(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、樹脂材料の原料となりうる比較的容易に合成可能な液晶性を備えたセルロース誘導体の提供を目的の一つとしている。
【0027】
特に、本発明にて提供する液晶性を備えたセルロース誘導体は、具体的には、一般式[I]:
【化3】
で現される分子構造を含むことを特徴としている。
【0028】
換言すれば、この液晶性を備えたセルロース誘導体は、R1が水素原子又は、
【化4】
で示される分子構造を有するヒドロキシプロピルセルロースの側鎖のヒドロキシル基に、イソシアナートのイソシアナート基を反応させて、ウレタン結合を介して置換基が導入されたものであるとも言える。
【0029】
従来、樹脂材料の原料として用いられているセルロースエステルは、置換基がエステル結合を介して側鎖の部分に導入されたものであるが、このようなセルロースエステルは、その原料となるセルロースよりも水素結合性が低下してしまうこととなり、融点や強度が低下するという問題がある。
【0030】
例えば、セルロースエステルを主成分とする樹脂材料にて成形された樹脂成型品は、比較的低い温度で軟化してしまうため、一般的なプラスチック成型品の代替樹脂として利用するには、耐熱性の観点において困難である。
【0031】
一方、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体は、ウレタン結合を介して側鎖部分に置換基を導入することで、融点や強度の向上を図るようにしている。
【0032】
具体的には、ウレタン結合は、アミドと同様にCOとNHを備えており、この部分が水素結合する能力を有しているため、融点や強度を向上させることが可能となっている。
【0033】
また、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体の製造方法では、ヒドロキシプロピルセルロースを有機溶媒中に溶解させてヒドロキシプロピルセルロース溶液を調製する溶液調製工程と、前記ヒドロキシプロピルセルロース溶液に、イソシアン酸フェニル化合物、2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナートから選ばれる少なくともいずれか1つを混合し、この混合溶液中にて前記イソシアン酸フェニル化合物、2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナートと前記ヒドロキシプロピルセルロースとを反応させる反応工程と、前記反応工程を経た混合溶液に、水及び塩水を添加して、ヒドロキシプロピルセルロース誘導体を沈殿させる沈殿工程と、前記沈殿工程にて沈殿させたヒドロキシプロピルセルロース誘導体を回収して乾燥させる乾燥工程と、を有することとしている。
【0034】
ここで、使用するヒドロキシプロピルセルロースは特に限定されるものではないが、例えば、20℃における20g/L水溶液の粘度が1000〜4000cpsとなるものを使用することができる。
【0035】
溶液調製工程においては、このようなヒドロキシプロピルセルロースを、所定量の有機溶媒中に溶解させてヒドロキシプロピルセルロース溶液を調製する。
【0036】
この有機溶媒は、誘電率が15〜25程度であって、ヒドロキシプロピルセルロースを溶解可能な有機溶媒であれば良い。このような有機溶媒としては、例えば、アセトンを好適に用いることができる。
【0037】
この有機溶媒は、ヒドロキシプロピルセルロースと、イソシアナート(例えば、イソシアン酸フェニル化合物)や、2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナート(以下、MOIともいう。)との反応に直接関与するものではなく、反応の場として用いられるものであるため、その量については特に限定されるものではないが、反応効率の観点から使用するヒドロキシプロピルセルロース5g当たり150〜250mL程度であるのが好ましい。
【0038】
反応工程にてヒドロキシプロピルセルロース溶液に添加するイソシアナートとしてのイソシアン酸フェニル化合物は、例えば、以下に示すものが好適に用いられる。
【化5】
【0039】
ここで上記一般式におけるXは、NO
2、CH
3、H、又はClのいずれかであるのが好ましい。すなわち、イソシアン酸フェニル化合物としては、イソシアン酸4−ニトロフェニル、イソシアン酸p−トリル、イソシアン酸フェニル、イソシアン酸4−クロロフェニルを好適に用いることができる。また、上記一般式におけるXは、オルト位、メタ位、パラ位のいずれであっても良い。
【0040】
また、これらのイソシアン酸フェニル化合物は、それぞれ単独で用いても良く、また、これらの2つ以上化合物をそれぞれ組み合わせて使用しても良い。これらの化合物を2つ以上組み合わせて使用した場合には、各イソシアン酸フェニル化合物それぞれの特徴を有するセルロース誘導体を生成することができる。
【0041】
これらのイソシアン酸フェニル化合物は、4.9〜5.1重量部のヒドロキシプロピルセルロースに対して、溶解させたヒドロキシプロピルセルロース5g当たり0.016〜0.018molの割合で添加するのが好ましい。なお、これは添加割合を示すものであり、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース0.5gに対しては、イソシアン酸フェニル化合物は0.0016〜0.0018mol、ヒドロキシプロピルセルロース50gに対しては、イソシアン酸フェニル化合物は0.16〜0.18molとなる。
【0042】
このような添加量とすることにより、過不足を可及的防止しながら、反応を行わせることができる。
【0043】
また、反応工程においてヒドロキシプロピルセルロース溶液には、MOIを添加するようにしても良い。
【0044】
具体的には、以下に示すものを好適に用いることができる。
【化6】
【0045】
このように、反応工程は、ヒドロキシプロピルセルロース溶液と、上述のイソシアナートとの混合溶液を調製して反応させることにより行われる。
【0046】
沈殿工程では、上記反応工程を経た混合溶液と水及び塩水とを混合して、セルロース誘導体を液中に沈殿させる。
【0047】
ここで使用する水は例えばRO水とすることができ、前述の有機溶媒と略等量を添加する。また、塩水は前述の有機溶媒の略半分量を添加する。このような操作を行うことで、十分な沈殿を促すことができる。
【0048】
このようにして沈殿させたセルロース誘導体は、回収して乾燥を行う(乾燥工程)。
【0049】
回収の方法としては、セルロース誘導体を変性させるおそれの少ない回収方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、濾過法など公知の方法によって行うことができる。
【0050】
回収したセルロース誘導体は、必要に応じて洗浄操作等を行い、乾燥させる。乾燥の方法としては、例えば、デシケーター内にて室温静置乾燥するなど公知の乾燥方法により行うことができる。
【0051】
このように、前述の一般式[I]にて示される分子構造を含む液晶性を備えたセルロース誘導体や、上記液晶性を備えたセルロース誘導体の製造方法にて生成した液晶性を備えるセルロース誘導体は、比較的高い温度においても軟化し難い樹脂材料として用いることができる。なお、目安ではあるが、例えば150℃に耐えうるためには、ウレタン結合が形成されたR1が30%以上の割合で存在していれば良い。
【0052】
この樹脂材料は、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体のみで構成されていても良く、また、その他の樹脂や添加物が加えられていても良い。
【0053】
例えば、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体同士を架橋する架橋剤を含有させることにより、より強度の高い樹脂成型品を成形可能な樹脂材料とすることができる。
【0054】
また、樹脂材料に添加する添加物としては、例えばフィラーを挙げることができる。フィラーとしては、例えば、ガラス繊維や炭素素材、綿繊維等を用いることができる。
【0055】
樹脂材料にフィラーを添加することにより、より強度の高い樹脂成型品とすることができる。
【0056】
以下、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体、及びその製造方法、並びに同セルロース誘導体を用いた樹脂材料等について、試験結果を交えながら更に具体的に説明する。
【0057】
〔1.本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体の合成〕
(1.フェニル基を置換基に持つセルロース誘導体の合成)
フェニル基を置換基に持つセルロース誘導体(以下、HPC-Hという。)の合成を行った。
【0058】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、1000〜4000cpsのヒドロキシプロピルセルロース(HPC)5.02gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりヒドロキシプロピルセルロース溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0059】
次に、調製したヒドロキシプロピルセルロース溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた2.04gのイソシアン酸フェニルを加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0060】
次に、反応工程を経た混合溶液に、200mLのRO水と100mLの塩水とを添加し、薬さじにて十分に撹拌した後、しばらく静置してセルロース誘導体を沈殿させた(沈殿工程)。
【0061】
次に、沈殿したセルロース誘導体を吸引濾過によって取りだし、数日間デシケーター内で室温乾燥させた。
【0062】
次いで、乾燥したセルロース誘導体を細かくちぎって500mLビーカーに収容し、300mLの水を添加して、スターラーにて1日ほど撹拌しながら水洗し、再度数日間デシケーター内で室温乾燥させ(乾燥工程)、HPC-Hを得た。
図1にHPC-Hの合成経路を示す。また、合成したHPC-Hの分子量を表1に示す。
【表1】
【0063】
(2.ニトロフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体の合成)
ニトロフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体(以下、HPC-Nという。)の合成を行った。
【0064】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、1000〜4000cpsのヒドロキシプロピルセルロース(HPC)5.02gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりヒドロキシプロピルセルロース溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0065】
次に、調製したヒドロキシプロピルセルロース溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた2.04gのイソシアン酸4-ニトロフェニルを加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0066】
次に、反応工程を経た混合溶液に、200mLのRO水と100mLの塩水とを添加し、薬さじにて十分に撹拌した後、しばらく静置してセルロース誘導体を沈殿させた(沈殿工程)。
【0067】
次に、沈殿したセルロース誘導体を吸引濾過によって取りだし、数日間デシケーター内で室温乾燥させた。
【0068】
次いで、乾燥したセルロース誘導体を細かくちぎって500mLビーカーに収容し、300mLの水を添加して、スターラーにて1日ほど撹拌しながら水洗し、再度数日間デシケーター内で室温乾燥させ(乾燥工程)、HPC-Nを得た。
図2にHPC-Nの合成経路を示す。また、合成したHPC-Nの分子量を表2に示す。
【表2】
【0069】
(3.メチルフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体の合成)
メチルフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体(以下、HPC-Meという。)の合成を行った。
【0070】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、1000〜4000cpsのヒドロキシプロピルセルロース(HPC)5.02gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりヒドロキシプロピルセルロース溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0071】
次に、調製したヒドロキシプロピルセルロース溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた2.29gのイソシアン酸p-トリルを加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0072】
次に、反応工程を経た混合溶液に、200mLのRO水と100mLの塩水とを添加し、薬さじにて十分に撹拌した後、しばらく静置してセルロース誘導体を沈殿させた(沈殿工程)。
【0073】
次に、沈殿したセルロース誘導体を吸引濾過によって取りだし、数日間デシケーター内で室温乾燥させた。
【0074】
次いで、乾燥したセルロース誘導体を細かくちぎって500mLビーカーに収容し、300mLの水を添加して、スターラーにて1日ほど撹拌しながら水洗し、再度数日間デシケーター内で室温乾燥させ(乾燥工程)、HPC-Meを得た。
図3にHPC-Meの合成経路を示す。また、合成したHPC-Meの分子量を表3に示す。
【表3】
【0075】
(4.クロロフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体の合成)
クロロフェニル基を置換基に持つセルロース誘導体(以下、HPC-Clという。)の合成を行った。
【0076】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、1000〜4000cpsのヒドロキシプロピルセルロース(HPC)5.04gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりヒドロキシプロピルセルロース溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0077】
次に、調製したヒドロキシプロピルセルロース溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた2.10gのイソシアン酸4-クロロフェニルを加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0078】
次に、反応工程を経た混合溶液に、200mLのRO水と100mLの塩水とを添加し、薬さじにて十分に撹拌した後、しばらく静置してセルロース誘導体を沈殿させた(沈殿工程)。
【0079】
次に、沈殿したセルロース誘導体を吸引濾過によって取りだし、数日間デシケーター内で室温乾燥させた。
【0080】
次いで、乾燥したセルロース誘導体を細かくちぎって500mLビーカーに収容し、300mLの水を添加して、スターラーにて1日ほど撹拌しながら水洗し、再度数日間デシケーター内で室温乾燥させ(乾燥工程)、HPC-Clを得た。
図4にHPC-Clの合成経路を示す。また、合成したHPC-Clの分子量を表4に示す。
【表4】
【0081】
(5.重合性置換基を持つセルロース誘導体の合成)
重合性置換基を持つセルロース誘導体(以下、HPC-MOIという。)の合成を行った。
【0082】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、1000〜4000cpsのヒドロキシプロピルセルロース(HPC)5.05gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりヒドロキシプロピルセルロース溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0083】
次に、調製したヒドロキシプロピルセルロース溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた2.28gの2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナート(MOI)を加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0084】
次に、反応工程を経た混合溶液を乾燥させ(乾燥工程)、HPC-MOIを得た。
図5にHPC-MOIの合成経路を示す。また、合成したHPC-MOIの分子量を表5に示す。
【表5】
【0085】
(6.フェニル基と重合性置換基とを持つセルロース誘導体の合成)
フェニル基と重合性置換基とを持つセルロース誘導体(以下、HPC-H-MOIという。)の合成を行った。
【0086】
具体的には、有機溶媒としてアセトンを約200mL量り取った1L容のビーカーに、前述のHPC-H 5.00gを少量ずつ加えてスターラーを用い十分に溶解させることによりHPC-H溶液の調製を行った(溶液調製工程)。
【0087】
次に、調製したHPC-H溶液に、予め少量のアセトンに溶解させた1.02gの2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナート(MOI)を加えて混合溶液を調製し、約1日ほどスターラーにて撹拌しながら反応を行った(反応工程)。
【0088】
次に、反応工程を経た混合溶液を乾燥させ(乾燥工程)、HPC-H-MOIを得た。
図6にHPC-H-MOIの合成経路を示す。また、合成したHPC-H-MOIの分子量を表6に示す。
【表6】
【0089】
〔2.試験サンプルの作製〕
次に、合成を行った各セルロース誘導体について、各種試験に供するための試験サンプルの作製を行った。具体的には、アズワンAT-1T熱プレス機を用い、160℃、最大30MPaで熱プレスし、各セルロース誘導体をフィルム状に加工することで試験サンプルとした。
【0090】
〔3.HPCの置換反応と置換基導入の効果〕
(1.置換率)
次に、合成した各セルロース誘導体の置換率について検討を行った。ここでは、まず始めに、HPC-Hについて検討を行った。
図7(a)にHPC-Hの
1HNMRスペクトルを示し、
図7(b)にHPC-Hの
1HNMRスペクトルのピーク積分値を示す。
【0091】
図7に示すように、フェニルイソシアナート部位中のcのプロトンは1つ、HPCの1ユニットあたりのeのプロトンは9つである。cの積分値をIc、eの積分値をIeとすると1ユニットあたりのフェニルイソシアナートの置換数xは式1に示す計算式の通り導かれる。
【数1】
【0092】
よって、HPC-Hの1ユニットあたりの置換度は1.00である。つまり、1ユニット中に存在する3つのヒドロキシル基のうち約1つに置換基が導入されたということが示された。
【0093】
さらに、前述のHPC-N、HPC-Me、HPC-ClおよびHPC-MOIの置換度も同様に検討を行った。その結果を
図8に示す。
【0094】
(2.転移温度と液晶性)
次に、転移温度と液晶性について検討を行った。
(a.偏光顕微鏡観察)
まず、各試験サンプルについて偏光顕微鏡観察を行った。
図9に各試験サンプルの偏光顕微鏡像を示す。
【0095】
図9からも分かるように、HPC-H、HPC-N、HPC-Me、HPC-ClおよびHPC-MOIのそれぞれにおいて、液晶状態を示す光学組織が観察された。
【0096】
HPCはリオトロピック液晶であるのに対し、HPC誘導体は加熱によって液晶相を形成するサーモトロピック液晶であった。また、液晶状態は、HPC-H、HPC-N、HPC-Me、HPC-ClおよびHPC-MOIは末端基に依存せず、いずれも同じような光学組織が観察され、それらの光学組織からカラムナー相を形成していると判断した。HPC-MOIは重合性置換基をもつため、加熱することによって重合が進行する。加熱をしながら偏光顕微鏡観察を行ったところ、重合前と重合後で光学組織に変化が見られなかったため、重合後も重合前に形成した液晶配向を保っていると考えられる。
【0097】
図10に、150℃のときと30℃のときに観察されたHPC-Hの光学組織を示す。ガラス転移温度以下に試料を冷却しても光学組織に大きな変化は見られなかったため、液晶相で形成された基本的な配向構造は、ガラス状態に冷却しても保持されていると考えられた。
【0098】
図11にHPC誘導体分子の模式図を示す。HPC誘導体は、分子そのものをカラムとみなすことができる。さらに、HPC分子は光学活性であり、ゆるやかな螺旋を描いていると考えられた。
【0099】
(b.DSC測定)
次に、HPC-H、HPC-N、HPC-MeおよびHPC-ClについてDSC測定を行った。これらの試験サンプルの第二昇温過程におけるDSC曲線を
図12(a)に示し、HPC-H、HPC-N、HPC-MeおよびHPC-Clの相転移温度と熱量を
図12(b)に示す。
【0100】
図12(a)からも分かるように、いずれもガラス転移温度(ベースラインのずれ)と液晶−等方相転移(吸熱ピーク)が観測された。また、
図12(b)に示すように、ガラス転移温度はHPC-Hが56℃であり、末端に極性基をもつHPC-NやHPC-MeおよびHPC-Clは80℃前後であった。一方、液晶−等方相転移は170℃〜200℃程度であり、比較的幅広い温度範囲で液晶相を示した。
【0101】
このように幅広い温度範囲での液晶形成が可能となるのは、HPC分子の側鎖に導入されたベンゼン環が水素結合を適度に阻害することによって、カラム状になったHPC分子が程良く分散した配列を形成するためと考えられる。
【0102】
さらに、HPC-Hは二つの吸熱ピークが観測されたことから、液晶相が二つ存在すると考えられる。
【0103】
HPC-Hは56.2℃から194.9℃の温度範囲でレクタンギュラーカラムナー相を形成し、194.9℃から210.7℃の温度範囲でラメラカラムナー相を形成した。HPC-Nは83.6℃〜172.8℃の温度範囲でカラムナーネマチック相を形成した。HPC-Meは89.5℃〜219.1℃の温度範囲でラメラカラムナー相を形成した。HPC-Clは76.7℃〜178.1℃の温度範囲でラメラカラムナー相を形成した。なお、詳しい配向構造については、後述の〔4.HPC誘導体の配向挙動〕で言及する。
【0104】
また、HPC-HとHPC-Meは、他のHPC誘導体に比べ、ΔH、ΔSの値が高い傾向が見られた。
【0105】
(3.重合性置換基導入の効果)
HPC-HとHPC-MOIの試験サンプルに対し、水で膨潤させて重合性置換基導入の効果の検証を行った。その結果を
図13に示す。
【0106】
図13からも分かるように、重合性置換基を導入したHPC-MOIは、加熱によって架橋化し、透明で水に膨潤しない素材となった。HPC-HとHPC-MOIを水に浸しておくと、HPC-Hは厚さ1mmから6mmに膨潤したのに対し、HPC-MOIの厚みに変化はなく、膨潤していないことが確認できた。
【0107】
この透明性や非膨潤性は、他のHPC誘導体にはみられなかったため、HPC-MOIを適度に複合化などすることによって、新たな素材への発展が期待できる。
【0108】
〔4.HPC誘導体の配向挙動〕
次に、各セルロース誘導体の配向挙動について検討を行った。
【0109】
(1.HPC-MeとHPC-Clの配向挙動)
図14(a)に、室温におけるHPC-MeとHPC-ClのX線回折パターンを示し、
図14(b)にHPC-MeとHPC-Clの2θとd値を示す。
【0110】
図14(a)及び
図14(b)からも分かるように、HPC-MeとHPC-Clは、どちらもカラムの配列の秩序に対応した鋭い反射と共にブロードな反射が観測された。鋭い反射から、カラムが秩序を持って配列していると考えられる。小角域のブロードな反射はカラムの径に対応していると考えられる。広角域のブロードな反射は、カラム内の低い秩序に対応すると考えられる。
【0111】
X線回折測定から、HPC-MeおよびHPC-Clの分子配向構造は類似であると判断された。これらのパッキングモデルを
図15に示す。
【0112】
X線回折測定より得られた鋭い反射のd値の比がd1:d2:d3:d4=1:1/2:1/3:1/4となっていることから、層状(ラメラ)構造をもっていると判断した。さらにHPC誘導体は分子自体をカラムとみなすことができるため、ラメラカラムナーのようなパッキングをしていると考えられる。ベンゼン環や末端の極性基の相互作用が働くことによって、このような秩序の高い配列をしていると考えられる。
【0113】
カラムの径の平均の値に対応していると考えられる小角域のピークがブロードであることから、カラムの径はある程度バラバラであると考えられる。カラムの径は、HPC-Meは平均9.6Å、HPC-Clは平均11.0Åであった。
【0114】
カラム内の繰り返し単位の距離は、広角域のブロードな反射より、HPC-Meは平均4.8Å、HPC-Clは平均4.4Åであった。
【0115】
(2.HPC-Hの配向挙動)
図16(a)に、室温におけるHPC-HのX線回折パターンを示し、
図16(b)にHPC-Hの2θとd値を示す。
【0116】
HPC-HのX線回折測定では、HPC-MeとHPC-Clと同様、カラムの配列の秩序に対応した鋭い反射と共にブロードな反射が観測された。鋭い反射から、カラムが秩序を持って配列していると考えられる。小角域のブロードな反射はカラムの径に対応していると考えられる。広角域のブロードな反射は、カラム内の低い秩序に対応すると考えられる。
【0117】
図17は、HPC-Hのパッキングモデルである。HPC-HのX線回折測定では、鋭い反射が観測された。しかし、d値の比は、d1:d2:d3:d4=1:1/2:1/3:1/4となっていない。さらに、ヘキサゴナル構造やテトラゴナル構造のd値の比にも当てはまらないため、レクタンギュラー構造をもつと仮定し、d110、d200の値を下記式2
【数2】
【0118】
に代入したところ当てはまったため、
図17に示すようなレクタンギュラーカラムナー構造をもつパッキングが考えられる。
【0119】
HPC-Hは、極性基を持たないためにHPC-MeおよびHPC-Clとは異なる配向構造を持つと考えられる。カラムの径の大きさは平均10.1Å、カラム内の繰り返し単位の距離は平均4.5Åであった。
【0120】
(3.HPC-NとHPC-MOIの配向挙動)
図18(a)に、室温におけるHPC-NとHPC-MOIのX線回折パターンを示し、
図18(b)にHPC-NとHPC-MOIの2θとd値を示す。
【0121】
図18(a)及び
図18(b)からも分かるように、HPC-NおよびHPC-MOIのX線回折測定では、ブロードな反射のみが観測された。これは、カラムの乱れた配列の秩序に対応しているものと考えられる。X線回折測定から、HPC-NおよびHPC-MOIの分子配向構造は類似であると判断された。これらのパッキングモデルを
図19に示す。
【0122】
HPC-NおよびHPC-MOIは、カラムの配列が乱れたカラムナーネマチック相を形成していると考えられる。
【0123】
X線回折測定より、HPC-MOIはHPC-Nよりも小角域のブロードな反射が比較的小さくなっていることから、HPC-MOIは他のHPC誘導体とは異なり、カラムとして存在している分子の割合が少ないということを示す。これは、他のHPC誘導体が構造中にベンゼン環を持っているのに対して、HPC-MOIはベンゼン環を持たないためカラムとして存在しにくくなったと考えられる。
【0124】
HPC-Nは、ニトロ基の極性が他の置換基よりも強く、嵩高いためにカラムの配列が乱れたと考えられる。このように、HPC誘導体の液晶構造は置換基に依存すると考えられる。
【0125】
〔5.HPC複合体の作製〕
(1.複合体の作製)
次に、合成原料として使用したHPCや、合成によって得られたHPC-H、HPC-MOI、HPC-H-MOIを用いて、フィラーを含有する樹脂材料としてのHPC複合体の作製を行った。
【0126】
図20(a)にフィラーとHPC誘導体の複合体の作製方法を示す。
図20(a)に示すように、ここでは、フィラーとして、500μm以下の大きさとした綿繊維を使用することとした。また、フィラーの混合は、2種類の方法で行った。まず第1の方法は、HPC誘導体のアセトン溶液中に綿繊維を拡散させて混合する方法であり、第2の方法はHPC誘導体と綿繊維とを化学架橋複合化する方法である。
【0127】
図20(b)に第1の方法で作製した綿繊維入りHPC-H(以下、HPC-H/Faという。)の偏光顕微鏡写真を示す。
図20(b)からも分かるように、検鏡像から液晶状態であることが確認され、また、綿繊維がネットワーク状に絡み合っている様子が観察された。
【0128】
(2.HPC-Hとミクロファイバーの化学架橋複合化)
図21に化学架橋によるHPC誘導体と綿ファイバーの複合方法について示す。まず、ミクロファイバーとMOIを反応させ、その反応物(Fa-MOI)をHPC-MOIまたはHPC-H-MOIと混合し、それを加熱して架橋化反応させることによって複合体(HPC-MOI/Fa-MOIまたはHPC-H-MOI/Fa-MOI)を合成した。
【0129】
図22(a)はミクロファイバー(Fa)とミクロファイバーとMOIの反応物(Fa-MOI)のIRスペクトルである。FaとFa-MOIのIRスペクトルを比較すると、Fa-MOIのIRスペクトルの1700cm-1付近にウレタン結合のC=O伸縮に由来する吸収帯が新たに観測された。また、3000〜3700cm-1のO-H伸縮に加え、ウレタン結合のN-H伸縮に基づく吸収帯が現れたため、全体として高波数側にシフトした。以上から、ミクロファイバーとMOIが反応していると判断した。
【0130】
また、
図22(b)に示すように、HPC誘導体とミクロファイバーは、ネットワーク構造を形成していると考えられる。
図22(c)に、作製した複合体と作製方法についてまとめた表を示す。
【0131】
〔6.強度試験〕
(1.試験片の作製)
HPC誘導体の強度を調べるために、引張強度試験を行った。試料を金型に入れ、熱プレス機で160℃にてプレスすることにより、
図23に示すような長さ15cm、幅1cm、厚み1mmの試験片を作製した。本試験では、卓上型精密万能試験機を用いて、すべての試料について引張強度試験を行った。
【0132】
(2.引張強度)
前述のようにして作製した試験片を用いた試験結果を
図24に示す。合成したHPC誘導体は、HPCのフィルムに比べ引張強度が向上した。さらに、HPC-Hの引張強度は、同様に加工したポリプロピレンの約3倍であった。また、樹脂加工された一般のポリプロピレンの引張強度は20〜40MPaであるのに対し、本実験で金型加工したポリプロピレンの引張強度は12.7MPaであった。さらに、加工温度の異なる3種類のHPC-Hを比較すると強度に差が出たことから、加工の方法によって強度は変化すると考えられる。よって、HPC誘導体においても配向コントロールなどを行うことにより、さらに強度を向上させることができると考えられる。
【0133】
図25はミクロファイバーを混合や複合化したHPC誘導体の引張強度をまとめたグラフである。HPC-Hにミクロファイバーを混合したことによって、HPC-Hに比べ、引張強度は低下した。重量パーセントで1%の量ファイバーを混合したところ、引張強度は14.8MPaまで低下した。しかし、ファイバーの量を3%、5%と増やしていくに従い引張強度は向上していき、さらに10%、15%と増やしていくと引張強度が低下していった。ファイバーを混合することによって強度の向上はみられなかった。しかし、ファイバーを1%〜10%混合した複合体は、同様に加工したポリプロピレンよりも高い引張強度を示した。高い引っ張り強度を持ったまま、半合成物であるHPC誘導体の量を減らすことが出来れば、コスト低減や生分解性の向上が期待できる。
HPCにファイバーを混合したことによって、引張強度が向上した。HPC-MOIとファイバーの化学架橋複合体もまた、HPC-MOIに比べ強度が向上した。しかし、HPC-H-MOIとファイバーの化学架橋複合体は、HPC-H-MOIに比べ強度が低下した。
【0134】
上述してきたように、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体は、
一般式[I]:
【化7】
で現される分子構造を含むこととしたため、樹脂材料の原料となりうる比較的容易に合成可能な液晶性を備えたセルロース誘導体を提供することができる。
【0135】
また、本実施形態に係る液晶性を備えたセルロース誘導体の製造方法では、ヒドロキシプロピルセルロースを有機溶媒中に溶解させてヒドロキシプロピルセルロース溶液を調製する溶液調製工程と、前記ヒドロキシプロピルセルロース溶液に、イソシアン酸フェニル化合物、2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナートから選ばれる少なくともいずれか1つを混合し、この混合溶液中にて前記イソシアン酸フェニル化合物、2-メタクリロイルオキシエチルイソシアナートと前記ヒドロキシプロピルセルロースとを反応させる反応工程と、前記反応工程を経た混合溶液に、水及び塩水を添加して、ヒドロキシプロピルセルロース誘導体を沈殿させる沈殿工程と、前記沈殿工程にて沈殿させたヒドロキシプロピルセルロース誘導体を回収して乾燥させる乾燥工程と、を有することとしたため、樹脂材料の原料となりうる比較的容易に合成可能な液晶性を備えたセルロース誘導体を製造することができる。
【0136】
最後に、上述した各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはない。このため、上述した各実施の形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。