特許第6393940号(P6393940)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6393940船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6393940
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/00 20120101AFI20180913BHJP
   B63H 25/04 20060101ALI20180913BHJP
   G01C 21/20 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
   G06Q10/00 300
   B63H25/04 C
   G01C21/20
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-8272(P2015-8272)
(22)【出願日】2015年1月20日
(65)【公開番号】特開2016-133992(P2016-133992A)
(43)【公開日】2016年7月25日
【審査請求日】2017年3月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】518144045
【氏名又は名称】三井E&S造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】山本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】武田 明浩
(72)【発明者】
【氏名】木村 校優
(72)【発明者】
【氏名】五百木 陵行
【審査官】 山崎 誠也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−107488(JP,A)
【文献】 特開2014−013145(JP,A)
【文献】 特開2012−086604(JP,A)
【文献】 高橋淑子,内航船向け最適航海計画支援システムの開発について,日本航海学会講演予稿集,2014年 5月22日,2巻1号,p.5−8
【文献】 安藤 英幸,環境負荷低減のための運航モニタリング,計測と制御,公益社団法人計測自動制御学会,2011年 6月10日,第50巻 第6号,p.398−404
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00−99/00
B63H 25/04
G01C 21/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶の経年変化推定システムが、実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定する船舶の経年変化推定方法において、
前記船舶の経年変化推定システムが、前記航行時情報に含まれる、風の情報と波の情報と操船の情報と機関の情報と航行の情報とを用いて、前記航行の情報の船速を基に、前記風の情報の風速と風向とから風圧抵抗である第1抵抗成分を算出し、前記波の情報の波高と波周期と波の方向と船首方位から波浪中抵抗増加である第2抵抗成分を算出し、前記操船の情報の舵角から舵抵抗である第3抵抗成分を算出し、前記機関の情報の主機回転数と出力馬力から、プロペラ特性と自航要素を参照して推力成分を算出し、前記第1抵抗成分と前記第2抵抗成分と前記第3抵抗成分と非劣化状態での平水中船体抵抗と、前記推力成分から算出される船体全体抵抗である測定抵抗成分とを用いて、重回帰分析を行って、船舶の推進性能の経年変化を推定することを特徴とする船舶の経年変化推定方法。
【請求項2】
前記風の情報が風速と風向を含み、前記波の情報が波高と波周期と波の方向を含み、前記操船の情報が舵角を含み、前記機関の情報が主機回転数と出力馬力を含み、前記航行の情報が船速と船首方位を含むことを特徴とする請求項1記載の船舶の経年変化推定方法。
【請求項3】
実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定する船舶の経年変化推定システムにおいて、
風の情報を得る風情報取得手段と波の情報を得る波情報取得手段と操船の情報を得る操船情報取得手段と機関の情報を得る機関情報取得手段と航行の情報を得る航行情報取得手段を備えると共に、 前記風情報取得手段で得られた風の情報と、前記波情報取得手段から得られた波の情報と、前記操船情報取得手段から得られた操船の情報と、前記機関情報取得手段から得られた機関の情報と、前記航行情報取得手段から得られた航行の情報を用いて、これらの情報から得られる諸量を重回帰分析で計算処理して、航行時の船舶の推進抵抗の経年変化を推定する経年変化推定手段を備え、
前記経年変化推定手段が、
前記航行の情報の船速を基に、前記風の情報の風速と風向とから風圧抵抗である第1抵抗成分を算出し、前記波の情報の波高と波周期と波の方向と船首方位から波浪中抵抗増加である第2抵抗成分を算出し、前記操船の情報の舵角から舵抵抗である第3抵抗成分を算出し、前記機関の情報の主機回転数と出力馬力から、プロペラ特性と自航要素を参照して推力成分を算出し、前記第1抵抗成分と前記第2抵抗成分と前記第3抵抗成分と非劣化状態での平水中船体抵抗と、前記推力成分から算出される船体全体抵抗である測定抵抗成分とを用いて、重回帰分析を行って、船舶の推進抵抗の経年変化を推定することを特徴とする船舶の経年変化推定システム。
【請求項4】
前記風の情報が風速と風向を含み、前記波の情報が波高と波周期と波の方向を含み、前記操船の情報が舵角を含み、前記機関の情報が主機回転数と出力馬力を含み、前記航行の情報が船速と船首方位を含むことを特徴とする請求項3記載の船舶の経年変化推定システム。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の船舶の経年変化推定システムを備えたことを特徴とする船舶の最適航路計算システム。
【請求項6】
請求項5に記載の船舶の最適航路計算システムを備えたことを特徴とする船舶の運航支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶の最適航路計算に使用する船舶の推進性能において、実際に航行しているときの航行情報から船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を精度よく推定して船舶の最適航路計算の精度を向上することができる、船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、船舶数の急増による運航規模の拡大、船員の減少と国際化、急激な原油高騰、そして環境問題、とりわけ地球温暖化ガス排出削減の必要性は国内外において急速な高まりをみせ、地球上で物流活動を営む海運業にとっても重要な課題となっている。特に、船舶の実海域性能の向上とウェザールーティングに代表される運航計画の最適化が重要なテーマとして注目されている。
【0003】
この運航計画の最適化に関しては、例えば、特許文献1に記載されているような、気象海象予報により予測される船舶の風圧抵抗および波浪抵抗ならびに潮流抵抗を演算し、その演算結果に基づき予測される航路上の通過地点における通過予定時刻を過去のデータに基づく統計処理により補正して、目的港に許容誤差内に到達するための船速、舵角を演算し、この演算結果に基づいて主機関と舵角を制御して、目的港への定時到着と燃料消費率の改善と環境負荷の低減を図っている環境負荷低減型航海計画提供システムが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、船舶の個船性能データと海気象データとに基づいてある海域から目的地までの間で、船速、燃料消費量及びシーマージン、若しくは、荒天避航を考慮して、又は、演算上の船舶の航行に合わせて変化する海気象データを用いて、最適な航路を短時間で効率よく探索する最適航路探索システムも提案されている(例えば、特許文献2、3、及び4参照)。
【0005】
そして、経済性と効率化のみでなく環境負荷を考慮した船舶の実海域性能の向上と運航状況の効率化を実現するためには、気象、海象及び海流の情報、船速、主機関の運転状況などの運航情報を収集蓄積するだけでなく、船舶の場合は、航行年数が多くなるに連れて船体の水没面及びプロペラ表面に海生生物が付着する量が増加する等の理由により、船舶の推進性能が徐々に低下する、所謂、船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下という問題があり、この船舶の推進性能の経年変化を取り入れて、より精度の高い状態で就航船舶の運航計画の最適化を図ることが重要となってきている。
【0006】
例えば、航路計算を行う場合の気象・海象情報の予報データが正確であっても、船舶の抵抗に関連する航行時の速力(船速)の推定を精度よく行えないと、予測計算時の位置と実際の位置が異なってしまうために、予測計算時の気象・海象と実際に遭遇する気象・海象と異なってしまい、予測計算時の航行条件や操船条件とは異なる航行や操船を行うことになり、この誤差が蓄積されると、場合によっては、回避予定の気象・海象状態に遭遇してしまったり、到着予定時刻(ETA)の予測精度が大幅に悪化したりするという問題が生じる。
【0007】
運行データ蓄積部で船舶から取得した船舶の運行データを蓄積し、この運行データ蓄積部から海象の穏やかなときの運行データを抽出し、抽出した運行データに基づいて実海域における速力の実績値を算出し、この実海域における速力の実績値と平水中における速力推定値との差分を求めることにより、経年変化に起因するシーマージンを算出し、この経年変化に起因するシーマージンを用いて、船舶の推奨メンテナンス時期を決定する船舶の運行管理装置が提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【0008】
この船舶の運行管理装置では、船舶が略理想的な海象状態において運行しているとみなすことができる状態として、波高が所定値(1m以下)である場合の運行データ、或いは、風浪階級が所定値(例えば、WMO(世界気象機関) Code BFT Scale 4)以下の場合の運行データ等を採用しているので、波浪の影響が小さい状態のデータでシーマージンを算出できるという利点があるが、外洋等で比較的厳しい気象・海象状態の多い航路の場合には、シーマージンを算出するためのデータが少なくなり、高い精度でのシーマージンの算出ができなくなるという問題がある。
【0009】
一方、本発明者は、運航支援システムにより船上で計測されるデータには、船速、主機回転数及び馬力が含まれているため、水槽試験結果から推定した伴流率(1−w)等を用いることで、プロペラのトルク係数を求め、これを元のトルク係数テーブルと比較して、就航直後からのトルクマージン変化を調査した。また、船速、風向風速、波浪予報、主機回転数、舵角、斜航角を用いて船体に働く力の釣合方程式から経年劣化及び船体汚損等による推進性能低下を調査した。その結果、全体的な傾向として時間経過と共にトルクマージンが減少している様子や、入渠したのちの大幅なトルクマージンの回復の様子を把握できた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−45338号公報
【特許文献2】特開2007−57499号公報
【特許文献3】特開2010−237755号公報
【特許文献4】特開2008−145312号公報
【特許文献5】特開2006−193124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記のことを鑑みてなされたものであり、その目的は、船舶の最適航路計算において、実際に航行しているときの航行情報から船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を精度よく推定して船舶の最適航路計算の精度を向上することができる、船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記のような目的を達成するための本発明の船舶の経年変化推定方法は、船舶の経年変化推定システムが、実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定する船舶の経年変化推定方法において、前記船舶の経年変化推定システムが、前記航行時情報に含まれる、風の情報と波の情報と操船の情報と機関の情報と航行の情報とを用いて、前記航行の情報の船速を基に、前記風の情報の風速と風向とから風圧抵抗である第1抵抗成分を算出し、前記波の情報の波高と波周期と波の方向と船首方位から波浪中抵抗増加である第2抵抗成分を算出し、前記操船の情報の舵角から舵抵抗である第3抵抗成分を算出し、前記機関の情報の主機回転数と出力馬力から、プロペラ特性と自航要素を参照して推力成分を算出し、前記第1抵抗成分と前記第2抵抗成分と前記第3抵抗成分と非劣化状態での平水中船体抵抗と、前記推力成分から算出される船体全体抵抗である測定抵抗成分とを用いて、重回帰分析を行って、船舶の推進性能の経年変化を推定することを特徴とする方法である。
【0013】
この重回帰分析は多変数解析の1つであり、回帰分析の独立変数を複数にしたもので、複数の独立変数により、1つの従属変数を予測及び説明しようとするものであり、適切な変数を複数選択することで、計算しやすく誤差の少ない予測式を作ることができる解析方法である。この重回帰分析では、一般的に、最小二乗法が使用されている。
【0014】
この重回帰分析により、風、波等の影響を受けたデータを入れて、データ数を増やしても、これらのデータを統計処理することにより、航行時の船舶の抵抗を精度よく算出できるので、その時系列データから、航行時の船舶の推進性能の経年変化を推定できる。
【0017】
また、比較的簡単な演算で、船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定することができるようになる。
つまり、対地船速と風速と風向から船体に作用する風圧抵抗を計算でき、対水船速と船首方位と波高と波周期と波の方向から船舶の波浪中抵抗増加を計算でき、対水船速と主機回転数と出力馬力と予め設定されているプロペラ特性と自航要素から船体に作用する推力を計算でき、それから船体の全抵抗を計算でき、対水船速から経年変化していない非劣化状態での平水中船体抵抗を算出でき、これらを変数として重回帰分析を行って求めた係数としてマージンを算出できる。そして、このマージンの時間変化により、船舶の推進性能の経年変化を推定できる。
上記の船舶の経年変化推定方法において、前記風の情報が風速と風向を含み、前記波の情報が波高と波周期と波の方向を含み、前記操船の情報が舵角を含み、前記機関の情報が機関の回転数(主機回転数)と出力馬力を含み、前記航行の情報が船速(対地及び対水船速)と船首方位を含むようにすると、容易に船舶の推進性能の経年変化を推定することができるようになる。
【0018】
上記の目的を達成するための本発明の船舶の経年変化推定システムは、実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定する船舶の経年変化推定システムにおいて、風の情報を得る風情報取得手段と波の情報を得る波情報取得手段と操船の情報を得る操船情報取得手段と機関の情報を得る機関情報取得手段と航行の情報を得る航行情報取得手段を備えると共に、前記風情報取得手段で得られた風の情報と、前記波情報取得手段から得られた波の情報と、前記操船情報取得手段から得られた操船の情報と、前記機関情報取得手段から得られた機関の情報と、前記航行情報取得手段から得られた航行の情報を用いて、これらの情報から得られる諸量を重回帰分析で計算処理して、航行時の船舶の推進性能の経年変化を推定する経年変化推定手段を備え、前記経年変化推定手段が、前記航行の情報の船速を基に、前記風の情報の風速と風向とから風圧抵抗である第1抵抗成分を算出し、前記波の情報の波高と波周期と波の方向と船首方位から波浪中抵抗増加である第2抵抗成分を算出し、前記操船の情報の舵角から舵抵抗である第3抵抗成分を算出し、前記機関の情報の主機回転数と出力馬力から、プロペラ特性と自航要素を参照して推力成分を算出し、前記第1抵抗成分と前記第2抵抗成分と前記第3抵抗成分と非劣化状態での平水中船体抵抗と、前記推力成分から算出される船体全体抵抗である測定抵抗成分とを用いて、重回帰分析を行って、船舶の推進抵抗の経年変化を推定するように構成される。
【0019】
この重回帰分析により、風、波等の影響を受けたデータを入れて、データ数を増やしても、これらのデータを統計処理することにより、航行時の船舶の抵抗を精度よく算出できるので、その時系列データから、航行時の船舶の推進性能の経年変化を推定できる。
【0020】
上記の船舶の経年変化推定システムにおいて、前記風の情報が風速と風向を含み、前記波の情報が波高と波周期と波の方向を含み、前記操船の情報が舵角を含み、前記機関の情報が機関の回転数(主機回転数)と出力馬力を含み、前記航行の情報が船速(対地及び対水船速)と船首方位を含んで構成されると、容易に船舶の推進性能の経年変化を推定することができるようになる。
【0022】
上記の目的を達成するための本発明の船舶の最適航路計算システムは、上記の船舶の経年変化推定システムを備えて構成される。
【0023】
上記の目的を達成するための本発明の船舶の運航支援システムは、上記の船舶の最適航路計算システムを備えて構成される。
【発明の効果】
【0024】
本発明の船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムによれば、船舶の最適航路計算において、実際に航行しているときの航行情報から船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を精度よく推定して船舶の最適航路計算の精度を向上することができる。これにより、燃費を改善し、CO2排出量を削減し、到着予定時刻(ETA)の予測精度を向上すると共に、船体の経年変化状態の可視化により効果的な保守計画を立てることができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の実施の形態の船舶の経年変化推定システムの構成を示す図である。
図2】プロペラトルクマージンの時系列変化を示す図である。
図3】抵抗増加率の時系列変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照して本発明に係る船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムの実施の形態について説明する。
【0027】
最初に、本発明の実施の形態の船舶の経年変化推定方法及び船舶の経年変化推定システムについて説明する。図1に示すように、この船舶の経年変化推定システム10は、実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定するシステムであり、風の情報を得る風情報取得手段11と波の情報を得る波情報取得手段12と操船の情報を得る操船情報取得手段13と機関の情報を得る機関情報取得手段14と航行の情報を得る航行情報取得手段15と、更に、経年変化推定手段16を備えている。
【0028】
この経年変化推定手段16は、風情報取得手段11で得られた風の情報と、波情報取得手段12から得られた波の情報と、操船情報取得手段13から得られた操船の情報と、機関情報取得手段14から得られた機関の情報と、航行情報取得手段15から得られた航行の情報を用いて、これらの情報から得られる諸量を重回帰分析で計算処理して、航行時の船舶の推進性能の経年変化を推定する手段である。
【0029】
この船舶の経年変化推定システム10では、風速と風向を含む風の情報は、風情報取得手段11で、風向風速センサなどからの信号を分岐して得ることで入手できる。また、波高と波周期と波の方向を含む波の情報は、波情報取得手段12で、波高計等による測定データや気象海象予報値や乗組員が入力するデータ等を借用することで入手できる。
【0030】
また、舵角を含む操船の情報は、操船情報取得手段13で、操船データやオートパイロットの操作記録用のデータを借用することで入手できる。更に、主機回転数と出力馬力を含む機関の情報は、機関情報取得手段14で、主機関の運転状態のモニター情報を借用することで入手できる。なお、対地及び対水船速と船首方位を含む航行の情報は、航行情報取得手段15で、航行用に船速と船首方位を測定し、モニターしているので、そのデータを借用することで入手できる。
【0031】
そして、更に、経年変化推定手段16は、航行の情報の船速を基に、風の情報の相対風速V1と相対風向α1とから風圧抵抗である第1抵抗成分R1を算出し、波の情報の波高Hwと波周期Twと波の方向α2と船首方位ψから波浪中抵抗増加である第2抵抗成分R2を算出し、操船の情報の舵角δから舵抵抗である第3抵抗成分R3を算出し、機関の情報の主機回転数Neと出力馬力Peから、プロペラ特性と自航要素を参照して算出された推力成分T1から船体全体抵抗RTである測定抵抗成分RTmを算出する。第1抵抗成分R1と第2抵抗成分R2と第3抵抗成分R3と非劣化状態での平水中船体抵抗RH0と測定抵抗成分RTmとを用いて、これらを変数として重回帰分析を行って求めた係数からマージンを算出し、このマージンの時間変化により、船舶の推進性能の経年変化を推定するように構成される。
【0032】
なお、1回の重回帰分析で得られる経年変化係数はその就航後の重回帰分析時のデータを収集した時点の1点である。つまり、船舶の航行時の全期間のデータから特定の期間(例えば、港から次の港まで)のデータを抽出して、この特定の期間におけるデータを使って重回帰分析をして、その期間における一つの経年変化係数を得る。これを期間をずらせながら、何度も繰り返すことにより、経年変化係数の時系列を得ることができる。
【0033】
そして、本発明の実施の形態の船舶の経年変化推定方法は、上記の実施の形態の船舶の経年変化推定システム10を用いて行う方法であり、実際に航行しているときの航行情報を蓄積して、この蓄積した航行時情報を基に船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を推定する方法である。
【0034】
この船舶の経年変化推定方法では、航行時情報に含まれる、風の情報と波の情報と操船の情報と機関の情報と航行の情報とを用いて、これらの情報から得られる諸量を重回帰分析で計算処理して、航行時の船舶の推進性能の経年変化を推定する。なお、風の情報には相対風速V1と相対風向α1が、波の情報には波高Hwと波周期Twと波の方向α2が、操船の情報には舵角δが、機関の情報には主機回転数Neと出力馬力Peが、航行の情報には対地船速Vg、対水船速Vs、及び、船首方位ψがそれぞれ含まれる。
【0035】
つまり、航行の情報の対地船速Vgを基に、風の情報の相対風速V1と相対風向α1とから風圧抵抗である第1抵抗成分R1を算出し、波の情報の波高Hwと波周期Twと波の方向α2と船首方位ψから波浪中抵抗増加である第2抵抗成分R2を算出する。また、操船の情報の舵角δから舵抵抗である第3抵抗成分R3を算出し、機関の情報の主機回転数Neと出力馬力Peから、プロペラ特性と自航要素を参照して推力成分T1を算出する。この推力成分T1から船体全体抵抗RTである測定抵抗成分RTmを算出する。
【0036】
更に、定常状態にある船舶は、非劣化状態の平水中船体抵抗RH0と各抵抗成分R1,R2,R3の和とRTmが釣り合った状態にある。つまり、この非劣化状態の平水中船体抵抗RH0、風圧抵抗力に関係する第1抵抗成分R1、波浪抵抗力に関係する第2抵抗成分R2、舵抵抗力に関係する第3抵抗成分R3と、測定抵抗成分RTmとの釣り合いを求める。
【0037】
言い換えれば、相対風向α1、相対風速V1と、波高Hw、波周期Tw、波の方向α2、船首方位ψ、舵角δ、主機関回転数Neと出力馬力Peを、計測値や予報値から確定し、これらを用いて、相対風向と相対風速から算出される風圧抵抗力の第1抵抗成分R1と、波浪と船首方位ψから算出される波浪中抵抗増加による波浪抵抗力の第2抵抗成分R2と、舵角δによる舵抵抗力の第3抵抗成分R3と、主機関回転数Neと出力馬力Peに関係するプロペラの回転数NpとプロペラトルクQpとからプロペラ特性と自航要素を参照して計算される推力T1から算出される測定抵抗成分RTmとの釣り合い方程式を組み立てる。
【0038】
そして、これらの釣り合い式に対して、多変数解析の1つであり、回帰分析の独立変数を複数にしたもので、複数の独立変数により、1つの従属変数を予測及び説明しようとする重回帰分析を用いる。
【0039】
この重回帰分析では、適切な変数を複数選択することで、計算しやすく誤差の少ない予測式を作ることができる。そして、この重回帰分析の解法には、最小二乗法が使用されることが多い。
【0040】
一般的には、この重回帰分析では、独立変数(説明変数)と従属変数(目的変数)の間に重回帰モデルを想定する。この重回帰モデルでは、複数個(I個)の独立変数xi(i=1〜I)と従属変数yの間に、(1)式のような関係を考える。Yをyの予測値とし、aを回帰定数、bi(i=1〜I)を偏回帰係数とすると、「Y=a+b1×x1+b2×x2+・・・+bI×xI=a+Σ(bi×Xi)・・・(1)」で重回帰式を作成することができる。
【0041】
次に、最小二乗法を用いて、従属変数の実測値と予測値との誤差(y−Y)の2乗和が最小になるような回帰定数、偏回帰係数を求める。独立変数が2つの場合は、yのxへの回帰平面が得られ、独立変数が3つ以上であると超回帰平面が得られる。
【0042】
この重回帰分析により、分析時点での実際の平水中抵抗の抵抗成分yを算出できる。この平水中抵抗は、試運転時のものと異なった値、基本的には増える値となる。この平水中抵抗の増加率を船体抵抗の経年変化と呼ぶことにする。
【0043】
一方、RT(Vs)を試運転時の性能のままの値RTs(Vs)として、対水船速Vsを算出すると、試運転時の性能のままであったなら出たはずの船速Vssを求めることができる。これと計測された船速Vsmの差から、経年変化による船速低下(ΔVs=Vss−Vsm)を算出する。これを推進性能低下の経年変化と呼ぶことにする。
【0044】
なお、上記の重回帰分析においては、使用するデータの条件として、抵抗の推定精度が低くなる低船速のデータ、言い換えれば、一定船速(例えば、5ノット)以下のデータは使用しない。また、非定常の状態を除くために、回頭中及びその直後のデータは使用せず、更に、加減速中のデータを除くために、主機回転数、または馬力が前後のデータと大幅に異なる場合も、加減速中と見做し使用しないことが好ましい。
【0045】
また、弾性変形によるプロペラ特性の変化、主機回転数Ne、出力馬力Pe及び舵角δの高周波振動(周期数十秒以下)による効率低下と抵抗、船首揺れに起因する抵抗増加は考慮に入れていないが、考慮に入れることができれば、その方がより好ましい。
【0046】
この高周波振動の存在するデータから、プロペラトルク係数を求める場合には、出力馬力Peと主機回転数Neに加えて対水船速Vsも考慮する必要があるが、船体抵抗の場合は、相対風速V1、相対風向α1、舵角δ、斜航角、波の情報、対地船速等も使用する。これらのデータに対してはノイズ対策をするのが好ましい。
【0047】
なお、風の情報や操作の情報や機関の情報や航行の情報においては、計測自体は、数十秒刻みで行われ、船内に設置の計測システムに一定期間記録しているが、船陸間の通信容量の問題から通常は1時間に1回分のデータのみが陸上に送られ、記録される。この1時間刻みのデータを用いた場合には、解析結果にばらつきが発生する可能性がある。従って、これらの情報に関しては、秒刻みの時系列データをローパスフィルタやカルマンフィルタを用いてフィルターリングした上で、重回帰分析用のデータを改めてサンプリングするのが好ましい。なお、陸上への送信の頻度は通信技術の発達により変わる可能性がある。
【0048】
例えば、舵角δは主機回転数Neと同様に実際に変動する。これは進路維持のためにオートパイロットが出す指令によって生じており、ほぼ直進している場合とある程度斜航している場合とでは、傾向が変わる。ほぼ直進している場合は変動が生じて、舵角δがほぼゼロ度を中心に左右に揺れる場合もある。舵角δが生じると抵抗になるが、実際には舵抵抗が生じているにも関わらず、平均するとゼロになってしまうため、単純に平均しては解析に不都合が生じる。更に、舵角δは高速で変動しているため、一般的な舵直圧力を求めても、問題が生じる。簡易的な解析方法としては変動量を有義振幅と周期で求め、それに対する抵抗増加を計測データから求める方法が考えられる。
【0049】
主機回転数Ne、出力馬力Peは、比較的滑らかな変動をすると考えられる対水船速Vsとは異なり、元々、変動する成分を含んでいるので、5分間程度の平均を用いることが好ましい。更には、主機回転数Neがほぼ一定の場合と大幅に振動している場合との差を解析するためには、変動量として有義振幅と周期を使用することも考えられる。
【0050】
また、ログ船速計で計測される対水船速に関しては、波浪による動揺の影響を受けるので、1秒刻みで計測されるデータを見ると、周期1分程の変動が見られるが、これはうねりに起因するピッチ(縦揺れ)やヒーブ(上下揺れ)と等しい周期を持っている。これは、ドップラーソナーの発信方向が船体の動揺で斜めを向いてしまうこと、発信時に上下方向に移動していることによる生じるドップラー効果の「ずれ」を船速計が船速変動と誤認識してしまうためと考えられる。従って、この変動成分を単純に除去すればよい、この除去には、単純移動平均を使用すればよく、10秒平均程度では全く除去できないため、5分程度の平均を使用する必要がある。
【0051】
そして、上記の構成の船舶の経年変化推定方法、及び、船舶の経年変化推定システム10によれば、船舶の最適航路計算において、実際に航行しているときの航行情報から船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を精度よく推定して船舶の最適航路計算の精度を向上することができる。これにより、燃費を改善し、CO2排出量を削減し、到着予定時刻(ETA)の予測精度を向上すると共に、船体の経年変化状態の可視化により効果的な保守計画を立てることができるようになる。
【0052】
なお、図2にプロペラトルクマージンの時系列変化を、図3に、抵抗増加率の時系列変化をそれぞれ示す。これにより、経年変化が良く分かる。
【0053】
そして、本発明の実施の形態の船舶の最適航路計算システムは、上記の船舶の経年変化推定システム10を備えて構成され、本発明の実施の形態の船舶の運航支援システムは、この船舶の最適航路計算システムを備えて構成される。この構成の最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムによれば、上記の構成の船舶の経年変化推定方法、及び、船舶の経年変化推定システム10と同様の効果を奏することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
上記の船舶の経年変化推定方法、船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムは、船舶の最適航路計算において、実際に航行しているときの航行情報から船舶の経年劣化及び汚損による推進性能低下を精度よく推定して船舶の最適航路計算の精度を向上することができ、これにより、燃費を改善し、CO2排出量を削減し、到着予定時刻(ETA)の予測精度を向上すると共に、船体の経年変化状態の可視化により効果的な保守計画を立てることができるので、多くの船舶の経年変化推定システム、最適航路計算システム、及び船舶の運航支援システムとして利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
10 船舶の経年変化推定システム
11 風情報取得手段
12 波情報取得手段
13 操船情報取得手段
14 機関情報取得手段
15 航行情報取得手段
16 経年変化推定手段
Hw 波高
Ne 主機回転数
Np プロペラの回転数
Pe 出力馬力
Qp プロペラトルク
R1 第1抵抗成分(風圧抵抗)
R2 第2抵抗成分(波浪中抵抗増加)
R3 第3抵抗成分(舵抵抗)
H0 非劣化状態での平水中抵抗成分
T 船体全体抵抗
Tm 測定抵抗成分
T1 推力成分
Tw 波周期
V1 相対風速
Vg 対地船速
Vs 対水船速
xi 独立変数
y 従属変数
Y yの予測値
α1 相対風向
α2 波の方向
δ 舵角
ψ 船首方位
図1
図2
図3