特許第6391343号(P6391343)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6391343基材上への皮膜形成方法および該方法を適用する皮膜形成装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6391343
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】基材上への皮膜形成方法および該方法を適用する皮膜形成装置
(51)【国際特許分類】
   B05D 1/18 20060101AFI20180910BHJP
   B05C 3/09 20060101ALI20180910BHJP
   B05D 3/00 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
   B05D1/18
   B05C3/09
   B05D3/00 A
【請求項の数】13
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-152748(P2014-152748)
(22)【出願日】2014年7月28日
(65)【公開番号】特開2016-30225(P2016-30225A)
(43)【公開日】2016年3月7日
【審査請求日】2017年4月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001487
【氏名又は名称】クラリオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 洋
(72)【発明者】
【氏名】土橋 隼人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】内田 吉孝
【審査官】 高崎 久子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−225191(JP,A)
【文献】 特開2008−132411(JP,A)
【文献】 特開2007−203145(JP,A)
【文献】 特開昭64−059232(JP,A)
【文献】 特開昭56−026564(JP,A)
【文献】 特開2011−200759(JP,A)
【文献】 特開2007−095209(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D
B05C3/00−3/20
B05C11/00−11/115
G11B5/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固相成分と溶媒とを含むコーティング液を被塗布基材の表面に塗布して前記固相成分を主成分とする皮膜を形成する方法であって、
基材保持部材に保持された前記被塗布基材を前記コーティング液に浸漬した後に露出させて前記被塗布基材の表面に前記コーティング液からなる塗膜を形成するディップコート工程と、
前記被塗布基材の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材を配置して、前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間に前記塗膜による橋渡しを構築し、前記被塗布基材の下端領域から余剰コーティング液を誘引する余剰コーティング液誘引工程と、
前記塗膜から前記溶媒を揮発させて前記皮膜を形成する皮膜形成工程と、を含み、
前記所定の間隔は、前記塗膜の厚さ以上で該塗膜の厚さの2倍以下であり、
前記余剰コーティング液誘引工程は、前記溶媒の蒸気圧が該溶媒の飽和蒸気圧の1/10〜1/2の範囲に制御された雰囲気下で行われることを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項2】
請求項1に記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記余剰コーティング液誘引工程と同時に行う工程であり、前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間を橋渡ししていた前記塗膜が途切れることを確認して、前記余剰コーティング液誘引工程の完了を確認する完了確認工程を更に有することを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項に記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記コーティング液誘引部材は、その臨界表面張力の値が前記被塗布基材の臨界表面張力の値以上であることを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項4】
請求項に記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記コーティング液誘引部材は、酸化物系ガラス材からなることを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項5】
請求項又は請求項に記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記コーティング液誘引部材は、多孔質材からなることを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項6】
請求項1乃至請求項のいずれかに記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記ディップコート工程は、前記コーティング液の注入・排出による該コーティング液の液面の昇降によって、前記被塗布基材の浸漬・露出がなされることを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項のいずれかに記載の基材上への皮膜形成方法において、
前記皮膜を硬化させる皮膜硬化工程を更に有することを特徴とする基材上への皮膜形成方法。
【請求項8】
被塗布基材の表面に、固相成分と溶媒とを含むコーティング液を塗布して塗膜を形成し、前記固相成分を主成分とする皮膜を形成する装置であって、
前記被塗布基材を保持する基材保持機構と、
前記コーティング液を貯留するコーティング液槽と、
前記コーティング液槽に貯留された前記コーティング液中に前記被塗布基材を浸漬し露出させて前記塗膜を形成するディップコート機構と、
前記被塗布基材の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材を配置して余剰コーティング液を誘引する余剰コーティング液誘引機構と、
前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる空間における雰囲気を制御する雰囲気制御機構と、を有し、
前記所定の間隔は、前記塗膜の厚さ以上で該塗膜の厚さの2倍以下であり、
前記雰囲気は、前記溶媒の蒸気圧が該溶媒の飽和蒸気圧の1/10〜1/2の範囲であることを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【請求項9】
請求項に記載の基材上への皮膜形成装置において、
光源と受光器とを具備し、前記塗膜が前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間を橋渡ししているか否かを検知する工程完了検知機構を更に有することを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【請求項10】
請求項8又は請求項に記載の基材上への皮膜形成装置において、
前記コーティング液誘引部材は、その臨界表面張力の値が前記被塗布基材の臨界表面張力の値以上であることを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【請求項11】
請求項乃至請求項10のいずれかに記載の基材上への皮膜形成装置において、
前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記コーティング液槽への/からの前記コーティング液の注入/排出によって該コーティング液の液面を昇降させる機構を含み、
前記余剰コーティング液誘引機構は、前記コーティング液槽中に固定設置されており、
前記コーティング液誘引部材は、中実材からなることを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【請求項12】
請求項乃至請求項10のいずれかに記載の基材上への皮膜形成装置において、
前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記基材保持機構を鉛直方に上下動させる機構を含み、
前記余剰コーティング液誘引機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬する前に前記コーティング液誘引部材を配置する機構と、前記ディップコート機構と一緒に鉛直方に上下動する機構とを含み、
前記コーティング液誘引部材は、中実材からなることを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【請求項13】
請求項乃至請求項10のいずれかに記載の基材上への皮膜形成装置において、
前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記基材保持機構を鉛直方に上下動させる機構を含み、
前記余剰コーティング液誘引機構は、前記被塗布基材が前記コーティング液から完全に露出した後に、前記コーティング液誘引部材を配置する機構を含み、
前記コーティング液誘引部材は、多孔質材からなることを特徴とする基材上への皮膜形成装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透光部材の表面に透光皮膜を形成する技術に関し、特にディップコート法によって被塗布基材上にコーティング液を塗布して、該コーティング液の固相成分を主成分とする皮膜を形成する方法および該方法を適用する皮膜形成装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学機器、映像機器、照明機器などには、種々の透光部材(例えば、レンズ、透明基板、透明カバー)が使われている。そして、それら透光部材の表面には、しばしば機能性透光皮膜(例えば、反射防止膜、耐擦傷膜、撥水膜、親水膜)が形成されている。また、透光部材に要求される特性は多種多様化しており、複数種の機能性透光皮膜が積層形成される場合もある。
【0003】
機能性透光皮膜の形成方法は、ドライプロセスとウェットプロセスとに大別される。ドライプロセス(例えば、スパッタ法、真空蒸着法)は、膜厚制御性に優れ、緻密皮膜を直接形成できる利点を有するが、真空プロセスであるが故にプロセス装置のイニシャルコスト・ランニングコストが高いという弱点を有する。一方、ウェットプロセス(例えば、スピンコート法、スプレーコート法、ディップコート法)は、常圧プロセスであるためプロセス装置のイニシャルコスト・ランニングコストが低く量産性が高いという利点を有するが、膜厚制御性がドライプロセスよりは劣るという弱点を有する。
【0004】
ウェットプロセスにおける膜厚制御性は、形成される機能性透光皮膜の大部分の領域で要求仕様を十分満たすものであるが、流動性を有する液体(コーティング液)の塗布であるが故に、被塗布基材上に局所的な液溜まりが生じ易く、その結果、液溜まり部分で皮膜厚さが極端に厚くなるという弱点があった。しかしながら、ウェットプロセス(特にディップコート法)によるコスト低減や高い量産性は極めて魅力的なものであり、当該弱点を克服すべくディップコート法の膜厚制御性を改善する技術が種々提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1(特開2002−278104)には、円筒状の基体に塗布した塗膜の基体の内外周端部に付着した塗膜厚肉部及び余剰塗膜を除去する塗膜端部処理方法において、基体の内外周端部に付着した塗膜厚肉部と余剰塗膜を、柔軟性を有する多孔質材料からなる拭取り部材により吸い取りながら拭取ることを特徴とする塗膜端部処理方法が、開示されている。特許文献1によると、円筒状基体の端部の塗膜厚肉部と余剰塗膜を精度よくかつ安定して除去することができるとされている。
【0006】
また、特許文献2(特開2011−200759)には、電球のバルブ表面先端が球状に形成された電球と、前記電球のバルブ表面先端を下方として前記電球を塗料槽内の塗料中に浸漬させる第一の段階と、前記電球を所定速度で上昇させて、前記塗料中から完全に引き上げる第二の段階と、を含んでおり、少なくとも前記第二の段階にて、前記電球のバルブ表面下端に対して少なくとも一本の治具棒の先端を接触させることを特徴とする、電球へのディップ塗装方法が、開示されている。特許文献2によると、電球へのディップ塗装において、簡単な構成により、低コストで、球状の下面への塗料溜まりの形成を防止することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−278104号公報
【特許文献2】特開2011−200759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、光学機器、映像機器、照明機器などにおいて、機器の小型化やデザイン性の観点から使用される透光部材を保持するフレームを極小化する技術トレンドがある。そのため、フレームを極小化しても透過光に乱れが生じないように、透光部材はその全面が有効活用できることが求められている。
【0009】
特許文献1に記載の技術は、基体端部の塗膜厚肉部や余剰塗膜を除去する観点においては合理的と考えられる。しかしながら、拭取り部材での拭取りは、塗膜の表面平滑性を劣化させる可能性が高く、当該部分での光学特性の変化(例えば、当該部分での像の歪み)が懸念される。言い換えると、全面の有効活用化が求められる透光部材に対しては、特許文献1の技術の適用は適切とは言いがたい。
【0010】
一方、特許文献2に記載の技術は、ディップコート法において被塗布基体の下端に生じるコーティング液の液溜まりを、拭取ることなしに除去する観点で合理的と考えられる。また、特許文献2には、塗膜が乾燥する前に被塗布基体から治具棒を離反させることによって、塗膜に治具棒の接触痕が残らない旨が記載されている。
【0011】
しかしながら、塗膜に接触痕が残らないように治具棒を離反させるタイミングは、コーティング液/塗膜の流動性や乾燥速度と強く関連していると考えられる。例えば、離反させるタイミングが遅過ぎると、塗膜の流動性が低下して接触痕が残存すると考えられる。離反させるタイミングが早過ぎると、液溜まりの除去が不十分になって液溜まりが残存する(または、治具棒の離反後に新たに液溜まりが形成される)と考えられる。すなわち、特許文献2の技術は、治具棒を離反させるタイミングの制御・管理が非常に難しく、製品歩留りの低下(製造コストの上昇)が懸念される。
【0012】
前述したように、近年、透光部材には、その全面が有効活用できることが求められている。また、機器に使用される各種部材に対する高機能化と低コスト化の要求は、強まる一方である。
【0013】
したがって、本発明の目的は、ディップコート法によって被塗布基材にコーティング液を塗布して、該コーティング液の固相成分を主成分とする皮膜を形成する方法において、被塗布基材上に生じるコーティング液の液溜まりを除去し、皮膜の表面平滑性を劣化させることなく均等な厚さを有する皮膜を高い歩留りで形成する皮膜形成方法、および該方法を適用する皮膜形成装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(I)本発明の一つの態様は、固相成分と溶媒とを含むコーティング液を被塗布基材の表面に塗布し、前記固相成分を主成分とする皮膜を形成する方法であって、
基材保持部材に保持された前記被塗布基材を前記コーティング液に浸漬した後に露出させて前記被塗布基材の表面に前記コーティング液からなる塗膜を形成するディップコート工程と、
前記被塗布基材の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材を配置して、前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間に前記塗膜による橋渡しを構築し、前記被塗布基材の下端領域から余剰コーティング液を誘引する余剰コーティング液誘引工程と、
前記塗膜から前記溶媒を揮発させて前記皮膜を形成する皮膜形成工程と、を含み、
前記所定の間隔は、前記塗膜の厚さ以上で該塗膜の厚さの2倍以下であることを特徴とする基材上への皮膜形成方法を提供するものである。
【0015】
なお、本発明において、「塗膜」とは、コーティング液への浸漬によって形成された膜であって、溶媒成分が比較的多く残存する状態(いわゆる、ウェットな状態、流動性を有する状態)を意味するものとする。また、「皮膜」とは、塗膜から溶媒が揮発した状態(いわゆる、ドライな状態、流動性を有しない状態)を意味するものとする。
【0016】
(II)本発明の他の一つの態様は、被塗布基材の表面に、固相成分と溶媒とを含むコーティング液を塗布して塗膜を形成し、前記固相成分を主成分とする皮膜を形成する装置であって、
前記被塗布基材を保持する基材保持機構と、
前記コーティング液を貯留するコーティング液槽と、
前記コーティング液槽に貯留された前記コーティング液中に前記被塗布基材を浸漬し露出させて前記塗膜を形成するディップコート機構と、
前記被塗布基材の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材を配置して余剰コーティング液を誘引する余剰コーティング液誘引機構と、を有し、
前記所定の間隔は、前記塗膜の厚さ以上で該塗膜の厚さの2倍以下であることを特徴とする基材上への皮膜形成装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ディップコート法によって被塗布基材にコーティング液を塗布して、該コーティング液の固相成分を主成分とする皮膜を形成する方法において、被塗布基材上に生じるコーティング液の液溜まりを除去し、皮膜の表面平滑性を劣化させることなく均等な厚さを有する皮膜を高い歩留りで形成する皮膜形成方法、および該方法を適用する皮膜形成装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ディップコート法による塗膜・皮膜の形成において一般的に生じる膜厚制御の不具合を示す断面模式図である。
図2】被塗布基材を基材保持部材で保持した様子の例を示す模式図であり、(a)被塗布基材が矩形状の透明基板の場合、(b)被塗布基材が円形状のレンズの場合である。
図3】本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の一例を示す模式図である。
図4】本発明における余剰コーティング液誘引工程および皮膜形成工程の一例を示す被塗布基材下端領域の拡大模式図である。
図5】完了確認工程の概要を示す模式図である。
図6】本発明に係る皮膜形成装置の一例を示す概略模式図である。
図7】本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の他の一例を示す模式図である。
図8】本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の更に他の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、前述した本発明に係る基材上への皮膜形成方法(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記余剰コーティング液誘引工程は、前記溶媒の蒸気圧が該溶媒の飽和蒸気圧の1/10〜1/2の範囲に制御された雰囲気下で行われる。
(ii)前記余剰コーティング液誘引工程と同時に行う工程であり、前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間を橋渡ししていた前記塗膜が途切れることを確認して、前記余剰コーティング液誘引工程の完了を確認する完了確認工程を更に有する。
(iii)前記コーティング液誘引部材は、その臨界表面張力の値が前記被塗布基材の臨界表面張力の値以上である。
(iv)前記コーティング液誘引部材は、酸化物系ガラス材からなる。
(v)前記コーティング液誘引部材は、多孔質材からなる。
(vi)前記ディップコート工程は、前記コーティング液の注入・排出による該コーティング液の液面の昇降によって、前記被塗布基材の浸漬・露出がなされる。
(vii)前記皮膜を硬化させる皮膜硬化工程を更に有する。
【0020】
また、本発明は、前述した本発明に係る基材上への皮膜形成装置(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(viii)前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる空間における雰囲気を制御する雰囲気制御機構を更に有し、前記雰囲気は、前記溶媒の蒸気圧が該溶媒の飽和蒸気圧の1/10〜1/2の範囲である。
(ix)光源と受光器とを具備し、前記塗膜が前記被塗布基材の下端領域と前記コーティング液誘引部材との間を橋渡ししているか否かを検知する工程完了検知機構を更に有する。
(x)前記コーティング液誘引部材は、その臨界表面張力の値が、前記被塗布基材の臨界表面張力の値以上である。
(xi)前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記コーティング液槽への/からの前記コーティング液の注入/排出によって該コーティング液の液面を昇降させる機構を含み、前記余剰コーティング液誘引機構は、前記コーティング液槽中に固定設置されており、前記コーティング液誘引部材は、中実材からなる。
(xii)前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記基材保持機構を鉛直方に上下動させる機構を含み、前記余剰コーティング液誘引機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬する前に前記コーティング液誘引部材を配置する機構と、前記ディップコート機構と一緒に鉛直方に上下動する機構とを含み、前記コーティング液誘引部材は、中実材からなる。
(xiii)前記ディップコート機構は、前記被塗布基材を前記コーティング液中に浸漬し露出させる際に前記基材保持機構を鉛直方に上下動させる機構を含み、前記余剰コーティング液誘引機構は、前記被塗布基材が前記コーティング液から完全に露出した後に、前記コーティング液誘引部材を配置する機構を含み、前記コーティング液誘引部材は、多孔質材からなる。
【0021】
(本発明の基本思想)
図1は、ディップコート法による塗膜・皮膜の形成において一般的に生じる膜厚制御の不具合を示す断面模式図である。図1に示したように、被塗布基材10をコーティング液20に浸漬・露出させると、被塗布基材10の表面に塗膜21が形成されるが、コーティング液20の流動性および/またはコーティング液20から切り離れる時のメニスカスに起因して、被塗布基材10の下端領域には不可避的に液溜まりが生じる。そのため、そのままの状態で塗膜21から溶媒が揮発して皮膜22が形成されると、当該液溜まり部分で皮膜厚さが極端に厚くなるという不具合があった。
【0022】
本発明者等は、ディップコート法による塗膜・皮膜の形成過程を詳細に調査し、塗膜に接触痕を残すことなく液溜まりを効果的に除去する方法について鋭意研究を行った。その結果、塗膜が乾燥する前に被塗布基材の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材を配置して、該コーティング液誘引部材と被塗布基材の下端領域との間に塗膜による橋渡しを構築し、被塗布基材の下端領域から余剰コーティング液を誘引することによって、皮膜の表面平滑性を劣化させることなく均等な厚さを有する皮膜を高い歩留りで形成できることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0024】
1.第1の実施形態
[皮膜形成方法]
(基材保持工程)
本工程は、被塗布基材を基材保持部材で保持する工程である。本工程に特別の限定はなく、被塗布基材の皮膜形成が必要とされる領域(例えば、一方の主表面の全面)にコーティング液をまんべんなく塗布できるように、被塗布基材を保持できればよい。例えば、真空チャック方式を好ましく用いることができる。
【0025】
図2は、被塗布基材を基材保持部材で保持した様子の例を示す模式図であり、(a)被塗布基材が矩形状の透明基板の場合、(b)被塗布基材が円形状のレンズの場合である。図2に示したように、基材保持部材30は、内部に吸引孔を有する支持部材31と中央部に開口を有する真空チャック用パッキン32とからなり、被塗布基材(透明基板11、レンズ12)を保持できるようになっている。
【0026】
前述したように、ディップコート法(垂直ディップ法)では、被塗布基材がコーティング液から切り離れると、被塗布基材の下端領域に液溜まりが不可避的に生じる。液溜まりの生じる箇所が一定化していないと液溜まりの除去が不十分になり易くなるので、図2(a)に示したように被塗布基材が矩形状の場合、最下端が角部となるように保持することが好ましい。言い換えると、液溜まりが集中し易いように被塗布基材を保持することが好ましい。
【0027】
なお、図2においては、図面を簡単化するために、支持部材31の片面のみに被塗布基材(透明基板11、レンズ12)を保持しているが、量産性の観点や重量バランスの観点からは、支持部材31の両面に被塗布基材を保持することが好ましい。また、支持部材31や真空チャック用パッキン32の材料としては、当然のことながら、塗布するコーティング液に対する耐性(耐薬品性)を有する材料が用いられる。
【0028】
(ディップコート工程、余剰コーティング液誘引工程、皮膜形成工程)
ディップコート工程は、被塗布基材をコーティング液に浸漬した後に露出させて、被塗布基材の表面にコーティング液からなる塗膜を形成する工程である。余剰コーティング液誘引工程は、塗膜を形成した被塗布基材の下端領域から余剰コーティング液を誘引して液溜まりを除去する工程である。皮膜形成工程は、塗膜から溶媒を揮発させて皮膜を形成する工程である。
【0029】
図3は、本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の一例を示す模式図である。図3では、被塗布基材として透明基板11を用い、ディップコート方法として、コーティング液20の注入・排出による該コーティング液20の液面の昇降によって、被塗布基材の浸漬・露出を行う場合を示した。本ディップコート方法は、被塗布基材が重い場合、被塗布基材が大きい場合、1バッチで多数の被塗布基材に塗布する場合などに適した方法である。
【0030】
図3に示したように、まず、基材保持部材30に保持された透明基板11をコーティング液20中に浸漬する前に、透明基板11の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材40を配置する。コーティング液誘引部材40は、コーティング液20を貯留するコーティング液槽中に固定設置されている(後述する図7参照)。言い換えると、コーティング液槽中に固定設置されているコーティング液誘引部材40に対して、所定の間隔を空けるようにして基材保持部材30に保持された透明基板11を配置する。所定の間隔の詳細は後述する。
【0031】
次に、コーティング液槽にコーティング液20を注入してコーティング液20の液面を上昇させ、透明基板11全体をコーティング液20中に浸漬する。
【0032】
次に、コーティング液槽からコーティング液20を排出してコーティング液20の液面を下降させ、透明基板11全体をコーティング液20から露出させる。これにより、透明基板11の表面に塗膜21が形成される。このとき、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との隙間には、コーティング液20(塗膜21)の表面張力によって塗膜21による橋渡しが構築され(透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40とが、塗膜21を介して連結され)、透明基板11の下端領域から余剰コーティング液(従来の液溜まり)が誘引される。
【0033】
図4は、本発明における余剰コーティング液誘引工程および皮膜形成工程の一例を示す被塗布基材下端領域の拡大模式図である。上述したように、透明基板11全体をコーティング液20から露出させた直後(塗膜形成直後)は、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との隙間に塗膜21による橋渡し23が構築され、透明基板11の下端領域から余剰コーティング液(厳密には、基材保持部材30の下端領域に生じる液溜まりも含む)が誘引される。すなわち、液溜まりの形成を防ぐことができる。
【0034】
その後、塗膜21から溶媒成分が揮発すること伴って、塗膜21は体積収縮(実質的には厚さ収縮)しながら皮膜22に変化していく。このとき、塗膜21の厚さ収縮が進行する過程において、塗膜の橋渡し23は徐々に細くなり、やがて途切れる。この橋渡し23の途切れは、塗膜21の表面張力と厚さ収縮とのバランスによって自然に生じる現象であるから、透明基板11の下端領域に何の痕跡も残すことがない。
【0035】
上記のような過程を経るためには、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との隙間(所定の間隔)は、塗膜21の厚さ以上で塗膜21の厚さの2倍以下であることが好ましい。当該隙間(当該間隔)が塗膜21の厚さ未満では、塗膜の橋渡し23が途切れることなく皮膜22が形成される可能性があり、その場合、透明基板11を取り外す際にその部分で皮膜22に傷が付いてしまう。一方、当該隙間が塗膜21の厚さの2倍超になると、塗膜の橋渡し23が上手く構築されない場合が生じ、液溜まりの除去が不十分になる可能性がある。
【0036】
なお、皮膜22の厚さは、形成しようとする皮膜の仕様(当該皮膜に求められる特性)から決まる値である。また、本発明において、塗膜21の厚さは、形成しようとする皮膜22の厚さとコーティング液20中の固相成分の濃度とから算出される値と定義する。例えば、形成しようとする皮膜22の厚さが100 nmで、コーティング液20中の固相成分の濃度が5%の場合、塗膜21の厚さは2μmになる。
【0037】
コーティング液誘引部材40の材料としては、当然のことながら、塗布するコーティング液に対する耐性(耐薬品性)を有する材料が用いられる。加えて、コーティング液誘引部材40は、その臨界表面張力の値が被塗布基材の臨界表面張力の値以上である材料を用いることが好ましい。例えば、酸化物系ガラス材(ケイ酸塩ガラス、石英ガラスなど)を好適に用いることができる。臨界表面張力の値が高いことは、コーティング液20に対する濡れ性が高いことを意味し、余剰コーティング液を積極的に誘引することができる。
【0038】
コーティング液誘引部材40の形状に特段の限定はないが、コーティング液誘引部材40の上面(透明基板11に対向する面)が、コーティング液誘引部材40を配置しなかった場合に透明基板11の下端領域に生じる液溜まりに過不足なく接するような形状および面積を有していることが好ましい。例えば、丸棒形状や角棒形状を有する中実材のコーティング液誘引部材40を好ましく用いることができる。
【0039】
(雰囲気制御)
余剰コーティング液の流動性や皮膜形成速度は、塗膜21からの溶媒の揮発速度と強い相関関係があると言える。塗膜21からの溶媒の揮発速度が高過ぎると、余剰コーティング液の誘引が不十分のまま皮膜22が形成されてしまう。一方、塗膜21からの溶媒の揮発速度が低過ぎると、塗膜21の流動性が高まり過ぎて所望の塗膜厚さ(すなわち所望の皮膜厚さ)が得られなくなる。
【0040】
本発明者等の詳細研究の結果、少なくとも余剰コーティング液誘引工程(望ましくは、ディップコート工程、余剰コーティング液誘引工程、および皮膜形成工程)は、コーティング液20の溶媒の蒸気圧が該溶媒の飽和蒸気圧の1/10以上1/2以下の範囲に制御された雰囲気下で行うのが好ましいことが判った。溶媒飽和蒸気圧の1/10以上1/3以下がより好ましく、1/5以上1/3以下が更に好ましい。雰囲気制御方法については後述する。
【0041】
(完了確認工程)
本工程は、少なくとも余剰コーティング液誘引工程(望ましくは、余剰コーティング液誘引工程および皮膜形成工程)と同時に行う工程であり、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との間に構築された塗膜の橋渡し23が途切れることを確認して、余剰コーティング液誘引工程の完了を確認する工程である。
【0042】
図5は、完了確認工程の概要を示す模式図である。図5に示したように、完了確認工程は、光源50と受光器51とを具備する工程完了検知機構を用いて行う。光源50と受光器51とは、間に障害物がない場合、光源50からの照射光を受光器51が直接受光できるように配設されている。
【0043】
余剰コーティング液誘引工程においては、前述したように、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との隙間に塗膜の橋渡し23が構築されている。ここで、塗膜の橋渡し23に対して(橋渡し23の液表面に対して)斜めの方向から光源50の照射光を当てる。この場合、空気の屈折率と塗膜21の屈折率との差異により、照射光は屈折されて屈折光となり、照射光の光軸から外れるため、受光器51で受光することができない。
【0044】
その後、塗膜21からの溶媒揮発が進行して塗膜の橋渡し23が途切れると、屈折光がほとんど無くなって照射光が直接受光器51に受光される。これにより、余剰コーティング液誘引工程の完了を検知することができる。
【0045】
なお、橋渡し23の液表面に対して斜めの方向から照射光を当てることが困難な場合(照射光を屈折させることが困難な場合)、受光器52が受光する光強度の変化から、塗膜の橋渡し23の有無(余剰コーティング液誘引工程の完了)を検知することができる。同様に、受光器51が受光する光強度の変化から、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材40との隙間における塗膜21/皮膜22の厚さ変化(すなわち、皮膜形成工程の完了)を検知することもできる。
【0046】
図5においては、本工程の理解を容易にするために、塗膜の橋渡し23が構築される領域の近傍に光源50と受光器51とを配設するように描いたが、本発明はそれに限定されるものではない。例えば、量産性(配設スペースやコスト)の観点から、照射光の出射部や受光部として光ファイバや光導波路を用いて、光源50と受光器51とを塗膜の橋渡し23から離れた位置に配設したり、それらの機器を共用したりすることは好ましい。
【0047】
(基材取出工程)
本工程は、皮膜形成した被塗布基材を取り出す工程である。基本的に、被塗布基材を皮膜形成装置にセットしたのと反対の手順で行えばよい。
【0048】
(皮膜硬化工程)
本工程は、形成した皮膜を硬化させる工程である。本工程は、必須の工程ではなく、形成した皮膜の種類や要求される特性に応じて行われるものである。皮膜硬化の方法としては、例えば、加熱処理、所定波長の光照射などがある。
【0049】
[皮膜形成装置]
図6は、本発明に係る皮膜形成装置の一例を示す概略模式図である。皮膜形成装置100は、ディップコート工程としてコーティング液20の注入・排出により該コーティング液20の液面を昇降させる場合の構成を示した。なお、図面の簡単化のため、機械的な駆動機構の図示は省略した。
【0050】
図6に示したように、コーティング液20を貯留するコーティング液槽60は、コーティング液20を注入するコーティング液注入管61と、コーティング液20を排出するコーティング液排出管62とを具備する。コーティング液注入管61とコーティング液排出管62とは、それぞれ図示していない送液管と送液ポンプとコーティング液タンクとに接続されている。
【0051】
コーティング液槽60は、余剰コーティング液誘引工程を行う空間24の雰囲気制御を行うために、溶媒ガスセンサ63と温度センサ64とを具備していることが好ましい。それらセンサ類からのデータにより、空間24における溶媒の蒸気圧を算出することができる。溶媒ガスの過度の飛散を抑制するため、コーティング液槽上蓋65を備えることはより好ましい。
【0052】
また、ディップコート法による皮膜形成は、雰囲気中の湿度の影響を受けることがあることから、皮膜形成装置100は、雰囲気中の湿度を制御するためにコーティング液槽60全体が格納容器70で覆われていることが好ましい。格納容器70は、乾燥ガス(例えば、乾燥空気、乾燥窒素ガス)を導入する導気管71と排気管72とを具備している。導気管71は、図示していない乾燥ガス導入機構(例えば、送気管、マスフローコントローラ、バルブ、ガスボンベ)に接続されている。排気管72は、図示していない排気機構に接続されている。
【0053】
空間24における溶媒の蒸気圧が本発明の規定よりも高い場合、格納容器70に導入する乾燥ガス量を増やすことにより、空間24の溶媒ガス濃度を下げることができる。空間24における溶媒の蒸気圧が本発明の規定よりも低い場合、格納容器70に導入する乾燥ガス量を減らすことにより、空間24の溶媒ガス濃度を上げることができる。すなわち、皮膜形成装置100は、センサ類(溶媒ガスセンサ63、温度センサ64)による溶媒ガス濃度のチェックと、格納容器70に導入する乾燥ガスの流量制御とにより、空間24の雰囲気制御が可能になっている。
【0054】
図6においては、図面の簡単化のため、コーティング液誘引部材40がコーティング液槽60に直接固定設置されているように描いてある。ただし、本発明はそれに限定されることはなく、コーティング液誘引部材40は、結果としてコーティング液槽60中に固定設置されていればよい。例えば、コーティング液誘引部材40がコーティング液誘引部材固定治具に固定され、当該コーティング液誘引部材固定治具が着脱可能にコーティング液槽60に設置されていてもよい。
【0055】
また、図6においては、図面の簡単化のため、一組の基材保持部材30と透明基板11とをディップコートする構成で描いてあるが、本発明はそれに限定されるものではない。量産化の観点から、例えば、複数組の基材保持部材30と透明基板11とをマトリックス(行列)状に配置して、同時にディップコートすることは好ましい。
【0056】
2.第2の実施形態
本発明の第2実施形態に係る皮膜形成方法および皮膜形成装置は、ディップコート工程・機構および余剰コーティング液誘引工程・機構において前述の第1実施形態に係る皮膜形成方法および皮膜形成装置と異なり、他を同じとするものである。以下、異なる部分についてのみ説明する。
【0057】
(ディップコート工程、余剰コーティング液誘引工程)
図7は、本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の他の一例を示す模式図である。図7では、被塗布基材として透明基板11を用い、ディップコート方法として、基材保持部材30に保持された透明基板11を鉛直方に上下動させることによって、被塗布基材の浸漬・露出を行う場合を示した。
【0058】
図7に示したように、まず、基材保持部材30に保持された透明基板11をコーティング液20中に浸漬する前に、透明基板11の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材41を配置する。第2実施形態では、ディップコート方法として基材保持部材30に保持された透明基板11を鉛直方に上下動させることから、余剰コーティング液誘引機構は、ディップコート機構と一緒に鉛直方に上下動する機構を含んでいる。
【0059】
次に、基材保持部材30に保持された透明基板11とコーティング液誘引部材41とを一緒にコーティング液20中に浸漬した後、一緒にコーティング液20から露出させる。これにより、透明基板11の表面に塗膜21が形成される。同時に、第1実施形態と同様に、透明基板11の下端領域とコーティング液誘引部材41との隙間には、コーティング液20(塗膜21)の表面張力によって塗膜21による橋渡しが構築され、透明基板11の下端領域から余剰コーティング液が誘引される。
【0060】
3.第3の実施形態
本発明の第3実施形態に係る皮膜形成方法および皮膜形成装置も、ディップコート工程・機構および余剰コーティング液誘引工程・機構において前述の第1実施形態に係る皮膜形成方法および皮膜形成装置と異なり、他を同じとするものである。以下、異なる部分についてのみ説明する。
【0061】
(ディップコート工程、余剰コーティング液誘引工程)
図8は、本発明におけるディップコート工程および余剰コーティング液誘引工程の更に他の一例を示す模式図である。図8では、被塗布基材としてレンズ12を用い、ディップコート方法として、基材保持部材30に保持されたレンズ12を鉛直方に上下動させることによって、被塗布基材の浸漬・露出を行う場合を示した。
【0062】
図8に示したように、基材保持部材30に保持されたレンズ12をコーティング液20中に浸漬した後、コーティング液20から露出させる。レンズ12がコーティング液20から完全に露出したら、直ちに、レンズ12の下端領域に対して所定の間隔を空けてコーティング液誘引部材42を配置する。すなわち、第3実施形態に係る皮膜形成装置の余剰コーティング液誘引機構は、被塗布基材がコーティング液20から完全に露出した後にコーティング液誘引部材42を配置する機構を含む。
【0063】
第3実施形態においては、コーティング液誘引部材42は多孔質材からなっており、支持部材43上に固定されている。コーティング液誘引部材42の多孔質材としては、例えば、ガラスクロスや多孔質ガラスを好適に用いることができる。
【0064】
余剰コーティング液誘引工程において、レンズ11の下端領域とコーティング液誘引部材42との隙間には、コーティング液20(塗膜21)の表面張力によって塗膜21による橋渡しが構築され、レンズ12の下端領域から余剰コーティング液が誘引・吸収される。
【実施例】
【0065】
次に、実施例および比較例を示しながら本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
まず、オルソテトラエチルシリケート(39 g)、酢酸(1 g)、2-プロパノール(920 g)を混合し50℃で2時間加温して、シリカゾルのコーティング液Sを調合した。次に、被塗布基材として白板ガラス基板を用い、前述した第2実施形態に沿って白板ガラス基板上に上記コーティング液Sを塗布し皮膜を形成した。最後に、皮膜を形成した白板ガラス基板に対して、200℃で20分間保持する加熱処理を行い、実施例1の試料を作製した。
【0067】
なお、コーティング液Sによって形成される皮膜の厚さが50 nmとなるように、ディップコート条件(例えば、コーティング液に浸漬後の引上速度)を調整した。コーティング液誘引部材としては石英ガラス製の棒材を用い、コーティング液誘引部材と被塗布基材の下端領域との間隔は塗膜厚さの2倍となるように設定した。また、余剰コーティング液誘引工程を行った空間における溶媒(ここでは2-プロパノール)の蒸気圧は、飽和蒸気圧の1/4〜1/3の範囲内であった。
【0068】
得られた試料について、白板ガラス基板の上端領域、中央領域、下端領域の3領域のそれぞれ3箇所ずつ(合計9箇所)において、皮膜の厚さを測定した。形成された皮膜における合格の判定基準は、設計厚さの±10%以内(すなわち45〜55 nmの範囲内)とした。測定の結果、実施例1の皮膜厚さは、全ての領域で48〜53 nmの範囲内にあり、合格と判定された。
【0069】
(比較例1)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行わなかったこと以外は実施例1と同様にして、比較例1の試料を作製した。
【0070】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例1の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において48〜53 nmの範囲内にあったが、下端領域において約100 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0071】
(実施例2)
被塗布基材としてガラスレンズを用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例2の試料を作製した。ガラスレンズは、ランタン−ホウ酸塩系ガラス製であり、表面に酸化アルミニウム皮膜(平均膜厚150 nm)があらかじめ形成されているものを用いた。
【0072】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、実施例2の皮膜厚さは、全ての領域で45〜55 nmの範囲内にあり、合格と判定された。
【0073】
(比較例2)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行わなかったこと以外は実施例2と同様にして、比較例2の試料を作製した。
【0074】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例2の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において45〜55 nmの範囲内にあったが、下端領域において約120 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0075】
(実施例3)
実施例1のコーティング液S(500 g)に対して、二酸化ケイ素粒子(平均粒径10 nm、15 g)、テトラエチレングリコールの片末端をアセチル化した化合物(1 g)、および2-プロパノール(484 g)を混合して、二酸化珪素粒子とシリカゾルとからなるコーティング液SSを調合した。コーティング液SSを用いたこと以外は実施例2と同様にして、実施例3の試料を作製した。
【0076】
なお、上記コーティング液SSによって形成される皮膜の厚さが100 nmとなるように、ディップコート条件(例えば、コーティング液に浸漬後の引上速度)を調整した。また、形成された皮膜における合格の判定基準は、設計厚さの±10%以内(すなわち90〜110 nmの範囲内)とした。
【0077】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、実施例3の皮膜厚さは、全ての領域で90〜110 nmの範囲内にあり、合格と判定された。
【0078】
(比較例3)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行わなかったこと以外は実施例3と同様にして、比較例3の試料を作製した。
【0079】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例2の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において90〜110 nmの範囲内にあったが、下端領域において約260 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0080】
(実施例4)
アクリル樹脂(平均分子量が約100万、20 g)を2-ブタノン(980 g)に溶解してアクリル樹脂のコーティング液Aを調合した。コーティング液Aを用いたこと以外は実施例2と同様にして、実施例4の試料を作製した。
【0081】
なお、上記コーティング液Aによって形成される皮膜の厚さが100 nmとなるように、ディップコート条件(例えば、コーティング液に浸漬後の引上速度)を調整した。余剰コーティング液誘引工程を行った空間における溶媒(ここでは2-ブタノン)の蒸気圧は、飽和蒸気圧の1/4〜1/2の範囲内であった。また、実施例2と同様に、形成された皮膜における合格の判定基準は、設計厚さの±10%以内(すなわち90〜110 nmの範囲内)とした。
【0082】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、実施例4の皮膜厚さは、全ての領域で90〜110 nmの範囲内にあり、合格と判定された。
【0083】
(比較例4)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行わなかったこと以外は実施例4と同様にして、比較例4の試料を作製した。
【0084】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例4の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において90〜110 nmの範囲内にあったが、下端領域において約300 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0085】
(実施例5)
コーティング液としてコーティング液Sを用い、被塗布基材としてアクリル樹脂レンズを用い、前述した第3実施形態に沿ってアクリル樹脂レンズ上にコーティング液Sを塗布し皮膜を形成した。皮膜を形成したアクリル樹脂レンズに対して、80℃で20分間保持する加熱処理を行い、実施例5の試料を作製した。
【0086】
なお、コーティング液Sによってアクリル樹脂レンズ上に形成される皮膜の厚さが50 nmとなるように、ディップコート条件(例えば、コーティング液に浸漬後の引上速度)を調整した。コーティング液誘引部材としては多孔質ガラス製の板材を用い、コーティング液誘引部材と被塗布基材の下端領域との間隔は塗膜厚さの1倍となるように設定した。また、余剰コーティング液誘引工程を行った空間における溶媒(ここでは2-プロパノール)の蒸気圧は、飽和蒸気圧の1/4〜1/3の範囲内であった。
【0087】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。形成された皮膜における合格の判定基準は、実施例1と同様に、設計厚さの±10%以内(すなわち45〜55 nmの範囲内)とした。測定の結果、実施例5の皮膜厚さは、全ての領域で45〜55 nmの範囲内にあり、合格と判定された。
【0088】
(比較例5)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行わなかったこと以外は実施例5と同様にして、比較例5の試料を作製した。
【0089】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例5の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において45〜55 nmの範囲内にあったが、下端領域において約120 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0090】
(比較例6)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行った空間における溶媒の蒸気圧が飽和蒸気圧の1/20以下になるように制御したこと以外は実施例1と同様にして、比較例6の試料を作製した。
【0091】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例6の皮膜厚さは、上端領域および中央領域において45〜55 nmの範囲内にあったが、下端領域において約100 nmと極端に厚くなっており不合格と判定された。
【0092】
(比較例7)
ディップコート法による皮膜形成において、余剰コーティング液誘引工程を行った空間における溶媒の蒸気圧が飽和蒸気圧の4/5程度になるように制御したこと以外は実施例1と同様にして、比較例7の試料を作製した。
【0093】
得られた試料について、実施例1と同様に皮膜の厚さを測定した。測定の結果、比較例7の皮膜厚さは、下端領域において45〜55 nmの範囲内にあったが、上端領域および中央領域において35〜45 nmと設計よりも薄くなっており不合格と判定された。
【0094】
上述した実施形態・実施例は、本発明の理解を助けるために具体的に説明したものであり、本発明は、説明した全ての構成を備えることに限定されるものではない。例えば、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。さらに、各実施形態の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0095】
10…被塗布基材、11…透明基板、12…レンズ、
20…コーティング液、21…塗膜、22…皮膜、23…橋渡し、24…空間、
30…基材保持部材、31…支持部材、32…真空チャック用パッキン、
40,41,42…コーティング液誘引部材、43…支持部材、
50…光源、51…受光器、
60…コーティング液槽、61…コーティング液注入管、62…コーティング液排出管、
63…溶媒ガスセンサ、64…温度センサ、65…コーティング液槽上蓋、
70…格納容器、71…導気管、72…排気管、100…皮膜形成装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8