(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6397733
(24)【登録日】2018年9月7日
(45)【発行日】2018年9月26日
(54)【発明の名称】ニキビ肌評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20180913BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20180913BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20180913BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20180913BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20180913BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20180913BHJP
【FI】
G01N33/53 Y
G01N33/53 D
G01N33/543 545A
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/04
C12Q1/68
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-230473(P2014-230473)
(22)【出願日】2014年11月13日
(65)【公開番号】特開2016-95185(P2016-95185A)
(43)【公開日】2016年5月26日
【審査請求日】2017年6月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】吉野 崇
(72)【発明者】
【氏名】志村 卓哉
【審査官】
赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2007/046463(WO,A1)
【文献】
国際公開第2007/077257(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非侵襲的に採取した皮膚角層中のFABP−5を測定し、あらかじめ又は同時に測定した正常な皮膚角層のFABP−5の測定値と対比し、発現の上昇をニキビ悪性化の指標とするニキビ肌の検査方法。
【請求項2】
皮膚角層が、ヒト皮膚より剥離操作によって得たものである請求項1に記載の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニキビ肌の症状の評価と、治療効果の判定に使用するための指標とその検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニキビは、脂腺性毛包に生じる炎症性の皮膚疾患であって、医学的には尋常性ざ瘡を指し、ざ瘡、アクネともよばれる。思春期に多く発生して成長とともに自然に治る場合が多いが、その症状には個人差が大きいことが知られている。ニキビの発生に関係する主要な因子としては、内分泌因子(ホルモン)、毛包管の角化、毛包管内の細菌、遺伝的要因などがある。
皮膚にある毛包は、軟毛性毛包,脂腺性毛包および終毛性毛包の3種類に分類される。これらのうち脂腺性毛包は顔面においてもっとも密度が高く、胸、背の中央部がこれに次いでいる。ニキビは顔、胸、背に発生しやすいとされている。また、これらのニキビ発症部位には面皰(めんぽう)、丘疹、膿疱などの皮疹が混在して見られる。
【0003】
いわゆるニキビの発生部位には、皮疹症状である面皰が形成されることがきっかけで悪性化してゆく。面皰形成の主な成因として、毛包管の異常角化、皮脂分泌の亢進、皮脂成分の変化、毛包管の細菌叢があげられている。面皰の中には角層片、皮脂、軟毛が充満しており、アクネ菌(Propionibacterium acnes)も増殖している。面皰は、内容物の貯留が増えて大きくなると、トリグリセリドの分解産物である遊離脂肪酸や、面皰中で増殖した細菌由来の酵素によって炎症が発生し、炎症を起こしたものを赤色丘疹と呼ぶ。赤色丘疹は、炎症と細菌の増殖によっての膿疱を形成し、さらに進行すると皮膚組織を犯して嚢腫となり、その後の組織修復過程で痘痕が形成される。炎症がなおっても痘痕や色素沈着が残る。
【0004】
面皰や皮疹を予防し、悪化を防ぐための化粧品や医薬部外品で、アクネ用化粧品ともよばれる製品が市販されている。これらの製品は、過剰な皮脂を取り除くものや皮脂腺の過剰な働きを抑制するものが一般的であり、これに抗炎症剤や抗菌剤を配合することが多い。また、製品の種類は洗顔料や化粧水を中心に、最近ではメークアップ化粧品まで多岐にわたる。さらに、“にきびを防ぐ”という効果を訴求する医薬部外品の製品は、薬用石けん、洗顔料、化粧水、パック、クリーム、乳液などが市販されている。
しかしこのような予防措置をおこなっても、ニキビは発生する場合があり、発生したあとの症状の進行状況は個人差が大きく、ニキビによる肌のトラブルの発生を予見しながら、適切な治療を行うことが重要である。
【0005】
特許文献1には、このような目的達成のためにニキビ患者の血中の骨型ALP(BAP)濃度を測定することにより、ニキビの状態を評価し、さらに好中球の割合を測定して、その割合が高い場合には、ニキビの素因をストレスであると特定し、ニキビ改善のためのアドバイスを行うことが提案されている。
特許文献2には、血液中のFreT4、8−OHdG生成速度、鉄濃度、フェリチン量、ヘモグロビン量、ヘマトクリット量、コリンエステラーゼ活性、遊離脂肪酸量から選択される1〜2種類以上の測定値を指標としてニキビにより発生する肌リスクを評価する方法が記載されている。
本出願人は、皮膚の状態を評価するためのバイオマーカーについて多数の特許出願をおこなっている。特に特許文献3には、アトピー性皮膚炎発症リスクのバイオマーカーとしてGalectin−7、FABP−5、Annexin II、Apolipoprotein A1、Enolase 1及びsquamous cell carcinoma antigen−2(SCCA2)など複数のタンパク質が有用であることを明らかにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−199027号公報
【特許文献2】特開2008−107275号公報
【特許文献3】特許第5282228号公報
【特許文献4】WO2007/046463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、ニキビの予防と治療について研究を行っている。その過程で、ニキビの主たる皮疹症状である面皰に着目して観察したところ、面皰が悪性化して嚢腫にいたる場合と面皰の状態あるいは赤色丘疹や膿疱にとどまる場合など、様々な症状変化があることを観察によって確認した。そしてニキビの増加や、ニキビの悪性度を科学的に数値化することを見いだした。
本発明の目的は、ニキビの診断や経過を正確に評価するための指標と検査法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記のアトピー性皮膚炎のマーカーであるFABP−5 (Fatty acid binding protein-5)に注目し、ニキビのない健常人の皮膚、及びニキビを有する患者皮膚の疾患部、非疾患部におけるFABP−5の発現量を測定したところ、健常人と比較してニキビの悪性化に対応してFABP−5の発現量が高いことを見出した。この知見に基づき、皮膚試料中のFABP−5を測定すればニキビの悪性度の診断や治療経過等の診断が可能となることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の構成は、以下のとおりである。
(1)非侵襲的に採取した皮膚
角層中のFABP−5を測定し、あらかじめ又は同時に測定した正常な皮膚
角層のFABP−5の測定値と対比し、発現の上昇をニキビ悪性化の指標とするニキビ肌の検査方法。
(2)皮膚
角層が、ヒト皮膚より剥離操作によって得たものである
(1)に記載の検査方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の検査法によれば、嚢腫、赤色丘疹や膿疱面皰などの各種段階の面皰を有するニキビ肌の治療経過、治療効果等が正確に判定できる。ニキビの出現していない肌や部位でのニキビの発症の予測が可能となる。さらにまた、検査対象の皮膚試料採取が容易であり、患者の負担が少なく簡便に検査することができる。
以上に加えて、培養細胞を用いて、培養細胞中に発現するFABP−5を抑制する作用を有する物質をスクリーニングすることができる。スクリーニングされた物質は、ニキビの予防治療剤として期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】正常ヒト頬、ニキビ肌の頬の皮膚剥離角層中のFABP−5の量を、ニキビの有無によって表示したグラフである。ニキビが出現することによりFABP−5が増加していることが明らかである。
【
図2】正常ヒト額、ニキビ肌の額の皮膚剥離角層中のFABP−5の量を、ニキビの有無によって表示したグラフである。ニキビが出現することによりFABP−5が増加していることが明らかである。
【
図3】正常ヒト頬、ニキビ肌の頬の皮膚剥離角層中のFABP−5の量を、ニキビの悪性度に対応して表示したグラフである。ニキビの悪性度が進行するにつれてFABP−5が増加していることが明らかである。
【
図4】正常ヒト額、ニキビ肌の額の皮膚剥離角層中のFABP−5の量を、ニキビの悪性度に対応して表示したグラフである。ニキビの悪性度が進行するにつれてFABP−5が増加していることが明らかである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、非侵襲的に採集した皮膚試料中のFABP−5を測定し、あらかじめ又は同時に測定した正常な皮膚試料のFABP−5の測定値と対比し、発現の上昇をニキビ悪性化の指標とするニキビ肌の検査方法に係る発明である。
本発明において、ニキビ肌とは、医学的に尋常性ざ瘡と診断される皮疹であって、嚢腫、赤色丘疹や膿疱、面皰などの各種段階のいずれかの面皰を有する肌をいう。
【0013】
FABP−5 (Fatty acid binding protein-5)は、分子質量15,033Daの細胞内タンパク質である。主に表皮に存在するタンパク質で乾癬(表皮の規則的な肥厚と不全角化を特徴とする)の組織で発現が上昇することから同定された。脂肪酸(オレイン酸)や疎水性のリガンドと結合する細胞内タンパク質で、脂肪酸の取り込み、輸送、代謝、さらに細胞の増殖や分化などに関与する。増殖中の表皮角化細胞ではFABP-5の発現は少ないが、分化誘導により約2倍に増加する。乾癬で高発現しているS100A7(カルシウム依存性のシグナリングプロテイン)とも結合し、表皮角化細胞の分化段階では接着斑(focal adhesion)様構造に局在する。遺伝子配列情報は、Fatty acid binding protin 5, J. Invest. Dermatol. 99:299-305(1992)に開示されている。またアミノ酸配列情報は、Fatty acid-binding protein, epidermal, Biochem. J. 302:363-371(1994)に開示されている。またFABP−5がアトピー性皮膚炎のマーカーとなりうることが特許文献4に開示されている。
ニキビ肌との関係では、本発明に係るFABP−5が関与することはまったく知られていない。
【0014】
本発明の検査方法では、皮膚試料中のFABP−5の遺伝子量または蛋白質量を測定する。ここで、皮膚試料としては、ヒトの表皮角層を含む皮膚試料が好ましく、ヒト皮膚からバイオプシーにより採取できる。通常はテープストリッピング法と呼ばれる、皮膚に粘着性のテープを貼付し、これを剥離する際に、テープに付着してくる角層を試料とすることが患者の負担の少ない方法である。
【0015】
皮膚試料中のFABP−5を遺伝子試料として測定する場合には例えば、RT−PCR法等が挙げられる。また、FABP−5遺伝子の定量はリアルタイムRT−PCRにより行うことができる。FABP−5蛋白質の測定手段としては、例えば免疫染色等が採用できる。測定に用いる抗FABP−5抗体及びその標識体は市販品を用いることができる。
【0016】
免疫染色の場合には、例えば蛍光免疫染色により測定可能である。FABP−5の定量は、例えば蛍光強度を、市販の測定装置とソフトウェアで定量することにより行うことができる。
【0017】
また、本発明を診断薬とする場合には、上記の抗FABP−5抗体、その標識体、第2抗体、標識第2抗体などを含有するELISAキットとすることが好ましい。さらに、分析のための緩衝液等と組み合せた検査キットとすることもできる。また市販のキットを使用することもできる。このようなキットとしては、上皮脂肪酸結合タンパク質(FABP5)化学発光免疫測定キット(USCN Life Science INC.)、CircuLex Mouse FABP5/E−FABP/mal1 ELISA Kit(株式会社医学生物学研究所)などを例示できる。
【0018】
本発明者が健常人の皮膚におけるFABP−5を測定したところ、全ての健常人の皮膚は低値であった。一方、ニキビ肌と診断された患者の患部及びその周辺部位の皮膚からは、健常人と比してFABP−5が著しく増加していることが確認された。同じ患者の、面皰などの皮疹を呈していない部位の皮膚は、FABP−5が、患部よりは低いものの、健常人に比して高いことが確認された。従って、皮膚、特にニキビ周辺のFABP−5の変化量を観察すれば、ニキビの経過、治療効果、治療経過等の診断が可能である。
FABP−5はニキビ肌の増悪に応じて増加することから、FABP−5はニキビの増悪に何らかの形で関与して増加すると考えられる。したがって、公知のヒト培養皮膚細胞(ヒト三次元表皮モデル)を用いた、FABP−5抑制又は促進物質のスクリーニングが従来技術を用いて実施できる。試験に当たっては、培養系にスクリーニング対象の物質を添加し、表皮モデル中に産生されるFABP−5量を測定し、対照の非添加の表皮モデル中のFABP−5量と比較して減少した場合を、FABP−5抑制作用を有すると評価し、増加した場合を、FABP−5促進作用を有すると評価する。
【実施例】
【0019】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0020】
1.ニキビ肌のFABP−5測定試験
A.方法
(1)試験対象
健常者(12名):
顔面/身体に炎症性皮疹、アトピー性皮膚炎症状等の皮膚疾患が観察されない者を医師の診断により選別した。
ニキビ肌の患者:
医師の診断により尋常性ざ瘡と診断された患者(軽症14名、中等症・重症11名)を対象とした。
なお診断基準は下記に示す日本皮膚科学会尋常性ざ瘡治療ガイドライン2008年の判定基準に準じて行い、中等症以上の症状を示す患者を本出願においては中等症・重症群として分類した。
【0021】
日本皮膚科学会診断基準
軽症 :片顔に炎症性皮疹が5個以下
中等症:片顔に炎症性皮疹が6個以上20個以下
重症 :片顔に炎症性皮疹が21個以上50個以下
最重症:片顔に炎症性皮疹が51個以上
年齢18歳以上、男女不問
【0022】
(2)皮膚角層採取方法
頬部及び額部の皮膚より角質チェッカー(2.5cm×2.5cm:アサヒバイオメッド製)を用い、ニキビの出現している部位の近傍であって、皮疹や面皰のない部位から1枚テープストリッピングを行い、角層を採取した。
【0023】
(3)皮膚角層からの抽出
ガラスビーズとRIPAバッファー(#89901/Thermo SCIETIFIC)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分間ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。
【0024】
(4)FABP−5量の測定
96well plate(COSTAR/#3590)に、PBS(−)(WAKO/#16219321)で0.5μg/mlに希釈した固層化抗体 (Bio Vender/#RD181060100)を100μl/well分注し、20℃で一晩インキュベートし固定化した。
wash buffer(0.05%Tween2含有 PBS)300μlで3回洗浄後、 Reagent Diluent(R&D systems/#890803)を200μl/wellを添加し、25℃で1時間ブロッキング操作を行った。
再度洗浄後、角層抽出サンプル100μl/wellを添加し、37℃で1.5時間反応させた。また、検量線作製用のFABP−5 Human Recombinant protein(コスモバイオ#FAB0805)を0〜50ng/mlの濃度で添加して反応させ、検量線とした。
次いで洗浄後、検出用抗体 (R&D systems/#AF3077) を0.5μg/mlになるようにWash Bufferで希釈した溶液を100μl/well添加し、37℃で1時間反応させた。
反応終了後wellを洗浄し、次いで、Streptavidin−HRP(R&D Systems/#890803)をwash bufferで200倍に希釈し、これを100μl/well添加し、25℃で30分反応させた。
反応終了後wellを洗浄し、TMB試薬(Promega/#G7431)100μl/wellにて発色させ(25℃、15分)、1N硫酸により反応を停止させた後、SPECTRA MAX 190(Molecular Device)を用いて450nmの吸光度を測定した。
前記の作成済み検量線から、各試料のFABP−5量を算出した。なお角層中のFABP−5量は、角層抽出液中の総タンパク量で補正し、単位タンパク量あたりのFABP−5量で表した。
【0025】
(5)測定結果と解析
1)ニキビの有無による解析
被験者を健常者12名、ニキビ肌の患者25名の2群に分けて、ニキビの有無によるFABP−5の測定値を解析した。
図1に頬部、
図2に額部の測定結果を示す。
ニキビの有無によって皮膚角層のFABP−5が顕著に増加することが明らかとなった。
【0026】
2)ニキビの症状の重篤度による解析
上記の被験者のデータをさらに、健常者12名、軽症者14名、中等症・重症者11名の3群に分類して、FABP−5の測定結果を再解析した。解析結果を同様に、頬部の測定結果(
図3)、額部の測定結果(
図4)として示した。
頬部・額部とも、ニキビの重症化に伴ってFABP−5は増加した。
以上の解析から、FABP−5を測定することでニキビの悪性化の程度を評価できることが判明した。また本発明の方法は、ニキビの悪性化度に対応してFABP−5が増加することから、ニキビの治療効果の判定や回復度の評価に使用可能である。