特許第6394847号(P6394847)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6394847-表面処理鋼板 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6394847
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】表面処理鋼板
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/12 20060101AFI20180913BHJP
   C25D 5/26 20060101ALI20180913BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20180913BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20180913BHJP
   H01M 2/02 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
   C25D5/12
   C25D5/26 E
   C25D5/50
   C25D7/00 W
   H01M2/02 E
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-533285(P2018-533285)
(86)(22)【出願日】2018年3月1日
(86)【国際出願番号】JP2018007782
【審査請求日】2018年6月22日
(31)【優先権主張番号】特願2017-38958(P2017-38958)
(32)【優先日】2017年3月2日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 完
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】石塚 清和
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−076151(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/113502(WO,A1)
【文献】 PETER, Laszlo, et al.,"On the composition depth profile of electrodeposited Fe-Co-Ni alloys",Electrochimica Acta [online],2010年 4月 2日,Vol. 55, No. 16,pp. 4734-4741
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00−7/12
H01M 2/00−2/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板母材と、
前記鋼板母材の表面に設けられた、Ni、Co、Fe及び不純物からなるめっき層と、
を備える表面処理鋼板であって、
前記めっき層は、
前記めっき層の断面を、前記表面処理鋼板の表面から前記鋼板母材に向かってエネルギー分散型X線分析法で線分析することにより特定される、Coの質量濃度が最大となる位置と、Coの質量濃度が初めて8質量%となる位置との間の領域であるNi−Co合金めっき層と、
前記めっき層の前記断面を、前記表面処理鋼板の前記表面から前記鋼板母材に向かって前記エネルギー分散型X線分析法で前記線分析することにより特定される、Feの質量濃度が初めて8質量%になる位置と、Niの質量濃度と前記Feの質量濃度とが初めて同一となる位置との間の領域であるNi−Fe合金層と、
前記Ni−Co合金めっき層と前記Ni−Fe合金層との間に存在するNi層と、
を含み、
前記めっき層において、Coの総付着量が0.2〜2.3g/mであり、Niの総付着量が8.9g/m以上であり、
前記Ni層は、0.3〜3.0μmの厚さを有し、
前記Ni−Co合金めっき層の表面をX線光電分光法で分析することにより特定されるCoの原子濃度が20〜70at%であり、
前記めっき層の前記断面を前記エネルギー分散型X線分析法で前記線分析することにより特定されるIp、I1/5、及びΔxを下記式(1)に代入することで得られる、前記めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配yが50〜400質量%/μmである
ことを特徴とする表面処理鋼板。
y=(Ip−I1/5)/(Δx)・・・(1)
ここで、
Ip:前記線分析により特定される、Coのピーク質量濃度、
1/5:Ipの1/5の質量濃度、
Δx=X1/5−Xp、
Xp:前記線分析により特定される、Coの質量濃度がIpである位置の単位μmでの深さ、
1/5:前記線分析により特定される、Xpよりも前記鋼板母材の側でCoの質量濃度が最初にI1/5となる位置の単位μmでの深さ
であり、X1/5、Xpともに深さ測定の原点を前記めっき層の表面とする。
【請求項2】
前記めっき層において、Coの前記総付着量が0.4g/m以上であることを特徴とする請求項1に記載の表面処理鋼板。
【請求項3】
前記Ni層の前記厚さが2.0μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の表面処理鋼板。
【請求項4】
前記めっき層において、Coの前記総付着量が0.4〜1.8g/mであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項5】
前記めっき層において、Niの前記総付着量が9.5〜17g/mであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項6】
前記Ni−Co合金めっき層の前記表面におけるCoの前記原子濃度が30〜60at%であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【請求項7】
前記めっき層中のCoの前記深さ方向の前記濃度勾配yが110〜300であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理鋼板に関する。
本願は、2017年3月2日に、日本に出願された特願2017−038958号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
電池容器用表面処理鋼板として、従来、Niめっき鋼板が使用されている。Niめっき鋼板は、Niの優れた化学的安定性から、アルカリマンガン乾電池、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池の電池缶等、各種電池容器として用いられる。この電池容器用表面処理鋼板であるNiめっき鋼板を製造するためのNiめっきの方法として、二つの手順がある。すなわち、製缶後にバレルめっきする方法と、製缶前の鋼帯に連続的にめっきする方法がある。このうち、製造コストやめっきの均一性の点で、製缶前の鋼帯に連続的にめっきする方法が有利であるため、Niめっき鋼板を深絞りプレス加工して、正極物質、負極物質、電解液等を内填し、かつ自身が正極の端子を兼ねる容器である正極缶等に用いられるケースが増加している。
【0003】
Niめっき鋼板を、例えば一般的なアルカリ電池の正極缶として用いる場合、放電特性を高めるために、正極缶の内面に黒鉛を含む導電塗料を塗布することで正極合剤との接触を維持しているが、有機溶剤系の塗料を使用すれば環境汚染の問題があり、水系塗料を用いた場合、乾燥のためのエネルギー消費が問題になる。また、Niめっき鋼板を正極缶として用いた場合には、経時的にNiの酸化が生じ、接触抵抗が増加して放電特性が低下すると言われている。
【0004】
Niめっき層の上にさらにCoめっき層を被覆して、これをアルカリ電池の正極缶内面に使用する場合、上記のNiめっき鋼板の問題点は解決または改善されると言われている。特許文献1(特開2009−129664号公報)は、Niめっき層の酸化による放電特性の低下の問題に対して、内面のNiめっき層の上層に、0.05〜0.10μmのCoめっき層を形成した正極缶を提案している。
【0005】
特許文献2(特開2012−48958号公報)は、より優れた放電特性を維持できるアルカリ電池として、正極缶内面を、NiめっきとNi−Co合金めっきの複層皮膜により形成し、Ni−Co合金皮膜の厚さを0.15〜0.25μm、前記合金中のCo比率を40〜60%とすることを提案している。
【0006】
特許文献3(国際公開第2012/147843号)は、Niめっき層の上にCoめっきを施しただけのめっき鋼板では、強アルカリ性の電解液を用いる電池の容器として用いた場合には、時間の経過とともにCoが溶出して電池特性を保持しにくくなる点を指摘し、めっき層の最表層部をNi−Coの合金層とし、当該Ni−Co合金層の表面におけるAuger電子分光分析によるCo/Ni値を0.1〜1.5の範囲に制御することが適当であるとしている。
【0007】
特許文献4(特公平3−17916号公報)には、1〜6μmのNiめっき層を形成した後、0.01〜1.0μmのCoめっき層を形成し、その後580〜710℃で熱処理された冷延鋼帯が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】日本国特開2009−129664号公報
【特許文献2】日本国特開2012−48958号公報
【特許文献3】国際公開第2012/147843号パンフレット
【特許文献4】日本国特公平3−17916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
アルカリ電池缶用表面処理鋼板は、正極集電体として放電特性、耐漏液性の両立が要求される。缶内面側において、Ni−Coめっきを用いた場合は、Niめっきを用いた場合と比較して、保管による缶内面−正極物質間の電荷移動抵抗上昇を抑制し、電池の出力低下を抑制して放電特性を向上させる効果がある。経時的な電荷移動抵抗上昇を抑制するためには、めっきの表面Co原子濃度が20at%以上必要と考えられる。一方、Coはアルカリに溶解しやすいため、表面Co濃度が高すぎると、Coの溶解により負極物質のZnの溶解を促進し、その溶解に伴うガス発生が、電池の液漏れを引き起こす可能性がある。そのため、表面処理鋼板では、電荷移動抵抗上昇の抑制と、Coの溶解の抑制とを両立できる最適な表層Co濃度に調整する必要がある。
【0010】
さらに、電池缶加工時にめっきが割れて地鉄が露出すると、Feの溶解により耐漏液性が低下する。従って、電池缶に加工してもめっきが割れない加工性を表面処理鋼板において担保する必要がある。しかしながら、特許文献1〜4においては、鋼板の缶加工性の観点からは十分な検討がなされていない。
【0011】
本発明者が検討したところ、これら特許文献1〜4に開示されているめっき鋼板では、加工後の電池性能にバラツキが大きいことがわかった。原因を調査した結果、電池缶成型時のプレス加工方法次第で、これらめっき鋼板のめっきに割れが生じ、地鉄が露出して溶解し、電池性能に劣ることがわかった。
【0012】
そこで、本発明は、放電特性及び耐漏液性を維持しつつ、加工性に優れた表面処理鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のその要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る表面処理鋼板は、鋼板母材と、前記鋼板母材の表面に設けられた、Ni、Co、Fe及び不純物からなるめっき層と、を備える表面処理鋼板であって、前記めっき層は、前記めっき層の断面を、前記表面処理鋼板の表面から前記鋼板母材に向かってエネルギー分散型X線分析法で線分析することにより特定される、Coの質量濃度が最大となる位置と、Coの質量濃度が初めて8質量%となる位置との間の領域であるNi−Co合金めっき層と、前記めっき層の前記断面を、前記表面処理鋼板の前記表面から前記鋼板母材に向かって前記エネルギー分散型X線分析法で前記線分析することにより特定される、Feの質量濃度が初めて8質量%になる位置と、Niの質量濃度と前記Feの質量濃度とが初めて同一となる位置との間の領域であるNi−Fe合金層と、前記Ni−Co合金めっき層と前記Ni−Fe合金層との間に存在するNi層と、を含み、前記めっき層において、Coの総付着量が0.2〜2.3g/mであり、Niの総付着量が8.9g/m以上であり、前記Ni層は、0.3〜3.0μmの厚さを有し、前記Ni−Co合金めっき層の表面をX線光電分光法で分析することにより特定されるCoの原子濃度が20〜70at%であり、前記めっき層の前記断面を前記エネルギー分散型X線分析法で前記線分析することにより特定されるIp、I1/5、及びΔxを下記式(1)に代入することで得られる、前記めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配yが50〜400質量%/μmである。
y=(Ip−I1/5)/(Δx)・・・(1)
ここで、Ip:前記線分析により特定される、Coのピーク質量濃度、I1/5:Ipの1/5の質量濃度、Δx=X1/5−Xp、Xp:前記線分析により特定される、Coの質量濃度がIpである位置の単位μmでの深さ、X1/5:前記線分析により特定される、Xpよりも前記鋼板母材の側でCoの質量濃度が最初にI1/5となる位置の単位μmでの深さであり、X1/5、Xpともに深さ測定の原点を前記めっき層の表面とする。
(2)上記(1)に記載の表面処理鋼板では、前記めっき層において、Coの前記総付着量が0.4g/m以上であってもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載の表面処理鋼板では、前記Ni層の前記厚さが2.0μm以下であってもよい。
(4)上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の表面処理鋼板では、前記めっき層において、Coの前記総付着量が0.4〜1.8g/mであってもよい。
(5)上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の表面処理鋼板では、前記めっき層において、Niの前記総付着量が9.5〜17g/mであってもよい。
(6)上記(1)〜(5)のいずれか一項に記載の表面処理鋼板では、前記Ni−Co合金めっき層の前記表面におけるCoの前記原子濃度が30〜60at%であってもよい。
(7)上記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の表面処理鋼板では、前記めっき層中のCoの前記深さ方向の前記濃度勾配yが110〜300であってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の表面処理鋼板は、高い放電特性及び耐漏液性を有し、且つ加工性にも優れる。例えば本発明の表面処理鋼板が電池缶に適用された場合、電池性能を確保しつつ、電池缶への加工条件が厳しい場合もめっき層が割れにくいため、電池の品質安定化、及び歩留まり向上によるコスト削減に貢献することができる。従って本発明は産業の発達に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施形態に係る表面処理鋼板の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、放電特性及び耐漏液性を維持しつつ、加工性に優れた表面処理鋼板について検討を重ねた。その結果、本発明者らはめっき構成、特にCoの深さ方向の濃度勾配を最適化することで、表面処理鋼板の電池性能を担保しつつ加工性を向上させられることを見出した。具体的には、めっきの中間層に柔らかいNi層を残すことで、加工条件が厳しくとも割れにくいめっきが得られることがわかった。さらに、めっきのNi−Co合金めっき層の表面のCoの原子濃度を20〜70at%とし、めっき深さ方向に特定のCo濃度勾配を形成し、かつNi−Co合金めっき層の下層にNi層を付与することで、放電特性及び耐漏液性を維持しつつ、加工性に優れた表面処理鋼板が得られることを見出した。
【0017】
以上の知見に基づく、本実施形態に係る表面処理鋼板の断面模式図を図1に示す。本実施形態に係る表面処理鋼板10は、鋼板母材1と、この鋼板母材1の上に形成されたNi、Co、Fe及び不純物を含むめっき層2とを有する。めっき層2の不純物とは、めっき層2に混入される物質であって、本実施形態に係る表面処理鋼板10に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。不純物としてめっき層2に含まれうる元素として、例えばH、O、C、B、S、及びCl等がある。
【0018】
めっき層2は、鋼板母材1の表面側から順にNi−Fe合金層3、Ni層4、及びNi−Co合金めっき層5を備える。本実施形態に係る表面処理鋼板10において、Ni−Co合金めっき層5とは、めっき層2の断面を、表面処理鋼板10の表面から鋼板母材1に向かってエネルギー分散型X線分析法(EDX)で線分析することにより特定される、Coの質量濃度が最大となる位置と、Coの質量濃度が初めて8質量%となる位置との間の領域と定義される。Ni−Fe合金層3とは、めっき層2の断面を、表面処理鋼板10の表面から鋼板母材1に向かってエネルギー分散型X線分析法で線分析することにより特定される、Feの質量濃度が初めて8質量%になる位置と、Niの質量濃度とFeの質量濃度とが初めて同一となる位置との間の領域と定義される。Ni層4とは、Ni−Co合金めっき層5とNi−Fe合金層3との間に存在する層と定義される。EDXによる断面分析の詳細は後述される。なお、本実施形態に係る表面処理鋼板10においては、Ni−Co合金めっき層5の表面に自然酸化皮膜などが形成されている場合がある。
【0019】
本実施形態に係る表面処理鋼板10の鋼板母材1は、必ずしも限定されるものではないが、通常用いられているアルミキルド(Al−killed)鋼や、極低炭素鋼(例えば極低炭素Ti添加鋼、極低炭素Nb添加鋼、極低炭素Ti−Nb添加鋼等)の鋼板をこれの材料として用いることができる。さらには、強化成分元素としてSi、Mn、Pの元素を適量添加した鋼板、また粒界強化元素としてBを添加した鋼板を、鋼板母材1の材料として用いることができる。最終製品の板厚の関係から、通常は冷延鋼板が鋼板母材1の材料として用いられるが、これに限定されない。
【0020】
以下、本実施形態に係る表面処理鋼板10の限定理由について説明する。
【0021】
上述のようにめっき層2は、鋼板母材1の側から順に、Ni−Fe合金層3、Ni層4、及びNi−Co合金めっき層5を有する。めっき層2において、Coの総付着量を0.2g/m以上とする。Coの総付着量が0.2g/m未満では後述のNi−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度が確保できず放電特性が低下するためである。一方で、めっき層2においてCoの総付着量を2.3g/m以下とする。Coの総付着量が2.3g/mを超えると、Coの溶解による耐漏液性の低下と、加工性の悪化とが生じやすいためである。めっき層2におけるCoの総付着量を0.4g/m以上、0.6g/m以上、又は0.8g/m以上としてもよい。めっき層2におけるCoの総付着量を2.0g/m以下、1.8g/m以下、又は1.6g/m以下としてもよい。
【0022】
めっき層2において、Niの総付着量は8.9g/m以上とする。Niの総付着量が8.9g/mを下回ると、CoとNiとを相互拡散させて合金化する過程で、鋼板母材1中のFeが表層まで拡散し、結果として、耐漏液性が低下するとともに、柔らかいNi層4が消失するため加工性が低下する場合があるからである。一方で、表面処理鋼板10の放電特性、耐漏液性、及び加工性の観点からは、Niの総付着量の上限を限定する必要はないと考えられるが、Niの総付着量が多すぎるとめっきコストが嵩む。従って、Niの総付着量は17.8g/m以下とすることが望ましい。めっき層2におけるNiの総付着量を9.5g/m以上、11.0g/m以上、又は12.5g/m以上としてもよい。めっき層2におけるNiの総付着量を17.0g/m以下、15.0g/m以下、又は14.0g/m以下としてもよい。
【0023】
めっき層2におけるNiの総付着量、及びCoの総付着量は、めっき層2に対して蛍光X線分析法を適用することにより測定することができる。例えば、Rigaku製ZSXPrimus IIを蛍光X線分析の手段として使用可能である。予めNi及びCoの付着量が既知の標準サンプルを準備して、これを用いて検量線を作製すれば、この検量線に基づき測定対象のNi及びCoの付着量を定量することが可能である。
【0024】
Ni−Co合金めっき層5の表面をX線光電分光法(XPS)で分析して得られるCoの原子濃度(以下、「表面Co濃度」と略す)は、20〜70%とされる。表面Co濃度が20at%を下回ると放電特性が低下する。一方、表面Co濃度が70at%を上回ると耐漏液性が低下する。そのため、放電特性及び耐漏液性の両方が優れた表面処理鋼板10を得るためには、表面Co濃度を、原子%で、20〜70at%の範囲とする。表面Co濃度を、25at%以上、30at%以上、又は35at%以上としてもよい。表面Co濃度を、65at%以下、60at%以下、又は55at%以下としてもよい。
【0025】
なお、本実施形態に係る表面処理鋼板10において、表面Co濃度は、XPSで測定する。XPSによる測定では、アルバックファイ製PHI5600を用い、X線源にMgKα線を使用する。また、Ni−Co合金めっき層5の表面に汚れ及び塗料などが付着している場合、又は酸化皮膜等が形成されている場合は、これらの影響を除くために、Arイオンで表面処理鋼板10のめっき層2の表面をスパッタした後でCoの原子濃度を測定する必要がある。スパッタは、汚れ及び酸化皮膜などの影響が無くなるまで実施すればよく、例えばSiO換算で4nmの深さまでスパッタを実施すればよい。また、Coの原子濃度は、Ni、Co、及びFeの原子濃度の合計を100at%とみなして算出するものとする。即ち、Ni−Co合金めっき層5の表面におけるCo、Fe、及びNiの合計モル量に対するCoのモル量の割合が、Ni−Co合金めっき層5の表面におけるCoの原子濃度とみなされる。Ni−Co合金めっき層5の表面におけるFeの原子濃度、及びNiの原子濃度も同様に測定される。
【0026】
なお、Ni−Co合金めっき層5の表面のNi及びFeの原子濃度は特に限定されない。表面処理鋼板10の耐漏液性を一層確保するために、Ni−Co合金めっき層5の表面のFeの原子濃度を4at%以下、3at%以下、又は2at%以下としてもよい。
【0027】
本実施形態に係る表面処理鋼板10においては、めっき層2の加工性を確保する観点から、めっき層2中のCoの深さ方向の濃度勾配yを制御する。
めっき層2中のCoの深さ方向の濃度勾配y[質量%/μm]は、めっき層の断面をEDXで線分析することにより特定されるIp、I1/5、及びΔxを下記式に代入することによって得られる。
y=(Ip−I1/5)/(Δx)
上記式において
Ip:線分析により特定される、単位質量%でのCoのピーク質量濃度、
1/5:Ipの1/5の質量濃度、
Δx=X1/5−Xp、
Xp:線分析により特定される、Coの質量濃度がIpである位置の単位μmでの深さ、
1/5:線分析により特定される、Xpよりも鋼板母材1側でCoの質量濃度が最初にI1/5となる位置の単位μmでの深さ、
であり、X1/5、Xpともに深さ測定の原点をめっき層2の表面とする。上述の定義から明らかなように、濃度勾配yはCoの質量濃度勾配である。
この濃度勾配yを、50≦y≦400の範囲とする。濃度勾配yが50未満の場合、NiとCoとの合金化が進行しすぎているため、表面処理鋼板10が加工性に劣る傾向がある。また、濃度勾配yが400を上回ると、NiとCoとの合金化が不十分で、めっき層2の表層が硬くなり、加工性が劣化し、加工時にめっき層2が剥離しやすくなる。濃度勾配yを70以上、90以上、又は110以上としてもよい。濃度勾配yを350以下、320以下、又は300以下としてもよい。
【0028】
めっき層2中のCoの深さ方向の濃度勾配yは、めっき層2の断面を、エネルギー分散型X線分析法(EDX、例えばSEM−EDX)で測定することにより得られる。具体的な測定手順は以下の通りである。まず、表面処理鋼板10を樹脂埋め込みする。次に、表面処理鋼板10の表面に垂直な断面を形成し、これを検査面とし、鏡面研磨する。その後、めっき層2の断面を10000倍の倍率で観察し、樹脂側(即ち表面処理鋼板10の表面側)から鋼板母材1側にかけてEDX線分析を実施する。このとき、加速電圧を15kV、照射電流を10nA、測定ピッチを0.025μm、対物レンズの絞り径を30μmφとする。Ni、Co、及びFeの質量濃度の合計が100%になるとみなして、各元素の質量濃度を算出する。即ち、測定点におけるNi、Co及びFeの合計質量に対するCoの質量の割合が、測定点におけるCoの質量濃度とみなされる。Ni及びFeの質量濃度についても同様である。表面処理鋼板10の表面側から同測定を行い、最もCoの質量濃度が高い位置のCoの質量濃度をIpとし、この位置の深さをXpとする。この最もCoの質量濃度が高い位置(Coのピーク質量濃度位置)から、鋼板母材1の側へEDX線分析して、Coの質量濃度が初めてIpの1/5(I1/5)に一致した位置の深さを、X1/5とする。なお、これらの位置の深さ測定の原点は、めっき層2の表面とする。本測定におけるめっき層2の表面とは、樹脂埋め込みした試料を断面から観察した時の、樹脂と試料の界面と定義する。
【0029】
Ni−Co合金めっき層5、並びにその下部にあるNi層4及びNi−Fe合金層3の厚さは、上記と同じく、表面処理鋼板10の表面に垂直な断面において、SEM−EDXで測定する。Ni−Co合金めっき層5とは、厚さ測定にあたっては、めっき層2の表面から、[樹脂側から鋼板母材1の側にEDX線分析した際、めっき層Coの質量濃度がIpとなる位置を通過後、めっき層のCoの質量濃度が初めて8質量%となる位置]までを言う。めっき層Coの質量濃度がIpとなる位置と、めっき層2の表面とは実質的に一致するが、めっき層2の表面に酸化皮膜等が形成されている場合はこの限りではない。Ni−Fe合金層3とは、厚さ測定にあたっては、[樹脂側から鋼板母材1の側にEDX線分析した際、めっき層のFeの質量濃度が初めて8質量%となる位置]から[樹脂側から鋼板母材1の側にEDX線分析した際、Niの質量濃度とFeの質量濃度とが初めて同濃度となる位置]までを言う。Ni−Co合金めっき層とNi−Fe合金層との間にある層をNi層とする。これらの位置の深さを求めることで、各層の厚さを求めることができる。
【0030】
Coの総付着量、及びCoの濃度勾配yなどを上述の範囲内に制御すれば、Ni−Co合金めっき層5の厚さは特に限定されない。本実施形態に係る表面処理鋼板10を、上述した諸要件を達成可能な製造条件で製造した場合、Ni−Co合金めっき層5の厚さは概ね0.1〜1.5μmの範囲内になる。Ni−Co合金めっき層5の厚さを0.2μm以上、又は0.5μm以上としてもよい。Ni−Co合金めっき層5の厚さを1.2μm以下、又は1.0μm以下、又は0.8μm以下としてもよい。
【0031】
柔らかいNi層4があることで、表面処理鋼板10の加工時の鋼板母材1への追従性をめっき層2に付与し、めっき層2を割れにくくすることができる。発明者等が鋭意検討した結果、加工性に最適なNi層4の厚さは0.3〜3.0μmの範囲であることが分かった。Ni層2の厚さが0.3μm未満であると、前述の効果が十分に得られない。Ni層2の厚さは、より好ましくは0.5μm以上、0.8μm以上、又は1.0μm以上である。一方、表面処理鋼板10の放電特性、耐漏液性、及び加工性の観点からは、Ni層2の厚さの上限を限定する必要はないと考えられるが、Ni層2の厚さが3.0μmを超えると、厚みの増加に伴いコストがかさむ。Ni層4の厚さは、より好ましくは2.0μm以下、さらに好ましくは1.5μm以下である。
【0032】
Ni−Fe合金層3は、NiめっきおよびCoめっきの後の熱処理により形成される。Ni−Fe合金層3は、めっき層2の密着性を向上させる効果がある。Ni−Fe合金層3の厚さは特に限定されない。本実施形態に係る表面処理鋼板10を、上述した諸要件を達成可能な製造条件で製造した場合、Ni−Fe合金層3の厚さは概ね0.3〜1.5μmの範囲になる。
【0033】
次に、本実施形態に係る表面処理鋼板10の製造方法について述べる。製造方法は、1.Niめっき、2.Coめっき、及び3.合金化処理を含む。本実施形態に係る表面処理鋼板10のめっき層2を得るためには、Niめっき厚み、Niめっき条件、Coめっき厚み、Coめっき条件、及び合金化処理条件の全てを適正な範囲内にする必要がある。ここで言うNiめっきとは、合金化処理前のNiめっきであり、合金化処理後の本実施形態に係る表面処理鋼板10のNi層4とは区別される。
【0034】
Niめっき厚みは、表面処理鋼板10のめっき層2における中間層、即ちNi層4の厚みに影響すると考えられる。Niめっき条件は、Ni−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度、Coの濃度勾配y、Ni層4の厚さ、及びNi−Fe合金層3の厚みに影響すると考えられる。Coめっき厚みは、Ni−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度、及びCoの濃度勾配yに影響すると考えられる。Coめっき条件は、Ni−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度、Coの濃度勾配y、及びNi層4の厚みに影響すると考えられる。合金化処理条件は、Ni−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度、Coの濃度勾配y、Ni層4の厚み、及びNi−Fe合金層3の厚みに影響すると考えられる。
【0035】
Niめっき条件、及びCoめっき条件がめっき構造に影響するメカニズムは、めっき条件が合金化処理前のめっき歪の量に影響し、めっき歪の量がNi−Co拡散速度及びNi−Fe拡散速度に影響するためであると推定される。めっき歪の量に最も大きな影響を与えるめっき条件は、めっき浴の種類であると考えられる。
【0036】
Ni−Co合金めっき層5の表面のCoの原子濃度、及びCoの濃度勾配yを上述の範囲内とするためには、通常よりも大きいめっき歪を導入する条件をめっき浴に適用することが良い。めっき歪の量が通常の範囲内である場合、めっき構成元素の合金化処理時の拡散速度が小さくなり、本実施形態に係る表面処理鋼板10のめっき層2を得ることが困難となる。
【0037】
めっき歪の小さい通常のめっき浴としては、ワット浴(硫酸イオン、塩化物イオン複合浴)及びスルファミン酸浴等が良く知られている。一般的に、めっき歪の量が小さいほうが、めっきの均一性及び被覆性が優れ、めっき鋼板の加工時のめっき損傷も小さい。従って、一般的なめっき鋼板の製造方法においては、めっき歪の量を最小化することが指向される。しかしながら、本実施形態に係る表面処理鋼板10の製造方法においては、上述の理由により、合金化処理前のめっき歪の量を増大させることが必要とされるのである。
【0038】
Ni及びCoは、めっきとして析出する際には、これらの金属イオンとめっき浴中の成分とが相互作用して生じる何らかの反応中間体を経由して析出すると考えられる。この反応中間体の構造が、金属析出の際の交換電流密度、及び水素電極反応の交換電流密度等に影響し、結果としてめっき歪の量にも影響するものと考えられる。ワット浴を例にとるならば、硫酸イオン及び塩化物イオンが共存することによって、NiCl吸着原子が反応中間体として存在することでめっき歪が小さくなるものと考えられる。一方、メカニズムは明らかではないものの、本実施形態に係る表面処理鋼板10に適しためっき歪の量が得られるめっき浴としては、例えば、硫酸浴、全塩化物浴、また、これらに歪を増大させるような有機、無機の添加剤を含有した浴などを用いることができる。
【0039】
Niめっき、Coめっきの双方に通常よりも大きいめっき歪を導入した場合には、合金化処理条件等に応じて、Ni−Fe合金層3が厚くなりすぎてNi層4が消失する場合があると考えられる。また、Niめっき浴に有機の添加剤、又は無機の添加剤を含有させた場合には、これらがめっき層に共析し、表面処理鋼板10の耐食性を低下させる場合もあると考えられる。このことから、Niめっきには通常の歪量の小さなめっき条件を適用し、Coめっきのみに対して通常よりも歪量の大きなめっき条件を適用することが好ましい。
【0040】
以下に、最も好ましい製造条件を示す。まず、Niめっき浴を用いて、電気めっきによって、鋼板母材1の表面にNiめっき層を形成する。Niめっき浴としては、Niめっきで通常用いられているめっき浴、例えばワット浴、スルファミン酸浴、及びほうフッ化物浴等を用いることができる。例えば、Niめっき層は、ワット浴として、NiSO・6HO:250〜380g/L、NiCl・6HO:40〜80g/L、HBO:20〜55g/Lの浴組成のものを用い、pH:3.5〜4.5、浴温度45〜65℃にて、電流密度1〜40A/dmの条件で形成することができる。
【0041】
次いで、Niめっき層を形成した鋼板母材1にCoめっきを施すことで、Niめっき層の上にCoめっき層を形成する。Coめっきにおいては、一般的なCoめっき浴ではなく、めっき歪の量が大きくなるCoめっき浴を用いる。Coめっき浴は例えば硫酸Co浴、及び全塩化物Co浴などである。更にここに有機の添加剤、及び/又は無機の添加剤を含有した浴を用いてもよい。
【0042】
硫酸Co浴とは、硫酸Coを主成分として、必要に応じてほう酸、硫酸、またはこれらの塩を含有し、不純物とみなされる量以上の塩化物イオンを含有しない浴である。ここで、不純物とみなされる塩化物イオンの量とは、例えば500ppm以下である。
【0043】
全塩化物Co浴とは、実質的に塩化Co単独からなる浴、又は塩化Co及び他の塩化物(例えば塩化Na、塩化K、及び塩化アンモニウム等)を複合的に含有し、必要に応じてほう酸、及び塩酸等をさらに含有する浴であって、不純物とみなされる量以上の硫酸イオンを含有しない浴である。ここで、不純物とみなされる硫酸イオンの量とは、例えば500ppm以下である。
【0044】
有機の添加剤、及び無機の添加剤としては、例えばぎ酸、酢酸、プロピオン酸、及びしゅう酸、並びにそれらの塩、又はホルムアルデヒド、メタノール、エタノール、アセトアルデヒド、プロパノール、プロピオンアルデヒド、エチレングリコール、グリコールアルデヒド、及び過酸化水素などを用いることができる。
【0045】
さらに好ましい一例として、例えば、CoSO・7HO:240〜330g/L、HBO:20〜55g/L、HCOOH:15〜30g/L、HSO:0.5〜3g/Lの浴組成のCoめっき浴を用いて、pH2〜3、浴温度50〜60℃、電流密度1〜40A/dmの条件でCoめっき層を形成することができる。
【0046】
次いで、Niめっき層およびCoめっき層を形成した鋼板母材1に合金化処理を施すことで、Niめっき層およびCoめっき層を熱拡散させて、Ni−Co合金めっき層5を形成する処理を行う。この処理では、Niめっき層と鋼板母材1との間でも元素が拡散し、Ni−Fe合金層3が形成される。このとき、合金化処理としては連続焼鈍法を用い、処理雰囲気は窒素−2〜4%水素雰囲気とし、めっきされた鋼板母材1の最高到達温度は715℃〜900℃とし、その温度での保持時間を10〜40秒間とすることが望ましい。Ni−Co合金めっき層をNi−Co合金電気めっきによって形成した場合には、本実施形態に係る表面処理鋼板10のめっき層2の構造を得ることはできない。
【0047】
以上のようにして、鋼板母材1上に上記した所定のめっき層を形成し、これを合金化することで、本実施形態に係る表面処理鋼板10を得ることができる。
【実施例】
【0048】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例である。本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0049】
冷間圧延された鋼板母材A[Al−killed鋼(板厚:0.25mm)](未焼鈍)および鋼板母材B[極低炭素Ti−Nb添加鋼(板厚:0.25mm)](未焼鈍)を通常の方法で脱脂、及び酸洗した。その後、実施例1〜7、及び比較例1〜7については、1.に示す処理条件によるNi電気めっき、及び2.に示す処理条件によるCo電気めっきの順番に、鋼板母材にめっきを行った。そして、3.に示す条件でめっきされた鋼板母材に熱処理して、めっきを合金化した。特に断りがない限り、熱処理(合金化処理)としては連続焼鈍法を用いた。鋼板母材A、及び鋼板母材Bの化学組成(質量%、残部は鉄及び不純物)を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
1.Niめっき
(i)浴条件
・NiSO・6HO:340g/L
・NiCl・6HO:70g/L
・HBO:45g/L
(ii)その他めっき条件
・浴温度:60℃
・陰極電流密度:20A/dm
・pH:4.0
2.Coめっき
(i)浴条件
・CoSO・7HO:300g/L
・HBO:45g/L
・HCOOH:23g/L
・HSO:1.3g/L
(ii)その他めっき条件
・浴温度:55℃
・陰極電流密度:20A/dm
・pH:2.6
3.合金化処理条件
・雰囲気:N−2%H雰囲気中(酸素濃度:50ppm以下)
・昇温速度:10℃/秒
・到達温度:600〜860℃
・保持時間:5〜3600秒間
・冷却:100℃までNガス冷却
【0052】
実施例8については、Coめっき条件として下記を採用した以外は、実施例1〜7と同様の製造条件とした。
(i)浴条件
・CoCl・6HO:150g/L
・NHCl:250g/L
(ii)その他めっき条件
・浴温度:50℃
・陰極電流密度:20A/dm
・pH:3.2
【0053】
実施例9については、Coめっき条件として下記を採用した以外は、実施例1〜8と同様の製造条件とした。
(i)浴条件
・CoCl・6HO:70g/L
・HCl:0.2g/L
(ii)その他めっき条件
・浴温度:70℃
・陰極電流密度:5A/dm
・pH:2.9
【0054】
比較例8については、以下の製造条件とした。
1.Niめっき
(i)浴条件
・NiSO・6HO:250g/L
・NiCl・6HO:45g/L
・HBO:30g/L
・pH:4.0
(ii)その他めっき条件
・浴温度:60℃
・陰極電流密度:10A/dm
2.Coめっき
(i)浴条件
・CoSO・7HO:250g/L
・HBO:30g/L
・CoCl・6HO:90g/L
(ii)その他めっき条件
・pH:4.3
・浴温度:60℃
・陰極電流密度:10A/dm
3.合金化処理条件
・バッチ型の焼鈍炉を使用
・雰囲気:75%H−N雰囲気中
・到達温度:700℃
・保持時間:3600秒
【0055】
比較例9については、以下の製造条件とした。
1.Niめっき
(i)浴条件
・NiSO・6HO:225g/L
・NiCl・6HO:23g/L
・HBO:41g/L
(ii)その他めっき条件
・pH:3.6
・浴温度:60℃
・陰極電流密度:20A/dm
2.Coめっき
(i)浴条件
・CoSO・7HO:300g/L
・HBO:41g/L
・CoCl・6HO:50g/L
・NaCl:23g/L
(ii)その他めっき条件
・pH:3.3
・浴温度:60℃
・陰極電流密度:20A/dm
3.合金化処理条件
・バッチ型の焼鈍炉を使用
・雰囲気:75%H−N雰囲気
・到達温度:700℃
・保持時間:3600秒
【0056】
比較例10については、バッチ焼鈍ではなく、到達温度720℃、保持時間10秒、及び雰囲気N−2%H(酸素濃度:50ppm以下)の連続焼鈍を行ったことを除き、比較例8と同じ条件で製造を行った。
【0057】
(1)めっき層におけるNiの総付着量及びCoの総付着量の分析
めっき層におけるNiの総付着量及びCoの総付着量は、作製した表面処理鋼板の中心部から40mmφの試料を打ち抜き、この試料のめっき層に対して蛍光X線分析法(Rigaku製ZSXPrimus II)を用いてNi、及びCoの総付着量を評価することにより測定した。
【0058】
(2)Ni−Co合金めっき層の表面のCoの原子濃度の分析
Ni−Co合金めっき層の表面のCoの原子濃度は、作製した表面処理鋼板の中心部から10mm×10mmの試料を打ち抜き、これをXPS(アルバックファイ製PHI5600)で解析することにより測定した。X線源はMgKαを使用し、加速電圧15kV、電流値27mAとした。Arイオンを用いて、試料の表面をSiO換算で4nmスパッタした後、その表面の組成を分析した。組成分析にあたり、Ni、Co、及びFeの原子濃度の合計が100at%であるとみなした。
【0059】
(3)めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配y、及びNi層の厚さの分析
めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配yは、作製した表面処理鋼板の中心部から10mm×20mmの試料を打ち抜き、その断面をSEM−EDX線分析で解析することにより実施した。試料の短辺は鋼板母材の圧延方向に垂直な方向と一致させ、試料の長辺は鋼板母材の圧延方向と一致させた。試料は、樹脂埋め込み後、その表面に垂直に切断し、切断面を鏡面研磨してから、解析した。SEM−EDXはJEOL製JSM−7000Fを使用し、加速電圧15kV、照射電流10nA、対物レンズの絞り径30μmφ、倍率10000倍として、めっき層の断面を樹脂側から鋼板母材側に向けて線分析した。測定元素はNi、Co、及びFeとし、これらの組成は、Ni、Co、及びFeの質量濃度の合計が100質量%になるとみなして算出した。線分析結果に基づき、前記の方法で、Ip、I1/5、Xp、及びX1/5を算出し、yを求めた。
また、上述の方法で調製した試料に対して、断面SEM−EDXによって、Ni層の厚さ、Ni−Fe合金層(Ni−Fe層)の厚さ、及びNi−Co合金めっき層(Ni−Co層)の厚さを測定した。厚さの測定は、上述の手順で実施した。なお、Feの濃度8%以下のところをNi層とした。以上の評価は、10000倍の視野中の5か所の平均で算出した。
【0060】
(4)表面の電荷移動抵抗測定
60℃、35%KOH水溶液中で、各試料を正極の二酸化マンガンの電位(0.3V vs. Hg/HgO)に20日間定電位保持した。その後、電気化学インピーダンス法で、各試料に関して周波数0.1Hz時のインピーダンス値を評価した。この時、インピーダンスの値が50Ω未満である試料を良好(G)、50Ω以上である試料を不良(B)と評価した。
【0061】
(5)耐漏液性評価
試料を円筒缶の形状にプレス加工後、缶側面部を切り出した。60℃、35%KOH水溶液中で、缶側面部から切り出された試料を正極の二酸化マンガンの電位(0.3V vs Hg/HgO)に20日間定電位保持した。その後、水溶液中のNi、Co、及びFeの量をICPで評価した。このとき、Ni、Co、及びFeの溶出量の合計が30mg/L未満の試料を良好(G)、30mg/L以上の試料を不良(B)と評価した。
【0062】
(6)加工性評価
試料を円筒缶の形状にプレス成型後、試料を切り出して、試料の缶内面側にあたる箇所を倍率200倍で表面EPMAマッピングし、地鉄の露出がないか評価した。プレス成型では、試料をブランク径52mmφに打ち抜き、Ni−Co合金めっき層が容器内側になるように数回の絞り加工を実施し、さらに再絞り成型によって外径15mm、高さ40mmの円筒形の容器に成型加工した。表面EPMAマッピングでは、JEOL製JXA−8230を使用して測定した。マッピングデータから、Feの質量濃度が95〜100%の部分の面積が1%未満の試料を良好(G)、1%以上の試料を不良(B)と評価した。
【0063】
結果を表2及び表3に示す。
Ni及びCoの総付着量、Ni−Co合金めっき層の表面のCoの原子濃度(表面Co濃度)、Co濃度勾配、及びNi層厚さを本発明に従って製造した実施例1〜9は、電池性能、加工性共に良好な結果であった。
一方で、Niの総付着量が少ない比較例1は、Ni層厚さが薄く、めっき層表層までFeが拡散していた。そのため比較例1は加工性に劣った。
比較例2及び3は、Coの総付着量が範囲外のため、表面Co濃度が発明範囲外となり、かつCo濃度勾配も発明範囲外となった。このため、比較例2及び3は、電池性能、加工性共に劣った。
比較例4は焼鈍温度が高すぎるためにCo及びFeの拡散が過剰に進み、Ni層が形成されず、加工性に劣った。逆に比較例5は焼鈍温度が低すぎるため表面Co濃度が高く、耐漏液性に劣った。
比較例6及び7は、焼鈍時間が上述の好ましい範囲外のため、Co濃度勾配が発明範囲外となり、加工性に劣った。
比較例8及び9は、BAF焼鈍のためCo及びFeの拡散が過剰に進行し、Ni層が欠乏し、めっき層の表層にFeが拡散した。そのため、めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配yが低く、Ni層も形成しないため、比較例8及び9は加工性に劣った。なお、表2のNi−Co合金めっき層の厚さの欄、及びNi−Fe合金層の厚さの欄における“―”は、Ni−Fe−Coの3元系の合金層が、少なくとも一部に混在した状態であったので、Ni−Co合金めっき層とNi−Fe合金層とを区別できず、これらの厚さが測定できなかったことを示す。
比較例10は、表面Co濃度、及びCo濃度勾配の両方が発明範囲外となり、耐漏液性、加工性共に劣った。これは、めっき浴の組成が不適切であったので、合金化処理前のめっき層の歪の量が小さかったことによると推定される。
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0066】
以上のように、本発明の表面処理鋼板は、高い放電特性及び耐漏液性を有し、且つ加工性にも優れる。例えば本発明の表面処理鋼板をアルカリ電池の正極缶として使用する際、加工しても割れにくいため、安定して電池特性と耐漏液性を発揮することで電池の品質改善に貢献することができる。従って本発明の工業的意義は極めて大きい。
【符号の説明】
【0067】
1…鋼板母材
2…めっき層
3…Ni−Fe合金層
4…Ni層
5…Ni−Co合金めっき層
10…表面処理鋼板
【要約】
本発明の一態様に係る表面処理鋼板は、鋼板母材と、めっき層とを備え、めっき層は、Ni−Co合金めっき層と、Ni−Fe合金層と、Ni層とを含み、めっき層において、Coの総付着量が0.2〜2.3g/mであり、Niの総付着量が8.9g/m以上であり、Ni層は、0.3〜3.0μmの厚さを有し、Ni−Co合金めっき層の表面でのCoの原子濃度が20〜70at%であり、めっき層中のCoの深さ方向の濃度勾配yが50〜400質量%/μmである。
図1