特許第6392625号(P6392625)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6392625チェーン用軸受部、ピン、及びそれを用いたチェーン
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6392625
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】チェーン用軸受部、ピン、及びそれを用いたチェーン
(51)【国際特許分類】
   F16G 13/04 20060101AFI20180910BHJP
   F16G 13/06 20060101ALI20180910BHJP
   F16G 13/02 20060101ALI20180910BHJP
【FI】
   F16G13/04
   F16G13/06 E
   F16G13/02 G
   F16G13/02 A
【請求項の数】13
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-210242(P2014-210242)
(22)【出願日】2014年10月14日
(65)【公開番号】特開2016-80028(P2016-80028A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2017年4月11日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年5月21日 公益社団法人自動車技術会発行の「2014年春季学術講演会前刷集」に発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000207425
【氏名又は名称】大同工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100082337
【弁理士】
【氏名又は名称】近島 一夫
(72)【発明者】
【氏名】西川 雅士
(72)【発明者】
【氏名】奥村 善雄
(72)【発明者】
【氏名】大坂 悠馬
(72)【発明者】
【氏名】田中 幹樹
【審査官】 前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−301888(JP,A)
【文献】 特開2005−106204(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/057407(WO,A1)
【文献】 特開2003−301889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16G 13/04
F16G 13/02
F16G 13/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに摺動自在に嵌合する2個の部材からなり、多数のリンクを屈曲自在に連結するチェーン用軸受部において、
前記チェーン用軸受部を構成する少なくとも一方の部材が、母材の表面に形成された、硬質金属炭窒化物皮膜からなる表面層を備え、
前記チェーン用軸受部を構成する他方の部材との間で、前記表面層の表面に該表面層より軟質な所定膜厚の酸化物皮膜が形成され、該酸化物皮膜は、前記硬質金属炭窒化物の酸化物であって、窒素により高温での酸化が抑制され、温度変化による膜厚変化が2倍を超えることのない極小厚さに保持されてなる、
ことを特徴とするチェーン用軸受部。
【請求項2】
前記硬質金属は、バナジウム、チタン、ニオブ及びクロムの少なくとも1個である、
請求項1記載のチェーン用軸受部。
【請求項3】
前記硬質金属炭窒化物皮膜は、結晶構造がNaCl構造からなり、硬さが1600[Hv]以上である、
請求項1又は2記載のチェーン用軸受部。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のチェーン用軸受部と、
前記チェーン用軸受部の一方を構成するピンを有する第1のリンクと、
前記チェーン用軸受部の他方を構成する嵌合部材を有する第2のリンクと、を備え、
前記チェーン用軸受部により前記第1のリンク及び前記第2のリンクが無端状に連結されてなる、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項5】
前記第1のリンクが、1対の前記ピンにより連結されたガイドリンクプレートを有し、
前記第2のリンクが、両端部に前記ピンを嵌合するピン孔を備え、前記嵌合部材を構成すると共に1対の歯を有する内側リンクプレートを有し、
前記チェーンが、サイレントチェーンである、
請求項4記載のチェーン。
【請求項6】
前記第1のリンクが、1対の前記ピンにより固定されたアウタリンクプレートを有し、
前記第2のリンクが、前記嵌合部材であるブシュと、1対の前記ブシュにより連結されたインナリンクプレートとを有し、
前記チェーンが、ローラチェーンである、
請求項4記載のチェーン。
【請求項7】
多数のリンクを屈曲自在に連結するチェーン用ピンにおいて、
母材の表面に形成された、硬質金属炭窒化物皮膜からなる表面層を備え、
前記表面層の表面に、該表面層より軟質な所定膜厚の酸化物皮膜が形成され、該酸化物皮膜は、前記硬質金属炭窒化物の酸化物であって、窒素により高温での酸化が抑制され、温度変化による膜厚変化が2倍を超えることのない極小厚さに保持されてなる、
ことを特徴とするチェーン用ピン。
【請求項8】
前記硬質金属は、バナジウム、チタン、ニオブ及びクロムの少くとも1個である、
請求項7記載のチェーン用ピン。
【請求項9】
前記硬質金属炭窒化物皮膜は、結晶構造がNaCl構造からなり、硬さが、1600[Hv]以上である、
請求項7又は8記載のチェーン用ピン。
【請求項10】
請求項7ないし9のいずれか1項に記載のチェーン用ピンにより屈曲自在に連結される第1のリンク及び第2のリンクと、を備え、
前記第1のリンク及び前記第2のリンクが無端状に連結されてなる、
ことを特徴とするチェーン。
【請求項11】
前記第1のリンクが、1対の前記ピンにより連結されたガイドリンクプレートを有し、
前記第2のリンクが、両端部に前記ピンを嵌合するピン孔及び1対の歯を有する内側リンクプレートを有し、
前記チェーンが、サイレントチェーンである、
請求項10記載のチェーン。
【請求項12】
前記第1のリンクが、1対の前記ピンにより固定されたアウタリンクプレートを有し、
前記第2のリンクが、ブシュと、1対の前記ブシュにより連結されたインナリンクプレートとを有し、
前記チェーンが、ローラチェーンである、
請求項10記載のチェーン。
【請求項13】
前記チェーンが、内燃エンジン内に配置されたチェーンである、
請求項4ないし6又は請求項10ないし12のいずれか1項に記載のチェーン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーン用ピン、軸受部及びそれを用いたサイレントチェーン等のチェーンに係り、特に内燃エンジン内に配置されるチェーンに用いて好適であり、詳しくは表面に酸化物皮膜が形成される表面層に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、サイレントチェーンは、ピンとリンクプレートの間、ローラチェーンは、ピンとブシュの間に相対回転摺動を生じ、ピン及び嵌合部材(リンクプレート又はブシュ)が摩耗し、チェーンに摩耗伸びを生じる。特に、内燃エンジンン内に配置されるタイミングチェーン等のサイレントチェーンにあっては、摺動発熱が懸念される境界潤滑状態に近い条件下においても高い耐久性が求められている。
【0003】
従来、炭化チタン(TiC)、炭化バナジウム(VC)、クロム炭化物(CrC)等の硬質無機材料のベース被覆中に、アルミニウム酸化物等の上記硬質無機材料と異なる硬質無機材料からなる粒子を分散点在させると共に、該分散点在した粒子の一部を被覆表面に露出した耐摩耗性被覆物が案出されている(特許文献1参照)。
【0004】
該耐摩耗性被覆物は、サイレントチェーンのピン表面に適用され、被覆面が境界潤滑状態となり温度が上昇し、それによって被覆面の酸化が発生し、十分な耐摩耗効果が得られない旨の課題を解決するために提案されたものであり、ベース被覆材料と分散点在させた硬質無機材料粒子との界面に微小な隙間が形成され、該微小な隙間に潤滑油が浸透して、保液性が向上し、被覆表面の低摩耗化に寄与することを特徴とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−139199号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の環境問題やエネルギー問題の高まりにより、内燃エンジン等にあっても持続的発展への要求が高まっており、エンジン車両の一層の燃費向上が急務になっている一方で、上記タイミングチェーンの長期信頼性の確保が重要な課題となっている。そのような次世代エンジンでは、潤滑油の低粘度化が進んだり、或いはエンジン機構の変化から潤滑油量が希薄化する場合があり、潤滑条件が混合潤滑でも境界潤滑に近づいて、チェーン潤滑環境が過酷化する場合が多くなっており、そのようなチェーン駆動モードにおいて、上記硬質金属炭化物としてバナジウム炭化物を表面層としたピン(以下VCピンという)に異常摩耗を生じる場合があることを発見した。
【0007】
上述した特許文献1の耐摩耗性被覆物は、ベース被覆材料に分散点在された硬質無機材料粒子が小面積にて相手側部材に摺接するため、例えそのような耐摩耗性被覆物が製造できたとしても、相手攻撃性が高くなり、早期にチェーン伸びが生じる虞がある。
【0008】
本発明者等は、上記VCピンの異常摩耗について鋭意研究した結果、まず、従来のエンジン内チェーンにおいて、バナジウム炭化物(VC)皮膜がクロム炭化物(CrC)、ニオブ炭化物(NbC)等の他のMC(M:Cr、Nb、Ti等のMetal)型硬質炭化物皮膜より高い耐摩耗性能を有するメカニズムは、
(i)VC皮膜表面において極薄く軟質な酸化物皮膜が持続的に形成されることにより、ピン摺動面が鏡面化し易いため、相手(リンクプレート孔面)攻撃性が低くなる。
(ii)他のMC型炭化物皮膜より高い靱性を有し、高面圧下でも皮膜の破壊(微小剥離による面あれ)が進み難く、鏡面化した摺動面を長期に亘って維持できる。
ことにあると解析した。
【0009】
そして、次世代エンジンを想定したチェーン駆動試験において、VCピンが異常摩耗する原因は、潤滑環境が過酷になる状況では、摺動部(ピン表面及びリンクプレート孔面)の潤滑が境界潤滑状態に近づき、ピン表面が発熱して高温化し、その結果相手攻撃性の低下を促す酸化物皮膜が厚く形成されてしまい、軟質な該酸化物皮膜が摩耗することによりピン自身の摩耗が増大したことに因る、と推測した。
【0010】
即ち、本発明者等は、硬質金属炭化物皮膜の表面に形成される酸化物皮膜は、特許文献1の課題に示すように、高温時の酸化物皮膜の肥大化等によるピン自身の摩耗の増大というマイナス面だけではなく、上記(i)に示すように、薄く軟質な酸化物皮膜が持続的に形成され、ピン摺動面が鏡面化して相手攻撃性が低くなることによりチェーン伸び性能を向上するというプラス面があると推論した。
【0011】
今後、車両の一層の低燃費化等の内燃エンジンの進化に伴い、チェーンに対する要求は更に過酷になることが予測される。上述したような潤滑油の低粘度化ばかりでなく、チェーン負荷張力の増加等に由来した潤滑環境が悪化する状況でも、長期間の運転が可能な耐久性を有するチェーンが要求される。
【0012】
そこで、本発明は、薄く軟質な酸化物皮膜による相手攻撃性の低下と、高温環境下においても酸化物皮膜の肥大化を抑えて表面層自身の摩耗増加の防止とを両立し、もって優れた耐久性を備えたチェーン用軸受部、ピン、及びそれを用いたチェーンを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、互いに摺動自在に嵌合する2個の部材(2)(3,7)からなり、多数のリンク(5)(8)を屈曲自在に連結するチェーン用軸受部(9)において、
前記チェーン用軸受部を構成する少なくとも一方の部材(例えば2)が、母材(20)の表面に形成された、硬質金属炭窒化物(MCN)皮膜からなる表面層(21)を備え、
前記チェーン用軸受部を構成する他方の部材(例えば7)との間で、前記表面層の表面に該表面層より軟質な所定膜厚の酸化物皮膜(22)が形成され、該酸化物皮膜(22)は、前記硬質金属炭窒化物の酸化物であって、窒素により高温での酸化が抑制され、温度変化による膜厚変化が2倍を超えることのない極小厚さに保持されてなる、ことを特徴とする。
【0014】
多数のリンク(5)(8)を屈曲自在に連結するチェーン用ピン(2)において、
母材(20)の表面に形成された、硬質金属炭窒化物(MCN)皮膜からなる表面層(21)を備え、
前記表面層の表面に、該表面層より軟質な所定膜厚の酸化物皮膜(22)が形成され、該酸化物皮膜(22)は、前記硬質金属炭窒化物の酸化物であって、窒素により高温での酸化が抑制され、温度変化による膜厚変化が2倍を超えることのない極小厚さに保持されてなる、ことを特徴とする。
【0015】
前記硬質金属は、バナジウム(V)、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)及びクロム(Cr)の少なくとも1個である。
【0016】
前記硬質金属炭窒化物皮膜は、結晶構造がNaCl構造からなり、硬さが、1600[Hv]以上である。
【0017】
前記チェーン用軸受部の一方を構成するピン(2)を有する第1のリンク(8)と、
前記チェーン用軸受部の他方を構成する嵌合部材(例えば)を有する第2のリンク(5)と、を備え、
前記チェーン用軸受部(9)により前記第1のリンク(8)及び前記第2のリンク(5)が無端状に連結されてなる、ことを特徴とするチェーンにある。
【0018】
チェーン用ピン(2)により屈曲自在に連結される第1のリンク(8)及び第2のリンク(5)と、を備え、
前記第1のリンク(8)及び前記第2のリンク(5)が無端状に連結されてなる、ことを特徴とするチェーンにある。
【0019】
前記第1のリンク(8)が、1対の前記ピン(2)により連結されたガイドリンクプレート(6)を有し、
前記第2のリンク(5)が、両端部に前記ピン(2)を嵌合するピン孔(7)を備え、前記嵌合部材を構成すると共に1対の歯(10,10)を有する内側リンクプレート(3)を有し、
前記チェーンが、サイレントチェーン(1)である。
【0020】
前記第1のリンク(8)が、1対の前記ピン(2)により連結されたガイドリンクプレート(6)を有し、
前記第2のリンク(5)が、両端部に前記ピン(2)を嵌合するピン孔(7)及び1対の歯(10,10)を有する内側リンクプレート(3)を有し、
前記チェーンが、サイレントチェーン(1)である。
【0021】
前記第1のリンクが、1対の前記ピンにより固定されたアウタリンクプレートを有し、
前記第2のリンクが、前記嵌合部材であるブシュと、1対の前記ブシュにより連結されたインナリンクプレートとを有し、
前記チェーンが、ローラチェーンである。
【0022】
前記チェーンが、内燃エンジン内に配置されたチェーンである。
【0023】
なお、上記カッコ内の符号は、図面と対照するためのものであるが、これにより特許請求の範囲に記載の構成に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0024】
請求項1又は7に係る本発明によると、チェーン用軸受部を構成する少なくとも一方の部材又はチェーン用ピン(ロッカピンも含む)は、硬質金属炭窒化物皮膜からなる表面層を有するので、高い靱性を有し、クラックの発生やそれによる皮膜欠損を減少し、かつ摺動面を鏡面化する酸化物皮膜を形成して相手攻撃性を低く保持できると共に、希薄潤滑等の過酷な環境にあっても、上記酸化物皮膜が過剰に形成されることを抑えて、ピン及び該ピンに摺接する相手側の摩耗を抑制して、次世代エンジン等の過酷な使用状態にあっても、チェーンの長寿命化を図ることができる。
【0025】
請求項2又は8に係る本発明によると、硬質金属としてバナジウムが好ましいが、チタン、ニオブ又はクロムでも適用可能であり、かついずれの硬質金属でも、バナジウムと同様に、炭窒化物皮膜とすることにより高温環境下での酸化物皮膜が過剰に形成されることを抑える耐酸化特性を備えることができ、材料設計の自由度を向上することができる。
【0026】
請求項3又は9に係る本発明によると、硬質金属炭窒化物皮膜は、NaCl構造からなる結晶構造を備え、金属炭化物への窒素の含有により格子間距離が短くなって、酸素が拡散浸透することを抑えて、耐酸化特性、特に高温環境での耐酸化特性を向上する。窒素の含有量が多い程、耐酸化特性が向上するが、一方で窒素の含有量が多い程、硬度が低下する。エンジンオイルの流入する煤の硬さより硬い1600[Hv]以上にあっては、例えば窒素量45[atom%]以下になり、高温環境においても耐酸化特性を備えて、実用上適用し得るチェーンの摩耗性能を得ることができる。
【0027】
請求項4又は10に係る本発明によると、サイレントチェーン、ローラチェーン等のチェーンに用いて、過酷な環境下にあっても耐久性の優れたチェーンを提供することができる。
【0028】
請求項5又は11に係る本発明によると、サイレントチェーンは、ピンの相手側となる内側リンクプレートのピン孔又はロッカピンは接触面積が小さく、ピンによる相手攻撃性に対して厳しいが、ピン等の軸受部の一方の部材は、軟質な酸化物皮膜により相手攻撃性が低く、かつ該酸化物皮膜の過剰形成によるピン等の軸受部の一方の部材の摩耗の増大も低く、過酷環境下におけるサイレントチェーンに対して、ピン及び相手側の両方の摩耗をバランスよく低減して、高い信頼性で長寿命化を図ることができる。
【0029】
請求項6又は12に係る本発明によると、ピン及びブシュからなるローラチェーンに適用して、耐久性及び信頼性の高いローラチェーンを得ることができる。
【0030】
請求項13に係る本発明によると、過酷な使用環境となる次世代の内燃エンジン内のチェーンに適用されて、高い信頼性での長寿命化が可能となり、内燃エンジンの低燃費化等による地球環境の保護に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明を適用し得るサイレントチェーンを示す正面図。
図2】(a)は、本発明に係るバナジウム炭窒化物(VCN)からなる表面層を有するピン表面からの距離による成分比を示す図、(b)は、バナジウム炭化物(VC)皮膜とバナジウム炭窒化物(VCN)皮膜の表面からの窒素(N)量の変化を示す図、(c)は、ピン表面部分の模式図。
図3】温度による酸化物皮膜の厚さを示す図。
図4図3のA点及びB点におけるVC皮膜及びVCN皮膜表面の酸化物皮膜を示す拡大写真。
図5】硬質金属の炭化物、窒化物の格子定数を示す図。
図6】各種硬質皮膜の靱性及び硬さを示す図。
図7】各種硬質皮膜の摺動面粗さの試験時間による変化を示す図。
図8】VC皮膜からなるピンを用いたチェーン(VCチェーン)とVCN皮膜からなるピンを用いたチェーン(VCNチェーン)の伸びを示す図。
図9】VCチェーンとVCNチェーンとの軸受部構成部品の摩耗を示す図。
図10】(a)は、上記VCN皮膜を有するピンの窒素(N)量の変化によるチェーン伸び性能を示し、(b)は、N量変化によるピン摩耗性能を示し、(c)は、N量変化によるピン表面の硬さを示す図。
図11】(a)は、表面層のN量の違いによる硬さ及び靱性を示し、(b)は、N量による摺動面粗さを示す図。
図12】他の元素を添加したVCN−(Ti,Si)皮膜と上記VCN皮膜を比較した図で、(a)は、N量変化による硬さを示し、(b)は、N量変化によるピン摩耗性能を示す。
図13】(a)は、各種元素の表面層の皮膜靱性評価を示し、(b)は、VCN−MoとVCN皮膜表面層のN量変化に対するチェーン伸び性能を比較した図、(c)は、摺動面粗さを比較した図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面に沿って本発明の実施の形態について説明する。本発明を適用し得るサイレントチェーン1は、図1に示すように、ピン2により内側リンクプレート3が交互に連続されて無端状に構成されており、これら内側リンクプレート3による(第2の)リンク5の幅方向最外側にガイドリンクプレート6が配置されている。上記ピン2は、左右ガイドリンクプレート6にカシメ、しまり嵌め等により固定、連結され、該ピン2が、前記内側リンクプレート3の長手方向両端部に形成されたピン孔7,7に摺動自在に嵌合している。上記ガイドリンクプレート6及びピン2により(第1の)リンク8が構成される。
【0033】
従って、上記ピン2と上記リンクプレート3のピン孔7とが互いに相対摺動し得るチェーン用軸受部9を構成する。なお、上記ガイドリンクプレート6と幅方向で整列するガイドリンク列Gは、ピン2に対して内側リンクプレート3を含めて相対回転せず、該ガイド列に隣接するノンガイド列Nの内側リンクプレート3がピン2に対して相対回転して、サイレントチェーン1は、自由に屈曲し得るが、通常、ガイドリンク列G及びノンガイド列Nの内側リンクプレート3は同じものが用いられ、内側リンクプレート3を嵌合部材としてピン2との間で上記チェーン用軸受部9が構成される。
【0034】
内側リンクプレート3は、左右1対のピン孔7,7とピン孔の中心を結ぶ線(ピッチライン)の内径側に1対の歯10,10とを有する。該歯10は、その間のクロッチ11部側に内側フランク面12,12が形成され、各歯の外側に外側フランク面13,13が形成されている。上記歯10は、スプロケットの歯に内側フランク面12及び外側フランク面13が接合する噛合機構、例えば外側フランク面13がスプロケット歯に接合して噛合を進行した後、内側フランク面12がスプロケット歯に着座する(外股当り、内股着座)。
【0035】
前記チェーン用軸受部9を構成する一方の部材、本実施の形態にあっては、ピン2に、所定厚さ(例えば略々6〜12μm)のバナジウム炭窒化物(以下VCNという)皮膜からなる表面層が形成される。該表面層は、ピン母材の表面にバナジウム炭化物(VC)皮膜を形成する工程(バナジウム浸透拡散処理)と、上記ピン母材の表面に窒素(N)を浸透する工程(窒化処理)とにより、上記VCN皮膜が形成される。なお、上記VCN皮膜は、バナジウム(V)、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)及びクロム(Cr)の硬質金属炭窒化物皮膜(MCN)の代表として示すものである。
【0036】
具体的には、ピン母材は、鋼材、例えば高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)、クロムモリブデン鋼(SCM)等の線材が用いられ、該線材が所定長さに切断される。該ピン母材は、まず、粉末パック法によるバナジウム浸透拡散処理(VC複合拡散浸透処理)が行われる。即ち、浸透材となるFV(フェロバナジウム)、焼結防止材としてのAl(アルミナ、酸化アルミニウム)、反応助材(促進材)としてのNHCl(塩化アンモニウム)からなる粉末がピン母材と共に炉内に入れられ、900℃〜1100℃に昇温され、所定時間保持された後、除冷される。これにより、ピン母材の表面に所定厚さのバナジウム炭化物(VC)皮膜が形成される。
【0037】
ついで、上記VC皮膜が形成されたピン素材を、窒素雰囲気中で数時間加熱する窒化処理が行われる。即ち、上記炉内に、Nガスを送って、1000℃以上の高温で数時間加熱した後、除冷される。これにより、図2(c)に示すように、鉄(Fe)を主体としたピン母材20の表面の上記VC皮膜に窒素(N)が拡散浸透することにより結合してVCxNyからなるバナジウム炭窒化物(VCN)皮膜の表面層21が形成され、かつ窒素(N)の含有量(比率)は、表面から母材の界面に向って徐々に低下するように傾斜変化している。該VCN皮膜からなる表面層21の極表面には、極く薄いバナジウム酸化物(VO)皮膜22が形成されている。
【0038】
図2(a)に示すように、ピン母材20は、鉄(Fe)が主成分であり、該ピン母材の表面にVCN皮膜が形成され、該皮膜は、略々その全厚さに亘って略々同じ含有率のバナジウム(V)と、表面から母材界面に向って徐々に増える炭素(C)と、表面から母材界面に向って徐々に減少する窒素(N)を含有する。また、図2(b)に示すように、VCN皮膜は、窒素(N)量が表面では多く含有しているが、ピン母材界面に向って徐々に減少する。なお、バナジウム炭化物(VC)皮膜からなるピンは、窒素(N)量が略々0である。
【0039】
チェーン用ピン(一方の部材)2は、軸受部9を構成する相手側部材(他方の部材)である内側リンクプレート3のピン孔7に対して相対摺動を繰り返しながら、VCN皮膜極表面の酸化物(VO)皮膜22が摺動摩耗している。該酸化物(VO)皮膜22は、表面層21のVCN皮膜より軟質で、従ってピン孔(相手側部材)に対する攻撃性が低く、かつ摺接すると鏡面となってピン自体及びピン孔の摩耗を抑制する。
【0040】
図3は、タイミングチェーン等のチェーン軸受部の温度に対する上記酸化物皮膜の厚さを示す図である。上記酸化物皮膜は、表面層がVC皮膜でも形成され、該酸化物(VO)皮膜がチェーンの耐久性に大きく影響を及ぼすことを本発明者等は発見し、更に潤滑環境が十分でない状態では、従来のVC皮膜にあっては、上記酸化物皮膜が過剰に形成されて、それが該VCピンの摩耗の増大に繋がることをつきとめた。内燃エンジンは、一層の燃費向上が求められており、摺動部材のフリクション低減を目的として潤滑油の剪断抵抗を減少するため、粘度の低い潤滑油が開発され、このように次世代エンジンを想定した場合、エンジン内の潤滑自体の環境は悪化して、チェーン軸受部の温度は高くなる傾向となる。
【0041】
図4は、図3のA点、即ち温度が低い(従来のエンジン内環境)と、B点、即ち温度の高い(次世代エンジン内環境)において、従来タイプのVCピンと、本参考例によるVCNピン表面の酸化物(VO)皮膜を撮影した写真(透過型電子顕微鏡TEM像)である。なお、図4は、元画像を同じ倍率になるようにサイズを調整したものである。チェーン用軸受部の温度が低いA点においては、従来タイプのVCピンの酸化物皮膜も本実施の形態によるVCNピンの酸化物皮膜も、略々同じ厚さ(約2nm)である。潤滑環境が悪くなって軸受部の温度が局部的に高くなるB点において、VCピンは、酸化物皮膜が大幅に厚くなるが(例えば10倍を越える厚さ)、VCNピンは、酸化物皮膜の厚さの変化は少ない(例えば2倍を越えることはない)。図3は、上記図4に示すVCピン及びVCNピンの複数の温度における酸化物皮膜の層厚を測定した結果から導き出されたもので、VCピンにおける酸化物皮膜の厚さは、温度が高くなる程急激に厚くなるが、VCNピンにおける酸化物皮膜厚さは、VCピンに比して温度に対して大幅に変化が小さい。これは、VCに比してVCNの方が酸素との結合(酸化)が抑制され、VCNは耐酸化性が高いため、酸化物の過剰形成が抑制されるものと推測する。
【0042】
図5に示すように、バナジウム炭化物(VC)とバナジウム窒化物(VN)とは、同じNaCl構造の結晶構造からなり、その格子定数は、VCが4.182(Å)、VNが4.128(Å)であり、VNがVCより小さい。バナジウム炭窒化物VCNの格子定数を測定して、N量10[atom%]のVCN(N10%)で4.164、N量30[atom%]のVCN(N30%)で4.147を得た。即ち、VC,VNとも同じNaCl構造の結晶構造をもち、格子間距離が短くなることで、酸素(O)の拡散浸透が抑制されるものと推測した。これにより、VCN皮膜は、VC皮膜に比して酸化物の生成が抑制され、特に高温で酸化速度が速くなることが抑制され、高温環境での酸化物皮膜の肥大化が抑制される。また、該酸化物皮膜の抑制機能は、窒素(N)量が多い程高くなる。
【0043】
図6は、各硬質材料による皮膜の靱性と硬さとの関係を示す。なお、靱性は、ナノインデンテーション法で算出されるクリープをパラメータとして定義しており、単位はパーセント[%]である。例えばビッカース試験によるダイヤモンド圧子負荷に伴う皮膜の破壊モデルを考えると、クリープが大きい程クラックが少なく、これは、皮膜靱性が高い程、軸受荷重が大きくなっても、皮膜耐力が高いことを意味する。図6において、硬さは、TiCが高く、CrCが低く、VCN及びVCは、その中間にあり、かつ靱性は高いが、特にVCNは、VCに比して靱性が高いことを示している。従って、VCNピンは、他の材料CrC,TiCだけでなく,従来摩耗性能に優れたVCピンに比しても靱性が高く、皮膜のミクロ的な破壊、即ち摺動面のあれが進みにくく、摺動相手材への攻撃性が低く、摩耗性能が優れている。
【0044】
図7は、各硬質皮膜(TiC,CrC,VC,VCN)のピンに所定荷重を負荷した状態での試験時間に対する摺動面粗さの変化を示す。なお、粗さは十点平均粗さRzjisを用いており、単位は[μm]である。図7から、VC及びVCN皮膜が、他の硬質皮膜(TiC,CrC)に比して、上述した酸化物皮膜の形成により摺動面粗さが低いが、特にVCN皮膜は、VC皮膜に対しても、長時間に亘って摺動面粗さを低く維持することが解る。図6及び図7に示すように、VCNピンは、他の硬質皮膜(TiC,CrC)だけでなく、VCピンに比しても摺動特性に優れ、摩耗性能が向上していることが解る。
【0045】
図8は、次世代エンジンを想定した潤滑環境の悪い状態でのチェーンの摩耗伸び試験結果を示した図である。該環境にあっては、潤滑不良により軸受部に局部発熱を生じ、また面圧が増大し、その結果、従来のVCピンを用いたチェーンは、所定駆動時間でチェーン摩耗伸び率が急速に増大する。VCNピンを用いたチェーンは、全試験駆動時間に亘って略々一定のチェーン摩耗伸びを維持している。
【0046】
図9は、VCピンを用いたチェーンとVCNピンを用いたチェーンによる部品摩耗を示し、白抜き部分は相手方である内側リンクプレートのピン孔の摩耗量、ハッチング部分はピン自体の摩耗量、黒丸は、ピン孔とピンとの摩耗比率を示す。VC皮膜は、希薄潤滑による高温環境下にあっては、図3及び図4に示すように、酸化物(VO)皮膜が過剰に成長し、該軟質でかつ厚い酸化物皮膜は表面から剥離し易く、ピン自体の早期摩耗の原因となるが、VCN皮膜は、局部発熱により高温状態になっても、酸化物(VO)皮膜が過剰に成長して過度に厚くなることはなく、所定厚さに維持される酸化物皮膜は、相手側であるピン孔との間に軟質でかつ鏡面からなる摺接面を保持しつつ、剥離又は欠損が少なく、ピン自体が早期に摩耗することはない。これにより、図9のピン摩耗に示すように、VCNピンは、VCピンに比して摩耗量が少ない。
【0047】
VCN皮膜は、VC皮膜に比して、図6に示すように靭性が高く、かつ図7に示すように摺動面粗さが低い。これにより、比較的高い面圧が軸受摺動面に作用しても、ピン表面層21は、面粗度の低い鏡面に保持され、上記比較的薄い酸化物皮膜22の介在と相俟って、軸受相手部材であるピン孔に対する攻撃性が低く、内側リンクプレートのピン孔の摩耗量は、VCピンを用いたチェーンに比して低い。従って、チェーン摩耗伸びの原因となるピン摩耗量及びピン孔摩耗量は、VCピンに対してVCNピンを用いたチェーンが共に低く、VCNピンを用いたチェーンは、VCピンを用いたチェーンに比してチェーン摩耗伸びが小さい。
【0048】
上述したように、ピン表面の酸化物皮膜厚さは、VCピンに比してVCNピンは大幅に薄いので、共に減少しているピン摩耗量及びプレートのピン孔摩耗量であっても、高温環境下にあってはピン摩耗量の減少が著しいので、ピン摩耗比率は、VCNチェーンがVCチェーンに比して低い。
【0049】
ついで、VCN皮膜からなるピン表面層21の表面における窒素(N)比率について説明する。Nは、窒化処理によりピン表面から浸透するので、ピン表面層21の表面が最も含有量(比率)が高く、図2(b)に示すように、母材界面に向って徐々に減少する。チェーンの伸び性能(グラフ上方が伸びが小さい)は、図10(a)に示すように、N量が10[atom%]以上において、その比率が増加するに従って高くなり、30[atom%]を越える辺りで飽和し、45[atom%]以上では低下する。ピン摩耗性能(グラフ上方が摩耗が小さい)は、図10(b)に示すように、N量が10[atom%]以上ではその比率が増加するに従って高くなり、30[atom%]を越える辺りで飽和し、45[atom%]以上では低下する。ピン表面層21の表面硬度(ビッカース硬度Hv0.1)は、図10(c)に示すように、N量比率が大きくなる程低くなる。エンジンオイルに混入する煤の硬さは、800〜1500Hvであり、煤による皮膜表面のアブレシブ摩耗傷を考慮すると、ピン表面での硬さは、1600[Hv0.1]以上が好ましい。以上を考慮すると、ピン表面層表面の窒素(N)の比率は、10[atom%]以下では、ピン摩耗抑制効果が十分ではなく、45[atom%]以上では、内燃エンジン内で発生する煤より硬さが低くなる可能性があり、該煤によるピン摩耗の増加が懸念されるので、10〜45[atom%]の範囲が好適である。
【0050】
図11は、N量の摺動面に対する影響を示す。表面層の皮膜靭性は、図11(a)に示すように、N量が多い程高い。また、摺動面粗さは、図11(b)に示すように、N量が多い程小さい。従って、ピン表面の摩耗を考慮した場合、所定量以下の範囲にあっては、N量比率が多い程好ましい。
【0051】
上記VCN皮膜からなるピンは、摩耗量はVCピンに比して少ないが、使用により徐々に摩耗する。ピン表面層21におけるN量は、表面から母材界面に向って徐々に減少するため、酸化物皮膜の過剰形成の抑制効果も徐々に減少するが、該減少はゆっくりと変化するため、ピン摺動面の鏡面を長期に亘って保つことができ、かつ上記N量の急激な変化点がないので、VCN皮膜の欠損及び剥離を防止できる。
【0052】
ついで、一部変更した実施の形態について、図12図13に沿って説明する。本実施の形態は、上述したVCN皮膜に対して、チタン(Ti)、シリコン(Si)、モリブデン(Mo)等の高機能化元素を添加して、VCN皮膜に、これら高機能化元素を固溶する。なお、高機能化元素とは、Ti又はSiのようなV系硬質皮膜の硬度を高める元素又はMo等の高いクリープ(靱性)特性を有する元素等の添加によりVCN皮膜の特性を向上する元素を意味する。また、該高機能化元素を添加した皮膜は、VCN皮膜を基礎とするので、上述した酸化物皮膜が同様に形成され、かつ高温環境において該酸化物皮膜が過剰に形成されることを抑える耐酸化特性を同様に備える。なお、Ti,Si,Mo等の高機能化元素は、V,C,Nの主要成分に比して、その含有割合が大幅に少ない。
【0053】
図12は、高硬度化元素であるTi又はSiをVCN皮膜に添加して固溶した実施の形態[VCN−(Ti,Si)と表記]を示す。該VCN−(Ti,Si)皮膜は、図12(a)に示すように、上記VCN皮膜に比し、すべてのN量において高い硬度を有する。皮膜におけるN量が多くなると、硬さが低くなる。上記VCN皮膜では、煤の硬さにより低くなる可能性があるため、45[atom%]以下にする必要があったが、本VCN−(Ti,Si)皮膜では、各N量に対して高い硬さとなるので、その分多いN量を用いることが可能となる。
【0054】
図12(b)は、N量変化に対するピン摩耗性能を示す図で、VCN皮膜にあっては、N量が45[atom%]以上になると、摩耗性能が低下したが、本VCN−(Ti,Si)皮膜では、N量が45[atom%]を超えても、摩耗性能が直ちに低下することはない。
【0055】
図13は、高靱化元素であるMoをVCN皮膜に添加して固溶した実施の形態(VCN−Moと表記)を示す。該VCN−Mo皮膜は、図13(a)に示すように、硬さは、VC皮膜、10[atom%]のVCN(N10%)皮膜と略々同じであるが、皮膜靱性パラメータ(特性)は、VC皮膜、VCN(N10%)皮膜より高く、優れた特性を有する。従って、N量の変化に対するチェーン伸び性能は、図13(b)に示すように、VCN皮膜に比して優れており、特にN量が低い状態で優れており、N量が10[atom%]以下でも適用可能となる。
【0056】
ピン表面の摺動面粗さは、上述したようにVC皮膜に比してVCN(N10%)皮膜が低いが、同じN量[10atom%]のVCN(N10%)−Mo皮膜は、上記VCN(N10%)より更に低い。従って、本VCN−Mo皮膜からなる表面層を有するピンは、高い靱性により皮膜の欠損及び剥離を防止でき、また低い摺動面粗さによりピン孔に対する攻撃性が低くかつ高い耐摩耗性を有する。
【0057】
上記VCN−Mo皮膜は、添加元素としてMoを添加したFV(フェロバナジウム)を浸透材として、焼結防止材としてAl(アルミナ、酸化アルミニウム)、反応助材(促進材)としてNHCl(塩化アンモニウム)を、ピン母材と共に炉に入れる、いわゆる粉末パック法によるバナジウム浸透拡散処理において、上記反応助材としてのNHClから分解生成される窒素(N)が、Moを反応媒体として拡散浸透してVCN−Mo皮膜が形成される。即ち、上述した窒化処理を行うことなく、VCN−Mo皮膜が形成される。該皮膜は、主成分としてのVとCの他、10[atom%]に近い窒素(N)と微量のMoが含まれる。
【0058】
上記高機能化元素を固溶したVCN−(Ti,Si,Mo)皮膜は、浸透材としてTi,Si,Mo等の高機能化元素を添加したフェロバナジウム(FV)を用いた上述した粉末パック法によりVC−(Ti,Si,Mo)皮膜を形成した後、窒化処理を行ってVCN−(Ti,Si,Mo)皮膜を形成する。該粉末パック法は、Ti,Siに限らず、Moの場合にも適用でき、上記Moを反応媒体とするVCN−Moに比して、Moの含有量を調整できると共に、窒化処理により窒素(N)量も調整することができる。
【0059】
なお、Ti,Si,Mo等の高機能化元素は、そのうちの1個のみを添加してもよく、また複数添加してもよい。また、上記高機能化元素は、Ti,Si,Moに限らず、タングステン(W)、コバルト(Co)、タンタル(Ta)、マンガン(Mn)等の他の元素でもよい。
【0060】
また、前記硬質金属は、上述したようにバナジウム(V)が望ましいが、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)、クロム(Cr)の他の硬質金属も、同様に炭窒化して適用可能である。図5に示すように、Tiにあっては、格子定数がTiCで4.3186(Å)、TiNで4.235(Å)、TiCNは、N量に応じて中間値をとる。Nbにおいても、格子定数がNbCで4.4691(Å)、NbNで4.439(Å)、NbCNは、N量に応じた中間値をとる。従って、前記VCNでの説明と同様に、TiCN,NbCNは、TiC,NbCに比して格子間距離が短くなることで、酸素(O)の拡散浸透を抑制し、耐酸化特性、特に高温環境での耐酸化特性を備える。
【0061】
CrCは、結晶構造がNaCl構造でなく、酸化物皮膜の成長が進みにくいが、常温において、V,Ti,Nb系の酸化物皮膜が約2nmであるのに比し、約20nmと厚い酸化物皮膜を形成する。チェーン用ピン等に用いて、上記厚い酸化物皮膜が摩耗により削られ又は剥離した後直ちに再生回復することを考えれば、上述した高温環境にて過剰に生成される上述した酸化物皮膜と同等となり、かつCrNが上記NaCl構造からなり、かつ格子定数が4.12であるので、CrCNは、上述説明と同様に耐酸化特性を備える。
【0062】
なお、硬質金属炭窒化物からなる表面層は、上記V,Ti,Nb,Crの1種だけでなく、複数種混在してもよく、また、上記硬質金属、炭素、窒素だけでなく、上記高機能化元素に限らず、高機能化元素の外の元素を添加してもよい。
【0063】
上記実施の形態は、硬質金属炭窒化物皮膜からなる表面層をサイレントチェーンのピンに形成したが、これに限らず、チェーン用軸受部を構成する2個の部材の少なくとも1個に上記表面層を形成すればよい。例えば、サイレントチェーンのピンに代えて、又はピンに加えて内側リンクプレート、特にそのピン孔に表面層を形成してもよい。また、サイレントチェーンに限らず、軸受部の一方の部材を構成するピンを有する第1のリンクと、軸受部の他方の部材を構成する嵌合部材を有する第2のリンクとを、上記軸受部により無端状に連結したチェーンに適用可能である。例えば、サイレントチェーンの場合、第1のリンクがガイドリンクプレートを有し、第2のリンクが内側リンクプレートを有する。また、ローラチェーンの場合、軸受部は、一方の部材であるピンと該ピンを嵌合する嵌合部材を構成する他方の部材であるブシュとからなり、第1のリンクがアウタリンクプレートを有し、第2のリンクがインナリンクプレートを有する。また、チェーンを連結するピンが、互いに接触する円弧状の当接面を有する1対のロッカピンである場合のロッカピンにも、上記硬質金属炭窒化物皮膜を適用することができる。
【0064】
本発明は、内燃エンジン内において、クランクシャフトの回転をカムシャフトに伝達するタイミングチェーンに用いて好適であるが、これに限らず、カム、バランサ、オイルポンプの駆動を含む内燃エンジン内チェーンに適用してもよく、さらにエンジン内以外のチェーンに適用することも可能である。
【0065】
また、上記実施の形態では,VCN皮膜の形成方法として、VC皮膜形成後に1000℃以上で窒化処理したが、これに限らず、低温条件やアンモニア雰囲気でもVCN皮膜の形成が可能である。また、浸透拡散処理と窒化処理を同時に行ってもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 (サイレント)チェーン
2 一方の部材(ピン)
3,7 他方の部材(嵌合部材、内側リンクプレート、ピン孔)
5 第2のリンク
6 ガイドリンクプレート
8 第1のリンク
9 チェーン用軸受部
10 歯
20 (ピン)母材
21 表面層
22 酸化物皮膜
M(V,Ti,Nb,Cr) 硬質金属
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13