相だけでは、満足な被削性が得られない可能性がある。そこで、少量のPbを含有し、かつ優れた被削性を有することが前提で、厳しい使用環境での耐食性、延性、衝撃特性、強度、高温強度を改善するために、金属組織の構成相(金属相、結晶相)を以下のように規定する必要がある。
なお、以下、各相の占める割合(存在割合)の単位は、面積率(面積%)である。
【0064】
(γ相)
γ相は、Cu−Zn−Si合金の被削性に最も貢献する相であるが、厳しい環境下での耐食性、強度、高温特性、衝撃特性を優れたものにするためには、γ相を制限しなければならない。耐食性を優れたものにするためには、Snの含有を必要とするが、Snの含有は、γ相をさらに増加させる。これら相反する現象、すなわち被削性と耐食性を同時に満足させるために、Sn、Pの含有量、組成関係式f1、f2、後述する組織関係式、製造プロセスを限定している。
【0065】
(β相およびその他の相)
良好な耐食性を得て、高い延性、衝撃特性、強度、高温強度を得るには、特に金属組織中に占めるβ相、γ相、μ相、およびζ相などその他の相の割合が重要である。
β相の占める割合は、少なくとも0%以上0.2%以下とする必要があり、0.1%以下であることが好ましく、最適にはβ相が存在しないことが好ましい。
α相、κ相、β相、γ相、μ相以外のζ相などその他の相の占める割合は、好ましくは0.3%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。最適にはζ相等その他の相が存在しないことが好ましい。
【0066】
まず、優れた耐食性を得るためには、γ相の占める割合を0%以上1.5%以下、且つ、γ相の長辺の長さを40μm以下とする必要がある。
γ相の長辺の長さは、以下の方法により測定される。例えば500倍または1000倍の金属顕微鏡写真を用い、1視野において、γ相の長辺の最大長さを測定する。この作業を、後述するように、例えば5視野などの複数の任意の視野において行う。それぞれの視野で得られたγ相の長辺の最大長さの平均値を算出し、γ相の長辺の長さとする。このため、γ相の長辺の長さは、γ相の長辺の最大長さと言うこともできる。
γ相の占める割合は、1.0%以下であることが好ましく、0.8%以下とすることがさらに好ましく、0.5%以下が最適である。Pbの含有量や、κ相の占める割合にもよるが、例えば、Pbの含有量が、0.03mass%以下、またはκ相の占める割合が33%以下の場合、γ相が、0.05%以上、0.5%未満の量で存在するほうが、耐食性などの諸特性への影響が小さく、被削性を向上させることができる。
γ相の長辺の長さは耐食性に影響することから、γ相の長辺の長さは、40μm以下であり、好ましくは30μm以下であり、より好ましくは20μm以下である。
γ相の量が多いほど、γ相が選択的に腐食されやすくなる。また、γ相が長く連なるほど、その分、選択的に腐食されやすくなり、深さ方向への腐食の進行を速める。また、腐食される部分が多いほど、腐食されたγ相の周りに存在するα’相、およびκ相やα相の耐食性に影響を与える。
【0067】
γ相の占める割合、及び、γ相の長辺の長さは、Cu,Sn,Siの含有量および、組成関係式f1、f2と大きな関連を持っている。
【0068】
γ相が多くなると、延性、衝撃特性、高温強度、耐応力腐食割れ性が悪くなるので、γ相は、1.5%以下であることが必要であり、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.8%以下、最適には0.5%以下である。金属組織中に存在するγ相は、高い応力が負荷された時、応力の集中源になる。またγ相の結晶構造がBCCであることが相まって、高温強度が低くなり、衝撃特性、耐応力腐食割れ性を低下させる。但し、κ相の占める割合が、30%以下の場合、被削性に多少問題があり、耐食性、衝撃特性、延性、高温強度に与える影響の小さい量として、0.1%程度のγ相が存在してもよい。また、0.1%〜1.2%のγ相は、耐摩耗性を向上させる。
【0069】
(μ相)
μ相は、被削性の向上には効果があるが、耐食性を始め、延性、衝撃特性、高温特性に影響することから、少なくともμ相の占める割合を0%以上2.0%以下にする必要がある。μ相の占める割合は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.3%以下であり、μ相は存在しないことが最適である。μ相は、主として結晶粒界、相境界に存在する。このため、厳しい環境下では、μ相は、μ相が存在する結晶粒界で粒界腐食を生じる。また、衝撃作用を与えると粒界に存在する硬質なμ相を起点としたクラックが生じやすくなる。また、例えば、自動車のエンジン回りに使われるバルブや高温高圧ガスバルブに銅合金を使用した場合、150℃の高温で長時間保持すると粒界が滑り、クリープが生じ易くなる。このため、μ相の量を制限すると同時に、主として結晶粒界に存在するμ相の長辺の長さを25μm以下とする必要がある。μ相の長辺の長さは、好ましくは15μm以下であり、より好ましくは5μm以下であり、さらに好ましくは4μm以下であり、最適には2μm以下である。
μ相の長辺の長さは、γ相の長辺の長さの測定方法と同様の方法で測定される。すなわち、μ相の大きさに応じて、例えば500倍または1000倍の金属顕微鏡写真、或いは2000倍または5000倍の2次電子像写真(電子顕微鏡写真)を用い、1視野において、μ相の長辺の最大長さを測定する。この作業を、例えば5視野などの複数の任意の視野において行う。それぞれの視野で得られたμ相の長辺の最大長さの平均値を算出し、μ相の長辺の長さとする。このため、μ相の長辺の長さは、μ相の長辺の最大長さと言うこともできる。
【0070】
(κ相)
近年の高速の切削条件のもと、切削抵抗、切屑の排出性を含め材料の被削性能は重要である。ところが、最も優れた被削性機能を有するγ相の占める割合を1.5%以下に制限した状態で、特に優れた被削性を備えるためには、κ相の占める割合を少なくとも25%以上とする必要がある。κ相の占める割合は、好ましくは30%以上であり、より好ましくは32%以上であり、最適には34%以上である。また、κ相の占める割合が、被削性を満足させる最低限の量であると、延性に富み、衝撃特性に優れ、耐食性、高温特性、耐摩耗性は良好となる。
硬質のκ相の占める割合が増すとともに、被削性が向上し、引張強さが高くなる。しかし、一方で、κ相が増すにしたがって、延性や衝撃特性は徐々に低下していく。そして、κ相の占める割合がある一定量に達すると、被削性が向上する効果も飽和し、さらにκ相が増えると却って被削性が低下する。またκ相の占める割合がある一定量に達すると、延性の低下に伴い、引張強さが飽和し、冷間加工性、熱間加工性も悪くなる。延性や衝撃特性の低下、被削性を鑑みた場合、κ相の占める割合は65%以下にする必要がある。すなわち、金属組織中に占めるκ相の割合をおおよそ2/3以下にする必要がある。κ相の占める割合は、好ましくは56%以下であり、より好ましくは52%以下であり、最適には48%以下である。
被削性能に優れるγ相の面積率を1.5%以下に制限した状態で優れた被削性を得るためには、κ相とα相そのものの被削性を向上させる必要がある。すなわち、κ相中にSn、Pが含有されることにより、κ相の被削性が向上する。α相内に針状のκ相を存在させることにより、α相の被削性が向上し、延性を大きく損なわずに、合金の被削性能が向上する。金属組織中に占めるκ相の割合として、約33%〜約52%が、延性、強度、衝撃特性、耐食性、高温特性、被削性、耐摩耗性をすべて備えるために最適である。
【0071】
(α相中での細長く針状のκ相(κ1相)の存在)
上述した組成、組成関係式、プロセスの要件を満たすと、α相内に、針状のκ相が存在するようになる。このκ相は、α相より硬質である。またα相内のκ相(κ1相)の厚みは約0.1μmから約0.2μm程度(約0.05μm〜約0.5μm)であり、このκ相(κ1相)は、厚みが薄く、細長く、針状である。α相中に、厚みが薄く細長い針状のκ相(κ1相)が存在することにより、以下の効果が得られる。
1)α相が強化され、合金としての引張強さが向上する。
2)α相の被削性が向上し、切削抵抗や切屑分断性などの被削性が向上する。
3)α相内に存在するため、耐食性に悪い影響を及ぼさない。
4)α相が強化され、耐摩耗性が向上する。
α相中に存在する針状のκ相は、Cu、Zn、Siなどの構成元素や関係式に影響される。特にSi量が約2.95%以上であると、α相中に針状のκ相(κ1相)が存在し始める。Si量が約3.05%または約3.1%以上の場合、より顕著な量のκ1相がα相中に存在する。組成関係式f2が63.0以下、更には62.5以下の場合、κ1相がより存在し易くなる。
α相内に析出する厚みが薄く細長い針状のκ相(κ1相)は、500倍または1000倍程度の倍率の金属顕微鏡で確認できる。しかし、その面積率を算出するのは困難なため、α相中のκ1相は、α相の面積率に含めるものとする。
【0072】
(組織関係式f3、f4、f5、f6)
また、優れた耐食性、衝撃特性、高温強度を得るためには、α相、κ相の占める割合の合計(組織関係式f3=(α)+(κ))が、97.0%以上である必要がある。f3の値は、好ましくは98.0%以上であり、より好ましくは98.5%以上であり、最適には99.0%以上である。同様にα相、κ相、γ相、μ相の占める割合の合計(組織関係f4=(α)+(κ)+(γ)+(μ))は、99.4%以上であり、好ましくは99.6%以上である。
さらに、γ相、μ相の占める合計の割合(f5=(γ)+(μ))が2.5%以下である必要がある。f5の値は、好ましくは1.5%以下であり、さらに好ましくは1.0%以下であり、最適には0.5%以下である。但し、κ相の割合が低い場合、被削性に少し問題がある。このため、衝撃特性に余り影響しない程度として、0.05〜0.5%程度のγ相を含有しても差し支えない。
ここで、金属組織の関係式、f3〜f6において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10種類の金属相を対象としており、金属間化合物、Pb粒子、酸化物、非金属介在物、未溶解物質などは対象としていない。また、α相に存在する針状のκ相は、α相に含め、金属顕微鏡では観察できないμ相は除外される。なお、Si、P及び不可避的に混入する元素(例えばFe,Co,Mn)によって形成される金属間化合物は、金属相の面積率の適用範囲外である。しかし、これら金属間化合物は被削性に影響を与えるので、不可避不純物を注視しておく必要がある。
【0073】
(組織関係式f6)
本実施形態の合金においては、Cu−Zn−Si合金においてPbの含有量を最小限に留めながらも被削性が良好であり、そして特に優れた耐食性、衝撃特性、延性、常温、高温強度の全てを満足させる必要がある。しかしながら、被削性と優れた耐食性、衝撃特性とは、相反する特性である。
金属組織的には、被削性能に最も優れるγ相を多く含む方が、被削性はよいが、耐食性や衝撃特性、その他の特性の点からは、γ相は少なくしなければならない。γ相の占める割合が1.5%以下の場合、実験結果より上述の組織関係式f6の値を適正な範囲とすることが、良好な被削性を得るために必要であることが分かった。
【0074】
γ相は、被削性能に最も優れるが、特にγ相が少量、すなわちγ相率が1.5%以下の場合、γ相の占める割合((γ)(%))の平方根の値に、κ相の占める割合((κ))に比べ6倍の高い係数が与えられる。良好な被削性能を得るには、組織関係式f6は27以上である必要がある。f6の値は、好ましくは32以上であり、より好ましくは34以上である。組織関係式f6の値が28〜32の場合、優れた被削性能を得るためには、Pbの含有量が0.024mass%以上、若しくは、κ相に含有されるSnの量が0.11mass%以上であることが好ましい。
一方、組織関係式f6が、62或いは70を超えると、被削性は却って悪くなり、衝撃特性、延性の悪化が目立つようになる。このため、組織関係式f6は70以下である必要がある。f6の値は、好ましくは62以下であり、より好ましくは56以下である。
【0075】
(κ相に含有されるSn、Pの量)
κ相の耐食性を向上させるために、合金中に、Snを0.07mass%以上、0.28mass%以下の量で含有させ、Pを0.06mass%以上、0.14mass%以下の量で含有させることが好ましい。
本実施形態の合金では、Snの含有量が0.07〜0.28mass%であるとき、α相に配分されるSn量を1としたときに、κ相に約1.4、γ相に約10〜約17、μ相には約2〜約3の割合で、Snは配分される。製造プロセスの工夫により、γ相に配分される量をα相に配分される量の約10倍に減少させることもできる。例えば、本実施形態の合金の場合、Snを0.2mass%の量で含有するCu−Zn−Si−Sn合金において、α相の占める割合が50%、κ相の占める割合が49%、γ相の占める割合が1%の場合、α相中のSn濃度は約0.15mass%、κ相中のSn濃度は約0.22mass%、γ相中のSn濃度は約1.8mass%になる。なお、γ相の面積率が大きいと、γ相に費やされる(消費される)Snの量が多くなり、κ相、α相に配分されるSnの量が少なくなる。したがって、γ相の量を少なくすると、後述するように耐食性、被削性にSnが有効に活用される。
一方、α相に配分されるP量を1としたときに、κ相に約2、γ相に約3、μ相には約3の割合で、Pは配分される。例えば、本実施形態の合金の場合、Pを0.1mass%を含有するCu−Zn−Si合金において、α相の占める割合が50%、κ相の占める割合が49%、γ相の占める割合が1%の場合、α相中のP濃度は約0.06mass%、κ相中のP濃度は約0.12mass%、γ相中のP濃度は約0.18mass%になる。
【0076】
Sn,Pの両者は、α相、κ相の耐食性を向上させるが、κ相に含有されるSn,Pの量が、α相に含有されるSn,Pの量に比べて、それぞれ約1.4倍、約2倍である。すなわち、κ相に含有されるSn量は、α相に含有されるSn量の約1.4倍であり、κ相に含有されるP量は、α相に含有されるP量の約2倍である。このため、κ相の耐食性の向上の度合いが、α相の耐食性の向上の度合いより勝る。その結果、κ相の耐食性は、α相の耐食性に近づく。なお、SnとPを共に添加することにより、特にκ相の耐食性の向上が図れるが、含有量の違いを含め、耐食性への寄与度は、PよりもSnの方が大きい。
【0077】
Snの含有量が0.07mass%未満の場合、κ相の耐食性、耐脱亜鉛腐食性は、α相の耐食性、耐脱亜鉛腐食性より劣るので、過酷な水質下では、κ相が選択的に腐食されることがある。κ相へのSnの多くの配分は、α相より耐食性に劣るκ相の耐食性を向上させ、Snをある濃度以上に含有したκ相の耐食性を、α相の耐食性に近づけさせる。同時に、κ相へのSnの含有は、κ相の被削性の機能を向上させ、耐摩耗性を向上させる。そのためには、κ相中のSn濃度は、好ましくは0.08mass%以上であり、より好ましくは0.11mass%以上であり、さらに好ましくは0.14mass%以上である。
【0078】
一方、Snは、γ相に多く配分されるが、γ相に多量のSnを含有させても、γ相の結晶構造がBCC構造であることが主たる理由で、γ相の耐食性はほとんど向上しない。それどころか、γ相の占める割合が多いと、κ相に配分されるSnの量が少なくなるため、κ相の耐食性が向上する度合いは小さくなる。γ相の割合を減少させると、κ相に配分されるSnの量が増す。κ相中にSnが多く配分されると、κ相の耐食性、被削性能が向上し、γ相の被削性の喪失分を補うことができる。κ相にSnが所定量以上に含有された結果、κ相自身の被削性の機能、切り屑の分断性能が高められたと思われる。但し、κ相中のSn濃度が0.45mass%を超えると、合金の被削性は向上するが、κ相の靭性が損なわれ始める。靭性をより重視すれば、κ相中のSn濃度の上限は、好ましくは0.45mass%以下であり、より好ましくは0.40mass%以下であり、さらに好ましくは0.35mass%以下である。
一方、Snの含有量を増やしていくと、他の元素、Cu、Siとの関係などから、γ相の量を減少させることが困難になってくる。γ相の占める割合を、1.5%以下、更には0.8%以下にするためには、合金中のSnの含有量を0.28mass%以下にする必要があり、Snの含有量を0.27mass%以下にすることが好ましい。
【0079】
Pは、Snと同様に、κ相に多く配分されると、耐食性が向上するとともにκ相の被削性の向上に寄与する。ただし、過剰な量でPを含有する場合、Siの金属間化合物の形成に費やされ、特性を悪くするか、或は、過剰なPの固溶は、衝撃特性や延性を損なう。κ相中のP濃度の下限値は、好ましくは0.07mass%以上であり、より好ましくは0.08mass%以上である。κ相中のP濃度の上限値は、好ましくは0.24mass%以下であり、より好ましくは0.20mass%以下であり、さらに好ましくは0.16mass%以下である。
【0080】
<特性>
(常温強度及び高温強度)
飲料水のバルブ、器具、自動車をはじめ様々な分野で必要な強度としては、圧力容器に適用される破壊応力である引張強さが重要視されている。また、例えば自動車のエンジンルームに近い環境で使用されるバルブや高温・高圧バルブは、最高150℃の温度環境で使用されるが、その時、当然、圧力、応力が加わった時に変形や破壊されないことが要求される。圧力容器の場合、その許容応力は、引張強さに影響される。
そのためには、熱間加工材である熱間押出材及び熱間鍛造材は、常温での引張強さが530N/mm
2以上の高強度材であることが好ましい。常温での引張強さは、好ましくは550N/mm
2以上である。熱間鍛造材は、実質上、一般的に冷間加工が施されない。
一方、熱間加工材は、場合によっては、冷間で抽伸、伸線され強度が向上する。本実施形態の合金では、冷間加工が施される場合、冷間加工率が15%以下では、引張強さは、冷間加工率1%につき、約12N/mm
2上昇する。その反面、衝撃特性は、冷間加工率1%につき、約4%または5%減少する。例えば、引張強さが560N/mm
2、衝撃値が30J/cm
2の合金材に対して、冷間加工率5%の冷間抽伸を施し、冷間加工材を作製した場合、冷間加工材の引張強さは約620N/mm
2となり、衝撃値は約23J/cm
2になる。冷間加工率が異なると、一義的に引張強さ、衝撃値は決められない。
他方、抽伸、伸線の冷間加工を行い、次いで適切な条件の熱処理を施す場合、熱間押出材に比して、引張強さ、衝撃特性がともに高まる。冷間加工により強度は高まり、衝撃特性は低下する。熱処理により、γ相が減少し、κ相の割合が増し、α相内に針状のκ相が存在するようになる。またマトリックスのα相、κ相が回復する。これにより、熱間押出材に比べ、耐食性、引張強さ、衝撃値ともに、大幅に向上し、より高強度で、高靱性な合金に仕上がる。
高温強度に関しては、室温の0.2%耐力に相当する応力を負荷した状態で、150℃に100時間、銅合金を保持した後のクリープひずみが0.4%以下であることが好ましい。このクリープひずみは、より好ましくは0.3%以下であり、さらに好ましくは0.2%以下である。この場合、高温高圧バルブ、自動車のエンジンルームに近いバルブ材等のように高温に晒されても、変形しにくく、高温強度に優れる。
【0081】
因みに、60mass%のCu、3mass%のPbを含み、残部がZnと不可避不純物からなるPbを含有する快削黄銅の場合、熱間押出材、熱間鍛造品の常温での引張強さは、360N/mm
2〜400N/mm
2である。また室温の0.2%耐力に相当する応力を負荷した状態で合金を150℃に100時間晒した後であっても、クリープひずみは約4〜5%である。このため、本実施形態の合金の引張強さ、耐熱性は、従来のPbを含有する快削黄銅に比べて高い水準である。すなわち、本実施形態の合金は、室温で高い強度を備え、その高い強度を付加して高温に長時間曝してもほとんど変形しないため、高い強度を生かして薄肉・軽量が可能となる。特に高圧バルブなどの鍛造材の場合、冷間加工を施すことができないので、高い強度を活かし、高性能、薄肉、軽量化を図れる。
本実施形態の合金の高温特性は、押出材、冷間加工を施した材料もほぼ同じである。すなわち、冷間加工を施すことにより、0.2%耐力は高まるが、高い0.2%耐力に相当する荷重を加えた状態であっても合金を150℃に100時間晒した後のクリープひずみが0.4%以下であって高い耐熱性を備えている。高温特性は、β相、γ相、μ相の面積率に主として影響され、面積率が高いほど、悪くなる。また、α相の結晶粒界や、相境界に存在するμ相、γ相の長辺の長さが長いほど悪くなる。
【0082】
(耐衝撃性)
一般的に、材料が高い強度を有する場合、脆くなる。切削において切り屑の分断性に優れる材料は、ある種の脆さを有すると言われている。衝撃特性と、被削性や強度とは、ある面において相反する特性である。
しかしながら、バルブ、継手などの飲料水器具、自動車部品、機械部品、工業用配管等、様々な部材に銅合金が使用される場合、銅合金には、高強度であるだけでなく、衝撃に対して耐える特性が必要である。具体的には、Uノッチ試験片でシャルピー衝撃試験を行ったときに、シャルピー衝撃試験値は、好ましくは14J/cm
2超えであり、より好ましくは17J/cm
2以上である。特に、冷間加工が施されていない熱間鍛造材、押出材のそれぞれの熱処理材に関して、Uノッチ試験片でシャルピー衝撃試験を行ったとき、シャルピー衝撃試験値は、好ましくは17J/cm
2以上であり、より好ましくは20J/cm
2以上であり、更に好ましくは24J/cm
2以上である。本実施形態の合金は、被削性に優れた合金に関わり、用途を考慮しても、シャルピー衝撃試験値は、50J/cm
2を超える必要はない。むしろ、シャルピー衝撃試験値が50J/cm
2を超えると、靭性が増すため、切削抵抗が高くなり、切り屑が連なりやすくなるなど被削性が悪くなる。このため、シャルピー衝撃試験値は、50J/cm
2未満が好ましい。
硬質のκ相が増えたり、κ相中のSn濃度が高くなると、強度、被削性は高まるが、靱性すなわち衝撃特性は低下する。このため、強度や被削性と、靱性(衝撃特性)とは、相反する特性である。以下の式により、強度に衝撃特性を加味した強度指数を定義する。
(強度指数)=(引張強さ)+25×(シャルピー衝撃値)
1/2
熱間加工材(熱間押出材、熱間鍛造材)、および、加工率が約10%程度の軽い冷間加工が施された冷間加工材に関して、強度指数が670以上であると、高強度で、靱性を備えた材料であると言える。強度指数は、好ましくは680以上であり、より好ましくは690以上である。
【0083】
衝撃特性は、金属組織と密接な関係があり、γ相は衝撃特性を悪化させる。また、α相の結晶粒界、α相、κ相、γ相の相境界にμ相が存在すると結晶粒界及び相境界が脆弱化し、衝撃特性が悪くなる。
研究の結果、結晶粒界、相境界において、長辺の長さが25μmを超えるμ相が存在すると、衝撃特性が特に悪くなることが分かった。このため、存在するμ相の長辺の長さは、25μm以下であり、好ましくは15μm以下であり、より好ましくは5μm以下であり、最適には2μm以下である。また、同時に、結晶粒界に存在するμ相は、厳しい環境下において、α相やκ相に比べて腐食されやすく、粒界腐食を生じ、また高温特性を悪くする。
なお、μ相の場合、その占有割合が小さくなり、μ相の長さが短く、幅が狭くなると、500倍または1000倍程度の倍率の金属顕微鏡では確認が困難になる。μ相の長さが5μm以下の場合、倍率が2000倍または5000倍の電子顕微鏡で観察すると、μ相が結晶粒界、相境界に観察できる場合がある。
【0084】
<製造プロセス>
次に、本発明の第1、2の実施形態に係る快削性銅合金の製造方法について説明する。
本実施形態の合金の金属組織は、組成だけでなく製造プロセスによっても変化する。熱間押出、熱間鍛造の熱間加工温度、熱処理の温度や熱処理の条件に影響されるだけでなく、熱間加工や熱処理における冷却過程での平均冷却速度が影響する。鋭意研究を行った結果、熱間加工や熱処理の冷却過程において、470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度、および575℃から510℃、特に570℃から530℃の温度領域における平均冷却速度に金属組織が大きく影響されることが分かった。
本実施形態の製造プロセスは、本実施形態の合金にとって必要なプロセスであり、組成との兼ね合いもあるが、基本的に、以下の重要な役割を果たす。
1)耐食性、衝撃特性を悪化させるγ相を減少させ、γ相の長辺の長さを小さくする。
2)耐食性、衝撃特性を悪化させるμ相を制御し、μ相の長辺の長さを制御する。
3)α相内に針状のκ相を析出させる。
4)γ相の量を減少させると同時にγ相に固溶するSnの量を減少させることにより、κ相とα相に固溶するSnの量(濃度)を増加させる。
【0085】
(溶解鋳造)
溶解は、本実施形態の合金の融点(液相線温度)より約100℃〜約300℃高い温度である約950℃〜約1200℃で行われる。鋳造は、融点より、約50℃〜約200℃高い温度である約900℃〜約1100℃で行われる。所定の鋳型に鋳込まれ、空冷、徐冷、水冷などの幾つかの冷却手段によって冷却される。そして、凝固後は、様々に構成相が変化する。
【0086】
(熱間加工)
熱間加工としては、熱間押出、熱間鍛造が挙げられる。
熱間押出に関して、設備能力にもよるが、実際に熱間加工される時の材料温度、具体的には押出ダイスを通過直後の温度(熱間加工温度)が600〜740℃である条件で熱間押出を実施することが好ましい。740℃を超えた温度で熱間加工すると、塑性加工時にβ相が多く形成され、β相が残留することがあり、γ相も多く残留し、冷却後の構成相に悪影響を与える。また、次の工程で熱処理を施しても、熱間加工材の金属組織が影響する。具体的には、740℃以下の温度で熱間加工した場合に比べ、740℃を超えた温度で熱間加工を実施した場合、γ相が多くなるか、または、場合によっては、β相が残留するか、熱間加工割れが生じる。なお、熱間加工温度は、670℃以下が好ましく、645℃以下がより好ましい。熱間押出を645℃以下で実施すると、熱間押出材のγ相は少なくなる。この熱間押出材に対して、引き続いて熱間鍛造や熱処理を施して熱間鍛造材、熱処理材を作製した場合、熱間鍛造材、熱処理材のγ相の量はより少なくなる。
そして、冷却時、470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度を2.5℃/分超え500℃/分未満とする。470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度は、好ましくは4℃/分以上であり、より好ましくは8℃/分以上である。これにより、μ相の増加を防ぐ。
また、熱間加工温度が低い場合、熱間での変形抵抗が高くなる。変形能の点から、熱間加工温度の下限は、好ましくは600℃以上であり、より好ましくは605℃以上である。押出比が50以下の場合や、比較的単純な形状に熱間鍛造する場合では、600℃以上で熱間加工は実施できる。余裕をみて熱間加工温度の下限は、好ましくは605℃である。設備能力にもよるが、金属組織の構成相の観点から、熱間加工温度は、可能な限り低いほうが好ましい。
実測が可能な測定位置に鑑みて、熱間加工温度は、熱間押出又は熱間鍛造後から約3秒後の実測が可能な熱間加工材の温度と定義する。金属組織は、大きな塑性変形を受けた加工直後の温度に影響を受ける。
【0087】
Pbを1〜4mass%の量で含有する黄銅合金は、銅合金の押出材の大半を占めるが、この黄銅合金の場合、押出径が大きいもの、例えば、直径が約38mmを超えるものを除き、通例では、熱間押出後にコイルに巻き取られる。押出中の鋳塊(ビレット)は、押出装置により熱を奪われ温度が低下する。押出材は、巻き取り装置に接触することによって熱を奪われ、更に温度が低下する。押出当初の鋳塊の温度から、または押出材の温度から、約50℃〜100℃の温度の低下は、比較的早い平均冷却速度で起こる。その後に巻き取られたコイルは、保温効果により、コイルの重量等にもよるが、470℃から380℃までの温度領域を、約2℃/分の比較的ゆっくりとした平均冷却速度で冷却される。材料温度が約300℃に達した時、それ以降の平均冷却速度はさらに遅くなるので、ハンドリングを考慮して水冷されることもある。Pbを含有する黄銅合金の場合、約600〜800℃で熱間押出されるが、押出直後の金属組織には、熱間加工性に富むβ相が多量に存在する。押出後の平均冷却速度が速いと、冷却後の金属組織に多量のβ相が残留し、耐食性、延性、衝撃特性、高温特性が悪くなる。それを避けるために、押出コイルの保温効果等を利用した比較的遅い平均冷却速度で冷却することにより、β相をα相に変化させ、α相に富んだ金属組織にしている。前記のように、押出直後は、押出材の平均冷却速度が比較的速いので、その後の冷却を遅くすることにより、α相に富んだ金属組織にしている。なお、特許文献1には、平均冷却速度の記載はないが、β相を少なくし、β相を孤立させる目的で、押出材の温度が180℃以下になるまで徐冷すると開示している。
以上により、本実施形態の合金は、従来のPbを含有する黄銅合金の製造方法とは全く異なる冷却速度で製造している。
【0088】
(熱間鍛造)
熱間鍛造の素材としては、主として熱間押出材が用いられるが、連続鋳造棒も用いられる。熱間押出に比べ、熱間鍛造は複雑形状に加工するので、鍛造前の素材の温度は高い。しかし、鍛造品の主要部位となる大きな塑性加工が施された熱間鍛造材の温度、すなわち鍛造後から約3秒後の材料温度は、押出材と同様、600℃から740℃が好ましい。
なお、熱間押出棒の製造時の押出温度を低くし、γ相が少ない金属組織にしておけば、この熱間押出棒に対して熱間鍛造を施す場合、熱間鍛造温度が高くとも、γ相の少ない熱間鍛造組織が得られる。
さらに、鍛造後の平均冷却速度の工夫により、耐食性、被削性等の諸特性を備えた材料を得ることができる。すなわち、熱間鍛造後、3秒経過時点での鍛造材の温度は600℃以上740℃以下である。その後の冷却過程で、575℃から510℃の温度領域、特に570℃から530℃の温度領域において、0.1℃/分以上2.5℃/分以下の平均冷却速度で冷却すると、γ相が減少する。575℃から510℃までの温度領域での平均冷却速度の下限値は、経済性を考慮して0.1℃/分以上としており、平均冷却速度が2.5℃/分を超えると、γ相の量の減少が不十分となる。この575℃から510℃の温度領域における平均冷却速度は、好ましくは1.5℃/分以下であり、より好ましくは1℃/分以下である。そして、470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度を2.5℃/分超え500℃/分未満とする。470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度は、好ましくは4℃/分以上であり、より好ましくは8℃/分以上である。これにより、μ相の増加を防ぐ。このように575〜510℃の温度領域では、2.5℃/分以下、好ましくは1.5℃/分以下の平均冷却速度で冷却する。また470から380℃の温度領域では、2.5℃/分超え、好ましくは4℃/分以上の平均冷却速度で冷却する。このように、575〜510℃の温度領域では平均冷却速度を遅くし、470から380℃の温度領域では反対に平均冷却速度を早くすることにより、より好適な材料に仕上がる。
【0089】
(冷間加工工程)
寸法精度を良くするためや、押出されたコイルを直線にするために、熱間押出材に対して冷間加工を施しても良い。詳細には、熱間押出材または熱処理材に対して、約2%〜約20%、好ましくは約2%〜約15%、より好ましくは約2%〜約10%の加工率で冷間抽伸を施し、そして矯正する(コンバインド抽伸、矯正)。または熱間押出材または熱処理材に対して、約2%〜約20%、好ましくは約2%〜約15%、より好ましくは約2%〜約10%の加工率で、冷間で伸線加工を施す。なお、冷間加工率はほぼ0%であるが、矯正設備のみにより棒材の直線度を向上させることがある。
【0090】
(熱処理(焼鈍))
熱処理は、例えば熱間押出では押出できない小さなサイズに加工する場合、冷間抽伸、或は冷間伸線後に、必要に応じて熱処理が実施され、再結晶させ、すなわち材料を軟らかくする。また、熱間加工材においても、加工ひずみのほとんどない材料が要望される場合や、適正な金属組織にする場合など、必要に応じて熱間加工後に熱処理が実施される。
Pbを含有する黄銅合金においても、必要に応じて熱処理が実施される。特許文献1のBiを含む黄銅合金の場合、350〜550℃で、1〜8時間の条件で熱処理される。
本実施形態の合金の場合、510℃以上、575℃以下の温度で、20分以上、8時間以下で保持すると、耐食性、衝撃特性、高温特性が向上する。しかし、材料の温度が620℃を超えた条件で熱処理すると、却ってγ相、またはβ相が多く形成され、α相が粗大化する。熱処理条件としては、熱処理の温度は、575℃以下がよく、570℃以下が好ましい。510℃より低い温度の熱処理では、γ相の減少が僅かに留まり、μ相が出現する。従って、熱処理の温度は、好ましくは510℃以上であり、より好ましくは530℃以上である。熱処理の時間(熱処理の温度で保持される時間)は、510℃以上575℃以下の温度で、少なくとも、20分以上保持する必要がある。保持時間は、γ相の減少に寄与するので、保持時間は、好ましくは30分以上であり、より好ましくは50分以上であり、最適には80分以上である。保持時間の上限は、経済性から480分以下であり、好ましくは240分以下である。
なお、熱処理の温度は、530℃以上570℃以下が好ましい。530℃以上570℃以下の熱処理に比べて、510℃以上530℃未満の熱処理の場合、γ相を減少させるためには、2倍または3倍以上の熱処理の時間が必要である。
熱処理の時間(t)(分)と熱処理の温度(T)(℃)より、以下の数式で表される熱処理に係る値を定義する。
(熱処理に係る値)=(T−500)×t
但し、Tが540℃以上の場合は540とする。
上記の熱処理に係る値が800以上であることが好ましく、1200以上であることがより好ましい。
前記の如く、熱間押出や熱間鍛造後の高温状態を活かし、平均冷却速度の工夫により、510℃以上575℃以下の温度領域で、20分以上保持に相当する条件、すなわち、冷却過程において575℃から510℃の温度領域を0.1℃/分以上2.5℃/分以下の平均冷却速度で冷却することにより、金属組織の改善が可能となる。575℃から510℃の温度領域を2.5℃/分以下で冷却することは、510℃以上575℃以下の温度領域で20分保持することと時間的に概ね同等となる。単純計算では、510℃以上575℃以下の温度で26分間加熱されることになる。平均冷却速度は好ましくは1.5℃/分以下であり、より好ましくは1℃/分以下である。平均冷却速度の下限は、経済性を考慮し、0.1℃/分以上としている。
もう1つの熱処理方法として、熱間押出材、熱間鍛造品、または、冷間で抽伸、伸線された材料が、熱源内を移動する連続熱処理炉の場合、620℃を超えると前記のごとく問題である。しかし、一旦、575℃以上、620℃以下まで材料の温度を上げ、次いで510℃以上575℃以下の温度領域で20分以上保持することに相当する条件、すなわち510℃以上575℃以下の温度領域を0.1℃/分以上2.5℃/分以下の平均冷却速度で冷却することにより、金属組織の改善が可能となる。575℃から510℃までの温度領域での平均冷却速度は、好ましくは、2℃/分以下であり、より好ましくは1.5℃/分以下で、更に好ましくは、1℃/分以下である。勿論、575℃以上の設定温度に拘りはなく、例えば、最高到達温度が540℃の場合、540℃から510℃の温度を少なくとも20分以上、好ましくは(T−500)×tの値が、800以上になる条件で通過させてもよい。最高到達温度を550℃以上で、少し高めの温度に上げると、生産性が確保でき、所望の金属組織を得ることができる。
熱処理の利点は、耐食性、高温特性を向上させるだけではない。熱間加工材に対して、3%〜20%の加工率で冷間加工(例えば冷間での抽伸や伸線)を施し、次いで510℃以上575℃以下の熱処理、又はそれに相当する連続焼鈍炉での熱処理を行うと、引張強さが550N/mm
2以上となり、熱間加工材の引張強さを上回る。同時に熱処理材の衝撃特性は、熱間加工材の衝撃特性を上回る。具体的には、熱処理材の衝撃特性は、少なくとも14J/cm
2以上であり、17J/cm
2以上、或いは20J/cm
2以上に達する場合がある。そして、強度指数は、690を超える。この原理は、以下のように考えられる。冷間加工率が3〜20%であり、加熱温度が510℃〜575℃の場合、α相、κ相の両相は十分回復するが、幾分、両相に加工ひずみが残留する。金属組織において、硬質なγ相が減少する一方で、κ相が増え、α相内に針状のκ相が存在しα相が強化される。この結果、延性、衝撃特性、引張強さ、高温特性、強度指数の何れもが、熱間加工材を上回る。快削性銅合金として、広く一般的に使用されている銅合金では、3〜20%の冷間加工を施した後に、510℃〜575℃に加熱すると、再結晶により軟らかくなる。
勿論、所定の熱処理の後、15%以下の冷間加工率で冷間加工を施すと、衝撃特性はやや低くなるが、より強度の高い材料に仕上がり、強度指数は、690を超える。
このような製造プロセスを採用することにより、耐食性に優れ、衝撃特性、延性、強度、被削性に優れた合金に仕上がる。
これらの熱処理においても、材料は常温まで冷却されるが、冷却過程において、470℃から380℃の温度領域での平均冷却速度を2.5℃/分超え500℃/分未満とする必要がある。470℃から380℃の温度領域での平均冷却速度は、好ましくは4℃/分以上である。すなわち、500℃付近を境にして平均冷却速度を早くする必要がある。一般的には、炉からの冷却では、より低い温度の方が平均冷却速度は遅くなる。
【0091】
本実施形態の合金の金属組織に関して、製造工程で重要なことは、熱処理後、又は熱間加工後の冷却過程で、470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度である。平均冷却速度が2.5℃/分以下である場合、μ相の占める割合が増大する。μ相は、主として、結晶粒界、相境界を中心に形成される。厳しい環境下では、μ相は、α相、κ相に比べ耐食性が悪いので、μ相の選択腐食や粒界腐食の原因となる。また、μ相は、γ相と同様に、応力集中源になるか、或いは粒界滑りの原因になり、衝撃特性や、高温強度を低下させる。好ましくは、熱間加工後の冷却において、470℃から380℃の温度領域における平均冷却速度は、2.5℃/分超えであり、好ましくは4℃/分以上であり、より好ましくは8℃/分以上であり、さらに好ましくは12℃/分以上である。熱間加工後、材料温度が580℃以上の高温から急冷する場合、例えば、500℃/分以上の平均冷却速度で冷却すると、β相、γ相が多く残留する恐れがある。このため、平均冷却速度の上限は、好ましくは500℃/分未満であり、より好ましくは300℃/分以下である。
【0092】
2000倍または5000倍の電子顕微鏡で金属組織を観察すると、μ相が存在するか否かの境界の平均冷却速度は、470℃から380℃までの温度領域において約8℃/分である。特に、諸特性に大きな影響を与える臨界の平均冷却速度は、470℃から380℃までの温度領域において2.5℃/分、或は4℃/分である。勿論、μ相の出現は、組成にも依存し、Cu濃度が高く、Si濃度が高く、金属組織の関係式f1の値が高く、f2の値が低いほど、μ相の形成が速く進む。
すなわち、470℃から380℃までの温度領域の平均冷却速度が8℃/分より遅いと、粒界に析出するμ相の長辺の長さが約1μmを超え、平均冷却速度が遅くなるに従ってさらに成長する。そして平均冷却速度が約5℃/分になると、μ相の長辺の長さが約3μmから10μmになる。平均冷却速度が約2.5℃/分以下となると、μ相の長辺の長さが15μmを超え、場合によっては25μmを超える。μ相の長辺の長さが約10μmに達すると、1000倍の金属顕微鏡で、μ相が結晶粒界と区別でき、観察することが可能となる。一方、平均冷却速度の上限は、熱間加工温度などにもよるが、平均冷却速度が速すぎると、高温で形成された構成相がそのまま常温にまで持ちこされ、κ相が多くなり、耐食性、衝撃特性に影響を与えるβ相、γ相が増える。このため、主として580℃以上の温度領域からの平均冷却速度が重要であるが、500℃/分未満の平均冷却速度で冷却することが好ましく、より好ましくは300℃/分以下である。
【0093】
現在、Pbを含有する黄銅合金が、銅合金の押出材の大半を占める。このPbを含有する黄銅合金の場合、特許文献1にあるように、350〜550℃の温度で必要に応じて熱処理される。下限の350℃は、再結晶し、材料がほぼ軟化する温度である。上限の550℃では、再結晶が完了する。また、温度を上げることによるエネルギー上の問題があり、また550℃超の温度で熱処理するとβ相が顕著に増加する。このため、上限が550℃であると考えられる。一般的な製造設備としては、バッチ炉、または、連続炉が用いられ、所定の温度で、1〜8時間保持される。バッチ炉の場合は、炉冷、または、炉冷後、約300℃から空冷される。連続炉の場合は、約300℃に材料温度が下がるまでは比較的ゆっくりとした速度で冷却される。具体的には、470℃から380℃までの温度領域を、保持される所定の温度を除き、約0.5〜約4℃/分の平均冷却速度で冷却される。本実施形態の合金の製造方法とは異なる冷却速度で冷却される。
【0094】
(低温焼鈍)
棒材、鍛造品においては、残留応力の除去や棒材の矯正を目的として、再結晶温度以下の温度で棒材、鍛造品を低温焼鈍することがある。その低温焼鈍の条件として、材料温度を240℃以上350℃以下とし、加熱時間を10分から300分とすることが望ましい。さらに低温焼鈍の温度(材料温度)をT(℃)、加熱時間をt(分)とすると、150≦(T−220)×(t)
1/2≦1200の関係を満たす条件で低温焼鈍を実施することが好ましい。なお、ここで、所定の温度T(℃)に達する温度より10℃低い温度(T−10)から、加熱時間t(分)をカウント(計測)するものとする。
【0095】
低温焼鈍の温度が240℃より低い場合、残留応力の除去が不十分であり、また十分に矯正が行えない。低温焼鈍の温度が350℃を超える場合、結晶粒界、相境界を中心にμ相が形成される。低温焼鈍の時間が10分未満であると、残留応力の除去が不十分である。低温焼鈍の時間が300分を超えると、μ相が増大する。低温焼鈍の温度を高くするか、或いは時間が長くなるにつれて、μ相が増大し、耐食性、衝撃特性、高温強度が低下する。しかしながら、低温焼鈍を施すことにより、μ相の析出は避けられず、如何にして、残留応力を除去しつつ、μ相の析出を最小限に留めるかがポイントとなる。
なお、(T−220)×(t)
1/2の値の下限は、150であり、好ましくは180以上であり、より好ましくは200以上である。また、(T−220)×(t)
1/2の値の上限は、1200であり、好ましくは1100以下であり、より好ましくは1000以下である。
【0096】
このような製造方法によって、本発明の第1,2の実施形態に係る快削性銅合金が製造される。
熱間加工工程、熱処理(焼鈍)工程、低温焼鈍工程は、銅合金を加熱する工程である。低温焼鈍工程を行わない場合、又は低温焼鈍工程の後に熱間加工工程や熱処理(焼鈍)工程を行う場合(低温焼鈍工程が最後に銅合金を加熱する工程とならない場合)、冷間加工の有無に関わらず、熱間加工工程、熱処理(焼鈍)工程のうち、後に行う工程が重要となる。熱処理(焼鈍)工程の後に熱間加工工程を行うか、または熱間加工工程の後に熱処理(焼鈍)工程を行わない場合(熱間加工工程が最後に銅合金を加熱する工程となる場合)、熱間加工工程は、上述した加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。熱間加工工程の後に熱処理(焼鈍)工程を行うか、または熱処理(焼鈍)工程の後に熱間加工工程を行わない場合(熱処理(焼鈍)工程が最後に銅合金を加熱する工程となる場合)、熱処理(焼鈍)工程は、上述した加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。例えば、熱間鍛造の工程の後に熱処理(焼鈍)工程を行わない場合、熱間鍛造の工程は、上述した熱間鍛造の加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。熱間鍛造の工程の後に熱処理(焼鈍)工程を行う場合、熱処理(焼鈍)工程が上述した熱処理(焼鈍)の加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。この場合、熱間鍛造の工程は、必ずしも上述した熱間鍛造の加熱条件と冷却条件を満たす必要はない。
低温焼鈍工程では、材料温度が240℃以上350℃以下であり、この温度は、μ相が生成するか否かに関わり、γ相が減少する温度範囲(575〜510℃)とは関わらない。このように、低温焼鈍工程での材料温度は、γ相の増減に関わらない。このため、熱間加工工程や熱処理(焼鈍)工程の後に、低温焼鈍工程を行う場合(低温焼鈍工程が最後に銅合金を加熱する工程となる場合)、低温焼鈍工程の条件と共に、低温焼鈍工程の前の工程(低温焼鈍工程の直前に銅合金を加熱する工程)の加熱条件や冷却条件が重要となり、低温焼鈍工程と低温焼鈍工程の前の工程は、上述した加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。詳細には、低温焼鈍工程の前の工程において、熱間加工工程、熱処理(焼鈍)工程のうち、後に行う工程の加熱条件や冷却条件も重要となり、上述した加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。低温焼鈍工程の後に熱間加工工程や熱処理(焼鈍)工程を行う場合、前述したように熱間加工工程、熱処理(焼鈍)工程のうち、後に行う工程が重要となり、上述した加熱条件と冷却条件を満たす必要がある。なお、低温焼鈍工程の前又は後に熱間加工工程や熱処理(焼鈍)工程を行っても良い。
【0097】
以上のような構成とされた本発明の第1、第2の実施形態に係る快削性合金によれば、合金組成、組成関係式、金属組織、組織関係式を上述のように規定しているので、厳しい環境下での耐食性、衝撃特性、高温強度に優れている。また、Pbの含有量が少なくても優れた被削性を得ることができる。
【0098】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的要件を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【実施例】
【0099】
以下、本発明の効果を確認すべく行った確認実験の結果を示す。なお、以下の実施例は、本発明の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成要件、プロセス、条件が本発明の技術的範囲を限定するものでない。
【0100】
(実施例1)
<実操業実験>
実操業で使用している低周波溶解炉及び半連続鋳造機を用いて銅合金の試作試験を実施した。表2に合金組成を示す。なお、実操業設備を用いていることから、表2に示す合金においては不純物についても測定した。また、製造工程は、表5〜表10に示す条件とした。
【0101】
(工程No.A1〜A12、AH1〜AH9)
実操業している低周波溶解炉及び半連続鋳造機により直径240mmのビレットを製造した。原料は、実操業に準じたものを使用した。ビレットを長さ800mmに切断して加熱した。熱間押出を行って直径25.6mmの丸棒状とし、コイルに巻き取った(押出材)。次いで、コイルの保温とファンの調整により、575℃〜510℃の温度領域、及び470℃から380℃の温度領域を20℃/分の平均冷却速度で押出材を冷却した。380℃以下の温度領域でも約20℃/分の平均冷却速度で冷却した。温度測定は、熱間押出の終盤を中心に放射温度計を用いて行い、押出機より押出されたときから約3秒後の押出材の温度を測定した。なお、大同特殊鋼株式会社製の型式DS−06DFの放射温度計を用いた。
その押出材の温度の平均値が表5に示す温度の±5℃((表5に示す温度)−5℃〜(表5に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。
工程No.AH2、A9、AH9では、それぞれ押出温度を760℃、680℃、580℃とした。工程No.AH2、A9、AH9以外の工程では、押出温度を640℃とした。押出温度が580℃の工程No.AH9では、準備した3種類の材料とも、最後まで押出できず、断念した。
押出後、工程No.AH1,AH2では、矯正のみを実施した。
工程No.A10、A11では、直径25.6mmの押出材を熱処理した。次いで、工程No.A10、A11において、冷間加工率がそれぞれ約5%、約9%の冷間抽伸を施し、そして矯正し、直径をそれぞれ25mm、24.4mmにした(熱処理後にコンバインド抽伸、矯正)。
工程No.A12では、冷間加工率が約9%の冷間抽伸を施し、そして矯正し、直径を24.4mmにした(コンバインド抽伸、矯正)。次いで、熱処理を行った。
上記以外の工程では、冷間加工率が約5%の冷間抽伸を施し、そして矯正し、直径を25mmにした(コンバインド抽伸、矯正)。次いで、熱処理を行った。
熱処理条件に関して、表5に示すように、熱処理の温度を500℃から635℃まで変化させ、保持時間も5分から180分に変化させた。
工程No.A1〜A6、A9〜A12、AH3、AH4、AH6では、バッチ炉を用い、冷却過程の575℃から510℃の温度領域での平均冷却速度、または470℃から380℃の温度領域での平均冷却速度を変化させた。
工程No.A7、A8、AH5、AH7、AH8では、連続焼鈍炉を用い、高温で短時間の加熱を行い、次いで、575℃から510℃の温度領域での平均冷却速度、または470℃から380℃の温度領域での平均冷却速度を変化させた。
なお、以下の表において、熱処理前にコンバインド抽伸、矯正を行った場合を“○”で示し、行わなかった場合を“−”で示した。
【0102】
(工程No.B1〜B3、BH1〜BH3)
工程No.A10で得られた直径25mmの材料(棒材)を、長さ3mに切断した。次いで、この棒材を型枠に並べ、矯正目的で低温焼鈍した。その時の低温焼鈍条件を表7に示す条件とした。
なお、表中の条件式の値は、以下の式の値である。
(条件式)=(T−220)×(t)
1/2
T:温度(材料温度)(℃)、t:加熱時間(分)
結果は、工程No.BH1のみが、直線度が悪かった。
【0103】
(工程No.C0、C1、C2、CH1、CH2)
実操業している低周波溶解炉及び半連続鋳造機により直径240mmの鋳塊(ビレット)を製造した。原料は、実操業に準じたものを使用した。ビレットを長さ500mmに切断して加熱した。そして、熱間押出を行って直径50mmの丸棒状の押出材とした。この押出材は、直棒の形状で押出テーブルに押出した。温度測定は、押出の終盤を中心に放射温度計を用いて行い、押出機より押出された時点から約3秒後の押出材の温度を測定した。その押出材の温度の平均値が表8に示す温度の±5℃((表8に示す温度)−5℃〜(表8に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。なお、押出後の575℃から510℃の平均冷却速度および470℃から380℃の平均冷却速度は、15℃/分であった(押出材)。後述する工程にて、工程No.C0,CH2で得られた押出材(丸棒)を鍛造用素材として用いた。工程No.C1、C2、CH1では、560℃で、60分加熱し、次いで470℃から380℃の平均冷却速度を変化させた。
【0104】
(工程No.D1〜D8、DH1〜DH5)
工程No.C0で得られた直径50mmの丸棒を長さ180mmに切断した。この丸棒を横置きにして、熱間鍛造プレス能力150トンのプレス機で、厚み16mmに鍛造した。所定の厚みに熱間鍛造された直後から約3秒経過後に、放射温度計を用いて温度の測定を行った。熱間鍛造温度(熱間加工温度)は、表9に示す温度±5℃の範囲((表9に示す温度)−5℃〜(表9に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。
工程No.D6、DH5では、熱間鍛造後、575℃から510℃の温度領域での平均冷却速度を変えて実施した。工程No.D6、DH5以外の工程は、熱間鍛造後、20℃/分の平均冷却速度で冷却した。
工程No.DH1、D6、DH5では、熱間鍛造後の冷却で試料の作製作業を終了した。工程No.DH1、D6、DH5以外の工程では、熱間鍛造後に以下の熱処理を行った。
工程No.D1〜D4、DH2では、バッチ炉で熱処理を行い、熱処理の温度、575℃から510℃の温度領域での平均冷却速度、及び470℃から380℃の温度領域での平均冷却速度を変えて実施した。工程No.D5、DH3、DH4では、連続炉で、600℃で3分間又は2分間加熱し、平均冷却速度を変えて実施した。
なお、熱処理の温度は、材料の最高到達温度であり、保持時間としては、最高到達温度から(最高到達温度−10℃)までの温度領域で保持された時間を採用した。
【0105】
<実験室実験>
実験室設備を用いて銅合金の試作試験を実施した。表3及び表4に合金組成を示す。なお、残部はZn及び不可避不純物である。表2に示す組成の銅合金も実験室実験に用いた。また、製造工程は、表11及び表12に示す条件とした。
【0106】
(工程No.E1〜E3、EH1)
実験室において、所定の成分比で原料を溶解した。直径100mm、長さ180mmの金型に融液を鋳込み、ビレットを作製した。このビレットを加熱し、工程No.E1、EH1では直径25mmの丸棒に押出し、矯正した。工程No.E2、E3では直径40mmの丸棒に押出し、矯正した。表11において、矯正を行った場合を“○”で示した。
押出試験機が停止直後に放射温度計を用いて温度測定を行った。結果的に押出機より押出されたときから約3秒後の押出材の温度に相当する。
工程No.EH1、E2では、押出で試料の作製作業を終了とした。工程No.E2で得られた押出材は、後述する工程にて、熱間鍛造素材として用いた。
また、連続鋳造にて、直径40mmの連続鋳造棒を製作し、後述する工程にて、熱間鍛造素材として用いた。
工程No.E1、E3では、押出後に表11に示す条件で熱処理(焼鈍)を行った。
【0107】
(工程No.F1〜F5、FH1、FH2)
工程No.E2で得られた直径40mmの丸棒を長さ180mmに切断した。工程No.E2の丸棒又は前記連続鋳造棒を横置きにして、熱間鍛造プレス能力150トンのプレス機で、厚み15mmに鍛造した。所定の厚みに熱間鍛造された直後から約3秒経過後に、放射温度計を用いて温度の測定を行った。熱間鍛造温度(熱間加工温度)は、表12に示す温度±5℃の範囲((表12に示す温度)−5℃〜(表12に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。
575℃から510℃までの温度領域での平均冷却速度、および470℃から380℃までの温度領域での平均冷却速度をそれぞれ20℃/分、18℃/分とした。工程No.FH1では、工程No.E2で得られた丸棒に対して熱間鍛造を施したが、熱間鍛造後の冷却で試料の作製作業を終了とした。
工程No.F1、F2、FH2では、工程No.E2で得られた丸棒に対して熱間鍛造を施したが、熱間鍛造後に熱処理を行った。加熱条件、575℃から510℃までの温度領域での平均冷却速度、及び470℃から380℃までの温度領域での平均冷却速度を変えて熱処理(焼鈍)を実施した。
工程No.F3、F4では、鍛造素材として連続鋳造棒を用い、熱間鍛造した。熱間鍛造後に加熱条件、平均冷却速度を変えて熱処理(焼鈍)を実施した。
【0108】
【表2】
【0109】
【表3】
【0110】
【表4】
【0111】
【表5】
【0112】
【表6】
【0113】
【表7】
【0114】
【表8】
【0115】
【表9】
【0116】
【表10】
【0117】
【表11】
【0118】
【表12】
【0119】
上述の試験材について、以下の手順にて、金属組織観察、耐食性(脱亜鉛腐食試験/浸漬試験)、被削性について評価を行った。
【0120】
(金属組織の観察)
以下の方法により金属組織を観察し、α相、κ相、β相、γ相、μ相の面積率(%)を画像解析により測定した。なお、α’相、β’相、γ’相は、各々α相、β相、γ相に含めることとした。
各試験材の棒材、鍛造品を、長手方向に対して平行に、または金属組織の流動方向に対して平行に切断した。次いで表面を研鏡(鏡面研磨)し、過酸化水素とアンモニア水の混合液でエッチングした。エッチングでは、3vol%の過酸化水素水3mLと、14vol%のアンモニア水22mLを混合した水溶液を用いた。約15℃〜約25℃の室温にてこの水溶液に金属の研磨面を約2秒〜約5秒浸漬した。
金属顕微鏡を用いて、主として倍率500倍で金属組織を観察し、金属組織の状況によっては1000倍で金属組織を観察した。5視野の顕微鏡写真において、画像処理ソフト「PhotoshopCC」を用いて各相(α相、κ相、β相、γ相、μ相)を手動で塗りつぶした。次いで画像処理ソフト「WinROOF2013」で2値化し、各相の面積率を求めた。詳細には、各相について、5視野の面積率の平均値を求め、平均値を各相の相比率とした。そして、全ての構成相の面積率の合計を100%とした。
γ相、μ相の長辺の長さは、以下の方法により測定した。500倍または1000倍の金属顕微鏡写真を用い、1視野において、γ相の長辺の最大長さを測定した。この作業を任意の5視野において行い、得られたγ相の長辺の最大長さの平均値を算出し、γ相の長辺の長さとした。同様に、μ相の大きさに応じて、500倍または1000倍の金属顕微鏡写真、或いは2000倍または5000倍の2次電子像写真(電子顕微鏡写真)を用い、1視野において、μ相の長辺の最大長さを測定した。この作業を任意の5視野において行い、得られたμ相の長辺の最大長さの平均値を算出し、μ相の長辺の長さとした。
具体的には、約70mm×約90mmのサイズにプリントアウトした写真を用いて評価した。500倍の倍率の場合、観察視野のサイズは276μm×220μmであった。
【0121】
相の同定が困難な場合は、FE−SEM−EBSP(Electron Back Scattering Diffracton Pattern)法によって、倍率500倍又は2000倍で、相を特定した。
また、平均冷却速度を変化させた実施例においては、主として結晶粒界に析出するμ相の有無を確認するために、日本電子株式会社製のJSM−7000Fを用いて、加速電圧15kV、電流値(設定値15)の条件で、2次電子像を撮影し、2000倍または5000倍の倍率で金属組織を確認した。2000倍または5000倍の2次電子像でμ相が確認できても、500倍または1000倍の金属顕微鏡写真でμ相が確認できない場合は、面積率には算定しなかった。すなわち、2000倍または5000倍の2次電子像で観察されたが500倍または1000倍の金属顕微鏡写真では確認できなかったμ相は、μ相の面積率には含めなかった。何故なら、金属顕微鏡で確認できないμ相は、主として長辺の長さが5μm以下、幅は0.3μm以下であるので、面積率に与える影響は、小さいためである。
μ相の長さは、任意の5視野で測定し、前述したように5視野の最長の長さの平均値をμ相の長辺の長さとした。μ相の組成確認は、付属のEDSで行った。なお、μ相が500倍または1000倍で確認できなかったが、より高い倍率でμ相の長辺の長さが測定された場合、表中の測定結果において、μ相の面積率は0%であるがμ相の長辺の長さは記載している。
【0122】
(μ相の観察)
μ相に関しては、熱間押出後や熱処理後、470℃〜380℃の温度領域を8℃/分、または15℃/分以下の平均冷却速度で冷却すると、μ相の存在が確認できた。
図1は、試験No.T05(合金No.S01/工程No.A3)の2次電子像の一例を示す。α相の結晶粒界に、μ相が析出していることが確認された(白灰色の細長い相)。
【0123】
(α相中に存在する針状のκ相)
α相中に存在する針状のκ相(κ1相)は、幅が約0.05μmから約0.5μmで、細長い直線状、針状の形態である。幅が0.1μm以上であれば、金属顕微鏡でも、その存在は、確認できる。
図2は、代表的な金属顕微鏡写真として、試験No.T53(合金No.S02/工程No.A1)の金属顕微鏡写真を示す。
図3は、代表的なα相内に存在する針状のκ相の電子顕微鏡写真として、試験No.T53(合金No.S02/工程No.A1)の電子顕微鏡写真を示す。なお、
図2,3の観察箇所は同一ではない。銅合金においては、α相に存在する双晶と混同する恐れがあるが、α相中に存在するκ相は、κ相自身の幅が狭く、双晶は2つで1組になっているので、区別がつく。
図2の金属顕微鏡写真において、α相内に、細長く直線的な針状の模様の相が認められる。
図3の二次電子像(電子顕微鏡写真)において、明瞭に、α相内に存在する模様が、κ相であることが確認される。κ相の厚みは、約0.1〜約0.2μmであった。
α相中での針状のκ相の量(数)は、金属顕微鏡で判断した。金属構成相の判定(金属組織観察)で撮影された倍率500倍または1000倍の5視野の顕微鏡写真を用いた。縦が約70mm、横が約90mmの拡大視野において、針状のκ相の数を測定し、5視野の平均値を求めた。針状のκ相の数の5視野での平均値が5以上49未満の場合、針状のκ相を有すると判断し、“△”と表記した。針状のκ相の数の5視野での平均値が50を超える場合、多くの針状のκ相を有すると判断し、“○”と表記した。針状のκ相の数の5視野での平均値が4以下の場合、針状のκ相をほとんど有していないと判断し、“×”と表記した。写真で確認できない針状のκ1相の数は含めなかった。
【0124】
(κ相に含有されるSn量、P量)
κ相に含有されるSn量、P量をX線マイクロアナライザーで測定した。測定には、日本電子製「JXA−8200」を用いて、加速電圧20kV、電流値3.0×10
−8Aの条件で行った。
試験No.T03(合金No.S01/工程No.A1)、試験No.T25(合金No.S01/工程No.BH3)、試験No.T229(合金No.S20/工程No.EH1)、試験No.T230(合金No.S20/工程No.E1)について、X線マイクロアナライザーで、各相のSn、Cu、Si、Pの濃度の定量分析を行った結果を表13〜表16に示す。
μ相については、JSM−7000Fに付属のEDSで測定し、視野内で短辺の長さが、大きい部分を測定した。
【0125】
【表13】
【0126】
【表14】
【0127】
【表15】
【0128】
【表16】
【0129】
上述の測定結果から、以下のような知見を得た。
1)合金組成によって各相に配分される濃度が少し異なる。
2)κ相へのSnの配分はα相の約1.4倍である。
3)γ相のSn濃度は、α相のSn濃度の約10〜約15倍である。
4)κ相、γ相、μ相のSi濃度は、α相のSi濃度に比べ、各々約1.5倍、約2.2倍、約2.7倍である。
5)μ相のCu濃度は、α相、κ相、γ相、μ相に比べ高い。
6)γ相の割合が多くなると、必然的に、κ相のSn濃度が低くなる。
7)κ相へのPの配分はα相の約2倍である。
8)γ相、μ相のP濃度は、α相のP濃度の約3倍、約4倍である。
9)同じ組成であっても、γ相の割合が減少すると、α相のSn濃度は、0.13mass%から0.22mass%に約1.7倍に高まる(合金No.S20)。同様にκ相のSn濃度は、0.18mass%から0.31mass%に約1.7倍に高まる。また、γ相の割合が減少すると、α相のSn濃度は、0.13mass%から0.18mass%に0.05mass%増え、κ相のSn濃度は、0.22mass%から0.31mass%に0.09mass%増える。κ相のSnの増加分が、α相のSnの増加分を上回った。
【0130】
(機械的特性)
(引張強さ)
各試験材をJIS Z 2241の10号試験片に加工し、引張強さの測定を行った。熱間押出材或いは熱間鍛造材の引張強さが、530N/mm
2以上、好ましくは550N/mm
2以上であれば、快削性銅合金の中でも最高の水準であり、各分野で使用される部材の薄肉・軽量化を図ることができる。
なお、引張試験片の仕上げ面粗さが、伸びや引張強さに影響を与える。このため、下記の条件を満たすように引張試験片を作製した。
(引張試験片の仕上げ面粗さの条件)
引張試験片の標点間の任意の場所の基準長さ4mm当たりの断面曲線において、Z軸の最大値と最小値の差が2μm以下であること。断面曲線とは、測定断面曲線にカットオフ値λsの低減フィルタを適用して得られる曲線をさす。
(高温クリープ)
各試験片から、JIS Z 2271の直径10mmのつば付き試験片を作製した。室温の0.2%耐力に相当する荷重を試験片にかけた状態で、150℃で100時間経過後のクリープひずみを測定した。常温における標点間の伸びで、0.2%の塑性変形に相当する荷重を加え、この荷重をかけた状態で試験片を150℃、100時間保持した後のクリープひずみが0.4%以下であれば良好である。このクリープひずみが0.3%以下であれば、銅合金では最高の水準であり、例えば、高温で使用されるバルブ、エンジンルームに近い自動車部品では、信頼性の高い材料として使用できる。
(衝撃特性)
衝撃試験では、押出棒材、鍛造材およびその代替材、鋳造材、連続鋳造棒材から、JIS Z 2242に準じたUノッチ試験片(ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径1mm)を採取した。半径2mmの衝撃刃でシャルピー衝撃試験を行い、衝撃値を測定した。
なお、Vノッチ試験片とUノッチ試験片で行ったときの衝撃値の関係は、およそ以下のとおりである。
(Vノッチ衝撃値)=0.8×(Uノッチ衝撃値)−3
【0131】
(被削性)
被削性の評価は、以下のように、旋盤を用いた切削試験で評価した。
直径50mm、40mm、又は25.6mmの熱間押出棒材、直径25mm(24.4mm)の冷間抽伸材については、切削加工を施して直径を18mmとして試験材を作製した。鍛造材については、切削加工を施して直径を14.5mmとして試験材を作製した。ポイントノーズ・ストレート工具、特にチップブレーカーの付いていないタングステン・カーバイド工具を旋盤に取り付けた。この旋盤を用い、乾式下にて、すくい角−6度、ノーズ半径0.4mm、切削速度150m/分、切削深さ1.0mm、送り速度0.11mm/revの条件で、直径18mm又は直径14.5mmの試験材の円周上を切削した。
工具に取り付けられた3部分から成る動力計(三保電機製作所製、AST式工具動力計AST−TL1003)から発せられるシグナルが、電気的電圧シグナルに変換され、レコーダーに記録された。次にこれらのシグナルは切削抵抗(N)に変換された。従って、切削抵抗、特に切削の際に最も高い値を示す主分力を測定することにより、合金の被削性を評価した。
同時に切屑を採取し、切屑形状により被削性を評価した。実用の切削で最も問題となるのは、切屑が工具に絡みついたり、切屑が嵩張ることである。このため、切屑形状が1巻き以下の切屑しか生成しなかった場合を“○”(good)と評価した。切屑形状が1巻きを超えて3巻きまでの切屑が生成した場合を“△”(fair)と評価した。切屑形状が3巻きを超える切屑が生成した場合を“×”(poor)と評価した。このように、3段階の評価をした。
切削抵抗は、材料の強度、例えば、剪断応力、引張強さや0.2%耐力にも依存し、強度が高い材料ほど切削抵抗が高くなる傾向がある。切削抵抗がPbを1〜4%含有する快削黄銅棒の切削抵抗に対して約10%から約20%高くなる程度であれば、実用上十分許容される。本実施形態においては、切削抵抗が130Nを境(境界値)として評価した。詳細には、切削抵抗が130Nより小さければ、被削性に優れる(評価:○)と評価した。切削抵抗が130N以上150Nより小さければ、被削性を“可(△)”と評価した。切削抵抗が150N以上であれば、“不可(×)”と評価した。因みに、58mass%Cu−42mass%Zn合金に対して工程No.F1を施して試料を製作して評価したところ、切削抵抗は185Nであった。
総合的な被削性の評価としては、切屑形状が良好(評価:○)で、かつ切削抵抗が低い(評価:○)材料は、被削性が優れる(excellent)と評価した。切屑形状と切削抵抗のうち一方が、△または可の場合は、条件付きで被削性が良好である(good)と評価した。切屑形状と切削抵抗のうち、一方が△または可であり、他方が×又は不可の場合は、被削性が不可(poor)であると評価した。
【0132】
(熱間加工試験)
直径50mm、直径40mm、直径25.6mm、または直径25.0mmの棒材を切削によって直径15mmとし、長さ25mmに切断し、試験材を作製した。試験材を740℃又は635℃で20分間保持した。次いで試験材を縦置きにして、熱間圧縮能力10トンで電気炉が併設されているアムスラー試験機を用いて、ひずみ速度0.02/秒、加工率80%で高温圧縮し、厚み5mmとした。
熱間加工性の評価は、倍率10倍の拡大鏡を用い、0.2mm以上の開口した割れが観察された場合、割れ発生と判断した。740℃、635℃の2条件とも割れが発生しなかった時を“○”(good)と評価した。740℃で割れが発生したが635℃で割れが発生しなかった場合を“△”(fair)と評価した。740℃で割れが発生しなかったが635℃で割れが発生した場合を“▲”(fair)と評価した。740℃、635℃の2条件とも割れが発生した場合を“×”(poor)と評価した。
740℃、635℃の2条件で割れが発生しなかった場合、実用上の熱間押出、熱間鍛造に関し、実施上、多少の材料の温度低下が生じても、また、金型やダイスと材料が瞬時であるが接触し、材料の温度低下があっても、適正な温度で実施すれば、実用上問題は無い。740℃、635℃のいずれかの温度で割れが生じた場合、実用上の制約は受けるが、より狭い温度範囲で管理すれば、熱間加工が実施可能と判断される。740℃、635℃の両者の温度で、割れが生じた場合は、実用上問題があると判断される。
【0133】
(脱亜鉛腐食試験1,2)
試験材が押出材の場合、試験材の暴露試料表面が押出し方向に対して垂直となるよう試験材をフェノール樹脂材に埋込んだ。試験材が鋳物材(鋳造棒)の場合、試験材の暴露試料表面が鋳物材の長手方向に対して垂直となるよう試験材をフェノール樹脂材に埋込んだ。試験材が鍛造材の場合、試験材の暴露試料表面が鍛造の流動方向に対して垂直となるようにしてフェノール樹脂材に埋込んだ。
試料表面を1200番までのエメリー紙により研磨し、次いで、純水中で超音波洗浄してブロワーで乾燥した。その後、各試料を、準備した浸漬液に浸漬した。
試験終了後、暴露表面が、押出し方向、長手方向、又は鍛造の流動方向に対して直角を保つように、試料をフェノール樹脂材に再び埋め込んだ。次に、腐食部の断面が最も長い切断部として得られるように試料を切断した。続いて試料を研磨した。
金属顕微鏡を用い、500倍の倍率で顕微鏡の視野10ヶ所(任意の10箇所の視野)にて、腐食深さを観察した。最も深い腐食ポイントが最大脱亜鉛腐食深さとして記録された。
【0134】
脱亜鉛腐食試験1では、浸漬液として、以下の試験液1を準備して上記の作業を実施した。脱亜鉛腐食試験2では、浸漬液として、以下の試験液2を準備して上記の作業を実施した。
試験液1は、酸化剤となる消毒剤が過剰に投与され、pHが低く厳しい腐食環境を想定し、さらにその腐食環境での加速試験を行うための溶液である。この溶液を用いると、その厳しい腐食環境での約75〜100倍の加速試験となることが推定される。最大腐食深さが70μm以下であれば、耐食性は良好である。優れた耐食性が求められる場合は、最大腐食深さは、好ましくは50μm以下であり、さらに好ましくは30μm以下であると良いと推定される。
試験液2は、塩化物イオン濃度が高く、pHが低く、厳しい腐食環境の水質を想定し、さらにその腐食環境での加速試験を行うための溶液である。この溶液を用いると、その厳しい腐食環境での約30〜50倍の加速試験となることが推定される。最大腐食深さが40μm以下であれば、耐食性は良好である。優れた耐食性が求められる場合は、最大腐食深さは、好ましくは30μm以下であり、さらに好ましくは20μm以下であると良いと推定される。本実施例では、これらの推定値をもとに評価した。
【0135】
脱亜鉛腐食試験1では、試験液1として、次亜塩素酸水(濃度30ppm、pH=6.8、水温40℃)を用いた。以下の方法で試験液1を調整した。蒸留水40Lに市販の次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)を投入し、ヨウ素滴定法による残留塩素濃度が30mg/Lになるように調整した。残留塩素は時間とともに、分解し減少するため、残留塩素濃度を常時ボルタンメトリー法により測定しながら、電磁ポンプにより次亜塩素酸ナトリウム投入量を電子制御した。pHを6.8に下げるために二酸化炭素を流量調整しながら投入した。水温は40℃になるように温度コントローラーにて調整した。このように残留塩素濃度、pH、水温を一定に保ちながら、試験液1中に試料を2ヶ月間保持した。次いで水溶液中から試料を取り出して、その脱亜鉛腐食深さの最大値(最大脱亜鉛腐食深さ)を測定した。
【0136】
脱亜鉛腐食試験2では、試験液2として、表17に示す成分の試験水を用いた。試験液2は、蒸留水に市販の薬剤を投入し調整した。腐食性の高い水道水を想定し、塩化物イオン80mg/L、硫酸イオン40mg/L、硝酸イオン30mg/Lを投入した。アルカリ度および硬度は日本の一般的な水道水を目安にそれぞれ30mg/L、60mg/Lに調整した。pHを6.3に下げるために二酸化炭素を流量調整しながら投入し、溶存酸素濃度を飽和させるために酸素ガスを常時投入した。水温は室温と同じ25℃で行なった。このようにpH、水温を一定に保ち、溶存酸素濃度を飽和状態としながら、試験液2中に試料を3ヶ月間保持した。次いで、水溶液中から試料を取出して、その脱亜鉛腐食深さの最大値(最大脱亜鉛腐食深さ)を測定した。
【0137】
【表17】
【0138】
(脱亜鉛腐食試験3:ISO6509脱亜鉛腐食試験)
本試験は、脱亜鉛腐食試験方法として、多くの国々で採用されており、JIS規格においても、JIS H 3250で規定されている。
脱亜鉛腐食試験1,2と同様に、試験材をフェノール樹脂材に埋込んだ。例えば暴露試料表面が押出材の押出し方向に対して直角となるようにしてフェノール樹脂材に埋込んだ。試料表面を1200番までのエメリー紙により研磨し、次いで、純水中で超音波洗浄して乾燥した。
各試料を、1.0%の塩化第2銅2水和塩(CuCl
2・2H
2O)の水溶液(12.7g/L)中に浸漬し、75℃の温度条件下で24時間保持した。その後、水溶液中から試料を取出した。
暴露表面が押出し方向、長手方向、又は鍛造の流動方向に対して直角を保つように、試料をフェノール樹脂材に再び埋め込んだ。次に、腐食部の断面が最も長い切断部として得られるように試料を切断した。続いて試料を研磨した。
金属顕微鏡を用い、100倍〜500倍の倍率で、顕微鏡の視野10ヶ所にて、腐食深さを観察した。最も深い腐食ポイントが最大脱亜鉛腐食深さとして記録された。
なお、ISO 6509の試験を行ったとき、最大腐食深さが200μm以下であれば、実用上の耐食性に関して問題ないレベルとされている。特に優れた耐食性が求められる場合は、最大腐食深さは、好ましくは100μm以下であり、さらに好ましくは50μm以下とされている。
本試験において、最大腐食深さが200μmを超える場合は“×”(poor)と評価した。最大腐食深さが50μm超え、200μm以下の場合を“△”(fair)と評価した。最大腐食深さが50μm以下の場合を“○”(good)と厳しく評価した。本実施形態は、厳しい腐食環境を想定しているために厳しい評価基準を採用し、評価が“○”である場合のみを、耐食性が良好であるとした。
【0139】
(摩耗試験)
潤滑下でのアムスラー型摩耗試験、及び乾式下でのボールオンディスク摩擦摩耗試験の2種類の試験にて、耐摩耗性を評価した。使用した試料は、工程No.C0、C1、CH1、E2、E3で作製された合金である。
アムスラー型摩耗試験を以下の方法で実施した。室温で各サンプルを直径32mmに切削加工して上部試験片を作製した。またオーステナイトステンレス鋼(JIS G 4303のSUS304)製の直径42mmの下部試験片(表面硬さHV184)を用意した。荷重として490Nを付加して上部試験片と下部試験片を接触させた。油滴と油浴にはシリコンオイルを用いた。荷重を付加して上部試験片と下部試験片を接触させた状態で、上部試験片の回転数(回転速度)が188rpmであり、下部試験片の回転数(回転速度)が209rpmである条件で、上部試験片と下部試験片を回転させた。上部試験片と下部試験片の周速度差により摺動速度を0.2m/secとした。上部試験片と下部試験片の直径及び回転数(回転速度)が異なることで、試験片を摩耗させた。下部試験片の回転回数が250000回となるまで上部試験片と下部試験片を回転させた。
試験後、上部試験片の重量の変化を測定し、以下の基準で耐摩耗性を評価した。摩耗による上部試験片の重量の減少量が0.25g以下の場合を“◎”(excellent)と評価した。上部試験片の重量の減少量が0.25gを越え0.5g以下の場合を“○”(good)と評価した。上部試験片の重量の減少量が0.5gを越え1.0g以下の場合を“△”(fair)と評価した。上部試験片の重量の減少量が1.0g越えの場合を“×”(poor)と評価した。この4段階で耐摩耗性を評価した。なお、下部試験片において、0.025g以上の摩耗減量があった場合は、“×”と評価した。
因みに、同一の試験条件での59Cu−3Pb−38ZnのPbを含む快削黄銅の摩耗減量(摩耗による重量の減少量)は、12gであった。
【0140】
ボールオンディスク摩擦摩耗試験を以下の方法で実施した。粗さ#2000のサンドペーパーで試験片の表面を研磨した。この試験片上に、オーステナイトステンレス鋼(JIS G 4303のSUS304)製の直径10mmの鋼球を、以下の条件で押し当てた状態で摺動させた。
(条件)
室温、無潤滑、荷重:49N、摺動径:直径10mm、摺動速度:0.1m/sec、摺動距離:120m。
試験後、試験片の重量の変化を測定し、以下の基準で耐摩耗性を評価した。摩耗による試験片の重量の減少量が4mg以下の場合を“◎”(excellent)と評価した。試験片の重量の減少量が4mgを越え8mg以下の場合を“○”(good)と評価した。試験片の重量の減少量が8mgを越え20mg以下の場合を“△”(fair)と評価した。試験片の重量の減少量が20mg越えの場合を“×”(poor)と評価した。この4段階で耐摩耗性を評価した。
因みに、同一の試験条件での59Cu−3Pb−38ZnのPbを含む快削黄銅の摩耗減量は、80mgであった。
【0141】
評価結果を表18〜表47に示す。
試験No.T01〜T98,T101〜T150は、実操業の実験での結果である。試験No.T201〜T258,T301〜T308は、実験室の実験での実施例に相当する結果である。試験No.T501〜T546は、実験室の実験での比較例に相当する結果である。
表中の工程No.に記載の“*1”は、以下の事項であったことを示す。
*1)熱間加工性の評価は、EH1材を用いて実施した。
また、工程No.に“EH1、E2”又は“E1、E3”と記載された試験に関して、摩耗試験は、工程No.E2又はE3で作製された試料を用いて実施した。摩耗試験を除く腐食試験、機械的性質などの全ての試験、および金属組織の調査は、工程No.EH1又はE1で作製された試料を用いて実施した。
【0142】
【表18】
【0143】
【表19】
【0144】
【表20】
【0145】
【表21】
【0146】
【表22】
【0147】
【表23】
【0148】
【表24】
【0149】
【表25】
【0150】
【表26】
【0151】
【表27】
【0152】
【表28】
【0153】
【表29】
【0154】
【表30】
【0155】
【表31】
【0156】
【表32】
【0157】
【表33】
【0158】
【表34】
【0159】
【表35】
【0160】
【表36】
【0161】
【表37】
【0162】
【表38】
【0163】
【表39】
【0164】
【表40】
【0165】
【表41】
【0166】
【表42】
【0167】
【表43】
【0168】
【表44】
【0169】
【表45】
【0170】
【表46】
【0171】
【表47】
【0172】
以上の実験結果は、以下のとおりに纏められる。
1)本実施形態の組成を満足し、組成関係式f1、f2、金属組織の要件、および組織関係式f3、f4、f5、f6を満たすことにより、少量のPbの含有で、良好な被削性が得られ、良好な熱間加工性、過酷な環境下での優れた耐食性を備え、且つ高強度で、良好な衝撃特性、耐摩耗性、高温特性を持ち合せる熱間押出材、熱間鍛造材が得られることが確認できた(例えば、合金No.S01、S02、13、工程No.A1、C1、D1、E1、F1、F3)。
2)Sb、Asの含有は、さらに過酷な条件下での耐食性を向上させることが確認できた(合金No.S41〜S45)。
3)Biの含有により、さらに切削抵抗が低くなることが確認できた(合金No.S43)。
4)κ相中に、Snが0.08mass%以上、Pが0.07mass%以上含有することにより、耐食性、被削性能、強度が向上することが確認できた(例えば合金No.S01、S02、S13)。
5)α相中に細長い、針状のκ相すなわちκ1相が存在することにより、強度が上昇し、強度指数が高くなり、被削性が良好に保たれ、耐食性が向上することが確認できた(例えば合金No.S01、S02、13)
【0173】
6)Cu含有量が少ないと、γ相が多くなり被削性は良好であったが、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。逆にCu含有量が多いと、被削性が悪くなった。また、衝撃特性も悪くなった(合金No.S119、S120、S122等)。
7)Sn含有量が0.28mass%より多いと、γ相の面積率が1.5%より多くなり、被削性は良好であったが、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった(合金S111)。一方、Sn含有量が0.07mass%より少ないと、過酷な環境下での脱亜鉛腐食深さが大きかった(合金No.S114〜S117)。Sn含有量が、0.1mass%以上であるとさらに特性が良くなった(合金S26、S27、S28)。
8)P含有量が多いと、衝撃特性が悪くなった。また切削抵抗が少し高かった。一方、P含有量が少ないと、過酷な環境下での脱亜鉛腐食深さが大きかった(合金No.S109、S113、S115)。
9)実操業で行われる程度の不可避不純物を含有しても、諸特性に大きな影響を与えないことが確認できた(合金No.S01、S02、S03、)。本実施形態の組成範囲外、若しくは境界値の組成であるが、不可避不純物の限度を超えるFeを含有すると、FeとSiの金属間化合物、或は、FeとPの金属間化合物を形成していると考えられ、その結果、有効に働くSi濃度、P濃度が減少し、耐食性が悪くなり、金属間化合物の形成と相まって被削性能が少し低くなった(合金No.S124、S125)。
【0174】
10)組成関係式f1の値が低いと、Cu、Si、Sn、Pが組成範囲内であっても、過酷な環境下での脱亜鉛腐食深さが大きかった(合金No.S110、S101、S126)。
11)組成関係式f1の値が低いと、γ相が多くなり、被削性は、良好であったが、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。組成関係式f1の値が高いと、κ相が多くなり、被削性、熱間加工性、衝撃特性が悪くなった(合金No.S109、S104、S125、S121)。
12)組成関係式f2の値が低いと、被削性は、良好であったが、熱間加工性、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。組成関係式f2の値が高いと、熱間加工性が悪くなり、熱間押出で問題が生じた。また、被削性が悪くなった(合金No.S104、S105、S103、S118、S119、S120、S123)。
【0175】
13)金属組織において、γ相の割合が1.5%より多いと、または、γ相の長辺の長さが40μmより長いと、被削性は良好であったが、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。特にγ相が多いと、過酷な環境下での脱亜鉛腐食試験においてγ相の選択腐食が生じた(合金No.S101、S110、S126)。γ相の割合が、0.8%以下で、かつγ相の長辺の長さが30μm以下であると、耐食性、衝撃特性、高温特性が良くなった(合金No.S01、S11)。
μ相の面積率が2%より多いと、または、μ相の長辺の長さが25μmを超えると、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。過酷な環境下での脱亜鉛腐食試験において、粒界腐食やμ相の選択腐食が生じた(合金No.S01、工程No.AH4、BH3、DH2)。μ相の割合が、1%以下で、かつμ相の長辺の長さが15μm以下であると、耐食性、衝撃特性、高温特性が良くなった(合金S01、S11)。
κ相の面積率が65%より多いと、被削性、衝撃特性が悪くなった。一方、κ相の面積率が25%より少ないと、被削性が悪かった(合金No.S122、S105)。
【0176】
14)組織関係式f5=(γ)+(μ)が2.5%を超えると、またはf3=(α)+(κ)が97%より小さいと、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪くなった。組織関係式f5が、1.5%以下であると耐食性、衝撃特性、高温特性がよくなった(合金No.S1、工程No.AH2、A1、合金No.S103、S23)。
組織関係式f6=(κ)+6×(γ)
1/2+0.5×(μ)が70より大きい、又は27より小さいと、被削性が悪かった(合金No.S105、122、工程No.E1、F1)。f6が32以上、62以下であると、被削性がより向上した(合金S01、S11)。
γ相の面積率が1.5%を超える場合、組織関係式f6の値に関わらず、切削抵抗が低く、切り屑の形状も良好な物が多かった(合金No.S103、S112等)。
【0177】
15)κ相に含有されるSn量が0.08mass%より低いと、過酷な環境下での脱亜鉛腐食深さが大きく、κ相の腐食が生じていた。また、切削抵抗も少し高く、切屑の分断性の悪いものもあった(合金No.S114〜S117)。κ相に含有されるSn量が0.11mass%より高いと、耐食性、被削性が良くなった(合金S26、S27、S28)。
16)κ相に含有されるP量が0.07mass%より低いと、過酷な環境下での脱亜鉛腐食深さが大きく、κ相の腐食が生じていた。(合金No.S113、S115、S116)。
17)γ相の面積率が1.5%以下であると、κ相に含有されるSn濃度およびP濃度は、合金に含有されるSnの量およびPの量よりも高かった。γ相の面積率が少なくなるほど、さらにκ相に含有されるSn濃度およびP濃度は、合金に含有されるSnの量およびPの量に比べて高くなった。逆に、γ相の面積率が多いと、合金に含有されるSnの量よりも、κ相に含有されるSn濃度が低くなった。特にγ相の面積率が約10%になると、κ相に含有されるSn濃度が合金中に含有されるSnの量に比べ、約半分になった(合金S01、S02、S03、S14、S101、S108)。また、例えば、合金S20において、γ相の面積率が、5.9%から0.5%に減少すると、α相のSn濃度は、0.13mass%から0.18mass%に0.05mass%増え、κ相のSn濃度は、0.22mass%から0.31mass%に0.09mass%増えた。このようにκ相のSnの増加分が、α相のSnの増加分を上回った。γ相の減少と、Snのκ相への配分の増加と、α相中に針状のκ相が多く存在することにより、切削抵抗が7N増えたものの、良好な被削性を維持し、κ相の耐食性の強化により脱亜鉛腐食深さは約1/4に減少し、衝撃値は約1/2になり、高温クリープは1/3に減少し、引張強さは43N/mm
2向上し、強度指数が77増加した。
18)組成の要件、金属組織の要件をすべて満たしておれば、引張強さが530N/mm
2以上、室温での0.2%耐力に相当する荷重を負荷して50℃で100時間保持したときのクリープひずみが0.3%以下であった(合金No.S103、S112等)。
19)組成の要件、金属組織の要件をすべて満たしておれば、Uノッチのシャルピー衝撃試験値が14J/cm
2以上であった。冷間加工が施されていない熱間押出材や鍛造材では、Uノッチのシャルピー衝撃試験値が17J/cm
2以上であった。そして、強度指数も670を超えていた(合金No.S01、S02、S13、S14等)。
Si量が、約2.95%で、α相内に針状のκ相が存在し始め、Si量が、約3.1%で、針状のκ相が大幅に増えた。関係式f2は、針状のκ相の量に影響を与えた(合金No.S31、S32、S101、S107、S108等)。
針状のκ相の量が増えると、被削性、引張強さ、高温特性が良くなった。α相の強化や、切屑分断性に繋がっているように推測される(合金No.S02、S13、S23、S31、S32、S101、S107、S108等)。
ISO6509の試験方法では、β相を約3%以上、またはγ相を約5%以上含む、或いは、Pを含まない、または0.01%含む合金は不合格(評価:△、×)であったが、γ相を3〜5%含有する、μ相を約3%含む合金は合格(評価:○)であった。本実施形態で採用した腐食環境は、厳しい環境を想定したものであることの裏付けである(合金No.S14、S106、S107、S112、S120)。
耐摩耗性は、針状のκ相が多く存在し、Snを約0.10%〜0.25%含み、γ相を約0.1〜約1.0%含む合金が、潤滑下でも、無潤滑下でも優れていた(合金No.S14、S18等)。
【0178】
20)量産設備を用いた材料と実験室で作成した材料の評価では、ほぼ同じ結果が得られた(合金No,S01、S02、工程No.C1、C2、E1、F1)。
21)製造条件について:
熱間押出材、押出・抽伸された材料、熱間鍛造品を、510℃以上、575℃以下の温度領域内で、20分以上保持、または、連続炉において、510℃以上、575℃以下の温度で、2.5℃/分以下の平均冷却速度で冷却し、かつ、480℃から370℃の温度領域を2.5℃/分以上の平均冷却速度で冷却すると、γ相が大幅に減少し、μ相のほとんど存在しない、耐食性、高温特性、衝撃特性、機械的強度の優れた材料が得られた。
熱間加工材、および冷間加工材を熱処理する工程において、熱処理の温度が低いと、γ相の減少が少なく耐食性、衝撃特性、高温特性が悪かった。熱処理の温度が高いとα相の結晶粒が粗大化し、γ相の減少が少なかったため、耐食性、衝撃特性が悪く、被削性にも劣り、引張強さも低かった(合金No.S01、S02、S03、工程No.A1、AH5、AH6)。また、熱処理の温度が、520℃の場合、保持時間が短いと、γ相の減少が少なかった。熱処理の時間(t)と熱処理の温度(T)の関係を数式に表すと、(T−500)×t(但し、Tが540℃以上の場合は540とする)が800以上であるとγ相がより多く減少した(工程No.A5、A6、D1、D4、F1)。
熱処理後の冷却で、470℃から380℃までの温度領域での平均冷却速度が遅いとμ相が存在し、耐食性、衝撃特性、高温特性が悪く、引張強さも低かった(合金No.S01、S02、S03、工程No.A1〜A4、AH8、DH2、DH3)。
熱間押出材の温度が低い方が、熱処理後においてもγ相の占める割合が少なく、耐食性、衝撃特性、引張強さ、高温特性が良かった。(合金No.S01、S02、S03、工程No.A1、A9)
熱処理方法として、575℃〜620℃に一旦温度を上げ、冷却過程で575℃から510℃までの温度領域での平均冷却速度を遅くすることにより、良好な耐食性、衝撃特性、高温特性が得られた。連続熱処理方法でも特性が改善することを確認できた(合金No.S01、S02、S03、工程No.A1、A7、A8、D5)。
熱処理において、635℃まで温度を上げるとγ相の長辺長さが長くなり、耐食性が悪く、強度が低かった。500℃で長時間加熱保持しても、γ相の減少は少なかった(合金No.S01、S02、S03、工程No.AH5、AH6)。
熱間鍛造後の冷却で、575℃から510℃の温度領域での平均冷却速度を、1.5℃/分にコントロールすることにより、熱間鍛造後のγ相の占める割合が少ない鍛造品が得られた。(合金No.S01、S02、S03、工程No.D6)。
熱間鍛造素材として連続鋳造棒を使用しても、押出材と同様、良好な諸特性が得られた(合金No.S01、S02、S03、工程No.F3、F4)。
適切な熱処理、及び熱間鍛造後の適切な冷却条件により、κ相に含有されるSn量、P量が増した(合金No.S01、S02、S03、工程No.A1、AH1、C0、C1、D6)。
押出材に対して加工率が約5%、約9%の冷間加工を施した後、所定の熱処理を行うと、熱間押出材に比べ、耐食性、衝撃特性、高温特性、引張強さが向上し、特に引張強さは、約70N/mm
2、約90N/mm
2高くなり、強度指数も約90向上した(合金No.S01、S02、S03、工程No.AH1、A1、A12)。冷間加工材を540℃の高温で熱処理(焼鈍)することにより、良好な被削性を維持し、耐食性に優れ、高強度で、高温特性、衝撃特性に優れる合金が得られた。
熱処理材を冷間加工率5%で加工すると、押出材に比べ、引張強さは、約90N/mm
2高くなり、衝撃値は、同等以上であり、耐食性、高温特性も向上した。冷間加工率を約9%にすると、引張強さは約140N/mm
2高くなったが、衝撃値は少し低くなった(合金No.S01、S02、S03、工程No.AH1、A10、A11)。
熱間加工材に、所定の熱処理を施すと、κ相中に含有するSnの量が増え、γ相は大幅に減少するものの、良好な被削性は確保できていることを確認した(合金No.S01、S02、工程No.AH1、A1、D7、C0、C1、EH1、E1、FH1、F1)。
適切な熱処理を施すと、α相中に針状のκ相が存在するようになった(合金No.S01、S02、S03、工程No.AH1、A1、D7、C0、C1、EH1、E1、FH1、F1)。α相中に針状のκ相が存在することにより、引張強さ、耐摩耗性が向上し、被削性も良好で、γ相の大幅な減少を補えたと推測される。
冷間加工後、或は、熱間加工後、低温焼鈍する場合は、240℃以上350℃以下の温度で10分から300分加熱し、加熱温度をT℃、加熱時間をt分とする時、150≦(T−220)×(t)
1/2≦1200の条件で熱処理すると、過酷な環境下での優れた耐食性を備え、良好な衝撃特性、高温特性を持ち合せる冷間加工材、熱間加工材が得られることが確認できた(合金No.S01、工程No.B1〜B3)。
合金No.S01〜S03に対して工程No.AH9を施した試料においては、変形抵抗が高いために、最後まで押出することができなかったので、その後の評価を中止した。
工程No.BH1においては、矯正が不十分で低温焼鈍が不適であり、品質上問題が生じた。
【0179】
以上のことから、本実施形態の合金のように、各添加元素の含有量および各組成関係式、金属組織、各組織関係式が適正な範囲にある本実施形態の合金は、熱間加工性(熱間押出、熱間鍛造)に優れ、耐食性、被削性も良好である。また、本実施形態の合金において優れた特性を得るためには、熱間押出および熱間鍛造での製造条件、熱処理での条件を適正範囲とすることで達成できる。
【0180】
(実施例2)
本実施形態の比較例である合金に関して、8年間過酷な水環境下で使用された銅合金Cu−Zn−Si合金鋳物(試験No.T601/合金No.S201)を入手した。なお、使用された環境の水質などの詳細な資料は無い。実施例1と同様の方法で、試験No.T601の組成、金属組織の分析を行った。また金属顕微鏡を用いて断面の腐食状態を観察した。詳細には、暴露表面が長手方向に対して直角を保つように、試料をフェノール樹脂材に埋め込んだ。次に、腐食部の断面が最も長い切断部として得られるように試料を切断した。続いて試料を研磨した。金属顕微鏡を用いて断面を観察した。また最大腐食深さを測定した。
次に、試験No.T601と同様の組成及び作製条件で、類似の合金鋳物を作製した(試験No.T602/合金No.S202)。類似の合金鋳物(試験No.T602)について、実施例1に記載の組成、金属組織の分析、機械的特性などの評価(測定)、及び脱亜鉛腐食試験1〜3を行った。そして、試験No.T601の実際の水環境による腐食状態と、試験No.T602の脱亜鉛腐食試験1〜3の加速試験による腐食状態とを比較し、脱亜鉛腐食試験1〜3の加速試験の妥当性を検証した。
また、実施例1に記載の本実施形態の合金(試験No.T28/合金No.S01/工程No.C2)の脱亜鉛腐食試験1の評価結果(腐食状態)と、試験No.T601の腐食状態や試験No.T602の脱亜鉛腐食試験1の評価結果(腐食状態)とを比較し、試験No.T28の耐食性を考察した。
【0181】
試験No.T602は、以下の方法で作製した。
試験No.T601(合金No.S201)とほぼ同じ組成となるように原料を溶解し、鋳込み温度1000℃で、内径φ40mmの鋳型に鋳込み、鋳物を作製した。その後、鋳物は、575℃〜510℃の温度領域を約20℃/分の平均冷却速度で冷却され、次いで、470℃から380℃の温度領域を約15℃/分の平均冷却速度で冷却された。以上により、試験No.T602の試料を作製した。
組成、金属組織の分析方法、機械的特性などの測定方法、及び脱亜鉛腐食試験1〜3の方法は、実施例1に記載された通りである。
得られた結果を表48〜表50及び
図4に示す。
【0182】
【表48】
【0183】
【表49】
【0184】
【表50】
【0185】
8年間過酷な水環境下で使用された銅合金鋳物(試験No.T601)では、少なくともSn、Pの含有量が本実施形態の範囲外である。
図4(a)は、試験No.T601の断面の金属顕微鏡写真を示す。
試験No.T601は、8年間過酷な水環境下で使用されたが、この使用環境により生じた腐食の最大腐食深さは、138μmであった。
腐食部の表面では、α相、κ相に関わらず脱亜鉛腐食が生じていた(表面から平均で約100μmの深さ)。
α相、κ相が腐食されている腐食部分の中で、内部に向かうにしたがって、健全なα相が存在していた。
α相、κ相の腐食深さは一定ではなく凹凸があるが、大まかにその境界部から内部に向かって、腐食は、γ相のみに起こっていた(α相、κ相が腐食されている境界部分から、内部に向かって約40μmの深さ:局所的に生じているγ相のみの腐食)。
【0186】
図4(b)は、試験No.T602の脱亜鉛腐食試験1の後の断面の金属顕微鏡写真を示す。
最大腐食深さは、146μmであった。
腐食部の表面では、α相、κ相に関わらず脱亜鉛腐食が生じていた(表面から平均で約100μmの深さ)。
その中で内部に向かうにしたがって、健全なα相が存在していた。
α相、κ相の腐食深さは一定ではなく凹凸があるが、大まかにその境界部から内部に向かって、腐食は、γ相のみに起こっていた(α相、κ相が腐食されている境界部分から、局所的に生じているγ相のみの腐食の長さは約45μmであった)。
【0187】
図4(a)の8年間の過酷な水環境により生じた腐食と、
図4(b)の脱亜鉛腐食試験1により生じた腐食とは、ほぼ同じ腐食形態であることがわかった。またSn、Pの量が本実施形態の範囲を満たしていないために、水や試験液と接する部分では、α相とκ相の両者が腐食し、腐食部の先端では、所々でγ相が選択的に腐食していた。なお、κ相中のSn及びPの濃度は低かった。
試験No.T601の最大腐食深さは、試験No.T602の脱亜鉛腐食試験1での最大腐食深さよりも少し浅かった。しかし、試験No.T601の最大腐食深さは、試験No.T602の脱亜鉛腐食試験2での最大腐食深さよりも少し深かった。実際の水環境による腐食の度合いは水質の影響を受けるが、脱亜鉛腐食試験1,2の結果と、実際の水環境による腐食結果とは、腐食形態及び腐食深さの両者で概ね一致した。従って、脱亜鉛腐食試験1,2の条件は、妥当であり、脱亜鉛腐食試験1,2では、実際の水環境による腐食結果とほぼ同等の評価結果が得られることが分かった。
また、腐食試験方法1,2の加速試験の加速率は、実際の厳しい水環境による腐食と概ね一致し、このことは、腐食試験方法1,2が、厳しい環境を想定したものであることの裏付けであると思われる。
試験No.T602の脱亜鉛腐食試験3(ISO6509脱亜鉛腐食試験)の結果は、“○”(good)であった。このため、脱亜鉛腐食試験3の結果は、実際の水環境による腐食結果とは、一致していなかった。
脱亜鉛腐食試験1の試験時間は2ヶ月であり、約75〜100倍の加速試験である。脱亜鉛腐食試験2の試験時間は3ヶ月であり、約30〜50倍の加速試験である。これに対して、脱亜鉛腐食試験3(ISO6509脱亜鉛腐食試験)の試験時間は24時間であり、約1000倍以上の加速試験である。
脱亜鉛腐食試験1,2のように、実際の水環境に、より近い試験液を用い、2,3ヶ月の長時間で試験を行うことによって、実際の水環境による腐食結果とほぼ同等の評価結果が得られたと考えられる。
特に、試験No.T601の8年間の過酷な水環境による腐食結果や、試験No.T602の脱亜鉛腐食試験1,2の腐食結果では、表面のα相、κ相の腐食と共にγ相が腐食していた。しかし、脱亜鉛腐食試験3(ISO6509脱亜鉛腐食試験)の腐食結果では、γ相がほとんど腐食していなかった。このため、脱亜鉛腐食試験3(ISO6509脱亜鉛腐食試験)では、表面のα相、κ相の腐食と共にγ相の腐食が適切に評価できず、実際の水環境による腐食結果と一致しなかったと考えられる。
【0188】
図4(c)は、試験No.T28(合金No.S01/工程No.C2)の脱亜鉛腐食試験1の後の断面の金属顕微鏡写真を示す。
表面付近では、表面に露出しているγ相と、κ相の約40%が腐食されていた。しかし、残りのκ相とα相は、健全であった(腐食されていなかった)。腐食深さは、最大でも約25μmであった。さらに内部に向かって、約20μmの深さでγ相またはμ相の選択的な腐食が生じていた。γ相またはμ相の長辺の長さが、腐食深さを決定する大きな要因の1つであると考えられる。
図4(a),(b)の試験No.T601,T602に比べて、
図4(c)の本実施形態の試験No.T28では、表面付近のα相およびκ相の腐食が、大幅に抑制されていることが分かる。このことが、腐食の進行を遅らさせていると推定される。腐食形態の観察結果より、表面付近のα相およびκ相の腐食が大幅に抑制された主な要因として、κ相がSnを含むことによってκ相の耐食性が高まったことが考えられる。