(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
石炭の溶剤中での熱分解物から300℃未満の温度での溶剤抽出処理により分離した可溶成分を150℃以上の温度で熱処理したものである請求項1又は請求項2に記載の炭素繊維製造用原料ピッチ。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、例えば樹脂、コンクリート、セラミック等の構造材料のための強化材として広く利用されている。また、他にも炭素繊維は、例えば断熱材、活性炭原料、導電材料、伝熱材料等としても利用される。
【0003】
炭素繊維は、一般に、ポリアクリロニトリル等の合成樹脂や、石油又は石炭から得られるピッチを紡糸により繊維状に成形し、この糸を不融化(空気酸化)及び炭素化することにより製造される。上記原料のうち、石炭ピッチは、石炭を乾留してコークスを製造する際に副生する液状物質であるコールタールから蒸留によりナフタレン等の揮発性の成分を取り出した後の残渣であり、粘稠な黒色物質である。このような石炭ピッチは、ベンゼン環をその骨格に多数含んだ芳香族化合物を多く含む多数の化合物の混合物である。
【0004】
より詳しく説明すると、石炭ピッチは、コークス製造時に1000℃程度まで加熱されるため、環縮合度の高い多環芳香族化合物が主成分であり、例えばメチル基、エチル基、プロピル基等のアルキル側鎖や、例えばエーテル結合、フェノール基等の酸素を含有する構造の含有率が極めて小さい。これらの構造の含有率の指標としては、酸素含有率を用いることができるが、石炭ピッチの酸素含有率は、一般的には1質量%以下、多くの場合には0.5質量%以下である。
【0005】
このような石炭ピッチは、100℃から200℃程度に加熱すると、溶融して粘稠な液体となるので、これをノズルから押し出すことにより紡糸することができる。しかしながら、上述のように、石炭ピッチは、コークス製造時の副生成物であって、残渣として回収されるものであるため、例えば金属不純物や固形炭素分等の紡糸並びにその後の不融化及び炭素化を阻害する様々な成分を含んでいる。このため、石炭ピッチから安定して効率よく炭素繊維を製造することは難しい。また、これらの不純物は、製造される炭素繊維の欠陥の原因となり得るため、得られる炭素繊維の引張強さを低下させる。
【0006】
また、炭素繊維の製造に用いる原料ピッチは、紡糸時に一定の温度で均一に溶融することが好ましい。また、原料ピッチの軟化点としては、原料ピッチを紡糸した繊維の形状固定のための不融化処理の温度を上げて効率化できるよう150℃以上が好ましく、かつ紡糸時に熱分解反応が起こらない温度で紡糸できるよう350℃以下が好ましい。
【0007】
これらの要求を満たすため、石炭の溶剤抽出処理により得られたピッチに対して例えば成分の調整、不純物の除去等の処理を行って石炭ピッチを改質することが提案されている(例えば特公平7−15099号公報参照)。
【0008】
しかしながら、上記のような石炭ピッチの改質処理は、炭素繊維の製造コストを押し上げる要因となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0019】
[炭素繊維製造用原料ピッチ]
本発明の一実施形態に係る炭素繊維製造用原料ピッチは、石炭から得られ、溶融紡糸により炭素繊維を製造するための原料ピッチである。
【0020】
当該炭素繊維製造用原料ピッチは、石炭の溶剤中での熱分解物から得られるものであることが好ましい。石炭は、比較的高温で処理されている石炭タールや石油製造残渣に比べて、アルキル側鎖等の酸素を含有する構造を多く含み、かつトルエン可溶分を多く含む。このため、石炭の溶剤中での熱分解物から得られる当該炭素繊維製造用原料ピッチは、以下に説明するような特徴を備えることができる。
【0021】
当該炭素繊維製造用原料ピッチにおける酸素の含有率の下限としては、1.0質量%であり、1.5質量%が好ましく、1.7質量%がより好ましい。一方、酸素の含有率の上限としては、5.0質量%が好ましく、4.0質量%がより好ましく、3.0質量%がさらに好ましい。酸素の含有率が上記下限に満たない場合、炭素化時の結晶発達を十分に抑制することができず、得られる炭素繊維が応力集中により破断し易くなるおそれがある。逆に、酸素の含有率が上記上限を超える場合、炭素化時の質量減少率が大きく、炭素繊維の収率が低下することにより炭素繊維の製造コストが上昇するおそれがある。
【0022】
当該炭素繊維製造用原料ピッチにおけるトルエン可溶分の含有率の下限としては、20質量%であり、30質量%が好ましく、35質量%がより好ましい。一方、トルエン可溶分の含有率の上限としては、80質量%が好ましく、60質量%がより好ましく、50質量%がさらに好ましい。トルエン可溶分の含有率が上記下限に満たない場合、溶融紡糸時の溶融性や紡糸性が不十分となるおそれがある。逆に、トルエン可溶分の含有率が上記上限を超える場合、炭素繊維の収率が低下することにより炭素繊維の製造コストが上昇するおそれがある。
【0023】
当該炭素繊維製造用原料ピッチの原料とされる石炭としては、石炭化度が高い順に、無煙炭、瀝青炭、亜瀝青炭、褐炭等が挙げられ、中でも中程度の石炭化度を有する瀝青炭又は亜瀝青炭が好ましい。瀝青炭及び亜瀝青炭は、トルエン可溶分の含有率が比較的高く、適度な酸素含有率を有するため、瀝青炭及び亜瀝青炭を原料石炭とすることによって、酸素含有率及びトルエン可溶分含有率を上記範囲内とした当該炭素繊維製造用原料ピッチの収率を大きくすることができる。なお、石炭化度が亜瀝青炭よりも低い褐炭は、酸素含有率が大きすぎて原料ピッチからの炭素繊維の収率が低くなるという欠点がある。また、石炭化度が瀝青炭よりも高い無煙炭は、酸素含有率及びトルエン可溶分含有率が小さいため原料ピッチの溶融紡糸が容易でなくなるという欠点がある。
【0024】
[炭素繊維製造用原料ピッチの製造方法]
続いて、当該炭素繊維製造用原料ピッチの製造方法について説明する。
【0025】
当該炭素繊維製造用原料ピッチは、
図1に示す製造方法によって製造することができる。
図1炭素繊維製造用原料ピッチの製造方法は、石炭の溶剤中での熱分解及び抽出処理により石炭の熱分解物である無灰炭を形成する工程(熱分解物形成工程:ステップS1)と、この熱分解物形成工程で得られた無灰炭を低温溶剤抽出処理により可溶成分及び不溶成分に分離する工程(分離工程:ステップS2)と、この分離工程で得られた可溶成分を熱処理する工程(熱処理工程:ステップS3)とを備える。
【0026】
<熱分解物形成工程>
ステップS1の熱分解物形成工程では、原料石炭と溶剤とを混合したスラリーを、原料石炭の熱分解温度以上に加熱して、熱分解した原料石炭の可溶成分を溶剤に抽出し、この熱分解温度における不溶成分を分離することによって無灰炭を得る。なお、「無灰炭」とは、石炭を改質した改質炭であり、灰分含有量が5%以下、好ましくは3%以下、より好ましくは1%以下であるものをいう。なお、「灰分」とは、JIS−M8812(2004)に準拠して測定される値を意味する。
【0027】
上記溶剤としては、原料石炭を溶解する性質を有するものであれば特に限定されず、例えばベンゼン、トルエン、キシレン等の単環芳香族化合物、ナフタレン、メチルナフタレン、ジメチルナフタレン、トリメチルナフタレン等の2環芳香族化合物、アントラセン等の3環芳香族化合物などを用いることができる。なお、上記2環芳香族化合物には、脂肪族鎖を有するナフタレン類や長鎖脂肪族鎖を有するビフェニル類が含まれる。
【0028】
上記溶剤の中でも、石炭乾留生成物から精製した石炭誘導体である2環乃至3環芳香族化合物が好ましい。石炭誘導体の2環芳香族化合物は、加熱状態でも安定しており、石炭との親和性に優れている。そのため、溶剤としてこのような2環芳香族化合物を用いることで、溶剤に抽出される石炭成分の割合を高めることができると共に、蒸留等の方法で容易に溶剤を回収し循環使用することができる。
【0029】
スラリーの加熱温度(熱分解抽出温度)の下限としては、300℃が好ましく、350℃がより好ましく、380℃がさらに好ましい。一方、スラリーの加熱温度の上限としては、450℃が好ましく、420℃がより好ましい。スラリーの加熱温度が上記下限に満たない場合、石炭を構成する分子間の結合を十分に弱めることができないため、例えば原料石炭として低品位炭を使用した場合に、抽出される無灰炭の再固化温度を高めることができないおそれや、収率が低く不経済となるおそれがある。逆に、スラリーの加熱温度が上記上限を超える場合、石炭の熱分解反応が非常に活発になるため、無灰炭の酸素含有率が不十分となるおそれや、生成した熱分解ラジカルの再結合が起こることで無灰炭の抽出率が低下するおそれがある。
【0030】
熱分解物形成工程での石炭からの抽出率(無灰炭の収率)としては、原料となる石炭の品質にもよるが、瀝青炭又は亜瀝青炭の場合には例えば20質量%以上60質量%以下とされる。
【0031】
<分離工程>
ステップS2の分離工程では、上記ステップS1の熱分解物形成工程において得られた無灰炭を低温溶剤抽出処理に供することにより、低温で溶剤抽出される比較的低分子量の可溶成分と溶剤抽出されない比較的高分子量の不溶成分とに分離する。これにより、溶融紡糸可能な可溶成分が得られる。
【0032】
より詳しくは、粉砕した無灰炭を溶剤中に分散したスラリーを調製し、このスラリーを所定の温度範囲内で一定時間保持してから、スラリー中の固形分つまり不溶成分と、液体分つまり可溶成分が溶出した溶剤とを分離する。
【0033】
溶剤に分散する無灰炭の平均粒径の下限としては、50μmが好ましく、100μmがより好ましい。一方、溶剤に分散する無灰炭の平均粒径の上限としては、3mmが好ましく、1mmがより好ましい。溶剤に分散する無灰炭の平均粒径が上記下限に満たない場合、抽出した可溶成分を含む液体と、不溶成分である固形分とを分離することが困難となるおそれがある。逆に、溶剤に分散する無灰炭の平均粒径が上記上限を超える場合、可溶成分の抽出効率が低下するおそれがある。なお、「平均粒径」とは、レーザー回折散乱法によって測定される粒度分布において体積積算値50%となる粒径を意味する。
【0034】
上記スラリーの溶剤に対する無灰炭の混合率の下限としては、3質量%が好ましく、5質量%がより好ましい。一方、溶剤に対する無灰炭の混合率の上限としては、40質量%が好ましく、30質量%がより好ましい。溶剤に対する無灰炭の混合率が上記下限に満たない場合、製造効率が低く、不経済となるおそれがある。逆に、溶剤に対する無灰炭の混合率が上記上限を超える場合、スラリーの取り扱いや不溶成分の分離が困難となるおそれがある。
【0035】
可溶成分が溶出した溶剤と不溶成分との分離方法としては、特に限定されず、濾過法、遠心分離法、重力沈降法等の公知の分離方法、あるいはこれらのうちの2法の組合せを採用できる。これらの中でも、流体の連続操作が可能であり、低コストで大量の処理にも適しており、かつ不溶成分を確実に除去できる遠心分離法と濾過法との組合せが好ましい。
【0036】
このようにして不溶成分を分離した液体(上澄み液)から溶剤を除去することで、無灰炭の可溶成分が分離回収され、固形分濃縮液から溶剤を除去することで、無灰炭の不溶成分が分離回収される。上記上澄み液及び固形分濃縮液から溶剤を除去する方法としては、特に限定されず、一般的な蒸留法や蒸発法等を用いることができる。特に不溶成分からの溶剤の除去は、溶剤を回収して再利用するために蒸留によることが好ましい。
【0037】
上記分離工程で用いる溶剤としては、無灰炭の低分子量成分を溶出できるものであればよく、上記熱分解物形成工程に使用する溶剤と同様のものを使用することができる。分離工程用の溶剤としては、中でも低い温度、好ましくは常温で十分な抽出率が得られる溶剤が好ましく、そのような好ましい溶剤としては、例えばピリジン、メチルナフタレン、テトラヒドロフラン、アントラセン等が挙げられる。
【0038】
分離工程での溶剤抽出処理温度は、溶剤の種類により最適な温度が異なる。しかしながら、一般的に、溶剤抽出処理温度しては、300℃未満が好ましく、200℃以下がより好ましく、150℃以下がさらに好ましい。一方、溶剤抽出処理温度の下限としては、特に限定されないが、常温、例えば20℃が好ましい。溶剤抽出処理温度が上記上限を超える場合、抽出される可溶成分の分子量が大きくなることにより軟化温度が高くなり過ぎ、溶融紡糸時に紡糸効率が低下するおそれがある。逆に、溶剤抽出処理温度が上記下限に満たない場合、冷却が必要となり、不必要にコストが上昇するおそれがある。
【0039】
分離工程での抽出時間、つまり上記溶剤抽出処理温度で保持される時間の下限としては、10分が好ましく、15分がより好ましい。一方、抽出時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。抽出時間が上記下限に満たない場合、無灰炭の低分子量成分を十分に溶出させられないおそれがある。逆に、抽出時間が上記上限を超える場合、製造コストが不必要に増大するおそれがある。
【0040】
分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率の下限としては、10質量%が好ましく、20質量%がより好ましく、30質量%がさらに好ましい。一方、無灰炭からの可溶成分の抽出率の上限としては、90質量%が好ましく、70質量%がより好ましく、50質量%がさらに好ましい。分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率が上記下限に満たない場合、歩留まりが低く、当該炭素繊維製造用原料ピッチの製造コストが増加するおそれがある。逆に、分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率が上記上限を超える場合、可溶成分の軟化温度が高くなり、紡糸効率が低下するおそれがある。
【0041】
<熱処理工程>
ステップS3の熱処理工程では、ステップS2の分離工程で得られた可溶成分を加熱して低分子量成分を揮発させると共に、低温で熱分解する成分を予め分解して除去することにより、当該炭素繊維製造用原料ピッチを得る。このように、溶融紡糸を阻害することがある揮発性成分及び分解性成分を予め除去することによって、当該炭素繊維製造用原料ピッチは、溶融紡糸が容易となり、比較的安価に引張強さに優れる炭素繊維を製造可能にする。
【0042】
上記熱処理は、非酸化性ガス雰囲気中で加熱することが好ましい。このように、非酸化性ガス雰囲気中で加熱して酸化架橋を防止することで、軟化温度の上昇等の不都合を防止できる。上記非酸化性ガスとしては、ピッチの酸化を抑制できるものであれば特に限定されないが、経済的観点から窒素ガスがより好ましい。
【0043】
また、上記熱処理は、減圧状態で行うことが好ましい。このように減圧状態で熱処理することによって、揮発性成分の蒸気及び熱分解物のガスをピッチから効率よく除去することができる。
【0044】
上記熱処理工程での熱処理温度の下限としては、150℃が好ましく、170℃がより好ましく、200℃がさらに好ましい。一方、上記熱処理温度の上限としては、350℃が好ましく、320℃がより好ましく、280℃がさらに好ましい。上記熱処理温度が上記下限に満たない場合、不溶成分中の揮発性成分を十分に除去することができず、当該炭素繊維製造用原料ピッチの曳糸性が不十分となり、紡糸効率が低下するおそれがある。逆に、上記熱処理温度が上記上限を超える場合、不必要にエネルギーコストが増大するおそれや、有用な成分が熱分解されて炭素繊維の製造効率が低下するおそれや、さらに炭素化が進んで紡糸性が低下するおそれがある。
【0045】
また、熱処理工程での熱処理温度は、ステップS2の分離工程における溶剤抽出処理温度よりも高いことが好ましい。このように、熱処理温度が溶剤抽出処理温度よりも高いことによって、沸点が溶剤抽出処理温度よりも高い揮発性成分をピッチから除去することができる。これにより、紡糸時に当該炭素繊維製造用原料ピッチから揮発性成分が抜け出ることによって、気孔が形成されることや糸状体が断線することを防止できる。
【0046】
また、熱処理工程での熱処理温度は、溶融紡糸温度よりも高いことがより好ましい。このように、熱処理温度が溶融紡糸温度よりも高いことによって、溶融紡糸時に熱分解し得る成分をこの熱処理工程において予め熱分解して除去することができる。これにより、紡糸時に生成される熱分解物がピッチを紡糸した糸状体を断線することや、これらの熱分解物が最終的に得られる炭素繊維中に欠陥を形成することを防止できる。
【0047】
上記熱処理工程での熱処理時間(上記熱処理温度に保持される時間)の下限としては、10分が好ましく、15分がより好ましい。一方、上記熱処理工程での熱処理時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。上記熱処理工程での熱処理時間が上記下限に満たない場合、低分子量成分を十分に除去できないおそれがある。逆に、上記熱処理工程での熱処理時間が上記上限を超える場合、不必要に処理コストが増大するおそれがある。
【0048】
可溶成分を熱処理して得られる当該炭素繊維製造用原料ピッチの軟化温度の下限としては、150℃が好ましく、170℃がより好ましい。一方、当該炭素繊維製造用原料ピッチの軟化温度の上限としては、280℃が好ましく、250℃がより好ましい。当該炭素繊維製造用原料ピッチの軟化温度が上記下限に満たない場合、不融化処理温度を高くすることができず、不融化処理が非効率となるおそれがある。逆に、当該炭素繊維製造用原料ピッチの軟化温度が上記上限を超える場合、溶融紡糸温度を高くする必要があり、紡糸が不安定となるおそれや、コストが増大するおそれがある。なお、「軟化温度」とは、ASTM−D36に準拠したリングアンドボール法によって測定される値である。
【0049】
この熱処理工程における上記分離工程で得た可溶成分からの当該炭素繊維製造用原料ピッチの収率の下限としては、80質量%が好ましく、85質量%がより好ましい。一方、熱処理工程における可溶成分からの当該炭素繊維製造用原料ピッチの収率の上限としては、98質量%が好ましく、96質量%がより好ましい。熱処理工程における可溶成分からの当該炭素繊維製造用原料ピッチの収率が上記下限に満たない場合、不必要に当該炭素繊維製造用原料ピッチの歩留まりが低下するおそれがある。逆に、熱処理工程における可溶成分からの当該炭素繊維製造用原料ピッチの収率が上記上限を超える場合、当該炭素繊維製造用原料ピッチ中への揮発性成分や低温で熱分解する成分の残留により、ピッチの曳糸性が不十分となり、紡糸効率が低下するおそれがある。
【0050】
[炭素繊維の製造方法]
さらに、当該炭素繊維製造用原料ピッチを用いて炭素繊維を製造する方法について説明する。
【0051】
当該炭素繊維製造用原料ピッチを使用する炭素繊維の製造方法は、当該炭素繊維製造用原料ピッチを溶融紡糸する工程と、この溶融紡糸により得られる糸状体を不融化する工程と、不融化した糸状体を炭素化する工程とを備える。
【0052】
<溶融紡糸工程>
溶融紡糸工程では、当該炭素繊維製造用原料ピッチを公知の紡糸装置を用いて溶融紡糸する。つまり、溶融状態の原料ピッチをノズル(口金)を通過させることにより糸状に成形し、冷却により原料ピッチの形状を糸状に固定する。
【0053】
この溶融紡糸に用いるノズルとしては、公知のものを使用すればよく、例えば直径0.1mm以上0.5mm以下、長さ0.2mm以上1mm以下のものを使用することができる。原料ピッチを溶融紡糸した糸状体は、例えば直径100mm以上300mm以下程度のドラムによって巻き取られる。
【0054】
溶融紡糸温度の下限としては、180℃が好ましく、200℃がより好ましい。一方、溶融紡糸温度の上限としては、350℃が好ましく、300℃がより好ましい。溶融紡糸温度が上記下限に満たない場合、原料ピッチの溶融が不十分となり安定した紡糸ができないおそれがある。逆に、溶融紡糸温度が上記上限を超える場合、原料ピッチ中の成分が熱分解して紡糸した糸状体が断線するおそれがある。
【0055】
溶融紡糸の線速の下限としては、特に限定されないが、100m/minが好ましく、150m/minがより好ましい。一方、溶融紡糸の線速の上限としては、500m/minが好ましく、400m/minがより好ましい。溶融紡糸の線速が上記下限に満たない場合、製造効率が低く、炭素繊維が高価となるおそれがある。逆に、溶融紡糸の線速が上記上限を超える場合、紡糸が不安定になることにより却って製造効率が低下し、炭素繊維がやはり高価となるおそれがある。
【0056】
溶融紡糸において紡糸する糸状体の平均径の下限としては、5μmが好ましく、7μmがより好ましい。一方、溶融紡糸において紡糸する糸状体の平均径の上限としては、20μmが好ましく、15μmがより好ましい。糸状体の平均径が上記下限に満たない場合、安定して紡糸できないおそれがある。逆に、糸状体の平均径が上記上限を超える場合、糸状体の可撓性が不十分となるおそれがある。
【0057】
<不融化工程>
不融化工程では、溶融紡糸工程で得られる糸状体を酸素を含む雰囲気中で加熱することにより架橋して不融化する。酸素を含む雰囲気としては、一般に空気が用いられる。
【0058】
不融化処理温度の下限としては、150℃が好ましく、200℃がより好ましい。一方、不融化処理温度の上限としては、300℃が好ましく、280℃がより好ましい。不融化処理温度が上記下限に満たない場合、不融化が不十分となるおそれや、不融化処理時間が長くなり、非効率となるおそれがある。逆に、不融化処理温度が上記上限を超える場合、酸素架橋される前に糸状体が溶融するおそれがある。
【0059】
不融化処理時間の下限としては、10分が好ましく、20分がより好ましい。一方、不融化処理時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。不融化処理時間が上記下限に満たない場合、不融化が不十分となるおそれがある。逆に、不融化処理時間が上記上限を超える場合、不必要に炭素繊維の製造コストが増大するおそれがある。
【0060】
<炭素化工程>
炭素化工程では、不融化工程で不融化した糸状体を加熱して炭素化することによって、炭素繊維を得る。
【0061】
具体的には、糸状体を電気炉等の任意の加熱装置へ装入し、内部を非酸化性ガスで置換した後、この加熱装置内へ非酸化性ガスを吹き込みながら加熱する。
【0062】
炭素化工程における熱処理温度の下限としては、700℃が好ましく、800℃がより好ましい。一方、熱処理温度の上限としては、3000℃が好ましく、2800℃がより好ましい。熱処理温度が上記下限に満たない場合、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、熱処理温度が上記上限を超える場合、設備の耐熱性向上や燃料消費量の観点から製造コストが上昇するおそれがある。
【0063】
炭素化工程における加熱時間も炭素材料に求める特性により適宜設定すればよく、特に制限されないが、加熱時間としては、15分以上10時間以下が好ましい。加熱時間が上記下限に満たない場合、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱時間が上記上限を超える場合、炭素材料の生産効率が低下するおそれがある。
【0064】
上記非酸化性ガスとしては、炭素材料の酸化を抑えられるものであれば特に限定されないが、経済的観点から窒素ガスが好ましい。
【0065】
[その他の実施形態]
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。従って、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0066】
例として、当該炭素繊維製造用原料ピッチの製造方法において、熱分解物形成工程でスラリー中の灰分等と無灰炭とを分離せず、この灰分等を次の分離工程で無灰炭中の不溶成分と共に分離してもよい。
【0067】
また、当該炭素繊維製造用原料ピッチの製造方法において、熱処理工程は省略してもよい。
【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0069】
<炭素繊維製造用原料ピッチ>
以下に説明するように、製造条件の異なる炭素繊維製造用原料ピッチの実施例1〜6及び比較例1,2を試作し、これらの原料ピッチの実施例1〜6及び比較例1,2を同一条件で溶融紡糸、不融化及び炭素化することによってそれぞれ炭素繊維を試作した。
【0070】
(実施例1)
原料石炭として、酸素含有率が無水無灰ベースで6.5質量%のオーストラリア産出の瀝青炭を使用した。先ず、1mm以下に粉砕した上記瀝青炭1kgをメチルナフタレン5kgに混合してオートクレーブに装填し、窒素雰囲気中で400℃で1時間保持してから冷却して熱分解物を得た。次に、この熱分解物に、さらにメチルナフタレン5kgを加えて抽出温度60℃で1時間撹拌することで可溶成分を抽出してから濾過し、得られた濾液を減圧蒸留して可溶成分を分離した。この可溶成分を熱処理温度230℃の窒素雰囲気下で1時間熱処理することにより、実施例1の炭素繊維製造用原料ピッチを得た。
【0071】
(実施例2〜6)
実施例2は、抽出温度を80℃とした以外は上記実施例1と同じ条件で試作した。実施例3は、抽出温度を100℃とした以外は上記実施例1と同じ条件で試作した。実施例4は、熱処理温度を250℃とした以外は上記実施例1と同じ条件で試作した。実施例5は、抽出温度を80℃とし、熱処理温度を250℃とした以外は上記実施例1と同じ条件で試作した。実施例6は、抽出温度を100℃とし、熱処理温度を250℃とした以外は上記実施例1と同じ条件で試作した。
【0072】
(比較例1)
実施例1と同じ瀝青炭を1mm以下に粉砕したもの1kgをメチルナフタレン5kgに混合してオートクレーブに装填し、窒素雰囲気中で400℃で1時間保持してから濾過した無灰炭を熱処理温度200℃の窒素雰囲気下で1時間熱処理することにより、比較例1の炭素繊維製造用原料ピッチを得た。
【0073】
(比較例2)
比較例2の炭素繊維製造用原料ピッチとして、酸素含有量0.9質量%、トルエン可溶分含有量64質量%の市販の硬ピッチを用意し、これを熱処理温度350℃の窒素雰囲気下で20時間熱処理することにより、比較例2の炭素繊維製造用原料ピッチを得た。
【0074】
<成分分析>
上記実施例1〜6及び比較例1,2の炭素繊維製造用原料ピッチの酸素含有率をJIS−M8813(2004)に準拠して測定した。また、実施例1〜6及び比較例1,2の炭素繊維製造用原料ピッチのトルエン可溶分含有率をJIS−K2207(1996)に準拠して測定した。
【0075】
<炭素繊維>
上記実施例1〜6及び比較例1,2の炭素繊維製造用原料ピッチを用いた炭素繊維の試作は、先ず、直径0.2mm、長さ0.4mmのノズルを有する紡糸器に紡糸ピッチを充填し、250℃で溶融紡糸を行った。このとき、紡糸される糸状体は、600rpmで回転する直径100mmのドラムに巻き取った(線速約190m/min)。続いて、この糸状体を空気中において250℃で1時間加熱することにより不融化した。さらに、この不溶化した繊維を800℃で炭素化した。なお、比較例1の炭素繊維製造用原料ピッチは、350℃まで加熱しても安定して溶融紡糸することができなかったため、炭素繊維が得られなかった。
【0076】
<引張強度さ>
上記実施例1〜6及び比較例1,2の炭素繊維製造用原料ピッチを用いて試作した各炭素繊維の引張強さを、JIS−L1013(2010)に準拠して測定した。
【0077】
上記実施例1〜6及び比較例1,2の炭素繊維製造用原料ピッチの酸素含有率、トルエン可溶分含有率及び原料石炭(比較例2については硬ピッチ)からの無水無灰ベースでの収率、並びにこれらを用いて試作した炭素繊維の引張強さについて、次の表1に示す。
【0078】
【表1】
【0079】
このように、炭素繊維製造用原料ピッチの酸素の含有率を1.0質量%以上、かつトルエン可溶分の含有率を20質量%以上とすることによって、比較的引張強さに優れる炭素繊維を安定して製造できることが確認された。