(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
機器の複数の劣化要素が定量化された複数の劣化度と、複数の状態量と、前記複数の劣化度の前記複数の状態量に対する感度である複数のパラメータとの関係を示す数理モデルに対して、サンプル機の前記複数の劣化度の計測値と、前記サンプル機の前記複数の状態量の計測値とを代入して、未知数としての前記パラメータの値を決定するパラメータ決定部と、
前記数理モデルに対して、診断対象機の前記複数の状態量を適用し、前記診断対象機の前記複数の劣化度を推定し、
前記推定した複数の劣化度の値が所定の範囲に属さない場合は、前記推定した複数の劣化度の近似値を、前記所定の範囲内において取得する診断部と、を備えること、
を特徴とする機器診断装置。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以降、本発明を実施するための形態(“本実施形態”という)を、図等を参照しながら詳細に説明する。本実施形態は、本発明を吸収式冷温熱機に適用する例である。もちろん、本発明を他の空調関連機器に適用することも可能であるし、空調関連機器以外の機器に適用することも可能である。
【0012】
(吸収式冷温熱機)
図1に沿って、吸収式冷温熱機42の構造を説明する。吸収式冷温熱機42は、冷凍機の一種である。一般に、冷凍機は、圧力を制御することによって冷媒を液体から気体に状態変化させ、その際の気化熱に相当する熱を冷水から奪う。吸収式冷温熱機42は、冷媒として水を使用し、吸収剤に冷媒(水)を吸収させることによって低圧力を生み出すことに特徴がある。吸収剤としては、一般的に臭化リチウム水溶液が使用される。本実施形態の吸収式冷温熱機42もまた、このような型式の吸収式冷温熱機である。
吸収式冷温熱機42は、蒸発器51、吸収器52、凝縮器53、低温再生器54、高温再生器55、低温熱交換器56及び高温熱交換器57を有する。蒸発器51においては、伝熱面積を極端に大きくしたコイル状のチューブに対して、冷媒が滴下される。チューブ中には冷水が通っている。蒸発器51の内部は、例えば、1/100気圧前後の超低圧状態になっているため、滴下した冷媒(水)は、例えば、5℃前後の低温で容易に気化する。すると、冷媒が冷水から気化熱を奪い、その分、冷水の温度は低下する。
【0013】
吸収器52と蒸発器51とは連通しており、両者の間を冷媒(水蒸気)が通過する。吸収器52においては、コイル状のチューブに対して、吸収剤が滴下される。チューブ中には冷却水が通っている。吸収剤(臭化リチウム水溶液)は、冷媒(水蒸気)を吸収する。このことによって、蒸発器51内の低圧状態が維持される。冷媒を吸収した吸収剤は、自身の濃度を下げつつ、チューブ内の冷却水に熱を逃がす一方で、吸収器52の底部に貯まる。冷却水は、凝縮器53内のコイル状のチューブに流れ込む。
高温再生器55は、吸収器52から低温熱交換器56及び高温熱交換器57を経由して流れて来た吸収剤を受け取り、ボイラでガスや重油等を燃焼させることによって、受け取った吸収剤を加熱する。すると、吸収剤から冷媒(水蒸気)が分離され、次第に吸収剤の濃度は高くなる。高濃度の吸収剤は、高温熱交換器57を経由して、低温再生器54に流れ込む。分離された水蒸気は、低温再生器54内のコイル状のチューブに流れ込む。
【0014】
低温再生器54は、冷媒(水蒸気)が通るチューブを有する。低温再生器54に流れ込んだ吸収剤は、冷媒によって熱せられ、再度、冷媒(水蒸気)を分離する。分離された冷媒(水蒸気)は、凝縮器53に流れ込み、より濃度が高くなった吸収剤は、低温再生器54の底部に貯まる。貯まった吸収剤は、低温熱交換器56に流れ込む。チューブ内の冷媒(水蒸気)は、凝縮器53に流れ込み、水となって貯まる。
凝縮器53と低温再生器54とは連通しており、両者の間を冷媒(水蒸気)が通過する。凝縮器53は、冷却水が通るチューブを有する。高温再生器55から低温再生器54を経由して流れ込んだ冷媒(水蒸気)が、チューブ上で結露し、凝縮器53の底部に貯まる。貯まった冷媒(水)は、蒸発器51に流れ込む。
【0015】
低温熱交換器56及び高温熱交換器57は、吸収剤が吸収器52から高温再生器55に流れ込むまでの過程で、高温の吸収剤の熱を低温の吸収剤に与える(ガスや重油等の燃料を節減するための予熱)。冷水等の役割を大まかにみれば、以下の通りである。
・冷水は、空調負荷(空調機等)において熱を吸収する。
・冷却水は、冷水からの熱を、冷媒を介して吸収し、その熱を外部(冷却塔等)に逃がす。
・冷媒は、自身が状態変化することによって、冷水の熱を冷却水に逃がす仲介をする。
・吸収剤は、冷媒(水蒸気)を吸収することによって、低圧を作り出す。
なお、本実施形態においては、冷媒は水である。冷媒は、吸収剤を含まない純水の状態(凝縮器53内、蒸発器51内)→吸収剤(水溶液)に含まれる状態(吸収器52内)→吸収剤から分離された純水蒸気の状態(高温再生器55の上部の空間)→吸収剤を含まない純水の状態、というように繰り返し遷移する。
【0016】
多くのセンサが、吸収式冷温熱機42を構成する各機器上、及び、各機器を接続する配管(又はコイル状のチューブ)上に設置されており、吸収式冷温熱機42の状態量を計測する。状態量とは、機器自身の温度、冷水等の液体(気体)の温度、単位時間あたりの流量、濃度、圧力等を含むあらゆる物理量である。
【0017】
(状態量の例)
本実施形態のセンサが計測する状態量の例として、例えば、高温再生器温度T
HG、高温再生器濃度ξ
HG、吸収器濃度ξ
A、低温再生器ドレン温度T
LGd、吸収器出口溶液温度T
sAout、蒸発器冷媒温度T
E、凝縮器冷媒温度T
C、高温熱交換器対数平均温度差θ
HX、低温熱交換器対数平均温度差θ
LX及び高温再生器圧力P
HGの10種類を挙げることができる。
【0018】
図1の●で示した複数の位置において、それぞれの状態量が計測される。例えば、あるセンサは、高温再生器55の空間において高温再生器温度T
HGを計測する。あるセンサは、高温熱交換器57を流れる2系統の吸収剤のそれぞれ入口及び出口において、溶液の温度を計測する。さらに、当該センサは、これら4つの計測値に基づき、高温熱交換器対数平均温度差θ
HXを計算する。他の状態量についても同様である。そして、図示はしないが、ポンプ、減圧弁等の補助機器が、配管上の必要位置に設置されている。
【0019】
(機器診断装置等)
図2に沿って、機器診断装置1の構成、及び、機器診断装置1と吸収式冷温熱機42の関係を説明する。機器診断装置1は、例えばビルケアを行うサービス会社によって運営される。機器診断装置1は、一般的なコンピュータであり、中央制御装置11、入力装置12、出力装置13、主記憶装置14、補助記憶装置15及び通信装置16を有する。これらは、バスによって相互に接続されている。補助記憶装置15は、サンプル機情報31及び診断対象機情報32(詳細後記)を記憶している。主記憶装置14における、データ準備部21、パラメータ決定部22及び診断部23はプログラムである。以降、“○○部は”と主体を記した場合は、中央制御装置11が、補助記憶装置15から各プログラムを読み出し、主記憶装置14にロードしたうえで、各プログラムの機能(詳細後記)を実現するものとする。
【0020】
吸収式冷温熱機42は、サービス会社の顧客によって運営される。通常、サービス会社は複数の顧客を有し、個々の顧客は、複数の吸収式冷温熱機42を運営していることが多い。センサ46は、前記したセンサである。制御装置45は、いわゆるマイクロコンピュータであり、予め自身にロードされているプログラムにしたがって、センサ46からの信号を受信しつつ、吸収式冷温熱機42の運転全般を制御する。監視端末装置44もまた、センサ46からの信号を受信する。制御装置45及び監視端末装置44は、通常、1台の吸収式冷温熱機42に対して、それぞれ1台ずつ設置される。中継器41は、各監視端末装置44から、センサ46の信号を受信する。そして、ネットワーク2を介して、機器診断装置1に当該信号を送信する。台数制御器43は、各吸収式冷温熱機42の制御装置45に接続されており、空調負荷の大きさ、外気温度等の環境条件等に応じて、実際に稼動させる吸収式冷温熱機42の台数を制御する。
【0021】
図2では、サービス会社の機器診断装置1が、(外部の)ネットワーク2を介して、顧客の吸収式冷温熱機42を遠隔監視する例を説明した。サービス会社が監視センタから多くの顧客の吸収式冷温熱機42を集中監視するほかに、顧客が自家運用の吸収式冷温熱機42を現場で監視することもできる。すなわち、機器診断装置1が、中継器41又は監視端末装置44と一体になる例も可能である。
【0022】
(劣化度、状態量の偏差及び感度行列の関係)
図3に沿って、劣化度、状態量の偏差、及び、感度行列の関係を説明する。一般に、劣化度及び状態量の偏差は、それぞれ、原因及び結果の関係にある。想定し数式モデル化する原因数が、真の原因数よりも少ない場合、想定していない劣化が発生すると、たとえ状態量の偏差が変化しても、その劣化を突き止めることができない。これを“観測スピルオーバ”という。これとは別に、原因数が、結果数よりも多い場合、少ないデータからより多くの原因を求めることになり、原理的に判定が不可能となる。機器診断装置1のユーザは、原因数と結果数を任意に設定することができる。しかしながら、前記の理由により、原因数と結果数を等しくすることが好ましい。そこで、
図3においては、両者とも“5”としている。5種類の劣化度(ζ
A,ζ
C,ζ
LG,ζ
HX,ο
HX)に対して、5種類の状態量の偏差(ΔT
HG,Δξ
HG,ΔT
LGd,ΔT
sAout,ΔP
HG)が、“5対5”の関係で対応している。偏差“Δ”の意味については直ちに後記する。
【0023】
(状態量の偏差)
高温再生器温度の値を例として、偏差を詳しく説明する。いま、西暦B年においてあるサンプル機(又は診断対象機)の高温再生器温度の値がv個計測されたとする。すると、T
HG(B,n)は、西暦B年において計測されたv個の高温再生器温度の値のうち、n番目の値を示すことになる。T
HGo(R
Q,T
CHout,T
CDout)を、高温再生器温度の基準値とする。基準値とは“劣化していない状態のあるべき温度”を意味する理論値である。ここで、R
Qは、冷房定格能力比であり、T
CHoutは、冷水出口温度であり、T
CDoutは、冷却水出口温度である。つまり、R
Q、T
CHout及びT
CDoutの値が決まれば、T
HGoの値も一意に決まる。そして、高温再生器温度の偏差ΔT
HG(B,n)を式(1)のように定義する。ΔT
HG(B,n)は、高温再生器温度が、劣化していない場合の温度に比較してどの程度異なるかを示す。なお、冷水出口温度は、蒸発器51を出た直後の冷水の温度であり、冷却水出口温度は、凝縮器53を出た直後の冷却水の温度である。
【0025】
図4は、冷房定格能力比R
Q、冷水出口温度T
CHout、冷却水出口温度T
CDout及び高温再生器温度の基準値T
HGoの関係(本来は四次元的な関係である)を二次元平面で示した図である。冷房定格能力比R
Qは、以下の式(2)によって定義される。式(2)において、Caは、冷房能力であり、Crは、定格冷房能力である。
【0027】
図4は、以下のことを示している。
・冷房定格能力比R
Q、冷水出口温度T
CHout及び冷却水出口温度T
CDoutを入力し、高温再生器温度の基準値T
HGoを出力する関数を想定することができる。
・他の入力値が一定である条件のもとで、冷却水出口温度T
CDoutが高くなるほど、基準値T
HGoは大きくなる。
・同様に、冷水出口温度T
CHoutが高くなるほど、基準値T
HGoは小さくなる。
・同様に、冷房定格能力比R
Qが大きくなるほど、基準値T
HGoは大きくなる。
ちなみに、例えば、冷房定格能力比R
Qが0.80であるとする。そして、冷却水出口温度T
CDoutが35.0℃であり、冷水出口温度T
CHoutが8.0℃であるとする。このとき、基準値T
HGoは約120℃となる(
図4の破線参照)。前記では、ΔT
HG(B,n)の定義を説明した。同様にして、任意の状態量の偏差を定義することが可能である。
【0028】
このような偏差(例えば、ΔT
HG)自身をそのまま評価することも可能である。しかしながら、吸収式冷温熱機42が発揮している相対能力(冷房定格能力比)が大きい場合、ΔT
HGも大きくなり、相対能力が小さい場合、ΔT
HGも小さくなる。したがって、ある西暦年におけるΔT
HGの、冷房定格能力比R
Qに対する傾きを評価すると、より正確に診断対象機全体の劣化の程度がわかることが多い。
【0029】
図5に沿って、冷房定格能力比と状態量の偏差との関係を説明する。
図5は、横軸を冷房定格能力比とし、縦軸を状態量の偏差(ここでは、ΔT
HG)とする座標平面である。この座標平面上に、各年におけるv個のΔT
HGの値がプロットされている。すなわち、プロットされた点(◇等)の縦軸の値はΔT
HGの値であり、横軸の値は、そのΔT
HGの値が計測された時点における、吸収式冷温熱機42の冷房定格能力比である。そして、年ごとに引いた回帰直線の傾きが、その年のΔT
HGの傾きとなる。傾きが大きいほど、劣化が進んでいる。
【0030】
図5を見ると以下のことがわかる。
・2005年から2008年にかけて、劣化度が低下している。これは(
図5からは直接わからないが)2005年のオフシーズンに部品交換等をしたことに起因する。
・2008年から2011年にかけて劣化度が上昇している。これは(
図5からは直接わからないが)2008年のオフシーズンに部品交換等をしなかったことに起因する。
・2011年から2013年にかけても、劣化度が低下している。これは(
図5からは直接わからないが)2011年のオフシーズンに部品交換等をしたことに起因する。
なお、どの部品が劣化したことによりΔT
HGの傾きが大きくなったか、及び、どの部品を交換したことによりΔT
HGの傾きが小さくなったかは不明である。
【0031】
図3に戻る。
図3の右列の劣化度は、上から順に、それぞれ“吸収器52の伝熱面積の低下”、“凝縮器53の伝熱面積の低下”、“低温再生器54の伝熱面積の低下”、“高温熱交換器57の伝熱面積の低下”及び“高温熱交換器57の穴開き”という劣化要素を定量化したものである。吸収式冷温熱機42の正常時(運用開始時)における吸収器52の伝熱面積の値がK
Astartであるとする。運転時間が累積するにつれて、チューブに汚れが付着して行き、有効な伝熱面積の値は、徐々に低下する。基準値であるK
Astartと現在の計測値であるK
Anowとの関係は式(3)の通りである。
【0033】
ここで、ζ
Aは、0≦ζ
A≦1の範囲の値をとり、チューブが新品であるときζ
A=0であり、チューブが完全に劣化したときζ
A=1である。このような範囲を有するζ
Aが、吸収器52の“劣化度”である。ζ
C、ζ
LG及びζ
HXも同じ範囲の値をとり、ζ
C、ζ
LG及びζ
HXは、それぞれ、凝縮器53の劣化度”、低温再生器54の劣化度、及び、高温熱交換器57の劣化度である。
【0034】
これらの各機器のうち、特に高温熱交換器57の劣化は、“穴開き”としても現れる。穴開きが発生すると、吸収剤が本来の流路を経由せずバイパスする。つまり、
図1において、本来であれば溶液の全量は、低温熱交換器56から高温熱交換器57の内部を通って、点58に流れるべきである。しかしながら、穴開きが発生すると、その溶液の一部が、低温熱交換器56から高温熱交換器57の内部を通らずに点59に直接流れることになる。吸収式冷温熱機42の正常時(運用開始時)において、高温熱交換器57での単位時間当たりの吸収剤の流量の値がM
HGであるとする。運転時間が累積するにつれて、チューブに穴開きが発生し、拡大して行く。すると、M
HGのうち、M
HGbyがバイパスすることになる。基準値であるM
HGと計測値であるM
HGbyとの関係は式(4)の通りである。
【0036】
ここで、ο
HGは、0≦ο
HG≦1の範囲の値をとり、チューブが新品であるときο
HG=0であり、チューブが完全に劣化したときο
HG=1である。このような範囲を有するο
HGが、高温熱交換器57の“リーク率”である。なお、ζ
HXは、高温熱交換器57の劣化度であるが、より正確には、伝熱面積低下の観点から見た劣化度である。一方、ο
HGは、高温熱交換器57のリーク率であるが、これも“劣化度”であることには違いない。つまり、ある1つの機器(部品)の劣化度を異なる観点から複数定義することもできる。
【0037】
図3の左列の状態量の偏差は、上から順に、高温再生器温度T
HGの偏差(ΔT
HG)、高温再生器濃度ξ
HGの偏差(Δξ
HG)、低温再生器ドレン温度T
LGdの偏差(ΔT
LGd)、吸収器出口溶液温度T
sAoutの偏差(ΔT
sAout)、及び、高温再生器圧力P
HGの偏差(ΔP
HG)である。
【0038】
図3の右列の劣化度と、左列の状態量の偏差とを結ぶ複数のリンクは、原因(劣化度)が結果(状態量の偏差)に及ぼす影響度である。周知のように、吸収式冷温熱機42は、モータ等の力学的エネルギではなく、ボイラ等の熱源のみによって駆動される。このような吸収式冷温熱機42においては、式(5)のように、各状態量の偏差が、各劣化度に起因する状態量の偏差の和として表現できる。
【0040】
例えば式(5)の1行目は、高温再生器温度の偏差ΔT
HGが、5つの項の和として表され得ることを示している。例えば、ΔT
HG(A)は、高温再生器温度の偏差ΔT
HGのうち、吸収器の伝熱面積低下に起因する部分である。ΔT
HG(C)は、高温再生器温度の偏差ΔT
HGのうち、凝縮器の伝熱面積低下に起因する部分である。他の項についても同様であり、2行目以降についても同様である。
【0041】
これらの項のうち、例えばΔT
HG(A)に注目する。ΔT
HG(A)自身は、劣化度ζ
Aを入力とし、偏差ΔT
HGの一部分を出力とする関数である。一般的に、当該関数は、高次計算、乗算、除算、指数計算、対数計算等を含み得る。つまり、当該関数は、一般的には非線形である。非線形であるΔT
HG(A)の一例は式(6)の通りである。
【0043】
前記したように、R
Qは、冷房定格能力比であり、T
CHoutは、冷水出口温度であり、T
CDoutは、冷却水出口温度である。a
1、a
2、・・・、b
4及びαは係数である。なお、吸収式冷温熱機42が半分程度の能力を出力している場合、すなわちR
Q=0.5である場合のΔT
HG(A)が、高温再生器55の劣化を最も正確に示していることが多い。式(6)の右辺の“(ζ
A2+αζ
A)”を、単に“ζ
A2”としたものが式(7)である。
【0045】
式(7)の右辺は、“ζ
A2”に対して、“[{・・・}R
Q]”が乗算されている形を有する。式(7)をさらに、ΔT
HG(A)=f
Aζ
A2と単純化して表現することができる。つまり、“f
A”が“[{・・・}R
Q]”に相当している。同様に、ΔT
HG(C)=f
Cζ
C2、ΔT
HG(LG)=f
LGζ
LG2、・・・と単純化して表現することができる。ここで、f
A、f
B、f
LG、・・・は、係数であり、
図3の原因と結果間のリンクに相当する。前記を総合すると、式(5)の一例を式(8)の線形モデルとして表現できることがわかる。
【0047】
式(8)は、“y=Sx”として表され得る。Sは“感度行列”であり、xは劣化度ベクトルであり、yは状態量ベクトルである。なお、yは本来、状態量の偏差ベクトルと呼ぶべきものであるが、以降、単に、状態量ベクトルと呼ぶ。感度行列Sの各成分は、各劣化度が各状態量の偏差に与える影響であり、“感度”そのものである。いま、y及びSが既知であり、Sの逆行列をS
−1とすると、S
−1yを計算することによって、xを推定することができる。なお、ベクトルとその成分を区別するために、以降、例えば劣化度ベクトルを“x”と表記し、その各成分を“x
k”と表記することがある。
【0048】
(数理モデル)
式(5)のような数式の集合を“数理モデル”と呼ぶ。式(8)は、数理モデルのうちの簡単な例である。線形モデル及び非線形モデルを含む一般的な数理モデルを式(9)で表す。
【0050】
式(9)は、便宜的に1本の数式の型式で表現されている。実際の数理モデルは、複数の入力変数(ζ
A,ζ
C,ζ
LG,ζ
HX,ο
HX等)、複数の出力変数(ΔT
HG,Δξ
HG,ΔT
LGd,ΔT
sAout,ΔP
HG等)及び複数のパラメータ(f
A,f
C,f
LG,・・・,j
HX,j
O等)を有する複数の数式の集合である。ここでのパラメータは、前記した感度を意味する。ここで“入力変数”及び“出力変数”という用語を使用するのは、因果関係の原因に相当する変数を“入力変数”といい、結果に相当する変数を“出力変数”ということが自然であるからである。当然ながら、パラメータが決定されており、入力変数又は出力変数のどちらかが既知であり他方が未知である場合、連立方程式を解くことによって未知の変数を求めることができる。なお、本実施形態は、出力変数(既知の結果)に基づいて入力変数(未知の原因)を求めるという、一見逆説的なアプローチを採用している。
【0051】
(パラメータの決定及び劣化度の推定)
詳しくは後記するが、機器診断装置1は、以下のような手順で劣化度を推定する。
(1)機器診断装置1は、計測値として、サンプル機の劣化度及び状態量の偏差を取得する。あるいはシミュレーションにより、診断したい機種の劣化度に対する状態量の偏差を計算しておく。
(2)機器診断装置1は、パラメータを決定する。このとき、機器診断装置1は、数理モデルFに対して、(1)で取得した劣化度及び無作為に発生させたパラメータの候補を代入し、状態量の偏差を算出する。そして、このように算出した状態量の偏差と(1)で取得した状態量の偏差との差分の二乗和を算出する処理を所定の回数だけ繰り返す。そして、二乗和が最小となるようなパラメータを決定することによって、数理モデルを完成させる。式(8)の線形モデルの場合は、感度行列Sの5×5個の成分の値を決定することとなる。
【0052】
(3)機器診断装置1は、計測値として、診断の対象である診断対象機の状態量の偏差を取得する。
(4)機器診断装置1は、完成させた数理モデルFに対して、無作為に発生させた劣化度の候補を代入し、状態量の偏差を算出する。そして、このように算出した状態量の偏差(推定値)と、(3)で取得した状態量の偏差(計測値)との差分の二乗和を算出する処理を所定の回数だけ繰り返す。そして、二乗和が最小となるような劣化度を決定する。なお、式(8)の線形モデルを使用する場合は、感度行列Sの逆行列S
−1を、状態量ベクトルyに対して左から乗算することによって劣化度を決定する。感度行列及びその逆行列を使用する処理速度は、最小二乗法の処理速度よりも速い。
【0053】
(感度の意味)
図6及び
図7に沿って、感度の意味を説明する。
図6(a)は、吸収器の伝熱面積の低下が、ΔT
HG等の各状態量の偏差に及ぼす影響を示す棒グラフである。
図6(a)の横軸は、10種類の状態量の偏差である。縦軸は、劣化度ζ
Aが0から1に上昇するまでの期間に、すなわち、吸収器のチューブが新品である状態から寿命となる状態に至るまでの期間に、ΔT
HG等の値がどれだけ変化するかを示している。そして、この変化量が、前記した感度に他ならない。縦軸の単位系は3種類ある。したがって、単位系が異なる物理量同士を直接比較することはできない。しかしながら、縦軸の変化は、劣化が進むにつれて、得られた計測データがどれだけ変化するかを示している。
【0054】
劣化度ζ
Aが0から1に上昇するまでの期間に、ΔT
HGは、約14K増加し、Δξ
HGは、約1重量%増加し、・・・、ΔP
HGは、約19kPa増加する。
図6(a)の棒グラフをより細かく見ると以下のことがわかる。
・吸収器の劣化は、ΔP
HGの増加として最も大きく現れる。
・吸収器の劣化は、ΔT
HGの増加としてその次に大きく現れる。
・吸収器の劣化は、ΔT
LGd及びΔT
sAoutの増加としても無視できない程度に現れる。
・吸収器の劣化は、ΔT
E及びΔT
Cの変化としてはほとんど現れない。
【0055】
同様に、
図6(b)及び(c)は、それぞれ、蒸発器の伝熱面積の低下及び凝縮器の伝熱面積の低下が、ΔT
HG等の各状態量の偏差に及ぼす影響を示す棒グラフである。
図7(a)、(b)及び(c)は、それぞれ、低温再生器の伝熱面積の低下、高温熱交換器の伝熱面積の低下及び高温熱交換器の穴開きが、ΔT
HG等の各状態量の偏差に及ぼす影響を示す棒グラフである。これらの棒グラフを比較すると、例えば以下のことがわかる。
【0056】
・ΔT
HG、ΔT
LGd及びΔP
HGが増加している場合、吸収器又は低温再生器が劣化している可能性が高い(
図6(a)及び
図7(a))。さらに、ΔT
sAoutも増加している場合、低温再生器ではなく、吸収器が劣化している可能性が高い(
図6(a))。
・ΔT
Cが増加している場合、凝縮器が劣化している可能性が高い(
図6(c))。
・高温熱交換器の劣化の症状には2つのパターンがある。Δθ
HXが増加していれば、伝熱面積が低下している可能性が高い(
図7(b))。ΔT
HGが増加していれば、穴開きが発生している可能性が高い(
図7(c))。
【0057】
(状態量の選択)
ユーザが状態量の偏差の種類(結果数)を任意に設定できることは前記した。そこで、実際にどの状態量の偏差を選択するかが問題になる。
図6(c)に注目すると、凝縮器の伝熱面積の低下ζ
Cの、凝縮器冷媒温度の偏差ΔT
Cに対する感度は十分大きい。したがって、10種の状態量の偏差のうちから、ΔT
Cを選択することは一見して好ましいと考え得る。しかしながら、例えば、他のチューブからの熱が凝縮器に伝わり、凝縮器冷媒温度T
Cが冷却水温度より低く計測されてしまうことがある。ユーザは、このような計測誤差を考慮して状態量の偏差を選択できる。本実施形態では、ΔT
HG、Δξ
HG、ΔT
LGd、ΔT
sAout及びΔP
HGが選択されている。
【0058】
以上の説明では、感度は、劣化が最後まで進行する期間における状態量の偏差の変化量である。もちろん他の定義も可能である。例えば、数理モデルをより使いやすくするために、数理モデルFにおける、ある劣化度の、ある状態量の偏差に対する偏微係数(δΔT
HG/δζ
A等)を感度行列Sの各成分としてもよい。
【0059】
(サンプル機情報)
図8に沿って、サンプル機情報31を説明する。サンプル機情報31においては、サンプル機ID欄101に記憶されたサンプル機IDに関連付けて、高温再生器温度欄102には高温再生器温度T
HGが、高温再生器濃度欄103には高温再生器濃度ξ
HGが、低温再生器ドレン温度欄104には低温再生器ドレン温度T
LGdが、吸収器出口溶液温度欄105には吸収器出口溶液温度T
sAoutが、高温再生器圧力欄106には高温再生器圧力P
HGが、吸収器伝熱面積劣化度欄107には吸収器の伝熱面積についての劣化度ζ
Aが、凝縮器伝熱面積劣化度欄108には凝縮器の伝熱面積についての劣化度ζ
Cが、低温再生器伝熱面積劣化度欄109には低温再生器の伝熱面積についての劣化度ζ
LGが、高温熱交換器伝熱面積劣化度欄110には高温熱交換器の伝熱面積についての劣化度ζ
HXが、高温熱交換器リーク率欄111には高温熱交換器のリーク率ο
HXが、計測時点欄112には計測時点が、記憶されている。
【0060】
サンプル機ID欄101のサンプル機IDは、サンプル機を一意に特定する識別子である。サンプル機とは、診断対象機以外の任意の機器(吸収式冷温熱機)である。
欄102〜欄106のT
HG等は、サンプル機についての各状態量である(偏差ではない)。これらの値は、センサによって計測される。
欄107〜欄111のζ
A等は、サンプル機についての各劣化度又はリーク率である。これらの値は、実際の伝熱面積等を計測することによって取得されたものである。
計測時点欄112の計測時点は、欄102〜欄111の値がセンサ等によって計測された時点の西暦年月日時分秒である。
サンプル機情報31は、別に欄を設け、その計測時点における、冷水出口温度、冷却水出口温度、冷房能力、冷水流量、及び、定格冷房能力(定数)等を記憶していてもよい(図示せず)。各欄に記載されている“・・”は、計測されたデータ値を省略的に表現している(空欄ではない)。
【0061】
サンプル機ID欄101及び計測時点欄112のデータ例から明らかなように、サンプル機情報31においては、あるサンプル機について、1日ごとに1つのレコードが記憶される。各レコードの計測時点は、その日のうち冷房能力が最大となる時点である。
【0062】
(診断対象機情報)
図9に沿って、診断対象機情報32を説明する。診断対象機情報32の構成は、サンプル機情報31(
図8)と同じである。
診断対象機ID欄121に記憶されている診断対象機IDは、診断対象機を一意に特定する識別子である。
欄122〜欄126のT
HG等は、診断対象機についての各状態量である。
欄127〜欄131のζ
A等は、診断対象機についての各劣化度又はリーク率である。ただし、これらの欄は、当初空欄になっており、機器診断装置1が各劣化度及びリーク率を推定した後、それらの推定値が記憶される。
計測時点欄132の計測時点は、欄122〜欄126の値がセンサによって計測された時点の西暦年月日時分秒である。
【0063】
一般的に、センサは所定の周期(例えば15分ごと)で状態量を計測する。したがって、診断対象機ID欄121及び計測時点欄132のデータ例から明らかなように、診断対象機情報32においては、ある診断対象機について、1日ごとに複数のレコードが記憶される。これらのレコードから、処理に適したデータが抽出・加工される(詳細後記)。
【0064】
(処理手順)
以降で、本実施形態の処理手順を説明する。処理手順には、(1)データ準備処理手順、(2)パラメータ決定処理手順、及び、(3)診断処理手順の3つがある。(3)を開始するためには、(1)及び(2)が終了していることが前提となる。(1)及び(2)の前後関係は問われない。(2)を開始する前提として、サンプル機情報31(
図8)が完成した状態で補助記憶装置15に記憶されているものとする。さらに、(1)を開始する前提として、診断対象機情報32(
図9)が、欄121〜欄126及び欄132にデータを有する状態で補助記憶装置15に記憶されているものとする。
【0065】
(データ準備処理手順)
図10に沿って、データ準備処理手順を説明する。データ準備処理手順は、診断対象機情報32に記憶されている診断対象機の各状態量から、処理に適したデータを抽出・加工するための手順である。
ステップS201において、機器診断装置1のデータ準備部21は、診断開始指示を受け付ける。具体的には、データ準備部21は、出力装置13にメニュー画面(図示せず)を表示する。そして、ユーザが、メニュー画面に表示されている“診断を開始する”の文字列をマウス等の入力装置12で選択するのを受け付ける。
【0066】
ステップS202において、データ準備部21は、診断対象機及び診断対象期間を受け付ける。具体的には、データ準備部21は、ユーザが入力装置12を介して、診断対象機ID及び診断対象期間を入力するのを受け付ける。診断対象期間は、例えば、現在日を終期とし、現在日からある日数を遡った日を始期とする期間である。例えば、現在が2014年8月31日であり、過去3か月の診断対象機の状態を診断する場合、ユーザは、“20140601〜20140831”を入力する。
【0067】
ステップS203において、データ準備部21は、診断対象機のデータを取得する。具体的には、データ準備部21は、ステップS202において受け付けた診断対象機ID及び診断対象期間を検索キーとして、診断対象機情報32(
図9)を検索し、該当したレコードを取得する。
ステップS204において、データ準備部21は、運転中のレコードを抽出する。運転中とは、例えば、診断対象機の高温再生器温度が所定の閾値以上である状態を言う。具体的には、データ準備部21は、ステップS203において取得したレコードのうちから、取得時点における高温再生器温度が閾値以上であるものを抽出する。
【0068】
ステップS205において、データ準備部21は、状態量ごとの時系列グラフを作成する。具体的には、データ準備部21は、ステップS204において抽出したレコードから、状態量(
図9の欄122〜欄126)ごとの時系列グラフを作成する。この時作成される時系列グラフの例(
図9の欄122〜欄126の状態量と完全に同じではない)が、
図13(a)及び(b)である。
【0069】
ステップS206において、データ準備部21は、安定データを抽出する。具体的には、データ準備部21は、ステップS205において作成した時系列グラフのうち、安定データである部分を抽出する。安定データの定義は様々である。安定データではない例としては、1日のうち値の変化幅が所定の閾値より大きい、時系列グラフがなだらかな曲線にならず立ち上がり点又は立下り点を有する、波の周期が日によって極端に異なる等がある。なお、診断対象機の動特性を解析することによって、一見して安定データではないと判定される部分を、安定データとして取り扱うこともできる。例えば、1日のうち、診断対象機の稼動時間帯の始期及び終期が固定されている場合は、時系列データのうち、固定されている時間帯の部分のみを抽出して安定データとしてもよい。また、時系列グラフのある部分の傾き(時系列の変化率)が所定の値を有する場合、その部分の水準が有意である場合もある。この場合は、その部分を安定データとしてもよい。
【0070】
ステップS207において、データ準備部21は、ノイズを除去する。安定データである時系列グラフのうちにも、一時的な外部環境の変化、単なる偶然(液体中の気泡の温度を計測してしまう)等に起因する“はずれ点”が存在することはよくある。具体的には、データ準備部21は、ローパスフィルターを使用して、時系列グラフを作成しなおす。適当なローパスフィルターがない場合は、ある時点を中心とし前後それぞれ数分ずつの値を平均することによって時系列グラフを作成しなおしてもよい(移動平均法)。
【0071】
ステップS208において、データ準備部21は、代表データを取得する。具体的には、データ準備部21は、ステップS207においてノイズを除去した時系列グラフから、1日のうち冷房能力が最大となっている時点のデータを、診断対象期間の日数に等しい数だけ抽出し、代表データとする。
ステップS208の処理が終了した段階で、データ準備部21は、それぞれの状態量について、1日ごとに1つの代表データを保持していることになる。因みに、この代表データのうち高温再生器温度についてのものが、前記したT
HG(B,n)である。
【0072】
ステップS209において、データ準備部21は、状態量の偏差を算出する。具体的には、データ準備部21は、式(1)を使用して、それぞれの状態量について、その偏差(例えばΔT
HG(B,n))を算出する。
ステップS210において、データ準備部21は、傾きを算出する。具体的には、データ準備部21は、各状態量の偏差の冷房定格能力比に対する傾きを算出する。
【0073】
この段階で、データ準備部21は、そのシーズン(診断対象期間)における、各状態量の偏差を、運転日ごとに保持していることになる。データ準備部21は、診断対象機ID及び運転日の組み合わせに関連付けて、各状態量の偏差を補助記憶装置15の“診断データ領域”(図示せず)に記憶する。さらに、この段階で、データ準備部21は、そのシーズンにおける、各状態量の偏差の傾きを保持していることになる。データ準備部21は、各状態量の偏差の傾きを、診断対象機IDに関連付けて補助記憶装置15の“診断データ領域”に記憶する。その後、データ準備処理手順を終了する。
【0074】
(パラメータ決定処理手順)
図11に沿って、パラメータ決定処理手順を説明する。パラメータ処理手順は、サンプル機情報31に記憶されているサンプル機の各状態量及び各劣化度に基づいて、数理モデルのパラメータを決定するための手順である。
ステップS301において、機器診断装置1のパラメータ決定部22は、数理モデルを取得する。具体的には、パラメータ決定部22は、任意の数理モデルを取得する。補助記憶装置15には、線形モデル及び非線形モデルを含む複数の数理モデルが記憶されているものとする(図示せず)。ここでは、式(8)の線形モデルが取得されたものとする。
【0075】
ステップS302において、パラメータ決定部22は、パラメータの候補を作成する。具体的には、パラメータ決定部22は、f
A、f
C、・・・、j
HX及びj
οの値を無作為に発生させる。
ステップS303において、パラメータ決定部22は、劣化度を取得する。具体的には、第1に、パラメータ決定部22は、ステップS202において受け付けた診断対象機IDを、その診断対象機と同じ型式のサンプル機のサンプル機IDに変換する。
第2に、パラメータ決定部22は、変換したサンプル機ID、及び、ステップS202において受け付けた診断対象期間を検索キーとしてサンプル機情報31を検索し、該当したレコードの劣化度を取得する。
【0076】
ステップS304において、パラメータ決定部22は、状態量の偏差を推定する。具体的には、パラメータ決定部22は、ステップS302において発生させたパラメータ、及び、ステップS303の“第2”において取得した劣化度を、式(8)の右辺に代入する。そして、各状態量の偏差(ΔT
HG、Δξ
HG、・・・、ΔP
HG)を算出する。
ステップS305において、パラメータ決定部22は、計測値と推定値との差分の二乗和を算出する。具体的には、第1に、パラメータ決定部22は、ステップS303の“第2”において取得したレコードの状態量を式(1)に代入して、サンプル機の状態量の偏差を算出する。
【0077】
第2に、パラメータ決定部22は、ステップS305の“第1”において取得した状態量の偏差(計測値)から、ステップS304において算出した状態量の偏差(推定値)を減算し、減算結果の二乗値を算出する。このとき、減算の対象である計測値及び推定値は、同じ計測時点に対応するものである。そして、パラメータ決定部22は、状態量の偏差(ΔT
HG、Δξ
HG、・・・、ΔP
HG)ごとに、二乗値を算出する。つまり、算出された二乗値の個数は、状態量の種類の数に等しい。
第3に、パラメータ決定部22は、二乗値の和を、ステップS302において発生させたパラメータの候補に関連付けて、主記憶装置14に一時的に記憶する。
【0078】
ステップS306において、パラメータ決定部22は、パラメータの候補が十分記憶されたか否かを判断する。具体的には、パラメータ決定部22は、ステップS305の“第3”において記憶された二乗値の和の個数を数える。そして、その個数が所定の閾値に達した場合(ステップS306“YES”)、ステップS307に進み、それ以外の場合(ステップS306“NO”)、ステップS302に戻る。
【0079】
ステップS307において、パラメータ決定部22は、パラメータを決定する。具体的には、パラメータ決定部22は、ステップS305の“第3”において一時的に記憶された二乗値の和のうち最小であるものを特定する。そして、特定した二乗値の和に関連付けられているパラメータの候補を最終的なパラメータとして決定する。その後、パラメータ決定処理手順を終了する。なお、取得された数理モデルが非線形モデルである場合、パラメータ決定部22は、ステップS304において、(式(8)ではなく)式(9)に対して、発生させたパラメータ及びステップS303の“第2”において取得した劣化度を代入する。その他の処理は、前記した線形モデルの場合と同じである。
【0080】
(診断処理手順)
図12に沿って、診断処理手順を説明する。診断処理手順は、診断対象機の劣化度を要素別に求めるための手順である。
ステップS401において、機器診断装置1の診断部23は、数理モデルが線形モデルであるか否かを判断する。具体的には、診断部23は、ステップS301において取得された数理モデルが線形モデルである場合(ステップS401“YES”)、ステップS402に進み、それ以外の場合(ステップS401“NO”)、ステップS406に進む。
ステップS402において、診断部23は、感度行列の逆行列を求める。具体的には、診断部23は、ステップS307において決定した最終的なパラメータを感度行列Sとし、その感度行列Sの逆行列S
−1を求める。
【0081】
ステップS403において、診断部23は、劣化度を推定する。具体的には、第1に、診断部23は、補助記憶装置15の“診断データ領域”を検索し、運転日及びステップS202において受け付けた診断対象機IDに関連付けられている状態量の偏差を取得する。そして取得した状態量の偏差を状態量ベクトルyとして式(8)の左辺に代入する。
第2に、診断部23は、式(8)の左辺の状態量ベクトルyに対して、左から感度行列Sの逆行列S
−1を乗算する。乗算結果が劣化度ベクトルxとなる。ただし、x
kは、本来求めるべき劣化度の二乗値である。そこで、“二乗値”の正の平方根を求めることによって、0≦劣化度≦1の範囲の劣化度を求め得るか否かが問題となる。
【0082】
ステップS404において、診断部23は、xの成分のうち、0未満の値又は1より大きい値を有するものが存在するか否かを判断する。具体的には、診断部23は、xの成分のうち、0未満の値又は1より大きい値を有するものが存在する場合(ステップS404“YES”)、ステップS405に進み、それ以外の場合(ステップS404“NO”)、ステップS407に進む。
【0083】
ステップS405において、診断部23は、近似値を取得する。いま、ステップS403の“第2”において求められた劣化度ベクトルxが、x
0(ζ
A2,ζ
C2,ζ
LG2,ζ
HX2,ο
HX2)=(0.5,0.6,−0.1,0.7,0.8)であったとする。ζ
LG2の値として“−0.1”は不適である。そこで、診断部23は、以下の基本処理又は簡易処理のうちのいずれかを使用して、劣化度ベクトルx(二乗値)の近似値を求める。
【0084】
〈基本処理〉
(1)診断部23は、各成分が0≦x
k≦1を満たすような劣化度ベクトルの近似値の候補を、所定の数だけ無作為に発生させる。
(2)診断部23は、x
0とのノルム(差分の二乗和)が最小となるような候補を近似値x
1として決定する。基本処理の最小化条件を数式で表すと以下の式(10)となる。式(10)において、“s.t.”及び“w.r.t.”は、それぞれ“subject to”及び “with regard to”の意である。“S
−1y”は、その近似値を取得するべき不適な解(x
0)であり、“x”は、近似値である。
ここで決定された近似値x
1が、例えば、x
1(0.6,0.5,0.0,0.8,0.7)のようになる場合もある。x
0に比して、x
1では、ζ
LG2が“0.0”に変化している以外に、他の成分も変化している。これは、候補の劣化度ベクトルの各成分を無作為に発生させたことに起因する。
【0086】
〈簡易処理〉
(1)診断部23は、x
0の成分のうち、0≦x
k≦1を満たさないものを特定する。
(2)診断部23は、 “1.0”又は“0.0”のうち特定したx
kに近い方を、特定したx
kの近似値として決定する。
ここで決定された近似値x
2は、例えば、x
2(0.5,0.6,0.0,0.7,0.8)である。x
0に比して、x
2では、ζ
LG2が“0.0”に変化している。それ以外の成分は変化していない。基本処理による近似値x
1は、簡易処理による近似値x
2に比して、より正確な劣化度を示していることが多い。ただし、基本処理の処理工数は、簡易処理の処理工数よりも多い。
【0087】
診断部23は、ステップS403〜S405の処理をあるシーズンのすべての運転日について繰り返し、劣化度(二乗値)の平均値を求める。さらに、すべてのシーズン(又は年)について繰り返す。なお、このとき、データ準備部21は、データ準備処理手順をシーズン(又は年)について繰り返すものとする。
【0088】
ステップS406において、診断部23は、劣化度を推定する。具体的には、診断部23は、以下の処理を実行する。
(1)診断部23は、0≦x
k≦1を満たす劣化度ベクトルの候補を無作為に発生させる。
(2)診断部23は、無作為に発生させた劣化度ベクトルxを、(パラメータが既に決定しておりかつ非線形の)数理モデルFに対して代入する。そして、数理モデルを連立方程式として任意の方法でその解を求める。求めた解が、状態量ベクトルyの推定値となる。ここでの推定値をy
mと表記する。
【0089】
(3)診断部23は、運転日及びステップS202において受け付けた診断対象機IDを検索キーとして“診断データ領域”を検索し、該当した状態量の偏差を取得する。そして取得した状態量の偏差を状態量ベクトルy(計測値)とする。
(4)診断部23は、状態量ベクトルの計測値yと状態量ベクトルの推定値y
mとの間のノルム(差分の二乗和)を求める。
(5)診断部23は、(1)〜(4)の処理を所定の回数だけ繰り返し、ノルムが最小となるような劣化度ベクトルxを求める。当該処理の最小化条件を数式で表すと式(11)となる。
診断部23は、ステップS406の処理をすべての運転日について繰り返し、劣化度(二乗値)の平均値を求める。さらに、すべてのシーズン(又は年)について繰り返す。なお、このとき、データ準備部21は、データ準備処理手順をシーズン(又は年)について繰り返すものとする。
【0091】
ステップS407において、診断部23は、現時点の劣化度を表示し記憶する。具体的には、第1に、診断部23は、式8の線形モデルが使用された場合は劣化度ベクトルxの各成分の正の平方根を取得する。
第2に、診断部23は、出力装置13に、
図1のような吸収式冷温熱機42の模式図を表示する。そして、例えば、ζ
A=0.6である場合、吸収器52を示す図形に関連付けて“0.6”を表示する。劣化度が大きくなるに従って、よりユーザの注意を促す態様でその図形及び/又は劣化度を表示する。例えば、劣化度が大きくなるに従って、図形及び/又は劣化度を表示する色彩を青→黄→赤のように変化させてもよい。
第3に、診断部23は、診断対象機情報32(
図9)の各運転日のレコードのうち冷房能力が最大であるレコードの欄127〜欄131に、劣化度ベクトルの各成分(正の平方根)を記憶する。
【0092】
ステップS408において、診断部23は、劣化度の年次推移を表示する。具体的には、診断部23は、各劣化度の年次推移を折れ線グラフ(
図14)として出力装置13に表示する。
図14の横軸は年次であり、縦軸は劣化度又はリーク率である。劣化度又はリーク率は、その年のすべての運転日の平均値である。
図14を参照すると、以下のことがわかる。
・いずれの年も、吸収器の劣化度が最も大きいこと
・2011より前に、高温熱交換器の穴開きが発生していること。
・低温再生器の劣化が2011年に急激に進行していること。
・(
図14からは直接わからないが)吸収器及び凝縮器は同じ冷却水系にあるので、吸収器が劣化しているのと並行して、凝縮器も劣化している可能性があること。
ここでは、年次推移を例として説明したが、診断部23は、月次、週次を含む任意の時系列で、劣化度を表示することができる。
【0093】
ステップS409において、診断部23は、状態量の偏差の傾きの年次推移を表示する。具体的には、診断部23は、“診断データ領域”から年ごとの状態量の偏差の傾きを取得したうえで、
図5のようなグラフを作成し、作成したグラフを出力装置13に表示する。その後、診断処理手順を終了する。
【0094】
(まとめ)
図15に沿って、本実施形態の特徴を説明する。
・機器診断装置1は、状態量の推定値61と状態量の基準値63との差分である偏差の推定値65を求める。このとき、数理モデルが使用される。当該処理は、ステップS406(2)に相当する。
・機器診断装置1は、状態量の計測値62と状態量の基準値63との差分である偏差の計測値64を求める。当該処理は、ステップS406(3)に相当する。
・機器診断装置1は、偏差の計測値64と偏差の推定値65を比較して、それらの差分が最小になるような劣化度を求める(劣化度の要素別分解診断66)。当該処理は、ステップS406(4)及び(5)に相当する。
【0095】
(実施形態の効果)
本実施形態の機器診断装置1は、以下の効果を奏する。
(1)機器診断装置1は、機器の劣化度を要素別かつ定量的に求めることができる。
(2)機器診断装置1は、計測した状態量が“はずれ値”である場合でも、所定の数値範囲に属する劣化度を求めることができる。
(3)機器診断装置1は、特に吸収式冷温熱機42の診断において、一般的に計測される状態量を使用することができる。
【0096】
(4)機器診断装置1は、最小二乗法という一般的なアルゴリズムを使用できる。
(5)機器診断装置1は、計測された状態量から正常な場合の理論値を減算するので、正確に劣化を判断できる。
(6)機器診断装置1は、サンプル機のデータや事前のシミュレーション計算値を使用して数理モデルのパラメータを決定する。したがって、既存データを有効に活用し、客観的に劣化を判断することができる。
(7)機器診断装置1は、線形の数理モデルを使用するので、情報処理が単純になる。
【0097】
(8)機器診断装置1は、診断対象機から計測したデータのノイズを除去するので、正確に劣化を判断できる。
(9)機器診断装置1は、1年のうち所定の期間における状態量を使用するので、劣化の推移を時系列で表示できる。
(10)機器診断装置1は、機器が1日のうち最大の能力を出力している時点の状態量を使用するので、正確に劣化を判断できる。
【0098】
(11)機器診断装置1は、劣化度を劣化要素に関連付けて、劣化度に応じて態様を変化させて画面表示する。したがって、ユーザは劣化の箇所及び程度を容易に理解できる。
(12)機器診断装置1は、劣化度を時系列で表示する。したがって、ユーザは、過去の運転履歴を見直し、将来の運転を容易に計画することができる。
(13)機器診断装置1が使用する状態量の種類の数は、劣化度の種類の数に等しい。したがって、原理的な判定不可能を回避することができる。
【0099】
なお、本発明は前記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施例は、本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明したすべての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
また、前記の各構成、機能、処理部、処理手段等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウエアで実現してもよい。また、前記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウエアで実現してもよい。各機能を実現するプログラム、テーブル、ファイル等の情報は、メモリや、ハードディスク、SSD(Solid State Drive)等の記録装置、又は、ICカード、SDカード、DVD等の記録媒体に置くことができる。
また、制御線や情報線は説明上必要と考えられるものを示しており、製品上必ずしもすべての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には殆どすべての構成が相互に接続されていると考えてもよい。