特許第6392244号(P6392244)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ザ プロボースト,フェローズ,ファンデーション スカラーズ,アンド ジ アザー メンバーズ オブ ボード,オブ ザ カレッジ オブ ザ ホーリー アンド アンディバイデッド トリニティ オブ クイーンの特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6392244
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】ヒトCNSにおける新規TRH結合部位
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20180910BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20180910BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20180910BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180910BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/08 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/04 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/20 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/22 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/24 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/30 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 25/18 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 3/04 20060101ALI20180910BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20180910BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20180910BHJP
   C07K 7/06 20060101ALN20180910BHJP
【FI】
   G01N33/68ZNA
   C12N1/19
   C12N1/21
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   A61P25/00
   A61P25/08
   A61P25/04
   A61P25/16
   A61P25/20
   A61P25/22
   A61P25/24
   A61P25/30
   A61P25/28
   A61P25/14
   A61P25/18
   A61P3/04
   A61P3/10
   !C07K14/705
   !C07K7/06
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-548505(P2015-548505)
(86)(22)【出願日】2013年12月18日
(65)【公表番号】特表2016-509200(P2016-509200A)
(43)【公表日】2016年3月24日
(86)【国際出願番号】EP2013077221
(87)【国際公開番号】WO2014096090
(87)【国際公開日】20140626
【審査請求日】2016年12月9日
(31)【優先権主張番号】2012/0542
(32)【優先日】2012年12月19日
(33)【優先権主張国】IE
(73)【特許権者】
【識別番号】514073617
【氏名又は名称】ザ プロボースト,フェローズ,ファンデーション スカラーズ,アンド ジ アザー メンバーズ オブ ボード,オブ ザ カレッジ オブ ザ ホーリー アンド アンディバイデッド トリニティ オブ クイーン エリザベス ニア ダブリン
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【弁理士】
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】ケリー,ジュリー
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/038206(WO,A2)
【文献】 特表平09−501310(JP,A)
【文献】 国際公開第99/053941(WO,A1)
【文献】 特表2004−503241(JP,A)
【文献】 特開平07−304797(JP,A)
【文献】 特表2010−510175(JP,A)
【文献】 米国特許第07713935(US,B2)
【文献】 Neuroscience Letters,2008年 1月24日,Vol.431 No.1,Page.26-30
【文献】 Journal of Biological Chemistry,1998年11月27日,Vol.273 No.48,Page.32281-32287
【文献】 愛知医科大学医学会雑誌,2002年 6月15日,Vol.30 No.2,Page.109-116
【文献】 Neuropharmacology,2007年 6月,Vol.52 No.7,Page.1472-1481
【文献】 Journal of Molecular Endocrinology,2003年 4月,Vol.30 No.2,Page.87-97
【文献】 BMC Genomics,2007年 9月25日,Vol.8,Page.338
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
A61P 3/04
A61P 3/10
A61P 25/00
A61P 25/04
A61P 25/08
A61P 25/14
A61P 25/16
A61P 25/18
A61P 25/20
A61P 25/22
A61P 25/24
A61P 25/28
A61P 25/30
C12N 1/19
C12N 1/21
G01N 33/15
G01N 33/50
C07K 7/06
C07K 14/705
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト中枢神経系(CNS)組織内のTRH受容体サブタイプと、ヒト下垂体組織内のTRH受容体サブタイプとを識別する方法における、
下記の構造を有する化合物の使用:
Glp−W−Pro−X、
ここで、
Xは、L型であってもD型であってもよい1から20のアミノ酸残基を表し、
C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリン(AMC)で置換されていてもよく、
および、
Wは、天然または非天然アミノ酸を表す。
【請求項2】
ヒトCNS関連疾患の治療における、
下記の構造を有する化合物の使用:
Glp−W−Pro−X
(ここで、
Xは、L型であってもD型であってもよい1から20のアミノ酸残基を表し、
C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリンで置換されていてもよく、および、
Wは、天然または非天然アミノ酸を表す。)
【請求項3】
下記の構造を有する化合物への選択的結合に基づいて、下垂体TRH受容体サブタイプと識別可能である、ヒトCNS組織内のTRH受容体サブタイプに結合することが可能な治療薬の、
前記テスト治療薬の前記ヒトCNS組織内のTRH受容体サブタイプへの結合能を測定する工程を含むことを特徴とする、
スクリーニング方法:
Glp−W−Pro−X
(ここで、
Xは、L型であってもD型であってもよい1から20のアミノ酸残基を表し、
C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリンで置換されていてもよく、および、
Wは、天然または非天然アミノ酸を表す。)
【請求項4】
下記の構造を有する化合物への選択的結合を示す、ヒトCNS組織から単離されたTRH受容体サブタイプ:
Glp−W−Pro−X
(ここで、
Xは、L型であってもD型であってもよい1から20のアミノ酸残基を表し、
C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリンで置換されていてもよく、および、
Wは、天然または非天然アミノ酸を表す。)
【請求項5】
請求項4に記載された、単離されたTRH受容体サブタイプを発現する細胞。
【請求項6】
大腸菌、枯草菌、酵母、昆虫および動物細胞から選択される、請求項5に記載の細胞。
【請求項7】
疾患における診断的適用および治療的適用の研究および開発のための、請求項4に記載の単離された受容体、もしくは、請求項5または6に記載の細胞の、使用。
【請求項8】
ヒトTRH受容体サブタイプを精製するためおよび前記受容体サブタイプの特性を明らかにするための、下記の構造を有する化合物の使用:
Glp−W−Pro−X
(ここで、
Xは、L型であってもD型であってもよい1から20のアミノ酸残基を表し、
C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリンで置換されていてもよく、
および、
Wは、天然または非天然アミノ酸を表す。)
【請求項9】
脳および脊髄損傷、脳卒中、記憶喪失、脊髄小脳変性症、疼痛、慢性疲労症候群、ナルコレプシー、嗜眠、薬剤に続発する鎮静状態、化学療法または放射線療法に続発する鎮静状態、鎮静剤中毒/呼吸困難に続発する鎮静状態、麻酔からの覚醒に続発する鎮静状態、神経変性、てんかん、肥満、糖尿病、注意欠陥多動性症、精神疾患、気分障害、うつ病、双極性感情障害、サーカディアンリズムの障害(例えば、時差ぼけ)、不安障害、アルツハイマー病および認知障害を伴う他の認知症、前頭側頭型認知症、発作性疾患、肥満、運動ニューロン疾患、パーキンソン病、およびCNS関連疾患
からなる群から選択されるヒトのCNSの疾患の診断方法および治療における、請求項3に記載の方法によって同定される治療薬の使用。
【請求項10】
前記化合物が、
Glp−Asn−Pro−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−Ser−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Phe−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Ala−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Val−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−TrpAMC、
Glp−His−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NH
から選択されることを特徴とする、請求項1、2、7または8に記載の使用、あるいは請求項3に記載の方法。
【請求項11】
下記から選択される化合物への選択的結合構造を示す、請求項4に記載の受容体:
Glp−Asn−Pro−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−Ser−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Phe−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Ala−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Val−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−TrpAMC、
Glp−His−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NH
【請求項12】
前記化合物が、
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−His−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NH
から選択されることを特徴とする、
請求項8に記載の使用、または、請求項10に記載の受容体。
【請求項13】
前記化合物が、
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
であることを特徴とする、請求項10または11に記載の受容体の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト下垂体組織内で見つかる既知のTRH受容体サブタイプとは薬理学的に明確に区別される、ヒト中枢神経系(CNS)組織内の新規TRH受容体(TRHR)サブタイプの識別に関する。この識別は、これらの受容体部位におけるGlp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NHおよびそれらの構造的に関連する類似体のようなTRH系化合物の、識別力を有するリガンド結合特性に基づいている。本発明は、したがって、CNS内および下垂体内のTRHRサブタイプを識別するだろうリガンドの同定のための手段を提供する。さらに、本発明は、それによってCNS TRHR媒介生物学的効果と下垂体媒介生物学的効果とを区別するツールを提供する。本発明はまた、目下満たされていないニーズが存在するCNS疾患を治療するために、CNS内の該TRH受容体に結合可能な薬剤の設計を容易化する方法もまた提供する。上記疾患は、制限されるものではないが、ニューロン損傷または神経機能の妨害が関与する神経疾患、例えば、うつ病;難治性てんかん;ならびに、例えば脳および脊髄損傷、脳卒中、疼痛、筋萎縮性側索硬化症(ALS、また、運動ニューロン疾患(MND)およびルー・ゲーリック病としても知られている。)、脊髄小脳失調症(SCA)、アルツハイマー病(AD)およびパーキンソン病(PD)を含む急性および慢性神経変性;といった、神経疾患を包含する。
【背景技術】
【0002】
チロトロピン放出ホルモン(TRH)は、ヒトにおいて本来的に発生し、その内分泌作用からは独立した、中枢神経系(CNS)内で多面的、恒常的な、神経保護効果及び神経栄養効果を有すると認識されている。これらTRHのCNS効果は、CNSが関連する疾患の治療におけるその臨床利用の基礎を提供する。また、該TRHのCNS効果によって、特に、神経変性疾患のような複雑なCNS病態において、ひとつの損傷メカニズムを対象とした想定される他の神経治療よりも、TRH系の化合物が顕著に優位となるかもしれない。ヒトCNS関連疾患における、TRHおよびTRH関連化合物の有望な臨床適用は、制限されるものではないが、うつ病、慢性疲労症候群、ナルコレプシー、神経衰弱、嗜眠(lethargy)、薬剤に続発する鎮静状態、化学療法または放射線治療に続発する鎮静状態、鎮静剤中毒/呼吸困難に続発する鎮静状態、麻酔からの覚醒に続発する鎮静状態、注意欠陥多動性障害(ADHD)、サーカディアンリズムの障害(例えば、時差ぼけ)、双極性感情障害、不安障害、アルツハイマー病および認知障害を伴う他の認知症、前頭側頭型認知症、発作性疾患、肥満症および運動ニューロン疾患ならびに疼痛を包含する。しかしながら、TRHの臨床利用は、その短い半減期および内分泌に関する潜在的な副作用によって制限されている。US特許7,713,935 B2には、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NHが、いかにして上記の欠点を克服したかが記載されており、また、中枢TRH作用の治療的有用性を、広範囲にわたるCNS疾患の治療において利用するための手段が提案されている。
【0003】
自然発生的TRHなどの神経活性ペプチドの生物学的作用は、特定の受容体によって媒介される。リガンド−受容体の相互作用は、放射性リガンド結合試験によって、あるいは、直接性は低くなるが、生物学的効果に関する用量反応曲線の評価を通して、測定することができる。前者は、放射線標識された形態のリガンド、ならびに、細胞膜画分、無傷細胞(intact cell)または可溶化調製物といった受容体の供給源が必要である。該受容体およびリガンドを、平衡状態になるまで一緒にインキュベートし、該受容体に結合した被標識リガンドの量を測定する。ホモジナイズされた組織/粒子状調製物を用いる場合、ろ過、遠心分離または平衡透析によって、受容体に結合したリガンドから、遊離リガンドを分離することで、仕上げてよい。可溶性の組織調製物を用いる場合、この遊離リガンドと結合リガンドとの分離は、ゲルろ過、平衡透析、および/または、受容体に結合したリガンドの沈殿によって達成されてよい。リガンド結合スクリーニングアッセイは、受容体を標的とする新規化合物を同定するのに有用である。標識されていないテスト化合物に関して放射線標識リガンドを置換する能力を試験するための競合的結合アッセイは、そのような他の化合物の受容体部位に対する親和性を測定するために使用することができる。放射線標識リガンドを検出するオートラジオグラフィーを、局部的な受容体分布の位置特定またはマッピングのため、CNSのリガンド摂取量の推定のため、ならびに、薬物動態評価実施のため、に用いることができる。
【0004】
放射線リガンド結合試験において、高親和性TRH受容体部位を標識するために一般的に[H][3−Me−His]TRHを採用するが、それはこれが[H]TRHより高い親和性を持って結合し、より高い特異的結合を提供するからである。
【0005】
ヒト脳組織を用いた放射線リガンドの研究は、これまでにごく限られた数が報告されている。これらの研究では、辺縁構造において発見された最も高い結合レベルで、[H][3−Me−His]TRH標識された受容体がヒト脳内の独立した領域に存在することが示された。ヒト扁桃体内で、[H][3−Me−His]TRHの結合が飽和性であることが観察され、また、該結合は7〜10nMのKdを示した。扁桃体と比較して、下垂体組織内ではより少ない結合部位しか観察されなかったにもかかわらず、[H][3−Me−His]TRHは、扁桃体と同等の親和性でヒト脳下垂体に結合した。
【0006】
げっ歯動物の脳組織における[H]TRHおよび[H][3−Me−His]TRH結合の研究は、より広く報告されている。このような研究から得られたデータは、特定の[H][3−Me−His]TRH結合部位が明確に局在化していることを示しており、また、この放射線標識ペプチドが、ラット脳皮質膜上の高親和性部位のひとつの群に約5nMのKdで結合すること、ならびに、TRHが約25nMのK値でこれらの部位を獲得するために競合することを示唆している。同様に、[H][3−Me−His]TRHは、ラット下垂体組織内の高親和性部位の一群に、2.2nMのKdで結合するようである。
【0007】
Gタンパク質共役受容体(GPCRs)は、神経ペプチドの生物学的作用の媒介に関与すると認識されており、また、魅力的な神経薬理学的ターゲットと見なされている。現在までに、TRHに対する2つのGPCRサブタイプが、非霊長類において同定されている。すなわち、TRH受容体1(TRHR1)およびTRH受容体2(TRHR2)である。さらに、第3の推定TRH受容体サブタイプが、アフリカツメガエルにおいてクローニングされた(xTRHR3);しかしながら、xTRHR3が、TRHおよびTRH類似体に対して非常に低い親和性示したこと、ならびに、類似体間を区別しなかったことから、筆者らはその後、xTRHR3は他のペプチドに対する受容体のようだ、と示唆した。
【0008】
同じ種由来のTRHR1およびTRHR2のアミノ酸配列の比較から、それらの全体的な相同性は約50%であることが示される。ラットにおいて、TRHR1およびTRHR2の分散パターンは、明白に異なっている。例えば、TRHR1は、下垂体内で高いレベルで発現し中枢神経系(CNS)内では限定的な発現を示すが、一方で、TRHR2は、下垂体内には存在しないもしくは低いレベルでしか存在せずCNS内では全体に広く分布している。TRHR1およびTRHR2に関するmRNAsの明確に異なる局所分布は、以下の考えを導いた:TRHR1は、TRHの内分泌機能の媒介において主要な役割を果たし、一方で、TRHR2は、覚醒、自発運動および疼痛知覚へ与える影響と同様に、TRHの高次認識機能の媒介においても重要であるかもしれない。
【0009】
げっ歯動物における、TRHに対する2つの受容体サブタイプを同定するクローニング研究に先立ち、以下のことが示されていた:ラット脳から単離されたTRH受容体たんぱく質がある等電点(すなわち、PI=5.5)を有し、ラット下垂体から単離されたもの(すなわち、PI=4.9)とは異なっており、これらのことから、ラット脳内のTRH受容体はラット下垂体内のTRH受容体とは構造的に異なり得ることが示唆される。
【0010】
TRHR1およびTRHR2の両者は、[H][3−Me−His]TRHに対して同様の高い親和性を示すが、それゆえに、このリガンドはこれら2つの既知TRH受容体サブタイプ間を識別するために使用することはできない。同様に、TRHおよび多くのTRH類似体が、これら2つのTRH受容体サブタイプを薬理学的に識別することはできない。それでも、いくつかの化合物が、TRHR1またはTRHR2のいずれかを発現する細胞において、TRHR1と比べ、ある程度のTRHR2への結合選択性を示すようだと報告されている。Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NHは、TRHR1またはTRHR2のいずれかを発現する細胞あるいはラット下垂体組織ホモジネートにおいて、[H][3−Me−His]TRH結合を置換しない;しかしながら、天然のラット皮質組織において[H][3−Me−His]TRH結合を置換する(Scalabrinoら、2007)。
【0011】
げっ歯動物におけるTRHR2の発見に際し、当初、TRHR2は、TRHに基づいたヒト用の神経治療を向上させるための治療ターゲットを提供するかもしれないと考えられていた;しかしながら、TRHR2のヒトにおける存在は、確認されていなかった。US特許6,441,133は、TRHR2の構造を開示しており、また、TRHR2において同定されたアミノ酸配列を含む純タンパク質を、単離された組み換えTRHR2と共にクレームしている。さらに、該特許は、テスト化合物のTRHR2への結合能の分析方法ならびにテスト化合物のTRHR2遺伝子の発現を変化させる能力の分析方法にも関する。これに先行する特許−US特許5,288,621−は、下垂体TRHR(すなわち、TRHR1)をコードするcDNAの単離、配列および発現クローニング、ならびに、この受容体のアミノ酸配列を初めて開示した。
【0012】
ヒトTRHR1は、マウスおよびラットTRHR1と、cDNAおよびアミノ酸レベルでおよそ90%の相同性がある。
【0013】
特に、TRHR2は、ヒトでは検出されない;ヒトでクローニングされた唯一のTRH受容体が、TRHR1サブタイプである。したがって、これまでに、当技術分野においては、ヒトにはただ一つの同種TRH受容体サブタイプが存在するのみであることが示唆されている。また、当技術分野においては、ヒト脳および下垂体内のTRH受容体は識別できないこともまた示唆されている。
【0014】
放射線リガンドの競合的結合の研究によって、受容体サブタイプの薬理学的特性および分類に加えて、新規の受容体サブタイプの発見を可能にする重要な手段が、提供される。受容体サブタイプは、薬理学的に定義されるかもしれない。そのような場合には、サブタイプは、異なるリガンドの異なる結合に基づいて、互いに区別されるかもしれない。
【0015】
薬剤開発における、動物組織の使用ならびに特定の受容体サブタイプを発現する異種細胞の使用には欠点があるが、それは、ヒトと動物との間に受容体サブタイプの違いが存在し得るからであり、その違いのために、動物における作用が、ヒトにおける効能へと転換されないかもしれないからである。重要なことには、GPCRsを通したリガンドシグナル伝達の媒介は、当初は単量体の受容体が関与していると理解されていた。しかしながら、近年この考え方は、これらの受容体が、GPCR受容体の機能に影響を及ぼし薬剤設計に関して意味を有するホモ−オリゴマー複合体およびヘテロ−オリゴマー複合体を形成する、という認識によって、見直されてきている。例えば、オピオイド受容体のμおよびδサブタイプの対合は、それぞれのサブタイプに対して特異的なリガンドの、親和性の低下をもたらす。また、これに関連し、以下のことも示唆された:非生理学的な状態における単離受容体を用いた研究で収集されたデータは誤解を招き得るが、それは、リガンド−受容体の相互作用および/またはシグナル伝達に不可欠であると思われるGPCRのホモ−ヘテロオリゴマー形成が、そのような環境下では実現し得ないと考えられるからである。TRH受容体の場合、TRH受容体サブタイプのヘテロ−オリゴマー化と同様に、構造的および作動薬誘発のホモ−オリゴマー化が実証された。したがって、TRH受容体のヘテロ複合体の形成が天然組織において生じることは可能であるが、単体の受容体サブタイプを発現する細胞モデルにおいては可能ではないと考えられる。
【0016】
天然のヒト受容体への有望な薬剤の結合を、放射線リガンド競合的結合アッセイを用いて確認することは、前臨床の薬剤開発において、ますます重要なステップであると認識されてきている。
【0017】
ラット皮質および海馬組織のホモジネートにおいて、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、高い親和性で、[H][3−Me−His]TRHで標識された天然TRH受容体に結合することが以前、示された;しかし、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHは、天然のラット下垂体組織、CHO−TRHR1、CHO−TRHR2またはGH4膜組織において[H][3−Me−His]TRH結合を置換しない(Scalabrino 2007、Hogan 2008)。Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−DTrpAMC、Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrpAMC、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH、Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrpNH、およびGlp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NHは、Glp−His−Pro−D−Tyr−D−TrpNHと同じ識別特性を示す。したがって、このペプチドファミリーは、本来的にTRHR1を発現するGH4下垂体細胞株内の、[H][3−Me−His]TRH結合を置換しない;しかしながら、これらのペプチドは、天然のラット脳皮質および海馬において[H][3−Me−His]TRH結合を確かに置換し、上記組織内の上記結合部位に対して高い親和性(すなわち、Ki値<10−6M)を示す。対照的に、[3−Me−His]TRHは、GH4ならびに天然ラット脳皮質および海馬組織の両者の[H][3−Me−His]TRH標識された部位に対して高い親和性を示す(表1を参照)。このペプチドファミリーは、以前、US特許7,378,397 B2および7,713,935 B2において、TRH−分解細胞外酵素(TRH−DE)を阻害する新規な化学物質として記載された。
【0018】
本発明は、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、ヒト下垂体組織において[H][3−Me−His]TRH結合を置換しないことを示す。しかしながら、予想外にも、研究によってヒトにおけるTRHR1サブタイプのみの存在が示唆されたことを考慮すると、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHはCNS組織において[H][3−Me−His]TRH結合を置換することが見出された。この知見は、TRH類似体すなわちGlp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、ヒト下垂体組織内のTRH受容体とは薬理学的に明確に異なるヒトCNS組織内の新規TRH受容体サブタイプに、nMオーダーの親和性で、選択的に結合することを、初めて実証する。とりわけ、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHは、これまでは認識されていなかったこれら2つの薬理学的に異なるヒトTRH受容体サブタイプを識別するための、画期的革新的なツールを提供する。
【0019】
ゆえに、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NH、ならびに、Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−DTrp−AMC、Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrpAMC、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH、Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrpNHおよびGlp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NHを包含する、クレーム中で定義される構造的に関連する化合物のファミリーは、この新規なTRH受容体サブタイプの存在を認識するための他に類を見ない手段を提供する−過去に、この新規な中枢TRH受容体と下垂体TRH受容体とを識別できる化合物は他に発見されていない。それゆえ、CNSにおいてTRHの生物学的影響がどのようにして媒介されているかを理解するための、既存の解決策はない。
【0020】
US特許5,879,896は、TRHのヒトTRH受容体への結合を抑制する化合物またはそれらの塩の、スクリーニング方法を主にクレームしている。該方法は、TRHR1のアミノ酸配列を有するTRH受容体またはTRHを結合するための部位を十分に有しているTRH受容体をコードするDNAを含有する発現ベクターで形質変換された細胞から得たTRH受容体タンパク質またはその塩を、スクリーニングに供する化合物およびTRHと接触させる工程を含み、ならびに、TRHとTRH受容体との間の結合を、該化合物の非存在下と存在下とで比較する工程を含む。ここで、化合物の存在下におけるTRHと受容体との間の結合が非存在下よりも少ない場合、それがTRHと受容体との間の結合を抑制する化合物であることを示唆する。Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NHおよび上記した構造的に関連しているペプチドファミリーが2000年代まで発見されなかったことから、US特許5,879,896の発明者らが、該ペプチドファミリーおよび本明細書に記載したその関連化合物を用いずに、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NH結合によって明らかにされるTRHRサブタイプの存在を予測し得なかったであろうことは、明白である。
【0021】
ここに記載される本発明は、気分安定薬またはムードエンハンサー(mood enhancer)として、記憶喪失、嗜眠、不安障害、時差ぼけ、注意欠陥多動性障害、外傷後症候群に加え、TRHが関連するいずれの疾患、特に、脳および脊髄損傷、記憶喪失、脊髄小脳変性症、脊髄の痛みを含む疼痛、てんかん、摂食障害、体重管理障害(特に、肥満)、およびCNS関連疾患のための診断法および治療法の開発に関連しており、また、本発明は、TRH媒介細胞プロセスを調べる研究用ツールとしても適用し得る。本発明は、CNSにおけるTRHシグナル伝達の薬理学的介入に関する研究の新領域を切り開き、また、CNS疾患の治療および治療薬開発のための重要な示唆を与える。
【0022】
ここに記載される本発明は、TRHの中枢神経治療効果がどのように媒介されるかを理解するための手段を、初めて提供する。加えて、本発明は、Glp−Asn−Pro−DTyr−DTrp−NHおよびここに定義される構造関連化合物のファミリーによって薬理学的に明確に識別される、この新規TRHR部位と相互作用する化合物のスクリーニング方法も提供する。
【発明の概要】
【0023】
本発明の目的
したがって、本発明の目的は、ヒト下垂体TRH受容体とは明確に異なる、ヒト脳内およびヒト脊髄内の新規TRH受容体サブタイプの識別方法を提供することである。本発明は、選択的にヒトCNS組織内のTRH受容体部位にも結合する化合物のスクリーニング方法もまた提供する。このような化合物は、治療用化合物として使用されてよい。さらに、本発明は、TRHのいずれの生物学的機能が中枢TRH受容体を通して媒介されるのか、ならびに、いずれが下垂体TRHR1受容体を通して媒介されるのか、を調べる手段を提供する。
【0024】
本発明の要約
本発明によれば、ヒトCNS組織内のTRH受容体サブタイプとヒト下垂体組織内のTRH受容体サブタイプとを識別する方法において、下記の構造を有する化合物の使用が提供される:
Glp−W−Pro−X
ここで、Xは、L型またはD型であってよい1から20のアミノ酸残基を表し、C末端のアミノ酸残基は、アミノ基またはアミノメチルクマリン(AMC)で置換されていてよく、および
Wは、天然又は非天然のアミノ酸を表す。
【0025】
Xは、1から15、または1から10、または1から7、または1から5、または1から3のアミノ酸残基を表してもよい。
【0026】
本発明は、制限されるものではないが、筋萎縮性側索硬化症、脳および脊髄損傷、脳卒中、記憶喪失、脊髄小脳変性症、疼痛、神経変性、慢性疲労症候群、ナルコレプシー、嗜眠、薬剤に続発する鎮静状態、化学療法または放射線療法に続発する鎮静状態、鎮静剤中毒/呼吸困難に続発する鎮静状態、麻酔からの覚醒に続発する鎮静状態、注意欠陥多動性症、てんかん、肥満、糖尿病、精神疾患、気分障害、うつ病、双極性感情障害、サーカディアンリズムの障害(例えば、時差ぼけ)、不安障害、アルツハイマー病および認知障害を伴う他の認知症、前頭側頭型認知症、発作性疾患、肥満、運動ニューロン疾患、およびパーキンソン病を含むヒトCNS疾患のための、診断または治療における上記した化合物の使用もまた提供する。
【0027】
本発明のさらに別の態様において、本発明は、ヒトCNS組織内のTRH受容体サブタイプに結合することが可能な治療薬のスクリーニング方法を提供する。ここで、該受容体サブタイプは、上記で定義した化合物への選択的結合に基づいて、下垂体TRH受容体サブタイプから識別可能であり、また、該スクリーニング方法は、テスト治療薬のヒトCNS組織内TRH受容体への結合能を測定する工程を含む。
【0028】
本発明はまた、ヒトCNS組織から単離されたTRH受容体サブタイプにも関する。該受容体は、上記で定義した化合物への選択的結合を示す。
【0029】
本発明は、ヒトCNS組織から単離されたTRH受容体サブタイプを発現する細胞もまた提供する。該受容体は、上記で定義した化合物のへの選択的結合を示す。該細胞は、大腸菌(E.coli)、枯草菌(B.subtilis)、酵母、昆虫細胞または動物細胞であってよい。
【0030】
上記で定義した単離受容体、または上記で定義した細胞は、疾患における診断的適用および治療的適用の研究および開発に使用してもよい。特に、新規な診断用および治療用化合物、アッセイ、方法、または、CNS疾患に関連する使用、を特定するために使用してよい。
【0031】
本発明で用いる化合物において、Xアミノ酸は、L型であってもD型であってもよい。
【0032】
Xは、天然の側鎖を有するアミノ酸残基を表してもよい。
【0033】
Wは、アミノ酸残基の側鎖を表してもよく、該側鎖中、R基は中性であっても電荷を帯びていてもよい。
【0034】
Wは、D型のアスパラギンであってよい。
【0035】
Wは、L型のアスパラギンであってよい。
【0036】
該化合物は、下記から選択されてよい:
Glp−Asn−Pro−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−Ser−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Trp−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−Trp−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Phe−D−TyrAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Ala−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−Val−D−Tyr−D−TrpAMC、
Glp−Asn−Pro−D−TrpAMC、
Glp−His−Pro−D−Tyr−D−TrpNH
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−AMC、
Glp−Asn−Pro−LTyr−LTrp−NH
特に好ましくは、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHである。
【0037】
本発明の簡単な説明
化合物が、天然のヒト組織内の、ターゲットとなる受容体に結合する、ということを確認することは、化合物を臨床開発へ進めるあたり、重要なステップである。これは、組換え受容体の見かけ上の薬効薬理が、天然のヒトのターゲットの薬効薬理を反映しない場合もあるため、特に重要である。過去には、ヒト脳組織を用いた、ごく限られた数の放射線リガンド結合試験で、[H][3−Me−His]TRHがヒト下垂体内の受容体およびヒト脳の分離領域内の受容体を標識することが示される、と記載されていた。
【0038】
これまでに、ヒト以外の種で、2つのGタンパク質共役受容体(GPCR)サブタイプが、TRHに対する受容体であることが特定されている。すなわち、TRH受容体1(TRHR1)およびTRH受容体2(TRHR2)である。両受容体は、同様の高い親和性でTRHおよび[3−Me−His]TRHを結合する。ゆえに、これらのリガンドは、これら2つの既知TRH受容体サブタイプ同士を、薬理学的に識別する目的では使用できない。
【0039】
ラットにおける、TRHR1 mRNAおよびTRHR2 mRNAの異なる局所分布から、TRHR1は、TRHの内分泌機能の媒介において主要な役割を果たし、一方で、TRHR2は、視床下部−下垂体−甲状腺軸からは独立している、そのCNSへの作用の媒介において重要かもしれない、という考えが導かれた。当初は、TRHR2が、TRHに基づいたヒト用の神経療法を開発するための治療ターゲットを提供するかもしれないと、考えられていた。しかしながら、後に、ヒトにおいてはTRHR2が存在しないことが分かった。BLASTアルゴリズム[http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/]によって、マウスまたはラットTRHR2のオルソログが、ヒトにおいては存在しないこと、ならびに、マウスおよびラットTRHR2のそれぞれと58%および55%の同一性を有するTRHR1が、もっとも近いこと、が確認される。したがって、これまでの研究は、ヒトにおいては唯ひとつのTRH受容体、すなわち、TRHR1のみが存在する、ということを示唆している。
【0040】
以前に、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、天然のラット皮質および海馬組織への[H][3−Me−His]TRH結合を置換するが、下垂体組織への結合は置換しないことが示されていた(Scalabrino 2007; Hogan 2008)が、これは、ラットにおいて、イン・ビボでの内分泌効果を刺激することなく、中枢におけるTRHの薬理作用を惹起する、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHの能力と一致する。これにより、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、TRHR2に結合するかもしれないことが示唆された;しかしながら、TRHR2を発現する異種細胞における、[H][3−Me−His]TRH結合は置換しなかった(Hogan 2008)。天然および異種発現したTRHR2受容体の結合特性における相違は、しかしながら、翻訳後修飾または受容体活性調節タンパク質(RAMPs)における違いによって、説明され得るであろう。
【0041】
本発明は、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHがヒト脳内および脊髄内のTRH受容体に結合するが、ヒト下垂体組織内のTRH受容体には結合しないこと、を明らかにする。
【0042】
ヒト組織に関していえば、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHは明らかにTRHR2に結合していない、というのも、ヒトにはこのTRH受容体サブタイプが存在していないからである。したがって、このペンタペプチドは、ヒトCNS内の、これまでのところ未知であるTRH受容体サブタイプに結合している。なお、該未知TRH受容体サブタイプは、ヒト下垂体組織に存在するTRH受容体とは明確に異なる。
【0043】
下垂体におけるそれとは薬理学的に区別され得る、ヒトCNSにおける新規TRH受容体の発見は、TRH薬理学分野における主要な知見を象徴している。これにより、TRHの神経薬理作用を探索するための新しい機会が切り開かれ、また、CNS領域における薬剤開発に関する、潜在的に重要な治療ターゲットが特定される。
【0044】
本発明は、ヒトCNS組織内のTRH受容体サブタイプおよびヒト下垂体組織内のTRH受容体サブタイプの識別方法を提供する。ひとつの態様において、本発明は、CNS関連疾患の治療のための治療薬のスクリーニング方法を提供するであろう。ここで、該治療薬は、ヒトCNS組織におけるTRH受容体サブタイプに結合することができ、また、該受容体サブタイプは、下垂体TRH受容体サブタイプとは区別し得る。本発明は、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHへの選択的な結合を示す、単離されたTRH受容体サブタイプもまた提供するであろう。該TRH受容体サブタイプは、ヒト疾患における診断的および治療的適用のためのターゲットとして使用することができる。加えて、本発明は、このTRH受容体サブタイプを発現する細胞も提供するであろう。該細胞は、ヒト疾患における診断的および治療的適用の研究および開発のために使用することができる。本発明はまた、新規TRH受容体サブタイプの精製手段および特性を明らかにする手段も提供する。本発明のさらに別の態様において、本発明の化合物を、CNS関連疾患の治療において使用してもよい。本発明の化合物は、経口、非経口、筋肉内(i.m.)、腹腔内(i.p.)、静脈内(i.v.)または皮下(s.c.)注射、経鼻、膣、直腸または舌下の投与経路によって投与されてよく、ならびに、各投与経路に適した剤形に製剤化されてよい。このような化合物は、1種またはそれ以上の薬理活性物質と併用されてよい。
【0045】
実施例
薬理学的に異なる受容体サブタイプは、識別力のあるリガンドによって立証されてよい。ここに、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、ヒト脳および脊髄においてはTRHに結合するが、下垂体においては結合しないことを示し、これによってヒトCNSおよび下垂体における薬理学的に異なるTRH受容体サブタイプの存在が実証される、と記載された、いくつかの放射線リガンド研究がある。
【0046】
放射線リガンド試験の基本手順

ヒト組織におけるGlp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHの結合を調べるために、[H][3−Me−His]TRHを用いてヒト組織由来の皮質、海馬、脊髄および下垂体組織膜内のTRH受容体を標識し、放射線リガンド結合試験を実施した。
【0047】
すべての化学薬品は、特に記載がない場合、シグマ−アルドリッチ社より購入した。TRHおよび[3−Me−His]TRHを除く、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHおよびその他すべてのペプチドは、アメリカンペプチドカンパニー社(サニーベール、カリフォルニア、U.S.A.)によって、クリーンドライエア(CDA)下、特注で合成された。[H][3−Me−His]TRHは、パーキンエルマー社(ボストン、マサチューセッツ、U.S.A.)より入手した。
【0048】
神経疾患の病歴のない各ドナーから調製されたヒト組織を用いた競合的結合のアッセイを、原則的に以前に記載された方法(Kellyら、2002;Scalabrinoら、2007;Hoganら、2008)で、膜懸濁液および[H][3−Me−His]TRHを、濃度を増加させていったペプチドと共に、4℃で5時間インキュベートすることにより、実施した。非特異的結合(NSB)を、10μMのTRH存在下で測定した。GF/CまたはGF/Bフィルターを通した吸引ろ過により、結合リガンドと遊離リガンドとを分離し、その後、3×5mLの氷冷したNaClまたはTris−HCl緩衝液で洗浄した。該フィルターに保持された放射能を、液体シンチレーション計測法によって測定した。
【0049】
競合的結合の実験において、TRHは、CNS組織および下垂体組織の両者において、10−8MのオーダーのIC50値で[H][3−Me−His]TRHを置換した。とりわけ、TRHとは異なり、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHは、下垂体膜においては[H][3−Me−His]TRH結合を置換しなかったが、海馬膜においては、10−8MのオーダーのIC50値でこの標識を置換した。同じ薬理学的プロファイルが、同じ条件で実施した競合実験において、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHによって示された;この場合、CNS組織におけるIC50は、10−7のオーダーである。これらの結果から、[H][3−Me−His]TRHが、ヒトCNS組織における一群のTRH受容体を標識することが初めて明らかとなる。なお、該ヒトCNS組織における一群のTRH受容体は、ヒト下垂体におけるそれらとは薬理学的に異なる。また、上記の結果から、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHが、これら非下垂体部位に対する、有望な識別リガンドであることもまた、初めて明らかとなる。
【0050】
【表1】
【0051】
放射線リガンドの競合的結合アッセイは、新規TRH受容体サブタイプに結合する、有望なリガンドおよび新規な治療薬をスクリーニングするために、実施してよい。例えば、以前に記載された方法(Kellyら、2002;Scalabrinoら、2007;Hoganら、2008)で調製した膜懸濁液を、放射線標識されたGlp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHまたはその類似体のひとつ、ならびに、濃度を増加させていったテスト化合物と共に、4℃で5時間、インキュベートしてよい。非特異的結合(NSB)は10μMのTRH存在下で測定することができる。結合リガンドと遊離リガンドとを、GF/Cフィルターを通した吸引ろ過によって分離してよく、その後、3×5mLの氷冷した水性のNaClまたはTris−HCl緩衝液で洗浄してよい。該フィルターに保持された放射能を、液体シンチレーション計測法によって測定する。全体の結合(TB)からNSBを差し引くことで、特異的結合(SB)の指標が得られ、この指標から、新規TRH受容体サブタイプに対する親和性を計算することができる。
【0052】
当技術分野において、リガンドまたは新規治療薬の特性に関するさらなる情報を提供するために、リガンド結合後の生物学的応答についてのより進んだ解析を実施し得ることが、示唆されている。例えば、Gタンパク質依存性機能アッセイを、下流のシグナル伝達経路を測定するために実施することができ、また、該アッセイによって、フルアゴニストまたはパーシャルアゴニスト、ニュートラルアンタゴニスト、インバースアゴニストおよびアロステリックレギュレーターを識別することができる。このようなアッセイにおいて、[35S]−GTPγSのような非加水分解性のGTP類似体の、対象のGPCRを発現する細胞から調製された形質膜上での蓄積は、一般的にアゴニスト刺激の後に測定される。cAMPまたはイノシトールリン酸のような特定のセカンドメッセンジャーを測定するためにデザインされた細胞ベースの機能アッセイを、リガンド結合に対する細胞応答の特性判断においてもまた、採用することができる。
【0053】
アフィニティークロマトグラフィーを、新規TRH受容体サブタイプを精製するために使用することができる。この技術は、タンパク質の精製手段としてよく知られており、他の受容体の精製において首尾よく採用されてきた。簡単に説明すると、この手法においては、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNHまたはその類似体のひとつを、親和性リガンドとして用いることができるだろう。この場合、例えばGlp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpOHを、遊離アミノ基を有するアガロース誘導体のような好適な固相支持体に付着させることができる。精製手順は、まず第一に、膜調製物由来の受容体の可溶化を含むが、該可溶化は、CHAPSまたはオクチルグルコシドのような好適な界面活性剤を用いることにより達成することができる。続いて、この可溶化された調製物を、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH−誘導体化されたカラムを通過させると、目的のタンパク質を該カラムに保持される。他のタンパク質を、リン酸またはTris緩衝液のような好適な緩衝液を用いて、カラムから洗い流す。その後、Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH溶液またはTRH溶液または[3−Me−His]TRH溶液のような好適な溶離液で該カラムを洗うことによって、受容体タンパク質を溶出させることができる。溶出したリガンドは、例えば、透析によって取り除くことができ、また、目的のタンパク質を、親油化のような手法で濃縮してもよい。その後、予備的な特性評価を実行するために、SDS−PAGEを実施できる。精製したタンパク質の全配列または部分配列が、その後、得られるであろう。
【0054】
「含む/含有する」という用語および「有する/包含する」という用語は、ここで本発明について用いられる場合、述べられた特性、完全体(integer)、ステップまたは構成要素の存在を特定するために使用されるが、ひとつまたはそれ以上の他の特性、完全体、ステップ、構成要素またはそれらの群の存在または追加を、排除しない。
【0055】
明確にするため個々の実施形態の文脈において記載された、本発明の特定の特性は、組合せてひとつの実施形態として提供されてもよい。逆に、簡潔にするためにひとつの実施形態の文脈で記載された、本発明のさまざまな特性は、別々に、あるいは、いかなる好適な部分的組合せの形態で提供されてもよい。
【0056】
参考文献
Scalabrino GA, Hogan N, O’Boyle KM, SlatorGR, Gregg DJ, Fitchett CM, Draper SM, Bennet GW, Hinkle PM, Bauer K, Williams CH, Tipton KF, Kelly JA. Discovery of a dual action first−in−class peptide that mimics and enhances CNS−mediated actions of thyrotropi−releasing hormone, Neuropharmacology. 2007 Jun;52(7):1472−81。
Hogan N, O’Boyle KM, Hinkel PM, Kelly JA. A novel TRH analog, Glp−Asn−Pro−D−Tyr−D−TrpNH,binds to [H][3−Me−His]TRH−labelled sites in rat hippocampus and cortex but not pituitary or heterologous cells expressing TRHR1 or TRHR2. Neurosci Lett. 2008 Jan 24;431(1)26−30。
Kelly JA, Slator GR, O’Boyle KM. Pharmaclogical distinct binding sites in rat brain for [H]−thyrotropin−releasing hormone (TRH) and [H][3−methyl−histidine]TRH. Biochem. Pharmacol. 2002 Jun 15;63(12):2197−2206。