【実施例1】
【0018】
図1ないし
図3を参照して、本発明の実施例1に係る摺動部品について説明する。
なお、本実施例においては、メカニカルシールを構成する部品が摺動部品である場合を例にして説明する。
図1は、メカニカルシールの一例を示す縦断面図であって、摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする高圧流体側の被密封流体を密封する形式のインサイド形式のものであり、高圧流体側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた円環状の固定環5とが、この固定環5を軸方向に付勢するコイルドウェーブスプリング6及びベローズ7によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環5との互いの摺動面Sにおいて、被密封流体が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
なお、本発明は、インサイド形式のものに限らず、摺動面の内周から外周方向に向かって漏れようとする高圧流体側の被密封流体を密封するアウトサイド形式のものにも適用できることはいうまでもない。
【0019】
図2は、本発明の実施例1に係る摺動部品の摺動面を示したもので、
図1の固定環5の摺動面にディンプルが形成された場合を例にして説明する。
なお、回転環3の摺動面にディンプルが形成される場合も同じである。
【0020】
図2において、摺動面Sにはディンプル10が周方向に複数設けられている。ディンプル10は、高圧流体側及び低圧流体側とは連通しておらず、また、各ディンプル10は相互に独立して周方向において離間するように設けられている。ディンプル10の数、面積及び深さは、摺動部品の径、摺動面の幅及び相対移動速度、並びに、密封及び潤滑の条件等に応じて適宜決定される性質のものであるが、面積が大きく、深さの浅いディンプルの方が流体潤滑作用及び液膜形成の点で好ましい。
図2の場合、ディンプル10は6等配に設けられている。
【0021】
各ディンプル10は、上流側のキャビテーション形成領域10aは低圧流体側に寄って配置されると共に下流側の正圧発生領域10bは高圧流体側に寄って配置され、これら2つの領域が連通されるような形状に形成されており、各ディンプル10のキャビテーション形成領域10aで吸入された流体は当該ディンプル内を通って正圧発生領域10bで動圧(正圧)を発生し、径方向に近い高圧流体側に戻されるようになっている。
【0022】
図2に示された各ディンプル10の上流側のキャビテーション形成領域10aは、一定幅の摺動面S1を介して低圧流体側とは隔離されて配設され、円弧状をなすように一定幅を有して周方向に延び、下流側の正圧発生領域10bは、キャビテーション形成領域10aから高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するように延び、その先端10cは高圧流体側に近接するものの一定幅の摺動面S2を介して高圧流体側とは隔離されて配設されている。そして、正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dは、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状をなすと共に、キャビテーション形成領域10aの低圧流体側の縁10eと滑らかに接続されている。
正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dは、直線に限らず、低圧流体側に凸あるいは凹の曲線でもよい。直線の場合、単一の直線が望ましく、また、曲線の場合、曲率は一様であることが望ましい。
【0023】
上記のように、正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dは、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状をなし、キャビテーション形成領域10aの低圧流体側の縁10eと滑らかに接続されていることにより、キャビテーション形成領域10aに流入した流体は正圧発生領域10bにスムーズに流れ、低圧流体側の縁10dにぶつかった流体の流れにおいて正圧が立たないため、上記従来技術2の摺動部品に比べ、正圧発生領域10bの先端側の低圧流体側における動圧発生を抑えることができ、低圧流体側に漏洩する流体の量を低減することができる。また、正圧発生領域10bにおいて正圧が発生する正圧発生部は
図2のハッチングで示された略三角形の領域Pの部分であるため、先端側の圧力ピーク位置から低圧流体側までの距離が大きくなり、その結果、圧力勾配が小さくなり、漏れ量を低減することができる。
その際、正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dのテーパ角θは、低圧流体側の縁10dにぶつかった流体がスムーズに流れ正圧が立たないようにする観点から小さいほど望ましい。テーパ角θは、例えば、0゜<θ≦45゜に設定される。
【0024】
一方、各ディンプル10のキャビテーション形成領域10aの上流側の始端10fは、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状に形成されると共に、上流側に配置されたディンプル10の正圧発生領域10bと径方向において重複するように配設されている。
【0025】
詳述すると、キャビテーション形成領域10aの上流側の始端10fは、上流側に配置されたディンプル10の正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dとほぼ平行になるように傾斜したテーパ形状に形成されると共に、上流側に配置されたディンプル10の正圧発生領域10bと径方向において重複するように配設されている。そのため、上流側のディンプル10の正圧発生領域10bから低圧流体側に漏洩しようとする矢印Rで示される流体は下流側のディンプル10のキャビテーション形成領域10aの上流側に流入することになり、低圧流体側への漏洩が阻止され密封性が向上される。また、摺動面Sにおけるディンプルの配置効率(摺動面の全面積に対するディンプルの全面積の占める割合)を向上することができる。
なお、上流側の始端10fと低圧流体側の縁10dとが「ほぼ平行」とは、両者の交角が0゜〜30°の範囲に有ることを意味する。
【0026】
図2に示すディンプル10の形状は、一例に過ぎず、要は、低圧流体側に寄って上流側のキャビテーション形成領域10aが配置され、高圧流体側に寄って下流側の正圧発生領域10bが配置されたものにおいて、正圧発生領域10bに関しては、正圧発生領域10bの低圧流体側の縁10dは、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状をなし、キャビテーション形成領域10aの低圧流体側の縁10eと滑らかに接続されていればよく、例えば、スキー板の先端側の側面形状のように先端側が本体部に対して鈍角でもって曲げられ、かつ、滑らかに接続された形状が挙げられる。
また、キャビテーション形成領域10aに関しては、始端10fは、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状に形成されると共に、上流側に配置されたディンプル10の正圧発生領域10bと径方向において重複するように配設されればよく、テーパの角度及び上流側のディンプル10の正圧発生領域10bとの径方向における重複の程度などは、設計的に決められればよい。
【0027】
ここで、
図3を参照しながら、本発明におけるディンプルを設けた場合の正圧発生機構及び負圧発生機構について説明する。
図3(a)において、矢印で示すように、固定環5に対して回転環3が反時計方向に回転移動するが、固定環5の摺動面Sにディンプル10が形成されていると、該ディンプル10の下流側には狭まり隙間(段差)11が存在する。相対する回転環3の摺動面は平坦である。
回転環3が矢印で示す方向に相対移動すると、回転環3及び固定環5の摺動面間に介在する流体が、その粘性によって、回転環3の移動方向に追随移動しようとするため、その際、狭まり隙間(段差)11の存在によって破線で示すような動圧(正圧)が発生される。
【0028】
図3(b)においては、矢印で示すように、固定環5に対して回転環3は反時計方向に回転移動するが、固定環5の摺動面Sにディンプル10が形成されていると、ディンプル10の上流側には拡がり隙間(段差)12が存在する。相対する回転環3の摺動面は平坦である。
回転環3が矢印で示す方向に相対移動すると、回転環3及び固定環5の摺動面間に介在する流体が、その粘性によって、回転環3の移動方向に追随移動しようとするため、その際、拡がり隙間(段差)12の存在によって破線で示すような動圧(負圧)が発生される。
このため、ディンプル10内の上流側には負圧が発生し、下流側には正圧が発生することになる。そして、上流側の負圧発生領域にはキャビテーションが発生する。
【実施例2】
【0029】
図4は、本発明の実施例2に係る摺動部品の摺動面を示したもので、
図1の固定環5の摺動面にディンプルが形成された場合を例にして説明する。実施例2は、ディンプルの設けられた摺動面の高圧流体側にレイリーステップからなる正圧発生機構が配設された点で
図2に示された実施例1と相違するが、その他の点は実施例1と基本的には同じであり、同じ部材は同じ符号を付し、重複する説明は省略する。
【0030】
図4において、摺動面Sには、低圧流体側にディンプル10が配設され、高圧流体側にはレイリーステップ20からなる正圧発生機構が配設されている。
レイリーステップ20は、狭まり段差21、グルーブ部22及び高圧流体側と連通する半径方向溝23から構成されており、レイリーステップ20とディンプル10との間には高圧流体側と半径方向溝23を介して連通された圧力開放溝24が設けられている。グルーブ部22は、一定幅の摺動面S3を介して高圧流体側とは隔離されて配設され、円弧状をなすように一定幅を有して周方向に延びている。グルーブ部22の深さは、ディンプル10の深さの数倍である。圧力開放溝24は、レイリーステップ20で発生した動圧(正圧)を高圧側流体の圧力まで開放することで、流体が低圧流体側のディンプル10に流入し、ディンプル10の負圧発生能力が弱まることを防止するためのものであり、高圧流体側のレイリーステップ20で発生した正圧により低圧流体側に流入しようとする流体を圧力開放溝24に導き、高圧流体側に逃す役割を果たすものである。
図4の場合、ディンプル10は6等配に設けられ、レイリーステップ20は8等配に設けられている。
【0031】
グルーブ部22、半径方向溝23及び圧力開放溝24の深さ及び幅は、摺動部品の径、摺動面の幅及び相対移動速度、並びに、密封及び潤滑の条件等に応じて適宜決定される性質のものである。例えば、グルーブ部22の深さは、ディンプル10の深さの1/2〜数倍程度であり、また、半径方向溝23及び圧力開放溝24の深さは、ディンプル10の深さの十倍以上である。
【0032】
実施例2においては、高圧流体側に配設されたレイリーステップ20からなる正圧発生機構で流体膜を形成して潤滑し、低圧流体側に配設されたディンプル10で密封と潤滑とを行うものであり、ディンプル10のキャビテーション形成領域10aで吸入された流体は正圧発生領域10bから圧力開放溝24に導かれ、半径方向溝23を介して高圧流体側に戻される。このように、本例では、高圧流体側に配設されたレイリーステップ20からなる正圧発生機構で流体膜を形成して潤滑し、低圧流体側に配設されたディンプル10で密封と潤滑とを行うことができるものであって、ディンプル10による密封作用を確実なものとすることができる。
【実施例3】
【0033】
図5は、本発明の実施例3に係る摺動部品の摺動面を示したもので、
図1の固定環5の摺動面にディンプルが形成された場合を例にして説明する。実施例3は、ディンプルの設けられた摺動面の高圧流体側にレイリーステップからなる正圧発生機構が配設された点で
図2に示された実施例1と相違するが、その他の点は実施例1と基本的には同じであり、同じ部材は同じ符号を付し、重複する説明は省略する。
【0034】
図5において、摺動面Sには、低圧流体側にディンプル10が配設され、高圧流体側にはレイリーステップ30からなる正圧発生機構が配設されている。
レイリーステップ30は、狭まり段差31、グルーブ部32及びグルーブ部32の上流側において高圧流体側と連通する半径方向溝33から構成されており、レイリーステップ30とディンプル10との間には摺動面Sが介在されている。
【0035】
グルーブ部32は、一定幅の摺動面S3を介して高圧流体側とは隔離されて配設され、円弧状をなすように一定幅を有して周方向に延びている。グルーブ部22の深さは、ディンプル10の深さの1/2〜数倍程度である。
【0036】
狭まり段差31は、低圧流体側から高圧流体側に向けて相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するテーパ形状をなしている。このように狭まり段差31が形成されていると、狭まり段差31付近で発生する正圧のピークは高圧流体側に寄るため、高圧の流体は主として高圧流体側に排出され、ディンプル10側への流れは減少される。
【0037】
半径方向溝33は、グルーブ部32の幅と同程度、あるいは、それ以上の幅を有する。
半径方向溝33の深さは、グルーブ部32の深さと同程度であり、ディンプル10の深さの数倍である。そのため、グルーブ部32には高圧流体の流入が容易であり、摺動面Sの潤滑が十分に行われる。
【0038】
実施例3においては、高圧流体側に配設されたレイリーステップ30からなる正圧発生機構で流体膜を形成して潤滑し、低圧流体側に配設されたディンプル10で密封と潤滑とを行うものであり、ディンプル10のキャビテーション形成領域10aで吸入された流体は正圧発生領域10bから摺動面Sを潤滑しながら高圧流体側に戻される。実施例3では、実施例2のように、半径方向溝23及び圧力開放溝24のような深溝を設ける必要がないため、加工が容易であるというメリットがある。
【0039】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0040】
例えば、前記実施例では、摺動部品をメカニカルシール装置における一対の回転用密封環及び固定用密封環のいずれかに用いる例について説明したが、円筒状摺動面の軸方向一方側に潤滑油を密封しながら回転軸と摺動する軸受の摺動部品として利用することも可能である。
【0041】
また、例えば、前記実施例では、外周側に高圧の被密封流体が存在する場合について説明したが、内周側が高圧流体の場合にも適用でき、その場合、ディンプルのキャビテーション形成領域が外周側に、また、正圧発生領域が内周側に位置するように配設すればよい。
【0042】
また、例えば、前記実施例では、ディンプルの形状について、上流側のキャビテーション形成領域10aは、円弧状をなすように一定幅を有して周方向に延び、下流側の正圧発生領域10bは、キャビテーション形成領域10aから高圧流体側に向けてキャビテーション形成領域10aの幅と略同じ幅を有して相手摺動面の回転方向に沿って傾斜するように延びた形状を示しているが、これに限らず、例えば、キャビテーション形成領域10aと正圧発生領域10bの幅が異なるように配設したものでもよい。
【0043】
また、前記実施例2及び3においては、回転環3及び固定環5のうち、固定環5の摺動面にディンプル10及びレイリーステップ20、30からなる正圧発生機構が配設された場合について説明したが、これに限らず、回転環3の摺動面に配設されてもよく、また、回転環3及び固定環5のいずれか一方の摺動面にディンプル10が、他方の摺動面にレイリーステップ20、30からなる正圧発生機構が配設されてもよい。例えば、回転環3の摺動面にディンプル10が配設され、固定環5の摺動面にレイリーステップ20、30からなる正圧発生機構が配設されてもよく、その場合、密封機能及び潤滑機能のより一層の向上を図ることができる。なお、半径方向溝23及び圧力開放溝24はレイリーステップ20からなる正圧発生機構の設けられる側に配設される。