(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
チタンは、軽量で高比強度であり、優れた耐熱性を有している。このため、チタンまたはチタン合金からなるチタン部材は、航空機、自動車、民生品等の広範な分野で利用されている。
従来、耐熱性の要求されるチタン部材においては、例えば、自動車の内燃機関近傍又は排気装置などの各用途に応じた要求に対応するチタン合金が用いられてきた。
【0003】
例えば、自動車の内燃機関の排気管では、排気管に接触する排気ガスの温度が800℃程度の高温に達するため、十分な耐熱性が要求される。また、自動車の内燃機関の排気管の材料として使用されるチタン合金には、純チタンに近い室温加工性が要求される。このため、Al、Si、Cuなどの合金元素を合計で3質量%程度含有するチタン合金が用いられてきた。
しかし、上記のチタン合金を用いて製造されたチタン部材は、高温での耐酸化性および耐水素吸収性が不十分であり、耐酸化性および耐水素吸収性をより一層向上させることが要求されている。
【0004】
チタン合金の耐酸化性を向上させる方法としては、例えば、Al、Siなどの合金元素を添加する方法がある。この方法を用いる場合には、チタン合金となる素材インゴットを製造する段階で、Alおよび/またはSiなどの合金元素を添加する。しかし、チタン合金の耐酸化性を向上させるために、素材インゴットを製造する段階で多量の合金元素を添加すると、その後の工程における加工性が著しく低下する。このため、チタン部材の製造コストが増加するという不都合がある。
【0005】
また、チタン部材の耐酸化性を向上させるために、チタンを含むマトリックス中に、2μm未満の最大寸法を有するホウ化チタン粒子が分散した複合材料を用いることが提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
しかし、特許文献1に記載の複合材料では、耐酸化性が不十分であった。また、特許文献1に記載の複合材料は、粉末冶金法によって製造するため、製造コストが高く、材質が限定されるという不都合もあった。
【0006】
また、チタン部材の耐酸化性を向上させる他の方法として、以下に示すように、チタン又はチタン合金で形成されたチタン材の表面に、耐酸化性を有する皮膜を形成する方法がある。
例えば、特許文献2には、チタン材の表面にアルミニウム粉末と液状バインダを混合したものを塗布し、400℃程度の温度で焼成し、酸素バリヤ被膜を形成する表面処理方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、純チタンまたはチタン基合金よりなる基材上に、10at%以下のSiを含むAl合金粒子又は純Al粒子、並びにシリコーン樹脂を含む溶液を塗布して、焼成温度200〜400℃で焼成した焼成被覆層が形成された表面処理チタン材で構成されたエンジン排気管が開示されている。
特許文献4には、チタンまたはチタン合金からなる基材上を覆う皮膜として形成されている、少なくともチタン、硼素、および窒素を含有する導電性耐食材料が開示されている。
【0008】
特許文献5には、最下層がAl、Cr、Ti、Siから選択される1種以上の窒化物であり、中間層がAl、Cr、Ti、Siから選択される1種以上の金属元素とN、B、C、Oから選択される1種以上の元素との化合物であり、最上層がTi、Siから選択される金属元素とN、S、C、Bから選択される1種以上の元素との化合物からなる硬質皮膜が形成された超高合金製エンドミルが開示されている。
【0009】
また、チタン部材の耐水素吸収性を向上させる技術として、例えば、特許文献6には、チタン表面に物理的蒸着法により窒化チタン層を被覆して、水素吸収による脆化を防止したチタン材料が記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来のチタン部材では、高温での耐酸化性及び耐水素吸収性が不十分であった。
具体的には、特許文献2では、酸素バリヤ被膜を、酸化しやすいアルミニウム粉末を焼成して形成している。このため、特許文献2において、チタン材の表面に形成される酸素バリヤ被膜は、アルミ酸化物層である。アルミ酸化物層は、チタン材の表面から剥離し易いため、耐酸化性が十分に得られなかった。
【0012】
また、特許文献3では、純チタンまたはチタン基合金よりなる基材上に、Alを含む粒子とシリコーン樹脂を含む溶液を塗布し、焼成することにより焼成被覆層を形成している。このため、特許文献3の表面処理チタン材において、基材上に形成される焼成被覆層は、アルミ酸化物層で形成されている。アルミ酸化物層は、純チタンまたはチタン基合金よりなる基材の表面から剥離し易いため、耐酸化性が十分に得られなかった。また、特許文献3では、焼成被覆層の材料として、耐熱性が400℃程度であるシリコーン樹脂を用いている。このため、特許文献3に記載の表面処理チタン材は、耐熱性が不十分であった。
【0013】
また、特許文献4に記載の導電性耐食材料は、基材と共に燃料電池用金属セパレータとして用いられるものであるため、導電性を確保する必要があり、高温環境での耐酸化性が不十分であった。
【0014】
また、特許文献5に記載の硬質皮膜は、チタンおよびチタン合金と、硬度および熱膨張率の差が大きい。このため、特許文献5に記載の硬質皮膜を、チタンまたはチタン合金からなる基材上に形成したチタン部材では、高温環境で繰り返し使用すると、基材上から硬質皮膜が容易に剥離し、十分な耐酸化性が得られなかった。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高温でも優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られるチタン部材を提供することを課題とする。
また、本発明は、高温でも優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られるチタン部材を簡便な方法で製造できるチタン部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題を解決するために、チタン元素と酸化ポテンシャルが近い元素であるシリコンとボロンに着目し、チタン基材の表面に耐酸化性および耐水素吸収性を付与する方法について鋭意検討した。
その結果、チタンまたはチタン合金からなるチタン基材上に、Si、B、Ti、O(酸素)を所定の含有量で含む酸化物層を、所定の厚みで形成することで、高温での耐酸化性及び耐水素吸収性に優れたチタン部材を提供できることを見出し、本発明を想到した。
本発明の要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)チタンまたはチタン合金からなるチタン基材と、
前記チタン基材上に形成された酸化物層とを有し、
前記酸化物層が、質量%でSi:25〜50%、B:1〜5%、Ti:5〜20%、酸素:40〜55%、残部が不可避的不純物からなる組成を有し、
前記酸化物層の厚みが1.0μm以上5.0μm以下であることを特徴とするチタン部材。
(2)前記チタン部材が、自動車用のエンジン部材又は排気装置部材として用いられることを特徴とする(1)に記載のチタン部材。
【0018】
(3)(1)または(2)に記載のチタン部材の製造方法であり、
前記チタン基材の表面に、SiとBとを含む粉末を塗布し、酸素を含む雰囲気中で、700〜850℃、1〜4時間の熱処理を施す工程を含むことを特徴とするチタン部材の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明のチタン部材は、チタン基材上に、質量%でSi:25〜50%、B:1〜5%、Ti:5〜20%、酸素:40〜55%を含有し、厚みが1.0μm以上5.0μm以下である酸化物層を有するため、高温でも優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られる。
また、本発明のチタン部材の製造方法は、チタン基材の表面に、SiとBとを含むスラリーを塗布し、酸素を含む雰囲気中で、700〜850℃、1〜4時間の熱処理を施す工程を含む方法であるため、簡便に高温でも優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られるチタン部材を製造できる。
【0020】
本発明のチタン部材は、高温でも優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られるため、例えば、自動車用のエンジン部材又は排気装置部材の材料として使用した場合に、厚みを薄くしても耐酸化性が不足することによる割れが生じにくく、しかも耐水素吸収性が不足することによる脆化を抑制でき、好ましい。
【0021】
本発明のチタン部材およびその製造方法によれば、軽量で高強度のチタン部材の用途をさらに広げることができ、多くの人々の生活環境の向上に大きく貢献できる。具体的には、本発明のチタン部材を、航空機や自動車の材料として用いることで、燃費を向上できる。また、本発明のチタン部材を自動二輪車の材料として用いることで、運動性能が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明のチタン部材およびチタン部材の製造方法について説明する。
「チタン部材」
本実施形態のチタン部材は、チタン基材と、チタン基材上に形成された酸化物層とを有する。本実施形態のチタン部材は、例えば、自動車用のエンジン部材又は排気装置部材として好適である。
【0023】
本実施形態のチタン部材を形成しているチタン基材は、チタンまたはチタン合金からなる。
本実施形態においてチタン基材として用いられるチタン合金としては、高温強度および/または耐酸化性を向上させることにより耐熱性を向上させる元素である、Al、Si、Nb、Sn、Cu、Feから選ばれるいずれか1種以上の元素を含有するチタン合金であることが望ましい。このようなチタン合金としては、具体的には、Ti−1%Cu−0.5%Nb、Ti−0.5Al−0.45Si−0.2Nb、Ti−0.45%Si−0.2%Fe、Ti−1%Cu−1%Sn−0.35%Si−0.2%Nbなどが挙げられる。
【0024】
チタン基材の形状は、特に限定されるものではなく、例えば、板状、棒状、管状などの形状であってもよいし、板状、棒状、管状の材料を熱間又は冷間の成形加工および/または切削加工してなる形状であってもよく、チタン部材の用途に応じて決定される。
【0025】
チタン基材の微視組織は、特に限定されるものではなく、チタン部材の用途に応じて決定できる。
例えば、本実施形態のチタン部材が自動車用排気管に用いられるものである場合など、チタン基材に対して管成形や曲げ加工など良好な室温成形性が要求される場合には、チタン基材の微視組織は等軸組織であることが好ましい。また、チタン基材に対して高温クリープ強度が要求される場合には、チタン基材の微視組織は針状α相を主とする針状組織であることが好ましい。
【0026】
本実施形態のチタン部材においてチタン基材上に形成されている酸化物層は、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物とチタン酸化物と含む。
また、酸化物層中に、チタンおよび/またはシリコンの窒化物、硼化物、炭化物は存在していないか、存在していてもX線回折法による検出限界以下の極微量である。
【0027】
酸化物層は、Si:25〜50%、B:1〜5%、Ti:5〜20%、酸素:40〜55%、残部が不可避的不純物からなる組成を有する。なお、元素の含有量の「%」は「重量%」を意味する。
【0028】
酸化物層中のSi含有量は、25〜50%であり、30〜40%であることが好ましい。また、酸化物層中のB含有量は、1〜5%であり、2〜4%であることが好ましい。
酸化物層中のSi含有量が25%未満および/またはB含有量が5%超であると、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物中におけるシリコンの割合が不足して、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物の耐熱性が低下し、酸化物層が不安定になる。また、酸化物層中のSi含有量が25%未満であると、Siを含むことによる耐酸化性向上効果が十分に得られない。よって、Si含有量が25%未満および/またはB含有量が5%超であると、チタン部材の耐酸化性および/または耐水素吸収性が不足する。
【0029】
また、酸化物層中のSi含有量が50%超および/またはB含有量が1%未満であると、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物中におけるボロンの割合が不足する。このため、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物が軟化しにくくなって、緻密な酸化物層が形成されにくくなり、チタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性が不足する。
【0030】
酸化物層中のTi含有量は、5〜20%であり、6〜15%であることが好ましい。Ti含有量が5%未満であると、酸化物層中のチタン酸化物の割合が少なくなり、相対的にシリコンとボロンとを含む非晶質酸化物の割合が多くなるため、酸化物層が脆化して、チタン部材の耐酸化性および/または耐水素吸収性が不足する。Ti含有量が20%超であると、酸化物層中のチタン酸化物の割合が多く、相対的にシリコンとボロンとを含む非晶質酸化物の割合が不足するため、チタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性が不足する。
【0031】
酸化物層中のO(酸素)含有量は、40〜55%であり、45〜52%であることが好ましい。
本実施形態のチタン部材の酸化物層中には、Si、B、Ti、O(酸素)以外に、不可避的不純物として、チタン基材、後述する熱処理時の雰囲気、チタン基材の表面に塗布するスラリーの原料等から侵入するCr、Fe、Ni、Nb、Al、Sn、Cu、N、Cが含まれている。
本実施形態のチタン部材では、酸化物層によってチタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性を向上させる効果が充分に発揮されるように、酸化物層中に含まれる不可避的不純物の含有量は酸化物層全体の10%未満であることが好ましい。
【0032】
酸化物層に含まれる各元素の濃度は、以下に示す方法により算出できる。
すなわち、チタン部材から採取した試験片の酸化物層を含む断面を鏡面研磨し、電子線マイクロアナライザ(EPMA)分析装置を用いて、ビーム径0.5μm、加速電圧15kV、照射電流0.5μA、照射時間1000msecの条件で線分析を行い、簡易定量分析(ZAF)により濃度を算出して求めることができる。
【0033】
本実施形態のチタン部材における酸化物層の厚みは、1.0μm以上5.0μm以下である。酸化物層の厚みが1.0μm未満であると、酸化物層を有することによる耐酸化性および耐水素吸収性を向上させる効果が充分に得られず、チタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性が不足する。チタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性をより一層向上させるために、酸化物層の厚みは1.5μm以上であることが好ましい。また、酸化物層の厚みが5.0μm超であると、チタン基材の表面および酸化物層が脆化されたものとなるとともに、チタン基材の表面から剥離し易くなる。酸化物層の脆化およびチタン基材からの剥離を抑制するために、酸化物層の厚みは4.5μm以下であることが好ましい。
【0034】
本実施形態のチタン部材における酸化物層の厚みは、例えば、チタン部材から採取した酸化物層の断面を含む試験片を、鏡面研磨して平滑にした後、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより測定できる。
【0035】
「製造方法」
本実施形態のチタン部材の製造方法では、まず、チタン基材を製造する。チタン基材は、従来公知の製造方法を用いて製造できる。
例えば、スポンジチタン、母合金、スクラップなどの原料を用いて所定の化学組成となるように成分を調整し、消耗電極式真空アーク溶解法、電子ビーム溶解法、プラズマ溶解法などを用いて溶解し、鍛造、熱延、冷延などの展伸工程を経て板状、棒状又は管状の形状に加工する方法などにより製造できる。
【0036】
本実施形態においては、このようにして得られた板状、棒状、管状のチタン基材に対し、さらに、熱間又は冷間の成形加工および/または切削加工を施すことにより、チタン基材を製造してもよい。
また、チタン基材は、鋳造法や3次元積層成形法などを用いて所定の形状に成型する方法により製造してもよい。
【0037】
次に、本実施形態のチタン部材の製造方法では、チタン基材の表面に、SiとBとを含む粉末を塗布し、酸素を含む雰囲気中で、700〜850℃、1〜4時間の熱処理を施す工程を行う。
【0038】
本実施形態においては、チタン基材の表面に、SiとBとを含む粉末を溶媒中に分散させたスラリーを塗布する。
スラリー中に含まれるSiは、Si元素を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば、Si化合物の粉末および/またはSi粉末を用いることができる。スラリー中に含まれるSiは、単体の粉末では可燃性であるため、Si化合物の粉末であることが好ましく、中でもクロムシリサイド(CrSi
2)粉末を用いることが好ましい。
【0039】
スラリー中に含まれるBは、B元素を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば、B化合物の粉末および/またはB粉末を用いることができる。スラリー中に含まれるBは、単体の粉末は可燃性であり、粉じん爆発の懸念があるため、B化合物の粉末であることが好ましく、中でもボロンカーバイド(B
4C)粉末を用いることが好ましい。
【0040】
チタン基材の表面に塗布するスラリーは、例えば、Si化合物の粉末とB化合物の粉末とを水などの溶媒中に分散させることによって得られる。本実施形態では、スラリー中に含まれるSi化合物の粉末とB化合物の粉末とを、スラリー中のSi元素とB元素との割合が、酸化物層中に含まれるSi含有量とB含有量との質量比の範囲内となるように調整する。具体的には、スラリー中のSi元素とB元素との割合(Si:B)を、質量比で25:5〜50:1とする。
【0041】
チタン基材の表面にスラリーを塗布する方法としては、従来公知の方法を用いることができ、特に限定されない。
次に、必要に応じて、スラリーを塗布したチタン基材の表面を乾燥することにより塗膜を形成する。スラリーを塗布したチタン基材の表面を乾燥する方法としては、例えば、室温の大気中で放置する方法などを用いることができ、特に限定されるものではない。
【0042】
次に、スラリーを塗布し、乾燥したチタン基材に対して、酸素を含む雰囲気中で、700〜850℃、1〜4時間の熱処理を施す。
熱処理温度が700℃未満であると、1.0μm以上の厚みの酸化物層を形成するための熱処理時間が長時間となり、生産性が不十分となる。また、熱処理温度が700℃未満および/または熱処理時間が1時間未満であると、シリコン元素およびボロン元素の酸化物が、チタン基材の表面が酸化されることによって形成されるチタン酸化物層中に取り込まれにくくなり、上記組成の酸化物層が得られない。
一方、熱処理温度が850℃を超えるおよび/または熱処理時間が4時間を超えると、チタン基材の表面および酸化物層が脆化するとともに、チタン基材から酸化物層が剥離し易くなる。
【0043】
本実施形態においては、700〜850℃の熱処理温度で1〜4時間の熱処理を施すため、スラリーの原料に含まれるCrおよびCが熱処理中にほとんどが揮発し、チタン基材上にシリコンとボロンとを含む非晶質酸化物を含む上記組成の酸化物層が形成される。
また、本実施形態では、上記の範囲内で熱処理温度および/熱処理時間を調整することによって、1.0μm以上5.0μm以下の範囲内の所定の厚みを有する酸化物層が得られる。
【0044】
熱処理を行う際の雰囲気は、酸素を含む雰囲気であればよい。熱処理を行う際の雰囲気が、高真空雰囲気などの酸素を含まない雰囲気であると、上記組成の酸化物層が形成されないため、チタン部材の耐酸化性および耐水素吸収性が不足する。
熱処理を行う際の雰囲気は、例えば、大気中であってもよいし、分圧で0.05〜0.2Barの少量の酸素を含む低真空雰囲気であってもよいし、5〜20%の酸素を含む不活性ガス雰囲気であってもよい。
【0045】
本実施形態のチタン部材は、チタン基材上に、質量%でSi:25〜50%、B:1〜5%、Ti:5〜20%、酸素:40〜55%を含有し、シリコンとボロンとを含む非晶質酸化物を含み、厚みが1.0μm以上5.0μm以下である酸化物層を有するため、優れた耐酸化性および耐水素吸収性が得られる。その理由は、酸化物層が、例えば、チタン基材上に形成したアルミ酸化物層と比較して剥離しにくいものであって、酸化物層中に含まれるシリコンとボロンとを含む非晶質酸化物が、酸素および水素の移動を抑制することによるものと推定される。
【0046】
また、本実施形態のチタン部材の製造方法では、チタン基材の表面に、SiとBとを含むスラリーを塗布し、酸素を含む雰囲気中で、700〜850℃、1〜4時間の熱処理を施す工程を含む。この場合、熱処理を施すことにより、チタン元素と酸化ポテンシャルが近いシリコン元素およびボロン元素が酸化物となって、チタン基材の表面が酸化されて形成されるチタン酸化物層中に取り込まれ、チタン酸化物とともに酸化物層を形成する。本実施形態では、スラリー中のSi元素とB元素との割合が適正であるので、上記の条件で熱処理を施すことにより生成されるシリコンとボロンとを含む酸化物は、主に緻密な非晶質酸化物となる。その結果、本実施形態の製造方法では、優れた耐酸化性および耐水素吸収性を有するチタン部材が得られるものと推定される。
【0047】
また、スラリー中に含まれるSi元素およびB元素は、酸素と窒素を含む雰囲気中で上記の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を施すことにより、チタン基材の最表層部での窒素の濃化を促進する作用も有する。チタン基材の最表層部の窒素濃度がチタン基材の窒素濃度よりも高くなると、酸素の拡散経路が窒素で塞がれる効果によって、チタン基材の酸化速度が低下し、耐酸化性がより一層高くなる。
すなわち、本実施形態では、スラリー中のSi元素とB元素との割合が適正であるので、酸素と窒素を含む雰囲気中で上記の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を施すことにより、酸化物層を形成しつつ、チタン基材の最表層部に十分に窒素を濃化させることができ、チタン部材の耐酸化性をより一層向上できる。
【0048】
また、本実施形態のチタン部材の製造方法では、チタン基材の表面にスラリーを塗布し、熱処理を施すことにより、酸化物層を形成するので、例えば、物理的蒸着法(PVD)、溶射などの方法を用いる場合と比較して、簡便で効率よく製造できる。
【実施例】
【0049】
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下に示す実施例の条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0050】
(チタン基材の製造)
下記(A)または(B)の化学組成となるように成分を調整した原料(チタン合金素材)を、VAR(真空アーク溶解)法を用いて溶解し、鍛造、熱延、冷延して、厚み1mmのチタン合金板を製造した。このようにして得られたチタン合金板に、真空中で、750℃、5時間の焼鈍を施して、チタン基材とした。
(A)Ti−0.1%Fe−0.45%Si−0.05%O(酸素)
(B)Ti−1%Cu−1%Sn−0.35%Si−0.2%Nb−0.05%O(酸素)
【0051】
(スラリーの調整)
平均粒径5μmのクロムシリサイド(CrSi
2)粉末と平均粒径0.5μmのボロンカーバイド(B
4C)粉末とを水中に分散させてスラリーを作成した。なお、スラリーは、クロムシリサイド粉末とボロンカーバイド粉末とを、スラリー中のSi元素とB元素との割合が、表1に示す酸化物層の組成におけるSi含有量とB含有量との質量比となるように調整した。
【0052】
(酸化物層の形成)
各チタン基材から縦20mm横20mmの正方形で厚みが1mmの試験片を採取し、上述した方法により調整したスラリーを表面の全面に塗布し、室温の大気中で48時間放置して乾燥させた。その後、スラリーを塗布したチタン基材に対して、大気中で、表1に示す熱処理温度および熱処理時間で熱処理を施して酸化物層を形成し、No.1〜No.16のチタン部材を得た。
【0053】
このようにして得られたNo.1〜No.16のチタン部材について、酸化物層の組成および厚みを、以下に示す方法により測定した。その結果を表1に示す。
【0054】
「酸化物層の厚み」
各チタン部材から採取した酸化物層の断面を含む試験片を、鏡面研磨して平滑にした後、SEM観察で観察することにより測定した。
「酸化物層の組成」
酸化物層の組成は、EPMA分析装置を用いて上述した方法により求めた。
表1に示すように、No.1〜No.16のチタン部材については、いずれも酸化物層中に含まれる不可避的不純物の含有量は10%未満であった。したがって、スラリーの原料に含まれるCrおよびCは、熱処理中にほとんどが揮発していた。
【0055】
また、上記(B)の化学組成のチタン基材から縦20mm横20mmの正方形で厚みが1mmの試験片を採取し、No.17のチタン部材とした。
そして、No.1〜No.17のチタン部材について、以下に示す方法により、耐酸化性を評価した。その結果を表1に示す。
【0056】
「耐酸化性の評価方法」
No.1〜No.17のチタン部材を、800℃で100時間、静止大気中に暴露し、暴露後の増加質量を測定し、増加質量をチタン部材の表面積で割った値(増加質量(mg)/チタン部材の表面積(cm
2)、以下「酸化増量」と記載する。)で評価した。
そして、各チタン部材について、酸化増量が、酸化物層を形成しない試験片の耐酸化性を評価した場合の酸化増量の50%未満である場合を合格と評価した。
具体的には、酸化物層を形成しなかった場合の酸化増量は、上記(A)の化学組成のチタン基材および上記(B)の化学組成のチタン基材(No.17のチタン部材)の両方とも3.6mg/cm
2であった。したがって、各チタン部材については、酸化増量が3.6mg/cm
2の50%である1.8mg/cm
2未満のときを合格とした。
【0057】
また、各チタン基材から採取した縦50mm横50mmの正方形で厚みが5mmの試験片を用いたこと以外は、耐酸化性の評価に用いた試験片と同様にして、酸化物層を形成し、耐水素吸収性の評価用のチタン部材を得た。そして、以下に示す方法により、耐水素吸収性を評価した。その結果を表1に示す。
【0058】
「耐水素吸収性の評価方法」
No.1〜No.17の耐水素吸収性の評価用のチタン部材(試料片)に対し、アルゴン99%水蒸気1%の雰囲気中で、800℃で30分の熱処理を行った。次に、試料片中央部の水素濃度を、LECO社性水素分析装置を用いて熱伝導度法で測定した。そして、水素濃度が100ppm以下である場合を合格とし、100ppmを超える場合を不合格と評価した。なお、LECO社製標準試料の水素濃度である113ppmを超える分析値は、外挿法により算出した。
また、アルゴン99%水蒸気1%の雰囲気中での熱処理を行う前の各試料片では、いずれも試料片中央部の水素濃度の値は10ppm未満であり充分に低かった。
【0059】
【表1】
【0060】
表1に示すように、No.1〜8のチタン部材は、チタン基材(A)を用い、スラリー中のクロムシリサイド粉末とボロンカーバイド粉末の割合と熱処理条件とを変えて、酸化物層の厚みと組成を変化させた例である。
No.1〜6のチタン部材は、酸化物層の厚みおよび組成が本発明の範囲内であり、いずれも耐酸化性および耐水素吸収性の評価が良好であった。
【0061】
これに対し、No.7のチタン部材は、熱処理温度が低すぎるため、酸化物層の厚みが不足して、耐酸化性および耐水素吸収性の評価が不合格となった。
また、No.8は、熱処理温度が本発明の上限を超えているため、酸化物層の厚みが厚くなりすぎ、チタン基材の表面および酸化物層が脆化されたものとなり、耐酸化性の評価が不合格となった。
【0062】
No.9〜16のチタン部材は、チタン基材(B)を用い、スラリー中のクロムシリサイド粉末とボロンカーバイド粉末の割合と熱処理条件とを変えて、酸化物層の厚みと組成を変化させた例である。
No.9〜12のチタン部材は、酸化物層の厚みおよび組成が本発明の範囲内であり、いずれも耐酸化性および耐水素吸収性の評価が良好であった。
【0063】
これに対し、No.13のチタン部材は、酸化物層中のB含有量が多く、Ti含有量が少ないため、耐酸化性に評価が不合格であった。
また、No.14のチタン部材は、酸化物層中のB含有量が不足しているため、耐酸化性および耐水素吸収性の評価が不合格であった。
【0064】
No.15は、酸化物層中のSi含有量が多いため、耐酸化性の評価は良好であったが、酸化物層中のSi含有量が多すぎて、酸化物層中の酸素含有量が少ないため、耐水素吸収性の評価が不合格となった。
No.16は、酸化物層中のSi含有量が少なく、Ti含有量が多いため、耐酸化性および耐水素吸収性の評価が不合格となった。
No.17は、酸化物層を形成していないため、耐酸化性および耐水素吸収性の評価が不合格であった。