(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記した伝動装置を、トラクタに採用する場合に、次のような問題が生じる虞があった。
大型のトラクタは、エンジンから出力される動力が大きいため、クラッチ機能として乾式クラッチ機構の摩耗が激しく、交換の頻度が高くなりがちである。
そこで、乾式クラッチ機構を備えないことが考えられる。この場合は前後進切替機構が備える湿式クラッチ機構にクラッチ機能を頼ることとなる。
しかし、前後進切替機構は、遊星歯車機構より後段に配設されているため、エンジンの始動時には、エンジンの出力軸から、HST、遊星歯車機構および前後進切替機構の湿式クラッチまでを一体的に回転させる必要がある。HST、遊星歯車機構および前後進切替機構の湿式クラッチまでの慣性力や抵抗トルクは大きいため、スタータには大きな負荷トルクがかかり、スタータのサイズアップが必要となってしまう。
【0005】
本発明の目的は、エンジンの始動時の負荷トルクを低減させることによりスタータのサイズアップを回避することができる伝動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的を達成するための、本発明による伝動装置の特徴は、トラクタに備えられ、エンジンが出力する動力を走行装置および作業装置に伝動する伝動装置であって、前後進切替機構、静油圧式の無段変速機構、遊星歯車機構、後車輪駆動部および作業クラッチとを備え、前記前後進切替機構は、前記エンジンが有するエンジン出力部から出力された動力が入力される前後進切替機構入力部と、前記前後進切替機構入力部に入力された動力を正回転または逆回転に切り替えて出力する前後進切替機構出力部とを有し、前記無段変速機構は、前記前後進切替機構出力部から出力された動力が入力される無段変速機構入力部と、前記無段変速機構入力部にされた動力を無段変速して出力する無段変速機構出力部とを有し、前記遊星歯車機構は、前記無段変速機構出力部から出力された動力が入力される遊星歯車機構第一入力部と、前記前後進切替機構出力部から出力された動力が、前記無段変速機構によって無段変速されることなく入力される遊星歯車機構第二入力部と、前記遊星歯車機構第一入力部および前記遊星歯車機構第二入力部に入力された動力を合成し、合成した動力を出力する遊星歯車機構出力部とを有し、前記後車輪駆動部は、前記遊星歯車機構出力部から出力された動力が入力される後車輪駆動部入力部を有し、前記作業クラッチは、前記エンジン出力部から出力された動力が入力される作業クラッチ入力部と、前記作業クラッチ入力部に入力された動力を出力可能な作業クラッチ出力部とを有
し、少なくとも前記エンジン出力部、前記前後進切替機構入力部、前記遊星歯車機構第一入力部、前記遊星歯車機構第二入力部、前記遊星歯車機構出力部および前記作業クラッチ入力部の各回転軸心が同一の第一軸心上に配設され、前記第一軸心より下方に、前記後車輪駆動部入力部の回転軸心と一致する第二軸心が配設され、前記前後進切替機構出力部および前記無段変速機構入力部の回転軸心と一致する第三軸心および前記無段変速機構出力部の回転軸心と一致する第四軸心は、前記第一軸心より下方であって前記第二軸心より上方に配設され、前記第一軸心、前記第二軸心、前記第三軸心および第四軸心は、前記トラクタの側面視で、前記トラクタの前後方向に沿って互いに平行に配設されている点にある。
【0007】
上述の構成によると、前後進切替機構は、エンジンのすぐ後段に配設されることになる。エンジンの始動時に、前後進切替機構によって、エンジン出力部から出力される動力を前後進切替機構より後段の各機構に伝動しない状態が実現できる。このため、前後進切替機構を遊星歯車機構より後段に配設する場合のような負荷トルクの増大を回避することができ、スタータのサイズアップを回避することができる。スタータのサイズアップが回避される。これにより、スタータ、バッテリ、ハーネス等の占有スペースの増大やコストアップが回避される。
【0008】
【0009】
一般的に、二本の平行な回転軸の一方から他方に動力を伝動するためには、両回転軸に備えた歯車どうしを噛み合わせたり、両回転軸に備えたスプロケット間にチェーンや伝動ベルトを配設したりする必要があり、その分大きなスペースが必要となってしまう。また、歯車等を介在させればさせるほど伝動効率は低下する。
上記のように少なくとも前記エンジン出力部、前記前後進切替機構入力部、前記前後進切替機構出力部、前記遊星歯車機構第一入力部、前記遊星歯車機構第二入力部、前記遊星歯車機構出力部および前記作業クラッチ入力部の各回転軸心を同一の第一軸心上に配設することで、前記スペースの増大や、伝動効率の低下が回避される。
【0010】
本発明においては、前記第三軸心および前記第四軸心は、前記トラクタの正面視で、前記第一軸心の左右のいずれかに振り分けて配設されていると好適である。
【0011】
無段変速機構は、少なくとも油圧ポンプと油圧モータとそれら間に配設された油圧回路と油圧ポンプの斜板を駆動させるための油圧シリンダ等の機構を有し、それなりの設置スペースを必要とする。仮に無段変速機構をトラクタの正面視で第一軸心の左右のどちらか一方に寄せて配設すると、無段変速機構が配設される側の車体フレームを強化したり車幅を増大したりする必要が生じる。
無段変速機構入力部としてのポンプ軸を有する油圧ポンプおよび前記無段変速機構出力部としてのモータ軸を有する油圧モータを、トラクタの正面視でエンジン出力部の回転軸心に対して左右に振り分けて配設することで、車体フレームの左右不均等な強化や車幅の左右不均等な増大をしなくてよい。
【0012】
本発明においては、前記作業クラッチ出力部から出力された動力が入力され、前記動力を前記作業装置に出力する動力取出部を備え、前記動力取出部の回転軸心は前記第二軸心と一致するように配設されていると好適である。
【0013】
トラクタの車体後部に連結される各種の作業装置が備える、動力取出部から出力された動力を入力する作業装置入力部を、後車輪駆動部と同じ高さに配設することができるため、前記作業装置入力部をエンジン出力部と同じ高さに配設する場合に比べて、作業装置もコンパクト化を図ることができる。
【0014】
本発明においては、前記第二軸心の高さに潤滑油の油面が設定されていると好適である。
【0015】
通常伝動装置のケーシング内部には各機構を必要に応じて潤滑するための潤滑油が封入されている。
潤滑油の油面は、後車輪駆動軸は常に潤滑油が供給されていることが好ましいことから、後車輪駆動部の高さあたりに設定されている。
一方、前後進切替機構、遊星歯車機構および作業クラッチは、常に潤滑油を必要としない。このように常に潤滑油を必要としない前後進切替機構、遊星歯車機構および作業クラッチを潤滑油の油面以下の高さに配設すると、前後進切替機構、遊星歯車機構および作業クラッチの回転の抵抗となるばかりか、潤滑油が撹拌されることによる不要な発熱等の不都合が生じる。
そこで、第一軸心より下方に配設された第二軸心の高さに潤滑油を設定することにより、少なくとも、前後進切替機構、遊星歯車機構および作業クラッチは、後車輪駆動部よりも上方に配設されることとなり、上記不都合の発生を回避することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0018】
図1は、本発明の実施形態に係るトラクタの全体を示す側面図である。本発明の実施形態に係るトラクタは、特に限定はされないが、大型に分類される、例えば60から100馬力程度のトラクタである。
このトラクタは、左右一対の操向操作および駆動自在な前車輪1、左右一対の駆動自在な後車輪2、車体前部に設けたエンジン3aを有した原動部3、車体後部に設けた運転座席4aを有した運転部4が備えられた自走車に、車体フレーム5の後端部の両側に振り分けて設けた左右一対の上下揺動操作自在なリフトアーム6aを有したリンク機構6および車体フレーム5の後端部から車体後方向きに突出する動力取出軸7を備えて構成してある。なお、動力取出軸7が動力取出部である。
【0019】
このトラクタは、車体後部にリンク機構6を介して昇降操作自在にロータリ耕耘装置(図示せず)が連結されるとともにエンジン3aから出力される動力を動力取出軸7からロータリ耕耘装置の入力軸に伝動するように構成されることによって例えば乗用型耕耘機を構成する。なお、ロータリ耕耘装置の入力軸が作業装置入力部である。
このように車体後部に各種の作業装置が昇降操作および駆動自在に連結されることによって各種の乗用型作業機を構成する。
【0020】
車体フレーム5は、エンジン3aと、エンジン3aの後部に連設されたクラッチハウジング10と、このクラッチハウジング10の後部に前部が脱着自在に連結された無段変速ケース21と、この無段変速ケース21の後部に連結されたミッションケース11などを備えている。クラッチハウジング10と無段変速ケース21とは一体に構成されているが、内部隔壁によって内部は二つの領域に区画されている。なお、クラッチハウジング10と無段変速ケース21とを別体構成にして、クラッチハウジング10の後壁に無段変速ケース21の前壁を脱着自在に連結する構成であってもよい。
【0021】
図2,3は、エンジン3aが出力する動力を前車輪1、後車輪2および動力取出軸7に伝動するようにトラクタに備えられた伝動装置Dを示している。
【0022】
図2に示すように、伝動装置Dは、走行系伝動装置D1と、作業系伝動装置D2とを備えている。
走行系伝動装置D1は、エンジン3aから出力された動力を、主クラッチ機構を兼ねる前後進切替機構50、主変速機構である静油圧式の無段変速機構20、遊星歯車機構40および副変速機構60を介して前車輪1や後車輪2等の走行装置に伝動する。
作業系伝動装置D2は、エンジン3aから出力された動力を、作業クラッチ70、作業変速機構71および動力取出軸7を介してロータリ耕耘装置のような作業装置に伝動する。
【0023】
図3に基づいて、伝動装置Dの詳細を説明する。
走行系伝動装置D1は、エンジン3aが出力軸3bから出力する動力を、前後進切替機構50を介して、無段変速機構20および遊星歯車機構40に入力し、遊星歯車機構40の出力軸48から、副変速機構60に伝動し、副変速機構60の出力軸64から、後車輪駆動軸32および後車輪差動機構33を介して後車輪軸31に伝動するとともに、副変速機構60からギヤ連動機構34、前車輪駆動軸35、前車輪変速機構36および前車輪変速駆動軸37を介して前車輪差動機構38に伝動する。なお、出力軸3bがエンジン出力部である。後車輪軸31、後車輪駆動軸32および後車輪差動機構33等が後車輪2を駆動する後車輪駆動部であり、後車輪駆動軸32が後車輪駆動部入力部である。出力軸48が遊星歯車機構出力部である。
【0024】
作業系伝動装置D2は、エンジン3aが出力軸3bから出力する動力を作業クラッチ70を介して作業変速機構71に入力し複数段に変速し、変速した動力を動力取出軸7に伝動する。作業クラッチ70は、後述する前後進切替機構50を介して、出力軸3bと一体回転自在に連結された入力側動力伝動軸72aに一体回転自在に備えられた入力側クラッチ板と、出力側動力伝動軸72bに一体回転自在に備えられた出力側クラッチ板が、圧接または離間することで、入力側動力伝動軸72aの動力を出力側動力伝動軸72bから出力するまたは出力しないことができる。なお、入力側動力伝動軸72aが作業クラッチ入力部であり、出力側動力伝動軸72bが作業クラッチ出力部である。
【0025】
前後進切替機構50は、無段変速ケース21の前部に設けられたクラッチハウジング10に配設されている。無段変速機構20は、前部ミッションケース11aの前部に連結された無段変速ケース21に配設されている。遊星歯車機構40は前部ミッションケース11aに配設されている。副変速機構60、後車輪差動機構33、前車輪変速機構36、前車輪差動機構38、作業クラッチ70および作業変速機構71は、後部ミッションケース11bに配設されている。
【0026】
前後進切替機構50は、エンジン3aの出力軸3bと一体回転自在に連結された入力軸51と、入力軸51の動力を前進クラッチ52および前進出力ギヤ53を介して、伝動ギヤ54と一体回転する出力軸55に伝動する前進伝動部と、入力軸51の動力を後進クラッチ56、伝動ギヤ57、逆転ギヤ58および後進出力ギヤ59を介して、伝動ギヤ54と一体回転する出力軸55に伝動する後進伝動部とを備えている。なお、入力軸51が前後進切替機構入力部であり、出力軸55が前後進切替機構出力部である。
【0027】
したがって、前後進切替機構50は、前進クラッチ52が入り状態に操作され、後進クラッチ56が切り状態に操作されることにより、前進状態になり、エンジン3aの出力軸3bから入力軸51に伝動された動力を、前進伝動部によって前進動力に変換して出力軸55から無段変速機構20に出力する。
前後進切替機構50は、前進クラッチ52が切り状態に操作され、後進クラッチ56が入り状態に操作されることにより、後進状態になり、エンジン3aの出力軸3bから入力軸51に伝動された動力を、後進伝動部によって後進動力に変換して出力軸55から無段変速機構20に出力する。
前後進切替機構50は、前進クラッチ52および後進クラッチ56が切り状態に操作されることにより、動力を伝動しない状態になり、エンジン3aの出力軸3bから入力軸51に伝動された動力を出力軸55から無段変速機構20に出力しない。なお、前進クラッチ52および後進クラッチ56は湿式クラッチで構成されている。
【0028】
エンジン3aの始動時に、前後進切替機構50によってエンジン3aの動力を前後進切替機構50以後の各機構に伝動しない状態が実現できる。これにより前後進切替機構50を遊星歯車機構40より後段に配設する場合のような負荷トルクの増大を回避することができ、スタータのサイズアップを回避することができる。スタータのサイズアップが回避されることにより、スタータ、バッテリ、ハーネス等の占有スペースの増大やコストアップが回避される。
【0029】
無段変速機構20は、無段変速ケース21の内部に油圧ポンプ20Pと油圧モータ20Mを備えている。油圧ポンプ20Pと油圧モータ20Mは、無段変速ケース21の内部で車体平面視で車体横方向に並べられている。油圧ポンプ20Pは可変容量形でかつアキシャルプランジャ形の油圧ポンプによって構成され、油圧モータ20Mは、アキシャルプランジャ形の油圧モータによって構成されている。無段変速ケース21は、図示しないポートプレートを備えている。
【0030】
無段変速機構20は、前後進切替機構50の出力軸55から出力された動力が油圧ポンプ20Pのポンプ軸22に入力され、油圧ポンプ20Pのシリンダブロックがポンプ軸22によって回転駆動され、油圧ポンプ20Pが油圧モータ20Mに圧油を供給し、油圧モータ20Mのシリンダブロックが油圧ポンプ20Pからの圧油によって回転駆動されてモータ軸25を回転駆動し、モータ軸25から遊星歯車機構40に出力するように構成されている。なお、ポンプ軸22が無段変速機構入力部であり、モータ軸25が無段変速機構出力部である。
【0031】
無段変速機構20は、油圧ポンプ20Pの斜板27に連動されている油圧シリンダが操作されることにより、前記油圧シリンダによって斜板27の角度変更が行なわれ、正回転状態、逆回転状態および正回転状態と逆回転状態の間に位置する中立状態に変速され、かつ正回転状態に変速された場合においても逆回転状態に変速された場合においても、油圧ポンプ20Pの回転速度を無段階に変更して油圧モータ20Mの回転速度を無段階に変更し、モータ軸25から遊星歯車機構40に出力する動力の回転速度を無段階に変更する。
無段変速機構20は、中立状態に変速された場合、油圧ポンプ20Pによる油圧モータ20Mの駆動を停止、モータ軸25から遊星歯車機構40に対する出力を停止する。
【0032】
遊星歯車機構40は、前部ミッションケース11aの内部に設けられた遊星歯車ケース41にベアリングを介して、無段変速機構20から出力された動力が入力される、ボス部43aが回転自在に支持されているサンギヤ43と、サンギヤ43の周囲に等間隔を隔てて分散して位置する3個の遊星ギヤ44と、各遊星ギヤ44を支軸45を介して回転自在に支持する、前後進切替機構50から出力される動力が、無段変速機構20によって無段変速されることなく入力されるキャリヤ46と、3個の遊星ギヤ44に噛み合うリングギヤ47と、遊星歯車ケース41にベアリングを介して回転自在に支持される出力軸48とを備えて構成してある。なお、サンギヤ43が遊星歯車機構第一入力部であり、キャリヤ46が遊星歯車機構第二入力部である。
【0033】
キャリヤ46は、サンギヤ43のボス部43aにベアリングを介して相対回転自在に支持されている。リングギヤ47のボス部47aは、遊星歯車ケース41にベアリングを介して回転自在に支持され、かつサンギヤ43のボス部43aにベアリングを介して回転自在に支持されている。
各遊星ギヤ44の支軸45は、一端側のみにおいてキャリヤ46に連結する片持ち状態でキャリヤ46に支持されている。3本の支軸45は、一枚の環状の支持板によって連結され、サンギヤ43およびリングギヤ47に対する遊星ギヤ44の噛み合い状態が維持されている。
【0034】
遊星歯車ケース41に回転自在に筒軸形の入力回転体42が支持されている。入力回転体42は、スプライン嵌合構造によってモータ軸25に一体回転自在に連動している。入力回転体42とサンギヤ43は、入力回転体42の外周面側に一体回転自在に設けた伝動ギヤ42aとサンギヤ43のボス部43aの外周部に一体回転自在に設けた受動ギヤ43bとの噛み合いによって連動している。
【0035】
リングギヤ47は、ボス部47aと出力軸48にわたって設けたスプライン嵌合構造によって出力軸48に一体回転自在に連動している。
【0036】
遊星歯車ケース41に回転自在に筒軸形の入力回転体49が支持されている。入力回転体49は、スプライン嵌合構造によってポンプ軸22に一体回転自在に連動している。
入力回転体49とキャリヤ46は、入力回転体49の外周面側に一体回転自在に設けた伝動ギヤ49aとキャリヤ46の外周部に一体回転自在に設けた受動ギヤ46aとの噛み合いによって連動している。
【0037】
つまり、遊星歯車機構40は、前後進切替機構50が出力軸55から出力した動力を、ポンプ軸22を介して、入力回転体49に入力することにより、前後進切替機構50からの動力を無段変速機構20による変速作用を受けない状態でキャリヤ46に入力し、無段変速機構20がモータ軸25から出力する動力をサンギヤ43に入力して、無段変速機構20からの動力と無段変速機構20の変速作用を受けない前後進切替機構50からの動力とを合成し、合成した動力を出力軸48から副変速機構60へと出力する。
【0038】
副変速機構60は、遊星歯車機構40の出力軸48と一体形成された入力軸61と、この入力軸61に一体回転自在に設けた第一ギヤ62aおよび第二ギヤ63aと、第一ギヤ62aに噛み合った状態で出力軸64に相対回転自在に設けた第三ギヤ62bと、第二ギヤ63aに噛み合った状態で出力軸64に相対回転自在に設けた第四ギヤ63bと、出力軸64に一体回転自在に設けられ、第三ギヤ62bまたは第四ギヤ63bに接続可能な第一伝動クラッチ65と、第四ギヤ63bと一体回転する第五ギヤ66bと、第五ギヤ66bと噛み合った状態で伝動軸67に一体回転自在に設けた第六ギヤ66aと、伝動軸67と第二伝動クラッチ68を介して接続可能な第七ギヤ69aと、第七ギヤ69aと噛み合った状態で、出力軸64に一体回転自在に設けた第八ギヤ69bを備えている。
【0039】
シフト操作により第一伝動クラッチ65が第三ギヤ62bと接続され、かつ第二伝動クラッチ68が第七ギヤ69aとの接続が解除されると、遊星歯車機構40から入力軸61に伝動された動力が、第一ギヤ62a、第三ギヤ62bおよび第一伝動クラッチ65を介して出力軸64に高速状態で伝動される。
シフト操作により第一伝動クラッチ65が第四ギヤ63bと接続され、かつ第二伝動クラッチ68が第七ギヤ69aとの接続が解除されると、遊星歯車機構40から入力軸61に伝動された動力が、第二ギヤ63a、第四ギヤ63bおよび第一伝動クラッチ65を介して出力軸64に低速状態で伝動される。
シフト操作により第一伝動クラッチ65が第三ギヤ62bおよび第四ギヤ63bとの接続が解除され、かつ第二伝動クラッチ68が第七ギヤ69aと接続されると、遊星歯車機構40から入力軸61に伝動された動力が、第二ギヤ63a、第四ギヤ63b、第五ギヤ66b、第六ギヤ66a、伝動軸67、第二伝動クラッチ68、第七ギヤ69aおよび第八ギヤ69bを介して出力軸64に中速状態で伝動される。
【0040】
後車輪駆動軸32は、スプライン嵌合構造によって副変速機構60の出力軸64に一体回転自在に連動している。
出力軸64から出力された動力は、後車輪駆動軸32から後車輪差動機構33を介して後車輪2に伝動される。
出力軸64から出力された動力は、ギヤ連動機構34を介して後車輪駆動軸32に連動された前車輪駆動軸35に伝動され、前車輪変速機構36を介して前車輪変速駆動軸37に伝動され、前車輪変速駆動軸37から前車輪差動機構38を介して前車輪1に伝動される。
【0041】
走行系伝動装置D1は、エンジン3aの出力を前後進切替機構50によって前進動力と後進駆動機構に切換え、前後進切替機構50が出力する前進動力や後進動力を遊星歯車機構40で無段変速し、その出力軸48による出力を、副変速機構60によって低速、中速、高速の複数段階に変速し、副変速機構60が変速した前進動力や後進動力を、副変速機構60の出力軸64から後車輪差動機構33を介して伝動して後車輪2を駆動し、かつ副変速機構60の出力軸64からギヤ連動機構34、前車輪変速機構36および前車輪差動機構38を介して伝動して前車輪1を駆動する。
【0042】
図4に示すように、エンジン3aの出力軸3b、前後進切替機構50の入力軸51、遊星歯車機構40のサンギヤ43とキャリヤ46と出力軸48、副変速機構60の入力軸61、作業クラッチ70の入力側動力伝動軸72aと出力側動力伝動軸72bおよび作業変速機構71の動力変速伝動軸73は各回転軸心が同一の第一軸心P1上に配設されている。
【0043】
一般的に、二本の平行な回転軸の一方から他方に動力を伝動するためには、両回転軸に備えた歯車どうしを噛み合わせたり、両回転軸に備えたスプロケット間にチェーンや伝動ベルトを配設したりする必要があり、その分大きなスペースが必要となってしまう。また、歯車等を介在させればさせるほど伝動効率は低下する。
上記のように前後進切替機構50の入力軸51、遊星歯車機構40のサンギヤ43とキャリヤ46と出力軸48、副変速機構60の入力軸61、作業クラッチ70の入力側動力伝動軸72aと出力側動力伝動軸72bおよび作業変速機構71の動力変速伝動軸73の各回転軸心を、エンジン3aの出力軸3bの回転軸心と同一の第一軸心P1上に配設することで、スペースの増大や、伝動効率の低下が回避される。
【0044】
副変速機構60の出力軸64、後車輪差動機構33、後車輪2のブレーキ軸ないし後車輪軸31および動力変速伝動軸73からギヤ74,75を介して動力が伝動される動力取出軸7は、各回転軸心が同一の第二軸心P2上に配置されている。第二軸心P2の高さは第一軸心P1より低い位置となる位置に配置されている。
【0045】
ポンプ軸22と、モータ軸25は、ポンプ軸22の回転軸心と一致する第三軸心P3と、モータ軸25の回転軸心と一致する第四軸心P4の高さが、第一軸心P1より低い位置かつ、第二軸心P2より高い位置に、車体正面視で第一軸心P1に対して左右に振り分けて配置されている。なお、第三軸心P3は、第一軸心P1に対して左に配置され、第四軸心P4は第一軸心P1に対して右に配置され、第三軸心P3はP4のより若干高い位置に配置されている。
【0046】
無段変速機構20は、少なくとも油圧ポンプ20Pと油圧モータ20Mの間に配設された油圧回路や、油圧ポンプ20Pの斜板27を駆動させるための前記油圧シリンダ等の機構を有し、それなりに設置スペースが必要である。仮に無段変速機構20を、トラクタの正面視で、第一軸心P1の左右のどちらか一方に寄せて配設すると、無段変速機構が配設される側の車体フレーム5を強化したり、車幅を増大する必要が生じる。
【0047】
油圧ポンプ20Pと油圧モータ20Mを、トラクタの正面視で、エンジン3aの出力軸3bの回転軸心に対して左右に振り分けて配設することで、特に第三軸心P3および第四軸心P4を、トラクタの正面視で、第一軸心P1の左右いずれかに振り分けて配設することで、車体フレーム5の左右不均等な強化や、車幅の左右不均等な増大をしなくてよい。
【0048】
前後進切替機構50の出力軸55は、スプライン嵌合構造によってポンプ軸22に一体回転自在に連接されるため、第三軸心P3と同軸である。また、副変速機構60の伝動軸67は、ポンプ軸22とは直接接続されていないが、ポンプ軸22の後方に、第三軸心P3と略同一の軸心上に配置されている。
【0049】
前車輪駆動軸35や、前車輪変速機構36のクラッチの各回転軸心と一致する第五軸心P5は第二軸心P2より低い位置で、車体正面視で第二軸心P2に対してやや左かつ第三軸心P3に対して右に配置されている。前車輪変速駆動軸37や、前車輪差動機構38の各回転軸心と一致する第六軸心P6は、第五軸心P5より低い位置で、車体正面視で第二軸心P2に対してやや左かつ第五軸心P5に対して右に配置されている。
【0050】
潤滑油面は第二軸心P2と同じ程度の高さに設定され、エンジン3aの出力軸3b、前後進切替機構50、遊星歯車機構40、副変速機構60の一部、作業クラッチ70、作業変速機構71および油圧ポンプ20Pは、油面より上方に配設されている。
【0051】
副変速機構60の一部、後車輪2のブレーキ軸ないし後車輪軸31および動力取出軸7は、油面の高さに配設されている。
前車輪駆動軸35、前車輪変速機構36のクラッチ、前車輪変速駆動軸37、前車輪差動機構38および前車輪1のブレーキ軸ないし前車輪軸39は、油面より下方に配設されている。
【0052】
前後進切替機構50、遊星歯車機構40といった構造的に大きい機構を油面より上方に配置することで、前後進切替機構50や遊星歯車機構40が備えるギヤの回転の抵抗となることによる動力の伝動ロスや、前記ギヤにより潤滑油が撹拌されることによる不要な発熱をなくすることができる。
【0053】
一方、前車輪1のブレーキ軸ないし前車輪軸39や、後車輪2のブレーキ軸ないし後車輪軸31は、常に潤滑油に接しているため、ブレーキにより発生する摩擦熱は速やかに冷却される。
【0054】
以上のように構成された伝動装置Dは、前後進切替機構50の前進クラッチ52および後進クラッチ56や、作業クラッチ70が切り状態で、トラクタのエンジン3aが始動される。すなわち、トラクタのエンジン3aの始動は、走行系伝動装置D1や、作業系伝動装置D2と接続されていない状態で行うことができる。したがって、エンジン3aの始動時の負荷トルクを低減させることによりスタータのサイズアップを回避することができる。
【0055】
走行系伝動装置D1や作業系伝動装置D2を構成する各機構を、車体正面視で、全体的に伝動装置Dの横幅が狭くなるように配置することで、トラクタの車体の幅広化を防ぐことができる。
【0056】
伝動装置Dのクラッチハウジング10および前部ミッションケース11aの形状を、既存のトラクタのエンジン3a、後部ミッションケース11bと接続可能な形状とすることで、既存のトラクタにも本発明による伝動装置Dを容易に組み込むことができる。