特許第6391954号(P6391954)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6391954-焼結機械部品及びその製造方法 図000019
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6391954
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】焼結機械部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180910BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20180910BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20180910BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20180910BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
   C22C38/00 304
   C22C38/12
   C22C38/00 301Z
   C22C33/02 A
   B22F1/00 F
   B22F3/24 K
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-53654(P2014-53654)
(22)【出願日】2014年3月17日
(65)【公開番号】特開2015-158002(P2015-158002A)
(43)【公開日】2015年9月3日
【審査請求日】2017年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-9420(P2014-9420)
(32)【優先日】2014年1月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】奥野 孝洋
(72)【発明者】
【氏名】八代 尚樹
(72)【発明者】
【氏名】大平 晃也
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−355726(JP,A)
【文献】 特開2007−197814(JP,A)
【文献】 特開2007−138273(JP,A)
【文献】 特開2008−169460(JP,A)
【文献】 特開平05−263181(JP,A)
【文献】 特開平03−079744(JP,A)
【文献】 特開2013−053358(JP,A)
【文献】 特開2004−232079(JP,A)
【文献】 特公昭49−016325(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
B22F 1/00
B22F 3/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
拡散合金鋼粉を含む混合粉末を用いて形成され、炭素の割合が0.35mass%以下であり、密度が7.55g/cm3以上である鉄系焼結体からなる焼結機械部品であって、
前記鉄系焼結体が、Niを1.5〜2.2mass%、Moを0.5〜1.1mass%含み、残部がFe、前記炭素、及び不可避不純物からなり、その表面に荷重を加えたときに引張応力が及ぶ領域の前記表面からの深さを100%としたとき、前記表面から深さ30%の表層内に設定された推定対象領域における推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが200μm以下である焼結機械部品。
【請求項2】
拡散合金鋼粉と0.35mass%以下の黒鉛粉末とを含む混合粉末を得る混合工程と、前記混合粉末を圧縮成形して圧粉体を得る圧粉工程と、前記圧粉体を所定の焼結温度で焼結して、密度が7.55g/cm3以上である鉄系焼結体を得る焼結工程とを含み、前記黒鉛粉末の質量基準における粒度分布の小径側からの累積質量が90%になるときの粒径D90が8μm以下であり、
前記鉄系焼結体が、Niを1.5〜2.2mass%、Moを0.5〜1.1mass%含み、残部がFe、前記炭素、及び不可避不純物からなり、その表面に荷重を加えたときに引張応力が及ぶ領域の前記表面からの深さを100%としたとき、前記表面から深さ30%の表層内に設定された推定対象領域における推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが200μm以下である焼結機械部品の製造方法。
【請求項3】
前記拡散合金鋼粉が、Fe-Mo合金の周囲にNiを拡散付着させたものである請求項記載の焼結機械部品の製造方法。
【請求項4】
前記焼結工程の後、さらなる焼結工程や、再圧縮工程を施さない請求項2又は3に記載の焼結機械部品の製造方法。
【請求項5】
前記圧縮成形工程における成形圧力が1150〜1350MPaである請求項2〜4の何れかに記載の焼結機械部品の製造方法。
【請求項6】
前記拡散合金鋼粉が、目開き250μm以下の篩を通過させたものである請求項2〜5の何れかに記載の焼結機械部品の製造方法。
【請求項7】
前記焼結工程の後、浸炭窒化処理を施す請求項2〜6の何れかに記載の焼結機械部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結機械部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結体は、金属粉末や黒鉛粉末を含む混合粉末を圧縮成形した後、所定の温度で焼結することにより得られる。焼結体は、ネットシェイプ製品もしくはニアネットシェイプ製品を作製することができ、歩留まりや加工工数の削減による低コスト化が可能になることから、機械部品などに採用されている。中でも、鉄系焼結体は機械的性質が優れていることから、自動車部品や電気製品などに幅広く採用されている。
【0003】
しかし、焼結体は内部に多くの空孔が残存しており、これらの空孔が応力集中源となって溶製材におけるき裂のような振る舞いをするため、引張・圧縮・曲げ強さや衝撃強さ、疲労強さ等の各種強度が低下する原因となる。
【0004】
例えば、混合粉末に対して、圧縮成形工程と焼結工程とを交互に二回ずつ施すことで、焼結体の高密度化を図る技術が知られている(例えば特許文献1)。しかし、この場合、製造コストが高騰するという問題がある。
【0005】
例えば特許文献2では、粗い粒度分布を有する金属粉末を用いることで、二段成形・二段焼結などのコストのかかる処理を用いないで、焼結体の高密度化を図っている。
【0006】
さらに、特許文献3には、焼結体の空孔の分散及び大きさを制御することで、疲労強度の向上を図ることが示されている。具体的には、焼結体の断面空孔数率を2000個/mm以上、最大空孔径を60μm以下とすることで、疲労強度の向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−337001号公報
【特許文献2】特表2007−537359号公報
【特許文献3】特開平10−317090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記特許文献3のように、焼結体の断面に現れる空孔の大きさを制御しても、断面に現れない内部に粗大な空孔が存在する恐れがある。このような焼結体は、疲労強度が十分でない恐れがある。
【0009】
本発明は、鉄系焼結金属からなる超高密度の機械部品において、優れた疲労強度を保証することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明は、拡散合金鋼粉を含む混合粉末を用いて形成され、炭素の割合が0.35wt%以下であり、密度が7.55g/cm以上である焼結機械部品であって、表面から所定深さの表層内に設定された推定対象領域における推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが200μm以下である焼結機械部品を提供する。
【0011】
上記のような焼結機械部品は、例えば、拡散合金鋼粉と0.35wt%以下の黒鉛粉末とを含む混合粉末を得る混合工程と、前記混合粉末を圧縮成形して圧粉体を得る圧粉工程と、前記圧粉体を所定の焼結温度で焼結して、密度が7.55g/cm以上である焼結体を得る焼結工程とを含み、前記黒鉛粉末の粒径D90(質量基準における粒度分布の小径側からの累積質量が90%になるときの粒径)が8μm以下である焼結機械部品の製造方法により製造することができる。
【0012】
上記のように、本発明では、合金鋼粉として、鋼粉に合金成分を拡散接合させた拡散合金鋼粉を用いている。合金鋼粉は、鉄粉と合金成分とを完全に合金化させた完全合金鋼粉と比べて硬さが低いため、拡散合金鋼粉を用いることで成形性が向上し、密度を高めることができる。
【0013】
ところで、混合粉末の圧縮成形体(圧粉体)を焼結すると、混合粉末に配合される黒鉛粉末は合金鋼粉内に固溶するため、黒鉛粉末があった場所が空孔となる。通常、黒鉛粉末は、合金鋼粉と比べて粒子が微細であるため、上記のような黒鉛粉末の固溶に伴う空孔は微細なものである。従って、密度がそれほど高くない鉄系焼結体では、上記のような黒鉛粉末の固溶に伴う空孔の影響は小さく、その影響は考慮されていなかった。しかし、本発明者らの検証によると、焼結体を高密度化すると内部空孔が非常に少なくなるため、黒鉛の固溶に伴って生じる空孔を無視できなくなり、黒鉛粉末の配合割合が焼結体の密度に大きく影響することが明らかとなった。そこで、本発明では、拡散合金鋼粉を用いて焼結体の高密度化を図ると共に、混合粉末中の黒鉛粉末の配合割合を低く抑えることで、さらなる高密度を可能とした。具体的には、焼結機械部品に含まれる炭素の割合(混合粉末中の黒鉛粉末の配合量とほぼ同等)を0.35wt%以下とした。これにより、高コストな方法を用いることなく、焼結体の密度を7.55g/cm以上の超高密度まで高めることができる。
【0014】
さらに、本発明では、上記のように、焼結機械部品の表面から所定深さの表層内に設定された推定対象領域において、断面に現れた空孔の大きさから内部の空孔の大きさを推定する推定最大包絡面積の平方根√αmaxを200μm以下とした。これにより、焼結体の表層の内部に、応力集中源となる粗大な空孔がほとんど形成されていないことが保証され、焼結機械部品の優れた疲労強度が保証される。
【0015】
上記の焼結機械部品は、Niを1.5〜2.2wt%、Moを0.5〜1.1wt%含み、残部がFe、前記炭素、及び不可避不純物からなる組成とすることが好ましい。例えば、Fe-Mo合金の周囲にNiを拡散付着させ、Niを1.5〜2.2wt%、Moを0.5〜1.1wt%含み、残部がFe及び不可避不純物からなる拡散合金鋼粉を用いることで、上記のような組成の焼結機械部品を得ることができる。
【0016】
黒鉛粉末の固溶に伴う空孔の影響を抑えるためには、黒鉛粉末の配合割合を抑えるだけでなく、粒径を小さくすることが有効である。具体的には、黒鉛粉末の粒径D90を8μm以下とすることが好ましい。尚、粉末の粒径は、レーザ回折・散乱法を用いて測定される。この測定方法は、粒子に光を照射したときに、散乱される散乱光量およびパターンが粒径によって異なることを利用したものである。
【0017】
上記の焼結機械部品によれば、焼結工程後の再圧縮工程(例えばサイジング工程)を施すことなく、密度を7.55g/cm以上まで高めることが可能となる。
【0018】
上記の焼結機械部品を製造する際、焼結工程の後に浸炭窒化処理を施せば、疲労強度をさらに高めることができる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、鉄系焼結金属からなる超高密度の機械部品において、優れた疲労強度を保証することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】リング圧縮疲労強さ試験に用いる試験片の側面図及び断面図である。
図2】推定最大空孔包絡面積の算出にあたり、試験片を切断した状態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施形態に係る焼結機械部品は、以下に示す混合工程、圧縮成形工程、焼結工程、及び熱処理工程を経て製造される。
【0022】
混合工程では、合金鋼粉、黒鉛粉末、及び潤滑剤を所定の割合で混合して混合粉末が作製される。
【0023】
合金鋼粉は、各粒子がFeと他の金属(合金成分)とを含むものである。合金成分としては、例えばNi,Mo,Mn,Crのうちの一種あるいは複数種の金属が使用できる。本実施形態では、合金成分としてNi及びMoを含み、残部をFe及び不可避不純物とした合金鋼粉が使用される。Niは焼結体の機械的性質を強化し、熱処理後の焼結体の靭性を向上させる効果がある。また、Moは焼結体の機械的性質を強化し、熱処理時の焼入れ性を向上させる効果がある。合金鋼粉は、予め目開き250μmの篩通しを行い、分級しておくことが望ましい。
【0024】
合金鋼粉としては、鋼粉の周囲に合金成分を拡散付着させた拡散合金鋼粉が使用される。本実施形態では、Fe-Mo合金の周囲にNiを拡散付着させた拡散合金鋼粉が使用される。このように、Fe合金にNi等の金属を拡散付着させることで、FeとNiとを完全に合金化した鋼粉と比べて、焼結前の合金鋼粉の硬さが抑えられるため、圧縮成形時の成形性が確保される。その結果、比較的多量のNiを配合することが可能となる。具体的に、本実施形態の拡散合金鋼粉におけるNiの配合割合は、1.5〜2.2wt%、好ましくは1.7〜2.2wt%とされる。一方、Moは、多量に添加してもその効果は飽和して、かえって成形性を悪化させる原因となる。このため、拡散合金鋼粉におけるMoの配合割合は、0.5〜1.1wt%、好ましくは0.8〜1.1wt%、より好ましくは0.9〜1.1wt%とされる。
【0025】
黒鉛粉末は、例えば人造黒鉛が使用される。黒鉛粉末は、粒径D90が8μm以下のものが使用され、好ましくは6μm以下、より好ましくは4μm以下のものが使用される。また、黒鉛粉末の粒径D90は、2μm以上、好ましくは3μm以上のものが使用される。黒鉛粉末の配合割合は、混合粉末全体に対して0.35wt%以下、好ましくは0.3wt%以下、より好ましくは0.25wt%以下とされる。また、黒鉛粉末の配合割合は、混合粉末全体に対して0.05wt%以上、好ましくは0.1wt%以上、より好ましくは0.15wt%以上とされる。
【0026】
潤滑剤は、混合粉末を圧縮成形する際の金型と粉末間または粉末同士の摩擦を低減させる目的で添加される。潤滑剤としては、金属せっけんやアミドワックス等が使用され、例えばエチレンビスステアリルアミド(EBS)が使用される。
【0027】
圧縮成形工程では、上記の混合粉末を金型のキャビティに投入して圧縮成形することにより、所定形状の圧粉体が形成される。このとき、成形時の温度は室温以上、潤滑剤の融点以下であることが好ましい。特に、潤滑剤の融点よりも10〜20℃低い温度で成形すると、粉末の降伏強度を低下させ、圧縮性が高められるため、成形密度を高めることができる。また、必要であれば、金型表面に、摩擦低減のための被膜(DLC被膜など)をコーティングしてもよい。
【0028】
成形圧力を高くすると、圧粉体の密度を高くすることができる。一方、成形圧力が高すぎると、圧粉体の内部に密度ムラによるラミネーション(層状剥離)や金型の破損などが生じる。本実施形態では、1150〜1350MPa程度の成形圧力で圧縮成形工程が行われ、圧粉体の密度が7.4g/cm以上とされる。
【0029】
次に、焼結工程では、圧粉体を所定の焼結温度で焼結する。焼結温度は、例えば1100〜1350℃の範囲内で設定される。焼結工程は、不活性雰囲気化で行われ、例えば窒素と水素の混合ガスやアルゴンガスなどの雰囲気下で行われる。圧粉体を焼結することにより、圧粉体中の黒鉛粉末が合金鋼粉内に固溶し、黒鉛粉末があった部分が空孔となる。これと共に、合金鋼粉が焼結結合することにより圧粉体全体が収縮する。その結果、黒鉛粉末の固溶による密度低下より、圧粉体の収縮による密度上昇の効果が上回り、焼結体の密度が圧粉体の密度よりも高くなる。焼結体の密度は、7.55g/cm以上、好ましくは7.6g/cm以上とされる。
【0030】
上記の焼結工程の後、再圧縮工程を施すことなく、焼結体に表面処理が施される。本実施形態では、焼結体に、浸炭焼入れ焼き戻し処理が施される。これにより、表面の硬度が高められると共に、内部の靭性が確保されるため、き裂の進展が抑制される。表面処理としては、上記の浸炭焼き入れ焼き戻しに限らず、ズブ焼き入れ焼き戻し、高周波焼き入れ焼き戻し、浸炭窒化、真空浸炭などの各種熱処理や、窒化、軟窒化、浸硫、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)をはじめとする硬質皮膜や樹脂皮膜の形成、各種メッキ、黒染めやスチーム処理をはじめとする防錆処理などの各種表面改質が適用可能であり、これらのうち複数種を組み合わせることも可能である。浸炭窒化処理を施す場合、窒化層深さは、後述する表面から所定深さの表層の5%以上、好ましくは20%以上とされる。以上により、本発明の実施形態に係る焼結機械部品が完成する。
【0031】
上記の焼結機械部品は、例えばギヤやカムとして使用できる。この焼結機械部品は、Niを1.5〜2.2wt%、Moを0.5〜1.1wt%、炭素を0.05〜0.35wt%含み、残部がFe及び不可避不純物からなる。この焼結機械部品は、内部硬さが300〜500HV(好ましくは400〜500HV)、圧環強さが1600MPa以上(好ましくは1750MPa以上、より好ましくは1900MPa以上)、リング圧縮疲労強さ290MPa以上(好ましくは315MPa以上、より好ましくは340MPa以上)とされる。
【0032】
上記の焼結機械部品は、表面から所定深さの表層内に設定された推定対象領域における推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが、200μm以下、好ましくは150μm以下、より好ましくは100μm以下とされる(√αmaxの算出方法は後述する)。表層は、例えば、焼結機械部品の表面に荷重を加えたときに引張応力が及ぶ領域の表面からの深さを100%としたとき、前記表面から深さ30%の範囲とされる。例えば、焼結機械部品がギヤの場合は歯面から、また、焼結機械部品がカムの場合はカム面(カムフォロアとの接触面)から深さ方向で引張応力が及ぶ領域の歯面あるいはカム面からの深さを計算し、当該深さを100%としたときの歯面あるいはカム面から深さ30%の領域を表層とする。ギヤの場合の具体例として、例えば、歯面から、ピッチ円半径の10%の値の深さまでの領域を表層とする。また、カムの場合の具体例として、例えば、カム面から、カム有効半径の10%の値の深さまでの領域を表層とする。この表層内に設定された推定対象領域における推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが上記範囲とされる。
【0033】
本発明は、上記の実施形態に限らず、例えば、焼結工程の後に再圧縮工程(例えばサイジング工程)を施してもよい。
【実施例1】
【0034】
本発明の効果を確認するために、以下に示す評価試験を行った。尚、以下の試験では、拡散合金鋼粉として、JFEスチール株式会社製のシグマロイ2010を用いた。潤滑剤としては、ロンザジャパン株式会社製のACRAWAX Cを0.5wt%添加した。黒鉛粉末としては、人造黒鉛を用いた。これらを混合した混合粉末を用いて、圧縮成形工程、焼結工程、および熱処理工程を経て、試験片を作製した。試験片は、外径φ23.2mm、内径φ16.4mm、軸方向寸法7mmの円筒形状とした。圧縮成形工程は室温で行った。焼結工程は、窒素及び水素雰囲気のトレイプッシャ炉で、1250℃×150min行った。熱処理工程は、880℃×40minの条件で浸炭処理を施した後、840℃で焼き入れし、180℃×60minの条件で焼き戻しを行った。尚、以下の説明では、熱処理前の焼結体を「as−sinter品」、熱処理後の焼結体を「浸炭品」と言う。
【0035】
以下の各試験において、焼結密度の測定方法はJIS Z2501、圧環強さの測定方法はJIS Z2507にそれぞれ則った。圧環強さの試験条件は、0.5mm/minのストローク制御で行った。
【0036】
リング圧縮疲労強さは、以下の方法で測定した。図1に示すように、円筒状の試験片の半径(厚さ中心までの半径)をR、厚さをh、軸方向寸法をdとし、試験片に対して、直径方向の繰り返し荷重Wを試験片が破損するまで加える。繰り返し荷重Wの極大値と極小値との比は0.1とされる。繰り返し荷重Wを1×10回加え続けても破損が生じなかったときの最大引張応力σmaxが、当該試験片のリング圧縮疲労強さとなる。尚、最大引張応力σmaxは、下記の数1で定義される。数1のうち、Aは試験片の断面積で、A=d・hで表される。最大曲げモーメントMは、M=0.318WRで表される。断面係数κは、下記の数2で表される。
【数1】
【数2】
【0037】
推定最大空孔包絡面積は、以下の方法で算出される。まず、焼結体の空孔の極値分布が二重指数分布に従うとする。これにより、極値統計を用いた空孔包絡面積の最大値の推定を行う。具体的には、以下の手順を経て、推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが算出される。
【0038】
まず、図2に示すように、円筒状の試験片1を軸を含む平面で切断し、この切断面2に鏡面研磨を施す。そして、鏡面研磨を施した試験片の切断面2について顕微鏡観察を行い、表層3内の推定対象領域内に定めた基準面積S(mm)の領域の画像を取得する。得られた画像について画像解析ソフトを用いて二値化し、空孔の包絡面積を解析する。得られた包絡面積のうち最も大きなものを基準面積S中で最大の空孔包絡面積とし、その平方根を√αとする。以上の測定を、推定対象領域内で検査領域を変えてn回繰り返す。
【0039】
そして、測定したn個の√αを小さいものから順に並べ、それぞれ√α(j=1〜n)とする(以下の数3参照)。それぞれのj(=1〜n)について、下記の数4で表される累積分布関数F(%)、および下記の数5で表される基準化変数yを計算する。
【数3】
【数4】
【数5】
【0040】
極値確率用紙の座標横軸に√αを取り、上記結果をプロットして極値分布を得る(極値確率用紙の縦軸はFもしくはyを取っている)。最小二乗法による近似直線を極値分布に対して外挿し、下記の数6で表されるa及びbを得る。ただし、yは下記の数7で表される基準化変数、Tは下記の数8で表される再帰期間、Vは推定対象領域3の体積(mm)、Vは下記の数9で表される基準体積(mm)、hは下記の数10で表される測定した√αmaxの平均値(mm)である。極値確率用紙の縦軸であるF目盛の10〜85%におけるプロット点が近似直線上に乗ることを確認する。これにより、得られた極値分布が二重指数分布に従うことを確認できる。
【数6】
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【0041】
上記数8に推定対象領域の体積Vを代入し、再帰期間Tと得られた極値分布が交わる点が推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxである。
【0042】
本実施形態では、基準面積Sを0.39mm、検査回数nを32回、推定対象領域の体積Vを200mmとした。表層3は、試験片1の内周面から深さ0.54mmの領域とした。基準面積は、半径方向寸法を試験片1の内周面から0.54mm、軸方向寸法を0.74mmとした。推定対象領域は、試験片1の内周面から0.54mmの円筒領域であり、軸方向寸法を7mmとした。
【0043】
焼結密度の評価基準は、7.55g/cm未満のときは×、7.55〜7.60g/cmのときは○、7.60g/cm以上のときは◎とした。圧環強さの評価基準は、1600MPa未満のときは×、1600〜1750MPaのときは△、1750〜1900MPaのときは○、1900MPa以上の時は◎とした。リング圧縮疲労強さの評価基準は、290MPa未満の時は×、290〜315MPaの時は△、315〜340MPaの時は○、340MPaの時は◎とした。推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxの評価基準は、100μm未満の時は◎、100〜150μmの時は○、150〜200μmの時は△、200μmを超えた時は×とした。
【0044】
(1)炭素の添加量について
炭素の添加量について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末とを混合し、黒鉛粉末の添加量を0〜0.4wt%の範囲で異ならせた複数種の混合粉末を用意した。各混合粉末を、1200MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示すように、実施例1〜3は、7.55g/cmの密度を有し、且つ、優れた圧環強さ及び疲労強さを示した。このことから、黒鉛粉末の添加量は0.05〜0.35wt%、好ましくは0.1〜0.3wt%、より好ましくは0.15〜0.25wt%とすることが望ましいことが明らかになった。
【0047】
(2)黒鉛粉末の粒径について
混合粉末に添加する黒鉛粉末の粒径について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、0.2wt%の黒鉛粉末とを混合し、黒鉛粉末の粒径D90を4.0〜25.0μmの範囲で異ならせた複数種の混合粉末を用意した。各混合粉末を、1200MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭熱処理を施すことで複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に示すように、実施例4及び5は、7.55g/cmの密度を有している。このことから、黒鉛粉末の粒径D90は、8μm以下、好ましくは6μm以下、より好ましくは4μm以下とすることが望ましいことが明らかになった。
【0050】
(3)圧縮成形時の成形圧力について
圧縮成形工程における成形圧力について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、成形圧力を1000〜1400MPaの範囲で変化させて圧縮成形して複数種の圧粉体を成形し、各圧粉体に焼結、浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、推定最大空孔包絡面積の平方根√αmax(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3に示すように、実施例6及び7は、7.55g/cmの密度を有し、且つ、優れた機械的性質(圧環強さ及び疲労強さ)を示した。このことから、成形圧力は、1150〜1350MPaの範囲とすることが好ましいことが明らかになった。尚、比較例7は、圧縮成形時に試験片にクラックが生じたため測定ができなかった。
【0053】
(4)拡散合金鋼粉の分級について
拡散合金鋼粉中の粗大粒子を除去することによる効果について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉を、目開きが106、180、250μmの篩に通し、分級度の異なる複数種の拡散合金粉を得た。各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形した後、焼結、浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、推定最大空孔包絡面積の平方根√αmax(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
表4に示すように、実施例8〜10は、7.55g/cmの密度を有し、且つ、比較例よりも優れた機械的性質(圧環強さ及び疲労強さ)を示した。このことから、拡散合金鋼粉は、目開き250μm以下、好ましくは目開き180μm以下、より好ましくは目開き106μm以下の篩を通すことが望ましいことが明らかになった。
【0056】
また、表3及び表4に示すように、機械的性質に優れた実施例6〜10は、何れも推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxが200μm以下となっている。このことから、推定最大空孔包絡面積の平方根√αmaxは、200μm以下、好ましくは150μ以下、より好ましくは100μm以下とすることが望ましいことが明らかになった。
【0057】
(5)Niの添加量について
合金鋼粉中のNiの添加量について調査した。具体的には、Mo添加量を1.0wt%とし、Ni添加量を変化させた複数種の拡散合金鋼粉を用意し、各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの人造黒鉛を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形し、焼結、浸炭熱処理を施して、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)及び圧環強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表5に示す。
【0058】
【表5】
【0059】
表5に示すように、実施例11〜13は、7.55g/cmの密度を有し、且つ、優れた圧環強さを示した。このことから、Niの添加量は1.5〜2.2wt%程度とすることが望ましいことが明らかになった。
【0060】
(6)Moの添加量について
合金鋼粉中のMoの添加量について調査した。具体的に、Ni添加量を2.0wt%とし、Mo添加量を変化させた複数種の拡散合金鋼粉を用意し、各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形し、焼結、浸炭熱処理を施して、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)及び圧環強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表6に示す。
【0061】
【表6】
【0062】
表6に示すように、実施例14〜16は、7.55g/cmの密度を有し、且つ、優れた圧環強さを示した。このことから、Moの添加量は0.5〜1.1wt%、好ましくは0.8〜1.1wt%程度とすることが望ましいことが明らかになった。
【0063】
(7)浸炭窒化処理について
浸炭窒化処理の効果について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、粒径D90が6.8μmの黒鉛粉末とを混合し、各混合粉末を1176MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭窒化処理を施して窒化層の深さを0〜0.5mmの範囲で異ならせた複数種の試験片を作製した。こうして得られた試験片のリング圧縮疲労強さを測定した。その結果を以下の表7に示す。尚、浸炭窒化処理におけるリング圧縮疲労強さの評価基準は、340〜400MPaの時は◎、400〜500MPaの時は◎◎、500MPa以上の時は◎◎◎とした。
【0064】
【表7】
【0065】
表7に示すように、実施例17、18は優れたリング圧縮疲労強さを示した。このことから、窒素が0.05wt%以上存在する窒化層の深さは、試験片に荷重を加えたときに引張応力が及ぶ領域の表面からの深さを100%としたとき、表面から深さ5%以上とすることが好ましく、20%以上とすることがより好ましいことが明らかになった。
図1
図2