特許第6395468号(P6395468)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6395468-生体インプラント 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6395468
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】生体インプラント
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/14 20060101AFI20180913BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20180913BHJP
   A61F 2/28 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
   A61L27/14
   A61L27/18
   A61F2/28
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-128437(P2014-128437)
(22)【出願日】2014年6月23日
(65)【公開番号】特開2016-7269(P2016-7269A)
(43)【公開日】2016年1月18日
【審査請求日】2017年3月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087594
【弁理士】
【氏名又は名称】福村 直樹
(72)【発明者】
【氏名】岩田 昌也
(72)【発明者】
【氏名】笠原 真二郎
(72)【発明者】
【氏名】澤村 武憲
【審査官】 石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2000−504950(JP,A)
【文献】 特開昭55−057060(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00−33/18
A61F 2/00
A61F 2/02−2/80
A61F 3/00−4/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジニアリングプラスチックにより形成された長繊維が、前記長繊維の一部分が湾曲するように配置されるとともに前記長繊維の他の部分がこれとは別の方向に向かって弧を描くように配置され、前記長繊維が不規則に絡み合うことにより形成された前記長繊維同士の交点のうちの少なくとも一部が接合されずに接触している状態にあることにより等方性を有する三次元構造体であることを特徴とする生体インプラント。
【請求項2】
前記エンジニアリングプラスチックは、ポリエーテルエーテルケトンであり、下記変形特性及び下記復元特性を有するとともに、骨欠損部補填用であることを特徴とする請求項1に記載の生体インプラント。
[変形特性]
前記生体インプラントの試験片の載置面積よりも大きな平滑面を有する2つの平板の間に前記試験片を載置し、前記平滑面を互いに平行に保ちつつ近接させることにより前記試験片を圧縮し、前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHが前記試験片に荷重をかける前の初期長さHの50%になるまで圧縮し、その圧縮状態を1分間保持した場合に、前記試験片に目視観察可能な損傷が観察されないこと
[復元特性]
前記圧縮状態を1分間保持した時点で前記試験片にかけていた荷重を解除し、荷重を解除してから1分間経過した後に前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHを測定し、前記試験片の長さHと前記試験片の初期長さHとから算出した前記試験片の復元率[(H−0.5×H)/0.5×H)×100]が少なくとも50%であること
【請求項3】
前記三次元構造体は、気孔率が50〜95%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の生体インプラント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体インプラントに関し、さらに詳しくは、クッション性を有する生体インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
骨が欠損した骨欠損部等に人工骨を移植する治療方法が、骨欠損部等に患者の正常な骨すなわち自家骨を移植する治療方法よりも患者の身体的な負担が小さく、自家骨を準備する際の問題点等が存在しない点で、近年注目されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、生体内で使用され速やかに分解、吸収される不織布及びその製造方法を提供することを目的として、「繊維径が0.5〜50μm、繊維長が3〜100mmである生体内分解吸収性ポリマーからなる繊維が絡み合って溶着していることを特徴とする生体内分解吸収性不織布」(特許文献1の請求項1)が開示されている。
【0004】
特許文献2には、生体の欠損部位に対して、組織再生又は細胞増殖に適し、簡易に製造可能な三次元構造の医療用基材を提供することを目的として、「コラーゲン長繊維により構成された三次元網目構造体であるコラーゲン基材」(特許文献2の請求項1)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−315819号公報
【特許文献2】特開2007−14562号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の生体内分解吸収性不織布は、生体内分解吸収性ポリマーにより形成されているので、生体内で速やかに分解及び吸収される。したがって、この生体内分解吸収性不織布は、生体組織が定着するための足場として生体内に存在し続けることが要求される人工骨には適さない。また、特許文献1に記載の生体内分解吸収性不織布は、医療用粘着テープの基材等のシート形状を有する生体インプラントとして使用することを想定しており、生体内で分解及び吸収に要する時間が長くなるような、比較的大きい骨欠損部への補填材として使用することを想定していない(特許文献1の0003欄、0011欄)。
【0007】
特許文献2に記載のコラーゲン基材もまた、生分解吸収性物質で形成されているので、生体組織が定着するための足場として生体内に存在し続けることが要求される人工骨としては適さない。また、特許文献2に記載のコラーゲン基材は、三次元網目構造体であり、コラーゲン長繊維同士が相互に接着している。また、コラーゲン繊維は乾燥状態では弾性係数が高く、硬いため、特許文献2に記載のコラーゲン基材は、乾燥状態では本発明に係る生体インプラントのようなクッション性を有さない。したがって、コラーゲン基材が特定の形状の骨欠損部への補填材として使用される場合には、骨欠損部に対応する形状を有するコラーゲン基材を予め製造して使用される(特許文献2の0031欄)。施術中にコラーゲン基材の形状を変更する必要が生じた場合には、施術者がコラーゲン基材を適宜切削等して使用しなければならず、これが施術者の負担となり、また作業性も低下する。
【0008】
この発明は、このような課題を解決するためになされた発明であり、生体内で分解及び吸収されず、クッション性を有する生体インプラントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するための手段は、
(1)エンジニアリングプラスチックにより形成された長繊維が、前記長繊維の一部分が湾曲するように配置されるともに前記長繊維の他の部分がこれとは別の方向に向かって弧を描くように配置され、前記長繊維が不規則に絡み合うことにより形成された前記長繊維同士の交点のうちの少なくとも一部が接合されずに接触している状態にあることにより等方性を有する三次元構造体であることを特徴とする生体インプラントである。
【0010】
前記(1)の好適な態様は、以下の通りである。
(2)前記エンジニアリングプラスチックは、ポリエーテルエーテルケトンであり、下記変形特性及び下記復元特性を有するとともに、骨欠損部補填用であることを特徴とする前記(1)に記載の生体インプラント。
[変形特性]
前記生体インプラントの試験片の載置面積よりも大きな平滑面を有する2つの平板の間に前記試験片を載置し、前記平滑面を互いに平行に保ちつつ近接させることにより前記試験片を圧縮し、前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHが前記試験片に荷重をかける前の初期長さHの50%になるまで圧縮し、その圧縮状態を1分間保持した場合に、前記試験片に目視観察可能な損傷が観察されないこと
[復元特性]
前記圧縮状態を1分間保持した時点で前記試験片にかけていた荷重を解除し、荷重を解除してから1分間経過した後に前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHを測定し、前記試験片の長さHと前記試験片の初期長さHとから算出した前記試験片の復元率[(H−0.5×H)/0.5×H)×100]が少なくとも50%であること
(3)前記三次元構造体は、気孔率が50〜95%であることを特徴とする前記(1)又は前記(2)に記載の生体インプラントである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る生体インプラントは、エンジニアリングプラスチックにより形成された長繊維により形成されているので、生分解性プラスチックで形成された生体インプラントと異なり、体内で分解及び吸収されずに所望の強度及び形状が長期間にわたって維持される。
【0012】
また、本発明に係る生体インプラントは、前記長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体であるので、クッション性を有する。すなわち、この発明に係る生体インプラントは、例えば、その両側から押圧すると、損傷及び破壊等することなく圧縮され、押圧していた力を解除すると、ある程度元の形態に戻る特性を有する。したがって、この生体インプラントを骨欠損部に補填する際に、生体インプラントの形状を変更する必要が生じた場合に、施術者が生体インプラントを切削等しなくても、生体インプラントを圧縮して骨欠損部に補填することができる。よって、本発明に係る生体インプラントによると、施術中に生体インプラントの形状を骨欠損部の形状に合わせるための作業を施術者が行う必要がなく、作業性が良好である。また、骨欠損部に圧縮して補填された生体インプラントは、補填された生体インプラントの元の形態に戻ろうとする復元力によって、骨欠損部の内壁面を押圧するように配置されるので、骨欠損部に確実に固定される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、実施例1で製造したPEEK長繊維からなる三次元構造体の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
この発明に係る生体インプラントは、エンジニアリングプラスチックにより形成された長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体である。
【0015】
前記長繊維を形成するエンジニアリングプラスチックは、所望のクッション性を有する三次元構造体を形成することができる限り特に限定されない。なお、前記長繊維を形成するエンジニアリングプラスチックには、生分解性プラスチックは含まれない。したがって、この発明に係る生体インプラントが骨欠損部に補填された場合には、体内で分解及び吸収されずに、所望の強度及び形状が長期間にわたって維持される。
【0016】
前記エンジニアリングプラスチックとしては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン等の芳香族ポリエーテルケトン、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、ポリエステル、ポリフェニリンオキサイド、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリスルホン、シンジオタクチックポリスチレン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、フッ素樹脂、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリメチルペンテン、ジアリルフタレート樹脂、ポリオキシメチレン、ポリ四フッ化エチレン等の熱可塑性エンジニアリングプラスチックが挙げられる。前記エンジニアプラスチックとしては、これらの中でも、力学特性が生体骨と近く、生体適合性の高い芳香族ポリエーテルケトンが好ましく、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)が特に好ましい。
【0017】
この発明における長繊維は、1本の連続した長さを有する条体すなわちモノフィラメントであっても、2本以上の糸を撚り合わせて形成されるマルチフィラメントであってもよいが、製造工程の簡略化の点で、モノフィラメントのみで形成されるのが好ましい。
【0018】
長繊維の長さ及び太さは、生体インプラントの大きさ、要求される長繊維の力学特性等によって異なり、長繊維が不規則に絡み合うことにより所望のクッション性を有する三次元構造体を形成可能な長さ及び太さを有すればよい。長繊維の直径は、例えば、50〜2000μmである。長繊維の長さは、骨欠損部の大きさにより決定される生体インプラントの寸法、長繊維の直径、気孔率等により適宜決定される(例えば、実施例1の場合は10000mm)。長繊維の直径が大きすぎると、所望のクッション性が得られないおそれがある。長繊維の直径の下限値は特に制限はないが、長繊維を形成する材料及び製造装置等により決定される。長繊維の長さが短すぎると、長繊維が絡み合うように形成することができないおそれがある。長繊維の長さの上限値に特に制限はない。この発明に係る生体インプラントは、1本又は2本以上の長繊維により形成される。この発明に係る生体インプラントが2本以上の長繊維によって形成される場合には、それぞれの長繊維の直径及び長さが同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0019】
前記三次元構造体は、前記長繊維が不規則に絡み合って形成されている。「不規則に絡み合う」とは、長繊維が規則的に絡み合うように意図的に形成されていないことを意味する。例えば、図1に示す円柱状の三次元構造体1は、長繊維2のある部分が緩やかに湾曲するように配置され、一方、長繊維2の他の部分がこれとは別の方向に向かって弧を描くように配置されている。三次元構造体1は、このように長繊維2における各部分があらゆる方向に様々な形態で配置され、長繊維2における各部分同士が複雑に絡み合って形成されている。したがって、生体インプラントを構成する三次元構造体は、少なくとも2方向に配列された糸を組み合わせて規則性を持って連続して織られた織物でなく、また、1本の糸が規則性を持って編まれた編み物でもない。後述するように、本発明の生体インプラントは、織り機や編み機のような特別な装置を使用しないので、低コストで簡単に製造することができる。
【0020】
この発明に係る生体インプラントは、長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体であるので、織物や編み物と異なり、特定の方向の強度及び弾力性が大きい等の異方性がなく、略等方性を有する。異方性を有する生体インプラントの場合は、それを骨欠損部に補填する場合に、その生体インプラントの方向によって強度及び弾力性等の特性が異なるので、生体インプラントの補填する方向に細心の注意を払う必要がある。一方、本発明に係る生体インプラントは、等方性を有するので、それを骨欠損部に補填する場合に、その補填する方向に注意を払う必要がなく、いずれの方向に補填しても同等の特性が得られるから、施術者の負担が軽減され、作業性に優れる。
【0021】
長繊維が絡み合うことにより形成された長繊維同士の交点は、接合されていても接合されていなくてもよいが、交点のうちの少なくとも一部が接合されずに接触している状態にあるのが好ましく、交点のうちの全部が接合されずに接触している状態にあるのが好ましい。長繊維同士の交点のうちの接合部の割合が大きくなるほど、生体インプラントのクッション性が低下する。長繊維同士の交点のうちの少なくとも一部が接合されずに接触している状態にあると、適度なクッション性を有する生体インプラントが得られる。その結果、生体インプラントを圧縮して容易に骨欠損部に補填することができると共に、生体インプラントが骨欠損部に確実に固定される。なお、長繊維同士が接合しているとは、例えば、後述するように生体インプラントの変形特性の有無を調べるときに、生体インプラントを圧縮した後の接合部に目視観察可能な損傷が観察されない程度に長繊維同士が結合していることをいう。
【0022】
この発明に係る生体インプラントは、三次元構造体である。すなわち、この生体インプラントは、織物、編み物、及び不織布等のように二次元方向に広がるシートではなく、三次元方向に広がる立体的形状を有する構造体である。したがって、この発明に係る生体インプラントは、三次元方向に広がる骨欠損部、例えば、3〜50mm角程度の大きさを有する骨欠損部に補填するための補填材として好適に用いられる。なお、この生体インプラントは、織物、編み物、及び不織布等のシートを重ねることにより形成された積層構造体ではない。シートを重ねて形成した積層構造体は、シートとシートとの間で剥離し易くなり、等方性を有さないので、前述した効果が得られない。
【0023】
前記三次元構造体は、気孔率が50〜95%であるのが好ましい。前記三次元構造体は、長繊維同士が密着して絡み合っているのではなく、長繊維同士がある部分では互いに所定の距離を保持して緩く絡み合って形成されているのが好ましい。すなわち、前記三次元構造体は、長繊維と長繊維との間に連続した空隙すなわち連続気孔が形成されているのが好ましい。生体インプラントの全体積に対する空隙の体積割合を示す気孔率が前記範囲内にあると、生体インプラントを骨欠損部に補填した場合に、生体組織がこれらの空隙に進入し易く、生体インプラントと生体組織とを強固に結合させることができる。
【0024】
前記気孔率は、次のようにして求めることができる。生体インプラントが円柱や立方体等の、体積を容易に算出可能な定形である場合には、生体インプラントをそのまま試料とする。試料の体積は、試料を包囲可能な最小仮想外表面を想定し、最小仮想外表面の寸法を測定することにより、求める。生体インプラントが不定形の場合には、体積を容易に算出可能な円柱や立方体等のブロック体を生体インプラントから切り出して、切り出した試料の体積を上述したように求める。また、試料の質量及び長繊維の比重を測定する。試料の体積、質量、及び長繊維の比重から次の計算式により気孔率を算出する。
気孔率(%)=100−{(質量/比重)/体積}×100
【0025】
この発明に係る生体ンプラントは、下記変形特性及び下記復元特性を有するのが好ましい。この生体インプラントが下記変形特性を有すると、生体インプラントを骨欠損部に補填する際に、骨欠損部の形状に厳密に合わせて切削等をしなくても、生体インプラントを圧縮して骨欠損部に補填することがより一層容易になる。なお、下記変形特性を有する生体インプラントとしては、試験片に大きな荷重をかけて試験片の長さHが初期長さHの50%になるまで圧縮できたとしても、長繊維にクラックが発生したり、割れてしまったり、崩壊したりするようなものは含まれない。すなわち、「目視観察可能な損傷が観察されない」とは、試験片の長さHが初期長さHの50%になるまで圧縮したときに、拡大鏡等を用いずに、肉眼で発見されるようなクラック、ひび割れ、崩壊等が長繊維に発生しないという意味である。生体インプラントが下記変形特性を有すると、施術者が手で又は器具を用いて生体インプラントを挟持してこれを骨欠損部に配置する際に、生体インプラントが損傷することなく圧縮されて、骨欠損部に配置されることができる。また、この生体インプラントが下記復元特性を有すると、補填された生体インプラントの元の形態に戻ろうとする復元力によって、骨欠損部の内壁面を押圧するように配置されるので、生体インプラントがより一層確実に固定される。
【0026】
[変形特性]
前記生体インプラントの試験片の載置面積よりも大きな平滑面を有する2つの平板の間に前記試験片を載置し、前記平滑面を互いに平行に保ちつつ近接させることにより前記試験片を圧縮し、前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHが前記試験片に荷重をかける前の初期長さHの50%になるまで圧縮し、その圧縮状態を1分間保持した場合に、前記試験片に目視観察可能な損傷が観察されないこと
[復元特性]
前記圧縮状態を1分間保持した時点で前記試験片にかけていた荷重を解除し、荷重を解除してから1分間経過した後に前記平滑面に対して垂直方向の前記試験片の長さHを測定し、前記試験片の長さHと前記試験片の初期長さHとから算出した前記試験片の復元率[(H−0.5×H)/0.5×H)×100]が少なくとも50%であること
【0027】
この発明に係る生体インプラントは、所望の形状に製造され、又は適宜の形状に製造され、例えば骨欠損部に補填する際に、手で又は器具を用いて圧縮されて配置される。この発明に係る生体インプラントは、補填される部位の形状と同様の形状又はこの形状に相似する形状に、例えばブロック状に製造される。この発明に係る生体インプラントは、圧縮されて骨欠損部に補填されることができるから、骨欠損部の大きさよりも大きく形成されることができる。
【0028】
この発明に係る生体インプラントの製造方法の一例を以下に説明する。
第1の実施形態の生体インプラントの製造方法は、前述した長繊維となるファイバーを作製する第1工程と、ファイバーを所定の型に入れて成形及び加熱する第2工程とを有する。
【0029】
前記第1工程では、溶融紡糸法、乾式紡糸法、及び湿式紡糸法等により、ファイバーを作製する。ファイバーは、最終的に形成される長繊維よりも結晶性が低く、柔軟性のある繊維である。長繊維を形成するエンジニアリングプラスチックがPEEK等の芳香族ポリエーテルケトンである場合には、溶融紡糸法によりファイバーを作製するのが好ましい。まず、溶融紡糸法について説明する。エンジニアリングプラスチックをその融点より高い温度まで加熱して溶融し、この溶融物を押出成形により糸状に成形して低結晶性のファイバーとする。要求されるファイバーの太さ及び長さに応じて、溶融物が押し出されるノズルの内径が適宜設定される。低結晶性のファイバーは、押出成形する際にノズルから押し出された溶融物を徐冷しないことで得ることができる。例えば、押出成形でノズルより押し出された溶融物を大気中で空冷することにより、結晶性の低いファイバーを得ることができる。低結晶性のファイバーは、高結晶性のファイバーに比べて柔軟性を有するので、ファイバーを型に容易に詰めることができる。なお、ファイバーは、押出成形以外の方法として、射出成形により作製されてもよい。射出成形によりファイバーを作製する場合には、要求されるファイバーの太さ及び長さに応じて、溶融物が注入される金型の大きさが適宜設定される。
【0030】
乾式紡糸法では、エンジニアリングプラスチックを熱で気化する溶剤に溶かし、これを加熱雰囲気中でノズルから押出成形して、溶剤を蒸発させることにより、ファイバーを作製する。湿式紡糸法では、エンジニアリングプラスチックを溶剤に溶かし、これを凝固浴と称される溶液中でノズルから押出成形した後に、溶剤を除去することにより、ファイバーを作製する。
【0031】
前記第2工程では、前記第1工程で得られたファイバーを不規則に絡み合った状態にしてこれを所望の型に入れ、型に入れられたファイバーの頂部を軽く押圧して成形する。ファイバーを成形する際は、ファイバーを意図的に特定の方向に配列したり、編んだりすることなく、ファイバーをランダムに絡ませた後に型に入れてもよいし、ファイバーを型に入れつつランダムに絡ませてもよい。また、第1工程で押出成形により押し出されたファイバーを空冷しつつ、そのまま型に入れてもよい。次いで、これを炉に入れて、エンジニアリングプラスチックのガラス転移点よりも高く、融点よりも低い温度に維持した状態で30分〜3時間加熱し、その後電源を切って炉内で常温になるまで自然冷却する。このように、ファイバーを加熱及び徐冷することによって、ファイバーの結晶性が高められ、型に入れられたファイバーはその状態で形状が保持される。すなわち、型に入れられた状態でファイバーが塑性変形して前述した長繊維となり、長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体が形成される。このときの温度及び時間を適宜変更することにより、長繊維の結晶化度を調整することができる。長繊維の結晶化度が大きいほど、曲げ弾性率及び曲げ強度等が大きくなり、柔軟性が低下する。なお、第2工程では、ファイバーを成形した後に加熱を行う方法に限定されず、成形と加熱とを同時に行うホットプレスにより行ってもよい。
【0032】
なお、第1の実施形態の生体インプラントの製造方法では、第1工程及び第2工程の後に、第3工程として、長繊維同士の交点を接合する工程を有してもよい。第3工程では、結晶性が高められた状態で型に入れられた長繊維を、エンジニアリングプラスチックの融点付近の温度で数分〜1時間加熱する。型に入れられた長繊維を融点付近の温度で加熱することにより、エンジニアリングプラスチックが一部溶融し、長繊維同士が溶着する。このときの温度及び時間を適宜変更することにより、長繊維同士の交点のうち長繊維同士が接合している接合部の割合を調整することができる。長繊維の結晶化度及び接合部の割合等を適宜変更することにより、生体インプラントのクッション性を調整することができる。
【0033】
第3工程として、型に入れられた長繊維を加熱溶着させる方法とは別の方法として、塑性変形した長繊維の表面を溶解させて接着させる方法を挙げることができる。具体的には、まず、塑性変形した長繊維を型から取り出して、これを硫酸及び硝酸等の、長繊維を形成するエンジニアリングプラスチックを溶解させる溶液に短時間浸漬させる。なお、浸漬時間は、全体の形状を崩すことなく、長繊維の表面のみを溶解させ、長繊維の骨格表面に高濃度の長繊維溶液がコーティングされた状態になる程度の時間とすればよく、要求されるクッション性すなわち長繊維同士の交点の接合部の割合に応じて適宜調整すればよい。その後、これを水及びエタノール等のエンジニアリングプラスチックを溶解しない液に所定時間浸漬する。長繊維の骨格表面にコーティングされた前記長繊維溶液が接着剤の役割を果たし、エンジニアリングプラスチックを溶解しない液が、エンジニアリングプラスチックを溶解させる溶液と置換することで、エンジニアリンクグプラスチックが凝固し、長繊維同士の接点が接合される。長繊維の表面を溶解させて接着させるこれらの工程は、通常、常温で行われる。
【0034】
第2の実施形態の生体インプラントの製造方法は、前述した長繊維となるファイバーをファイバー同士の交点が接合された状態で所定の型に入れる第I工程と、型に入れられたファイバーを塑性変形する第II工程とを有する。
【0035】
第I工程では、エンジニアリングプラスチックをその融点より高い温度まで加熱して溶融し、この溶融物を押出成形により所望の型の内部に押し出しつつランダムに絡ませる。このとき、ノズルから型が設置されている部分の雰囲気温度は、エンジニアリングプラスチックの融点付近の温度に維持される。したがって、型に押し出されたファイバーのある部分と他の部分との交点が接合され、不規則に絡み合った状態で型に詰め込まれる。
【0036】
第II工程では、第I工程で型に入れられたファイバーを所定の圧力で押圧しつつエンジニアリングプラスチックの融点付近に維持された雰囲気温度をゆっくり下げることで、型に詰められたファイバーを徐冷する。この徐冷により、ファイバーの結晶性が高められ、型に入れられたファイバーはその状態で形状が保持される。すなわち、型に入れられた状態でファイバーが塑性変形して前述した長繊維となり、長繊維が不規則に絡み合い、長繊維同士の交点が接合された三次元構造体が形成される。
【0037】
このようにして、エンジニアリングプラスチックにより形成された長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体である生体インプラントが製造される。
【0038】
この発明に係る生体インプラントは、生体内に分解及び吸収されず、クッション性を有する。したがって、この生体インプラントは、生体内で分解及び吸収されずに所望の強度及び形状が長期間にわたって維持される。また、この生体インプラントを骨欠損部に補填する際に、骨欠損部の形状に厳密に合わせて切削等しなくても、生体インプラントを圧縮して骨欠損部に補填することができる。よって、この生体インプラントによると、施術中に生体インプラントの形状を骨欠損部の形状に合わせるための作業を施術者が行う必要がなく、作業性が良好である。また、骨欠損部に圧縮して補填された生体インプラントは、補填された生体インプラントの元に形態に戻ろうとする復元力によって、骨欠損部の内壁面を押圧するように配置されるので、骨欠損部に確実に固定される。
【0039】
この発明に係る生体インプラントは、各種用途を有し、例えば、生体組織と結合することが必要とされる医療用材料に好適に利用することができる。この発明に係る生体インプラントは、特に骨欠損部に補填して使用する骨補填材等として好適に用いられる。
【0040】
この発明に係る生体インプラントは、上述した実施形態の生体インプラントに限定されず、本発明の目的を達成することができる範囲において、種々の変更が可能である。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
PEEK長繊維からなる三次元構造体を以下のように製造した。
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の粉末(ダイセルエポニック株式会社製、VESTAKEEP 4000P、ガラス転移温度143℃、融点340℃)を、押出成形機にてPEEKの融点より高い温度380℃に加熱して溶融した。これを直径0.3mmのノズルから押し出して、そのまま大気中で空冷し、直径0.3mm、長さ10000mmの結晶性の低いPEEKファイバーを作製した。
【0042】
得られたPEEKファイバー1.1gを直径14mm、高さ28mmの型に詰め、型に入れられたPEEKファイバーの頂部を軽く押圧した。次いで、これを電気炉に入れて220℃で1時間加熱し、電源を切って電気炉内で常温になるまで自然冷却した。これによってPEEKファイバーの結晶性が高められ、型に入れられたファイバーはその状態で形状が保持され、PEEKにより形成された長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体である試験体を得た。得られたPEEK長繊維からなる三次元構造体を図1に示す。
【0043】
(比較例1)
PEEK多孔体を以下のように製造した。
ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の粉末(ダイセルエポニック株式会社製、VESTAKEEP 4000P、ガラス転移温度143℃、融点340℃)1.3gと、気孔形成材としての塩化ナトリウム(和光純薬工業株式会社製、試薬特級)8.7gとを乾式混合した。この混合物を直径10mmの金型に投入後、380℃まで昇温し、その温度を維持しつつ200MPaで10分間加圧してホットプレス成形を行い、成形体を得た。得られた成形体を冷却後、水に48時間浸漬して塩化ナトリウムを溶出し、80℃の環境下に12時間置いて乾燥させることにより、複数の気孔を有するPEEK多孔体である試験体を得た。
【0044】
(比較例2)
セラミック多孔体を以下のように製造した。
樹脂製のポットに、純水6.5g、ハイドロキシアパタイト(HAP)の粉末(太平化学株式会社製、HAP−100)20g、濃度10質量%のポバール水溶液(株式会社クラレ製、ポリビニルアルコール)12g、濃度10質量%のポイズ水溶液(花王株式会社製)3g、及び玉石(アルミナ製、直径5mm)50gを投入し、24時間湿式混合を行い、スラリーを作製した。作製したスラリーをスポンジ(株式会社ブリジストン製、エバーライトSF、ポリウレタン製、直径10mm、高さ10mm)に含浸させた後、軽く絞って、これを80℃で24時間乾燥させた。その後、50℃/時で450℃まで昇温させ、この温度で1時間保持した後、200℃/時で1200℃まで昇温させ、この温度で3時間焼成することで、円柱状のセラミック多孔体である試験体を得た。
【0045】
(気孔率)
実施例1、比較例1、及び比較例2の試験体について、PEEKの比重を1.3g/mL、HAPの比重を3.2g/mLとして、前述したように試料の体積、質量、比重から気孔率を求めた。結果を表1に示す。
【0046】
(変形特性)
実施例1、比較例1、及び比較例2の円柱状の試験体において、前述したように、円柱状の試験体の2つの円形面を近接させるように圧縮した。円柱状の試験体における円形面に対して垂直方向の長さを試験体の高さとして、試験体の高さHが初期高さHの50%になるまで圧縮し、圧縮後の試験体に対して目視観察可能な損傷の有無を調べた。圧縮後の試験体に目視観察可能な損傷が観察されなかった場合に変形特性を有すると判断して「○」とし、試験体に目視観察可能な損傷が観察された場合を「×」とした。結果を表1に示す。
【0047】
(復元特性)
実施例1の試験体について、前述したように、試験体にかけていた荷重を解除した後の試験体の高さHを測定した。試験体の高さHと試験体の初期高さHとから、試験体の復元率を算出した。算出した復元率が50%以上であった場合を「○」とした。なお、比較例1及び比較例2については、「変形特性」を調べる際に、試験体が損傷又は破壊したことから、復元特性については調べなかった。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
表1に示すように、実施例1の三次元構造体は、変形特性及び復元特性を有する。したがって、この発明の範囲内にある実施例1の三次元構造体からなる生体インプラントは、適度なクッション性を有し、骨欠損部に補填する際に、生体ンプラントを手で又は器具等で容易に圧縮して補填することができると共に、骨欠損部に確実に固定されることが分かる。
【0050】
一方、比較例1のPEEK多孔体及び比較例2のセラミック多孔体は、長繊維が不規則に絡み合った三次元構造体でなく、実施例1のような変形特性及び復元特性を有さない。したがって、比較例1のPEEK多孔体及び比較例2のセラミック多孔体を骨欠損部に補填する際にその形状を変更する必要が生じた場合には、圧縮して補填することができないので、切削等によりPEEK多孔体及びセラミック多孔体の形状を整えて補填する必要がある。したがって、比較例1のPEEK多孔体及び比較例2のセラミック多孔体は、実施例1のPEEK長繊維からなる三次元構造体に比べて、施術時の作業性に劣る。
図1