特許第6392797号(P6392797)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6392797粉末冶金用鉄系粉末、及び粉末冶金用鉄系粉末の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6392797
(24)【登録日】2018年8月31日
(45)【発行日】2018年9月19日
(54)【発明の名称】粉末冶金用鉄系粉末、及び粉末冶金用鉄系粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 33/02 20060101AFI20180910BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20180910BHJP
   C03C 8/02 20060101ALI20180910BHJP
   C03C 3/091 20060101ALI20180910BHJP
   C03C 3/064 20060101ALI20180910BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20180910BHJP
【FI】
   C22C33/02 103A
   B22F1/00 V
   C03C8/02
   C03C3/091
   C03C3/064
   !C22C38/00 304
【請求項の数】13
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-22293(P2016-22293)
(22)【出願日】2016年2月8日
(65)【公開番号】特開2017-141484(P2017-141484A)
(43)【公開日】2017年8月17日
【審査請求日】2018年6月4日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】593016411
【氏名又は名称】住友電工焼結合金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(72)【発明者】
【氏名】上野 友之
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩司
(72)【発明者】
【氏名】滝澤 和也
(72)【発明者】
【氏名】足立 有起
(72)【発明者】
【氏名】林 哲也
【審査官】 川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−035796(JP,A)
【文献】 特開2010−236061(JP,A)
【文献】 特表2012−513538(JP,A)
【文献】 特開2014−025109(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/008406(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 33/02
B22F 1/00− 1/02
C03C 3/064
C03C 3/091
C03C 8/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を含む粉末冶金用鉄系粉末であって
前記複合酸化物は、質量%で、
Siを15%以上30%以下、
Alを9%以上18%以下、
Bを3%以上6%以下、
Mgを0.5%以上3%以下、
Caを2%以上6%以下、
Srを0.01%以上1%以下、
Oを45%以上55%以下、含有し、
前記粉末冶金用鉄系粉末に占める前記複合酸化物の粉末の含有量は、0.01質量%以上0.3質量%以下である粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項2】
前記複合酸化物は、更に、質量%で、
0.005%以上1%以下のNa、
0.005%以上1%以下のK、
0.005%以上2%以下のTi、
0.005%以上5%以下のBaから選択される1種以上の元素を含有する請求項1に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項3】
前記複合酸化物は、
軟化点が780℃以下であり、
前記軟化点における粘度が1×107.6dPa・s以下である請求項1又は請求項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項4】
前記複合酸化物は、ガラス転移点が680℃以下である請求項1から請求項のいずれか1項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項5】
前記複合酸化物の粉末は、
平均粒径が10μm以下であると共に、前記鉄系粉末の平均粒径に対して1/5以下であり、
最大粒径が20μm以下である請求項1から請求項のいずれか1項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項6】
前記複合酸化物の粉末は、
平均粒径が5μm以下であると共に、前記鉄系粉末の平均粒径に対して1/10以下であり、
最大粒径が10μm以下である請求項1から請求項のいずれか1項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項7】
前記複合酸化物は、非晶質成分を30質量%以上含む請求項1から請求項のいずれか1項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項8】
更に、黒鉛粉末、及びCu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末の少なくとも一方を含有する請求項1から請求項のいずれか1項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項9】
前記黒鉛粉末は、平均粒径が2μm以上30μm以下で、前記粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.2質量%以上3.0質量%以下含有する請求項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項10】
前記非Fe金属粉末は、平均粒径が10μm以上100μm以下で、前記粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.5質量%以上6.5質量%以下含有する請求項又は請求項に記載の粉末冶金用鉄系粉末。
【請求項11】
鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を混合して粉末冶金用鉄系粉末を製造する粉末冶金用鉄系粉末の製造方法であって、
質量%で、
Siを15%以上30%以下、
Alを9%以上18%以下、
Bを3%以上6%以下、
Mgを0.5%以上3%以下、
Caを2%以上6%以下、
Srを0.01%以上1%以下、
Oを45%以上55%以下、含有する複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却又は急冷して、複合酸化物のフリットを作製する工程と、
前記複合酸化物のフリットを平均粒径20μm以下に粗粉砕して粗粉末を作製する工程と、
前記粗粉末を粉砕メディアを用いない気流型粉砕機によって所定の粒径に微粉砕して微粉末を作製する工程と、
前記微粉末の凝集を分断可能なせん断力を有する混合機を用いて、前記粉末冶金用鉄系粉末に占める前記複合酸化物の粉末の含有量が0.01質量%以上0.3質量%以下となるように、前記微粉末と前記鉄系粉末とを混合する工程と、を備える粉末冶金用鉄系粉末の製造方法。
【請求項12】
前記気流型粉砕機は、ジェットミルである請求項11に記載の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法。
【請求項13】
前記混合機は、ダブルコーン型ミキサー、攪拌ミキサー又は偏心ミキサーである請求項11又は請求項12に記載の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削加工が施される鉄系焼結体に好適な粉末冶金用鉄系粉末、及び粉末冶金用鉄系粉末の製造方法に関する。特に、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる粉末冶金用鉄系粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
金属粉を金型内で加圧・成形した後、焼結して焼結体とする粉末冶金法は、複雑な形状の機械部品を精度よく製造できることから、高い寸法精度が要求されるギヤ等の自動車部品の製造に広く適用されている。
【0003】
例えば、鉄系粉末冶金では、鉄系粉末と、黒鉛粉末と、銅などの非鉄金属粉末と、潤滑剤と、を混合した混合粉末を、所定形状の金型に充填して加圧成形して成形体とし、焼結処理を施して焼結体としている。得られた焼結体は、高い精度が要求される部品に適用する場合や、金型を用いた加圧成形では造形が困難な形状とする場合、更に切削加工等の機械加工を施すため、良好な被削性が要求される。
【0004】
焼結体の被削性を向上するにあたり、上記混合粉末に被削性改善用粉末を含有することが知られている(特許文献1,2)。特許文献1には、被削性改善用粉末として、硫化マンガン(MnS)や窒化ホウ素(BN)の粉末を含有することが記載されている。特許文献2には、被削性改善用粉末として、CaO−Al−SiO系の複合酸化物の粉末であるアノールサイト粉末やゲーレナイト粉末を含有することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−3980号公報
【特許文献2】特開平9−279203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、一般的に、被削性改善用粉末としてMnSやBNを被削性が改善される程度に添加すると、機械的特性が低下することが知られている。また、被削性改善用粉末としてCaO−Al−SiO系の複合酸化物の粉末を添加した場合でも、加工条件が最適でないと反対に工具寿命が低下するなど被削性改善機構が明確になっていないという課題がある。
【0007】
近年の自動車部品の効率的な生産の要求に対し、焼結体の被削性を十分に確保して、高効率加工や加工工具の長寿命化を図ることが望まれており、そのような焼結体が得られる焼結材料の開発も要望されている。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、本発明の目的の一つは、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる粉末冶金用鉄系粉末を提供することにある。また、本発明の別の目的は、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる粉末冶金用鉄系粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る粉末冶金用鉄系粉末は、鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を含み、前記複合酸化物は、質量%で、Siを15%以上30%以下、Alを9%以上18%以下、Bを3%以上6%以下、Mgを0.5%以上3%以下、Caを2%以上6%以下、Srを0.01%以上1%以下、Oを45%以上55%以下、含有する。
【0010】
本発明の一態様に係る粉末冶金用鉄系粉末の製造方法は、鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を混合して粉末冶金用鉄系粉末を製造する粉末冶金用鉄系粉末の製造方法であって、以下の工程を備える。
・質量%で、Siを15%以上30%以下、Alを9%以上18%以下、Bを3%以上6%以下、Mgを0.5%以上3%以下、Caを2%以上6%以下、Srを0.01%以上1%以下、Oを45%以上55%以下、含有する複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却又は急冷して、複合酸化物のフリットを作製する工程
・前記複合酸化物のフリットを平均粒径20μm以下に粗粉砕して粗粉末を作製する工程
・前記粗粉末を粉砕メディアを用いない気流型粉砕機によって所定の粒径に微粉砕して微粉末を作製する工程
・前記微粉末の凝集を分断可能なせん断力を有する混合機を用いて、前記微粉末と前記鉄系粉末とを混合する工程
【発明の効果】
【0011】
上記の粉末冶金用鉄系粉末は、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる。また、上記の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法は、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる粉末冶金用鉄系粉末を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】切削試験1の結果を示すグラフである。
図2】切削試験1における切削加工後の切削工具の刃先を示す工具顕微鏡写真である。
図3】切削試験1における切削加工後の切削工具の逃げ面を示す電界放射型電子顕微鏡写真である。
図4】実施形態に係る焼結体の切削時における複合酸化物の状態を模式的に説明する説明図である。
図5】切削試験2における試料No.1の切削加工後の表面及び断面を示す電界放射型電子顕微鏡写真である。
図6】切削試験2における試料No.101の切削加工後の表面及び断面を示す電界放射型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態の説明]
最初に、本発明の実施形態の内容を列記して説明する。
【0014】
(1)本発明の実施形態に係る粉末冶金用鉄系粉末は、鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を含み、前記複合酸化物は、質量%で、Siを15%以上30%以下、Alを9%以上18%以下、Bを3%以上6%以下、Mgを0.5%以上3%以下、Caを2%以上6%以下、Srを0.01%以上1%以下、Oを45%以上55%以下、含有する。
【0015】
上記粉末冶金用鉄系粉末を用いて得られる鉄系焼結体は、主に以下の三つの理由により被削性に優れる。一つ目は、上記複合酸化物は、鉄系焼結体の切削加工時(クーラントを用いた湿式加工時)における切削工具の刃先温度:450〜780℃程度において、加熱軟化して切削工具の刃先表面を覆い、保護膜を形成するからである。複合酸化物に由来する保護膜の少なくとも一部は、鉄系焼結体と切削工具との間に介在されることになるため、鉄系焼結体と切削工具との間で各構成元素、特に複合酸化物以外を由来とする構成元素が相互拡散することを抑制できる。そのため、切削工具の拡散摩耗を抑制できる。
【0016】
二つ目は、上記複合酸化物は、鉄系焼結体のベースを構成するFeに対して、切削工具よりも親和性が低いからである。複合酸化物に由来する保護膜の少なくとも一部が、鉄系焼結体と切削工具との間に介在されることで、切削工具の刃先にFeが凝着することを抑制でき、切削工具の凝着摩耗を抑制できる。
【0017】
三つ目は、上記の複合酸化物は、上記の工具刃先温度において、加熱軟化して切削工具の刃先に追従して切削方向に延びるからである。ここで、切削方向とは、切削工具の刃先が被削材(焼結体)に対して移動する方向のことである。加熱軟化した複合酸化物は、潤滑剤の役割を果たすため、切削加工の加工抵抗を低減でき、鉄系焼結体の被削性に優れる。
【0018】
(2)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物は、更に、質量%で、0.005%以上1%以下のNa、0.005%以上1%以下のK、0.005%以上2%以下のTi、0.005%以上5%以下のBaから選択される1種以上の元素を含有する形態が挙げられる。
【0019】
上記構成によれば、鉄系焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の粘度を効果的に下げることができ、複合酸化物の流動性を向上することができる。そのため、切削工具の刃先表面に保護膜を形成し易いと共に、潤滑性をより向上できる。
【0020】
(3)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記粉末冶金用鉄系粉末に占める前記複合酸化物の粉末の含有量は、0.01質量%以上0.3質量%以下である形態が挙げられる。
【0021】
複合酸化物の粉末が、粉末冶金用鉄系粉末中に0.01質量%以上含有することで、鉄系焼結体中に複合酸化物の粉末を十分に含有することができる。そうすると、切削工具の刃先表面に複合酸化物に由来する保護膜を常に形成した状態とし易いと共に、潤滑性をより向上できる。一方、粉末冶金用鉄系粉末に占める複合酸化物の粉末の含有量が多過ぎると、相対的に鉄系粉末の含有量が少なくなり、強度が低下する。そのため、粉末冶金用鉄系粉末中に占める複合酸化物の粉末の含有量を0.3質量%以下とすることで、焼結体の強度を確保することができる。
【0022】
(4)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物は、軟化点が780℃以下であり、前記軟化点における粘度が1×107.6dPa・s以下である形態が挙げられる。
【0023】
複合酸化物の軟化点が780℃以下であることで、鉄系焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して粘度が低下することで流動性が増加し、切削工具の刃先表面に保護膜を形成し易いと共に、潤滑性をより向上できる。特に、軟化点における粘度が1×107.6dPa・s以下であることで、加熱軟化した複合酸化物の流動性を十分に確保することができる。
【0024】
(5)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物は、ガラス転移点が680℃以下である形態が挙げられる。
【0025】
複合酸化物のガラス転移点が680℃以下であることで、鉄系焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して粘度が低下することで流動性が増加し、切削工具の刃先表面に保護膜を形成し易いと共に、潤滑性をより向上できる。
【0026】
(6)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物の粉末は、平均粒径が10μm以下であると共に、前記鉄系粉末の平均粒径に対して1/5以下であり、最大粒径が20μm以下である形態が挙げられる。
【0027】
複合酸化物の粉末が、平均粒径10μm以下と微細であることで、鉄系焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化し易く、鉄系焼結体の被削性を向上し易い。また、複合酸化物の粉末が、鉄系粉末に対して十分に小さいことで、鉄系粉末間に複合酸化物の粒子が介在し易く、鉄系焼結体中に複合酸化物の粉末が均一的に分散され易い。複合酸化物の粉末が鉄系焼結体中に均一的に分散されることで、鉄系焼結体の被削性を向上し易い。
【0028】
(7)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物の粉末は、平均粒径が5μm以下であると共に、前記鉄系粉末の平均粒径に対して1/10以下であり、最大粒径が10μm以下である形態が挙げられる。
【0029】
複合酸化物の粉末が微細であるほど、鉄系焼結体の被削性を向上し易い。
【0030】
(8)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記複合酸化物は、非晶質成分を30質量%以上含む形態が挙げられる。
【0031】
複合酸化物は非晶質成分を30質量%以上含むことで、鉄系焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して潤滑性を発揮し易いと共に、保護膜を形成し易い。
【0032】
(9)上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、更に、黒鉛粉末、及びCu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末の少なくとも一方を含有する形態が挙げられる。
【0033】
鉄系粉末に上記粉末のいずれかを予め混合しておくことで、得られる鉄系焼結体の強度を向上できる。
【0034】
(10)黒鉛粉末を含有する上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記黒鉛粉末は、平均粒径が2μm以上30μm以下で、前記粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.2質量%以上3.0質量%以下含有する形態が挙げられる。
【0035】
上記大きさの黒鉛粉末を上記範囲で含有することで、焼結中にCが拡散して固溶強化されて、得られる鉄系焼結体の強度を向上できる。
【0036】
(11)非Fe金属粉末を含有する上記の粉末冶金用鉄系粉末の一例として、前記非Fe金属粉末は、平均粒径が10μm以上100μm以下で、前記粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.5質量%以上6.5質量%以下含有する形態が挙げられる。
【0037】
上記大きさの非Fe金属粉末を上記範囲で含有することで、焼結性を向上でき、得られる鉄系焼結体の強度及び疲労特性を向上できる。
【0038】
(12)本発明の実施形態に係る粉末冶金用鉄系粉末の製造方法は、鉄系粉末と、複合酸化物の粉末と、を混合して粉末冶金用鉄系粉末を製造する粉末冶金用鉄系粉末の製造方法であって、以下の工程を備える。
・質量%で、Siを15%以上30%以下、Alを9%以上18%以下、Bを3%以上6%以下、Mgを0.5%以上3%以下、Caを2%以上6%以下、Srを0.01%以上1%以下、Oを45%以上55%以下、含有する複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却又は急冷して、複合酸化物のフリットを作製する工程
・前記複合酸化物のフリットを平均粒径20μm以下に粗粉砕して粗粉末を作製する工程
・前記粗粉末を粉砕メディアを用いない気流型粉砕機によって所定の粒径に微粉砕して微粉末を作製する工程
・前記微粉末の凝集を分断可能なせん断力を有する混合機を用いて、前記微粉末と前記鉄系粉末とを混合する工程
【0039】
複合酸化物の原料を微粉末とした後に、その凝集を分断しながら混合することで、粉末冶金用鉄系粉末全体に対して複合酸化物の粉末を均一的に混合できる。複合酸化物の粉末が鉄系焼結体中に均一的に分散されることで、被削性に優れる鉄系焼結体が得られる。
【0040】
(13)上記の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法の一例として、前記気流型粉砕機は、ジェットミルである形態が挙げられる。
【0041】
ジェットミルを用いることで、微粉砕を短時間で容易に行えるため、生産性に優れる。
【0042】
(14)上記の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法の一例として、前記混合機は、ダブルコーン型ミキサー、攪拌ミキサー又は偏心ミキサーである形態が挙げられる。
【0043】
ダブルコーン型ミキサー、攪拌ミキサー又は偏心ミキサーを用いることで、微粉末の凝集を十分に分断でき、複合酸化物の粉末を鉄系焼結体中に均一的に分散できる。
【0044】
[本発明の実施形態の詳細]
本発明の実施形態に係る粉末冶金用鉄系粉末、及び粉末冶金用鉄系粉末の製造方法をより具体的に説明する。
【0045】
〔粉末冶金用鉄系粉末〕
実施形態に係る粉末冶金用鉄系粉末は、鉄系粉末と複合酸化物の粉末とを含有する。粉末冶金用鉄系粉末は、更に、黒鉛粉末、及びCu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末の少なくとも一方を含有することができる。本実施形態に係る粉末冶金用鉄系粉末の主たる特徴とするところは、複合酸化物が、Si,Al,B,Mg,Ca,Sr,Oを特定の範囲で含有して構成される点にある。複合酸化物は、更に、Na,K,Ti,Baから選択される1種以上の元素を含有することができる。以下、各構成について説明する。
【0046】
《鉄系粉末》
鉄系粉末は、鉄元素を主成分(鉄系粉末中に占める鉄(Fe)の含有量が99.0質量%以上)とした粒子からなる粉末であり、アトマイズ鉄粉や還元鉄粉などの純鉄粉、合金元素を予め合金化した予合金鋼粉、合金元素が部分拡散して合金化された部分拡散合金鋼粉などを用いることができる。これらの粉末は単独で用いてもよいし、混合して用いてもよい。鉄系粉末は、粉末冶金用鉄系粉末を用いて得られる焼結体のベースを構成するものである。鉄系粉末は、平均粒径(D50径:質量基準の累積分布曲線の50%に相当する粒径)が50μm以上150μm以下程度で、粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して92.0質量%以上99.9質量%以下含有することが挙げられる。
【0047】
《黒鉛粉末》
黒鉛粉末は、黒鉛を含む粉末であり、粉末冶金用鉄系粉末に含有することで、焼結中にCが拡散して固溶強化されて、焼結体の強度を向上することができる。黒鉛粉末は、平均粒径が2μm以上30μm以下程度で、粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.2質量%以上3.0質量%以下含有することが挙げられる。
【0048】
《非Fe金属粉末》
非Fe金属粉末は、Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の金属元素を含む粉末であり、粉末冶金用鉄系粉末に含有することで、焼結性を向上でき、焼結体の強度及び疲労特性を向上することができる。非Fe金属粉末は、平均粒径が10μm以上100μm以下程度で、粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.5質量%以上6.5質量%以下含有することが挙げられる。特に、非Fe金属粉末としてCu粉末を用いる場合、Cu粉末は、平均粒径が10μm以上80μm以下程度で、粉末冶金用鉄系粉末の総量に対して0.5質量%以上3.0質量%以下含有することが挙げられる。
【0049】
《複合酸化物の粉末》
複合酸化物の粉末は、複数種の金属元素を含む酸化物(複合酸化物)の粒子からなる粉末であり、粉末冶金用鉄系粉末に含有することで、この粉末冶金用鉄系粉末を用いて得られる焼結体の被削性を向上する。複合酸化物の粉末は、焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化して工具の刃先表面に保護膜を形成すると共に、潤滑剤の役割を果たす。加熱軟化した複合酸化物によって、切削工具の拡散摩耗や凝着摩耗、切削抵抗を低減でき、焼結体の被削性を向上することができる。複合酸化物に由来する保護膜や潤滑効果についての詳細は、後述の試験例で説明する。
【0050】
(組成)
複合酸化物は、Si,Al,B,Mg,Ca,Sr,Oを特定の範囲で含有する。複合酸化物は、更に、Na,K,Ti,Baから選択される1種以上の元素を特定の範囲で含有することができる。以下、各元素の含有量、各元素の効果を説明する。なお、各元素の含有量は、複合酸化物の組成を100%とした質量割合である。
【0051】
・Si
Siは、15質量%以上30質量%以下含有される。Siは、非晶質を有する複合酸化物の強度向上に寄与し、複合酸化物の根幹を形成する元素である。Siの含有量は、15質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、更に17質量%以上、18.5質量%以上とすることができる。一方、Siの含有量は、30質量%以下であることで複合酸化物の融点を下げることができ、更に26質量%以下、23質量%以下とすることができる。
【0052】
・Al
Alは、9質量%以上18質量%以下含有される。Alは、複合酸化物の化学的耐久性を向上させ、複合酸化物の安定性を向上させて非晶質形成能を向上させることで複合酸化物の結晶化を抑制する元素である。Alの含有量は、9質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、更に11質量%以上、12.5質量%以上とすることができる。Alの含有量が多過ぎると、複合酸化物の溶融性を悪化させて粘度が向上し、ガラス転移点や軟化点が高くなる傾向にある。複合酸化物のガラス転移点や軟化点が高過ぎると、焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化し難く、工具の刃先表面に保護膜を形成し難かったり、潤滑効果を得難かったりする。Alの含有量は、18質量%以下であることでガラス転移点や軟化点を低くすることができ、焼結体の被削性を向上することができる。Alの含有量は、更に16質量%以下、15.5質量%以下とすることができる。
【0053】
・B
Bは、3質量%以上6質量%以下含有される。Bは、複合酸化物の溶融性向上に寄与する元素である。Bの含有量は、3質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、ガラス転移点や軟化点を低くすることができ、更に3.5質量%以上、4.0質量%以上とすることができる。一方、Bの含有量は、6質量%以下であることで複合酸化物の化学的耐久性を確保することができ、更に5.8質量%以下、5.5質量%以下とすることができる。
【0054】
・Mg
Mgは、0.5質量%以上3質量%以下含有される。Mgは、複合酸化物の安定性向上に寄与する元素である。Mgの含有量は、0.5質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、更に0.8質量%以上、1.0質量%以上とすることができる。一方、Mgの含有量は、3質量%以下であることで非晶質を有する複合酸化物を生成し易く、更に2.7質量%以下、2.4質量%以下とすることができる。
【0055】
・Ca
Caは、2質量%以上6質量%以下含有される。Caは、複合酸化物の安定性向上に寄与し、化学的耐久性を向上する元素である。Caの含有量は、2質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、更に2.4質量%以上、2.8質量%以上とすることができる。一方、Caの含有量は、6質量%以下であることで粘度向上を抑制でき、更に5.5質量%以下、5.0質量%以下とすることができる。
【0056】
・Sr
Srは、0.01質量%以上1質量%以下含有される。Srは、複合酸化物の安定性向上に寄与する元素である。Srの含有量は、0.01質量%以上であることで上記の効果を良好に得られ、更に0.05質量%以上、0.10質量%以上とすることができる。一方、Srの含有量は、多過ぎると上記の効果を得られないため、1質量%以下、更に0.7質量%以下、0.5質量%以下とすることができる。
【0057】
・O
Oは、45質量%以上55質量%以下含有される。Oの含有量は、45質量%以上であることで複合酸化物の安定性を向上できると共に、複合酸化物の化学的耐久性を向上することができ、更に46質量%以上、48質量%以上とすることができる。一方、Oの含有量が多過ぎると、粗大な複合酸化物が生成し易く、焼結体の被削性や強度などに影響を及ぼす。Oの含有量は、55質量%以下であることで、焼結体の被削性や強度を向上することができる。Oの含有量は、更に54質量%以下、52質量%以下とすることができる。
【0058】
・Na,K,Ti,Ba
Na及びKは、ガラス転移点の低下及び粘度の低下に寄与する元素であり、それぞれ0.005質量%以上1質量%以下含有されることができる。Naの含有量は、更に0.01質量%以上0.8質量%以下、0.015質量%以上0.06質量%以下とすることができる。Kの含有量は、更に0.008質量%以上0.8質量%以下、0.01質量%以上0.5質量%以下とすることができる。また、Ti及びBaは、複合酸化物の安定性を向上させると共に、複合酸化物の化学的耐久性を向上させる元素である。Tiの含有量は、0.005質量%以上2質量%以下、更に0.15質量%以上1.5質量%以下、0.3質量%以上1.0質量%以下とすることができる。Baの含有量は、0.005質量%以上5質量%以下、更に0.8質量%以上4.3質量%以下、1.5質量%以上3.6質量%以下とすることができる。
【0059】
(組織)
複合酸化物は、非晶質成分を30質量%以上含むことが好ましい。複合酸化物は非晶質成分を多く含むことで、焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する保護膜を形成することができる。複合酸化物における非晶質成分は、更に50質量%以上、70質量%以上、実質的に全てが非晶質であることが挙げられる。複合酸化物の非晶質成分は、電界放射型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope:FE−SEM)で鉄系母材とのコントラストの違いから場所を特定し、その後透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)を用いた電子回析パターンから結晶状態を確認することで測定できる。
【0060】
複合酸化物は、軟化点が780℃以下であることが好ましい。焼結体の加工点における工具刃先温度は、被削材となる焼結体の組成にもよるが、クーラントを用いた湿式加工時では450〜780℃程度であり、定常加工時には450℃程度であっても局所的にかつ瞬間的に600℃以上に上昇することが予測される。複合酸化物の軟化点が780℃以下であることで、焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して流動性が増加し、潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する保護膜を形成することができる。焼結体の加工点における工具刃先温度が450〜700℃程度である場合、複合酸化物の軟化点は、更に700℃以下、600℃以下、500℃以下とすることができる。工具刃先温度は、焼結体に開けた微小な穴(φ1mm程度)にオプティカルファイバーを挿入して、このオプティカルファイバーで焼結体から発散する放射の波長を検知する。この波長により、刃先が穴を通過した瞬間の温度を、二色温度計を用いて絶対温度で計測する手法によって測定することができる。軟化点は、熱機械分析(Thermomechanical Analysis:TMA)や動粘度測定法によって測定することができる。
【0061】
上記軟化点における複合酸化物の粘性は、1×107.6dPa・s以下であることが好ましい。そうすることで、焼結体の加工点における工具刃先温度において、加熱軟化した複合酸化物の流動性を十分に確保することができ、潤滑性を効果的に発揮できると共に、工具の刃先表面を複合酸化物に由来する保護膜で十分に覆うことができる。
【0062】
複合酸化物は、ガラス転移点が680℃以下であることが好ましい。複合酸化物のガラス転移点が680℃以下であることで、焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して粘度が低下することで流動性が増加し、潤滑性を発揮できると共に、複合酸化物に由来する保護膜を形成することができる。複合酸化物のガラス転移点は、更に550℃以下、450℃以下とすることができる。複合酸化物のガラス転移点は、例えば、示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimetry:DSC)やTMAによって測定することができる。また、複合酸化物の組成からガラス転移点や軟化点を計算によって導くこともでき、例えば、熱力学平衡計算ソフトウェア&熱力学データベースFactStageを用いて計算することができる。
【0063】
複合酸化物の粉末は、平均粒径が10μm以下であることが好ましい。複合酸化物の粉末が微細であると、焼結体の加工点における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱され易いことで軟化され易く、焼結体の被削性を向上し易い。複合酸化物の粉末は、平均粒径が更に5μm以下、3μm以下、特に1.2μm以下であることが好ましい。また、複合酸化物の粉末は、最大粒径が20μm以下、更に15μm以下、10μm以下であることが好ましい。一方、複合酸化物の粉末は、平均粒径が0.2μm以上、更に0.4μm以上であることで製造過程において取り扱い易い。
【0064】
複合酸化物の粉末は、鉄系粉末の平均粒径に対して1/5以下の平均粒径であることが好ましい。複合酸化物の粉末が、鉄系粉末に対して十分に小さいことで、鉄系粉末間に複合酸化物の粒子が介在し易く、焼結体中に複合酸化物の粉末が均一的に分散され易い。複合酸化物の粉末が焼結体中に均一的に分散されることで、焼結体の被削性を向上し易い。複合酸化物の粉末は、鉄系粉末の平均粒径に対して更に1/10以下、1/20以下の平均粒径であることが好ましい。
【0065】
(含有量)
粉末冶金用鉄系粉末に占める複合酸化物の粉末の含有量は、0.01質量%以上0.3質量%以下であることが好ましい。複合酸化物の粉末が、粉末冶金用鉄系粉末中に0.01質量%以上含有されることで、焼結体中に複合酸化物の粉末が凝集せず、かつ均一的に分散され易い。そうすると、工具の刃先表面に複合酸化物に由来する保護膜を常に形成した状態とでき、この保護膜による切削工具の拡散摩耗や凝着摩耗を抑制できる。また、潤滑効果を効果的に発揮でき、切削加工の加工抵抗を低減できる。一方、粉末冶金用鉄系粉末に占める複合酸化物の粉末の含有量が多過ぎると、凝集し易く、局所的に粗大な複合酸化物が存在することがあり、この場合、焼結体の強度が低下する。そのため、粉末冶金用鉄系粉末中に占める複合酸化物の粉末の含有量を0.3質量%以下とすることで、焼結体の強度を確保することができる。粉末冶金用鉄系粉末に占める複合酸化物の粉末の含有量は、更に0.03質量%以上0.22質量%以下、0.05質量%以上0.16質量%以下とすることができる。
【0066】
《その他》
粉末冶金用鉄系粉末は、上述した粉末に加え、成形用潤滑剤である有機物を混合することができる。有機物としては、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、パルミチン酸アミド、ベヘン酸アミド、エルカ酸アミド、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸アルミニウムなどが挙げられる。有機物の含有量は、粉末冶金用鉄系粉末の合計量を100質量%として、0.3質量%以上1.2質量%以下程度であることが好ましい。有機物の含有量が0.3質量%以上であることで、金型との摩擦を低減でき、生産性を向上できる。一方、有機物の含有量が1.2質量%以下であることで、成形密度の低下を抑制でき、焼結体の密度の低下を抑制できる。有機物の含有量は、更に0.5質量%以上1.0質量%以下とすることができる。一方で、金型に潤滑剤を塗布する金型潤滑成形法を適用する場合は、粉末冶金用鉄系粉末に混合する潤滑剤の量は、0.3質量%以下でもよい。
【0067】
〔粉末冶金用鉄系粉末の製造方法〕
実施形態の粉末冶金用鉄系粉末は、代表的には、複合酸化物のフリットを作製⇒上記フリットを粗粉砕して粗粉末を作製⇒上記粗粉末を微粉砕して微粉末を作製⇒上記微粉末と鉄系粉末とを混合して混合粉末(粉末冶金用鉄系粉末)を作製、という工程を経て製造できる。
【0068】
・複合酸化物のフリットの作製
Si,Al,B,Mg,Ca,Sr,Oを特定の範囲で含有する複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却又は急冷して、複合酸化物のフリットを作製する。複合酸化物は、更に、Na,K,Ti,Baから選択される1種以上の元素を特定の範囲で含有してもよい。各元素の含有量は、上述した複合酸化物の粉末と同様である。加熱温度は、複合酸化物の組成に応じて適宜設定すればよいが、1000〜1700℃程度とすることができる。
【0069】
・フリットを粗粉砕した粗粉末の作製
上記複合酸化物のフリットを平均粒径20μm以下に粗粉砕して複合酸化物の粗粉末を作製する。粗粉砕には、例えば、ジョークラッシャー、ロールクラッシャー、スタンプミル、ブラウンミル、ボールミルなどの機械粉砕を用いることができる。
【0070】
・粗粉末を微粉砕した微粉末の作製
上記複合酸化物の粗粉末を所定の粒径に微粉砕して微粉末を作製する。微粉砕には、粉砕メディアを用いない気流型粉砕機を用いて行う。この気流型粉砕機には、例えば、ジェットミルを用いることができる。粉砕メディアを用いないで微粉砕することで、コンタミネーションを防止できたり、粗大粒子を残存させずに粉砕できたり、過度の微粉砕を抑制できたりする。
【0071】
・微粉末と鉄系粉末とを混合した混合粉末の作製
上記複合酸化物の微粉末と鉄系粉末とを混合して混合粉末(粉末冶金用鉄系粉末)を作製する。混合粉末として、黒鉛粉末や、Cu,Ni,Cr,Moから選択される1種以上の非Fe金属粉末を適宜混合してもよい。各粉末の混合は、微粉末の凝集を分断可能なせん断力を有する混合機を用いて強制的に攪拌や混合する。この混合機には、例えば、ダブルコーン型ミキサーや攪拌ミキサー又は偏心ミキサーを用いることができる。各粉末を強制的に攪拌や混合することで、複合酸化物の微粉末を鉄系粉末中に均一的に分散することができる。また、各粉末の混合時には、予め複合酸化物の粉末と黒鉛粉末(複合酸化物と比重が近い)とを混合して予備混合粉末とし、この予備混合粉末と鉄系粉末や非Fe金属粉末とを混合する、二段階混合の手法を用いてもよい。
【0072】
〔焼結体の製造方法〕
焼結体は、代表的には、上述した製造方法で得られた粉末冶金用鉄系粉末を圧縮成形して成形体を作製⇒成形体を焼結して焼結体を作製、という工程を経て製造できる。
【0073】
・成形体の作製
まず、上述した製造方法で得られた粉末冶金用鉄系粉末を金型に充填し、圧縮成形して成形体を作製する。成形圧力は、例えば、400MPa以上1200MPa以下程度とすることが挙げられる。使用する金型のキャビティの形状を調整することで、複雑形状の成形体を得ることもできる。
【0074】
・焼結体の作製
上記成形体を、窒素又は変性ガス雰囲気中で、温度:1000℃以上1350℃以下程度、時間:10分以上120分以下程度、の条件で焼結して焼結体を作製する。
【0075】
[試験例1]
鉄系粉末と複合酸化物の粉末とを含む粉末冶金用鉄系粉末を用いて焼結体を作製し、得られた焼結体について、切削試験を実施した。
【0076】
・試料No.1,101
原料粉末として、鉄系粉末と、黒鉛粉末と、Cu粉末と、複合酸化物の粉末と、を準備した。鉄系粉末は、Fe中にMnが0.18質量%、Sが0.004質量%含まれるものを用いた。鉄系粉末の平均粒径は、74.55μmである。この試験例において平均粒径は、マイクロトラック法(レーザー回折・散乱法)で計測したD50径(質量基準の累積分布曲線の50%に相当する粒径)である。また、鉄系粉末は、D10径(質量基準の累積分布曲線の10%に相当する粒径)が31.39μm、D95径(質量基準の累積分布曲線の95%に相当する粒径)が153.7μmであり、最大粒径が228.2μmである。黒鉛粉末の平均粒径は、D50径が28μmである。Cu粉末の平均粒径は、D50径が30μmである。
【0077】
複合酸化物の粉末は、表1に示す組成の複合酸化物からなるものを用いた。表1に示す複合酸化物の含有量は、複合酸化物の組成を100%とした質量割合である。複合酸化物の粉末の平均粒径は、D50径が0.87μmである。また、複合酸化物の粉末は、D10径が0.55μm、D95径が3.30μmであり、最大粒径が10.09μmである。この複合酸化物の粉末は、上記組成の複合酸化物を融点以上に加熱した後冷却して、複合酸化物のフリットを作製し、この複合酸化物のフリットをボールミルにより粗粉砕した後、ジェットミルを用いて微粉砕して作製した。得られた複合酸化物の粉末は、FE−SEMで鉄系母材とのコントラストの違いから場所を特定し、その後TEMを用いた電子回折パターンから結晶状態を確認したところ、複合酸化物の非晶質成分は35質量%であった。
【0078】
用意した各粉末を、鉄系粉末:Cu粉末:黒鉛粉末:複合酸化物の粉末が質量比で97.1:2.0:0.8:0.1となるように準備し、これらの合計質量に対して更に成形用潤滑剤を質量比で0.8追加して配合し、攪拌ミキサーを用いて混合し、混合粉末(粉末冶金用鉄系粉末)を作製した。混合の際には、成形用潤滑剤である有機物を混合せずに、金型に潤滑剤を塗布してもよい。
【0079】
得られた混合粉末を金型に充填し、成形圧力を700MPaとして加圧圧縮し、外径φ60mm×内径φ10mm×高さ40mmの円筒形状の成形体を作製した。
【0080】
得られた成形体を、変性ガス雰囲気中で、1130℃×15分の熱処理を施して焼結体を作製した(試料No.1〜3,101)。
【0081】
【表1】
【0082】
・試料No.111
原料粉末として、鉄系粉末と、黒鉛粉末と、Cu粉末と、を含み、複合酸化物の粉末を含まない粉末冶金用鉄系粉末を用いた試料である。その他の条件については、試料No.1〜3と同様である。
【0083】
《機械的特性》
試料No.1〜3,101,111の焼結体について、機械的特性試験用の試験片を作製し、ロックウェル硬度HRB、ビッカース硬度Hv、抗折力TRSを測定した。ロックウェル硬度は、市販の硬度計によりBスケールで測定した。抗折力は、三点曲げ試験法を用いて測定した。その結果を表2に示す。この結果より、複合酸化物の有無は、焼結体の機械的特性に影響を及ぼさないことがわかった。
【0084】
【表2】
【0085】
《切削試験1》
得られた試料No.1〜3,101,111の焼結体の側面を、旋盤を用いて切削した。切削条件は、各種切削工具を用いて、切削速度:200m/min、送り量:0.1mm/rev、切り込み量:0.2mm、湿式とした。切削工具は、超硬合金からなるノーズ半径0.8mmですくい角0°のチップ、サーメットからなるノーズ半径0.8mmですくい角0°のチップ、CBNからなるノーズ半径1.2mmですくい角0°のチップを取り付けたバイトを使用した。超硬合金、サーメットでは、切削長2500mm、CBNでは切削長4500mmとした。
【0086】
・切削工具の逃げ面の摩耗量
超硬合金製・サーメット製・CBN製の各種切削工具について、切削後における切削工具の逃げ面の摩耗量をそれぞれ測定した。摩耗量は、切削後における切削工具の刃先を工具顕微鏡で観察して、マイクロメーターを用いて測定した。その結果を図1に示す。
【0087】
図1の結果より、各切削工具において、軟化点が780℃以下である複合酸化物の粉末を含有した試料No.1〜3を切削した場合、軟化点が1000℃である複合酸化物の粉末を含有した試料No.101や、複合酸化物の粉末を含有しない試料No.111を切削した場合に比較して、逃げ面の摩耗量を低減できることがわかった。超硬合金製の切削工具における逃げ面の摩耗量は、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して試料No.1:約76%、試料No.2:約75%、試料No.3:約76%も低減できた。同様に、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して試料No.1:約66%、試料No.2:約65%、試料No.3:約65%も低減できた。CBN製の切削工具における逃げ面の摩耗量は、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して試料No.1:約59%、試料No.2:約55%、試料No.3:約57%も低減できた。同様に、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して試料No.1:約72%、試料No.2:約70%、試料No.3:約71%も低減できた。サーメット製の切削工具における逃げ面の摩耗量は、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.101を切削した場合に比較して試料No.1:約78%、試料No.2:約77%、試料No.3:約77%も低減できた。同様に、試料No.1〜3を切削した場合、試料No.111を切削した場合に比較して試料No.1:約76%、試料No.2:約75%、試料No.3:約75%も低減できた。
【0088】
・切削工具の刃先観察
一例として、超硬合金製の切削工具について、切削後における刃先観察を行った。図2にそれぞれ試料No.2と試料No.111を切削加工した後の切削工具の刃先の工具顕微鏡写真を示す。図2は、上半分がすくい面、下半分が逃げ面を示している。試料No.2を切削した切削工具の刃先には、凝着摩耗がほぼ見受けられない。一方、試料No.111を切削した切削工具の刃先には、大きな凝着摩耗が発生していることがわかる。
【0089】
切削工具の刃先が凝着摩耗する理由の一つに、焼結体の加工点における工具刃先温度において、焼結体と切削工具との間で各構成元素が相互拡散すると共に、焼結体の構成元素が切削工具に凝着することが挙げられる。そこで、切削工具の表面における凝着物を調べた。図3にそれぞれ試料No.2と試料No.111を切削加工した後の切削工具の逃げ面の電界放射型電子顕微鏡写真(150倍)を示す。試料No.2を切削した切削工具の逃げ面には、凝着物は見受けられない。一方、試料No.111を切削した切削工具の逃げ面には、厚い凝着物が見受けられる。この凝着物は、分析の結果Feが検出され、被削材である焼結体のベースを構成するFeが凝着したものと考えられる。
【0090】
以上より、試料No.2の焼結体は、焼結体のベースを構成するFeの切削工具への凝着を抑制することで、切削工具の凝着摩耗を抑制でき、切削工具の逃げ面の摩耗量を低減できることがわかった。試料No.1,3の焼結体においても同様の現象が生じていることが確認できた。試料No.1〜3の焼結体が切削工具へのFeの凝着を抑制できるメカニズムを、図4を参照して説明する。
【0091】
試料No.1〜3の焼結体1(以下、単に焼結体と呼ぶ)を切削工具100で切削加工すると、切削工具100の刃先温度は、焼結体1の組成にもよるが、450〜780℃程度に上昇する。切削工具100の刃先温度が上昇すると、図4の上図に示すように、焼結体1と切削工具100との間で各構成元素が相互拡散する。焼結体1には特定組成の複合酸化物20が含まれており、切削工具100が複合酸化物20に接すると、上記の工具刃先温度において、複合酸化物20は加熱軟化する。この加熱軟化した複合酸化物20は、粘度が低下して流動性が増加するため、図4の中図に示すように、切削工具100の刃先表面を覆い、保護膜120となる。保護膜120の少なくとも一部は、焼結体1(ベース部10)と切削工具100との間に介在されることになるため、焼結体1と切削工具100との間で各構成元素、特に複合酸化物以外を由来とする構成元素が相互拡散することを抑制する役割を果たす。焼結体1の切削加工をさらに進めると、刃先表面に形成された保護膜120は、図4の下図に示すように、切削工具100の逃げ面やすくい面に流れて滞留部140となって凝着する。焼結体1中には複合酸化物20が均一的に分散されているため、(1)切削工具100が複合酸化物20に接触する、(2)複合酸化物20が加熱軟化して保護膜120となる、(3)保護機能を果たした保護膜120が滞留部140となる、が連続的に行われる。この複合酸化物20の状態によって、切削工具100の刃先表面には、常に保護膜120が形成されるため、切削工具100へのFeの凝着を抑制できる。
【0092】
《切削試験2》
得られた試料No.2,101の焼結体の側面を、旋盤を用いて切削した。切削条件は、サーメット製の溝入れバイトを使用した切削工具を用いて、切削速度:200m/min、送り量:0.1mm/rev、切り込み量:0.2mm、湿式とした。
【0093】
・焼結体の加工断面観察
複合酸化物の組成が被削性に及ぼす影響を調べるために、切削後における焼結体の加工断面観察を行った。図5に試料No.2の切削加工後の表面、及び表面に観察された複合酸化物を集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)加工した断面の電界放射型電子顕微鏡写真(10000倍)を示す。試料No.2の表面に見える色の濃い部分が複合酸化物である。試料No.2の複合酸化物は、その断面を見ると、表面から3μm程度の表層領域において焼結体中に埋設された部分と、この埋設部分から切削方向に延びると共に表面に露出した露出延長部分と、を有する形状をしていることがわかる。つまり、試料No.2は、複合酸化物が、切削方向に沿って延びている。
【0094】
図6に試料No.101の切削加工後の表面、及び表面に観察された複合酸化物をFIB加工した断面の電界放射型電子顕微鏡写真(10000倍)を示す。試料No.101の表面に見える色の濃い部分が複合酸化物である。試料No.101の複合酸化物は、切削方向に延びる部分を有しておらず、ヒビが発生していることがわかる。つまり、試料No.101は、複合酸化物が、切削方向には延びておらず、き裂が生じている。
【0095】
以上より、試料No.2の焼結体は、複合酸化物が特定の組成であることでガラス転移点及び軟化点が低いため、切削加工時における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化して切削方向に沿って延びていることがわかった。この加熱軟化した複合酸化物は、潤滑剤の役割を果たすことで、切削加工の切削抵抗を低減できると考えられる。試料No.1,3の焼結体においても同様の現象が生じていることが確認できた。試料No.1〜3の焼結体における複合酸化物が切削方向に沿って延びるメカニズムを、図4を参照して説明する。
【0096】
試料No.1〜3の焼結体1(以下、単に焼結体と呼ぶ)を切削工具100で切削加工すると、切削工具100の刃先温度は、焼結体1の組成にもよるが、450〜780℃程度に上昇する。切削工具100が複合酸化物20に接すると、上記の工具刃先温度において、複合酸化物20は加熱軟化し、粘度が低下して流動性が増加する。この加熱軟化した複合酸化物20は、図4の下図に示すように、切削工具100の刃先に追従して延びるため、切削工具100より遠位にある内部において焼結体1のベース部10に埋設された埋設部21と、この埋設部21から切削方向に延びると共に表面に露出する露出延長部22と、を有する異形状となる。焼結体1中には複合酸化物20が均一的に分散されているため、切削工具100は、常に複合酸化物20の露出延長部22に接することになる。この複合酸化物20が潤滑剤の役割を果たすことで、被削性の向上が期待できる。
【0097】
《切削試験3》
得られた試料No.1〜3,101,111の焼結体について、上述の切削試験2と同様の切削試験を繰り返し、切削工具が摩耗し、加工表面に白濁やムシレ等の加工表面品質の異常や、加工端面においてバリが発生するに至るまで切削加工を施した焼結体の個数により工具寿命を測定した。その結果、各試料における工具寿命は、試料No.1:249個、試料No.2:244個、試料No.3:245個、試料No.101:47個、試料No.111:95個であり、試料No.1〜3の焼結体は、大幅に工具寿命を向上できることがわかった。
【0098】
上述した各切削試験の結果より、焼結体中に特定の組成の複合酸化物が含有されることで、被削性を向上でき、工具寿命を向上できることがわかった。この理由は、切削工具の刃先観察及び焼結体の加工断面観察に示すように、焼結体の切削加工時における工具刃先温度において、複合酸化物が加熱軟化することで、以下の二つの機能を果たすからである。(1)加熱軟化した複合酸化物が切削工具の刃先表面を覆い保護膜となり、切削工具へのFeの凝着を抑制し、凝着摩耗を抑制する。(2)加熱軟化した複合酸化物が切削工具の刃先に追従して延びることで潤滑剤となり、切削加工の切削抵抗を低減する。
【0099】
本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。例えば、上述の試験例において、粉末冶金用鉄系粉末の組成や、粒径、製造条件の少なくとも一つの変更が可能である。組成については、例えば、Si,Al,B,Mg,Ca,Sr,Oから選択される1種以上の元素の含有量を変更したり、更に、Na,K,Ti,Baから選択される元素を特定の範囲で含有したりすることが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の粉末冶金用鉄系粉末は、各種の鉄系焼結体に好適に利用することができる。本発明の粉末冶金用鉄系粉末の製造方法は、鉄系焼結体の製造分野などに利用することができる。
【符号の説明】
【0101】
1 焼結体
10 ベース部 20 複合酸化物 21 埋設部 22 露出延長部
100 切削工具 120 保護膜 140 滞留部
図1
図2
図3
図4
図5
図6