(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6396865
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】耐摩耗性銅基合金
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20180913BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20180913BHJP
C22C 1/10 20060101ALI20180913BHJP
C22C 32/00 20060101ALI20180913BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20180913BHJP
【FI】
C22C9/00
C22C9/06
C22C1/10 Z
C22C32/00 E
B23K35/30 340Z
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-157584(P2015-157584)
(22)【出願日】2015年8月7日
(65)【公開番号】特開2017-36470(P2017-36470A)
(43)【公開日】2017年2月16日
【審査請求日】2017年4月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100101904
【弁理士】
【氏名又は名称】島村 直己
(74)【代理人】
【識別番号】100180932
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 洋子
(72)【発明者】
【氏名】河崎 稔
(72)【発明者】
【氏名】篠原 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】藤田 武久
(72)【発明者】
【氏名】青山 宏典
(72)【発明者】
【氏名】山本 康博
(72)【発明者】
【氏名】大島 正
(72)【発明者】
【氏名】加藤 元
(72)【発明者】
【氏名】田中 浩司
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 卓
【審査官】
静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−098085(JP,A)
【文献】
特開平10−096037(JP,A)
【文献】
国際公開第02/055748(WO,A1)
【文献】
特開2005−256146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
C22C 29/00
C22C 32/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、ニッケル:5.0〜30.0%;シリコン:0.5〜5.0%;鉄:3.0〜20.0%;クロム:1.0%未満;炭化ニオブ0.01〜5.0%;モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種:3.0〜20.0%;残部銅;及び不可避不純物からなり、
マトリックスとマトリックスに分散した硬質粒子とを備えており、
硬質粒子が、炭化ニオブと、その周辺にNb−C−Mo、Nb−C−W及びNb−C−Vからなる群から選択される少なくとも1種とを含む、耐摩耗性銅基合金。
【請求項2】
重量%で、ニッケル:10〜25%;シリコン:1.5〜4.5%;鉄:5.0〜15.0%;クロム:0.8%以下;炭化ニオブ0.1〜2.0%;モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種:4.0〜10.0%;残部銅;及び不可避不純物からなる、請求項1に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項3】
クロムを含まない、請求項1又は2に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項4】
クロムの含有量が0を超える、請求項1又は2に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項5】
コバルトの含有量が2.0%未満である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項6】
モリブデンの含有量が10%以下である、請求項5に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項7】
肉盛用合金として用いられる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項8】
肉盛層を構成している、請求項1〜6のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項9】
内燃機関用の動弁系部材又は摺動部材に用いられる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項10】
エタノール含有燃料の排気バルブシートに用いられる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金。
【請求項11】
アルミニウム系合金に対して請求項1〜6のいずれか1項に記載の耐摩耗性銅基合金が肉盛された内燃機関用のバルブシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性銅基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の銅基合金は凝着の問題を回避するために、金属表面に酸化膜を形成させる等の何らかの表面処理がなされてきた。例えば、200℃を超える高温の摩擦摩耗条件下において、特に融点の低い材料においては金属同士の接触により高い確率で凝着摩耗が発生する。しかし、その表面処理は、通常熱処理工程により実施されるのが一般的であり、かつ時間も製造コストもかかるという問題があった。
【0003】
特に銅基合金をガソリン等
にエタノール
を含有
した燃料の排気バルブシートの肉盛り材料として用いる場合には、水素の還元作用が強く働く還元雰囲気下に置かれるため、耐摩耗性に寄与するモリブデン、タングステン及びバナジウムのいずれか一種と炭化ニオブ等から形成される酸化膜の形成が促進されず、金属接触による凝着摩耗が生じやすい。このように耐摩耗性が低下すると、バルブシートが機能する限界を超えるような摩耗が発生する場合もある。
【0004】
また、耐食性を向上させる目的でクロムを添加した場合、銅基合金の材料表面にクロム不動態酸化膜が形成されることにより耐食性は向上するものの、金属表面に炭化ニオブとモリブデン等から形成される酸化膜が形成されにくくなり、耐摩耗性が低下するという問題があった。
【0005】
例えば特許文献1にはクロムを1.0〜10.0%含むことを特徴とする耐摩耗性銅基合金が開示されており、特許文献2にはクロムを1.0〜15.0%含むことを特徴とする耐摩耗性銅基合金が開示されている。また特許文献3に開示される耐摩耗性銅合金においてはクロムを含有する場合にはその効果を得るために1.0〜10.0%含むことが好ましいとされている。また特許文献4に開示される耐摩耗性銅合金もクロムを含有する場合には耐摩耗性を向上させるために1.0〜10.0%含むことが好ましいとされている。また特許文献3及び4に開示される耐摩耗性銅合金のようにNb単体として添加した場合、硬質粒子はMoFeシリサイド又はNbFeシリサイドとしてラーベス層を形成して硬度を発揮しており、よって基
材においてシリコン(Si)が不足することにより耐凝着性が低下する恐れがある。
【0006】
このように、従来の銅基合金は、耐食性等の向上を重視してクロムが一定量以上添加されており、これにより炭化ニオブとモリブデン等から形成される酸化膜形成能が低下し、耐摩耗性が十分ではなく、よって潤滑性が十分ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−225868号公報
【特許文献2】特許第4114922号公報
【特許文献3】特開平4−297536号公報
【特許文献4】特開平10−96037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、優れた耐摩耗性を有する銅基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、銅基合金において、ニオブ炭化物、及びモリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種を必須元素とし、クロムの含有量を1.0%未満とすることにより、金属表面上に酸化膜を形成しやすくし、所望の酸化特性を付与することにより、耐摩耗性を向上させることができることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種と炭化ニオブを含み、
クロムの含有量が重量%で1.0%未満であり、
マトリックスとマトリックスに分散した硬質粒子とを備えており、
硬質粒子が、炭化ニオブと、その周辺にNb−C−Mo、Nb−C−W及びNb−C−Vからなる群から選択される少なくとも1種とを含む、耐摩耗性銅基合金。
(2)重量%で、ニッケル:5.0〜30.0%;シリコン:0.5〜5.0%;鉄:3.0〜20.0%;クロム:1.0%未満;炭化ニオブ0.01〜5.0%;モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種:3.0〜20.0%;残部銅;及び不可避不純物を含む、(1)に記載の耐摩耗性銅基合金。
(3)クロムを含まない、(1)又は(2)に記載の耐摩耗性銅基合金。
(4)クロムの含有量が0を超え1.0%未満である、(1)又は(2)に記載の耐摩耗性銅基合金。
(5)コバルトの含有量が2.0%未満である、(1)〜(4)のいずれかに記載の耐摩耗性銅基合金。
(6)モリブデンの含有量が10%以下である、(5)に記載の耐摩耗性銅基合金。
(7)肉盛用合金として用いられる、(1)〜(6)のいずれかに記載の耐摩耗性銅基合金。
(8)肉盛層を構成している、(1)〜(6)のいずれかに記載の耐摩耗性銅基合金。
(9)内燃機関用の動弁系部材又は摺動部材に用いられる、(1)〜(6)のいずれかに記載の耐摩耗性銅基合金。
【発明の効果】
【0011】
本発明の銅基合金、すなわちモリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種と炭化ニオブを含み、クロムの含有量が重量%で1.0%未満であり、マトリックスとマトリックスに分散した硬質粒子とを備えており、硬質粒子が、炭化ニオブと、その周辺にNb−C−Mo、Nb−C−W及びNb−C−Vからなる群から選択される少なくとも1種とを含む耐摩耗性銅基合金は、各元素が特定の形態で分布するため、所望の酸化特性を有し、耐摩耗性に優れる。NbC周辺に存在するNb−C−Mo、Nb−C−W及びNb−C−Vの酸化膜形成能はクロムの存在に大きく影響を受けることを見出し、クロムの含有量を重量%で1.0%未満とすることにより金属表面上に酸化膜が形成しやすくなり、優れた耐摩耗性が得られる。
【0012】
本発明の銅基合金の一実施形態は、重量%で、ニッケル:5.0〜30.0%;シリコン:0.5〜5.0%;鉄:3.0〜20.0%;クロム:1.0%未満;炭化ニオブ0.01〜5.0%;モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種:3.0〜20.0%;残部銅;及び不可避不純物を含む。各成分の限定理由は後に詳述するが、上記成分の中でクロムが最も酸化しやすく、よってクロムの含有量が重量%で1.0%未満であることにより、さらに優れた耐摩耗性が得られる。
【0013】
本発明の銅基合金の一実施形態は、クロムを含まない。これによって、クロムによる炭化ニオブとモリブデン等から形成される酸化膜の生成阻害が防止されて優れた耐摩耗性を得る事ができる。
【0014】
本発明の銅基合金の一実施形態は、クロムの含有量が0を超え1.0%未満である。これによって、クロムによる不動態酸化膜形成によって耐食性を確保すると共に、クロムによる炭化ニオブとモリブデン等から形成される酸化膜の生成阻害を抑制して優れた耐摩耗性を得る事ができる。
【0015】
本発明の銅基合金の一実施形態は、コバルトの含有量が2.0%未満である。コバルトの含有量を2.0%未満とすることにより、耐割れ性の低下を防ぐことができる。
【0016】
本発明の銅基合金の一実施形態は、コバルトの含有量が2.0%未満である場合において、モリブデンの含有量が10%以下である。コバルト及びモリブデンの含有量を当該範囲とすることにより、耐割れ性の低下を防ぐことができる。
【0017】
本発明の銅基合金の一実施形態は、肉盛用合金として用いられる。本発明の銅基合金を肉盛用に用いることにより、耐摩耗性に優れた肉盛用合金が得られる。
【0018】
本発明の銅基合金の一実施形態は、肉盛層を構成している。本発明の銅基合金を肉盛層に用いることにより、耐摩耗性に優れた肉盛層が得られる。
【0019】
本発明の銅基合金の一実施形態は、内燃機関用の動弁系部材又は摺動部材に用いられる。本発明の銅基合金を動弁系部材又は摺動部材に用いることにより、耐摩耗性に優れた動弁系部材又は摺動部材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の銅基合金の一実施形態のEPMA(Electron Probe MicroAnalyser)分析による元素マッピング結果を示す図である。
図1(a)−(f)はそれぞれNb、Mo、C、Si、Cu及びNiのマッピング結果を示す図である。
【
図2】
図2は、本発明の銅基合金の一実施形態のEPMA分析による元素マッピング結果を示す図である。
【
図3】
図3は、酸化試験におけるクロムの添加量と重量増加率との関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、比較例8の銅基合金を用いて形成させた肉盛層の顕微鏡写真を示す説明図である。
【
図5】
図5は、肉盛層を有する試験片に対して耐摩耗試験を行っている状態を模式的に示す図である。
【
図6】
図6は、実施例1及び比較例8−10の銅基合金の摩耗量比較(試験温度600℃)を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例1及び比較例8−10の銅基合金の摩耗量比較(試験温度:接触面230℃)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の銅基合金は、ニオブ炭化物、及びモリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種(以下、モリブデン等ともいう)を必須元素とし、これに対しクロムを重量%で1.0%未満の含有量で含み、各元素が特定の形態で分布するため、所望の酸化特性を有し、耐摩耗性に優れる。NbC周辺に存在するNb−C−Mo、Nb−C−W及びNb−C−Vの酸化膜形成能はクロムの存在に大きく影響を受けるため、クロムの含有量を重量%で1.0%未満とすることにより金属表面上に酸化膜が形成しやすくなり、優れた耐摩耗性が得られる。
【0022】
本発明の銅基合金は、後述する所望の特性を得る観点から、重量%で、ニッケル(Ni):5.0〜30.0%;シリコン(Si):0.5〜5.0%;鉄(Fe):3.0〜20.0%;クロム(Cr):1.0%未満;炭化ニオブ(NbC)0.01〜5.0%;モリブデン(Mo)、タングステン(W)及びバナジウム(V)からなる群から選択される少なくとも1種:3.0〜20.0%;残部銅(Cu);及び不可避不純物を含むものであることが好ましい。
【0023】
本発明の銅基合金の形態について
図1を参照することにより説明する。
図1は、本発明の銅基合金の一実施形態についての元素マッピング結果を示したものである。本発明の銅基合金の一実施形態において、硬質粒子の核生成作用を有する炭化ニオブNbC(
図1(a))の部分にはモリブデンが多く存在し、具体的には、モリブデンはNb及びMoの複合炭化物Nb−C−Moの形態で存在する(
図1(b)及び
図2)。NbCが存在する周辺には、シリコンが存在せず(
図1(d))、この部分に炭素が存在する(
図1(c))。銅基材中においてSiはNiと網目状のニッケルシリサイド組織を形成している(
図1(d)、(e)及び(f))。
【0024】
本発明に係る耐摩耗性銅基合金に係る各成分の限定理由ついて説明する。
・ニッケル(任意成分):5.0〜30.0%
ニッケルは一部が銅に固溶して銅基のマトリックスの靱性を高め、他の一部はニッケルを主要成分とする硬質なシリサイド(珪化物)を形成して分散され、耐摩耗性を高める。ニッケルは、硬質粒子内のNbC周辺に炭素領域が形成されることによりその領域から排除されたシリコンと、銅基材中にニッケルシリサイドの網目状強化層を形成し、基材の耐凝着性を向上させる。またニッケルは、鉄、モリブデン等と共に硬質粒子の硬質相を形成する。硬質粒子内の炭素領域から排除されたシリコンとのバランスから、ニッケルの含有量の上限値は30.0%とし、さらには25.0%、20.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。銅−ニッケル系合金の有する特性、特に良好な耐食性、耐熱性及び耐摩耗性を確保し、また十分な硬質粒子を生成させることにより靱性を確保し、肉盛層としたときにワレを発生しにくくし、さらに肉盛する場合に対象物に対する肉盛性を維持する観点から、ニッケルの含有量の下限値は5.0%とし、さらには10.0%、15.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した事情を考慮し、本発明の銅基合金のニッケルの含有量は、5.0〜30.0%、好ましくは10〜25%、さらに好ましくは15〜20%とすることができる。
【0025】
・シリコン(任意成分):0.5〜5.0%
シリコンはシリサイド(珪化物)を形成する元素であり、ニッケルを主要成分とするシリサイド、又は、モリブデン(タングステン、バナジウム)を主要成分とするシリサイドを形成し、さらに銅基のマトリックスの強化に寄与する。ニッケルシリサイドが少ない場合、基材の耐凝着性が低下する。また、モリブデン(又はタングステン、バナジウム)を主要成分とするシリサイドは、本発明の銅基合金の高温潤滑性を維持する働きがある。十分な硬質粒子を生成させることにより靱性を確保し、肉盛層としたときにワレを発生しにくくし、さらに肉盛する場合に対象物に対する肉盛性を維持する観点から、シリコンの含有量の上限値は5.0%とし、さらに4.5%、3.5%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した効果が十分に得る観点から、シリコンの含有量の下限値は0.5%とし、さらに1.5%、2.5%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した事情を考慮し、本発明の銅基合金のシリコンの含有量は、0.5〜5.0%、好ましくは1.5〜4.5%、さらに好ましくは2.5〜3.5%とすることができる。
【0026】
・鉄(任意成分):3.0〜20.0%
鉄は銅基のマトリックスにはほとんど固溶せず、主に、Fe−Mo系、Fe−W系又はFe−V系のシリサイドとして硬質粒子中のNbC周辺以外の部分に存在する。Fe−Mo系、Fe−W系又はFe−V系のシリサイドは、Co−Mo系のシリサイドよりも硬さが低く、かつ靱性もやや高い。十分な硬質粒子を生成させることにより耐摩耗性を得る観点から、鉄の含有量の上限値は20.0%とし、さらに15.0%、10.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。十分な硬質粒子を生成させることにより耐摩耗性を得る観点から、鉄の含有量の下限値は3.0%とし、さらに5.0%、7.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した事情を考慮し、本発明の銅基合金の鉄の含有量は、3.0〜20.0%、好ましくは5.0〜15.0%、さらに好ましくは7.0〜10.0%とすることができる。
【0027】
・クロム:1.0%未満
本発明の銅基合金に含有させることができる成分の中では、酸化しやすさを示すエリンガム図(例えばhttp://www.doitpoms.ac.uk/tlplib/ellingham_diagrams/interactive.php参照)より、クロムが最も酸化しやすい。NbC周辺に存在するNbCMoはFeMoSiよりもクロムの存在によって酸化膜形成が阻害される程度が高い。クロムの含有量が多いとわずかな酸素がクロムに消費されてしまい、モリブデン等の酸化を阻害するためモリブデン等の酸化膜の形成が阻害される。耐摩耗性は硬質粒子表面のモリブデン等の酸化膜で確保されるのでクロムが多いと耐摩耗性が低下する。よって、クロムは、1.0%未満とし、さらには含有量の上限値は0.8%、0.6%、0.4%、0.1%、0.001%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記観点から、本発明の銅基合金はクロムを含有しないことが特に好ましい。
【0028】
・ニオブ炭化物:0.01〜5.0%
ニオブ炭化物は、硬質粒子の核生成作用を有し、硬質粒子の微細化を図り、耐割れ性及び耐摩耗性を両立させるのに貢献できる。ニオブ炭化物は硬質粒子内に炭素領域を形成し、その領域からシリコンが排除されることで銅基材中のニッケルシリサイドの網目状強化層の量を増やし、基材の耐凝着性を向上させる。これに対し、ニオブをニオブ炭化物としてではなくニオブ単体として添加した場合は、ニオブはモリブデン等と同様の効果を奏し、また、硬質粒子内において、MoFeシリサイド又はNbFeシリサイドのラーベス層が形成される点で本発明の銅基合金におけるニオブとは異なる作用を示す。耐割れ性の阻害を回避するために、ニオブ炭化物の含有量の上限値は5.0%とし、さらには4.0%、3.0%、2.0%、1.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。ニオブ炭化物添加による硬質粒子の微細化改善効果を得る観点から、ニオブ炭化物の含有量の下限値は0.01%とし、0.1%、0.3%、0.6%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した事情を考慮し、本発明の銅基合金のニオブ炭化物の含有量は、0.01〜5.0%、好ましくは0.1〜2.0%、さらに好ましくは0.6〜1.0%とすることができる。
【0029】
・モリブデン、タングステン及びバナジウムからなる群から選択される少なくとも1種:3.0〜20.0%
モリブデンはNbC周辺にNbCMoとして存在する。NbCMoはFeMoSiよりもクロムの存在によって酸化膜形成能が阻害される程度が高い。よって、クロムを上記したような範囲で含む本発明の銅基合金は、耐摩耗性に寄与する酸化膜の形成が阻害される程度が顕著に低減されているため、酸化膜が形成されやすく、よって望ましい酸化特性を有する。具体的にはこの酸化物は、使用時に銅基のマトリックスの表面を覆い、相手材とマトリックスとの直接接触を避けるのに有利となり、これにより自己潤滑性が確保される。タングステン及びバナジウムについても基本的にはモリブデンと同様の働きをする。また、モリブデンはシリコンと結合してシリサイド(NbC周辺以外の、靱性を有するFe−Mo系のシリサイド)を硬質粒子内に生成し、高温における耐摩耗性と潤滑性とを高める。このシリサイドはCo−Mo系のシリサイドよりも硬さが低く、靱性が高い。このようなシリサイドは硬質粒子内に生成し、高温における耐摩耗性と潤滑性とを高める。硬質粒子が過剰となり、靱性が損なわれ、耐割れ性が低下し、ワレが発生し易くなることを回避するために、モリブデン等の含有量の上限値は20.0%とし、さらには15.0%、10.0%、8.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。十分に硬質粒子を生成させて耐摩耗性を確保する観点から、モリブデン等の含有量の下限値は3.0%とし、さらには4.0%、5.0%、6.0%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記した事情を考慮し、本発明の銅基合金のモリブデン等の含有量は、3.0〜20.0%、好ましくは4.0〜10.0%、さらに好ましくは5.0〜8.0%とすることができる。また後述するように、本発明の銅基合金はコバルトを含む場合、好ましくは2.0%未満、さらに好ましくは0.01未満含むことが好ましく、特には含有しないことが好ましいが、この場合にはモリブデン等の添加量を増やすことにより、靱性を確保することが好ましい。この場合、耐割れ性が低下を回避する観点から、モリブデン等の含有量の上限値は10%とすることが好ましい。
【0030】
・コバルト(任意成分):2.0%未満
コバルトは2.00%まではニッケル、鉄、クロム等と固溶体を形成し、靱性を向上させる。コバルトの含有量が多い場合、ニッケルシリサイド組織にコバルトが入りこむことにより耐割れ性が低下する(
図4)。よって、これを回避する観点から、コバルトの含有量は2.0%未満、好ましくは0.01未満とし、また上限値は1.5%、1.0%、0.5%を例示できるが、これらに限定されるものではない。上記観点から、本発明の銅基合金はコバルトを含有しないことが特に好ましい。
【0031】
本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、次の少なくとも一つの実施形態を採用することができる。
【0032】
本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、対象物に肉盛される肉盛合金として用いることができる。肉盛方法としては、レーザビーム、電子ビーム、アーク等の高密度エネルギ熱源を用いて溶着して肉盛する方法が挙げられる。肉盛の場合には、本発明に係る耐摩耗性銅基合金を粉末化して肉盛用素材とし、その粉末を被肉盛部に集合させた状態で、上記したレーザビーム、電子ビーム、アーク等の高密度エネルギ熱源を用いて溶着して肉盛することができる。また上記した耐摩耗性銅基合金は、粉末化に限らず、ワイヤ化、棒状化した肉盛用素材としてもよい。レーザビームとしては炭酸ガスレーザビーム、YAGレーザビーム等の高エネルギ密度をもつものが例示される。肉盛される対象物の材質としてはアルミニウム、アルミニウム系合金、鉄又は鉄系合金、銅又は銅系合金等が例示される。対象物を構成するアルミニウム合金の基本組成としては鋳造用のアルミニウム合金、例えば、Al−Si系、Al−Cu系、Al−Mg系、Al−Zn系等のいずれかを例示できる。対象物としては内燃機関等の機関が例示される。内燃機関の場合には動弁系材料が例示される。この場合には、排気ポートを構成するバルブシートに適用してもよく、また吸気ポートを構成するバルブシートに適用してもよい。この場合には、本発明に係る耐摩耗性銅基合金でバルブシート自体を構成してもよく、また本発明に係る耐摩耗性銅基合金をバルブシートに肉盛することにしてもよい。ただし、本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、内燃機関等の機関の動弁系材料に限定されるものではなく、耐摩耗性が要請される他の系統の摺動材料、摺動部材、焼結品にも使用できるものである。本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、亜鉛やスズを積極的元素として含まないため、肉盛する場合であっても、ヒューム等の発生を抑えることができる。本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、アルミニウムを積極的元素として含まないため、Cu及びAl間で化合物が生成することが抑制され、これにより延性を維持することができる。
【0033】
本発明に係る耐摩耗性銅基合金としては、肉盛に用いられる場合には、肉盛後の肉盛層を構成してもよく、また肉盛前の肉盛用合金でもよい。
【0034】
本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、例えば銅基の摺動部材及び摺動部位に適用することができ、具体的には、内燃機関に搭載される銅基の動弁系材料にも適用することができる。本発明に係る耐摩耗性銅基合金は、肉盛用、鋳造用、焼結用として用いることができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
実施例1−3、比較例1−7及び8−10
実施例1−3の耐摩耗性銅基合金及び比較例1−7の銅基合金の組成(配合組成)を表1に示す。
【0036】
比較例8は特開平4−297536号公報に開示される銅基合金に対応する。比較例9は特開平8−225868号公報に開示される銅基合金に対応する。比較例10は特許第4114922号公報に開示される銅基合金に対応する。実施例1−3の耐摩耗性銅基合金及び比較例1−7の成分を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
実施例1−3の耐摩耗性銅基合金及び比較例1−7及び8−10の銅基合金は、それぞれの組成となるように配合して高真空中で溶解した合金溶湯をガスアトマイズ処理して製造した粉末である。粉末の粒度は5μm〜300μmである。ガスアトマイズ処理は、高温の溶湯をノズルから非酸化性雰囲気(アルゴンガスまたは窒素ガスの雰囲気)において噴出させることにより行った。上記した粉末はガスアトマイズ処理で形成されているため、成分均一性が高い。
【0039】
肉盛層の形成は、特許第4114922号公報に記載される方法と同様に以下のように行った。
【0040】
肉盛の対象物であるアルミニウム合金(材質:AC2C)で形成された基体を用い、上記試料を基体の被肉盛部に載せて粉末層を形成した状態で、炭酸ガスレーザのレーザビームをビームオシレータにより揺動させると共に、レーザビームと基体とを相対的に移動させ、これによりレーザビームを粉末層に照射処理し、以て粉末層を溶融凝固させて肉盛層(肉盛厚み:2.0mm、肉盛幅:6.0mm)を基体の被肉盛部に形成した。このときガス供給管からシールドガス(アルゴンガス)を肉盛箇所に吹き付けつつ行った。上記した照射処理では、ビームオシレータによりレーザビームを粉末層の幅方向に振った。上記した照射処理では、炭酸ガスレーザのレーザ出力を4.5kW、レーザビーム55の粉末層でのスポット径を2.0mm、レーザビームと基体との相対走行速度を15.0mm/sec、シールドガス流量を10リットル/minとした。
【0041】
<酸化試験>
(1)試料準備
各銅基合金について試料形状:縦10mm×横10mm×厚さ1mmの直方体形状に加工した試料を準備した。
(2)重量測定
上記試料の初期重量を測定した。
(3)加熱
上記試料を500℃に加熱した電気炉内にて100時間保持した。
(4)重量測定
上記試料の加熱後の重量を測定した。
(5)重量増加率の算出
重量増加率は、上記(2)及び(4)の測定結果を用い、以下の式:
重量増加率=(加熱後重量−初期重量)/初期重量×100(%)
から算出した。
【0042】
実施例1−3の耐摩耗性銅基合金及び比較例1−7の銅基合金についての試験結果を
図3に示す。
図3より、クロムの含有量が重量%で1.0%未満である場合に酸化特性が向上することがわかる。
【0043】
<摩耗試験>
耐摩耗性を
図5に示す繰り返し叩き式凝着試験機を用いて測定した。当該装置はバルブ/バルブシート間の動作を考慮して試験片接触面に高温不活性ガスを吹き付けて加熱しながら円柱状相手材チップで繰り返し叩く方式としており、相手材が1rpm程度で自転する。また当該装置において試験片端部に溶着した熱電対により吹き付けガスを加熱するヒータを制御して接触面の温度制御を行っている。耐凝着性は相手材に凝着したシート材の重量により評価した。具体的な試験条件は以下の条件で行った。
【0044】
【表2】
【0045】
肉盛層である実施例1の耐摩耗性銅基合金及び比較例8−10の銅基合金についての試験結果を
図6(試験温度:600℃)及び
図7(試験温度:接触面230℃)に示す。
図6及び7に示すいずれの試験温度においても、実施例1の耐摩耗性銅基合金の摩耗量は比較例8−10の銅基合金の摩耗量と比較して少なかった。
【0046】
<銅基合金の形態>
本発明者等がEPMA分析装置を用いて上記実施例1の肉盛層の組織を調べたところ、NbC周辺にNbCMoが形成されており、また肉盛層を構成するマトリックスは、Cu−Ni系の固溶体と、ニッケルを主要成分とする網目状のシリサイドとを主要素として形成されていた(
図1)。上記実施例1の肉盛層の組織において硬質粒子中にNb及びMoの複合炭化物が形成されていることが確認された(
図2)。X線回折分析装置を用いて上記実施例1の肉盛層の組織を調べたところ、MoFeシリサイド又はNbFeシリサイドのラーベス層ではないことが確認され、また肉盛層を構成するマトリックスは、Cu−Ni系の固溶体と、ニッケルを主要成分とする網目状のシリサイドとを主要素として形成されていた。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の銅基合金は、内燃機関のバルブシートやバルブ等の動弁系部材に代表される摺動部材の摺動部分を構成する銅基合金に適用することができる。