(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記台形形状の波形は、前記溶接電流が線形的に増加する第1の期間と、当該溶接電流が定電流となる第2の期間と、当該溶接電流が線形的に減少する第3の期間とで構成され、
前記第1の期間は、0.5ms以上かつ2.0ms以下となる範囲から選択され、
前記第2の期間は、1.0ms以上かつ5.0ms以下となる範囲から選択され、
前記第3の期間は、0.5ms以上かつ2.0ms以下となる範囲から選択されることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のアーク溶接方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<溶接システムの全体構成の説明>
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る溶接システム1の概略構成を示す図である。
この溶接システム1は、消耗電極式(溶極式)のガスシールドアーク溶接法のうち、炭酸ガス(CO
2ガス)をシールドガスとして用いる炭酸ガスアーク溶接法によって、被溶接物200の溶接を行うものである。
【0015】
アーク溶接装置の一例としての溶接システム1は、溶接ワイヤ100を用いて被溶接物200を溶接する溶接トーチ10と、溶接トーチ10を保持するとともに溶接トーチ10の位置や姿勢を設定するロボットアーム20と、溶接トーチ10に溶接ワイヤ100を送給するワイヤ送給装置30と、溶接トーチ10にシールドガス(ここでは炭酸ガス)を供給するシールドガス供給装置40と、溶接トーチ10を介して溶接ワイヤ100に溶接電流を供給するとともに、溶接電流、送給速度および溶接速度等の制御を行う電源装置50とを備える。
【0016】
また、この溶接システム1は、溶接トーチ10およびロボットアーム20による被溶接物200に対する溶接作業を制御するロボット制御装置60を備える。ロボット制御装置60により、ロボットアーム20を制御し、ロボットアーム20に設けられた溶接トーチ10(溶接ワイヤ100)の移動およびその速度(溶接速度)が制御される。なお、ロボット制御装置60と電源装置50とは、データや制御信号の送受信が可能な構成とすることができる。
ここで溶接トーチ10、ワイヤ送給装置30、シールドガス供給装置40は、溶接電流にてアークを発生させることにより溶接を行なう溶接手段と把握することができる。
【0017】
<電源装置の説明>
作業者が溶接終了を指示すると、ワイヤ送給を停止する。ただし、慣性によりワイヤが即時停止することはないため、ワイヤが完全に停止するまでの間は、アーク期間中に
図3に示すパルス電流波形を出力する。
そしてアークの発生が停止すると、溶接ワイヤ100の先端部に形成ないし残留している溶滴が冷却し、凝固する。この際に溶滴の表面に絶縁物であるスラグが凝固し、溶滴表面に絶縁膜を形成する。そしてこの絶縁膜は溶滴の先端部、つまり溶接ワイヤ100が被溶接物200と最接近する場所に生じやすい。アーク溶接を再開するべく、作業者が溶接開始(アークスタート)を指示した際に、この絶縁膜は溶接ワイヤ100と被溶接物200との間の導通を阻害する。その結果、溶接ワイヤ100と被溶接物200との間に短絡電流が流れるのが阻害される。そして溶接再開を行えない事態、あるいはアークが瞬間的に発生した後にチップとワイヤが溶着する事態が生じる。これらを「アークスタート不良」と呼ぶ。このアークスタート不良は、アーク溶接の品質の低下や生産性の低下を引き起こす。
【0018】
そこで本実施の形態では、電源装置50より出力される電流波形を以下のように制御し、溶接終了時に溶接ワイヤ100先端に生じる絶縁物の形成位置を制御することでアークスタート不良の発生を抑制する。
【0019】
図2(a)は、アーク溶接を行なっている最中に、電源装置50より出力される溶接電流の波形を示した図である。ここで横軸は時間を表し、縦軸は溶接電流値を表す。なお、この例では、定電圧下で溶接電流を増減させている。
また、
図2(b)は、このときの溶接ワイヤ100の先端部の状態を示す図である。
【0020】
アーク溶接では、溶接ワイヤ100の先端部の溶滴と被溶接物200とが接触して短絡状態となり、これにより短絡電流が流れる短絡期間と、溶滴が溶接ワイヤ100から被溶接物上に形成された溶融池に移行し、溶接ワイヤ100と被溶接物200の短絡状態が解放されアークが発生するアーク期間を交互に繰り返す。
図2(a)では、時間t1〜時間t3の間が短絡期間であり、時間t3〜時間t10の間がアーク期間である。
【0021】
短絡期間では、時間t1において短絡状態が開始される。これは溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xが、被溶接物200側に形成された溶融池Yに接した状態に対応する。
そして短絡が生じると溶接電流を、時間t2にかけて低下させる。これにより短絡状態に移行する際のスパッタ発生を抑制する。
【0022】
時間t2の経過後、溶接電流を、時間t3にかけて上昇させる。時間t3におけるピーク電流値P3は、例えば、350Aとすることができる。溶接電流が上昇することで、溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴XにくびれKが生じる。そして時間t3において、溶滴Xは溶接ワイヤ100から溶融池Yに移行する。これにより短絡状態が解除され、短絡期間が終了する。
【0023】
時間t3で溶滴Xが溶接ワイヤ100から溶融池Yに移行すると、溶接ワイヤ100と溶融池Yとの間でアークZが発生し、アーク期間が開始される。そして溶接電流を、時間t4にかけて急減させる。これによりアークZが発生したときの溶融池Yに作用する圧力を低減させ、スパッタ発生を抑制する。ここでは、時間t4から時間t5まで溶接電流を急減させた状態を維持する(アーク1期間)。
【0024】
そして時間t5から時間t6まで、溶接電流を上昇させ、さらに時間t6〜時間t7の期間において溶接電流をほぼ維持する。これにより再び溶滴Xを成長させるとともに、安定したアークZが発生するようにする(アーク2期間)。
【0025】
時間t7以降は、時間t10にかけて、溶接電流を、徐々に低下させる(アーク3期間、アーク4期間)。そして溶接ワイヤ100に生じた溶滴Xが、溶融池Yに接し、再度短絡が生じるのを待つ。溶接電流を低下させる目的は再度短絡が生じたときのスパッタ発生を抑制することである。
そして短絡が再び生じたのち、時間t1に戻り、同様の電流波形制御を繰り返す。
【0026】
図3(a)は、アーク溶接を終了する際の溶接電流の波形を示した図である。ここでも横軸は時間を表し、縦軸は溶接電流値を表す。なお
図3(a)では、説明をわかりやすくするため、
図2(a)で示した溶接電流の波形についても点線で図示している。
また
図3(b)は、このときの溶接ワイヤ100の先端部の状態を示す図である。
【0027】
図3(a)に示した溶接電流の波形は、
図2(a)に示した溶接電流の波形に比較して、短絡期間についての波形は、同様のものとなる。
ただしアーク期間では、時間t10〜時間t13において、アーク5期間を別途設けた点でまず異なっている。このアーク5期間では、溶接電流にパルス波形が入るように制御を行なう。
さらにアーク1期間からアーク4期間において、溶接電流を
図2(a)に示した場合より低電流となるように制御する。アーク1期間からアーク4期間では、アークZは発生するものの、その強度は、
図2(a)に示した場合より低いものとなる。またアーク1期間からアーク4期間でほぼ一定の電流値(定電流)となる。この場合電流値は、例えば、30Aである。
つまり本実施の形態では、短絡期間後のアーク期間をなくし、アーク期間分の時間が経過した後にパルス波形を加えることを特徴とする。
【0028】
本実施の形態では、アーク5期間で溶接電流にパルス波形となるものを設けることで、
図3(b)に示すように、溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xが持ち上がる。そしてこれに伴って溶滴表面に形成されていたスラグSが、溶滴Xの側部に移動する。そしてアーク5期間後は、溶接電流は、0Aとなり、溶滴Xはそのまま自然に凝固する。スラグSが、溶滴Xの側部に移動したまま、溶滴Xの凝固にともない固定化されると、アークスタート時に溶接ワイヤ100と被溶接物200との間に位置しなくなり、短絡電流の通電を阻害することを防ぐことが可能となる。
【0029】
図4(a)〜(b)は、アーク溶接を終了する際に、アーク5期間を設けた場合と設けなかった場合とで、凝固した溶滴Xを比較した図である。このうち
図4(a)は、アーク5期間を設けた場合の凝固した溶滴Xの状態であり、
図4(b)は、アーク5期間を設けなかった場合の凝固した溶滴Xの状態である。
アーク5期間を設けた場合は、
図4(a)に示すように溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xは、持ち上がった状態で凝固し、ペンシル形状となる。そしてスラグSは、溶滴Xの側部に形成される。
一方、アーク5期間を設けなかった場合は、
図4(b)に示すように溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xは、持ち上がらず、ほぼ球状の形状で凝固する。この場合、そしてスラグSは、重力の作用により溶滴Xの下方に形成される。つまりスラグSは、溶接ワイヤ100と被溶接物200との間に形成される。
【0030】
本実施の形態では、絶縁物であるスラグSが、アークスタート時に溶接ワイヤ100と被溶接物200との間となる位置に形成されにくいため、アークスタートを行なう際に、溶接ワイヤ100と被溶接物200との間に短絡電流がより流れにくくなる現象が抑制される。その結果、アークスタート不良が生じにくくなる。
【0031】
なおワイヤ送給装置30から溶接ワイヤ100を供給する際には、慣性が存在するため、溶接終了を指示しても溶接ワイヤ100の供給がすぐには停止せず、
図3(a)に示したアーク5期間後に再度短絡状態となることがある。この場合、再度
図3(a)に示した波形の溶接電流を再び印加する。すなわち、短絡期間後にアーク1期間〜アーク5期間を再度繰り返す。そして溶接ワイヤ100の供給が停止し、短絡が生じない状態となった後に、アーク5期間の印加をもってアーク溶接を終了する。このように、溶接終了の指示後も短絡が生じた場合には再度パルス波を印加する制御を行ない、慣性力で送られていた溶接ワイヤ100が止まるタイミングでアーク溶接を終了する。通常は溶接終了の指示後に溶接ワイヤ100が停止するまでの間に2〜3波形分の溶接電流印加が生じている。
【0032】
<アーク溶接方法の説明>
次に本実施の形態のアーク溶接方法について説明を行なう。
図5は、本実施の形態のアーク溶接方法について説明したフローチャートである。
【0033】
このとき所定のシーケンスに従い、溶接ワイヤ100がワイヤ送給装置30により送給され、溶接ワイヤ100に溶接電流が供給される。溶接ワイヤ100および被溶接物200が近接ないし接触するに伴いアーク溶接が行われる。
【0034】
そしてアーク溶接の最中は、溶接ワイヤ100に供給される溶接電流は、
図2(a)で示したような電流波形となるように制御され、被溶接物200の溶接を行なう(ステップ101:溶接工程)。
【0035】
溶接終了の指示により被溶接物200の溶接を終了する(ステップ102)。
【0036】
ワイヤ送給装置30からの溶接ワイヤ100の供給が停止される(ステップ103)。
アーク終了直前(玉どり制御期間中)では、溶滴のサイズをコントロールしている。
図3(a)で示したようなアーク1期間からアーク4期間が最低値となるような溶接電流が設定されており、アーク5期間が設定された溶接電流が供給される(ステップ104)。
【0037】
電源装置50は短絡検知によりアーク5期間後の所定時間内に再度短絡状態となったか否かを判断する(ステップ105)。
そして再度短絡状態とならなかった場合(ステップ105でNo)、アーク溶接を終了する。
【0038】
一方、短絡が検知された場合(ステップ105でYes)、ステップ104に戻る。つまり再度
図3(a)で示したような溶接電流が設定され、溶接トーチ10および被溶接物200に対して、アーク5期間が設定された溶接電流が再度供給される。
以上のステップ103〜ステップ105は、被溶接物200の溶接を終了するときに、溶接電流の波形がパルス波形を印加する制御を行なう溶接終了工程と把握することができる。
【0039】
<変形例の説明>
上述した例では、
図2(a)および
図3(a)に示したように、定電圧下で溶接電流を増減させていたが、これに限られるものではない。
図6(a)は、アーク溶接を行なっている最中に、電源装置50より出力される溶接電流の波形の他の例を示した図である。
また
図6(b)は、このときの溶接ワイヤ100の先端部の状態を示す図である。
【0040】
ここで挙げた溶接電流によるアーク溶接では、短絡期間がない無短絡施工であることに特徴を有する。またスパッタ及びヒュームを低減することができる。ここで溶接電流は、2つのパルスの組み合わせからなる。この2つのパルスの波形は、矩形波形であり、互いにパルスピークおよびパルス幅が異なる。ここでは、2つのパルスのうち先のパルスを第1パルス、後のパルスを第2パルスと呼ぶ。
【0041】
例えば、第1パルスは、ピーク電流Ip1が300A〜700Aであり、パルス幅としてのピーク期間Tp1が0.3ms〜0.5msである。また第1パルスと第2パルスとの間の期間であるベース期間におけるベース電流Ib1が30A〜200Aであり、ベース期間Tb1が0.3ms〜10msである。さらに第2パルスは、ピーク電流Ip2が200A〜600Aであり、パルス幅としてのピーク期間Tp2が1.0ms〜15msである。またさらに第2パルス後の期間であるベース期間におけるベース電流Ib2が30A〜200Aであり、ベース期間Tb2が3.0ms〜20msである。なお
図6(a)では、ベース電流Ib1とベース電流Ib2とを同一の電流値とした例を示している。
【0042】
図6(b)に示すように、時間t21では、溶接ワイヤ100の先端には溶滴Xが形成されくびれKが発生し始める。そして時間t22〜時間t23において第1パルスを印加することで溶滴XのくびれKが成長する。
そして時間t23〜時間t24において溶滴Xは溶接ワイヤ100から溶融池Yに移行する。
次に時間t24〜時間t25において第2パルスを印加することで、溶接ワイヤ100と溶融池Yとの間でより大きなアークZを発生させる。
さらに時間t25以降、ベース電流Ib2により再び溶滴Xを成長させる。
以後、再度t21に戻り、同様の動作を繰り返す。
【0043】
図7(a)は、アーク溶接を終了する際の溶接電流の波形を示した図である。ここでも横軸は時間を表し、縦軸は溶接電流値を表す。
また
図7(b)は、このときの溶接ワイヤ100の先端部の状態を示す図である。
【0044】
図7(a)に示した溶接電流の波形は、
図6(a)に示した波形に比較して、第2パルスとして異なる形状のパルス波形が入る。
【0045】
この変形例においても、溶接電流の波形として上述したパルス波形を印加することで、溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xが持ち上がる。そしてこれによりスラグSが、溶滴Xの側部に移動する。そして溶滴Xはそのまま自然冷却により凝固する。つまりこの例でもスラグSは、溶滴Xの側部に移動し、溶滴Xの凝固にともない固定化される。それにより、アークスタート時に溶接ワイヤ100と被溶接物200との間に位置することが防がれる。
【0046】
なおパルス波形が入る期間は、時間t23〜時間t24において溶接ワイヤ100から離脱した直後であるため、溶滴Xはそれほど大きく成長していない。よって
図7(a)に示したパルス波形のピーク電流Ip2は、
図3(a)に示したパルス波形のピーク電流より大きく、また
図7(a)に示したピーク期間Tp2は、
図3(a)に示したパルス波形のピーク期間より長く設定することが好ましい。
なおここでは第2パルスとパルス波形とは、ピーク電流やピーク期間を同じとしたが異なるようにしてもよい。
【0047】
<アーク5期間におけるパルス波形の説明>
次にパルス波形についてさらに詳しく説明を行なう。ここでは
図3(a)に示したパルス波形を例に採り説明を行なう。
ここで溶接電流の波形がパルス波形であるとは、溶接電流の波形が、
図8で示したような矩形(台形形状)となる場合を言う。つまりまずアーク5期間開始時の時間t10から時間t11にかけ、溶接電流をベースの電流値Eからピークの電流値Bまで、時間Aの間(第1の期間:t11−t10)に線形的に増加する。そして時間t11から時間t12にかけピークの電流値Bを時間Cの間(第2の期間:t12−t11)、ほぼ定電流として維持する。さらに時間t12から時間t13にかけ、溶接電流をピークの電流値Bからベースの電流値Eまで、時間Dの間(第3の期間:t13−t12)に線形的に減少する。
【0048】
本実施の形態では、時間A、C、D、および電流値B、Eを以下に示すように変化させてそれぞれの好ましい範囲を定めた。なおこれらを以下、それぞれ単にA、C、D、B、Eと言うことがある。
【0049】
図9は、A、B、C、D、Eについて検討した結果である。
図9では、A、B、C、D、Eを図示するように変化させた場合にアークスタート不良の発生率がどのようになるかを実施例1〜21として図示している。また
図9では、アーク期間5を入れなかった場合を比較例として図示している。なお実施例1〜21の中では、実施例7、10、11、19については、A、B、C、D、Eが同じ条件であるが、説明をわかりやすくするため重複して記載している。
【0050】
ここで「◎」で示した場合は、アークスタート不良の発生率が、0%であり、「○」で示した場合は、アークスタート不良の発生率が、0%を超えかつ2%未満であったことを意味する。また「△」は、アークスタート不良の発生率が2%以上かつ5%未満であったことを意味する。さらに「×」は、比較例の場合であり、アークスタート不良の発生率が5%であったことを意味する。なおここでは実施例1〜21、比較例のそれぞれについて、300回のアークスタートを行ない、これによりアークスタート不良の発生率を算出した。
【0051】
ここでは、まず時間Aについて検討を行なった。
図示するように、実施例1〜3として、B〜Eを固定し、時間Aを1.0ms、2.0ms、5.0msで変化させた。そしてアークスタート不良が生じるか否かを確認するとともに、凝固した溶滴XにおけるスラグSの形成位置を観察した。
【0052】
実施例1〜3の場合、何れもアークスタート不良の発生率は、5%未満となった。実施例1〜3の場合、溶接ワイヤ100の先端部は、球状となって凝固し、スラグSはその底部に形成された。なお実施例1〜3の場合、溶接ワイヤ100の先端部の球状の凝固物の径は、例えば、2.0mmとなり、比較例が1.5mmであったのに対して大きくなった。このため溶接ワイヤ100の先端部が球状となり、スラグSはその底部に形成してもアークスタート不良の発生率が低下したものと考えられる。
【0053】
実施例1〜3の結果より、時間A(第1の期間)は、0.1ms以上であることが好ましく、0.5ms以上であることがさらに好ましいと判断した。また時間Aは、5.0ms以下であることが好ましく、2.0ms以下であることがさらに好ましいと判断した。
【0054】
次に電流値Bについて検討を行なった。
図示するように、実施例4〜7として、A、C、D、Eを固定し、電流値Bを150A、200A、250A、300Aで変化させた。なお実施例1〜3の結果より、より好ましい範囲として、時間Aについては2.0msを設定した。そしてアークスタート不良が生じるか否かを確認するとともに、凝固した溶滴XにおけるスラグSの形成位置を顕微鏡により観察した。
【0055】
実施例4〜7の場合、何れもアークスタート不良の発生率は、5%未満となった。ただし実施例4〜5より実施例6〜7の場合の方が、アークスタート不良の発生率が減少し、0%となった。
実施例4〜5の場合、溶接ワイヤ100の先端部は、球状となって凝固し、スラグSはその底部に形成された。対して実施例6〜7の場合、溶接ワイヤ100の先端部は、上に持ち上がったペンシル形状となって凝固し、スラグSはその側部に形成された。即ちこれにより実施例5〜7の場合、実施例4〜5よりもアークスタート不良がより生じにくくなったものと考えられる。
【0056】
実施例4〜7の結果より、電流値B(第2の期間の溶接電流)は、200A以上であることが好ましく、250A以上であることがさらに好ましいと判断した。また電流値Bは、500A以下であることが好ましく、300A以上であることがさらに好ましいと判断した。
【0057】
また時間Cについて検討を行なった。
図示するように、実施例8〜10として、A、B、D、Eを固定し、時間Cを0.1ms、1.0ms、3.0msで変化させた。なお実施例1〜7の結果より、より好ましい範囲として、時間Aについては2.0msを設定し、電流値Bについては300Aを設定した。そしてアークスタート不良が生じるか否かを確認するとともに、凝固した溶滴XにおけるスラグSの形成位置を観察した。
【0058】
実施例8〜10の場合、何れもアークスタート不良の発生率は、5%未満となった。ただし実施例8より実施例9〜10の場合の方が、アークスタート不良の発生率が減少した。
実施例8の場合、溶接ワイヤ100の先端部は、球状となって凝固し、スラグSはその底部に形成された。対して実施例9〜10の場合、溶接ワイヤ100の先端部は、上に持ち上がったペンシル形状となって凝固し、スラグSはその側部に形成された。即ちこれにより実施例9〜10の場合、実施例8よりもアークスタート不良がより生じにくくなったものと考えられる。
【0059】
実施例8〜10の結果より、時間C(第2の期間)は、1.0ms以上であることが好ましいと判断した。また時間Cは、5.0ms以下であることが好ましいと判断した。
【0060】
さらに時間Dについて検討を行なった。
図示するように、実施例11〜18として、A、C、Eを固定し、電流値Bを300Aおよび120Aの2通りで変化させた。また時間Dを0.1ms、1.0ms、3.0ms、10.0msで変化させた。なお実施例1〜10の結果より、より好ましい範囲として、時間Aについては2.0msを設定し、電流値Bについては300Aを設定し、時間Cについては、3.0msを設定した。そしてアークスタート不良が生じるか否かを確認するとともに、凝固した溶滴XにおけるスラグSの形成位置を観察した。
【0061】
実施例11〜18の場合、何れもアークスタート不良の発生率は、5%未満となった。ここで電流値Bが300Aの場合は、時間Dがより短い方がアークスタート不良が生じにくかった。一方、電流値Bが120Aの場合は、時間Dが3.0Aのときが最もアークスタート不良が生じにくかった。即ち、電流値Bの違いにより時間Dを変化させたときのアークスタート不良の生じにくさが変化した。なお溶接ワイヤ100の先端部は、上に持ち上がったペンシル形状となって凝固し、スラグSはその側部に形成された。
【0062】
実施例11〜18の結果より、時間D(第3の期間)は、電流値Bにもよるが、0.1ms以上であることが好ましく、0.5ms以上であることがさらに好ましいと判断した。また時間Dは、5.0ms以下であることが好ましく、2.0ms以下であることがさらに好ましいと判断した。
【0063】
またさらに電流値Eについて検討を行なった。
図示するように、実施例19〜21として、A、B、C、Dを固定し、電流値Eを1.0A、20A、50Aで変化させた。なお実施例1〜18の結果より、より好ましい範囲として、時間Aについては2.0msを設定し、電流値Bについては300Aを設定し、時間Cについては、3.0msを設定し、時間Dについては、0.1msを設定した。そしてアークスタート不良が生じるか否かを確認するとともに、凝固した溶滴XにおけるスラグSの形成位置を観察した。
【0064】
実施例19〜21の場合、何れもアークスタート不良の発生率は、5%未満となった。ここで電流値Eがより小さい方がアークスタート不良の発生率が低かった。溶接ワイヤ100の先端部は、上に持ち上がったペンシル形状となって凝固し、スラグSはその側部に形成された。
【0065】
実施例19〜21の結果より、電流値E(第3の期間の溶接電流)は、0A以上であることが好ましいと判断した。また電流値Eは、50A以下であることが好ましいと判断した。
【0066】
このように本実施の形態では、パルス波形を入れない場合より入れた場合の方が、アークスタート不良の発生率は減少する。
そして溶接ワイヤ100の先端部を上に持ち上がったペンシル形状となって凝固させた場合は、アークスタート不良の発生率はさらに減少する。そしてこのようにするためには、ピークの電流値Bを250A以上とし、かつピークの電流値Bを維持する時間C(第2の期間)を1.0ms以上とする必要がある。つまりこのパルス波形を印加することで溶接ワイヤ100の先端部に形成された溶滴Xが持ち上げる力が生じる。この力は、ピークの電流値Bとそれを維持する時間Cで定まるため、所定の電流値および時間以上である必要がある。そしてベースの電流値Eからピークの電流値Bまで電流値を増加させる立ち上がりの時間A(第1の期間)を設け、この力が急激に生じることにより溶滴Xが飛び散ることを抑制する。さらにピークの電流値Bからベースの電流値Eにする立ち下がりの時間D(第3の期間)を設け、この力が急激に消失しないようにして持ち上げた溶滴Xの状態を変化しにくくする。これにより、溶滴Xは上に持ち上がったまま凝固されやすくなり、よりスラグSが側面に形成されやすくなる。
【0067】
そして本実施の形態では、凝固時間が経過するまで溶接電流を定電流にフィードバックする必要はない。そのため制御機構がより簡易となる。