(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
以下の(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質をコードするDNAによって形質転換されロイシン酸生産が増強された形質転換体を含む、ロイシン酸生産のための剤。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1個以上30個以下のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
前記(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質は、さらに、配列番号2で表されるアミノ酸配列とアラインメントしたとき、配列番号2で表されるアミノ酸配列において第86位に相当する部位がグリシン(G)であり、第159位〜第164位に相当する部位がGXGXXG(各Xは、それぞれ独立して天然アミノ酸から選択される任意のアミノ酸である。)であり、第242位に相当する部位がアルギニン(R)であり、第271位に相当する部位がグルタミン酸(E)であり、第289位に相当する部位がヒスチジン(H)である、請求項1に記載の剤。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これまでは、ロイシン酸への生産経路は明らかではなく、関与する酵素についての知見はなかった。
【0006】
本明細書は、ロイシン酸の生産活性を有するタンパク質及びその利用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、麹菌アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae;A. oryzae)におけるロイシン酸の生産経路を以下のように推論した。すなわち、ロイシンから未知の麹菌由来のアミノトランスフェラーゼにより4−メチル−2−オキソペンタン酸(4-methyl-2-oxopentanoic acid;MOA)が生成され、さらに未知のMOAレダクターゼによりMOAが還元されたロイシン酸に変換されると推論した。なお、こうして生成したロイシン酸に対して、その後酵母由来のリパーゼが作用してロイシン酸エチルに変換されるとも推論した。
【0008】
また、乳酸菌由来の2−ケト酸デヒドロゲナーゼファミリーに属する酵素がMOAレダクターゼ活性を有することがわかっている。そこで、本発明者らは、乳酸菌由来の2−ケト酸デヒドロゲナーゼに着目し、2−ケト酸デヒドロゲナーゼファミリーに属するタンパク質についてスクリーニングを行い、MOAからロイシン酸を生産するデヒドロゲナーゼを特定した。本明細書の開示によれば、これらの知見に基づき、以下の手段が提供される。
【0009】
(1)以下の(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質をコードするDNAによって形質転換され、ロイシン酸生産能が増強された形質転換体。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(2)前記(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質は、さらに、配列番号2で表されるアミノ酸配列とアラインメントしたとき、配列番号2で表されるアミノ酸配列において第86位に相当する部位がグリシン(G)であり、第159位〜第164位に相当する部位がGXGXXG(各Xは、それぞれ独立して天然アミノ酸から選択される任意のアミノ酸である。)であり、第242位に相当する部位がアルギニン(R)であり、第271位に相当する部位がグルタミン酸(E)であり、第289位に相当する部位がヒスチジン(H)である、(1)に記載の形質転換体。
(3)前記形質転換体は、真核微生物である、(1)又は(2)に記載の形質転換体。
(4)前記真核微生物は、麹菌である、(3)に記載の形質転換体。
(5)前記麹菌は、Aspergillus oryzaeである、(4)に記載の形質転換体。
(6)前記形質転換体は、原核微生物である、(1)又は(2)に記載の形質転換体。
(7)以下の(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質をコードするDNAを保持する、ロイシン酸生産能を増強するための組換えベクター。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(8)以下の(a)〜(e)のいずれかに記載のタンパク質をコードするDNAを宿主に導入する工程、を備える、ロイシン酸生産能が増強された形質転換体の生産方法。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(9)(1)〜(6)のいずれかに記載の形質転換体を、4−メチル−2−オキソペンタン酸が存在しうる条件下で培養する工程を備える、ロイシン酸の生産方法。
(10)(1)〜(6)のいずれかに記載の形質転換体を、4−メチル−2−オキソペンタン酸が存在しうる条件下で培養してロイシン酸を生産する工程と、
前記ロイシン酸をロイシン酸エチルに変換する工程と、
を備える、ロイシン酸エチルの生産方法。
(11)(1)〜(6)のいずれかに記載の形質転換体である麹菌を培養する工程、を備える、麹含有材料の生産方法。
(12)(1)〜(6)のいずれかに記載の形質転換体である麹菌及び酵母を培養する工程、を備える、アルコールの生産方法。
(13)ロイシン
酸高生産性変異体のスクリーニング方法であって、被験変異体につき、以下の(a)〜(e)のいずれかで表されるタンパク質あるいは当該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを指標として、ロイシン
酸高生産性変異体をスクリーニングする工程、
を備える、方法。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(14)ロイシン酸生産酵素のスクリーニング方法であって、2−ケト酸デヒドロゲナーゼ活性を有する被験タンパク質の4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を評価する工程、を備える、スクリーニング方法。
(15)ロイシン酸の生産方法であって、
以下の(a)〜(e)のいずれかで表されるタンパク質を用いて、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する工程、を備える、生産方法。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(16)ロイシン酸エチルの生産方法であって、以下の(a)〜(e)のいずれかで表されるタンパク質を用いて、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する工程と、前記工程で得られたロイシン酸をロイシン酸エチルにエステル化する工程と、
を備える、生産方法。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質
(e)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、4−メチル−2−オキソペンタン酸からロイシン酸を生産する活性を有するタンパク質
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書は、MOAからロイシン酸を生産する活性(以下、単にロイシン酸生産活性ともいう。)を有するタンパク質及びその利用に関する。本明細書に開示されるロイシン酸生産活性を有するタンパク質(以下、単に本タンパク質ともいう。)によれば、吟醸香ロイシン酸エチルの原料でもあるロイシン酸ひいてはロイシン酸エチルを遺伝子工学的手法により効率的に生産できる。
【0012】
例えば、本タンパク質をコードするDNAを利用することで、ロイシン酸生産能が増強された形質転換体を得ることができる。こうした形質転換体や本タンパク質を用いることで、吟醸香成分の原料等として有用なロイシン酸を生産できる。また、形質転換体や生産したロイシン酸自体を利用して、吟醸香成分としてのロイシン酸エチルを効率的に生産することができる。特に、麹菌である形質転換体を日本酒の製造工程に用いることで、吟醸香ロイシン酸エチルの増強された日本酒を製造することができるようになる。
【0013】
また、ロイシン酸は、生体内におけるロイシンの代謝物でもあり、運動後の筋肉疲労や萎縮を抑制することが報告されており(Am J Physiol Endocrinol Metab 305: E416-E428, 2013)、栄養補助成分としても有用である。
【0014】
以下、本明細書の開示に関し、本タンパク質、本タンパク質をコードするDNA、形質転換体とその生産方法、組換えベクター等について順次説明する。
【0015】
(本タンパク質)
本タンパク質は、MOAからロイシン酸を生産する活性(以下、ロイシン酸生産活性ともいう。)を有する。本タンパク質の
ロイシン酸生産活性は以下の反応を触媒する活性を意味している。
MOA+NADPH→ロイシン酸+NADP
+
【0016】
本タンパク質の一態様として、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、A. oryzae由来の2−ヒドロキシ酸デヒドロゲナーゼ(2-hydroxyacid dehydrogenase;2−HADH)であり、2−HADAファミリーを広く探索した結果、GRHPR(グリオキシレートレダクターゼ/ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ(GRHPR(glyoxylate reductase/hydroxyl pyruvate reductase))に属するタンパク質から選択されたものである。
【0017】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、日本酒を始めとして各種の発酵食品に用いられるA. oryzaeに由来するものであるため、本タンパク質として特に有用である。
【0018】
本タンパク質の他の態様としては、配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は2以上のアミノ酸が、置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、ロイシン酸生産活性を有するタンパク質が挙げられる。配列番号2で表されるアミノ酸配列に対するアミノ酸の変異、すなわち、置換、欠失、挿入及び付加のうちいずれか1種類であってもよいし、2種類以上が組み合わされていてもよい。また、これらの変異の総数は、特に限定されないが、好ましくは1個以上30個以下であり、より好ましくは1個以上20個以下であり、さらに好ましくは1個以上15個以下であり、より一層好ましくは1個以上10個以下程度である。最も好ましくは1個以上5個以下である。
【0019】
アミノ酸置換の例としては、保存的置換が好ましく、具体的には以下のグループ内での置換が挙げられる。(グリシン、アラニン)(バリン、イソロイシン、ロイシン)(アスパラギン酸、グルタミン酸)(アスパラギン、グルタミン)(セリン、トレオニン)(リジン、アルギニン)(フェニルアラニン、チロシン)。
【0020】
ロイシン酸生産活性は、例えば、以下のように評価することができる。対象となるタンパク質に、基質としてMOA及び補酵素としてNADPHを添加して、還元反応によって生成するロイシン酸及び/又はNADP
+を測定するか、あるいは、NADPHの減少量を測定することによって、ロイシン酸生産活性を測定することができる。好ましくは、NADPHの減少量を、可視吸光法によって測定する。NADPHの減少量を測定し酵素活性を測定することは当業者において周知の手法である。
【0021】
なお、「ロイシン酸生産活性を有する」とは、ロイシン酸生産活性を有していれば足り、その程度は問わない。好ましくは、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質のロイシン酸生産活性の50%以上であり、より好ましくは60%以上であり、さらに好ましくは70%以上であり、より一層好ましくは80%以上であり、さらに一層好ましくは90%以上であり、より好ましくは95%以上であり、最も好ましくは100%以上である。
【0022】
本タンパク質のさらに他の態様は、配列番号2で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有し、ロイシン酸生産活性を有するタンパク質が挙げられる。より好ましくは同一性は85%以上であり、さらに90%以上であり、より一層好ましくは95%以上であり、さらに一層好ましくは96%以上であり、一層好ましくは97%以上であり、より一層好ましくは98%以上であり、さらに一層好ましくは99%以上である。
【0023】
本明細書において同一性又は類似性とは、当該技術分野で知られているとおり、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術分野で“同一性”とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。また、類似性とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きの部分的な配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の相関性の程度を意味する。より具体的には、配列の同一性と保存性(配列中の特定アミノ酸又は配列における物理化学特性を維持する置換)によって決定される。なお、類似性は、後述するBLASTの配列相同性検索結果においてSimilarityと称される。同一性及び類似性を決定する方法は、対比する配列間で最も長くアラインメントするように設計される方法であることが好ましい。同一性及び類似性を決定するための方法は、公衆に利用可能なプログラムとして提供されている。例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。
【0024】
本タンパク質は、また、配列番号2で表されるアミノ酸配列とアラインメントしたとき、配列番号2で表されるアミノ酸配列において第86位に相当する部位がグリシン(G)であり、第159位〜第164位に相当する部位がGXGXXG(各Xは、それぞれ独立して天然アミノ酸から選択される任意のアミノ酸である。)であり、第242位に相当する部位がアルギニン(R)であり、第271位に相当する部位がグルタミン酸(E)であり、第289位に相当する部位がヒスチジン(H)であることが好ましい。第159位〜164位に相当する部位は、NAD結合モチーフとして知られ、2−HADHに広く保存されているモチーフである。また、他の特定部位のアミノ酸は、基質結合部位等として、2−HADHに広く保存されているアミノ酸である。これらのアミノ酸及びモチーフを備えることで、2−HADHとしての活性を有することができる。アラインメントについては既に説明したように実施することができる。
【0025】
本タンパク質は、また、配列番号1で表される塩基配列からなるDNAによってコードされるタンパク質でもある。配列番号1で表される塩基配列はA. oryzae由来の2−HADHをコードする。さらに本タンパク質の他の一態様として、配列番号1で表される塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有し、ロイシン酸生産活性を有するタンパク質が挙げられる。より好ましくは同一性は85%以上であり、さらに90%以上であり、より一層好ましくは95%以上であり、さらに一層好ましくは96%以上であり、一層好ましくは97%以上であり、より一層好ましくは98%以上であり、さらに一層好ましくは99%以上である。
【0026】
配列番号2で表されるアミノ酸配列と一定以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質又は配列番号1で表される塩基配列と一定以上の同一性を有する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質として、例えば、Aspergillus flavus由来のタンパク質(アクセッション番号:XP_001826015)、Aspergillus clavatus由来のタンパク質(アクセッション番号XP_001268820)、Aspergillus fumigattus 由来のタンパク質(アクセッション番号:XP_752810)Aspergillus terreus由来の(アクセッション番号:XP_001210726)、Aspergillus nidulans由来のタンパク質(アクセッション番号:XP_658379)が挙げられる。
【0027】
本タンパク質は、例えば、アミノ酸配列情報や後述する塩基配列情報に基づいて化学的にあるいは遺伝子工学的に合成することができる。当業者であれば、配列情報に基づいてタンパク質を取得することができる。
【0028】
また、上記各種態様のタンパク質をコードするDNA(以下、本DNAという。)は、例えば、配列番号1で表される塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いて、麹菌等から抽出したDNA、各種cDNAライブラリ又はゲノムDNAライブラリ等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。また、上記ライブラリ等由来の核酸を鋳型とし、本DNAの一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより、核酸断片として得ることができる。あるいは本DNAは、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0029】
また、本DNAは、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸の配列をコードするDNA(例えば、配列番号1で表される塩基配列からなる)を、慣用の突然変異誘発法、部位特異的変異法、エラープローンPCRを用いた分子進化的手法等によって改変することによって取得することができる。このような手法としては、Kunkel法又はGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法が挙げられ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキットを用いて変異が導入される。
【0030】
そのほか、当業者であれば、Molecular Cloning(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning :a Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 10 Skyline Drive Plainview, NY (1989))等を参照することにより、例えば、配列番号1又は2等の公知配列に基づいて、本DNAを取得することができる。
【0031】
なお、配列番号2で表されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と上記のように一定の関連性のあるアミノ酸配列をコードする塩基配列は、遺伝暗号の縮重に従い、タンパク質のアミノ酸配列を変えることなく所定のアミノ酸配列をコードする塩基配列の少なくとも1つの塩基を他の種類の塩基に置換することができる。従って、本DNAは、遺伝暗号の縮重に基づく置換によって変換された塩基配列をコードするDNAも包含する。
【0032】
(形質転換体)
本明細書で開示する形質転換体(以下、本形質転換体という。)の一態様は、本タンパク質をコードするDNAによって形質転換された細胞である。本形質転換体は、本タンパク質を生産供給源として有用であるほか、ロイシン又はMOAの存在下でのロイシン酸の生産体として有用である。さらに、ロイシン酸エチルの生産材料としても有用である。
【0033】
(宿主)
本形質転換体の宿主は、本タンパク質を発現可能な宿主細胞であればよく、その種類を限定しない。本形質転換体は、例えば、真核微生物であっても、原核微生物であってもよいが、好ましくは真核微生物である。原核微生物として、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、ストレプトマイセス(Streptomyces)等の放線菌、ミクロシスティス(Microcystis aeruginosa)等のラン藻等が挙げられる。
【0034】
真核微生物としては、麹菌、酵母、菌類、藻類等が挙げられる。好ましくは酵母及び麹菌である。麹菌としては、A. oryzae、アスペルギルス・アキュリータス(Aspergillus aculeatus)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・ニジュランス(Aspergillus nidulans)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus soya)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)等が挙げられる。
【0035】
真核微生物としては、日本酒等に生産等の発酵に汎用される麹菌、なかでも、A. oryzaeが好ましい。これらの宿主からは、本DNAを取得することができ、本DNAを本真核微生物に発現増強可能に導入することで、産業上より有用な麹菌を得ることができる。また、A. oryzaeなどの麹菌は、ロイシンからMOAを生産する能力を備えるため、麹菌である本形質転換体は、それを米由来の原料を用いて培養することで、ロイシン酸を生産することができる。また、本タンパク質は、A. oryzae由来であるため、A. oryzaeに導入することでセルフクローニングとなり有意義である。
【0036】
酵母としては、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属の酵母、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロマイセス属の酵母、キャンディダ・シェハーテ(Candida shehatae)等のキャンディダ属の酵母、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピヒア属の酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属の酵母、トリコスポロン(Trichosporon)属の酵母、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属の酵母、パチソレン(Pachysolen)属の酵母、ヤマダジマ(Yamadazyma)属の酵母、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluveromyces lactis)等のクルイベロマイセス属の酵母が挙げられる。なかでも、工業的利用性等の観点から及び日本酒等の発酵に汎用される観点から、サッカロマイセス属酵母が好ましい。なかでも、サッカロマイセス・セレビジエが好ましい。S. cerevisiae等の酵母は、ロイシン酸を吟醸香成分であるロイシン酸エチルに変換することができる。したがって、酵母にロイシン酸生産能を付与することで、少なくとも酵母は、MOAからロイシン酸を合成し、ひいてはロイシン酸エチルを合成できるようになる。
【0037】
本形質転換体は、本DNAを発現可能に保持していればよく、その保持形態は特に問わない。本DNAは、宿主ゲノム外に保持されていてもよいが、好ましくは宿主ゲノム上に保持されている。本DNAは、誘導発現可能に備えられていてもよいし、構成発現可能に備えられていてもよいが、本タンパク質の生産増強及びロイシン酸生産能の増強の観点からは、好ましくは構成発現可能に備えられている。
【0038】
本形質転換体は、ロイシン
酸生産能が増強されていることが好ましい。ロイシン
酸生産能が増強されているとは、新たにロイシン
酸生産能が付与された場合のほか、本来的に備えていたロイシン
酸生産能が増強された場合の双方を含んでいる。例えば、A. oryzae等の形質転換体においては、その野生株に比べて、例えば、10倍以上、より好ましくは30倍以上、さらに好ましくは50倍以上、より好ましくは70倍以上、さらに好ましくは90倍以上、より好ましくは100倍以上のロイシン
酸生産能を有している。
【0039】
本形質転換体のロイシン酸生産能は、例えば、本形質転換体による本DNAの転写産物(mRNA)や翻訳産物(タンパク質)のほか、ロイシン酸生産量等に基づいて評価することができる。
【0040】
(組換えベクター)
本明細書で開示する組換えベクター(以下、本ベクターという。)は、本タンパク質をコードするDNAを保持することができる。本組換えベクターは、本DNAを発現させてロイシン酸生産能を増強するための発現ベクターでもある。組換えベクター及びその構築方法は、当業者において周知であって、モレキュラークローニング第3版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー等に開示されている。なお、ベクターの形態は、使用形態に応じて様々な形態を採ることができる。例えば、DNA断片の形態を採ることができるほか、プラスミドの形態を採ることもできる。
【0041】
本ベクターは、宿主に応じ、また、ベクター媒体に応じた種々の要素のほか、本DNAを発現可能とするための公知の必要な要素を備えることができる。すなわち、プロモーター、ターミネーター等の各種調節領域のほか、宿主ゲノムに導入する場合には、相同組換え領域等を備えることができる。また、組換え体を選別するためマーカー遺伝子を備えることができる。
【0042】
本ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、特に限定されないで、宿主及びその発現形態に応じて適宜公知のプロモーターから選択して用いることができる。例えば、宿主が麹菌である場合では、tef1プロモーター、エノラーゼプロモーター、ADH1プロモーター、ホスホグリセレートキナーゼ(PGK)プロモーター、α−アミラーゼプロモーター、グルコアミラーゼプロモーター、セルラーゼプロモーター、セロビオハイドラーゼプロモーター、アセトアミダーゼプロモーター等のプロモーター等を用いることができる。ロイシン
酸生産能の増強のためには、好ましくは制御下の遺伝子を構成的に発現させることができるプロモーターを用いる。
【0043】
(本形質転換体の生産方法)
本形質転換体の生産方法は、本DNAを宿主に導入する工程を備えることができる。具体的には、本ベクターを宿主に導入して形質転換させるようにする。本形質転換体の生産方法においては、既に説明したベクター及び宿主の各種態様を適用できる。形質転換体の作製方法自体は、当業者において周知であり、当業者であれば、宿主の種類に応じて、上述の成書等を適宜参照することで当該工程を実施できる。典型的には、従来公知の各種方法、例えば、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法等を用いることができる。
【0044】
(ロイシン酸の生産方法)
本明細書で開示するロイシン酸の生産方法は、MOAが基質として存在しうる条件下で本形質転換体を培養する工程を備えることができる。本生産方法によれば、本形質転換体のロイシン酸生産能によって、ロイシン酸の生産量を増加させることができる。ロイシン酸は、それ自体有用であるほか、ロイシン酸エチルの原料とすることができるため有用である。
【0045】
培養工程は、本形質転換体の宿主の種類に応じて適宜設定することができる。本形質転換体が麹菌である場合には、麹菌は、培地中のタンパク質等を原料してロイシンを生産し、さらにMOAを経てロイシン酸を生産できると考えられるため、例えば、日本酒の製造工程に準じて米などタンパク質を含有する原料等を適宜用いて培養することでロイシン酸を生産させることができる。
【0046】
また、形質転換体が、酵母など麹菌以外の場合にあっては、麹菌あるいは麹菌と同様にロイシンからMOAを生産することができる微生物と共培養することができる。また、形質転換体の培地として本タンパク質の基質となるMOAを含むか、麹菌あるいはこれに類する微生物の培養上清を含むようにしてもよい。
【0047】
なお、本形質転換体が麹菌である場合やそうでない場合も含め、効率的なロイシン酸の生産には、必要に応じて、ロイシンをアミノ酸として含有するタンパク質(ポリペプチド)を含む発酵用原料や、培地にロイシン及び/又はMOAを含めることが好ましい。
【0048】
培養工程は、宿主を考慮して適切な条件で行うことができる。培養は、静置培養、振盪培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。例えば、宿主が麹菌、産膜酵母等の好気性菌であれば、好気条件を選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃以上55℃以下の範囲とすることができる。例えば、宿主が麹菌、酵母等であれば、20℃以上40℃以下、より好ましくは25℃以上35℃以下を選択することができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、6時間以上150時間以下程度とすることができる。例えば、宿主が麹菌であれば、培養時間を24時間以上120時間以下とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。例えば、宿主が麹菌、酵母等であれば、4.0以上8.0以下とすることができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、培養工程終了後、培養液から微生物を除去してロイシン酸含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0049】
本明細書で開示するロイシン酸の生産方法は、培養工程としてではなく、本タンパク質を用いて、MOAが基質として存在しうる条件下でMOAからロイシン酸を生産する工程を備えるものであってもよい。この工程を、先に説明した本形質転換体を培養してロイシン酸を生産する工程と組み合わせて同時に行ってもよい。すなわち、本形質転換体でMOAからロイシン酸を生産しつつ、培地中で本タンパク質を用いてMOAからロイシン酸を生産してもよい。
【0050】
この生産工程では、任意の方法で取得した本タンパク質を基質であるMOAに作用させることができる。本タンパク質は、野生型のA. oryzaeから抽出されてもよいし、本形質転換体から取得してもよい。基質としてのMOAは、MOAとして添加されることが好ましい。本生産工程では、本タンパク質の至適条件下でロイシン酸を生産することが好ましい。こうした条件としては、例えば、pHについては、例えば、4.0以上8.0以下とすることができる。温度については、例えば、20℃以上40℃以下、より好ましくは25℃以上35℃以下とすることができる。塩濃度については、0.6質量%以上0.9質量%以下とすることができる。
【0051】
(ロイシン酸エチルの生産方法)
本明細書で開示するロイシン酸エチルの生産方法は、MOAからロイシン酸を生産する工程と、ロイシン酸をロイシン酸エチルに変換する工程と、を備えることができる。本生産方法によれば、本形質転換体によってロイシン酸を効率的に変換してロイシン酸エチルを得ることができる。ロイシン酸エチルは、日本酒の吟醸香成分として有用である。
【0052】
ロイシン酸の生産工程は、既に説明したように、MOAが基質として存在しうる条件下で本形質転換体を培養する工程であってもよいし、また、微生物によらずにMOAが基質として存在しうる条件下で本タンパク質を作用させる工程であってもよいし、これらの組合せであってもよい。なお、ロイシン酸エチルの生産を意図する場合であっても、効率的なロイシン酸エチルの生産には、必要に応じて培地にロイシン及び/又はMOAを含めることが好ましい。
【0053】
ロイシン酸をロイシン酸エチルに変換する工程は、ロイシン酸生産工程で得られたロイシン酸の存在下で当該変換反応を触媒可能なエステラーゼやリパーゼを発現する酵母等の微生物を培養する工程であってもよいし、微生物によらずにこれら酵素が作用可能な条件下で接触させる工程でもよいし、これらの組合せであってもよい。また、微生物が発現するエステラーゼやリパーゼは、菌体内でロイシン酸に作用してもよいし、菌体外でロイシン酸に作用してもよい。
【0054】
こうしたリパーゼとしては、S. cerevisiae等の酵母由来のリパーゼが知られている。なお、当該反応を触媒するエステラーゼやリパーゼは、スクリーニング等によっても簡易に見出すことができる。例えば、アカルボキシルエステラーゼ、リールエステラーゼ、トリアシルグリセロールリパーゼ、ホスホリパーゼA2、リゾホスホリパーゼ、アセチルエステラーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、コリンエステラーゼ等が挙げられる。また、反応条件としては、特に限定しないで、これらの酵素に通常適用される条件を採用することができる。
【0055】
ロイシン酸生産工程と、ロイシン酸エチルへの変換工程とは、別個に行うこともできるが、効率性の観点からは、同時に、すなわち、1つの工程として行うことが好ましい。その場合、ロイシン酸生産工程としての本形質転換体によるロイシン酸生産工程及び本タンパク質によるロイシン酸生産工程のいずれか又は双方と、変換工程として、酵母等のリパーゼ発現微生物による変換工程及びリパーゼ等による変換工程のいずれか又は双方と、を適宜組み合わせることができる。ロイシン酸生産工程とロイシン酸エチルへの変換工程とを一工程で行うときには、培養条件や酵素反応条件等を適宜設定する。
【0056】
(麹含有材料の生産方法)
本明細書で開示する麹含有材料の生産方法は、麹菌である本形質転換体を培養する工程を備えることができる。本生産方法によれば、種麹や麹など、ロイシン酸エチルの生産能が増強された麹含有材料を得ることができる。
【0057】
麹菌としては、既に説明したものが挙げられる。また、用途等に応じて、黄麹菌、白麹菌、黒麹菌から適宜選択される。麹菌である本形質転換体を培養する工程に用いる原料としては、公知の麹や種麹の製造に用いられている材料を適宜選択することができる。例えば、適宜加熱処理等した米、麦、大豆等が挙げられる。麹含有材料の製造方法は、従来公知であり、当業者であれば、本形質転換体に公知の製造工程を適宜適用することで種麹や麹などの麹含有材料を得ることができる。
【0058】
培養工程は、酵母や乳酸菌なども同時に培養する工程であってもよい。なお、必要に応じて、培養原料にロイシン又はMOAを含めることもできる。
【0059】
本明細書の開示によれば、こうした麹含有材料を用いて、さらに、味噌、醤油、日本酒(清酒)、みりんなどの醸造食品や麹調味料を製造することができる。また、化粧品やその原料を製造することもできる。特に、こうした麹含有材料は、日本酒の吟醸香であるロイシン酸エチルの生産に好適であるため、酒用の麹又は種麹として有用である。酒としては、米を主原料とする各種日本酒のほか焼酎、泡盛等の蒸留酒等が挙げられるが、好ましくは日本酒である。
【0060】
(アルコールの生産方法)
本明細書で開示するアルコールの生産方法は、麹菌である本形質転換体と酵母とを培養してアルコール発酵させる工程、を備えることができる。本生産方法によれば、吟醸香成分であるロイシン酸エチルの含有量が多いアルコールを生産することができる。本アルコールの生産方法は、いわゆる各種の酒に適用されるが、好ましくは米を主原料とする日本酒である。
【0061】
本生産方法における培養工程は、麹含有材料を用いては、培養工程の他に、アルコールの種類に応じた工程を備えていてもよい。例えば、日本酒の生産方法は、以下の工程を備えることができる。培養工程に先だって、精米工程、米蒸工程、既に説明した麹含有材料の製造工程等を備えることができる。また、培養工程の後に、培養により生じた固形物(もろみ)を絞って固形分離する工程と、低温殺菌を行う工程と、を備えていてもよい。生産方法の培養工程においては、ロイシン又はMOAを原料に含めるようにしてもよい。
【0062】
本生産方法によって得られるロイシン酸エチルを含むアルコールは、それ自体アルコール類として飲用に適した酒類という用途を構成するほか、他の日本酒等などの醸造食品に吟醸香を付与する吟醸香原料として利用することもできる。
【0063】
なお、本形質転換体をMOAが存在しうる条件下で培養することでロイシン酸が得られるが、こうした本形質転換体とアルコール発酵可能な酵母とを共培養することで日本酒以外の酒類も製造することができる。
【0064】
(ロイシン
酸高生産性変異体のスクリーニング方法)
本明細書で開示するロイシン酸高生産性変異体のスクリーニング方法は、被験変異体につき、本タンパク質あるいは本タンパク質をコードするポリヌクレオチドを指標として、ロイシン
酸高生産性変異体をスクリーニングする工程を備えることができる。
【0065】
被験変異体に導入されているDNAは、2−ケト酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであることが好ましい。2−ケト酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質は、グリオキシレートレダクターゼ/ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ(GRHPR(glyoxylate reductase/hydroxyl pyruvate reductase))活性を有するタンパク質、D−乳酸デヒドロゲナーゼ(D−LDH(lactate dehydrogenase))活性を有するタンパク質、ギ酸デヒドロゲナーゼ(FDH(formate dehydrogenase))活性を有するタンパク質、D−リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(D−MDH(D-malate dehydrogenase))活性を有するタンパク質、D−3−ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(3−PGDH(D-3-phosphoglycerate dehydrogenase))活性を有するタンパク質を含む。被験変異体に導入されているDNAは、GRHPR活性を有するタンパク質をコードするDNAであることがより好ましい。なお、本タンパク質はGRHPR活性を有するタンパク質である。被験変異体に導入されているDNAは、GRHPR活性を有するタンパク質をコードするDNAであり、かつ、配列番号2で表されるアミノ酸配列と一定以上の同一性(例えば、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上等)を有するアミノ酸配列をコードするDNAであることがさらに好ましい。また、既述のように所定の位置に特定アミノ酸残基やモチーフを備えるタンパク質であることが好ましい。また、麹菌に由来する本タンパク質を被験タンパク質とすることが好ましい。
【0066】
スクリーニング工程において、本タンパク質を指標とする場合、例えば、被験変異体によって生産されたロイシン酸生産能を実施例等において開示する方法で測定することにより行うこともできる。また、スクリーニング工程において、本タンパク質をコードするポリヌクレオチドを指標とする場合では、例えば、被験変異体からRNAを含むRNA試料を調製し、この試料のうち、mRNAについて、例えば、定量的リアルタイムPCRを実施するかあるいはcDNAを取得して発現レベルによって評価することができる。
【0067】
(ロイシン酸生産酵素のスクリーニング方法)
本明細書で開示するロイシン酸生産酵素のスクリーニング方法は、被験タンパク質のロイシン酸生産活性を評価する工程を備えることができる。
【0068】
被験タンパク質は、上記の変異体スクリーニング方法で説明したタンパク質とすることが好ましい。ロイシン酸生産活性を評価する工程についても、既に説明したように実施すればよい。
【実施例】
【0069】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0070】
(麹菌由来MOAレダクターゼ(MOAR)候補を発現する形質転換体の作製)
(1)候補遺伝子の探索
乳酸菌由来の2−ケト酸デヒドロゲナーゼファミリーに属する酵素がMOAR活性を有することが分かっている。そこで、MOAR活性を有する乳酸菌の2−ケト酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(アクセッション番号:M26929)と相同性が高い遺伝子を用いて麹菌Aspergillus oryzaeのゲノムデータベースに対して、ブラスト検索を行った。その結果をもとに表1に示した3種のMOAR候補遺伝子を選抜した。
【0071】
【表1】
【0072】
(2)分子系統樹の作成
3種のMOAR候補遺伝子(2−HADH1、4、6)のアミノ酸配列を用いて、他の生物由来の相同性のあるタンパク質を検索し、そのアミノ酸配列を用いて、分子系統樹を作成した。
図1に、作成した分子系統樹を示す。
図1に示されるように、2−HADH1は、D−LDH活性を有するタンパク質のファミリーに属し、2−HADH4は、GRHPR活性を有するタンパク質のファミリーに属し、2−HADH6は、D−MDH活性を有するタンパク質のファミリーに属することが分かった。なお、
図1において、SERAは、3−PGDH活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を指す。
【0073】
(3)プラスミドの構築
坂口フラスコに作製した液体M培地(2%Malt Extract、0.1%ポリペプトン、2%グルコース)50mlにAspergillus oryzae KBN8243を植菌し、28℃で20時間振盪培養を行った。
【0074】
培養液を吸引濾過後、液体窒素を用いて菌体を凍結させ、乳鉢・乳棒により破砕し、1.5ml微小遠心チューブに菌体を回収した。
【0075】
RNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN社)により、菌体からRNAを抽出し、PrimeScript(登録商標)1st cDNA Synthesis Kit (TaKaRa社)によりRNAを逆転写することでcDNAを得た。合成したcDNAを鋳型として、PCR法によりそれぞれの遺伝子断片(2−HADH1,4,6)を増幅した。使用したプライマーは表2、PCR反応溶液の組成は表3、PCRの反応条件は表4に示した。アガロースゲル電気泳動により、PCR産物を泳動後、目的遺伝子断片を切り出し、UltraClean(商標) 15 DNA Purification Kit(MO BIO社)により、アガロースゲルからDNAを抽出、精製した。
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
【0079】
Mighty TA-cloning Kit (TaKaRa社) により、PCR産物をクローニングした。添付のプロトコールに従い、ライゲーションを16℃、2時間行った後、コンピテントセル(クローニング用大腸菌DH10B)50μlにライゲーション溶液2μlを加え、氷上10分、42℃、40秒、氷上2分で形質転換した。制限酵素処理用サンプル溶液の組成は表5、ライゲーション用サンプル溶液の組成は表6に示した。SOC培地500μlを加えた後、37℃、30分振盪培養を行った。これ以降の形質転換は全てこの条件で行った。その後、50μg/mlアンピシリン、0.2%X−Gal、0.1%IPTGを含んだLBプレートに塗布し、37℃で一晩静置培養した。
【0080】
【表5】
【0081】
【表6】
【0082】
一晩生育させた大腸菌コロニーから、GoTaq(商標)DNA Polymerase (Promega) を使用し、コロニーPCRを行った。アガロースゲル電気泳動により、目的遺伝子断片が確認できたコロニーを、試験管に作製した液体LB培地5mlに植菌し、37℃、12時間振盪培養をした。その後、アルカリ抽出法により、プラスミドを精製した。DNAシークエンスを行うことによりアガロースゲル電気泳動によりプラスミドが正しく構築されたか確認した。
【0083】
次に、精製したプラスミドの制限酵素処理を行い、アガロースゲル電気泳動により、目的遺伝子断片を確認し、アガロースゲルから切り出し後、UltraClean(商標)15 DNA Purification Kit (MO BIO社) を用いて、DNAを精製した。タンパク質発現用のプラスミドベクターも同様に処理した。
【0084】
T4 DNA Ligase (TaKaRa社) を使用して、16℃、2時間でライゲーションを行い、遺伝子断片をプラスミドベクターに挿入した。クローニング用大腸菌DH10Bに形質転換した。その後、50μg/mlアンピシリンを含んだ、LBプレートに塗布し、37℃で一晩静置培養した。生育させた大腸菌コロニーから、コロニーPCRを行った。アガロースゲル電気泳動により、目的遺伝子断片の増幅が確認できたら、試験管に作製した液体LB培地5mlに大腸菌を植菌し、37℃、12時間振盪培養を行い、アルカリ抽出法によりプラスミドを精製した。PCR(GoTaq(商標)DNA Polymerase使用)と制限酵素処理を行い、アガロースゲル電気泳動によりプラスミドが正しく構築されたか確認したプラスミドをタンパク質発現用大腸菌であるE.coli BL21-CodonPlusに形質転換した。
【実施例2】
【0085】
(1)MOAR候補の発現
実施例1で作製した形質転換体を、50μg/mlアンピシリンを含んだLBプレートに塗布し、37℃で一晩静置培養行い、生育した大腸菌を用いて組換え酵素を発現させた。
【0086】
作製した大腸菌を液体LB培地5mlに植菌し、37℃、12時間振盪培養した。菌液2mlを、500ml三角フラスコに作製した液体のLB培地200mlに植菌し、37℃、2〜3時間振盪培養した(前培養)。分光光度計を用いて、600nmにおける培養液の吸光度を測定し、吸光度が0.5〜0.7まで達したら、最終濃度0.1mMになるようにIPTGを添加し、20℃で8時間振盪培養した(本培養)。8時間後、培養液は50mlプラスチック遠心管1本に移し、8000rpm、4℃、5分間遠心し上清を取り除いた。50mlプラスチック遠心管に入ったサンプルは冷凍庫(−80℃)に保存した。なお、IPTGを添加した場合と同様に、IPTGを添加する前に、培養液の一部を取り出し、95℃で5分間インキュベートすることで、SDS−PAGE用のサンプルとし、12%ポリアクリルアミドゲルを用いて、SDS−PAGEを行った。泳動終了後、CBB染色を行った。
【0087】
保存した50ml遠心管を取り出し、そこに50mMリン酸バッファ(pH7.2、0.15M NaClを含む、以下、リン酸バッファという。)を15mlと少量のリゾチームを添加してピペッティングし、菌体を溶解させ、超音波ホモジナイザーを用いて破砕した。
【0088】
破砕した溶液およびタンパク質サンプルは95℃で5分間インキュベートすることで、SDS−PAGE用のサンプルとし、12%ポリアクリルアミドゲルを用いて、SDS−PAGEを行った。泳動終了後、CBB染色を行った。
図2に、2−HADH4についてのSDS−PAGEの結果を示す。
【0089】
図2に示すように、(3)本培養後の可溶性画分及び(6)精製画分では、約35kDaの位置に明確なバンドが現れたことから、2−HADH4が発現していることが確認された。(6)では、当該バンド以外のバンドがほとんど現れていないことから、2−HADH4が精製されていることが確認された。SDS−PAGEの結果から、2−HADH1、6についても発現が確認された(図示省略)。
【0090】
SDS−PAGEの結果から、組換え酵素の発現が確認された2−HADH1、4、6を2’,5’−ADPセファロース4Bにて精製した。2’,5’−ADPセファロース4Bにリン酸バッファ1を30ml以上滴下することでカラムを平衡化後、サンプルを滴下した。カラムを洗浄後、2mM NADPHを含んだリン酸バッファ8mlを滴下することで、2−HADHを精製した。2’,5’−ADPセファロース4Bに吸着しなかった非吸着画分と、精製後の精製画分と、のそれぞれを95℃で5分間インキュベートすることで、SDS−PAGE用のサンプルとし、12%ポリアクリルアミドゲルを用いて、SDS−PAGEを行った。
【0091】
次いで、20mMリン酸バッファ(pH7.2)25mlを脱塩カラムPD−10(GE Healthcare)に滴下することで、カラムを平衡化後、精製したサンプル溶液2.5mlを滴下した。続いて、NaClを含まないリン酸バッファ3mlを滴下することで溶出させた。
【0092】
1.5ml微小遠心チューブに、Quick Start Bradford 1x Dye Reagent (Bio-Rad社) 490μlと脱塩処理したサンプル10μlとを加え混合した。測定用プレートに150μl添加し、プレートリーダーにより、波長595nmにおける吸光度値を測定し、タンパク質濃度を計算した。
【0093】
(2)MOAR活性測定
活性測定のバッファとして、20mMリン酸バッファ(pH7.2)を使用した。吸光度値測定用ガラスキュベット(1ml容)に、リン酸バッファ(全量500μlになるように調製),精製した各2−HADH1,4,6と、100mM NADPH(終濃度125μM)と、を加え撹拌させた。そこに基質として100mM MOA(終濃度2mM)を加えピペッティングを行い、可視分光光度計を使用して、波長340nmにおける反応5分間の吸光度値を測定した。吸光度値を用いて酵素の比活性及び、K
m値、V
max値、k
cat値を計算した。なお、MOAに代えて、フェニルピルビン酸、ピルビン酸、グリオキシル酸、β-ヒドロキシピルビン酸、3-メチルオキソ吉草酸でも同様に実験を行った。
【0094】
2−HADH4のMOAR活性測定の結果について、反応後では、反応前に比べて波長340nmにおける吸光度値が減少した。このことから、NADPHが減少したこと、即ち、MOAからロイシン酸が産生されたことが確認された。
図3に、吸光度値に基づいた2−HADH4の各基質に対するK
m値、V
max値、k
cat値の計算結果を示す。
図3に示すように、2−HADH4は、MOAのみならず、フェニルピルビン酸、ピルビン酸及びグリオキシル酸を基質として、還元反応を促進する活性も有することが分かった。また、2−HADH4は、β-ヒドロキシピルビン酸、3-メチルオキソ吉草酸を基質としないことが分かった。2−HADH1、6については、反応の前後で340nmにおける吸光度値がほとんど減少しなかったことから、MOAR活性を有さないことが分かった(図示省略)。
【実施例3】
【0095】
2−HADH4によるMOAの反応生成物を明らかにするために、GC−MS分析を行った。具体的には、上記の反応後、反応生成物にHCLを添加することで反応を停止させた。そして、酢酸エチルにて反応生成物を抽出しトリメチルシリル化後、GC−MS分析に供した。
図4にGCクロマトグラム及び反応生成物のマスマスフラグメントパターンを示す。
【0096】
図4に示すように、2−HADH4の添加によって基質であるMOAが減少し、反応生成物が増加し、その反応生成物がロイシン酸であることがわかった。即ち、2−HADH4がMOARとして機能し、基質であるMOAをロイシン酸に還元していることが分かった。以下では、MOAR活性を有する2−HADH4をMOAR1と呼ぶ。
【実施例4】
【0097】
(ロイシン酸高生産麹菌の作製)
(1)MOAR1遺伝子の増幅
MOAR1遺伝子が高発現したロイシン酸高生産麹菌の作製するために、表7に示す菌株及びプラスミド(Yoshino-Yasuda S. et al. Food Sci Technol, Res. 18 , 59-65, 2012)並びにプライマーを使用した。
【0098】
【表7】
【0099】
プラスミドpTAaphAには、pyrG、tefIプロモーター、acid phosphatase 配列が連結している箇所が存在する(Yoshino-Yasuda S. et al. Food Sci Technol, Res. 18 , 59-65, 2012)。ここから、pyrGとtefIプロモーターが連結したDNA配列をプライマーにfupyrGNとtefPrvを用いてPCRで増幅した。また、麹菌由来新規MOAR1遺伝子のORFとターミネーター部分をプライマーにtefmoa368とmoa368downSphIを用いて増幅した。
【0100】
(2)培地等の準備
E.coli用培地として、LB培地(Tryptone1.0g、Yeast extract0.5g、NaCl0.5g/100ml)を使用した。終濃度50μg/mlとなるようにアンピシリンを添加した。また、固体培地の場合には1.5%となるようにagarを添加した。青白選択を行う際には、0.4%X−gal(5-bromo-4-chloro-3-indolyl-beta-D-galactoside)、0.1%IPTG( Isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside) を添加した。
【0101】
A. oryzae 用培地として、Czapek-Dox培地(pH6.0 with 1N HCl, NaNO
30.3g, KH
2PO
4 0.1 g, MgSO
4・7H
2O 0.05g, KCl 0.05g, FeSO4・7H
2O 0.01g, Sucrose 3.0g, Agar 1.5g /100ml)を使用した。
【0102】
プロトプラスト再生用Czapek-Dox選択培地として、以下の下層培地及び上層培地を使用した。下層培地では、Czapek-Dox培地に終濃度がそれぞれ0.2 M sucrose、1.5% agarとなるように添加した。さらに、Trace elements solution(FeSO4・7H
2O 1.0g, ZnSO
4・7H
2O 8.8g, CuSO
4・5H
2O 0.4 g, Na
2B
4O
7・10H
2O 0.1 g, (NH
4)
6Mo
7O
24・4H
2O 0.05 g /1L)を終濃度0.1%となるように加えた。上層培地では、Czapek-Dox培地に終濃度がそれぞれ1 M sucrose、0.5% agarとなるように添加した。Trace elements solutionは終濃度0.1%となるように加えた。
【0103】
完全培地として、培地(pH6.5 with 1N KOH, Malt extract 2.0 g, Bacto pepton 0.1 g, Glucose 2.0g/100 ml)を使用した。
【0104】
プロトプラスト化溶液(10 mM-Na phosphate 0.8 M-NaCl buffer (pH6.0) 30 ml, YatalaseTM (TaKaRa社) 90 mg, Lysing enzymes l2265 (SIGMA社) 9.0 g, BSA 0.3 g /30 ml)は、形質転換当日に調製し、フィルター(Millex(登録商標)Syringe Filter Units, Non-Sterile)で滅菌した。
【0105】
溶液1(0.8 M NaCl、10 mM CaCl2, 10 mM Tris-HCl (pH7.5))をオートクレーブで滅菌した。溶液2(40%(w/v) PEG4000、50 mM CaCl2、50 mM Tris-HCl (pH7.5))をフィルターで滅菌した。胞子懸濁溶液として、0.1% Tween80、 0.9% NaCl溶液を使用した。
【0106】
添加物として、Pyrimidine (uridine, uracil)(Uridine 1.2 g, Uracil 1.12 g/1L)と、5-FOA(pH6.5 with 1N KOH, 5-FOA 0.1 g/100 ml)を使用した。5-FOA (5- Fluoroorotic Acid) を使用する際には、目的の培地の1/4量の滅菌水で溶かし、フィルター滅菌した。この溶液を、滅菌水の量のみ3/4量で調製した目的の培地と混合し、5-FOA添加培地とした。
【0107】
(3)プラスミドの構築
エレクトロポレーション法を利用してE.coliの形質転換を行った。
【0108】
DNAの電気泳動には0.8% agarose gel、TAE緩衝液を使用し、100Vで泳動した。泳動終了後、10mg/mlのエチジウムブロマイド溶液で20分染色し、暗所下で紫外線を照射してDNAを可視化した。ゲルから目的のDNAを抽出する際は、UltraClean 15 DNA Purification Kitを使用した。方法は付属の説明書に従った。
【0109】
表8のPCR反応液を調製後、アニール温度を52、56、60、64、68℃に設定して、表8に併せて示す反応条件でPCRした。伸長時間Xは、目的の配列の長さ(1kb=1min)によって設定した。
【0110】
【表8】
【0111】
連結したDNAをベクターにライゲーションした。pGEM(登録商標)-T Easy Vector Systemを用いて、方法は付属の説明書に従った。滅菌済みの爪楊枝でいくつかのコロニーをとりLB培地で30℃、12時間振盪培養後プラスミドを抽出した。
【0112】
形質転換を行った大腸菌のコロニーから、滅菌済みの爪楊枝で少量の菌体を取り、アンピシリンの入ったLB液体培地5mlに植菌した。12〜16時間振とう培養後、1.5mlの菌液を微小遠心チューブに移した。13000rpmで3分間遠心分離し、上清を取り除いて集菌した。QIAprep Spin Miniprep Kitを使用してプラスミドを抽出した。方法は付属の説明書に従った。
【0113】
(4)A. oryzae KBN8243の形質転換
栄養要求性を満たしたCzapek-Dox平面培地にA. oryzae KBN8243を30℃、4〜7日培養し、そこに滅菌済みの胞子懸濁調製液を10ml加え、コンラージ棒を用いて胞子をかき取った。この懸濁液をピペットで集めて胞子懸濁液とした。
【0114】
懸濁した胞子を完全培地50mlに植菌し、好気的に30℃、20時間振盪培養した。培養後、3000rpm、5分遠心して集菌し、デカンテーションで上清を取り除いた後、プロトプラスト化溶液を30ml加えて30℃、3時間穏やかに振盪した。この溶液を滅菌済みのミラクロスでろ過し、ろ液を3000rpm、5分間遠心することでプロトプラストを沈殿させた。上清を取り除いた後、溶液1を10ml加えて懸濁させ、再度遠心し上清を捨てることで、プロトプラストを洗浄した。プロトプラストを2×10
8/mlとなるように溶液1で懸濁し、その1/4量の溶液2を加えて混合した。0.2mlのプロトプラスト懸濁液に20μl以下の各種プラスミドDNA溶液を加えて穏やかに懸濁し、氷中で30分静置した。さらに1mlの溶液2を加えて室温で15分静置した。この溶液全量を50℃で保温していた上層培地5mlに混合し、あらかじめシャーレに固化しておいた下層培地の上に均一に広げた。培地が固化したら、30℃で4〜7日培養した。
【0115】
形質転換株を培養後、胞子を微量かきとり50μlのバッファ(100mM Tris-HCl pH9.5, 1M KCl, 10mM EDTA)に懸濁した。この溶液を95℃で10分間インキュベートした後、Vortexミキサーで強く撹拌した。遠心後、上清1μlを表9に示すPCR反応液に加えて、表9に併せて示す反応条件でPCRした。電気泳動後バンドの大きさを確認した。
【0116】
【表9】
【0117】
図5に、形質転換株から抽出したDNAの電気泳動結果を示す。プライマー tef 150 check Fw、Moa 350 check Rv を用いてPCRを行った場合、MOAR1高発現株のゲノムDNAでは1000bpの位置にバンドが検出されると予想された。形質転換株では1000bpの位置にバンドが検出されたことから、MOAR1高発現用プラスミドがゲノムDNAに組み込まれていることが示された。
【0118】
(5)リアルタイムPCRによるmRNAレベルでのMOAR1の発現量の比較
A.oryzae KBN8243の培養液を吸引濾過後、液体窒素にて回収した菌体を凍結させ、乳鉢・乳棒を用いて破砕した。RNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN社) により、菌体からRNAを抽出し、PrimeScript(登録商標) 1st cDNA Synthesis Kit (TaKaRa社) によりRNAを逆転写することでcDNAを得た。GeneAce SYBR(登録商標)qPCR Mix plus ROX Tube を用いてリアルタイムPCRを行った。
【0119】
PCRチューブにOligo dT primer 溶液1μl、dNTP mixture1μl、抽出したRNA溶液8μl入れ65℃で5分間インキュベートした。氷上で冷却後、5×Prime Script II buffer4μl、RNase Inhibitor0.5μl、PrimeScript II RTase1μl、RNase Free dH
2O4.5μl、上記で65℃で5分間インキュベートしたRNAを含む溶液10μlを加えて逆転写反応を行った。反応サイクルは、表10のように行った。これをcDNA溶液とした。
【0120】
【表10】
【0121】
SYBR Premix Ex Taq II (12.5μl)、プライマーAO0368 417Fw溶液1.0μl、プライマーAO0368 607Rv溶液1.0μl、滅菌水8.5μl、cDNA溶液2μlを入れて全量25μlとし混合し、リアルタイムPCRにかけた。
図6に、野生株と形質転換株とのmRNAレベルでのMOAR1の発現量の比較を示す。
【0122】
図6に示すように、形質転換株は、野生株に比べてMOAR1の発現量が9倍高かった。このことから、形質転換株は、MOAR1高発現株であるといえることがわかった。
【0123】
(6)LC−MS/MSによる細胞内のロイシン酸の定量
Czapek液体培地500mlに野生株(KBN8243)とMOAR1高発現株を植菌し、30℃で3日間振とう培養した。培養液を吸引濾過後、菌体3.0gを回収した。液体窒素にて凍結破砕後、50%メタノール溶液にて細胞内の代謝物を抽出した。これを凍結乾燥し、50%エタノール溶液300μlにて再溶解させたサンプルをLC−MS/MSにて分析した。
図7に、野生株と形質転換株とロイシン酸産生量の比較を示す。
【0124】
図7に示すように、野生株のロイシン酸生産量は3.0 pmol/g wet weightで、形質転換株では290 pmol/g wet weightであった。このことから、野生株に比べ形質転換株の方が97倍ロイシン酸を多く生産していることがわかった
【0125】
(7)リアルタイムPCRによる基質添加時のMOAR1の発現解析
Czapek液体培地5mlのみと、2mMのロイシン、2mMのMOA、2mMのロイシン酸をそれぞれ添加した培地に野生株を植菌し、28℃、100rpmで3日間振とう培養した。上記と同様、培養液を吸引濾過し、菌体を破砕後、RNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN社)を用いて、RNAを抽出し、PrimeScript(登録商標)1st cDNA Synthesis Kit (TaKaRa社)によりcDNAに逆転写した。AO0368 417FwおよびAO0368 607RVプライマーを用いて、 GeneAce SYBR(登録商標)qPCR Mix plus ROXによりリアルタイムPCRを行った。
図9に、基質添加時のMOAR1の発現解析の結果を示す。
【0126】
図9に示すように、ロイシン、MOAを添加した場合は非添加の時よりMOAR1発現量が多かったが、ロイシン酸を添加した時は非添加に比べ発現量が低かった。MOAR1は、ロイシン、MOAによって誘導され、ロイシン酸にて抑制されることがわかった。以上のことから、ロイシン酸を取得するためには、ロイシン又はMOAの添加が有効であり、一方、生成物(ロイシン酸)によるフィードバック阻害が引き起こされるため、ロイシン酸エチルへの変換が有効であることがわかった。