(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6391412
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】レーザ溶接方法及びレーザ溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 26/21 20140101AFI20180910BHJP
B23K 26/211 20140101ALI20180910BHJP
B23K 26/067 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
B23K26/21 F
B23K26/211
B23K26/067
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-211618(P2014-211618)
(22)【出願日】2014年10月16日
(65)【公開番号】特開2016-78075(P2016-78075A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2017年10月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000198318
【氏名又は名称】株式会社IHI検査計測
(74)【代理人】
【識別番号】100090022
【弁理士】
【氏名又は名称】長門 侃二
(72)【発明者】
【氏名】大阿見 尚弥
(72)【発明者】
【氏名】大脇 桂
(72)【発明者】
【氏名】嶺田 希
【審査官】
岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−52445(JP,A)
【文献】
特開2012−11465(JP,A)
【文献】
特開2012−213798(JP,A)
【文献】
特開2010−172941(JP,A)
【文献】
特開平10−216973(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 − 26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材同士の突き合わせ部に沿ってレーザ光を照射すると共に前記レーザ光の照射に伴って前記突き合わせ部上を移動するレーザスポットにフィラーワイヤを送給して前記母材同士を接合するレーザ溶接方法であって、
母材溶融レーザスポット及びワイヤ溶融レーザスポットの二つのレーザスポットのうちの前記ワイヤ溶融レーザスポットを前記母材溶融レーザスポットよりも溶接方向後退側に並べるべく、前記突き合わせ部に対して前記母材を溶融する母材溶融レーザ光及び前記フィラーワイヤの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光の二筋のレーザ光を照射し、
前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光の各出力と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの相互間隔と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの各スポット径とを溶接条件である前記母材同士の突き合わせ部のギャップ量,前記フィラーワイヤの送給速度及び溶接速度に応じてそれぞれ調整するレーザ溶接方法。
【請求項2】
母材同士の突き合わせ部に沿ってレーザ光を照射すると共に前記レーザ光の照射に伴って前記突き合わせ部上を移動するレーザスポットにフィラーワイヤを送給して前記母材同士を接合するレーザ溶接装置であって、
レーザ発振器と、
前記レーザ発振器から送給されるレーザ光を前記突き合わせ部上に前記母材を溶融する母材溶融レーザ光として照射すると共に該母材溶融レーザ光の前記突き合わせ部上の母材溶融レーザスポットよりも溶接方向後退側にワイヤ溶融レーザスポットを並べるべく前記フィラーワイヤの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光を照射するレーザヘッドと、
前記レーザヘッドを前記突き合わせ部に沿って移動させる駆動部と、
前記突き合わせ部上の前記ワイヤ溶融レーザ光のレーザスポットに前記フィラーワイヤを送給するフィラーワイヤ送給部と、
前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光の各出力と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの相互間隔と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの各スポット径とを溶接条件である前記母材同士の突き合わせ部のギャップ量,前記フィラーワイヤの送給速度及び溶接速度に応じてそれぞれ調整する制御部を備えたレーザ溶接装置。
【請求項3】
前記レーザヘッドには、前記レーザ発振器から送給されるレーザ光を前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光に分けるレーザ光分岐機構が具備されている請求項2に記載のレーザ溶接装置。
【請求項4】
前記レーザ光分岐機構は、前記レーザ発振器から送給されるレーザ光の一部を前記ワイヤ溶融レーザ光として反射しそれ以外を前記母材溶融レーザ光として透過するビームスプリッターを具備している請求項3に記載のレーザ溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クレーンのブームや橋梁の梁等の大型構造物の溶接に好適なレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、クレーンのブームを製造する場合、長尺部材(母材)の各接合面同士を突き合せて、その突き合わせ部に沿ってレーザ光を照射すると共に、このレーザ光の照射に伴って突き合わせ部上を移動するレーザスポットにフィラーワイヤを送給するレーザ溶接方法が採用されており、このレーザ溶接方法では、長尺部材同士の突き合わせ部におけるギャップ量が比較的大きい場合であったとしても、アンダカットの少ない溶接部が得られるようになっている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
しかし、このレーザ溶接方法において、長尺部材の溶融不良を防ぐために高入熱で溶接を行うと、長尺部材に歪や反り等の変形が生じる虞があることから、入熱量及び溶接速度をいずれも抑え気味にして溶接を実施しているのが現状であり、結局、このレーザ溶接方法では、低入熱で且つ高能率の溶接を行うことができない。
【0004】
加えて、このレーザ溶接方法において、長尺部材の溶け込み幅がレーザ光の照射に伴って突き合わせ部上を移動するレーザスポットの大きさに制限されるので、突き合わせ部のギャップ量の変化に対応しきれずにアンダカットが生じてしまう場合がある。
【0005】
従来において、これに対応するために、溶接予定線上で2つのレーザスポットが互いに接して並ぶようにレーザ光を2分割して照射するレーザ溶接方法が提案されている(例えば、特許文献1)。このレーザ溶接方法は、板厚の互いに異なる金属板の突き合わせ接合に用いるのに好適な方法であって、溶接予定線上において2つのレーザスポットを隣接状態で並ばせているので、金属板への入熱時間が長くなって入熱量が増加する分だけ、溶け込み幅が広がることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-167436号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】第2版 溶接・接合便覧 社団法人 溶接学会編 第332頁 7・3・7 治具,溶接ワイヤ送給
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、上記したレーザ光を2分割して照射するレーザ溶接方法では、2分割されたレーザ光をいずれも母材である長尺部材及びフィラーワイヤの各溶融に用いているので、長尺部材の溶融不足及びフィラーワイヤの溶融過多を招いたり、これとは逆に長尺部材の溶融過多及びフィラーワイヤの溶融不足を招いたりする可能性があるという問題を有しており、この問題を解決することが従来の課題となっている。
【0009】
本発明は、上記したような従来の課題を解決するためになされたもので、母材に歪や反り等の変形が生じる懸念を払拭したうえで、低入熱で且つ高能率の溶接を行うことができると共に、母材同士の突き合わせ部のギャップ量変化に対応することができる、すなわち、ギャップ裕度の拡大を実現することができ、加えて、母材及びフィラーワイヤを常に過不足なく溶融させることが可能であるレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の実施態様は、母材同士の突き合わせ部に沿ってレーザ光を照射すると共に前記レーザ光の照射に伴って前記突き合わせ部上を移動するレーザスポットにフィラーワイヤを送給して前記母材同士を接合するレーザ溶接方法であって、母材溶融レーザスポット及びワイヤ溶融レーザスポットの二つのレーザスポットのうちの前記ワイヤ溶融レーザスポットを前記母材溶融レーザスポットよりも溶接方向後退側に並べるべく、前記突き合わせ部に対して前記母材を溶融する母材溶融レーザ光及び前記フィラーワイヤの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光の二筋のレーザ光を照射し、前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光の各出力と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの相互間隔と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの各スポット径とを溶接条件である前記母材同士の突き合わせ部のギャップ量,前記フィラーワイヤの送給速度及び溶接速度に応じてそれぞれ調整する構成としている。
【0011】
また、本発明の第2の態様は、母材同士の突き合わせ部に沿ってレーザ光を照射すると共に前記レーザ光の照射に伴って前記突き合わせ部上を移動するレーザスポットにフィラーワイヤを送給して前記母材同士を接合するレーザ溶接装置であって、レーザ発振器と、前記レーザ発振器から送給されるレーザ光を前記突き合わせ部上に前記母材を溶融する母材溶融レーザ光として照射すると共に該母材溶融レーザ光の前記突き合わせ部上の母材溶融レーザスポットよりも溶接方向後退側にワイヤ溶融レーザスポットを並べるべく前記フィラーワイヤの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光を照射するレーザヘッドと、前記レーザヘッドを前記突き合わせ部に沿って移動させる駆動部と、前記突き合わせ部上の前記ワイヤ溶融レーザ光のレーザスポットに前記フィラーワイヤを送給するフィラーワイヤ送給部と、前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光の各出力と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの相互間隔と、前記母材溶融レーザスポット及び前記ワイヤ溶融レーザスポットの各スポット径とを溶接条件である前記母材同士の突き合わせ部のギャップ量,前記フィラーワイヤの送給速度及び溶接速度に応じてそれぞれ調整する制御部を備えた構成としている。
【0012】
さらに、本発明の第3の態様において、前記レーザヘッドには、前記レーザ発振器から送給されるレーザ光を前記母材溶融レーザ光及び前記ワイヤ溶融レーザ光に分けるレーザ光分岐機構が具備されている構成としている。
【0013】
さらにまた、本発明の第4の態様において、前記レーザ光分岐機構は、前記レーザ発振器から送給されるレーザ光の一部を前記ワイヤ溶融レーザ光として反射しそれ以外を前記母材溶融レーザ光として透過するビームスプリッターを具備している構成としている。
【0014】
本発明に係るレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置において、レーザ発振器には、ファイバレーザや半導体レーザの各発振器を用いるのが一般的であるが、これらのものに限定されない。
【0015】
本発明に係るレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置では、母材溶融レーザスポット及びワイヤ溶融レーザスポットの二つのレーザスポットのうちのワイヤ溶融レーザスポットが母材溶融レーザスポットよりも溶接方向後退側に並ぶようにしたうえで、母材を溶融する母材溶融レーザ光及びフィラーワイヤの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光の二筋のレーザ光を突き合わせ部に沿って照射して、ワイヤ溶融レーザ光の照射に伴って突き合わせ部上を移動するワイヤ溶融側のレーザスポットにフィラーワイヤを送給すると、母材及びフィラーワイヤが互いに別のレーザ光で溶かされることとなる。
【0016】
この際、溶接条件である母材同士の突き合わせ部のギャップ量,フィラーワイヤの送給速度及び溶接速度に応じて、母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各出力と、突き合わせ部上における母材溶融レーザスポット及びワイヤ溶融レーザスポットの相互間隔と、両レーザスポットの各スポット径とをそれぞれ調整すると、母材同士の突き合わせ部及びフィラーワイヤが常に過不足なく溶融して、低入熱の溶接を高能率で行い得ることとなり、その結果、溶接時間の短縮を図ったうえで、母材の変形のない良好な溶接部が得られることとなる。
【0017】
加えて、母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各レーザスポットを母材同士の突き合わせ部に沿う方向で且つ突き合わせ部を横切る方向にも並ぶようにすると、すなわち、母材同士の突き合わせ部に対して二つのレーザスポットが斜めに並ぶようにすると、母材の溶け込み幅が広がることになるので、母材の溶け込み量を確保しつつ安定したフィラーワイヤの送給が成されることとなり、したがって、ギャップ裕度の拡大が図られることとなる。
【0018】
また、レーザヘッドに、レーザ発振器から送給されるレーザ光を母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光に分けるレーザ光分岐機構を具備した構成とすると、一つのレーザ発振器で済む分だけ、装置コストの低減が図られることとなる。
【0019】
そして、レーザ光分岐機構として、レーザ発振器から送給されるレーザ光の一部を前記ワイヤ溶融レーザ光として反射しそれ以外を前記母材溶融レーザ光として透過するビームスプリッターを具備した機構を採用すると、レーザ光分岐機構の構造が簡略なものとなり、より一層の装置コストの低減が図られることとなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るレーザ溶接方法によれば、母材に歪や反り等の変形を生じさせることなく、低入熱で且つ高能率の溶接を行うことが可能であると共に、ギャップ裕度の拡大を実現することができ、加えて、母材及びフィラーワイヤを常に過不足なく溶融させることが可能であるという非常に優れた効果がもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係るレーザ溶接装置を概略的に説明する斜視説明図である。
【
図2】
図1のレーザ溶接装置のレーザヘッドにおけるレーザ光分岐機構を示す光路説明図である。
【
図3】
図1のレーザ溶接装置におけるレーザヘッドから照射される母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各出力と、突き合わせ部上における二つのレーザスポットの相互間隔と、二つのレーザスポットの各スポット径とをそれぞれ説明する図(a)〜(c)である。
【
図4】
図1のレーザ溶接装置におけるレーザヘッドから照射される母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各レーザスポットが斜めに並ぶ状態を説明する図である。
【
図5】
図1のレーザ溶接装置1の効果を確かめるための試験に用いた母材の斜視説明図(a)及びレーザヘッドから照射される母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各レーザスポットが突き合わせ部に沿って並ぶ状態を示す斜視説明図(b)である。
【
図6】
図1のレーザ溶接装置1により
図5の試験用母材に対して突き合わせ溶接試験を行った際のビードの外観説明図である。
【
図7】
図1のレーザ溶接装置1により
図5の試験用母材に対して突き合わせ溶接試験を行った際のビードの断面説明図である。
【
図8】
図1のレーザ溶接装置1の更なる効果を確かめるための試験においてレーザヘッドから照射される母材溶融レーザ光及びワイヤ溶融レーザ光の各レーザスポットが斜めに並ぶ状態を示す斜視説明図である。
【
図9】
図1のレーザ溶接装置1により更なる突き合わせ溶接試験を行った際のビードの外観説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るレーザ溶接装置を示している。
【0023】
図1に概略的に示すように、このレーザ溶接装置1は、クレーンのブームや橋梁の梁等の大型構造物の突き合わせ溶接に好適なレーザ溶接装置1であって、レーザ発振器2と、光学系10を内蔵したレーザヘッド4と、このレーザヘッド4を母材W,W同士の突き合わせ部WAに沿って移動させる駆動部5と、突き合わせ部WA上にフィラーワイヤFを送給するフィラーワイヤ送給部6を備えている。レーザヘッド4は、レーザ発振器2から光ファイバ3を介して送給されるレーザ光を光学系10によって集光して母材W,W同士の突き合わせ部WA上に母材Wを溶融する母材溶融レーザ光Lwとして照射するようになっている。
【0024】
この場合、レーザヘッド4に内蔵した光学系10はレーザ光分岐機構としてあり、
図2にも示すように、レーザ発振器2から送給されるレーザ光Lの一部を反射しそれ以外を透過するビームスプリッター11と、このビームスプリッター11を透過するレーザ光L1を集光して上記した母材溶融レーザ光Lwとして母材W,W同士の突き合わせ部WA上に照射する集光レンズ12と、ビームスプリッター11で反射されたレーザ光L2を母材W,W側に折り返す折り返しミラー13と、この折り返しミラー13で折り返されたレーザ光L3を集光してフィラーワイヤFの先端部を溶融するワイヤ溶融レーザ光Lfとして突き合わせ部WA上に照射する集光レンズ14を具備している。
【0025】
集光レンズ12から照射される母材溶融レーザ光Lwの突き合わせ部WA上における母材溶融レーザスポットSwと、集光レンズ14から照射されるワイヤ溶融レーザ光Lfの突き合わせ部WA上におけるワイヤ溶融レーザスポットSfとは、突き合わせ部WAに沿う方向に互いに並ぶように設定されており、母材溶融レーザスポットSwがワイヤ溶融レーザスポットSfの溶接方向進行側に位置するように設定されている。
【0026】
また、このレーザ溶接装置1は、
図3に示すように、母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力と、母材溶融レーザスポットSw及びワイヤ溶融レーザスポットSfの相互間隔dと、両レーザスポットSw,Sfの突き合わせ部WA上における各スポット径φw,φfとを調整する制御部7を備えており、この制御部7では、溶接条件である母材W,W同士の突き合わせ部WAのギャップ量G,フィラーワイヤFの送給速度及び溶接速度に応じてそれぞれ調整するようになっている。
【0027】
このように構成されたレーザ溶接装置1を用いて大型構造物の突き合わせ溶接を行うに際しては、まず、制御部7に対して溶接条件である母材W,W同士の突き合わせ部WAのギャップ量G,フィラーワイヤFの送給速度及び溶接速度を入力する。
【0028】
制御部7において、この入力された溶接条件に対応する最適な溶接施工条件、すなわち、母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力と、母材溶融レーザスポットSw及びワイヤ溶融レーザスポットSfの相互間隔dと、両レーザスポットSw,Sfの突き合わせ部WA上における各スポット径φw,φfとが決定される。
【0029】
この後、上述のように決定されたレーザ出力で母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの二筋のレーザ光をギャップ量Gの母材W,W同士の突き合わせ部WAに対してそれぞれ照射する。
【0030】
これと同時に、二筋のレーザ光Lw,Lfの照射によって突き合わせ部WA上において間隔dで並ぶスポット径φwの母材溶融レーザスポットSwと、この母材溶融レーザスポットSwよりも溶接方向後退側に位置するスポット径φfのワイヤ溶融レーザスポットSfとを設定された溶接速度で移動させる。
【0031】
そして、突き合わせ部WA上を移動するワイヤ溶融側のレーザスポットSfにフィラーワイヤFを設定された送給速度で送給すると、母材W,W及びフィラーワイヤFが互いに別の母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfで溶かされることとなる。
【0032】
このとき、溶接条件である母材W,W同士の突き合わせ部WAのギャップ量G,フィラーワイヤFの送給速度及び溶接速度に基づいて、最適な溶接施工条件である母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力と、母材溶融レーザスポットSw及びワイヤ溶融レーザスポットSfの相互間隔dと、両レーザスポットSw,Sfの突き合わせ部WA上における各スポット径φw,φfの各調整が制御部7において成されているので、母材W,W同士の突き合わせ部WA及びフィラーワイヤFがいずれも常に過不足なく溶融して、低入熱の溶接が高能率で行われることとなり、その結果、溶接時間の短縮を図ったうえで、母材W,Wの変形のない良好な溶接部Bが得られることとなる。
【0033】
ここで、母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各レーザスポットSw,Sfを母材W,W同士の突き合わせ部WAに沿う方向で且つ突き合わせ部WAを横切る方向にも並ぶようにすると、すなわち、
図4に示すように、母材W,W同士の突き合わせ部WAに対して二つのレーザスポットSw,Sfが斜めに並ぶようにすると、母材Wの溶け込み幅Hが広がることになるので、母材Wの溶け込み量を確保しつつ安定したフィラーワイヤFの送給が成されることとなり、したがって、ギャップ裕度の拡大が図られることとなる。
【0034】
この実施例に係るレーザ溶接装置1では、レーザ発振器2から送給されるレーザ光Lを母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfに分けるレーザ光分岐機構を光学系10としてレーザヘッド4に内蔵しているので、一つのレーザ発振器2で済む分だけ、装置コストの低減が図られることとなる。
【0035】
また、この実施例に係るレーザ溶接装置1では、レーザ光分岐機構として、レーザ発振器2から送給されるレーザ光lの一部をワイヤ溶融レーザ光Lfとして反射しそれ以外を母材溶融レーザ光Lwとして透過するビームスプリッターを具備した機構を採用しているので、レーザ光分岐機構の構造が簡略なものとなり、より一層の装置コストの低減が図られることとなる。
【0036】
そこで、この実施例に係るレーザ溶接装置1の効果を確かめるために、以下の試験を行った。
まず、
図5(a)に示すように、HT590鋼(高張力鋼)から成る長さl×幅w ×厚みtが 500(mm)×300(mm)×3.2(mm)の平板状の母材W,Wを用意し、これらの母材W,Wの側面同士を突き合わせて各々の端部間を溶接により仮付けして仮溶接部Bsとした。この際、母材W,W同士の突き合わせ部WAはI形開先であり、そのギャップ量Gを1(mm)とし、フィラーワイヤFには、薄板の溶接に適したYM−50DMを用いることとした。
【0037】
次に、上記ギャップ量Gの他に溶接条件として溶接速度を0.5(m/min)に設定すると共に、フィラーワイヤFの送給速度を2.0(m/min)に設定するのに続いて、これらの溶接条件に基づいて、最適な溶接施工条件である母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力をそれぞれ3.5(kW)に調整した。
【0038】
同じく最適な溶接施工条件である母材溶融レーザスポットSw及びワイヤ溶融レーザスポットSfの相互間隔d及び両レーザスポットSw,Sfの突き合わせ部WA上における各スポット径φw,φfをそれぞれ調整した。
【0039】
この際、先行する母材溶融レーザ光Lwの母材溶融レーザスポットSwのスポット径φwを小さくすることで、エネルギー密度を上げて高能率での母材溶融を図り、後行のワイヤ溶融レーザ光Lfにおけるワイヤ溶融レーザスポットSfのスポット径φfを大きくすることで、フィラーワイヤFを安定して溶融させてギャップ裕度のより一層の拡大及び高品質な溶接施工を実現する。そして、二つのレーザスポットSw,Sfをそれぞれ独立させて機能させるために、両レーザスポットSw,Sfの間隔dを大き目(1〜3(mm) 程度)に設定する。
【0040】
具体的には、上記溶接条件に基づいて、母材溶融レーザスポットSw及びワイヤ溶融レーザスポットSfの相互間隔dを3(mm)に調整すると共に、両レーザスポットSw,Sfの突き合わせ部WA上における各スポット径φw,φfをそれぞれ1(mm),2(mm)に調整した。
【0041】
また、
図5(b)に示すように、母材溶融レーザ光Lwの母材溶融レーザスポットSwと、ワイヤ溶融レーザ光Lfのワイヤ溶融レーザスポットSfとが突き合わせ部WAに沿う方向に互いに並ぶようにし、且つ、母材溶融レーザスポットSwがワイヤ溶融レーザスポットSfの溶接方向進行側に位置するようにして、突き合わせ溶接を実施した(試験1)。
【0042】
比較のため、母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力をそれぞれ4.0(kW)に調整して突き合わせ溶接を実施し(試験2)、さらに比較のため、フィラーワイヤFの送給速度を1.5(m/min)に設定すると共に、これに対応して母材溶融レーザ光Lw及びワイヤ溶融レーザ光Lfの各出力をそれぞれ4.0(kW)に調整して突き合わせ溶接を実施した(試験3)。
【0043】
試験1〜3の各表ビード及び裏ビードの外観を
図6に示し、試験1〜3の各突き合わせ部WAの断面を
図7に拡大して示す。
【0044】
図6に示すように、試験1〜3のいずれにおいても、表裏共にスパッタの少ない良好なビードが得られており、一方、
図7に示すように、試験1〜3のいずれにおいても、溶け込み不良やブローホールの無い良好なビードが得られており、したがって、この実施例に係るレーザ溶接装置1では、母材W,W同士の突き合わせ部WA及びフィラーワイヤFがいずれも常に過不足なく溶融して低入熱の溶接が高能率で行われ、母材W,Wの変形のない良好な溶接部Bが得られることが実証できた。
【0045】
また、この実施例に係るレーザ溶接装置1の更なる効果を確かめるべく、
図8に示すように、レーザ光の照射角度を母材W,W同士の突き合わせ部WAに沿う方向に対して45°傾けて二つのレーザスポットSw,Sfが斜めに並ぶようにして、試験1と同じ条件で突き合わせ溶接を実施した(試験4)。
【0046】
試験4の表ビードの外観を試験1の表ビードの外観と共に
図9に示す。
図9に示すように、試験4では、試験1の母材Wの溶け込み幅H1と比べて母材Wの溶け込み幅H4が広がっており、これにより、母材Wの溶け込み量を確保しつつ安定したフィラーワイヤFの送給が成され、ギャップ裕度の拡大が図られることが実証できた。
【0047】
本発明に係るレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置の構成は、上記した実施形態に限られるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 レーザ溶接装置
2 レーザ発振器
4 レーザヘッド
5 駆動部
6 フィラーワイヤ送給部
7 制御部
10 光学系(レーザ光分岐機構)
11 ビームスプリッター(レーザ光分岐機構)
d 母材溶融レーザスポット及びワイヤ溶融レーザスポットの間隔
F フィラーワイヤ
G 突き合わせ部のギャップ量
L レーザ光
Lf ワイヤ溶融レーザ光
Lw 母材溶融レーザ光
Sf ワイヤ溶融レーザスポット
Sw 母材溶融レーザスポット
W 母材
WA 突き合わせ部
φf ワイヤ溶融レーザスポットのスポット径
φw 母材溶融レーザスポットのスポット径