特許第6396281号(P6396281)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6396281
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】生体インプラントおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/06 20060101AFI20180913BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20180913BHJP
   A61L 27/32 20060101ALI20180913BHJP
   A61L 27/42 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
   A61L27/06
   A61L27/50
   A61L27/32
   A61L27/42
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-504230(P2015-504230)
(86)(22)【出願日】2014年2月18日
(86)【国際出願番号】JP2014053778
(87)【国際公開番号】WO2014136567
(87)【国際公開日】20140912
【審査請求日】2016年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2013-45704(P2013-45704)
(32)【優先日】2013年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100109449
【弁理士】
【氏名又は名称】毛受 隆典
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(72)【発明者】
【氏名】川下 将一
【審査官】 小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−102330(JP,A)
【文献】 特開2002−345948(JP,A)
【文献】 Key Engineering Materials,2013年 1月17日,Vol.529−530,p570−573
【文献】 人工臓器,2007年,Vol.40,No.1,p62−65
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン金属又はチタン合金からなる基体を有する、生体インプラントであって、
記基体の表面は、網目構造が形成された改質層を備え、
前記改質層は、少なくともその表面に、アンモニアを窒素源とするNドープ・アナターゼ型酸化チタン相を含有し、アルカリチタン酸塩の非晶質相を実質的に含有しないこと、
を特徴とする、アパタイト形成能及び可視光における光触媒能を有する生体インプラント。
【請求項2】
チタン金属又はチタン合金よりなる基体と、
記基体の表面に、可視光における抗菌性かつ骨親和性の特性を有する改質層と、を備え、
前記改質層は、網目構造を有し、アンモニアを窒素源とするNドープ・アナターゼ型酸化チタン相を含有すること、
を特徴とする、生体インプラント。
【請求項3】
前記改質層は、少なくともその表面に、アルカリチタン酸塩の非晶質相を実質的に含有しない、請求項に記載の生体インプラント。
【請求項4】
前記改質層は、ヒドロキシアパタイトが形成された、ヒドロキシアパタイト層またはヒドロキシアパタイト複合体層をさらに備える、請求項1〜のいずれか1項に記載の生体インプラント。
【請求項5】
チタン金属又はチタン合金よりなる基体を、アルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液に接触させるアルカリ処理を行うステップと、
前記アルカリ処理後、前記基体にアンモニア処理を行うステップと、
を含むことを特徴とする、生体インプラントの製造方法。
【請求項6】
前記アンモニア処理が、前記アルカリ処理後、前記基体を、アンモニウムイオンを含有するアンモニア水溶液に接触させる処理である、請求項に記載の生体インプラントの製造方法。
【請求項7】
前記アンモニア処理後に、さらに前記基体を加熱処理するステップを含む、請求項に記載の生体インプラントの製造方法。
【請求項8】
前記アンモニア処理が、前記アルカリ処理後、前記基体をアンモニア雰囲気中で加熱する処理である、請求項に記載の生体インプラントの製造方法。
【請求項9】
前記アルカリ処理を行うステップは、前記アルカリ水溶液との接触後に前記基体を温水に接触させる温水処理を含む、請求項に記載の生体インプラントの製造方法。
【請求項10】
さらに、擬似体液中でヒドロキシアパタイト層またはヒドロキシアパタイト複合体層を形成させるステップを含む、請求項のいずれか1項に記載の生体インプラントの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体インプラントおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体インプラントは、近年医療分野において広く用いられている。生体インプラントは、例えば、疾病や外傷等の治療のために使用される人工骨、創外固定具、内固定具に用いられる。生体インプラントは、さらに、失われた関節機能を再建するために使用される人工関節、歯科領域で使用される人工歯根等にも用いられる。これら固定具を含めて、生体インプラントの基体は、骨内等に固定して使用されることから高強度、高破壊靭性を必要とする。そのため、基体の材料には、ステンレス合金やコバルト(Co)・クロム(Cr)合金、チタン(Ti)合金などが主に使用されている。その中でも、Ti金属およびTi合金は、軽量で、金属であっても生体に無害であること、およびその酸化物が光触媒活性を有することなどの点から注目されている。
【0003】
人工骨等のインプラントの基体は、移植代替物である。従って、基体にとって生体骨との親和性(骨親和性)を有することが非常に重要である。基体が骨親和性を示す条件は、第1に、体液中で表面に骨の成分であるヒドロキシアパタイト(以下、「アパタイト」という)層を形成することである。それゆえ、生体骨との親和性に関して、アパタイトの果たす役割は本質的なものである。
【0004】
Ti金属およびTi合金は、生体に無害とはいっても、その表面自体は生体不活性である。従って、生体骨との親和性が低いため、そのままでは周囲の骨と結合しない。そのため、インプラントとして実用化する場合には、Ti金属と骨組織との間の密着強度が増大するまでに長期間を要する。この結果、埋設したインプラントがゆるんでしまうといった問題を解決する必要があった。
【0005】
例えば、インプラントの基体として、純TiやTi合金を使用した場合、顎骨に埋入されたインプラントが咬合力を支持できるまで(骨組織がインプラントに結合するまで)、通常下顎で3ヶ月、上顎で6ヶ月の治癒期間が必要となると言われている。この様な治療期間の長期化は、患者や術者の不満を募らせる要因ともなっている。
【0006】
この様な事情から、骨親和性を付与・向上させるために、Ti金属またはTi合金の基体表面に生体活性を付与することが試みられている。
【0007】
一般的に、インプラント基体表面に生体活性を付与する方法としては、例えば、フルオロアパタイトを含有するショット材を用いたサンドブラスト法を用いて表面を粗面処理するものがある(特許文献1)。加えて、ヒドロキシアパタイトや金属酸化物などの酸化物材料などを基体表面に付着させて膜を形成させる、コーティング法がよく研究されている(特許文献2)。
【0008】
コーティング方法としては、プラズマ溶射法、フレーム溶射法などの溶射法、ゾルゲルコーティング法などがある。溶射法は、被覆材料粉末などを高温ガス流中に存在させ、高温ガス流とともに基体表面に衝突させて付着させることで、生体活性を付与するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−136632号公報
【特許文献2】特開2003−52805号公報
【特許文献3】特表2006−502762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、インプラント基体表面に生体活性を付与するための、上記のような溶射法には、以下のような問題点が指摘されている。例えば、被覆材料粉末を高温ガス流中に存在させ、高温ガス流とともに基体表面に衝突させて付着させることから、アパタイトが熱分解してしまうことである。また、金属イオン等を均一に導入することができないことである。また、基体と、形成された酸化チタン膜やアパタイト膜等との間の密着性が非常に低いことである。また、ゾルゲル法でも生成された被膜が、同様にTi基体との密着性が非常に低いことである。さらに、これらの方法で信頼性の高いコーティング層を形成するためには、処理プロセスが複雑になり、高価な装置が必要となるため、製造コストが高くなること、などである。
【0011】
一方、これら生体インプラントは、置換手術時及び/又は術後における細菌等の微生物感染の感染源になる可能性があるという問題もある。これに対し、感染症を防止するため、術前及び/又は術中の抗生物質の投与、器具及び/又は手術着の滅菌、バイオ・クリーンルームにおける無菌手術等の対策がなされている。しかしながら、感染症の発症を完全に抑制するのは困難で、現在確立された治療法がないのが現状である。従って、対処療法的に、埋め込んだ人工骨などの抜去を行い、感染部を掻爬及び/又は洗浄し、抗生物質による洗浄を行っている。しかしながら、この様な対処療法は、患者に肉体的にも経済的にも多大の負担を強いることになってしまう。
【0012】
これらの対処療法に対して、インプラント基体の表面に、直接抗菌剤や抗菌材料の層をコーティングする方法も試みられている(特許文献3)。
【0013】
この様な、インプラント基体の表面に抗菌剤や抗菌材料の層をコーティングする方法としては、例えば、抗菌性金属イオンを含有するコーティングをインプラント上に塗布し乾燥して表面に金属イオン含有層を形成して、インプラント上における細菌の増殖を抑制する方法などがある。しかしながら、この場合、細菌増殖の抑制機序が金属イオンの溶出にあるため、生体内で金属アレルギーが生じ易いという問題が生じる。
【0014】
また、コーティング液の塗布により抗菌剤を含有する層を形成する場合は、形成される膜の強度が必ずしも十分でなく、これらの層が剥離して生体内で基体の腐食や異物反応を惹起する虞もある。そのため、合併症併発を抑制しつつ、術中感染の防止に有効な医療用インプラントが未だ存在しないのが実情である。
【0015】
この発明は、上記実情に鑑みてなされたもので、その解決しようとする課題は、可視光下での感染を防止する抗菌性を有し、かつ術後における速やかな骨形成能を兼ね備えた、固定具等も含む生体インプラントおよびその安価な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、以下の態様を含む。
(1)チタン金属又はチタン合金からなる基体を有する、生体インプラントであって、前記基体の表面は、網目構造が形成された改質層を備え、前記改質層は、少なくともその表面に、アンモニアを窒素源とするNドープ・アナターゼ型酸化チタン相を含有し、アルカリチタン酸塩の非晶質相を実質的に含有しないこと、を特徴とする、アパタイト形成能及び可視光における光触媒能を有する生体インプラント。
【0017】
(2)チタン金属又はチタン合金よりなる基体と、前記基体の表面に、可視光における抗菌性かつ骨親和性の特性を有する改質層と、を備え、前記改質層は、網目構造を有し、アンモニアを窒素源とするNドープ・アナターゼ型酸化チタン相を含有することを特徴とする、生体インプラント。
【0018】
(3)チタン金属又はチタン合金よりなる基体を、アルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンを含有するアルカリ水溶液に接触させるアルカリ処理を行うステップと、前記アルカリ処理後に、前記基体にアンモニア処理を行うステップと、を含むことを特徴とする、生体インプラントの製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、チタンまたはチタン合金よりなるインプラント基体にアルカリ処理およびアンモニア処理を行うことによって、基体表面に改質層が形成される。当該改質層は、可視光でも光触媒能を有し、かつ、優れたアパタイト形成能を有する。これにより、生体外では可視光下で抗菌性を有し、かつ、生体内では骨親和性に優れた、生体インプラントを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1〜5、比較例1、2で得た試料基体の可視光下での光触媒能(MBの分解率(%))を示す棒グラフである。
図2】実施例3のアパタイト形成後の走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)写真である。
図3】実施例1〜3のアパタイトの粒径分布を、1−5μm、5−10μm、10−20μm毎に示した、棒グラフである。
図4】参考例(比較例2と同条件の丸板)を用いた場合の、アルカリ(5MのNaOH)・加熱処理例でのアパタイト粒径分布を示す図である。
図5】実施例3の擬似体液(Simulated Body Fluid:SBF)浸漬前の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図6】比較例3の擬似体液(SBF)浸漬前の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図7】比較例2の擬似体液(SBF)浸漬前の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図8A】実施例3、比較例1〜3の薄膜X線回析(Thin-Film X-Ray Diffraction:TF−XRD)グラフである。
図8B図8Aの薄膜X線回析(TF−XRD)グラフの一部拡大図である。
図9】実施例3、比較例2〜3のX線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)解析グラフである。
図10】実施例6の未処理状態の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図11】実施例6の表面処理後の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図12】実施例6の薄膜X線回折(TF−XRD)グラフである。
図13】実施例6のX線光電子分光法(XPS)解析グラフである。
図14】実施例6のアパタイト形成後の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(第1実施形態)
本発明の生体インプラントは、チタン(Ti)金属又はTi合金からなる基体を有する。
【0022】
ここで、生体インプラントとは、疾病や外傷等の治療のために使用される人工骨、創外固定具、内固定具を包含するものとする。加えて、生体インプラントは、失われた関節機能を再建するために使用される人工関節、歯科領域で使用される人工歯根等を包含するものとする。また、基体とは、生体インプラントとして所定の形状に形成したものを含む。
【0023】
基体としては、金属毒性のない純Ti金属が良い。成形性の点では、Ti−6Al−4V、Ti−5Al−2.5Sn、Ti−3Al−13V−11Cr、Ti−15Mo−5Nb−3Ta、Ti−6Al−2Mo−Taのような合金でも良い。
【0024】
前記基体の表面は、後に示す様な、微細な網目構造(多孔質構造)が形成された改質層を備える。
【0025】
該改質層は、アルカリ・アンモニア処理によって形成され、少なくともその表面に、アナターゼ型Ti相を含有し、アルカリチタン酸塩の非晶質相を実質的に含有しないものが好ましい。ここで、「該改質層は、少なくともその表面に、アルカリチタン酸塩の非晶質相を実質的に含有しない」とは、後に詳細に記すが、主に以下の2つを意味する。第1に、Ti金属またはTi合金からなる基体表面において、アルカリ処理によって形成される改質層の表面に含まれる非晶質相のアルカリチタン酸塩が、その後の処理工程を経て、結果的に、TF−XRD回析およびXPS測定での誤差範囲内の値である。第2に、微量の非晶質相のアルカリチタン酸塩が検出されるとしても、その量は、本発明の効果、具体的には、光触媒能やアパタイト形成能に悪影響を与えない程度に微量である。
【0026】
さらに、基体としては、上記改質層である第一の層の上に、更にアパタイトを主成分とする第二の層(ヒドロキシアパタイト層またはヒドロキシアパタイト複合層)が形成されたものでもよい。
【0027】
第一の層および第二の層の厚さは特に限定されないが、第一の層の厚さは、0.1〜10μm程度、第二の層の厚さは、1μm以上が好ましい。より好ましくは、第一の層の厚さは、0.5〜5μm、第二の層の厚さは、3〜30μm程度がよい。特に好ましくは、第一の層の厚さは、0.5〜2μm、第二の層の厚さは、5〜20μm程度がよい。
【0028】
本発明の生体インプラントは、例えば次のような方法で製造することができる。
洗浄、乾燥させた、所定形状所定寸法のTi金属又はTi合金よりなる基体を用意する。
【0029】
Ti金属またはTi合金の基体をアルカリ水溶液に接触(浸漬)してアルカリ処理を行う。次に、上記アルカリ処理後の基体を、アンモニウムイオンを含有するアンモニア水溶液に接触(浸漬)してアンモニア処理を行う。その後、基体を加熱処理する。
【0030】
ここでは、これらの一連の処理を、「アルカリ・アンモニア・加熱処理」という。
【0031】
さらに、加熱処理を行った基体を、アパタイトの溶解度以上のカルシウムCaとリンPを含む水溶液中、例えば擬似体液(SBF)中に浸漬して、改質層の上に更にアパタイトを主成分とする層が形成されたものとしてもよい。
【0032】
ここで、アルカリ性水溶液のアルカリ性は、アルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属に基づくと好ましい。これらの金属イオンは、水中のヒドロニウムイオンと容易に交換可能だからである。さらに、好ましくはナトリウムNaイオン、カリウムKイオン及びカルシウムCa2+イオンのうち1種以上を含む水溶液である。アルカリ水溶液の好ましい濃度、温度及び反応時間は、それぞれ1〜10モル/L(M)、40〜70℃及び1〜24時間である。
【0033】
また、アンモニア処理におけるアンモニア水溶液の好ましい濃度、温度及び反応時間は、それぞれ0.1〜10M、40〜70℃及び1〜24時間である。アンモニア水溶液の好ましい濃度は、より好ましくは、0.1〜5M、特に好ましくは、0.3〜0.7Mである。
【0034】
加熱温度は、好ましくはTi金属又はTi合金の転移温度以下の温度とする。より好ましくは300〜800℃、特に好ましくは550〜650℃である。この加熱処理によって、酸素が拡散して生成される改質層の厚さが増加する。
【0035】
上記「アルカリ・アンモニア・加熱処理」の一実施態様としては、基体を5mLの5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬し、続いて7mLの0.1〜10MのNHOH水溶液に40℃で24時間浸漬した後、洗浄、乾燥させ、600℃で1時間加熱処理する方法がある。
【0036】
加熱後、基体を、アパタイトの溶解度以上のカルシウムCaとリンPを含む水溶液、例えば、擬似体液(SBF)中に浸漬して、改質層の上に更にアパタイトを主成分とする層が形成したものとしてもよい。また、他の公知の方法でアパタイト層を形成してもよい。
擬似体液(SBF)中に浸漬する場合は、上記基体表面にアパタイトを形成させる条件であれば何れでも構わないが、例えば、36〜37℃で1〜10日間浸漬する。
【0037】
Ti金属又はTi合金よりなる基体が生体骨との親和性を示す条件は、体液中で表面に骨の成分であるヒドロキシアパタイト(ここでは、「アパタイト」という)層を形成することである。生体骨との親和性に対してアパタイトの果たす役割は本質的なものである。そして、下記に示すように、擬似体液(SBF)中で試験的に基体表面に形成されるアパタイト層の有無とその程度は、骨親和性の指標とされている(ISO23317:2007)。
【0038】
(第2実施形態)
以下、本発明の第2実施形態について、第1実施形態と異なる処理等につき説明する。
【0039】
実施形態1のアルカリ処理において、基体をアルカリ水溶液に接触(浸漬)させた後に基体を温水に接触(浸漬)させる処理(以下、「温水処理」という。)をすることができる。温水処理の好ましい温度及び時間は、それぞれ40〜95℃及び1〜48時間である。
【0040】
また、実施形態1のアンモニア処理及び加熱処理の代わりに、アンモニア雰囲気中で加熱処理することによって行うことができる。アンモニア雰囲気中での加熱処理に好ましい温度、圧力及び加熱時間は、それぞれ500〜800℃、10〜1000kPa(abs)及び1〜10時間である。即ち、加熱処理は大気圧下で行うことができる。
【0041】
本実施形態の処理の一態様としては、基体を5mLの5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬し、続いて7mLの純水に80℃で48時間浸漬した後、洗浄、乾燥させ、アンモニア雰囲気中にて600℃で1時間加熱処理する方法がある。
【0042】
本実施形態によれば、基体の表面構造でのN原子の含有率が、後述するように第1実施形態における含有率よりも高くなる。これにより、基体材料の酸化物の可視光下での光触媒能が更に向上した生体インプラントが得られる。
【実施例】
【0043】
以下に、実施例、比較例の概略を示す。
(実施態様:アルカリ・アンモニア・加熱処理)
Ti金属またはTi合金の基体をアルカリ処理する。続いて、アンモニウムイオンを含有するアンモニア水溶液に基体を接触(浸漬)させてアンモニア処理を行う。その後、基体を洗浄、乾燥させ、加熱処理する。上記したが、ここでは、これらの一連の処理を、「アルカリ・アンモニア・加熱処理」という。
【0044】
(比較態様1:未処理)
Ti金属またはTi合金の基体であって、アルカリ処理、アンモニア処理、あるいは加熱処理を含め、いずれの処理も行わない場合を、ここでは「未処理」という。
【0045】
(比較態様2:アルカリ・加熱処理)
Ti金属またはTi合金の基体をアルカリ処理する。その後、基体を加熱処理する。ここでは、これらの一連の処理を、「アルカリ・加熱処理」という。
【0046】
(比較態様3:アルカリ・硝酸・加熱処理)
Ti金属またはTi合金の基体をアルカリ処理する。続いて、硝酸イオンを含有する硝酸(HNO)に基体を接触(浸漬)させて硝酸処理を行う。その後、基体を洗浄、乾燥させ、加熱処理する。ここでは、これらの一連の処理を、「アルカリ・硝酸・加熱処理」という。
【0047】
以下に、実施例1〜6及び比較例1〜3を示し、更に具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されない。
【0048】
(実施例1〜5)
アルカリ・アンモニア・加熱処理例:純Ti金属からなる基体(以下、「純Ti金属基体」または「Ti金属基体」という)を、5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬した。続いて、基体を所定の濃度のNHOH水溶液に40℃で24時間浸漬した。その後、基体を600℃で1時間加熱処理して、試料を得た。NHOH水溶液の濃度の低い順から、実施例1(0.1M)、実施例2(0.5M)、実施例3(1M)、実施例4(5M)、および、実施例5(10M)とした。
【0049】
(比較例1)未処理例:純Ti金属基体を、未処理の状態で、試料とした。
(比較例2)アルカリ・加熱処理例:純Ti金属基体を、5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬した。その後、基体を600℃で1時間加熱処理して、試料を得た。
(比較例3)アルカリ・硝酸・加熱処理例:純チタン金属基体を、5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬した。続いて、基体を1MのNHOH水溶液に40℃で24時間浸漬した。その後、600℃で1時間加熱処理して、試料を得た。
【0050】
以下に、実験に用いた、基体の形状、表面構造解析方法、アパタイト形成能試験方法、光触媒能試験方法について概略を記載する。
【0051】
(純Ti金属基体)
下記実施例、比較例とも、試料の基体として、以下の角板を用いた。
角板(10mm角、厚さ1mm:(株)高純度化学研究所、純度3N(99.9%)カタログ番号:TIE04CB)
なお、参考例として、丸板(直径15mm、厚さ0.3mm:(株)吉見製作所、純度JIS1種)を用いた。
【0052】
(表面構造解析)
実験により得られた試料(純Ti金属基体)表面の構造変化を、走査型電子顕微鏡(SEM)、薄膜X線回析(TF−XRD)およびX線光電子分光法(XPS)により調べた。
【0053】
(可視光下での光触媒能(メチレンブルー分解特性)試験)
得られた試料を、5mLの0.01mMメチレンブルー(MB)水溶液に浸漬し、蛍光灯(可視光)を6時間照射した後、MB濃度の変化を可視紫外分光光度計により調べた。
【0054】
(アパタイト形成能試験)
得られた試料を、ヒトの体液とほぼ等しい無機イオン濃度を有する擬似体液(SBF)30mLに36.5℃で7日間浸漬し、3日後、7日後のアパタイト形成能を、以下の方法で調べた。
(a)走査型電子顕微鏡(SEM)像の観察。
(b)SEMによる写真から、形成されたアパタイトの粒径を計測。
なお、上記擬似体液(SBF)は、インプラント材料のアパタイト形成能をin vitroで調べるための水溶液として、ISOで認可(ISO23317:2007 Implants for surgery. In vitro evaluation for apatite−forming of implant materials)されているものを用いた。
【0055】
<可視光下での光触媒能とアパタイト形成能について>
(1)可視光下での光触媒能とアンモニア水の濃度について
図1は、左から、比較例1、2、及び、実施例1〜5の、光触媒能(MBの分解率(%))を示す棒グラフである。可視光における光触媒能の指標であるMB分解率(%)は、比較例1(未処理:Untreated)では約3.3であった。これに対して、実施例1(0.1M NHOH)では11.1、実施例2(0.5M NHOH)では14.6、実施例3(1M NHOH)では11.5、実施例4(5M NHOH)では11.9、実施例5(10M NHOH)では6.1であった。即ち、MB分解率について、実施例1〜5は、未処理の比較例1に対し、何れも高値を示した。また、比較例2(アルカリ(5M NaOH)・加熱処理)では、9.6、比較例3では、未処理例(比較例1)のレベルであった。
【0056】
なお、一般的にTiOは、300〜400nmの限定された紫外線領域の光照射で光触媒能(抗菌、殺菌等)を有する。本実施例では、全て、手術室等と同様の可視光下で光触媒能を有した。
【0057】
(2)アパタイト形成能とアンモニア水の濃度について
以下の実施例1〜5、および比較例1〜3では、上記実験(1)の実施例1〜5、および比較例1〜3と同様の条件で処理したTi金属の基体を用いた。
【0058】
アパタイト形成能を調べた結果、比較例1(未処理)や比較例2(アルカリ(5MのNaOH)・加熱処理)ではアパタイト形成能が見られなかった。これに対して、実施例1〜5つまり、アルカリ・アンモニア・加熱処理においては、アンモニア濃度が0.1〜10Mの何れの場合でも、大部分が5〜20μmレベルの大きなアパタイトが形成された。これにより、実施例1〜5が顕著に優れたアパタイト形成能を示すことが判明した。図2に実施例3の走査型電子顕微鏡像を示す。
【0059】
図3は、この実施例の「アルカリ・アンモニア・加熱処理」したチタン金属基体表面に、7日間で形成されたアパタイトの粒径分布である。左から、アンモニア濃度を0.1M、0.5M、1Mとした実施例1〜3における、アパタイトの粒径分布を示す。粒径が5〜10μmのものが多く、さらに粒径10〜20μmの大きなアパタイト形成も顕著に見られた。因みに、5〜20μmレベルの大きなアパタイトは、0.1Mで、72.0%、0.5Mで、87.3%、1Mで63.3%を占めていた。
【0060】
また、形成されたアパタイトの平均粒径は、比較例1、2のゼロに対して、実施例1で6.34μm、実施例2で7.20μm、実施例3で6.01μmであった。
【0061】
参考例として、基体を他社製の丸板とした場合の結果を示す。未処理(比較例1と同様の条件)では、上記と同様にアパタイト形成能は見られなかった。これに対し、アルカリ・加熱処理(比較例2と同処理)の場合は、7日間で、粒径が平均3.29μmのごく小さなアパタイト形成が観察された。この場合の、アパタイト粒径分布を図4に示す。この参考例では、5μm以下の小さなアパタイト形成が見られ、全体の96.5%を占めていた。
【0062】
以上の結果、実施例1〜5は、比較例1〜3ではアパタイト形成能がないのに対して、顕著なアパタイト形成能を有することが判明した。ここで、例え、上記、実施例1〜3の粒径分布(図3)を、アルカリ・熱処理した参考例(丸板)の粒径分布(図4)や平均粒径と比較したとしても、実施例1〜3のアパタイト形成能は、顕著に優れたものであることは明らかであった。例えば、実施例2は、この比較例2に比して、平均粒径が2倍以上大きい、つまり、表面積にすれば4倍以上大であった。また、7日間で形成されたアパタイトの粒径分布で比較すると、実施例2は、5〜20μmの粒径の大きなアパタイトが全体の87.3%であるのに対し、参考例の場合は、5〜10μmのものは3.5%と極端に少ない。以上のことからも、本実施例では、大変優れたアパタイトの形成能を獲得していることが分かった。
【0063】
<表面構造解析について>
上記の各処理後におけるTi金属表面の構造変化を、走査型電子顕微鏡(SEM)観察、薄膜X線回折(TF−XRD)及びX線光電子分光法(XPS)により調べた。
【0064】
(1)走査型電子顕微鏡(SEM)観察の結果(図5〜7)
アルカリ・アンモニア・加熱処理を行った実施例では、図5に示す様な、微細な網目構造(多孔質構造)が観察されたことが特徴的であった。全体としては、1μmかそれ以上の大きな孔を多く含有する多孔質構造が、掘り深く、くっきりと形成されていた。それに対して、未処理(比較例1)の場合はほぼ平坦な構造で、アルカリ・硝酸・加熱処理(比較例3)の場合も、同様にほぼ平坦な構造が観察された(図6)。即ち、比較例1,3では網目状、多孔質状の構造は見られなかった。なお、微細な構造上の違いは判然としないが、アルカリ・加熱処理(比較例2)の場合は、全体として1μmより小さめで浅めの網目構造が観察された(図7)。
【0065】
(2)薄膜X線回析(TF−XRD)の結果(図8A、8B)
図8Aは、上から比較例3、実施例3、比較例2、比較例1のTF−XRDの解析結果である。図8Bは、この実施例3、比較例2の回折線を部分拡大したものである。
ここで、アナターゼ(アナターゼ型酸化チタン:可視光下で高い光触媒能)、ルチル(ルチル型酸化チタン:可視光下で極少ない光触媒能)、ST(非晶質のアルカリチタン酸塩、NaTi11)のそれぞれのX線の最強回折線の2θを、それぞれ25.4°、27.4°、24.6°として、おおよそのピーク高さを求めた。アルカリ・アンモニア・加熱処理(実施例3)では、アナターゼ:404、ルチル:114、ST:99となった。アルカリ・硝酸・加熱処理(比較例3)では、アナターゼ:30、ルチル:497、ST:33となった。アルカリ・加熱処理(比較例2)では、アナターゼ:283、ルチル:200、ST:466となった。一方、純Tiに帰属される40°付近のピーク強度は、実施例のアルカリ・アンモニア・加熱処理では567であった。比較例のピーク強度は、アルカリ・硝酸・加熱処理では397、アルカリ・加熱処理では930であった。これらの値と上記の各結晶相のピーク高さとの合計(アナターゼ(A)+ルチル(R)+ST+Ti)を分母として、各結晶相のピーク高さの比を算出した。同じ結晶相でも試料によってピーク位置が少し異なるため、異なる試料間での直接比較は難しい。しかしながら、一つの試料の中での各結晶の析出量の大凡の存在比は、このピーク高さの比から推測することができた。
【0066】
算出したピーク高さの比(X100)を表1に示す。
【表1】
【0067】
TF−XRDの測定において、アナターゼとSTの最強回折線の2θが、25.4°、24.6°と非常に近接している。かつ、アナターゼのピークが高くブロードなため、アナターゼのピークの裾野にSTの2θ領域が重なってしまう。従って、後述のXPS測定では、ほとんどSTが存在しないレベルであるにもかかわらず、TF−XRD測定では、誤差範囲と推定されるSTのピーク高さが、計算上、実際値より大きく算出されてしまうことに留意すべきである。
【0068】
(3)X線光電子分光法(XPS)の結果(図9
XPS測定による結果を以下に示す。本実施例3のアルカリ(5MのNaOH)・アンモニア(1MのNHOH)・加熱処理試料では、0.4 atomic%のNと、1.4 atomic%のNaが検出された。比較例2のアルカリ(5MのNaOH)・加熱処理では、0.67 atomic%のNと、11.1 atomic%のNaが検出された。比較例3のアルカリ(5MのNaOH)・硝酸(1MのHNO)・加熱処理では、1.73 atomic%のNと、0.0 atomic%のNaが検出された。
【0069】
<Na原子の含有率>
上記XPSの結果から、本実施例(アルカリ・アンモニア・加熱処理)の基体試料に形成された改質層の表面におけるNa原子の含有率は、全くゼロではない。しかしながら、この含有率は、比較例2(アルカリ・加熱処理)(11.1 atomic%)と比較して、約1/10程度(1.4 atomic%)である。このような低い含有率は、この技術分野では誤差範囲のレベル(実質的に含有しないレベル)である。
【0070】
<N原子の含有率>
一方、窒素をドープしたTiOは可視光下で光触媒活性を示すことが知られている。実施例(アルカリ・アンモニア・加熱処理)で使用したアンモニア(1MのNHOH)や、比較例3(アルカリ・硝酸・加熱処理)で使用した硝酸(1MのHNO)は、Nドープの窒素源と考えられている。N原子の含有率は、XPS測定によれば、比較例3では1.73 atomic%と高値であったが、実施例3では0.40 atomic%と大変低かった。実施例3における値は、比較例2(アルカリ・加熱処理)の0.67 atomic%と比べてもさらに低値であり、全く予想外の結果であった。
【0071】
以上のように、硝酸を用いた比較例3は、一番高いN値(atomic%)を示したが、この基体は、光触媒能もアパタイト形成能も得られなかった。一方、アンモニア水を用いた実施例では、窒素源を用いない比較例2(アルカリ・加熱処理)のレベルより、NのXPS測定値が低かった。このことから、今回、実施例のTi金属基体における顕著な効果として得られた、優れたアパタイト形成能および光触媒能という特性の獲得に関して、NドープTiOが関与しているとの証拠は得られず、この点については、否定的な結果が示された。
【0072】
以下に、TF−XRDおよびXPSによる測定の結果をまとめたものを示す(表2)。
【0073】
【表2】
ここで、STは、非晶質のアルカリチタン酸塩、Sodium titanate(NaTi11)を意味する。また、表2中の()は、少量含有され得る二酸化チタンの型を示す。
【0074】
上記のSEM観察およびTF−XRD測定によれば、比較例1(未処理、Ti金属基体)では、表面構造はほぼ平坦(SEM観察)で、表面はTi(TF−XRD測定)であることが確認された。また、他の比較例であるアルカリ・加熱処理(比較例2)では、表面に実施例より浅く1μmより小さめの網目構造が多数形成されていた(SEM観察)。比較例2において、Ti金属基体表面には、主に、アルカリチタン酸塩(ST)と、可視光下で低い光触媒しか示さないルチル型TiOを含有し、ごく少量のアナターゼ型TiOを含有する層が形成されていた(TF−XRD測定)。
【0075】
また、基体にアルカリ・硝酸(1MのHNO)・加熱処理を行った比較例3では、アルカリ処理したにもかかわらず、表面構造はほぼ平坦(SEM観察)で、網目構造は観察されなかった。また、光触媒能やアパタイト形成能も見られなかった。
【0076】
これら比較例に対して、実施例のアルカリ・アンモニア・加熱処理では、アルカリ処理後にアンモニア処理をすることにより、Ti金属基体表面に、比較例2(アルカリ・加熱処理)よりは、深くくっきりとした、1μmよりは大きめの孔を多数有する網目構造(多孔質構造)が形成された(SEM観察)。基体表面には、可視光下で高い光触媒能を有するアナターゼ型TiOを多く含み、ごく少量のルチル型TiOを含有し、かつ、光触媒能等に対して不活性なアルカリチタン酸塩(ST)を実質的に含有しない、改質層が形成されていた。
【0077】
一般に、Ti金属又はTi合金基体の場合、その表面には、元来TiOに近い酸化物よりなる極めて薄い膜が存在する。TiOは、強酸、強塩基のいずれとも反応する両性物質である。従って、Ti金属又はTi合金よりなる基体をアルカリ液中に浸漬すると、反応量の少ない内部から反応量の多い外部に向かって漸増する濃度勾配をもって、基体表面に非晶質のアルカリチタン酸塩が生成する。アルカリチタン酸塩は、光触媒作用はなく不安定といわれている。
【0078】
今回の、Ti金属またはTi合金からなる基体への、アルカリ・アンモニア・加熱処理の効果とその機序については全て解明されてはいない。本願の実施態様では、上記アルカリ処理後、基体を0.1M〜10Mのアンモニア水溶液に浸漬し、更に、Ti金属又はTi合金の転移温度以下の温度で1〜24時間加熱することによって、表面に生成されたアルカリチタン酸塩が消失した。最終的に、微細な網目構造を有し、かつ、アナターゼ型TiOを主成分として含有する改質層が表面から内部へ向かって形成された。これらの処理によって、結果的に、可視光に対して光触媒特性を有し、更に、優れたアパタイト形成能を有する、インプラント用基体を得ることができた。
【0079】
以上より、Ti金属からなる基体は、顕著なアパタイト形成能と、可視光下での光触媒活性(抗菌性)という、生体インプラントとしての2つの優れた特性を、アルカリ処理後、さらにアンモニア水で処理することによって、同時に付与されることが明らかとなった。
【0080】
(実施例6)
実施例1〜5と同様に、10mm角、厚さ1mmの純Ti板から純Ti金属基体を作成した。純Ti金属基体を、5mLの5MのNaOH水溶液に60℃で24時間浸漬した後、基体を7mLの純水に80℃で48時間浸漬した(以下、「NaOH−温水処理」という。)。続いて、基体を洗浄し乾燥させた。その後、基体を大気圧のアンモニア雰囲気中にて600℃で1時間加熱処理して、試料を得た。
【0081】
試料に対し、前述の実施例1〜5と同様に、表面構造解析、可視光下での光触媒能(MB分解特性)試験及びアパタイト形成能試験を行った。
【0082】
<表面構造解析について>
(1)SEM観察の結果
未処理の試料表面(図10)に、NaOH−温水処理によって網目構造が形成された。この網目構造は、アンモニア雰囲気中での加熱処理後にも残存していた(図11)。実施例6においても、網目構造の孔の大きさおよび多孔質構造の明確さは、実施例1〜5と同様であった。
【0083】
(2)TF−XRDの結果
図12に示すように、上記の処理後の試料表面にはアナターゼ型TiOが形成されていた。
【0084】
(3)XPSの結果
図13に表面処理後の試料のN1s XPSスペクトルを示す。図中の「N−Ti」は、NがTiに結合していることを示す。図13から分かるように、N−Tiに帰属されるピークが396eV付近に観察された。ピークの面積から、N原子の含有率は、3.25 atomic%と見積もられた。実施例6での含有率を図9の結果と比較すると、実施例3の0.40 atomic%よりも高く、比較例3の1.73 atomic%よりも更に高い値であった。
【0085】
<可視光下での光触媒能とアパタイト形成能について>
実施例6は、可視光下において約27%と高いMB分解率を示した。この値は、前述の実施例1〜5(最高が実施例2の14.6%)および比較例1〜3(最高が比較例2の9.6%)よりも高い。これは、実施例6では実施例1〜5および比較例1〜3よりも多量の窒素をTiOにドープできたためと考えられる。
【0086】
図14に、SBFに浸漬後の試料表面のSEM写真を示す。図14から分かるように、SBF中で試料の表面の一部にアパタイトが形成された。実施例6でのアパタイトの粒径分布は、1〜5μmが31%、5〜10μmが54%、10〜20μmが15%であった。この結果は、図3に示した実施例1〜3と同様に、5〜20μmの大きなアパタイトの割合が高いことを示す。
【0087】
以上のように、本実施例では、純Ti基体をNaOH−温水処理後にアンモニア雰囲気中で加熱処理する。これにより、多量の窒素を担持するアナターゼ型TiOをTi表面に形成させることが可能となる。その結果、実施例6は、実施例1〜5よりも更に高いMB分解能と、アパタイト形成能と、を併せ持つことが分かった。
【0088】
最後に、本明細書に開示された本発明の実施形態は、本発明の原理の例示であることを理解すべきである。可能性のある他の修正は、本発明の範囲内である。それ故、例示の方法によって、制限なく、本発明の別の構成が、本明細書の教示に従って利用することができる。したがって、本発明は、示され記述されたものに正確に限定されるものではない。
【0089】
本出願は、2013年3月7日に出願された日本国特許出願2013−045704号に基づく。本明細書中に、日本国特許出願2013−045704号の明細書、特許請求の範囲、及び図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は、例えば人工骨、創外固定具、内固定具、人工関節及び人工歯根のような医療分野において有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13
図14