【実施例1】
【0034】
本発明の効果を確認するために、以下に示す評価試験を行った。尚、以下の試験では、拡散合金鋼粉として、JFEスチール株式会社製のシグマロイ2010を用いた。潤滑剤としては、ロンザジャパン株式会社製のACRAWAX Cを0.5wt%添加した。黒鉛粉末としては、人造黒鉛を用いた。これらを混合した混合粉末を用いて、圧縮成形工程、焼結工程、および熱処理工程を経て、試験片を作製した。試験片は、外径φ23.2mm、内径φ16.4mm、軸方向寸法7mmの円筒形状とした。圧縮成形工程は室温で行った。焼結工程は、窒素及び水素雰囲気のトレイプッシャ炉で、1250℃×150min行った。熱処理工程は、880℃×40minの条件で浸炭処理を施した後、840℃で焼き入れし、180℃×60minの条件で焼き戻しを行った。尚、以下の説明では、熱処理前の焼結体を「as−sinter品」、熱処理後の焼結体を「浸炭品」と言う。
【0035】
以下の各試験において、焼結密度の測定方法はJIS Z2501、圧環強さの測定方法はJIS Z2507にそれぞれ則った。圧環強さの試験条件は、0.5mm/minのストローク制御で行った。
【0036】
リング圧縮疲労強さは、以下の方法で測定した。
図1に示すように、円筒状の試験片の半径(厚さ中心までの半径)をR、厚さをh、軸方向寸法をdとし、試験片に対して、直径方向の繰り返し荷重Wを試験片が破損するまで加える。繰り返し荷重Wの極大値と極小値との比は0.1とされる。繰り返し荷重Wを1×10
7回加え続けても破損が生じなかったときの最大引張応力σ
maxが、当該試験片のリング圧縮疲労強さとなる。尚、最大引張応力σ
maxは、下記の数1で定義される。数1のうち、Aは試験片の断面積で、A=d・hで表される。最大曲げモーメントMは、M=0.318WRで表される。断面係数κは、下記の数2で表される。
【数1】
【数2】
【0037】
推定最大空孔包絡面積は、以下の方法で算出される。まず、焼結体の空孔の極値分布が二重指数分布に従うとする。これにより、極値統計を用いた空孔包絡面積の最大値の推定を行う。具体的には、以下の手順を経て、推定最大空孔包絡面積の平方根√α
maxが算出される。
【0038】
まず、
図2に示すように、円筒状の試験片1を軸を含む平面で切断し、この切断面2に鏡面研磨を施す。そして、鏡面研磨を施した試験片の切断面2について顕微鏡観察を行い、表層3内の推定対象領域内に定めた基準面積S
0(mm
2)の領域の画像を取得する。得られた画像について画像解析ソフトを用いて二値化し、空孔の包絡面積を解析する。得られた包絡面積のうち最も大きなものを基準面積S
0中で最大の空孔包絡面積とし、その平方根を√αとする。以上の測定を、推定対象領域内で検査領域を変えてn回繰り返す。
【0039】
そして、測定したn個の√αを小さいものから順に並べ、それぞれ√α
j(j=1〜n)とする(以下の数3参照)。それぞれのj(=1〜n)について、下記の数4で表される累積分布関数F
j(%)、および下記の数5で表される基準化変数y
jを計算する。
【数3】
【数4】
【数5】
【0040】
極値確率用紙の座標横軸に√αを取り、上記結果をプロットして極値分布を得る(極値確率用紙の縦軸はFもしくはyを取っている)。最小二乗法による近似直線を極値分布に対して外挿し、下記の数6で表されるa及びbを得る。ただし、yは下記の数7で表される基準化変数、Tは下記の数8で表される再帰期間、Vは推定対象領域3の体積(mm
3)、V
0は下記の数9で表される基準体積(mm
3)、hは下記の数10で表される測定した√α
maxの平均値(mm)である。極値確率用紙の縦軸であるF目盛の10〜85%におけるプロット点が近似直線上に乗ることを確認する。これにより、得られた極値分布が二重指数分布に従うことを確認できる。
【数6】
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【0041】
上記数8に推定対象領域の体積Vを代入し、再帰期間Tと得られた極値分布が交わる点が推定最大空孔包絡面積の平方根√α
maxである。
【0042】
本実施形態では、基準面積S
0を0.39mm
2、検査回数nを32回、推定対象領域の体積Vを200mm
3とした。表層3は、試験片1の内周面から深さ0.54mmの領域とした。基準面積は、半径方向寸法を試験片1の内周面から0.54mm、軸方向寸法を0.74mmとした。推定対象領域は、試験片1の内周面から0.54mmの円筒領域であり、軸方向寸法を7mmとした。
【0043】
焼結密度の評価基準は、7.55g/cm
3未満のときは×、7.55〜7.60g/cm
3のときは○、7.60g/cm
3以上のときは◎とした。圧環強さの評価基準は、1600MPa未満のときは×、1600〜1750MPaのときは△、1750〜1900MPaのときは○、1900MPa以上の時は◎とした。リング圧縮疲労強さの評価基準は、290MPa未満の時は×、290〜315MPaの時は△、315〜340MPaの時は○、340MPaの時は◎とした。推定最大空孔包絡面積の平方根√α
maxの評価基準は、100μm未満の時は◎、100〜150μmの時は○、150〜200μmの時は△、200μmを超えた時は×とした。
【0044】
(1)炭素の添加量について
炭素の添加量について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末とを混合し、黒鉛粉末の添加量を0〜0.4wt%の範囲で異ならせた複数種の混合粉末を用意した。各混合粉末を、1200MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示すように、実施例1〜3は、7.55g/cm
3の密度を有し、且つ、優れた圧環強さ及び疲労強さを示した。このことから、黒鉛粉末の添加量は0.05〜0.35wt%、好ましくは0.1〜0.3wt%、より好ましくは0.15〜0.25wt%とすることが望ましいことが明らかになった。
【0047】
(2)黒鉛粉末の粒径について
混合粉末に添加する黒鉛粉末の粒径について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、0.2wt%の黒鉛粉末とを混合し、黒鉛粉末の粒径D90を4.0〜25.0μmの範囲で異ならせた複数種の混合粉末を用意した。各混合粉末を、1200MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭熱処理を施すことで複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に示すように、実施例4及び5は、7.55g/cm
3の密度を有している。このことから、黒鉛粉末の粒径D90は、8μm以下、好ましくは6μm以下、より好ましくは4μm以下とすることが望ましいことが明らかになった。
【0050】
(3)圧縮成形時の成形圧力について
圧縮成形工程における成形圧力について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、成形圧力を1000〜1400MPaの範囲で変化させて圧縮成形して複数種の圧粉体を成形し、各圧粉体に焼結、浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、推定最大空孔包絡面積の平方根√α
max(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3に示すように、実施例6及び7は、7.55g/cm
3の密度を有し、且つ、優れた機械的性質(圧環強さ及び疲労強さ)を示した。このことから、成形圧力は、1150〜1350MPaの範囲とすることが好ましいことが明らかになった。尚、比較例7は、圧縮成形時に試験片にクラックが生じたため測定ができなかった。
【0053】
(4)拡散合金鋼粉の分級について
拡散合金鋼粉中の粗大粒子を除去することによる効果について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉を、目開きが106、180、250μmの篩に通し、分級度の異なる複数種の拡散合金粉を得た。各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形した後、焼結、浸炭熱処理を施すことで、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)、推定最大空孔包絡面積の平方根√α
max(as−sinter品)、圧環強さ(浸炭品)、及びリング圧縮疲労強さ(浸炭品)を測定した。その結果を表4に示す。
【0054】
【表4】
【0055】
表4に示すように、実施例8〜10は、7.55g/cm
3の密度を有し、且つ、比較例よりも優れた機械的性質(圧環強さ及び疲労強さ)を示した。このことから、拡散合金鋼粉は、目開き250μm以下、好ましくは目開き180μm以下、より好ましくは目開き106μm以下の篩を通すことが望ましいことが明らかになった。
【0056】
また、表3及び表4に示すように、機械的性質に優れた実施例6〜10は、何れも推定最大空孔包絡面積の平方根√α
maxが200μm以下となっている。このことから、推定最大空孔包絡面積の平方根√α
maxは、200μm以下、好ましくは150μ以下、より好ましくは100μm以下とすることが望ましいことが明らかになった。
【0057】
(5)Niの添加量について
合金鋼粉中のNiの添加量について調査した。具体的には、Mo添加量を1.0wt%とし、Ni添加量を変化させた複数種の拡散合金鋼粉を用意し、各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの人造黒鉛を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形し、焼結、浸炭熱処理を施して、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)及び圧環強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表5に示す。
【0058】
【表5】
【0059】
表5に示すように、実施例11〜13は、7.55g/cm
3の密度を有し、且つ、優れた圧環強さを示した。このことから、Niの添加量は1.5〜2.2wt%程度とすることが望ましいことが明らかになった。
【0060】
(6)Moの添加量について
合金鋼粉中のMoの添加量について調査した。具体的に、Ni添加量を2.0wt%とし、Mo添加量を変化させた複数種の拡散合金鋼粉を用意し、各拡散合金鋼粉に、粒径D90が6.0μmの黒鉛粉末を0.2wt%配合した混合粉末を、1200MPaで圧縮成形し、焼結、浸炭熱処理を施して、複数種の試験片を作製した。こうして得られた各試験片の焼結密度(as−sinter品)及び圧環強さ(浸炭品)を測定した。その結果を以下の表6に示す。
【0061】
【表6】
【0062】
表6に示すように、実施例14〜16は、7.55g/cm
3の密度を有し、且つ、優れた圧環強さを示した。このことから、Moの添加量は0.5〜1.1wt%、好ましくは0.8〜1.1wt%程度とすることが望ましいことが明らかになった。
【0063】
(7)浸炭窒化処理について
浸炭窒化処理の効果について調査した。具体的には、Niを2.0wt%、Moを1.0wt%含む拡散合金鋼粉と、粒径D90が6.8μmの黒鉛粉末とを混合し、各混合粉末を1176MPaで成形した後、焼結し、さらに浸炭窒化処理を施して窒化層の深さを0〜0.5mmの範囲で異ならせた複数種の試験片を作製した。こうして得られた試験片のリング圧縮疲労強さを測定した。その結果を以下の表7に示す。尚、浸炭窒化処理におけるリング圧縮疲労強さの評価基準は、340〜400MPaの時は◎、400〜500MPaの時は◎◎、500MPa以上の時は◎◎◎とした。
【0064】
【表7】
【0065】
表7に示すように、実施例17、18は優れたリング圧縮疲労強さを示した。このことから、窒素が0.05wt%以上存在する窒化層の深さは、試験片に荷重を加えたときに引張応力が及ぶ領域の表面からの深さを100%としたとき、表面から深さ5%以上とすることが好ましく、20%以上とすることがより好ましいことが明らかになった。