(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6398462
(24)【登録日】2018年9月14日
(45)【発行日】2018年10月3日
(54)【発明の名称】位置およびトルクセンサレスによるトルクリプル抑制装置
(51)【国際特許分類】
H02P 6/10 20060101AFI20180920BHJP
H02P 6/18 20160101ALI20180920BHJP
H02P 21/22 20160101ALI20180920BHJP
【FI】
H02P6/10
H02P6/18
H02P21/22
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-169246(P2014-169246)
(22)【出願日】2014年8月22日
(65)【公開番号】特開2016-46908(P2016-46908A)
(43)【公開日】2016年4月4日
【審査請求日】2017年5月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(72)【発明者】
【氏名】山口 崇
(72)【発明者】
【氏名】只野 裕吾
【審査官】
尾家 英樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−176953(JP,A)
【文献】
特開2008−167526(JP,A)
【文献】
特開2011−200067(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 6/00− 6/34
H02P 21/00− 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流指令値と周期外乱オブザーバにより演算されたd,q軸の電流補償値との加算分を、補償された電流指令値として電流制御部に入力して電圧指令値を生成し、電圧指令値に基づき制御装置を介してプラントを制御するものにおいて、
位置推定部とトルク推定部を設け、
前記位置推定部により推定された推定回転角の信号を、前記電圧指令値のd,q軸に対する座標変換信号に使用すると共に、推定トルク値に対する推定回転角の座標系に変換する変換部に入力し、
前記トルク推定部による推定トルク値を、前記変換部を介して前記周期外乱オブザーバに出力し、周期外乱オブザーバにより電流id,iqの補償値を算出するよう構成したことを特徴とした位置およびトルクセンサレスによるトルクリプル抑制装置。
【請求項2】
前記位置推定部として拡張誘起電圧オブザーバを備え、
拡張誘起電圧オブザーバは、前記制御装置からの検出電流値と前記電圧指令値を入力して推定回転角と推定回転角速度の各信号を推定演算し、
前記トルク推定部は、前記推定回転角信号と前記検出電流値を入力し、前記プラントのパラメータを基に、推定トルク値を演算することを特徴とした請求項1記載の位置およびトルクセンサレスによるトルクリプル抑制装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トルクリプル抑制装置に係わり、特に位置およびトルクセンサレスによるトルクリプル抑制装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、モータは原理的にトルクリプルを発生し、振動、騒音、乗り心地への悪影響、電気・機械共振等の種々の問題を引き起こす。特に、埋込磁石形のPMモータは、コギングトルクリプルとリラクタンストルクリプルが複合的に発生する。その対策として、トルクリプルを抑制する制御方式として周期外乱オブザーバ補償法が提案されている。
【0003】
図4は、特許文献1によって公知となっている周期外乱オブザーバのn次トルクリプル周波数成分に関する制御ブロック図を示したものである。
1はトルクリプル補償値演算部で、正弦波/余弦波の制御指令rn(通常は0)と周期外乱オブザーバ3による推定値dT
A^n, dT
B^nとの差分にそれぞれ正弦波/余弦波値を乗算してそれを加算することでトルクリプル補償指令Tc*nを生成し制御対象2に出力される。制御対象2では、周期の外乱(以下周期外乱dTnという)が発生することがある。例えば、制御対象がモータであればコギングトルなどによる回転数に同期した外乱であるトルクリプルがこれに相当し、振動や騒音の要因となる。
【0004】
周期外乱オブザーバ3は周期外乱dTnを抑制するもので、周波数成分毎に複素ベクトルで表現したシステム同定モデルを外乱オブザーバの逆システムモデルを用いることで、制御対象とする周波数の外乱を直接的に推定して補償する。
これにより比較的単純な制御構成でありながら、対象とした周波数に対しては次数に関係なく高い抑制効果が得られる。
【0005】
システム同定モデルP^nの取得に関して、制御に先立って制御対象のプラントPn(=P
An+jP
Bn)に対して予めシステム同定を行い、1次元複素ベクトルの形で(1)式として表現する。
P^n=P^
An+jP^
Bn …(1)
ただし、添字のnはn次成分、変数は何れもXn=X
An+jX
Bnと表現される複素ベクトルである。
【0006】
例えば、1〜1000Hzまでのシステム同定結果を1Hz毎に複素ベクトルで表現した場合、1000個の1次元複素ベクトルの要素からなるテーブルでシステムを表現できる。または、同定結果を数式化してシステムを表現することも可能である。何れの手法も、特定の周波数成分については簡素な1次元複素ベクトルでシステムモデルの表現は可能となる。
なお、システム同定モデルに限らず文中記載のP^n,rn,dTn,dT^n,Tnも
Xn=X
An+jX
Bnと表現される複素ベクトルである。
【0007】
具体的な制御手法としては、プラント出力に対してフーリエ変換を簡易化した低域通過フィルタG
Fを通すことで、周期外乱の抑制対象とする周波数成分を抽出する。これに上記のシステム同定モデルの逆数P^n
-nで表現される逆システムを乗算し、G
Fを通した制御指令値との差分から周期外乱dTnを推定しシステム同定モデルd^nとする。推定した周期外乱dTnを制御指令値rnから差し引いて外乱補償値とし、周期外乱dTnを抑制する。以上の流れが周期外乱オブザーバによる周期外乱を抑制する制御手法である。
【0008】
突極型永久磁石同期モータの制御には、回転子の位置情報が必要であるため、従来はセンサ用いて回転子位置を検出している。しかし、センサは高価である上、配線、信頼性および取り付けスペースの点で問題があるたる、近年、センサレス制御が行われており、例えば非特許文献1によって公知となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開WO2010/024195A1
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】拡張誘起電圧モデルに基づく突極型永久磁石同期モータの センサレス制御、電気学会論文誌D、Vol.122, No.12.p.1088-1096(平成14)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
現在におけるトルクリプル抑制制御では、トルクセンサを用いてトルク値を観測し、これを抑制対象としてきた。現在までのトルクリプル抑制制御では、精度のよい位相情報とトルクセンサを用いて精度のよいトルク値を観測し、これを抑制対象としてきた。ただし、実用面において以下のような課題や問題がある。
トルクセンサは設置場所やコスト面で制限があるため、限定的な環境でしか使用されていない。さらに、近年では永久磁石同期モータの駆動において、センサ自体の温度や振動に対する信頼性(寿命)の問題、コスト削減などを目的として、位置センサレスで駆動する場合がある。
【0012】
このため、上述の永久磁石同期モータの駆動では、位置センサ出力の精度のよい速度情報が得られない上、トルクセンサによる精度のよいトルク値も得られないため、トルクリプルを抑制することができない。
【0013】
よって、本発明が目的とするところは、位置およびトルクセンサレスによるトルクリプル抑制装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、電流指令値と周期外乱オブザーバにより演算されたd,q軸の電流補償値との差分を、補償された電流指令値として電流制御部に入力して電圧指令値を生成し、電圧指令値に基づき制御装置を介してプラントを制御するものにおいて、
位置推定部とトルク推定部を設け、
前記位置推定部により推定された推定回転角の信号を、前記電圧指令値のd,q軸に対する座標変換信号に使用すると共に、推定トルク値に対する推定回転角の座標系に変換する変換部に入力し、
前記トルク推定部による推定トルク値を、前記変換部を介して前記周期外乱オブザーバに出力し、周期外乱オブザーバにより電流i
d,i
qの補償値を算出するよう構成したことを特徴としたものである。
【0015】
また、本発明は、前記位置推定部として拡張誘起電圧オブザーバを備え、
拡張誘起電圧オブザーバは、前記制御装置からの検出電流値と前記電流指令値を入力して推定回転角と推定回転角速度の各信号を推定演算し、
前記トルク推定部は、前記推定回転角信号と前記検出電流値を入力し、前記プラントのパラメータを基に、推定トルク値を演算することを特徴としたものである。
【0016】
また、本発明は、電流指令値と制御装置からの検出電流値との差分を電流制御部に入力して電圧指令値を生成し、電圧指令値に基づき制御装置を介してプラントを制御するものにおいて、
位置推定部とトルク推定部を設け、
前記位置推定部により推定された推定回転角の信号を、前記電圧指令値のd,q軸に対する座標変換信号に変換する変換部と外乱抑制制御部に入力し、
前記トルク推定部による推定トルク値を外乱抑制制御部に入力し、外乱抑制制御部において入力された推定回転角と推定トルク値から電流i
d,i
qの補償値を算出し、算出された補償値を前記電流指令値に加算するよう構成したことを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0017】
以上のとおり、本発明によれば、トルク推定部による推定トルクT^を抑制対象として周期外乱オブザーバ、若しくは外乱抑制制御部に入力して振動抑制の補償値ic
dqを得る。これを電流指令値i
*dqに重畳してトルクリプルを抑制するものである。これにより、より汎用的なモータ設置環境と低コストによるトルクリプル制御が可能となるものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態を示す振動抑制制御装置の構成図。
【
図2】本発明の他の実施形態を示す振動抑制制御装置の構成図。
【
図3】本発明の他の実施形態を示す振動抑制制御装置の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、位置推定部とトルク推定部を設け、位置推定部により推定された推定回転角の信号を、電圧指令値のd,q軸に対する座標変換信号に使用すると共に、推定トルク値に対する推定回転角の座標系に変換する変換部に入力する。トルク推定部による推定トルク値を、変換部を介して周期外乱オブザーバ、若しくは直接に外乱抑制制御部に出力して電流i
d,i
qの補償値を算出するようにしたもので、以下、図に基づいて説明する。
【実施例1】
【0020】
図1は、本発明の第1の実施例を示す構成図を示したものである。なお、図における各記号は次の通りである。
T
*:トルク指令値、i
*dq:i
d,i
q指令値、v
dqref:v
d,v
q指令値、i
uvw:3相電流値、T^:推定トルク値、θ^:推定回転角、ω^:推定回転角速度、i
dq:検出i
d,i
q値、ic
dq:補償i
d,i
q値、T
n:n次高調波T
na,T
nb値、
Tc
n:n次Tc
na,Tc
nb補償値、dT
*n:n次トルク補償指令値、dT
n:n次トルク外乱推定値、
図1において、1は変換部で、トルク指令値T
*をd,q軸の電流指令値i
*dq(i
d,i
q)に変換する。変換された電流指令値i
*dqは加算部においてi
d,i
qの補償値ic
dqと加算される。更にこの加算値は、減算部においてi
d,i
qの検出値i
dqが減算されて電流制御部2に入力され電圧指令値v
dqrefを算出する。3は変換部で、d,q軸の2相電圧を3相に変換して制御装置(インバータ)4を介して制御対象となるプラント(ここでは永久磁石同期モータ)を制御する。
【0021】
また、変換部3は、インバータ4による3相電流を入力して2相の検出値i
dqに変換し、i
dqは減算部に出力されてi
*dqとの減算処理が行われると共に、拡張誘起電圧オブザーバ6に入力される。拡張誘起電圧オブザーバ6には電圧指令値v
dqrefも入力されており、各入力信号に基づいて推定回転角θ^と推定回転角速度ω^が求められ、推定回転角θ^は変換部3に入力されてdq軸系への座標変換に用いられると共に、トルク推定部7に入力される。なお、この拡張誘起電圧オブザーバ6は、非特許文献1に示された拡張誘起電圧モデル方式を用いて拡張誘起電圧を推定し、推定した拡張誘起電圧から推定回転角θ^と推定回転角速度ω^の位置信号が求められる。
【0022】
トルク推定部7では、i
d,i
qの検出値i
dqと推定回転角θ^を入力して推定トルク値T^を求める。このトルク推定は、制御対象を永久磁石同期モータと設定し、入力をi
d,i
qとして電圧方程式から電流を求め、(2)式によりトルクを推定する。
T^=i
q(Φ(θ)+△Li
d) …(2)
△L=L
d(θ)−L
q(θ)
なお、モータパラメータを、Φを磁束密度、L
d,L
qをd,q軸リアクタンスとして各値は位相θを入力とした関数で高調波成分を含めて既知とする。モータパラメータを位相θによる関数としているが、変動要素は角度だけでなく温度や電流値などにもよる。トルクを精度よく推定するためにはこれらについても考慮する必要があるが、ここでのモータパラメータには省略している。なお、パラメータ推定手法は、モータの設計モデルから解析的に求める手法や、実モデルの観測データから推定する手法が存在するが、何れの手法を用いてもよい。
【0023】
8は座標の変換部で、推定されたトルク値T^は係数n倍された推定回転角の座標系に変換されて周期外乱オブザーバ10に入力される。周期外乱オブザーバ10には係数n倍された推定回転角速度ω^も入力されており、これら各入力信号に基づいてn次のi
d,i
qの補償値Tc
nを演算する。補償値Tc
nは変換部9に入力されてdq座標系に変換され、補償値ic
dqとなる。このic
dqは電流指令値i
*dqと逆極性に加算され、更に検出値i
dqが差っ引かれて電流制御部2に入力されて電圧指令v
dqrefが算出される。
【0024】
よって、この実施例によれば、トルクおよび位置センサレスの状態で、トルクリプルの抑制制御が可能となるものである。
【実施例2】
【0025】
なお、
図1では、位置の推定手段として拡張誘起電圧モデル方式を用いて拡張誘起電圧を推定し、推定した拡張誘起電圧から位置を推定すると共に、推定位相と検出電流からトルク推定を行うことの例を示しているが、位置の推定やトルク推定は種々考えられる。その際には
図2で示すような構成になる。その際には、位置推定部20より出力された推定回転角θ^を変換部3,8,9にそれぞれ入力して座標変換用の信号として用いる共に、周期外乱オブザーバ10に推定回転角速度ω^として入力される。
【0026】
また、トルク推定部30は、推定したトルク値T^を変換部8を介して推定回転角の座標系に変換されて周期外乱オブザーバ10に入力される。周期外乱オブザーバ10では、
図1と同様にして各入力信号に基づいてn次のi
d,i
qの補償値Tc
nを演算する。補償値Tc
nは変換部9を介して補償値ic
dqとなって電流指令値i
*dqと加算され、更に検出値i
dqが差っ引かれて電流制御部2に入力されて電圧指令v
dqrefが算出される。
【0027】
したがって、この実施例においても、トルクおよび位置センサレスの状態で、トルクリプルの抑制制御が可能となるものである。
【実施例3】
【0028】
図3は他の振動抑制制御装置の構成図を示したものである。実施例1,2では、トルクリプルの補償値ic
dqの演算手段として周期外乱オブザーバ10を用いた場合についての例を示している。この実施例は、補償電流を生成する手段として外乱抑制制御部40を用いたものである。外乱抑制制御部40としては、入力された推定回転角θ^と推定トルク値T^を基に抑制のための演算や、若しくは予め推定回転角θ^と推定トルク値T^に対応した補償電流値が選択できる図示省略された補償テーブルを作成し、この補償テーブルより補償電流を出力するよう構成される。他の構成は実施例1、又は実施例2と同様である。
【0029】
この実施例においても、トルクおよび位置センサレスの状態で振動抑制のための補償電流を算出し、トルクリプルの抑制制御が可能となるものである。
【0030】
以上のように本発明は、トルク推定部7による推定トルクT^を抑制対象として周期外乱オブザーバ10に入力し、振動抑制の補償値ic
dqを得る。これを電流指令値i
*dqに重畳してトルクリプルを抑制するものである。これにより、より汎用的なモータ設置環境と低コストによるトルクリプル制御が可能となるものである。
【符号の説明】
【0031】
1… トルク指令/電流指令の変換部
2… 電流制御部
3… 2相/3相の変換部
4… 制御装置(インバータ)
5… 制御対象のプラント
6… 拡張誘起電圧オブザーバ
7,30… トルク推定部
8… 変換部
9… 変換部
10… 周期外乱オブザーバ
20… 位置推定部
40… 外乱抑制制御部